説明

産業車両のエンジン回転数制御装置

【課題】燃料消費量やブレーキ部への負担を抑制できる産業車両のエンジン回転数制御装置を提供する。
【解決手段】接近対象物への接近を検出すると、エンジン1の回転数の上限を抑制するように構成した。これにより、土砂等を積み込むためにダンプトラック等へ接近する際に、クラッチカットオフに伴うピッチングをクラッチカットオフを行わないことで防止して、ホイールローダ100の動きを滑らかにすることができるとともに、クラッチカットオフを行わないことで生じるトルコン2における動力損失やブレーキ部5aへの負担を軽減できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホイールローダ等の産業車両のエンジン回転数制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ホイールローダ等の産業車両では、たとえばダンプトラックに土砂等を積み込む作業を行う場合などには、ダンプトラックへ接近する際にブレーキを踏んで車両を減速させるが、作業機装置(バケット)を上方へ上げるためにアクセルペダルを踏み込んでエンジン回転数を高回転で維持するようにしている。そこで、ブレーキ液圧やブレーキ操作量を検出し、検出されたブレーキ液圧やブレーキ操作量が所定の値を超えると、前後進用のクラッチを解放して駆動力の伝達を遮断するクラッチカットオフ装置が知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−263384号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上述したクラッチカットオフ装置では、前後進用のクラッチを接続状態とするか解放状態とするかのいずれかの状態にしか制御できないため、クラッチの解放動作の前後で産業車両の動きが滑らかでなくなってしまう恐れがある。そのため、オペレータは、クラッチカットオフを行わないように設定してダンプトラックに土砂等を積み込む作業を行うことがある。しかし、クラッチカットオフを行わない状態でダンプトラックに土砂等を積み込む作業などを行うと、エンジン回転数が高まることで増大した駆動力に抗してホイールローダ100を減速および停止させる必要があり、燃料消費量やブレーキ部への負担が増大してしまう。
【課題を解決するための手段】
【0005】
請求項1の発明による産業車両のエンジン回転数制御装置は、産業車両のアプローチ対象物へのアプローチを検出するアプローチ検出手段と、アプローチ検出手段で産業車両のアプローチ対象物へのアプローチを検出するとエンジンの回転数の上限を抑制するエンジン回転数抑制手段とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、燃料消費量やブレーキ部への負担を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】産業車両の一例であるホイールローダの側面図である。
【図2】ホイールローダ100の概略構成を示す図である。
【図3】トランスミッション3の概略構成を示す図である。
【図4】トルコン速度比eと速度段の関係を示す図である。
【図5】Vシェープローディングについて示す図である。
【図6】土砂等のダンプトラックへの積み込みの際のホイールローダ100の状態を説明する図である。
【図7】ブレーキ液圧Plbとエンジン最高回転制限速度Rlimとの関係を示す図である。
【図8】アクセルペダル12の踏み込み量に対する目標エンジン回転速度を示す図である。
【図9】バケット112を上昇させているときにホイールローダ100の駆動力として利用できるエンジン1のトルクの曲線と、トルコン2への入力トルクの曲線とを示す図である。
【図10】本実施の形態のホイールローダ100におけるエンジン1の回転速度制御処理の動作を示したフローチャートである。
【図11】ブレーキ液圧Plbとエンジン最高回転制限速度Rlimとの関係の変形例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、図1〜10を参照して、本発明に係る産業車両のエンジン回転数制御装置の一実施の形態について説明する。図1は、本実施の形態に係るエンジン回転数制御装置が適用される産業車両の一例であるホイールローダの側面図である。ホイールローダ100は、アーム111、作業機装置であるバケット112、タイヤ113等を有する前部車体110と、運転室121、エンジン室122、タイヤ123等を有する後部車体120とで構成される。アーム111はアームシリンダ114の駆動により上下方向に回動(俯仰動)し、バケット112はバケットシリンダ115の駆動により上下方向に回動(ダンプまたはクラウド)する。前部車体110と後部車体120はセンタピン101により互いに回動自在に連結され、ステアリングシリンダ(不図示)の伸縮により後部車体120に対し前部車体110が左右に屈折する。
【0009】
図2は、ホイールローダ100の概略構成を示す図である。エンジン1の出力軸にはトルクコンバータ2(以下、トルコンと呼ぶ)の入力軸(図3の21)が連結され、トルコン2の出力軸(図3の22)はトランスミッション3に連結されている。トルコン2は周知のインペラ,タービン,ステータからなる流体クラッチであり、エンジン1の回転はトルコン2を介してトランスミッション3に伝達される。トランスミッション3は、後述するようにその速度段を1速〜4速に変速する液圧クラッチを有し、トルコン2の出力軸の回転はトランスミッション3で変速される。変速後の回転が、プロペラシャフト4,アクスル5を介してタイヤ113,123に伝達されて、ホイールローダが走行する。
【0010】
アクスル5には、ホイールローダ100を減速、停止させるためのブレーキ部5aが設けられている。ブレーキ部5aは、ブレーキバルブ32を介してブレーキフルード(作動油)が供給されると、作動油の圧力に応じた制動力を発生させる。ブレーキバルブ32は、作動油の油圧源30から供給される圧油をスプリング32aの圧縮力に応じた圧力に減圧する減圧弁である。運転室121内に設けられたブレーキペダル31がオペレータによって踏み込まれると、ブレーキペダル31の踏み込み力に応じてスプリング32aが圧縮される。したがって、ブレーキバルブ32は、作動油の油圧源30から供給される圧油をブレーキペダル31の踏み込み力に応じた圧力となるように減圧する。ブレーキバルブ32は、スプリング32aの圧縮力(すなわちブレーキペダル31の踏み込み力)が高くなるほど、高い圧力の作動油をブレーキ部5aに供給するように、作動油の圧力を減圧する。34は作動油タンクである。
【0011】
なお、不図示の作業用油圧ポンプはエンジン1により駆動され、この油圧ポンプからの吐出油は不図示の方向制御弁を介して作業用アクチュエータ(例えばアームシリンダ114)に導かれる。方向制御弁は不図示の操作レバーの操作により駆動され、操作レバーの操作量に応じてアクチュエータを駆動できる。
【0012】
トルコン2は入力トルクに対し出力トルクを増大させる機能、つまりトルク比を1以上とする機能を有する。トルク比は、トルコン2の入力軸21の回転数Niと出力軸22の回転数Ntの比であるトルコン速度比e(=Nt/Ni)の増加に伴い小さくなる。たとえばエンジン回転数が一定状態で走行中に走行負荷が大きくなると、トルコン2の出力軸22の回転数、つまり車速が減少し、トルコン速度比eが小さくなる。このとき、トルク比は増加するため、より大きな走行駆動力(牽引力)で車両走行可能となる。
【0013】
ここで、トランスミッション3の構成について説明する。図3は、トランスミッション3の概略構成を示す図である。トランスミッション3は、複数のクラッチシャフトSH1〜SH3、アウトプットシャフトSH4、複数のギヤG1〜G13、前進用の油圧クラッチ(前進クラッチ)18、後進用の油圧クラッチ(後進クラッチ)19、1〜4速用の油圧クラッチC1〜C4を備える。各油圧クラッチ18,19,C1〜C4は、トランスミッション制御装置20を介して供給される圧油(クラッチ圧)により係合または解放する。すなわち油圧クラッチ18,19,C1〜C4に供給されるクラッチ圧が増加するとクラッチ18,19,C1〜C4は係合し、クラッチ圧が減少すると解放する。
【0014】
トルコン2の出力軸22は、クラッチシャフトSH1に連結され、アウトプットシャフトSH4の両端部は、図2のプロペラシャフト4を介して車両前後のアクスル5に連結されている。図3では、前進クラッチ18と1速用クラッチC1とが係合状態で、他のクラッチ19,C2〜C4が解放状態にある。この場合には、ギヤG1とクラッチシャフトSH1が一体になって回転するとともに、ギヤG6とクラッチシャフトSH2が一体になって回転する。
【0015】
このときエンジン1の出力トルクは、図3に太線で示すようにトルコン2の入力軸21、出力軸22、クラッチシャフトSH1、前進クラッチ18、ギヤG1,G3,G5,G6、1速用クラッチC1、クラッチシャフトSH2、ギヤG8,G12を介してアウトプットシャフトSH4に伝達される。これにより1速走行が可能となる。
【0016】
1速から2速に変速する場合には、トランスミッション制御装置20を介して供給されるクラッチ圧により1速用クラッチC1を解放し、2速用クラッチC2を係合する。これによりエンジン1の出力トルクは、トルコン2の入力軸21、出力軸22、クラッチシャフトSH1、前進クラッチ18、ギヤG1,G3,G7、2速用クラッチC2、クラッチシャフトSH2、ギヤG8,G12を介してアウトプットシャフトSH4に伝達され、2速走行が可能となる。1速から2速以外の変速、すなわち2速から3速、3速から4速、4速から3速、3速から2速、2速から1速への変速も同様にクラッチC1〜C4を制御することで行われる。
【0017】
自動変速制御には、トルコン速度比eが所定値に達すると変速するトルコン速度比基準制御と、車速が所定値に達すると変速する車速基準制御の2つの方式がある。本実施の形態では、トルコン速度比基準制御によりトランスミッション3の速度段を制御する。
【0018】
図4は、トルコン速度比eと速度段の関係を示す図である。走行負荷が低くなり、トルコン速度比eが増加してトルコン速度比eが所定値eu以上になると、速度段は1段シフトアップする。これによりトルコン速度比eがe1(ed<e1<eu)となる。反対に走行負荷が高くなり、トルコン速度比eが低下してトルコン速度比eが所定値ed以下になると、速度段は1段シフトダウンする。これによりトルコン速度比eがe2(ed<e2<eu)となる。所定値eu,edは、予めコントローラ10に設定されている。
【0019】
図2に示すコントローラ10は、CPU,ROM,RAM,その他の周辺回路などを有する演算処理装置を含んで構成される。コントローラ10には、アクセルペダル12の操作量を検出するペダル操作量検出器12aと、トルコン2の入力軸21の回転数Niを検出する回転数検出器14と、トルコン2の出力軸22の回転数Ntを検出する回転数検出器15と、トランスミッション3の出力軸の回転速度、つまり車速vを検出する車速検出器16とが接続されている。コントローラ10には、車両の前後進を指令する前後進切換スイッチ7と、1速〜4速の間で最大速度段を指令するシフトスイッチ8と、クラッチカットオフ(後述)を行うか否かを選択するクラッチカットオフ選択スイッチ9と、トランスミッション3における変速を自動で行うか手動で行うかを切り替える変速手段切替装置35とが接続されている。
【0020】
コントローラ10には、ブレーキペダル31の操作量を検出するペダル操作量検出器31aと、ブレーキ部5aに供給される作動油の圧力を検出する圧力センサ33とが接続されている。コントローラ10は、アクセルペダル12の操作量に応じてエンジン1の回転速度(回転数)を制御する。
【0021】
たとえば、ホイールローダ100でダンプトラックに土砂等を積み込む作業を行う場合などには、オペレータは、ダンプトラックへ接近する際にブレーキペダル31を踏み込んでホイールローダ100を減速させるが、バケット112を上方へ上げるためにアクセルペダル12も踏み込んでエンジン1の回転数を高回転で維持するようにしている。コントローラ10は、クラッチカットオフをするようにクラッチカットオフ選択スイッチ9が選択されている場合には、圧力センサ33で検出した作動油の圧力(ブレーキ液圧Plb)が所定の値(ブレーキ液圧カットオフ閾値Ps)を超えると、前後進用のクラッチ18,19を解放(カットオフ)するための制御信号(カットオフ信号)をトランスミッション制御装置20に出力する。トランスミッション制御装置20では、カットオフ信号を受信すると、トランスミッション制御装置20に設けられているクラッチカットオフ弁17(図2)がクラッチ18,19のクラッチ圧を減少させる。これにより、クラッチ18,19が解放され、走行駆動力(以下、単に駆動力と呼ぶ)の伝達が遮断される。
【0022】
上述のようにブレーキ液圧Plbに応じてクラッチ18,19を解放することをクラッチカットオフと呼んでいる。なお、コントローラ10は、クラッチカットオフをしないようにクラッチカットオフ選択スイッチ9が選択されている場合には、圧力センサ33で検出したブレーキ液圧Plbがブレーキ液圧カットオフ閾値Psを超えてもカットオフ信号を出力しない。したがって、クラッチカットオフをしないようにクラッチカットオフ選択スイッチ9が選択されている場合には、上述したクラッチカットオフは行われない。
【0023】
図5は、土砂等をダンプトラックへ積み込む方法の1つであるVシェープローディングについて示す図である。Vシェープローディングでは、まず、矢印aで示すように、ホイールローダ100を前進させて土砂等をすくい込み、その後、矢印bで示すように、ホイールローダ100を一旦後退させる。そして、矢印cで示すように、ダンプトラックに向けてホイールローダ100を前進させて、すくい込んだ土砂等をダンプトラックに積み込み、矢印dで示すように、ホイールローダ100を元の位置に後退させる。
【0024】
図5の矢印cで示す土砂等のダンプトラックへの積み込みの際には、掘削時のように大きな駆動力が必要ではないため、オペレータは、シフトスイッチ8によって最大速度段を2段に設定するか、変速手段切替装置35でトランスミッション3における変速を手動で行うように切り替えた上で、速度段を2速に固定するように設定している。
【0025】
図6は、図5の矢印cで示す土砂等のダンプトラックへの積み込みの際のホイールローダ100の状態を説明する図である。説明の便宜上、接近する対象物であるダンプトラックへ接近する(アプローチする)際の初期の段階であって、ホイールローダ100を加速させる段階をアプローチ初期と呼ぶ。ダンプトラックへアプローチする際の中期の段階であって、ホイールローダ100を減速し始めてからホイールローダ100が停止するまでの段階をアプローチ中期と呼ぶ。ホイールローダ100が停止してから、バケット112内の土砂等をダンプトラックに放土し終えるまでの段階をアプローチ後期と呼ぶ。
【0026】
アプローチ初期では、ホイールローダ100を加速させるとともにバケット112を上昇させるため、アクセルペダル12が最大限に踏み込まれる。アプローチ中期では、バケット112を上昇させるため、アクセルペダル12が最大限に踏み込まれるが、ホイールローダ100を減速させるためにブレーキペダル31も徐々に踏み込まれる。アプローチ後期では、ホイールローダ100を停止させておくためにブレーキペダル31が最大限に踏み込まれる。クラッチカットオフをするようにクラッチカットオフ選択スイッチ9が選択されている場合には、アプローチ中期のオペレータによるブレーキペダル31の踏み込みによって、上述したように、クラッチカットオフが行われる。
【0027】
したがって、ダンプトラックへの接近時に駆動力の伝達が遮断されるので、駆動力に抗してホイールローダ100を減速および停止させる必要がない。これにより、クラッチカットオフをせずに駆動力に抗してホイールローダ100を減速および停止させたときと比べて、ブレーキ部5aに対する負担を減らすことができ、ブレーキ部5aの温度上昇を抑制し、ブレーキ部5aの各部の消耗を抑制できる。また、エンジン1の回転数が高い状態を維持させつつホイールローダ100を減速、停止させても、入力軸21と出力軸22の回転数比であるトルコン速度比eがe≒1の状態となり、図9に示すようにトルコン2への入力トルクは低下する。ホイールローダ100の停止状態では、トルコン2への入力動力(トルコン2への入力トルク×入力軸21の回転数)が動力損失となる。よって、トルコン2における動力損失が低減して、燃料消費量を低減できる。
【0028】
しかし、クラッチカットオフによって駆動力の伝達が突然遮断されることとなるので、ホイールローダ100の駆動力が急激に減少してホイールローダ100のピッチングを誘発する恐れがある。土砂等を積み込む作業を行う場合などには、バケット112の位置が高いため、ピッチングがより大きくなる傾向にある。そのため、ピッチングを嫌うオペレータが、従来のホイールローダにてダンプトラックに土砂等を積み込む作業を行う場合などには、クラッチカットオフをしないようにクラッチカットオフ選択スイッチ9を選択して、上述したクラッチカットオフが行われないようにしていることがある。
【0029】
この場合には、上述したようなピッチングを誘発する恐れはないが、ブレーキ部5aの各部の消耗や、トルコン2における動力損失の増大を招くこととなる。そこで、本実施の形態のホイールローダ100では、クラッチカットオフをしないようにクラッチカットオフ選択スイッチ9を選択されている場合であって、土砂等を積み込むためにダンプトラック等へ接近していることを後述するようにして検出すると、エンジン1の回転数、つまり、トルコン2の入力軸21の回転数の上限を抑制するように、すなわち、エンジン1の最高回転速度を制限する(低下させる)ようにしている。
【0030】
具体的には、コントローラ10は、前進クラッチ18が接続状態である場合に、ブレーキ部5aにおける制動力に応じて(たとえば、圧力センサ33で検出されたブレーキ液圧Plbに応じて)、図7に示すようにエンジン1の最高回転速度を制限する。すなわち、クラッチカットオフをしないようにクラッチカットオフ選択スイッチ9が選択されており、かつ、ブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P1を超えていると判断すると、コントローラ10は、土砂等を積み込むためにダンプトラック等へ接近しているものと判断して、圧力値P1より高い値である所定の圧力値P2までは、圧力センサ33で検出されたブレーキ液圧Plbが高くなるほどエンジン最高回転制限速度Rlimを漸減させる。クラッチカットオフをしないようにクラッチカットオフ選択スイッチ9が選択されており、かつ、ブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P2を超えていると判断すると、コントローラ10は、エンジン最高回転制限速度RlimをL(%)に設定する。なお、クラッチカットオフをしないようにクラッチカットオフ選択スイッチ9が選択されていても、ブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P1以下であると判断すると、コントローラ10は、エンジン1の最高回転速度の制限値(エンジン最高回転制限速度Rlim)を制限しない。
【0031】
ここで、圧力値P2は、たとえば、アクセルペダル12が最大限に踏み込まれているときであってもホイールローダ100の車速を人が歩く時の速度に保持できるだけの制動力を発生するブレーキ液圧とする。具体的には、圧力値P2は、たとえば、アクセルペダル12が最大限に踏み込まれているときにホイールローダ100の車速をたとえば3km/h以下に保持できるだけの制動力を発生するブレーキ液圧とする。また、圧力値P1は、たとえば圧力値P2の約50%の値とする。
【0032】
Lの値が高過ぎると、エンジン最高回転制限速度Rlimを制限した効果が少なくなってしまう。Lの値が低過ぎると、エンジン1の出力が必要以上に減少してしまい、ホイールローダ100の駆動力が低下し過ぎたり、バケット112の上昇速度が低下し過ぎてしまう。そのため、Lは、たとえば、エンジン最高回転制限速度Rlimを制限しなかったとき(100%)の回転速度の約70〜85%程度に設定される。
【0033】
図8は、アクセルペダル12の踏み込み量に対する目標エンジン回転速度を示す図である。エンジン最高回転制限速度Rlimが制限されない場合(図中の「制限なし」)には、アクセルペダル12の踏み込み量に応じて、目標エンジン回転速度が最低回転数であるローアイドル(Lo(min))から最高回転数であるハイアイドル(Hi(max))まで変化する。エンジン最高回転制限速度Rlimが制限される場合(図中の「制限あり」)には、アクセルペダル12の踏み込み量が増えるにつれて、目標エンジン回転速度がLo(min)から増加するが、その上限値はHi(max)に百分のL(L/100)を乗じた値となる。
【0034】
図9は、バケット112を上昇させているときにホイールローダ100の駆動力として利用できるエンジン1のトルクの曲線と、トルコン2への入力トルクの曲線とを示す図である。エンジン1のトルク曲線とトルコン2の入力トルク曲線との交点が、ホイールローダ100の走行のためにトルコン2へ実際に入力される入力トルクとなる。トルコン2への入力トルクは、トルコン2の入力軸21の回転数Ni(すなわちエンジン1の回転速度)の2乗に比例して増加する。したがって、エンジン最高回転制限速度Rlimを制限した場合には、制限しなかった場合と比べてトルコン2への入力トルクが減少する。すなわち、図9において、エンジン1のトルク曲線とトルコン2の入力トルク曲線との交点が、左下方に移動する。
【0035】
トルコン2への入力動力(すなわちエンジン1の出力)は、トルコン2への入力トルクと入力軸21の回転数Ni(すなわちエンジン1の回転速度)の積で表される。トルコン2における動力損失は、次の(1)式で表される。
(動力損失)=(トルコン2への入力動力)×(1−η) (1)
ηは、トルコン2における動力の伝達効率である。
【0036】
したがって、エンジン最高回転制限速度Rlimを制限した場合には、制限しなかった場合と比べてトルコン2への入力動力が減少し、トルコン2における動力損失が減少する。また、エンジン最高回転制限速度Rlimを制限した場合には、制限しなかった場合と比べてダンプトラックへの接近時の駆動力が抑制されるので、ブレーキ部5aに対する負担を減らすことができ、ブレーキ部5aの温度上昇を抑制し、ブレーキ部5aの各部の消耗を抑制できる。
【0037】
−−−フローチャート−−−
図10は、本実施の形態のホイールローダ100におけるエンジン1の回転速度制御処理の動作を示したフローチャートである。ホイールローダ100の不図示のイグニッションスイッチがオンされると、図10に示す処理を行うプログラムが起動され、コントローラ10で繰り返し実行される。ステップS1において、圧力センサ33で検出されたブレーキ液圧Plbの情報を取得して、ステップS3へ進む。ステップS3において、クラッチカットオフをするようにクラッチカットオフ選択スイッチ9が選択されているか否かを判断する。
【0038】
ステップS3が否定判断されるとステップS5へ進み、ステップS1で取得したブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P1を超えているか否かを判断する。ステップS5が肯定判断されるとステップS7へ進み、ステップS1で取得したブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P2を超えているか否かを判断する。ステップS7が肯定判断されるとステップS9へ進み、エンジン最高回転制限速度RlimをHi(max)に百分のLを乗じた値に設定してステップS11へ進む。ステップS11において、ペダル操作量検出器12aで検出されたアクセルペダル12の操作量の情報を取得して、ステップS13へ進む。
【0039】
ステップS13において、ステップS11で取得したアクセルペダル12の操作量に基づいて、エンジン最高回転制限速度Rlimが制限されない場合の目標エンジン回転速度を算出する。たとえば、コントローラ10のROMには、図8に示すような、アクセルペダル12の踏み込み量と、エンジン最高回転制限速度Rlimが制限されない場合の目標エンジン回転速度との関係についての情報が記憶されている。ステップS13では、ROMに記憶された上記情報と、ステップS11で取得したアクセルペダル12の操作量に基づいて、エンジン最高回転制限速度Rlimが制限されない場合の目標エンジン回転速度を算出する。
【0040】
ステップS13が実行されるとステップS15へ進み、ステップS13で算出した目標エンジン回転速度がエンジン最高回転制限速度Rlim以上であるか否かを判断する。ステップS15が肯定判断されるとステップS17へ進み、目標エンジン回転速度をエンジン最高回転制限速度Rlimとして、エンジン1に制御信号を出力してリターンする。ステップS15が否定判断されると、ステップS19へ進み、ステップS13で算出した目標エンジン回転速度で回転するように、エンジン1に制御信号を出力してリターンする。
【0041】
ステップS7が否定判断されるとステップS21へ進み、エンジン最高回転制限速度RlimをステップS1で取得したブレーキ液圧Plbに応じた値に設定して、すなわち、図7に示すように、エンジン最高回転制限速度Rlimを100(%)(すなわちHi(max))とL(%)との間で、ブレーキ液圧Plbに応じて案分した値に設定してステップS11へ進む。
【0042】
ステップS5が否定判断されるとステップS23へ進み、エンジン最高回転制限速度RlimをHi(max)に設定してステップS11へ進む。
【0043】
ステップS3が肯定判断されるとステップS25へ進み、ステップS1で取得したブレーキ液圧Plbが上述したブレーキ液圧カットオフ閾値Psを超えたか否かを判断する。ステップS25が肯定判断されるとステップS27へ進み、上述したカットオフ信号をトランスミッション制御装置20に出力してステップS23へ進む。ステップS25が否定判断されるとステップS23へ進む。
【0044】
本実施の形態によれば以下のような作用効果を奏することができる。
(1) 接近対象物への接近を検出すると、エンジン1の回転数の上限を抑制するように構成した。これにより、土砂等を積み込むためにダンプトラック等へ接近する際に、クラッチカットオフを行わないことでクラッチカットオフに伴うピッチングを防止して、ホイールローダ100の動きを滑らかにすることができるとともに、クラッチカットオフを行わないことで生じるトルコン2における動力損失やブレーキ部5aへの負担を軽減できる。
【0045】
(2) クラッチカットオフをしないようにクラッチカットオフ選択スイッチ9が選択されており、かつ、ブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P1を超えていると判断すると、接近対象物へ接近していると判断するように構成した。これにより、接近対象物へ接近しているか否かを簡単な機器構成で検出できるので、コストを低減できる。また、故障や誤動作も少なくできるので接近対象物へ接近しているか否かの判断の信頼性を向上できる。
【0046】
(3) 圧力センサ33で検出されたブレーキ液圧Plbが高くなるほどエンジン最高回転制限速度Rlimを漸減させるように構成した。これにより、ダンプトラックへ土砂等を積み込む際に、バケット112の上昇速度が急激に減少することや、ホイールローダ100の走行駆動力が急激に減少することを防止できるので、バケット112の上昇操作における違和感やホイールローダ100のピッチングを抑制できる。
【0047】
(4) 圧力センサ33で検出されたブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P1を超えた場合だけエンジン最高回転制限速度Rlimを抑制するように構成した。これにより、ブレーキ操作による僅かな速度調節などではエンジン最高回転制限速度Rlimが抑制されることがなくなるので、バケット112の上昇速度や、ホイールローダ100の走行駆動力に与える影響を最小限に留めることができ、作業効率を低下させない。
【0048】
−−−変形例−−−
(1) 上述の説明では、接近対象物へ接近しているか否かを、クラッチカットオフ選択スイッチ9の選択状態と、ブレーキ液圧Plbで判断するように構成しているが、本発明はこれに限定されない。たとえば、クラッチカットオフをしないようにクラッチカットオフ選択スイッチ9が選択されており、かつ、ホイールローダ100の走行速度が所定の速度(たとえば5km/h)以下であり、かつ、ブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P1を超えているときに接近対象物へ接近していると判断するようにしてもよい。また、たとえば、クラッチカットオフをしないようにクラッチカットオフ選択スイッチ9が選択されており、かつ、バケット112の高さが所定高さH1以上であり、かつ、ブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P1を超えているときに接近対象物へ接近していると判断するようにしてもよい。ここで、所定の高さH1を、たとえば、アーム111が略水平となる最大リーチ時におけるバケット112の高さとして設定してもよい。なお、アーム111が略水平になる状態とは、アーム111の基端の揺動中心と先端のバケット112の揺動中心とが略水平になる状態のことである。
【0049】
(2) 上述の説明では、圧力センサ33で検出されたブレーキ液圧Plbに基づいて接近対象物へ接近しているか否かを判断するように構成しているが、本発明はこれに限定されない。制動力の大きさに関連する情報(パラメータ)であれば、たとえば、ブレーキ液圧Plbに代えて、ペダル操作量検出器31aで検出されたブレーキペダル31の操作量(ペダルストロークまたはペダル角度)に基づいて接近対象物へ接近しているか否かを判断するように構成してもよい。
【0050】
(3) 上述の説明では、ブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P1を超えると、エンジン最高回転制限速度Rlimを100(%)(すなわちHi(max))とL(%)との間で、ブレーキ液圧Plbに応じて案分した値に設定するように構成しているが、本発明はこれに限定されない。たとえば、図11に示すように、ブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P2以下であれば、エンジン最高回転制限速度Rlimを100(%)に設定し、ブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P2を超えると、エンジン最高回転制限速度RlimをL(%)に設定するように構成してするように構成してもよい。なお、この場合には、ブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P2を超えた直後からエンジン最高回転制限速度RlimをL(%)に設定するのではなく、ブレーキ液圧Plbが所定の圧力値P2を超えた場合に、時間をかけて(たとえば2〜3秒程度)徐々にエンジン最高回転制限速度Rlimを100(%)からとL(%)へ低減させることが望ましい。エンジン1の回転速度の急減による、ホイールローダ1のピッチングを抑制するためである。
【0051】
(4) 上述の説明では、トランスミッション3における選択可能な速度段の段数は4段であったが、本発明はこれに限定されず、3段でもよく、5段以上であってもよい。また上述の説明では、作業車両の一例としてホイールローダ100を例に説明したが、本発明はこれに限定されず、たとえば、フォークリフト等、他の作業車両であってもよい。
(5) 上述した各実施の形態および変形例は、それぞれ組み合わせてもよい。
【0052】
なお、本発明は、上述した実施の形態のものに何ら限定されず産業車両のアプローチ対象物へのアプローチを検出するアプローチ検出手段と、アプローチ検出手段で産業車両のアプローチ対象物へのアプローチを検出するとエンジンの回転数の上限を抑制するエンジン回転数抑制手段とを備えることを特徴とする各種構造の産業車両のエンジン回転数制御装置を含むものである。
【符号の説明】
【0053】
1 エンジン 2 トルクコンバータ
3 トランスミッション 5a ブレーキ部
9 クラッチカットオフ選択スイッチ 10 コントローラ
12 アクセルペダル 16 車速検出器
17 クラッチカットオフ弁 18 前進クラッチ
20 トランスミッション制御装置 31 ブレーキペダル
31a ペダル操作量検出器 33 圧力センサ
100 ホイールローダ 111 アーム
112 バケット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
産業車両のアプローチ対象物へのアプローチを検出するアプローチ検出手段と、
前記アプローチ検出手段で前記産業車両のアプローチ対象物へのアプローチを検出するとエンジンの回転数の上限を抑制するエンジン回転数抑制手段とを備えることを特徴とする産業車両のエンジン回転数制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の産業車両のエンジン回転数制御装置において、
前記アプローチ検出手段は、前記産業車両のエンジンのトランスミッションに設けられた前進クラッチが接続状態であり、かつ、前記産業車両の制動力が所定の制動力以上であると判断した場合に、前記産業車両がアプローチ対象物へアプローチしたと検出することを特徴とする産業車両のエンジン回転数制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載の産業車両のエンジン回転数制御装置において、
前記アプローチ検出手段は、前記産業車両のエンジンのトランスミッションに設けられた前進クラッチが接続状態であり、かつ、前記産業車両の走行速度が所定速度以下であり、かつ、前記産業車両の制動力が所定の制動力以上であると判断した場合に、前記産業車両がアプローチ対象物へアプローチしたと検出することを特徴とする産業車両のエンジン回転数制御装置。
【請求項4】
請求項1に記載の産業車両のエンジン回転数制御装置において、
前記アプローチ検出手段は、前記産業車両のエンジンのトランスミッションに設けられた前進クラッチが接続状態であり、かつ、前記産業車両に設けられた作業機装置の高さが所定の高さ以上であり、かつ、前記産業車両の制動力が所定の制動力以上であると判断した場合に、前記産業車両がアプローチ対象物へアプローチしたと検出することを特徴とする産業車両のエンジン回転数制御装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の産業車両のエンジン回転数制御装置において、
前記産業車両の制動力の大きさに関連する情報を取得する制動力情報取得手段をさらに備え、
前記エンジン回転数抑制手段は、前記制動力情報取得手段で取得した前記情報に基づいて、前記制動力が大きくなるほど前記エンジンの回転数の上限が低くなるように前記エンジンの回転数の上限を抑制することを特徴とする産業車両のエンジン回転数制御装置。
【請求項6】
請求項5に記載の産業車両のエンジン回転数制御装置において、
前記エンジン回転数抑制手段は、前記制動力情報取得手段で取得した前記情報に基づいて、前記制動力が所定の制動力以下であると判断したときには、前記エンジンの回転数の上限を抑制せず、前記制動力が所定の制動力を超えると判断したときには、前記制動力が大きくなるほど前記エンジンの回転数の上限が低くなるように前記エンジンの回転数の上限を抑制することを特徴とする産業車両のエンジン回転数制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−1845(P2011−1845A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−144093(P2009−144093)
【出願日】平成21年6月17日(2009.6.17)
【出願人】(000003241)TCM株式会社 (319)
【出願人】(000005522)日立建機株式会社 (2,611)
【Fターム(参考)】