説明

超塑性過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の製造方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、耐摩耗性、機械的強度、軽量性、低熱膨張率などの特性が格段に優れるとともに、それらの特性に加えて超塑性特性を発現し、複雑形状物品にも適用できるようなアルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】アルミニウムにシリコンを共晶点以上、すなわち11.7wt%以上添加すると、合金の耐摩耗性が向上するとともに、熱膨張率が鉄合金なみに低下する。しかしながら、ほとんどの金属および合金材料は、これまで溶解鋳造法によって製造され、この溶解鋳造法では、合金溶湯の凝固速度が遅いため、偏析が生じたり、粗大組織になるという欠点がある。そして、この溶解鋳造法によるアルミニウム−シリコン系合金においては、初晶シリコン粒が粗大に晶出した不均質組織になるため、前記の耐摩耗性や低熱膨張率などの特性向上に対して、添加されたシリコンが十分にその目的を発揮できないという欠点がある。さらに、このように粗大な初晶シリコン粒を有する不均質組織のアルミニウム−シリコン系合金では、鍛造や圧延のような塑性加工性ならびに切削性が劣り、種々の機械的性質がシリコンを添加することによって逆に低下する場合もある。
【0003】このようなアルミニウム−シリコン系合金における各種の問題点を解決するために、粉末を出発原料とし、これに圧縮成形、焼結などの工程を施して物品を製造する粉末冶金法の応用が試みられている。この粉末冶金法によれば、合金溶湯から粉末を製造する場合の凝固速度を、溶解鋳造法の場合に比べて速くすることができ、偏析が生じたり、粗大組織になることを阻止することができる。なぜならば、粉末は溶解鋳造法における鋳塊に比べて格段にその体積が小さく、凝固速度を速くできるためである。
【0004】この粉末冶金法によってアルミニウム−シリコン系合金における初晶シリコン粒を微細に分散させ、耐摩耗性や低熱膨張率などの特性を向上させた粉末冶金合金は、コンプレッサー部品、エンジン部材、VTR用シリンダなどへ適用され、既に一部実用化もなされている。そして、アルミニウム−シリコン系合金粉末から最終製品を得るためには、粉末を固化成形する必要があるが、その固化成形技術の一環として焼結鍛造技術が応用され、最終製品に近い形状に成形する、いわゆるニア・ネット・シェイプ(near net shape)成形が試みられている。
【0005】しかしながら、アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の鍛造性は、必ずしも十分なものではなく、そのため、鍛造時に背圧を作用させて鍛造時のクラックの発生を抑制する方法なども検討されているが、満足できる程度にその技術が確立されるには至っていない。今後より一層求められる複雑形状物品へのアルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の適用を考慮した場合、高温において延性に優れる超塑性特性をアルミニウム−シリコン系粉末冶金合金に付与することは、種々の複雑形状物品を、少ない工程、少ない部品点数で、しかも低容量の成形加工装置でもって製造できることになり、その工業的意義は非常に大きいものである。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】かかる観点から、本発明の技術的課題は、耐摩耗性、低熱膨張率、機械的強度などに優れるとともに、それらの特性に加えて超塑性特性を発現するようにした過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の製造方法を得ることにある。
【0007】
【課題を解決するための手段、作用】上記課題を解決するため、本発明者が鋭意研究を重ねた結果、従来からの慣用的な粉末製造法である空気噴霧法やガス噴霧法の場合よりも、さらに速い冷却速度が達成できる急冷凝固粉末を出発原料として用い、これに適切な固化成形プロセス、および必要に応じて熱処理を施すことによって、耐摩耗性、低熱膨張率、機械的強度はもとより、特に超塑性特性により成形加工性において優れるアルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の製造方法を開発するに至った。
【0008】すなわち、本発明の超塑性過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の製造方法は、基本的には、マトリックスであるアルミニウム中に15〜30wt%のシリコンを含む過共晶組成のアルミニウム−シリコン系急冷凝固合金粉末を、104 ℃/sec以上の冷却速度の下で製造し、これを出発原料として、大気中で熱間押出し加工を加えて固化成形し、超塑性特性を発現させることを特徴とするものである。
【0009】本発明の方法をさらに具体的に説明すると、まず、過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金において超塑性を発現させるためには、組織が微細・均質でなければならない。この必須条件を満足させるために、本発明においては出発原料として、過共晶組成のアルミニウム−シリコン系合金の急冷凝固粉末を採用している。この急冷凝固粉末は、回転円盤アトマイズ法あるいはその他の方法により、冷却速度を104 ℃/sec以上、通常は105 〜104 ℃/secに達するものとして製造したものであり、このような格段に速い冷却速度によって得た急冷凝固粉末を用いることにより、従来の溶解鋳造法では非常に粗大に晶出した初晶シリコン粒を、ごくごく微細、かつ均質にマトリックス中に分散させることができる。
【0010】上記アルミニウム−シリコン系合金としては、一般的に、マトリックスであるアルミニウム中に15〜30wt%のシリコンを含む過共晶組成のものを用いることができるが、上記15〜30wt%のシリコンとともに、アルミニウムマトリックスの強化のための銅を1.5〜4wt%、同じくマグネシウムを0.7〜2wt%添加したものとすることができ、更に、必要に応じて、0.5〜1wt%のジルコニウム、マンガン、クロム等を添加したものとすることができる。しかしながら、所期の性能を有する過共晶組成のアルミニウム−シリコン系合金を得るためには、マトリックスのアルミニウムが63〜82wt%であることが必要である。
【0011】このような出発原料の過共晶アルミニウム−シリコン系急冷凝固粉末は、真空中で熱間圧縮した後に、大気中で熱間押出し加工を加えて固化成形し、さらにマトリックスの強化を図るための熱処理を行うことにより、超塑性特性を発現した過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金を得るが、固化成形プロセスの簡略化のために、上記真空中での熱間圧縮及び熱間押出し加工後の熱処理を省略し、大気中での熱間押出し加工のみにより固化成形プロセスを完了することもできる。
【0012】上記真空中で熱間圧縮は、0.1Pa以上の高真空中、300〜400℃程度の温度範囲において、ホットプレス等により55MPa以上の加圧・圧縮を施すのが望ましく、次いで行う大気中での熱間押出し加工は、350〜490℃程度の温度範囲において、50以上の押出し比、望ましくは100以上の押出し比の下で行うものである。得られた押出し材には、時効析出によるアルミニウムマトリックスの強化を図るために、合金組成に応じてT6処理などの熱処理を行うことができる。
【0013】なお、上述したように、固化成形プロセスの簡略化のために、上記真空中での熱間圧縮及び熱間押出し加工後の熱処理を省略し、大気中での熱間押出し加工のみにより固化成形プロセスを完了することができるが、その場合には、粉末の保存はデシケータ中で行う等の厳重な管理が望まれる。すなわち、粉末の保存を大気中等で行っていると、粉末表面には大気中の水分が多量に吸着し、そのような粉末を脱ガス処理を行わずに直接押出すと、最悪の場合には、押出し材の内部に欠陥が生じることがある。これを回避するために、デシケータ、さらに望ましくは真空デシケータ中での粉末の保存が理想である。また、熱間押出し加工後の熱処理はマトリックスを強化させるためのものであり、要求される機械的特性が満たされていなければ熱処理によって機械的特性を向上させることができる。
【0014】上記のようにして作製された粉末冶金合金は、450〜500℃程度の適切な加工温度と、8×10-4〜10-1-1のひずみ速度、すなわち加工速度の下で、成形加工することによって、超塑性を発現させ、複雑形状物品を製造することができる。
【0015】
【実施例】
[実施例1]合金組成が、Al−25Si−3Cu−1.5Mg−1Zrである急冷凝固粉末を、105 〜104 ℃/secの冷却速度の下で、回転円盤アトマイズ法により製造した。得られた粉末を149μm以下に分級後、2×10-2Paの真空中で、温度390℃、圧力55MPaの条件下でホットプレスした。その後、温度495℃、押出し比110の下で熱間押出し加工を行い、更に、得られた押出し材に対してT6処理(470℃で1時間保持した後、水冷、次いで175℃で8時間保持した後に炉冷)を施した。このようにして得られた過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金のミクロ組織を図1に、超塑性特性試験における伸びを図2に示す。
【0016】図1の写真中、黒い粒子が初晶シリコン粒であり、白い部分がマトリックスである。この写真から明らかなように、得られた過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金では、粒径が2〜4μmである微細なシリコン粒がアルミニウムマトリックス中に均質に、且つ方向性を有しないで分散した等方性の組織を呈している。
【0017】また、図2から、得られた過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金は、480℃の試験温度の下では100%に達する伸びを有し、JISに規定されている従来の鋳造法によるアルミニウム−シリコン系合金鋳物AC3Aの伸び:2%以上を大きく凌駕し、超塑性特性を有することがわかる。更に、得られた過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の室温における引張強さは、436MPaであり、AC3A合金鋳物の147MPaを大きく上回っていた。
【0018】[実施例2]合金組成が、Al−15Si−1.8Cu−0.9Mg−0.6Zrである急冷凝固粉末を、実施例1と同様にして回転円盤アトマイズ法で製造した。また、実施例1と同じ工程により過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金を作製した。ただし、本実施例ではT6処理は施していない。得られた過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金について超塑性特性試験を行った結果の伸びと試験温度の関係を図3R>3に示す。この試験結果によれば、伸びは試験温度が高くなるのに伴って向上し、試験温度が500℃の下で300%近くの伸びを示している。更に、得られた過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の室温における引張強さは、366MPaであり、AC3A合金鋳物の147MPaを大きく上回っていた。
【0019】[実施例3]合金組成がAl−15Si−1.8Cu−0.9Mg−0.6Zrである実施例2と同様の急冷凝固粉末(粒径149μm以下)を用い、実施例1や実施例2とは異なる固化成形プロセスにより、過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金を作製した。すなわち、本実施例における固化成形プロセスは、粉末を真空ホットプレスで予備成形することなく、粉末を直接、大気中で押出し加工した。得られた過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の超塑性特性試験における伸びを、初期ひずみ速度との関係で図4に示す。同図によれば、大幅に簡略化された固化成形プロセスの下で実施例2の場合よりも大きな伸びを示している。これによって、固化成形プロセスの大幅な簡略化が達成できることを確かめることができた。
【0020】[比較例]合金組成がAl−25Si−3Cu−1.5Mg−1Zrであるインゴットを溶解鋳造法で作製し、これに実施例1と同様な熱間押出し加工を施し、次いで、得られたインゴット押出し材にT6処理(実施例1に同じ)を施した。このインゴット押出し材について超塑性試験を行い、その伸びを図5に示す。同図には、実施例3と同じ簡略化された固化成形プロセスによって得られたAl−25Si−3Cu−1.5Mg−1Zr粉末冶金合金の伸びも示す。この溶解鋳造法で作製されたインゴットは、粗大かつ不均質組織を有するものであり、これに熱間押出し加工を施しても、やはり、粉末冶金合金の組織に比べて大幅に粗大、不均質であるため、同一の成形加工プロセスを経ても超塑性は全く示さず、5〜8%の伸びを示すに過ぎなかった。
【0021】
【発明の効果】以上に詳述したように、本発明の方法によれば、高耐摩耗性、低熱膨張率、高強度などの優れた特性を有するとともに、超塑性特性を発現する過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金が製造できるため、今後より一層求められる複雑形状物品が容易に製造できることになる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明方法の実施例1によって作製した過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の金属組織を示す図面代用顕微鏡写真である。
【図2】実施例1における過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の引張試験を行った際の、伸びと初期ひずみ速度との関係を表す図である。
【図3】実施例2における過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の引張試験を行った際の、伸びと試験温度との関係を表す図である。
【図4】実施例3における過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の引張試験を行った際の、伸びと初期ひずみ速度との関係を表す図である。
【図5】比較例における過共晶アルミニウム−シリコン系合金のインゴット押出し材における伸びと初期ひずみ速度との関係を表す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】マトリックスであるアルミニウム中に15〜30wt%のシリコンを含む過共晶組成のアルミニウム−シリコン系急冷凝固合金粉末を、104 ℃/sec以上の冷却速度の下で製造し、これを出発原料として、大気中で熱間押出し加工を加えて固化成形し、超塑性特性を発現させることを特徴とする超塑性過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の製造方法。
【請求項2】請求項1に記載の方法において、過共晶組成のアルミニウム−シリコン系急冷凝固合金粉末として、15〜30wt%のシリコンとともに、アルミニウムマトリックスを強化するための1.5〜4wt%の銅と0.7〜2wt%のマグネシウムを含む組成のものを用いることを特徴とする超塑性過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の製造方法。
【請求項3】請求項1または2に記載の方法において、出発原料である過共晶アルミニウム−シリコン系急冷凝固粉末を、真空中で熱間圧縮した後に、大気中で熱間押出し加工を加えて固化成形し、さらにマトリックスの強化を図るための熱処理を行うことを特徴とする超塑性過共晶アルミニウム−シリコン系粉末冶金合金の製造方法。

【図2】
image rotate


【図3】
image rotate


【図4】
image rotate


【図5】
image rotate


【図1】
image rotate


【特許番号】第2535789号
【登録日】平成8年(1996)7月8日
【発行日】平成8年(1996)9月18日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平6−173279
【出願日】平成6年(1994)6月30日
【公開番号】特開平8−13056
【公開日】平成8年(1996)1月16日
【出願人】(000001144)工業技術院長 (75)
【指定代理人】
【氏名又は名称】 工業技術院九州工業技術研究所長