説明

細胞内化合物量の測定方法

【課題】細胞内の化合物量を簡便かつ精度良く測定できる方法を提供すること。
【解決手段】次の工程を含む、細胞内の化合物量を測定する方法。
1)細胞と被検化合物とを接触させる工程
2)1)において被検化合物と接触させた細胞を、水溶液層の上部に重層したシリコーンオイル溶液層のさらにその上部に添加する工程
3)上記細胞を上記水溶液層部分に集積させる工程
4)上記細胞を破砕または溶解する工程
5)4)により得られた破砕液または溶解液中に含まれる被検化合物量を液体クロマトグラフィー(LC)法、ガスクロマトグラフィー(GC)法、液体クロマトグラフィーマススぺクトロメトリー(LC−MS)法、液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC−MS/MS)法およびガスクロマトグラフィーマススペクトロメトリー(GC−MS)法のうちのいずれか1の方法により測定する工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内の化合物量を測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薬物による疾病の治療において、期待する効果を得たり副作用を回避したりするためには、投与する薬物の体内動態、ひいては、該薬物の標的細胞における取り込みや排出等の動態を知ることは重要である。
【0003】
薬物の細胞内への取り込みや排出を測定するためには、一般に、放射性物質により標識した被検化合物を細胞に接触させ、該細胞を洗浄等後、可溶化等して放射活性を測定する系が用いられている(非特許文献2)。
また、薬物と細胞とを接触させた溶液中に残存する薬物の、定量系への持ち込みを減らし、細胞に取り込まれた薬物のみをより精度よく定量するために、シリコーンオイル溶液を用いた遠心分離方法を上記測定系に組み合わせた系も汎用されている(非特許文献3,4)。
【0004】
しかし、このような放射標識化合物を用いる試験系は、放射性物質を用いるための特殊な実験設備を要し、また、放射標識した被検化合物を合成する必要があるなど、多大な困難性を有していた。
【0005】
【非特許文献1】南山堂 杉山雄一ら編、ファーマコキネティクス−演習による理解−
【非特許文献2】Michael Schwenk, Arch. Toxicol. 44, 113-126 (1980)
【非特許文献3】Yamazaki M. et al. Am. J. Physiol. 264, G36-44 (1993)
【非特許文献4】Klingenberg M. et al. Methods Enzymol.10, 680-684 (1967)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、放射性物質を用いなくても、簡便かつ精度よく細胞内の化合物量を測定できる方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は従来法の欠点を克服すべく鋭意検討を重ねた結果、従来のシリコーンオイル溶液を用いた遠心分離方法を改良し、液体クロマトグラフィーマススペクトロメトリーなどの定量分析法と組み合わせることにより、放射性物質を用いなくても、精度よく細胞内の化合物量を測定することができる方法を確立し、本発明を完成するに到った。
【0008】
すなわち、本発明は、
(I)次の工程を含む、細胞内の化合物量を測定する方法に関する。
1)細胞と被検化合物とを接触させる工程
2)1)において被検化合物と接触させた細胞を、水溶液層の上部に重層したシリコーンオイル溶液層のさらにその上部に添加する工程
3)上記細胞を上記水溶液層部分に集積させる工程
4)上記細胞を破砕または溶解する工程
5)上記4)により得られた破砕液または溶解液中に含まれる被検化合物を液体クロマトグラフィー(LC)法、ガスクロマトグラフィー(GC)法、液体クロマトグラフィーマススペクトロメトリー(LC−MS)法、液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC−MS/MS)法およびガスクロマトグラフィーマススペクトロメトリー(GC−MS)法のうちのいずれか1の方法により測定する工程
(II)次の工程を含む、細胞内の化合物量を測定する方法に関する。
1)細胞と被検化合物とを接触させる工程
2)1)において被検化合物と接触させた細胞を、水溶液層の上部に重層したシリコーンオイル溶液層のさらにその上部に添加する工程
3)上記細胞を上記水溶液層部分に集積させる工程
4)上記細胞を破砕または溶解する工程
5)上記4)により得られた破砕液または溶解液に有機溶媒を添加する工程
6)上記5)により得られた溶液中に含まれる被検化合物量を液体クロマトグラフィー(LC)法、ガスクロマトグラフィー(GC)法、液体クロマトグラフィーマススぺクトロメトリー(LC−MS)法、液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC−MS/MS)法およびガスクロマトグラフィーマススペクトロメトリー(GC−MS)法のうちのいずれか1の方法により測定する工程
(III)有機溶媒がメタノール、エタノール、イソプロパノールおよびアセトニトリルからなる群から選ばれるいずれかまたは2種以上の混合液からなるものである上記方法に関する。
(IV)水溶液層が酢酸アンモニウム溶液、ギ酸アンモニウム溶液および重炭酸アンモニウム溶液からなる群から選ばれるいずれかまたは2種以上の混合溶液からなるものである上記方法に関する。
(V)水溶液層の溶液濃度が3モル濃度(M)以上である上記方法に関する。
(VI)液体クロマトグラフィーマススペクトロメトリー(LC−MS)法または液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC−MS/MS)法を用いる上記方法に関する。
(VII)上記方法を用いることを特徴とする細胞内への化合物の取り込み速度の評価方法に関する。
(VIII)上記方法を用いることを特徴とする肝取り込みクリアランスの評価方法に関する。
(IX)上記方法を用いることを特徴とする化合物の細胞膜透過におけるトランスポーターの関与を評価する方法に関する。
(X)上記方法を用いることを特徴とする薬剤耐性の評価方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法を用いることにより、簡便かつ精度よく、細胞内化合物量を定量することが可能となった。本方法は薬物の分布や動態の予測、ひいては薬効や副作用等の予測に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は細胞内の化合物量を測定する方法に関する。
【0011】
本発明における「細胞内の化合物」には、細胞質および核内等の細胞の内部に存在する化合物のみならず、細胞膜内や細胞表面の受容体等に結合しているものも含まれる。また、化合物の種類も問わない。
【0012】
本発明は、次の工程を含む。
1)細胞と被検化合物とを接触させる工程
2)1)において被検化合物と接触させた細胞を、水溶液層の上部に重層したシリコーンオイル溶液層のさらにその上部に添加する工程
3)上記細胞を上記水溶液層部分に集積させる工程
4)上記細胞を破砕または溶解する工程
5)上記4)により得られた破砕液または溶解液中に含まれる被検化合物を液体クロマトグラフィー(LC)法、ガスクロマトグラフィー(GC)法、液体クロマトグラフィーマススぺクトロメトリー(LC−MS)法、液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC−MS/MS)法およびガスクロマトグラフィーマススペクトロメトリー(GC−MS)法のうちのいずれか1の方法により測定する工程。
【0013】
本発明の方法における「細胞」には、化合物を接触させることのできるすべての細胞が含まれ、生物種を問わず、また、原核細胞、真核細胞を問わない。さらに、ライン化された培養細胞のみならず、初代培養細胞や、生体から分離した新鮮細胞や、生体そのものに薬物を投与した後に該生体から採取した細胞も含まれる。したがって、上記「細胞と被検化合物を接触させる工程」には、試験管内(in vitro)で適宜細胞培養に用いられる培地や緩衝液中に被検化合物を添加し、その中で細胞と被検化合物を接触させる場合のみならず、生体に被検化合物を投与して生体内で細胞と被検化合物を接触させた後に、目的臓器を採取し、目的細胞を得る場合も含まれる。また、細胞と被検化合物を接触させる際の温度や時間等の条件は限定されない。
【0014】
短時間処理時における薬物の細胞内への取り込み量を測定する場合は、好ましくは、プラスティックディッシュやマイクロチューブ中などに細胞を含む細胞液をあらかじめ用意しておき、そこに被検化合物を添加し、所定時間経過後、ただちに該細胞液を採取できるようにして、細胞と被検化合物の接触を行う。
【0015】
被検化合物と接触させた細胞は、次に、比重の差異等を利用した分離段階に供される。具体的には、マイクロチューブ等の容器中に、水溶液層の上部にシリコーンオイル溶液層を重層したものをあらかじめ用意しておき、さらにその上部に被検化合物と接触させた細胞を添加する。細胞の添加は、被検化合物を含む細胞液そのものでもよいし、その他緩衝液等に浮遊させたものでもよく、添加の形態は問わないが、通常の培地や緩衝液程度の比重を有する水溶液中に浮遊させた細胞液の形で添加することが望ましい。
【0016】
最下層の水溶液層と中層部のシリコーンオイル溶液層とその上部に添加する細胞液層は、比重の違いにより、三相に分離する。生細胞は最下層の水溶液層へ移動し、最上部の被検化合物を含む液層はシリコーンオイル層により隔離されるので、被検化合物を含む液層から細胞は分離される。被検化合物に接触させた細胞の最下層への集積は、自然落下によって行ってもよいが、短時間の遠心処理により行うことが好ましい。
【0017】
シリコーンオイル溶液は、25℃における比重が1より大きくなるように調製されればよく、比重が1より大きく1.06以下であることが好ましく、さらに好ましくは1.01から1.05である。また、用いるシリコーンオイルは非反応性のものであれば、ストレートシリコーンオイル、変性シリコーンオイルのいずれでもよく、メチル基、フェニル基等を置換基に含むものであってよい。シグマ社等から容易に入手できる。シリコーンオイルの比重の調整には、25℃における比重が0.84であるミネラルオイル(シグマ社などから入手可能)などの非反応性のオイルを用いるとよい。
【0018】
従来の放射標識化合物を用いた方法においては、最下層部分の水溶液層には2Nの水酸化ナトリウム溶液等が使用されていた(Yamazaki M. et al. Am.J.Physiol.264:G36−44(1993))。従来法においては、該水溶液層は、シリコーンオイル溶液層よりも大きい比重を有し、かつ、細胞を溶解するという2つの性質を有していた。
【0019】
一方で、本発明者は、放射標識化合物を用いずに細胞内化合物量を測定するために液体クロマトグラフィーマススペクトロメトリーを利用することを考えたため、下層水溶液層の諸条件の検討が必要であった。水酸化ナトリウム溶液のような強アルカリ溶液はマススペクトロメトリーのように化合物をイオン化する工程を有する方法には適さない。最下層の水溶液層は、本発明の方法を用いる際に採用する、液体クロマトグラフィー(LC)法、ガスクロマトグラフィー(GC)法、液体クロマトグラフィーマススぺクトロメトリー(LC−MS)法、液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC−MS/MS)法またはガスクロマトグラフィーマススペクトロメトリー(GC−MS)法に適するものであれば限定はされないが、酢酸アンモニウム溶液、ギ酸アンモニウム溶液または重炭酸アンモニウム溶液から選ばれるものであることが好ましい。これらのうちの2種以上の組み合わせであってもよい。
【0020】
さらに、該水溶液の濃度は、比重がシリコーンオイル溶液層より大きくなるように調整されることが必要である。該水溶液の濃度は、酢酸アンモニウム溶液、ギ酸アンモニウム溶液または重炭酸アンモニウム溶液を用いる場合は、望ましくは3モル濃度(M)以上であり、4モル濃度(M)以上であることがさらに望ましい。最下層の水溶液中には、さらに、後の定量工程で用いる標準物質を添加しておくことが好ましい。標準物質は、m/z値がわかっている物質の中から適宜選択すればよい。
【0021】
最下層の水溶液層に集積させた細胞は破砕または溶解する。細胞の破砕や溶解は、本発明の方法を用いる際に採用する、液体クロマトグラフィー(LC)法、ガスクロマトグラフィー(GC)法、液体クロマトグラフィーマススぺクトロメトリー(LC−MS)法、液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC−MS/MS)法またはガスクロマトグラフィーマススペクトロメトリー(GC−MS)法に影響しない方法であれば、細胞を溶解または破壊する作用を有する物質を添加することにより行ってもよいし、超音波にかけて(sonication)、細胞を破砕することにより行ってもよい。
【0022】
得られた細胞破砕液または溶解液は、次に、液体クロマトグラフィー(LC)法、ガスクロマトグラフィー(GC)法、液体クロマトグラフィーマススぺクトロメトリー(LC−MS)法、液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC−MS/MS)法またはガスクロマトグラフィーマススペクトロメトリー(GC−MS)法による定量工程に供される。細胞破砕液または細胞溶解液を、シリコーンオイルが混ざらないように採集するためには、上記の重層工程はマイクロチューブなどのプラスティックチューブ中で行い、そのままチューブごと凍結し、最下層部分をチューブの上からカッターなどで切断することにより行うとよい。
【0023】
さらに、採集した細胞破砕液または細胞溶解液に、該破砕液または溶解液中の蛋白質や核酸などを除去する目的で、有機溶媒を添加することが好ましい。通常、組織や細胞から化合物を抽出する際に用いられる有機溶媒であれば特に限定はされないが、低級アルコール、アセトニトリルまたはそれらの混合物を添加することが望ましい。メタノール、エタノールまたはイソプロパノールが好ましく、特に、メタノールが好ましい。添加量は溶媒の種類により適宜選択されるが、アルコールであれば、細胞破砕液または細胞溶解液と当量以上程度が望ましい。また、アルコール添加後、遠心処理により不溶成分を沈殿させた後、上清をフィルターろ過するとさらに好ましい。
被検化合物の定量には、液体クロマトグラフィー(LC)法、ガスクロマトグラフィー(GC)法、液体クロマトグラフィーマススぺクトロメトリー(LC−MS)法、液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC−MS/MS)法またはガスクロマトグラフィーマススペクトロメトリー(GC−MS)法を用いる。中でも、より精度よく測定するためには、液体クロマトグラフィーマススぺクトロメトリー(LC−MS)法または液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC−MS/MS)法を用いることが好ましい。各定量方法において用いる機器や測定条件は限定されず、また、用いられる機器に応じて、適宜、測定条件は設定される。
【0024】
定量においては、例えば、まず、予め上記最下層の水溶液層に添加しておいた標準物質の各種濃度溶液を調製し、適宜選択した定量方法で測定してクロマトグラムを得て、ピーク面積比を算出することにより、検量線を作成する。被検サンプル液を同条件で測定し、被検化合物のクロマトグラムピーク面積比を求め、検量線に基づき、被検サンプル液中の被検化合物濃度を求めることができる。
【0025】
本発明の方法は、放射標識を施すことなくして、精度良く、細胞内の化合物量を測定することができるので、薬物の体内動態や細胞内での分布の解析やその他生物学的な研究に、広く応用できる。
【0026】
例えば、細胞への化合物の取り込み速度の評価に用いることができる。特に、生体内における薬物代謝の主要臓器である肝臓における薬物の取り込み、排出等を検証することは重要である。血液から肝臓に薬物が移行すると、(1)肝細胞への取り込み、(2)肝細胞での薬物の移行、(3)肝細胞中での代謝酵素による代謝、(4)肝細胞から胆汁中への排泄、(5)肝細胞に取り込まれた後の未変化体の血中への戻り、などの過程がある。肝固有クリアランスには肝細胞への取り込み、細胞内での代謝、胆汁中へのくみ出しなどを含み、これらの各過程の評価を行い、膜透過過程と代謝過程を切り離して考えることにより、生体内からの薬物消失の要因とメカニズムを推定することが可能と考えられる。
【0027】
化合物の細胞への取り込み速度を評価するには、本発明の方法により、経時的に細胞に取り込まれた化合物量を定量し、取り込み速度を評価する。例えば、経時的に取り込まれた化合物量をインキュベーション(処理)時間に対してプロットし、その傾きから取り込み速度を算出することができる。取り込み速度を基質濃度で除することにより、取り込みクリアランス(CLuptake)を算出することもできる。
【0028】
さらに、本発明は薬物の細胞への取り込み機構の評価にも用いることができる。細胞への薬物の取り込みや排出には受動拡散のみで説明できる場合や、トランスポーターを介した促進拡散や能動輸送が関与する場合がある。このメカニズムを把握する目的で本発明の方法を用いることもできる。例えば、化合物と細胞を接触させる工程において、細胞内への化合物取り込み機構の阻害剤を共存させるとよい。能動輸送における有機アニオン輸送系の関与を確認するには、bromosulfophtalein(BSP)、dibromosulfophtalein(DBSP)などを用いるとよい。ATP依存性の一次性能動輸送の関与を確認するためには、ロテノン(rotenone)などを用いるとよい。これらの阻害剤を共存させた際に、被検化合物の細胞内への取り込みが低下することが確認されれば、被検化合物は、該阻害剤により阻害される輸送系の影響を受けることが確認できる。その他、各種トランスポーターの阻害剤を用いることにより、被検化合物の細胞膜透過における、それぞれのトランスポーターの関与を評価することができる。ここで、「トランスポーターの関与の評価」との用語の意味には、トランスポーターの関与の有無のみならず、関与の程度の確認も含まれる。
【0029】
一方で、癌の化学療法においてしばしば問題となる薬剤耐性の評価研究においても、本発明の方法を用いることができる。種々の抗癌剤に耐性を示す癌細胞では、種々の薬剤排出ポンプを細胞膜に発現していることが知られている。P−糖蛋白質と呼ばれる蛋白質群、MRPファミリー、BCRPファミリーなどが知られている。このような薬剤排出ポンプを発現した細胞や人工的にこれらのポンプのいずれかまたは複数を発現させた細胞を用いて、本発明の方法により細胞内化合物量を測定することにより、被検化合物が薬剤耐性機構の影響を受けるかどうか、また、その影響の程度を評価することができる。
【実施例】
【0030】
以下に実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲はこれに限定されない。
実施例1
(被検化合物、内部標準物質および阻害剤)
被検化合物として、プラバスタチン(Pravastatin)(和光純薬工業)を用いた。
【0031】
定量における内部標準物質としては、ワルファリン(Warfarin)(シグマ社)を用いた。
【0032】
細胞内での化合物輸送系の阻害剤としてロテノン(シグマ社)、Dibromosulfophthalein(DBSP)(Societe d’Etudes et de Recherches Biologiques、Paris、France)を用いた。
(化合物溶液の調製)
被検化合物および各種阻害剤の10.5mM DMSO溶液を調製し、ストック溶液とした。使用時、まず、10.5mM DMSO溶液を10μL、DMSOを40μL添加して、2.1mM DMSO溶液を調製した。次に、2.1mM DMSO溶液10μLにKrebs−Henseleit Buffer(KHB:シグマ社)を90μL添加し、210μM溶液を調製した。5μLの薬剤溶液を100μL細胞液に添加したため、最終薬剤濃度は10μMとなった。
【0033】
内部標準物質(以下、IS)として、100μMワルファリン溶液(DMSO溶液)を調製した。
【0034】
5M CHCOONH 6mLに100μMワルファリン溶液100μLを添加した。
(シリコーンオイル溶液の調製)
シリコーンオイル(Silicone oil high temperature、シグマ社、d=1.050)46.5gとミネラルオイル(Mineral oil、white,light d=0.84、シグマ社)8.6gを混合し、d=1.01のシリコーンオイル溶液を調製した。
(ラット新鮮肝細胞の調製)
前潅流液は、NaCl 8g、KCl 0.4g、NaHPO・2HO 0.078g、 NaHPO・12HO 0.151g、HEPES 2.38g、Phenol Red 0.006g、EGTA 0.19g、NaHCO 0.35g、Glucose 0.9gを水900mLに添加し、次に、1N NaOHを用いてpHを7.2に調整し、全量を1000mLとして調製した。
コラゲナーゼ溶液は、Hanks液(Gibco:HEPES 2.38g、CaCl 0.41g、NaHCO 0.35g)を蒸留水900mLに添加し、これにCollagenase(和光純薬工業)0.5g、Trypsin Inhibitor(シグマ社)0.1gを添加し、水で全量を1000mLとなるように調製した。3.0μmのメンブランフィルターを用いてろ過後、1N NaOHを用いてpHを7.5に調整し、さらに、0.22μmのメンブランフィルターを用いてろ過滅菌した。
【0035】
Crj:CD(SD)IGS系統の6週齢の雄性ラット(日本チャールス・リバー)をネンブタール(アボット社)麻酔下、前潅流液で洗い流しながら門脈の切開面から留置針を挿入し、縫合糸で結紮した。同時に肝臓下の下大静脈を切断し、流速を20ml/minで潅流し、脱血および前潅流液を放出させた。胸郭部を開き心臓を露出させ、横隔膜下の下大静脈に縫合糸のループをかけた後、切断した肝臓下の下大静脈を鉗子で結紮し、右心房を切開して別のカニューレを右心房から下大静脈に挿入し、結紮した。ポンプを止め、前潅流液をコラゲナーゼ溶液に交換し、再び潅流を始め、20mL/minでコラゲナーゼ溶液200mLを流した。潅流後、シャーレ上でメスを用いて細分し、20mL程のDMEM培地を加え、先太駒込ピペットで軽くピペッティングし、細胞ろ過器でろ過した。得られた粗分散細胞浮遊液を500−600rpmで1分間遠心処理した。上清は吸引して除き、新たにDMEMを加え再び遠心処理した。この操作を4回繰り返し、均一な肝実質細胞を得た。得られた肝実質細胞懸濁液から0.2mL採取し、0.03g/2mL トリパンブルー0.2mL、DMEM1.6mLと懸濁し、生存率と細胞濃度を計測し、1×10cells/mLになるようにKHB buffer(118mM NaCl、4.75mM KCl、2.54mM CaCl、1.19mM KHPO、1.19 mM MgSO、12.5mM NaHCO、10mM glucose)で懸濁した。
(細胞内への被検化合物の取り込み)
氷冷下、肝細胞液100μLをマイクロチューブに分注した。コントロール群として5時点(0秒、30秒、1分、2分および5分、各n=1)、 阻害剤添加群として2化合物(30μMロテノン、50μM DBSP、各1時点でn=1)について設定した。反応停止液として、400μLチューブにIS入り5M CHCOONH 100μLを入れ、その上にシリコーンオイル溶液を100μL重層し、遠心処理した(204×100g、10秒、4℃、TOMY)。0秒 インキュベーションのサンプルは直ちに反応停止チューブに入れて遠心処理した(204×100g、10秒、4℃)。細胞液を3分間プレインキュベーションした後、5μL化合物溶液を100μL細胞液に添加し、反応を開始した。阻害剤添加群については、ロテノンあるいはDBSP添加後、20分、37℃でプレインキュベーションした。被検化合物添加後、0秒、30秒、1分、2分および5分に、反応液90μLをシリコンレイヤー層のさらに上部に重層し、速やかに遠心処理した(204×100g、10秒、 4℃)。
【0036】
取り込み反応を行ったチューブを3時間超音波にかけて細胞を破砕したのち、−20℃冷凍庫でチューブごと凍結した。下層(CHCOONH層)部分をカッターで切り取り、下層の80μLを96wellプレート(U96 pp 0.5mL、Agilent Technologies、Tokyo、Japan)に移し、メタノールを120μL添加して、遠心処理した(1850×g、4℃、10 min)。上清150μLをフィルターにてろ過し、ろ液をLC−MS/MSサンプルに供した。
(定量)
以下に示す測定条件で、LC−MS/MS法により、プラバスタチンの定量を行った。
HPLC: Alliance 2790 (Waters)
MS:TSQ7000(ThermoElectron)
Column:SunFire 3μm、2.1mm i.d.×20mm(Waters)
Eluent:A=10mM ギ酸アンモニウム溶液、B=MeCN

Gradient:
【表1】

【0037】
Run time:5.5分
カラム温度:40℃
サンプル量:10μL

被検試料測定時のIS(Warfarin)に対する測定対象化合物の各selected reaction monitoring(SRM)クロマトグラムのピーク面積比(PAR)を算出した。検量線サンプル(0、0.625、1.25、2.5、5、10μM)のPARに基づき濃度を求め、有効数字3桁で表示した。
【0038】
経時的に取り込んだ化合物量(pmol/10 cells)をインキュベーション時間に対してプロットし、その傾きから取り込み速度を算出した。下式に基づき、取り込みクリアランス(CLuptake μL/min/10cells))を算出した。


【0039】
(水溶液層(下層)の検討)
水溶液層に用いる酢酸アンモニウム液の濃度の検討を行った。1、2、3、4および5Mで検討したところ、1〜3Mではシリコーンオイル層と水溶液層が反転した。4M以上が条件を満たした。
【0040】
さらに、取り込み試験終了後の細胞破砕液に添加する有機溶媒を検討した。アセトニトリルとメタノールを検討したところ、アセトニトリルでは水層に用いた酢酸アンモニウム液と分離する傾向が見られたが、メタノールはよく混合した。
(プラバスタチンの肝取り込み試験のバリデーション)
肝細胞に10μMプラバスタチンを接触させ、0秒、30秒、1分、2分、5分後に肝細胞に取り込まれた化合物濃度をLC−MS/MSにより測定した。プラバスタチンは経時的に肝細胞に取り込まれ、各時点における濃度の実験内のばらつき(n=3)を評価したところ、インキュベーション時間0秒で22.4%のCV値を示したものの、その他の時点では15%以内のばらつきであり、精度よく評価できることが示唆された(表2)。また、ラット肝細胞におけるプラバスタチンの肝取り込みクリアランス(CLuptake)は1.85μL/min/10cellsであった。
【表2】

【0041】
(プラバスタチンの肝取り込みにおける阻害剤の影響)
薬物の肝取り込みには受動拡散のみで説明できる場合、また、能動輸送が関与する場合、またはその両方が関与する場合がある。このメカニズムを把握するため、肝取り込みの阻害剤を用いた。能動輸送における競合阻害の評価には有機アニオンdibromosulfophthalein(DBSP)を、また、ATP依存性の評価にはロテノンを用いた。阻害剤非添加における肝取り込みクリアランス(CLuptake)は1.85μL/min/10cellsであったが、DBSPおよびロテノン添加により、それぞれ、0.267および0.701μL/min/10cellsに低下し、既に報告されている(Yamazaki M. et al. Am.J.Physiol.264:G36−44(1993)、Komai T. et al. Biochem. Pharmacol. 43,667−670(1992))とおり、プラバスタチンは能動輸送によっても肝取り込みされることが再確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の工程を含む、細胞内の化合物量を測定する方法。
1)細胞と被検化合物とを接触させる工程
2)1)において被検化合物と接触させた細胞を、水溶液層の上部に重層したシリコーンオイル溶液層のさらにその上部に添加する工程
3)上記細胞を上記水溶液層部分に集積させる工程
4)上記細胞を破砕または溶解する工程
5)4)により得られた破砕液または溶解液中に含まれる被検化合物量を液体クロマトグラフィー(LC)法、ガスクロマトグラフィー(GC)法、液体クロマトグラフィーマススぺクトロメトリー(LC−MS)法、液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC−MS/MS)法およびガスクロマトグラフィーマススペクトロメトリー(GC−MS)法のうちのいずれか1の方法により測定する工程
【請求項2】
次の工程を含む、細胞内の化合物量を測定する方法。
1)細胞と被検化合物とを接触させる工程
2)1)において被検化合物と接触させた細胞を、水溶液層の上部に重層したシリコーンオイル溶液層のさらにその上部に添加する工程
3)上記細胞を上記水溶液層部分に集積させる工程
4)上記細胞を破砕または溶解する工程
5)上記4)により得られた破砕液または溶解液に有機溶媒を添加する工程
6)上記5)により得られた溶液中に含まれる被検化合物量を液体クロマトグラフィー(LC)法、ガスクロマトグラフィー(GC)法、液体クロマトグラフィーマススぺクトロメトリー(LC−MS)法、液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC−MS/MS)法およびガスクロマトグラフィーマススペクトロメトリー(GC−MS)法のうちのいずれか1の方法により測定する工程
【請求項3】
有機溶媒がメタノール、エタノール、イソプロパノールおよびアセトニトリルからなる群から選ばれるいずれかまたは2種以上の混合液からなるものである請求項2に記載の方法。
【請求項4】
水溶液層が酢酸アンモニウム溶液、ギ酸アンモニウム溶液および重炭酸アンモニウム溶液からなる群から選ばれるいずれかまたは2種以上の混合溶液からなるものである請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
水溶液層の溶液濃度が3モル濃度(M)以上である請求項4に記載の方法。
【請求項6】
液体クロマトグラフィーマススぺクトロメトリー(LC−MS)法または液体クロマトグラフィータンデムマススペクトロメトリー(LC−MS/MS)法を用いる請求項3から5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の方法を用いることを特徴とする細胞内への化合物の取り込み速度の評価方法。
【請求項8】
請求項1から6のいずれか1項に記載の方法を用いることを特徴とする肝取り込みクリアランスの評価方法。
【請求項9】
請求項1から6のいずれか1項に記載の方法を用いることを特徴とする化合物の細胞膜透過におけるトランスポーターの関与を評価する方法。
【請求項10】
請求項1から6のいずれか1項に記載の方法を用いることを特徴とする薬剤耐性の評価方法。




【公開番号】特開2007−263910(P2007−263910A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−92753(P2006−92753)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(000002831)第一製薬株式会社 (129)
【Fターム(参考)】