赤色アマランサスおよびその栽培方法
【課題】葉菜用アマランサスの商品価値を高めるために赤色の発色を増強させ、一定品質のアマランサスを供給すること及びその栽培方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明のアマランサスの栽培方法は、アマランサスの生育過程において有効量の金属塩を含む水溶液と接触させて栽培し、クロロフィルを減少させ相対的にベタシアニン含有量を増加させたことを特徴とする水耕栽培方法である。金属塩濃度は25mM〜100mMの濃度であり、葉の細胞内におけるクロロフィルとベタシアニンの含有(ng/cm2)比が、58000:13〜40000:17である赤色アマランサスが得られる。
【解決手段】本発明のアマランサスの栽培方法は、アマランサスの生育過程において有効量の金属塩を含む水溶液と接触させて栽培し、クロロフィルを減少させ相対的にベタシアニン含有量を増加させたことを特徴とする水耕栽培方法である。金属塩濃度は25mM〜100mMの濃度であり、葉の細胞内におけるクロロフィルとベタシアニンの含有(ng/cm2)比が、58000:13〜40000:17である赤色アマランサスが得られる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アマランサスの栽培方法に関し、特に葉菜用アマランサスとして利用される、葉が鮮やかな赤に発色させたアマランサスおよびその栽培方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アマランサスは、ハゲイトウの仲間で、ヒユ科、ヒユ属の1年草本である。種分化は非常に多様で、雑種も多く、分類は難しい。種の数は分類により約20種〜約300種と大きな幅があり、近年の研究によると、アマランサスは3亜属70種に分類できるという。観賞用、子実用、野菜用の用途があって、10種ほどが食用に供されている。南米ではインカ帝国の昔から種子を穀物として栽培され、トウモロコシ・豆類に匹敵する重要作物であった。表現型が多様であり、日本では、東北地方でヒモゲイトウ、センニンコクの名前で観賞用、食用に栽培されていたが、作物としての栽培にはみるべきものは無かった。
【0003】
しかし、近年の健康志向により見直され、雑穀として栄養成分が豊富なこと、タンパク質、鉄、カルシウム、カリウムなどのミネラルの他、穀物に不足がちな必須アミノ酸であるリジン、メチオニン、フェニルアラニンなども多く含んでおり、健康食品として販売されるようになっている。また、水田転換作物としても期待されており、子実だけでなく、葉菜についてもホウレンソウと同様な調理法で、くせがなく、さっぱりした食感のため、おひたしや漬け物、炒め物や赤色を生かした野菜サラダなどとして食されるようになった。
【0004】
野菜としてのアマランサスの葉は、特に鮮やかな赤紫色が、彩り野菜として商品価値が高いと考えられる。しかし、栽培環境等の差異により葉色が変化するため、商品としての価格設定を維持するには葉色を一定基準以上の赤に発色させることが必要である。この赤色発色の基となる物質は、アマランサス中のベタシアニンというポリフェノールの一種である。
【0005】
ところで、一般に、植物の葉が緑色に見えるのは光合成の中心的役割を果たすクロロフィルが原因であるが、寒くなり日照時間が短くなるとクロロフィルが分解され、また、葉柄の付け根に離層という特殊な水分を通しにくい組織ができ、葉で作られた水溶性のブドウ糖や蔗糖などの糖類やアミノ酸類が葉に蓄積し、その糖から光合成を利用して新たな色素が作られたりする。その過程で葉の色が赤や黄色に変化し、いわゆる紅葉が起こる。
【0006】
アマランサスの赤色は前記の紅葉とは異なるが、アマランサスの葉色をより鮮やかに赤く発色させるためには、緑色色素のクロロフィルの含有量を抑えて赤色色素のベタシアニンの色をより発現させるか、ベタシアニンそのものの含有量を増大させること(いずれにしても相対比でベタシアニン量を増やすこと)が必要と思われる。このアマランサス中のベタシアニン量を増加させる技術に関する先行文献としては、例えば過酸化水素で処理する方法(非特許文献1)や、サリチル酸処理によるもの(非特許文献2)などがあるが、商品化を見据えた場合には実用的な方法とはいい難い。
【0007】
また、カルス(固形培地上等で培養されている分化していない状態の植物細胞の塊)培養におけるベタシアニン系色素の増大方法として、赤ビートの根茎に蓄積するベタシアニン系色素を、人為的に効率よく製造する方法(特許文献1)や、ハゲイトウを組織培養してカルスを誘導し、培地で明所にて赤色色素産生細胞を選択しながら継体培養し、ベタシアニン色素を回収する方法(特許文献2)などがある。これらの方法は試験管的に行い、色素のみを選択的に回収することを目的とするもので、アマランサスを野菜として商品化する上では、直接栽培方法に応用することは困難である。
【0008】
なお、従来から塩による植物のストレスについては、細胞外に存在する塩によって細胞内のアミノ酸や糖の種類や含量の変化が起こり、細胞内の浸透圧を調節して、塩ストレスに対して耐性を有するようになるといった、塩ストレスを受けた植物の生理的反応(具体的には、イオン濃度調節遺伝子によって、根からの塩の吸収を防止したり、取り込んだ塩を細胞内代謝とは区別された液胞に閉じ込めるなどの仕組みにより生理活性への障害を回避する反応)についてはよく知られている。しかしながら、塩ストレスにより植物にどのような表現型が現れるのか、また塩ストレスを積極的に植物の栽培に利用することは行われておらず、むしろどのような方法により塩ストレスを緩和・回避するかに関して提案されている(特許文献3)のである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平2−242691号公報
【特許文献2】特開平4−63599号公報
【特許文献3】特開平8−193018号広報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】ワングら(C.Q.Wang et al.)Plant Science 172、1〜7、2007年
【非特許文献2】カンダカー(L.Khandaker)岐阜大学大学院連合農学研究科、博士論文、2008年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記の通り、葉菜用アマランサスの商品価値を高めるために赤色の発色を増強させ、一定品質のアマランサスを供給すること及びその栽培方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のアマランサスの栽培方法は、その生育過程において有効量の金属塩を含む水溶液と接触させて栽培し、いわゆる適度な塩ストレスを与えて葉の細胞内におけるクロロフィル含有量を減少させ、相対的にベタシアニン含有量を増加させたことを特徴とする水耕栽培による方法である。これによって緑の発色が抑えられ、赤の発色がより強調されることとなる。
【0013】
前記金属塩濃度としては、25mM〜100mMの濃度範囲であることが好ましい。25mM未満では、赤色発色の増強効果が低く、100mMより高濃度で作用させると、却って塩ストレスによりアマランサスの生育事態が妨げられるためである。なお、前記金属塩は塩化ナトリウムや塩化カリウムなどの人体に対する安全性に問題が無いものを使用することが好ましい。
【0014】
また、赤色発色の程度としては、塩ストレスにより得られるアマランサスの葉の細胞からクロロフィルおよびベタシアニンを抽出して対比すると、両者の含有(ng/cm2)比が58000:13〜40000:17の範囲にあるものが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、有効量の金属塩を含む水溶液をアマランサスの生育過程において接触させて栽培し、葉色が鮮やかな赤色を呈するようにした水耕栽培である。天然で栽培するアマランサスの葉色に比較して赤色の発色具合が良く、一定以上の発色を維持することができるので、商品価値の維持、品質管理に極めて有効である。また、金属塩としては人体に対する安全性が高いものを使用すればよいので、収穫されるアマランサスを従来品と同様に扱い、食することができる。
【0016】
本発明の水耕栽培では通常の液肥に金属塩を規定濃度になるように添加するだけで良いので、簡便に利用することができる。金属塩は塩化ナトリウムや塩化カリウムなどの非常に安価な塩を利用でき、施用方法もこれを所定の水溶液にして施肥するだけですむため、従来になかった赤色アマランサスを安価にかつ大量に市場に提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、実施例1における塩ストレスをかけないで水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図2】図2は、実施例1における25mMの塩化ナトリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図3】図3は、実施例1における50mMの塩化ナトリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図4】図4は、実施例1における75mMの塩化ナトリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図5】図5は、実施例1における100mMの塩化ナトリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図6】図6は、実施例1における塩化ナトリウムを各種濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉の細胞に含まれるベタシアニン含量を示す。
【図7】図7は、実施例2における塩ストレスをかけないで水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図8】図8は、実施例2における25mMの塩化カリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図9】図9は、実施例2における50mMの塩化カリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図10】図10は、実施例2における75mMの塩化カリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図11】図11は、実施例2における100mMの塩化カリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図12】図12は、実施例2における塩化カリウムを各種濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉の細胞に含まれるベタシアニン含量を示す。
【図13】図13は、実施例2における塩化カリウムを各種濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉の細胞に含まれるクロロフィル含量を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に本発明の水耕栽培方法および得られる赤色アマランサスについて詳述する。
【0019】
本発明の赤色アマランサスは、生育過程において有効量の金属塩水溶液と接触させることが重要である。いわゆる塩ストレスを与えることとなる。一般に塩ストレスは、植物に対して悪影響を与えると考えられており、植物は細胞内の浸透圧を調節して塩ストレスに対して防御機構を働かせる。しかしこのストレスの影響が植物の防御反応の閾値を超えてしまうと健全な生育を阻害し、やがて個体の枯死を引き起こすこととなる。本発明では、適度な塩ストレスがアマランサスの生育に対しては、赤色発色を際だたせることができるという新規な知見に基づくものである。こうして葉色を管理することによって、赤色アマランサスの好ましい調理法の一つである彩り野菜のサラダに最適な一定品質のアマランサスを供給することができるのである。
【0020】
アマランサスを金属塩水溶液と効率よく接触させるためには水耕栽培が最も適している。勿論、近年の化学肥料の大量使用や長期にわたる連作によって土壌中での塩類が高濃度に集積した土地や、この塩類集積の弊害が頻発するとされるハウス土壌、或いは海岸付近地域での海水などによる塩害、乾燥地帯での過度の蒸散による表層土壌の塩類集積地など、敢えて一般の土壌よりも塩濃度が高い土地で栽培することも可能である。しかしそのような場合には、土壌を有効塩濃度に調整するために、土壌の交換や灌水などに多大の費用や労力を要することになりかねず、本発明においては水耕栽培を推奨するものである。
【0021】
有効量の金属塩水溶液として、使用される金属塩によって異なるが、具体的には金属塩の濃度が、25mM〜100mM、より好ましくは50mM〜75mMの範囲である。前記濃度範囲未満では、塩ストレスの効果すなわち赤色発色を強調させることが困難であり、一方、前記範囲より高濃度の金属塩水溶液を接触させるとアマランサスの生育そのものを阻害するからである。
【0022】
金属塩とは、酸の水素を金属に置き換えた化合物の総称で、具体的には塩化ナトリウム、塩化カリウムの他、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二ナトリウム、リン酸二水素カリウムなどがあり、これらを一種以上組み合わせて用いる。これらの中で、本発明においては、アマランサスの生育、発色、採取・食用する人体、使用環境等への様々な影響や、コスト、操作性などを考慮して、塩化ナトリウムおよび塩化カリウムが最も好ましい。
【0023】
金属塩水溶液には、前記金属塩の他にいわゆる水耕栽培用液肥としての成分を含むことができる。当該成分には、硝酸カルシウム、硝酸カリウム、リン酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、硫酸マグネシウムなどの比較的多量な要素の栄養成分の他、微量要素の硫黄、鉄、マンガン、ホウ素、亜鉛、銅、モリブデンなどが相当する。これらの成分を含む溶液を水耕栽培用液肥といい、一般に使用される水耕栽培用液肥を以降では、便宜上「通常の水耕栽培用液肥」と呼ぶこととする。既に記載の通り前記成分には本発明の金属塩と重複する化合物があるが、本発明では前記金属塩を単独若しくは組み合わせて用いるか、通常の水耕栽培用液肥の各成分の濃度は従来通りとし、それに追加して前記金属塩を所定量含むものを水耕栽培に用いる。
【0024】
本発明のアマランサスの水耕栽培方法は一般的な方法とほぼ同様であり、およそ以下の通りである。まず、赤色アマランサス(Amaranthus tricolor L)をたねまき用土(例えばバーミキュライト(ヒル石を高温で膨張させた土で、指で簡単に崩すことができる))に播種し、発芽・生育した苗を水耕栽培装置に移植する。この後、(a)有効量の金属塩を含む水溶液と通常の水耕栽培用液肥との接触を定期的に繰り返す、(b)有効量の金属塩を含む水耕栽培用液肥と通常の水耕栽培用液肥との接触を定期的に繰り返す、(c)有効量の金属塩を含む水耕栽培用液肥を接触させ続ける、のいずれかの方法若しくは2種以上の方法を組み合わせて、アマランサスに対して塩ストレスを与える。
【0025】
前記(a)のサイクルは塩ストレスが強い溶液と、それが解消された溶液とが繰り返されてストレスを波状に与えることが特徴で、(c)は急激な環境変化の繰り返しが無い代わりに、長期に渡って塩ストレスを受け続けることになる。また(b)は最も塩ストレスが緩和された接触方法と言える。中でも、アマランサスの生育への影響を最小限にしつつ赤色発色を効果的にするという理由で(c)の方法が好ましい。
【0026】
一般に水耕栽培は、流動法と静置法とに分類され、流動法には薄膜水耕(NFT)と湛液型水耕が、静置法には毛管水耕とパッシブ水耕と呼ばれる栽培法がある。例えば、NFTは、1%程度の緩やかな傾斜を持つ平面上に、培養液を薄く(少量ずつ)流下させるもので高設化できるので作物と地面の距離をあけて地面からの病害虫の進入を減らすことができるという利点がある。また、湛液型水耕は、栽培ベッドに肥料が溶けた液肥を溜め、土を使わずに液肥のみで栽培する。NFTに比べ液肥の量が多いため肥料濃度や液温の変化がゆるやかとなり、管理しやすいが、根の酸素吸収が液肥の溶存酸素量に依存するため、根圏酸素要求量が多い作物では生育が劣ることがある。一方、毛管水耕は、吸水性の不織布上に苗を定植し、根を湿気中で生育させる方法で、土床栽培と同様に、根へより多くの酸素を供給することができるという点で優れている。さらに、パッシブ水耕は、固形培地を柱状にし、その下方を液肥で満たし、液肥の水位が下がるにつれ根が空中に曝され酸素が根に供給される方法である。本発明では、流動法、静置法のいずれをも採用することができる。
【0027】
本発明の金属塩を含む水溶液と接触させる時期であるが、発芽後2週間〜6週間、好ましくは3週間〜4週間である。前記時期より早いと苗が十分な耐性を有していないので、生育を阻害するおそれがあり、前記時期より遅いと赤を強調した葉色にすることが困難になるからである。
【0028】
本発明の水耕栽培により得られる赤色アマランサスは、上記のように塩ストレスによって葉色をより鮮やかな赤に発色させている。この色についての評価はL*a*b*表色系で測定できる。L*a*b*表色系は、いわゆるUCS(Uniform Color Space)の代表的なもので、「均等色空間」と言われる。UCSつまり均等色空間とは、心理的(色を見たとき)に、同じ色違いに見える色同士の距離(心理的な距離感)を均等にしてある色立体(=色空間)のことである。CIE(国際照明委員会)が1976年に推奨した色空間で、CIE1976(L*a*b*)表色系と呼ばれ、CIELABと略記される。日本工業規格では、JIS Z 8729に規定されている。
【0029】
たとえば、赤2色の色違いの度合いと、緑2色の色違いの度合いが、心理的に同じに見える時には、その2色間の
距離を同じにするという考え方のもとに開発されたシステムである。色の並びが均等にできている、ということで、UCSと呼ばれている。このシステムの利点は、色違い(色差)が均等に測れる点である。つまり、製品の色彩管理に向いているのである。色差が均等にできている性質のことを、等色差性といい、等色差性を持つ代表的システムとしては、マンセル表色系がある。L*a*b*表色系は、そのマンセルシステムをモデルとして改良されてきたものだが、まだ完璧ではない。しかし、等色差性をよく持っているので、現在では、マンセルシステムと並んで、産業界では非常によく使用されている。
【0030】
また、葉色を決定づけている、ベタシアニン並びにクロロフィルそれぞれの含有量については、以下のような手順により測定することができる。
【0031】
ベタシアニン含量の測定は、Wyler et al.(1959)の方法に準じて行う。すなわち、冷凍保存させた葉を12mmリーフパンチで切り抜き、切り抜いた葉2枚に50μMアスコルビン酸を加えた80%メタノール20mlを添加し、乳鉢・乳棒により磨砕後、ろ液を136回転/分で30分間振とうする。その後、3000rpmで10分間遠心分離した上清を分析試料とする。なお、KCl処理では切り抜いた葉は1枚とし、50μMアスコルビン酸を加えた80%メタノール10mlから分析試料を作成する。得られる分析試料を分光光度計で540nmにおける吸光度を測定し、ベタシアニン含量についてLambert-Beerの法則に基づき、次式により換算する。
A=c×l×ε
上記式において、A:吸光度、c:濃度(mol-1)、l:セル長(cm)、ε:吸光係数(M-1cm-1)を示し、ベタシアニンの分子量=550、540nmにおけるε(吸光係数)=6.2×106として計算する。本発明では、NaCl処理の場合は処理前に第4葉、第5葉を測定対象とし、処理後は第7葉、第8葉を測定対象として測定した。一方、KCl処理の場合には、処理前に第5葉、第6葉を、処理後は第8葉、第9葉を対象とする。ここで、例えば第4葉とは、下から数えて4番目の葉を、第5葉とは同様に下から数えて5番目の葉のことであり、いずれの場合も目視で最大面積の葉を測定対象とするので、必ずしも前記葉を測定するとは限らないが、おおむね前記順番の葉が使用される。また、処理前の測定により第4葉、第5葉が一部喪失されるが、第7葉、第8葉はこれらの喪失した葉をカウントに入れて数えたものである。
【0032】
クロロフィル含量の測定はPorra et al.(1989)の方法に準じて行う。すなわち、冷凍保存した葉を12mmリーフパンチで切り抜き、80%アセトン1mlを添加し、乳鉢・乳棒により磨砕して抽出する。抽出は2回行い、抽出後ろ液を3000rpmで10分間遠心分離し、上清を分析試料とした。得られる分析試料を分光光度計で下記各波長における吸光度を測定する。得られた吸光度から、クロロフィル含量を次式により換算する。
Chlorophyll a=12.25×(A663.6−A750)−2.55×(A646.6−A750)
Chlorophyll b=20.31×(A646.6−A750)−4.91×(A663.6−A750)
Chlorophyll a+b=7.34×(A663.6−A750)+17.76×(A646.6−A750)
各計算式中のAは各測定波長での吸光度である。
【0033】
前記に示すような方法により、アマランサスの細胞を調べたところ、本発明の栽培方法によれば、クロロフィルを減少させ、相対的にベタシアニンの色素量を増加させることによって赤色アマランサスの葉色を鮮やかな赤に発色させることができることが分かった。そのようなアマランサスの葉の細胞内におけるクロロフィルとベタシアニンの含有比は、58000:13〜40000:17、好ましくは45000:13〜37000:19の範囲内にある。クロロフィルが前記比率より多くなると赤色が抑えられることになり、ベタシアニンが前記比率より多くなるようにすると塩ストレスがアマランサスの生育を阻害するおそれがあるからである。
【0034】
以下本発明をより具体的に明らかにするために、本発明に係る幾つかの実施例を示す。
【実施例1】
【0035】
バーミキュライト培地に赤色アマランサス(品種:Rocto Alta)を播種し、発芽・生育した苗を17日後に水耕栽培装置へ移植した。11日間、通常の水耕栽培用液肥で栽培したのち、5段階の濃度に調整したNaClを含む液肥に切り替え塩ストレスを与える栽培を開始した。処理区は0mM、25mM、50mM、75mM、100mMとした。処理前と処理開始1週間後に、植物の葉色をL*a*b*表色系で測定し、さらにベタシアニン含量を測定した。
【0036】
その結果を表1および図1〜図6に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
無処理区の葉では、処理開始の前後で全体的な葉色に大きな変化はなかった(表1、図1)。一方、塩ストレス処理するとa*とb*の値が共に大きくなる傾向がみられ、葉の赤みが強くなった。特に葉色の変化は、50mM以上の塩化ナトリウム濃度で塩ストレスをかけると明らかとなった。また、葉のベタシアニン含量を調べたところ、無処理との間で大きな差はなく、葉の色が赤くなる原因は他の要因によるものと推察される(図2)。
【実施例2】
【0039】
実施例1の塩化ナトリウムに代えて塩化カリウムを用いた他は、実施例1と同様の方法にてアマランサスの水耕栽培を行った。処理前と処理開始1週間後に、植物の葉色をL*a*b*表色系で測定し、さらにベタシアニン含量とクロロフィルを測定した。
【0040】
その結果を表2および図7〜図13に示す。
【0041】
【表2】
【0042】
無処理区の葉では、処理開始の前後で全体的な葉色に大きな変化はなかった(図3)。一方、塩化カリウムにより塩ストレスを与えるとa*とb*の値が共に大きくなる傾向がみられ、葉の赤みが強くなった。特に葉色の変化は、75mM以上の塩化カリウム濃度の場合に明らかになった。塩化カリウムで塩ストレスをかけたアマランサスのベタシアニン含量は、対照区と差がなく、この傾向は実施例1と同様であった。クロロフィルについてみると、75mMと100mMで含量が低下していた(図4、図5)。
【0043】
前記クロロフィルとベタシアニンとの相対含有比率は約45000:13〜37000:19であった。塩化ナトリウムや塩化カリウムの塩を50mM以上の濃度で添加することにより、無処理の場合と比較して、クロロフィルを減少させ、相対的にベタシアニンの色素量を増加させることができ、赤色アマランサスの葉色を鮮やかな赤色に変化させることに成功した。これによって、赤色アマランサスに所定濃度の金属塩を与えることで赤みの強いアマランサスを効率的に生産することが可能となった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の水耕栽培によれば、葉菜用アマランサスとして利用され葉が鮮やかな赤に発色させたアマランサスを単に塩ストレスをかけるという簡易な方法によって得ることができる。このアマランサスはタンパク質、鉄、カルシウム、カリウムなどのミネラルの他、必須アミノ酸であるリジン、メチオニン、フェニルアラニンなども多く含んでおり、健康食品として有用である。また、水田転換作物としても期待され、ホウレンソウと同様な調理法で、くせがなく、さっぱりした食感のため、おひたしや漬け物、炒め物や赤色を生かした野菜サラダなどに好適な野菜として商品価値が高い。
【0045】
また、天然赤色色素であるベタシアニンを含むので、この色素を抽出して、食品や化粧品などの着色剤として好適に使用することもできる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、アマランサスの栽培方法に関し、特に葉菜用アマランサスとして利用される、葉が鮮やかな赤に発色させたアマランサスおよびその栽培方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アマランサスは、ハゲイトウの仲間で、ヒユ科、ヒユ属の1年草本である。種分化は非常に多様で、雑種も多く、分類は難しい。種の数は分類により約20種〜約300種と大きな幅があり、近年の研究によると、アマランサスは3亜属70種に分類できるという。観賞用、子実用、野菜用の用途があって、10種ほどが食用に供されている。南米ではインカ帝国の昔から種子を穀物として栽培され、トウモロコシ・豆類に匹敵する重要作物であった。表現型が多様であり、日本では、東北地方でヒモゲイトウ、センニンコクの名前で観賞用、食用に栽培されていたが、作物としての栽培にはみるべきものは無かった。
【0003】
しかし、近年の健康志向により見直され、雑穀として栄養成分が豊富なこと、タンパク質、鉄、カルシウム、カリウムなどのミネラルの他、穀物に不足がちな必須アミノ酸であるリジン、メチオニン、フェニルアラニンなども多く含んでおり、健康食品として販売されるようになっている。また、水田転換作物としても期待されており、子実だけでなく、葉菜についてもホウレンソウと同様な調理法で、くせがなく、さっぱりした食感のため、おひたしや漬け物、炒め物や赤色を生かした野菜サラダなどとして食されるようになった。
【0004】
野菜としてのアマランサスの葉は、特に鮮やかな赤紫色が、彩り野菜として商品価値が高いと考えられる。しかし、栽培環境等の差異により葉色が変化するため、商品としての価格設定を維持するには葉色を一定基準以上の赤に発色させることが必要である。この赤色発色の基となる物質は、アマランサス中のベタシアニンというポリフェノールの一種である。
【0005】
ところで、一般に、植物の葉が緑色に見えるのは光合成の中心的役割を果たすクロロフィルが原因であるが、寒くなり日照時間が短くなるとクロロフィルが分解され、また、葉柄の付け根に離層という特殊な水分を通しにくい組織ができ、葉で作られた水溶性のブドウ糖や蔗糖などの糖類やアミノ酸類が葉に蓄積し、その糖から光合成を利用して新たな色素が作られたりする。その過程で葉の色が赤や黄色に変化し、いわゆる紅葉が起こる。
【0006】
アマランサスの赤色は前記の紅葉とは異なるが、アマランサスの葉色をより鮮やかに赤く発色させるためには、緑色色素のクロロフィルの含有量を抑えて赤色色素のベタシアニンの色をより発現させるか、ベタシアニンそのものの含有量を増大させること(いずれにしても相対比でベタシアニン量を増やすこと)が必要と思われる。このアマランサス中のベタシアニン量を増加させる技術に関する先行文献としては、例えば過酸化水素で処理する方法(非特許文献1)や、サリチル酸処理によるもの(非特許文献2)などがあるが、商品化を見据えた場合には実用的な方法とはいい難い。
【0007】
また、カルス(固形培地上等で培養されている分化していない状態の植物細胞の塊)培養におけるベタシアニン系色素の増大方法として、赤ビートの根茎に蓄積するベタシアニン系色素を、人為的に効率よく製造する方法(特許文献1)や、ハゲイトウを組織培養してカルスを誘導し、培地で明所にて赤色色素産生細胞を選択しながら継体培養し、ベタシアニン色素を回収する方法(特許文献2)などがある。これらの方法は試験管的に行い、色素のみを選択的に回収することを目的とするもので、アマランサスを野菜として商品化する上では、直接栽培方法に応用することは困難である。
【0008】
なお、従来から塩による植物のストレスについては、細胞外に存在する塩によって細胞内のアミノ酸や糖の種類や含量の変化が起こり、細胞内の浸透圧を調節して、塩ストレスに対して耐性を有するようになるといった、塩ストレスを受けた植物の生理的反応(具体的には、イオン濃度調節遺伝子によって、根からの塩の吸収を防止したり、取り込んだ塩を細胞内代謝とは区別された液胞に閉じ込めるなどの仕組みにより生理活性への障害を回避する反応)についてはよく知られている。しかしながら、塩ストレスにより植物にどのような表現型が現れるのか、また塩ストレスを積極的に植物の栽培に利用することは行われておらず、むしろどのような方法により塩ストレスを緩和・回避するかに関して提案されている(特許文献3)のである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平2−242691号公報
【特許文献2】特開平4−63599号公報
【特許文献3】特開平8−193018号広報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】ワングら(C.Q.Wang et al.)Plant Science 172、1〜7、2007年
【非特許文献2】カンダカー(L.Khandaker)岐阜大学大学院連合農学研究科、博士論文、2008年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記の通り、葉菜用アマランサスの商品価値を高めるために赤色の発色を増強させ、一定品質のアマランサスを供給すること及びその栽培方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のアマランサスの栽培方法は、その生育過程において有効量の金属塩を含む水溶液と接触させて栽培し、いわゆる適度な塩ストレスを与えて葉の細胞内におけるクロロフィル含有量を減少させ、相対的にベタシアニン含有量を増加させたことを特徴とする水耕栽培による方法である。これによって緑の発色が抑えられ、赤の発色がより強調されることとなる。
【0013】
前記金属塩濃度としては、25mM〜100mMの濃度範囲であることが好ましい。25mM未満では、赤色発色の増強効果が低く、100mMより高濃度で作用させると、却って塩ストレスによりアマランサスの生育事態が妨げられるためである。なお、前記金属塩は塩化ナトリウムや塩化カリウムなどの人体に対する安全性に問題が無いものを使用することが好ましい。
【0014】
また、赤色発色の程度としては、塩ストレスにより得られるアマランサスの葉の細胞からクロロフィルおよびベタシアニンを抽出して対比すると、両者の含有(ng/cm2)比が58000:13〜40000:17の範囲にあるものが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、有効量の金属塩を含む水溶液をアマランサスの生育過程において接触させて栽培し、葉色が鮮やかな赤色を呈するようにした水耕栽培である。天然で栽培するアマランサスの葉色に比較して赤色の発色具合が良く、一定以上の発色を維持することができるので、商品価値の維持、品質管理に極めて有効である。また、金属塩としては人体に対する安全性が高いものを使用すればよいので、収穫されるアマランサスを従来品と同様に扱い、食することができる。
【0016】
本発明の水耕栽培では通常の液肥に金属塩を規定濃度になるように添加するだけで良いので、簡便に利用することができる。金属塩は塩化ナトリウムや塩化カリウムなどの非常に安価な塩を利用でき、施用方法もこれを所定の水溶液にして施肥するだけですむため、従来になかった赤色アマランサスを安価にかつ大量に市場に提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、実施例1における塩ストレスをかけないで水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図2】図2は、実施例1における25mMの塩化ナトリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図3】図3は、実施例1における50mMの塩化ナトリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図4】図4は、実施例1における75mMの塩化ナトリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図5】図5は、実施例1における100mMの塩化ナトリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図6】図6は、実施例1における塩化ナトリウムを各種濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉の細胞に含まれるベタシアニン含量を示す。
【図7】図7は、実施例2における塩ストレスをかけないで水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図8】図8は、実施例2における25mMの塩化カリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図9】図9は、実施例2における50mMの塩化カリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図10】図10は、実施例2における75mMの塩化カリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図11】図11は、実施例2における100mMの塩化カリウム濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉色をL*a*b*表色系で表したときのa*b*。
【図12】図12は、実施例2における塩化カリウムを各種濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉の細胞に含まれるベタシアニン含量を示す。
【図13】図13は、実施例2における塩化カリウムを各種濃度で水耕栽培した赤色アマランサスの葉の細胞に含まれるクロロフィル含量を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に本発明の水耕栽培方法および得られる赤色アマランサスについて詳述する。
【0019】
本発明の赤色アマランサスは、生育過程において有効量の金属塩水溶液と接触させることが重要である。いわゆる塩ストレスを与えることとなる。一般に塩ストレスは、植物に対して悪影響を与えると考えられており、植物は細胞内の浸透圧を調節して塩ストレスに対して防御機構を働かせる。しかしこのストレスの影響が植物の防御反応の閾値を超えてしまうと健全な生育を阻害し、やがて個体の枯死を引き起こすこととなる。本発明では、適度な塩ストレスがアマランサスの生育に対しては、赤色発色を際だたせることができるという新規な知見に基づくものである。こうして葉色を管理することによって、赤色アマランサスの好ましい調理法の一つである彩り野菜のサラダに最適な一定品質のアマランサスを供給することができるのである。
【0020】
アマランサスを金属塩水溶液と効率よく接触させるためには水耕栽培が最も適している。勿論、近年の化学肥料の大量使用や長期にわたる連作によって土壌中での塩類が高濃度に集積した土地や、この塩類集積の弊害が頻発するとされるハウス土壌、或いは海岸付近地域での海水などによる塩害、乾燥地帯での過度の蒸散による表層土壌の塩類集積地など、敢えて一般の土壌よりも塩濃度が高い土地で栽培することも可能である。しかしそのような場合には、土壌を有効塩濃度に調整するために、土壌の交換や灌水などに多大の費用や労力を要することになりかねず、本発明においては水耕栽培を推奨するものである。
【0021】
有効量の金属塩水溶液として、使用される金属塩によって異なるが、具体的には金属塩の濃度が、25mM〜100mM、より好ましくは50mM〜75mMの範囲である。前記濃度範囲未満では、塩ストレスの効果すなわち赤色発色を強調させることが困難であり、一方、前記範囲より高濃度の金属塩水溶液を接触させるとアマランサスの生育そのものを阻害するからである。
【0022】
金属塩とは、酸の水素を金属に置き換えた化合物の総称で、具体的には塩化ナトリウム、塩化カリウムの他、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二ナトリウム、リン酸二水素カリウムなどがあり、これらを一種以上組み合わせて用いる。これらの中で、本発明においては、アマランサスの生育、発色、採取・食用する人体、使用環境等への様々な影響や、コスト、操作性などを考慮して、塩化ナトリウムおよび塩化カリウムが最も好ましい。
【0023】
金属塩水溶液には、前記金属塩の他にいわゆる水耕栽培用液肥としての成分を含むことができる。当該成分には、硝酸カルシウム、硝酸カリウム、リン酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、硫酸マグネシウムなどの比較的多量な要素の栄養成分の他、微量要素の硫黄、鉄、マンガン、ホウ素、亜鉛、銅、モリブデンなどが相当する。これらの成分を含む溶液を水耕栽培用液肥といい、一般に使用される水耕栽培用液肥を以降では、便宜上「通常の水耕栽培用液肥」と呼ぶこととする。既に記載の通り前記成分には本発明の金属塩と重複する化合物があるが、本発明では前記金属塩を単独若しくは組み合わせて用いるか、通常の水耕栽培用液肥の各成分の濃度は従来通りとし、それに追加して前記金属塩を所定量含むものを水耕栽培に用いる。
【0024】
本発明のアマランサスの水耕栽培方法は一般的な方法とほぼ同様であり、およそ以下の通りである。まず、赤色アマランサス(Amaranthus tricolor L)をたねまき用土(例えばバーミキュライト(ヒル石を高温で膨張させた土で、指で簡単に崩すことができる))に播種し、発芽・生育した苗を水耕栽培装置に移植する。この後、(a)有効量の金属塩を含む水溶液と通常の水耕栽培用液肥との接触を定期的に繰り返す、(b)有効量の金属塩を含む水耕栽培用液肥と通常の水耕栽培用液肥との接触を定期的に繰り返す、(c)有効量の金属塩を含む水耕栽培用液肥を接触させ続ける、のいずれかの方法若しくは2種以上の方法を組み合わせて、アマランサスに対して塩ストレスを与える。
【0025】
前記(a)のサイクルは塩ストレスが強い溶液と、それが解消された溶液とが繰り返されてストレスを波状に与えることが特徴で、(c)は急激な環境変化の繰り返しが無い代わりに、長期に渡って塩ストレスを受け続けることになる。また(b)は最も塩ストレスが緩和された接触方法と言える。中でも、アマランサスの生育への影響を最小限にしつつ赤色発色を効果的にするという理由で(c)の方法が好ましい。
【0026】
一般に水耕栽培は、流動法と静置法とに分類され、流動法には薄膜水耕(NFT)と湛液型水耕が、静置法には毛管水耕とパッシブ水耕と呼ばれる栽培法がある。例えば、NFTは、1%程度の緩やかな傾斜を持つ平面上に、培養液を薄く(少量ずつ)流下させるもので高設化できるので作物と地面の距離をあけて地面からの病害虫の進入を減らすことができるという利点がある。また、湛液型水耕は、栽培ベッドに肥料が溶けた液肥を溜め、土を使わずに液肥のみで栽培する。NFTに比べ液肥の量が多いため肥料濃度や液温の変化がゆるやかとなり、管理しやすいが、根の酸素吸収が液肥の溶存酸素量に依存するため、根圏酸素要求量が多い作物では生育が劣ることがある。一方、毛管水耕は、吸水性の不織布上に苗を定植し、根を湿気中で生育させる方法で、土床栽培と同様に、根へより多くの酸素を供給することができるという点で優れている。さらに、パッシブ水耕は、固形培地を柱状にし、その下方を液肥で満たし、液肥の水位が下がるにつれ根が空中に曝され酸素が根に供給される方法である。本発明では、流動法、静置法のいずれをも採用することができる。
【0027】
本発明の金属塩を含む水溶液と接触させる時期であるが、発芽後2週間〜6週間、好ましくは3週間〜4週間である。前記時期より早いと苗が十分な耐性を有していないので、生育を阻害するおそれがあり、前記時期より遅いと赤を強調した葉色にすることが困難になるからである。
【0028】
本発明の水耕栽培により得られる赤色アマランサスは、上記のように塩ストレスによって葉色をより鮮やかな赤に発色させている。この色についての評価はL*a*b*表色系で測定できる。L*a*b*表色系は、いわゆるUCS(Uniform Color Space)の代表的なもので、「均等色空間」と言われる。UCSつまり均等色空間とは、心理的(色を見たとき)に、同じ色違いに見える色同士の距離(心理的な距離感)を均等にしてある色立体(=色空間)のことである。CIE(国際照明委員会)が1976年に推奨した色空間で、CIE1976(L*a*b*)表色系と呼ばれ、CIELABと略記される。日本工業規格では、JIS Z 8729に規定されている。
【0029】
たとえば、赤2色の色違いの度合いと、緑2色の色違いの度合いが、心理的に同じに見える時には、その2色間の
距離を同じにするという考え方のもとに開発されたシステムである。色の並びが均等にできている、ということで、UCSと呼ばれている。このシステムの利点は、色違い(色差)が均等に測れる点である。つまり、製品の色彩管理に向いているのである。色差が均等にできている性質のことを、等色差性といい、等色差性を持つ代表的システムとしては、マンセル表色系がある。L*a*b*表色系は、そのマンセルシステムをモデルとして改良されてきたものだが、まだ完璧ではない。しかし、等色差性をよく持っているので、現在では、マンセルシステムと並んで、産業界では非常によく使用されている。
【0030】
また、葉色を決定づけている、ベタシアニン並びにクロロフィルそれぞれの含有量については、以下のような手順により測定することができる。
【0031】
ベタシアニン含量の測定は、Wyler et al.(1959)の方法に準じて行う。すなわち、冷凍保存させた葉を12mmリーフパンチで切り抜き、切り抜いた葉2枚に50μMアスコルビン酸を加えた80%メタノール20mlを添加し、乳鉢・乳棒により磨砕後、ろ液を136回転/分で30分間振とうする。その後、3000rpmで10分間遠心分離した上清を分析試料とする。なお、KCl処理では切り抜いた葉は1枚とし、50μMアスコルビン酸を加えた80%メタノール10mlから分析試料を作成する。得られる分析試料を分光光度計で540nmにおける吸光度を測定し、ベタシアニン含量についてLambert-Beerの法則に基づき、次式により換算する。
A=c×l×ε
上記式において、A:吸光度、c:濃度(mol-1)、l:セル長(cm)、ε:吸光係数(M-1cm-1)を示し、ベタシアニンの分子量=550、540nmにおけるε(吸光係数)=6.2×106として計算する。本発明では、NaCl処理の場合は処理前に第4葉、第5葉を測定対象とし、処理後は第7葉、第8葉を測定対象として測定した。一方、KCl処理の場合には、処理前に第5葉、第6葉を、処理後は第8葉、第9葉を対象とする。ここで、例えば第4葉とは、下から数えて4番目の葉を、第5葉とは同様に下から数えて5番目の葉のことであり、いずれの場合も目視で最大面積の葉を測定対象とするので、必ずしも前記葉を測定するとは限らないが、おおむね前記順番の葉が使用される。また、処理前の測定により第4葉、第5葉が一部喪失されるが、第7葉、第8葉はこれらの喪失した葉をカウントに入れて数えたものである。
【0032】
クロロフィル含量の測定はPorra et al.(1989)の方法に準じて行う。すなわち、冷凍保存した葉を12mmリーフパンチで切り抜き、80%アセトン1mlを添加し、乳鉢・乳棒により磨砕して抽出する。抽出は2回行い、抽出後ろ液を3000rpmで10分間遠心分離し、上清を分析試料とした。得られる分析試料を分光光度計で下記各波長における吸光度を測定する。得られた吸光度から、クロロフィル含量を次式により換算する。
Chlorophyll a=12.25×(A663.6−A750)−2.55×(A646.6−A750)
Chlorophyll b=20.31×(A646.6−A750)−4.91×(A663.6−A750)
Chlorophyll a+b=7.34×(A663.6−A750)+17.76×(A646.6−A750)
各計算式中のAは各測定波長での吸光度である。
【0033】
前記に示すような方法により、アマランサスの細胞を調べたところ、本発明の栽培方法によれば、クロロフィルを減少させ、相対的にベタシアニンの色素量を増加させることによって赤色アマランサスの葉色を鮮やかな赤に発色させることができることが分かった。そのようなアマランサスの葉の細胞内におけるクロロフィルとベタシアニンの含有比は、58000:13〜40000:17、好ましくは45000:13〜37000:19の範囲内にある。クロロフィルが前記比率より多くなると赤色が抑えられることになり、ベタシアニンが前記比率より多くなるようにすると塩ストレスがアマランサスの生育を阻害するおそれがあるからである。
【0034】
以下本発明をより具体的に明らかにするために、本発明に係る幾つかの実施例を示す。
【実施例1】
【0035】
バーミキュライト培地に赤色アマランサス(品種:Rocto Alta)を播種し、発芽・生育した苗を17日後に水耕栽培装置へ移植した。11日間、通常の水耕栽培用液肥で栽培したのち、5段階の濃度に調整したNaClを含む液肥に切り替え塩ストレスを与える栽培を開始した。処理区は0mM、25mM、50mM、75mM、100mMとした。処理前と処理開始1週間後に、植物の葉色をL*a*b*表色系で測定し、さらにベタシアニン含量を測定した。
【0036】
その結果を表1および図1〜図6に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
無処理区の葉では、処理開始の前後で全体的な葉色に大きな変化はなかった(表1、図1)。一方、塩ストレス処理するとa*とb*の値が共に大きくなる傾向がみられ、葉の赤みが強くなった。特に葉色の変化は、50mM以上の塩化ナトリウム濃度で塩ストレスをかけると明らかとなった。また、葉のベタシアニン含量を調べたところ、無処理との間で大きな差はなく、葉の色が赤くなる原因は他の要因によるものと推察される(図2)。
【実施例2】
【0039】
実施例1の塩化ナトリウムに代えて塩化カリウムを用いた他は、実施例1と同様の方法にてアマランサスの水耕栽培を行った。処理前と処理開始1週間後に、植物の葉色をL*a*b*表色系で測定し、さらにベタシアニン含量とクロロフィルを測定した。
【0040】
その結果を表2および図7〜図13に示す。
【0041】
【表2】
【0042】
無処理区の葉では、処理開始の前後で全体的な葉色に大きな変化はなかった(図3)。一方、塩化カリウムにより塩ストレスを与えるとa*とb*の値が共に大きくなる傾向がみられ、葉の赤みが強くなった。特に葉色の変化は、75mM以上の塩化カリウム濃度の場合に明らかになった。塩化カリウムで塩ストレスをかけたアマランサスのベタシアニン含量は、対照区と差がなく、この傾向は実施例1と同様であった。クロロフィルについてみると、75mMと100mMで含量が低下していた(図4、図5)。
【0043】
前記クロロフィルとベタシアニンとの相対含有比率は約45000:13〜37000:19であった。塩化ナトリウムや塩化カリウムの塩を50mM以上の濃度で添加することにより、無処理の場合と比較して、クロロフィルを減少させ、相対的にベタシアニンの色素量を増加させることができ、赤色アマランサスの葉色を鮮やかな赤色に変化させることに成功した。これによって、赤色アマランサスに所定濃度の金属塩を与えることで赤みの強いアマランサスを効率的に生産することが可能となった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の水耕栽培によれば、葉菜用アマランサスとして利用され葉が鮮やかな赤に発色させたアマランサスを単に塩ストレスをかけるという簡易な方法によって得ることができる。このアマランサスはタンパク質、鉄、カルシウム、カリウムなどのミネラルの他、必須アミノ酸であるリジン、メチオニン、フェニルアラニンなども多く含んでおり、健康食品として有用である。また、水田転換作物としても期待され、ホウレンソウと同様な調理法で、くせがなく、さっぱりした食感のため、おひたしや漬け物、炒め物や赤色を生かした野菜サラダなどに好適な野菜として商品価値が高い。
【0045】
また、天然赤色色素であるベタシアニンを含むので、この色素を抽出して、食品や化粧品などの着色剤として好適に使用することもできる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アマランサスの生育過程において有効量の金属塩を含む水溶液と接触させて栽培し、クロロフィルを減少させ相対的にベタシアニン含有量を増加させたことを特徴とする赤色アマランサスの水耕栽培方法。
【請求項2】
金属塩濃度が25mM〜100mMの濃度である請求項1記載のアマランサスの水耕栽培方法。
【請求項3】
請求項1または2の何れかに記載の水耕栽培方法によって得られる赤色アマランサス。
【請求項4】
葉の細胞内におけるクロロフィルとベタシアニンの含有(ng/cm2)比が、58000:13〜40000:17である赤色アマランサス。
【請求項1】
アマランサスの生育過程において有効量の金属塩を含む水溶液と接触させて栽培し、クロロフィルを減少させ相対的にベタシアニン含有量を増加させたことを特徴とする赤色アマランサスの水耕栽培方法。
【請求項2】
金属塩濃度が25mM〜100mMの濃度である請求項1記載のアマランサスの水耕栽培方法。
【請求項3】
請求項1または2の何れかに記載の水耕栽培方法によって得られる赤色アマランサス。
【請求項4】
葉の細胞内におけるクロロフィルとベタシアニンの含有(ng/cm2)比が、58000:13〜40000:17である赤色アマランサス。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2011−217656(P2011−217656A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−89143(P2010−89143)
【出願日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【出願人】(304019399)国立大学法人岐阜大学 (289)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【出願人】(304019399)国立大学法人岐阜大学 (289)
【Fターム(参考)】
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