説明

窒化珪素質焼結体および耐摩耗部材

【課題】繰り返し荷重の疲労による表面の剥離を低減し、表面加工時に寸法精度の向上が可能であるとともに、耐摩耗性および耐久性に優れた窒化珪素焼結体および耐摩耗部材を提供すること。
【解決手段】窒化珪素とAlおよびYからなる焼結助剤とを含む混合物を成型・焼結して得られる窒化珪素質焼結体において、かさ密度が3.1g/cm以上であり、平均結晶粒径が3μm以下であり、表面から250μmの深さまで10μm以上の欠陥および20μm以上の白色斑点(スノーフレーク)がないこと。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は耐摩耗性および耐久性に優れた窒化珪素質焼結体およびそれよりなる耐摩耗部材に関し、特に球、円柱、円錐台、樽形あるいは鼓形状の軸受やボールナット等の摺動装置に用いる転動部材、あるいは高圧の流体を制御する流体弁の弁体等に適用するのに好適な窒化珪素質焼結体よりなる耐摩耗部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
窒化珪素質焼結体は、鋼等の金属に比べて製造コストが高いものの、高強度で耐摩耗性や剛性に優れているとともに、鋼に比べて比重が小さく、かつ絶縁性で耐食性が高いという特徴を備えている。
【0003】
これらの特性を利用して、耐摩耗部材として、軸受やボールナット等の摺動装置や、高圧の流体を制御する流体弁の弁体等に使用されることで、軽量化を可能とするとともに、負荷荷重や繰り返し摺動による損傷や摩耗、腐食や電蝕による損傷等が抑制され、性能を長期にわたって維持することが可能となり、構成部品の長寿命化が図れるとともにメンテナンス作業が低減される。
【0004】
特に、風力発電の発電機、空調装置の圧縮機、電気自動車やハイブリッド自動車等の各車両等、電気系統に近接しかつ温度、湿度等の変化が激しい環境で使用される軸受等では、腐食や電蝕による損傷等の影響が極めて大きく、製造コストの低い鋼等の金属に代えて維持コストを低くできる窒化珪素質焼結体が採用されることも多くなっている。
また、特に高圧下で高速開閉する流体弁では剛性が高く軽量で長寿命の弁体が必須であり、弁体として窒化珪素質焼結体を採用するメリットも非常に大きい。
【0005】
一般的に、窒化珪素質焼結体の焼結に際しては、原材料である窒化珪素(Si)は、それ自身での固相焼結は起こりづらく、緻密な焼結体が得ることができない。
そのため焼結助剤としてYなどの希土類酸化物や、Alなどの酸化物を混合して成形した後、液相焼結により緻密化し、窒化珪素質焼結体を得ている。
【0006】
これらの窒化珪素質焼結体の表面や内部に微小な欠陥が存在すると、繰り返し荷重による疲労によって表面で剥離を起こす原因となる。
例えば、公知の特許文献1には、転動体表面のキズや亀裂などの欠陥が品質の信頼性の低下を招くため、焼結体の気孔率および粒界相中の最大気孔径について規定することで転がり寿命の優れた窒化珪素質焼結体製耐摩耗性部材が得られることが開示されている。
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載された技術は、欠陥としてキズ、亀裂、気孔を対象にしているだけであり、前記キズ、亀裂、気孔以上に耐摩耗性および耐久性に影響を及ぼす白色斑点(スノーフレーク)にはなんら対策がなされていない。
【0008】
また、公知の特許文献2には、表面から深さ1mmの範囲にマイクロポア(微小な欠陥に相当する微細気孔)の集合体で構成された白い樹枝状に観察される組織に着目し、該マイクロポアの集合体がある特定の大きさ以下であれば、ボールの全表面積に対して占める面積割合に関係なく、軸受材料として使用する上で支障となる転がり疲労による剥離を生じさせることが開示されている。
【0009】
しかしながら、マイクロポアの集合体の大きさが小さいとは言え、その量が多ければ圧砕荷重の低下が起こり、破損の原因となるだけでなく、繰り返し荷重の疲労によって表面で剥離を起こす原因となっていた。
また、この白い樹枝状部分はそうでない部分と剛性、密度等の特性が異なるため、たとえ小さくても耐摩耗部材である窒化珪素球や窒化珪素ローラに研磨加工する際の真球度、表面粗さ等の寸法精度の向上の妨げとなり、結果的に繰り返し荷重の疲労によって表面で剥離を起こす原因となっていた。
【0010】
さらに、耐摩耗部材である窒化珪素球や窒化珪素ローラ内部に存在する欠陥や残留する内部歪により、内部応力状態が不均一となり破壊の起点となったり、前述のように寸法精度が向上しないことによって摩耗や振動の原因となったりするという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−326875(全頁、図2)
【特許文献2】特開平6−329472(全頁、図1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明者は前述のような現状に鑑み、鋭意研究を重ねてきた結果、焼結助剤組成の限定、かさ密度、平均結晶粒径をある特定の範囲内に調整し、表面からある特定の深さまでの組織制御を図り、限定した条件で製造することによって、前述した問題点を解決する耐摩耗性および耐久性に優れた窒化珪素質焼結体が得られることを見出した。
【0013】
従来の技術では、上記特許文献でも示したように転がり疲労による剥離が生じる原因としてキズ、亀裂および気孔等による欠陥に対処することが考えられていた。
しかしながら、本発明者らは鋭意研究を行った結果、これらの欠陥を可能な限り低減するだけでは、耐摩耗性および耐久性の向上に不十分であることが判明した。
【0014】
即ち、これらの欠陥は走査電子顕微鏡(SEM)で観察可能な欠陥であるが、それ以外にSEMでは観察できず、光学顕微鏡で観察される白色斑点(スノーフレーク)の有無が耐摩耗性および耐久性に非常に大きな影響を及ぼしていることを見出した。
【0015】
このスノーフレーク部分は、図2に示すように、SEM観察では全く見られないのに対し、光学顕微鏡では明確に観察される。
このスノーフレークはSEM観察では見られないことから、特許文献2で開示されているマイクロポアの集合体からなる白い樹枝状のものではなく、スノーフレーク部分は、それ以外の部分と結晶粒界相のわずかな組成の違いがある部分と考えられ、このわずかな組成の違いが耐摩耗性および耐久性に大きく影響している。
【0016】
また、耐摩耗部材として使用される場合には、部材表面および表面近傍に存在するキズ、亀裂、気孔等の欠陥だけでなく、スノーフレークが耐摩耗性および耐久性に大きく影響を与えるため、表面および表面近傍の欠陥およびスノーフレークの有無が重要であり、焼結助剤組成の限定、かさ密度、平均結晶粒径をある特定の範囲内に調整し、限定した条件で製造することにより、表面から250μmの深さまでの欠陥およびスノーフレークのない組織とし、それを観察することが可能であることを見出した。
【0017】
そこで、本発明の目的は、繰り返し荷重の疲労による表面の剥離を低減し、表面加工時に寸法精度の向上が可能であるとともに、耐摩耗性および耐久性に優れた窒化珪素焼結体および耐摩耗部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本請求項1に係る発明は、窒化珪素とAlおよびYからなる焼結助剤とを含む混合物を成型・焼結して得られる窒化珪素質焼結体において、かさ密度が3.1g/cm以上であり、平均結晶粒径が3μm以下であり、表面から250μmの深さまで10μm以上の欠陥および20μm以上の白色斑点(スノーフレーク)がないことにより、前記課題を解決するものである。
【0019】
本請求項2に係る発明は、窒化珪素質焼結体で形成された耐摩耗部材において、請求項1に記載の窒化珪素質焼結体の表面を加工し転がり軸受け部材としたことにより、前記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0020】
本請求項1に係る発明の窒化珪素質焼結体によれば、微小な欠陥や残留する内部歪がなく、繰り返し荷重による疲労によって表面で剥離を起こしたり、内部応力状態が不均一となり破壊の起点となったりすることなく、耐摩耗性を向上させるとともに、寸法精度を向上させることができる。
【0021】
本請求項2に係る発明の耐摩耗部材によれば、転がり軸受けの耐久性を向上させ、摩耗や振動を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の窒化珪素質焼結体のハロゲン光透過光学顕微鏡写真。
【図2】従来の窒化珪素質焼結体の顕微鏡写真。
【図3】従来の窒化珪素質焼結体のハロゲン光透過光学顕微鏡写真。
【図4】圧砕荷重の測定の説明図。
【図5】本発明および比較例の窒化珪素質焼結体の焼成条件。
【図6】本発明および比較例の窒化珪素質焼結体よりなるベアリングボールの耐久試験結果。
【図7】本発明および比較例の3/8インチ規格ベアリングボールの2球圧砕荷重試験結果。
【図8】本発明および比較例の5/32インチ規格ベアリングボールの2球圧砕荷重試験結果。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、本発明の耐摩耗性に優れた窒化珪素質焼結体が充足すべき各要件について、詳細に説明する。
本発明の窒化珪素質焼結体においては、かさ密度が3.1g/cm以上であることが必要であり、3.2g/cm以上であることが好ましい。
かさ密度が3.1g/cm未満の場合は焼結体内部にマイクロポアが多く存在することとなり、摩擦、衝撃などの外部応力に対する抵抗性が劣るとともに耐摩耗性および耐久性の低下が起こる。
【0024】
また、平均結晶粒径が3μm以下であることが必要で、2μm以下であれば、さらに好適である。
平均結晶粒径が3μmを超える場合には平均結晶粒径が大きくなるとともに結晶粒界相面積が大きくなり、この結晶粒界にスノーフレークが形成された場合に欠陥サイズが大きくなり、残留する内部歪も大きくなって、耐摩耗性および耐久性が大きく低下する原因となる。
【0025】
なお、本発明の窒化珪素質焼結体における平均結晶粒径の測定は、焼結体表面をダイヤモンド砥石および砥粒を用いて鏡面仕上げし、HFエッチングもしくはプラズマエッチングを施して、1視野に平均結晶粒径が100個以上観察できる倍率でSEM観察する。
本発明の窒化珪素質焼結体の窒化珪素結晶粒子は主として柱状であることから、結晶粒子の長径と短径を測定し、粒子径=(長径+短径)/2として結晶粒子1個の粒子径を求める。
このようにして100個の結晶粒子の粒子径を求め、100個の平均値を平均結晶粒径とする。
【0026】
また、表面から250μmの深さまで10μm以上の欠陥および20μm以上のスノーフレークがないことが必要である。
10μm以上の欠陥あるいは20μm以上のスノーフレークがあると衝撃などの外部応力に対する抵抗性が劣るとともに耐摩耗性および耐久性の低下が起こり、5μm以上の欠陥および10μm以上のスノーフレークがないものであれば、さらに好適である。
ここで言う欠陥とはキズ、亀裂、気孔だけでなく、焼結助剤の凝集、不純物を含有した第2相も含む。
【0027】
表面および表面近傍の欠陥およびスノーフレークの有無については500nm〜800nmの波長のハロゲン光を焼結体に透過させることで評価でき、本観察条件では表面から250μmの深さまで光が透過することができる。
図1は、本発明の窒化珪素質焼結体を板厚0.2mmにスライス、研磨して500nm〜800nmの波長のハロゲン光を透過した際の光学顕微鏡写真であり、スノーフレークや欠陥は観察できない。
【0028】
これに対し、図3は、従来の窒化珪素質焼結体を板厚0.2mmにスライス、研磨して500nm〜800nmの波長のハロゲン光を透過した際の光学顕微鏡写真であり、スノーフレークや偏析と考えられる欠陥が明確に観察できる。
表面から250μmの深さまで光が透過しない場合や透過光が不均一の場合は、表面から250μmの深さの部分に欠陥だけでなく、少なくとも20μm以上のスノーフレークが存在することを意味する。
従って、ハロゲン光が表面から250μmまで透過しない、あるいは不均一の場合は、耐摩耗性および耐久性の低下の原因となる。
【0029】
なお、本発明において、欠陥の測定は、焼結体をダイヤモンド砥石および砥粒で鏡面にまで研磨し、SEMで1000倍の倍率で無作為に10カ所観察し、その観察した欠陥の最大サイズを欠陥サイズとした。
また、スノーフレークは、同様に鏡面研磨した焼結体を500nm〜800nmの波長のハロゲン光を用いて光学顕微鏡で100倍の倍率で、無作為に10カ所観察し確認されたスノーフレークの最大サイズとした。
【0030】
本発明の耐摩耗性に優れた窒化珪素質焼結体は高い機械的特性をし、例えば本発明の窒化珪素質焼結体より作製した3/8インチ規格のベアリングボールを用いて、SUJ2鋼球との2球式圧砕荷重は100kN以上、同じベアリングボール同士の2球式圧砕荷重20kN以上である。
また、本発明の窒化珪素質焼結体は優れた耐摩耗性と耐久性、機械的特性を有しているため転がり軸受け部材として有用である。
【0031】
なお、圧砕荷重の測定は、図4に示すように、上下に設けられた硬さHRC60以上で角度120°の円錐座を持つアンビル510、520によって同一のサイズの2個の被測定球体S1、S2を上下に重ねた状態で、2〜6kN/s(204〜612kgf/s)の速度で荷重を加えて(旧JISB1501に基づいた方法)行った。
SUJ2鋼球との測定においては、上に窒化珪素質焼結体球、下にSUJ2鋼球を配置して測定した。
【0032】
本発明の窒化珪素質焼結体の製造方法について以下に説明する。
なお、以下に説明するのは製造方法の一例であって、本発明の窒化珪素質焼結体および耐摩耗部材がこの製造方法によって限定されるものではない。
使用する窒化珪素粉体はα相を80%以上含むものであり、好ましくは90%以上である。
純度は98%以上であることが必要であり、好ましくは98.5%以上である。
不純物が2%を超える場合には焼結体内部に不純物を含有する第2相を多く形成する。
比表面積は6m/g以上、好ましくは8m/g以上である。
比表面積が6m/g未満の場合は焼結性の低下をきたす。
【0033】
以上の特性を有する窒化珪素粉体に焼結助剤としてアルミナ(Al)およびイットリア(Y)を添加する。
アルミナおよびイットリアはそれぞれ3〜6wt%、好ましくは4〜6wt%の量を添加することにより優れた耐摩耗性にできるだけでなく、500nm〜800nmのハロゲン光を透過させることが可能な組織とすることができる。
【0034】
使用するアルミナは純度99%以上、好ましくは99.5%以上であり、比表面積が6m/g以上、好ましくは7m/g以上であることが必要である。
また、イットリアは純度99%以上、好ましくは99.5%以上であり、比表面積が8m/g以上、好ましくは9m/g以上であることが必要である。
【0035】
アルミナおよびイットリア粉体の純度が規定値を満足しない場合は窒化珪素粉体の純度が規定値未満の場合と同様に不純物量の増加につながる。
また、粉体の比表面積が既定値を満足しない場合には窒化珪素粉体中に均一に分散することが困難となり、焼結体内部に焼結助剤の凝集体が形成されたり、ガラス相組成の不均一性が大きくなり、スノーフレークの発生につながる。
【0036】
窒化珪素粉体とアルミナおよびイットリア粉体の混合・分散には均一分散する必要からボールミルのようなミルを用いるより媒体撹拌型ミルを用いる方が好ましい。
得られた均一混合粉体に所定量のバインダーを加え、SD乾燥して成形用粉体が得られる。
【0037】
該成形用粉体は比表面積が10〜15m/g、好ましくは10〜13m/gである。
成形用粉体の比表面積が10m/g未満の場合は、焼結性が低く、一方、15m/gを超える場合には粉体が微細になり成形時の成形圧力伝達性が低下し、成形体内部に欠陥を多く形成し、焼結後の焼結体内部に欠陥を多く形成する原因となる。
【0038】
成形用粉体はCIP(静水等方圧成形)成形を用いて所定の形状に成形され、均一な成形体が得られる。
金型を用いたプレス成形法では成形圧力が一方向しかかからず、また成形体内部と外部部分の密度差が大きくなり、焼結体内部に焼成収縮差から残留応力が発生し、亀裂等の発生につながり、成形体内部に欠陥を導入しやすくなる。
【0039】
得られた成形体は脱脂後、焼成される。
成形体は、窒化珪素製焼成用容器内で、室温から1000〜1250℃まで10−2Pa以下の真空下で昇温され、その後窒素雰囲気中で1600〜1850℃、好ましくは1600〜1800℃で焼成される。
【0040】
この真空下での加熱は、加熱により成形体から蒸発する焼結体特性に悪影響を及ぼす成分の除去と原料処理工程等により窒化珪素粉体表面に吸着している水酸基や酸素の除去が目的である。
真空下での加熱が1000℃未満の場合はこの効果がなく、真空下で1250℃を超える温度まで加熱すると成形体が含有している酸素等が排出される量が多くなり、その結果、焼結体内部に形成されるガラス相量が減少し、結晶粒界に気孔等の欠陥が増加する。
また、焼成温度が1600℃未満の場合は焼結が進まず、1850℃を超える場合には窒化珪素の分解が進展し、欠陥等が多く形成され、機械的抑制の低下が起こる。
【0041】
なお、成形体は窒化珪素製焼成用容器に入れて焼成する。
カーボン製焼成用容器を用いた場合、1500℃以上でカーボンガスが発生し、焼成中の成形体に固溶し、色調が濃くなり、ハロゲン光が透過しないだけでなく、表面および表面近傍の欠陥が増加し、機械的特性が低下する。
【0042】
さらに、得られた焼結体をHIP処理することでより欠陥が少ない高品質の焼結体が得られる。なお、HIP処理条件は1500〜1700℃、より好ましくは1550〜1700℃で、100MPa以上のガス圧で行う。
【0043】
得られた窒化珪素質焼結体は所定のサイズに加工され、耐摩耗部材とされるが、本発明の耐摩耗部材は欠陥およびスノーフレークがないため、加工精度および表面粗さを高めることができる。
従って、ベアリングボールとした場合には、真球度が0.05μm以下、表面粗さ(Rmax)を0.01μm以下にすることが容易である。
【0044】
本発明の実施例および比較例として、図5に示す各条件で窒化珪素質焼結体を焼成し、3/8インチ規格のベアリングボールを製作した。
これらのベアリングボールは、窒化珪素粉体とアルミナおよびイットリア粉体を湿式粉砕混合し、得られた混合スラリーにワックスエマルジョンを粉体重量に対し、3重量%添加し、スプレードライヤー乾燥し、ゴム型を用いて100MPaの圧力でCIP成形した。
そして、得られた成形体を大気中で400℃で脱脂、窒化珪素製焼成容器に成形体を入れ、室温から1100℃まで10−2Paの真空下で加熱後、窒素雰囲気で1560〜1880℃で4時間焼成し、φ10mmmの球を作製した。
【0045】
なお、比較例No.3は室温から1350℃まで<10−2Paの真空下で加熱し、No.2は室温から800℃まで<10−2Paの真空下で加熱し、焼成した。
また、比較例No.9は焼成時にカーボン製焼成用容器を用いて焼成した。
作製した球をそれぞれ研磨加工し、3/8インチ規格のベアリングボールとした。
【0046】
これらのベアリングボールの特性、微構造観察び耐久試験結果を図6に示す。
なお、耐久試験は、ベアリングボールをBrg6206に組み込み(9個入り/Brg)、学振形寿命試験機(純ころがり)で負荷荷重850kgf(純ラジアル荷重)、主軸回転数2000rpm、潤滑にクリーン油(60℃)を使用して試験し、1300hを異常なく回転すれば打ち切りとした。
【0047】
以上のようにして得られた本発明の一実施例である窒化珪素質焼結体からなる3/8インチ規格のベアリングボールの2球圧砕荷重試験結果を図7に示す。
実験に用いたサンプルは、本願発明の例が図5、図6に示す実施例5のもの、比較例が図5、図6に示す比較例4、比較例6のものであり、実施例、比較例ともに、それぞれ同一製造ロットのものをサンプルとしている。
また、圧砕荷重を加える速度は6kN/s(612kgf/s)とした。
【0048】
比較例4のベアリングボールは、ベアリングボール同士の2球圧砕では圧砕荷重が概ね20kN以上で圧砕強度としては良好でかつ安定しているが、対鋼球(SUJ−2球)との2球圧砕では圧砕荷重が67.7〜115.7kNと圧砕強度が低いものを含んで大きくばらつき、特性が安定していない。
【0049】
比較例6のベアリングボールは、対鋼球(SUJ−2球)との2球圧砕では圧砕荷重が78.5〜112.8kNと従来例1よりばらつきは少ないものの圧砕強度が低いものを含んでばらついており、ベアリングボール同士の2球圧砕でも圧砕荷重が13.7〜19.2kNと圧砕強度が低く、かつ、ばらついており、特性が安定していない。
【0050】
比較例4、6のベアリングボールにおいては、スノーフレークがベアリングボール内部に不規則に存在して内部応力状態が不均一となり破壊の起点となったり、内部に歪等が残留していることや、助剤量が所定量より過剰になったり、焼成温度が所定より高くなりすぎることにより窒化珪素結晶とガラス相との熱膨張差が大きくなり内部歪が大きくなったり、組織の不均一性が大きくなること等の要因で、圧砕強度を安定的に確保できず、多数のベアリングボールの特性を均一化が困難となっている。
【0051】
これに対し、実施例5のベアリングボールは、ベアリングボール同士の2球圧砕では圧砕荷重が20kN以上、対鋼球(SUJ−2球)との2球圧砕でも圧砕荷重が100kN以上で、いずれも圧砕強度として良好でばらつきも少なく、特性が安定している。
【0052】
実施例5のベアリングボールにおいては、光学顕微鏡で観察されるスノーフレークがベアリングボール内部に存在せず、内部に歪等が残留していないため、圧砕強度を安定的に確保でき、多数のベアリングボールの特性を均一化することが可能となっている。
【0053】
また、5/32インチ規格のベアリングボールの寸法精度測定結果を図8に示す。
実験に用いたサンプルは、本願発明の例が図5、図6に示す実施例5のもの、比較例が図5、図6に示す比較例4のものであり、実施例を比較例とも、それぞれ同一製造ロットのものから10個を無作為に抽出してサンプルとしている。
実施例5および比較例4のベアリングボールともに、真球度が0.03μmとなるように最終研磨加工されており、いずれも0.02〜0.04μmの範囲でほぼ安定した精度に仕上げられている。
【0054】
このサンプルにおいて、比較例4のベアリングボールは、表面粗さ(Rmax)が0.0053〜0.0127μmと、大きくばらつき、精度が安定していない。
比較例4のベアリングボールにおいては、スノーフレークが窒化珪素焼結体の表層部にも不規則に存在し、このスノーフレーク部分が他の部分と耐摩耗性が異なったり、助剤量が所定量より過剰になり、窒化珪素結晶とガラス相との熱膨張差が大きくなり内部歪が大きくなったり、組織の不均一性が大きくなって、研磨加工した際の表面粗さの向上の妨げとなるとともに、多数のベアリングボールの表面粗さの均一化が困難となっている。
【0055】
これに対し、実施例5のベアリングボールは、表面粗さ(Rmax)が0.0040〜0.0077μmと良好でばらつきも少なく、精度が安定している。
実施例5のベアリングボールにおいては、光学顕微鏡で観察されるスノーフレークが存在しないため、表面の耐摩耗性が均一であり、研磨加工した際の表面粗さが向上するとともに、多数のベアリングボールの表面粗さを均一化することができる。
【0056】
上述したような特性を持つ本願発明の窒化珪素質焼結体を用いたベアリングボールを軸受やボールナット等の摺動装置の転動部材や高圧の流体を制御する流体弁の弁体等に採用することで、摺動装置や流体弁の軽量化を可能とするとともに、負荷荷重や繰り返し摺動による損傷や摩耗、腐食や電蝕による損傷等が抑制され、性能を長期にわたって維持することが可能となり、摺動装置や流体弁の構成部品の長寿命化が図れるとともにメンテナンス作業が低減されるという窒化珪素焼結体本来の特性に由来する効果に加えて、さらに繰り返し荷重の疲労による表面の剥離を低減することができるとともに、ロットによる特性、精度等のばらつき、同一ロット内の個々のベアリングボールの特性、精度等のばらつきをなくし、多数の製品を安定して提供することができ、かつ、製造時間、製造コストを低減できるため、さらに安定的に高性能化、長寿命化が図れ、メンテナンス作業が低減され、コストも低減される。
【0057】
さらに、ベアリングボールの真球度、表面粗さ等の寸法精度が向上するため、摩耗や振動や騒音を抑制することができ、摩耗や振動による使用する機械装置全体への影響を排除することができる。
【0058】
なお、上記実施例の窒化珪素焼結体は、球状に形成されてベアリングボールに加工されるものであるが、球状以外の形状、例えば円柱、円錐台、樽形あるいは鼓形状等のローラ形状や軸受のレース形状等のいかなる形状に形成されても良く、その用途も、窒化珪素焼結体を使用可能ないかなる装置のいかなる構成部品として使用されても良い。
【符号の説明】
【0059】
S1、S2 ・・・被測定球体
510、520 ・・・アンビル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化珪素とAlおよびYからなる焼結助剤とを含む混合物を成形・焼結して得られる窒化珪素質焼結体において、
かさ密度が3.1g/cm以上であり、
平均結晶粒径が3μm以下であり、
表面から250μmの深さまで10μm以上の欠陥および20μm以上の白色斑点(スノーフレーク)がないことを特徴とする耐摩耗性に優れた窒化珪素質焼結体。
【請求項2】
窒化珪素質焼結体で形成された耐摩耗部材において、
請求項1に記載の窒化珪素質焼結体の表面を加工し転がり軸受け部材としたことを特徴とする耐摩耗部材。

【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−140416(P2011−140416A)
【公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−1660(P2010−1660)
【出願日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【出願人】(000230629)株式会社ニッカトー (30)
【出願人】(000150822)株式会社ツバキ・ナカシマ (6)
【Fターム(参考)】