説明

表層キメラ形質転換植物の作出方法

【課題】導入遺伝子が植物体の一部分の細胞にのみ存在し、例えば生殖細胞には存在しない遺伝子導入のバラ等の花卉植物の提供。
【解決手段】導入遺伝子が一部の細胞、例えば花弁のL1層の細胞等に存在し、他の細胞、例えば花粉細胞や胚珠細胞などの生殖細胞には存在しないバラを作出する。このバラは他のバラと交雑しても導入遺伝子が他のバラに伝播しないので、導入遺伝子拡散の可能性を完全に否定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は一部の細胞にのみ導入遺伝子を有するキメラの遺伝子組換え植物を作出する方法を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
複数の遺伝的に異なる細胞群よりなる個体はキメラと呼ばれる。植物のキメラはその構造から周縁キメラ、部分キメラ及び区分キメラに分けられ、たとえば接木のほかに偶発的あるいは放射線照射による体細胞変異や薬剤処理による染色体倍加によって作製されうる。
【0003】
区分キメラ(sectorial chimera)は植物の積み重ね構造に起因する非構造的キメラで、成長点に非構造的に混在する変異細胞の増殖により生じる。すなわち、ひとつの組織層自体がキメラであるものを指し、花・葉・茎などの器官に異色の縞として現れることが多い。区分キメラは通常不安定で消失することが多いが、稀に周縁キメラに発展することもある。
【0004】
周縁キメラ(periclinal chimera)は、植物の組織層構造に起因する構造的キメラで区分キメラが発展し、ひとつの細胞層が変異細胞で完全に置換された状態のものを言う。周縁キメラの場合、ひとつの組織層自体は均一であり、キメラではない。周縁キメラは安定しており、消失する頻度は小さいと言われている。植物の細胞組織は基本的に3つの細胞層より構成されており、外側から第1層(L1),第2層(L2)、第3層(L3)という組織層構造を持っている。
【0005】
成長点の2層の外皮(tunica)から生じるのがL1とL2であり、内体(corpus)から生じるのがL3である。ほとんどの植物種において、表皮は全てL1層から生成し、L2層は生殖細胞系に関係する。これらの細胞層ごとに異なる性質をもつ周縁キメラは園芸的に重要なものが多く産業的価値は高いが、偶発的に、あるいは放射線照射や薬剤処理のような人為的に変異を誘発する手段によっても周縁キメラが得られる確率は極めて低い。
【0006】
外来遺伝子を植物体へ導入する際に人為的に一部の細胞のみ導入遺伝子を有するキメラ植物を作出するのは容易ではない。これまでには、パーテイクルガンを用いた方法によりトウモロコシの未成熟胚に遺伝子を導入し、生殖細胞またはL2細胞層にのみ導入遺伝子を有するキメラ植物を作出した例がある(特表平10−503374号公報)。しかし、アグロバクテリウムを介して遺伝子を導入する場合には、キメラ植物を作出するのは一層難しい。アグロバクテリウムを介して遺伝子を導入する方法においては、マーカー遺伝子の発現による薬剤耐性などの形質を指標として、遺伝子が導入された単一の細胞を選別し、当該単一の遺伝子導入細胞から一個体の形質転換体植物を得る。
【0007】
よって、通常得られる遺伝子組換え植物は遺伝的に単一の細胞からなり、すべての細胞において導入遺伝子を有するものである。仮に一部の細胞にしか外来遺伝子を有しない植物(キメラ植物)が得られたとしても、それは偶然の結果であり、現在の技術を以って植物体の特定の部分の細胞にのみ遺伝子が導入されるように制御することは非常に困難である。また偶然得られたとしても、前述のように、一部の細胞層にのみ遺伝子を有する周縁キメラとなる確率は極めて低いと考えられる。
【0008】
遺伝子導入細胞を選抜する過程において、その一部にのみ外来遺伝子導入されたキメラ細胞塊あるいはキメラ植物体が出現することはあるが、この場合、全細胞層を通してキメラ、もしくはひとつの組織層自体がキメラとなっており、完全な周縁キメラ(特定の細胞層にのみ外来遺伝子が導入され、その細胞層自体は均一なもの)ではない。これまでに完全な周縁キメラ形質転換植物を作出し、それを分子生物学的手法で証明した例は極めて少ない。これまでにはrol遺伝子と脱離因子を含むベクターを用いることにより、周縁キメラ体が作出できることを見出した例が報告されている(特開2002-315460号)が、この場合はL3層の周縁キメラである。
【0009】
遺伝子組換え植物においては、染色体に取り込まれた導入遺伝子はメンデルの法則に従いその子孫にまで安定して伝達される。これらの遺伝子組換え植物を交配親として用いることにより、導入遺伝子に由来する形質を利用してさらに新たな品種が作り出せる。
【0010】
また、遺伝子組換え植物に関しては、生態系(環境)への影響(自然界への導入遺伝子の拡散等)が懸念されている。遺伝子組換え植物から非形質転換体や野生植物への遺伝子拡散を防ぐ技術としては、(1)母性遺伝の利用、(2)雄性不稔の利用、(3)不稔種子の利用などが知られている。母性遺伝の利用とは、花粉細胞には伝わらない葉緑体のゲノムに外来遺伝子を導入することで、花粉による遺伝子拡散を防ぐ方法である。
【0011】
雄性不稔の利用とは、花粉形成を阻害したり、花粉に生殖能を持たせない方法をいい、これにより遺伝的隔離を行うことができる。例えば雄性生殖器官特異的に発現するプロモーターを使って有害な遺伝子産物を組織特異的に作らせて、花粉形成を阻害する方法などがある。不稔種子の利用とは遺伝子組換え植物の種子形成を直接阻害することにより、交雑あるいは種子の拡散の両方を防ぐ方法であり、自家採種を不可能にする「ターミネーターテクノロジー」等はこれに該当する。
【0012】
仮に生殖細胞には導入遺伝子を持たない遺伝子組換え植物を作出することができれば、その組換え植物を花粉親とした場合あるいは種子親とした場合いずれにおいても、交雑による導入遺伝子拡散の可能性を完全に排除できることになる。このことは、遺伝子組換え植物を野外で栽培したり、産業利用したりする者にとっては、遺伝子組換え植物の栽培のための手続きに係る負担を軽減することにもなる。このような手続は、日本国内においては、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)」に基づく生物多様性影響評価などであり、他の国においては同様の法律に基く評価がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特表平10−503374号公報
【特許文献2】特開2002-315460号
【特許文献3】USP 5480789
【特許文献4】WO 2005/017147
【特許文献5】PCT/JP96/00348
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Firoozababy et al. Bio/Technology 12:883-888 1994
【非特許文献2】Lazo et al. Bio/Technology 9: 963-967, 1991
【非特許文献3】Fujiwara et al. Plant J. 16 421-431, 1998
【非特許文献4】Mitsuhara et al. Plant Vell Physiol. 37, 45-59 1996
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
従って、本発明は、導入遺伝子が植物体の一部分の細胞にのみ存在し、例えば生殖細胞には存在しない遺伝子導入のバラ等の花卉植物を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく種々検討した結果、外来遺伝子をアグロバクテリウム・ツメファシエンスを介して花卉植物に導入し、再生した花卉植物がキメラ植物となる場合があることを見出した。さらに、その中から周縁キメラの植物を選択することにより、目的とする遺伝子組換え花卉植物が得られることを見出し、本発明を完成した。従って本発明は、外来遺伝子が一部の細胞に存在し、他の細胞には存在しないバラ等の花卉植物を提供する。
【0017】
好ましくは、前記一部の細胞は一部の細胞層を構成している。例えば、上記他の細胞は、例えば花粉又は胚珠である。より具体的な例として、前記一部の細胞層が、L1層であるか、またはL1層とL3層とである。外来遺伝子としては、フラボノイドの合成に係る遺伝子、中でもアントシアニンの合成に係る遺伝子等の花色に関する遺伝子が挙げられる。
【0018】
花卉植物がバラの場合においては、外来遺伝子は、例えばスミレ科植物由来のフラボノイド3',5'−水酸化酵素遺伝子、ゴマノハグサ科植物由来の芳香族アシル基転移酵素遺伝子が重要である。前記スミレ科植物は例えばスミレ科パンジーであり、前記ゴマノハグサ科植物は例えばゴマノハグサ科トレニアである。前記バラは、例えばバラ品種WKS82などのハイブリッドティー、フロリバンダ、ミニバラである。本発明のバラは導入遺伝子の効果によって、たとえば遺伝子導入前のバラと比べて花色が青色方向に変化している。
【0019】
花卉植物がカーネーションの場合においては、外来遺伝子は、例えば前記外来遺伝子が、キンギョソウ由来のカルコン合成酵素遺伝子のプロモーター制御下にあるサルビア由来のフラボノイド3’、5’-水酸化酵素遺伝子cDNA、ペチュニアのジヒドロフラボノール4-還元酵素の染色遺伝子、カーネーション由来のアントシアニジン合成酵素遺伝子のうちの一ないし複数の遺伝子である。前記カーネーションは、スタンダードタイプまたはスプレータイプのものである。本発明のカーネーションは導入遺伝子の効果によって、たとえば遺伝子導入前のカーネーションと比べて花色が青色方向に変化している。
しかし、外来遺伝子は上記のような遺伝子に限定されるものではなく、広く色素合成系で機能する遺伝子、例えばフラボノイド合成系で機能する遺伝子であってもよい。また外来遺伝子はGFP遺伝子やNPTII遺伝子、GUS遺伝子、SURB遺伝子のような選択マーカーの遺伝子であってもよい。さらに外来遺伝子は転写因子をコードする遺伝子でもよく、例えばmyb様転写因子をコードする遺伝子、具体的にはPHR1遺伝子やPsr1遺伝子であってもよい。
【0020】
本発明はまた、上記のバラ等の花卉植物と同じ性質を有するそれらの組織又は部分、及びこれらの栄養増殖体を提供する。
【0021】
本発明は更に、前記のバラ等の花卉植物の製造方法において、外来遺伝子をアグロバクテリウムを介してバラに導入し、そして当該外来遺伝子が一部の細胞にのみ存在するバラを選択する工程を含む方法を提供する。本発明はさらに、生殖細胞に外来遺伝子をもたない花卉植物を作出することにより自然界への導入遺伝子の拡散を防止する方法を提供する。
【0022】
本発明は、以下の[1]〜[8]でもある。
[1]外来遺伝子を、L1細胞層又はL3細胞層の内のいずれかの細胞層を構成する細胞内に含むが、花粉の細胞又は胚珠の細胞層であるL2細胞層を構成する細胞内には含まないバラ植物の生産方法であって、以下のステップ:
外来遺伝子を、アグロバクテリウムを介して、該バラ植物に導入し、そして
該外来遺伝子を、L1細胞層又はL3細胞層の内のいずれかの細胞層を構成する細胞内に含むが、花粉の細胞又は胚珠の細胞層であるL2細胞層を構成する細胞内には含まないバラ植物を選択する、
を含み、ここで、該外来遺伝子が、フラボノイド3',5'−水酸化酵素遺伝子、芳香族アシル基転移酵素遺伝子のいずれか一方又はその両者である、前記バラ植物の生産方法。
[2]前記外来遺伝子が、L1細胞層を構成する細胞内にのみ含まれる、前記[1]に記載のバラ植物の生産方法。
[3]前記外来遺伝子が、スミレ科植物由来のフラボノイド3',5'−水酸化酵素遺伝子、ゴマノハグサ科植物由来の芳香族アシル基転移酵素遺伝子のいずれか一方又はその両者である、前記[1]又は[2]に記載のバラ植物の生産方法。
[4]前記スミレ科植物が、スミレ科パンジーである、前記[3]に記載のバラ植物の生産方法。
[5]前記ゴマノハグサ科植物が、ゴマノハグサ科トレニアである、前記[3]又は[4]に記載のバラ植物の生産方法。
[6]前記バラ植物が、Rosa hybridaである、前記[1]〜[5]のいずれかに記載のバラ植物の生産方法。
[7]前記バラ植物が、ハイブリッドティー、フロリバンダ又はミニバラである、前記[6]に記載のバラ植物の生産方法。
[8]前記[1]〜[7]のいずれかに記載のバラ植物の生産方法により生産されたバラ植物又は栄養増殖体あるいはその組織又は部分。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、導入された遺伝子の、バラの各器官における存在の有無を示す図である。
【図2】図2は、導入された外来遺伝子がL1層の細胞においてのみ発現しており、L2層及びL3層には発現していないことを示す。
【図3】図3は、実施例2において使用するバイナリーベクターpSPB130の構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明で用いられる花卉植物は、アグロバクテリウムを介して外来遺伝子を導入可能な花卉植物であれば特に限定されない。例えば、バラ、カーネーション、ペチュニア、トレニア、タバコ、バーベナ、ニーレンベルギア、キク、ユリ、アサガオ、金魚草、シクラメン、ラン、トルコギキョウ、フリージア、ガーベラ、グラジオラス、カスミソウ、カランコエ、ペラルゴニウム、ゼラニウム、チューリップ、ナタネ、ポテト、トマト、ポプラ、バナナ、ユーカリ、サツマイモ、タイズ、アルファルファ、ルーピン、カリフラワーなどが挙げられる。なかでも、バラ、カーネーション、ペチュニア、トレニア、タバコ、バーベナ、ニーレンベルギアが好ましい。中でも、バラとカーネーションは特に好適に用いることができる。
【0025】
本発明で用いる外来遺伝子としては、導入後にL1層の細胞で機能する酵素の遺伝子であることが望ましい。例えば花色に関する遺伝子や選択マーカーの遺伝子、あるいは転写因子をコードする遺伝子が好ましい。花色に関する遺伝子としては、フラボノイドの合成に係る酵素の遺伝子、たとえばアントシアニン合成に関わる遺伝子やオーロン合成に関する蛋白質をコードする遺伝子、液胞のpHを制御する蛋白質をコードする遺伝子、脂肪族アシル基転移酵素をコードする遺伝子、フラボン合成酵素をコードする遺伝子などが挙げられる。選択マーカー遺伝子としてはGFP遺伝子やNPTII遺伝子、GUS遺伝子、SURB遺伝子などが挙げられる。転写因子をコードする遺伝子としては、例えばMYB様の転写因子をコードする遺伝子、具体的にはPHR1遺伝子やPsr1遺伝子が挙げられる。しかし、これら具体的に挙げた遺伝子に限定されるものではない。
【0026】
本発明で用いるバラは、園芸種または野性種のいずれでもよい。なかでも、商業的に有用なハイブリッドティー、フロリバンダ、グランディ・フローラまたはミニバラ等の園芸種(Rosa hybrida)が望ましい。これらの品種は特に限定されない。
【0027】
バラのカルスに一定の条件下で、アグロバクテリウムを介して、パンジー由来のフラボノイド3',5'−水酸化酵素遺伝子の発現カセットならびにトレニア由来の芳香族アシル基転移酵素遺伝子NPTII遺伝子の発現カセットからなるT-DNAを導入した。得られた形質転換は導入遺伝子の作用により花色が変化したことから、導入遺伝子が花弁の細胞、とくに色素合成を行っている花弁のL1層の細胞には存在することが示唆された。バラの各々の器官にわけて抽出したゲノムDNAを鋳型とするPCRにより、花粉細胞には導入遺伝子が存在しないことが示唆された。
【0028】
また、当該組換え植物から得られた花粉を用いて他の園芸種ならびに野生種のバラと交雑試験を行った場合において、得られた種子には導入遺伝子が全く検出されなかった。このことからも、導入遺伝子が花粉細胞には含まれていないことが示唆された。更にin situハイブリダイゼーションによって、導入遺伝子がL1細胞層にのみ存在することが明かとなった。このことは、L2細胞層を起源として形成される花粉などの生殖細胞には導入遺伝子が存在しないことを裏付けるものである。よって、上記のようにしてバラカルスに外来遺伝子を導入することにより、一部の細胞にのみ導入遺伝子を有するキメラ植物を作出することができる。
【0029】
このうち、フラボノイド類の合成に係る酵素の遺伝子としては、フラボノイド3',5'-水酸化酵素遺伝子や芳香族アシル基転移酵素遺伝子が挙げられる。これらの由来は特に限定されないが、バラで機能することが確認されている、パンジーなどスミレ科植物由来のフラボノイド3',5'-水酸化酵素遺伝子、あるいは、トレニアなどゴマノハグサ科植物由来の芳香族アシル基転移酵素遺伝子が好ましい。
【0030】
本発明で用いるカーネーションは、商業的に有用なスタンダードタイプまたはスプレータイプが望ましい。これらの品種は特に限定されない。フィーリングホワイト、ブレクロスドゥジィ、スターザール、コルティナシャネルなどいずれの品種でもよい。
【0031】
カーネーションについて、一定の条件下で、アグロバクテリウムを介して、キンギョソウ由来のカルコン合成酵素遺伝子のプロモーター制御下にあるサルビア由来のフラボノイド3’、5’-水酸化酵素遺伝子cDNA、ペチュニアのジヒドロフラボノール4-還元酵素の染色遺伝子、カーネーション由来のアントシアニジン合成酵素遺伝子SURB遺伝子を導入した。得られた形質転換は導入遺伝子の作用により花色が変化したことから、導入遺伝子が花弁の細胞、とくに色素合成を行っている花弁のL1層の細胞には存在することが示唆された。カーネーションの各々の器官にわけて抽出したゲノムDNAを鋳型とするPCRにより、導入遺伝子がL1 層にのみ存在するキメラ植物であること判断された。
【実施例】
【0032】
次に、本発明を実施例により、更の具体的に説明する。
実施例1. バラへの遺伝子導入方法
バラの形質転換に関してはすでに多くの方法が報告されており(たとえばFiroozababy et al. Bio/Technology 12:883-888 1994, US 5480789、WO 2005/017147)、これらの方法に従ってバラへ外来遺伝子を導入することができる。
【0033】
具体的にはアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)Agl0株(Lazo et al. Bio/Technology 9: 963-967, 1991)の菌液中に、無菌苗の葉から誘導したバラのカルスを5分間浸し、滅菌濾紙で余分な菌液を拭き取った後、継代用培地に移植し、2日間暗所で共存培養した。
【0034】
その後、カルベニシリンを400mg/l 加えたMS液体培地で洗浄し、継代用培地にカナマイシン50mg/l とカルベニシリン200mg/lを加えた選抜・除菌用培地へ移植した。選抜培地上で生育阻害を受けず、正常に増殖する部分の移植と培養を繰り返し、カナマイシン耐性カルスを選抜した。
【0035】
カナマイシン耐性を示した形質転換カルスを、カナマイシン50mg/l、カルベニシリン200mg/lを添加した再分化用の培地で培養し、カナマイシン耐性シュートを得た。得られたシュートは1/2MS培地(カナマイシンを添加していない)で発根させた後、馴化を行った。馴化個体は鉢上げ後、閉鎖系温室で栽培して開花させた。その後、通常の栄養増殖(挿し木)にて維持・増殖を行った。
【0036】
実施例2. バイナリーバクターpSPB130の構築
アントシアニンを芳香族アシル基により修飾することによりアントシアニンを安定化させ、かつその色を青くすることができる(たとえば、PCT/JP96/00348)。アシル化したデルフィニジン型アントシアニンの生産を目指して以下の実験を行った。
【0037】
トレニア(商品名:サマーウェーブ(商標))の花弁からtotal RNAを得、さらにこれからpolyA+RNAを調製した。このpolyA+RNAからλZAPII(Stratagene社)をベクターとするcDNAライブラリーをdirectional cDNAライブラリー作製キット(Stratagene社)を用いて製造者が推奨する方法で作製した。
【0038】
トレニアの主要アントシアニンはその5位のグルコースが芳香族アシル基により修飾されている(Suzuki et al. Molecular Breeding 6, 239-246, 2000)ので、トレニア花弁においてはアントシアニンアシル基転移酵素が発現している。アントシアニンアシル基転移酵素はAsp-Phe-Gly-Trp-Gly-Lys.というアミノ酸配列が保存されており、これに対応する合成DNAをプライマーとして用いることによりアントシアニンアシル基転移酵素遺伝子を取得することができる(PCT/JP96/00348)。
【0039】
具体的には、トレニアcDNAライブラリー作製の際に合成した1本鎖cDNA10ngを鋳型とし、100ng のATCプライマー(5'-GA(TC)TT(TC)GGITGGGGIAA-3', Iはイノシン、(TC)はいずれか一方を意味する)(配列番号1)、100ngのオリゴdTプライマー(5'-TTTTTTTTTTTTTTTTTCTCGAG-3')(配列番号2)をプライマーとし、Taqポリメラーゼ(タカラ、日本)を用いて製造者の推奨する条件でPCRを行った。PCRは、95度1分、55度1分、72度1分を1サイクルとする反応を25サイクル行った。得られた約400 bpのDNA断片をGene Clean II(BIO,101. Inc.)により製造者の推奨する方法で回収し、pCR-TOPOにサブクローニングした。
【0040】
その塩基配列を決定したところリンドウのアシル基転移酵素遺伝子(Fujiwara et al. Plant J. 16 421-431, 1998)に相同な配列が見られた。なお塩基配列はダイプライマー法(アプライドバイオシステムズ社)を用い、シークエンサー310あるいは377(いずれもアプライドバイオシステムズ社)を用いて決定した。
【0041】
このDNA断片をDIG標識検出キット(日本ロシュ)を用いてDIGにより標識し、製造者が推奨する方法でトレニアのcDNAライブラリーをプラークハイブリダイゼーション法によりスクリーニングした。得られたポジティブシグナルをもたらしたクローンを無作為に12個選択し、そこからプラスミドを回収し、塩基配列を決定した。これらはアントシアニンアシル基転移酵素によい相同性を示した。これらのクローンのうちpTAT7としたクローンに含まれるcDNAの全塩基配列を決定した(配列番号3、及び配列番号4)。
【0042】
pBE2113-GUS(Mitsuhara et al. Plant Vell Physiol. 37, 45-59 1996)をSacIで消化した後、平滑末端化し、8bpのXhoIリンカー(TaKaRa)を挿入した。このプラスミドのBamHIとXhoI部位にpTAT7をBamHIとXhoIで消化して得られる約1.7kbのDNAを挿入し、pSPB120を得た。pSPB120をSnaBIとBamHIで消化した後平滑末端化しライゲーションすることによりpSPB120’を得た。一方、パンジー由来のF3',5' H#40 cDNA を含むプラスミドpCGP1961をBamHIで完全消化し、さらにXhoIで部分消化し得られる約1.8kbのDNA断片を回収し、これとBamHIとXhoIで消化したpUE5Hとライゲーションし得られたプラスミドをpUEBP40とした。
【0043】
pUEBP40をSnaBIとBamHIで消化した後平滑末端化しライゲーションすることによりpUEBP40’を得た。pUEBP40をHindIIIで部分消化し得られる約2.7kbのDNA断片を回収し、HindIIIで部分消化したDNA断片と連結した。得られたプラスミドのうち、バイナリ-ベクター上でライトボーダー側から、ネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼ遺伝子、パンジーF3’5’H#40、トレニア5AT遺伝子の順にそれぞれが同方向に連結されたバイナリ-ベクターをpSPB130とした(図3)。本プラスミドは植物においてはパンジーF3’5’H#40遺伝子と5AT遺伝子構成的に発現し、遺伝子を花弁特異的に転写するように工夫されている。このプラスミドをAgrobacterium tumefaciens Agl0株に導入した。
【0044】
実施例3. WKS82へのパンジーF3',5' H#40遺伝子とトレニアアントシアニン5−アシル基転移酵素遺伝子の導入
藤色系バラ「WKS82」へpSPB130を導入し、89個体の形質転換体を得た。色素分析を行った44個体全てでデルフィニジンの蓄積を確認した。デルフィニジン含有率は最高91%(平均49%)であった。花色はRHSカラーチャート186d(GREYED-PURPLE GROUP)から80c(PURPLE-VIOLET GROUP)へ変化した。代表的な形質転換体の分析値を下表に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
【表2】

【0047】
実施例4. 各器官における導入遺伝子の存在の有無確認
「WKS82」(以下、宿主という)及び実施例3で作出した組換え体No.5及びNo.24(WKS82/130-4-1及びWKS82/130-9-1;以下、組換え体という)の花弁、葉、茎、根及び花粉よりDNeasy Plant Mini Kit (QIAGEN)を用いて製造業者推奨の方法に従ってゲノムDNA を抽出した。抽出したゲノムDNA を鋳型としてTaKaRa Ex Taq(TaKaRa)によりPCR 法にて導入遺伝子(パンジーF3’5’H 遺伝子(配列番号5、及び配列番号6)、トレニア5AT 遺伝子(配列番号3、及び配列番号4)、大腸菌NPTII遺伝子)の増幅を行った。
【0048】
さらに、内在性コントロールとしてバラのアントシアニジン合成酵素(ANS)遺伝子の増幅を行った。PCR の反応条件は、熱変性が94℃で5 分間、続いて94℃で30 秒、55℃で30 秒、72℃で1 分のサイクルを25 回繰り返し、その後、伸長反応が72℃で7 分である。得られた増幅産物をアガロースゲルにて電気泳動を行い、エチジウムブロマイド染色によって増幅断片の検出を行った。
【0049】
なお、パンジーF3'5'H 遺伝子の増幅にはBP40-F2 とBP40−R3 を、トレニア5AT 遺伝子の増幅にはTAT7-50F とTAT7-R1 を、NPTII遺伝子の増幅にはNPTII-F とNPTII-R を、ANS遺伝子の増幅にはRhANS69-r1 とRhANS69-m1 をプライマーとして用いた。
【0050】
パンジーF3’5’H 特異的プライマー
BP40-F2:5'-GAG CTA GGC CAC ATG CTT A-3'(配列番号
BP40-R3:5’-CTT TGC GCT CAT GAC TCG T-3'(配列番号
【0051】
トレニア5AT 遺伝子特異的プライマー
TAT7-50F :5'-AAC AAT ATG TGC AGT CCT CGA A-3'(配列番号
TAT7-R1 :5'-AAC TCG CAT CGC CAA CTA C-3'(配列番号10
【0052】
NPTII遺伝子特異的プライマー
NPTII-F:5'-GAT TGA ACA AGA TGG ATT GCA CGC-3'(配列番号11
NPTII-R:5'-CGA AGA ACT CCA GCA TGA GAT CCC-3'(配列番号12
【0053】
ANS 特異的プライマー
Rh ANS 69-r1:5'-TTT GAT CTT CCC ATT GAG C-3'(配列番号13
Rh ANS 69-m1:5'-TCC GCG GTG GGA AGA TCC CC-3'(配列番号14
PCR による解析の結果、本組換え体の花弁、葉、茎のゲノム中には導入遺伝子が検出されたが、根、花粉のゲノムにおいてはこれら導入遺伝子は検出されなかった。表3及び図1に結果を示した。
【0054】
また、花弁、葉や茎の表皮系、がく片、雄ずい、雌ずいはL1 層及びL2 層、花粉と卵細胞はL2 層、葉や茎の内部組織、根はL3 層に由来することが知られている。根及び花粉のゲノムにおいて導入遺伝子が検出されなかったことより、本組換え体は導入遺伝子がL1 層にのみ存在するキメラ植物であることが示唆された。
【0055】
【表3】

【0056】
実施例5. 園芸種との人工交配(温室内)
常法に従い、園芸種の開花直前に除雄、袋かけをした後、雌しべが十分に成熟した時点で晴天日の午前中に温室内で栽培した宿主あるいは実施例3で作出した組換え体No.24(WKS82/130-9-1;以下、組換え体という)の花粉を付着させた。その後、他の花粉が付着しないように再度袋かけを行い、種子形成の有無を調査した。なお、花粉は開裂前の葯を回収後、シリカゲルを入れたデシケータ内で1日間室温放置し、翌日開裂した葯から回収した新鮮な花粉を用いた。交雑母本として、グランディ・フローラ系四季咲きバラ品種「クイーンエリザベス」、フロリバンダ系四季咲きバラ品種「ゴールドバニー」を用いた。
【0057】
交配後1ヶ月以上経過した時点で、生理落果せず、結実が認められた果実について種子形成の有無を確認した。さらに組換え体との交配により得られた種子については、後代における導入遺伝子の伝達性を確認するため、得られた種子よりNucleon PHYTOPURE for PLANT DNA EXTRACTION KIT(Amersham Biosciences)を用いてゲノムDNA を抽出し、さらにREPLI-g Kit(QIAGEN)にてこれを増幅後、PCR 法にて導入遺伝子(パンジーF3'5' H 遺伝子)を検出した。
【0058】
結果を表4に示した。結実率は、宿主及び組換え体間でほとんど差異は認められなかった。さらに組換え体との交配により得られた種子を解析した結果、これらの種子からは導入遺伝子は全く検出されなかった。このことから、花粉の受精能力については宿主と組換え体間で差異はないものの、組換え体の花粉細胞中には導入遺伝子が含まれていない等の理由により、導入遺伝子は後代に伝達されないことが示唆された。
【0059】
【表4】

【0060】
実施例6. 園芸種との人工交配(野外)
常法に従い、園芸種の開花直前に除雄、袋かけをした後、雌しべが十分に成熟した時点で晴天日の午前中に野外で栽培した宿主あるいは実施例3で作出した組換え体No.24(WKS82/130-9-1;以下、組換え体という)の花粉を付着させた。その後、他の花粉が付着しないように再度袋かけを行い、種子形成の有無を調査した。なお、花粉は開裂前の葯を回収後、シリカゲルを入れたデシケータ内で1日間室温放置し、翌日開裂した葯から回収した新鮮な花粉を用いた。
【0061】
交雑母本として、グランディ・フロ−ラ系四季咲きバラ品種「クイーンエリザベス」、フロリバンダ系四季咲きバラ品種「ゴールドバニー」を用いた。
【0062】
交配後3ヶ月以上経過した時点で、生理落果せず、結実が認められた果実について種子形成の有無を確認した。さらに組換え体との交配により得られた種子を回収し、4℃で3ヶ月間低温処理した後、播種した。これらにおける導入遺伝子の伝達の有無を確認するため、得られた実生の葉よりDNeasy Plant Mini Kit (QIAGEN)を用いてゲノムDNAを抽出し、PCR法にて導入遺伝子(パンジーF3'5'H遺伝子)の検出を行った。なお、内在性コントロール遺伝子としてバラのグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)遺伝子の検出を行った。
【0063】
また、種子を低温処理した場合、通常は1ヶ月程度で発芽が認められるが、3ヶ月経過してもその一部しか発芽が認められなかった。そこで、発芽しなかった播種種子の一部を再回収し、種子を用いて同様の解析を行った。再回収した種子より、Nucleon PHYTOPURE for PLANT DNA EXTRACTION KIT(Amersham Biosciences)を用いてゲノムDNAを抽出し、さらにREPLI-g Kit(QIAGEN)にてこれを増幅後、PCR法にて導入遺伝子(パンジーF3’5’H遺伝子)の検出を行った。
【0064】
結果を表5及び表6に示す。結実率は、宿主及び組換え体間でほとんど差異は認められなかった。さらに、組換え体との交配により得られた実生をPCR法にて解析したが、これらの実生からは組換え体由来の導入遺伝子は検出されなかった。さらに、いずれの種子においても組換え体由来の導入遺伝子は検出されなかった。このことから、花粉の受精能力については宿主と組換え体間で差異はないものの、組換え体の花粉細胞中には導入遺伝子が含まれていない等の理由により、導入遺伝子は後代に伝達されないことが示唆された。
【0065】
【表5】

【0066】
【表6】

【0067】
実施例7. 野生種との人工交配(野外)
常法に従い、園芸種の開花直前に除雄、袋かけをした後、雌しべが十分に成熟した時点で晴天日の午前中に野外で栽培した宿主あるいは実施例3で作出した組換え体No.24(WKS82/130-9-1;以下、組換え体という)の花粉を付着させた。
【0068】
その後、他の花粉が付着しないように再度袋かけを行い、種子形成の有無を調査した。なお、花粉は開裂前の葯を回収後、シリカゲルを入れたデシケータ内で1日間室温放置し、翌日開裂した葯から回収した新鮮な花粉を用いた。
【0069】
交雑母本として、野生種はノイバラ(R. multiflora Thunb. ex Murray)、テリハノイバラ(R. wichuraiana Crep.)、ハマナス(R.rugosa Thunb. ex Murray)を用いた。
【0070】
交配後2ヶ月以上経過した時点で、生理落果せず、結実が認められた果実について種子形成の有無を確認した。さらに得られた種子を回収し、4℃で3ヶ月間低温処理した後、播種した。これらにおける宿主あるいは組換え体との交雑の有無、導入遺伝子の伝達の有無を確認するため、得られた実生の葉よりDNeasy Plant Mini Kit (QIAGEN) を用いてゲノムDNAを抽出し、PCR法にて解析を行った。宿主あるいは組換え体との交雑の有無については四季咲き性に関与する遺伝子(KSN遺伝子)を指標とし、導入遺伝子の伝達の有無については組換え体由来の導入遺伝子であるパンジーF3’5’H遺伝子を指標とした。なお、内在性コントロール遺伝子としてバラのGAPDH遺伝子を用いた。
【0071】
KSN遺伝子は一季咲きのバラのksn遺伝子(茎頂を維持する働きをもつ)に約9kbのトランスポゾンが挿入されて生じたもので、これにより当該遺伝子の発現が抑制され、茎頂における花芽の形成抑制が解除されるため、花芽形成が促進され、四季咲き性となることが報告されている1 )。園芸種はKSN遺伝子をホモで有する。一方、一季咲きの野生種はksn遺伝子をホモで有する。従って、野生種(一季咲き)においては、KSN遺伝子は園芸種と交雑した場合にのみ検出されると考えられる。
【0072】
また、種子を低温処理した場合、通常は1ヶ月程度で発芽が認められるが、3ヶ月経過してもその一部しか発芽が認められなかった。そこで、発芽しなかった播種種子の一部を再回収し、種子を用いて同様の解析を行った。再回収した種子より、Nucleon PHYTOPURE for PLANT DNA EXTRACTION KIT(Amersham Biosciences)を用いてゲノムDNAを抽出し、さらにREPLI-g Kit(QIAGEN)にてこれを増幅後、PCR法にて宿主あるいは組換え体との交雑の有無、導入遺伝子の伝達の有無について解析を行った。
【0073】
結果を表7及び表8に示す。結実率は宿主、組換え体いずれを花粉親とした場合でも極めて低かった。得られた実生をPCR法にて解析したが、宿主あるいは組換え体と野生種との交雑は認められたものの、組換え体由来の導入遺伝子は検出されなかった。さらに、発芽しなかった播種種子を再回収し、種子の充実について観察を行ったところ、そのほとんどが「しいな(種子の中身がないもの)」であり、正常な胚が確認できた個体はごくわずかであった。これらについても同様にPCR法にて解析を行ったが、宿主あるいは組換え体と野生種との交雑は認められたものの、組換え体由来の導入遺伝子は検出されなかった。このことから、組換え体の花粉細胞中に導入遺伝子が含まれていない等の理由により、導入遺伝子が後代に伝達されなかったものであると考えられた。
【0074】
よって、本組換え体と野生種(ノイバラ、テリハノイバラ、ハマナス)が交雑したとしても、組換え体の花粉細胞中に導入遺伝子が含まれていない等の理由から、導入遺伝子が後代に伝達される可能性はないことが示唆された。
【0075】
なおテリハノイバラについては、いずれの種子も正常な胚を確認できなかった。
【0076】
【表7】

【0077】
【表8】

【0078】
実施例8. in situハイブリダイゼーション
導入遺伝子の局在性をさらに詳しく調べるために、in situハイブリダイゼーションを行った。5mm程度の大きさの蕾を垂直方向に半分に切断後、ホルムアルデヒド固定液に浸して固定した。次に脱水を行うため、固定液を50%エタノールから100%エタノールに順に置換し、さらに25%レモゾールに置換(透徹)した。その後パラフィンを徐々に浸潤させ、包埋した。包埋サンプルをミクロトームで薄切し、スライドグラスに接着させた。スライドグラスを水和し、プロテネースK処理、アセチル化などの前処理を行った後、脱水、乾燥させた。DIGラベルしたプローブ(BP40、TAT、NPTII、各遺伝子のアンチセンス及びセンスプローブ)をハイブリダイゼーション溶液に溶解し、乾燥させたスライドグラスにのせ反応させた。ハイブリダイゼーション後、スライドグラスを洗浄し、DIGを検出した。
【0079】
図2の写真に示されるように、導入遺伝子はL1層の細胞でのみ発現しており、L2層、L3層の細胞では発現が見られない。このことから、導入遺伝子はL1層にのみ存在しL2層、L3層には存在しないこと、ゆえにL2層から生じる生殖細胞(花粉細胞や胚珠の細胞)には導入遺伝子が存在しないことが証明された。
【0080】
実施例9:組換えカーネーションの作製と解析
導入遺伝子がL1 層にのみ存在するカーネーションを作成した。
組換えカーネーションは、アグロバクテリウムを用いる遺伝子導入により、以下のように作製した。プラスミドpCGP2442(Application No. US60/988,293 出願日2007年11月15日に記載)はそのT-DNA領域に、キンギョソウ由来のカルコン合成酵素遺伝子のプロモーター制御下にあるサルビア由来のフラボノイド3’、5’-水酸化酵素遺伝子cDNA、ペチュニアのジヒドロフラボノール4-還元酵素の染色遺伝子、カーネーション由来のアントシアニジン合成酵素遺伝子、さらに形質転換の選抜マーカーとしてカリフラワーモザイクウィルス35Sプロモーター制御下にあるタバコのアセトラクテート合成遺伝子SURBcDNAが含まれている。これを特許出願特表平11-505116に記載されている方法でアグロバクテリウムに導入し、さらにカーネーション品種コルティナシャネルに導入した。得られた組換えカーネーションの花弁には、天然のカーネーションには含まれないデルフィニジンが検出された。これは導入遺伝子が少なくとも花弁の上皮細胞で機能していることを示している。このうち1系統(系統19907)について詳細に解析した。また、系統19907から染色体DNAを抽出し、上述のpCGP2442のT-DNA上の遺伝子をプローブとして用いてサザンハイブリダイゼーション法により解析したところ、導入遺伝子が染色体に挿入されていることが確認された。
【0081】
5μg/L Gleanを含むホルモンフリーMS固形培地に系統19907と系統26898のシュートを植えることにより組織培養物を作製した。4−5週間に発根の有無を観察したところ、系統26898は発根していたが、系統19907は発根していなかった。
【0082】
次に系統19907と系統26898および品種コルティナシャネルから得た葉の切片を5μg/L Glean を含むhalf-strength MS 固形medium with 0.5 mg/L IAAとGleanを含まないhalf-strength MS 固形medium with 0.5 mg/L IAA上において5週間培養した。5μg/L Glean を含む培地で培養した系統19907と品種コルティナシャネルの葉片はいずれも褐変した。系統26898の得られた葉片は緑色で発根が見られた。
【0083】
系統19907の葉と根からDNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN社)を用いて染色体DNAを抽出した。このDNA100 ngを鋳型にし、SuRB遺伝子を増幅するための合成プライマー(# 960 5’-ATT TCC GCC TCA TTA GAA GG-3’, # 1468 5’-GCC TCA TGT TTC CAT TTG TGC-3’) を用いてPCRを行った。反応はHot Star Taqを用い、25μlの反応体積で、95度の反応を 15 分行った後、 96度の反応を 1 分, 52度の反応30 秒, 72度の反応を2 分 からなる1サイクルを35 サイクル行い、さらに 72度の反応を7 分おこなった。この反応物をアガロースゲル電気泳動で解析したところ、葉由来のDNAを鋳型とした場合には、SURBのバンドが観察されたが、根由来のDNAを鋳型とした場合には、SURBのバンドが観察されなかった。
【0084】
葉はL1、L2、L3細胞からなり、根はL2、L3細胞からなることが知られている。以上の結果から、系統19907はL1細胞には導入遺伝子が入っているがL2,L3細胞には導入遺伝子が入っていないこと、すなわち、系統19907は導入遺伝子がL1 層にのみ存在するキメラ植物であること判断された。
【0085】
実施例10
各種植物について、本発明の技術の応用の可能性を検討した。
(1)ペチュニアへの感染例
花卉植物としてペチュニアを用いて、外来遺伝子としてフラボノイドの合成に係る遺伝子を導入した。
【0086】
カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター上流にエンハンサー配列を2回繰り返し持つEl235Sプロモーター配列(PlantCell Physiol. 37, 49-59 (1996))と、チョウマメのF3’5’H cDNA配列(特許出願番号WO 2004/020637に記載)、ノパリン合成酵素(nos)のターミネーター配列をバイナリーベクターpBinPlus(Trangenic Research, 4, 288-290 (1995))に導入してあるpSPB748(PlantCell Physiol. 43, s227 (2002))より、チョウマメF3’5’H cDNAとnosターミネーターの連結したDNA断片(約2.0kb)をBamHI消化とEcoRIの部分消化によって回収し、pBluescriptII (sk-)(Stratagene社)のBamHI/EcoRIサイトに導入することにより、プラスミドpB-Bnとした。マウスの異物応答配列(XRE)を6回繰り返し持つ6xXREプロモーター配列と、GUS遺伝子、nosターミネーターをpBluescriptII (ks+)(Stratagene)に導入してあるpBlueSXXREGUS(Kodama (2003) Molecular mechanisms of chemical-inducible gene expression in higher plants for monitoring and remediation of environmental contaminants, Diss.)よりGUS遺伝子とnosターミネーターの遺伝子カセットをXbaIとKpnIで抜き出し、同サイトにpB-BnからXbaIとKpnI消化で切り出したチョウマメF3’5’Hとnosターミネーターの連結したDNA断片(約2.0kb)を挿入し、pB-X6Bnを得た。バイナリーベクターpBin19上に、CaMV35Sプロモーターとnosターミネーターからなる発現ユニット2組にアルファルファモザイクウイルスの5’非翻訳(UTR)配列をそれぞれ付加させたAhRV及びArntを順方向に挿入したベクターpSKAVAt(Kodama(2003))のSalIサイトに、pB-X6BnをXhoI消化して切り出した6xXREプロモーター配列とチョウマメF3’5’H cDNA、nosターミネーター配列の遺伝子カセット(2.2kb)を導入することにより、pSPB1459を構築した。
【0087】
pSPB1459をアグロバクテリウムツメファシエンスAgl0株(BioTechnology 9, 963-967 (1991))に導入し、ペチュニア(品種PL, Skr4 xSw63 (Nature, 366, 276-279 と同じ))をリーフディスクを用いるアグロバクテリウム法で形質転換した。アグロバクテリウムへのプラスミドの導入、形質転換の方法は公知の方法(Plant J. 5, p81-92 (1994))によった。品種PLはフラボノイド3’,5’-水酸化酵素遺伝子、フラボノイド3’-水酸化酵素遺伝子を欠損しているため花色は白ないし薄いピンクであるが、本実験の目的には使用するペチュニア品種はPLに限定されるものではない。独立した形質転換ペチュニアPABを38系統取得した。
【0088】
(2)トレニアへの感染例 その1
花卉植物としてトレニアを用いて、外来遺伝子として選択マーカーの遺伝子であるGFP遺伝子を導入した。
CaMV35S-sGFP(S65T)-NOS3’ (Curr. Biol. 6, 325-330 (1996))をBamHIとEcoRIで消化し、sGFP遺伝子とnosターミネーター遺伝子の連結DNA(1.0kb)をpBluescriptII (sk-)のBamHI/EcoRIサイトに導入することにより、プラスミドpB-Gnを構築した。pBlueSXXREGUS-lastよりGUS遺伝子とnosターミネーターの遺伝子カセットをXbaIとKpnIで抜き出し、同サイトにpB-GnからXbaIとKpnI消化で切り出したsGFPとnosターミネーターの遺伝子カセット(1.0kb)を挿入、pB-X6Gnを構築。pSKAVAtのSalIサイトに、pB-X6GnをXhoI消化して切り出した6xXREプロモーターとsGFP、nosターミネーターの遺伝子カセット(1.2kb)を導入、pSPB1458を構築した。
【0089】
pSPB1458をアグロバクテリウムツメファシエンスAgl0株に導入し、リーフディスクを用いるアグロバクテリウム法でトレニア(品種サマーウェーブブルー:SWB(サントリーフラワーズ株式会社))リーフディスクに形質転換を行った。トレニアの形質転換は公知の方法(Mol. Breeding 6, 239-246 (2000))によった。SWBの花色は青であるが、本実験の目的には使用するトレニア品種はSWBに限定されるものではない。独立した形質転換トレニア系統TAGを40系統取得した。
【0090】
(3)トレニアへの感染例 その2
花卉植物としてトレニアを用いて、外来遺伝子としてフラボノイドの合成に係る遺伝子を導入した。
WO2005-059141に開示されている方法に準じ、トレニア品種サマーウェーブブルーを宿主植物として、上記同様のアグロバクテリウムを用いる方法により、オーロン合成に関わる遺伝子の発現カセットと、アントシアニン合成系遺伝子の発現をRNAiにより抑制するためのカセットを有するコンストラクト(pSFL307またはpSFL308)を導入した。得られたトレニアでは、花色が青から黄色に変化した。
【0091】
(4)タバコ、バーベナ、ニーレンベルギアへの感染例
花卉植物としてタバコ、バーベナまたはニーレンベルギアを用いて、外来遺伝子として転写因子遺伝子を導入した。
リン酸飢餓条件下で発現するシロイヌナズナのPHR1遺伝子(Genes & Development 15:2122-2133(2001))をTOPO-TACloningKit(インビトロジェン株式会社)を用い、解説書に従いpCR2.1ベクターにサブクローニングした。プライマーPHRf(5’-ATGGAGGCTCGTCCAGTTCAT-3’)とPHRr(5’-TCAATTATCGATTTTGGGACGC-3’)を用いたPCR反応で増幅した産物をサブクローニングし、pSPB1892とした。35Sプロモーターのエンハンサー配列とマノピンシンターゼプロモーターを連結した(Mac)プロモーターとマノピンシンターゼ(mas)ターミネーターを有するバイナリーベクターpSPB2311をSmaIで切断し、pSPB2311Aを得た。pSPB1892をEcoRIで切断し平滑化した断片をpSPB2311Aに挿入しpSPB2314を得た。
【0092】
引き続いて、公知の方法(Plant J. 5, 81, 1994)に基づいてpSPB1898を用いてアグロバクテリウム(菌株:Agl0)を形質転換し、このpSPB1898を有する形質転換体アグロバクテリウムを用いて、タバコ、バーベナ、ニーレンベルギアの形質転換を実施した。タバコ、バーベナ、ニーレンベルギアの形質転換はそれぞれ公知の方法(Science 227,1229,1985;Plant Cell Rep. 21,459, 2003;Plant Biotech. 23,19, 2006)に基づき行った。得られた植物体の遺伝子導入については、各植物体の葉よりDNAを抽出し、PHR1遺伝子をテンプレートとしたPCRにより確認した。タバコで11個体、バーベナで16個体、ニーレンベルギアで1個体のPHR1形質転換植物を取得した。
【0093】
(5)インパチェンス、ベゴニアへの感染例
花卉植物としてインパチェンスまたはベゴニアを用いて、外来遺伝子として転写因子遺伝子を導入した。
インパチェンス(Impatiens walleriana)の形質転換は基本的にUS Patent 6,121,511に従い、品種グリッターレッド(サカタのタネ)とテンポピンク(タキイ種苗)を用いておこなった。ビトロ苗から切り出した茎頂、節、葉柄、葉片を前培養液体培地(1mg/L TDZ 添加MS培地)で5日間前培養後、前培養固形培地(0.05mg/L NAA, 6mg/L Zeatin, 0.3%ゲランガム 添加MS培地)に48時間静置した。その後、pSPB2314を導入したアグロバクテリウム(菌株Agl0)を感染させ、選択培地上(0.05mg/L NAA, 6mg/L Zeatin, 100mg/L Kanamycin, 500mg/L Carbenicillin, 100mg/L Cefotaxime, 0.3%ゲランガム添加MS培地)で4−8週間培養しシュートを得た(表9)。葉片は容易に褐変してしまいシュートは得られなかった。茎頂および節では1つの外植片より多くのシュートが得られたが、偽陽性も多数含まれると考えられた。葉柄からのシュートは出現に時間がかかり、数も少ないが、最も確からしい。
【0094】
ベゴニア(Begonia Semperflorens)の形質転換は品種アンバサダーホワイトとアンバサダースカーレット(サカタのタネ)を用いておこなった。ビトロ苗から葉片と葉柄を切り出し、pSPB2314を導入したアグロバクテリウム(菌株Agl0)を感染させ、共存培養培地(0.5mg/L IAA, 0.1mg/L TDZ, 0.5% PVP, 2mg/L AgNO3, 200μM Acetosyringone, 0.3%ゲランガム添加MS培地)上で暗黒下3日間培養した。その後、前選択培地(1mg/L BAP, 1mg/L Zeatin, 0.1mg/L IAA, 500mg/L Timentin, 50μM Acetosyringone, 0.25%ゲランガム添加MS培地)で3−5日間、選択培地1(2mg/L TDZ, 0.1mg/L NAA, 100mg/L Kanamycin, 500mg/L Timentin, 0.4%寒天添加MS培地)で2週間、選択培地2(0.2mg/L BAP, 0.1mg/L NAA, 100mg/L Kanamycin, 500mg/L Timentin, 0.4%寒天添加MS培地)で2週間、選択培地3(100mg/L Kanamycin, 500mg/L Timentin, 0.4%寒天添加MS培地)で3週間連続して培養した。その間に形成されたシュートは直径5mm以上に成長したところで、周りの組織を削り取り、選択培地4(150mg/L Kanamycin, 500mg/L Timentin, 0.4%寒天添加MS培地)に移し、さらに2−3週間培養後、発根培地(100mg/L Kanamycin, 500mg/L Timentin, 0.4%寒天添加MS培地)に移し発根シュートを得た(表10)。
【0095】
【表9】

【0096】
【表10】

【0097】
以上のように、バラやカーネーション以外の花卉植物、例えばペチュニア、トレニア、タバコ、バーベナ、ニーレン、インパチエンス、ベゴニアなどにもアグロバクテリウムを用いて外来遺伝子を導入することが出来ることがわかった。導入する外来遺伝子としては、ここで挙げている具体的な遺伝子に限らず、導入後にL1細胞で機能する遺伝子であれば、いずれの遺伝子であっても同様の方法にてこれら花卉植物に導入することができると考えられる。本発明の技術はアグロバクテリウムを用いて外来遺伝子を導入することができる花卉植物に適応可能であることから、これらの植物についても、本発明の花卉植物、すなわち、導入遺伝子が形質転換体植物の一部の細胞にのみ存在し、他の細胞には存在しない花卉植物を作出することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明によって開示された方法によって作出される形質転換体植物は生殖細胞等を含むL2細胞層には導入遺伝子を有さず、L1層の細胞にのみ導入遺伝子を有するキメラ植物である。このような形質転換体は生殖細胞に導入遺伝子を有さないため、権限なき第三者により、当該遺伝子組換え植物が自由に交配親として利用される可能性を阻止することができる。
【0099】
また、遺伝子組換え植物に関しては、自然界への導入遺伝子の拡散が懸念されるところ、このような生殖細胞に導入遺伝子を持たない遺伝子組換え植物を作出することで、導入遺伝子拡散の可能性が完全に否定されることとなる。よって、遺伝子組換え植物を産業上利用しようとする者にとっては遺伝子組換え植物の商業利用のための承認申請(日本国内においては、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)」に基づく生物多様性影響評価など)に係る負担を軽減することとなる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外来遺伝子を、L1細胞層又はL3細胞層の内のいずれかの細胞層を構成する細胞内に含むが、花粉の細胞又は胚珠の細胞層であるL2細胞層を構成する細胞内には含まないバラ植物の生産方法であって、以下のステップ:
外来遺伝子を、アグロバクテリウムを介して、該バラ植物に導入し、そして
該外来遺伝子を、L1細胞層又はL3細胞層の内のいずれかの細胞層を構成する細胞内に含むが、花粉の細胞又は胚珠の細胞層であるL2細胞層を構成する細胞内には含まないバラ植物を選択する、
を含み、ここで、該外来遺伝子が、フラボノイド3',5'−水酸化酵素遺伝子、芳香族アシル基転移酵素遺伝子のいずれか一方又はその両者である、前記バラ植物の生産方法。
【請求項2】
前記外来遺伝子が、L1細胞層を構成する細胞内にのみ含まれる、請求項1に記載のバラ植物の生産方法。
【請求項3】
前記外来遺伝子が、スミレ科植物由来のフラボノイド3',5'−水酸化酵素遺伝子、ゴマノハグサ科植物由来の芳香族アシル基転移酵素遺伝子のいずれか一方又はその両者である、請求項1又は2に記載のバラ植物の生産方法。
【請求項4】
前記スミレ科植物が、スミレ科パンジーである、請求項3に記載のバラ植物の生産方法。
【請求項5】
前記ゴマノハグサ科植物が、ゴマノハグサ科トレニアである、請求項3又は4に記載のバラ植物の生産方法。
【請求項6】
前記バラ植物が、Rosa hybridaである、請求項1〜5のいずれか1項に記載のバラ植物の生産方法。
【請求項7】
前記バラ植物が、ハイブリッドティー、フロリバンダ又はミニバラである、請求項6に記載のバラ植物の生産方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のバラ植物の生産方法により生産されたバラ植物又は栄養増殖体あるいはその組織又は部分。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−200754(P2010−200754A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−90721(P2010−90721)
【出願日】平成22年4月9日(2010.4.9)
【分割の表示】特願2009−507564(P2009−507564)の分割
【原出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(599093731)インターナショナル フラワー ディベロプメンツ プロプライアタリー リミティド (5)
【Fターム(参考)】