説明

走査型プローブ顕微鏡

【目的】水中においてACモードのAFM測定を行なえる走査型プローブ顕微鏡を提供する。
【構成】試料32は水30を入れた液体セル28の底部に配置される。カンチレバー24は自由端の探針26が試料表面に正対するように配置される。カンチレバー24は変位測定器12の対物レンズ14の軸方向に移動可能に支持されている。対物レンズ14の周囲には、発振器20から供給される信号に従って集束性の超音波を射出するリング状のトランスデューサー18が設けられている。対物レンズ14とトランスデューサー18は測定光と超音波が同一点に集束するように配置されている。液体セル28は、走査回路36の信号を受けてxy走査を行なうとともにサーボ回路38の信号を受けてzサーボ制御を行なう三次元アクチュエーター34に固定されている。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、試料表面に沿って探針を走査して試料の微視的な表面情報を得る走査型プローブ顕微鏡に関する。
【0002】
【従来の技術】走査型プローブ顕微鏡としては、走査型トンネル顕微鏡(STM: Scanning Tunneling Microscope)や原子間力顕微鏡(AFM: Atomic Force Microscope)がよく知られている。
【0003】走査型プローブ顕微鏡では、探針は圧電体などの微動素子を用いて試料表面(xy面)に沿って走査(例えばラスター走査)される。走査の間、探針試料間距離Sは、探針または試料を圧電体などの微動素子で試料表面に垂直な方向(z方向)に0.1nm以下の精度で移動させることにより、検出される物理・科学的な試料と探針の間の相互作用を一定に保つように制御される。この結果、探針先端は、試料表面から一定の距離だけ離れた試料表面の形状を反映した曲面上を移動する。したがって、探針先端のxy面上における位置とz方向の位置を同時に記録することにより、試料表面の微細な凹凸が得られる。
【0004】AFMでは、特開昭62−130302号公報等に記載されているように、カンチレバーのたわみ量あるいはカンチレバーの振動振幅を調べることで探針先端の原子と試料表面の原子の間に働く微小な力またはその距離微分に該当する信号を求め、この力または信号を一定に保つように探針と試料の位置関係を制御することにより、試料の表面形状を原子レベルの分解能で得ている。
【0005】ことにカンチレバーの振動特性から試料探針間に働く相互作用を検出する方式はACモードのAFMと呼ばれ、例えば「J. Appl. Phys. Vol.61, p4723 (1987) 」に開示されているように、試料と探針の間の力勾配を検出しているため試料と探針の間に働く力を通常のモードに比べて弱く保つことができる利点がある。
【0006】AFMにおいて、試料と探針が空気中にある場合、試料表面に水分等の吸着層が存在し、この吸着層がAFM測定の探針先端に働く力の制御の邪魔になるという問題がある。これに対して Hansma らは、「Appl. Phys. Lett. Vol.54, p2651 (1989)」において、AFMの探針を水中に持ち込むことにより吸着層の影響を取り除いている。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】ACモードのAFMは、カンチレバーを機械的に振動させるため、アクチュエーターを用いている。カンチレバー支持部の振動がカンチレバーの共振点と一致する場合、振幅測定のノイズになるという問題がある。
【0008】また、試料表面の水分等の吸着層の影響を除くため、このACモードのAFMを用いて水中で測定を行なうことが考えられるが、液体の減衰が大きく、振動が探針まで伝わらない。つまり、従来のACモードのAFMでは、測定を水中で行なうことができない。本発明は、ACモードのAFM測定を水中で行なえる走査型プローブ顕微鏡を提供することを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】本発明の走査型プローブ顕微鏡は、液体を入れる液体セルで、その底面に液体に沈めて試料が配置される液体セルと、自由端に探針を有するカンチレバーで、探針が試料表面に僅かに離れて正対するように液体中に配置されるカンチレバーと、集束性の測定光をカンチレバー自由端に焦点を合わせて照射してその変位を測定する変位測定手段と、測定光の焦点と同じ位置に集束する超音波をカンチレバー自由端に照射してこれを振動させる超音波照射手段と、カンチレバー自由端の変位に基づいてその振幅を求める振幅算出手段と、試料の表面に沿って探針を走査する走査手段と、カンチレバー自由端の振幅に基づいて探針先端と試料表面の間隔を制御するサーボ手段と、走査手段とサーボ手段の出力に基づいて、探針の振動特性の探針試料間距離依存性や試料表面の三次元像を求め表示する演算表示手段とを備えている。
【0010】
【作用】試料とカンチレバーは、液体中たとえば水中において、探針が試料表面に正対するように配置される。変位測定手段は例えば臨界角法を用いた光学式変位センサーで構成される。超音波照射手段は、例えば超音波を生成するトランスデューサーと、水中に配置した超音波を集束させる音響レンズとを含み構成される。この部分は集束性の超音波を射出するトランスデューサーを水中に直接配置して構成してもよい。超音波は光学式変位センサーの射出光の焦点に集束される。この結果、そこに配置されているカンチレバーが、トランスデューサーに励振信号を供給する発振器と同じ周波数で振動する。励振周波数はカンチレバーの共振周波数の若干上に設定しておく。振幅算出手段はカンチレバーの振幅を求めてこれを常時出力する。最初、探針と試料は離れて配置されており、カンチレバーを振動させたまま試料と探針を接近させていくと、ファンデルワールス引力によりカンチレバーの共振点が低周波側にシフトし、カンチレバーの振幅が減少する。走査手段が探針を試料表面に沿って走査する間、サーボ手段はカンチレバーの振幅を一定に保つように探針試料間距離を制御する。演算表示手段は、走査手段とサーボ手段の出力に基づいて探針の振動特性の探針試料間距離依存性や試料表面の三次元像を求め表示する。
【0011】
【実施例】次に本発明の実施例について図面を参照しながら説明する。本実施例の走査型プローブ顕微鏡の構成を図1に示す。液体セル28には水等の液体30が入れられている。試料32は、液体セル28の底部に水に沈めて配置される。カンチレバー24は薄板状で、その自由端の下面に探針26を有し、反対側の上面は平坦に形成されていて反射面となっている。このカンチレバー24は自由端の探針26が試料表面に僅かな間隔をおいて正対するように液体中に配置される。これにより、探針先端と試料表面の間に働く吸着力が軽減されている。
【0012】カンチレバー24の基端部は、変位測定器12に取り付けられたカンチレバー支持部22に固定されている。カンチレバー支持部22は、変位測定器12の対物レンズ14の軸方向にカンチレバー24を移動させる機能を有している。この機能により、カンチレバー24の反射面を変位測定器12の焦点位置に合わせる調整が行なわれる。
【0013】変位測定器12は、例えば図2に示すような臨界角方式の光学変位計測器である。この変位計測器は、光源52、その射出光を平行光に変えるコリメートレンズ54、この平行光を対象物60(すなわちカンチレバー24)に集光する対物レンズ58、対象物60に向かう平行光と対象物60からの戻り光とを分離するビームスプリッター56、戻り光に対して臨界角で配置されたふたつのプリズム62と64、各プリズム62と64で反射された光をそれぞれ受けるふたつの二分割フォトダイオード66と68を有している。
【0014】この変位計測器は、焦点位置からの対象物60の光軸方向のずれ(変位)を求めるもので、その変位信号は二分割フォトダイオード66と68の各受光部の出力差で得られる。例えば二分割フォトダイオード66に注目すると、対象物60が焦点に位置するとき、ふたつの受光部AとBの出力は等しく、その差は0である。対象物60が焦点よりも遠くに位置するとき、焦点からのずれに応じて、受光部Aの出力は受光部Bの出力よりも大きくなる。逆に対象物60が焦点よりも近くに位置するとき、焦点からのずれに応じて、受光部Aの出力は受光部Bの出力よりも小さくなる。したがって、受光部Aと受光部Bの差信号は、その正負が遠近に対応し、その大きさが焦点からのずれ量に対応したものとなる。同様に、二分割フォトダイオード68の各受光部CとDの差信号も、対象物60の焦点からのずれに応じた信号となり、測定精度の向上のために用いられる。
【0015】再び図1を参照して分かるように、変位測定器12の対物レンズ14は、液体セル28に入れた液体30に浸して配置される。このため対物レンズ14は使用する液体の屈折率に合ったものが使用される。対物レンズ14の周囲には、リング状のトランスデューサー18が設けられている。トランスデューサー18は発振器20から供給される信号に従って、一点に集束する超音波を液体中に射出する。対物レンズ14とトランスデューサー18は、その各々が射出する光と超音波が共に同じ一点に集束するように配置されている。
【0016】液体セル28は三次元アクチュエーター34に固定されている。三次元アクチュエーター34は、走査回路36から供給される走査信号Vx とVy に応じて試料32をその表面に平行な方向(xy方向)に移動させ、サーボ回路38から供給されるサーボ信号Vz に応じて試料32を表面に垂直な方向(z方向)に移動させる。
【0017】振幅算出器16は、変位測定器12の出力する変位信号Zに従ってカンチレバー24の自由端の振幅を算出し、振幅信号ΔZをサーボ回路38に供給する。測定コントローラー40は、記憶演算表示装置42により動作制御され、発振器20、変位検出手段12、サーボ回路38、走査回路36の測定手順の制御と各出力信号の測定を行なう。
【0018】記憶演算表示装置42は測定シーケンスの状態モニターと測定情報の記憶および表示を行なう。続いて、測定の手順について説明する。
【0019】変位測定器12とトランスデューサー18の焦点は一致しており、この焦点面にカンチレバー24の反射面が来るようにカンチレバー支持部22によってカンチレバー24のz方向位置を調整する。カンチレバー24の反射面に超音波を照射すると、カンチレバー24は発振器20の出力する励振信号と同じ周波数で振動する。変位測定器12はカンチレバー24の反射面の変位を求め、変位信号Zを振幅算出器16に出力する。
【0020】試料32からカンチレバー24が離れている状態で励振強度を一定に保ちながら、励振信号の周波数をカンチレバー24の共振点付近で走査する。励振信号の周波数に対して振動振幅を測定すると図3(a)に示す曲線が得られる。この依存性曲線のピーク位置の周波数f1がカンチレバーの共振周波数である。そこで励振周波数をカンチレバー24の共振周波数の若干上の周波数f2に設定し、約1nm程度の振幅V1になるようにカンチレバー24を励振する。このとき、粗動機構(図示せず)により試料32を探針26に近づけると、ファンデルワールス引力によりカンチレバーの共振特性は図3(b)に示すようになり、カンチレバーの共振点は低周波側にシフトしてf3になる。その結果、励振周波数f2でのカンチレバー24の振動振幅は減少してV2になる。この共振点のシフト量はカンチレバー24に働く力の勾配に比例し、この振動振幅を一定に保つことにより、探針先端は試料表面から受ける引力の勾配が一定になる高さをトレースすることになる。これは試料表面の凹凸にほぼ一致する。
【0021】実際の測定は試料表面と探針先端が近接していない状況から、カンチレバー24の変位Zを変位測定器12で求め、振幅算出器16で振幅信号ΔZを得る。ΔZはサーボ回路38に入力される。サーボ回路38は、動作状態において、ΔZが設定値V2よりも大きいときに試料32を探針26に近づけるサーボ信号Vzを出力し、ΔZが設定値V2よりも小さいときに試料32を探針26から遠ざけるサーボ信号Vzを出力する。この動作は測定コントローラー40の指示に従って任意の電圧値Vzを保持することも可能である。サーボ回路38の出力信号Vzは三次元アクチュエーター34に印加される。試料32が探針26に近接していない状況では、測定コントローラー40からの指示によりサーボ回路38の出力Vzを微動範囲の中心にしておく。ここでZ方向の粗動機構(図示せず)を用いて試料32を探針26に近づけて行くと、振動振幅ΔZがV1から徐々に小さくなりV2になる。測定コントローラー40は振幅算出器16の出力信号ΔZをモニターし、ΔZがV2になったところでサーボ回路38の動作を開始させる。サーボ動作の状態で三次元アクチュエーター34に走査信号VxとVyを印加する。これにより探針26は引力勾配が一定の下で試料32の表面凹凸を反映する曲面上を移動する。この時、サーボ回路38の出力信号Vzを走査信号VxとVy(xy位置に対応している)と同期させて測定コントローラー40を通じて記憶演算表示装置42に書き込み、試料の凹凸像を記録表示する。
【0022】ここでカンチレバー24は共振特性Q値が最低でも5程度は必要であり、液体中の粘性抵抗の影響を避けるために振動方向の断面積を小さくする必要がある。ここで変位検出のための反射面の面積は変位測定器12のビーム径より大きくなる。ここで臨界角プリズムを用いた変位測定器12において対物レンズ14に50倍を用いた場合にはビーム径は5μm以下になる。これに比べて、光てこ方式を変位測定器12に用いることも可能であるが、通常の光てこ方式はビーム径が15μm程度であり、カンチレバー24の振動断面積は大きくなる。
【0023】本発明は上に述べた実施例に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々多くの変形が可能である。例えば、前述の実施例ではカンチレバー24の第一次の共振モードを励振して測定したが、より高次の共振モードの周波数を用いることにより、トランスデューサー18の焦点位置での振動の集中する部位を小さくできる。
【0024】また、実施例中の振幅算出器16は、信号に含まれる特定周波数の振動振幅を測定するために用いており、この目的が達成されるものであれば、バンドパスフィルターと検波器あるいはロックインアンプ等の構成を用いてもよい。
【0025】変位測定器12は、光てこ方式のようにカンチレバー24のたわみ角を測定する方法を用いても構わない。また図4に示すように、前述の実施例の構成にアナログスイッチ44を付加して、変位測定器12の出力を直接サーボ回路38に入力できるようにし、通常の変位信号Zを元にして試料表面の凹凸をトレースさせる動作もできるようにしてもよい。カンチレバーの励振特性のサーボに関して、「J. Appl. Phys. 69, p668 (1991)」に開示されているようなFM方式を用いてもよい。
【0026】
【発明の効果】本発明によれば、液体中においてACモードのAFM測定を行なえる走査型プローブ顕微鏡が提供される。試料表面に付着している吸着層の表面張力の影響を受けていない力勾配が測定できるようになる。
【0027】また、超音波を照射することでカンチレバーを振動させており、これにより振動部位が限定でき、カンチレバー以外は振動させないので、得られる信号はノイズの少ないものとなり、測定結果はより正確なものとなる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施例の走査型プローブ顕微鏡の構成を示す。
【図2】図1の変位測定器の一例である臨界角法を用いた光学式変位計測器の構成を示す。
【図3】振動周波数に対する振動振幅の特性を示す。
【図4】本発明の実施例の走査型プローブ顕微鏡の変形例の構成を示す。
【符号の説明】
12…変位測定器、16…振幅算出器、18…トランスデューサー、24…カンチレバー、26…探針、28…液体セル、34…三次元アクチュエーター、36…走査回路、38…サーボ回路。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 液体を入れる液体セルで、その底面に液体に沈めて試料が配置される液体セルと、自由端に探針を有するカンチレバーで、探針が試料表面に僅かに離れて正対するように液体中に配置されるカンチレバーと、集束性の測定光をカンチレバー自由端に焦点を合わせて照射してその変位を測定する変位測定手段と、測定光の焦点と同じ位置に集束する超音波をカンチレバー自由端に照射してこれを振動させる超音波照射手段と、カンチレバー自由端の変位に基づいてその振幅を求める振幅算出手段と、試料の表面に沿って探針を走査する走査手段と、カンチレバー自由端の振幅に基づいて探針先端と試料表面の間隔を制御するサーボ手段と、走査手段とサーボ手段の出力に基づいて、探針の振動特性の探針試料間距離依存性や試料表面の三次元像を求め表示する演算表示手段とを備えている走査型プローブ顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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