説明

真空中のアーク発生装置およびアーク発生方法

【課題】スタート後に比較的少ないガス流量でアークに移行することができるとともに、ガス流量の調整範囲を少なくすることができ、脈動現象やアークの消滅を生じることなく、安定したアークを維持する。
【解決手段】中空電極4のガス通路のうち、ガス噴出口5aの先端からガス供給側の一定長さ範囲の領域を断面積が小さいプラズマ発生域とし、さらにそのガス供給側の領域をガス通路断面積がガス噴出口部よりも大きく、プラズマ発生域の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は宇宙空間等の真空中でアークを発生させ、溶接、表面熱処理または材料分析等を実施することを可能とする真空中のアーク発生装置およびアーク発生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来一般に大気中で行っているGTA(ガスタングステンアーク)溶接では、中実棒状の電極を適用し、この電極の周囲に不活性ガス等の溶接ガスを噴射し、電極の周囲を非酸化性雰囲気としてアークを発生させ、溶接を行っている。
【0003】
ところが、宇宙空間等において大気中の溶接と同様の中実棒状の電極を適用してGTA溶接等を実施しようとすると、高真空度により圧力が低下しているためアーク柱の電位傾度が低下してアークが不安定となり、溶接が困難となる。このため、宇宙空間では構造物を組立てる場合に溶接以外の機械的連結構造等に依存せざるを得ないと考えられていた。
【0004】
これに対し、近年では真空中におけるアーク溶接のアーク不安定を解決する手段としてアーク発生用の溶接ガスを供給するガス供給装置と、内部にガス通路が形成されガス供給装置により供給される溶接ガスを先端から噴出する中空電極と、この中空電極と被溶接物との間に電圧を印加して放電を起させ、溶接ガス中にアークを発生させる電源とを使用して、真空中で溶接を行うアーク溶接方法が提案されている(例えば特許文献1、2等参照)。
【0005】
この方法によると、中空電極の内部に溶接ガスを通して被溶接物に噴出することから、電極内部でプラズマを発生させて真空中でのアーク溶接を行うことが可能となる。このように、真空中の中空電極により可能となるアーク溶接の場合には、電極と被溶接物との間隔を大気圧中のGTAより遙かに長くしてアーク長を大きくすることが可能であり、これにより、アークの強度が強くなって効率的であるため、略10mmの長いアーク長を使用することが見込まれている。
【特許文献1】特開平7−185801号公報
【特許文献2】特開2003−170273号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
起動時の電流を大きくして強いスパークを発生させると、薄板の場合にはスパークによる溶け落ちが生じてしまう。一方、薄板等を溶接する場合の低い溶接電流値では、真空度の上昇とともに、極めて低い確率でしか溶接アークに移行することができなくなる。
【0007】
また、使用する溶接ガスの種類による差も大きい。例えばArガスの電離電圧は15.8eVに対しHeガスの電離電圧は24.6eVと大きな値である。これは溶接アークになるためには、Heガスでは多量のエネルギを必要とすることを意味する。即ち、Heガスは溶接アークになり難い。
【0008】
このような事情に対処する従来方法として、アーク発生時の溶接ガス流量を200cc/分程度に多くし、溶接アークが発生した後に目的とする溶接時の流量である10〜20cc/分程度に減少させる方法がある。
【0009】
しかし、アーク発生時に溶接ガスを多く流してアーク発生を容易にし、溶接アークへ移行してからガス流量を減少させて本来の溶接時のガス流量に戻すためには、溶接ガス流量調整計に広範囲の調整域が必要となる。
【0010】
さらに、アークスタートした後、急激に溶接ガス流量の設定を本来の少ない流量に設定すると、過渡的に設定値より少ない流量に脈動する現象が生じる。これを防止するには徐々に流量を下げる等の作業が生じる欠点がある。
【0011】
発生した溶接アークは中空電極内部の先端側でプラズマ状態になっている。このプラズマにより中空電極は高温に加熱され、溶接電流によるプラズマの状態および電極の加熱状況等により中空電極内でのプラズマ発生範囲が変動する欠点がある。一定の溶接電流でもプラズマ発生範囲が変動するとプラズマの強度に影響し、溶接に適用した場合の溶け込み量が安定しなくなる。
【0012】
また、プラズマ発生範囲が過度に大きくなると中空電極内のプラズマ圧が上昇し、溶接ガスの供給が困難となって溶接アークが消滅する。特にHeガスのような電離電圧の高いガスでは、起動時に大きなエネルギを必要とするため溶接アーク発生後の電極内のプラズマ圧が高くなり溶接アークを維持し難い欠点がある。
【0013】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、スタート後に比較的少ないガス流量でアークに移行することができるとともに、ガス流量の調整範囲を少なくすることができ、脈動現象やアークの消滅を生じることなく、安定したアークを維持することができる真空中のアーク発生装置および方法を提供することを目的とする。
【0014】
また、溶接に適用した場合等においては、溶け込み量が安定し、安定なアークを維持し、短時間で電極先端の温度を上昇させ、アーク起動を行うことができるとともに、Heガスのような電離電圧の高いガスにおいてもアーク起動時のガス流量を溶接時から変える必要なく、余分な操作を省略して、簡単な装置で能率よく、かつ余分な操作も必要とすることなく、良質なアーク溶接を行なうことができるアーク発生装置および方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明者の検討によれば、電離電圧の高いHeガスなどは起動時に多くのエネルギを要する。具体的には起動時の電流を上げたり、ガス流量を増してガス密度を高くする等が考えられる。しかし、起動してしまうと、電流が高い場合、またはガス密度が高い場合には、中空電極内でガスの膨張による内圧(プラズマ圧)が過度に高まる。この内圧がある限界を超えると、ガスの供給ができなくなり、アーク維持が困難となり、アークが消滅してしまう。
【0016】
したがって、アークが発生した後では、逆に電流が高かったり、ガス流量が多くなることはアーク維持に不利となる。この相反する現象を解決するための手段、方法が求められていた。
【0017】
発明者による種々の試験、検討の結果、スタート時は電極先端の孔断面を細くしてガス密度を高めてアーク発生しやすくしておき、アーク発生後はこの内圧が限界を超えないように孔の細断面部の長さを設定し、その上部の孔断面を大きくすると、内圧の制御が可能となり、電離電圧の高いHeガスでも容易に微量のガス流量でアーク維持できることが判った。
【0018】
そこで、上記の目的を達成するため、請求項1に係る発明では、アーク発生用のガスを供給するガス供給装置と、内部にガス通路を有するとともに先端部に前記ガス供給装置から供給されたガスを噴出するガス噴出口を有する中空電極と、この中空電極と被処理物との間に電圧を印加して放電を起させる電源とを備え、真空環境下で前記中空電極のガス噴出口から噴出するガス中にアークを発生させて前記被処理物の加熱処理を行なうアーク発生装置であって、前記中空電極のガス通路のうち、ガス噴出口の先端からガス供給側の一定長さ範囲の領域を断面積が小さいプラズマ発生域とし、さらにそのガス供給側の領域をガス通路断面積が前記ガス噴出口部よりも大きく、前記プラズマ発生域の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部としたことを特徴とする真空中のアーク発生装置を提供する。
【0019】
請求項2に係る発明では、前記中空電極の先端部の外寸法を本体部分よりも小さくし、この小外寸法部分の軸方向長さを前記中空電極のプラズマ発生域の長さよりも短く設定した請求項1記載の真空中のアーク発生装置を提供する。
【0020】
請求項3に係る発明では、前記中空電極の先端部に筒状のアーク被覆部を設け、このアーク被覆部の内側寸法は、前記プラズマ発生域の内側寸法よりも大きく、かつ前記プラズマ発生域抑制部の内側寸法よりも小さい設定とした請求項1または2記載の真空中のアーク発生装置を提供する。
【0021】
請求項4に係る発明では、アーク発生用のガスを供給するガス供給装置と、内部にガス通路を有するとともに先端部に前記ガス供給装置から供給されたガスを噴出するガス噴出口を有する中空電極と、この中空電極と被処理物との間に電圧を印加して放電を起させる電源とを備え、真空環境下で前記中空電極のガス噴出口から噴出するガス中にアークを発生させて前記被処理物の加熱処理を行なうアーク発生装置であって、前記中空電極は軸方向に相対移動が可能な内側電極および外側電極を有し、前記内側電極の先端部は少なくとも前記外側電極の先端部から突出および退入可能とし、かつ前記内側電極のガス通路のうち、ガス噴出口の先端からガス供給側の一定長さ範囲の領域を断面積が小さいプラズマ発生域とし、さらにそのガス供給側の領域をガス通路断面積が前記ガス噴出口部よりも大きく、前記プラズマ発生域の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部としたことを特徴とする真空中のアーク発生装置を提供する。
【0022】
請求項5に係る発明では、前記内側電極の先端部を一定長さに亘って本体部よりも肉薄としてアークから受ける前記先端部の熱エネルギ密度を前記本体部よりも高める構成とした請求項4記載の真空中のアーク発生装置を提供する。
【0023】
請求項6に係る発明では、前記内側電極と外側電極との間に筒状隙間をあけて第2ガス通路を形成するとともに、前記外側電極の先端に第2ガス噴出口を形成し、この第2ガス通路のうち、前記第2ガス噴出口の先端からガス供給側の一定長さ範囲の領域を断面積が小さいプラズマ発生域とし、さらにそのガス供給側の領域をガス通路断面積が前記第2ガス噴出口部よりも大きく前記プラズマ発生域の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部とした請求項5記載の真空中のアーク発生装置を提供する。
【0024】
請求項7に係る発明では、アーク発生用のガスを供給するガス供給装置と、内部にガス通路を有するとともに先端部に前記ガス供給装置から供給されたガスを噴出するガス噴出口を有する中空電極と、この中空電極と被処理物との間に電圧を印加して放電を起させる電源とを備え、真空環境下で前記中空電極のガス噴出口から噴出するガス中にアークを発生させて前記被処理物の加熱処理を行なうアーク発生装置であって、前記中空電極は軸方向に相対移動が可能な内側電極および外側電極を有し、前記内側電極の先端部は少なくとも前記外側電極の先端部から突出および退入可能とし、かつ前記外側電極のガス通路のうち、ガス噴出口の先端からガス供給側の一定長さ範囲の領域を断面積が小さいプラズマ発生域とし、さらにそのガス供給側の領域をガス通路断面積が前記ガス噴出口部よりも大きく、前記プラズマ発生域の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部としたことを特徴とする真空中のアーク発生装置を提供する。
【0025】
請求項8に係る発明では、前記電極の外周面に冷却装置を軸方向に沿って移動可能に設けた請求項1ないし7のいずれかに記載の真空中のアーク発生装置を提供する。
【0026】
請求項9に係る発明では、請求項4ないし8のいずれかに記載のアーク発生装置を使用して、前記内側電極および外側電極の各ガス通路に異なるガスを供給することにより、発生するプラズマを調整することを特徴とする真空中のアーク発生方法を提供する。
【0027】
請求項10に係る発明では、請求項4ないし8のいずれかに記載のアーク発生装置を使用して、溶接、表面熱処理または材料分析を実施することを特徴とする真空中のアーク発生方法を提供する。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、発生したアークがプラズマになる領域を制御することにより安定なアークを維持でき、アークを発生させるための中空電極先端部の肉厚ひいては体積を小さくすることにより、短時間で電極先端の温度を上昇させ、アーク起動を行うことができるとともに、アークへの移行が容易となる。高真空であってもHeのような電離電圧の高いガスにおいてもアーク起動時のガス流量を溶接時等から変える必要なく、余分な操作を省略して、簡単な装置で能率よく、かつ余分な操作も必要とすることなく、良質な溶接等を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明に係る真空中のアーク発生装置およびアーク発生方法の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0030】
[第1実施形態(図1〜図3)]
本発明の第1実施形態では、真空環境下で中空電極のガス噴出口から噴出するガス中にアークを発生させて被処理物の加熱処理を行なうアーク発生装置であって、中空電極のガス通路のうち、ガス噴出口の先端からガス供給側の一定長さ範囲の領域を断面積が小さいプラズマ発生域とし、さらにそのガス供給側の領域をガス通路断面積がガス噴出口部よりも大きく、プラズマ発生域の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部とした真空中のアーク発生装置について説明する。
【0031】
図1は、本実施形態による真空中のアーク発生装置全体を示す構成図である。図1に示すように、本実施形態のアーク発生装置1は、アーク発生用のガスaを供給するガス供給装置2を備えている。このガス供給装置2は、例えば筐体状に構成されており、図示省略のガス供給源からガスaの供給を受ける横向き開口のガス導入部2aと、このガス導入部2aの孔断面よりも内部断面が大きくなったガス受け部2bとを有している。ガス受け部2bは下方に向って一定長さ突出しており、この突出部分2cの下端に中空電極支持孔2dが下向きに開口している。
【0032】
このガス供給装置2の中空電極支持孔2dには、シール部材3を介して中空電極4が気密を保持して連結されている。なお、以下の例では中空電極4をタングステン電極とした場合について説明する。
【0033】
中空電極4は例えば軸方向(図示上下方向)の両端が開口する円管状のものであり、ガス供給装置2に保持されている。そして、中空電極4の軸方向に沿って形成されている内部孔が、ガスを流通させるためのガス通路5となっている。
【0034】
このガス通路5に、ガス供給装置2により供給されるガスaが通され、中空電極4の先端(下端)のガス噴出口5aからガスaが下向きに噴出する構成となっている。また、ガス供給装置2および中空電極4には電極移動機構、例えば昇降機構6が連結されており、この昇降機構6によって中空電極4の先端が被溶接物7に向って昇降移動できるようになっている。
【0035】
さらに、中空電極4と被処理物7との間には、これらに電圧を印加して放電を起させ、ガスa中にアークを発生させる電源8がそれぞれ配線9を介して接続されている。
【0036】
このような構成において、ガス通路5は、ガス噴出口5aの先端からガス供給側の一定長さ範囲の領域を断面積が小さいプラズマ発生域S1とされ、さらにそのガス供給側の領域をガス通路断面積がガス噴出口部よりも大きく、プラズマ発生域S1の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部S2となっている。
【0037】
すなわち、中空電極4のガス通路5の直径は長さ方向(上下方向)全体で一定ではなくプラズマ発生域S1である先端部の直径(d1)が小径となり、プラズマ発生域抑制部S2であるガス供給側の直径(d2)が大径となっている。
【0038】
また、中空電極4の外寸法である外径については、中空電極4の先端部(下端部)4aの外径(D1)は、外側下部の段差部4cを介して本体部4bの外径(D2)よりも小径となっている。この中空電極4の先端部4aの内外の長さおよび径は、適用する溶接装置等の処理装置および溶接条件等の処理条件に必要な熱エネルギ密度に応じて設定されている。なお、中空電極4が多角形の場合の外寸法は、対向する交点間の距離、対向する面間の距離および対向する交点と面の距離であり、正三角形の場合は底辺からの高さであり、正方形の場合は一辺の長さもしくは対角線の長さとなる。
【0039】
また、中空電極4の先端部(下端部)4aがガス通路断面積の小さい部分の長さより短い範囲で一定長さに亘って本体部4bよりも肉薄とされ、体積が小さいことによりアークから受ける先端部4aの熱エネルギ密度を本体部4bよりも高める構成となっている。
【0040】
すなわち、中空電極4の先端部の外径D1を本体部分の外径D2よりも小径とし、この小径部分の軸方向長さS1を中空電極4のプラズマ発生域の長さS2よりも短く設定したものである。
【0041】
次に、以上の構成に基づき、真空中のアーク発生方法について、溶接方法を例として説明する。上述したアーク発生装置1を使用することにより、本実施形態では、微量のガスを流しながら中空電極4と被処理物7とを昇降機構6により接触させ、電源8を起動させた状態で昇降機構6により中空電極4を引上げる。中空電極4が被処理物7から離れる瞬間にスパークが生じ、この時のスパークのエネルギをガスへ伝達させて溶接アークに移行させる方法、すなわちタッチスタート方法を適用することができる。
【0042】
この方法では、中空電極4を被処理物7に接触した後、電源8を出力させた状態で昇降機構6により1〜2mm中空電極4を引き上げる。通電状態で中空電極4と被処理物7が引き離されるため、これらの中空電極4と被処理物7との間でスパークによるアークが発生する。中空電極4の先端部4aは肉厚の薄い構造で被処理物7から近距離に在るため、発生したスパークのアークおよび電流によるジュール熱で加熱され、中空電極4の小径な先端部4aの温度は瞬時に上昇する。これにより、中空電極4の温度が高くなるほど、中空電極4からの電子放出が活発となり、アークになり易い。
【0043】
また、温度上昇により、供給されているガスaは高温部となる電極4の先端部4aにより加熱されてプラズマ化し、アークに移行する。アークへ移行した後は、昇降機構6により中空電極4と被処理物7との間隔を例えば10mm前後の溶接条件の間隔まで引き上げ、アーク長を伸ばしてアークが効率的に使用できる強い領域へ移動して溶接することができる。
【0044】
ここで、ガス通路5が一定の断面積で電極軸方向に構成されていると、中空電極4の先端部でプラズマ化した熱により中空電極4の上側を徐々に温度上昇させ、プラズマ化する領域を広げてくる。このプラズマ発生領域は中空電極4の状態および外乱状況により、その時々でエネルギバランスの取れた範囲に変動する。すなわち、プラズマの強度が変動し、結果的に熱源が変動する溶接となり、溶接品質に問題が生じる。さらにHeガスのような電離電圧の高いガスを使用する場合、アーク起動時に多くのエネルギを必要とするので、Arガスの場合より起動電流を高くする必要がある。高い電流で起動し、プラズマが発生すると、中空電極4内のプラズマによる圧力が高くなり、この圧力がある値を超えるとガスaの供給が困難となり、プラズマが消滅する。
【0045】
これに対し、本実施形態によれば、中空電極4のガス通路断面積が先端のみ小さくなっているので、プラズマ発生領域が広がろうとしても、ガス通路断面積の広い部分に達するとガス密度が低下し、これ以上のプラズマ発生域を抑えることができる。
【0046】
すなわち、プラズマ発生域S1を中空電極4先端のガス通路5aが小さい範囲に固定することができる。これにより、発生したプラズマの強度変動を抑え、またHeガスのような電離電圧の高いガスにおいても,微量のガス流量であっても容易にアークを発生することができ、安定した溶接等が可能となり、簡単な装置で良質な溶接等の処理が行なえる。
【0047】
以上説明したように、本実施形態の溶接装置および溶接方法によれば、ガスaの供給量を途中で調整する必要がなく、一定量で供給されるので、従来のような流量調整計の広範囲の調整域は不要であり、また途中の流量調整も不要による流量の脈動も除去することができる。
【0048】
さらに、Heガスのような電離電圧が高くアーク発生が難しいガスにおいても、低電流で容易に溶接等が行なえるようになる。
【0049】
本実施形態によれば、各種方法を組合わせることにより、アーク発生時のガス密度が高まるとともに、中空電極4の先端部4aおよび中空電極4内のガスaの温度上昇により、アーク発生時のエネルギレベル上昇が顕著となり、微弱なスパークエネルギのガスaへの伝達効率を高めることができる。
【0050】
また、本実施形態によれば、高真空下であってもアーク起動時のガス流量を溶接時と変えることなく、微量のガス流量でも溶接アークへ容易に移行することができ、良質な溶接等を得ることができる。
【0051】
なお、図2は、本実施形態の変形例1として、図1に示したアーク発生装置1における中空電極4の異なる先端部構成を示す拡大断面図である。
【0052】
この例では、中空電極4の先端部に段差が設けられず、肉厚が大きい構成となっている。この中空電極4の構成では図1に示した中空電極4に比して体積が大きいため、アークから受ける熱エネルギ密度が低いが、電離電圧の低いガスを使用したり、ガス流量を多くして起動する場合のように、必要なエネルギが低くてよい場合にはアーク発生用として適用することが可能である。
【0053】
また、図3は、本実施形態の変形例2として、図1に示したアーク発生装置1における中空電極4の異なる先端部構成を示す拡大断面図である。
【0054】
この例では、中空電極4の先端部に筒状のアーク被覆部10が一体に設けられている。すなわち、このアーク被覆部10の内径d3は、プラズマ発生域の内径d1よりも大径、かつプラズマ発生域抑制部の内径d2よりも小径な設定とされている。
【0055】
このような構成によると、中空電極4の先端で生じたプラズマ領域を、よりガス通路断面積の小さい上部へ誘導し、ガス密度をさらに高めて強いプラズマを得ることができる。
【0056】
[第2実施形態(図4、図5(a),(b))]
図4は本発明の第2実施形態による真空中のアーク発生装置1の全体を示す構成図であり、図5(a),(b)は作用説明図である。なお、装置全体の基本構成は第1実施形態と略同様であるから、共通な構成部分に図1と同一符号を付して説明を省略する。
【0057】
本実施形態が第1実施形態と異なる点は、中空電極4が軸方向に相対移動可能な内側電極11および外側電極12を有し、内側電極11の先端部(下端部)が少なくとも外側電極12の先端部(下端部)から軸方向に突出および退入可能とした点にある。
【0058】
内側電極11は、図2に示した中空電極4と同様に、中空電極4の先端部に段差が設けられず、肉厚が大きい構成となっている。外側電極12は円筒状に構成され、ガス供給装置2にシール部材3を介して支持されている。
【0059】
そして、内側電極11のガス通路5のうち、ガス噴出口5aの先端からガス供給側の一定長さ範囲の領域を断面積が小さいプラズマ発生域とされ、さらにそのガス供給側の領域をガス通路断面積が大きく、ガス噴出口5a部よりも大きくプラズマ発生域の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部となっている。
【0060】
この構成において、アーク発生時には図5(a)に示すように、内側電極11を外側電極12の先端部から下方に突出させておき、低い電流でアーク起動させ、プラズマが安定した時点で相対的に内側電極11を引き上げ、図5(b)に示すように、外側電極12にプラズマ発生点を移す。この場合、内側電極11は外側電極12のプラズマが移行できない程度に引上げる。
【0061】
本実施形態によれば、低電流で起動して高電流で使用する場合、またはプラズマ密度が低く大きなプラズマ柱が必要な場合等に好適である。
【0062】
[第3実施形態(図6、図7(a),(b))]
図6は本発明の第3実施形態による真空中のアーク発生装置1の全体を示す構成図であり、図7(a),(b)は作用説明図である。
【0063】
本実施形態は、図6に示すように、中空電極4が軸方向に相対移動可能な内側電極11および外側電極12を有し、内側電極11の先端部(下端部)が少なくとも外側電極12の先端部(下端部)から軸方向に突出および退入可能とした点において、第2実施形態と略同様である。
【0064】
本実施形態が第2実施形態と異なる点は、内側電極11の構成にある。本実施形態では、内側電極11の先端部(下端部)を一定長さに亘って本体部よりも肉薄とし、アークから受ける先端部の熱エネルギ密度を本体部よりも高める構成としたことにある。
【0065】
具体的には、内側電極11が第1実施形態の図1に示した中空電極4と略同様の構成であり、内側電極11が外側下部の段差部4cを介して本体部4bの外径よりも小径となっている。
【0066】
アーク発生時には図7(a)に示すように、内側電極11を外側電極12の先端部から下方に突出させておき、低い電流でアーク起動させ、プラズマが安定した時点で相対的に内側電極11を引き上げ、図7(b)に示すように、外側電極12にプラズマ発生点を移す。この場合、内側電極11は外側電極12のプラズマが移行できない程度に引上げる。
【0067】
このような構成によれば、内側電極11のガス通路断面積が先端のみ小さくなっているので、第1実施形態と同様に、プラズマ発生域を電極先端のガス通路5aを小さい範囲に固定することができ、発生したプラズマの強度変動を抑え、またHeガスのような電離電圧の高いガスにおいても微量のガス流量で容易にアークを発生することができるとともに、内側電極11が外側電極12で放電領域を囲まれているので安定した溶接等が可能となり、簡単な装置で良質な溶接等の処理が行なえる。
【0068】
[第4実施形態(図8(a),(b))]
図8(a),(b)は本実施形態による真空中のアーク発生装置1の構成および作用を示す説明図である。
【0069】
これらの図に示すように、本実施形態では、内側電極11と外側電極12との間に筒状隙間をあけて第2ガス通路13が形成されるとともに、外側電極12の先端に第2ガス噴出口11aが形成されている。
【0070】
第2ガス通路13のうち、第2ガス噴出口11aの先端からガス供給側の一定長さ範囲の領域が断面積の小さいプラズマ発生域とされ、さらにそのガス供給側の領域をガス通路断面積が大きく、第2ガス噴出口11aよりも大きくプラズマ発生域の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部となっている。
【0071】
本実施形態の構成を適用して、例えば内側電極11および外側電極12の各ガス通路に異なるガスを供給することにより、発生するプラズマを調整して真空中のアーク発生方法を実施する。
【0072】
上述のように、電離電圧の高いガスではアーク起動が難しくなる。これを解決する方法の一つとして、起動時にタッチスタートする内側電極11からは、アーク起動し易いArガス等の電離電圧の低いガスを用いて起動をかける。
【0073】
この場合、一旦プラズマになるとアークが安定するので、内側電極11を引き上げ、外側電極12から電離電圧の高いHeガス等を流して両方のガスが混在した状態でのプラズマとすることができる。
【0074】
この後、内側電極11からの電離電圧の低いガスの供給を止めると、アーク起動し難いHeガス等のアークを容易に得ることができる。また、内側電極11に供給するガスを止めずに混合ガス状態にすると、流量比に応じた特性を得ることが容易に行なえる。
【0075】
[第5実施形態(図9(a),(b))]
図9(a),(b)は本実施形態による真空中のアーク発生装置1の構成および作用を示す説明図である。
【0076】
これらの図に示すように、本実施形態では、内部にガス通路5を有するとともに、先端部にガス供給装置2から供給されたガスを噴出するガス噴出口5aを有する中空電極4としての内側電極11を備えている。そして、真空環境下で中空電極4のガス噴出口11aから噴出するガス中にアークを発生させて、被処理物の加熱処理を行なうようになっている。
【0077】
この構成において、中空電極4は軸方向に相対移動が可能な内側電極11および外側電極12を有し、内側電極11の先端部は少なくとも外側電極12の先端部から突出および退入可能とされ、かつ外側電極12の第2ガス通路13のうち、ガス噴出口の先端からガス供給側の一定長さ範囲は断面積が小さいプラズマ発生域とされ、さらにそのガス供給側の領域の流路断面積がガス噴出口5aよりも大きく、プラズマ発生域の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部となっている。
【0078】
本実施形態によれば、例えば上記各実施形態の構成により、内側電極11および外側電極12の各ガス通路に異なるガスを供給することにより、発生するプラズマを調整することができる。
【0079】
[第6実施形態(図10(a),(b))]
図10(a),(b)は本実施形態による真空中のアーク発生装置1の構成および作用を示す説明図である。
【0080】
本実施形態では、電極の外周面に冷却装置を軸方向に沿って移動可能に設けた真空中のアーク発生装置1について説明する。すなわち、本実施形態のアーク発生装置1は、中空電極4の外側に冷却装置14を設け、この冷却装置14は中空電極4の長軸に沿って上下に移動できる構成になっている。
【0081】
そして、アーク起動時には図10(a)に示すように、冷却装置14を引上げて電極先端の温度上昇に支障を無くすることができる。
【0082】
そして、プラズマが安定した後には、図10(b)に示すように、中空電極4の先端側へ移動する。
【0083】
これにより、プラズマの発生している中空電極4の外側が冷却され、プラズマは消滅しないように自己収縮して密度を上げる。したがって、結果的に溶接電流が同じでも、強いアークを得ることができる。また、このとき冷却装置14を上下に遥動させると、プラズマにパルス的な強度変化を与えることができ、パルス溶接が可能となる。
【0084】
本実施形態によれば、温度調整によりアークを調整することができる。
【0085】
[他の実施形態]
本発明では、上記実施形態の他に種々の態様で実施することができる。例えば、溶接のほか、表面熱処理または材料分析を実施する真空中のアーク発生等に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】本発明の第1実施形態による真空中のアーク発生装置の構成を示す全体図。
【図2】本発明の第1実施形態による真空中のアーク発生装置の第1変形例を示す部分断面図。
【図3】本発明の第1実施形態による真空中のアーク発生装置の第2変形例を示す部分断面図。
【図4】本発明の第2実施形態による真空中のアーク発生装置の構成を示す全体図。
【図5】(a),(b)は本発明の第2実施形態の作用説明図。
【図6】本発明の第3実施形態による真空中のアーク発生装置の構成を示す全体図。
【図7】(a),(b)は本発明の第3実施形態の作用説明図。
【図8】(a),(b)は本発明の第4実施形態による真空中のアーク発生装置の構成を示す説明図。
【図9】(a),(b)は本発明の第5実施形態による真空中のアーク発生装置の構成を示す説明図。
【図10】(a),(b)は本発明の第6実施形態による真空中のアーク発生装置の構成を示す説明図。
【符号の説明】
【0087】
1 アーク発生装置
2 ガス供給装置
2a ガス導入部
2b ガス受け部
2c 突出部分
2d 中空電極支持孔
3 シール部材
4 中空電極
4a 先端部(下端部)
4b 本体部
4c 外径段差部
4d ガス通路段差部
5 ガス通路
5a ガス噴出口
6 昇降機構
7 被処理物
8 電源
10 アーク被覆部
11 内側電極
11a ガス噴出口
12 外側電極
13 第2ガス通路
a ガス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アーク発生用のガスを供給するガス供給装置と、内部にガス通路を有するとともに先端部に前記ガス供給装置から供給されたガスを噴出するガス噴出口を有する中空電極と、この中空電極と被処理物との間に電圧を印加して放電を起させる電源とを備え、真空環境下で前記中空電極のガス噴出口から噴出するガス中にアークを発生させて前記被処理物の加熱処理を行なうアーク発生装置であって、前記中空電極のガス通路のうち、ガス噴出口の先端からガス供給側の一定長さ範囲の領域を断面積が小さいプラズマ発生域とし、さらにそのガス供給側の領域をガス通路断面積が前記ガス噴出口部よりも大きく、前記プラズマ発生域の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部としたことを特徴とする真空中のアーク発生装置。
【請求項2】
前記中空電極の先端部の外寸法を本体部分よりも小さくし、この小外寸法部分の軸方向長さを前記中空電極のプラズマ発生域の長さよりも短く設定した請求項1記載の真空中のアーク発生装置。
【請求項3】
前記中空電極の先端部に筒状のアーク被覆部を設け、このアーク被覆部の内側寸法は、前記プラズマ発生域の内側寸法よりも大きく、かつ前記プラズマ発生域抑制部の内側寸法よりも小さい設定とした請求項1または2記載の真空中のアーク発生装置。
【請求項4】
アーク発生用のガスを供給するガス供給装置と、内部にガス通路を有するとともに先端部に前記ガス供給装置から供給されたガスを噴出するガス噴出口を有する中空電極と、この中空電極と被処理物との間に電圧を印加して放電を起させる電源とを備え、真空環境下で前記中空電極のガス噴出口から噴出するガス中にアークを発生させて前記被処理物の加熱処理を行なうアーク発生装置であって、前記中空電極は軸方向に相対移動が可能な内側電極および外側電極を有し、前記内側電極の先端部は少なくとも前記外側電極の先端部から突出および退入可能とし、かつ前記内側電極のガス通路のうち、ガス噴出口の先端からガス供給側の一定長さ範囲の領域を断面積が小さいプラズマ発生域とし、さらにそのガス供給側の領域をガス通路断面積が前記ガス噴出口部よりも大きく、前記プラズマ発生域の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部としたことを特徴とする真空中のアーク発生装置。
【請求項5】
前記内側電極の先端部を一定長さに亘って本体部よりも肉薄としてアークから受ける前記先端部の熱エネルギ密度を前記本体部よりも高める構成とした請求項4記載の真空中のアーク発生装置。
【請求項6】
前記内側電極と外側電極との間に筒状隙間をあけて第2ガス通路を形成するとともに、前記外側電極の先端に第2ガス噴出口を形成し、この第2ガス通路のうち、前記第2ガス噴出口の先端からガス供給側の一定長さ範囲の領域を断面積が小さいプラズマ発生域とし、さらにそのガス供給側の領域をガス通路断面積が前記第2ガス噴出口部よりも大きく前記プラズマ発生域の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部とした請求項5記載の真空中のアーク発生装置。
【請求項7】
アーク発生用のガスを供給するガス供給装置と、内部にガス通路を有するとともに先端部に前記ガス供給装置から供給されたガスを噴出するガス噴出口を有する中空電極と、この中空電極と被処理物との間に電圧を印加して放電を起させる電源とを備え、真空環境下で前記中空電極のガス噴出口から噴出するガス中にアークを発生させて前記被処理物の加熱処理を行なうアーク発生装置であって、前記中空電極は軸方向に相対移動が可能な内側電極および外側電極を有し、前記内側電極の先端部は少なくとも前記外側電極の先端部から突出および退入可能とし、かつ前記外側電極のガス通路のうち、ガス噴出口の先端からガス供給側の一定長さ範囲の領域を断面積が小さいプラズマ発生域とし、さらにそのガス供給側の領域をガス通路断面積が前記ガス噴出口部よりも大きく、前記プラズマ発生域の圧力変動を抑制するプラズマ発生域抑制部としたことを特徴とする真空中のアーク発生装置。
【請求項8】
前記電極の外周面に冷却装置を軸方向に沿って移動可能に設けた請求項1ないし7のいずれかに記載の真空中のアーク発生装置。
【請求項9】
請求項4ないし8のいずれかに記載のアーク発生装置を使用して、前記内側電極および外側電極の各ガス通路に異なるガスを供給することにより、発生するプラズマを調整することを特徴とする真空中のアーク発生方法。
【請求項10】
請求項4ないし8のいずれかに記載のアーク発生装置を使用して、溶接、表面熱処理または材料分析を実施することを特徴とする真空中のアーク発生方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2008−147011(P2008−147011A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−332697(P2006−332697)
【出願日】平成18年12月9日(2006.12.9)
【出願人】(390014568)東芝プラントシステム株式会社 (273)
【Fターム(参考)】