直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジンからの排気物質濃度を制限するための方法
【課題】直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジンからの排気物質を制限する方法を提供する。
【解決手段】圧縮ストローク中に燃料が注入される直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジン内で、ASTM D613に準拠したセタン価或いはASTM D6890に準拠した相当セタン価が38.5以上50以下であり、総芳香族化合物含有量が28.7重量%以上44.7重量%以下であり、ASTM D86に準拠した90%蒸留度が314℃以上329℃以下である燃料を燃焼させ、該エンジンへの該燃料噴射タイミングを上死点前に設定することにより、排気物質を制限しながら前記直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジンを動作させ、NOxの排気排出を20 ppm以下とさせることを特徴とする方法とする。
【選択図】図1
【解決手段】圧縮ストローク中に燃料が注入される直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジン内で、ASTM D613に準拠したセタン価或いはASTM D6890に準拠した相当セタン価が38.5以上50以下であり、総芳香族化合物含有量が28.7重量%以上44.7重量%以下であり、ASTM D86に準拠した90%蒸留度が314℃以上329℃以下である燃料を燃焼させ、該エンジンへの該燃料噴射タイミングを上死点前に設定することにより、排気物質を制限しながら前記直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジンを動作させ、NOxの排気排出を20 ppm以下とさせることを特徴とする方法とする。
【選択図】図1
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジンと、燃料の特性を調節することにより、特にNOXなどの該エンジンからの排気物質を制限するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
「Effects of Fuel Properties on Premixed Charge Compression Ignition Combustion in a Direct Injection Diesel Engine」(Kitano他、SAE 2003-01-1815)において、3種のテスト燃料のうち、沸点が35℃以上139℃以下で、セタン価がそれぞれ40及び25である燃料を主成分とする2種の燃料と、沸点が170℃以上355℃以下で、セタン価が53である1種のディーゼル燃料それぞれについて、セタン価が小さく噴射タイミングが早いとき、N OX排出濃度が減少する傾向が見られたことが報告されている。
【0003】
「A Method of Defining Ignition Quality of Fuels in HCCI Engines」(Kalhatgi他、SAE 2003-01-1816)においては、比較的感度の高い燃料は、同じRONを有する比較的感度の低い燃料に比べて、HCCIエンジンに適することが報告されている。この報告によると、芳香族化合物/オレフィン/酸化物の濃度が増加するにつれて、燃料の感度は向上する。
【0004】
急速な発展途上にある予混合圧縮自己着火(Homogeneous charge compression ignition、HCCI)の技術は、燃料転換効率を維持しながら今後の排気物質規制に適合する可能性のある技術である。
【0005】
HCCIシステムが発展している主な理由は、このようなシステムは、将来的に実施される世界的な排気物質規制に適合するために不可欠な超低濃度のNOX濃度及び粒子状排気物質濃度と、優れた燃料効率を実現可能である一方で、費用の掛かる後処理システムの必要がないことである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
HCCIシステムはUS on-highway 2010及びoff-road Tier 4b規制に適合することを目標に開発されている。しかしながら、HCCIシステムのNOX排出濃度は極めて低いから、将来実施される事実上いかなる規制にもHCCIシステムは適合できる。NOX濃度が0.2から0.3g/HP・hであれば、全てのエンジン動作条件において、50ppm以下のNOX排出濃度を実現できる。この濃度を実現する他の唯一の手段には、NOXアブゾーバやSCRシステムといった高価なNOX後処理技術の使用が必要である。完全に均一な混合物が得られるならば、シリンダ内に燃料過濃領域が発生するのを防止でき、固体炭素の濃度がほぼゼロとなるから、粒子トラップの必要がなくなる。炭化水素及びCOの濃度もまた規制の対象であるが、特に低負荷(低当量比)時には、HCCI燃焼のこれら排気物質の濃度は高い。よってHCCI燃焼方法がNOX及びPMトラップの必要性を排除できるとしても、酸化触媒は依然必要である。
【0007】
HCCI開発活動の多くは、その最初の試みにおいて、NOX及びPMについてこのような超低排出濃度を実現している。全てのパワースペクトル及びエンジンがこの範囲内で動作するように規制されている排気サイクルに対してこのような低排出濃度が可能となっている。いくつかの国においては、排気サイクル規制により、乗用車や軽トラックのような特定の用途については、部分負荷運転のみが許可されている。よって、1/2負荷まではHCCIの手法を用いて、それより高い負荷では従来の手法を用いれば、排気物質の問題を完全に解決できる。しかしながら、オンハイウェイ(大型)トラックやオフロード・マシンに対しては、排気サイクル規制により、低負荷時から全負荷時まで、エンジン排気中のNOX及びPMが超低濃度であることが求められている。したがって、HCCIを用いる排気物質低減方法は全てのエンジン動作条件において有効であることが理想的であるが、このことは、HCCIの開発において現在まで最も困難な課題である。このことが困難である主たる理由は、エンジンの出力を上げるために噴射される燃料が増加すると、燃焼速度が急激に増加することである。燃焼速度が高くなると、シリンダ圧力がエンジンのシリンダを固定する要素(ピストン、リング、ヘッドなど)の構造的限界を超えることになる。すると、多くの場合NOX排出濃度が増加し、熱損失も増加する。
【0008】
HCCIエンジンは標準的なディーゼルエンジンと比べてHC及びCOの排出濃度が大きいから、これらの排出濃度を制限することも重要である。
【0009】
したがって、燃料プールの大きさを増やすと同時に、HCCIエンジンに対して機械的制御及び動作上の制御をそれぞれ行うことにより、NOX、粒子状物質、及びその他の排気物質を制限並びに低減する方法を発見することが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0010】
HCCIエンジン内においてセタン価の低い燃料を燃焼させることにより、特に直接噴射式HCCIエンジンから排出されるNOXなどの排気物質濃度を制御するとともに低濃度に保つことが可能であることが発見された。このような燃料のセタン価は38.5以上50以下とする。この燃料の総芳香族化合物含有量は28.7重量%以上44.7重量%以下とする。またこの燃料の沸点は、25℃以上380℃以下であってもよい。ガソリン燃料については、リサーチオクタン価とモータオクタン価の平均(R+M)/2が60以上91以下であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】1500rpm、負荷50%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(38.5以上45.5以下)の影響を示す図である。
【図2】1500rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(38.5以上45.5以下)の影響を示す図である。
【図3】1500rpm、負荷50%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(38.5以上45.5以下)の影響を示す図である。
【図4】1500rpm、負荷50%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(38.5以上45.5以下)の影響を示す図である。
【図5】1500rpm、負荷50%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(38.5以上45.5以下)の影響を示す図である。
【図6】1200rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図7】1200rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図8】1200rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図9】1200rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図10】1200rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図11】1200rpm、負荷25%の条件下におけるシリンダ圧力及び熱発生率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図12】1200rpm、負荷25%の条件下におけるシリンダ圧力及び熱発生率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図13】1500rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングと総芳香族化合物含有量の影響を示す図である。
【図14】1500rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングと総芳香族化合物含有量の影響を示す図である。
【図15】1500rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングと総芳香族化合物含有量の影響を示す図である。
【図16】1500rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングと総芳香族化合物含有量の影響を示す図である。
【図17】1500rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングと総芳香族化合物含有量の影響を示す図である。
【図18】1200rpm、負荷25%の条件下におけるエンジンの熱発生量とシリンダ圧力それぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【図19】1200rpm、負荷25%の条件下におけるエンジンの熱発生量とシリンダ圧力それぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【図20】1200rpm及び1800rpmでのNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【図21】1200rpm及び1800rpmでのNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【図22】1200rpm及び1800rpmでのNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【図23】1200rpm及び1800rpmでのNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【図24】1200rpm及び1800rpmでのNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しつつ本発明の様々な実施形態を説明する。
本出願は、同時係属中の米国仮出願第60/571,307号(2004年5月14日出願)と関連しており、この出願に基づく優先権主張を伴う。この関連出願の開示内容は、本出願と対立しない範囲で本明細書中に組み込まれている。
【0013】
直接噴射式予混合圧縮自己着火(homogeneous charge compression ignition、HCCI)エンジン内において、ASTM D613に準拠したセタン価或いはASTM D6890に準拠した相当セタン価(Derived Cetane Number)が38.5以上50以下であり、総芳香族化合物含有量が28.7重量%以上44.7重量%以下である燃料を燃焼させることにより、直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジンから排出されるNOXなどの排気物質濃度を制御して低濃度に保ったり、或いは低減することが可能である。燃料の沸点は25℃以上380℃以下の範囲であることが好ましい。ガソリン燃料については、リサーチオクタン価(R)とモータオクタン価(M)の平均((R+M)/2が60以上91以下、好ましくは60以上80以下、より好ましくは60以上70以下である。尚、HCCIエンジンとは、圧縮ストローク中にエンジン内に燃料が噴射されるようなエンジンのことをいう。
【0014】
ディーゼル燃料は、大気圧下の沸点が150℃以上380℃以下である炭化水素からなる混合物である。尚、ガソリン燃料の大気圧下の沸点は25℃以上220℃以下である。
【0015】
使用される燃料はまた、非炭化水素成分(例えば酸化物)を含むものであってもよい。この燃料はまた、染料、抗酸化物、セタン価向上剤、低温流動性向上剤、或いは潤滑油添加剤などの添加物を含んでもよい。
【0016】
(試験例)
燃料特性がHCCIエンジンの性能と排気物質濃度に与える影響を検討するための試験を行った。全ての燃料についてセタン価、芳香族含有量、及び揮発性が検討され、ガソリン燃料についてオクタン価が検討された。本研究で用いたテスト・ディーゼル燃料の特性を表1に示す。ガソリンテスト燃料の特性を表2に示す。
【0017】
【表1】
【0018】
【表2】
【0019】
本試験に使用したエンジンは、シングル・シリンダ・キャタピラ3401エンジンである。その仕様を表3に示す。均一にスプレーを分配するために油圧強化型燃料噴射装置を用いた。
【0020】
【表3】
【0021】
多気筒ターボチャージャの動作を表すブースト圧及びバックプレッシャのレベルを提供するために吸排気サージタンクを用いた。酸化触媒は使用されなかったから、HC及びCO濃度はエンジン排気中の全濃度である。Horiba EXSAアナライザを用いて排気ガス中のCO、HC、NOX、及びCO2排気物質濃度を測定した。AVLスモーク・メータを用いてスモークを測定した。
燃料のテストは、エンジン速度1200rpm、1500rpm、1800rpm、エンジン負荷25%、50%、70%以上で行われた。
【0022】
この研究は、NOX排出濃度が0.2g/HP・h、AVLスモーク値が0.1以下であることを特徴とするエンジン動作条件について行われた。0.2g/HP・hのNOX排出濃度はUS EPA 2010 NOX排出基準に適合し、0.1以下のAVLスモーク値は2010粒子状排気物質の規制値0.01g/HP・hにほぼ等しい。
【0023】
低セタン価(38.5)ディーゼル燃料D4と、中セタン価(46.5)ディーゼル燃料D7と、高セタン価(55.4)ディーゼル燃料D8を2種類ずつ比較することにより、HCCIエンジンの性能と排気物質濃度に与える影響を評価した。比較された各組の燃料の蒸留特性と芳香族化合物含有量はほぼ同じである。
【0024】
燃料(セタン無添加)中の炭化水素組成の変化によるセタン価の増加の効果を、エチルヘキシル燃焼向上剤の使用によるセタン価の増加と比較した。このような比較を行うために、セタン無添加の燃料D3及びD4と、セタン強化燃料D1(燃料D3を燃焼向上剤により処理して調整される)に対するテストが行われた。燃料D1のセタン価(45.9)は燃料D4のセタン価(45.5)とほぼ等しくなるように調節され、芳香族化合物含有量と蒸留特性もほぼ等しくなるように調節された。更に、ディーゼル燃料D2(セタン価31.7)と3種のガソリン(相当セタン価はそれぞれ20.4、26.7、31.2)がテストされ、セタン価が更に減少することによるエンジンの動作範囲への影響が測定された。燃料G1、G2、及びG3についてオクタン価の影響も評価された。
【0025】
芳香族化合物含有量の影響を燃料D4及びD7を用いて調査した。D4及びD7はそれぞれ44.7重量%、28.7重量%の芳香族化合物を含有する。
【0026】
中間留分の燃料D6及びD7を比較することにより、燃料の揮発性が与える影響を調査した。燃料D6はD7より高い揮発性を有する。これは、燃料D6の蒸留範囲がD7よりも低いからである。例えば、燃料D6及びD7の90%揮発温度はそれぞれ、257℃、313℃である。燃料D7はNo.2ディーゼル燃料と同程度の揮発性を有し、燃料D6はNo.1ディーゼル燃料或いはケロシンと同程度の揮発性を有する。ディーゼル燃料とガソリン燃料の結果を比較することによっても、揮発性の影響が決定された。
【0027】
図1乃至図5は、燃料D3及びD4(それぞれセタン価38.5、45.5)により動作時のテスト・エンジンのNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率を示す。図6乃至図10においては、燃料D7及びD8(それぞれセタン価46.7、55.4)について、同じパラメータがプロットされている。各図において、1つの速度/負荷条件についてセタンの影響が示されているが、テストされた条件においては、セタンの影響は大幅には変化しなかった。燃料噴射タイミングが遅れるにしたがって、NOX排出濃度は増加し、スモーク、HC、及びCO排出濃度は減少した。若しくはこれら排出濃度は一定であった。
【0028】
噴射タイミングが早いと、NOX排出濃度が非常に小さくなる。これは、燃料が気化して、低い燃焼温度にある燃焼チャンバ内において比較的均一に分散するからである。燃焼タイミングが遅いと、タイミングが早い場合と比べて燃焼チャンバ内の燃料の分散は不均一になる。結果として局所的に燃焼温度が高くなり、NOX排出濃度が増加する。一方でこの場合、HC、CO、及びスモークは減少する。中間噴射タイミング領域を用いると、HC及びCOの濃度を比較的低く保ちながら、NOXとスモークを低減できる。
【0029】
噴射タイミングが遅い場合に、熱効率が向上する傾向が見られた。同時にこの場合HC及びCO排出濃度も比較的低かった。総じて、本試験で用いられた全てのエンジン動作条件において、セタン価の大きさがエンジン性能と排気物質濃度に与える影響は小さく、噴射タイミングを遅らせるとセタン価の影響は観察されなかった。セタン価の大きさの影響が検知される場合は、燃料噴射タイミングが早い設定において、セタン価が増加すると、セタン価が低い場合と比べてCO、HC、及びスモークの排出濃度が改善されることが観察された。セタン価が及ぼすこれら小さな影響は、燃料反応性と、燃料のセタン価が高いことにより燃焼タイミングが早く開始することに起因すると考えられる。
【0030】
燃料噴射タイミングが早い設定において、燃料のセタン価が高いと、燃料のセタン価が低いときと比べてCO、HC、及びスモークの排出濃度が改善されることが観察されたのに対して、燃料のセタン価が低い場合、セタン価が高い場合と同程度まで、或いはより低い濃度まで、NOXが低減される。このような現象は調査した噴射タイミングの設定範囲全体において観察された(図1乃至図10、表4参照)。
【0031】
表4に示すごとく、セタン無添加の場合とセタン価を強化した場合について、その効果を比較した。表4は1200rpm、25%負荷時のエンジンテストの結果を示す。これらの結果によると、セタン無添加燃料D4(セタン価45.5)とセタン強化燃料D1(セタン価45.9)が、HCCIエンジンのNOX、AVLスモーク、HC、CO、及び熱効率に及ぼす影響は、基本燃料D3(セタン価38.5)の影響とほぼ等しい。図11及び図12に示すごとく、燃料D1及び燃料D4は、D3に対して約6°クランク・アングル燃焼開始タイミングを早めた。SOCタイミングがセタン価によりこのような影響を受けることは、HCCIエンジンにおいて好ましくない。実際、HCCIエンジンに対する負荷が比較的高くなった時点から逆効果が発生する。セタン価が増加すると、高負荷時に、最適な燃焼フェージングを行うとともに、シリンダ圧力及び圧力上昇率に対する制限範囲内でエンジンの熱効率を最大化することがより難しくなる。
表4はセタン無添加燃料とセタン強化燃料の影響を示す。
【0032】
【表4】
【0033】
表5及び表6に示すごとく、ディーゼル燃料D2及びガソリンG3を使用したときに、HCCIエンジンが動作可能な速度範囲及び負荷範囲が最も広くなった。燃料D2は負荷72%、1200rpm及び負荷78%、1800rpmでのエンジン動作を可能とした。また、燃料G3は負荷75%、1200rpm及び負荷83%、1800rpmでのエンジン動作を可能とした。燃料D2のセタン価及び燃料G3の相当セタン価はそれぞれ31.7、31.2であった。一方で、ガソリンG1及びG2は、自然発火を過度に妨げ、エンジンの動作範囲を大幅に制限することがわかった。燃料G2(相当セタン価26.7)は負荷75%、1200rpmでのエンジン動作を可能とした。しかしながらG2を用いると、1800rpmでは、エンジン動作は71%の一定負荷での動作に制限された。燃料G1(相当セタン価20.4)を使用時には、1200rpmにおけるエンジン動作は、50%から75%の狭い範囲の負荷での動作に制限された。またこの燃料を使用時には、1800rpmではHCCI燃焼は起きなかった。
【0034】
試験結果からはまた、燃料のオクタン価が減少するとエンジンの動作範囲が拡大することがわかる。燃料G3((R+M)/2オクタン価63.2)使用時には、G2((R+M)/2オクタン価81.2)使用時より広い動作範囲が可能となった。同様に、G2((R+M)/2オクタン価81.2)使用時には、G1((R+M)/2オクタン価91.2)使用時より広い動作範囲が可能となった。オクタン価はガソリン燃料の発火抵抗性の尺度となる数値である。標準的なガソリンエンジンと異なり、HCCIエンジンは燃料を発火させるためのスパーク・プラグを備えない。よって燃料の発火抵抗性が過度に高くなると、燃料の発火が非常に困難になり、エンジン動作が制限される。
表5は、燃料D2による動作時のHCCIエンジンにおいて可能な負荷の範囲を示す。
表6燃料G1、G2、及びG3による動作時のHCCIエンジンにおいて可能な負荷の範囲を示す。
【0035】
【表5】
【0036】
【表6】
【0037】
1500rpm、負荷25%での動作について、排気物質濃度と熱効率に対する燃料中の芳香族化合物含有量の影響を図13乃至図17に示す。ここでは、総芳香族化合物含有量がそれぞれ44.7重量%、28.7重量%である燃料D4及びD7について比較を行った。概して、本研究において用いられたエンジン動作条件に対して観察された影響は僅かで、一定の明確な傾向を示さなかった。これら結果は、このHCCI燃焼システムはディーゼル燃料中の芳香族化合物含有量に対する感度が比較的低いことを示している。
HCCI燃焼システムはディーゼル燃料中の芳香族化合物含有量に対する感度が低い一方で、従来のディーゼル燃焼システムはこのパラメータに対する感度が高い。
【0038】
このように芳香族に対する感度が低いのと同時に、セタン価の低い燃料を用いてもNOX排出濃度を低く保ちながら良好な走行が可能であることから、HCCI燃焼システムによると、使用可能なディーゼル燃料のプールのサイズを大幅に増加させることが可能である。
【0039】
表5及び表6に示すごとく、ディーゼル燃料D2使用時には負荷78%、ガソリン燃料G3を使用時には83%以下の負荷での動作が可能である。このことは、エンジン内で使用可能な燃料の揮発性の範囲が広いことを示す。図18及び図19に、燃料D6及びD7のシリンダ圧力と熱放散率を対照的に示す。これらの燃料は異なる揮発性を有すると同時に、ほぼ等しい芳香族化合物含有量とセタン価を有する。発火開始タイミングに対する揮発性の大きさの影響は顕著には観察されなかった。またシリンダ圧力と熱放散率に対する影響も見られなかった。
【0040】
図20乃至図24に、エンジン負荷が25%の場合と50%の場合における、燃料揮発性が排気物質濃度と熱効率に及ぼす影響を示す。ここでは、燃料D6及びD7が比較されている。排気物質濃度と性能に対する燃料揮発性の大きさの影響は小さかった。NOX、スモーク、及びHC排出濃度は、揮発性の高い燃料D6のほうが低かったが、熱効率は燃料揮発性の影響を受けなかった。これらの影響はエンジン発火時にエンジンの燃焼チャンバ内においてより揮発性の高い燃料D6がより均一に分配されることにより引き起こされる。CO排出濃度の結果には一定の傾向が見られなかった。
【0041】
これらの結果は、HCCIエンジンに利用可能な燃料の揮発性の範囲が広いことを示している。ケロシン或いはガソリンのような比較的揮発性の高い燃料は、燃料揮発性が高く、(空気と)混合されやすいので、排気物質低減に適している。ディーゼル燃料のような比較的揮発性の低い燃料を使用する利点も存在する。このような燃料はエネルギ密度が高いから、燃料単位あたりの走行距離が長い。走行距離の長さは、ディーゼル燃料の大量消費者として知られるトラック運送業において非常に重要である。
【技術分野】
【0001】
本発明は直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジンと、燃料の特性を調節することにより、特にNOXなどの該エンジンからの排気物質を制限するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
「Effects of Fuel Properties on Premixed Charge Compression Ignition Combustion in a Direct Injection Diesel Engine」(Kitano他、SAE 2003-01-1815)において、3種のテスト燃料のうち、沸点が35℃以上139℃以下で、セタン価がそれぞれ40及び25である燃料を主成分とする2種の燃料と、沸点が170℃以上355℃以下で、セタン価が53である1種のディーゼル燃料それぞれについて、セタン価が小さく噴射タイミングが早いとき、N OX排出濃度が減少する傾向が見られたことが報告されている。
【0003】
「A Method of Defining Ignition Quality of Fuels in HCCI Engines」(Kalhatgi他、SAE 2003-01-1816)においては、比較的感度の高い燃料は、同じRONを有する比較的感度の低い燃料に比べて、HCCIエンジンに適することが報告されている。この報告によると、芳香族化合物/オレフィン/酸化物の濃度が増加するにつれて、燃料の感度は向上する。
【0004】
急速な発展途上にある予混合圧縮自己着火(Homogeneous charge compression ignition、HCCI)の技術は、燃料転換効率を維持しながら今後の排気物質規制に適合する可能性のある技術である。
【0005】
HCCIシステムが発展している主な理由は、このようなシステムは、将来的に実施される世界的な排気物質規制に適合するために不可欠な超低濃度のNOX濃度及び粒子状排気物質濃度と、優れた燃料効率を実現可能である一方で、費用の掛かる後処理システムの必要がないことである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
HCCIシステムはUS on-highway 2010及びoff-road Tier 4b規制に適合することを目標に開発されている。しかしながら、HCCIシステムのNOX排出濃度は極めて低いから、将来実施される事実上いかなる規制にもHCCIシステムは適合できる。NOX濃度が0.2から0.3g/HP・hであれば、全てのエンジン動作条件において、50ppm以下のNOX排出濃度を実現できる。この濃度を実現する他の唯一の手段には、NOXアブゾーバやSCRシステムといった高価なNOX後処理技術の使用が必要である。完全に均一な混合物が得られるならば、シリンダ内に燃料過濃領域が発生するのを防止でき、固体炭素の濃度がほぼゼロとなるから、粒子トラップの必要がなくなる。炭化水素及びCOの濃度もまた規制の対象であるが、特に低負荷(低当量比)時には、HCCI燃焼のこれら排気物質の濃度は高い。よってHCCI燃焼方法がNOX及びPMトラップの必要性を排除できるとしても、酸化触媒は依然必要である。
【0007】
HCCI開発活動の多くは、その最初の試みにおいて、NOX及びPMについてこのような超低排出濃度を実現している。全てのパワースペクトル及びエンジンがこの範囲内で動作するように規制されている排気サイクルに対してこのような低排出濃度が可能となっている。いくつかの国においては、排気サイクル規制により、乗用車や軽トラックのような特定の用途については、部分負荷運転のみが許可されている。よって、1/2負荷まではHCCIの手法を用いて、それより高い負荷では従来の手法を用いれば、排気物質の問題を完全に解決できる。しかしながら、オンハイウェイ(大型)トラックやオフロード・マシンに対しては、排気サイクル規制により、低負荷時から全負荷時まで、エンジン排気中のNOX及びPMが超低濃度であることが求められている。したがって、HCCIを用いる排気物質低減方法は全てのエンジン動作条件において有効であることが理想的であるが、このことは、HCCIの開発において現在まで最も困難な課題である。このことが困難である主たる理由は、エンジンの出力を上げるために噴射される燃料が増加すると、燃焼速度が急激に増加することである。燃焼速度が高くなると、シリンダ圧力がエンジンのシリンダを固定する要素(ピストン、リング、ヘッドなど)の構造的限界を超えることになる。すると、多くの場合NOX排出濃度が増加し、熱損失も増加する。
【0008】
HCCIエンジンは標準的なディーゼルエンジンと比べてHC及びCOの排出濃度が大きいから、これらの排出濃度を制限することも重要である。
【0009】
したがって、燃料プールの大きさを増やすと同時に、HCCIエンジンに対して機械的制御及び動作上の制御をそれぞれ行うことにより、NOX、粒子状物質、及びその他の排気物質を制限並びに低減する方法を発見することが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0010】
HCCIエンジン内においてセタン価の低い燃料を燃焼させることにより、特に直接噴射式HCCIエンジンから排出されるNOXなどの排気物質濃度を制御するとともに低濃度に保つことが可能であることが発見された。このような燃料のセタン価は38.5以上50以下とする。この燃料の総芳香族化合物含有量は28.7重量%以上44.7重量%以下とする。またこの燃料の沸点は、25℃以上380℃以下であってもよい。ガソリン燃料については、リサーチオクタン価とモータオクタン価の平均(R+M)/2が60以上91以下であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】1500rpm、負荷50%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(38.5以上45.5以下)の影響を示す図である。
【図2】1500rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(38.5以上45.5以下)の影響を示す図である。
【図3】1500rpm、負荷50%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(38.5以上45.5以下)の影響を示す図である。
【図4】1500rpm、負荷50%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(38.5以上45.5以下)の影響を示す図である。
【図5】1500rpm、負荷50%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(38.5以上45.5以下)の影響を示す図である。
【図6】1200rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図7】1200rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図8】1200rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図9】1200rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図10】1200rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図11】1200rpm、負荷25%の条件下におけるシリンダ圧力及び熱発生率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図12】1200rpm、負荷25%の条件下におけるシリンダ圧力及び熱発生率のそれぞれに対する噴射タイミングとセタン価(46.7以上55.4以下)の影響を示す図である。
【図13】1500rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングと総芳香族化合物含有量の影響を示す図である。
【図14】1500rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングと総芳香族化合物含有量の影響を示す図である。
【図15】1500rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングと総芳香族化合物含有量の影響を示す図である。
【図16】1500rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングと総芳香族化合物含有量の影響を示す図である。
【図17】1500rpm、負荷25%の条件下におけるNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する噴射タイミングと総芳香族化合物含有量の影響を示す図である。
【図18】1200rpm、負荷25%の条件下におけるエンジンの熱発生量とシリンダ圧力それぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【図19】1200rpm、負荷25%の条件下におけるエンジンの熱発生量とシリンダ圧力それぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【図20】1200rpm及び1800rpmでのNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【図21】1200rpm及び1800rpmでのNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【図22】1200rpm及び1800rpmでのNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【図23】1200rpm及び1800rpmでのNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【図24】1200rpm及び1800rpmでのNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率のそれぞれに対する燃料揮発性の影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しつつ本発明の様々な実施形態を説明する。
本出願は、同時係属中の米国仮出願第60/571,307号(2004年5月14日出願)と関連しており、この出願に基づく優先権主張を伴う。この関連出願の開示内容は、本出願と対立しない範囲で本明細書中に組み込まれている。
【0013】
直接噴射式予混合圧縮自己着火(homogeneous charge compression ignition、HCCI)エンジン内において、ASTM D613に準拠したセタン価或いはASTM D6890に準拠した相当セタン価(Derived Cetane Number)が38.5以上50以下であり、総芳香族化合物含有量が28.7重量%以上44.7重量%以下である燃料を燃焼させることにより、直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジンから排出されるNOXなどの排気物質濃度を制御して低濃度に保ったり、或いは低減することが可能である。燃料の沸点は25℃以上380℃以下の範囲であることが好ましい。ガソリン燃料については、リサーチオクタン価(R)とモータオクタン価(M)の平均((R+M)/2が60以上91以下、好ましくは60以上80以下、より好ましくは60以上70以下である。尚、HCCIエンジンとは、圧縮ストローク中にエンジン内に燃料が噴射されるようなエンジンのことをいう。
【0014】
ディーゼル燃料は、大気圧下の沸点が150℃以上380℃以下である炭化水素からなる混合物である。尚、ガソリン燃料の大気圧下の沸点は25℃以上220℃以下である。
【0015】
使用される燃料はまた、非炭化水素成分(例えば酸化物)を含むものであってもよい。この燃料はまた、染料、抗酸化物、セタン価向上剤、低温流動性向上剤、或いは潤滑油添加剤などの添加物を含んでもよい。
【0016】
(試験例)
燃料特性がHCCIエンジンの性能と排気物質濃度に与える影響を検討するための試験を行った。全ての燃料についてセタン価、芳香族含有量、及び揮発性が検討され、ガソリン燃料についてオクタン価が検討された。本研究で用いたテスト・ディーゼル燃料の特性を表1に示す。ガソリンテスト燃料の特性を表2に示す。
【0017】
【表1】
【0018】
【表2】
【0019】
本試験に使用したエンジンは、シングル・シリンダ・キャタピラ3401エンジンである。その仕様を表3に示す。均一にスプレーを分配するために油圧強化型燃料噴射装置を用いた。
【0020】
【表3】
【0021】
多気筒ターボチャージャの動作を表すブースト圧及びバックプレッシャのレベルを提供するために吸排気サージタンクを用いた。酸化触媒は使用されなかったから、HC及びCO濃度はエンジン排気中の全濃度である。Horiba EXSAアナライザを用いて排気ガス中のCO、HC、NOX、及びCO2排気物質濃度を測定した。AVLスモーク・メータを用いてスモークを測定した。
燃料のテストは、エンジン速度1200rpm、1500rpm、1800rpm、エンジン負荷25%、50%、70%以上で行われた。
【0022】
この研究は、NOX排出濃度が0.2g/HP・h、AVLスモーク値が0.1以下であることを特徴とするエンジン動作条件について行われた。0.2g/HP・hのNOX排出濃度はUS EPA 2010 NOX排出基準に適合し、0.1以下のAVLスモーク値は2010粒子状排気物質の規制値0.01g/HP・hにほぼ等しい。
【0023】
低セタン価(38.5)ディーゼル燃料D4と、中セタン価(46.5)ディーゼル燃料D7と、高セタン価(55.4)ディーゼル燃料D8を2種類ずつ比較することにより、HCCIエンジンの性能と排気物質濃度に与える影響を評価した。比較された各組の燃料の蒸留特性と芳香族化合物含有量はほぼ同じである。
【0024】
燃料(セタン無添加)中の炭化水素組成の変化によるセタン価の増加の効果を、エチルヘキシル燃焼向上剤の使用によるセタン価の増加と比較した。このような比較を行うために、セタン無添加の燃料D3及びD4と、セタン強化燃料D1(燃料D3を燃焼向上剤により処理して調整される)に対するテストが行われた。燃料D1のセタン価(45.9)は燃料D4のセタン価(45.5)とほぼ等しくなるように調節され、芳香族化合物含有量と蒸留特性もほぼ等しくなるように調節された。更に、ディーゼル燃料D2(セタン価31.7)と3種のガソリン(相当セタン価はそれぞれ20.4、26.7、31.2)がテストされ、セタン価が更に減少することによるエンジンの動作範囲への影響が測定された。燃料G1、G2、及びG3についてオクタン価の影響も評価された。
【0025】
芳香族化合物含有量の影響を燃料D4及びD7を用いて調査した。D4及びD7はそれぞれ44.7重量%、28.7重量%の芳香族化合物を含有する。
【0026】
中間留分の燃料D6及びD7を比較することにより、燃料の揮発性が与える影響を調査した。燃料D6はD7より高い揮発性を有する。これは、燃料D6の蒸留範囲がD7よりも低いからである。例えば、燃料D6及びD7の90%揮発温度はそれぞれ、257℃、313℃である。燃料D7はNo.2ディーゼル燃料と同程度の揮発性を有し、燃料D6はNo.1ディーゼル燃料或いはケロシンと同程度の揮発性を有する。ディーゼル燃料とガソリン燃料の結果を比較することによっても、揮発性の影響が決定された。
【0027】
図1乃至図5は、燃料D3及びD4(それぞれセタン価38.5、45.5)により動作時のテスト・エンジンのNOX、AVLスモーク、HC、CO及び熱効率を示す。図6乃至図10においては、燃料D7及びD8(それぞれセタン価46.7、55.4)について、同じパラメータがプロットされている。各図において、1つの速度/負荷条件についてセタンの影響が示されているが、テストされた条件においては、セタンの影響は大幅には変化しなかった。燃料噴射タイミングが遅れるにしたがって、NOX排出濃度は増加し、スモーク、HC、及びCO排出濃度は減少した。若しくはこれら排出濃度は一定であった。
【0028】
噴射タイミングが早いと、NOX排出濃度が非常に小さくなる。これは、燃料が気化して、低い燃焼温度にある燃焼チャンバ内において比較的均一に分散するからである。燃焼タイミングが遅いと、タイミングが早い場合と比べて燃焼チャンバ内の燃料の分散は不均一になる。結果として局所的に燃焼温度が高くなり、NOX排出濃度が増加する。一方でこの場合、HC、CO、及びスモークは減少する。中間噴射タイミング領域を用いると、HC及びCOの濃度を比較的低く保ちながら、NOXとスモークを低減できる。
【0029】
噴射タイミングが遅い場合に、熱効率が向上する傾向が見られた。同時にこの場合HC及びCO排出濃度も比較的低かった。総じて、本試験で用いられた全てのエンジン動作条件において、セタン価の大きさがエンジン性能と排気物質濃度に与える影響は小さく、噴射タイミングを遅らせるとセタン価の影響は観察されなかった。セタン価の大きさの影響が検知される場合は、燃料噴射タイミングが早い設定において、セタン価が増加すると、セタン価が低い場合と比べてCO、HC、及びスモークの排出濃度が改善されることが観察された。セタン価が及ぼすこれら小さな影響は、燃料反応性と、燃料のセタン価が高いことにより燃焼タイミングが早く開始することに起因すると考えられる。
【0030】
燃料噴射タイミングが早い設定において、燃料のセタン価が高いと、燃料のセタン価が低いときと比べてCO、HC、及びスモークの排出濃度が改善されることが観察されたのに対して、燃料のセタン価が低い場合、セタン価が高い場合と同程度まで、或いはより低い濃度まで、NOXが低減される。このような現象は調査した噴射タイミングの設定範囲全体において観察された(図1乃至図10、表4参照)。
【0031】
表4に示すごとく、セタン無添加の場合とセタン価を強化した場合について、その効果を比較した。表4は1200rpm、25%負荷時のエンジンテストの結果を示す。これらの結果によると、セタン無添加燃料D4(セタン価45.5)とセタン強化燃料D1(セタン価45.9)が、HCCIエンジンのNOX、AVLスモーク、HC、CO、及び熱効率に及ぼす影響は、基本燃料D3(セタン価38.5)の影響とほぼ等しい。図11及び図12に示すごとく、燃料D1及び燃料D4は、D3に対して約6°クランク・アングル燃焼開始タイミングを早めた。SOCタイミングがセタン価によりこのような影響を受けることは、HCCIエンジンにおいて好ましくない。実際、HCCIエンジンに対する負荷が比較的高くなった時点から逆効果が発生する。セタン価が増加すると、高負荷時に、最適な燃焼フェージングを行うとともに、シリンダ圧力及び圧力上昇率に対する制限範囲内でエンジンの熱効率を最大化することがより難しくなる。
表4はセタン無添加燃料とセタン強化燃料の影響を示す。
【0032】
【表4】
【0033】
表5及び表6に示すごとく、ディーゼル燃料D2及びガソリンG3を使用したときに、HCCIエンジンが動作可能な速度範囲及び負荷範囲が最も広くなった。燃料D2は負荷72%、1200rpm及び負荷78%、1800rpmでのエンジン動作を可能とした。また、燃料G3は負荷75%、1200rpm及び負荷83%、1800rpmでのエンジン動作を可能とした。燃料D2のセタン価及び燃料G3の相当セタン価はそれぞれ31.7、31.2であった。一方で、ガソリンG1及びG2は、自然発火を過度に妨げ、エンジンの動作範囲を大幅に制限することがわかった。燃料G2(相当セタン価26.7)は負荷75%、1200rpmでのエンジン動作を可能とした。しかしながらG2を用いると、1800rpmでは、エンジン動作は71%の一定負荷での動作に制限された。燃料G1(相当セタン価20.4)を使用時には、1200rpmにおけるエンジン動作は、50%から75%の狭い範囲の負荷での動作に制限された。またこの燃料を使用時には、1800rpmではHCCI燃焼は起きなかった。
【0034】
試験結果からはまた、燃料のオクタン価が減少するとエンジンの動作範囲が拡大することがわかる。燃料G3((R+M)/2オクタン価63.2)使用時には、G2((R+M)/2オクタン価81.2)使用時より広い動作範囲が可能となった。同様に、G2((R+M)/2オクタン価81.2)使用時には、G1((R+M)/2オクタン価91.2)使用時より広い動作範囲が可能となった。オクタン価はガソリン燃料の発火抵抗性の尺度となる数値である。標準的なガソリンエンジンと異なり、HCCIエンジンは燃料を発火させるためのスパーク・プラグを備えない。よって燃料の発火抵抗性が過度に高くなると、燃料の発火が非常に困難になり、エンジン動作が制限される。
表5は、燃料D2による動作時のHCCIエンジンにおいて可能な負荷の範囲を示す。
表6燃料G1、G2、及びG3による動作時のHCCIエンジンにおいて可能な負荷の範囲を示す。
【0035】
【表5】
【0036】
【表6】
【0037】
1500rpm、負荷25%での動作について、排気物質濃度と熱効率に対する燃料中の芳香族化合物含有量の影響を図13乃至図17に示す。ここでは、総芳香族化合物含有量がそれぞれ44.7重量%、28.7重量%である燃料D4及びD7について比較を行った。概して、本研究において用いられたエンジン動作条件に対して観察された影響は僅かで、一定の明確な傾向を示さなかった。これら結果は、このHCCI燃焼システムはディーゼル燃料中の芳香族化合物含有量に対する感度が比較的低いことを示している。
HCCI燃焼システムはディーゼル燃料中の芳香族化合物含有量に対する感度が低い一方で、従来のディーゼル燃焼システムはこのパラメータに対する感度が高い。
【0038】
このように芳香族に対する感度が低いのと同時に、セタン価の低い燃料を用いてもNOX排出濃度を低く保ちながら良好な走行が可能であることから、HCCI燃焼システムによると、使用可能なディーゼル燃料のプールのサイズを大幅に増加させることが可能である。
【0039】
表5及び表6に示すごとく、ディーゼル燃料D2使用時には負荷78%、ガソリン燃料G3を使用時には83%以下の負荷での動作が可能である。このことは、エンジン内で使用可能な燃料の揮発性の範囲が広いことを示す。図18及び図19に、燃料D6及びD7のシリンダ圧力と熱放散率を対照的に示す。これらの燃料は異なる揮発性を有すると同時に、ほぼ等しい芳香族化合物含有量とセタン価を有する。発火開始タイミングに対する揮発性の大きさの影響は顕著には観察されなかった。またシリンダ圧力と熱放散率に対する影響も見られなかった。
【0040】
図20乃至図24に、エンジン負荷が25%の場合と50%の場合における、燃料揮発性が排気物質濃度と熱効率に及ぼす影響を示す。ここでは、燃料D6及びD7が比較されている。排気物質濃度と性能に対する燃料揮発性の大きさの影響は小さかった。NOX、スモーク、及びHC排出濃度は、揮発性の高い燃料D6のほうが低かったが、熱効率は燃料揮発性の影響を受けなかった。これらの影響はエンジン発火時にエンジンの燃焼チャンバ内においてより揮発性の高い燃料D6がより均一に分配されることにより引き起こされる。CO排出濃度の結果には一定の傾向が見られなかった。
【0041】
これらの結果は、HCCIエンジンに利用可能な燃料の揮発性の範囲が広いことを示している。ケロシン或いはガソリンのような比較的揮発性の高い燃料は、燃料揮発性が高く、(空気と)混合されやすいので、排気物質低減に適している。ディーゼル燃料のような比較的揮発性の低い燃料を使用する利点も存在する。このような燃料はエネルギ密度が高いから、燃料単位あたりの走行距離が長い。走行距離の長さは、ディーゼル燃料の大量消費者として知られるトラック運送業において非常に重要である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧縮ストローク中に燃料が注入される直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジン内で、ASTM D613に準拠したセタン価或いはASTM D6890に準拠した相当セタン価が38.5以上50以下であり、総芳香族化合物含有量が28.7重量%以上44.7重量%以下であり、ASTM D86に準拠した90%蒸留度が314℃以上329℃以下である燃料を燃焼させ、該エンジンへの該燃料噴射タイミングを上死点前に設定することにより、排気物質を制限しながら前記直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジンを動作させ、NOxの排気排出を20 ppm以下とさせることを特徴とする方法。
【請求項2】
ガソリン燃料のリサーチオクタン価とモータオクタン価の平均(R+M)/2が60以上91以下であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
ガソリン燃料のリサーチオクタン価とモータオクタン価の平均(R+M)/2が60以上81以下であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
ガソリン燃料のリサーチオクタン価とモータオクタン価の平均(R+M)/2が60以上70以下であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項1】
圧縮ストローク中に燃料が注入される直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジン内で、ASTM D613に準拠したセタン価或いはASTM D6890に準拠した相当セタン価が38.5以上50以下であり、総芳香族化合物含有量が28.7重量%以上44.7重量%以下であり、ASTM D86に準拠した90%蒸留度が314℃以上329℃以下である燃料を燃焼させ、該エンジンへの該燃料噴射タイミングを上死点前に設定することにより、排気物質を制限しながら前記直接噴射式予混合圧縮自己着火エンジンを動作させ、NOxの排気排出を20 ppm以下とさせることを特徴とする方法。
【請求項2】
ガソリン燃料のリサーチオクタン価とモータオクタン価の平均(R+M)/2が60以上91以下であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
ガソリン燃料のリサーチオクタン価とモータオクタン価の平均(R+M)/2が60以上81以下であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
ガソリン燃料のリサーチオクタン価とモータオクタン価の平均(R+M)/2が60以上70以下であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【公開番号】特開2011−163350(P2011−163350A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−114186(P2011−114186)
【出願日】平成23年5月20日(2011.5.20)
【分割の表示】特願2006−540054(P2006−540054)の分割
【原出願日】平成17年4月27日(2005.4.27)
【出願人】(302009154)エクソンモービル・リサーチ・アンド・エンジニアリング・カンパニー (2)
【出願人】(506138281)キャタピラー インコーポレイテッド (2)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年5月20日(2011.5.20)
【分割の表示】特願2006−540054(P2006−540054)の分割
【原出願日】平成17年4月27日(2005.4.27)
【出願人】(302009154)エクソンモービル・リサーチ・アンド・エンジニアリング・カンパニー (2)
【出願人】(506138281)キャタピラー インコーポレイテッド (2)
【Fターム(参考)】
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