説明

細胞外マトリクス成分産生抑制剤

【課題】細胞外マトリクス成分の産生抑制、マトリクス分解酵素産生の促進、及び/又は、線維芽細胞増殖の抑制をする作用を有する新規の剤であって、副腎脂質ステロイド及び前記クロストリジウム由来の精製コラゲナーゼのような副作用がなく、安定かつ安全な剤を開発する。
【解決手段】本発明は、パルミチン酸と、その誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物からなる、細胞外マトリクス成分産生抑制剤、マトリクス分解酵素産生促進剤、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルミチン酸等からなる、細胞外マトリクス成分産生抑制剤、マトリクス分解酵素産生促進剤、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
コラーゲン、エラスチン等の細胞外マトリクス成分は線維芽細胞で産生される。前記細胞外マトリクス成分産生の亢進、マトリクス分解酵素産生の低下、及び、線維芽細胞数の増加は、さまざまな組織及び器官で線維化を伴う症状を生じさせる。前記線維化を伴う症状には、肺線維症、肝硬変、動脈硬化症、強皮症、糸球体腎炎、糖尿病性腎症及び間質性腎炎等の疾患症状が含まれる(非特許文献1)。また、前記線維化を伴う症状には、外傷及び術後の肥厚瘢痕等の皮膚状態も含まれる。
【0003】
従来、前記線維化を伴う症状を改善するため、例えば、副腎脂質ステロイド等の薬剤が使用されている(非特許文献1)。しかし、副腎脂質ステロイドは、免疫力低下、糖尿病等の副作用があり、長期間の使用には適さない。
【0004】
セルライトは、肥満が進行した人の臀部等の皮膚の表面に見られる皮膚表面の凹陥である。セルライトが発生した皮膚の組織では、皮下脂肪細胞が真皮の結合組織内に突出している。セルライトのある皮膚にコラゲナーゼが注入されると、セルライトが改善することが知られている(特許文献1)。そこでセルライトには、真皮細胞での細胞外マトリクス成分産生の亢進、及び/又は、マトリクス分解酵素産生の低下が関与すると考えられる。
【0005】
特許文献1に開示されるコラゲナーゼの注入処置では、ヒト以外の生物種由来のコラゲナーゼ、典型的には、細菌のクロストリジウム由来の精製コラゲナーゼが用いられるため、前記処置を繰り返すとアレルギー反応を起こす危険がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2009−527570号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】尹 浩信、医学のあゆみ、230:1008(2009)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、細胞外マトリクス成分の産生抑制、マトリクス分解酵素産生の促進、及び/又は、線維芽細胞増殖の抑制をする作用を有する新規の剤であって、副腎脂質ステロイド及び前記クロストリジウム由来の精製コラゲナーゼのような副作用がなく、安定かつ安全な剤を開発する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、パルミチン酸と、その誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物からなる、細胞外マトリクス成分産生抑制剤、マトリクス分解酵素産生促進剤、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制剤を提供する。本発明は、パルミチン酸と、その誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物を含む、細胞外マトリクス成分産生抑制、マトリクス分解酵素産生促進、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制のための組成物を提供する。
【0010】
本発明の剤において、前記細胞外マトリクス成分は、コラーゲン及び/又はエラスチンの場合がある。前記コラーゲンはI型コラーゲンα鎖の場合がある。本発明の組成物において、前記細胞外マトリクス成分は、コラーゲン及び/又はエラスチンの場合がある。前記コラーゲンはI型コラーゲンα鎖の場合がある。
【0011】
本発明の剤において、前記マトリクス分解酵素はマトリクスメタロプロティナーゼ1(MMP1)の場合がある。本発明の組成物において、前記マトリクス分解酵素はマトリクスメタロプロティナーゼ1(MMP1)の場合がある。
【0012】
本発明は、オレイン酸と、その誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物からなる、線維芽細胞増殖抑制剤を提供する。本発明は、オレイン酸と、その誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物を含む、線維芽細胞増殖抑制のための組成物を提供する。
【0013】
本発明の剤は食品として用いられる場合がある。本発明の組成物は食品として用いられる場合がある。
【0014】
本発明の剤は化粧品として用いられる場合がある。本発明の組成物は化粧品として用いられる場合がある。
【0015】
本発明の剤において、前記化粧品はセルライト改善のための化粧品の場合がある。本発明の組成物において、前記化粧品はセルライト改善のための化粧品の場合がある。
【0016】
本発明の細胞外マトリクス成分産生抑制剤、マトリクス分解酵素産生促進剤、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制剤は医薬品として用いられる場合がある。本発明の細胞外マトリクス成分産生抑制、マトリクス分解酵素産生促進、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制のための組成物は医薬品として用いられる場合がある。
【0017】
本発明の細胞外マトリクス成分産生抑制剤、マトリクス分解酵素産生促進剤、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制剤において、前記医薬品は、線維化を伴う症状、あるいはセルライトのための医薬品の場合がある。本発明の細胞外マトリクス成分産生抑制、マトリクス分解酵素産生促進、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制のための組成物において、前記医薬品は、線維化を伴う症状、あるいはセルライトのための医薬品の場合がある。
【0018】
本発明の細胞外マトリクス成分産生抑制剤、マトリクス分解酵素産生促進剤、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制剤において、前記線維化を伴う症状は、肺線維症、肝硬変、動脈硬化症、強皮症、糸球体腎炎、糖尿病性腎症、間質性腎炎、外傷及び術後の肥厚瘢痕からなるグループから選択される場合がある。本発明の細胞外マトリクス成分産生抑制、マトリクス分解酵素産生促進、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制のための組成物において、前記線維化を伴う症状は、肺線維症、肝硬変、動脈硬化症、強皮症、糸球体腎炎、糖尿病性腎症、間質性腎炎、外傷及び術後の肥厚瘢痕からなるグループから選択される場合がある。
【0019】
本発明の細胞外マトリクス成分産生抑制剤、マトリクス分解酵素産生促進剤、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制剤において、前記医薬品は治療剤の場合がある。本発明の細胞外マトリクス成分産生抑制、マトリクス分解酵素産生促進、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制のための組成物において、前記医薬品は治療剤の場合がある。
【0020】
本発明の細胞外マトリクス成分産生抑制剤、マトリクス分解酵素産生促進剤、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制剤において、前記医薬品は予防剤の場合がある。本発明の細胞外マトリクス成分産生抑制、マトリクス分解酵素産生促進、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制のための組成物において、前記医薬品は予防剤の場合がある。
【0021】
本発明は、パルミチン酸と、その誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物からなる、細胞外マトリクス成分産生抑制剤、マトリクス分解酵素産生促進剤、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制剤を投与するステップを含む、皮膚状態の悪化を予防及び/又は改善する方法を提供する。前記皮膚状態の悪化は、皮膚の粘弾性の低下の場合がある。
【0022】
本発明は、パルミチン酸と、その誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物からなる、細胞外マトリクス成分産生抑制剤、マトリクス分解酵素産生促進剤、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制剤を投与するステップを含む、線維化を伴う症状、あるいはセルライトを治療及び/又は予防する方法を提供する。前記剤は、治療剤及び予防剤を含む医薬品の場合がある。前記細胞外マトリクス成分は、コラーゲン及び/又はエラスチンの場合がある。前記コラーゲンはI型コラーゲンα鎖の場合がある。前記マトリクス分解酵素はマトリクスメタロプロティナーゼ1(MMP1)の場合がある。前記線維化を伴う症状は、肺線維症、肝硬変、動脈硬化症、強皮症、糸球体腎炎、糖尿病性腎症、間質性腎炎、外傷及び術後の肥厚瘢痕からなるグループから選択される場合がある。
【0023】
本発明は、パルミチン酸と、その誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物からなる、細胞外マトリクス成分産生抑制剤、マトリクス分解酵素産生促進剤、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制剤を投与するステップを含む、皮膚の美容状態の悪化を予防及び/又は改善する方法を提供する。前記剤は化粧品の場合がある。前記細胞外マトリクス成分は、コラーゲン及び/又はエラスチンの場合がある。前記コラーゲンはI型コラーゲンα鎖の場合がある。前記マトリクス分解酵素はマトリクスメタロプロティナーゼ1(MMP1)の場合がある。本発明の皮膚の美容状態の悪化を予防及び/又は改善する方法において、皮膚の美容状態の悪化はセルライトの場合があるが、これに限定されない。
【0024】
本発明において、セルライト(cellulite)とは、肥満が進行した人の臀部等の皮膚の表面に見られる皮膚表面の凹陥を伴う皮膚の状態をいう。セルライトが発生した皮膚の組織では、皮下脂肪細胞が真皮の結合組織内に突出する。セルライトは大腿・臀部脂肪異栄養症(gynoid lipodystrophy)ともよばれる。
【0025】
本発明において、マトリクス分解酵素とは、細胞外マトリクスの構成成分を分解する酵素をいう。マトリクス分解酵素には、マトリクスメタロプロティナーゼ(matrix metalloproteinase、MMP)と総称されるタンパク質分解酵素遺伝子ファミリーに属する酵素が含まれる。マトリクスメタロプロティナーゼは、金属、特に亜鉛と結合し、細胞外マトリクスの構成成分を切断する活性を有する。マトリクスメタロプロティナーゼには25個以上のファミリーのメンバー酵素が同定されている。マトリクスメタロプロティナーゼのメンバー酵素のアミノ酸及びポリヌクレオチド配列については、OMIM(Online Mendelian Inheritance in Man)データベースを含む米国NCBIのサイト(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/gquery)から検索することができる。マトリクスメタロプロティナーゼファミリーのメンバーのうち、ヒトMMP1は、I型、II型及びIII型のコラーゲンを分解する。ヒトMMP2及び9はエラスチンを分解する。ヒトMMP1とマウスMMP13とは相同遺伝子である。
【0026】
本発明においてパルミチン酸の「塩」とは、パルミチン酸が、細胞外マトリクス成分産生を抑制する効果、マトリクス分解酵素産生を促進する効果、及び/又は、線維芽細胞増殖を抑制する効果を損なわないことを条件として、金属塩、アミン塩等を含むいずれかの塩をいう。前記金属塩は、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩等を含む場合がある。前記アミン塩は、トリエチルアミン塩、ベンジルアミン塩等を含む場合がある。
【0027】
本明細書においてパルミチン酸の「誘導体」とは、パルミチン酸が、細胞外マトリクス成分産生を抑制する効果、マトリクス分解酵素産生を促進する効果、及び/又は、線維芽細胞増殖を抑制する効果を損なわないことを条件として、パルミチン酸が、カルボキシル基か、側鎖かにおいて、いずれかの原子団と共有結合したものを指す。前記いずれかの原子団は、N−フェニルアセチル基、4,4’−ジメトキシトリチル(DMT)基等のような保護基と、タンパク質、ペプチド、糖、脂質、核酸等のような生体高分子と、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリビニル、ポリエステル等のような合成高分子と、エステル基等のような官能基とを含むがこれらに限定されない。前記エステル基は、例えば、メチルエステル、エチルエステルその他の脂肪族エステルか、芳香族エステルかを含む場合がある。
【0028】
本発明のパルミチン酸は、以下の実施例に示すとおり、培養ヒト線維芽細胞に対して10〜30μMの濃度範囲で細胞外マトリクス成分産生を抑制する効果、マトリクス分解酵素産生を促進する効果、及び/又は、5〜30μMの濃度範囲で増殖を抑制する効果を有する。したがって、本発明の剤又は組成物に含まれるパルミチン酸の量は、この濃度範囲のパルミチン酸が生体皮膚組織の線維芽細胞に送達されることを条件として、いかなる含有量であってもかまわない。本発明の剤が外用剤の場合におけるパルミチン酸の含有量は、本発明の剤全量中0.0001質量%から50質量%か配合可能な最大質量濃度かまでの範囲であればよい。すなわち前記剤が外用剤の場合におけるパルミチン酸の含有量は、0.0001質量%〜30質量%が望ましく、0.0001質量%〜3質量%が最も望ましい。本発明の剤が内服剤の場合におけるパルミチン酸の含有量は、0.0001質量%〜100質量%の範囲であればよい。本発明の剤が内服剤の場合におけるパルミチン酸の含有量は、0.0001質量%〜80質量%が望ましく、0.0001質量%〜60質量%であることが最も望ましい。
【0029】
本発明の剤は、パルミチン酸、パルミチン酸の塩、及び/又は、生体内で薬物代謝酵素その他によってパルミチン酸を放出できる誘導体に加えて、パルミチン酸の細胞外マトリクス成分産生を抑制する効果、マトリクス分解酵素産生を促進する効果、及び/又は、線維芽細胞増殖を抑制する効果を損なわないことを条件として、さらに1種類又は2種類以上の薬学的に許容される添加物を含む場合がある。前記添加物は、希釈剤及び膨張剤と、結合剤及び接着剤と、滑剤と、流動促進剤と、可塑剤と、崩壊剤と、担体溶媒と、緩衝剤と、着色料と、香料と、甘味料と、防腐剤及び安定化剤と、吸着剤と、当業者に知られたその他の医薬品添加剤とを含むが、これらに限られない。
【0030】
本発明の剤は、有効成分として、パルミチン酸、パルミチン酸の塩、及び/又は、生体内で薬物代謝酵素その他によってパルミチン酸を放出できる誘導体のみを使用して調製することも可能であるが、通常本発明の効果を損なわない範囲で、医薬部外品を含む化粧品や医薬品等の皮膚外用剤等に用いられる他の成分を、必要に応じて適宜配合することができる。前記他の成分(任意配合成分)としては、例えば、油分、界面活性剤、粉末、色材、水、アルコール類、増粘剤、キレート剤、シリコーン類、酸化防止剤、紫外線吸収剤、保湿剤、香料、各種薬効成分、防腐剤、pH調整剤、中和剤等が挙げられる。
【0031】
本発明の剤型は、例えば軟膏、クリーム、乳液、ローション、パック、ジェル剤、貼付剤等の外用剤と、例えば粉末、顆粒、ソフトカプセル、錠剤等の経口剤と、例えば経鼻スプレー等の経鼻剤と、注射剤とを含む、従来の医薬部外品及び医薬品に用いるものであればいかなるものでもかまわない。
【0032】
本発明の食品は、パルミチン酸、パルミチン酸の塩、及び/又は、生体内で薬物代謝酵素その他によってパルミチン酸を放出できる誘導体に加えて、パルミチン酸の細胞外マトリクス成分産生を抑制する効果、マトリクス分解酵素産生を促進する効果、及び/又は、線維芽細胞増殖を抑制する効果を損なわないことを条件として、調味料、着色料、保存料その他の食品として許容される成分を含む場合がある。
【0033】
本発明の食品は、例えば、キャンディー、クッキー、味噌、フレンチドレッシング、マヨネーズ、フランスパン、醤油、ヨーグルト、ふりかけ、調味料・納豆のたれ、納豆、もろみ黒酢等の従来食品に用いるものであればいずれでもよく、前記例示に限定されるものでない。
【0034】
本発明において、線維芽細胞数と、細胞外マトリクスを構成する遺伝子及びマトリクス分解酵素遺伝子の発現量との測定は、美容及び医療分野の当業者に周知のいかなる測定方法を使用して実施されてもかまわない。
【0035】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】マウス線維芽細胞の増殖に対するパルミチン酸の影響を示す棒グラフ。
【図2】マウス線維芽細胞の増殖に対するオレイン酸の影響を示す棒グラフ。
【図3】マウス線維芽細胞の増殖に対するステアリン酸の影響を示す棒グラフ。
【図4】マウス線維芽細胞のI型コラーゲンα鎖遺伝子発現におけるパルミチン酸の影響を示す棒グラフ。
【図5】マウス線維芽細胞のエラスチン遺伝子発現におけるパルミチン酸の影響を示す棒グラフ。
【図6】マウス線維芽細胞のマトリクスメタロプロティナーゼ13遺伝子発現におけるパルミチン酸の影響を示す棒グラフ。
【図7】ヒト線維芽細胞の増殖に対するパルミチン酸の影響を示す棒グラフ。
【図8】ヒト線維芽細胞のI型コラーゲンα鎖遺伝子発現におけるパルミチン酸の影響を示す棒グラフ。
【図9】ヒト線維芽細胞のエラスチン遺伝子発現におけるパルミチン酸の影響を示す棒グラフ。
【図10】ヒト線維芽細胞のマトリクスメタロプロティナーゼ1遺伝子発現におけるパルミチン酸の影響を示す棒グラフ。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例1】
【0038】
パルミチン酸のマウス線維芽細胞増殖抑制効果
1.材料及び方法
(1)細胞培養
細胞は、マウス3T3−L1細胞が用いられた。前記細胞は、3x10個/mLとなるように市販の24ウェルの培養プレート(353047、ファルコン、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)に播種され、市販の細胞培養用培地(D−MEM、11885084、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)にウシ血清(16010159、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を10%添加した培地を用いて培養された。前記細胞は、37°C、5%CO及び飽和水蒸気雰囲気下で6時間培養された。
【0039】
その後、前記マウス線維芽細胞を培養する培地は、前記細胞培養用培地に前記ウシ血清を0.5%添加した培地(以下、「マウス線維芽細胞増殖評価培地」という。)に切り換えられ、前記マウス線維芽細胞は、37°C、5%CO及び飽和水蒸気雰囲気下で12時間培養された。
【0040】
(2)飽和脂肪酸及び不飽和脂肪酸の添加
前記線維芽細胞の増殖における飽和脂肪酸及び不飽和脂肪酸の効果を検討する場合には、5μM及び10μMのパルミチン酸(S−33、和光純薬工業株式会社)か、5μM及び10μMのオレイン酸(07501、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)か、1μM、3μM及び10μMのステアリン酸(S3381、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)かが培養12時間後のマウス線維芽細胞増殖評価培地に添加され、前記線維芽細胞は、37°C、5%CO及び飽和水蒸気雰囲気下で48時間培養された。これらの飽和脂肪酸及び不飽和脂肪酸を添加しない培地での細胞培養が対照とされた。
【0041】
(3)線維芽細胞の細胞増殖率の決定
その後、培地にalamarBlue(商標、DAL1025、Invitrogen、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を最終濃度10%となるように添加し、2時間後に、製造者の指示書に従って励起波長544nm、蛍光波長590nmで上清の蛍光強度を測定した。細胞増殖率(%)は、各実験条件でのalamarBlueの蛍光強度を、飽和脂肪酸及び不飽和脂肪酸を添加しない対照群の蛍光強度で除算した商の百分率として計算された。
【0042】
2.結果
(1)パルミチン酸添加
図1は、マウス線維芽細胞の増殖に対するパルミチン酸の影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、対照群及び実験群それぞれのウェル3個の細胞増殖を測定し、同一条件で複数回繰り返した実験結果の測定値の標準誤差を示す。また、フィッシャーのPLSD検定において、アステリスク(***)はp値が0.1%未満であることを示す。グラフ中の「n.s.」との記載は、対照と比較して有意差がないことを示す。図1に示されるとおり、10μMのパルミチン酸を添加すると、細胞増殖は統計学的に有意に低下した。
【0043】
(2)オレイン酸添加
図2は、マウス線維芽細胞の増殖に対するオレイン酸の影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、対照群及び実験群それぞれのウェル3個の細胞増殖を測定し、同一条件で複数回繰り返した実験結果の測定値の標準誤差を示す。また、フィッシャーのPLSD検定において、アステリスク(***)はp値が0.1%未満であり、アステリスク(**)はp値が1%未満であることを示す。図2に示されるとおり、5μM及び10μMのオレイン酸を添加すると、細胞増殖は統計学的に有意に低下した。
【0044】
(3)ステアリン酸添加
図3は、マウス線維芽細胞の増殖に対するステアリン酸の影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、対照群及び実験群それぞれのウェル3個の細胞増殖を測定し、同一条件で複数回繰り返した実験結果の測定値の標準誤差を示す。グラフ中の「n.s.」との記載は、対照と比較して有意差がないことを示す。図3に示されるとおり、1μMないし10μMのステアリン酸の添加では、細胞増殖は統計学的に有意に低下しなかった。
【0045】
3.結論
本実施例の実験結果から、マウス線維芽細胞の増殖抑制効果は、パルミチン酸及びオレイン酸では認められた一方、ステアリン酸では認められなかった。したがって、パルミチン酸及びオレイン酸を摂取することによって、線維芽細胞の増殖を抑制できることが示唆された。
【実施例2】
【0046】
パルミチン酸のマウス線維芽細胞での遺伝子発現に対する効果
1.材料及び方法
細胞培養と、パルミチン酸の添加とは実施例1と同様に行われた。マウス線維芽細胞は、3x10個/mLとなるように市販の12ウェルの培養プレート(353043、ファルコン、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)に播種され、培養された。
【0047】
I型コラーゲンα鎖、エラスチン及びマトリクスメタロプロティナーゼ13の遺伝子発現量の定量
培地はアスピレーターで除去され、各ウェルはそれぞれPBS 2mLで2回洗浄された。RNAがRNeasy Protect Kit(74104、株式会社キアゲン)を用いて各ウェルの細胞それぞれから製造者の指示に従って抽出された。cDNAが定法に従って作成され、リアルタイムPCRで用いられた。前記リアルタイムPCRには、LightCycler(登録商標)FastStart DNA MasterPLUS SYBR Green I(カタログ番号03 515 885 001、ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)が用いられた。I型コラーゲンα鎖、エラスチン、マトリクスメタロプロティナーゼ13及び28S rRNAの遺伝子を増幅するために、配列番号1及び2と、配列番号3及び4と、配列番号5及び6と、配列番号7及び8との順方向及び逆方向プライマーそれぞれが用いられた。PCRは、95°C、10分間を1回と、95°C、15秒間、60°C、5秒間及び72°C、5秒間を35回との反応条件で行われた。I型コラーゲンα鎖、エラスチン及びマトリクスメタロプロティナーゼ13の遺伝子発現量は、LightCycler Software Ver.3.5(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)で解析され、28S rRNAの発現量で標準化された。また、I型コラーゲンα鎖、エラスチン及びマトリクスメタロプロティナーゼ13の遺伝子発現率(%)は、各実験条件での遺伝子発現量を、パルミチン酸を添加しない対照群の遺伝子発現量で除算した商の百分率として計算された。
【0048】
2.結果
(1)I型コラーゲンα鎖の発現
図4は、マウス線維芽細胞のI型コラーゲンα鎖遺伝子発現におけるパルミチン酸の影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、対照群及び実験群それぞれのウェル3個の遺伝子発現を測定し、同一条件で複数回繰り返した実験結果の測定値の標準誤差を示す。また、フィッシャーのPLSD検定において、アステリスク(*)はp値が5%未満であることを示す。グラフ中の「n.s.」との記載は、対照と比較して有意差がないことを示す。図4に示されるとおり、10μMのパルミチン酸を添加すると、I型コラーゲンα鎖の遺伝子発現は統計学的に有意に低下した。
【0049】
(2)エラスチンの発現
図5は、マウス線維芽細胞のエラスチン遺伝子発現におけるパルミチン酸の影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、対照群及び実験群それぞれのウェル3個の遺伝子発現を測定し、同一条件で複数回繰り返した実験結果の測定値の標準誤差を示す。また、フィッシャーのPLSD検定において、アステリスク(*)はp値が5%未満であることを示す。グラフ中の「n.s.」との記載は、対照と比較して有意差がないことを示す。図5に示されるとおり、10μMのパルミチン酸を添加すると、エラスチンの遺伝子発現は統計学的に有意に低下した。
【0050】
(3)マトリクスメタロプロティナーゼ13の発現
図6は、マウス線維芽細胞のマトリクスメタロプロティナーゼ13遺伝子発現におけるパルミチン酸の影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、対照群及び実験群それぞれのウェル3個の遺伝子発現を測定し、同一条件で複数回繰り返した実験結果の測定値の標準誤差を示す。また、フィッシャーのPLSD検定において、アステリスク(***)はp値が0.1%未満であることを示す。グラフ中の「n.s.」との記載は、対照と比較して有意差がないことを示す。図6に示されるとおり、10μMのパルミチン酸を添加すると、マトリクスメタロプロティナーゼ13の遺伝子発現は統計学的に有意に増大した。
【0051】
3.結論
本実施例の実験結果から、パルミチン酸には、I型コラーゲンα鎖及びエラスチンの遺伝子発現の抑制効果と、マトリクスメタロプロティナーゼ13の遺伝子発現の増大効果とが認められた。なお、オレイン酸及びステアリン酸には、コラーゲン及びエラスチンの遺伝子発現の抑制効果と、マトリクスメタロプロティナーゼ13の遺伝子発現の増大効果とは認められなかった(データは示されない)。
【実施例3】
【0052】
パルミチン酸のヒト線維芽細胞増殖抑制効果
1.材料及び方法
細胞培養と、パルミチン酸の添加と、線維芽細胞の細胞増殖率の決定とは実施例1と同様に行われた。ヒト線維芽細胞(CC−2509、Lonza Japan Ltd)が、市販の細胞培養用培地(D−MEM、11885084、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)にウシ胎仔血清(FBS)(Biowest)を10%添加した培地を用いて6時間培養された。その後、前記ヒト線維芽細胞を培養する培地は、前記細胞培養用培地に前記ウシ胎仔血清を0.5%添加した培地(以下、「ヒト線維芽細胞増殖評価培地」という。)に切り換えられ、前記ヒト線維芽細胞は、37°C、5%CO及び飽和水蒸気雰囲気下で12時間培養された。5μM、10μM、20μM及び30μMのパルミチン酸(S−33、和光純薬工業株式会社)が培養12時間後のヒト線維芽細胞増殖評価培地に添加された。
【0053】
2.結果
パルミチン酸添加
図7は、ヒト線維芽細胞の増殖に対するパルミチン酸の影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、対照群及び実験群それぞれのウェル3個の細胞増殖を測定し、同一条件で複数回繰り返した実験結果の測定値の標準誤差を示す。また、フィッシャーのPLSD検定において、アステリスク(*)はp値が5%未満であり、アステリスク(***)はp値が0.1%未満であることを示す。図7に示されるとおり、5μMないし30μMのパルミチン酸を添加すると、細胞増殖は、添加されたパルミチン酸の濃度に依存して統計学的に有意に低下した。本実施例の実験結果から、パルミチン酸の増殖抑制効果は、マウス線維芽細胞だけでなく、ヒト線維芽細胞でも認められた。
【実施例4】
【0054】
パルミチン酸のヒト線維芽細胞での遺伝子発現に対する効果
1.材料及び方法
細胞培養と、パルミチン酸の添加とは実施例1と同様に行われた。3μM、10μM及び30μMのパルミチン酸が添加された。遺伝子発現量の定量は実施例2と同様に行われた。I型コラーゲンα鎖、エラスチン、マトリクスメタロプロティナーゼ1の遺伝子を増幅するために、配列番号9及び10と、配列番号11及び12と、配列番号13及び14との順方向及び逆方向プライマーそれぞれが用いられた。I型コラーゲンα鎖、エラスチン及びマトリクスメタロプロティナーゼ1の遺伝子発現率(%)は、各実験条件での遺伝子発現量を、パルミチン酸を添加しない対照群の遺伝子発現量で除算した商の百分率として計算された。
【0055】
2.結果
(1)I型コラーゲンα鎖の発現
図8は、ヒト線維芽細胞のI型コラーゲンα鎖遺伝子発現におけるパルミチン酸の影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、対照群及び実験群それぞれのウェル3個の遺伝子発現を測定し、同一条件で複数回繰り返した実験結果の測定値の標準誤差を示す。また、フィッシャーのPLSD検定において、アステリスク(***)はp値が0.1%未満であることを示す。グラフ中の「n.s.」との記載は、対照と比較して有意差がないことを示す。図8に示されるとおり、10μM及び30μMのパルミチン酸を添加すると、I型コラーゲンα鎖の遺伝子発現は、添加されたパルミチン酸の濃度に依存して統計学的に有意に低下した。
【0056】
(2)エラスチンの発現
図9は、ヒト線維芽細胞のエラスチン遺伝子発現におけるパルミチン酸の影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、対照群及び実験群それぞれのウェル3個の遺伝子発現を測定し、同一条件で複数回繰り返した実験結果の測定値の標準誤差を示す。また、フィッシャーのPLSD検定において、アステリスク(*)はp値が5%未満であり、アステリスク(***)はp値が0.1%未満であることを示す。図9に示されるとおり、3μMないし30μMのパルミチン酸を添加すると、エラスチンの遺伝子発現は、添加されたパルミチン酸の濃度に依存して統計学的に有意に低下した。
【0057】
(3)マトリクスメタロプロティナーゼ1の発現
図10は、ヒト線維芽細胞のマトリクスメタロプロティナーゼ1遺伝子発現におけるパルミチン酸の影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、対照群及び実験群それぞれのウェル3個の遺伝子発現を測定し、同一条件で複数回繰り返した実験結果の測定値の標準誤差を示す。また、フィッシャーのPLSD検定において、アステリスク(***)はp値が0.1%未満であることを示す。グラフ中の「n.s.」との記載は、対照と比較して有意差がないことを示す。図10に示されるとおり、10μM及び30μMのパルミチン酸を添加すると、マトリクスメタロプロティナーゼ1の遺伝子発現は、添加されたパルミチン酸の濃度に依存して統計学的に有意に増大した。
【0058】
3.結論
本実施例の実験結果から、パルミチン酸には、I型コラーゲンα鎖及びエラスチンの遺伝子発現の抑制効果と、マトリクスメタロプロティナーゼ1の遺伝子発現の増大効果とが認められた。したがって、細胞外マトリクス成分産生の亢進による皮膚状態の悪化は、パルミチン酸を摂取することによって予防及び/又は改善できることが示唆された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルミチン酸と、その誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物からなることを特徴とする、細胞外マトリクス成分産生抑制剤、マトリクス分解酵素産生促進剤、及び/又は、線維芽細胞増殖抑制剤。
【請求項2】
前記細胞外マトリクス成分は、コラーゲン及び/又はエラスチンであることを特徴とする、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
前記マトリクス分解酵素はマトリクスメタロプロティナーゼ1(MMP1)であることを特徴とする、請求項1に記載の剤。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−144499(P2012−144499A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−5413(P2011−5413)
【出願日】平成23年1月14日(2011.1.14)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】