説明

砒酸鉄粉末の貯蔵方法

【課題】結晶質の砒酸鉄粉末を長期間安定して貯蔵することができる、砒酸鉄粉末の貯蔵方法を提供する。
【解決手段】 10g/L以上の高濃度の5価の砒素を含む水溶液に2価の鉄イオンを加えて、水溶液中の鉄に対する砒素のモル比(Fe/As)を1以上にし、酸素ガスまたは空気を吹き込みながら70℃以上で反応させることにより得られた結晶質の砒酸鉄粉末を、15℃以下の温度で且つ砒酸鉄粉末と接触する水分のpHが4.5〜6に維持される状態で貯蔵する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、砒酸鉄粉末の貯蔵方法に関し、特に、非鉄精錬の製錬中間物などの砒素以外の各種の元素を含む砒素含有物質を処理して得られる砒素含有水溶液などのように、高濃度の砒素を含む水溶液から製造した砒酸鉄粉末の貯蔵方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非鉄製錬において生成される各種の製錬中間物や製錬原料には、有価金属が含まれているが、砒素などの好ましくない元素も含まれている。
【0003】
従来、砒素を含む製錬中間物などから砒素を浸出して分離して回収する方法として、湿式反応により砒素を分離して砒素含有溶液を回収する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。また、砒酸鉄溶液中に存在する砒素を鉄との安定な結晶性で且つ不溶出性の鉄・砒素化合物として除去して固定する方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。また、砒素含有溶液に鉄(II)溶液および鉄(III)溶液の少なくとも一方を加えて反応させてスコロダイト(Scorodite)(FeAsO・2HO)を生成させ、固液分離して銅を含む非鉄金属成分を含有するスコロダイトを回収し、得られた銅を含む非鉄金属成分を含有するスコロダイトに水を加えてリパルプし、スコロダイトに含まれる銅を含む非鉄金属成分を液中に溶かしてスコロダイトから分離する方法が提案されている(例えば、特許文献3参照)。さらに、砒素を含む煙灰から酸溶液により砒素を浸出し、その浸出液に鉄イオンを含む酸性水溶液を混合して非晶質の砒酸鉄(FeAsO)を沈澱させた後、その混合液を加温して非晶質の砒酸鉄を結晶化し、その混合液を濾過して結晶化された砒酸鉄を除去する方法が提案されている(例えば、特許文献4参照)。
【0004】
しかし、特許文献1は、砒素含有溶液を回収するまでの方法を提案しているが、その回収された砒素含有溶液を安定な不溶出性の物質まで固定する方法について提案していない。また、特許文献2〜4の方法によって生成される従来の鉄と砒素の化合物よりもさらに安定な不溶出性の鉄と砒素の化合物を生成することが望まれている。特に、特許文献4の方法では、非晶質の砒酸鉄を沈澱させた後に非晶質の砒酸鉄を結晶化するので、非常に長時間を要するという問題がある。
【0005】
これらの問題を解消するため、高濃度の砒素を含む砒素含有溶液に2価の鉄イオンを加えて、酸素ガスや空気を吹き込みながら反応させることにより、砒素の溶出濃度が非常に低い鉄と砒素の化合物の粉末(砒酸鉄粉末)を生成する方法が提案されている(例えば、特許文献5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭61−24329号公報(第1−3頁)
【特許文献2】特開平11−277075号公報(段落番号0013−0014)
【特許文献3】特開2000−219920号公報(段落番号0007)
【特許文献4】特開2005−161123号公報(段落番号0006)
【特許文献5】特開2007−314865号公報(段落番号0007、0032)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献5の方法は、粒径が20μm前後と非常に大きく且つ砒素の溶出濃度が非常に低い結晶質の砒酸鉄粉末(スコロダイト)(FeAsO・2HO)を生成することができるので、非鉄製錬プロセスにおいて排出される砒素の除去や固定化技術として有望な方法である。
【0008】
しかし、特許文献5の方法を工業的技術として確立するためには、生成された結晶質の砒酸鉄粉末を長期間安定して貯蔵することができる方法が望まれている。
【0009】
したがって、本発明は、このような従来の問題点に鑑み、結晶質の砒酸鉄粉末を長期間安定して貯蔵することができる、砒酸鉄粉末の貯蔵方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、10g/L以上の砒素を含む水溶液に2価の鉄イオンを加えて酸素ガスまたは空気を吹き込みながら反応させることにより得られた結晶質の砒酸鉄粉末を15℃以下の温度で貯蔵することにより、結晶質の砒酸鉄粉末を長期間安定して貯蔵することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明による砒酸鉄粉末の貯蔵方法は、10g/L以上の砒素を含む水溶液に2価の鉄イオンを加えて酸素ガスまたは空気を吹き込みながら反応させることにより得られた結晶質の砒酸鉄粉末を15℃以下の温度で貯蔵することを特徴とする。
【0012】
砒酸鉄粉末の貯蔵方法において、砒酸鉄粉末と接触する水分のpHが4.5〜6に維持される状態で貯蔵するのが好ましい。また、水溶液が20g/L以上の砒素を含むのが好ましく、水溶液中に含まれる砒素が5価の砒素であるのが好ましい。また、水溶液に2価の鉄イオンを加えることにより、水溶液中の鉄に対する砒素のモル比(Fe/As)を1以上にするのが好ましい。さらに、反応が70℃以上で行われるのが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、結晶質の砒酸鉄粉末を長期間安定して貯蔵することができる、砒酸鉄粉末の貯蔵方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例で得られた砒酸鉄粉末の1000倍の走査顕微鏡(SEM)写真である。
【図2】実施例で得られた砒酸鉄粉末の5000倍のSEM写真である。
【図3】実施例で得られた砒酸鉄粉末の砒素の水溶液への溶解度と温度およびpHとの関係を示す図である。
【図4】実施例で得られた砒酸鉄粉末の鉄の水溶液への溶解度と温度およびpHとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明による砒酸鉄粉末の貯蔵方法の実施の形態では、10g/L以上の砒素を含む水溶液に2価の鉄イオンを加えて酸素ガスまたは空気を吹き込みながら反応させることにより得られた結晶質の砒酸鉄粉末を15℃以下の温度で貯蔵する。15℃以下の温度にすることにより、砒酸鉄粉末の砒素の水溶液への溶解度を非常に小さくすることができるからである。
【0016】
また、砒酸鉄粉末を水分と接触する状態で貯蔵することもでき、その場合、砒酸鉄粉末と接触する水分のpHが4.5〜6に維持される状態で貯蔵するのが好ましい。15℃以下の温度で貯蔵する際に、砒酸鉄粉末と接触する水分のpHが4.5〜6に維持される状態にすれば、砒酸鉄粉末の砒素の水溶液への溶解度をさらに小さくすることができるからである。例えば、砒酸鉄粉末を水分と接触する状態で貯蔵しなければならない場合や、砒酸鉄粉末が水に溶けた状態で貯蔵しなければならない場合には、その水分や水溶液のpHが4.5〜6に維持される状態で貯蔵するのが好ましい。
【0017】
また、(砒酸鉄粉末を製造するための水溶液である)砒素を含む水溶液中の砒素濃度が低いと、鉄と砒素の化合物の析出から成長過程で粒子が粗大化し難くなる傾向があるので、砒素濃度は10g/L以上であり、20g/L以上であるのが好ましい。また、水溶液中に含まれる砒素が5価の砒素であるのが好ましく、砒素を含む水溶液に2価の鉄イオンを加えることによりpHが2以下になるのが好ましい。
【0018】
また、2価のFe源としては、可溶性のFeSO・7HOを使用するのが好ましい。また、砒素を含む水溶液に2価の鉄イオンを加えることにより、水溶液中の鉄に対する砒素のモル比(Fe/As)を1以上にするのが好ましく、1.0〜1.5程度にするのがさらに好ましい。
【0019】
また、反応温度は、50℃以上であればFeとAsの化合物を析出させることができるが、Asの溶出濃度を低下させるためには、反応が70℃以上にするのが好ましく、80〜95℃程度にするのがさらに好ましい。
【実施例】
【0020】
以下、本発明による砒酸鉄粉末の実施例について詳細に説明する。
【0021】
[実施例1]
まず、出発原料として表1に示す組成の砒素含有溶液(アルカリ土類金属などの不純物が非常に少ない高濃度の砒素を含む水溶液)を用意した。この溶液のpHは1.0であり、この溶液中のAsの価数をチオナリド法によって分析したところ、すべて5価であった。
【0022】
【表1】

【0023】
次に、この砒素含有溶液486mLと、1級試薬のFeSO・7HOに水を加えてFe濃度が183g/Lになるように調整した溶液214mL(この溶液と砒素含有溶液の合計の液量が700mL)とを容量2Lのガラス製の開放容器(反応槽)に入れて(As濃度50.13g/L、Fe濃度56.00g/L、Fe/As比=1.5)、1段の平パドルを1000rpmにして撹拌しながら反応温度(最終的な設定温度)95℃まで昇温させた。最終的な設定温度95℃に達したときに容器内に純度99%以上の酸素ガスを吹き込んで、7時間反応させた。7時間経過後、容器への加温を停止して、容器内の溶液を取り出した。この溶液の温度が70℃になった後、目開き3ミクロンのPTFEからなるメンブランフィルタを用いて、加圧ろ過機によって0.4MPaに加圧して固液分離を行った。次に、固液分離によって得られた固形分のウェット重量を測定し、ウェットベースで100gの固形分に対して水1Lになるように水を加えて、リパルプ洗浄を行なった。このリパルプ洗浄では、液温を30℃として400rpmで1時間撹拌した。この洗浄後、加圧ろ過機を用いて再度固液分離した。この固液分離によって固形分として得られたケーキを60℃で18時間乾燥し、メノウ乳鉢で軽く解砕して粉体を得た。
【0024】
次に、得られた粉体について、X線回折計を用いて粉末X線回折を行い、得られた回折像が結晶性であるか否か、低角側を中心としてハローパターンが観察されるか否かによって、非晶質であるか結晶質であるかを判定したところ、結晶質の砒酸鉄粉末が得られたことがわかった。また、この砒酸鉄粉末を走査電子顕微鏡(SEM)により観察したところ、図1および図2のSEM写真からわかるように、得られた砒酸鉄粉末は、粒径20μm程度の多面体の粒子であった。
【0025】
また、得られた結晶質の砒酸鉄粉末10g程度と、HClおよびNaOHによりpHを1〜9程度の範囲内でそれぞれ調整した水溶液0.1Lとを恒温庫(インキュベーターボックスM−230FN)内に5℃で12時間程度保持した後、その砒酸鉄粉末とそれぞれのpHに調整した水溶液とをそれぞれ0.5Lのフラスコに投入し、恒温庫内に設置した振とう機(タイテック・レシプロシェイカーNR−10)を用いて、200r/分の速度で振幅40mmとして約6時間振とうを行った後、溶出液を採取した。これらの溶出液について、ハンディーpHメータにより溶出液のpHを測定するとともに、ICP−AESにより組成分析を行って、溶出液中の砒素と鉄の濃度を求めて溶解度を算出し、これらの溶解度のpH依存性を調べた。また、それぞれ10℃、25℃および45℃で恒温庫に保持した場合について、上記の同様の溶出試験を行って、溶解度の温度依存性を調べた。
【0026】
これらの結果をプロットして図3および図4に示す。なお、振とう前後で溶液のpHが異なったため、図3および図4では、平衡状態に近いと考えられる振とう後のpHを横軸に示している。また、砒素および鉄の溶解度のICP−AES分析限界はそれぞれ10−3mg/Lおよび10−2mg/L程度であり、これらの分析限界を図3および図4において点線で示した。
【0027】
図3および図4からわかるように、5℃で保持した場合には、砒素および鉄の溶解度は、pHの増加とともに減少して分析限界に達した後に再び増加する。また、10℃、25℃および40℃と温度を高くして保持した場合には、測定した広いpHの範囲で砒素および鉄の溶解度が増加する。そのため、砒酸鉄粉末を貯蔵する場合に、広いpHの範囲で砒素および鉄の溶解度が低くなるように、できるだけ低温で貯蔵するのが好ましく、特に15℃以下の温度で貯蔵するのが好ましい。
【0028】
特に、砒素の溶解度は、5℃で保持した場合にpH5付近で最小値を示しているのに対して、45℃で保持した場合にpH3.5付近で最小値を示しており、温度の上昇に伴って、溶解度が最小になるpHが低下している。そのため、例えば、pH5付近における砒素の溶出量は、45℃では5℃の場合の100倍程度まで増大する。したがって、砒酸鉄粉末の粒子を水溶液と接触するような環境で貯蔵しなければならない場合には、砒酸鉄粉末と接触する水溶液のpHと温度が重要な因子となる。そのため、図3および図4の結果から判断すると、砒酸鉄粉末を15℃以下の温度で貯蔵する場合には、砒酸鉄粉末と接触する水溶液のpHが4.5〜6程度に維持される状態にするのが好ましい。
【0029】
[実施例2]
実施例1と同様の砒素含有溶液(表1に示す組成の溶液)の代わりに、(500g/Lの砒素を含む)1級試薬の砒素液(5価の砒素液)を水で希釈して40g/Lの5価の砒素を含む水溶液を使用した以外は、実施例1と同様の方法によって反応させた後、反応生成物の固液分離によって得られた固形分を実施例1と同様に処理し、得られた粉体について、実施例1と同様の方法により、X線回折計を用いて粉末X線回折を行い、得られた回折像が結晶性であるか否か、低角側を中心としてハローパターンが観察されるか否かによって、非晶質であるか結晶質であるかを判定したところ、結晶質の砒酸鉄粉末が得られたことがわかった。また、この砒酸鉄粉末を走査電子顕微鏡(SEM)により観察したところ、得られた砒酸鉄粉末は、粒径20μm程度の多面体の粒子であった。
【0030】
また、得られた結晶質の砒酸鉄粉末から実施例1と同様の方法により採取した溶出液について、実施例1と同様の方法により溶出液中の砒素と鉄の濃度の溶解度のpH依存性を調べるとともに、実施例1と同様の溶出試験を行って溶解度の温度依存性を調べたところ、実施例1とほぼ同様の結果が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
10g/L以上の砒素を含む水溶液に2価の鉄イオンを加えて酸素ガスまたは空気を吹き込みながら反応させることにより得られた結晶質の砒酸鉄粉末を15℃以下の温度で貯蔵することを特徴とする、砒酸鉄粉末の貯蔵方法。
【請求項2】
前記砒酸鉄粉末と接触する水分のpHが4.5〜6に維持される状態で貯蔵することを特徴とする、砒酸鉄粉末の貯蔵方法。
【請求項3】
前記水溶液が20g/L以上の砒素を含むことを特徴とする、請求項1または2に記載の砒酸鉄粉末の貯蔵方法。
【請求項4】
前記水溶液に含まれる砒素が5価の砒素であることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載の砒酸鉄粉末の貯蔵方法。
【請求項5】
前記水溶液に2価の鉄イオンを加えることにより、前記水溶液中の鉄に対する砒素のモル比(Fe/As)を1以上にすることを特徴とする、請求項1乃至4のいずれかに記載の砒酸鉄粉末の貯蔵方法。
【請求項6】
前記反応が70℃以上で行われることを特徴とする、請求項1乃至5のいずれかに記載の砒酸鉄の貯蔵方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−224492(P2012−224492A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−92257(P2011−92257)
【出願日】平成23年4月18日(2011.4.18)
【出願人】(306039131)DOWAメタルマイン株式会社 (92)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】