説明

潤い効果の評価方法

【課題】被検査物質の中から生体に潤いを与える効果を有する物質を見出すため、コストパフォーマンスに優れ、また、多くの被検査物質を網羅的に試験するのに適した評価方法を提供する。
【解決手段】底面を有する培養容器の容器内に培養細胞を播種し、第1の液体培地で、前記培養細胞が前記培養容器内の底面の表面に層状の細胞層を形成するように培養し、その後、被検査物質を含む第2の液体培地で更に培養し、前記層状の細胞層と前記培養容器内の底面との隙間に浸透した水分によって細胞がアーチ状に盛り上がって形成される細胞ドームの形成度合いを測定することにより、潤い効果を評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検査物質のなかから生体に潤いを与える効果を有する物質を見出すための培養細胞を用いた潤い効果の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生活環境の問題などから体の様々な部位に、生体の潤いが欠乏し乾燥が生じることがある。そのような潤いの欠乏を伴う代表的な症状をとしては、ドライマウス(口腔乾燥症)、ドライアイ(乾き眼)、ドライスキン(皮膚乾燥症)など、いわゆるドライシンドローム(乾燥症症候群)と呼ばれる症状がある。ドライマウスでは、唾液分泌が低下し、口腔内が乾き、ねばねばするなどの不快感、ウ蝕、歯周病、口臭、味がわかりにくい、睡眠障害などの症状を伴う。また、ドライアイでは、眼の乾き、眼の痛み、眼の充血、眼の不快感といった症状を伴う。また、ドライスキンでは、皮膚の水分や皮脂量が不足して、皮膚が乾燥した状態になる。ドライアイ・ドライマウスの患者は推定800万人程度いるとも言われている。これらの症状は生活者のQOL(Quality of Life)を著しく低下させる要因となるので、適切な処置によって改善されることが望ましい。
【0003】
一方、このような症状の改善に有効な物質を被検査物質の中から見出すための、潤い効果の評価方法としては、主に人による試験が行われている(特許文献1の段落0024−0026参照)。しかしながら、人による試験ではコストや時間がかかり、また、多くの被検査物質を網羅的に試験するのに適していない。このため、生体の潤いに関し、コストパフォーマンスに優れ、また、多くの被検査物質を網羅的に試験するのに適した評価方法の確立が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−31375号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、被検査物質の中から生体に潤いを与える効果を有する物質を見出すため、コストパフォーマンスに優れ、また、多くの被検査物質を網羅的に試験するのに適した評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、層状に培養した培養細胞と培養プレートとの隙間に細胞内外の塩や水が流れ込み溜まり、一部細胞がアーチ状に盛り上がることにより起こる培養細胞のドーム形成を利用して、生体の潤いに対する被検査物質の効果を評価できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の構成を有する潤い効果の評価方法を提供する。
[1] 底面を有する培養容器の容器内に培養細胞を播種し、第1の液体培地で、前記培養細胞が前記培養容器内の底面に層状の細胞層を形成するように培養し、その後、被検査物質を含む第2の液体培地で更に培養し、前記層状の細胞層と前記培養容器内の底面との隙間に浸透した水分によって細胞がアーチ状に盛り上がって形成される細胞ドームの形成度合いを測定することを特徴とする潤い効果の評価方法。
[2] 前記培養細胞が、イヌ腎由来細胞であるMDCK(Madin-Darby Canine Kidny)細胞、MDCK I(Madin-Darby Canine Kidny StrainI)細胞、MDCK II(Madin-Darby Canine Kidny StrainII)細胞、MDCK-ProteinFree細胞、MDCK-SIAT1細胞、豚腎尿細管上皮細胞であるSK-L細胞、豚腎尿細管上皮細胞であるFS-L3細胞、サル腎臓由来細胞であるJTC-12細胞、ヒト結腸腺癌由来細胞であるCaco-2細胞、又はアフリカツメガエル腎臓由来細胞であるA-6細胞である[1]記載の潤い効果の評価方法。
[3] 前記培養細胞が、イヌ腎由来細胞であるMDCK(Madin-Darby Canine Kidny)細胞、MDCK I(Madin-Darby Canine Kidny StrainI)細胞、MDCK II(Madin-Darby Canine Kidny StrainII)細胞、MDCK-ProteinFree細胞、又はMDCK-SIAT1細胞である[1]記載の潤い効果の評価方法。
[4] 前記細胞ドームの形成度合いとして、単位面積当たりの細胞ドームの数、細胞ドームの大きさ、及び/又は細胞ドームが占める面積比率を測定する[1]〜[3]のいずれか1つに記載の潤い効果の評価方法。
[5] 前記細胞ドームの形成度合いとして、単位面積当たりの細胞ドームの数を測定する[1]〜[3]のいずれか1つに記載の潤い効果の評価方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の潤い効果の評価方法において、層状の細胞層と培養容器内の底面との隙間に浸透した水分によって形成される細胞ドームは、細胞層を浸透する水分量が多くなるほど形成されやすいと考えられ、この細胞ドームの形成度合いを測定することにより、その測定値を、培養液等の細胞層への浸透しやすさ、言い換えると生体に対する潤い付与効果の指標とすることができる。このように、生体の潤いに関し、培養細胞を用いた評価系によって被検査物質の効果を評価できるので、コストパフォーマンスに優れており、また、多くの被検査物質を網羅的に試験するのにも適している。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】MDCK I細胞における(a)ドーム形成の顕微鏡写真(100倍)と(b)ドームの1つの拡大写真と(c)ドーム形成の概念図である。
【図2】食用へちま抽出物による刺激時におけるMDCK I細胞のドーム形成数(number of domes/field)の結果を示す図表である。
【図3】食用へちま抽出物の各濃度(a)0mg/mL(b)1mg/mL(c)2mg/mLでの刺激時におけるMDCK I細胞のドーム形成の顕微鏡写真である。
【図4】一酸化窒素(NO)産生剤NOC18による刺激時におけるMDCK I細胞のドーム形成数(number of domes/field)の結果を示す図表である。
【図5】NO消去剤の存在下における一酸化窒素(NO)産生剤による刺激時におけるMDCK I細胞のドーム形成数(number of domes/field)の結果を示す図表である。
【図6】一酸化窒素(NO)産生剤NOC18の各濃度(a)0mM(b)0.1mM(c)0.2mMでの刺激時におけるMDCK II細胞のドーム形成の顕微鏡写真である。
【図7】NO産生能を測定した結果を示し、(a)は食用へちま抽出物についてNO産生能を測定した結果、(b)は一酸化窒素(NO)産生剤NOC5についてNO産生能を測定した結果をそれぞれ示す図表である。
【図8】線分スケール法(VAS法)に用いたアンケートの質問項目を示す図表である。
【図9】線分スケール法(VAS法)によって算出された潤い改善率(%)を示す図表である。
【図10】肌水分含量測定装置によって測定された腕部の肌水分含量の変化率(%)を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の潤い効果の評価方法は、培養容器内の底面の表面に層状に培養した培養細胞において、刺激により、培養容器内の底面の表面との隙間に細胞内外の塩や水が流れ込み溜まり、一部細胞がアーチ状に盛り上がることによりドーム状の形態が生じるという現象を利用するものである。そのような特性を有する培養細胞としては、イヌ腎由来細胞であるMDCK(Madin-Darby Canine Kidny)細胞、MDCK I(Madin-Darby Canine Kidny StrainI)細胞、MDCK II(Madin-Darby Canine Kidny StrainII)細胞、MDCK-ProteinFree細胞、MDCK-SIAT1細胞、豚腎尿細管上皮細胞であるSK-L細胞、豚腎尿細管上皮細胞であるFS-L3細胞、サル腎臓由来細胞であるJTC-12細胞、ヒト結腸腺癌由来細胞であるCaco-2細胞、又はアフリカツメガエル腎臓由来細胞であるA-6細胞などが挙げられるが、特にMDCK系の培養細胞を用いることが好ましく、MDCK(Madin-Darby Canine Kidny)細胞、MDCK I(Madin-Darby Canine Kidny StrainI)細胞、MDCK II(Madin-Darby Canine Kidny StrainII)細胞を用いることが最も好ましい。これらの細胞は、DSバイオファーマメディカル株式会社などから入手することができる。
【0011】
本発明の潤い効果の評価方法では、まず、上記培養細胞を、底面を有する培養容器の容器内に播種し、第1の液体培地で、前記培養細胞が前記培養容器内の底面の表面に層状の細胞層を形成するように培養する。
【0012】
底面を有する培養容器としては、市販の培養用シャーレ、培養用マルチプレート、培養用フラスコなどを用いることができる。表面がゼラチン、コラーゲン、ポリリジン、親水コートなどの表面処理が施されているものを用いることもでき、表面処理されていないものを用いることもできる。
【0013】
第1の液体培地として用いる液体培地としては、上記培養細胞が、培養容器内の底面の表面に層状の細胞層を形成するように生育するのに適するものであれば特に制限はない。例えば、上記培養細胞が上記MDCK細胞、MDCK I細胞、MDCK II細胞などである場合は、MEM液体培地、DMEM液体培地、MEMalpha液体培地などを用いればよい。
【0014】
また、温度等培養条件、細胞の播種、継代、培地の調製、滅菌などは、通常当業者に周知の方法を選択して、適宜行うことができる。
【0015】
上記培養容器の容器内に播種した上記培養細胞は、上記第1の液体培地で生育するにつれ、その細胞の特性により、培養容器内の底面の表面に略単層状に密に敷き詰められた状態の層状の細胞層を形成する。一般にこの状態になることをコンフルエントに達する、ともいう。
【0016】
本発明の潤い効果の評価方法では、上記培養細胞を、上記のように層状の細胞層を形成するまで培養した後、被検査物質を含む第2の液体培地で更に培養する。第2の液体培地として用いる液体培地としては、培養容器内の底面の表面に形成した層状の細胞層を破壊しないものであれば特に制限はないが、細胞に余計な刺激を与えないため、被検査物質を含む以外は第1の液体培地として用いた液体培地と同じか同種のものを用いることが好ましい。上記第1の液体培地から第2の液体培地への交換は、(1)上記の培養に用いた第1の液体培地を除去してから被検査物質を含む第2の液体培地を細胞に添加する方法、(2)上記の培養に用いた第1の液体培地を除去してから第2の液体培地として用いる液体培地を細胞に添加してその後に被検査物質を添加して第2の液体培地とする方法、(3)上記の培養に用いた第1の液体培地の一部を除去してから被検査物質を含む溶液を添加して第2の液体培地とする方法、(4)上記の培養に用いた第1の液体培地に被検査物質を添加して第2の液体培地とする方法などにより行うことができる。
【0017】
上記第2の液体培地での培養によって、その培地に添加した被検査物質が所定時間上記細胞に作用する。本発明の潤い効果の評価方法では、細胞がその被検査物質から刺激を受け、培養液等の浸透のしやすさが変化して、層状の細胞層と培養容器内の底面との隙間に浸透した水分によって細胞がアーチ状に盛り上がって形成される細胞ドームの形成度合いが変化するので、その細胞ドームの形成度合いを測定する。
【0018】
ここで、本発明において「細胞ドームの形成度合いを測定する」とは、細胞ドームの単位面積当たりの数、平均径等の大きさ、細胞ドームが占める面積比率から選ばれた少なくとも1つを測定することを意味する。そのような測定は、例えば位相差顕微鏡などの顕微鏡下に、目視観察によって行うことができる。また、顕微鏡像を画像として記録し、画像解析処理により行うこともできる。なお、画像解析処理は、画像ソフトウェア(ニコン社製 NIS-Element)などを使用することができる。例えば、平均径としては、任意に選択した顕微鏡視野において、上記層状の細胞層の平面に対して垂直方向から観察したときの単位面積あたりの各ドームの径を測定し、それらを平均した値として求めることができる。また、例えば、面積比率としては、任意に選択した顕微鏡視野において、上記層状の細胞層の平面に対して垂直方向から観察したときの単位面積あたりに占めるドームの面積を測定し、その単位面積で除した値として求めることができる。
【0019】
本発明の潤い効果の評価方法では、上記測定結果に基づいて、上記細胞ドームの形成度合いを評価する。この評価方法は、特に限定されないが、例えば(a)被検査物質を添加した場合の細胞ドームの単位面積当たりの数、大きさ、面積比率から選ばれた1つ又はいくつかの組合せの測定値を、被検査物質を添加しない以外は同様な条件で行った対照の測定値と比較したり、(b)上記被検査物質の測定値を、既に潤い効果が認められている公知の物質を被検査物質として添加して行った測定値と比較したり、(c)上記被検査物質の測定値を、あらかじめ設定された基準と比較したり、(d)上記被検査物質の測定値を、あらかじめ設定された所定の関係式により変換して算出した数値にして、上記と同様に、被検査物質を添加しない対照や、公知の物質を添加した場合等と比較したりする方法が挙げられる。
【0020】
本発明の潤い効果の評価方法によれば、後述する実施例で示すように、上記細胞ドームの形成度合いが、生体の潤いに対する効果とよく相関するので、生体の潤いに対する効果が未知の被検査物質について、それが生体の潤いに対する効果を有するか否かを評価し、判断し、判定し、又は予測する方法として有効に利用できる。また、多くの被検査物質を網羅的に評価し、生体の潤いに対する効果を有する候補物質を選別する方法としても有効に利用できる。
【実施例】
【0021】
以下実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0022】
<試験例1>(食用へちま抽出物の調製)
凍結乾燥済み食用へちま可食部10.8gについて、ミルミキサーで粉砕後、80%エタノール200mLで2時間攪拌抽出を行った。得られた抽出液についてグラスフィルターによるろ過を行い、得られたろ液についてエバポレーターによりエタノールを除去した。エタノール除去後の水溶液50mLについて、酢酸エチル100mLを用いて2回液液分配を行い、その酢酸エチル相を回収した。得られた酢酸エチル相をエバポレーターにより濃縮し、食用へちま抽出物146.9mgを得た。なお、通常、酢酸エチルなどの有機溶媒ではたんぱく質は抽出されず、得られた食用へちま抽出物には一酸化窒素合成酵素(NOS)などが含有していることは考え難かった。また、水溶性物質は水相に分配されるため、得られた食用へちま抽出物は、酢酸エチルに分配する脂溶性物質を含有していると考えられた。
【0023】
<試験例2>(食用へちま抽出物によるドーム形成実験)
MDCK I(Madin-Darby Canine Kidney)細胞はイヌ腎由来細胞であり、プレート上で細胞が層状になる。そしてこれに刺激が加わることにより、一部細胞がアーチ状に盛り上がり、層状に培養した培養細胞と培養プレートとの隙間に細胞内外の塩や水が流れ込み溜まった”ドーム”を形成することが知られていた。図1(a)には、プレート上で層状になった細胞の顕微鏡写真(100倍)を、図1(b)には、ドームの1つの拡大写真を示し、図1(c)には、ドーム形成の概念図を示す。このようなドーム形成に食用へちま抽出物がどのような影響を与えるかを調べた。具体的には以下のようにして試験を行った。
【0024】
[MDCK I細胞の培養]
イヌ腎臓由来のMDCK I(DSファーマバイオメディカル株式会社より購入)を、10%FBSを含むMEM培地(GIBCO)で培養した。培地には2mM L-グルタミン、100 U/mlペニシリンと100μg/mlストレプトマイシンを添加し、37℃の5%CO2環境で培養した。
【0025】
[食用へちま抽出物によるドーム形成試験]
24穴培養プレートにMDCK I細胞を2.5 X 10cells/wellの細胞密度で播種し、上記培養条件でコンフルエントに達するまで培養した。ドーム形成刺激物質として食用へちま抽出物を用いた。すなわち、食用へちま抽出物1mgに対しDMSOを10μL加え溶解した後、上記培地に添加し、食用へちま抽出物を0, 0.5, 0.75, 1.0, 2.0mg/mLの各濃度で含む培地を調製した。なお、培地中のDMSO量は培地1mLにつき10μLとなるように揃えた。この食用へちま抽出物を各濃度で含有する培地を、上記コンンフルエントに達した細胞の培地と交換し、37℃, 5%CO2環境下でインキュベートした。22時間後、位相差顕微鏡による観察(X 40)の後、一視野あたりの、一辺50μmの正方形を超える大きさのドームの数を数え、一視野あたりのドーム数(number of domes/field)として計数した。図2にその結果をグラフで示す。また、図3には、食用へちま抽出物を0, 1.0, 2.0mg/mLの各濃度で含む培地中で細胞をインキュベートした後の顕微鏡写真を示す。
【0026】
[結果]
食用へちま抽出物添加をMDCK I細胞に添加することで、濃度依存的にMDCK I細胞のドーム形成を促進する効果が認められた(図2,図3)。
【0027】
<試験例3>(一酸化窒素(NO)産生剤によるドーム形成実験 その1)
[NO産生剤によるドーム形成試験]
ドーム形成刺激物質としてNO産生剤であるNOC18(株式会社同仁化学研究所製)を用いた。すなわち、NOC18を10mM NaOHに溶解した後、NOC18が終濃度0、0.05、0.1、0.2、0.5mMになるように上記試験例2と同様に調製したコンフルエントに達した細胞の培地に添加し、37℃、5%CO2環境下で20時間インキュベートした。そして、上記試験例2と同様にして、一視野あたりのドーム数(number of domes/field)を計数した。図4にその結果をグラフで示す。
【0028】
[NO消去剤によるNO刺激阻害]
NO消去剤によりNOを消去した際のドーム形成への影響を調べた。具体的には、NOと選択的に反応してNO2を生成し、NOを消去する試薬であるCarboxy-PTIO(2-(4-Carboxyphenyl)-4, 4, 5, 5-tetramethylimidazoline-1-oxyl-3-oxide)(株式会社同仁化学研究所製)を、上記コンフルエントに達した細胞の培地と交換する培地に終濃度0.1, 0.2, 0.4 mMで添加した後、NOC18を終濃度0.2 mMとなるように添加して、37℃の5% CO2環境で20時間インキュベートした。そして、上記と同様にしてドーム形成数を計数した。図5にその結果をグラフで示す。
【0029】
[結果]
NO産生剤であるNOC18をMDCK I細胞に添加することで、濃度依存的にドーム形成数の増加が見られた(図4)。NO消去剤であるCarboxy-PTIOによりNOC18から生じるNOを消去すると、Carboxy-PTIO濃度依存的にドーム形成が抑制された(図5)。したがって、MDCK I細胞のドーム形成が、NO産生剤の刺激により亢進していることが明らかとなった。
【0030】
<試験例4>(一酸化窒素(NO)産生剤によるドーム形成実験 その2)
[MDCK II細胞の培養]
イヌ腎臓由来のMDCK II(DSファーマバイオメディカル株式会社より購入)を、5%FBSを含むMEM培地(GIBCO)で培養した。培地には2mM L-グルタミン、100 U/mlペニシリンと100μg/mlストレプトマイシンを添加し、37℃の5%CO2環境で培養した。
【0031】
[NO産生剤によるドーム形成試験]
ドーム形成刺激物質としてNO産生剤であるNOC18(株式会社同仁化学研究所製)を10mM NaOHに溶解した。一方、24穴培養プレートにMDCKII細胞を1×10cell/wellの細胞密度で播種し、上記培養条件でコンフルエントに達するまで培養しNOC18が終濃度0、0.1、0.2mMになるようにコンフルエントに達した細胞の培地に添加し37℃、5%CO2環境下で20時間インキュベートした。そして、上記試験例2と同様にして、一視野あたりのドーム数(number of domes/field)を計数した。図6にその顕微鏡写真を示す。
【0032】
[結果]
NO産生剤であるNOC18をMDCK II細胞に添加することで、濃度依存的にドーム形成数の増加が見られた(図6a〜c)。したがって、MDCK II細胞においても、MDCK I細胞と同様に、そのドーム形成が、NO産生剤の刺激により亢進していることが明らかとなった。
【0033】
<試験例5>(食用へちま抽出物のNO産生測定)
上記試験例3又は4の結果から、MDCK I細胞やMDCK II細胞において、NO産生剤の刺激により、ドーム形成が亢進することが明らかとなった、そこで、試験例2に明らかとなった食用へちま抽出物によるドーム形成促進効果が、食用へちま抽出物自体にNO産生能があることが原因であるかどうかを調べた。具体的には以下のようにして試験を行った。
【0034】
[一酸化窒素(NO)測定方法]
DAF-2(Diaminofluorescein-2)のアミノ基がNOと反応し、励起波長495nmで励起すると波長515nmの緑色の蛍光を発することにより、NOをリアルタイムに測定することができる。
【0035】
[食用へちま抽出物のNO産生能の測定]
DAF-2試薬(Wako社製)を用いて、食用へちま抽出物のNO産生能を評価した。具体的には、96 wellプレートに、PBSを100μLずつ分注し、2μLの50μM DAF-2を添加した。その後、食用へちま脂溶性画分を終濃度2, 1, 0.5 mg/mLとなるように添加し、5分ごとに15時間まで算出されるNOの測定を行った。また、すでにNO産生が知られているNOC 5(株式会社同仁化学研究所製)をポジティブコントロールとして比較した。図7(a)、(b)にその結果をグラフで示す。
【0036】
[結果]
15時間までの蛍光強度の積算値について、ポジティブコントロールであるNOC5では、濃度依存的にNO産生が認められた(図7a)。これに対し、食用へちま抽出物からはNO産生が行われていないことが明らかとなった(図7b)。よって、試験例1に明らかとなった食用へちま抽出物によるドーム形成促進効果は、NO産生剤とは異なるメカニズムにより引き起こされていることが示唆された。
【0037】
<試験例6>(食用へちま抽出物による肌潤い評価試験)
上述のとおり培養細胞のドーム形成は、層状に培養した培養細胞と培養プレートとの隙間に細胞内外の塩や水が流れ込み溜まり、一部細胞がアーチ状に盛り上がることにより起こる。そこでこの培養細胞のドーム形成の評価試験によって細胞の水透過機能の亢進を評価できると考え、ヒト試験により実証することを試みた。具体的には、試験例1においてドーム形成促進効果を有することが明らかとなった食用へちま抽出物について、以下のようにしてヒト試験により肌の潤い評価を行った。
【0038】
[食用へちま凍結乾燥物調製]
凍結乾燥済み食用へちま可食部を乳鉢で粉砕した。この食用へちま凍結乾燥物1gにデキストリン2gを混合し、以下の試験に用いた。また、デキストリン3gをプラセボとして用いた。
【0039】
[肌の評価試験]
健康な男女6名のボランティアを食用へちま凍結乾燥物3名、プラセボ3名に群分けし、1日1回、5日間食用へちま乾燥物又はプラセボを水と共に服用してもらい、試験開始前と試験終了後に線分スケール(VAS: Visual Analog Scale)法を用いたアンケート及び肌水分含量測定装置「Triplesense」(商品名、株式会社モリテックス)による肌水分含量の測定を行った。試験は無作為割付とし、単盲検並行群間比較を行った。
【0040】
線分スケール法(VAS法)については、図8に示される肌の潤いに関連すると思われる質問項目の内容に関して線分のどのあたりに相当するかをチェックしてもらった。右端からチェックした線分までの距離を測定し、試験前の距離を100とした時の試験後の距離を相対的に算出し、潤い改善率(%)とした。2群間の統計学的有意差検定は、試験終了後のプラセボ及び食用へちま乾燥物摂取群の変化率に対して両側分布のt検定を行った。その結果を図9に示す。
【0041】
また、肌水分含量測定装置「Triplesense」(商品名、株式会社モリテックス)を用いた肌水分含量については、前腕部の肌水分含量(100段階評価)について、試験前及び試験終了後に測定し、試験前の水分含量を100として、試験終了後のプラセボ及び食用へちま乾燥物摂取群の水分含量を相対的に算出した。その結果を図10に示す。
【0042】
[結果]
図9に示すように、線分スケール法(VAS法)による評価試験の結果から、食用へちま乾燥物を摂取することにより、プラセボ群と比較して、質問事項の問1から問3のすべてで、肌の潤いの改善傾向が認められた。特に問2については強い傾向が認められた(p=0.05)。
【0043】
また、図10に示すように、肌水分含量測定装置「Triplesense」(商品名、株式会社モリテックス)を用いた肌水分含量についても、食用へちま凍結乾燥物摂取群の方に、プラセボ摂取群と比較して、肌水分含量の増加傾向が認められた。
【0044】
以上から、試験例2で示された培養細胞のドーム形成を促進する効果と、試験例6で示されたヒト試験による肌の潤いの改善傾向や肌水分含の増加傾向とが、よく相関していた。したがって、層状に培養した培養細胞と培養プレートとの隙間に細胞内外の塩や水が流れ込み溜まり、一部細胞がアーチ状に盛り上がることにより起こる培養細胞のドーム形成を利用して、生体の潤いに対する被検査物質の効果を評価できることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
底面を有する培養容器の容器内に培養細胞を播種し、第1の液体培地で、前記培養細胞が前記培養容器内の底面に層状の細胞層を形成するように培養し、その後、被検査物質を含む第2の液体培地で更に培養し、前記層状の細胞層と前記培養容器内の底面との隙間に浸透した水分によって細胞がアーチ状に盛り上がって形成される細胞ドームの形成度合いを測定することを特徴とする潤い効果の評価方法。
【請求項2】
前記培養細胞が、イヌ腎由来細胞であるMDCK(Madin-Darby Canine Kidny)細胞、MDCK I(Madin-Darby Canine Kidny StrainI)細胞、MDCK II(Madin-Darby Canine Kidny StrainII)細胞、MDCK-ProteinFree細胞、MDCK-SIAT1細胞、豚腎尿細管上皮細胞であるSK-L細胞、豚腎尿細管上皮細胞であるFS-L3細胞、サル腎臓由来細胞であるJTC-12細胞、ヒト結腸腺癌由来細胞であるCaco-2細胞、又はアフリカツメガエル腎臓由来細胞であるA-6細胞である請求項1記載の潤い効果の評価方法。
【請求項3】
前記培養細胞が、イヌ腎由来細胞であるMDCK(Madin-Darby Canine Kidny)細胞、MDCK I(Madin-Darby Canine Kidny StrainI)細胞、MDCK II(Madin-Darby Canine Kidny StrainII)細胞、MDCK-ProteinFree細胞、又はMDCK-SIAT1細胞である請求項1記載の潤い効果の評価方法。
【請求項4】
前記細胞ドームの形成度合いとして、単位面積当たりの細胞ドームの数、細胞ドームの大きさ、及び/又は細胞ドームが占める面積比率を測定する請求項1〜3のいずれか1つに記載の潤い効果の評価方法。
【請求項5】
前記細胞ドームの形成度合いとして、単位面積当たりの細胞ドームの数を測定する請求項1〜3のいずれか1つに記載の潤い効果の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−24489(P2011−24489A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−174113(P2009−174113)
【出願日】平成21年7月27日(2009.7.27)
【出願人】(000006116)森永製菓株式会社 (130)
【Fターム(参考)】