説明

表面処理方法

【課題】 プラスチック等の基材表面を洗浄・改質する処理において、オゾン生成を伴う紫外線照射による処理の後に基材表面のぬれ性が長時間持続する方法を提供する。
【解決手段】 オゾン生成を伴う紫外線照射による処理と電子線照射処理を併用する。すなわち、基材表面に対してオゾン生成を伴う紫外線照射による処理を実施する前または後に、その同じ基材表面に対して電子線照射処理を実施する。オゾン生成を伴う紫外線照射による処理と電子線照射処理とでどちらを先に実施するかは、予備実験により見極め、効果の高い方を選択する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチック等の基材表面を洗浄・改質する処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
オゾン(O)の生成を伴う紫外線照射による表面処理は古くから知られており、プラスチック、ガラス、金属、セラミックス等の基材表面の洗浄に有効であることは認められている。
【0003】
表面洗浄のメカニズムは次のように説明されている。すなわち、表面洗浄において、例えば、主たる放射光が波長185nmと254nmの紫外線である低圧水銀ランプを紫外線光源として用いると、185nmの紫外線は空気中の酸素分子を分解してオゾンを生成する(下記反応式1及び2)一方、254nmの紫外線は生成したオゾンを分解し励起状態の活性酸素原子(O・)を生成する(下記反応式3)ので、下記反応式1から3で示されるサイクル反応が起きる。そこで、このオゾン及び活性酸素原子の強い酸化作用により、基材表面に付着した有機物が揮発性分子(例えばHO、CO、CO、NO等)に変化し表面から除去される。なお、プラスチック等の有機系基材表面の改質においても、オゾン生成を伴う紫外線照射が有効であり利用されている。
【0004】
(反応式1)
+hν(185nm)→O+O
【0005】
(反応式2)
+O→O
【0006】
(反応式3)
+hν(254nm)→O・+O
【0007】
オゾン生成を伴う紫外線照射による表面処理技術に関する全般的な記述が、例えば非特許文献1に開示されている。
【0008】
【非特許文献1】水町 浩・鳥羽山 満 監修「表面処理技術ハンドブック―接着・塗装から電子材料まで―」、p.526−531、株式会社エヌ・ティー・エス(2000年)
【0009】
一般に、プラスチック等の基材表面に紫外線を照射する場合、その表面近傍に上記数式3により生成した活性酸素原子が存在すると、その強い酸化作用により極性のある親水性の高いOH、COOHなどの官能基が形成され、表面のぬれ性が高くなる。前記のような、オゾン生成を伴う紫外線(UV)照射による処理(以下、「UV−オゾン処理」と略す)では、表面のぬれ性向上は一層顕著である。
【0010】
しかしながら、UV−オゾン処理には次のような問題点があった。すなわち、UV−オゾン処理が行なわれた基材の表面を大気中に暴露した状態で長時間放置すると、数日間はぬれ性が保持されているが、やがて基材の表面状態が変化し、付与されたぬれ性が低下していくことが知られている。こうした事実は、例えば非特許文献1に記載されている。
【0011】
そのような経時変化の原因としては、基材のごく浅い表面にある高分子セグメントが回転し、ぬれ性の高い官能基が樹脂内部に埋没してしまうことなどが考えられている。
【0012】
このため、UV−オゾン処理は、それに続く次の工程(例えば接着工程、塗装工程など)の直前に行なうことが原則となり、製造ラインの柔軟な構成および生産の効率化に問題を引き起こしていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明が解決しようとする技術的課題は、UV−オゾン処理後の基材表面のぬれ性が長時間持続する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者は、基材表面にUV−オゾン処理を行なう場合、その処理の前又は後に、その同じ表面に電子線を照射する処理を実施しておくと、UV−オゾン処理だけの場合よりも表面のぬれ性が長時間持続することを見出した。
【0015】
すなわち、請求項1に係る発明は、基材表面を処理する方法において、オゾン生成を伴う紫外線照射による処理と、電子線照射による処理のうち、いずれか一方を先に実施する、2段階の処理を行なうことを特徴とする表面処理方法である。
【0016】
請求項2に係る発明は、基材表面を処理する方法において、UV−オゾン処理の後、引き続いて所定時間内にその処理を施した表面に電子線照射による処理を実施する、2段階の処理を行なうことを特徴とする表面処理方法である。
【0017】
請求項3に係る発明は、請求項2に係る発明において、UV−オゾン処理を3〜5分行ない、その後10分以内に、50〜300kVの加速電圧で150kGy以上の吸収線量の電子線を照射することを特徴とする表面処理方法である。
【発明の効果】
【0018】
請求項1乃至3に係る発明においては、UV−オゾン処理の後に電子線照射処理を行なうか又は電子線照射処理の後にUV−オゾン処理を行なう、2段階の処理によって、基材表面の初期の良好なぬれ性が数日間にわたり維持されるという、UV−オゾン処理、電子線照射処理それぞれ単独の処理では得られない大きな効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明に係る表面処理方法の最良の実施形態は、まずUV−オゾン処理を行なうための紫外線処理装置と、電子線照射装置とを用意する。前記紫外線処理装置に搭載する紫外線光源としては、185nm及び254nmの波長の紫外線を同時に照射できるもの、例えば低圧水銀ランプ等、または172nmの波長の紫外線を照射できるもの、例えばキセノンガス等を用いたエキシマランプ等、あるいはこれらの波長の紫外線を発生するプラズマ装置等を用いる。前記電子線照射装置としては、50〜300kVの加速電圧で150kGy以上の吸収線量の電子線を照射できるものを用いる。
【0020】
ここでは、表面処理手順として、UV−オゾン処理の後に電子線照射処理を行なう2段階処理について記述する。すなわち、まず前記紫外線処理装置を用いて基材表面に対して酸素の存在下でUV−オゾン処理を3〜5分間行ない、その後10分以内に、前記電子線照射装置を用いて50〜300kVの加速電圧で150kGy以上の吸収線量の電子線を該基材表面に照射する。
【実施例】
【0021】
以下、実施例に基づいて本発明の作用・効果を詳しく説明する。
【0022】
被処理基材には、すべて同一材質のポリエチレン板(三菱化成工業製)を用いた。UV−オゾン処理を行なうことができる紫外線処理装置には、岩崎電気製一般型紫外線洗浄・改質装置OC2507(合成石英ガラス製発光管からなる低圧水銀ランプ25W(型式QOL25SY)7灯搭載、バッチ式処理)を用いた。また、電子線照射処理には、岩崎電気製電子線照射装置CB250/30/20mAを用いた。
【0023】
表面処理操作のうち、前記紫外線処理装置を用いたUV−オゾン処理は、紫外線照度約15mW/cm、オゾン濃度約300ppmの条件で3分、5分、または10分処理を行なった。前記電子線照射装置を用いた電子線照射処理は、加速電圧150kV、吸収線量約150kGy、搬送スピード10m/minの条件で行なった。電子線の照射時間は約1秒とした(電子線照射は通常、数秒以内で行なわれる)。
【0024】
254nmの波長の紫外線照度は岩崎電気製紫外線照度計UVPF−A1にて測定し、オゾン濃度は荏原実業(株)製EG−2001にて測定した。
【0025】
表1に今回の実験に用いた処理方法を示す。処理方法Aは、被処理基材表面に対してまずUV−オゾン処理を行ない、その5分後にその被処理基材表面の同じ部位に対して電子線照射処理を行ない、その後その被処理基材を放置する方法であり、本発明の実施例の処理方法に当たる。対象処理方法として次の4種類の処理方法で実験を行なった。処理方法Cは処理方法Aの逆で、被処理基材表面に対してまず電子線照射処理を行ない、その5分後にその被処理基材表面の同じ部位に対してUV−オゾン処理を行ない、その後その被処理基材を放置する方法である。この他、被処理基材にUV−オゾン処理のみを施す方法、電子線照射処理のみを施す方法、及び無処理とする方法を採用した(それぞれ、処理方法B、D、E)。
【0026】
UV−オゾン処理から電子線照射処理へ、または電子線照射処理からUV−オゾン処理へ移るまでの上記5分間、各試料はいずれも、空気に曝された状態で放置され、搬送スピード10m/min程度で次工程へ搬送した。
【0027】
これら5種類の試料は、いずれも同じアクリル製デシケータ内に放置し、6〜19日後の表面のぬれ性の変化を追跡調査した。ぬれ性の評価は接触角の大きさにより行ない、協和界面科学製接触計CA−XP150特型を用いて接触角を測定した。
【0028】
表2に処理前後の接触角測定結果を、表3に放置時の接触角測定結果を示す。また、図1には、UV−オゾン処理を5分行なった場合の、放置時の接触角の経時変化を示す。
【0029】
表2に示されているように、UV−オゾン処理または電子線照射処理を受けた基材表面はいずれも、数°(度;接触角の単位(以下同じ))から20数°程度の範囲で接触角が低下する。しかし、上記実験から、基材表面が最初に受ける処理の種類、及びその後受ける処理の有無と種類によって、その後の接触角の変化のしかたが異なることが分かった。
【0030】
UV−オゾン処理後に電子線照射処理を行なった場合は、まず第1段階のUV−オゾン処理によって、いずれの試料もその処理時間によらず接触角が20数°低下した。この接触角は、UV−オゾン処理時間が3分及び5分である試料の場合、次の電子線照射処理によってさらに数°低下した。こうして、UV−オゾン処理後に電子線照射処理を行なうことによって、接触角が段階的に低下していき、表面のぬれ性が向上することが分かる。これは、電子線を照射することにより被処理物の表面で架橋反応が起こり、ぬれ性の高い官能基セグメントの回転が少なくなるためと考えられる。なお、UV−オゾン処理時間が10分の場合は、第2段階の電子線照射処理によって逆に接触角が幾分増加する結果となった。この理由は不明である。
【0031】
一方、先に電子線照射処理を行ない、その後UV−オゾン処理を行なった場合でも、接触角が段階的に低下していき、表面のぬれ性が向上していく傾向を示し、初期値(未処理時の接触角)に対する最終的な接触角の減少の度合いは、後で電子線照射処理を行なう場合とほぼ同等であった。この結果は、UV−オゾン処理の時間によらず共通であった。なお、先に電子線照射処理を行なう場合の、被処理物表面での物性変化のメカニズムは明確ではない。なお、表2から、接触角の低下に対する寄与の大きさを、UV−オゾン処理と電子線照射処理とで比較すると、前者の方が大きいことも分かる。
【0032】
次に、5種類の試料の表面のぬれ性の経時変化を接触角を指標にして比較すると、表3及び図1に示されているように、UV−オゾン処理後に電子線照射処理を受けた試料(処理方法A)では、UV−オゾン処理時間にかかわらず、放置時間の経過とともに接触角が全体として減少していく傾向にあり、表面のぬれ性が保持されるというよりむしろ、放置している間にぬれ性が幾分向上する傾向を示した。接触角の低下の度合いは試料の放置時間によって異なり、放置の初期段階(6日目程度まで)に10°以上の大きな低下を示したが、その後は低下の度合いが徐々に小さくなっていった。このような接触角の経時変化に関するメカニズムは明確ではないが、電子線照射によって表面近傍でラジカルが発生し、表面物性が変化したことが関係していると考えられる。
【0033】
また、電子線照射処理後にUV−オゾン処理を受けた試料(処理方法C)の場合は、UV−オゾン処理時間によって接触角の変化の様子が異なっていたが、放置時間のある時点までは接触角が低下を続け、その後緩やかな増加に転じるという概略の傾向は共通していた。そうして、UV−オゾン処理と電子線照射処理の順序に関して、電子線照射処理を先に行なった場合は後に行なった場合よりも経時的な接触角の低下の度合いは最大で10°程度小さかった。
【0034】
これに対して、UV−オゾン処理のみの試料(処理方法B)の場合は、放置時間の経過とともに緩やかに接触角が増加していく傾向を示した。また、電子線照射処理のみ(処理方法D)の場合は、初期段階(6日目程度まで)では20°程度の大きな接触角低下を引き起こしたが、その後は緩やかな増加に転じた。
【0035】
なお、無処理の試料(処理方法E)の場合、接触角の経時変化は、6日目程度までは変化がなく、その後15日目程度まで緩やかに低下し、次いで僅かな増加に転じるという経過をたどった。このことは、UV−オゾン処理及び電子線照射処理以外の要因でも接触角が変化し得ることを示している。UV−オゾン処理後に電子線照射処理を受けた試料(処理方法A)でUV−オゾン処理時間5分の場合に、経過日数15日目以降、接触角が増加している(図1、表3)のは、こうした影響があったものと考えられる。
【0036】
結局、初期値に対する接触角の減少(表面のぬれ性の向上)の度合いが最も大きく、かつ処理によって実現させた小さい接触角(良好なぬれ性)が最も長く維持されるのは、UV−オゾン処理後に電子線照射処理を行なう処理方法Aの場合だけであった。
【0037】
以上の説明では、UV−オゾン処理後に電子線処理を受けるまで放置する時間を5分とした場合であったが、本発明ではこれに限定されることはなく、この時間が10分以内であれば、同様の効果があり、UV−オゾン処理に続く電子線処理の後の表面のぬれ性を数日間保持させることができる。
【0038】
以上の説明ではまた、被処理基材はポリエチレン板であったが、アクリル板、ポリカーボネート板等、他のプラスチック材料でも同様の効果がある。なお、当然のことながら、基材の材質が異なれば接触角の数値も異なる。
【0039】
以上のことから、上記実験条件の範囲内では、小さい接触角を長く維持するには、UV−オゾン処理後に電子線照射処理を行なう処理手順が最も好ましい。しかしながら、上述した19日目までの経時変化の追跡結果にも示されているように、電子線照射処理をUV−オゾン処理の前に行なうのと後に行なうのとで、接触角の値の差はせいぜい10°程度であり、この程度の差では次工程に影響しないケースも多い。従って、先に電子線照射処理を行ない次いでUV−オゾン処理を行なうという処理手順は、小さい接触角を長く維持する手段として不適切である訳ではなく、一定の効果を有している。
【0040】
そこで、本発明では、UV−オゾン処理と電子線照射処理とでどちらを先に実施するかは、上記実施例の説明に限定されることはなく、被処理基材の材質、処理環境等に応じて、予備実験を実施するなどして予め見極めた上で、効果の大きい方を適宜選択すればよい。




































【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

















【0043】
【表3】

注)表中の数値は接触角(単位:°)
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、プラスチック等の基材表面を洗浄・改質する処理方法に適用される。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】試料表面の接触角の経時変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面を処理する方法において、オゾン生成を伴う紫外線照射による処理と、電子線照射による処理のうち、いずれか一方を先に実施する、2段階の処理を行なうことを特徴とする表面処理方法。
【請求項2】
基材表面を処理する方法において、オゾン生成を伴う紫外線照射による処理の後、引き続いて所定時間内にその処理を施した表面に電子線照射による処理を実施する、2段階の処理を行なうことを特徴とする表面処理方法。
【請求項3】
オゾン生成を伴う紫外線照射による処理を3〜5分行ない、その後10分以内に、50〜300kVの加速電圧で150kGy以上の吸収線量の電子線を照射することを特徴とする請求項2記載の表面処理方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−43646(P2006−43646A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−231776(P2004−231776)
【出願日】平成16年8月9日(2004.8.9)
【出願人】(000000192)岩崎電気株式会社 (533)
【Fターム(参考)】