説明

炭素イオンビーム照射を用いた酵母の変異株取得法

【課題】アルコールの生産能又はGABA等のアミノ酸の有用成分の生産能が高く、しかも醤油・味噌などの高塩分の食品の醸造にも利用可能であり、生育が良好であるジゴサッカロミセス属の酵母を得る。
【解決手段】ジゴサッカロミセス・ルキシーに炭素イオンビーム照射を行って突然変異を誘発し、その後、シクロヘキシミド耐性を示す株を選抜することによって、従来の方法では得ることができなかった、アルコールの生産能が著しく高く、かつ親株に比較して生育も良好なZ.ルキシー変異株、又はGABAおよび各種アミノ酸の生産能が高く、かつ親株に比較して生育も良好なZ.ルキシー変異株を取得できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素イオンビームの照射およびシクロヘキシミド耐性株のスクリーニングによる、アルコール又はγ−アミノ酪酸や各種アミノ酸の生産能が著しく向上し、かつ生育が良好な酵母ジゴサッカロマイセス・ルキシー(Zygosaccharomyces rouxii、以下「Z.ルキシー」と表記する場合もある)の変異株の取得法、該取得法によって得られるZ.ルキシーの変異株、該変異株を用いた醤油や味噌あるいは清酒や焼酎などの醸造食品に係るものである。
【背景技術】
【0002】
醤油、味噌、清酒、焼酎等の醸造食品の製造では、各種の酵母が重要な役割を果たす。たとえば、醤油の醸造では、Z.ルキシーが、清酒の醸造ではサッカロマイセス・セルビシエ(Saccharomyces cerevisiae、以下「S.セルビシエ」と表記)がもろみ中の糖類の分解等に関与し、各種有用成分の生産や完成した食品の香味に対して大きく寄与している。
【0003】
Z.ルキシーは、アルコール生産能が低く、たとえばこれを用いて醤油を製造したとしても、アルコール濃度3%付近までしかアルコール発酵を行うことができない。そのため、醤油醸造に用いる場合、醸造した醤油の防黴性を高めるためには、必要により発酵終了後に食用のアルコールを別途添加することが必要であった。また、アルコール生産能が低いため、当該酵母を清酒や焼酎の製造に用いられることはなかった。
【0004】
一方、S.セルビシエは、Z.ルキシーに比較して耐塩性が低いことから、醤油や味噌の製造に利用することはできないが、アルコール生産能が高いことから清酒や焼酎の製造に用いられている。また、変異処理することなく、または変異処理したS.セルビシエ株のうち、オリゴマイシンやシクロヘキシミドを含む薬剤含有培地における生存株を選択することで、より高濃度のアルコールを含むもろみを製造する株を育種できることも報告されている(特許文献1)。しかしながら、当該方法では親株に比べて10%程度上昇したアルコール高生産株を取得するのが限界であり、より実用的な方法が切望されていた。
【0005】
また、一般的に、S.セルビシエの乾燥酵母菌体1gあたり0.02〜0.04mg程度のγ−アミノ酪酸(以下「GABA」と呼ぶ)が存在しているが、S.セルビシエにフェムト秒レーザーを照射することで突然変異を誘発し、GABA及びグリシンを高生産する酵母変異株を高頻度に獲得できることが報告されている(特許文献2)。しかしながら、当該変異株は、乾燥菌体1gあたりのGABA生産量が約0.04mgから5mg程度にまで増加させることが可能ではあるものの、得られた変異株は親株に比べて生育が非常に悪く、フェムト秒レーザー照射による変異株の取得は実用な方法とは到底考えられていなかった。
【0006】
さらに最近、微生物に対し、突然変異率が高く、かつ幅広い突然変異を効率的に誘発することのできる新たな手段として、微生物菌体に、500〜1200keV/μmの線エネルギー付与(LET)を有する重イオンビーム(鉄イオンビーム、キセノンイオンビーム、またはクリプトンイオンビームなど)を照射し、該微生物の遺伝子に、挿入変異、欠失変異、点変異などの変異を導入する、微生物に対する突然変異誘発方法が公開され(特許文献3)、この方法では、微生物として酵母も例示されている。しかし、実際の酵母の実施例はなく、鉄イオンビーム照射を用いたショ糖感受性根粒菌株の作出法が唯一具体的に記載されているだけである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−60538号公報
【特許文献2】特開2008−154497号公報
【特許文献3】特開2008−306991号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
したがって本発明の目的は、第一に、S.セルビシエとZ.ルキシーの両方の特徴と兼ね備えた酵母、すなわち、耐塩性が高く、かつアルコール生産能又はGABA等のアミノ酸等の有用成分の生産能も高い変異株を取得することにあり、第二に、これらの変異株を醤油・味噌などの高塩分の食品の醸造に応用することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を行った結果、実用的な方法ではないと考えられているフェムト秒レーザー照射に代わり、最近、糸状菌等の変異株の作出に利用されているイオンビーム照射による変異株の作出(特開2009−195205号公報、特開2009−95280号公報、特開2009−95279号公報、及び特開2007−228849号公報)をZ.ルキシーに応用し、更にシクロヘキミド耐性株のスクリーニングにより、上記第1と第2のそれぞれの目標に合致した変異株の取得に成功し、本発明を完成させたものである。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の[1]から[12]に関するものである。
[1].ジゴサッカロミセス・ルキシー(Zygosaccharomyces rouxii)(Z.ルキシー)に属する酵母の変異株を取得する方法において、
(1)Z.ルキシーに属する酵母に炭素イオンビームを照射し、変異を誘発する工程、
(2)炭素イオンビーム照射後の酵母から、シクロヘキシミド耐性を有する株をスクリーニングする工程、
(3)当該スクリーニングされた株より、アルコールまたはアミノ酸の生産能が親株に比べて高い変異株を選抜する工程、
を含む、変異株の取得法。
[2].工程(3)におけるアミノ酸がγ−アミノ酪酸である、上記[1]に記載の取得法。
[3].工程(3)におけるアミノ酸が、γ−アミノ酪酸に加えて、更に、β−アラニン、オルニチン及びアルギニンである、上記[2]に記載の取得法。
[4].工程(2)において、炭素イオンビームを照射線量100−500Gyの範囲で照射する、上記[1]から[3]のいずれかに記載の取得法。
[5].耐塩性が高く、かつ、アルコールまたはアミノ酸の生産能が親株に比べて高く、更に、生育能が親株に比べて高い、Z.ルキシーに属する酵母の変異株。
[6].アミノ酸がγ−アミノ酪酸である、上記[5]に記載の変異株。
[7].アミノ酸が、γ−アミノ酪酸に加えて、更に、β−アラニン、オルニチン及びアルギニンである、上記[6]に記載の変異株。
[8].上記[1]から[4]のいずれかの取得法によって得られる、上記[5]から[7]のいずれかに記載の変異株。
[9].受領番号が「NITE AP−821」又は「NITE AP−820」である、上記[5]から[8]のいずれかに記載の変異株。
[10].上記[5]から[9]のいずれかに記載の変異株を用いて醸造した醸造食品。
[11].醸造食品が、含塩食品である、上記[10]に記載の醸造食品。
[12].含塩食品が味噌又は醤油である、上記[11]に記載の醸造食品。
【発明の効果】
【0011】
本発明の変異株の取得法は、炭素イオンビーム照射とシクロヘキシミド耐性のスクリーニングを組み合わせることを特徴とし、耐塩性が高く、生育が良好で、かつアルコール生産能又はGABA等のアミノ酸等の有用成分の生産能も高い変異株の実用的な取得法を初めて提供するものである。
本発明の取得法で取得したアルコール生産能の高いZ.ルキシー変異株を用いることで、アルコールを豊富に蓄積した香味豊かな醤油、味噌等の含塩食品を製造することができる。また、アルコール生産能が低く、従来酒類の製造には適していないとされてきたZ.ルキシーにおいて、新たにアルコールをよく生産する変異株を得たことで、従来なかった全く新たな酒類や味醂などのアルコール含有調味料を生産することも可能である。
さらに、本発明の取得法で取得したGABA等のアミノ酸等の有用成分の生産能の高いZ.ルキシー変異株を用いることで、GABAや各種アミノ酸などの有用成分を豊富に蓄積した醤油、味噌等の含塩食品を製造することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、Z.ルキシーの変異株であるGABA−1株と親株である182株を、YPD培地を用いて振盪培養した際の、OD600の値の変化を示したものである。図中、四角形のプロットで結ばれた線がGABA−1株、ダイヤ形のプロットで結ばれた線が親株の値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の変異株の取得法に用いる親株である酵母は、醤油や味噌、清酒、焼酎等の醸造食品の製造に用いることができ、ジゴサッカロマイセス・ルキシー(Z.rouxii)に属するものであれば、いかなる酵母でも使用することができる。また、これらのジゴサッカロマイセス・ルキシー(Z.rouxii)に属する酵母を親株として作出された変異株、遺伝子組換株であっても構わない。
【0014】
本発明の取得法は、炭素イオンビーム照射とシクロヘキシミド耐性のスクリーニングを組み合わせることを特徴としている。各種のイオンビーム照射と数々のスクリーリング法の組み合わせを検討する中で、炭素イオンビーム照射とシクロヘキシミド耐性の変異株のスクリーニングの組み合わせが、耐塩性が高く、かつアルコール生産能あるいはGABA等のアミノ酸等の有用成分の生産能も高く、更には生育能も高い変異株を、いずれも最も効率よく取得することができる。
【0015】
炭素イオンビームの照射は、当該酵母を液体培地中で培養した後に、凍結乾燥体を作成し、これに対して行うのが好ましいが、炭素イオンビーム照射による変異誘発が適切に行われる方法であれば、当該方法に限定されない。
【0016】
炭素イオンビームの照射量は、当該酵母に過度の損傷を与えず、かつ変異を与えられるような範囲であれば特に限定されるものではない。例えばZ・ルキシーに炭素イオンビームを照射する場合の照射量の範囲として、照射線量100〜500Gy程度であり、好ましくは100〜200Gy、とくに好ましくは100Gy程度である。
【0017】
本発明の変異株の取得法では、Z・ルキシーに炭素イオンビームを照射して変異を誘発したZ・ルキシーを、引き続きそのまま、シクロヘキシミド耐性のスクリーニングに供する。スクリーニング方法としては、具体的には、炭素イオンビーム照射した菌体を、シクロヘキシミドを含有する選択培地上に塗布し、耐性を示す株だけを選抜すればよい。培地中のシクロヘキシミド濃度としては、通常用いられる濃度を適用すればよいが、具体的には、0.1〜10μg/mlが好ましい。
【0018】
変異株が目的の性質を有することを確認するためには、酵母のアミノ酸生産能またはアルコール生産能を測定する。測定法としては公知の方法を採用することができ、たとえばアミノ酸生産能を計測するときには、凍結乾燥した目的酵母の抽出液を用いてアミノ酸分析計で初期のアミノ酸の濃度を測定する。また、アルコール生産能を計測するときには、目的酵母をYPD培地で静置培養し、培養液中のアルコール濃度を測定すればよい。生育能を計測するときには、同様に目的酵母をYPD培地で静置培養し、培養液の吸光度を測定すればよい。耐塩性の測定は、目的酵母を、YPD培地に食塩10%を添加した高塩性の培地で培養し、生育の様子を確認すればよい。すなわち、この培地で少なくとも正常に生育するものは耐塩性が高いといえる。
【0019】
このようにして取得した本発明の変異株は、耐塩性が高く、かつアルコール生産能あるいはGABA等のアミノ酸等の有用成分の生産能が親株に比べて高く、更には生育能も親株に比べて高いものである。ここで、耐塩性が高いとは、酵母である親株Z・ルキシーは、本来、耐塩性が高いものであり、この本来の高い耐塩性が少なくとも損なわれない程度の高さの耐塩性を意味する。また、親株に比べて高いアルコール生産能とは、親株と同じ条件で培養したときの培養液中のアルコールの濃度が少なくとも3倍高いことを意味する。GABA等のアミノ酸等の有用成分の生産能が親株に比べて高いとは、GABAの生産量が、乾燥菌体1g当り少なくとも5mgであることを意味し、更に好ましくは、GABA、β−アラニン、オルニチン及びアルギニンの生産量が、乾燥菌体1g当り少なくともそれぞれ0.1mg、5mg、1mg及び9mgであることを意味する。また、親株に比べて生育能が高いとは、親株と同じ条件で培養したときの培養液の吸光度が少なくとも2倍高いことを意味する。
このような変異株として、より具体的には、後述する実施例においてアルコール生産能が高く生育能が高い変異株として取得され、平成21年10月1日に特許微生物寄託センター(NPMD)に、Zygosaccharomyces rouxii koba-2として寄託され受領番号として「NITE AP−821」が付与された耐性株−1株、 GABA、β−アラニン、オルニチン及びアルギニンの生産能が高く生育能が高い株として取得され、平成21年10月1日に特許微生物寄託センター(NPMD)に、Zygosaccharomyces rouxii koba-1として寄託され受領番号として「NITE AP−820」が付与されたGAB−1株が挙げられる。
【0020】
以上に説明した本発明の酵母の変異株は、醤油や味噌などの含塩食品、酒類や味醂などのアルコール含有調味料等の醸造食品の製造に応用することができる。より具体的には、アルコール生産能が高い変異株又はGABA等のアミノ酸等の有用成分の生産能が高い変異株は、特に醤油や味噌などの含塩食品の製造に好ましく用いることができる。これらの変異株を用いて醤油や味噌などの含塩食品を製造するには、公知の方法を用いることができる。たとえば、該酵母を用いて醤油を製造する場合、通常の麹原料、たとえば撒水して蒸煮した大豆原料と炒熬割砕した小麦原料の混合物に麹菌を接種混合して麹を調製し、得られた麹を通常の仕込みタンクに適当な濃度の食塩水で仕込み、適宜撹拌しつつ発酵熟成させ、乳酸発酵が終了する仕込み1ヶ月程度の時点で本願発明の変異酵母を添加する。添加後、さらに2〜5ヶ月間程度発酵熟成させて醤油諸味を得、常法により圧搾、精製、必要により火入れを行い、製品醤油(生醤油あるいは火入醤油)とする。
【0021】
また、本発明のアルコール生産能が高い変異株は、高いアルコール生産能を有することから、特に酒類や味醂などのアルコール含有調味料の醸造に応用することが可能である。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、本発明は、これら実施例によって何ら限定されるものではない。
実施例1
炭素イオンビーム照射による、エタノール高生産性Z.ルキシー変異株の取得
親株のZ.ルキシー182株を、YPD液体培地(2%ペプトン、1%酵母エキス、2%グルコース)100ml中、30℃で2日間振盪培養した。集菌後、菌体を滅菌水および保護用培地(6%ポリビニルピロリドンK90、3%グルタミン酸ナトリウム、5%ラクトース、0.1Mリン酸(K−K)緩衝液(pH7.0))で洗浄し、保護用培地30mlに懸濁した。その後、乾燥後の厚さが1mm以下で均一になるよう、直径5cmのプレート上に、酵母を懸濁した保護用培地を塗布した。酵母を塗布したプレートを真空乾燥し、共雑を避けるためにカプトン膜(厚さ7.5μm)をかぶせた。イオンビーム照射には日本原子力研究開発機構 高崎量子応用研究所のイオン照射研究施設TIARAを用い、炭素イオンビームを照射エネルギー220MeV、吸収線量100〜500Gyにて照射した。
【0023】
イオンビーム照射した酵母を復水培地(1%グルコース、0.5%ペプトン、0.3%酵母エキス、0.3%酵母エキス)に懸濁した後、シクロヘキシミド3ppmを含むYPD寒天培地(2%ペプトン、1%酵母エキス、2%グルコース、1.5%寒天)に塗布し、30℃で3日間培養した。生育したシクロヘキシミド耐性株の数を数え、塗布した細胞数に対する生育コロニー数の比率をシクロヘキシミド耐性株の生育率とした。照射した炭素イオンビームの各照射線量における変異率、すなわち生育率を表1に示す。なお照射線量を200Gy以上にすると、シクロヘキシミド耐性株の耐塩性が欠失する傾向が見られた。
【0024】
【表1】

【0025】
シクロヘキシミド耐性を獲得した変異株7株をピックアップし、YPD液体培地10mlで30℃2日間振盪培養して、前培養とした。該前培養液を、5×10cells/mlとなるようにYPD20培地(2%ペプトン、1%酵母エキス、20%グルコース)に植菌し、30℃で7日間静置培養した。培養終了後に培養液中のアルコール濃度およびOD600を測定した結果を表2に示す。
【0026】
表2に示したとおり、シクロヘキシミド耐性株の中の高濃度GABA蓄積株(耐性株−6(GABA−1)及び耐性株−7(GABA−2))以外の株(耐性株−1、耐性株−2、耐性株−3、耐性株−4及び耐性株−5)では、アルコール発酵能が著しく向上していた。また、生育も親株よりも良好であった。
このように、イオンビーム照射を行った株のうち、シクロヘキシミド耐性を呈する株を選抜することにより、アルコール生産能が高いうえに、生育能も高い変異株を取得できることが明らかになった。
【0027】
【表2】

【0028】
実施例2
本発明のZ.ルキシー変異株を利用したアルコール高濃度含有醤油の製造
実施例1で選択したZ.ルキシー変異株を使用して醤油を製造し、醸造特性を調べた。すなわち、脱脂大豆5kgに150%散水し、2kg/cmで13分間加圧蒸煮後、40℃に冷却したものに炒熬割砕した小麦4.8kgを混合して粉合せ原料を得、これに麹菌を接種混合して小型通風製麹装置内で送風温度28℃で24時間、次いで26℃で20時間製麹して醤油麹を得た。
【0029】
得られた麹10kgに24.5%食塩水15.3リットル(L)を加えて小型容器に仕込み、15℃で1ヶ月発酵熟成させた後、実施例1にて「耐性株−1」として得られたアルコール高生産性Z.ルキシー変異株を10個/ml添加し、次いで、30℃で5ヶ月間発酵熟成させた。得られた諸味を濾紙濾過により液汁と固形分に分けて諸味液汁を得、諸味液汁を加熱処理して醤油を得た。その結果、アルコール濃度が3%以上の香味豊かな醤油が得られることを確認した。
なお、耐性株−1株は、平成21年10月1日に特許生物寄託センター(NPMD)に、Zygosaccharomyces rouxii koba-2として寄託され、受領番号として「NITE AP−821」が付与されている。
【0030】
実施例3
炭素イオンビーム照射によるアミノ酸高生産性Z.ルキシー変異株の取得
実施例1で取得したシクロヘキシミド耐性株をYPD液体培地5mlで30℃一晩振盪培養して、集菌した後、2回水洗した。洗浄した菌体を凍結乾燥し、その乾燥菌体の重量を測定した。
【0031】
凍結乾燥した上記菌体に水1mlを添加し、40℃で1時間撹拌した後、メタノール1mlを添加し、40℃で1時間撹拌した。遠心後、抽出液を40倍に減圧濃縮し、薄層クロマトグラフにてGABA生産量を比較した(展開溶媒は、n−ブタノール:酢酸:水=3:2:1とした)。実施例1で取得したシクロヘキシミド耐性株の7株のうち、親株よりもGABA生産量が増加した株を2株取得し、表2にも記載したように、最もGABA生産能が高いと思われる株をGABA−1株とし、次に高い株をGABA−2株とした。さらに、このGABA−1株について、抽出液中の各アミノ酸含量をアミノ酸分析計にて測定した。アミノ酸分析計の測定値を、乾燥菌体あたりに換算した結果を表3に示す。
【0032】
表3に示す結果から、GABA−1株は、GABAだけでなく、β−アラニン、オルニチン、アルギニンなどの各種のアミノ酸についても、親株よりも多く蓄積している上に、表2の結果からも明らかなように生育も良好であることが分かった。
【0033】
【表3】

【0034】
また、GABA−1株と親株である182株とを、10mlのYPD培地中において30℃で2日間振盪培養し、前培養とした。前培養液を、2×10cells/mlとなるようにYPD培地に植菌し、30℃で振盪培養し、経時的に菌液をサンプリングして、OD600を測定した。
結果を図1に示した。図1から分かるように、GABA−1株は、親株である182株よりも増殖速度が速く、最終OD600も高いものであり、より良好な生育を示した。
【0035】
このように、イオンビーム照射を行った株のうち、シクロヘキシミド耐性を呈する株を選抜することにより、GABAおよび各種アミノ酸の生産能が高いうえに、生育能も高い変異株を取得できることが明らかになった。なお、GABA−1株は、平成21年10月1日に特許微生物寄託センター(NPMD)に、Zygosaccharomyces rouxii koba-1として寄託され、受領番号として「NITE AP−820」が付与されている。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明によれば、炭素イオンビーム照射とシクロヘキシミド耐性のスクリーニングを組み合わせたZ.ルキシー変異株の取得法であって、生育が良好で、かつアルコール生産能又はGABA等のアミノ酸等の有用成分の生産能も高い変異株の実用的な取得法が提供される。本発明の取得法で取得したアルコール生産能の高いZ.ルキシー変異株を用いることで、アルコールを豊富に蓄積した香味豊かな醤油、味噌等の含塩食品を製造することができる。また、アルコール生産能が低く、従来酒類の製造には適していないとされてきたZ.ルキシーにおいて、新たにアルコールをよく生産する変異株を得たことで、従来なかった全く新たな酒類や味醂などのアルコール含有調味料を生産することも可能である。
さらに、本発明の取得法で取得したGABA等のアミノ酸等の有用成分の生産能の高いZ.ルキシー変異株を用いることで、GABAや各種アミノ酸などの有用成分を豊富に蓄積した醤油、味噌等の含塩食品を製造することもできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジゴサッカロミセス・ルキシー(Zygosaccharomyces rouxii)(Z.ルキシー)に属する酵母の変異株を取得する方法において、
(1)Z.ルキシーに属する酵母に炭素イオンビームを照射し、変異を誘発する工程、
(2)炭素イオンビーム照射後の酵母から、シクロヘキシミド耐性を有する株をスクリーニングする工程、
(3)当該スクリーニングされた株より、アルコールまたはアミノ酸の生産能が親株に比べて高い変異株を選抜する工程、
を含む、変異株の取得法。
【請求項2】
工程(3)におけるアミノ酸がγ−アミノ酪酸である、請求項1に記載の取得法。
【請求項3】
工程(3)におけるアミノ酸が、γ−アミノ酪酸に加えて、更に、β−アラニン、オルニチン及びアルギニンである、請求項2に記載の取得法。
【請求項4】
工程(2)において、炭素イオンビームを照射線量100−500Gyの範囲で照射する、請求項1から3のいずれかに記載の取得法。
【請求項5】
耐塩性が高く、かつ、アルコールまたはアミノ酸の生産能が親株に比べて高く、更に、生育能が親株に比べて高い、Z.ルキシーに属する酵母の変異株。
【請求項6】
アミノ酸がγ−アミノ酪酸である、請求項5に記載の変異株。
【請求項7】
アミノ酸が、γ−アミノ酪酸に加えて、更に、β−アラニン、オルニチン及びアルギニンである、請求項6に記載の変異株。
【請求項8】
請求項1から4のいずれかの取得法によって得られる、請求項5から7のいずれかに記載の変異株。
【請求項9】
受領番号が「NITE AP−821」又は「NITE AP−820」である、請求項5から8に記載の変異株。
【請求項10】
請求項5から9のいずれかに記載の変異株を用いて醸造した醸造食品。
【請求項11】
醸造食品が、含塩食品である、請求項10に記載の醸造食品。
【請求項12】
含塩食品が味噌又は醤油である、請求項11に記載の醸造食品。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2011−78331(P2011−78331A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−231443(P2009−231443)
【出願日】平成21年10月5日(2009.10.5)
【出願人】(000006770)ヤマサ醤油株式会社 (56)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】