説明

砒酸鉄粉末

【課題】砒素含有溶液から製造されて砒素の溶出濃度が非常に低い砒酸鉄粉末を提供する。
【解決手段】砒酸鉄粉末は、砒酸鉄二水塩の粉末であり、斜方晶系の結晶構造を有し、室温、常圧における格子定数がa=0.8950〜0.8956nm、b=1.0321〜1.0326nm、c=1.0042〜1.0050nmである。この砒酸鉄粉末は、砒素含有溶液に2価の鉄イオンを加えて、溶液中の鉄に対する砒素のモル比(Fe/As)を1以上にし、酸化剤を加えて撹拌しながら70℃以上に昇温させて反応させた後、固液分離して固形分を洗浄することによって得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、砒酸鉄粉末に関し、特に、非鉄製錬の製錬中間物などの砒素以外の各種の元素を含む砒素含有物質を処理して得られる砒素含有溶液のような、高純度で高濃度の砒素を含む砒素含有溶液から製造した砒酸鉄粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
非鉄製錬において生成される各種の製錬中間物や製錬原料には、有価金属が含まれているが、砒素などの好ましくない元素も含まれている。
【0003】
従来、砒素を含む製錬中間物などから砒素を浸出して分離して回収する方法として、湿式反応により砒素を分離して砒素含有溶液を回収する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。また、砒酸鉄溶液中に存在する砒素を鉄との安定な結晶性で且つ不溶出性の鉄・砒素化合物として除去して固定する方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。また、砒素含有溶液に鉄(II)溶液および鉄(III)溶液の少なくとも一方を加えて反応させてスコロダイト(Scorodite)(FeAsO・2HO)を生成させ、固液分離して銅を含む非鉄金属成分を含有するスコロダイトを回収し、得られた銅を含む非鉄金属成分を含有するスコロダイトに水を加えてリパルプし、スコロダイトに含まれる銅を含む非鉄金属成分を液中に溶かしてスコロダイトから分離する方法が提案されている(例えば、特許文献3参照)。さらに、砒素を含む煙灰から酸溶液により砒素を浸出し、その浸出液に鉄イオンを含む酸性水溶液を混合して非晶質の砒酸鉄(FeAsO)を沈澱させた後、その混合液を加温して非晶質の砒酸鉄を結晶化し、その混合液を濾過して結晶化された砒酸鉄を除去する方法が提案されている(例えば、特許文献4参照)。
【0004】
【特許文献1】特公昭61−24329号公報(第1−3頁)
【特許文献2】特開平11−277075号公報(段落番号0013−0014)
【特許文献3】特開2000−219920号公報(段落番号0007)
【特許文献4】特開2005−161123号公報(段落番号0006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1は、砒素含有溶液を回収するまでの方法を提案しているが、その回収された砒素含有溶液を安定な不溶出性の物質まで固定する方法について提案していない。また、特許文献2〜4の方法によって生成される従来の鉄と砒素の化合物よりもさらに安定な不溶出性の鉄と砒素の化合物を生成することが望まれている。特に、特許文献4の方法では、非晶質の砒酸鉄を沈澱させた後に非晶質の砒酸鉄を結晶化するので、非常に長時間を要するという問題がある。
【0006】
したがって、本発明は、このような従来の問題点に鑑み、砒素含有溶液から製造されて砒素の溶出濃度が非常に低い砒酸鉄粉末を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、斜方晶系の結晶構造を有し、室温、常圧における格子定数がa=0.8950〜0.8956nm、b=1.0321〜1.0326nm、c=1.0042〜1.0050nmの砒酸鉄粉末が、砒素の溶出濃度が非常に低い砒酸鉄粉末であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明による砒酸鉄粉末は、斜方晶系の結晶構造を有し、室温、常圧における格子定数がa=0.8950〜0.8956nm、b=1.0321〜1.0326nm、c=1.0042〜1.0050nmであることを特徴とする。この砒酸鉄粉末は、砒酸鉄二水塩の粉末であるのが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、砒素含有溶液から砒素の溶出濃度が非常に低い砒酸鉄粉末を製造することができる。特に、砒素の溶出基準である0.3mg/Lよりも非常に低い溶出濃度の砒酸鉄粉末を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明による砒酸鉄粉末の実施の形態は、斜方晶系の結晶構造を有し、室温、常圧における格子定数がa=0.8950〜0.8956nm、b=1.0321〜1.0326nm、c=1.0042〜1.0050nmであり、砒酸鉄二水塩の粉末であるのが好ましい。
【0011】
このような砒酸鉄粉末は、例えば、図1に示すように、砒素含有溶液に2価の鉄イオンを加えて、溶液中の鉄に対する砒素のモル比(Fe/As)を1以上にし、酸化剤を加えて撹拌しながら70℃以上に昇温させて反応させた後、固液分離して固形分を洗浄することによって得られる。
【0012】
砒素含有溶液中のAs濃度が低いとFeとAsの化合物の析出から成長過程で粒子が粗大化し難くなる傾向があるので、As濃度は、10g/L以上であるのが好ましく、20g/L以上であるのがさらに好ましい。また、砒素含有溶液のpHが2以下であるのが好ましい。
【0013】
2価のFe源としては、可溶性のFeSO・7HOを使用するのが好ましい。溶液中の鉄に対する砒素のモル比(Fe/As)は1以上であるのが好ましく、1.0〜1.5程度であるのがさらに好ましい。
【0014】
酸化剤としては、Fe2+を酸化することができる酸化剤であれば使用することができ、酸素ガスを使用してもよい。また、空気を使用してもよいが、酸化能力が若干低下するので、空気を使用する場合には、Cuなどの触媒を使用して酸化能力を向上させてもよい。
【0015】
反応温度は、50℃以上であればFeとAsの化合物を析出させることができるが、Asの溶出濃度を低下させるためには、70℃以上にするのが好ましく、80〜95℃程度であるのがさらに好ましい。
【0016】
このようにして得られた粉末についてX線回折による分析を行ったところ、砒酸鉄二水塩(FeAsO・2HO)であった。
【実施例】
【0017】
以下、本発明による砒酸鉄粉末の実施例について詳細に説明する。
【0018】
[実施例1]
まず、砒素濃度(5価の砒素イオン濃度)500g/Lの砒素溶液(和光純薬工業社製の試薬)を純水で希釈して、砒素濃度10g/Lの砒素溶液を調製した。また、硫酸第一鉄七水塩(FeSO・7HO)(和光純薬工業社製の試薬)を純水で希釈して、鉄濃度(2価の鉄イオン濃度)11.18g/Lの硫酸第一鉄溶液を調製した。
【0019】
次に、このように調整した砒素溶液と硫酸第一鉄溶液を混合して、砒素に対する鉄のモル比(Fe/As)が1.5の混合液0.7Lを作製し、2段タービンディスクと邪魔板4枚がセットされた容量2Lのガラス製ビーカーに入れた。
【0020】
次に、2段タービンディスクの回転数800rpmで強撹拌しながら、混合液を加熱して液温を95℃に保持し、純度99%の酸素ガスを4.0L/分の流量で混合液中に吹き込んで、温度、撹拌条件および酸素ガス流量を保持したまま、大気圧下で3時間反応させた。この反応によって得られた析出物を含む混合スラリーの温度を70℃に低下させた後、濾過して固形分を回収した。
【0021】
次に、回収された固形分(ウェットケーキ)に純水を加えてパルプ濃度100g/Lとし、2段タービンディスクの回転数500rpmで邪魔板4枚を使用して撹拌しながら、リパルプ洗浄を1時間行った後、30℃で濾過して固形分を回収し、60℃で18時間乾燥して粉体を得た。
【0022】
このようにして得られた粉体について、粉末X線回折、水分含有率、平均粒径および比表面積の測定を行った。その結果、得られた粉体は、斜方晶系のスコロダイト型の砒酸鉄の結晶であり、水分含有率は12%、平均粒径は20.41μm、比表面積は0.25m/g(BET1点法)であった。
【0023】
なお、平均粒径については、レーザー回折式粒度分布測定装置(堀場製作所製のLA−500)を用いて粒度分布を測定して、メジアン径を平均粒径とした。
【0024】
また、粉末X線回折の測定では、銅ターゲットを使用した封入型X線管球を線源とし、発散ビーム集中光学系ディフラクトメータを使用し、試料からの回折X線をグラファイトカウンタモノクロメータで単色化して、CuK特性線を計数した。また、得られた粉体(砒酸鉄粉末)の格子定数の決定では、Pawley法(G.S.Pawley「Unit−Cell Refinement From Powder Diffraction Scans」、J.Appl.Cryst.14,357〜361頁(1981))により、基本パラメータ法による回折ピークのプロファイル関数フィッティングを伴う装置定数を考慮して、全回折パターン分解フィッティング(R.W.Cheary
and A.Coelho「A Fundamental Parameters Approach to X−ray Line−Profile Fitting」、J.Appl.Cryst.25、109〜121頁(1992))を行った。なお、砒酸鉄の結晶構造は、斜方晶系であり、格子定数a、bおよびc(単位はnm)で表される。また、測定した格子定数a、bおよびcの精度は、±0.0001nmであり、砒酸鉄の格子定数を評価するには十分な精度である。
【0025】
また、得られた砒酸鉄粉末からの砒素の水溶液への溶出量は、砒酸鉄粉末の安定性を評価する上で重要な因子であり、環境庁告示13号法に基づいて、得られた砒酸鉄粉末とpH6の水を質量比1:10の割合で混合し、しんとう機で6時間しんとうさせた後に、0.45μmのポアサイズのフィルターで濾過した液中の砒素の量を分析する溶出試験によって、砒素の溶出量を評価した。この溶出量の評価では、砒酸鉄粉末からの砒素の溶出量が0.3mg/L以下の場合には溶出量が少なく、溶出量が0.3mg/L以上の場合には溶出量が多いと判断した。
【0026】
その結果、表1に示すように、本実施例では、得られた砒酸鉄粉末の結晶構造の格子定数は、a=0.8951nm、b=1.0322nm、c=1.0043nmであり、砒酸鉄粉末からの砒素の溶出量が少なかった。
【0027】
【表1】

【0028】
[実施例2〜4]
実施例2では、砒素濃度20g/Lの砒素溶液と鉄濃度22.36g/Lの硫酸第一鉄溶液を混合した混合液を使用し、実施例3では、砒素濃度30g/Lの砒素溶液と鉄濃度33.55g/Lの硫酸第一鉄溶液を混合した混合液を使用し、実施例4では、砒素濃度50g/Lの砒素溶液と鉄濃度55.91g/Lの硫酸第一鉄溶液を混合した混合液を使用した以外は、実施例1と同様の方法によって得られた粉体について、実施例1と同様に格子定数と特性を調べた。
【0029】
その結果、表1に示すように、得られた粉体(砒酸鉄粉末)の結晶構造の格子定数は、実施例2では、a=0.8952nm、b=1.0321nm、c=1.0047nmであり、実施例3では、a=0.8952nm、b=1.0322nm、c=1.0047nmであり、実施例4では、a=0.8953nm、b=1.0323nm、c=1.0048nmであった。また、実施例2〜4のいずれの場合も、砒酸鉄粉末からの砒素の溶出量が少なかった。
【0030】
[実施例5]
反応時間を7時間にした以外は、実施例1と同様の方法によって得られた粉体について、実施例1と同様に格子定数と特性を調べた。
【0031】
その結果、表1に示すように、得られた粉体(砒酸鉄粉末)の結晶構造の格子定数は、a=0.8954nm、b=1.0325nm、c=1.0048nmであった。また、砒酸鉄粉末からの砒素の溶出量が少なかった。
【0032】
[実施例6]
実施例1と同じ混合液4Lを作製して容量5Lのガラス製ビーカーに入れた以外は、実施例1と同様の方法によって得られた粉体について、実施例1と同様に格子定数と特性を調べた。
【0033】
その結果、表1に示すように、得られた粉体(砒酸鉄粉末)の結晶構造の格子定数は、a=0.8955nm、b=1.0324nm、c=1.0049nmであった。また、砒酸鉄粉末からの砒素の溶出量が少なかった。
【0034】
[比較例1]
実施例1の硫酸第一鉄溶液の代わりに鉄濃度(3価の鉄イオン濃度)53.77g/Lのポリ鉄溶液を使用し、ガラス製のビーカーの代わりに密閉容器を使用し、O分圧が0.3MPaになるように酸素ガスを吹き込み、オートクレーブを用いて175℃で5時間反応させた以外は、実施例1と同様の方法によって得られた粉体について、実施例1と同様に格子定数と特性を調べた。
【0035】
その結果、表1に示すように、得られた粉体(砒酸鉄粉末)の結晶構造の格子定数は、a=0.8943nm、b=1.0276nm、c=1.0061nmであった。また、砒酸鉄粉末からの砒素の溶出量が多かった。
【0036】
[比較例2]
実施例1の砒素溶液の代わりに砒素濃度(3価の砒素イオン濃度)47.97g/Lの砒素溶液を使用するとともに、実施例1の硫酸第一鉄溶液の代わりに鉄濃度(3価の鉄イオン濃度)53.77g/Lのポリ鉄溶液を使用し、ガラス製のビーカーの代わりに密閉容器を使用し、O分圧が0.3MPaになるように酸素ガスを吹き込み、オートクレーブを用いて175℃で5時間反応させた以外は、実施例1と同様の方法によって得られた粉体について、実施例1と同様に格子定数と特性を調べた。
【0037】
その結果、表1に示すように、得られた粉体(砒酸鉄粉末)の結晶構造の格子定数は、a=0.8941nm、b=1.0280nm、c=1.0059nmであった。また、砒酸鉄粉末からの砒素の溶出量が多かった。
【0038】
これらの実施例および比較例の結果から、実施例1〜5のように、砒酸鉄粉末が斜方晶系の結晶構造を有し、室温、常圧における格子定数がa=0.8950〜0.8956nm、b=1.0321〜1.0326nm、c=1.0042〜1.0050nmの場合には、砒素の溶出量が少ないため、安定した保管に適しているが、比較例1〜2のように、格子定数a、b、cが上記の範囲外の場合には、砒素の溶出量が多いため、安定した保管には適していないことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明による砒酸鉄粉末の実施の形態の製造方法を概略的に示す工程図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
斜方晶系の結晶構造を有し、室温、常圧における格子定数がa=0.8950〜0.8956nm、b=1.0321〜1.0326nm、c=1.0042〜1.0050nmであることを特徴とする、砒酸鉄粉末。
【請求項2】
砒酸鉄二水塩の粉末であることを特徴とする、請求項1に記載の砒酸鉄粉末。


【図1】
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【公開番号】特開2009−51689(P2009−51689A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−218855(P2007−218855)
【出願日】平成19年8月24日(2007.8.24)
【出願人】(306039131)DOWAメタルマイン株式会社 (92)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】