説明

糖代謝改善剤

【課題】国民の健康を脅かすであろう肥満・動脈硬化を予防・治療するにあたり、食品又は食品に準ずるものから有効成分を見いだす必要がある。本発明は酵母由来マンナンの有する生体調節機能を利用して、消化管組織におけるGLP−1の産生を促進し、ひいては肥満、高血糖の予防・治療に有効な薬剤、又は飲食品を提供することを目的とする。
【解決手段】サッカロミセス酵母の菌体あるいは培養液より得られるマンナンを有効成分とし、消化管組織におけるグルカゴン様ペプチド−1(Glucagon−1ike peptide−1、GLP−1)の産生あるいは分泌を促進する作用を有する糖代謝改善剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はサッカロミセス酵母より得られる、消化管組織におけるグルカゴン様ペプチド−1(Glucagon−1ike peptide−1、GLP−1)の産生・分泌促進作用を有する糖代謝改善剤、およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食生活の高脂肪・高カロリー化により、国民の肥満傾向が徐々に進んでいる。上半身肥満、耐糖能異常、高中性脂肪、高血圧は「死の四重奏」と呼ばれ、これらが重なると加速度的に動脈硬化や心疾患の羅患率が高まり、生命を脅かすとされている。このような生理学的異常の発現には、遺伝因子とともに食生活をはじめとする環境因子が大きく関わっているため、予防・改善するためには時として生活習慣を大きく変える必要があり、持続困難な自己規制を強いられることがある。誰もが受け入れられるような簡便な肥満・動脈硬化予防・改善手段が望まれている。
【0003】
近年、食品又はこれに準ずる天然物から様々な有用物質が見出され、その生理機能を生かした機能性食品がブームになりつつある。機能性食品は、半健常な人が日常的に摂取することで血液脂質、血糖値、血圧等の改善が期待され、簡便な健康増進・疾病予防手段を提供しうる。
【0004】
パン酵母やビール酵母は「サッカロミセス属」に含まれ、古くから食品の製造や酒類の醸造に用いられてきた。サッカロミセス酵母は、食品・酒類の発酵・醸造に使用された後も有効活用され、その乾燥粉末、抽出エキス、細胞壁は調味料、食品の賦型剤、ビタミン・ミネラル・核酸成分の原料、培地、飼料微生物等に広く用いられている。近年食物繊維が栄養素として注目されているが、酵母はマンノースやグルコースから構成される難消化性の多糖類を含有しており、特に細胞壁中の含有量が高い。酵母の細胞壁は内層をグルカンを主体とする不溶性多糖類が、外層(表層)をマンナンを主体とする多糖類が占めており、水・溶媒抽出等により酵母菌体からマンナンを採取することが可能である(特許文献1、特許文献2)。酵母マンナンは水溶性であり、不溶性の酵母菌体、細胞壁、細胞壁中のグルカン画分と比較して食品等の製造に使いやすい特長を持つ。
【0005】
水溶性食物繊維であるマンナンにはこれまでに整腸作用、糖分の吸収阻害作用、脂質の吸収阻害作用、免疫機能改善作用等、ミネラル吸収促進作用等、様々な機能性が見出されており、数多くの機能性食品、健康食品の原料として用いられている。その中で糖分や脂質の吸収阻害作用については、水溶性食物繊維が消化管内容物の物性を変化させることで消化酵素の活性を抑えたり、水溶性食物繊維自体が脂質や脂質の吸収に必須である胆汁酸を吸着して糞中への排泄を促進することが、生理作用の発揮に大きく関わっているとされる。糖分や脂質の吸収抑制作用が継続的に働くことで体内に吸収されるカロリーが減少するため、水溶性食物繊維の摂取は肥満の予防や改善にも繋がる。
【0006】
一方体内における栄養分やエネルギーの代謝は、膵臓のβ細胞で作られるインシュリンによって強くコントロールされている。インシュリンの最も重要な働きは血糖値の調整作用であり、組織・細胞に作用して血液中からの糖分取込を促進する。しかし継続的な高カロリー食摂取や老化により組織・細胞のインシュリンに対する感受性が低下すると、血糖値の上昇とインシュリンの過剰産生が平行して進行し、やがては膵臓のβ細胞の機能が低下して重篤な糖尿病、肥満症へと繋がる。インシュリンの産生やβ細胞の機能は様々なホルモンにより調整されているが、その中でも消化管組織で産生されるグルカゴン様ペプチド−1(Glucagon-1ike peptide-l、GLP-l)の役割が注目されている。GLP−1は主に小腸のL細胞で産生される分子量約4000のペプチドホルモンであり、1.β細胞からのインシュリン産生・分泌の促進作用、2.胃の嬬動運動を抑え、消化吸収を穏やかにする作用、3.食欲を抑え、過食を予防する作用、4.β細胞の分化増殖を促進する作用等を有し、β細胞やインシュリンの働きを調整することで糖の代謝を正常に保ち、糖尿病や肥満を予防する効果があることが明らかにされてきた。さらに、糖尿病や肥満によりGLP−1の産生能力が低下することが知られており、これらの病態においてGLP−1の産生を刺激することができれば、糖尿病や肥満の発症予防や症状改善に繋がると期待される。L細胞におけるGLP−1の産生は糖分、脂質、蛋白質など様々な栄養分の摂取により促進されるが、特定の食品成分のGLP−1産生促進作用に関する報告はフラクトオリゴ糖やオリーブ油等に限られる。これまでにサッカロミセス酵母の菌体あるいは培養液より得られるマンナンが糖尿病コントロール剤として使われた例はあるが(特許文献3)、GLP−1分泌促進剤として活用された研究報告、実施例は現時点で見あたらない。
【0007】
【特許文献1】特開平2−286057号公報
【特許文献2】特開平4−58893号公報
【特許文献3】特開昭61−167622号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
今後も国民の健康を脅かすであろう肥満・動脈硬化を予防・治療するにあたり、食品又は食品に準ずるものから有効成分を見いだす必要がある。本発明は酵母由来マンナンの有する生体調節機能を利用して、消化管組織におけるGLP−1の産生を促進し、ひいては肥満、高血糖の予防・治療に有効な薬剤、又は飲食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は上記目的を達成するためになされたもので、サッカロミセス酵母の菌体あるいは培養液より得られるマンナンが、これまで知られていなかったような生理活性を有することを動物実験により確認して本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、サッカロミセス酵母の菌体あるいは培養液より得られるマンナンを有効成分とし、消化管組織におけるグルカゴン様ペプチドー1(Glucagon-ike peptide-l、GLP−1)の産生あるいは分泌を促進する作用を有する糖代謝改善剤である。また、この糖代謝改善剤は肥満あるいは高血糖に対する予防ないし改善作用を有する。さらにサッカロミセス酵母がビールの醸造に使用される酵母であることを特徴とする。この糖代謝改善剤は医薬品もしくは飲食品として提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、サッカロミセス酵母のマンナンを原料として、肥満および高血糖体質改善作用を有する物質を得ることができた。更にこれを、医薬品や飲食品の材料として容易に利用することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
サッカロミセス酵母のマンナンは、酵母の菌体から抽出しても培養上清から回収しても良い。酵母の菌体から抽出する場合には、サッカロミセス属の酵母菌体を原料として使用し、生菌か死菌か、水分を含んでいるか乾燥されているかは問わない。また酵母から調製した酵母エキスや細胞壁からマンナンを調製しても良い。この場合、酵母エキスや細胞壁には市販品を用いても構わない。サッカロミセス属の代表的な酵母としてはパン酵母やビール酵母があげられるが、使用する酵母はこれらに限定しない。
【0012】
サッカロミセス酵母の菌体からマンナンを抽出する際には、水または有機溶媒等が用いられ、これらを混合したものを用いても差し支えない。好ましい抽出溶媒は酸性あるいはアルカリ性の水である。抽出は、室温抽出、加熱抽出さらには加圧抽出(オートクレープ等の処理)等にて行われる。一般的には室温〜121℃で行われる。抽出処理後、遠心分離等により固形分と液体を分離して液体部のみを得る。この溶液から塩類を始めとする不要な低分子成分を除くため、膜処理により低分子画分を除いたり、エタノール等を添加して可溶性糖質を沈殿させ、回収してもよい。得られたマンナン画分液は、必要に応じて減圧濃縮等で濃縮するか、さらに、真空乾燥、凍結乾燥等により粉末化することもできる。粉末化に際して、適当な賦形剤を加えても差し支えない。以上の方法により得られたマンナンは一般に40%マンノース残基が占める。
【0013】
得られたマンナンは、経口の製品として医薬品として用いることができ、また食品素材と混合して飲食品とすることができる。性状としては固体状または液体状を呈し、医薬品としては経口剤として錠剤、カプセル剤、顆粒剤、シロップ剤等の剤型をとる。
医薬品として人体に投与するときは、1回あたり1〜1000mg(乾燥重量)/kg体重の量、好ましくは1〜100mg(乾燥重量)/kg体重の量を、1日に1ないし数回経口投与する。
飲食品とする場合、これと混合する食品素材は固形物(粉状、薄片状、塊状など)、半固形物(ゼリー状、水飴状など)、もしくは液状物等のいずれであっても良い。飲食品1gあたりの含有量は、1〜300mg(乾燥重量)であることが望ましい。
本発明の、酵母のマンナンを含有する医薬品及び飲食品は、消化管組織におけるグルカゴン様ペプチドー1(Glucagon-ike peptide-l、GLP−1)の産生あるいは分泌を促進する作用を有する糖代謝改善剤であり、肥満あるいは高血糖に対する予防ないし改善作用を有する。
以下、本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例1】
【0014】
(サッカロミセス酵母からのマンナン調製) 市販のビール酵母細胞壁(アサヒフード&ヘルスケア社)100gを少量の蒸留水に懸濁し、さらに蒸留水を追加して1Lの懸濁液とした。水酸化ナトリウムを添加してpH9.0に調整した後、100℃で4時間煮沸した。室温まで冷却した後、5000GGで15分間遠心分離を行い上清(A)を回収した。(A)に塩酸を添加してpH6.0に調整し、半量を回収して30〜40℃において100〜200mmHg減圧下で濃縮し、凍結乾燥により10gの可溶性糖質粉末(粗マンナン)を得た。残り半量の(A)を分画分子量10000の透析チューブに入れて透析を行い、チューブ内に残存した溶液を回収した。この溶液を30〜40℃において100〜200mmHgの減圧下で濃縮した後、凍結乾燥により7.5gの可溶性糖質粉末(精製マンナン)を得た。硫酸加水分解・高速液体クロマトグラフ法により分析した結果、粗マンナンおよび精製マンナンに占めるマンノースの割合は、それぞれ40%(w/w)および94%(w/w)であった。
【実施例2】
【0015】
(錠剤、カプセル剤)
粗マンナン 10.0g
乳糖 75.0g
ステアリン酸マグネシウム 15.0g
合 計 100.g
上記の各重量部を均一に混合し、常法に従って錠剤、カプセル剤とした。
【実施例3】
【0016】
(散剤、顆粒剤)
粗マンナン 20.0g
澱粉 30.0g
乳糖 50.0g
合 計 100.0g
上記の各重量部を均一に混合し、常法に従って散剤、顆粒剤とした。
【実施例4】
【0017】
(飴)
ショ糖 20.0g
水飴(75%固形分) 70.0g
水 9.5g
着色料 0.45g
香 料 0.045g
粗マンナン 0.005g
合 計 100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従って飴とした。
【実施例5】
【0018】
(ジュース)
濃縮ミカン果汁 15.0g
果 糖 5.0g
クエン酸 0.2g
香 料 0.1g
色 素 0.15g
アスコルビン酸ナトリウム 0.048g
粗マンナン 0.002g
水 79.5g
合 計 100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従ってジュースとした。
【実施例6】
【0019】
(クッキー)
薄力粉 32.0g
全 卵 16.0g
バター 16.0g
砂 糖 25.0g
水 10.8g
ベーキングパウダー 0.198g
粗マンナン 0.002g
合 計 100.0g
【実施例7】
【0020】
(錠剤、カプセル剤)
精製マンナン 5.0g
乳糖 80.0g
ステアリン酸マグネシウム 15.0g
合 計 100.0g
上記の各重量部を均一に混合し、常法に従って錠剤、カプセル剤とした。
【実施例8】
【0021】
(散剤、顆粒剤)
精製マンナン 10.0g
澱粉 40.0g
乳糖 50.0g
合 計 100.0g
上記の各重量部を均一に混合し、常法に従って散剤、顆粒剤とした。
【実施例9】
【0022】
(飴)
ショ糖 20.0g
水飴(75%固形分) 70.0g
水 9.502g
着色料 0.45g
香 料 0.045g
精製マンナン 0.003g
合 計 100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従って飴とした。
【実施例10】
【0023】
(ジュース)
濃縮ミカン果汁 15.0g
果 糖 5.0g
クエン酸 0.2g
香 料 0.1g
色 素 0.15g
アスコルビン酸ナトリウム 0.049g
精製マンナン 0.001g
水 79.5g
合 計
100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従ってジュースとした。
【実施例11】
【0024】
(クッキー)
薄力粉 32.0g
全 卵 16.0g
バター 16.0g
砂 糖 25.0g
水 10.8g
ベーキングパウダー 0.199g
精製マンナン 0.001g
合 計 100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従ってクッキーとした。
【実施例12】
【0025】
(マンナンのGLP−1分泌促進、抗肥満、および高血糖改善作用)
3週齢の雄性ICR系マウス(日本エスエルシー社)から眼窩採血を行った後、1群8匹から成る2試験群に分け、精製飼料(AIN−93G:対照群)もしくは精製マンナンを2%添加した精製飼料(マンナン群)を4ケ月間自由摂取させた。マウスから再度採血を行った後剖検し、生殖器周囲の脂肪を摘出して重量を測定した。試験開始時と試験終了時に採取した血液について、血糖値と血漿中GLP−1濃度を測定した。
【0026】
表1 各試験群の血祭中のGLP−1濃度


試験群 GLP−1濃度 ng/ml:GEOMEAM値)
試験開始時(全例、4週齢) 1.39
照群(5ケ月齢) 0.73
マンナン群(5ケ月齢) 2.81

表1が示す通り、4ケ月間の飼育により対照群では血紫中のGLP−1濃度が約1/2に低下したが、マンナン群では逆に2倍に増加し、対照群に対して有意に高値であった。p<0.05

【0027】
表2 各試験群の体重
試験群 体重(g:平均±標準誤差)
試験開始時(全例、4週齢) 10.5±0.1
対照群(5ケ月齢) 59.2±2.1
マンナン群(5ケ月齢) 53.2±2.6

表2が示す通り、4ケ月間飼育後のマンナン群の体重は、対照群より10%低値であった。

【0028】
表3 各試験群の生殖器周囲脂肪重量
試験群 脂肪重量(g:平均±標準誤差)
対照群(5ケ月齢) 2.6±0.5
マンナン群(5ケ月齢) 2.0±0.4

表3が示す通り、4ケ月間飼育後のマンナン群の生殖器周囲脂肪重量は、対照群より23%低値であった。

【0029】
表4 各試験群の血糖値
試験群 血糖値(mg/dL:平均±標準誤差)

試験開始時(全例、4週齢) 94±5
対照群(5ケ月齢) 136±6
マンナン群(5ケ月齢) 124±5

表4が示す通り、4ケ月間の飼育により対照群の血糖値は45%上昇したが、マンナン群では32%の上昇に止まった。

以上の結果から、酵母由来マンナンには1.GLP−1の産生促進作用、2.過体重および脂肪蓄積の抑制作用、3.高血糖の抑制作用があることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サッカロミセス酵母の菌体あるいは培養液より得られるマンナンを有効成分とし、消化管組織におけるグルカゴン様ペプチド−1(Glucagon−1ike peptide−1、GLP−1)の産生あるいは分泌を促進する作用を有する糖代謝改善剤。
【請求項2】
肥満あるいは高血糖に対する予防ないし改善作用を有する請求項1記載の糖代謝改善剤。
【請求項3】
サッカロミセス酵母がビールの醸造に使用される酵母であることを特徴とする請求項1または2記載の糖代謝改善剤。
【請求項4】
請求項1−3のいずれか1項記載の糖代謝改善剤を含有する飲食品。

【公開番号】特開2006−117566(P2006−117566A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−305822(P2004−305822)
【出願日】平成16年10月20日(2004.10.20)
【出願人】(000000055)アサヒビール株式会社 (535)
【Fターム(参考)】