説明

連続焼鈍炉用ハースロール及び連続焼鈍炉用ハースロールの製造方法

【課題】連続焼鈍炉用ハースロール周面の表面粗度の評価指標として適切な指標を用いることで、ロール周面に対する異物の付着を抑制する。
【解決手段】本発明の連続焼鈍炉用ハースロール10は、ロール周面の周方向の表面粗度が、Rskで0未満であることを特徴とする。これにより、ハースロール10のロール周面の表面粗度の評価指標としてRskを用い、ロール周面の表面粗度をRskで0未満として、適切な粗度に調整できるので、ロール周面に対する異物の付着を抑制できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、通板時のロール表面への異物付着を抑制可能な連続焼鈍炉用ハースロール及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属板材の製造設備、特に製鉄プロセスラインにおいて、搬送ロールを高速回転させて鋼板を通板する際には、鋼板のスリップ、蛇行、搬送ロール表面へのゴミ付き、ビルドアップ等の現象が発生する。特に、連続焼鈍炉用ハースロールでは、鋼板を高温状態で搬送するため、ハースロール表面にビルドアップが発生し易い。このビルドアップは、鋼板表面の鉄、マンガン酸化物等の異物がハースロール表面に付着して成長する現象である。このビルドアップが進行すると、ハースロール表面に付着した異物が徐々に成長して、例えば100μm程度の径となってしまう。この結果、ハースロール表面に付着した異物の凸形状が鋼板表面に転写されて、凹状の疵(転写疵又はピックアップ疵と称する。)が発生するので、鋼板の品質が低下するだけでなく、定期修繕の際にロール表面に付着した異物を除去する作業が必要となり、生産性が低下する要因となっていた。
【0003】
このため、上記ハースロール表面への異物付着を抑制する対策として、従来から種々の提案がなされているが、特に、ハースロール表面の溶射皮膜の材質改良に関するものが多い。例えば、特許文献1には、ビルドアップ源である鉄、マンガン酸化物等とハースロール表面との反応を抑制する、又は反応生成物を除去し易くするために、Moを6〜30質量%、Fe、Co、Nb、Taのうち1種又は2種以上を25質量%以上含有し、残部がNi及び不可避的不純物からなるハースロールの溶射皮膜が提案されている。
【0004】
また、ハースロール表面への異物付着を抑制する対策として、ハースロールの表面粗度を規定する技術は従来ではあまり提案されていないが、例えば次のようにいくつかの提案がある。例えば、特許文献2には、溶射ロール表面の被覆層をダル加工することで、Ra0.6μm以上の表面粗度とし、さらに、その表面凸部のピークを研削して台形化することが提案されている。また、特許文献3には、高速通板時のスリップを防止するために、鋼板の搬送用ロールの周面に溝加工を施し、かつ、ロール表面凸部の表面粗度をRa2〜10μmに調整することが提案されている。さらに、特許文献4には、鋼板の搬送用ロールの素地の表面粗度をRa0.5μm以上、凸部の平均傾斜角βを6°以上とし、その表面にCrめっき層を設けることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−240124号公報
【特許文献2】特開平7−39918号公報
【特許文献3】特開平6−142744号公報
【特許文献4】特開平11−47815号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、上記特許文献2〜4記載の従来技術ではいずれも、ハースロールの表面粗度の評価指標として、算術平均粗さRaを用いていた。しかしながら、ハースロール周面に対する異物付着(ビルドアップ)を防止する観点からは、上記Raは、ハースロール周面の表面粗度の最適な評価指標ではなかった。従って、上記従来技術のようにRaを基準としてロール周面の表面粗度を調整したとしても、当該表面粗度を最適な粗度に調整することができないため、依然として鉄粉等の異物がロール周面に付着してしまうという問題があった。このようにハースロール周面に異物が付着及び成長すると、当該異物により鋼板に転写疵(ピックアップ疵)が発生するため、鋼板品質が低下し、ロール寿命が短縮してしまう。
【0007】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、連続焼鈍炉用ハースロール周面の表面粗度の評価指標として適切な指標を用いることで、ロール周面に対する異物の付着を抑制することが可能な、新規かつ改良された連続焼鈍炉用ハースロール及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本願発明者は鋭意努力して、連続焼鈍炉用ハースロールの周面の表面粗度を表す最適な評価指標として、粗さ曲線のスキューネスRskが適切であり、当該ロール周面の周方向の表面粗度を、Rskを基準として適性範囲に調整すれば、当該ロール表面への異物付着(ビルドアップ)を好適に抑制できることを見出し、以下の発明に想到した。
【0009】
即ち、本発明のある観点によれば、ロール周面の周方向の表面粗度が、Rskで0未満であることを特徴とする、連続焼鈍炉用ハースロールが提供される。
【0010】
前記ロール周面の高温ビッカース硬さHV(800℃)が、200以上であるようにしてもよい。
【0011】
前記ハースロールは、ロール基材と、前記ロール基材の表面に溶射材を溶射することにより形成された溶射皮膜とを備え、前記溶射皮膜は、セラミックスと耐熱合金からなるサーメット皮膜であり、前記セラミックスは、Crを50〜90vol%、Alを1〜40vol%、Yを0〜3vol%、ZrBを0〜40vol%含有し、残部が不可避的不純物及び気孔からなり、前記耐熱合金は、Crを5〜20vol%、Alを5〜20vol%、及びYとSiのいずれか1種又は2種を0.1〜6vol%含有し、残部がCoとNiのいずれか1種又は2種及び不可避的不純物からなり、前記サーメット皮膜の50〜90vol%が前記セラミックスで、残部が前記耐熱合金であるようにしてもよい。
【0012】
前記耐熱合金中に、0.1〜10vol%のNb、又は0.1〜10vol%のTiのうちいずれか1種又は2種を含むようにしてもよい。
【0013】
前記セラミック中のCrの粒径が1〜10μmであるようにしてもよい。
【0014】
前記ハースロールは、前記溶射皮膜の表面に形成された封孔皮膜をさらに備えるようにしてもよい。
【0015】
また、本発明の別の観点によれば、連続焼鈍炉用ハースロールのロール周面に対してブラスト材を前記ロール周面の接線に対して45°以下の投射角度で投射することにより、前記ロール周面の周方向の表面粗度がRskで0未満になるように前記ロール周面を平滑化することを特徴とする、連続焼鈍炉用ハースロールの製造方法が提供される。
【0016】
前記ブラスト材の噴射圧力は0.3MPa以上、1.0MPa以下であるようにしてもよい。
【0017】
上記構成により、連続焼鈍炉用ハースロールのロール周面の表面粗度の評価指標としてRskを用い、ロール周面の周方向の表面粗度をRskで0未満として、適切な粗度に調整できる。これにより、ロール周面に対する異物の付着を低減して、ビルドアップの発生を抑制できる。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように本発明によれば、連続焼鈍炉用ハースロール周面の表面粗度の評価指標として、Rskという適切な指標を用いることで、ロール周面に対する異物の付着を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る連続焼鈍炉を示す模式図である。
【図2】同実施形態に係る連続焼鈍炉用ハースロールを示す斜視図及び部分拡大断面図である。
【図3】同実施形態に係るハースロールのロール周面の表面性状を例示する拡大断面図である。
【図4】同実施形態に係るハースロールの製造方法を示すフローチャートである。
【図5】同実施形態に係るロール周面に対するブラスト処理を示す(a)斜視図、(b)側面図、及び(c)拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0021】
[1.用語の定義]
まず、本明細書で使用する用語を定義する。表面粗さのJIS規格「JIS B 0601:2001」及び「JIS B 0633:2001」では、輪郭曲線方式による表面性状(粗さ曲線、うねり曲線及び断面曲線)を表すための用語について、以下のように定義されている。
【0022】
(A)輪郭曲線パラメータの定義
「輪郭曲線の最大山高さ(maximum profile peak hight)Pp、Rp、Wp」は、基準長さ(輪郭曲線の特性を求めるために用いる輪郭曲線のX軸方向長さ)lp、lr、lwにおける輪郭曲線の山高さZpの最大値である。粗さ曲線の最大山高さRpは、基準長さlrにおける粗さ曲線の山高さZpの最大値である。
「輪郭曲線の最大谷深さ(maximum profile valley depth)Pv、Rv、Wv」は、基準長さlp、lr、lwにおける輪郭曲線の谷深さZvの最大値である。粗さ曲線の最大谷深さRvは、基準長さlrにおける粗さ曲線の谷深さZvの最大値である。
「輪郭曲線の最大高さ(maximum hight of profile)Pz、Rz、Wz」は、基準長さlp、lr、lwにおける輪郭曲線の山高さZpの最大値と谷深さZvの最大値との和である。例えば、輪郭曲線が粗さ曲線である場合、後述するように「粗さ曲線の最大高さ」を「最大高さ粗さRz」と称する。
「輪郭曲線の算術平均高さ(arithmetical mean deviation of the assessed profile)Pa、Ra、Wa」は、基準長さlp、lr、lwにおけるZ(x)の絶対値の平均である。例えば、輪郭曲線が粗さ曲線である場合、後述するように「粗さ曲線の算術平均高さ」を「算術平均粗さRa」と称する。
「輪郭曲線の二乗平均平方根高さ(root meen square deviation of the assessed profile)Pq、Rq、Wq」は、基準長さlp、lr、lwにおけるZ(x)の二乗平均平方根である。例えば、輪郭曲線が粗さ曲線である場合、後述するように「粗さ曲線の二乗平均平方根高さ」を「二乗平均平方根粗さRq」と称する。
「輪郭曲線のスキューネス(skewness of the assessed profile)Psk、Rsk、Wsk」は、それぞれPq、Rq、Wqの三乗によって無次元化した、基準長さlp、lr、lwにおけるZ(x)の三乗平均である。例えば、輪郭曲線が粗さ曲線である場合、後述するように「粗さ曲線のスキューネス」は記号Rskを用いて表される。
「輪郭曲線のクルトシス(kurtosis of the assessed profile)Pku、Rku、Wku」は、それぞれPq、Rq、Wqの四乗によって無次元化した、基準長さlp、lr、lwにおけるZ(x)の四乗平均である。例えば、輪郭曲線が粗さ曲線である場合、後述するように「粗さ曲線のクルトシス」は記号Rkuを用いて表される。
【0023】
(B)粗さパラメータの定義
(a)最大高さ粗さRz
「最大高さ粗さRz」は、基準長さlrにおける粗さ曲線Z(x)の山高さZpの最大値と谷深さZvの最大値との和である(Rz=Zp_max+Zv_max)。過去のJIS規格(JIS B 0601:1982)では、「最大高さ粗さ」は記号「Rmax」で表されていたが、本明細書では、新たなJIS規格(JIS B 0601:2010)に従い、記号「Rz」を用いて「最大高さ粗さ」を表すこととする。なお、「十点平均粗さ」は記号「Rzjis」を用いて表す。
【0024】
(b)算術平均粗さRa
「算術平均粗さ(arithmetical mean deviation of the roughness profile)Ra」は、基準長さlrにおける粗さ曲線Z(x)の絶対値の平均である。Raは、以下の式(1)で表される。
【0025】
【数1】

【0026】
(c)二乗平均平方根粗さRq
「二乗平均平方根粗さRq(root meen square deviation of the roughness profile)Rq」は、基準長さlrにおける粗さ曲線Z(x)の二乗平均平方根である。Rqは、以下の式(2)で表される。
【0027】
【数2】

【0028】
(d)粗さ曲線のスキューネスRsk
「粗さ曲線のスキューネス(skewness of the roughness profile)Rsk」は、上記Rqの三乗によって無次元化した、基準長さlrにおける粗さ曲線Z(x)の三乗平均である。Rskは、以下の式(3)で表される。このRskは、偏り度(高さ方向の確率密度関数の非対称性の尺度)であり、突出した山又は谷の影響を強く受ける。
【0029】
【数3】

【0030】
(e)粗さ曲線のクルトシスRku
「粗さ曲線のクルトシス(kurtsis of the roughness profile)Rku」は、上記Rqの四乗によって無次元化した、基準長さlrにおける粗さ曲線Z(x)の四乗平均である。Rkuは、以下の式(4)で表される。このRkuは、尖り度(確率密度関数の高さ方向の鋭さの尺度)であり、突出した山又は谷の影響を強く受ける。
【0031】
【数4】

【0032】
[2.連続焼鈍炉の構成]
次に、図1を参照して、本発明の第1の実施形態に係る連続焼鈍炉用ハースロールが適用される連続焼鈍炉について説明する。図1は、本実施形態に係る連続焼鈍炉1を示す模式図である。
【0033】
図1に示すように、連続焼鈍炉1は、冷延工程で製造された帯状の鋼板2の機械的性質(硬さ等)を調整するために、該鋼板2を連続的に焼鈍する設備である。この連続焼鈍炉1は、炉内に配置した複数のロール間を鋼板2が通過する際に、加熱、均熱、冷却などの熱サイクルを付与して、連続的に鋼板2を連続焼鈍する。ここで、鋼板2は、焼鈍対象となる金属帯の一例であり、例えば、不図示の連続冷延設備により冷延された薄板(例えば板厚0.14mm〜3.2mmの帯状の冷延鋼板)である。なお、金属帯は、焼鈍対象となる帯状の金属材料(金属ストリップ)であれば、その材質は問わない。
【0034】
連続焼鈍炉1は、図1に示すように、入側から順に、加熱炉3、均熱炉4、一次冷却炉5、過時効炉6及び二次冷却炉7等を備えており、各炉内に設けられた複数の連続焼鈍炉用ハースロール10を用いて鋼板2を搬送しながら、当該鋼板2を連続焼鈍する。なお、図示はしないが、加熱炉3の前段には、例えば、ペイオフリール、シャー、入側洗浄装置、入側ルーパー等が設けられ、二次冷却炉7の後段には、例えば、水冷槽、スキンパスロール、出側ルーパー、トリマー、巻取機等が設けられる。
【0035】
加熱炉3は、直火型無酸化加熱、輻射管加熱等の加熱方式により、鋼板2を例えば700〜900℃の高温まで加熱する。均熱炉4は、輻射管加熱、間接電気加熱、等の加熱方式により、鋼板2を所定温度に保持する熱処理を行う。また、一次冷却炉5は、ロール接触冷却、ガスジェット冷却、ミスト冷却等の冷却方式により、鋼板2を急速冷却する。過時効炉6は、電気ヒータ等を用いて、鋼板2を所定温度で所定時間(例えば300〜400℃で3分間)保持する過時効処理を行う。さらに、二次冷却炉7は、上記各種の冷却方式により、過時効処理後の鋼板2を冷却する。
【0036】
以上のように、連続焼鈍炉1は、上記複数の炉に鋼板2を連続的に通過させて、所定の熱サイクルを鋼板2に与えることによって、鋼板2の機械的性質を調整する。この際、製造対象の鋼板(例えば、高張力鋼板、一般冷延鋼板、ブリキ鋼板、絞り用鋼板等)の品質に応じた焼鈍条件を満足するように、上記熱サイクルが決定される。
【0037】
[3.ハースロールの構成]
次に、図2を参照して、本実施形態に係る連続焼鈍炉用ハースロールについて説明する。図2は、本実施形態に係る連続焼鈍炉用ハースロール10を示す斜視図及び部分拡大断面図である。
【0038】
図2に示すように、連続焼鈍炉用ハースロール10(以下、単に「ハースロール10」という。)は、ロール軸12と、当該ロール軸12に装着されたロール胴部14とからなる。ハースロール10は、連続焼鈍炉1に導入される鋼板2の幅よりも広いロール幅を有しており、例えば、ロール胴部14のロール幅は1000〜2500mm、ロール径φは600〜1000mmである。かかるハースロール10は、駆動式ロールであり、上記連続焼鈍炉1内において鋼板2を搬送する鋼板搬送用ロールとして機能する。つまり、ハースロール10は、ロール軸12を中心として回転しながら、ロール胴部14の周面(以下、ロール周面と称する場合もある。)を鋼板2に接触させることで、ロール胴部14に所定の巻付角度で巻き付けられた鋼板2の進行方向を方向転換させながら搬送する。
【0039】
さらに図2に示すように、ハースロール10のロール胴部14は、ロール基材20と、ロール基材20の表面に形成された溶射皮膜21と、当該溶射皮膜21の表面に形成された封孔皮膜22(最上層皮膜)とからなる。
【0040】
ロール基材20は、例えば鋼等の金属で形成され、ハースロール10の基本形状を形成する。このロール基材20としては、例えば、ステンレス鋼系耐熱鋳鋼が用いられ、特にSCH22が最適である。かかるロール基材20に対して、溶射処理等の被覆処理が施される。本実施形態では、ロール基材20の表面に溶射皮膜21が形成され、さらに、当該溶射皮膜21の表面に封孔皮膜22が形成される。
【0041】
溶射皮膜21は、セラミックスと耐熱合金を複合させた材質(サーメット)からなる溶射材料を、ロール基材20の表面に溶射することにより形成される。この溶射皮膜21の材質については後述する。また、溶射皮膜21の厚さは、例えば20〜200μmである。
【0042】
また、溶射皮膜21の硬さは、「JIS Z 2252」で規定される高温ビッカース硬さHV(800℃)で、200以上であることが好ましい。溶射皮膜21の高温ビッカース硬さHVが200未満であると、ビルドアップ源である鉄等の異物が溶射皮膜21に噛み込みやすいためビルドアップが発生し易い。これに対し、溶射皮膜21の高温ビッカース硬さHVが200以上であれば、硬質の溶射皮膜21に対して鉄等の異物が噛み込まないので、ビルドアップの発生を抑制することができる。なお、高温ビッカース硬さHVは、「JIS Z 2252」に規定された試験方法で測定され、高温ビッカース硬さHV(800℃)は、試験温度800℃で測定された値である。
【0043】
封孔皮膜22は、上記溶射皮膜21の表面に封孔材料を塗布及び焼成することにより形成される。例えば、封孔皮膜22は、Cr、SiO等を含むゾルゲル溶液又はスラリーを、溶射皮膜21の表面に塗布した後に焼成して成るセラミック薄膜からなる。上記溶射皮膜21の表面および内部には多数の空隙が生じており、当該溶射皮膜21の空隙を封止するために、封孔皮膜22が形成される。封孔皮膜22の厚さは例えば1〜50μmである。かかる封孔皮膜22を設けることにより、溶射皮膜21の空隙を封止して、ロールの耐ビルドアップ性を向上させる効果がある。
【0044】
[4.溶射皮膜の材質]
次に、上記ハースロール10を被覆する溶射皮膜21の材質について詳述する。本願発明者らは、種々の溶射皮膜を試作して、当該試作した溶射皮膜のビルドアップ発生状況および高温特性を調査した。その結果、以下に示すセラミックスと耐熱合金からなるサーメット皮膜は、ビルドアップ抑制効果が大きく、かつ連続焼鈍炉内で長時間使用しても皮膜が劣化し難いことを知見した。
【0045】
本実施形態に係る溶射皮膜21は、セラミックスと耐熱合金からなるサーメット皮膜であることが好ましい。ここで、セラミックスは、Crを50〜90vol%、Alを1〜40vol%、Yを0〜3vol%、ZrBを0〜40vol%含有し、残部が不可避的不純物及び気孔からなる。なお、YとZrBは必要に応じて添加する任意成分(選択的成分)である。
【0046】
また、前記耐熱合金は、Crを5〜20vol%、Alを5〜20vol%、及びY又はSiのいずれか1種又は2種を0.1〜6vol%含有し、残部がCo又はNiのいずれか1種又は2種及び不可避的不純物からなる。
【0047】
そして、サーメット皮膜の体積比に関しては、サーメット皮膜の50〜90vol%がセラミックスで、残部が耐熱合金である。
【0048】
以下に、本実施形態に係るハースロールの溶射皮膜21を成すサーメット皮膜の具体例について詳述する。サーメット皮膜においては、サーメット皮膜の50〜90vol%がセラミックスで、残部がCoNiCrAlY、CoCrAlY、NiCrAlY、CoNiCrAlSiY等の耐熱合金である。セラミックスが50vol%未満では、鉄と反応しやすい耐熱合金の量が多くなりすぎるため、ビルドアップが発生し易くなる。一方、セラミックスが90vol%を超えると、セラミックスの融点が高いため、溶射施工時に皮膜が多孔質になり、気孔にビルドアップ源が噛み込んでビルドアップが発生し易くなる。さらに耐ビルドアップ性を向上させる観点からはセラミックスの割合は60〜80vol%であることがより好ましい。
【0049】
次にセラミックスの材質について説明する。セラミックスの主成分はCrであり、セラミック中に50〜90vol%のCrが含まれる。Crは、焼鈍炉内のような高温環境下でも酸化しにくく、かつ鉄、およびマンガン酸化物と反応しにくいため、ビルドアップ発生を防止できる。Crが50vol%未満である場合では、ビルドアップ抑制効果が得られず、90vol%を超えると、Cr中カーボンの拡散を抑制するセラミック成分が相対的に少なくなる結果、カーボン拡散により皮膜が脆化する。さらに耐ビルドアップ性を向上させる観点からは、Crの割合を60〜80vol%とすることがより好ましい。
【0050】
ここで、Crの粒径は1〜10μmであることが好ましい。Crの粒径が1μm未満では、耐熱合金と接する表面積が大きくなり、カーボンの拡散が起き易い。一方、10μmを超えると、皮膜表面の粗度が大きくなり、鉄またはマンガン酸化物がビルドアップし易くなる。さらに耐ビルドアップ性を向上させる観点からは、Crの粒径を5〜8μmとすることがより好ましい。
【0051】
AlおよびYは、いずれも材料中でのカーボンの拡散係数が低いため、Crのカーボンが耐熱合金へ拡散することを抑制できる。
【0052】
セラミックス中において、Alは1〜40vol%、Yは3vol%以下とする。なお、Yは、必要に応じて、特にカーボンの拡散抑制効果を得る目的で添加する任意成分(選択的成分)であるため、Yの量は0〜3vol%である。Alが1vol%未満では、カーボンの拡散抑制効果が得られず、40vol%を超えると、Alがマンガン酸化物と反応し易いため、耐ビルドアップ性が低下する。同様にYが3vol%を超えると、Yがマンガン酸化物と反応し易いため、耐ビルドアップ性が低下する。なお、カーボンの拡散抑制効果を得る目的でYを添加する場合には、0.5vol%以上添加すると効果的である。また、Alについてはさらに耐ビルドアップ性を向上させる観点からは10〜30vol%とするのがより好ましい。
【0053】
AlまたはYは、原料粉末に酸化物として添加することもできるが、Crからのカーボン拡散を抑制する目的から、原料段階、成膜中、または成膜後に酸化処理することにより耐熱合金に添加したYまたはAlを酸化させ、耐熱合金表面にAlまたはYの形で生成させることが好ましい。
【0054】
更に高温で使用する目的で、溶射皮膜の高温硬度をより高くする場合には、高温で安定かつ高硬度なZrBを40vol%以下で添加することが好ましい。40vol%を超えてZrBを添加すると、ZrBの耐ビルドアップ性がCrに比べて劣るため、ビルドアップが発生し易くなる。なお、ZrBは必要に応じて、特に高温で使用する目的で添加する任意成分(選択的成分)であるため、ZrBの量は皮膜中に0〜40vol%である。そして、高温で使用する目的でZrBを添加する場合には、添加量が5vol%未満では、高温硬度を上げる効果が小さいので、ZrBを5vol%以上添加するのが好ましく、さらに耐ビルドアップ性を向上させる観点からは、15〜30vol%とするのがより好ましい。
以上説明したセラミックスの残部は不可避的不純物及び気孔である。
【0055】
次に耐熱合金の材質について説明する。耐熱合金中にはCrを5〜20vol%含有させる。Crが5vol%未満では、高温での耐酸化性が劣るため、皮膜が継続酸化し剥離し易くなる。Crが20vol%を超えると、炭化した場合には耐熱合金が脆化し剥離しやすくなり、また、酸化した場合にはマンガン酸化物と反応してビルドアップが発生し易くなる。
【0056】
耐熱合金には5〜20vol%のAlも含有させる。Alが5vol%未満では、各種酸化処理を施しても目的とする量のAlが得られず、Alが20vol%を超えると、皮膜の高温硬度が低下するため、鉄が皮膜に突き刺さりビルドアップが発生し易くなる。
【0057】
Y、Siはいずれも酸化皮膜の安定生成、剥離防止効果があり、YとSiのいずれか1種または2種を0.1〜6vol%添加する。YまたはSiが6vol%を超えると、皮膜の高温硬度が低下するため、鉄が皮膜に突き刺さりビルドアップが発生し易くなる。また、Y、Siは、いずれも0.1vol%以上加える必要があり0.5vol%以上加えると、特に効果的である。
【0058】
また、この耐熱合金中にはNbが0.1〜10vol%、Tiが0.1〜10vol%のいずれか1種または2種を添加することが好ましい。NbまたはTiが耐熱合金中に含まれると、耐熱合金中に含まれるCrよりも優先的に安定な炭化物が形成されてCrとカーボンの反応を抑制するため、皮膜の脆化を長期間抑制できる。NbまたはTiが0.1vol%未満では、Crとカーボンの反応抑制効果が得られない。10vol%を超えると、酸化した場合にマンガン酸化物と反応し易くビルドアップが発生し易くなる。
以上説明した耐熱合金の残部は、CoとNiのいずれか1種または2種および不可避的不純物である。
【0059】
[5.ロール周面の表面粗度]
次に、本実施形態に係るハースロール10の表面粗度について詳述する。
【0060】
ハースロール10のロール周面の表面粗度は、溶射皮膜21の表面粗度に依存している。上記のようにハースロール10のロール周面には溶射皮膜21が形成されているが、当該溶射皮膜21の表面は、完全に平坦なわけではなく、多少の凹凸が存在する(図5(c)参照。)。この凹凸の大きさは、溶射条件や溶射材料の材質等により変化する。このようにハースロール10のロール周面に凹凸が存在すると、当該凹凸に異物が付着・成長し易くなる。
【0061】
即ち、連続焼鈍炉1内、特に、加熱炉3、均熱炉4等といった高温炉内で、ハースロール10により鋼板2を搬送すると、高温の鋼板2に付着している異物(鉄粉、マンガン酸化物等)がロール周面に付着するビルドアップが発生する。このビルドアップは、鋼板2がロール周面に対して周方向にミクロスリップすることに起因して発生すると考えられる。鋼板2がロール周方向にスリップしてロール周面と摩擦すると、鋼板2に付着している異物が、ロール周面に凝着し、ビルドアップが生じる。かかるビルドアップが進行すると、ロール周面の異物の凸形状が鋼板2の表面に転写され、転写疵(ピックアップ疵)が生じ、鋼板2の品質が低下するという問題があった。加えて、ハースロール10を定期修繕する際にロール表面から異物を除去する作業が必要となり、生産性が低下したり、ロール寿命が短縮したりするという問題もあった。
【0062】
そこで、本実施形態では、粒度の小さいブラスト材を用いて、ハースロール10のロール周面をブラスト処理し、溶射皮膜21の表面(ロール周面)を周方向に平滑化する。この際、ハースロール10のロール周面に形成された溶射皮膜21の硬さよりも高い硬度を有するブラスト材を用い、ロール周面の接線に対する角度が45°以下の浅い投射角度θで、当該ブラスト材をロール周面に対して投射する。これにより、溶射皮膜21の表面の突起部を優先的に平滑化して、ロール周面の周方向の表面粗度を適切な粗さに平滑化できる。従って、連続焼鈍炉1内における鋼板2の通板時に、鋼板2に付着している異物がロール周面に対して付着する現象(ビルドアップ)を好適に抑制することができる。以下に、ハースロール10の表面粗度と、その評価指標について詳述する。
【0063】
上述したように、従来ではハースロール10の表面粗度の評価指標(粗さパラメータ)として、算術平均粗さRaや最大高さ粗さRzが用いられることが一般的であった(特許文献2〜4参照。)。
【0064】
しかしながら、本願発明者が鋭意研究したところ、ハースロール10に対する鉄等の異物付着を防止する観点からは、上記RaやRzは、ロール周面の表面粗度の適切な評価指標ではないことが分かった。即ち、ハースロール10のロール周面に対する異物付着は、RaやRz、Rzjisなどで表される単純な表面粗さよりもむしろ、当該ロール周面の粗さの形状に大きく依存する。このため、RaやRz、Rzjis等を用いてロール周面の表面粗度を調整したとしても、ロール周面の表面粗度を最適化できないので、ロール周面に対する異物の付着を十分に低減することはできないことが分かった。
【0065】
そこで、本実施形態では、ロール周面の表面粗度の評価指標として、従来一般的なRaやRzではなく、粗さ曲線のスキューネスRskを用いる。Rskは、表面粗さの偏り度(高さ方向の確率密度関数の非対称性の尺度)を表す指標であり、ロール周面の突出した凹凸(山又は谷)の影響を強く受けるため、対象面の凹凸形状の違いを良く反映することができる。従って、ロール周面への異物付着を防止する観点からは、Rskは、ロール周面の粗さの評価指標として適切であり、当該Rskを評価指標としてロール周面の周方向の表面粗度を調整することで、連続焼鈍炉1内での鋼板2の通板時におけるロール周面に対する異物付着を好適に低減できる。なお、Rskは、上述した式(3)で算出される。
【0066】
ここで、図3を参照して、RskとRaとの相違について説明する。図3は、本実施形態に係るハースロール10のロール周面の表面性状を例示する拡大断面図である。なお、図3では、ロール周面の輪郭を粗さ曲線Z(x)で表しており、図中の水平線30は、粗さ曲線の平均線である。
【0067】
図3(a)に示すように、例えば、ロール周面の凹凸が表面側(平均線30より上側)に向けて尖った形状が多い場合は、Rsk>0となる。本発明者らは種々検討の結果、Rsk>0の場合に、ロール周面に異物が付着・成長しやすくなることを確認した。これはRsk>0の場合、ロール周面の尖った凸部31に異物が付着・成長しやすいためと推察する。一方、図3(b)に示すように、例えば、ロール周面の凹凸が内部側(平均線30より下側)に向けて尖った形状が多い場合は、Rsk<0となる。この場合は、ロール周面に異物が付着・成長しにくいことを確認した。これはRsk<0の場合、当該ロール周面の凸部32は滑らかであるので異物が付着・成長しにくいためと推察する。
【0068】
上記図3(a)と図3(b)のように、ロール周面の凹凸形状が相違すれば、Rskは異なる値となり、Rskは、ロール周面の表面形状の違いを好適に反映できる。一方、図3(a)の平均線30よりも上側の部分の面積Aと下側の部分の面積Bの和は、図3(b)の場合の面積Aと面積Bの和と同一である(A+B=A+B)。従って、上記式(1)で算出されるRaは、図3(a)の場合と図3(b)の場合で同一の値aとなる。また、図3(a)と図3(b)では、山高さZpと谷深さZvの和は同一であるので、Rzも、図3(a)の場合と図3(b)の場合で同一の値となる。
【0069】
このように、ロール周面の表面粗度の評価指標として、RaやRzを用いた場合には、図3の例のようなロール周面の表面形状の相違を表すことができない。一方、Rskを用いた場合には、当該ロール周面の表面形状の相違を的確に表現することができる。そして、図3(a)のように、Rsk>0である場合には、ロール周面に対して異物が付着し易い。一方、図3(b)のように、Rsk<0である場合には、ロール周面に対して異物が付着し難い。
【0070】
よって、ロール周面の表面粗度の評価指標としてRskを採用し、Rsk<0、特に、Rsk≦−0.10となるようにロール周面を平滑化すれば、当該ロール周面を最適な表面粗度に調整できるので、ロール周面への異物付着を好適に防止できるといえる。
【0071】
[6.ハースロールの製造方法]
次に、図4を参照して、本実施形態に係る連続焼鈍炉用ハースロールの製造方法について説明する。図4は、本実施形態に係るハースロール10の製造方法を示すフローチャートである。
【0072】
図4に示すように、まず、ハースロール10のロール基材20の周面に対して、溶射材料を溶射することで、溶射皮膜21を形成する(ステップS10)。なお、溶射皮膜21の密着力を高める目的で、S10の前に溶射前ブラスト処理を必要に応じて行ってもよい。
【0073】
このS10の溶射処理について詳述する。S10では、50〜90vol%が上記セラミックの粉末で、残部が上記耐熱合金の粉末である原料粉末を、ロール基材20の表面に溶射することによって、ロール基材20の表面にサーメット皮膜を形成する。溶射する原料粉末としては、CrやAlなどのセラミックス粉末と、CrやAlを含有する耐熱合金粉末を混合した原料粉末を使用できる。好ましくは、セラミックス粉末と耐熱合金粉末を事前に造粒複合化した原料粉末を用いて溶射すると、均質な溶射皮膜21を形成できる。
【0074】
また、ロール周面への溶射皮膜21の形成方法としては、密着性向上および粗さ付与のためグリッドブラストを行った後に、高速ガス溶射(High Velocity Oxygen−Fuel Thermal Spraying Process、HVOFという。)により行うことが好ましい。HVOFでは通常は、燃料ガスをケロシン、C、C、Cの何れかとし、燃料ガスの圧力を0.1〜1MPa、燃料ガスの流量を10〜500l/minとし、酸素ガスの圧力を0.1〜1MPa、酸素ガスの流量を100〜1200l/minとする。
【0075】
溶射施工時にはロール基材20を300〜600℃に加熱することが好ましい。溶射ガンの火炎をロール基材20に近づけて加熱してもよいし、または別途ガスバーナーを設けて加熱してもよい。ロール基材20を300℃以上に加熱することで、耐熱合金中のAl、Yを酸化し、目的とする量のAl、Yを得ることができる。加熱温度を600℃よりも高くすると、皮膜の酸化が進みすぎ皮膜が多孔質になるため、ビルドアップが発生しやすくなる。さらに耐ビルドアップ性を向上させる観点からは、加熱温度の範囲を400〜500℃にするのがより好ましい。
【0076】
HVOF溶射施工時にはHVOF燃焼ガス成分である酸素ガスの流量を1000〜1200l/minとすることが好ましい。酸素ガスの流量を1000l/min以上とすることで、耐熱合金中のAl、Yを酸化し、目的とする量のAl、Yを得ることができる。酸素ガスの流量を1200l/minよりも多くすると、溶射中に原料粉末の酸化が進みすぎ皮膜が多孔質になり、ビルドアップが発生しやすくなる。
【0077】
また、溶射施工後に溶射皮膜21を300〜600℃で1〜5時間、酸化処理することが好ましい。酸化処理は、ガスバーナーにより溶射皮膜21の表面を加熱してもよいし、ハースロールを大気または少量の酸素を含んだ窒素またはアルゴン等の不活性ガス雰囲気の炉内に設置し、熱処理することでも可能である。300℃以上で1時間以上加熱することで、耐熱合金中のAl、Yを酸化し目的とする量のAl、Yを得ることができる。加熱温度を600℃よりも高く、または5時間よりも長くすると、皮膜の酸化が進みすぎ皮膜が多孔質になりビルドアップが発生しやすくなる。さらに耐ビルドアップ性を向上させる観点からは、加熱温度の範囲を400〜500℃にするのがより好ましい。
【0078】
原料粉末を酸化処理した後、前記溶射に供する場合は、300〜600℃で1〜5時間、大気中または少量の酸素を含んだ不活性ガス(窒素、アルゴン等)中で熱処理する。300℃未満または1時間未満の加熱ではYまたはAlが酸化せず、加熱温度が600℃よりも高く、または5時間よりも長くすると、酸化しセラミックスの量が増えるため原料粉末の融点が高くなり皮膜が多孔質になる。さらに耐ビルドアップ性を向上させる観点からは、熱処理温度は400〜500℃の範囲にするのがより好ましい。
【0079】
次いで、ハースロール10のロール周面をブラスト処理することにより、ロール周面の表面粗度がRskで0未満、好ましくは−0.10以下となるようにロール周面を平滑化する(ステップS12)。このブラスト処理の詳細については後述する。
【0080】
その後、上記ブラスト処理後の溶射皮膜21を封孔処理(例えばクロメート処理)して、溶射皮膜21の表面に封孔皮膜22(最上層皮膜)を形成する(ステップS14)。これにより、溶射皮膜21に含まれる気孔が封孔皮膜22で覆われて、封止される。
【0081】
具体的には、上記ブラスト処理後に溶射皮膜21の表面に対してクロメート処理を行うことにより、溶射皮膜21内に微細気孔がある場合も、当該気孔を酸化クロムで充填でき、かつ酸化処理も同時に行うことができる。ただし、クロメート処理皮膜はマンガン酸化物と反応しやすいため、封孔皮膜22は、10μm以下の薄膜とすることが好ましい。
【0082】
クロメート処理では、Cr、SiO等の封孔材料を含む溶液(ゾルゲル溶液又はスラリー等)にハースロール10の一部を浸漬する、あるいは、当該封孔材料を含む溶液を溶射皮膜21の表面に塗布又はスプレーした後に、例えば50〜550℃で加熱し、封孔皮膜22を焼成する。これを繰り返すことによって、封孔皮膜22の膜厚を変化させることができるが、回数を増すごとに厚くなるので、3回以内程度の処理で終了させることが好ましい。
【0083】
なお、上記溶射皮膜21上に封孔皮膜22を形成する前後で表面粗度の変化は小さいが、封孔皮膜22の形成後に、ロール周面の表面粗度がRskで0未満、好ましくは−0.10以下であることを確認することが好ましい。
[7.ブラスト処理]
【0084】
次に、図5を参照して、上記図4のS12のブラスト処理について詳述する。図5は、ロール周面に対するブラスト処理を示す(a)斜視図、(b)側面図、及び(c)拡大図である。なお、ブラスト処理として、エアーブラスト、ショットブラストなど任意のブラスト方式を採用してよいが、以下では、エアーブラストの例について説明する。
【0085】
図5に示すように、ハースロール10を回転させながら、ブラストマシン40からブラスト材41をハースロール10のロール周面(溶射皮膜21の表面)に対して投射することにより、ロール周面を平滑化する。ブラスト材41は、例えば、溶射皮膜21の硬さよりも高い硬度を有する硬質粒子であり、例えば、アルミナ、シリカ、ジルコニア、炭化珪素、窒化珪素、又はこれらの混合物などである。ブラスト材41の粒度は、#60未満とすることが好ましい。このようにブラスト材41の粒度を小さくすることで、ロール周面の表面粗度を低減する効果が高まる。
【0086】
また、ブラスト材41の投射方向は、ロール周面の周方向と平行な方向とすることで、ロール周面を周方向に沿って好適に平滑化できる。さらに、ブラスト材41の投射角度θは、ハースロール10の周面の接線42に対して、0°より大きく、45°以下であることが好ましい(0°<θ≦45°)。投射角度θが45°を超えて垂直に近づくほど、ブラスト処理によりロール周面の表面粗度が粗くなり、Rsk<0に適切に平滑化することが困難となるだけでなく、バックプレッシャーによりブラスト処理効率が低下してしまう。投射角度θを45°以下の浅い角度とすることで、溶射皮膜21の表面の突起部43を優先的に平滑化できる。従って、ロール周面を周方向に好適に平滑化して、表面粗度を低減することができ、ロール周面の表面粗度を所望の粗さ(Rsk<0)に調整することができる。
【0087】
また、ブラストマシン40によるブラスト材41の噴射圧力P(ゲージ圧)は、0.3MPa以上、1.0MPa以下であることが好ましい。噴射圧力Pが1.0MPa超であると、ブラスト材41が溶射皮膜21に突き刺さったり、表面粗度が高くなったりするため、ロール周面の表面粗度を適切な粗さ(Rsk<0)にすることが困難となる。また、噴射圧力Pが0.3MPa未満であると、平滑化の効果がなく、適切な表面粗度とならないという問題がある。噴射圧力Pを0.3〜1.0MPaの範囲とすることで、ロール周面をブラスト材41で軽くなめるように平滑化できるため、ロール周面の表面粗度を所望の粗さ(Rsk<0)に制御できるとともに、ロール周面に残留圧縮応力をできるだけ付与しないようにできる。
【0088】
上記のようなブラスト処理により、ハースロール10のロール周面を周方向に好適に平滑化して、ロール周面の周方向の表面粗度をRskで0未満に調整することができる。かかるブラスト処理を施すことにより、連続焼鈍炉1内における鋼板2の通板時に、ロール周面に異物が付着しにくく、ビルドアップを抑制可能なハースロール10を好適に製造できる。
【0089】
[8.まとめ]
以上、本実施形態に係る連続焼鈍炉用ハースロール及びその製造方法について説明した。本実施形態によれば、ハースロール10のロール周面の表面粗度の評価指標として、従来一般的なRaやRzではなく、ロール周面の表面形状を適切に反映可能なRskを用いる。当該Rskは、ロール周面に対する異物の付着性を評価する上で、RaやRzよりも適切な評価指標である。そして、ロール周面の表面粗度がRskで0未満、好ましくは−0.10以下となるように、ブラスト処理によりロール周面を平滑化する。
【0090】
これにより、ハースロール10のロール周面の周方向の表面粗度を適切に低減することができるので、ロール周面に対する鉄、マンガン酸化物等の異物の付着を大幅に低減できる。従って、連続焼鈍炉1の操業中に、通板中の鋼板2に付随する異物がハースロール10のロール周面に対して付着・成長すること(即ち、ビルドアップの発生)を抑制できる。よって、ビルドアップに伴う鋼板2の転写疵の発生を防止できるので、鋼板2の品質を向上できる。
【0091】
さらに、連続焼鈍炉1内の高温環境下で、ハースロール10を長時間安定して使用することができるので、ハースロール10の寿命を大幅に延長することが可能となる。また、連続焼鈍炉1の定期修繕の際に、ハースロール10のロール表面に付着した異物を除去する作業が不要となる、あるいは当該作業を大幅に削減できるので、連続焼鈍炉1による鋼板2の生産性を向上できる。
【0092】
また、溶射皮膜21を上記材質のセラミックスと耐熱合金からなるサーメット皮膜とすることで、高温において硬度が高い溶射皮膜を形成でき、例えば、溶射皮膜21の高温ビッカース硬さHV(800℃)が、200以上となる。従って、当該溶射皮膜21の高温硬度が高いことと、ロール周面の表面粗度がRskで0未満であることとの相乗効果により、ビルドアップの発生をより効果的に抑制できる。なお、溶射皮膜の高温硬度が低い場合、当該溶射皮膜と鋼板との凝着が起きやすいため、ロール周面の表面粗度をRskで0未満にしたとしても、耐ビルドアップ性を向上する効果が低減する。
【実施例】
【0093】
次に、本発明の実施例について説明する。なお、以下の実施例は本発明の効果を実証するために行った試験結果を示すものであり、本発明が以下の実施例に限定される訳ではない。
【0094】
上述したハースロールの製造方法に従って、複数種類のハースロール10を製造し、各々のハースロール10を連続焼鈍炉1で使用して、ハースロール10の寿命を測定する試験を行った。ロール製造時には、ブラスト処理の条件を変えて、ハースロール10のロール周面を平滑化し、ロール周面の表面粗度(Rsk)が異なる複数種類のロールを製造した。また、ロール寿命に関しては、連続焼鈍炉1のオンラインにて、ハースロール10のロール周面をポータブル蛍光X線により測定し、当該ロール周面に対する鉄(Fe)の付着量が5質量%を超えた時点で寿命であると判定した。なお、ロール径φは1000mmとし、ブラスト材の硬度は、2000とし、溶射皮膜21の硬度150〜255よりも高硬度とした。
【0095】
この試験条件として、ロール周面に形成される溶射皮膜21の組成と、エアーブラスト処理の諸条件を表1に示す。表1中のロール回転数は、ブラスト処理時のハースロール10の回転数であり、トラバース速度は、ブラストマシン40のロール軸方向への移動速度である。また、ロール周面の周方向の表面粗度(Rsk)は、Raの測定値からJISの規定により2.5mmをカットオフ値とした。ロール周面のRskは通常の表面粗度計により測定した。また、表1には、試験結果であるロール寿命も示してある。
【0096】
【表1】

【0097】
(a)Rsk<0であることの意義
表1に示すように、比較例1、2、12では、ロール周面をブラスト処理しておらず、比較例3〜11では、不適切なブラスト条件(例えば、θ>45°、P<0.3MPa、P>1.0MPa)でブラスト処理しているので、ロール周面の表面粗度がRskで0以上になっている(Rsk≧0)。このため、比較例1〜12のロール寿命は2.1年以下と短くなっている。
【0098】
一方、本発明の実施例1〜16では、ロール周面を適切なブラスト条件(例えば、θ≦45°、0.3MPa≦P≦1.0MPa)でブラスト処理して平滑化しているので、ロール周面の表面粗度がRskで0未満に調整されている(Rsk<0)。このため、実施例1〜16のロール寿命は少なくとも3.9年以上となっている。このように実施例1〜16のロール寿命は、比較例1〜12と比べて、約2倍以上に増加しており、高寿命化が図れている。
【0099】
また、Rskが小さくなるほど、ロール寿命が増加している。特に、実施例1、7、8、12の場合、Rsk≦−0.11とすることで、ロール寿命が4.4年以上となっており、顕著に長くなっている。また、実施例2、6、9〜11、13〜16の場合でも、Rsk≦−0.10とすることで、4.1年以上のロール寿命を確保できており、実施例3〜5のようにRsk>−0.10である場合よりも長寿命となっている。
【0100】
以上の結果により、ロール周面の表面粗度を、Rskで0未満、特に−0.10以下とすることにより、ロール周面に対する異物の付着を低減して、ビルドアップの発生を抑制できるため、ロール寿命を大幅に増加できることが実証されたと言える。従来では、ハースロール10の一般的な寿命は2年程度であったが、本発明の実施例によれば約4年以上の長寿命を達成できるので、連続焼鈍炉1の操業上、非常に有益である。
【0101】
(b)溶射皮膜の高温硬度HV(800℃)が200以上であることの意義
比較例1、2、12では、ブラスト処理を行っておらず、かつ、ロール周面を形成する溶射皮膜21の高温ビッカース硬さHV50g(800℃)がそれぞれ150、180、190であり、いずれも閾値200以下である。この場合には、ロール寿命は1.7年以下であり、他の比較例3〜11と比べても短くなっている。特に、比較例1では、溶射皮膜21の高温ビッカース硬さが150と小さいため、ロール寿命が1.0年と極端に短くなっている。この理由は、溶射皮膜21の高温硬度が不足しているため、加熱炉内での通板時に、鉄等の異物が当該溶射皮膜21に噛み込みやすく、ビルドアップが発生し易いからである。また、比較例1〜3の溶射皮膜21の高温硬度とロール寿命の関係から、溶射皮膜21の高温硬度が高いほど、耐ビルドアップ性が向上し、ロール寿命が延びることが分かる。
【0102】
一方、本発明の実施例1〜16のように溶射皮膜21の高温ビッカース硬さHV50g(800℃)が閾値200以上である場合には、ロール寿命は3.5年以上であり、特に、当該硬さが235以上である場合には、ロール寿命は3.9年以上である。この理由は、溶射皮膜21の高温硬度が高い場合には、加熱炉内での通板時に、硬質の溶射皮膜21に対して鉄等の異物が噛み込まないので、耐ビルドアップ性が向上し、ビルドアップを好適に抑制できるからである。
【0103】
以上の結果により、溶射皮膜21の高温ビッカース硬さHV(800℃)を200以上とすることで、連続焼鈍炉1の操業中にハースロール10に対するビルドアップの発生を抑制して、ハースロール10を高寿命化できることが実証されたと言える。
【0104】
(c)投射角度θが45°以下であることの意義
比較例3〜6では、ブラスト処理時のブラスト材41の投射角度θが、それぞれ50°、55°、60°、90°であり、45°より大きい。この場合、ブラスト処理後のロール周面の表面粗度がRskで少なくとも0.02以上となっている。この理由は、投射角度θが45°を超えると、ブラスト処理によりブラスト材41が溶射皮膜に突き刺さり、ロール周面の表面粗度が粗くなるからである。
【0105】
一方、本発明の実施例1〜16のように投射角度θが45°以下である場合には、ロール周面の表面粗度がRskで−0.02以下となっている。この理由は、ブラスト材41がロール周面をなめるようにして衝突して、溶射皮膜21の突起部を優先的に除去できるので、適正な表面性状に平滑化できるからである。
【0106】
以上の結果により、ブラスト処理時にθ≦45°とすれば、ロール周面を適切な粗度(Rsk<0)に平滑化できるが、θ>45°とすると、ロール周面を適切に平滑化できず、Rsk≧0になってしまうことが実証されたと言える。
【0107】
(d)噴射圧力Pが0.3MPa以上、1.0MPa以下であることの意義
比較例7、8では、ブラスト処理時のブラスト材41の噴射圧力Pが、それぞれ0.1、0.2MPaであり、P<0.3MPaである。この場合、ブラスト処理後のロール周面の表面粗度が、Rskで少なくとも0.02以上となっている。この理由は、噴射圧力Pが0.3MPa未満となると、ブラスト材41の衝突力が弱くなるため、平滑化効果が低減するからである。また、比較例9、10、11では、噴射圧力Pが、それぞれ1.1、1.2、1.3MPaである、P>1.0MPaである。この場合、ブラスト処理後のロール周面の表面粗度が、Rskで少なくとも0.02以上となっている。この理由は、噴射圧力Pが1.0MPaを超えると、ブラスト材41がロール周面に突き刺さり、表面粗度が粗くなるからである。
【0108】
一方、本発明の実施例1〜16のように、ブラスト材41の噴射圧力Pを0.3MPa以上、1.0MPa以下に制御した場合には、ブラスト処理後のロール周面の表面粗度がRskで−0.02以下となっている。この理由は、ブラスト材41をロール周面に対して、適切な圧力で衝突させて、適正な表面性状に平滑化できるからである。
【0109】
以上の結果により、ブラスト処理時に、0.3MPa≦P≦1.0MPaなる適正範囲内に制御すれば、ロール周面の表面粗度を適切な粗さ(Rsk<0)に平滑化できるが、この適正範囲を外れると、ロール周面を適切に平滑化できず、Rsk≧0になってしまうことが実証されたと言える。
【0110】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0111】
1 連続焼鈍炉
2 鋼板
3 加熱炉
4 均熱炉
5 一次冷却炉
6 過時効炉
7 二次冷却炉
10 連続焼鈍炉用ハースロール
12 ロール軸
14 ロール胴部
20 ロール基材
21 溶射皮膜
22 封孔皮膜
30 平均線
31、32 凸部
40 ブラストマシン
41 ブラスト材
42 接線
43 突起部
θ 投射角度
P 噴射圧力



【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロール周面の周方向の表面粗度が、Rskで0未満であることを特徴とする、連続焼鈍炉用ハースロール。
【請求項2】
前記ロール周面の高温ビッカース硬さHV(800℃)が、200以上であることを特徴とする、請求項1に記載の連続焼鈍炉用ハースロール。
【請求項3】
ロール基材と、
前記ロール基材の表面に溶射材を溶射することにより形成された溶射皮膜と、
を備え、
前記溶射皮膜は、セラミックスと耐熱合金からなるサーメット皮膜であり、
前記セラミックスは、
Crを50〜90vol%、
Alを1〜40vol%、
を0〜3vol%、
ZrBを0〜40vol%含有し、残部が不可避的不純物及び気孔からなり、
前記耐熱合金は、
Crを5〜20vol%、
Alを5〜20vol%、及び
YとSiのいずれか1種又は2種を0.1〜6vol%含有し、残部がCoとNiのいずれか1種又は2種及び不可避的不純物からなり、
前記サーメット皮膜の50〜90vol%が前記セラミックスで、残部が前記耐熱合金であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の連続焼鈍炉用ハースロール。
【請求項4】
前記耐熱合金中に、
0.1〜10vol%のNb、又は0.1〜10vol%のTiのうちいずれか1種又は2種を含むことを特徴とする、請求項3に記載の連続焼鈍炉用ハースロール。
【請求項5】
前記セラミック中のCrの粒径が1〜10μmであることを特徴とする、請求項3又は4に記載の連続焼鈍炉用ハースロール。
【請求項6】
前記溶射皮膜の表面に形成された封孔皮膜をさらに備えることを特徴とする、請求項3〜5のいずれか一項に記載の連続焼鈍炉用ハースロール。
【請求項7】
連続焼鈍炉用ハースロールのロール周面に対してブラスト材を前記ロール周面の接線に対して45°以下の投射角度で投射することにより、前記ロール周面の周方向の表面粗度がRskで0未満になるように前記ロール周面を平滑化することを特徴とする、連続焼鈍炉用ハースロールの製造方法。
【請求項8】
前記ブラスト材の噴射圧力は0.3MPa以上、1.0MPa以下であることを特徴とする、請求項7に記載の連続焼鈍炉用ハースロールの製造方法。



【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2013−104126(P2013−104126A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−250961(P2011−250961)
【出願日】平成23年11月16日(2011.11.16)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】