説明

炭酸ガス還元用硫化モリブデン触媒及び一酸化炭素の製造方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、炭酸ガスを還元して一酸化炭素に変換し、化成品の原料や燃料として利用するための炭酸ガス還元用触媒及びその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】近年、地球規模の環境汚染が人類の生存を脅かす問題として大きくクローズアップされているが、その中で最も対策の難しい問題が炭酸ガスによる地球温暖化である。炭酸ガスは、これまで問題になってきた窒素酸化物や硫黄酸化物などと異なり、それ自身には毒性はないが、全世界で年間約200億トンという膨大な量が排出されており、大気中の炭酸ガス濃度の上昇に伴い、温室効果による気候変動が起こり、何千万人もの環境難民が発生すると危ぐされている。これを防止するため、エネルギー代替や省エネルギーなどによる炭酸ガス排出の抑制が政策的に推進されようとしているが、炭酸ガスの排出は経済社会の発展と密接な関係を持っているため、その大幅な抑制は極めて難しい情勢である。したがって、炭酸ガスによる地球温暖化を阻止するためには炭酸ガスの還元・固定化技術の開発が不可欠である。
【0003】炭酸ガスを水素と反応させて還元する接触水素化反応による炭酸ガスの還元・固定化法は、光化学反応法や電気化学反応法、高分子合成による方法、有機合成による方法などと比べ、単位時間、単位面積当りの炭酸ガスの還元・固定化能力が大きく、大量の炭酸ガスの処理が可能である。また、既存のフィッシャー・トロプシュ法炭化水素合成技術などが応用でき、気相反応であるため、生成物の分離が容易などの利点も持っている。これまで接触水素化反応による炭酸ガスの還元・固定化法として、ルテニウムやロジウムなどの貴金属触媒を用いる方法が研究されてきた(例えば、F.Solymosi and A.Erdohelyi,J.Mol.Catal.,Vol.8,471(1980))。
【0004】しかしこの方法は、1)使用する触媒が高価であり、硫化水素や亜硫酸ガスなどのイオウ化合物によって簡単に被毒され、触媒活性が急激に低下する、2)この反応では炭酸ガスがメタンに還元されるが、この反応は原料よりも生成物のエネルギーが低くなる発熱反応であるため、エネルギー歩留まりが悪い、3)一般に反応温度が350℃〜500℃と高く、その温度を発生するために化石燃料を使用するため、実質的に炭酸ガスの排出抑制にさえもならない、などの欠点を持っていた。
【0005】一方、硫化モリブデンは輝水鉛鉱として地殻中に広く分布しており、潤滑剤などとして市販されている安価で低毒性の物質である。硫化モリブデン触媒は水素添加脱硫触媒や一酸化炭素のメタン化触媒として使われている例があるが、高価な貴金属を必要とせず、硫化水素や亜硫酸ガスなどの硫黄化合物によって被毒されず、耐久性があるという特長を持っている。しかし、これまで硫化モリブデン触媒を炭酸ガス還元に用いた研究はほとんど行われておらず、しかも硫化モリブデンは炭酸ガス還元に対して低い活性しか持たないことが報告されていた(M.Saito and R.B.Anderson.J.Catal.,Vol.67,296(1981))。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明は上記の点に鑑み、硫黄化合物によって被毒されず、耐久性があり、経済的で、低温かつ常圧という温和な条件で炭酸ガスを選択的に一酸化炭素に還元できる、炭酸ガス還元用硫化モリブデン触媒及びその製造方法の提供を目的とするものである。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明の炭酸ガス還元用触媒は担体に担持された硫化モリブデンで、S/Moのモル比が1.4以上、1.95以下であることを特徴とするものである。本発明の触媒は、炭酸ガスを水素ガスと反応させ、効率良く一酸化炭素に還元する。
【0008】本発明者らは上記の目的を達成するため鋭意研究を行った結果、二硫化モリブデンや三硫化モリブデン、あるいはモリブデンのその他の高級硫化物は炭酸ガス還元に対する活性が低いが、硫化モリブデンのS/Moのモル比を1.4以上、1.95以下にすると、炭酸ガス還元に対する活性が大幅に向上することを見いだし、さらにそれを担体に担持することにより飛躍的に活性が向上することを見いだした。
【0009】本発明に用いられる担体としては、アルミナやシリカ、活性炭、ゼオライト、活性白土、酸化鉄、ジルコニア、チタニア、フェライトやそれらの混合物などが挙げられる。これらの担体の中でも、アルミナとチタニアが特に好ましい。これらの担体は多孔質や微粒子などの表面積の大きなものが好ましい。
【0010】本発明の炭酸ガス還元用触媒は、モリブデン酸アンモニウムの水溶液に硫化水素や硫化アンモニウムを飽和させるなどして得られるテトラチオモリブデン酸アンモニウムのアンモニア水溶液あるいは硝酸、塩酸、硫酸などによるその酸性溶液に、多孔質や微粒子、ゾルなどの状態の担体を攪はんしながら加え、乾燥した後、水素、窒素、あるいはアルゴンやヘリウムなどの不活性ガス気流中で400℃以上、700℃以下の温度で加熱することによって調製される。また、担体に担持された三硫化モリブデンを、水素、窒素、あるいはアルゴンやヘリウムなどの不活性ガス気流中で、400℃以上、700℃以下の温度で加熱することなどによっても調製される。
【0011】担体に担持された三硫化モリブデンは、モリブデン酸アンモニウムの水溶液に多孔質や微粒子、ゾルなどの状態の担体を攪はんしながら加え、硫化水素や硫化アンモニウムで飽和させた後、塩酸や硫酸などの酸によって中和し、濾過した後窒素や不活性ガス雰囲気下で100〜150℃で一晩加熱乾燥することによって得られる。また、モリブデン酸アンモニウムの硫化アンモニウム溶液やアンモニア水溶液に多孔質や微粒子、ゾルなどの状態の担体を攪はんしながら加えて乾燥した後、酸素気流中で加熱し、その後、硫化水素あるいは水素と硫化水素の混合ガスの気流中で350〜600℃に加熱することによっても得られる。
【0012】 触媒中に含まれる硫化モリブデンのS/Moのモル比は、1.5に近い方が好ましい。加熱温度は450〜500℃が最も好ましく、温度がそれ以上になると焼結が進み、触媒の表面積が小さくなるため、触媒活性が低下する。また、触媒中に含まれる硫化モリブデンのS/Moのモル比は、触媒活性を低下させないためには、2を下回る値、望ましくは、1.95以下が好ましいが、加熱温度が400℃未満では硫化モリブデンのS/Moのモル比が2以上となり、低い触媒活性しか得られない。加熱時間は1時間程度が望ましく、加熱温度を高くするにつれて短くした方がよい。加熱時間が長くなりすぎると焼結が進み、触媒の表面積が小さくなるため、触媒活性が低下する。本発明の触媒における硫化モリブデンの担持量としては0.1〜35重量%、特に1〜5重量%が好ましい。
【0013】こうして得られた本発明の触媒に炭酸ガスと水素を含んだガスを流通させることにより、炭酸ガスは触媒上で水素と反応し、ほぼ100%の選択率で一酸化炭素に変換された。反応生成物である一酸化炭素はそのまま燃料としても使用できるし、既存の合成ガス(一酸化炭素と水素)からのメタノール製造プロセスやC1化学技術などを利用して、最近、自動車用燃料として脚光を浴びているメタノールや化成品の原料に変換して利用することもできる。この炭酸ガスを一酸化炭素に変換する反応は吸熱反応であるため、エネルギー歩留まりが良く、生成物である一酸化炭素は太陽エネルギーや廃熱など、熱源の熱を蓄えたことになる。
【0014】
【実施例】本発明の実施例の内で特に代表的なものを以下に示す。
【0015】実施例1テトラチオモリブデン酸アンモニウムのアンモニア水溶液に担体としてチタニアの微粉末(テトラチオモリブデン酸アンモニウムに対して500重量%)を攪はんしながら加え、室温で真空乾燥した後、水素気流中、450℃で1時間加熱した。得られた触媒の硫黄分を元素分析によって、また、Mo含有量を発光分光分析法によって調べた結果、この触媒中に含まれる硫化モリブデンのS/Mo比は1.6であった。この触媒300mgを直径1cmの石英製U字型反応管に充填し、炭酸ガスと水素1:1の混合ガスを20m1/minの流量で流通させて反応させ、得られた反応生成物をガスクロマトグラフを用いて分析した。その結果、300℃で6%、400℃で20%、500℃で31%の炭酸ガスが一酸化炭素に変換されていた。一酸化炭素以外の反応生成物は見られなかった。
【0016】比較例1テトラチオモリブデン酸アンモニウムのアンモニア水溶液に担体としてチタニアの微粉末(テトラチオモリブデン酸アンモニウムに対して500重量%)を攪はんしながら加え、室温で真空乾燥した後、水素気流中、350℃で1時間加熱した。得られた触媒の硫黄分とMo含有量を実施例1と同様にして調べた結果、この触媒中に含まれる硫化モリブデンのS/Moのモル比は2.1であった。この触媒300mgを用いて、実施例1と同様にして炭酸ガスと水素1:1の混合ガスを20ml/minの流量で流通させて反応させ、得られた反応生成物をガスクロマトグラフを用いて分析した。その結果、炭酸ガスの一酸化炭素への変換率は300℃で2%、400℃で7%、500℃で15%であった。
【0017】比較例2市販の二硫化モリブデン(MoS2)300mgを直径1cmの石英製U字型反応管に充填し、実施例1と同様にして炭酸ガスと水素1:1の混合ガスを20ml/minの流量で流通させて反応させ、得られた反応生成物をガスクロマトグラフを用いて分析した。その結果、炭酸ガスの一酸化炭素への変換率は300℃で1%、400℃で3%、500℃で8%であった。
【0018】実施例2テトラチオモリブデン酸アンモニウムのアンモニア水溶液に担体としてアルミナの微粉末(テトラチオモリブデン酸アンモニウムに対して600重量%)を攪はんしながら加え、室温で真空乾燥した後、水素気流中、500℃で50分間加熱した。得られた触媒の硫黄分とMo含有量を実施例1と同様にして調べた結果、この触媒中に含まれる硫化モリブデンのS/Moのモル比は1.6であった。この触媒300mgを用いて、実施例1と同様にして炭酸ガスと水素1:1の混合ガスを20ml/minの流量で流通させて反応させ、得られた反応生成物をガスクロマトグラフを用いて分析した。その結果、300℃で5%、400℃で19%、500℃で31%の炭酸ガスが一酸化炭素に変換されていた。一酸化炭素以外の反応生成物は見られなかった。
【0019】比較例テトラチオモリブデン酸アンモニウムのアンモニア水溶液に担体としてアルミナの微粉末(テトラチオモリブデン酸アンモニウムに対して600重量%)を攪はんしながら加え、室温で真空乾燥した後、水素気流中、350℃で1時間加熱した。得られた触媒の硫黄分とMo含有量を実施例1と同様にして調べた結果、この触媒中に含まれる硫化モリブデンのS/Moの比は2.2であった。この触媒300mgを用いて実施例1と同様にして炭酸ガスと水素の1:1の混合ガスを20ml/minの流量で流通させて反応させ、得られた反応生成物をガスクロマトグラフを用いて分析した。その結果、炭酸ガスの一酸化炭素への変換率は300℃で1.5%、400℃で6%、500℃で13%であった。
【0020】実施例380重量%の活性炭に担持された三硫化モリブデンをアルゴンガス気流中で、480℃で55分間加熱した。得られた触媒の硫黄分とMo含有量を実施例1と同様にして調べた結果、触媒中に含まれる硫化モリブデンのS/Mo比は1.5であった。この触媒300mgを用いて、実施例1と同様にして炭酸ガスと水素1:1の混合ガスを20ml/minの流量で流通させて反応させ、得られた反応生成物をガスクロマトグラフを用いて分析した。その結果、300℃で6%、400℃で17%、500℃で26%の炭酸ガスが一酸化炭素に変換されていた
【0021】実施例475モル%の三二酸化鉄に担持された三硫化モリブデンをヘリウムガス気流中で、550℃で半時間、加熱した。得られた触媒の硫黄分とMo含有量を実施例1と同様にして調べた結果、触媒に含まれる硫化モリブデンのS/Moの比は、1.7であった。この触媒300mgを用いて、実施例1と同様にして炭酸ガスと水素とアルゴン1:1:1の混合ガスを30ml/minの流量で流通させて反応させ、得られた反応生成物をガスクロマトクラフを用いて分析した。その結果、300℃で7%、400℃で18%、500℃で25%の炭酸ガスが一酸化炭素に変換されていた。
【0022】 実施例5テトラチオモリブデン酸アンモニウムの硝酸水溶液に担体としてゼオライトの微粉末(テトラチオモリブデン酸アンモニウムに対して800重量%)を攪はんしながら加え、室温で真空乾燥した後、窒素気流中、500℃で1時間加熱した。得られた触媒の硫黄分とMo含有量を実施例1と同様にして調べた結果、この触媒中に含まれる硫化モリブデンのS/Moの比は、1.7であった。この触媒300mgを用いて、実施例1と同様にして炭酸ガスと水素1:1の混合ガスを30ml/minの流量で流通させて反応させ、得られた反応生成物をガスクロマトグラフを用いて分析した。その結果、炭酸ガスの一酸化炭素への変換率として300℃で5%、400℃で12%、500℃で25%という値が得られた。お、他の各種担体を使用して、上記実施例の場合と同様に実施したところ、ほぼ同様の結果が得られ、例えば、テトラチオモリブデン酸アンモニウムのアンモニア水溶液に担体として活性白土の微粉末(テトラチオモリブデン酸アンモニウムに対して500重量%)を加え、400℃で1時間加熱した結果、硫化モリブデンのS/Mo比が1.95の触媒が得られ、この触媒300mgを実施例1と同様に炭酸ガスと水素1:1の混合ガスを20ml/minの流量で流通させて反応させた結果、300℃で4.5%、400℃で11%、500℃で23%の炭酸ガスが一酸化炭素に変換され、一酸化炭素以外の反応生成物は見られなかった。
【0023】
【発明の効果】本発明は以上説明したように、硫黄化合物によって被毒されず、耐久性があり経済的で、低温かつ常圧という温和な条件で炭酸ガスを選択的に一酸化炭素に還元できる、炭酸ガス還元用硫化モリブデン触媒及びその製造方法を提供したものである。硫化モリブデンは潤滑剤などとして市販されており、安価で低毒性の物質であり、資源の供給という点からも問題が無い。本発明の触媒により、炭酸ガスは逆水性ガスシフト反応を起こして選択的に一酸化炭素に還元されるが、この反応は気相反応であるため大量の炭酸ガスの処理が可能であり、吸熱反応であるためエネルギーの歩留まりが良く、熱源として太陽熱や廃熱を利用すれば、生成物である一酸化炭素はそれらの熱を蓄えたことになるし、ヒートポンプとしての利用も可能である。また、反応生成物である一酸化炭素はそのまま燃料としても利用できるし、既存のC1化学技術を用いて自動車用燃料として脚光を浴びているメタノールや化成品の原料に変換して利用するこどもできるため、地球環境保全の面からもエネルギー対策の面からも非常に効果が大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 担体に担持され、S/Moのモル比が1.4以上、1.95以下である炭酸ガス還元用硫化モリブデン触媒を用いて、炭酸ガスを500℃以下の温度で還元して一酸化炭素に変換することを特徴とする一酸化炭素の製造方法。
【請求項2】 担体として、アルミナ、シリカ、活性炭、ゼオライト、活性白土、酸化鉄、ジルコニア、チタニア、フェライトのうちの少なくとも1種類以上を用いることを特徴とする請求項1記載の一酸化炭素の製造方法。
【請求項3】 請求項1記載の炭酸ガス還元用硫化モリブデン触媒の製造方法であって、テトラチオモリブデン酸アンモニウム溶液に担体を添加し、乾燥した後、水素、窒素、あるいはアルゴンやヘリウムなどの不活性ガス気流中で、400℃以上、700℃以下の温度で加熱して分解することを特徴とする前記炭酸ガス還元用硫化モリブデン触媒の製造方法。
【請求項4】 請求項1記載の炭酸ガス還元用硫化モリブデン触媒の製造方法であって、担体に担持された三硫化モリブデンを、水素、窒素、あるいはアルゴンやヘリウムなどの不活性ガス気流中で、400℃以上、700℃以下の温度で加熱して分解することを特徴とする前記炭酸ガス還元用硫化モリブデン触媒の製造方法。
【請求項5】 担体として、アルミナ、シリカ、活性炭、ゼオライト、活性白土、酸化鉄、ジルコニア、チタニア、フェライトのうちの少なくとも1種類以上を用いることを特徴とする請求項3または請求項4記載の炭酸ガス還元用硫化モリブデン触媒の製造方法。

【特許番号】第2600091号
【登録日】平成9年(1997)1月29日
【発行日】平成9年(1997)4月16日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−233665
【出願日】平成3年(1991)6月6日
【公開番号】特開平4−363142
【公開日】平成4年(1992)12月16日
【前置審査】 前置審査
【出願人】(000001144)工業技術院長 (75)
【指定代理人】
【氏名又は名称】 工業技術院名古屋工業技術研究所長
【参考文献】
【文献】特公 昭56−16085(JP,B2)