説明

転造ダイスの改質方法および転造ダイス

【課題】ショットピーニング処理、窒化処理、および酸化処理を総て行って転造ダイスの転造成形面を改質する場合に、優れた改質効果が得られるようにする。
【解決手段】イオン窒化処理、ショットピーニング処理、および酸化処理の順番で改質のための表面処理が行われるため、イオン窒化処理によって形成される窒化拡散層により硬度が高くなり、ショットピーニング処理による加工硬化と相まって優れた耐摩耗性が得られる一方、ショットピーニング処理によって付与される残留圧縮応力により疲労強度が向上する。イオン窒化処理では、表面に形成される窒素化合物層の厚さが塩浴窒化に比べて薄いため、耐チッピング性や耐欠け性に優れているとともに、ショットピーニング処理によって残留圧縮応力を良好に付与できる。ショットピーニング処理の後に酸化処理を行うため、残留圧縮応力の低下を抑制しつつ、耐溶着性および耐焼付き性の向上効果を十分に享受できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転造ダイスに係り、特に、転造成形面の硬度や耐摩耗性、疲労強度、耐焼付き性等を向上させる改質方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
被転造部材の表面に食い込んで転造加工を行う転造成形面を有する転造ダイスに関し、所定の表面処理を施すことにより前記転造成形面を改質することが行われている。例えば特許文献1では、転造成形面にショットピーニング処理を施すことが提案されており、加工硬化で耐摩耗性が向上するとともに、残留圧縮応力の作用で疲労強度が向上する。また、特許文献2には、工具や金型等の鋼材に対して窒化処理および酸化処理を施すことにより、耐溶損性を向上させることが提案されており、これを転造ダイスに適用することも考えられる。
【特許文献1】特開平1−289530号公報
【特許文献2】特開2003−13199号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記ショットピーニング処理、窒化処理、および酸化処理を総て行おうとしても、例えばショットピーニング処理を施した後に窒化処理や酸化処理を行うと、加熱により残留圧縮応力が解放されて疲労強度が低下する一方、窒化処理および酸化処理を行った後にショットピーニング処理を施すと、酸化被膜が剥離したり脱落したりする。また、窒化処理として塩浴窒化を行うと、表面にポーラス(多孔質)状の脆い窒素化合物の層が比較的厚い層厚で形成されるため、転造ダイスとして必要な耐チッピング性や耐欠け性が損なわれるとともに、ショットピーニング処理によって残留圧縮応力を十分に付与することができないなど、必ずしも十分に満足できる改質効果が得られない。このため、現状では、それ等のショットピーニング処理、窒化処理、および酸化処理を総て行うような改質処理は行われていなかった。
【0004】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、ショットピーニング処理、窒化処理、および酸化処理を総て行って転造ダイスの転造成形面を改質する場合に、できるだけ優れた改質効果が得られるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる目的を達成するために、第1発明は、被転造部材の表面に食い込んで転造加工を行う転造成形面を有する転造ダイスに関し、前記転造成形面を改質する方法であって、(a) 前記転造成形面にイオン窒化処理を行って表層部に窒化拡散層を形成する窒化工程と、(b) その窒化工程の後に前記転造成形面にショットピーニング処理を施すショットピーニング工程と、(c) そのショットピーニング工程の後に前記転造成形面に酸化処理を施して表層部に酸化被膜層を形成する酸化工程と、を有することを特徴とする。
【0006】
第2発明は、第1発明の転造ダイスの改質方法において、前記窒化拡散層の深さは30μm以上で、前記酸化被膜層の層厚は1〜2μmの範囲内であることを特徴とする。
【0007】
第3発明は、第1発明または第2発明の転造ダイスの改質方法において、前記イオン窒化処理によって前記転造成形面に形成される窒素化合物層の厚さは1.5μm以下であることを特徴とする。
【0008】
第4発明は、第1発明〜第3発明の何れかの転造ダイスの改質方法において、前記酸化処理は、水蒸気雰囲気中で加熱して表層部に酸化被膜層を形成する水蒸気酸化処理であることを特徴とする。
【0009】
第5発明は、転造ダイスに関するもので、第1発明〜第4発明の何れかの改質方法に従って転造成形面が改質されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
このような転造ダイスの改質方法によれば、イオン窒化処理、ショットピーニング処理、および酸化処理の順番で転造成形面に表面処理が行われるため、イオン窒化処理によって形成される窒化拡散層により硬度が高くなり、ショットピーニング処理による加工硬化と相まって優れた耐摩耗性が得られる一方、ショットピーニング処理によって付与される残留圧縮応力により疲労強度が向上するとともに、組織が緻密になって応力腐食割れが抑制される。イオン窒化処理では、表面に形成されるポーラス状の脆い窒素化合物層の厚さが塩浴窒化に比べて薄いため、転造ダイスとして必要な耐チッピング性や耐欠け性に優れているとともに、ショットピーニング処理によって残留圧縮応力を良好に付与できる。また、窒化拡散層は、窒素をダイス基材中に拡散させたものであるため、その後のショットピーニング処理の影響を受けず、窒化による改質効果が良好に維持される。
【0011】
また、ショットピーニング処理を施した後に酸化処理を行うため、酸化被膜層による耐溶着性および耐焼付き性の向上効果を十分に享受できる。酸化処理による加熱で、ショットピーニング処理による残留圧縮応力が多少低下するが、イオン窒化処理および酸化処理を共にショットピーニング処理の後から行う場合に比べて、残留圧縮応力の低下が抑制され、その残留圧縮応力による改質効果が良好に維持される。特に、酸化処理はイオン窒化処理に比べて短時間で行うことができるため、酸化処理のみをショットピーニング処理の後で行うことにより、残留圧縮応力の低下を好適に抑制できる。
【0012】
このように、本発明の改質方法によれば、イオン窒化処理、ショットピーニング処理、および酸化処理の順番で表面処理を行うため、それ等の表面処理による転造成形面の改質効果を良好に享受できるようになり、トータルとして転造ダイスの耐久性(寿命)が向上する。このような改質方法に従って転造成形面が改質されている転造ダイスに関する第5発明においても、実質的に同様の効果が得られる。
【0013】
第2発明では、窒化拡散層の深さが30μm以上で、酸化被膜層の層厚が1〜2μmの範囲内であるため、それ等の窒化拡散層や酸化被膜層による改質効果が十分に得られる。また、酸化被膜層の層厚が2μm以下であるため、短時間で酸化処理を行うことが可能で、前工程のショットピーニング処理によって付与された残留圧縮応力の低下が抑制される。
【0014】
第3発明では、イオン窒化処理によって転造成形面に形成されるポーラス状の脆い窒素化合物層の厚さが1.5μm以下と薄いため、転造ダイスとして必要な耐チッピング性や耐欠け性に優れているとともに、その後のショットピーニング処理によって残留圧縮応力を良好に付与できる。
【0015】
第4発明では、酸化処理として、水蒸気雰囲気中で加熱して表層部に酸化被膜層を形成する水蒸気酸化処理が行われるため、塩浴による酸化処理に比較して、廃液の後処理などが不要である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、丸ダイスや平ダイス、プラネタリ式ダイスなど、種々の転造ダイスの転造成形面の改質方法に適用される。また、ねじ転造ダイスが広く知られているが、歯車等のねじ以外の種々の部品を転造加工する転造ダイスにも適用され得る。転造ダイスの材質(ダイス基材)は、SKD等の合金工具鋼や高速度工具鋼などの工具鋼が好適に用いられる。
【0017】
イオン窒化処理によって形成される窒化拡散層の深さは、30μmより浅いと硬化による耐久性向上効果が十分に得られないため、30μm以上が望ましい。50μm以上になると、耐久性は殆ど同じであるため、処理時間や処理効率から40μm〜60μm程度の範囲内が望ましい。窒化拡散層の深さは、イオン窒化処理を行う際の処理温度や処理時間、ガス圧、ガス比等を変更することによって調整できる。
【0018】
イオン窒化処理によって転造成形面に形成される窒素化合物層(窒素とダイス基材の鉄の化合物)の厚さが1.5μmより厚いと、耐チッピング性や耐欠け性が損なわれるとともに、その後のショットピーニング処理によって残留圧縮応力を十分に付与することが難しくなるため、1.5μm以下となるようにすることが望ましい。この窒素化合物層の厚さは、イオン窒化処理の処理時間に依存するが、イオン窒化処理を行う際の窒素ガス(N2 )と水素ガス(H2 )との混合割合を変更することによって調整することが可能で、例えばN2 :H2 ≒3:7程度が適当である。なお、アンモニア(NH3 )を用いてイオン窒化処理を行うことも可能である。
【0019】
ショットピーニング処理は、微小鋼球を転造成形面に投射して改質するもので、例えば0.5MPa程度のポンプ吐出圧で圧力エアをノズルに圧送することにより、♯250〜♯350程度の大きさの鋼球をノズルから噴射させて転造成形面に打ちつけるように行われる。
【0020】
酸化処理は、廃液の後処理等が不要な水蒸気酸化処理が望ましいが、塩浴による酸化処理で酸化被膜層を設けることも可能である。酸化被膜層は、酸素がダイス基材の鉄と反応して形成される四三酸化鉄で、表面の凹凸に切削油剤が保持されることによって耐溶着性や耐焼付き性が向上する。酸化被膜層の層厚は、1μmより薄いと酸化被膜層による改質効果が十分に得られない一方、2μmよりも厚いと処理時間が長くなって前工程のショットピーニング処理により付与された残留圧縮応力が低下するため、1〜2μmの範囲内が望ましい。
【実施例】
【0021】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明の改質方法に従って表面処理が施されたねじ転造用の転造丸ダイス10を示す図で、(a) は斜視図、(b) は外周部の断面模式図である。この転造丸ダイス10は1対1組で使用されるもので、ダイス基材12はSKD等の合金工具鋼にて構成されているとともに、外周部の転造成形面14にはねじ溝に対応する断面形状の多数の凸条が設けられており、その凸条が円柱形状の被転造部材(ねじ素材)の表面に食い込むことによってねじを転造加工する。
【0022】
上記転造成形面14には、図3の(a) に示す改質手順に従って表面処理が施されている。図3(a) のステップS1は窒化工程で、イオン窒化処理を行うことにより転造成形面14の表層部に窒素が拡散した窒化拡散層16を形成する。イオン窒化処理は、真空炉内でグロー放電を起こさせ、窒素と水素の混合ガスの雰囲気中において、ダイス基材12に窒素を拡散侵入させて深さt1が30μm以上の窒化拡散層16を形成する処理であり、例えば500℃で3時間処理を行うことにより、深さt1≒50μmの窒化拡散層16が形成される。このイオン窒化処理ではまた、窒素とダイス基材12の鉄とが反応して表面に窒素化合物層が形成されるが、本実施例では、その窒素化合物層の厚さが1.5μm以下となるように処理条件が設定されている。すなわち、窒素化合物層の厚さは、イオン窒化処理の処理時間に依存し、その処理時間は深さt1に応じて設定されるが、イオン窒化処理を行う際の窒素ガス(N2 )と水素ガス(H2 )との混合割合を変更することによって窒素化合物層の厚さを調整することが可能で、本実施例ではN2 :H2 ≒3:7とされている。
【0023】
図3(a) のステップS2はショットピーニング工程で、上記イオン窒化処理が施された転造成形面14にショットピーニング処理を行う。このショットピーニング処理は、例えば図5の(a) の加工条件に示すように、転造丸ダイス10を回転テーブルに同心に取り付けて2500mm/分の回転速度で回転させつつ、その転造丸ダイス10の周囲に等角度間隔で且つ転造成形面14から150mm隔てて配置された3本のノズルに0.5MPaのポンプ吐出圧で圧力エアを圧送し、砥材として♯300の大きさの鋼球をそのノズルから噴射させて転造成形面14に打ちつけることによって行われる。
【0024】
図3(a) のステップS3は酸化工程で、上記ショットピーニング処理が施された転造成形面14に水蒸気酸化処理を施し、表層部に酸化被膜層18を形成する。水蒸気酸化処理は、500℃前後の水蒸気雰囲気中で転造丸ダイス10を加熱し、転造成形面14の表層部に1〜2μmの酸化被膜層18を形成する処理であり、例えば530℃で45分間処理を行うことにより、層厚t2が1.5μm程度の酸化被膜層18が形成される。酸化被膜層18は、酸素がダイス基材12の鉄と反応して形成される四三酸化鉄である。
【0025】
図2の(a) の左側の写真は、本実施例の転造成形面14の表面外観で、酸化被膜層18により表面が凹凸形状を成している。また、右側の写真は、転造成形面14の表層部の断面写真で、窒素化合物層が殆ど無いとともに、ショットピーニング処理によって緻密に圧縮された窒化拡散層16を備えている。
【0026】
一方、図2の(b) は図3の(b) に示す改質手順に従って表面処理が施された比較品で、左右の写真はそれぞれ図2(a) に対応し、図2の(c) は改質処理を行う前の表面外観写真である。図3の(b) において、ステップR1の塩浴窒化処理は、シアン酸ソーダまたはシアン酸カリを含む混合塩を用いて、500〜620℃に溶解した塩浴中に被処理品を浸漬するもので、ここでは530℃で2時間浸漬した。この塩浴窒化処理では、表面に鉄と窒素が化合した窒素化合物層が生成し、それよりも内側に窒素が浸透した窒化拡散層が形成される。図2の(b) から明らかなように、表面の窒素化合物層は前記イオン窒化処理(本発明品)の場合よりも厚いとともに、ポーラス状を成しており、硬度は高いが脆くて、転造ダイスとして使用する場合にはチッピングや欠けが問題になる。なお、ショットピーニング処理を行うと、表面がボロボロに砕けて荒れた状態になるため、適用不可である。
【0027】
図3(b) のステップR2では、塩浴による酸化処理を行って表層部に酸化被膜層を形成する。塩浴酸化処理は、400℃前後の塩浴槽に被処理品を浸漬し、その表面に数μm程度の酸化被膜層(四三酸化鉄)を生成させるもので、ここでは400℃で30分浸漬した。これにより、本発明品と同様に表面には酸化被膜層による凹凸が形成される。
【0028】
図4は、ねじ転造用のダイプレート(転造平ダイス)について、図3(a) に示す本発明の改質方法に従って転造成形面14に表面処理(イオン窒化+ショットピーニング+水蒸気酸化処理)を行った本発明品と、(イオン窒化+水蒸気酸化処理)で改質した比較品Iと、図3(b) に示すように(塩浴窒化+塩浴酸化処理)で改質した比較品IIとを用意し、(a) に示す試験条件でねじの転造加工を行って耐久性を調べた結果を説明する図である。本発明品の窒化拡散層16の深さt1は約50μmで、酸化被膜層18の層厚t2は約1.5μm、イオン窒化処理で表面に形成される窒素化合物層の厚さは約1μmである。
【0029】
そして、(b) の試験結果から明らかなように、本発明品(イオン窒化+ショットピーニング+水蒸気酸化処理)によれば、SCM(40HRC)およびSCM(33HRC)の何れに対しても約120000個の転造加工が可能であった。これに対し、比較品I(イオン窒化+水蒸気酸化処理)はSCM(40HRC)に対して約85000個で溶着や欠損により工具寿命となった。また、比較品II(塩浴窒化+塩浴酸化処理)は、SCM(40HRC)に対しては約26000個で欠損により工具寿命となり、SCM(33HRC)に対しては約70000個で欠損により工具寿命となった。この結果から、本発明の改質方法によれば、比較品I、IIに比較して工具寿命が大幅に向上することが分かる。
【0030】
図5は、ねじ転造用の転造丸ダイスについて、図3(a) に示す本発明の改質方法に従って転造成形面14に表面処理(イオン窒化+ショットピーニング+水蒸気酸化処理)を行った本発明品と、(イオン窒化+ショットピーニング)の表面処理を行った比較品Iと、図3(b) に示すように(塩浴窒化+塩浴酸化処理)で表面処理を行った比較品IIと、(イオン窒化のみ)で表面処理を行った比較品III を用意し、残留圧縮応力を調べた結果を説明する図である。本発明品の窒化拡散層16の深さt1は約50μmで、酸化被膜層18の層厚t2は約1.5μm、イオン窒化処理で表面に形成される窒素化合物層の厚さは約1μmである。また、残留圧縮応力は、X線回折装置を利用したX線応力測定法で測定した。
【0031】
そして、(b) の測定データから明らかなように、本発明品(イオン窒化+ショットピーニング+水蒸気酸化処理)によれば約800MPaの残留圧縮応力が得られるのに対し、比較品III (イオン窒化のみ)では約250MPaであり、ショットピーニングによって大きな残留圧縮応力が付与されることが分かる。比較品I(イオン窒化+ショットピーニング)では、約1100MPaの残留圧縮応力が得られ、本発明品は水蒸気酸化処理の影響で比較品Iに比べて残留圧縮応力が低下するものの、酸化被膜層18による耐溶着性および耐焼付き性の向上効果により、転造ダイスとしての耐久寿命はトータルとして向上する。また、比較品II(塩浴窒化+塩浴酸化処理)では、塩浴窒化により表面にポーラス状の窒素化合物層が形成されることから、X線応力測定法による残留圧縮応力の測定は不可であった。
【0032】
図6は、ねじ転造用のダイプレート(転造平ダイス)について、図3(a) に示す本発明の改質方法に従って転造成形面14に表面処理(イオン窒化+ショットピーニング+水蒸気酸化処理)を行う際に、ステップS1のイオン窒化処理の処理条件を変更することにより、表面に形成される窒素化合物層の厚さが異なる5種類(約0μm、約1μm、約2μm、約3μm、約5μm)の試験品を用意し、(a) に示す試験条件でねじの転造加工を行うことにより、その窒素化合物層の厚さと耐久性との関係を調べた結果を説明する図である。窒素化合物層の厚さは、イオン窒化処理を行う際の窒素ガス(N2 )と水素ガス(H2 )との混合割合を変更することによって変化させることができる。また、窒化拡散層16の深さt1は約50μmで、酸化被膜層18の層厚t2は約1.5μmである。そして、(b) の試験結果から明らかなように、窒素化合物層の厚さが厚くなるに従ってチッピングや欠けにより耐久寿命が低下するため、窒素化合物層の厚さが1.5μm程度以下となるようにイオン窒化処理の処理条件を設定することが望ましい。
【0033】
図7は、ねじ転造用の転造丸ダイスについて、図3(a) に示す本発明の改質方法に従って転造成形面14に表面処理(イオン窒化+ショットピーニング+水蒸気酸化処理)を行う際に、ステップS1のイオン窒化処理の処理条件を変更することにより、表層部に形成される窒化拡散層(窒化層)16の深さt1が異なる複数の試験品を用意し、(a) に示す試験条件でねじの転造加工を行うことにより、その窒化拡散層16の深さt1と耐久性との関係を調べた結果を説明する図である。窒化拡散層16の深さt1は、イオン窒化処理を行う際の処理温度や処理時間、ガス圧、ガス比等を変更することによって変化させることができる。また、酸化被膜層18の層厚t2は約1.5μmで、イオン窒化処理で表面に形成される窒素化合物層の厚さは約1μmである。そして、(b) の試験結果から明らかなように、窒化拡散層16の深さt1が浅くなると耐久寿命が低下するため、窒化拡散層16の深さt1が30μm以上となるようにイオン窒化処理の処理条件を設定することが望ましい。
【0034】
このように、図3(a) に示す改質方法に従ってイオン窒化処理、ショットピーニング処理、および酸化処理の順番で転造成形面14に表面処理が施された本実施例の転造丸ダイス10によれば、イオン窒化処理によって形成される窒化拡散層16により硬度が高くなり、ショットピーニング処理による加工硬化と相まって優れた耐摩耗性が得られる一方、ショットピーニング処理によって付与される残留圧縮応力により疲労強度が向上するとともに、組織が緻密になって応力腐食割れが抑制される。イオン窒化処理では、表面に形成されるポーラス状の脆い窒素化合物層の厚さが塩浴窒化に比べて薄いため、転造丸ダイス10として必要な耐チッピング性や耐欠け性に優れているとともに、ショットピーニング処理によって残留圧縮応力を良好に付与できる。また、窒化拡散層16は、窒素をダイス基材12中に拡散させたものであるため、その後のショットピーニング処理の影響を受けず、窒化による改質効果が良好に維持される。
【0035】
また、ショットピーニング処理を施した後に酸化処理を行うため、酸化被膜層18による耐溶着性および耐焼付き性の向上効果を十分に享受できる。酸化処理による加熱で、ショットピーニング処理による残留圧縮応力が多少低下するが、イオン窒化処理および酸化処理を共にショットピーニング処理の後から行う場合に比べて、残留圧縮応力の低下が抑制され、その残留圧縮応力による改質効果が良好に維持される。特に、酸化処理はイオン窒化処理に比べて短時間で行うことができるため、酸化処理のみをショットピーニング処理の後で行うことにより、残留圧縮応力の低下を好適に抑制できる。
【0036】
このように、本実施例の転造丸ダイス10によれば、イオン窒化処理、ショットピーニング処理、および酸化処理の順番で表面処理が行われるため、それ等の表面処理による転造成形面14の改質効果を良好に享受できるようになり、トータルとして転造丸ダイス10の耐久性(寿命)が向上する。
【0037】
また、本実施例の転造丸ダイス10は、窒化拡散層16の深さt1が30μm以上で、酸化被膜層18の層厚t2が1〜2μmの範囲内であるため、それ等の窒化拡散層16や酸化被膜層18による改質効果が十分に得られる。特に、酸化被膜層18の層厚が2μm以下であるため、短時間で酸化処理を行うことが可能で、前工程のショットピーニング処理によって付与された残留圧縮応力の低下が抑制される。
【0038】
また、本実施例では、ステップS1のイオン窒化処理によって転造成形面14に形成されるポーラス状の脆い窒素化合物層の厚さが1.5μm以下と薄いため、転造丸ダイス10として必要な耐チッピング性や耐欠け性に優れているとともに、その後のショットピーニング処理によって残留圧縮応力を良好に付与できる。
【0039】
また、本実施例では、ステップS3の酸化処理として、水蒸気雰囲気中で加熱して表層部に酸化被膜層18を形成する水蒸気酸化処理が行われるため、塩浴による酸化処理に比較して、廃液の後処理などが容易である。
【0040】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の改質方法に従って転造成形面が改質された転造丸ダイスを示す図で、(a) は斜視図、(b) は表層部の断面説明図である。
【図2】図1の転造丸ダイスの外観表面および断面を示す写真で、改質方法が異なる比較品、および未処理品と比較して示す図である。
【図3】図1の転造丸ダイスに施された改質方法を、図2の比較品の改質方法と比較して説明するフローチャートである。
【図4】本発明品と、改質方法が異なる2種類の比較品を用意し、(a) に示す試験条件でねじの転造加工を行って耐久性試験を行った結果を説明する図である。
【図5】本発明品と、改質方法が異なる3種類の比較品について、残留圧縮応力を測定した結果を説明する図である。
【図6】本発明の改質方法において、イオン窒化処理で表面に形成される窒素化合物層の厚さが異なる5種類の試験品を用意し、(a) に示す試験条件でねじの転造加工を行うことにより、窒素化合物層の厚さと耐久性との関係を調べた結果を説明する図である。
【図7】本発明の改質方法において、イオン窒化処理で表層部に形成される窒化拡散層の深さが異なる複数の試験品を用意し、(a) に示す試験条件でねじの転造加工を行うことにより、窒化拡散層の深さと耐久性との関係を調べた結果を説明する図である。
【符号の説明】
【0042】
10:転造丸ダイス(転造ダイス) 14:転造成形面 16:窒化拡散層 18:酸化被膜層 t1:窒化拡散層の深さ t2:酸化被膜層の層厚
ステップS1:窒化工程
ステップS2:ショットピーニング工程
ステップS3:酸化工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被転造部材の表面に食い込んで転造加工を行う転造成形面を有する転造ダイスに関し、前記転造成形面を改質する方法であって、
前記転造成形面にイオン窒化処理を行って表層部に窒化拡散層を形成する窒化工程と、
該窒化工程の後に前記転造成形面にショットピーニング処理を施すショットピーニング工程と、
該ショットピーニング工程の後に前記転造成形面に酸化処理を施して表層部に酸化被膜層を形成する酸化工程と、
を有することを特徴とする転造ダイスの改質方法。
【請求項2】
前記窒化拡散層の深さは30μm以上で、前記酸化被膜層の層厚は1〜2μmの範囲内である
ことを特徴とする請求項1に記載の転造ダイスの改質方法。
【請求項3】
前記イオン窒化処理によって前記転造成形面に形成される窒素化合物層の厚さは1.5μm以下である
ことを特徴とする請求項1または2に記載の転造ダイスの改質方法。
【請求項4】
前記酸化処理は、水蒸気雰囲気中で加熱して表層部に酸化被膜層を形成する水蒸気酸化処理である
ことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の転造ダイスの改質方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか1項に記載の改質方法に従って転造成形面が改質されていることを特徴とする転造ダイス。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−138235(P2008−138235A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−323714(P2006−323714)
【出願日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【出願人】(000103367)オーエスジー株式会社 (180)
【Fターム(参考)】