説明

軟らかい納豆及びその製造方法

【課題】軟らかい納豆及びその製造方法を提供する。
【解決手段】バチラス・ズブチルス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌であって、蒸煮大豆のセルロース高分解能を有することを特徴とする納豆菌、該納豆菌バチラス・ズブチルス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌が、バチラス・ズブチルスTTCC940(Bacillus subtilis TTCC940、受領番号AP−21324)である納豆菌、及び該納豆菌を用いて製造してなる、上記納豆菌を含有することで特徴付けられる軟らかい納豆。
【効果】上記納豆菌を含有することで特徴付けられる軟らかい納豆を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟らかい納豆及びその製造方法に関するものであり、更に詳しくは、セルロース高分解能を有する納豆菌、該納豆菌を使用した軟らかい納豆の製造方法及びその軟らかい納豆に関するものである。本発明は、大豆種皮等を構成するセルロース成分を高度に分解する酵素を産生すると共に、優れた納豆菌としての特性を有する新規納豆菌と、該納豆菌を利用して、消化吸収性及び咀嚼性の改善された軟らかい納豆を製造する方法及びその納豆製品を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
納豆は、大豆の高い栄養価を利用した発酵食品であり、納豆菌が産出するプロテアーゼを始めとする各種酵素の作用により、原料大豆中のタンパク質成分等が適度に分解されて、消化吸収性が向上し、かつ特有の旨味成分が産生される。また、納豆は、その栄養学的機能の他に、血栓溶解酵素等の生体調節機能に対する評価が高まっている。このため、納豆は、食生活に欠かせない重要食品の一つとなっている。
【0003】
このように、納豆は、栄養学的機能の他に、生体調節機能にも優れた食品である。しかし、納豆の消化吸収率は、約80%程度であり、納豆の全てが消化吸収され、その高い栄養価が全に利用されている訳ではない。したがって、納豆の消化吸収性の向上が、求められる。
【0004】
また、上記のような機能を有する納豆の消費を拡大するためには、そのテクスチャー等の改善が求められる。また、納豆の原料である大豆の組織は硬いため、納豆の製造過程で、大豆の蒸煮処理を長い時間行い、大豆を軟らかくする必要がある。しかし、長時間の蒸煮処理をすると、大豆からドレンが出て、大豆の栄養分が流出してしまう。そのため、納豆の製造過程では、大豆の蒸煮工程を短縮すること、あるいはその条件を穏やかにすること、が強く求められている。
【0005】
大豆の蒸煮工程や納豆の硬さの改善に関しては、先行技術として、例えば、納豆の消化吸収性の向上、テクスチャーの改善、及び大豆蒸煮時間の短縮等を達成するために、大豆種皮のヘミセルロースの分解能を有する納豆菌を用いて、大豆種皮が部分的に分解されている納豆を製造することが提案されている(特許文献1)。
【0006】
また、他の先行技術として、例えば、納豆の硬さを改善して、より軟らかい納豆を得るために、特定の納豆菌株を用いて、咀嚼困難者用又は嚥下困難者用の納豆に適した軟らかい納豆を製造することが提案されている(特許文献2)。
【0007】
【特許文献1】特開平9−9903号公報
【特許文献2】特開2006−67992号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、過酷で長時間の大豆蒸煮工程を必要とせず、納豆の消化吸収性を向上させ、かつテクスチャーの改善を図ることが可能な新規納豆菌、それを用いた納豆の製造方法並びに上記納豆菌を用いて製造した軟らかい納豆製品を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)バチラス・ズブチルス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌であって、蒸煮大豆のセルロース分解能を有することを特徴とする納豆菌。
(2)大豆種皮のセルロース分解能を有する、前記(1)に記載の納豆菌。
(3)バチラス・ズブチルス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌が、バチラス・ズブチルスTTCC940(Bacillus subtilis TTCC940、受領番号AP−21324)である、前記(1)又は(2)に記載の納豆菌。
(4)前記(1)から(3)のいずれかに記載の納豆菌を使用して軟らかい納豆を製造する方法であって、原料の大豆から蒸煮大豆を調製する工程と、この蒸煮大豆に納豆菌を接種して蒸煮大豆を発酵させる工程と、発酵させた蒸煮大豆を熟成させる工程とを備えたことを特徴とする軟らかい納豆の製造方法。
(5)蒸煮大豆に納豆菌を接種して該納豆菌の有する酵素により蒸煮大豆のセルロースを分解する、前記(3)に記載の軟らかい納豆の製造方法。
(6)前記(1)又は(2)に記載の納豆菌を用いて製造した納豆であって、該納豆菌の有する酵素により蒸煮大豆のセルロースが分解されていることを特徴とする軟らかい納豆。
(7)前記(1)から(3)のいずれかに記載の納豆菌を含むことを特徴とする軟らかい納豆。
(8)蒸煮大豆のセルロースが分解されて、消化吸収性及び咀嚼性が改善された、前記(5)から(7)のいずれかに記載の納豆。
【0010】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、バチラス・ズブチルス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌であって、蒸煮大豆のセルロース分解能を有することを特徴とするものである。本発明では、上記納豆菌が、大豆種皮のセルロースに対して高度のセルロース分解能を有すること、を好ましい実施の形態としている。高度のセルロース分解能とは、軟らかい納豆の製造を可能とするレベルを持つセルロース分解能を意味する。
【0011】
また、本発明は、上記の納豆菌を使用して、軟らかい納豆を製造する方法であって、原料の大豆から蒸煮大豆を調製する工程と、この蒸煮大豆に納豆菌を接種して蒸煮大豆を発酵させる工程と、発酵させた蒸煮大豆を熟成させる工程とを備えたことを特徴とするものである。発酵させた蒸煮大豆を熟成させるとは、通常の発酵及び熟成を意味する。また、軟らかい納豆とは、後記するように、例えば、市販の標準品(水戸仕立て)と比べて軟らかい納豆を意味する。
【0012】
また、本発明は、上記の納豆菌を用いて製造した軟らかい納豆であって、該納豆菌の有する酵素により蒸煮大豆のセルロースが分解されていることを特徴とするものである。本発明では、上記納豆菌が、上記の納豆菌を含み、蒸煮大豆のセルロースが分解されて、消化吸収性及び咀嚼性が改善されたこと、を好ましい実施の態様としている。
【0013】
一般に、納豆菌は、大豆種皮のセルロースやヘミセルロースを高度に分解する酵素を産出しないことが知られている。そのため、納豆は、大豆種皮が残存しており、それにより、納豆の消化吸収性が低下するものと思われる。もし、納豆菌が、大豆種皮のセルロース成分を高度に分解することができれば、該納豆菌を使用して得られる納豆は、軟らかくなることが期待され、また、大豆蒸煮工程も、その条件を穏やかにしたり、時間を短縮したりすることが可能となる。
【0014】
そこで、本発明者らは、大豆種皮のセルロースを高度に分解する、セルロース高分解能を有する納豆菌の開発を試みた。このような酵素活性を有する納豆菌を開発するために、本発明者らは、市販の納豆菌や公知の納豆菌に対し、突然変異処理を行い、また、自然界からスクリーニングを行い、大豆種皮のセルロースを高度に分解するセルロース高分解能を有する高酵素活性を持つ納豆菌を得た。従来、大豆種皮のセルロースは、その結合が強固で分解が困難であると予想されていたが、それに反し、セルロース高分解能を有する酵素を産生する納豆菌が見出された。
【0015】
そして、セルロース高分解能を有する納豆菌を用いて製造された納豆は、その大豆種皮等のセルロース成分が部分的に分解され、消化吸収性が、従来品より向上することが分かった。また、セルロースの分解生成物は、納豆菌が資化することが可能なものである。
【0016】
また、この納豆菌を用いて製造された納豆は、大豆種皮のセルロースが部分的に分解されていることから、従来の納豆に比べて軟らかくなり、テクスチャーが好ましいものとなる。更に、この納豆菌を利用することにより、納豆菌が大豆種皮のセルロースを分解して大豆を軟らかくすることから、従来のように、過酷な条件の長時間蒸煮により大豆を軟らかくする必要性がなくなり、短時間の蒸煮あるいは穏やかな条件の蒸煮で蒸煮大豆を製造することが可能である。
【0017】
本発明の納豆菌は、バチラス・ズブチルス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌であって、セルロース高分解能を有するものである。このような納豆菌として、本発明者らは、新規納豆菌株を見出し、バチラス・ズブチルスTTCC940と命名し、公的な寄託機関である独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに、平成19年7月23日に、Bacillus subtilis TTCC940、受領番号AP−21324として寄託した。この納豆菌のセルロース分解能以外の菌学的性質を以下に示す。
【0018】
〔形態〕
形状:棹菌大きさ:2〜3×1.0μm
運動性:+
胞子形成能:+
胞子形状:楕円形胞子
大きさ:1.4〜1.6×0.8μm
胞子形成部位:中央
グラム染色:+
【0019】
〔培養的性質〕
(1)寒天平板培養
形状:環状
表面:粘質性
隆起状態:断層状、隆起あり
色調:乳白色
光沢:あり
(2)液体培養
表面の生育:菌膜形成
混濁:あり
沈殿:+
(3)ゼラチンの突刺培養
生育の状態:+
ゼラチンの液化:+
【0020】
〔生理学的性質〕
硝酸塩の還元:+
脱窒反応:+
VPテスト:+
インドールの生成:−
硫化水素の生成:−
デンプンの加水分解:+
クエン酸の利用:+
色素の生成:−
ウレアーゼ:−
オキシダーゼ:+
カタラーゼ:+
生育温度範囲:15〜55℃
生育pH範囲:pH4.1〜pH9.5
酸素要求性:好気性
糖類からの酸及びガスの生成
アラビノース:+
キシロース:+
グルコース:+
マンノース:+
フラクトース:+
ガラクトース:−
麦芽糖:+
蔗糖:+
マンニトール:+
デンプン:+
サブロー蔗糖培地での生育:+
カゼインの分解:+
プロテアーゼ活性:+
γ−グルタミルトランスペプチターゼ(γ−GTP)活性:+
最小培地での生育:−
ビオチン要求性:+
抗生物質耐性:−
エスクリンの分解:+
塩化ナトリウム耐性:1.5モル/L以下
ファージ感受性:+
【0021】
この菌株は、上記菌学的性質から、納豆菌であることが判明した。なお、納豆菌と納豆菌以外のバチラス・ズブチルスとの相違は、納豆菌がビオチン要求性を示し、かつ粘質物産出能を有するのに対し、納豆菌以外のバチラス・ズブチルスは、これらの特性を示さないことにある。上記粘質物生産能は、公知の方法(農芸化学学会誌,37(6),p346〜350,1963年)により確認することができる。
【0022】
この方法では、蒸煮大豆又はグルタミン酸系列のアミノ酸を窒素源とし、炭素源と併用した合成培地(例えば、GSP培地)で菌株を培養し、形成されたコロニーに白金線の先端を接触させた後、これを引き上げて、糸引きの長さを測定する。納豆菌と判断される糸引きの長さは、50cm以上である。なお、仮に、納豆菌以外のバチラス・ズブチルスの中に、セルラーゼ活性を有するものがあったとしても、粘質物生産能を有しないものは、これを用いて納豆を製造することは不可能である。
【0023】
本発明に係るセルロース高分解能を有する納豆菌は、例えば、市販の納豆菌、公知の納豆菌、自然分離納豆菌に対し、突然変異処理を行い、また、自然界からスクリーニングをすることにより得ることができた。
【0024】
具体的には、まず、市販の納豆菌や公知の納豆菌の胞子懸濁液を調製する。上記市販納豆菌としては、例えば、宮城野納豆菌、成瀬納豆菌、高橋納豆菌があげられる。また、公知の納豆菌としては、微生物寄託が行われた納豆菌等があげられる。そして、これらの納豆菌の胞子懸濁液に対し、突然変異処理を行う。この他に、各地の土壌や稲藁から採取した自然分離納豆菌を使用してもよい。
【0025】
この突然変移処理としては、例えば、紫外線照射,放射線照射(X線,γ線)、N−メチル−N−ニトロ−N−ニトロソグアニジンやエチルメタンスルホネート等を用いた薬剤処理があげられる。次に、この突然変移処理を行った胞子懸濁液を、標準寒天培地にプレーティングする。そして、これを、37℃で1〜3日間培養し、形成されたコロニーをグルコースをカルボキシメチルセルロース(CMC)で置換したスピツァィツェン培地(SpizizenMM培地、以下「CMC1%添加スピツァイツェンMM培地」という)に転写(レプリカ)する。この際、変異体の親株となった通常の納豆菌(市販菌等)も同じCMC1%添加スピツァイツェンMM培地に転写(レプリカ)し、37℃で1〜3日間培養する。そして、親株より早く形成されたコロニーをセルラーゼ活性が確認された納豆菌としてスクリーニングする。
【0026】
次に、スクリーニングしたコロニーをGSP培地にスポットし、コロニーの粘質物生産能を指標にし、スクリーニングを行う。この粘質物生産能は、先に述べた方法により行うことができる。なお、この粘質物生産能の指標に加え、γ−GTP活性の測定を行えば、より正確に納豆菌を選別することが可能となる。そして、粘質物生産能が確認された菌株から、セルロース高分解能を有する、本発明の納豆菌を得ることができる。
【0027】
本発明の納豆菌のセルロース分解能は、この納豆菌が産出するセルラーゼに基づくものである。また、本発明の納豆菌において、セルラーゼ活性は、0.8units以上であることが好ましく、より好ましくは1.0units以上であることが望ましい。
【0028】
納豆菌のセルラーゼ活性は、例えば、次のようにして測定される。すなわち、まず、セルラーゼ酵素液を準備する。この酵素液としては、好適には、セルラーゼ活性判定培地で48時間振盪培養した培養液が用いられる。上記セルラーゼ活性判定培地の組成の一例を以下に示す。
【0029】
〔セルラーゼ活性判定培地組成の例〕
リン酸二水素カリウム0.6g
リン酸水素二カリウム1.4g
クエン酸ナトリウム二水和物0.1g
硫酸アンモニウム0.2g
硫酸マグネシウム0.12g
ビオチン100μg
カルボキシメチルセルロース10g
(カザミノ酸)0.5g
蒸留水 total 1L
【0030】
そして、この酵素液により、セルロースを分解し、この分解により生成した還元糖を定量することによりセルラーゼ活性を測定することができる。
【0031】
このセルラーゼ活性測定法の一例としては、ジリニトロサリチル酸法(Dinitorosalicylic acid法,「食品分析ハンドブック,小原哲二郎他編,昭和57年,建帛社発行」記載の方法)があげられる。このジニトロサリチル酸法は、糖,ジニトロサリチル酸の反応により、ジニトロサリチル酸の3位のニトロ基がアミノ基に還元されることにより呈する褐色を比色する方法である。
【0032】
次に、このセルロース高分解能を有する納豆菌を用いた納豆の製造方法について説明する。本発明の納豆の製造方法は、従来の製造方法において、セルロース分解能の高い納豆菌を使用することが特徴である。すなわち、蒸煮大豆を準備し、この大豆に納豆菌を接種した後、上記蒸煮大豆を発酵させる。この時、上記セルロース分解能の高い納豆菌を使用する。この納豆菌の接種方法や、発酵条件は、従来の納豆製造方法と同様である。次いで、発酵させた蒸煮大豆を冷蔵して熟成させ、納豆を製造する。
【0033】
このようにして得られた納豆は、上記納豆菌の作用により、大豆中のタンパク質等の分解に加え、大豆種皮の主要成分の一つであるセルロースが従来製品のものよりよく分解されている。したがって、本発明に係る納豆であることは、大豆種皮等のセルロースの分解により判別することが可能である。また、この他に、上記納豆菌は、納豆中に残存するため、納豆から納豆菌を採取し、この納豆菌が、セルロース分解能を高度に有していれば、本発明に係る納豆であることと判別することができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)本発明の納豆菌は、大豆種皮の主要構成成分の一つであるセルロースを分解するセルロース分解能を高度に有する。
(2)この納豆菌を用いて製造された納豆では、大豆種皮等のセルロースが部分的に分解されているため、本発明の納豆は、従来の納豆に比べ、消化吸収性の向上が期待できる。
(3)セルロースの分解によって納豆菌自身が利用可能な還元糖が生成されるため、納豆菌の増殖促進も期待できる。
(4)本発明の納豆は、大豆種皮のセルロースが部分的に分解しているため、従来の標準的な納豆に比べて、軟らかく、歯触りや口どけがよく、抵抗が少なく、食し得ることが期待できる。
(5)納豆菌が大豆種皮のセルロースを部分的に分解することから、納豆の製造において、大豆蒸煮時間を短縮したり、蒸煮条件を穏やかなものとすることができ、その結果、納豆の製造効率が向上するようになり、また、大豆の栄養分の流出が低減されることから、栄養価が向上した納豆を製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
次に、実施例について本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0036】
本実施例では、セルロース高分解能を有する納豆菌を選抜した。すなわち、まず、市販の納豆菌(宮城野納豆菌)の胞子懸濁液を調製した。この胞子懸濁液に対し、紫外線照射及び放射線照射(X線,γ線)や、N−メチル−N−ニトロ−N−ニトロソグアニジンやエチルメタンスルホネート等を用いた薬剤処理を行い、種々の突然変異体を作製した。
【0037】
この突然変異処理を行った胞子懸濁液を、標準寒天培地にプレーティングした。そして、これを、37℃で1日培養し、形成されたコロニーをCMC1%添加スピツァイツェンMM培地に転写(レプリカ)した。この際、変異体の親株となった通常の納豆菌(市販菌等)も同じCMC1%添加スピツァイツェンMM培地に転写(レプリカ)し、37℃で2日間培養した。そして、親株より早く形成されたコロニーを高いセルラーゼ活性が確認された納豆菌としてスクリーニングした。
【0038】
次に、スクリーニングしたコロニーをGSP培地にスポットし、コロニーの粘質物生産能を検査し、粘質物生産能が確認された菌株をスクリーニングし、目的とする納豆菌(バチラス・ズブチルス)を得た。
【0039】
〔セルラーゼ活性〕
セルロース高分解菌で12時間発酵させた納豆20gと蒸留水80gを懸濁し、その上清を酵素溶液とした。そして、この酵素溶液でカルボキシメチルセルロース(基質)を分解し、生成する還元糖を前述のジニトロサリチル酸法により定量して、セルラーゼ活性を測定した。このジニトロサリチル酸法は、具体的には以下の通りである。
【0040】
まず、ジニトロサリチル酸法に用いるDNS試薬、及びセルロース基質液を準備した。
A液:4.5%水酸化ナトリウム溶液300mlと1%のジニトロサリチル酸溶液800mlを混合した後に、ロッシェル塩225gを溶解させた。
B液:10%水酸化ナトリウム溶液22mlに結晶フェノール10gを加え、蒸留水で100mlに定容した。その後に、炭酸水素ナトリウム10gを溶解させた。
【0041】
尚、上記配合で作ったA液全量に対し、B液69mlを加え、二日間安置し、その後、ろ過を行い、DNS試薬とした。
【0042】
セルロース基質液:カルボキシメチルセルロース(和光社製)を用い、1重量%セルロース懸濁液を調製した。
【0043】
次に、上記酵素液,DNS試薬、セルロース基質液、20mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.8)を用い、以下に示すようにして、セルラーゼ活性の測定を行った。
【0044】
すなわち、まず、酵素液0.3mlに1%セルロース基質液0.3ml、リン酸ナトリウム緩衝液0.4mlを加え、40℃で30分の反応を行った。そして、この反応液0.5mlに対し、DNS試薬1.5mlを加え、激しく沸騰している沸騰浴槽中で5分間加熱した。その後、流水で5分間急冷し、蒸留水8mlを加え、攪拌、希釈した後、20分間放置した。
【0045】
この溶液の560nmでの吸光度を測定した。この吸光度から、予め、グルコースにより作成した検量線により還元糖の量を算出した。なお、セルラーゼ活性は、納豆1g当たり1分間にグルコース1μmol等量の還元糖を生成する酵素量を1単位(unit)として表した。
【0046】
本発明の納豆菌と、本出願人保有の従来の納豆菌(当社従来菌)のセルラーゼ活性について、前述の方法で比較した。その結果を図2に示す。本発明の納豆菌のセルラーゼ活性は、本出願人保有の従来の納豆菌よりも10%以上高いことが分かった。
【0047】
〔糸引き能〕
まず、下記に示す組成のGSP寒天培地を、常法で調製した。なお、このGSP寒天培地調製時において、121℃、15分間の滅菌処理を行った。そして、このGSP寒天培地に、白金線で菌をスポットし、これを、37℃で24時間培養した。その後、上記GSP寒天培地上に形成されたコロニーに白金線の先端を接触させ、これを引き上げて糸引きの長さを測定した。
【0048】
(GSP培地組成)
グルタミン酸ソーダ・1HO:15g
サッカロース: 30g
Phytone:15g
KHPO:2.5g
NaHPO:1.7g
NaCl:0.5g
MgCl・7HO:0.5g
ビオチン:100μg
寒天:15g
蒸留水:1000ml
【実施例2】
【0049】
(1)納豆をより軟らかくする納豆菌の選抜(スクリーニング)
自然界より納豆菌を選抜し、コロニー形状の違いから納豆菌を単離した(44株)。次に、単離した44株について、納豆を作製し、本出願人保有の標準株の硬さに関する官能評価の評価を普通4とし、非常に軟らかい1、軟らかい2、少し軟らかい3、硬い5、の評価を行い、評価が1か2であったものを選抜(17株)した。次に、選抜した17株について、納豆の被り、糸引き、香り、味について、A、B、Cの3段階(Aがよい)で官能評価を行い、最も優れていた1株を軟らかい納豆製造に適した菌株(TTCC940)とした。
【0050】
実施例2の納豆菌(バチラス・ズブチルスTTCC940)は、高いセルラーゼ活性を有し、かつ50cm以上の糸引き能を有することが分かった。このことから、この納豆菌(バチラス・ズブチルスTTCC940)は、標準株と比べて、セルラーゼ活性を高度に備えた新規の納豆菌であると云える。これに対し、通常の納豆菌は、セルラーゼ活性が低く、軟らかい納豆の生産には不適であった。また、納豆菌以外のバチラス・ズブチルスの中には、セルラーゼ活性が認められたものもあったが、糸引き能がなく、納豆の製造に使用できるものはなかった。
【実施例3】
【0051】
実施例2の納豆菌(バチラス・ズブチルスTTCC940)を用い、以下に示すようにして納豆を試作した。すなわち、まず、大豆を3倍量の水で一晩浸漬した後、よく水を切り、1.8kg/cmの条件で20分間蒸煮した。次に、蒸煮大豆1gに対して上記納豆菌の菌数が10個となるように納豆菌胞子懸濁液を噴霧し、よく攪拌した。これを、発泡スチロール製の容器に所定量充填し、小孔のあるポリスチレン製フィルムで被覆して蓋をした。そして、40℃,湿度80%で約18時間発酵処理を行った後、10℃で2日以上冷蔵して熟成させ、目的とする納豆を得た。
【0052】
このようにして得られた実施例の納豆について、硬度評価及び官能試験を行った。なお、上記硬度評価及び官能試験は、下記に示す方法により行った。
【0053】
(1)納豆の硬さの評価試験
得られた納豆の硬さについて、評価試験を行った。評価は、本発明製品と市販製品(水戸仕立て)と比べて、本発明製品が、非常に硬い、硬い、やや硬い、同じ、やや軟らかい、軟らかい、非常に軟らかい、の9段階で、テクスチャーに関して訓練をつんだ9人のパネラーの官能評価により評価を行った。その結果を図3に示す。
【0054】
(2)官能試験
毎日納豆を試食して官能試験の訓練を受けた専門パネラー51名によって、実施例3の納豆と比較例の市販製品(水戸仕立て)について、比較評価を行った。
【0055】
図3から、本発明の納豆菌(バチラス・ズブチルスTTCC940)を用いて作製した実施例3の納豆は、市販の納豆に比べ、軟らかくなっていることが分かる。
【0056】
また、官能試験の結果、実施例3の納豆は、比較例の納豆と比較して、糸引、味について、実施例3の納豆を支持するパネラーが多いことが分かった(図4、5)。また、実施例3の納豆については、軟らかく、まろやかであり、マイルドで滑らか、口どけがよいという意見が多数出された。
【0057】
そして、実施例3の納豆の製造では、蒸煮時間は20分であり、比較例の納豆の製造に比べ、蒸煮時間を10分間短縮できた。
【0058】
次に、納豆製造に使用される大豆の大きさは一様ではなく、粒径ごとに、大粒、中粒、小粒、極小粒に分類される。また、本出願人においては、極小粒よりも更に小さい超極小粒という粒径の大豆も使用している。本発明による納豆菌を用いることで、大豆の粒径を問わず、軟らかい納豆を製造することが可能であることが分かった。以下に、その実施例を示す。
【実施例4】
【0059】
(大粒大豆)
大粒大豆を用い、本出願人保有の従来菌と本発明のセルロース高分解菌を用いて作製した納豆を比較した。大豆蒸煮時間を28分とした他は、実施例3と同様にして納豆を試作し、食品硬度測定法に準じて納豆の硬度を測定し、比較した(図6)。本出願人保有の従来菌で作製した納豆の硬度は92.2gであった。本発明のセルロース高分解菌では、納豆硬度は79.6gとなり、より軟らかくなっていることが示された。
【実施例5】
【0060】
(中粒大豆)
中粒大豆を用い、本出願人保有の従来菌と本発明のセルロース高分解菌を用いて作製した納豆を比較した。大豆蒸煮時間を分とした他は、実施例3と同様にして納豆を試作した。本出願人保有の従来菌で作製した納豆の硬度は75.9gであった。本発明のセルロース高分解菌では、納豆硬度は58.2gではとなり、より軟らかくなっていることが示された。
【実施例6】
【0061】
(小粒大豆)
小粒大豆を用い、本出願人保有の従来菌と本発明のセルロース高分解菌を用いて作製した納豆を比較した。大豆蒸煮時間を21分とした他は、実施例3と同様にして納豆を試作した。本出願人保有の従来菌で作製した納豆の硬度は66.7gであった。本発明のセルロース高分解菌では、納豆硬度は55.1gとなり、より軟らかくなっていることが示された。
【実施例7】
【0062】
(極小粒大豆)
極小粒大豆を用い、本出願人保有の従来菌と本発明のセルロース高分解菌を用いて作製した納豆を比較した。大豆蒸煮時間を21分とした他は、実施例3と同様にして納豆を試作した。本出願人保有の従来菌で作製した納豆の硬度は51.4gであった。本発明のセルロース高分解菌では、納豆硬度は41.5gとなり、より軟らかくなっていることが示された。
【実施例8】
【0063】
(超極小粒大豆)
超極小粒大豆を用い、本出願人保有の従来菌と本発明のセルロース高分解菌を用いて作製した納豆を比較した。大豆蒸煮時間を18分とした他は、実施例3と同様にして納豆を試作した。本出願人保有の従来菌で作製した納豆の硬度は36.5gであった。本発明のセルロース高分解菌では、納豆硬度は27.4gとなり、より軟らかくなっていることが示された。
【0064】
納豆は、使用する大豆の品種によっても硬さに違いができる。硬すぎる納豆は好まれず、本出願人においても、硬度基準を超えて硬い納豆になってしまう大豆品種は使用できない。本発明のセルロース高分解菌を用いることによって、通常の製法では基準を超えて硬い納豆になってしまう大豆品種でも基準内の硬さの納豆が作れ、製造に用いることができるようになることが分かった。
【実施例9】
【0065】
硬い納豆になる極小粒大豆を用い、本出願人保有の従来菌と本発明のセルロース高分解菌を用いて作製した納豆を比較した。大豆蒸煮時間を26分とした他は、実施例3と同様にして納豆を試作した。本出願人保有の従来菌で作製した納豆の硬度は80.3gであった(本出願人における極小粒大豆の納豆基準は80以下)。本発明のセルロース高分解菌では、納豆硬度は72.3gで、基準値以内の納豆の製造が可能となった。
【産業上の利用可能性】
【0066】
以上詳述したように、本発明は、新規納豆菌、軟らかい納豆及びその製造方法に係るものであり、本発明により、粒の大きさ、品種を問わず軟らかい納豆を製造し、提供することができる。本発明により、バチラス・ズブチルス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌であって、蒸煮大豆のセルロース高分解能を有することを特徴とする納豆菌、該納豆菌を使用して軟らかい納豆を製造する方法、及び該方法により製造された軟らかい納豆製品を提供することができる。本発明では、消化吸収性及び咀嚼性の改善された軟らかい納豆を製造し、提供するものとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】スピツァイツェンMM培地の組成及び、本出願人保有の従来の納豆菌と本発明の納豆菌の生育の違いを示す。
【図2】本発明の納豆菌、本出願人保有の従来の納豆菌(当社従来菌)のセルラーゼ活性の比較を示す。
【図3】官能検査による硬度評価を示す。
【図4】糸引の評価結果を示す。
【図5】味の評価結果を示す。
【図6】大豆の大きさごとの比較(種々の大豆での硬度データ)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バチラス・ズブチルス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌であって、蒸煮大豆のセルロース分解能を有することを特徴とする納豆菌。
【請求項2】
大豆種皮のセルロース分解能を有する、請求項1に記載の納豆菌。
【請求項3】
バチラス・ズブチルス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌が、バチラス・ズブチルスTTCC940(Bacillus subtilis TTCC940、受領番号AP−21324)である、請求項1又は2に記載の納豆菌。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の納豆菌を使用して軟らかい納豆を製造する方法であって、原料の大豆から蒸煮大豆を調製する工程と、この蒸煮大豆に納豆菌を接種して蒸煮大豆を発酵させる工程と、発酵させた蒸煮大豆を熟成させる工程とを備えたことを特徴とする軟らかい納豆の製造方法。
【請求項5】
蒸煮大豆に納豆菌を接種して該納豆菌の有する酵素により蒸煮大豆のセルロースを分解する、請求項3に記載の軟らかい納豆の製造方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の納豆菌を用いて製造した納豆であって、該納豆菌の有する酵素により蒸煮大豆のセルロースが分解されていることを特徴とする軟らかい納豆。
【請求項7】
請求項1から3のいずれかに記載の納豆菌を含むことを特徴とする軟らかい納豆。
【請求項8】
蒸煮大豆のセルロースが分解されて、消化吸収性及び咀嚼性が改善された、請求項5から7のいずれかに記載の納豆。

【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−39080(P2009−39080A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−210527(P2007−210527)
【出願日】平成19年8月10日(2007.8.10)
【特許番号】特許第4134254号(P4134254)
【特許公報発行日】平成20年8月20日(2008.8.20)
【出願人】(000108616)タカノフーズ株式会社 (29)
【Fターム(参考)】