説明

透明な可逆性熱ゲル化水性組成物

本発明は、メチルセルロース、好ましくはさらにヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリエチレングリコール、オキシ酸及びその薬学的に許容される塩、アミノ酸及びその薬学的に許容される塩、及び尿素からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む可逆性熱ゲル化水性組成物及びそれを用いた人工硝子体である。本発明の組成物は、眼組織に対して低毒性で、無菌であり、注入や抜去が容易で、体温でゲル化し、透明で眼底の観察が容易であり、タンポナーデ効果が期待される理想的な人工硝子体を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は透明な可逆性熱ゲル化水性組成物及び本組成物を用いた人工硝子体に関する。さらに詳しくは、硝子体内に注入したとき、体温によりゲル化することで、網膜に対するタンポナーデ効果をもたらす可逆性熱ゲル化水性組成物及びこれをを用いた人工硝子体に関する。
【背景技術】
硝子体手術は1970年頃から一般化し、硝子体混濁や網膜剥離に対して行われるようになった。さらに、手術技法やこれに伴う器具も年々改良され、種々の硝子体病変、網膜病変に対して手術療法が行われている。しかし、難治性網膜剥離は、硝子体手術後、網脈絡膜癒着を十分に得るために、硝子体腔内に硝子体に代わるタンポナーデ物質を注入し、網膜に対してタンポナーデ効果をもたらすことが必要である。このような物質は人工硝子体と呼ばれている。
これまで人工硝子体として用いられてきた物質は、実用化あるいは検討段階のものも含めて多数存在している。例えば、疎水性物質としては、シリコンオイル、フルオロシリコンオイル、液体パーフルオロカーボンなどがあるが、いずれも網膜に対する障害や毒性が懸念されている。親水性物質としては、ヒアルロン酸ナトリウム、ヒアルロン酸ナトリウムとコラーゲンの混合物、ポリビニルアルコールゲル、ポリビニルピロリドン、生理食塩水などが試みられているが、注入時の取り扱いが困難であり、また、手術後の眼圧上昇のため緑内障を誘発する危険も指摘されている。気体としては、パーフルオロプロパンガス、6フッ価イオウガスが臨床で広く使用されているが、術後の眼底の透見が困難で、眼圧上昇や眼組織への毒性が懸念されている。
理想的な人工硝子体とは、透明で眼底の観察が容易であり、眼内で安定で、眼圧の上昇、増殖性網膜症や炎症反応を起こしにくく、眼組織に対して毒性を持たず、無菌であり、注入や抜去が容易であるなどがあげられる。しかしながら、これらの条件を満たす人工硝子体は未だ開発されていない。
本発明者らは理想的な人工硝子体に、可逆性熱ゲル化水性医薬組成物(特許第2729859号)を用いることを検討した。この発明を用いた市販製剤であるリズモンTG(登録商標)を分光光度計用の1cm四方のプラスチック製セルに入れ、10℃、24時間保存後、37℃の水浴中で1時間保持した。この製剤は、眼組織に対して低毒性で、無菌であり、注入や抜去が容易であり、上記した理想的な人工硝子体の要件の多くを満たしていた。この製剤は体温でゲル化するため、眼内に注入した場合には眼内で体温により眼球の形でゲル化し、その形を長く維持するため強いタンポナーデ効果も期待できることが明らかとなった。
しかしながら、この製剤がゲル化した場合には白濁し、透明感がなくなり、上記したような理想的な人工硝子体として用いることは困難であることが明らかとなった。
【発明の開示】
本発明は、上記の現状に鑑み、体温でゲル化した場合に透明感の高い透明な可逆性熱ゲル化水性組成物及びこれを用いた人工硝子体を提供することを目的とするものである。
本発明者らは、体温でゲル化した場合に透明感の高い人工硝子体を与える可逆性熱ゲル化水性組成物の開発に向けて鋭意検討した。その結果、組成物がゲル化した場合の光の透過率が水のそれに比較して70%以上であれば、人工硝子体として使用することが可能であるほど透明であり、且つ、メチルセルロースを含有する可逆性熱ゲル化水性組成物であれば、体温でゲル化した後もこのような透明感を維持できることを発見し、本発明を完成させた。本発明は以下の可逆性熱ゲル化水性組成物及びこれを用いた人工硝子体を提供するものである。
1.メチルセルロースを含有する透明な可逆性熱ゲル化水性組成物。
2.体温でゲル化し、且つ、ゲル化した後の光の透過率が水の透過率の70%以上である上記1に記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
3.体温でゲル化し、且つ、ゲル化した後の光の透過率が水の透過率の80%以上である上記1に記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
4.さらに、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリエチレングリコール、オキシ酸及びその薬学的に許容される塩、アミノ酸及びその薬学的に許容される塩、及び尿素からなる群より選ばれた少なくとも1種を含む上記1〜3のいずれか1項に記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
5.オキシ酸及びその薬学的に許容される塩が、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、乳酸、及びこれらの薬学的に許容される塩である上記4に記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
6.アミノ酸及びその薬学的に許容される塩が、グリシン、アスパラギン酸、ヒスチジン、グルタミン酸、リジン、アルギニン、アラニン、セリン、プロリン、メチオニン、タウリン、トレオニン、システイン、アミノ酢酸、バリン、トリプトファン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、及びこれらの薬学的に許容される塩である上記4に記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
7.さらに薬物を含む上記1〜6のいずれか1項に記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
8.メチルセルロースの濃度が0.2〜7w/v%である上記1〜7のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
9.ヒドロキシプロピルメチルセルロースを含み、その濃度が0.5〜6w/v%である上記4〜8のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
10.ポリエチレングリコールを含み、その濃度が0.1〜13w/v%である上記4〜8のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
11.オキシ酸又はその薬学的に許容される塩を含み、その濃度が0.01〜2.0w/v%である上記4〜8のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
12.アミノ酸又はその薬学的に許容される塩を含み、その濃度が0.01〜2.0w/v%である上記4〜8のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
13.尿素を含み、その濃度が0.01〜2.0w/v%である上記4〜8のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
14.(1)メチルセルロース0.2〜7w/v%、(2)ヒドロキシプロピルメチルセルロース0.5〜6w/v%、(3)ポリエチレングリコール0.1〜13w/v%、及び(4)オキシ酸又はその薬学的に許容される塩0.01〜2.0w/v%、アミノ酸又はその薬学的に許容される塩0.01〜2.0w/v%及び尿素0.01〜2.0w/v%からなる群から選ばれる少なくとも1種、を含む可逆性熱ゲル化水性組成物。
15.上記1〜14のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物を用いた人工硝子体。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明は、メチルセルロースを含有する透明な可逆性熱ゲル化水性組成物であり、また眼組織に対して低毒性で、無菌であり、注入や抜去が容易で、体温でゲル化し、透明で眼底の観察が容易であり、強いタンポナーデ効果が期待されるメチルセルロースを含有する可逆性熱ゲル化水性組成物である。さらに、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリエチレングリコール、オキシ酸及びその薬学的に許容される塩、アミノ酸及びその薬学的に許容される塩、及び尿素からなる群より選ばれた少なくとも1種を含む可逆性熱ゲル化水性組成物も本発明に含まれる。また、薬物を含む可逆性熱ゲル化水性組成物も本発明に含まれる。
本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物はメチルセルロース、好ましくはさらにヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリエチレングリコール、オキシ酸及びその薬学的に許容される塩、アミノ酸及びその薬学的に許容される塩、及び尿素からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む可逆性熱ゲル化水性組成物である。
本発明の組成物に用いられるメチルセルロース(以下、MCと略称することもある)は、その2w/v%水溶液の20℃における粘度が3〜12000ミリパスカル・秒の範囲のものであればいずれのMCでも単独または混合して使用することができる。メトキシル基の含有率は水に対する溶解性の観点から26〜33%の範囲が好ましい。さらにMCはその水溶液の粘度により区別され、例えば、市販品の品種には表示粘度4、15、25、100、400、1500、8000(数字は2w/v%水溶液の20℃粘度のミリパスカル・秒)のものがあり、容易に入手可能である。好ましくは表示粘度4〜400のMCが、眼内に注入する場合取り扱いやすいため好ましい。MCの概要、規格、用途、使用量及び商品名などについては医薬品添加物事典(日本医薬品添加物協会編集、薬事日報社発行)に詳細に記載されている。
本発明に用いられるヒドロキシプロピルメチルセルロース(以下、HPMCと略称することもある)は、そのメトキシル基及びヒドロキシプロピル基の含有率により3種類(2208、2906及び2910)に分けられ、さらにそれぞれその水溶液の粘度により区別され、例えば、市販品の品種には表示粘度4〜100000(数字は2w/v%水溶液の20℃粘度のミリパスカル・秒)のものがあり、容易に入手可能である。本発明で用いられるHPMCは、取り扱いの点から、表示粘度10000以下のものが好ましい。HPMCの概要、規格、用途、使用量及び商品名などについては医薬品添加物事典(日本医薬品添加物協会編集、薬事日報社発行)に詳細に記載されている。
本発明に用いられるポリエチレングリコール(以下、PEGと略称することもある)は、PEG−200、−300、−600、−1000、−1540、−2000、−4000、−6000、−20000、−50000、−500000、−2000000及び−4000000の商品名で和光純薬工業(株)からまたマクロゴール−200、−300、−400、−600、−1000、−1540、−4000、−6000、−20000の商品名で日本油脂(株)より販売されている。本発明の基剤に用いられるPEGの重量平均分子量は300〜50000が好ましく、1000〜20000が特に好ましい。また、2種以上のPEGを混合して重量平均分子量を上記の至適範囲内に調整することも可能である。PEGの概要、規格、用途、使用量及び商品名などについては医薬品添加物事典(日本医薬品添加物協会編集、薬事日報社発行)に詳細に記載されている。
本発明に用いられるオキシ酸としては、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、乳酸などを例示できる。また、オキシ酸の薬学的に許容し得る塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩などを例示できる。
本発明に用いられるアミノ酸としては、グリシン、アスパラギン酸、ヒスチジン、グルタミン酸、リジン、アルギニン、アラニン、セリン、プロリン、メチオニン、タウリン、トレオニン、システイン、アミノ酢酸、バリン、トリプトファン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンなどを例示できる。また、薬学的に許容し得る塩としては、塩酸塩、硫酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩などを例示できる。さらに、市販の静注用栄養補給剤であるアミノ酸輸液を用いることができる。
本発明の組成物は、眼組織に低毒性で、体温でゲル化し、且つ、ゲル化した後の光の透過率が水のそれに比較して低すぎず、例えば、70%以上であれば、組成物の各成分の濃度範囲に特に制限はないが、MC、及びHPMC、PEG、オキシ酸及びその薬学的に許容される塩、アミノ酸及びその薬学的に許容される塩、及び尿素からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む場合、以下の濃度範囲が以下の理由により好ましい。
MCの使用濃度は0.2〜7w/v%であることが好ましい。MCの濃度が0.2w/v%未満では、体温で組成物がゲル化しにくく、MCの濃度が7w/v%を超えると、体温で組成物がゲル化してもゲルが透明になりにくい。
HPMCの使用濃度は0.5〜6w/v%であることが好ましい。HPMCの濃度が0.5w/v%未満では、体温で組成物がゲル化しにくく、HPMCの濃度が6w/v%を超えると、体温で組成物がゲル化してもゲルが透明になりにくい。
PEGの使用濃度は通常0.1〜13w/v%である。PEGの濃度が0.1w/v%未満では、体温で組成物がゲル化しにくく、PEGの濃度が13w/v%を超えると、組成物の粘度が高くなりすぎて取り扱いにくくなる。
オキシ酸及び/又はその薬学的に許容される塩の使用濃度は通常0.01〜2.0w/v%であり、好ましくは0.05〜1.0w/v%である。オキシ酸及び/又はその薬学的に許容される塩の濃度が0.01w/v%未満では、体温で組成物がゲル化しにくく、2.0w/v%を超えると、体温で組成物がゲル化してもゲルが透明になりにくい。
アミノ酸及び/又はその薬学的に許容される塩の使用濃度は通常0.01〜2.0w/v%であり、好ましくは0.05〜1.0w/v%である。アミノ酸及び/又はその薬学的に許容される塩の濃度が0.01w/v%未満では、体温で組成物がゲル化しにくく、2.0w/v%を超えると、体温で組成物がゲル化してもゲルが透明になりにくい。
尿素の使用濃度は通常0.01〜2.0w/v%であり、好ましくは0.05〜1.0w/v%である。尿素の濃度が0.01w/v%未満では、体温で組成物がゲル化しにくく、2.0w/v%を超えると、体温で組成物がゲル化してもゲルが透明になりにくい。
従って、0.2〜7w/v%MC、0.5〜6w/v%HPMC、0.1〜13w/v%PEG、及び0.01〜2.0w/v%オキシ酸、0.01〜2.0w/v%アミノ酸及び0.01〜2.0w/v%尿素からなる群から選ばれる少なくとも1種からなる透明な可逆性熱ゲル化水性組成物及びこれを用いた人工硝子体は本発明の好ましい態様のひとつである。
本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物は、室温またはそれ以下では液体であり哺乳類、特にヒトの体温でゲル化することが所望され、且つ、タンポナーデ効果を得るために、体温に暴露後、2時間以内にゲル化することが好ましい。またゲル化後の光(660nm)の透過率は、水の透過率に比較したとき、好ましくは70%以上であり、より好ましくは80%以上である。
本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物には薬物を含有させることができる。このような薬物としては、例えば、アムホテリシンB、フルコナゾール、硝酸ミコナゾールなどの抗真菌剤、コリスチンメタンスルホン酸ナトリウム、カルベニシリンナトリウム、硫酸ゲンタマイシン、エリスロマイシン、トブラマイシン、カナマイシンなどの抗生物質、アシタザノラスト、フマル酸ケトチフェン、クロモグリク酸ナトリウム、トラニラストなどの抗アレルギー薬、リン酸ベタメタゾン、デキサメタゾン、ヒドロコルチゾン、ジクロフェナクナトリウム、プラノプロフェン、インドメタシン、ブロムフェナクナトリウム、メロキシカム、ロルノキシカムなどの抗炎症剤、フラビンアデニンジヌクレオチド、リン酸ピリドキサール、シアノコバラミンなどのビタミン薬、シクロスポリン、タクロリムス、ミコフェノール酸などの免疫抑制薬、アミノグアニジン、エパルレスタットなどの糖尿病用薬、コンドロイチン硫酸ナトリウム、タウリンなどのアミノ酸、ヒアルロン酸ナトリウムなどの手術助剤、塩酸シプロフロキサシン、塩酸ロメフロキサシン、オフロキサシン、レボフロキサシン、トシル酸パズフロキサシン、ガチフロキサシン、塩酸モキシフロキサシンなどの合成抗菌剤、マイトマイシンC、5−フルオロウラシル、アドリアマイシンなどの抗悪性腫瘍剤、アシクロビル、ガンシクロビル、シドフォビル、ソリブジン、トリフルオロチミジンなどの抗ウイルス剤などを挙げることができる。これら薬物の配合量は期待される薬効が得られる濃度であれば特に制限はなく、通常は0.001〜5.0w/v%が適当である。
本発明で用いられる可逆性熱ゲル化水性組成物はその特性を生かして、人工硝子体だけではなく、注射剤、経口剤、点耳剤、点鼻剤、点眼剤、塗布剤などにも使用することができる。
本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物は通常pH4〜10に調整され、特にpH6〜8で調整されることが好ましい。本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物のpHを調整するために、通常添加される種々のpH調整剤が使用される。酸類としては、例えば、アスコルビン酸、塩酸、グルコン酸、酢酸、乳酸、ホウ酸、リン酸、硫酸、クエン酸などが挙げられる。塩基類としては、例えば、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化ナトリウム、水酸化マグネシウム、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンなどが挙げられる。その他のpH調整剤として、グリシン、ヒスチジン、イプシロンアミノカプロン酸などのアミノ酸類なども挙げることができる。
本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物を調製するにあたって、薬学的に許容し得る等張化剤、可溶化剤、保存剤及び防腐剤などを必要に応じて、本発明の効果を損なわない範囲で本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物に添加することができる。等張化剤としてはキシリトール、マンニトール、ブドウ糖等の糖類、プロピレングリコール、グリセリン、塩化ナトリウム、塩化カリウムなどが挙げられる。可溶化剤としては、ポリソルベート80、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油及びシクロデキストリンが挙げられる。保存剤としては塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム及びグルコン酸クロルヘキシジンなどの逆性石鹸類、パラヒドロキシ安息香酸メチル、パラヒドロキシ安息香酸プロピル、パラヒドロキシ安息香酸ブチル等のパラベン類、クロロブタノール、フェニルエチルアルコール及びベンジルアルコールなどのアルコール類、デヒドロ酢酸ナトリウム、ソルビン酸及びソルビン酸カリウムなどの有機酸及びその塩類が使用できる。また、その他の添加剤としてヒドロキシエチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコールもしくはポリアクリル酸ナトリウム等の増粘剤、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)及びそれらの薬学的に許容される塩、トコフェロール及びその誘導体、亜硫酸ナトリウムなどの安定化剤が挙げられる。
本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物は例えば、次のように製造することができる。MCと、必要に応じてHPMCとPEGを70℃以上の熱水に分散させ、氷冷する。ここに必要に応じてアミノ酸や薬物、添加剤などを添加溶解し良く混合する。pHを調整し、滅菌精製水でメスアップし本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物を調製する。調製した本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物をメンブランフィルターによるろ過滅菌後、ガラス製アンプルに充填する。
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
メチルセルロース(信越化学工業(株)製、メトローズ(登録商標)SM−4)およびPEG4000(マクロゴール4000、日本油脂(株)製)を所定量混合し、ここに85℃に加熱した滅菌精製水を添加し、攪拌することで分散させた。均一に分散したことを確認後、攪拌しながら氷冷した。全体が澄明になったことを確認し、クエン酸ナトリウムを所定量徐々に添加し、溶解後均一に混合した。さらに、1NのNaOHもしくは1NのHClでpHを7.8に調整後、滅菌精製水で所定の容量にし、本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物及び比較用可逆性熱ゲル化水性組成物を調製した。
試験例1
〔試験方法〕
調製した可逆性熱ゲル化水性組成物の熱ゲル化状態、ゲル化後の透過率及びゲルを通して物を見たときの見やすさについて検討した。
本発明もしくは比較用の可逆性熱ゲル化水性組成物、もしくはリズモンTG(登録商標)の3mLを分光光度計用の縦1cm×横1cmのプラスチック製セルに入れ、10℃で24時間保存後、37℃に保持した水槽で1時間加温した。直ちに、セルを分光光度計に入れ、660nmの光の透過率を測定した。同様な方法で求めた水の透過率と人工硝子体の透過率を比較し、水の透過率に対する人工硝子体の透過率を透過度として求めた。透過率の測定後、セルを傾け、37℃1時間の加熱でゲルが生成したかを観察した。
これとは別に、同じように可逆性熱ゲル化水性組成物をセルに入れ、37℃で1時間加温し、ゲル化させた試料を用意した。別に、直径3mmの赤い点がある白色紙を用意した。ゲル化させたセルを2つ重ね、重ねたセル越しに赤い点を見た。この赤い点の見え方を次のスコアにあわせて評価した。
見やすさのスコア: 見えない 0点
わずかに見える 1点
見づらい 2点
わずかにかすむ程度 3点
澄明 4点
ボランティア5名により、それぞれの組成物について見やすさを評価した。5名分のスコアを平均し、これをその組成物の見やすさの評価とした。
試験に供した可逆性熱ゲル化水性組成物の熱ゲル化状態、ゲル化後の透過率及び見やすさの評価結果を表1に示した。いずれの組成物も37℃1時間の加熱でゲル化しており、反転させてもゲルがセルから流れ出ることはなかった。
一方、組成物によって透過度に差があり、それに伴って見やすさのスコアに差があった。比較用組成物であるリズモンTG(登録商標)の見やすさは見づらい〜わずかに見える、もしくはわずかに見える〜見えないという結果になり、比較用組成物がゲル化した場合はゲルを通して物を見ることが困難であり、人工硝子体としての使用が困難であることが示された。一方、本発明の組成物の見やすさはわずかにかすむ程度〜見づらい、もしくはわずかにかすむ〜澄明であり、ゲルを通して物を見ることが容易であり透明感が高く、人工硝子体として使用が可能であることが示された。また、表1に示したように、ゲルの透過度と見やすさは比例関係にあり、人工硝子体として使用する場合のゲルの透過度は70%以上必要であることが明らかとなった。

【実施例2】
SM−4、HPMC(信越化学工業(株)製、TC−5RW)およびPEG4000を所定量混合し、ここに85℃に加熱した滅菌精製水を添加し、攪拌することで分散させた。均一に分散したことを確認後、攪拌しながら氷冷した。全体が澄明になったことを確認し、オキシ酸、アミノ酸もしくは尿素を所定量徐々に添加し、均一に混合もしくは溶解した。さらに、1NのNaOHもしくは1NのHClで所定のpHに調整後、液全体が澄明であることを確認した。これを滅菌精製水で所定の容量にし、本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物を調製した。これを、試験例1と同様に、セルに入れ、同条件でゲル化させ、ゲル化状態、透過度を評価した。結果を表2に示した。調製したいずれの組成物も37℃1時間の加温でゲル化し、透過度も70%以上であり、人工硝子体として使用可能であることが示された。





【実施例3】
SM−4、HPMC(信越化学工業(株)製、TC−5RW)およびPEG4000を所定量混合し、ここに85℃に加熱した滅菌精製水を添加し、攪拌することで分散させた。均一に分散したことを確認後、攪拌しながら氷冷した。全体が澄明になったことを確認し、グリシン及び、オフロキサシンもしくはジクロフェナクナトリウムを所定量徐々に添加し、均一に混合した。さらに、1NのNaOHもしくは1NのHClで所定のpHに調整後、液全体が澄明であることを確認した。これを滅菌精製水で所定の容量にし、本発明の薬物を含む可逆性熱ゲル化水性組成物を調製した。これを、試験例1と同様に、セルに入れ、同条件でゲル化させ、ゲル化状態、透過度を評価した。結果を表3に示した。調製したいずれの組成物も37℃1時間の加温でゲル化し、透過度も70%以上であり、人工硝子体として使用可能であることが示された。

【実施例4】
SM−4およびPEG4000を所定量混合し、ここに85℃に加熱した滅菌精製水を添加し、攪拌することで分散させた。均一に分散したことを確認後、攪拌しながら氷冷した。全体が澄明になったことを確認し、グリシンもしくはセリン、及びNaClを所定量徐々に添加し、溶解した。さらに、1NのNaOHで所定のpHに調整後、液全体が澄明であることを確認した。これを滅菌精製水で所定の容量にし、本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物を調製した。これを、試験例1と同様に、セルに入れ、同条件でゲル化させ、ゲル化状態、透過度を評価した。結果を表4に示した。調製したいずれの組成物も37℃1時間の加温でゲル化し、透過度も70%以上であり、人工硝子体として使用可能であることが示された。



試験例2
本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物の家兎眼への注入試験
〔試験方法〕
白色家兎に硝子体手術を施行し、液−空気置換後、実施例4で調製した処方30を約2mL、硝子体腔内に注入した。術翌日から1ヶ月まで細隙灯顕微鏡、倒像眼底鏡にて経過観察を行い、眼圧及び網膜電位図を経時的に測定した。その結果、全過程を通じ、角膜混濁や角膜浮腫、前房のフィブリン析出、水晶体混濁、硝子体混濁、眼圧上昇は見られなかった。また、網膜電位図は僚眼と比較し、振幅の強弱、潜時の延長は見られなかった。
本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物は体温によりゲル化を生じた後も眼底の透明性に優れ、眼組織に対する侵襲も見られないため、優れた人工硝子体であることが明らかとなった。
試験例3
薬物を含有した本発明の人工硝子体からの薬物放出試験
〔試験方法〕
以下に記載した薬物を所定量、実施例4で調製した本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物(処方No.28)100mLに溶解もしくは懸濁させた。これの5mLを、内径14.5mmのガラス製円柱管に入れ、50℃で15分間加熱し、ゲル化させた。加熱後直ちに、これとは別にPBS25mLを入れた内径26mmのガラス製円柱管に、ゲル化した本発明の人工硝子体が入ったガラス管を入れ、ふたをし、40℃で保持した。
経時的にPBSをサンプリングし、本発明の人工硝子体からPBS中に放出された薬物濃度を測定した。薬物濃度は全て、HPLC法を用いて求めた。
本発明の人工硝子体に添加した薬物量から100%放出濃度を求め、これとPBS中の薬物濃度を比較し、PBS中に放出された薬物の放出率を以下の式より求めた。
放出率(%)= PBS中の薬物濃度×100/100%放出濃度
使用した薬物:
ジクロフェナクナトリウム(DFNa) 100%放出濃度 10μg/mL
リン酸ベタメタゾンナトリウム(BSP) 100%放出濃度 100μg/mL
レボフロキサシン(LVFX) 100%放出濃度 16μg/mL
シクロスポリンA(CyA) 100%放出濃度 167μg/mL
タクロリムス 100%放出濃度 16μg/mL
放出試験の結果を表5〜9に示した。薬物により放出速度に違いはあるが、いずれの場合でもゲルから薬物が放出されるまで、4〜60日以上必要とした。これは、本発明の人工硝子体からの薬物放出はゆっくりとしており、徐放性製剤として優れていることを示している。





【実施例5】
3.0gのSM−4および3.0gのPEG4000を混合し、ここに85℃に加熱した滅菌精製水を添加し、攪拌することで分散させた。均一に分散したことを確認後、攪拌しながら氷冷した。全体が澄明になったことを確認し、0.1gのレボフロキサシン(LVFX)、0.8gのグリシン及び0.5gのNaClを徐々に添加し、溶解した。さらに、0.1NのNaOHで所定のpHに調整後、液全体が澄明であることを確認した。これを滅菌精製水で所定の容量にし、本発明のLVFX含有可逆性熱ゲル化水性組成物(LVFX−WTG)を調製した。
これとは別に、オキシグルタチオン眼灌流・洗浄液(BSS PLUS(登録商標)、参天製薬株式会社)にLVFXを5.0mg/mLになるように溶解した。これをLVFX比較溶液とした。
試験例4
<LVFX−WTG又はLVFX溶液の家兎硝子体及び房水中の滞留性試験>
日本白色種家兎(雄性、体重2.5〜3.0kg)に、実施例5で調製したLVFX−WTG又はLFVX比較溶液を硝子体腔内に注入し、術後3日目の硝子体及び前房水中のLVFX濃度を測定した。
LVFX−WTGは次のように注入した。白色家兎の片眼に硝子体切除術を施行した。まず、全身麻酔を施した後、散瞳剤を点眼することにより充分に散瞳した。結膜剥離後、強膜創を2ヶ所作成し、片方にinfusion tubeを縫着し、オキシグルタチオン眼灌流・洗浄液(BSS PLUS(登録商標)、参天製薬株式会社)を灌流した。もう一方より、硝子体カッターを挿入しcore vitrectomyを施行、硝子体を充分切除した後同じ強膜創から注射針でLVFX−WTGを0.5mL(LVFX含有量500μg)を注入し、2つの強膜創を縫合し終了した。対照眼は無処置とした。
LVFX比較溶液は次のように注入した。白色家兎の片眼に点眼麻酔を施し、角膜輪部より注射針を刺入して前房水約0.2mLを吸引採取した後、注射針を球結膜上から直接硝子体内中央まで刺入して、比較溶液0.1mL(LVFX含有量500μg)を一度に(one shot)注入した。対照眼は無処置とした。
硝子体中のLVFX濃度は次のように求めた。採取した硝子体をホモジナイズした後、有機溶媒を用いてLVFXを抽出し、HPLCによる測定を行った。
前房水中のLVFX濃度は、前房水をフィルター濾過した後、濾過液をHPLCで分析することにより求めた。
得られた硝子体中及び前房水中のLVFX濃度を表10に示した。表10の結果より、LVFX−WTG注入後3日目の硝子体及び前房水中LVFX濃度は、LVFX比較溶液に対してそれぞれ4.1、7.3倍高濃度であり、前房水においては有意に高い値を示した。これらの結果より、薬物を含む人工硝子体は徐放性製剤として優れていることが示された。

【産業上の利用可能性】
本発明の可逆性熱ゲル化水性組成物は、上述の構成よりなるので、眼組織に対して低毒性で、無菌であり、注入や抜去が容易であり、体温でゲル化し、透明で眼底の観察が容易であり、強いタンポナーデ効果が期待される理想的な人工硝子体を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メチルセルロースを含有する透明な可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項2】
体温でゲル化し、且つ、ゲル化した後の光の透過率が水の透過率の70%以上である請求項1に記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項3】
体温でゲル化し、且つ、ゲル化した後の光の透過率が水の透過率の80%以上である請求項1に記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項4】
さらに、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリエチレングリコール、オキシ酸及びその薬学的に許容される塩、アミノ酸及びその薬学的に許容される塩、及び尿素からなる群より選ばれた少なくとも1種を含む請求項1〜3のいずれか1項に記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項5】
オキシ酸及びその薬学的に許容される塩が、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、乳酸、及びこれらの薬学的に許容される塩である請求項4に記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項6】
アミノ酸及びその薬学的に許容される塩が、グリシン、アスパラギン酸、ヒスチジン、グルタミン酸、リジン、アルギニン、アラニン、セリン、プロリン、メチオニン、タウリン、トレオニン、システイン、アミノ酢酸、バリン、トリプトファン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、及びこれらの薬学的に許容される塩である請求項4に記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項7】
さらに薬物を含む請求項1〜6のいずれか1項に記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項8】
メチルセルロースの濃度が0.2〜7w/v%である請求項1〜7のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項9】
ヒドロキシプロピルメチルセルロースを含み、その濃度が0.5〜6w/v%である請求項4〜8のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項10】
ポリエチレングリコールを含み、その濃度が0.1〜13w/v%である請求項4〜8のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項11】
オキシ酸又はその薬学的に許容される塩を含み、その濃度が0.01〜2.0w/v%である請求項4〜8のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項12】
アミノ酸又はその薬学的に許容される塩を含み、その濃度が0.01〜2.0w/v%である請求項4〜8のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項13】
尿素を含み、その濃度が0.01〜2.0w/v%である請求項4〜8のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項14】
(1)メチルセルロース0.2〜7w/v%、(2)ヒドロキシプロピルメチルセルロース0.5〜6w/v%、(3)ポリエチレングリコール0.1〜13w/v%、及び(4)オキシ酸又はその薬学的に許容される塩0.01〜2.0w/v%、アミノ酸又はその薬学的に許容される塩0.01〜2.0w/v%及び尿素0.01〜2.0w/v%からなる群から選ばれる少なくとも1種、を含む可逆性熱ゲル化水性組成物。
【請求項15】
請求項1〜14のいずれか1項記載の可逆性熱ゲル化水性組成物を用いた人工硝子体。

【国際公開番号】WO2004/026953
【国際公開日】平成16年4月1日(2004.4.1)
【発行日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−568913(P2004−568913)
【国際出願番号】PCT/JP2003/011928
【国際出願日】平成15年9月18日(2003.9.18)
【出願人】(000100492)わかもと製薬株式会社 (22)
【Fターム(参考)】