説明

胸骨用のスペーサー

【課題】肋骨とともに胸郭を構成する胸骨に適用する胸骨用のスペーサーであって、胸腔内容積(胸腔体積)を拡大することが可能な胸骨用のスペーサーを提供する。
【解決手段】胸骨用のスペーサー100は、切開された胸骨11a、11bの間に配置されるスペーサーであって、胸骨に対して接合される対をなす接合部110と、対をなす接合部110同士の間の間隔を定める本体部120とを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肋骨とともに胸郭を構成する胸骨に適用する胸骨用のスペーサーに関する。
【背景技術】
【0002】
慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者では、末梢気道におけるエアートラッピング現象に伴い気管支が圧迫されて、正常な肺胞における換気効率が低下するという問題がある。
【0003】
COPDの治療法としては、エアートラッピングによって拡大した異常な肺実質を外科的に切除することにより、正常肺実質への新鮮空気の流入を容易にする肺容量減少術、および異常な肺実質への空気の流入を防止するために、経気管支的に塞栓物や一方弁を留置する方法等が行われている(特許文献1を参照)。
【0004】
しかし、前者の治療法は、切除によって効果の生じる部位が限定されており、適応となる患者数が少ない。また、後者の治療法は、局所的かつ選択的な治療が求められており、治療効果を出すためには、エアートラッピングの原因となっている気管支への正確な留置が求められるため、かなり専門的な手技を必要とする。さらに、双方の治療法とも、異常部(病巣部)の処置に伴い、周辺の正常部をも損傷してしまう可能性が高いという問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2008−503254
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、従来の技術では、COPD患者に対する低侵襲な処置実現が難しいという問題がある。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、肋骨とともに胸郭を構成する胸骨に適用する胸骨用のスペーサーであって、胸腔内容積(胸腔体積)を拡大することが可能な胸骨用のスペーサーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するための本発明は、切開された胸骨の間に配置される胸骨用のスペーサーであって、胸骨に対して接合される対をなす接合部と、対をなす前記接合部同士の間の間隔を定める本体部とを有する胸骨用のスペーサーである。
【発明の効果】
【0009】
胸骨用のスペーサーは、接合部を介して胸骨に対して接合することができ、本体部によって接合部同士の間の間隔を定めているため、スペーサーを適用しない場合に比較して、胸腔内容積(胸腔体積)を拡大することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1(A)は、胸骨用のスペーサーを切開された胸骨の間に配置した状態を示す模式図、図1(B)は、胸郭を示す模式図である。
【図2】図2(A)は、第1の実施形態に係る胸骨用のスペーサーを示す断面図、図2(B)は、図2(A)の2B−2B線に沿う断面図である。
【図3】固定部材の改変例を示す断面図である。
【図4】固定部材の改変例を示す斜視図である。
【図5】第2の実施形態に係る胸骨用のスペーサーを示す正面図である。
【図6】図6(A)(B)は、第3の実施形態に係る胸骨用のスペーサーを示す正面図であり、図6(A)は、接合部同士が離反移動した状態を示す正面図、図6(B)は、接合部同士が接近移動した状態を示す正面図である。
【図7】胸骨用のスペーサーを組み付けた部位を模式的に示す横断面図である。
【図8】図8(A)(B)は、第4の実施形態に係る胸骨用のスペーサーを示す正面図であり、図8(A)は、接合部同士が離反移動した状態を示す正面図、図8(B)は、接合部同士が接近移動した状態を示す正面図である。
【図9】図9(A)は、図8(A)の9A−9A線に沿う断面図、図9(B)は、図8(B)の9B−9B線に沿う断面図である。
【図10】図10(A)〜(D)は、胸腔内容積の増加方法の手順を説明するための図である。
【図11】図11(A)(B)は、胸腔内容積の増加方法の手順を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付した図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。また、図面の寸法比率は、説明の都合上誇張されており、実際の比率とは異なる場合がある。
【0012】
(第1の実施形態)
図1(A)は、胸骨用のスペーサー100を切開された胸骨11a、11bの間に配置した状態を示す模式図、図1(B)は、胸郭を示す模式図である。なお、以下の説明において、胸骨の全体を指称するときには符号11を用い、切開された胸骨のそれぞれを指称するときには符号11a、11bのように、添字aおよびbを付してある。
【0013】
胸骨用のスペーサー100は、肋骨とともに胸郭10を構成する胸骨11を胸骨正中切開法により切開し、この切開された胸骨11a、11bの間に配置して用いられる(図10および図11をも参照)。スペーサー100を入れて胸骨部分の幅を拡げることによって、胸腔内容積(胸腔体積)を拡大する。スペーサー100を用いた胸腔体積の拡大は、例えば、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の治療のために適用され、局所的な治療ではなく、肺全体に効果を及ぼすことができる。また、気管支内部への留置や肺実質に対して、外科的な侵襲を加えずに済むことから、肺炎等の合併症のリスクを低減することが可能である。さらに、胸郭10への処置であり肺実質への損傷がないため、異常部周辺の正常肺実質を有効に活用することができる。
【0014】
図2(A)は、第1の実施形態に係る胸骨用のスペーサー100を示す断面図、図2(B)は、図2(A)の2B−2B線に沿う断面図である。
【0015】
胸骨用のスペーサー100は、概説すれば、胸骨11に対して接合される対をなす接合部110と、対をなす接合部110同士の間の間隔を定める本体部120とを有している。接合部110および本体部120はいずれもブロック形状を有し、スペーサー100は、全体としてブロック形状を有している。
【0016】
接合部110は、切開した胸骨11a、11bに対して固定部材130によって接合されている。固定部材130は、胸骨ピン131から構成され、胸骨ピン131の一端は、切開した胸骨11a、11bの海綿骨にドリリングして形成したピン孔132に挿入されて固定され、胸骨ピン131の他端は、接合部110の側面に形成したピン孔133に挿入されて固定される。胸骨ピン131は、乳酸重合体(ポリ−L−乳酸(PLLA))を延伸し、分子の配向を高めた合成吸収性骨片接合材料から形成されている。
【0017】
接合部110の形成材料は特に限定されないが、骨化する材料から形成することが好ましい。切開した胸骨11a、11bとの強固な結合を得ることができるからである。骨化する材料は、例えば、リン酸カルシウムを主成分とするセメント組成物である。連通気孔を有する骨補填材に、コラーゲン、ゼラチン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸およびコンドロイチン硫酸等の生体高分子材料、PLA、PGA、セルロース、セルロース誘導体、アルギン酸、アルギン酸誘導体、単糖類および多糖類等の吸収性高分子材料の少なくとも1つを含むこととしてもよい。また、薬剤として、BMP、FGA、TGFβ、PDGF、VEGF等の成長因子、PTH、プロスタグランジン等のホルモン剤およびペプチド製剤の少なくとも1つを含むこととしてもよい。上記の骨補填材は、βリン酸三カルシウム多孔体であってもよい。骨結合部分は、骨組織の侵入による結合強度の向上を考慮し、金属繊維や金属顆粒の集合体(織物、編み物、不織布、溶射、圧縮接合体等)や、金属平板メッシュ等を用いることができる。
【0018】
本体部120の形成材料は特に限定されないが、生体為害性が少なく安定な材料から形成することが好ましい。この種の材料として、例えば、ステンレス鋼(例えば、SUS316L、SUS317)、Co−Cr合金、チタン、チタン合金等の耐食性に優れる金属、合金、または、アルミナ、ジルコニア等のセラミックスを用いることができる。さらに、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリアリルエーテルケトン、ポリフェニレンサルフィド、ポリサルフォン、ポリエチレン等の生体用樹脂材料を用いることができる。
【0019】
骨化する材料と本体部120との結合部分では、骨組織の侵入による結合強度の向上を考慮し、金属繊維や金属顆粒の集合体(織物、編み物、不織布、溶射、圧縮接合体等)や、金属平板メッシュ等を用いることができる。
【0020】
本体部120の幅は、対をなす接合部110同士の間の間隔を定める所望の寸法に設定されている。それぞれの接合部110の幅、および本体部120の幅の合計が、スペーサー100の幅、つまり胸骨11を拡大させる幅となる。スペーサー100の幅は、胸骨11を拡大させて胸腔体積の拡大量を定める重要なファクターとなる。したがって、胸骨11を拡大させたい幅が上下方向の位置において異なるような場合には、スペーサー100の形状は長方形ではなく、誇張して言えば台形形状を有していてもよい。
【0021】
スペーサー100の幅は、一例として、約5mm〜60mm、胸腔体積の拡大量に換算すれば約80cc〜1200ccの範囲で選択できるようにすることが好ましいが、必ずしも上記の範囲の寸法に限定されない。
【0022】
図3および図4は、固定部材130の改変例を示す図である。
【0023】
固定部材130は、上述した胸骨ピン131に限定されるものではなく、切開した胸骨11a、11bに対して接合部110を接合し得る限りにおいて適宜改変することができる。
【0024】
例えば、図3に示すように、固定部材130には、締結ボルト134を適用することができる。切開した胸骨11a、11bの海綿骨には、締結ボルト134の先端部をねじ込むための下孔135が形成されている。締結ボルト134をねじ込むことによって、切開した胸骨11a、11bに対して接合部110を接合することができる。
【0025】
また、図4に示すように、固定部材130には、ベルト部材136を適用することができる。ベルト部材136は、切開された胸骨11a、スペーサー100、および切開された胸骨11bの全体に巻き付けられる。ベルト部材136の一端136aには、ベルト部材136の他端136bが挿通され、締め付け状態を維持するためのロック部137が設けられている。ベルト部材136の他端136bをロック部137に挿通して引っ張ることによって、胸骨11a、スペーサー100、および胸骨11bを相互に締め付けて、胸骨11a、11bに対して接合部110を接合することができる。ベルト部材136は、たとえば、金属製単線、金属、プラスチック等から形成することができる。
【0026】
以上説明したように、第1の実施形態の胸骨用のスペーサー100は、胸骨11に対して接合される対をなす接合部110と、対をなす接合部110同士の間の間隔を定める本体部120とを有している。このため、接合部110を介して胸骨11に対して接合することができ、本体部120によって接合部110同士の間の間隔を定めているため、スペーサー100を適用しない場合に比較して、胸腔体積を拡大することが可能となる。よって、スペーサー100は、胸郭10の拡大が容易であり、COPD患者に対する低侵襲な処置実現を図るために適用して好適なものとなる。
【0027】
(第2の実施形態)
図5は、第2の実施形態に係る胸骨用のスペーサー200を示す正面図である。第2の実施形態は、スペーサー200の大きさおよび全体形状の点において、1個のブロック形状を有している第1の実施形態と相違している。
【0028】
第2の実施形態に係るスペーサー200も、第1の実施形態と同様に、胸骨11に対して接合される対をなす接合部210と、対をなす接合部210同士の間の間隔を定める本体部220とを有している。但し、1個のスペーサー200の長さ(胸骨11の切開方向に沿う長さ)は、第1の実施形態のスペーサー100よりも短い。複数個(図示例では3個)のスペーサー200が、胸骨11a、11bの間に配置されている。また、本体部220は、接合部210同士の間に掛け渡された棒形状を有している。
【0029】
複数個のスペーサー200を用いる利点は、次のとおりである。すなわち、接合部210同士の間の間隔が異なる複数種類のスペーサー200を準備しておくことによって、胸骨11を拡大させたい幅が上下方向の位置において異なるような場合に、使用するスペーサー200の種類を選択するだけで簡単に対応することが可能となる。
【0030】
第2の実施形態の胸骨用のスペーサー200も、第1の実施形態と同様に、接合部210を介して胸骨11に対して接合することができ、本体部220によって接合部210同士の間の間隔を定めているため、スペーサー200を適用しない場合に比較して、胸腔体積を拡大することが可能となる。よって、スペーサー200は、胸郭10の拡大が容易であり、COPD患者に対する低侵襲な処置実現を図るために適用して好適なものとなる。
【0031】
(第3の実施形態)
図6(A)(B)は、第3の実施形態に係る胸骨用のスペーサー300を示す正面図であり、図6(A)は、接合部310同士が離反移動した状態を示し、図6(B)は、接合部310同士が接近移動した状態を示している。図7は、胸骨用のスペーサー300を組み付けた部位を示す横断面図である。第3の実施形態は、スペーサー300の本体部320が、接合部310同士の間の間隔を調節自在な調節機構340を有している点において、接合部310同士の間の間隔が予め決まっている第1と第2の実施形態と相違している。
【0032】
第3の実施形態に係るスペーサー300も、第1と第2の実施形態と同様に、胸骨11に対して接合される対をなす接合部310と、対をなす接合部310同士の間の間隔を定める本体部320とを有している。但し、本体部320は、接合部310同士の間の間隔を調節自在な調節機構340を有している。
【0033】
調節機構340は、接合部310同士を接近離反移動自在に連結する連結部材350と、接合部310同士を接近離反移動させる駆動力を接合部310に付与する駆動部材360とを有している。駆動部材360は、経皮的に作動可能に構成され、調節機構340は、接合部310同士の間の間隔を経皮的に調節可能である。スペーサー300の前面つまり脂肪21および皮膚20の側と、背面つまり肺22の側とにはカバー370が取り付けられている(図7を参照)。カバー370は、例えば、テフロン(登録商標)等から形成されている。
【0034】
連結部材350は、それぞれの接合部310に取り付けられたレール351と、接合部310の間に掛け渡された伸縮自在なXリンクユニット352と、Xリンクユニット352を伸張させる方向の弾発力を付勢する引張バネ353と、引張バネ353の弾発力に抗してXリンクユニット352の伸張を制限するストッパー354とを有している。Xリンクユニット352は2組設けられている。1つの接合部310について見て、Xリンクユニット352の一方の脚部の先端は、レール351上に固定された固定ブロック355に回動自在に接続されている。他方の脚部の先端は、レール351に沿って摺動自在なスライダー356に回動自在に接続されている。固定ブロック355とスライダー356との間に引張バネ353が掛け渡されている。ストッパー354は、スライダー356に当接してスライダー356の移動を制限する位置に取り付けられている。
【0035】
駆動部材360は、一方の接合部310におけるスライダー356に一端が接続されたワイヤー361と、他方の接合部310におけるスライダー356に取り付けられワイヤー361の他端を巻き取る巻き取り部362とを有している。巻き取り部362は、ワイヤー361の他端を接続したボビン363と、ボビン363を回転駆動するモータ364とを有している。モータ364は、電力受信装置365が組み込まれ、ワイヤーレス電力伝送システムによって供給される電力によって駆動される。ワイヤーレス電力伝送方式は、電磁誘導方式や、電界結合方式等公知の方式を採用できる。このような構成によって、駆動部材360は、経皮的に作動可能である。
【0036】
図6(A)に示すように、ワイヤー361を巻き取る前の状態では、スライダー356は、引張バネ353の弾発力によって、ストッパー354に当接するまでスライド移動している。これにより、接合部310同士がもっとも離反移動し、スペーサー300の幅が最大となり、胸骨11を拡大させる幅も最大となる。
【0037】
この状態から、ワイヤーレス電力伝送システムによって供給した電力によってモータ364を駆動すると、図6(B)に示すように、ボビン363は、ワイヤー361を巻き取る。スライダー356は、引張バネ353の弾発力に抗して、固定ブロック355から離れる方向にスライド移動する。これにより、接合部310同士が接近移動し、スペーサー300の幅が小さくなり、胸骨11を拡大させる幅も小さくなる。
【0038】
モータ364の駆動を停止すると、そのときのワイヤー361の巻き取り状態が固定される。これによって、接合部310の位置が保持されて、スペーサー300の幅が保持される。
【0039】
このように、調節機構340が接合部310同士の間の間隔を経皮的に調節して、スペーサー300の幅を調節することができる。したがって、スペーサー300を一旦配置した後であっても、体外からモータ364にワイヤーレス電力伝送システムによって電力を供給して、駆動部材360を経皮的に作動させることによって、胸骨11を拡大させる幅を拡大または縮小させることができる。よって、スペーサー300は、胸郭10の拡大縮小が容易であり、COPD患者に対する低侵襲な処置実現を図るために適用して好適なものとなる。
【0040】
以上説明したように、第3の実施形態の胸骨用のスペーサー300も、第1と第2の実施形態と同様に、接合部310を介して胸骨11に対して接合することができ、本体部320によって接合部310同士の間の間隔を定めているため、スペーサー300を適用しない場合に比較して、胸腔体積を拡大することが可能となる。さらに、本体部320は、接合部310同士の間の間隔を調節自在な調節機構340を有しているので、胸腔体積の拡大を調節することが可能となる。第3の実施形態の胸骨用のスペーサー300における調節機構340は、接合部310同士を接近離反移動自在に連結する連結部材350と、接合部310同士を接近離反移動させる駆動力を接合部310に付与する駆動部材360とを有しており、胸腔体積の拡大を機械的な作動によって調節することができる。駆動部材360は、経皮的に作動可能に構成され、調節機構340は、接合部310同士の間の間隔を経皮的に調節可能である。スペーサー300を一旦配置した後であっても、体外から胸骨11を拡大させる幅を拡大または縮小させることができることから、このスペーサー300は、胸郭10の拡大縮小が容易であり、COPD患者に対する低侵襲な処置実現を図るために適用して好適なものとなる。
【0041】
(第4の実施形態)
図8(A)(B)および図9(A)(B)は、第4の実施形態に係る胸骨用のスペーサー400を示す正面図であり、図8(A)は、接合部410同士が離反移動した状態を示し、図8(B)は、接合部410同士が接近移動した状態を示している。図9(A)は、図8(A)の9A−9A線に沿う断面図、図9(B)は、図8(B)の9B−9B線に沿う断面図である。第4の実施形態における調節機構440は、流体を利用して接合部410同士の間の間隔を調節している点において、機械的に作動する第3の実施形態における調節機構340と相違している。
【0042】
第4の実施形態に係るスペーサー400も、第1〜第3の実施形態と同様に、胸骨11に対して接合される対をなす接合部410と、対をなす接合部410同士の間の間隔を定める本体部420とを有している。本体部420は、接合部410同士の間の間隔を調節自在な調節機構440を有している。
【0043】
調節機構440は、接合部410同士の間に配置される可撓性を有する拡張バッグ441(袋状部材に相当する)と、拡張バッグ441内への流体の供給および拡張バッグ441内からの流体の排出を行うための弁部材442とを有している。拡張バッグ441内の流体量あるいは流体圧を調整することによって、接合部410同士の間の間隔を調節している。弁部材442は、経皮的に作動可能に構成され、調節機構440は、接合部410同士の間の間隔を経皮的に調節可能である。スペーサー400の前面つまり脂肪21および皮膚20の側と、背面つまり肺22の側とにはカバー470が取り付けられている(図9を参照)。カバー470は、例えば、テフロン(登録商標)等から形成されている。
【0044】
調節機構440は、それぞれの接合部410に取り付けられたベースプレート443と、ベースプレート443の間に配置された2枚の仕切り板444とを有している。2枚の仕切り板444によって、接合部410同士の間には、拡張バッグ441を配置するための3個の収納空間が区画形成されている。それぞれの収納空間に、拡張バッグ441が配置されている。図中左右両端の拡張バッグ441は、ベースプレート443と仕切り板444とに接着剤によって接着されている。中央の拡張バッグ441は、左右両側に位置する仕切り板444に接着剤によって接着されている。仕切り板444は、拡張バッグ441の膨張または収縮に伴って移動する。スペーサー400の前面および背面において、ベースプレート443の間には、伸縮自在なネット部材445が掛け渡されている。ネット部材445によって拡張バッグ441がスペーサー400の外方に突出して膨張することを抑えて、拡張バッグ441が膨張し易い方向を、接合部410同士の間の方向に合わせている。これにより、接合部410同士を効率的に離反移動させることができる。ネット部材445は、弾性を有する素材から形成され、接合部410同士を接近移動させる方向の弾発力をベースプレート443に付勢する。
【0045】
拡張バッグ441の形成材料としては、ある程度の可撓性を有するものが好ましく、例えば、ポリオレフィン(例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−プロピレン共重合体、エチレン−酢酸ビニル共重合体、架橋型エチレン−酢酸ビニル共重合体等)、ポリ塩化ビニル、ポリアミドエラストマー、ポリウレタン、ポリエステル(例えば、ポリエチレンテレフタレート)、ポリアリレーンサルファイド(例えば、ポリフェニレンサルファイド)等の熱可塑性樹脂、シリコーンゴム、ラテックスゴム等が使用できる。
【0046】
拡張バッグ441が膨張し易い方向を接合部410同士の間の方向とするために、接合部410に向かい合う部分を、外周部分に比べて延び易いように形成することが好ましい。例えば、接合部410に向かい合う部分を、外周部分に比べて延び易い素材から形成するとよい。同じ素材から形成する場合には、素材の厚さを変えてもよい。
【0047】
拡張バッグ441のそれぞれは、接続チューブ446を介して、弁部材442に接続されている。弁部材442のポート447には、逆止弁448が設けられている。ポート447に経皮的に接続したシリンジ(図示せず)等を介して、弁部材442は、拡張バッグ441内に流体としての例えば生理食塩水を供給したり、拡張バッグ441内から生理食塩水を排出したりする。このような構成によって、弁部材442は、経皮的に作動可能である。
【0048】
図8(A)および図9(A)に示すように、ポート447にシリンジ等を接続して任意の量の生理食塩水を注入すると、弁部材442は拡張バッグ441内に生理食塩水を供給する。拡張バッグ441は、封入された生理食塩水の量に応じて、ネット部材445の弾発力に抗して膨張している。規定の最大量の生理食塩水が封入されているとすると、接合部410同士がもっとも離反移動し、スペーサー400の幅が最大となり、胸骨11を拡大させる幅も最大となる。
【0049】
この状態から、逆止弁448を開放するようにポート447にシリンジ等を接続して任意の量の生理食塩水を吸引すると、弁部材442は拡張バッグ441内から生理食塩水の一部を排出する。図8(B)および図9(B)に示すように、拡張バッグ441は、残存する生理食塩水の量、およびネット部材445の弾発力に応じて収縮している。これにより、接合部410同士が接近移動し、スペーサー400の幅が小さくなり、胸骨11を拡大させる幅も小さくなる。
【0050】
ポート447からシリンジを抜き取ると、逆止弁448によってポート447が閉塞され、拡張バッグ441の膨張状態が維持される。
【0051】
このように、調節機構440が接合部410同士の間の間隔を経皮的に調節して、スペーサー400の幅を調節することができる。したがって、スペーサー400を一旦配置した後であっても、体外から経皮的に弁部材442にアクセスして、弁部材442を経皮的に作動させることによって、胸骨11を拡大させる幅を拡大または縮小させることができる。よって、スペーサー400は、胸郭10の拡大縮小が容易であり、COPD患者に対する低侵襲な処置実現を図るために適用して好適なものとなる。
【0052】
以上説明したように、第4の実施形態の胸骨用のスペーサー400も、第1〜第3の実施形態と同様に、接合部410を介して胸骨11に対して接合することができ、本体部420によって接合部410同士の間の間隔を定めているため、スペーサー400を適用しない場合に比較して、胸腔体積を拡大することが可能となる。さらに、本体部420は、接合部410同士の間の間隔を調節自在な調節機構440を有しているので、胸腔体積の拡大を調節することが可能となる。第4の実施形態の胸骨用のスペーサー400における調節機構440は、接合部410同士の間に配置される可撓性を有する拡張バッグ441と、拡張バッグ441内への生理食塩水の供給および拡張バッグ441内からの生理食塩水の排出を行うための弁部材442とを有しており、胸腔体積の拡大を生理食塩水の量や圧力を利用することによって調節することができる。弁部材442は、経皮的に作動可能に構成され、調節機構440は、接合部410同士の間の間隔を経皮的に調節可能である。スペーサー400を一旦配置した後であっても、体外から胸骨11を拡大させる幅を拡大または縮小させることができることから、このスペーサー400は、胸郭10の拡大縮小が容易であり、COPD患者に対する低侵襲な処置実現を図るために適用して好適なものとなる。
【0053】
(その他の変形例)
切開した胸骨11a、11bの間に留置したスペーサー100、200、300、400は、胸骨11に対してずれないことが必要であり、そのための固定部材130として胸骨ピン131等を例示した。胸骨ピン131の形状や長さ等については、真っ直ぐな形状の他に屈曲した形状でもよいし、挿入する部位によって長短あるいは径違いのピンを使い分けてもよい。なお、胸郭10を拡大させたり縮小させたりすることに対応して、スペーサー100、200、300、400を交換しなければならない場合も生じる。したがって、スペーサー100、200、300、400の交換手技が必要になることをも考慮して、固定部材130には、再手術時にはずし易い構成を採用することも必要である。
【0054】
スペーサー100、200、300、400のずれを防止するために、胸骨11a、11bに対するスペーサー100、200、300、400の接触面に突起を形成してもよい。胸骨11a、11bの接触面にも、突起を形成するのがよい。
【0055】
調節機構340、440は、接合部310、410同士の間の間隔を調節できる限りにおいて適宜改変することができる。例えば、ラチェット式の調節機構とし、胸郭10内の内圧が作用して自動的に広がる構成とすることもできる。
【0056】
接合部310、410同士の間の間隔を調節して胸腔体積の拡大を調節する調節機構340、440を例示したが、この調整機構に加えて、あるいは、上記の調整機構に代えて、径寸法を調整する機構を設けてもよい。
【0057】
(胸腔内容積の増加方法)
次に、第1実施形態のスペーサー100を用いた、胸腔内容積の増加方法について説明する。
【0058】
胸腔内容積の増加方法は、概説すれば、(a)胸骨11中央を縦に切開し、左右に広げて、胸骨11中央部に空間を形成し、(b)前記空間に、スペーサー100を挿入することを有している。
【0059】
慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者では、末梢気道におけるエアートラッピング現象に伴い気管支が圧迫されて、正常な肺胞における換気効率が低下するという問題がある。
【0060】
COPDの治療法としては、エアートラッピングによって拡大した異常な肺実質を外科的に切除することにより、正常肺実質への新鮮空気の流入を容易にする肺容量減少術、および異常な肺実質への空気の流入を防止するために、経気管支的に塞栓物や一方弁を留置する方法等が行われている。
【0061】
しかし、前者の治療法は、切除によって効果の生じる部位が限定されており、適応となる患者数が少ない。また、後者の治療法は、局所的かつ選択的な治療が求められており、治療効果を出すためには、エアートラッピングの原因となっている気管支への正確な留置が求められるため、かなり専門的な手技を必要とする。さらに、破壊の生じた呼吸細気管支や肺胞実質内では、側副路と呼ばれる主気道(本来の空気の流通路)とは異なる空気の流通路が存在する場合がある。このような場合には、側副路を通じて破壊の生じた呼吸細気管支や肺胞実質内に空気が流入するため、肺の拡張を阻止することはできず、しばしば治療効果を得ることができない。上記に加えて、上記双方の治療法とも、異常部(病巣部)の処置に伴い、周辺の正常部をも損傷してしまう可能性が高いという問題もある。
【0062】
これに対して、本方法によると、肋骨とともに胸郭10を構成する胸骨11に対して、スペーサー100を入れて幅を広げるため、胸腔内容積(胸腔体積)を有効に拡大することができる。したがって、COPD患者での、末梢気道におけるエアートラッピング現象に伴う気管支の圧迫を抑制・防止して、正常な肺胞における換気効率の低下を効果的に抑制・防止できる。また、本方法は、胸腔内全体の容積を拡大できるため、上述したような従来の治療法が局所的であるのに対して、肺全体に治療効果を及ぼすことができる。さらに、本方法は、気管支内部に部材を留置したり、肺実質に対して何らかの治療行為を施したりするものではないため、外科的な侵襲を加えない低侵襲な治療法であり、肺炎等の合併症のリスクをも低減することが可能である。上記利点に加えて、本方法は、胸郭10自体への処置であり、肺実質等の胸郭10内の組織への処置を伴わない。したがって、肺実質への損傷が非常に少ないまたはないため、異常部(病巣部)周辺の正常肺実質を有効に活用でき、術後の患者の呼吸を過度に損なうことが抑制・防止され得る。
【0063】
以下、本方法の好ましい実施形態を、図10および図11を参照しながら説明するが、本方法は、下記好ましい実施形態に限定されるものではない。なお、切開された胸骨11a、11bを、胸骨半部11a、11bとも指称する。
【0064】
まず、図10(A)に示される胸郭10において、胸骨正中線Lを縦に切開し(胸骨正中切開;図10(B))、双方の胸骨半部11a、11bを左右(横方向)に広げて、胸骨11中央部に空間Sを形成する(図10(C))[工程(a)]。
【0065】
なお、胸骨正中切開により、胸骨11切断面から出血し、出血の程度によっては患者に過度の負担を与える場合がある。このような胸骨11切断面からの出血を抑え、患者への負担を軽減するために、胸骨正中切開後に止血工程をさらに行ってもよい。ここで、止血方法としては、特に制限されず、公知の方法が使用できる。例えば、骨髄部分に骨ろうをすりこむ物理的な止血法;骨表面の骨膜からの出血を電気メスで凝固する止血法;特開2002−102234号公報等に記載の止血クリップを使用する方法;出血部位に止血剤または止血剤をしみこませた部材を適用する方法等が挙げられる。また、スペーサー100の胸骨11との接合面にゲル等の柔軟部を設けることでも物理的な止血を行うことができる。
【0066】
上記工程(a)において、空間Sの幅寸法(胸骨半部11aおよび11b間の距離)は、特に制限されず、意図される胸腔内容積(胸腔体積)の拡大度合いによって適宜選択できる。通常、空間Sの幅寸法は、スペーサー100の幅寸法と実質的に同等である。
【0067】
次に、上記工程(a)で形成された空間Sに、第1実施形態のスペーサー100を挿入する(図10(D))[工程(b)]。ここで、固定部材130として胸骨ピン131や締結ボルト134を使用する場合には、スペーサー100を空間Sに挿入する前に、胸骨半部11a、11bの海綿骨に、胸骨ピン131を挿入するためのピン孔132や締結ボルト134の先端部をねじ込むための下孔135をドリル等によって形成しておくことが好ましい。これにより、スペーサー100を胸骨半部11a、11b間に安定して固定することができ、また、スペーサー100を留置した後、患者の動き、呼吸、咳、くしゃみ等によるスペーサー100の位置ずれを効果的に抑制・防止できる。また、胸骨11を閉じた後の、胸骨11の安定性が確保され、患者の回復を促進することができる。
【0068】
スペーサー100の固定方法は、上述した例に特に制限されない。具体的には、図11(A)(B)にも示されるように、胸骨半部11a、スペーサー100、および胸骨半部11bを一体的に固定する方法が使用できる。この種の固定部材130として、例えば、図4に示したベルト部材136、マーシレン(Mersilene)ファイバ、スチール(例えば、ステンレスSUS316L)ワイヤー138(例えば、図11(A)を参照)、金属製単線、金属、およびプラスチック製のバンド139(例えば、図11(B)を参照)、ニッケル・チタン合金のクランプ、ポリエステル等のプラスチック製の糸等が挙げられる。これらの固定部材130を使用する場合には、上記工程(b)後に固定する工程を行うことが好ましい。これらの固定部材130を使用することによって、スペーサー100を胸骨半部11a、11b間に安定して固定することができ、また、スペーサー100を留置した後、患者の動き、呼吸、咳、くしゃみによるスペーサー100の位置ずれを効果的に抑制・防止できる。また、胸骨11を閉じた後の、胸骨11の安定性が確保され、患者の回復を促進することができる。
【0069】
固定部材として、ポリ乳酸等の生体吸収性ポリマー等で形成されたファイバ、ワイヤー、バンド及びクランプを使用してもよい。このような場合には、上記利点に加えて、留置中にポリマーが生体内に分解、吸収される。従来、留置後かなりの時間が経過すると、患者の動き等によって固定部材が緩んだりして、上記固定部材が皮膚から突出し、生体外に露出し、患者に精神的な負担を与えることがある。このような場合には、別途外科手術によって固定部材を取り除く必要があり、患者に肉体的な負担をも与えていた。しかし、固定部材を生体吸収性ポリマーで形成すれば、固定部材が、留置後経時的に生体に分解、吸収されるため、固定部材が生体外に露出することを抑制・防止できる。
【0070】
固定部材130の配置方法は、特に制限されない。例えば、図11(A)(B)に示されるように、肋間腔を通して、スペーサー100を配置した胸骨11a、11bの周囲に、固定部材130をまきつければよい。ここで、固定部材130の配置数は、特に制限されないが、2〜10本程度が好ましい。また、固定部材は、特に制限されないが、10〜100mm程度の間隔で配置されることが好ましい。このような配置数や配置距離であれば、スペーサー100を、経時的な位置ずれなく、胸骨半部11a、11b間に確実に留置できる。なお、各固定部材の形状、および各固定部材の配置方法は、同じであってもあるいは異なるものであってもよく、スペーサー100の移動のしやすさやスペーサー100の寸法、材質等によって適宜選択されうる。
【符号の説明】
【0071】
10 胸郭、
11 胸骨、
11a、11b 切開された胸骨、胸骨半分、
100、200、300、400 胸骨用のスペーサー、
110、210、310、410 接合部、
120、220、320、420 本体部、
130 固定部材、
131 胸骨ピン、
134 締結ボルト、
136 ベルト部材、
138 ワイヤー、
139 バンド、
340、440 調節機構、
350 連結部材、
360 駆動部材、
370 カバー、
441 拡張バッグ(袋状部材)、
442 弁部材、
448 逆止弁。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
切開された胸骨の間に配置される胸骨用のスペーサーであって、
胸骨に対して接合される対をなす接合部と、
対をなす前記接合部同士の間の間隔を定める本体部とを有する胸骨用のスペーサー。
【請求項2】
前記本体部は、前記接合部同士の間の間隔を調節自在な調節機構を有する請求項1に記載の胸骨用のスペーサー。
【請求項3】
前記調節機構は、前記接合部同士を接近離反移動自在に連結する連結部材と、前記接合部同士を接近離反移動させる駆動力を前記接合部に付与する駆動部材とを有する請求項2に記載の胸骨用のスペーサー。
【請求項4】
前記駆動部材は、経皮的に作動可能に構成され、前記調節機構は、前記接合部同士の間の間隔を経皮的に調節可能である請求項3に記載の胸骨用のスペーサー。
【請求項5】
前記調節機構は、前記接合部同士の間に配置される可撓性を有する袋状部材と、前記袋状部材内への流体の供給および前記袋状部材内からの流体の排出を行うための弁部材とを有する請求項2に記載の胸骨用のスペーサー。
【請求項6】
前記弁部材は、経皮的に作動可能に構成され、前記調節機構は、前記接合部同士の間の間隔を経皮的に調節可能である請求項5に記載の胸骨用のスペーサー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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