説明

耐熱鋳鋼、耐熱鋳鋼の製造方法、蒸気タービンの鋳造部品および蒸気タービンの鋳造部品の製造方法

【課題】長時間クリープ破断寿命の向上、クリープ破断延性や靭性の向上および高温長期間運用後の経年劣化の抑制のそれぞれを両立させることができる耐熱鋳鋼およびその製造方法、この耐熱鋳鋼を用いて構成された蒸気タービンの鋳造部品およびその製造方法を提供する。
【解決手段】耐熱鋳鋼は、質量%で、C:0.05〜0.15、Si:0.03〜0.2、Mn:0.1〜1.5、Ni:0.1〜1、Cr:8〜10.5、Mo:0.2〜1.5、V:0.1〜0.3、Co:0.1〜5、W:0.1〜5、N:0.005〜0.03、Nb:0.01〜0.2、B:0.002〜0.015、Ti:0.01〜0.1を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、高温における強度特性、常温における靭性に優れ、これらの特性の経年的な低下を抑制することができる耐熱鋳鋼およびその製造方法、この耐熱鋳鋼で形成される蒸気タービンの鋳造部品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
火力発電システムでは、発電効率を一層高効率化するために、蒸気タービンの蒸気温度を上昇させる傾向にある。その結果、蒸気タービンに使用される鋳鋼材料に要求される高温特性も一層厳しくなる。
【0003】
これまでも蒸気タービンに使用される鋳鋼材料として多くの耐熱鋳鋼が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0004】
蒸気タービンに使用される耐熱鋳鋼材料として、一層の発電効率の向上に貢献するためには、長時間クリープ破断寿命を向上させる必要がある。また、蒸気タービンのケーシングや高温用弁ケーシングのように大型鋳造材を構成する場合には、特に、耐熱鋳鋼材料の品質が良好であることが求められる。具体的には、鋳造時の湯流れ性に優れていることや、ガスホールや引け巣、ホットティアなどの鋳造欠陥の少ないこと、さらには素材各部位の成分偏析の少ないことなどが要求される。また、鋳造欠陥が発生したときには、その部位に溶接補修が行われるため、蒸気タービンに使用される耐熱鋳鋼材料には、優れた溶接性も要求される。
【0005】
また、鋳造部品の品質に影響を及ぼす因子として、鋳造方法や鋳造部品を構成する材料の化学組成成分などが挙げられる。そのため、製造する鋳造部品に合わせて材料の化学組成成分の最適な選定が必要となる。
【0006】
さらに、蒸気タービンに使用される耐熱鋳鋼材料には、蒸気タービンの運転時における破壊防止の観点から、クリープ破断寿命に優れるだけではなく、クリープ延性や靭性にも優れた特性が要求される。また、耐熱鋳鋼が高温で長時間の時効工程や長時間のクリープ劣化を受けると、クリープ破断延性や靭性が低下する場合がある。これらの低下が、大型構造部品であるタービンケーシングや高温弁などに生じると、運用上の危険性が高まる。
【0007】
そのため、蒸気タービンに使用される耐熱鋳鋼材料には、材料の経年劣化による、強度、延性および靭性の低下を考慮して、長期に亘って信頼性の高い製品を提供することが重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3723924号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記したような、長時間クリープ破断寿命の向上、クリープ破断延性や靭性の向上および高温長期間運用後の経年劣化の抑制のすべてについての両立を図ることは非常に困難である。
【0010】
そこで、本発明は、長時間クリープ破断寿命の向上、クリープ破断延性や靭性の向上および高温長期間運用後の経年劣化の抑制のそれぞれを両立させることができる耐熱鋳鋼およびその製造方法、この耐熱鋳鋼を用いて構成された蒸気タービンの鋳造部品およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様によれば、質量%で、C:0.05〜0.15、Si:0.03〜0.2、Mn:0.1〜1.5、Ni:0.1〜1、Cr:8〜10.5、Mo:0.2〜1.5、V:0.1〜0.3、Co:0.1〜5、W:0.1〜5、N:0.005〜0.03、Nb:0.01〜0.2、B:0.002〜0.015、Ti:0.01〜0.1を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする耐熱鋳鋼が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】溶接性試験に用いた平板の平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る一実施の形態において、発明者らは、火力発電システムにおける発電効率の高効率化や、蒸気タービンの長期耐久性の向上等を可能にするため、蒸気タービンの鋳造部品に用いる耐熱鋼について、(1)長時間クリープ破断寿命の向上、(2)クリープ破断延性や靭性の向上、(3)高温長期間運用後の経年劣化の抑制、を図るべく鋭意研究を進め、次に示すことが有効であることを見出した。
【0014】
(1)長時間クリープ破断寿命を向上させるために、Cr含有量の適正化、粗大なBNを形成しないB含有量の適正化を図る。
【0015】
(2)クリープ破断延性や靭性を向上させるために、微細Nb(C,N)炭窒化物の分散析出によるクリープ破断寿命の向上に有効なN含有量を確保した上で、粗大なBNの生成を抑制する観点から、N含有量の適正化を図る。
【0016】
(3)高温長期間運用後の経年劣化を抑制するために、Mo含有量の適正化を図る。
【0017】
上記したように、一実施の形態において、特に、Mo含有量、B含有量、Cr含有量の適正化を図ることで、上記した(1)〜(3)を同時に達成できる耐熱鋳鋼を得た。
【0018】
本発明に係る一実施の形態における耐熱鋳鋼は、質量%で、C:0.05〜0.15、Si:0.03〜0.2、Mn:0.1〜1.5、Ni:0.1〜1、Cr:8〜10.5、Mo:0.2〜1.5、V:0.1〜0.3、Co:0.1〜5、W:0.1〜5、N:0.005〜0.03、Nb:0.01〜0.2、B:0.002〜0.015、Ti:0.01〜0.1を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。
【0019】
本発明に係る一実施の形態における耐熱鋳鋼は、上記した化学組成に、さらに、質量%で、Ta:0.01〜0.2、Zr:0.01〜0.1およびRe:0.01〜1.5の少なくとも1種を含有するものでもよい。
【0020】
上記した一実施の形態の耐熱鋳鋼における各組成成分範囲の限定理由を説明する。なお、以下の説明において組成成分を表す%は、特に明記しない限り質量%とする。
【0021】
(1)C(炭素)
Cは、焼入性を確保し、マルテンサイト変態を促進させるとともに、合金中のFe、Cr、MoなどとM23型の炭化物を形成したり、Nb、V、NなどとMX型炭窒化物を形成して、析出強化により高温クリープ強度を高めるために不可欠な元素である。Cは、耐力の向上にも寄与するとともに、δフェライト生成の抑制にも不可欠な元素である。これらの効果を発揮させるために、Cを0.05%以上含有することが必要である。一方、Cの含有率が0.15%を越えると、炭化物や炭窒化物の凝集や粗大化が起こりやすくなり、高温クリープ破断強度が低下する。そのため、Cの含有率を0.05〜0.15%とした。同様の理由により、Cの含有率を0.08〜0.14%とすることが好ましい。さらに好ましくは、Cの含有率が0.10〜0.13%である。
【0022】
(2)Si(ケイ素)
Siは、溶鋼の脱酸剤として有効な元素であり、鋳造時の湯流れ性を向上させるのに有用である。これらの効果を発揮させるために、Siを0.03%以上含有することが必要である。一方、Siの含有率が0.2%を超えると、鋳造品内部の偏析が増加するとともに、焼戻し脆化感受性が極めて高くなる。そして、切欠靭性が損なわれ、高温に長時間保持することにより、析出物形態の変化が助長され、靭性が経時劣化する。そのため、Siの含有率を0.03〜0.2%とした。同様の理由により、Siの含有率を0.05〜0.17%とすることが好ましい。さらに好ましくは、Siの含有率が0.10〜0.15%である。
【0023】
(3)Mn(マンガン)
Mnは、溶解時の脱酸剤や脱硫剤として有効であり、焼入性を高めて強度を向上させるのにも有効な元素である。これらの効果を発揮させるために、Mnを0.1%以上含有することが必要である。一方、Mnの含有率が1.5%を超えると、MnはSと結びついてMnSの非金属介在物を形成して、靭性が低下し、靭性が経時劣化するとともに、高温クリープ破断強度が低下する。そのため、Mnの含有率を0.1〜1.5%とした。同様の理由により、Mnの含有率を0.3〜1.0%とすることが好ましい。さらに好ましくは、Mnの含有率が0.4〜0.6%である。
【0024】
(4)Ni(ニッケル)
Niは、オーステナイト安定化元素であり、靭性向上に有効である。焼入性を増大させ、δフェライトの生成を抑制し、室温における強度や靭性を高めるためにも有効である。これらの効果を発揮させるために、Niを0.1%以上含有することが必要である。一方、Niの含有率が1%を超えると、炭化物やラーべス相の凝集や粗大化が助長され、高温クリープ破断強度を低下させたり、焼戻脆性を助長させる。そのため、Niの含有率を0.1〜1%とした。同様の理由により、Niの含有率を0.15〜0.6%とすることが好ましい。さらに好ましくは、Niの含有率が0.2〜0.4%である。
【0025】
(5)Cr(クロム)
Crは、耐酸化性および高温耐食性を高め、M23型炭化物やMX型炭窒化物による析出強化により高温クリープ破断強度を高めるために必要不可欠の元素である。これらの効果を発揮させるために、Crを8%以上含有することが必要である。一方、Crの含有量が高くなるにつれて、室温における引張強度や、短時間クリープ破断強度は強くなるが、その反面、長時間クリープ破断強度は低くなる傾向にある。これは、長時間クリープ破断寿命の屈曲現象の一因とも考えられている。また、Cr含有量が多くなると、長時間域でマルテンサイト組織の下部組織(微細組織)の顕著な変化が生じ、下部組織のサブグレイン化、結晶粒界近傍の析出物の顕著な凝集や粗大化、転位密度の顕著な減少などの微細組織の劣化が進む。これらの傾向は、Cr含有率が10.5%を超えると急速に強まる。そのため、Crの含有率を8〜10.5%とした。同様の理由により、Crの含有率を8.5〜10.2%とすることが好ましく、Crの含有率を8.7%以上9.5%未満とすることがさらに好ましい。
【0026】
(6)Mo(モリブデン)
Moは、合金中に固溶してマトリックスを固溶強化させるとともに、微細炭化物MoCや微細なラーベス相Fe(Mo,W)を生成して高温クリープ破断強度を向上させる。また、Moは、焼戻軟化抵抗を高める。Moは、焼戻脆化の抑制にも有効な元素である。これらの効果を発揮させるために、Moを0.2%以上含有することが必要である。一方、Moの含有率が1.5%を超えると、δフェライトを生成して、靭性を著しく低下させるとともに、高温クリープ破断強度も低下させる。そのため、Moの含有率を0.2〜1.5%とした。
【0027】
微細炭化物MoCや微細なラーベス相Fe(Mo,W)は、高温で長時間加熱されると経年的に凝集や粗大化が進行し、高温クリープ破断強度の向上に対する効果が小さくなる。この影響は、Mo含有率が1%以上で大きくなる。Mo含有率が0.3%未満では、高温クリープ破断強度の向上に効果のあるMo含有の貢献がそれほどは大きくない。そのため、Moの含有率を0.3〜1%とすることが好ましい。上記した、クリープ破断強度の向上、クリープ破断延性や靭性の向上および微細炭化物MoCや微細なラーベス相Fe(Mo,W)の経年的な凝集や粗大化の抑制の効果は、Mo含有率が0.35〜0.65%で顕著であることから、Moの含有率を0.35〜0.65%とすることがさらに好ましい。
【0028】
(7)V(バナジウム)
Vは、微細な炭化物や炭窒化物を形成して、高温クリープ破断強度を向上させるのに有効な元素である。この効果を発揮させるために、Vを0.1%以上含有することが必要である。一方、Vの含有率が0.3%を超えると、炭窒化物の過度の析出や粗大化が生じ、高温クリープ破断強度の低下を招く。そのため、Vの含有率を0.1〜0.3%とした。同様の理由により、Vの含有率を0.15〜0.25%とすることが好ましい。さらに好ましくは、Vの含有率が0.18〜0.22%である。
【0029】
(8)Co(コバルト)
Coは、δフェライトの生成を抑制することにより靱性低下を抑制し、固溶強化により高温引張強度や高温クリープ破断強度を向上させる。これは、Coの添加によってAc変態点が低下しないことによって、組織安定性を低下させずにδフェライトの生成を抑制できるためである。これらの効果を発揮させるために、Coを0.1%以上含有することが必要である。一方、Coの含有率が5%を超えると、延性の低下や高温クリープ破断強度の低下が生じるとともに、製造コストが増加する。そのため、Coの含有率を0.1〜5%とした。同様の理由により、Coの含有率を1.5〜4.0%とすることが好ましく、Coの含有率を2.5〜3.5%とすることがさらに好ましい。
【0030】
(9)W(タングステン)
Wは、M23型炭化物の凝集や粗大化を抑制する。Wは、合金中に固溶してマトリックスを固溶強化させ、ラス境界等にラーベス相を分散析出させ、高温引張強度や高温クリープ破断強度の向上に有効な元素である。この効果は、Moとの複合添加の場合に顕著である。これらの効果を発揮させるために、Wを0.1%以上含有することが必要である。一方、Wの含有率が5%を超えると、δフェライトや粗大なラーベス相が生成しやすくなり、延性や靭性が低下するとともに、高温クリープ破断強度も低下する。そのため、Wの含有率を0.1〜5%とした。同様の理由により、Wの含有率を1.5%以上2.0%未満とすることが好ましい。さらに好ましくは、Wの含有率が1.6〜1.9%である。
【0031】
(10)N(窒素)
Nは、C、Nb、Vなどと結びついて炭窒化物を形成し、高温クリープ破断強度を向上させる。Nの含有率が0.005%未満では、十分な引張強度や高温クリープ破断強度を得ることができない。一方、Nの含有率が0.03%を超えると、Bとの結びつきが強く、BNの窒化物が生成されることにより、健全な鋼塊の製造が困難になり、さらに熱間加工性が低下し、延性や靭性が低下する。また、BN相の析出により、高温クリープ破断強度に有効な固溶Bの含有量が減少するので、高温クリープ破断強度が低下する。そのため、Nの含有率を0.005〜0.03%とした。同様の理由により、Nの含有率を0.01〜0.025%未満とすることが好ましい。さらに好ましくは、Nの含有率が0.015〜0.020%である。
【0032】
(11)Nb(ニオブ)
Nbは、室温での引張強度の向上に有効であるとともに、微細炭化物や炭窒化物を形成し、高温クリープ破断強度を向上させる。また、Nbは、微細なNbCを生成して結晶粒の微細化を促進し、靭性を向上させる。Nbの一部は、V炭窒化物と複合したMX型炭窒化物を析出して、高温クリープ破断強度を向上させる効果もある。これらの効果を発揮させるために、Nbを0.01%以上含有することが必要である。一方、Nbの含有率が0.2%を超えると、粗大な炭化物や炭窒化物が析出し、延性や靭性を低下させる。そのため、Nbの含有率を0.01〜0.2%とした。同様の理由により、Nbの含有率を0.02〜0.12%とすることが好ましい。さらに好ましくは、Nbの含有率が0.03〜0.08%である。
【0033】
(12)B(ホウ素)
Bは、微量の添加で焼入性が増大し、靭性が向上する。また、Bは、オーステナイト結晶粒界およびその下部組織のマルテンサイトパケット、マルテンサイトブロック、マルテンサイトラス内の炭化物、炭窒化物およびラーベス相の凝集や粗大化を高温下で長時間に亘って抑制する効果を有している。さらに、Bは、WやNbなどと複合添加することによって、高温クリープ破断強度を向上させるのに有効な元素である。これらの効果を発揮させるために、Bを0.002%以上含有することが必要である。一方、Bの含有率が0.015%を超えると、BとNが結合してBN相が析出し、高温クリープ破断延性や靭性が大きく低下する。また、BN相の析出により、高温クリープ破断強度に有効な固溶Bの含有量が減少するため、高温クリープ破断強度が低下し、さらに、溶接性が悪化する。そのため、Bの含有率を0.002〜0.015%とした。同様の理由により、Bの含有率を0.002〜0.012%とすることが好ましく、Bの含有率を0.005〜0.01%とすることがさらに好ましい。
【0034】
(13)Ti(チタン)
Tiは、脱酸剤の一つであり、また炭化物あるいは窒化物を生成して高温クリープ破断強度を向上させる。これらの効果を発揮させるために、Tiを0.01%以上含有することが必要である。一方、Tiの含有率が0.1%を超えると、TiOなどの非金属介在物を多く生成させて延性や靭性を低下させる。そのため、Tiの含有率を0.01〜0.1%とした。同様の理由により、Tiの含有率を0.02〜0.05%とすることが好ましい。
【0035】
(14)Ta(タンタル)
Taは、微細な炭化物を析出し、高温クリープ破断強度を向上させるので選択成分として含有させている。この効果を発揮させるために、Taを0.01%以上含有することが必要である。一方、Taの含有率が0.2%を超えると、炭化物の凝集や粗大化を生じ、延性や靭性を低下させる。そのため、Taの含有率を0.01〜0.2%とした。同様の理由により、Taの含有率を0.03〜0.12%とすることが好ましい。
【0036】
(15)Zr(ジルコニウム)
Zrは、低温靭性を高める効果を有するので選択成分として含有させている。この効果を発揮させるために、Zrを0.01%以上含有することが必要である。一方、Zrの含有率が0.1%を超えると、延性や靭性が低下する。そのため、Zrの含有率を0.01〜0.1%とした。同様の理由により、Zrの含有率を0.02〜0.06%とすることが好ましい。
【0037】
(16)Re(レニウム)
Reは、母材中に固溶して固溶強化機構によって高温クリープ破断強度を向上させるので選択成分として含有させている。この効果を発揮させるために、Reを0.01%以上含有することが必要である。一方、Reの含有率が1.5%を超えると、脆化が促進される。また、Reは、希少な元素であり、含有量の増加は、製造コストの増加となる。そのため、Reの含有率を0.01〜1.5%とした。同様の理由により、Reの含有率を0.1〜0.6%とすることが好ましい。
【0038】
上記した組成成分範囲の耐熱鋳鋼は、例えば、蒸気タービンの鋳造部品を構成する材料として好適である。蒸気タービンの鋳造部品として、例えば、タービンケーシング(高圧タービンケーシング、中圧タービンケーシング、高中圧タービンケーシングなど)、バルブケーシング(主蒸気止め弁、制御弁、再熱止め弁などのケーシング)、ノズルボックスなどが挙げられる。
【0039】
ここで、タービンケーシングは、タービン動翼が植設されたタービンロータが貫通し、内周面にノズルが配設され、蒸気が導入されるタービン車室を構成するケーシングである。バルブケーシングは、蒸気タービンに供給する、高温高圧の蒸気の流量を調整したり、蒸気の流れを遮断したりする蒸気弁として機能するバルブのケーシングである。特に、高温の蒸気(例えば、蒸気温度が600〜650℃)が流動するバルブのケーシングなどが例示できる。ノズルボックスは、蒸気タービン内に導入された高温高圧の蒸気を、第1段ノズルおよび第1段のタービン動翼からなる第1段落に向けて導出する、タービンロータの周囲に亘って設けられた環状の蒸気流路である。これらのタービンケーシング、バルブケーシング、ノズルボックスは、いずれも高温高圧の蒸気に曝される環境下に配置される。
【0040】
ここで、上記した蒸気タービンの鋳造部品のすべての部位を上記した耐熱鋳鋼で構成してもよいし、蒸気タービンの鋳造部品の一部の部位を上記した耐熱鋳鋼で構成してもよい。
【0041】
また、上記した組成成分範囲の耐熱鋳鋼は、長時間クリープ破断寿命に優れ、クリープ破断延性や靭性にも優れている。さらに、この耐熱鋳鋼においては、高温長期間運用後の経年劣化が抑制される。また、この耐熱鋳鋼は、溶接性にも優れている。そのため、この耐熱鋳鋼を用いて、タービンケーシング、バルブケーシング、ノズルボックスなどの蒸気タービンの鋳造部品を構成することで、高温環境下においても高い信頼性を有するタービンケーシング、バルブケーシング、ノズルボックスなどの鋳造部品を提供することができる。
【0042】
ここで、一実施の形態の耐熱鋳鋼、およびこの耐熱鋳鋼を用いて製造される蒸気タービンの鋳造部品の製造方法について説明する。
【0043】
一実施の形態の耐熱鋳鋼は、例えば、次のように製造される。
【0044】
上記した耐熱鋳鋼を構成する組成成分を得るために必要な原材料を、アーク式電気炉、真空誘導溶解炉などの溶解炉で溶解し、精錬、脱ガスを行う。その後、例えば、積極的に指向性凝固させる砂型鋳型中に注湯し、時間をかけて凝固させる。凝固し、変態点以下にまで冷却された鋳鋼素材を型から取り出し、1000〜1150℃の温度で高温焼鈍を行い、鋳造時に形成された鋳造一次晶組織やミクロ偏析を再結晶、拡散させる。その後、調質熱処理(焼準処理および焼戻処理)が施される。このような工程を経て、耐熱鋳鋼が製造される。
【0045】
タービンケーシング、バルブケーシング、ノズルボックスなどの蒸気タービンの鋳造部品は、例えば、次のように製造される。
【0046】
ここで、タービンケーシング、バルブケーシング、ノズルボックスなどは、鋳込重量が2〜150トン(製品重量が1〜50トン)程度の大型になるので、内部品質の良好な鋳鋼を製造するためには高度な製鋼技術や鋳造技術が必要となる。
【0047】
まず、蒸気タービンの鋳造部品を構成する、上記した耐熱鋳鋼を構成する組成成分を得るために必要な原材料を、アーク式電気炉、真空誘導溶解炉などの溶解炉で溶解し、精錬、脱ガスを行う。その後、蒸気タービンの鋳造部品の形状に対応させて形成された砂型鋳型中に注湯し、時間をかけて凝固させる。なお、凝固による引け巣や割れなどの鋳造欠陥を製品内部に残さないように、十分な大きさの押湯や、凝固の方向性を十分に持たせた付け肉(パディング)などの鋳造方案を予めデザインしておくことが重要である。
【0048】
凝固し、変態点以下にまで冷却された鋳鋼素材を型から取り出し、1000〜1150℃の温度で高温焼鈍を行い、鋳造時に形成された鋳造組織を一旦破壊させる。この状態で鋳造時に必要であった最終凝固部となる押し湯の切断や、指向性凝固させるために製品に付けていた付け肉(パディング)を除去する。
【0049】
焼鈍処理において、焼鈍後、鋳鋼素材は、冷却時に形状変化部位などの応力集中部位に割れが発生しないように、20〜60℃/時の冷却速度で比較的ゆっくりと冷却されることが好ましい。この範囲の冷却速度を得るための冷却方法として、例えば、炉冷などを採用することができる。なお、焼鈍処理における冷却は、炉冷などにより小さな冷却速度で冷却されるため、冷却過程における、鋳鋼素材の中心部と外周部における温度差は小さい。そのため、焼鈍処理における冷却速度の定義においては、鋳鋼素材の中心部という限定をせず、例えば、鋳鋼素材の中心部または外周部などの、鋳鋼素材内のいずれの位置における冷却速度であってもよい。
【0050】
焼鈍処理の後、調質熱処理(焼準処理および焼戻処理)が施される。このような工程を経て、蒸気タービンの鋳造部品が製造される。
【0051】
ここで、焼鈍温度を1000〜1150℃の温度範囲とすることが好ましいのは、焼鈍温度が1000℃未満では、鋳造時に形成された鋳造組織の破壊が不十分であり、焼鈍温度が1150℃を超えると、結晶粒が粗大化および不均一化し、押湯の切断や付け肉の除去の際に割れが発生しやすくなるからである。
【0052】
なお、耐熱鋳鋼や蒸気タービンの鋳造部品を作製する方法は、上記した方法に限定されるものではない。
【0053】
ここで、調質熱処理について説明する。
【0054】
(焼準処理)
焼準加熱によって、材料中に生成していた炭化物や炭窒化物のほとんどを、一旦マトリックス中に固溶させ、その後の焼戻処理によって炭化物や炭窒化物を微細均一にマトリックス中に析出させることによって、高温クリープ破断強度、クリープ破断延性や靭性を向上させることができる。
【0055】
焼準温度は、1000〜1200℃の温度範囲に設定されることが好ましい。焼準温度が1000℃未満では、鋳造過程までに析出している比較的粗大な炭化物や炭窒化物のマトリックスへの固溶が十分ではなく、その後の焼戻処理後においても粗大な未固溶炭化物や未固溶炭窒化物として残る。そのため、良好な、高温クリープ破断強度、延性および靭性を得ることが困難である。一方、焼準温度が1200℃を超えると、結晶粒が粗大化して延性や靭性が低下する。
【0056】
焼準処理において、焼準後、鋳鋼素材は、所定の微細組織を得るために、鋳鋼素材の中心部において100〜600℃/時の冷却速度で冷却されることが好ましい。この範囲の冷却速度を得るための冷却方法として、例えば、強制空冷などを採用することができる。
【0057】
鋳鋼素材の中心部とは、例えば、鋳鋼素材がケーシングやノズルボックスなどの場合には、ケーシングやノズルボックスの肉厚の中心部をいう。すなわち、これらの部分は、鋳鋼素材において最も冷却速度が小さくなる部分である。なお、ここでは、鋳鋼素材の中心部の冷却速度を定義しているが、上記した冷却速度は、鋳鋼素材において最も冷却速度が小さくなる部位の冷却速度としてもよい。また、焼戻処理においても同様とする。
【0058】
(焼戻処理)
焼戻処理によって、上記した焼準処理によって生じた残留オーステナイト組織を分解し、焼戻マルテンサイト組織とし、炭化物や炭窒化物をマトリックス中に均一に分散析出させるとともに転位組織を適正レベルに回復させる。これによって、必要とする、高温クリープ破断強度、破断延性および靭性が得られる。
【0059】
この焼戻処理は、2回実施されることが好ましい。1回目の焼戻処理(第1段焼戻処理)は、残留オーステナイト組織を分解させることを目的とし、500〜700℃の温度範囲で行われることが好ましい。第1段焼戻処理の温度が500℃未満では、残留オーステナイト組織の分解が十分に行われない。一方、第1段焼戻処理の温度が700℃を超えると、炭化物や炭窒化物が残留オーステナイト組織中よりもマルテンサイト組織中に優先的に析出しやすくなり、析出物が不均一に分散することになり、高温クリープ破断強度が低下する。
【0060】
第1段焼戻処理において、第1段焼戻後、鋳鋼素材は、冷却時に形状変化部位などの応力集中部に大きなひずみを発生させないように、鋳鋼素材の中心部において40〜100℃/時の冷却速度で冷却されることが好ましい。この範囲の冷却速度を得るための冷却方法として、例えば、空冷などを採用することができる。
【0061】
2回目の焼戻処理(第2段焼戻処理)は、材料全体を焼戻マルテンサイト組織にすることにより、必要とする、高温クリープ破断強度、破断延性および靭性を得ることを目的とし、700℃〜780℃の温度範囲で行われることが好ましい。第2段焼戻処理の温度が700℃未満では、炭化物や炭窒化物などの析出物が安定状態に析出しないため、高温クリープ破断強度、延性や靭性において必要とする特性が得られない。一方、第2段焼戻処理の温度が780℃を超えると、炭化物や炭窒化物が粗大析出物となり、必要とする高温クリープ破断強度が得られない。
【0062】
第2段焼戻処理において、第2段焼戻後、鋳鋼素材は、冷却時に形状変化部位などの応力集中部にひずみを発生させないように、20〜60℃/時の冷却速度で冷却されることが好ましい。この範囲の冷却速度を得るための冷却方法として、例えば、炉冷などを採用することができる。なお、第2段焼戻処理における冷却は、炉冷などにより小さな冷却速度で冷却されるため、冷却過程における、鋳鋼素材の中心部と外周部における温度差は小さい。そのため、第2段焼戻処理における冷却速度の定義においては、鋳鋼素材の中心部という限定をせず、例えば、鋳鋼素材の中心部または外周部などの、鋳鋼素材内のいずれの位置における冷却速度であってもよい。
【0063】
なお、一実施の形態の耐熱鋳鋼で構成された蒸気タービンの鋳造部品において、例えば、短管などを接合する構造溶接や、鋳造欠陥などを補修する補修溶接などの溶接を行うことができる。例えば、上記した一連の熱処理後、溶接を行い、その後、650〜760℃の応力除去焼鈍を行う。
【0064】
溶接は、上記した一連の熱処理の途中、すなわち、高温焼鈍後であって、焼準の前に行うことができる。溶接後は、上記した、焼準処理、焼戻処理を行う。なお、この場合には、応力除去焼鈍は不要となる。また、このように熱処理の途中(高温焼鈍後かつ焼準前)に溶接を行う場合には、構造溶接部や補修溶接部に対しても、焼準処理、焼戻処理が行なわれるため、溶接部位においても、高い高温クリープ破断強度、良好な、延性や靭性が得られる。
【0065】
以下に、本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼が、高温クリープ破断特性(高温クリープ破断寿命および破断伸び)、靭性(室温におけるシャルピー衝撃値、破面遷移温度(FATT:Fracture Appearance Transition Temperature))、溶接性および高温恒温時効後の経年劣化特性に優れていることを説明する。
【0066】
(試料)
表1および表2は、材料特性評価に用いた各種試料(試料1〜試料75)の化学組成成分(残部はFeおよび不可避的不純物)を示す。なお、表1に示す試料1〜試料66は、本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の実施例であり、表2に示す試料67〜試料75は、本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲にない耐熱鋳鋼であり、比較例である。
【0067】
【表1】

【0068】
【表2】

【0069】
これらの試料を次のように形成した。各試料を構成する原材料を、真空誘導溶解炉(VIM)で溶解し、脱ガスを行い、砂型鋳型中に注湯した。そして、50kgの鋼塊を作製した。
【0070】
続いて、各鋼塊に対して、高温焼鈍、焼準、第1段焼戻および第2段焼戻の熱処理を行った。
【0071】
高温焼鈍処理では、1070℃の温度で20時間鋼塊を加熱保持し、その後、鋼塊を冷却速度50℃/時で冷却した。なお、ここでは、高温焼鈍処理における冷却速度を、鋼塊の中心部における冷却速度とした。焼準処理では、高温焼鈍処理後の鋼塊を、1100℃の温度で10時間加熱保持し、その後、鋼塊を冷却速度300℃/時(鋼塊の中心部における冷却速度)で冷却した。第1段焼戻処理では、焼準処理後の鋼塊を、570℃の温度で8時間加熱保持し、その後、鋼塊を冷却速度100℃/時(鋼塊の中心部における冷却速度)で冷却した。第2段焼戻処理では、第1段焼戻処理後の鋼塊を、730℃の温度で16時間加熱保持し、その後、鋼塊を冷却速度50℃/時で冷却した。なお、ここでは、第2段焼戻処理における冷却速度を、鋼塊の中心部における冷却速度とした。
【0072】
(クリープ破断試験)
上記した試料1〜試料75を用いて、625℃、18kgf/mmおよび625℃、13kgf/mmの条件でクリープ破断試験を実施した。試験片は、上記した各鋼塊から作製した。
【0073】
クリープ破断試験は、JIS Z 2271(金属材料のクリープ及びクリープ破断試験方法)に準じて実施した。表3および表4は、各試料におけるクリープ破断試験の結果を示している。なお、表3および表4には、クリープ破断試験の結果として、クリープ破断寿命(時間)およびクリープ破断伸び(%)が示されている。
【0074】
【表3】

【0075】
【表4】

【0076】
表3および表4に示すように、試料1〜試料66は、試料73(B含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲を下回っているもの)と比較して、625℃、18kgf/mmおよび625℃、13kgf/mmのクリープ条件において、クリープ破断寿命が長く、クリープ破断強度が向上していることがわかる。
【0077】
また、試料1〜試料66は、試料67〜試料69(Cr含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲外のもの)と比較して、625℃、13kgf/mmのクリープ条件において、クリープ破断寿命が長く、クリープ破断強度が向上していることがわかる。
【0078】
また、試料1〜試料66は、試料71〜試料72(Mo含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲を超えているもの)および試料74〜試料75(B含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲を超えているもの)と比較して、625℃、18kgf/mmおよび625℃、13kgf/mmのクリープ条件において、クリープ破断伸びが向上していることがわかる。
【0079】
(シャルピー衝撃試験)
上記した試料1〜試料75を用いて、室温および破面遷移温度(FATT)を得るのに必要な数種類の温度条件で、シャルピー衝撃試験を実施した。試験片は、上記した各鋼塊から作製した。
【0080】
シャルピー衝撃試験は、JIS Z 2242(金属材料のシャルピー衝撃試験方法)に準じて実施した。表3および表4は、各試料におけるシャルピー衝撃試験の結果を示している。なお、表3および表4には、シャルピー衝撃試験の結果として、室温におけるシャルピー衝撃値(kgf−m/cm)および破面遷移温度(FATT)(℃)が示されている。
【0081】
表3および表4に示すように、試料1〜試料66は、試料72(Mo含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲を超えているもの)と比較して、室温におけるシャルピー衝撃値が高く、破面遷移温度(FATT)が低くなり、靭性が向上していることがわかる。
【0082】
また、試料1〜試料66は、試料74〜試料75(B含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲を超えているもの)と比較して、室温におけるシャルピー衝撃値が高く、破面遷移温度(FATT)が低くなり、靭性が向上していることがわかる。
【0083】
(溶接性試験)
上記した試料1〜試料75を用いて、溶接性試験を行った。試験片として、上記した各鋼塊から平板(長さが280mm、幅が100mm、厚さが30mm)を製作した。図1は、平板10の平面図である。
【0084】
図1に示すように、平板10の表面に、所定の溶接棒により3パスの溶接を行い、溶接ビード20を形成した。そして、溶接性は、溶接ビード20に垂直な5つの断面(図1に点線で示した部分の断面)における割れ発生の有無に基づいて評価した。割れ発生の有無は、各断面を目視および浸透探傷検査法を用いて観察することで判定した。
【0085】
5つの断面中、1つの断面以上に割れを検出した場合には、溶接性に劣ると評価した。一方、5つの断面のすべてに割れが検出されなかった場合には、溶接性に優れると評価した。表3および表4は、各試料における溶接性試験の結果を示している。表3および表4において、溶接性に優れると評価された場合には「○」が、溶接性に劣ると評価された場合には「×」が示されている。
【0086】
表3および表4に示すように、試料1〜試料66は、いずれも溶接性に優れていることがわかる。一方、試料72(Mo含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲を超えているもの)および試料74〜試料75(B含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲を超えているもの)は、溶接性が劣っていることがわかる。
【0087】
(経年劣化特性評価)
625℃で10000時間の恒温時効処理を行った後、クリープ破断特性および靭性の評価を実施し、経年的な特性の劣化を評価した。
【0088】
まず、クリープ破断特性について説明する。
【0089】
上記した試料1〜試料75からなる各鋼塊から作製した試験片に対して、625℃で10000時間の恒温時効処理を行い、625℃、18kgf/mmおよび625℃、13kgf/mmの条件でクリープ破断試験を実施した。クリープ破断試験は、前述した場合と同様に、JIS Z 2271(金属材料のクリープ及びクリープ破断試験方法)に準じて実施した。
【0090】
表5および表6は、恒温時効処理後における各試料のクリープ破断試験の結果を示している。なお、表5および表6には、クリープ破断試験の結果として、クリープ破断寿命(時間)、クリープ破断伸び(%)、クリープ破断寿命比およびクリープ破断伸び比が示されている。ここで、クリープ破断寿命比とは、恒温時効処理後のクリープ破断寿命(時間)を、調質熱処理後、すなわち恒温時効処理前のクリープ破断寿命(時間)で除したものである。また、クリープ破断伸び比とは、恒温時効処理後のクリープ破断伸び(%)を、調質熱処理後、すなわち恒温時効処理前のクリープ破断伸び(%)で除したものである。
【0091】
【表5】

【0092】
【表6】

【0093】
表5および表6に示すように、試料1〜試料66は、試料71〜試料72(Mo含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲を超えているもの)と比較して、625℃、18kgf/mmおよび625℃、13kgf/mmのクリープ条件において、クリープ破断寿命比の値が大きく、経年的な特性の劣化が小さいことがわかる。
【0094】
また、試料1〜試料66は、試料67〜試料69(Cr含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲外のもの)と比較して、625℃、13kgf/mmのクリープ条件において、クリープ破断寿命比の値が大きく、経年的な特性の劣化が小さいことがわかる。
【0095】
また、試料1〜試料66は、試料71〜試料72(Mo含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲を超えているもの)および試料74〜試料75(B含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲を超えているもの)と比較して、625℃、18kgf/mmおよび625℃、13kgf/mmのクリープ条件において、クリープ破断伸び比の値が大きく、経年的な特性の劣化が小さいことがわかる。
【0096】
次に、靭性について説明する。
【0097】
上記した試料1〜試料75からなる各鋼塊から作製した試験片に対して、625℃で10000時間の恒温時効処理を行い、室温および破面遷移温度(FATT)を得るのに必要な数種類の温度条件で、シャルピー衝撃試験を実施した。シャルピー衝撃試験は、前述した場合と同様に、JIS Z 2242(金属材料のシャルピー衝撃試験方法)に準じて実施した。
【0098】
表7および表8は、恒温時効処理後における各試料のシャルピー衝撃試験の結果を示している。なお、表5および表6には、シャルピー衝撃試験の結果として、室温におけるシャルピー衝撃値(kgf−m/cm)、破面遷移温度(FATT)(℃)、シャルピー衝撃値比およびΔFATTが示されている。ここで、シャルピー衝撃値比とは、恒温時効処理後のシャルピー衝撃値(kgf−m/cm)を、調質熱処理後、すなわち恒温時効処理前のシャルピー衝撃値(kgf−m/cm)で除したものである。また、ΔFATTとは、恒温時効処理後の破面遷移温度(FATT)(℃)から、調質熱処理後、すなわち恒温時効処理前の破面遷移温度(FATT)(℃)を減算したものである。
【0099】
【表7】

【0100】
【表8】

【0101】
表7および表8に示すように、試料1〜試料66は、試料71〜試料72(Mo含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲を超えているもの)および試料74〜試料75(B含有率が本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼の化学組成範囲を超えているもの)と比較して、室温におけるシャルピー衝撃値比の値が大きく、ΔFATTの値が小さい。これらの結果から、試料1〜試料66は、試料71〜試料72および試料74〜試料75と比較して、恒温時効処理後の経年的な靭性の低下が小さいことがわかる。
【0102】
以上のように、本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼は、クリープ破断寿命が長く、かつクリープ破断延性や靭性にも優れている。また、高温長時間の恒温時効処理後においても、クリープ破断寿命、クリープ破断延性や靭性の経年劣化が小さい。すなわち、長時間クリープ破断寿命の向上、クリープ破断延性や靭性の向上および高温長期間運用後の経年劣化の抑制のすべてについての両立を図ることができる。さらには、本発明に係る一実施の形態の耐熱鋳鋼は、溶接性にも優れている。
【0103】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.05〜0.15、Si:0.03〜0.2、Mn:0.1〜1.5、Ni:0.1〜1、Cr:8〜10.5、Mo:0.2〜1.5、V:0.1〜0.3、Co:0.1〜5、W:0.1〜5、N:0.005〜0.03、Nb:0.01〜0.2、B:0.002〜0.015、Ti:0.01〜0.1を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする耐熱鋳鋼。
【請求項2】
質量%で、Ta:0.01〜0.2、Zr:0.01〜0.1およびRe:0.01〜1.5の少なくとも1種をさらに含有することを特徴とする請求項1記載の耐熱鋳鋼。
【請求項3】
請求項1または2記載の耐熱鋳鋼を用いて、少なくとも所定部位が作製されたことを特徴とする蒸気タービンの鋳造部品。
【請求項4】
請求項1または2記載の耐熱鋳鋼の製造方法において、
前記耐熱鋳鋼の組成成分を得るために必要な原材料を溶解し、精錬および脱ガスをし、所定の鋳型中に注湯して形成し、1000〜1150℃の温度で焼鈍処理し、1000〜1200℃の温度で焼準処理し、500〜700℃の温度で第1段の焼戻処理し、700〜780℃の温度で第2段の焼戻処理することを特徴とする耐熱鋳鋼の製造方法。
【請求項5】
前記焼鈍処理における加熱後の冷却速度が20〜60℃/時であり、前記焼準処理における加熱後の冷却速度が耐熱鋳鋼の中心部において100〜600℃/時であり、前記第1段の焼戻処理における加熱後の冷却速度が耐熱鋳鋼の中心部において40〜100℃/時であり、前記第2段の焼戻処理における加熱後の冷却速度が20〜60℃/時であることを特徴とする請求項4記載の耐熱鋳鋼の製造方法。
【請求項6】
請求項3記載の蒸気タービンの鋳造部品の製造方法において、
前記蒸気タービンの鋳造部品を形成する耐熱鋳鋼の組成成分を得るために必要な原材料を溶解し、精錬および脱ガスをし、所定の鋳型中に注湯して形成し、1000〜1150℃の温度で焼鈍処理し、1000〜1200℃の温度で焼準処理し、500〜700℃の温度で第1段の焼戻処理し、700〜780℃の温度で第2段の焼戻処理することを特徴とする蒸気タービンの鋳造部品の製造方法。
【請求項7】
前記焼鈍処理における加熱後の冷却速度が20〜60℃/時であり、前記焼準処理における加熱後の冷却速度が鋳造部品の中心部において100〜600℃/時であり、前記第1段の焼戻処理における加熱後の冷却速度が鋳造部品の中心部において40〜100℃/時であり、前記第2段の焼戻処理における加熱後の冷却速度が20〜60℃/時であることを特徴とする請求項6記載の蒸気タービンの鋳造部品の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−140667(P2012−140667A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−293315(P2010−293315)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【出願人】(000004215)株式会社日本製鋼所 (840)
【Fターム(参考)】