説明

総形回転切削工具

【課題】切れ味を向上させて切削抵抗や振動を低減し、溝の倒れや加工拡大量を抑制して加工精度を向上させる。
【解決手段】仕上げ加工用のクリスマスカッタ10において、切りくず排出溝16は、シャンク12側から見た工具回転方向と反対方向へ軸心Sに対して1°〜8°の範囲内の一定の傾斜角θ1で傾斜するように直線的に設けられているため、ストレート溝の従来品に比較して溝倒れ量や加工拡大量、切削抵抗が低減されるとともに、振動や切削音についても改善される。このように切削性能が全体として向上し、優れた加工精度が得られるようになり、更なる高能率加工を行うことが可能となった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は総形回転切削工具に係り、特に、切りくず排出溝が軸心に対して一定の傾斜角で傾斜するように直線的に設けられている総形回転切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
切りくず排出溝に沿って外周切れ刃が設けられているとともに、その外周切れ刃の径寸法が工具軸方向において変化しており、軸心Sまわりに回転駆動されつつ被加工物に対して軸心Sと直角な方向へ相対移動させられることにより、溝深さ方向において溝幅が変化している所定形状の溝を切削加工する総形回転切削工具が知られている。特許文献1に記載のクリスマスカッタはその一例で、逆クリスマスツリーのように溝中心に対して左右対称で溝深さ方向において溝幅が増減しながら溝底側程狭くなっているツリー形溝を切削加工するものであり、外周切れ刃の径寸法が溝幅の変化に対応して工具先端側へ向かうに従って増減しながら徐々に小径とされている。また、特許文献2には、外周切れ刃の径寸法が工具先端側へ向かうに従って小さくなるテーパエンドミルに関し、シャンク側から見た工具回転方向と反対方向へねじれたねじれ溝を切りくず排出溝として設けたものが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−226533号公報
【特許文献2】特開平7−9237号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、このような従来の総形回転切削工具の切りくず排出溝は、軸心Sと平行なストレート溝または軸心Sに対して所定のねじれ角でねじれたねじれ溝であるため、必ずしも十分に満足できる切れ味が得られず、切削抵抗が大きいとともに振動や溝の倒れが発生することがあるなど、未だ改善の余地があった。
【0005】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、切れ味を向上させて切削抵抗や振動を低減し、溝の倒れや加工拡大量を抑制して加工精度を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる目的を達成するために、第1発明は、切りくず排出溝に沿って外周切れ刃が設けられているとともに、その外周切れ刃の径寸法が工具軸方向において変化しており、軸心Sまわりに回転駆動されつつ被加工物に対して軸心Sと直角な方向へ相対移動させられることにより、溝深さ方向において溝幅が変化している所定形状の溝を切削加工する総形回転切削工具において、前記切りくず排出溝は、シャンク側から見た工具回転方向と反対方向へ軸心Sに対して1°〜8°の範囲内の一定の傾斜角で傾斜するように直線的に設けられていることを特徴とする。
【0007】
第2発明は、第1発明の総形回転切削工具において、その総形回転切削工具は、逆クリスマスツリーのように溝中心に対して左右対称で溝深さ方向において溝幅が増減しながら溝底側程狭くなっているツリー形溝を切削加工するために、前記外周切れ刃の径寸法がその溝幅の変化に対応して工具先端側へ向かうに従って増減しながら徐々に小径とされているクリスマスカッタであることを特徴とする。
【0008】
第3発明は、第1発明または第2発明の総形回転切削工具において、前記外周切れ刃は、径寸法が目的とする溝形状の溝幅寸法より小さいとともに細かく増減している波形状を成しており、且つ、複数の外周切れ刃の波形状の位相が互いにずれているラフィング切れ刃で、荒加工または中仕上げ加工に用いられることを特徴とする。
【0009】
第4発明は、第1発明または第2発明の総形回転切削工具において、前記外周切れ刃は、径寸法が目的とする溝形状の溝幅寸法と略同じ寸法とされており、仕上げ加工に用いられることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
このような総形回転切削工具においては、切りくず排出溝がシャンク側から見た工具回転方向と反対方向へ軸心Sに対して1°〜8°の範囲内の一定の傾斜角で傾斜するように直線的に設けられているため、本発明者等の実験によればストレート溝やねじれ溝の場合に比較して溝倒れ量や加工拡大量、切削抵抗が低減された。また、振動や切削音、加工面についても、ストレート溝の場合に比較して改善され、ねじれ溝と比較しても同等以上の結果が得られた。このように切削性能が全体として向上し、優れた加工精度が得られるようになり、更なる高能率加工を行うことが可能となった。
【0011】
また、例えば工具素材を一定の姿勢に固定したまま、工具素材の軸心Sに対して一定の傾斜角で傾斜する方向へ研削砥石を相対的に直線移動させるだけで切りくず排出溝を加工することが可能で、ねじれ溝のように工具素材を軸心Sまわりに回転させながら研削砥石を軸方向へ相対移動させる場合に比較して、切りくず排出溝を加工するための装置が簡単且つ安価に構成されるとともに、干渉研削による溝断面の形状変化が無いため溝断面形状の設定が容易になる。
【0012】
第2発明は、外周切れ刃の径寸法が工具先端側へ向かうに従って増減しながら徐々に小径とされているクリスマスカッタに関するもので、第1発明の効果が適切に得られる。
【0013】
第3発明は荒加工用または中仕上げ加工用の総形回転切削工具に関するもので、溝の倒れや加工拡大量が改善されることから、より仕上げ寸法に近い寸法で荒加工や中仕上げ加工を行うことが可能で、仕上げ加工の際の切削寸法(仕上げ代)を小さくして、より安定した精度の高い仕上げ加工を行うことができるようになる。すなわち、荒加工や中仕上げ加工用の総形回転切削工具は、切削性能を重視して一般に軸心Sまわりにねじれたねじれ溝(ねじれ刃)が採用されるが、本発明の傾斜タイプの切りくず排出溝によれば、切れ味等の切削性能を維持しつつ加工精度を向上させることができたのである。
【0014】
第4発明は仕上げ加工用の総形回転切削工具に関するもので、溝の倒れや加工面、加工拡大量が改善されることから、より高い寸法精度で仕上げ加工を行うことができる。すなわち、仕上げ加工用の総形回転切削工具は、加工精度を重視して一般に軸心Sと平行なストレート溝(ストレート刃)が採用されるが、本発明の傾斜タイプの切りくず排出溝によれば、切れ味等の切削性能の向上により振動や切削抵抗が低減されることから、加工精度を更に向上させることができたのである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明が仕上げ加工用のクリスマスカッタに適用された場合を説明する図で、(a) は一部を切り欠いた正面図、(b) は刃部の拡大図、(c) は(b) におけるIC−IC断面図である。
【図2】従来のストレート溝およびねじれ溝と、本発明の傾斜溝との相違を比較して説明する図である。
【図3】傾斜溝の場合に、先端からの距離によって変化する溝断面形状を説明する図である。
【図4】径寸法が変化しているクリスマスカッタについて、本発明の傾斜溝、従来のねじれ溝、ストレート溝に関して各部のすくい角を具体的に求めた結果を説明する図である。
【図5】本発明品、従来品、比較品を用いて、(a) の切削条件で切削加工を行ってカッタ性能を調べた結果を説明する図で、(b) は中仕上げカッタの場合、(c) は仕上げカッタの場合である。
【図6】本発明が中仕上げ加工用のクリスマスカッタに適用された場合を説明する図で、(a) は一部を切り欠いた正面図、(b) は外周切れ刃の拡大図、(c) は(a) における VIC−VIC 断面の拡大図である。
【図7】図5の性能試験で用いた中仕上げカッタおよび仕上げカッタの寸法の違い(仕上げカッタの仕上げ代)を説明する図である。
【図8】図5の性能試験で調べた溝倒れ量、加工拡大量、および切削抵抗を具体的に説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、ツリー形溝を切削加工するクリスマスカッタに好適に適用されるが、外周切れ刃の径寸法が増減しているクリスマスカッタ以外の総形回転切削工具や、外周切れ刃の径寸法が一定の変化率で変化しているテーパエンドミルなど、他の総形回転切削工具にも適用され得る。また、中仕上げ加工および仕上げ加工の2段階で所定形状の溝を切削加工する場合の中仕上げ加工用、仕上げ加工用の総形回転切削工具に好適に適用されるが、その中仕上げ加工の前に荒加工を行う場合の中仕上げ加工用、荒加工用の総形回転切削工具にも適用され得る。第3発明の荒加工用、中仕上げ加工用の総形回転切削工具は波形状のラフィング切れ刃が設けられているが、ニックが設けられた荒加工用、中仕上げ加工用の総形回転切削工具にも本発明は適用され得る。これ等の総形回転切削工具は、外周切れ刃の他に工具先端に底刃を有して構成される。
【0017】
荒加工用や中仕上げ加工用の総形回転切削工具は例えば3枚刃で、仕上げ加工用の総形回転切削工具は例えば4枚刃であるが、これ等の外周切れ刃の枚数は径寸法等を考慮して適宜定めることができる。例えば、荒加工用や中仕上げ加工用の総形回転切削工具の外周切れ刃を4枚以上設けたり、仕上げ加工用の総形回転切削工具の外周切れ刃を3枚、或いは5枚以上設けたりすることも可能である。
【0018】
切りくず排出溝は、シャンク側から見た工具回転方向と反対方向へ軸心Sに対して1°〜8°の範囲内の一定の傾斜角で傾斜するように直線的に設けられ、例えばシャンク側から見て右まわりに回転駆動して切削加工を行う場合、切りくず排出溝は手前から前方へ向かうに従って左方向へ傾斜するように設けられる。また、シャンク側から見て左まわりに回転駆動して切削加工を行う場合、切りくず排出溝は手前から前方へ向かうに従って右方向へ傾斜するように設けられる。
【0019】
切りくず排出溝の傾斜角が1°より小さいと、ストレート溝の場合と差が無くなり、切削性能や加工精度の向上効果が十分に得られない一方、傾斜角が8°を超えると、刃欠けが発生したり溝の倒れが大きくなったり切削抵抗が大きくなったりして、切削性能や加工精度の向上効果が十分に得られない。すなわち、傾斜角が1°〜8°の範囲内でないと、ストレート溝やねじれ溝に比較して切削性能や加工精度の向上効果が適切に得られないのであり、3°〜5°程度の範囲内が望ましい。
【実施例】
【0020】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施例である仕上げ加工用のクリスマスカッタ10を説明する図で、図6は中仕上げ加工用のクリスマスカッタ30を説明する図であり、何れも図8の(b) 、(c) に示すように被加工物52に対してツリー形溝50を切削加工するためのものである。被加工物52はテスト用のもので、実際には例えばタービン軸等の回転軸に対してツリー形溝50を加工する場合に用いられる。クリスマスカッタ10、30は、何れも軸心Sまわりに回転駆動されつつ被加工物52に対してその軸心Sと直角な方向へ相対移動させられることにより、逆クリスマスツリーのように溝中心に対して左右対称で溝深さ方向において溝幅が増減しながら溝底側程狭くなっているツリー形溝50を切削加工するもので、その溝幅の変化に対応して径寸法が工具先端側へ向かうに従って3山、3谷で増減しながら徐々に小径とされている複数の外周切れ刃18、38を備えている。仕上げ加工用のクリスマスカッタ10は、中仕上げ加工用のクリスマスカッタ30によって形成されたツリー形溝50に対して、所定の仕上げ代(例えば0.3mm)で仕上げ加工を行うもので、外周切れ刃18、38の径寸法すなわち回転軌跡形状(加工形状に対応)は図7に示すように仕上げ代分だけ相違し、ツリー形溝50も仕上げ代分だけ溝幅寸法が相違する。
【0021】
図1の(a) は、仕上げ加工用のクリスマスカッタ10を軸心Sと直角な方向から見た一部を切り欠いた正面図で、(b) はこのクリスマスカッタ10の刃部14の拡大図、(c) は(b) におけるIC−IC断面図である。クリスマスカッタ10は、シャンク12および刃部14を一体に備えており、刃部14は、加工すべきツリー形溝50の凹凸形状に対応する逆クリスマスツリー形状を成しており、工具先端側(図の下方向)へ向かうに従って径寸法が滑らかに増減しながら徐々に小径とされている。刃部14には、軸心Sまわりに等角度間隔で4本の切りくず排出溝16が設けられ、その切りくず排出溝16に沿って4枚の外周切れ刃18、およびその外周切れ刃18に連続する底刃20が設けられている。それ等の外周切れ刃18および底刃20は、クリスマスカッタ10がシャンク12側(図1(a) 、(b) における上方)から見て右まわりに回転駆動されることにより切削加工を行うように設けられており、切りくず排出溝16は、軸心Sに対して1°〜8°の範囲内の一定の傾斜角θ1で左方向へ傾斜するように直線的に設けられている。このように切りくず排出溝16が一定の傾斜角θ1で設けられていることから、外周切れ刃18の軸心Sに対して直角な断面におけるすくい角γ1は、軸方向において連続的に変化している。このすくい角γ1は、外周切れ刃18の径寸法によっても変化する。
【0022】
図6の(a) は、中仕上げ加工用のクリスマスカッタ30を軸心Sと直角な方向から見た一部を切り欠いた正面図で、(b) は外周切れ刃38の拡大図、(c) は(a) における VIC−VI断面の拡大図である。クリスマスカッタ30は、シャンク32および刃部34を一体に備えており、刃部34は、加工すべきツリー形溝50の凹凸形状に対応する逆クリスマスツリー形状を成しており、工具先端側(図の下方向)へ向かうに従って径寸法が滑らかに増減しながら徐々に小径とされている。刃部34には、軸心Sまわりに等角度間隔で3本の切りくず排出溝36が設けられ、その切りくず排出溝36に沿って3枚の外周切れ刃38、およびその外周切れ刃38に連続する底刃40が設けられている。3枚の外周切れ刃38は、逃げ面に細かな波形状の凹凸が設けられることによって径寸法が細かく増減しているとともに、その波形状の位相が互いにずれているラフィング切れ刃にて構成されている。外周切れ刃38および底刃40は、クリスマスカッタ30がシャンク32側(図6(a) における上方)から見て右まわりに回転駆動されることにより切削加工を行うように設けられており、切りくず排出溝36は、軸心Sに対して1°〜8°の範囲内の一定の傾斜角θ2で左方向へ傾斜するように直線的に設けられている。このように切りくず排出溝36が一定の傾斜角θ2で設けられていることから、外周切れ刃38の軸心Sに対して直角な断面におけるすくい角γ2は軸方向において連続的に変化している。このすくい角γ2は、外周切れ刃38の径寸法によっても変化する。なお、上記傾斜角θ2は前記傾斜角θ1と同じでも良いし、異なっていても良い。
【0023】
ここで、上記切りくず排出溝16、36のように、軸心Sに対して一定の傾斜角θで左方向へ傾斜する左傾斜溝60は、例えば図2の(c) に示すように、軸心Oまわりに回転駆動される研削砥石62を工具素材64の軸心Sに対して所定の姿勢(図では軸心Sに対して傾斜角θとほぼ同一の角度で傾斜する姿勢)で配置するとともに、工具素材64を傾斜角θと平行な方向(白抜き矢印で示す方向)Cへ相対的に直線移動させることによって形成することができる。図2(c) の下側の断面図は、4本の左傾斜溝60を加工した後の状態のII−II断面図である。これに対し、従来の軸心Sと平行なストレート溝66は、図2の(a) に示すように研削砥石62を軸心Sとほぼ平行に配置するとともに、工具素材64を軸心Sと平行な方向Aへ相対的に直線移動させることによって形成される。また、軸心Sのまわりに所定のねじれ角λで右まわりにねじれたねじれ溝68は、図2の(b) に示すように研削砥石62を軸心Sに対して所定のねじれ角λとほぼ同一の角度で傾斜する姿勢で配置するとともに、工具素材64を軸心Sと平行な方向Bへ相対的に直線移動させながら軸心Sまわりに回転させることによって形成される。その場合に、(a) のストレート溝66および(c) の左傾斜溝60の溝断面は、研削砥石62の研削部の断面形状に対応する形状で、研削砥石62の姿勢によって相違するものの、互いに近似した断面形状になる。これに対し、(b) のねじれ溝68の溝断面は、研削砥石62の干渉により研削砥石62の断面形状とは異なった形状となり、ストレート溝66や左傾斜溝60の断面形状とは大きく相違する。また、この図2は、従来のストレート溝66およびねじれ溝68と左傾斜溝60との相違を説明するためのもので、工具素材64は一定の径寸法の円柱形状である。
【0024】
また、(a) のストレート溝66および(b) のねじれ溝68は、工具素材64の外径寸法が一定の場合、軸方向において一定の溝断面形状で形成され、軸心Sに対して直角な断面のすくい角も一定であるが、(c) の左傾斜溝60は、軸方向において溝断面形状が連続的に変化する。図3は、この左傾斜溝60の溝断面形状の変化を説明する図で、(b) 、(c) 、(d) はそれぞれ(a) におけるIIIB−IIIB視の先端面図、IIIC−IIIC断面図、IIID−IIID断面図で、先端からの距離が長くなる程溝幅が狭くなり、それ等のすくい角はγb>γc>γdの関係となる。図3では、すくい角γdは負である。なお、(d) に示す一点鎖線は、(b) における溝形状を比較のために図示したもので、溝幅の違いは明らかである。
【0025】
上記ストレート溝66、ねじれ溝68、および左傾斜溝60について、その特徴を比較すると、ねじれ溝68の溝断面形状は、研削砥石62がねじれ溝68のリードに沿って相対移動させられるため、干渉によってすくい面がフック(湾曲)する。また、スクエア刃タイプで溝底径比率に変化がない場合、すなわち工具素材64の外径寸法が一定の円柱形状の場合、すくい角および外周刃厚に変化はない。切れ刃長さは刃長よりも長くなり、工具使用時における外周切れ刃接触長は、徐々に最大になり、徐々に最小になる。
ストレート溝66の溝断面形状は、研削砥石62の研削部形状がそのまま転写されるため、すくい面はフックしない。スクエア刃タイプで溝底径比率に変化がない場合、すなわち工具素材64の外径寸法が一定の円柱形状の場合、すくい角および外周刃厚に変化はない。切れ刃長さは刃長と等しく、工具使用時における外周切れ刃接触長は瞬時に最大になり、瞬時に最小になる。したがって、切削抵抗が周期的に大きく変化する。
左傾斜溝60の溝断面形状は、研削砥石62の研削部形状がそのまま転写されるため、すくい面はフックしない。スクエア刃タイプで溝底径比率に変化がない場合、すなわち工具素材64の外径寸法が一定の円柱形状の場合でも、軸方向位置によってすくい角および外周刃厚が変化し、工具先端からの距離が長くなる程すくい角は小さくなるとともに外周刃厚は厚くなる。このため、刃径や刃長、溝底径などによって傾斜角θに制約がある。切れ刃長さは刃長よりも長くなり、工具使用時における外周切れ刃接触長は、徐々に最大になり、徐々に最小になる。
すなわち、左傾斜溝60は、ストレート溝66に近い溝断面形状で、高い加工精度が期待できる一方、工具使用時における外周切れ刃接触長の変動はねじれ溝68に近い特性を持ち、切れ味等の切削性能の向上が期待できる。
【0026】
図4は、径寸法が変化している2山、2谷のクリスマスカッタについて、上記左傾斜溝60、ストレート溝66、およびねじれ溝68の場合に、径寸法が異なる山部や谷部のすくい角を具体的に計算した結果を説明する図で、左傾斜溝60については傾斜角θが左1°、および左8°の2種類について調べた。ねじれ溝68については、ねじれ角λが右5°の場合について調べた。工具素材64の径寸法が一定の場合、左傾斜溝60では図3に示すようにすくい角γb、γc、γdが相違するのに対し、ストレート溝66およびねじれ溝68ではすくい角が一定であるが、クリスマスカッタのように径寸法が変化している場合は、図4の結果から明らかなように、左傾斜溝60、ストレート溝66、ねじれ溝68の何れの場合も径寸法の変化によってすくい角が大きく変化する。但し、ストレート溝66ですくい角0°の場合は除く。
【0027】
上記図4に示した結果は、なるべくすくい角の変化の影響が少ないように1山部および2山部におけるすくい角の平均が一定(ここでは8°)になるようにして計算した。実際にクリスマスカッタを使用した際に切削速度が小さい径寸法の小さな1山部および谷部のすくい角に着目すると、左傾斜溝60の場合(図4の(b) 、(c) )、ねじれ溝68(図4の(d) )に比較して強い角度ですくい角を設定でき、切削速度が小さい小径の1山部および谷部における切削性能の向上が期待できる。
【0028】
次に、前記傾斜角θ1、θ2が1°〜8°の範囲内の左傾斜溝(切りくず排出溝)を有する本発明品、傾斜角θ1、θ2が8°より大きい比較品、ストレート溝や右ねじれ溝を有する従来品を用いて、図5の(a) に示す切削条件でツリー形溝50を切削加工し、(b) および(c) に示す切削性能や加工精度等に関するカッタ性能を調べた結果を説明する。図5(a) の「被削材質」の欄のSNCM439は、JISの規定によるニッケルクロムモリブデン鋼鋼材である。また、図5(b) の中仕上げ加工は、下溝等が設けられていない無垢の被加工物52に対して、クリスマスカッタ30と同様にラフィング切れ刃が設けられた3枚刃の中仕上げ加工用のクリスマスカッタを用いてツリー形溝50を切削加工した場合で、「0°傾斜(ストレート溝)」および「右5°ねじれ」は従来のクリスマスカッタ、「左3°傾斜」および「左5°傾斜」は傾斜角θ2が3°、5°の本発明品(クリスマスカッタ30)、「左10°傾斜」は傾斜角θ2=10°の比較品である。図5(c) の仕上げ加工は、上記中仕上げ加工で最も加工精度が優れている「左3°傾斜」の本発明品によって中仕上げ加工されたツリー形溝50に対して、クリスマスカッタ10と同様に構成された4枚刃の仕上げ加工用のクリスマスカッタを用いて仕上げ代0.3mmで仕上げ切削を行った場合で、「0°傾斜(ストレート溝)」は従来のクリスマスカッタ、「左3°傾斜」および「左5°傾斜」は傾斜角θ1が3°、5°の本発明品(クリスマスカッタ10)、「左10°傾斜」は傾斜角θ1=10°の比較品である。なお、仕上げ加工では、従来、ねじれ溝のクリスマスカッタが用いられていないため、今回のテストでは省略した。
【0029】
上記図5(b) の「振動」、「切削音」、および「加工面」の欄の評価「◎」は良好、「○」はやや良好、「△」は普通、「×」は悪い、を意味し、試験者の目視または聴覚による感覚的評価で、従来使用されている「右5°ねじれ」を基準として相対的に評価した。図5(c) の「振動」および「切削音」についても同様であるが、この場合は「0°傾斜(ストレート溝)」を基準として相対的に評価した。「0°傾斜(ストレート溝)」の評価が「△」なのは、(b) の中仕上げ加工で基準にした「右5°ねじれ」の場合に比較して悪いためである。
【0030】
また、図5(b) 、(c) の「溝倒れ量」は、図8の(a) に示す変位量ΔX1、ΔX2の平均値で、図に示すアップカット側への倒れを正として求めた。図8(a) のツリー形溝50は、溝の凹凸を省略して簡略化して示した図である。「加工拡大量」は、図8(b) に示す溝幅と工具径との差(溝幅−工具径)で、図に示すように最大谷径部分で測定した。「切削抵抗」は、図8の(c) に示す主分力Fx、送り分力Fy、および背分力Fzの変位量を三分力計で測定し、その値の合力Fを切削抵抗として算出した。何れも、被加工物52に対する工具の当り始めおよび抜け時を除く加工安定領域で求めた。
【0031】
そして、中仕上げ加工用のクリスマスカッタに関しては、図5の(b) に示す試験結果から明らかなように、「左3°傾斜」および「左5°傾斜」の本発明品によれば、「0°傾斜(ストレート溝)」の従来品に比較して振動、切削音、および加工面の切削性能が何れも改善され、「右5°ねじれ」の従来品に比較しても同等以上の結果が得られた。切削抵抗については、「左3°傾斜」および「左5°傾斜」の本発明品によれば、「0°傾斜(ストレート溝)」の従来品の43%〜46%で半分以下になった。「右5°ねじれ」に比較しても、13%〜20%程度低減された。溝倒れ量および加工拡大量の加工精度については、「左3°傾斜」および「左5°傾斜」の本発明品によれば、「0°傾斜(ストレート溝)」および「右5°ねじれ」の何れの従来品よりも良好な結果が得られた。「左10°傾斜」の比較品については、「右5°ねじれ」の従来品と比較すると、加工拡大量や切削抵抗については良くなるものの、加工面および溝倒れ量はやや悪化しており、十分な性能向上効果が得られなかった。
【0032】
仕上げ加工用のクリスマスカッタに関しては、図5の(c) に示す試験結果から明らかなように、「左3°傾斜」および「左5°傾斜」の本発明品によれば、振動、切削音、および加工面粗さの切削性能に関し、「0°傾斜(ストレート溝)」の従来品と同程度かそれ以上の結果が得られた。切削抵抗についても、「左3°傾斜」および「左5°傾斜」の本発明品によれば、「0°傾斜(ストレート溝)」の従来品の59%〜71%となり、約2/3に低減された。溝倒れ量および加工拡大量の加工精度についても、「左3°傾斜」および「左5°傾斜」の本発明品によれば、「0°傾斜(ストレート溝)」の従来品よりも良好な結果が得られた。「左10°傾斜」の比較品は、切削音や加工拡大量、切削抵抗については「0°傾斜(ストレート溝)」の従来品より改善されるものの、加工面粗さや溝倒れ量は「0°傾斜(ストレート溝)」の従来品よりも寧ろ悪くなっており、十分な性能向上効果が得られなかった。
【0033】
このように本実施例のクリスマスカッタ10、30によれば、切りくず排出溝16、36がシャンク12、32側から見た工具回転方向と反対方向へ軸心Sに対して1°〜8°の範囲内の一定の傾斜角θ1、θ2で傾斜するように直線的に設けられているため、ストレート溝やねじれ溝の従来品に比較して溝倒れ量や加工拡大量、切削抵抗が低減された。また、振動や切削音、加工面についても、ストレート溝の場合に比較して改善され、ねじれ溝と比較しても同等以上の結果が得られた。このように切削性能が全体として向上し、優れた加工精度が得られるようになり、更なる高能率加工を行うことが可能となった。
【0034】
また、上記切りくず排出溝16、36の加工に際しては、図2(c) に示す左傾斜溝60と同様に軸心Oまわりに回転駆動される研削砥石62を工具素材64の軸心Sに対して所定の傾斜角θ1、θ2とほぼ同一の角度で傾斜する姿勢で配置するとともに、工具素材64を傾斜角θ1、θ2と平行な方向(図2(c) における矢印C方向)へ相対的に直線移動させるだけで良いため、ねじれ溝68のように工具素材64を軸心Sまわりに回転させながら軸方向へ相対移動させる場合に比較して、切りくず排出溝16、36を加工するための装置が簡単且つ安価に構成されるとともに、干渉研削による溝断面の形状変化が無いため溝断面形状の設定が容易になる。
【0035】
また、中仕上げ加工用のクリスマスカッタ30については、溝の倒れや加工拡大量が改善されることから、より仕上げ寸法に近い寸法で中仕上げ加工を行うことが可能で、仕上げ加工の際の切削寸法(仕上げ代)を小さくして、より安定した精度の高い仕上げ加工を行うことができるようになる。すなわち、中仕上げ加工用のクリスマスカッタは、切削性能を重視して一般に軸心Sまわりにねじれたねじれ溝(ねじれ刃)68が採用されるが、本実施例の傾斜タイプの切りくず排出溝36によれば、切れ味等の切削性能を維持しつつ加工精度を向上させることができたのである。また、3枚刃であるため、比較的大きな溝断面の切りくず排出溝36を設けることが可能で、切りくずの排出性が良好となり、この点でも切削抵抗が低減される。
【0036】
仕上げ加工用のクリスマスカッタ10については、溝の倒れや加工拡大量が改善されることから、より高い寸法精度で仕上げ加工を行うことができる。すなわち、仕上げ加工用のクリスマスカッタ10は、加工精度を重視して一般に軸心Sと平行なストレート溝(ストレート刃)66が採用されるが、本実施例の傾斜タイプの切りくず排出溝16によれば、切れ味等の切削性能の向上により振動や切削抵抗が低減されることから、加工精度を更に向上させることができたのである。また、4枚刃であるため、被加工物52のツリー形溝50の両側面に外周切れ刃18が同時に接触して工具姿勢が安定し、この点でも加工溝の倒れや加工拡大量などの加工精度が向上する。
【0037】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0038】
10、30:クリスマスカッタ(総形回転切削工具) 16、36:切りくず排出溝 18、38:外周切れ刃 50:ツリー形溝 52:被加工物 S:軸心 θ1、θ2:傾斜角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
切りくず排出溝に沿って外周切れ刃が設けられているとともに、該外周切れ刃の径寸法が工具軸方向において変化しており、軸心Sまわりに回転駆動されつつ被加工物に対して軸心Sと直角な方向へ相対移動させられることにより、溝深さ方向において溝幅が変化している所定形状の溝を切削加工する総形回転切削工具において、
前記切りくず排出溝は、シャンク側から見た工具回転方向と反対方向へ軸心Sに対して1°〜8°の範囲内の一定の傾斜角で傾斜するように直線的に設けられている
ことを特徴とする総形回転切削工具。
【請求項2】
前記総形回転切削工具は、逆クリスマスツリーのように溝中心に対して左右対称で溝深さ方向において溝幅が増減しながら溝底側程狭くなっているツリー形溝を切削加工するために、前記外周切れ刃の径寸法が該溝幅の変化に対応して工具先端側へ向かうに従って増減しながら徐々に小径とされているクリスマスカッタである
ことを特徴とする請求項1に記載の総形回転切削工具。
【請求項3】
前記外周切れ刃は、径寸法が目的とする溝形状の溝幅寸法より小さいとともに細かく増減している波形状を成しており、且つ、複数の外周切れ刃の波形状の位相が互いにずれているラフィング切れ刃で、荒加工または中仕上げ加工に用いられる
ことを特徴とする請求項1または2に記載の総形回転切削工具。
【請求項4】
前記外周切れ刃は、径寸法が目的とする溝形状の溝幅寸法と略同じ寸法とされており、仕上げ加工に用いられる
ことを特徴とする請求項1または2に記載の総形回転切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−81557(P2012−81557A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−229965(P2010−229965)
【出願日】平成22年10月12日(2010.10.12)
【出願人】(000103367)オーエスジー株式会社 (180)
【Fターム(参考)】