説明

車輪用軸受装置

【課題】ハブ輪と等速自在継手とのセレーション嵌合における適切な嵌合予圧の設定維持が可能で、セレーション部の耐摩耗性と強度向上を達成でき、セレーション嵌合の嵌合有効長さの短縮を図ることできる車輪用軸受装置を提供する。
【解決手段】内周に外側転走面を有する外方部材25と、外側転走面に対向する内側転走面を有する内方部材と、対向する各転走面間に介装される転動体30とを備え、前記内方部材は、車輪に取り付けられるハブ輪1と、ハブ輪の切欠部23に嵌合する少なくとも1つの内輪24からなり、ハブ輪の端部が加締められて内輪を固定する車輪用軸受装置である。ハブ輪の孔部22の内周面に雌セレーショ42ンが形成される。雌セレーションの形成範囲に硬化層が設けられており、この雌セレーションは、硬化層H形成後および加締め後の超硬製ブローチ加工にて形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の車両において車輪を車体に対して回転自在に支持するための車輪用軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車輪用軸受装置には、第1世代と称される複列の転がり軸受を単独に使用する構造から、外方部材に車体取付フランジを一体に有する第2世代に進化し、さらに、車輪取付フランジを一体に有するハブ輪の外周に複列の転がり軸受の一方の内側転走面が一体に形成された第3世代、さらには、ハブ輪に等速自在継手が一体化され、この等速自在継手を構成する外側継手部材の外周に複列の転がり軸受の他方の内側転走面が一体に形成された第4世代のものまで開発されている。
【0003】
第3世代と呼ばれる車輪用軸受装置(例えば、特許文献1)は、図6に示すように、外径方向に延びるフランジ101を有するハブ輪102と、このハブ輪102に外側継手部材103が固定される等速自在継手104と、ハブ輪102の外周側に配設される軸受構造100とを備える。
【0004】
等速自在継手104は、前記外側継手部材103と、この外側継手部材103の椀形部107内に配設される内側継手部材(図示省略)と、この内側継手部材と外側継手部材103との間に配設されるボール(図示省略)と、このボールを保持する保持器(図示省略)とを備える。また、内側継手部材の中心孔の内周面にはスプライン部が形成され、この中心孔に図示省略のシャフトの端部スプライン部が挿入されて、内側継手部材側のスプライン部とシャフト側のスプライン部とが嵌合される。
【0005】
また、ハブ輪102は、筒部113と前記フランジ101とを有し、フランジ101の外端面114(反継手側の端面)には、ホイール(図示省略)およびブレーキロータ140が装着される短筒状のパイロット部115が突設されている。なお、パイロット部115は、第1部115aと第2部115bとからなり、第2部115bにホイールが外嵌され、第1部115aにブレーキロータ140が外嵌される。また、ハブ輪102のフランジ101にはボルト装着孔112が設けられて、ホイールおよびブレーキロータ140をこのフランジ101に固定するためのハブボルト141がこのボルト装着孔112に装着される。
【0006】
軸受構造100は、外輪105と、筒部113の椀形部側端部の外周面に設けられた切欠部116に圧入される内輪117とを備える。そして、ハブ輪102の筒部113の外周面のフランジ近傍には第1内側転走面118が設けられ、内輪117の外周面に第2内側転走面119が設けられている。
【0007】
外輪105は、その内周に2列の外側転走面120、121が設けられると共に、その外周にフランジ(車体取付フランジ)142が設けられている。そして、外輪105の第1外側転走面120とハブ輪102の第1内側転走面118とが対向し、外方部材105の第2外側転走面121と、内輪117の転走面119とが対向し、これらの間に転動体122が介装される。
【0008】
外輪105には前記したように車体取付用フランジ142が設けられ、この車体取付用フランジ142よりもインボード側の外径面が嵌合面105aとなって、車体側のナックル145の内径面145aに内嵌される。また、外輪105の軸方向両開口部にシール部材S、Sが装着されている。
【0009】
ハブ輪102の筒部113に外側継手部材103の軸部123が挿入される。軸部123は、その反椀形部の端部にねじ部124が形成され、このねじ部124と椀形部107との間にスプライン部125が形成されている。また、ハブ輪102の筒部113の内周面(内径面)にスプライン部126が形成され、この軸部123がハブ輪102の筒部113に挿入された際には、軸部123側のスプライン部125とハブ輪102側のスプライン部126とが嵌合する。
【0010】
そして、筒部113から突出した軸部123のねじ部124にナット部材127が螺着され、ハブ輪102と外側継手部材103とが連結される。この際、椀形部107の軸部側の端面131と内輪117の外端面130とが当接するとともに、内輪117の小径側の端面135が切欠端面136に当接する。すなわち、ナット部材127を締付けることによって、ハブ輪102が内輪117を介してナット部材127と椀形部107とで挟持される。
【0011】
この場合、図7に示すように、フランジ(車輪取付フランジ)101のアウトボード側付け根部、つまり、ブレーキロータ取付面101aから円筒状のパイロット部115の大径部115aに延びる隅部145にクロスハッチングで示すように表面硬化層146を形成している。車両に組み付けた状態で車両の外側寄りとなる側をアウトボード側と呼び、中央寄りをインボード側と呼ぶ。
【0012】
また、外輪5のアウトボード側端部に装着されたシール部材Sのシールリップが摺接するハブ輪1の外周面、つまり、シールランド部147から転走面118を経て小径段部(切欠部)116に及ぶ領域にクロスハッチングで示すように表面硬化層148を形成している。
【0013】
表面硬化層146を形成したことにより、回転曲げ疲労の最弱部であるアウトボード側付け根部を高強度化することが容易となる。
【0014】
表面硬化層148を形成するのは、シール部材Sのシールリップが摺接するシールランド部147は耐摩耗性が要求されるためであり、このシールランド部147に表面硬化層148を形成すれば、車輪取付フランジ142の強度アップがより一層実現できるからである。また、転動体122が転動する転走面118は所定の転がり疲労寿命が要求されるためである。さらに、小径段部116の端面116aは内輪117の端面と当接する部分であり、小径段部116は内輪117と嵌合する部分であるため、耐クリープ性、耐フレッティング性が要求されるためである。
【0015】
また、ハブ輪102の筒部113の内周面に形成されたセレーション部(雌セレーション部)150にクロスハッチングで示すように表面硬化層151を設けている。このようにセレーション部150に表面硬化層151を形成すれば、耐摩耗性が向上し、その強度アップが図れ、さらに、この強度アップによるセレーション部150の有効長さを短くすることができる。
【0016】
なお、各硬化層146、148、151は例えば高周波焼入れ等にて形成される。高周波加熱による焼き入れとは、高周波電流の流れているコイル中に焼入れに必要な部分を入れ、電磁誘導作用により、ジュール熱を発生させて、伝導性物体を加熱する原理を応用した焼入れ方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開2002−87008号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
しかしながら、前記特許文献1に記載のものでは、ハブ輪102の筒部113の内周面にセレーション部150を形成した後、高周波焼入等の加熱処理を行って、このセレーション部150に表面硬化層151を形成するものである。
【0019】
このため、加熱処理によって、収縮、径方向の楕円変形、軸方向のテーパ変形等の熱処理変形が生じることになる。このような熱変形が生じれば、外側継手部材103の軸部123に形成されたセレーション(雄セレーション部)125との嵌合性に劣り、嵌合できても、嵌合する歯同士間に隙間が形成されいわゆる「ガタ」が生じたり、嵌合時に歯が欠けたりする。
【0020】
したがって、熱収縮量を考慮してセレーション部150を形成する必要があり、この寸法管理を精度よく行う必要があった。このため、生産性に劣るものとなっていた。
【0021】
本発明は、上記課題に鑑みて、ハブ輪と等速自在継手とのセレーション嵌合における適切な嵌合予圧の設定維持が可能で、セレーション部の耐摩耗性と強度向上を達成でき、セレーション嵌合の嵌合有効長さの短縮を図ることできる車輪用軸受装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明の車輪用軸受装置は、内周に2列の外側転走面を有する外方部材と、この2列の外側転走面に対向する内側転走面を有する内方部材と、対向する各転走面間に介装される転動体とを備え、前記内方部材は、車輪に取り付けられるハブ輪と、ハブ輪の切欠部に嵌合する少なくとも1つの内輪からなり、ハブ輪の端部が加締められて内輪を固定する車輪用軸受装置であって、前記ハブ輪の孔部の内周面に雌セレーションが形成され、雌セレーションの形成範囲に硬化層が設けられており、この雌セレーションは、硬化層形成後および加締め後の超硬製ブローチ加工にて形成されているものである。セレーションというときはセレーションまたはスプラインを意味するものとする。ブローチ加工とは、ブローチと呼ばれる総形工具を用いて、断面形状の複雑な穴などを一度に仕上げてしまう加工方法をいう。すなわち、下穴(ガイド穴)に挿入されたブローチが下方向に引き抜かれ、ブローチ下方の荒刃から上方の仕上げ刃へと工作物を少しずつ切削しながら、所定寸法に仕上げるものである。
【0023】
本発明の車輪用軸受装置によれば、ブローチ加工は硬化層が設けられた後に行うので、硬化層形成時において熱変形があっても、この変形状態をブローチ加工により除去した上で、セレーションが成形される。このため、その後において熱変形の影響を受けない。また、ハブ輪のインボード側端部を加締る際に、雌セレーションのインボード側が変形するおそれがあるので、加締め後の軸受を組み付けた状態で雌セレーションを形成することで、雌セレーションが加締めによるインボード側の変形の影響を受けることがない。
【0024】
ところで、過大トルクが発生した場合、ハブ輪の孔部に形成されるセレーションにおいてインボード側に最も大きな荷重がかかる。このため、セレーションにおいて少なくともインボード側に硬化層を設けていれば、このような過大トルク発生時において、該部の塑性変形や破損を防止することができるとともに、ブローチ加工の際、高硬度の切削長が相対的に短くなるため、工具寿命の延長効果も奏する。
【0025】
雌セレーションは、超硬製ブローチによるブローチ加工であるのが好ましい。ここで、超硬とは、硬質の金属炭化物の粉末を焼結して作られる合金で、単に超硬とも呼ばれ、これを利用した工具を超硬工具という。一般的には炭化タングステン(WC、タングステン・カーバイド)と結合剤(バインダ)であるコバルト(Co)を混合して焼結したものを指す。主に切削加工や金型などの耐磨耗性を要求される分野で使用される。また、材料特性を向上させるために炭化チタン(TiC)や炭化タンタル(TaC)などを加えてもよい。超硬合金は高温時の硬度低下が少なく、非常に摩耗しにくい。更に摩耗に強いアルミナ(Al2O3)や炭窒化チタン(TiCN)などの硬質物質自体を超硬工具表面にコーティング(化学気相成長(CVD)や物理気相成長(PVD))したものであってもよい。
【0026】
硬化層が設けられた後のブローチ加工は、ハブ輪の孔部(単純円筒内径部)に一から雌セレーションを形成するものであっても良いが、硬化層形成前に、予め、雌セレーションを形成しておき、硬化層形成後に仕上げ加工として、ブローチ加工を行なえば、ブローチ刃の寿命も長くなり、より経済的である。
【0027】
前記硬化層は高周波焼入れにて形成されたり、レーザー焼入れにて形成されていてもよい。前記雌セレーションが等速自在継手の軸部に形成された雄セレーションと嵌合するこができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明では、セレーションが成形された後において熱処理の熱変形を生じない。このため、形成したセレーションが変形(熱変形)することがなく、適正な嵌合予圧(セレーション嵌合予圧)の設定・維持を行うことができる。しかも、硬化層によって、過大トルク発生時においても、セレーションの破損等を防止できる高品質の製品となる。また、本発明では、加締め後にセレーションを形成するため、雌セレーションが加締めによるインボード側の変形の影響を受けることがなく、精度よくセレーションを形成することができる。
【0029】
セレーションはブローチ加工にて成形されるので、「高能率で、作業が簡易、加工精度のばらつきが少ない」等のブローチ加工特有の利点を生かせることができる。
【0030】
超硬製ブローチによるブローチ加工を行えば、硬化層に対しても安定してセレーションを形成することができる。また、超硬製ブローチは耐摩耗性、耐熱性に優れ長期にわたって安定したブローチ加工を行うことができ、高精度のセレーションを形成することができる。
【0031】
前記硬化層は、高周波加熱によっても、レーザー光による加熱処理によっても形成することができ、硬化層形成のための装置としては既存のものを使用でき、コスト低減を図ることができる。高周波加熱(高周波焼入れ)では、次の効果を奏する。直接加熱であるから熱効率が良く、作業時間が短い。局所焼入れが可能で、硬化層深さの選定も比較的容易である。短時間加熱、急冷処理のため酸化、脱炭、変形が少ない。作業の標準化、自動化が容易である。急熱、急冷のため表面に大きな圧縮残留応力が生じ、耐摩耗性のみならず耐疲労性も向上する。また、レーザー焼入れは、短時間に小さい面積で局所焼入れができ、ひずみの発生も少ない利点がある。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下本発明の実施の形態を図1〜図4に基づいて説明する。図2に第1実施形態の車輪用軸受装置を示し、この車輪用軸受装置は、ハブ輪1と、複列の転がり軸受2と、等速自在継手3とが一体化されてなる。
【0033】
等速自在継手3は、外側継手部材としての外輪5と、外輪5の内側に配された内側継手部材としての内輪6と、外輪5と内輪6との間に介在してトルクを伝達する複数のボール7と、外輪5と内輪6との間に介在してボール7を保持するケージ8とを主要な部材として構成される。内輪6はその孔部内径6aにシャフト(図示省略)の端部を圧入することによりスプライン嵌合してシャフトとトルク伝達可能に結合されている。
【0034】
外輪5はマウス部11とステム部(軸部)12とからなり、マウス部11は一端にて開口した椀状で、その内球面13に、軸方向に延びた複数のトラック溝14が円周方向等間隔に形成されている。そのトラック溝14はマウス部11の開口端まで延びている。内輪6は、その外球面15に、軸方向に延びた複数のトラック溝16が円周方向等間隔に形成されている。
【0035】
外輪5のトラック溝14と内輪6のトラック溝16とは対をなし、各対のトラック溝14,16で構成されるボールトラックに1個ずつ、トルク伝達要素としてのボール7が転動可能に組み込んである。ボール7は外輪5のトラック溝14と内輪6のトラック溝16との間に介在してトルクを伝達する。ケージ8は外輪5と内輪6との間に摺動可能に介在し、外球面8aにて外輪5の内球面13と接し、内球面8bにて内輪6の外球面15と接する。なお、この場合の等速自在継手は、ツェパー型を示しているが、各トラック溝の溝底に直線状のストレート部を有するアンダーカットフリー型等の他の等速自在継手であってもよい。
【0036】
等速自在継手3の外輪5及び内輪6は、例えば、S53C等の炭素0.40〜0.80wt%を含む中炭素鋼からなり、トラック溝14、16及び外輪5のマウス部11の肩部(底壁外面11a)から軸部12の外周面(外径面)に高周波焼入れ等によって硬さが58〜64HRC程度となる硬化処理が施されている。
【0037】
ハブ輪1は、筒部20と、筒部20の反継手側の端部に設けられるフランジ21とを有する。ハブ輪1のアウトボード側の端面に図示省略のホイールおよびブレーキロータが装着される短筒状のパイロット部45が突設されている。なお、パイロット部45は、大径の第1部45aと小径の第2部45bとからなり、第2部45bにホイールが外嵌され、第1部45aにブレーキロータが外嵌される。ハブ輪1のフランジ21にはボルト装着孔32が設けられて、ホイールおよびブレーキロータをこのフランジ21に固定するためのハブボルト33がボルト装着孔32に装着される。車両に組み付けた状態で車両の外側寄りとなる側をアウトボード側(図面左側)と呼び、中央寄りをインボード側(図面右側)と呼ぶ。
【0038】
また、ハブ輪1の筒部20の孔部22に外輪5の軸部12が挿入される。軸部12は、その反マウス部の端部にねじ部40が形成され、このねじ部40とマウス部11との間に雄セレーション41が形成されている。また、ハブ輪1の筒部20の内周面(内径面)に雌セレーション42が形成され、この軸部12がハブ輪1の筒部20に挿入された際には、軸部12側の雄セレーション41とハブ輪1側の雌セレーション42とが嵌合する。なお、ハブ輪1は、例えば、S53C等の炭素0.40〜0.80wt%を含む中炭素鋼からなる。
【0039】
転がり軸受2は、ハブ輪1の筒部20の継手側に設けられた切欠部(段差部)23に嵌合する内輪24と、ハブ輪1の筒部20に外嵌される外方部材としての外輪25とを備える。外輪25は、その内周に2列の外側転走面(アウタレース)26、27が設けられ、第1外側転走面26とハブ輪1の軸部外周に設けられる第1内側転走面(インナレース)28とが対向し、第2外側転走面27と、内輪24の外周面に設けられる第2内側転走面(インナレース)29とが対向し、これらの間に転動体30としてのボールが介装される。すなわち、ハブ輪1の一部(筒部20の外径面)と、ハブ輪1のインボード側の端部の外周に圧入される内輪24とで、インナレース28,29を有する転がり軸受2の内方部材を構成している。なお、転動体30は、アウタレース26、27とインナレース28、29との間に介在される保持器34に回転自在に保持されている。また、外輪25の両開口部にはシール部材Sが装着されている。
【0040】
外輪25の外径面にはねじ孔35を有する車体取付用フランジ36が形成されている。この車体取付用フランジ35よりインボード側の外径面が、図示省略のナックルに嵌入される嵌合面37とされる。
【0041】
この場合、ハブ輪1の継手側の端部を加締めて、その加締部31にて内方部材(内輪)24に予圧を付与するものである。これによって、内輪24をハブ輪1に締結することができる。この際、切欠部23の切欠端面23aに内輪24の端面24aが当接している。
【0042】
そして、等速自在継手3の外輪5の軸部12が、ハブ輪1の孔部22に嵌入されて、軸部12の雄セレーション41とハブ輪1の孔部22の雌セレーション42とを嵌合させる。孔部22からアウトボード側へ突出したねじ部40にナット部材43を螺着することによって、ハブ輪1の継手側の端部の加締部31に、等速自在継手3の外輪5のマウス部11の底壁外面11aを当接させている。これによって、ハブ輪1と等速自在継手3とは一体化される。
【0043】
ところで、ハブ輪1には図1に示すように、硬化層H(H1、H2、H3)(クロスハッチングで示している)が設けられている。すなわち、フランジ(車輪取付フランジ)21のアウトボード側付け根部、つまり、ブレーキロータ取付面21aから円筒状のパイロット部45の第1部45aに延びる隅部50に硬化層H1が形成され、シールランド部51(アウトボード側のシール部材Sが装着されるシール装着部位)から転走面28を経て切欠部(小径段部)23に及ぶ領域に表面硬化層H2が形成されている。
【0044】
また、ハブ輪1の孔部22の内径面に形成された雌セレーション42の表面に硬化層H3が形成されている。この場合、ハブ輪1の孔部22は、インボード側の開口部に、軸部12の付け根部12a(図2参照)に対応した大径部22aが形成され、この大径部22a以外に雌セレーション42が形成されている。なお、大径部22aは軸部12の付け根部12aよりも大径とされ、付け根部12aと大径部22aの内径面とが接触しないように設定している。
【0045】
外輪25の転走面26、27の表面に硬化層H4、H5(クロスハッチングで示している)が形成されている。また、各硬化層H(H1、H2、H3、H4、H5)の硬度をHRCで58〜64程度としている。なお、図2においては、図示の簡略化を図るために、
各硬化層H(H1、H2、H3、H4、H5)の図示を省略している。
【0046】
本発明においては、ハブ輪1の孔部22の内径面に形成される雌セレーション42は、ハブ輪1の孔部22の内径面に、硬化層H3を形成した後、ブローチ加工によって形成する。ブローチ加工とは、ブローチと呼ばれる総形工具を用いて、断面形状の複雑な穴などを一度に仕上げてしまう加工方法をいう。すなわち、下穴(ガイド穴)に挿入されたブローチが下方向に引き抜かれ、ブローチ下方の荒刃から上方の仕上げ刃へと工作物を少しずつ切削しながら、所定寸法に仕上げるものである。ここで、硬化層が設けられた後のブローチ加工は、ハブ輪の孔部(単純円筒内径部)に一から雌セレーションを形成するものであっても良いが、硬化層形成前に、予め、雌セレーションを形成しておき、硬化層形成後に仕上げ加工として、ブローチ加工を行なえば、ブローチ刃の寿命も長くなり、より経済的である。
【0047】
図3に示すように、例えば、ブローチ60は、前つかみ部61と、後ろつかみ部62と、前つかみ部61と後ろつかみ部62との間に配設される刃部63とを備える。刃部63は、前つかみ部61側の荒刃63aと、後ろつかみ部62側の仕上刃63cと、荒刃63aと仕上刃63cとの間の中仕上刃63bとからなる。
【0048】
そして、ブローチ60は刃部63が超硬からなる超硬製ブローチとする。ここで、超硬とは、硬質の金属炭化物の粉末を焼結して作られる合金で、単に超硬とも呼ばれ、これを利用した工具を超硬工具という。一般的には炭化タングステン(WC、タングステン・カーバイド)と結合剤(バインダ)であるコバルト(Co)を混合して焼結したものを指す。主に切削加工や金型などの耐磨耗性を要求される分野で使用される。また、材料特性を向上させるために炭化チタン(TiC)や炭化タンタル(TaC)などを加えてもよい。超硬合金は高温時の硬度低下が少なく、非常に摩耗しにくい。更に摩耗に強いアルミナ(Al2O3)や炭窒化チタン(TiCN)などの硬質物質自体を超硬工具表面にコーティング(化学気相成長(CVD)や物理気相成長(PVD))したものであってもよい。
【0049】
ハブ輪1を成形する場合、まず、孔部22を構成する下孔(ガイド孔)が形成されたハブ輪形成体を構成する。この際、下孔(ガイド孔)に、後述する加熱処理(高周波焼入れ)前に、予め、雌セレーションを形成しておけば、熱処理後の超硬製ブローチによる仕上げ工程が容易となる。これは、硬化層形成前の雌セレーション形成の仕上げ加工となる。次に、ガイド孔の内径面に硬化層Hを形成する。この硬化層としては、例えば、高周波加熱による焼入れ・焼戻し処理にて形成できる。ここで、高周波加熱による焼入れとは、高周波電流の流れているコイル中に焼入れに必要な部分を入れ、電磁誘導作用により、ジュール熱を発生させて、伝導性物体を加熱する原理を応用した焼入れ方法である。
【0050】
そして、ガイド孔の内径面に硬化層が形成されたハブ輪形成体に、前記ブローチ60を挿入する。ブローチ盤においてこの前つかみ部61を保持してこのハブ輪形成体のガイド孔から引き抜くことになる。これによって、一気に粗加工から仕上げ加工までが完成して、孔部22の内径面に雌セレーション42を備えたハブ輪1を成形することができる。なお、本発明における超硬製ブローチとしては、例えば、株式会社不二越社製のハードブローチを用いることができる。
【0051】
本発明では、最終のブローチ加工は硬化層H(H3)が設けられた後に行うので、硬化層形成時において熱変形があっても、この変形状態においてブローチ加工にてセレーションが成形され、その後において熱処理の熱変形を生じない。このため、形成したセレーションが変形(熱変形)することがなく、適正な嵌合予圧(セレーション嵌合予圧)の設定・維持を行うことができる。しかも、硬化層H(H3)によって、過大トルク発生時においても、セレーション42の嵌合部のガタの増大に繋がる塑性変形や破損等を防止できる高品質の製品となる。
【0052】
また、セレーション42のセレーション形成範囲の略全長にわたって硬化層H3が設けられていれば、ハブ輪側のセレーション全体に対して強度及び剛性を向上させることができる。このため、トルク伝達機能を損なうことなく、セレーションの嵌合有効長さの短縮を図ることができ、装置全体の軸方向長さを短くして、装置全体のコンパクト化を図ることができる。
【0053】
セレーション42をブローチ加工にて成形するので、「高能率で、作業が簡易、加工精度のばらつきが少ない」等のブローチ加工特有の利点を生かせることができる。
【0054】
超硬製ブローチ60によるブローチ加工を行えば、硬化層H3に対しても安定してセレーション42を形成することができる。また、超硬製ブローチ60は耐摩耗性、耐熱性に優れ長期にわたって安定したブローチ加工を行うことができ、高精度のセレーション42を形成することができる。
【0055】
ハブ輪1の端部が加締められてハブ輪1に外嵌される転がり軸受2の内輪24に対して予圧が付与されることによって、外側継手部材のマウス部11によって内輪24に予圧を付与する必要がなくなる。このため、内輪24への予圧を考慮することなく、外側継手部材の軸部12を圧入することができ、ハブ輪1と外側継手部材との連結性(組み付け性)の向上を図ることができる。
【0056】
高周波熱処置で硬化層Hを形成するので、高周波焼き入れの特有の次のような効果を奏する。直接加熱であるから熱効率が良く、作業時間が短い。局所焼入れが可能で、硬化層深さの選定も比較的容易である。短時間加熱、急冷処理のため酸化、脱炭、変形が少ない。作業の標準化、自動化が容易である。急熱、急冷のため表面に大きな圧縮残留応力が生じ、耐摩耗性のみならず転がり疲労寿命も向上する。
【0057】
なお、表面硬化層H1を形成したことにより、回転曲げ疲労の最弱部であるアウトボード側付け根部を高強度化することができる。表面硬化層H2を形成することによって、シール部材Sのシールリップが摺接するシールランド部51の耐摩耗性の向上を図ることができ、耐クリープ性、耐フレッティング性の向上を達成できる。
【0058】
次に図4は参考例を示し、この場合、ハブ輪1のインボード側の端部に加締部を有さないタイプである。このため、ハブ輪1のインボード側の端部を内輪24のインボード側の端面24bよりもアウトボード側へ後退させた状態として、マウス部11の底壁外面11aを内輪24のインボード側の端面24bに当接させることによって、軸受2に予圧を付与するようにしている。
【0059】
この場合も、ハブ輪1の孔部22の内径面には雌セレーション42が形成され、この雌セレーション42に硬化層H(H3)が形成されている。すなわち、雌セレーション42は、硬化層Hが設けられた後のブローチ加工にて形成されているものである。
【0060】
また、ハブ輪1の外径側においては、図示省略しているが、図1に示すような硬化層H1、H2を形成するのが好ましい。さらに、外輪25側においても、図1に示すような硬化層H4、H5を形成するのが好ましい。
【0061】
図4に示す車輪用軸受装置の他の構成は図1に示す車輪用軸受装置と同様であるので、図1と同一の部材については図1と同一の符号を附してそれらの説明を省略する。このため、図4に示す車輪用軸受装置は、図1に示す車輪用軸受装置と同様の作用効果を奏する。
【0062】
次に図5は他の参考例を示し、この場合、軸受2の内方部材が一対の内輪24A,24Bからなる。すなわち、アウトボード側の内輪24Aは、アウトボード側が大径部70aとされ、インボード側が小径部71bとされ、インボード側の内輪24Bは、アウトボード側が小径部71bとされ、インボード側が大径部70bとされる。各内輪24A,24Bは、大径部70a,70bと小径部71a,71bとの間の外径面に転走面28,29が形成されている。
【0063】
内輪24A、24Bがハブ輪1の切欠部72に嵌合され、図2に示すように、等速自在継手3の外輪5がハブ輪1に連結された状態(軸部12のねじ部40にナット部材43が締め付けられた状態)で、インボード側の内輪24Bの端面24bに外輪5の底壁外面11aが当接する。この際、内輪24Aの内輪24Bの端面(突合面)24a,24aが突合わされた状態で、アウトボード側の内輪24Aの端面24bが切欠端面75に当接する。これによって、内輪24A、24Bに予圧を付与できる。
【0064】
この場合も、ハブ輪1の孔部22の内径面には雌セレーション42が成形され、この雌セレーション42に硬化層H(H3)が形成されている。すなわち、雌セレーション42は、硬化層Hが設けられた後のブローチ加工にて成形されているものである。
【0065】
また、ハブ輪1の外径側においては、図示省略しているが、図1に示すような硬化層H1、H2を形成するのが好ましい。さらに、外輪25側においても、図1に示すような硬化層H4、H5を形成するのが好ましい。
【0066】
図5に示す車輪用軸受装置の他の構成は図1に示す車輪用軸受装置と同様であるので、図1と同一の部材については図1と同一の符号を附してそれらの説明を省略する。このため、図5に示す車輪用軸受装置は、図1に示す車輪用軸受装置と同様の作用効果を奏する。
【0067】
ところで、硬化層Hを形成する場合、前記実施形態では、高周波熱処理であったが、レーザー熱処理で行ってもよい。レーザー焼入れは、高エネルギー密度のレーザービームを鋼部品の表面に照射して加熱し、自己冷却作用によって焼入硬化させる方法である。レーザー発振装置には炭酸ガスレーザー、YGレーザー、プラズマレーザー、エキシマレーザーなど種々あるが、この場合、例えば、炭酸ガスレーザーを用いることができる。レーザービームによる加熱は超急速であり、また、焼入れも冷却剤は用いず自己冷却である。このため、レーザー焼入れは、短時間に小さい面積で局所焼入れができ、ひずみの発生も少ない利点がある。また、通常、焼入れ後は焼戻しを行う必要がない。
【0068】
ところで、前記各実施形態では、ハブ輪1の内径面側に設けられる硬化層H3は、雌セレーション42のセレーション形成範囲、つまりハブ輪1の内径面の略全長にわたって形成したが、インボード側のみにこのような硬化層Hを設けてもよい。これは、過大トルクが発生した場合、ハブ輪2の孔部22に形成されるセレーション42においてインボード側に大きな荷重がかかるためであり、セレーション42において少なくともインボード側に硬化層Hを設けていれば、このような過大トルク発生時において、該部の塑性変形や破損を防止することができるとともに、ブローチ加工の際、高硬度の切削長が相対的に短くなるため、工具寿命の延長効果も奏する。
【0069】
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明は前記実施形態に限定されることなく種々の変形が可能であって、例えば、車輪用軸受装置として、ハブ輪の外径面に、外方部材の第1外側転走面が対向する第1内側転走面が形成されるとともに、等速自在継手の外側継手部材の外径面に、外方部材の第2外側転走面が対向する第2内側転走面が形成されたいわゆる第4世代であってもよい。また、軸受2の外輪25として、前記実施形態では車体取付用フランジ36を有するものであったが、このような車体取付用フランジを有さず、外輪25の外径面の略全体がナックルに圧入される嵌合面としたものであってもよい。また、図2では、外輪5の底壁外面11aを加締部31に当接させているが、当接させずに、底壁外面11aと加締部31との間に隙間が設けられるものであってもよい。このように隙間を設けることによって、マウス部11とハブ輪1との接触による異音の発生を防止できる。
【0070】
ブローチ加工にて、ハブ輪1の孔部22の内径面に雌セレーション42を形成する場合、ハブ輪1単体の状態で形成しても、図1に示すように、軸受2を組み付けた状態で形成してもよい。図1に示すように、ハブ輪1のインボード端部を加締める場合、この加締めの際に、雌セレーション42のインボード側が変形するおそれがあるので、図1に示すように軸受2を組み付けた状態で雌セレーション42を形成するようにするのが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明の第1実施形態を示す車輪用軸受装置の等速自在継手連結前の縦断面図である。
【図2】前記車輪用軸受装置の断面図である。
【図3】ブローチ加工に用いるブローチを示す正面図である。
【図4】参考例を示す車輪用軸受装置の等速自在継手連結前の縦断面図である。
【図5】他の参考例を示す車輪用軸受装置の等速自在継手連結前の縦断面図である。
【図6】従来の車輪用軸受装置の断面図である。
【図7】前記図6のハブ輪の拡大断面図である。
【符号の説明】
【0072】
1 ハブ輪
2 軸受
3 等速自在継手
12 軸部
22 孔部
24 内輪
26,27 アウタレース(外側転走面)
28,29 インナレース(内側転走面)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周に2列の外側転走面を有する外方部材と、この2列の外側転走面に対向する内側転走面を有する内方部材と、対向する各転走面間に介装される転動体とを備え、前記内方部材は、車輪に取り付けられるハブ輪と、ハブ輪の切欠部に嵌合する少なくとも1つの内輪からなり、ハブ輪の端部が加締められて内輪を固定する車輪用軸受装置であって、
前記ハブ輪の孔部の内周面に雌セレーションが形成され、雌セレーションの形成範囲に硬化層が設けられており、この雌セレーションは、硬化層形成後および加締め後の超硬製ブローチ加工にて形成されていることを特徴とする車輪用軸受装置。
【請求項2】
前記ブローチ加工は、硬化層形成前の雌セレーション形成の仕上げ加工であることを特徴とする請求項1に記載の車輪用軸受装置。
【請求項3】
前記硬化層は高周波焼入れにて形成されたことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の車輪用軸受装置。
【請求項4】
前記硬化層はレーザー焼入れにて形成されたことを特徴とする請求項1又は2に記載の車輪用軸受装置。
【請求項5】
前記雌セレーションが等速自在継手の軸部に形成された雄セレーションと嵌合することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の車輪用軸受装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−100091(P2013−100091A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−256158(P2012−256158)
【出願日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【分割の表示】特願2008−6865(P2008−6865)の分割
【原出願日】平成20年1月16日(2008.1.16)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)