酸ストレス耐性形質転換植物
【課題】酸性土壌における根の生育阻害因子であるプロトンに対する耐性を制御する遺伝子を解明し、当該遺伝子を利用して酸性土壌においても生育可能な酸ストレス耐性植物を提供すること。
【解決手段】シロイヌナズナ由来のCys2/His2 ジンク−フィンガータンパク質をコードするSTOP1遺伝子が導入された酸ストレス耐性形質転換植物、当該遺伝子を用いて植物に酸ストレス耐性を付与する方法。
【解決手段】シロイヌナズナ由来のCys2/His2 ジンク−フィンガータンパク質をコードするSTOP1遺伝子が導入された酸ストレス耐性形質転換植物、当該遺伝子を用いて植物に酸ストレス耐性を付与する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸性土壌における根の生育阻害因子であるプロトンに対する耐性遺伝子を導入した形質転換植物、ならびに当該遺伝子を用いて植物体に酸ストレス耐性を付与する方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
酸性土壌は、作物生産性の低い不良土壌の一つであり、日本を含む東南アジア地域に多く、世界の農耕地の30〜40%を占めると言われている。酸性土壌は、種々の作物の収量に深刻な損失を与える。酸性土壌における作物の生長阻害因子としては、例えば、プロトン(H+)による害、H+の増加によるCa、Mg、K、NH4等の植物の生育に必要な陽イオンの土壌からの溶出、ならびにAl、Mn等の有害イオンの増加などがある。
【0003】
酸性土壌における上記問題を解決するアプローチとして、石灰石やリン肥料の過剰施用が一部の商業的プランテーションにおいては行われているが、高コストのために開発途上国において行われることはない (Ishitani, M, Rao, I, Wenzl, P, Beebe, S & Tohme J (2004) Integration of genomics approach with traditional breeding towards improving abiotic stress adaptation: Drought and aluminum toxicity as case studies. Field Crop Research 90: 35-45.)。また、上記アプローチはリンによる湖沼系の富栄養化(Carpenter, SR, Caraco, NF, Correll, DL, Howarth, RW, Sharpley, AN & Smith VH (1998) Nonpoint pollution of surface waters with phosphorus and nitrogen. Ecological Applications, 8 :559-568)や植物生産におけるエネルギーコストの増加といったような環境問題を引き起こす。従って、酸性土壌における作物生産性向上をめざす別のアプローチとして、酸ストレス耐性を増強させた分子育種が望まれており、そのためには、耐性表現型を制御する遺伝子を同定することが必要である。
【0004】
酸性土壌における生長阻害因子のうち、最も主要な生育阻害因子は毒性が高いアルミニウムイオン(Al3+)であると考えられていることから、Alによる根の伸長阻害機構やAl耐性機構の解明、およびAl耐性植物の作出に関する研究がこれまで多く行われている。
例えば、いくつかのAl耐性遺伝子が、モデル植物シロイヌナズナにおいて、活性酸素(ROS)捕捉酵素であるグルタチオンSトランスフェラーゼやカタラーゼのようなAl誘導性遺伝子の発現スクリーニングによって同定されている (Ezaki, B, Gardner, RC, Ezaki, Y and Matsumoto, H. (2000) Expression of aluminum-induced genes in transgenic Arabidopsis plants can ameliorate aluminum stress and/or oxidative stress. Plant Physiology, 122: 657-666)。他のROS捕捉酵素もコムギ(例えば、ミトコンドリアMn-SOD; Basu, U, Good, AG. & Taylor, GJ (2001) Transgenic Brassica napus plants overexpressing aluminium-induced mitochondrial manganese superoxide dismutase cDNA are resistant to aluminium. Plant, Cell & Environment 24:1269-1278.)およびタバコ(Yamamoto ,Y, Kobayashi, Y, Devi, SR, Rikiishi, S & Matsumoto H (2003) Oxidative stress triggered by aluminum in plant roots. Plant and Soil, 255: 239-243.)において生化学的アプローチによって同定されている。これらの報告は、Alによって活性酸素(ROS)が誘発され、その結果、根の生長阻害が引き起こされることを示唆するものである。
【0005】
酸性土壌における植物生育の野外研究においては、根の生育阻害はAlかプロトン根毒性のいずれかが原因であることが示されている(Rao, IM, Zeigler, RS, Vera, R & Sarkarung S (1993) Selection and breeding for acid-soil tolerance in crops. BioScience, 43: 454-465.)。このうち、Al耐性機構は分子レベルで研究されており(Matsumoto H (2000) Cell biology of aluminum toxicity and tolerance in higher plants. International Review of Cytology 200:1-46; Kochian, LV. Hoekenga, OA & Pineros MA (2004) How do crop plants tolerate acid soils? Mechanisms of aluminum tolerance and phosphorpous efficiency. Anural Review of Plant Biology. 55: 459-493.)、Al耐性を制御する幾つかの遺伝子が遺伝的アプローチによって同定されている。例えば、コムギにおいてAl耐性を付与するリンゴ酸トランスポーターALMT1(Aluminium-activated malate transporter)をコードする遺伝子が、Al耐性および感受性の同質遺伝子系統であるET8 とES8間の遺伝子発現の比較から単離されている(特許文献1、非特許文献1参照)。シロイヌナズナにおいては、細胞質Alを木質部に排出するトランスポーターをコードする遺伝子が同定されている(非特許文献2)。また、イネにおいても、Al高感受性変異体(Als1)が単離されており、Als1におけるAl高感受性は単一の劣性変異によって制御されていることが報告されている(非特許文献3)。また、前記報告と同じ研究者による発表では、イネにおけるAl耐性遺伝子であるAls2は、C2H2型ジンクフィンガータンパク質をコードすることが明らかにされた(非特許文献4)。
【0006】
一方、プロトン根毒性は、全ての酸性土壌に存在すると考えられるが、特に有機酸性土壌や硫酸酸性土壌において顕著であり、水耕栽培において、コムギ(非特許文献5、6)、シロイヌナズナ(非特許文献7)、およびホウレンソウ(非特許文献8)など幾つかの植物種の根生育に著しい阻害をもたらすことがわかっているが、プロトン耐性機構の明確な例はなく、また、プロトン耐性を制御する遺伝子を単離した報告はない。従って、プロトン耐性を制御する遺伝子の同定は、酸性土壌耐性植物の分子育種において重要な目標である。
【0007】
【特許文献1】特開2004−105164号
【非特許文献1】Sasaki, T, Yamamoto, Y, Ezaki, B, Katsuhara, M, Ahn, SJ, Ryan, PR, Delhaize, E & Matsumoto, H (2004) A wheat gene encoding an aluminum-activated malate transporter. The Plant Journal 37 (5),645-653.
【非特許文献2】Larsen, PB., Geisler, MJB, Jones,CA, Williams, KM. & Cancel, JD. (2005) ALS3 encodes a phloem-localized ABC transporter-like protein that is required for aluminum tolerance in Arabidopsis. The Plant Journal 41:353-363.
【非特許文献3】Ma, JF, Nagao, S, Huang, CF & Nishimura, M. (2005) Isolation and characterization of a Rice mutant hypersensitive to Al. Plant and Cell Physiology 46: 1054-1061.
【非特許文献4】黄朝鋒、馬建鋒 Isolation and characterization of a novel Al-tolerant gene Als2 in rice. 日本土壌肥料学会講演要旨集 (秋田) p53 ISSN0288-5840
【非特許文献5】Kinraide, TB (1998) Three mechanisms for the calcium alleviation of mineral toxicities. Plant Physiology 118: 513-520.
【非特許文献6】Kinraide, T. B. (2003) Toxicity factors in acidic forest soils: attempts to evaluate separately the toxic effects of excessive Al3+ and H+ and insufficient Ca2+and Mg2+ upon root elongation.. European Journal of Soil Science 54(2), 323-333.
【非特許文献7】Koyama H., Toda, T.& Hara T. (2001) Brief exposure to low-pH stress causes irreversible damage to the growing root in Arabidopsis thaliana: pectin-Ca interaction may play an important role in proton rhizotoxicity Journal of Experimental Botany, 52: 361-368.
【非特許文献8】Yang JL, Zheng SJ, He YF, & Matsumoto, H (2005) Aluminium resistance requires resistance to acid stress: a case study with spinach that exudes oxalate rapidly when exposed to Al stress. Journal of Experimental Botany 56: 1197-1203.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の課題は、酸性土壌における根の生育阻害因子であるプロトンに対する耐性を制御する遺伝子を解明し、当該遺伝子を利用して酸性土壌においても生育可能な酸ストレス耐性植物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、シロイヌナズナのエチルメタンスルフォネート(EMS)処理株の中に低pH下において根生育阻害が顕著な変異体(stop1 (Sensitive to Proton Rhizotoxicity)変異体)を見出し、その原因遺伝子の同定と機能解析を行ったところ、当該遺伝子はCys2/His2 ジンク−フィンガータンパク質をコードし、一つのミスセンス変異を包含することを解明した。stop1変異体はAl非存在下においてもpH値に依存した根生育阻害が認められるともに、Alに対しても高感受性である。また、stop1変異体は、公知のAlストレス耐性遺伝子であるリンゴ酸トランスポーターをコードするAtALMT1遺伝子の発現誘導は認められず、Al応答性のリンゴ酸放出能を欠くことから、AtALMT1発現制御を介したAl耐性にも関与していることが示唆される。一方、ミスセンス変異のない野生型STOP1遺伝子の過剰発現体では野生株と比較して地下部の伸長が優位であることが確認できた。これらの結果から、STOP1遺伝子の一つのミスセンス変異がプロトン高感受性をもたらしていること、また、当該遺伝子は酸性土壌におけるストレス耐性機構に深く関与する主要因子であるといえる。本発明はかかる知見により完成されたものである。
【0010】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) 以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子が導入された酸ストレス耐性形質転換植物。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0011】
(2) 植物が、植物体、植物器官、植物組織、又は植物培養細胞である(1)に記載の酸ストレス耐性形質転換植物。
(3) 以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子を含む組換えベクター。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0012】
(4) 以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子又は(3)に記載の組換えベクターを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生することを特徴とする、酸ストレス耐性形質転換植物の作出方法。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0013】
(5) 以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子を植物体内で過剰発現させることを特徴とする、植物体に酸ストレス耐性を付与する方法。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、Cys2/His2 ジンク−フィンガータンパク質をコードするシロイヌナズナ遺伝子に、プロトン耐性を制御するという新たな機能が見出された。従って、本遺伝子を利用することにより、酸ストレス耐性植物を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
1.酸ストレス耐性遺伝子
本発明者らは、シロイヌナズナのエチルメタンスルフォネート(EMS)処理株の中にプロトン根毒性に高感受性の一つの変異体(以下、「stop1変異体」という)を見出した。stop1変異体の原因遺伝子のポジショナルクローニングとゲノム配列解析を行ったところ、原因遺伝子は、Cys2/His2 ジンク−フィンガータンパク質(AGI code :AT1G34370)をコードする遺伝子において一つのミスセンス変異を包含した遺伝子であり、当該変異が、プロトン根毒性に対する高感受性をもたらすことが判明した。上記のミスセンス変異は、配列番号1に示す塩基配列における796番目の塩基であるCのTへの置換による、対応するアミノ酸(配列番号2に示すアミノ酸配列における266番目のアミノ酸)であるHisのTyrへの置換である。
【0016】
上記の原因遺伝子の正常型遺伝子(以下、「STOP1遺伝子」という)は、配列番号1に示す塩基配列を有し、配列番号2に示すアミノ酸配列からタンパク質をコードする。STOP1遺伝子は、国際塩基配列データベースにおいて既に報告されており(Accession number:AY087985)(nucleotide); AAM65531 (protein))、本遺伝子がコードする499アミノ酸からなるタンパク質の機能は、データベース上では核酸結合活性、転写因子活性、Znイオン結合活性と推定されていたが、本発明者らは、上記STOP1遺伝子が植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有することを新たに見出した。
【0017】
本発明に使用するSTOP1遺伝子は、植物に酸ストレス耐性を付与する機能を保持する限り、配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。
【0018】
ここで、欠失、置換若しくは付加されてもよいアミノ酸の数としては、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異タンパク質作製法により欠失、置換、若しくは付加できる程度の数をいい、好ましくは、1個から数個である。例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列の1〜10個、好ましくは1〜5個のアミノ酸が欠失してもよく、配列番号2に示すアミノ酸配列に1〜10個、好ましくは1〜5個のアミノ酸が付加してもよく、あるいは、配列番号2に示すアミノ酸配列の1〜10個、好ましくは1〜5個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換してもよい。ただし、配列番号2に示すアミノ酸配列における266番目のアミノ酸であるHisがTyrに置換したアミノ酸配列を除く。また、ここにいう「変異」は、主には公知の変異タンパク質作製法により人為的に導入された変異を意味するが、天然に存在する同様の変異であってもよい。
【0019】
また、本発明の遺伝子には、配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子も含まれる。上記80%以上の相同性は、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性をいう。配列の同一性は、FASTA検索やBLAST検索により決定することができる。
【0020】
ここで、「植物に酸ストレス耐性を付与する機能」とは、アルミニウムイオンの有無に関わらず、酸性条件下、具体的には例えばpH3.5〜5.5においても、野生型の植物と比較して植物の根の生育を促進させる活性をいう。
【0021】
また、「植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有する」とは、上記の活性が、配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質が有する活性と実質的に同等であることをいう。
【0022】
本発明に係るSTOP1遺伝子は、配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子であってもよい。
【0023】
ここで、ストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、相同性が高い核酸、すなわち配列番号1で表わされる塩基配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましく95%以上の相同性を有する塩基配列からなるDNAの相補鎖がハイブリダイズし、それより相同性が低い核酸の相補鎖がハイブリダイズしない条件が挙げられる。より具体的には、ナトリウム塩濃度が15〜750mM、好ましくは50〜750mM、より好ましくは300〜750mM、温度が25〜70℃、好ましくは50〜70℃、より好ましくは55〜65℃、ホルムアミド濃度が0〜50%、好ましくは20〜50%、より好ましくは35〜45%での条件をいう。さらに、ストリンジェントな条件では、ハイブリダイゼーション後のフィルターの洗浄条件が、通常はナトリウム塩濃度が15〜600mM、好ましくは50〜600mM、より好ましくは300〜600mM、温度が50〜70℃、好ましくは55〜70℃、より好ましくは60〜65℃である。
【0024】
当業者であれば、Molecular Cloning(Sambrook, J. et al., Molecular Cloning :a Laboratory Manual 2nd ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, 10 Skyline Drive Plainview, NY (1989))等を参照することにより、こうしたホモログ遺伝子を容易に取得することができる。また、上記の配列の相同性は、同様に、FASTA検索やBLAST検索により決定することができる。
【0025】
本発明に用いるSTOP1遺伝子は、例えば配列番号1又は2の配列に基づいて設計したプライマーを用いて、cDNAライブラリー又はゲノムDNAライブラリー等由来の核酸を鋳型としたPCR増幅を行うことにより、核酸断片として得ることができる。またSTOP1遺伝子は、上記ライブラリー等由来の核酸を鋳型とし、当該STOP1遺伝子の一部であるDNA断片をプローブとしてハイブリダイゼーションを行うことにより、核酸断片として得ることができる。あるいはSTOP1遺伝子は、化学合成法等の当技術分野で公知の各種の核酸配列合成法によって、核酸断片として合成してもよい。
【0026】
上記アミノ酸の欠失、付加、及び置換は、上記タンパク質をコードする遺伝子を、当該技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法又は Gapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA社製)やMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、TAKARA社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて変異が導入される。
【0027】
2.組換えベクター
植物形質転換に用いる本発明の組換えベクターは、上記STOP1遺伝子(以下、「目的遺伝子」ともいう)を適当なベクターに導入することにより構築することができる。ここで、ベクターとしては、例えば、アグロバクテリウムを介して植物に目的遺伝子を導入することができる、pBI系、pPZP系、pSMA系のベクターなどが好適に用いられる。特にpBI系のバイナリーベクター又は中間ベクター系が好適に用いられ、例えば、pBI121、pBI101、pBI101.2、pBI101.3等が挙げられる。バイナリーベクターとは大腸菌(Escherichia coli)及びアグロバクテリウムにおいて複製可能なシャトルベクターで、バイナリーベクターを保持するアグロバクテリムを植物に感染させると、ベクター上にあるLB配列とRB配列より成るボーダー配列で囲まれた部分のDNAを植物核DNAに組み込むことが可能である。一方、pUC系のベクターは、植物に遺伝子を直接導入することができ、例えば、pUC18、pUC19、pUC9等が挙げられる。また、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)、インゲンマメモザイクウイルス(BGMV)、タバコモザイクウイルス(TMV)等の植物ウイルスベクターも用いることができる。
【0028】
バイナリーベクター系プラスミドを用いる場合、上記のバイナリーベクターの境界配列(LB,RB)間に、目的遺伝子を挿入し、この組換えベクターを大腸菌中で増幅する。次いで、増幅した組換えベクターをアグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3101、C58、LBA4404、EHA101、EHA105あるいはアグロバクテリウム・リゾゲネスLBA1334等に、エレクトロポレーション法等により導入し、該アグロバクテリウムを植物の形質導入に用いる。
【0029】
また、上記の方法以外にも、三者接合法(Nucleic Acids Research, 12:8711(1984))によって、目的遺伝子を含む植物感染用アグロバクテリウムを調製することができる。すなわち、目的遺伝子を含むプラスミドを保有する大腸菌、ヘルパープラスミド(例えば、pRK2013等)を保有する大腸菌、およびアグロバクテリウムを混合培養し、リファンピシリンおよびカナマイシンを含む培地上で培養することにより植物感染用の接合体アグロバクテリウムを得ることができる。
【0030】
ベクターに目的遺伝子を挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクター DNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。
【0031】
また、目的遺伝子は、その遺伝子の機能が発揮されるようにベクターに組み込まれることが必要である。そこで、ベクターには、目的遺伝子の上流、内部、あるいは下流に、プロモーター、エンハンサー、ターミネーター、バイナリーベクター系を使用するための複製開始点(Ti又はRiプラスミド由来の複製開始点など)、選抜マーカー遺伝子などを連結することができる。
【0032】
「プロモーター」としては、植物細胞において機能し、植物の特定の組織内あるいは特定の発育段階において発現を導くことのできるDNAであれば、植物由来のものでなくてもよい。具体例としては、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター、ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター(Pnos)、トウモロコシ由来ユビキチンプロモーター、イネ由来のアクチンプロモーター、タバコ由来PRタンパク質プロモーター等が挙げられる。
【0033】
エンハンサーとしては、例えば、目的遺伝子の発現効率を高めるために用いられ、CaMV35Sプロモーター内の上流側の配列を含むエンハンサー領域などが挙げられる。
【0034】
ターミネーターとしては、プロモーターにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であればよく、例えば、ノパリン合成酵素(NOS)遺伝子のターミネーター、オクトピン合成酵素(OCS)遺伝子のターミネーター、CaMV 35S RNA遺伝子のターミネーター等が挙げられる。
【0035】
選抜マーカー遺伝子としては、例えば、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ビアラホス耐性遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子などが挙げられる。
【0036】
また、選抜マーカー遺伝子は、上記のように目的遺伝子とともに同一のプラスミドに連結させて組換えベクターを調製してもよいが、あるいは、選抜マーカー遺伝子をプラスミドに連結して得られる組換えベクターと、目的遺伝子をプラスミドに連結して得られる組換えベクターとを別々に調製してもよい。別々に調製した場合は、各ベクターを宿主にコトランスフェクト(共導入)する。
【0037】
3.形質転換植物およびその作出方法
本発明の形質転換植物は、上記遺伝子又は組換えベクターを対象植物に導入することによって作出することができる。本発明において「遺伝子の導入」とは、例えば公知の遺伝子工学的手法により、目的遺伝子を上記宿主植物の細胞内に発現可能な形で導入することを意味する。ここで導入された遺伝子は、宿主植物のゲノムDNA中に組み込まれてもよいし、外来ベクターに含有されたままで存在していてもよい。
【0038】
上記遺伝子又は組換えベクターを植物中に導入する方法としては、既に報告され、確立されている種々の方法を適宜利用することができ、例えば、アグロバクテリウム法、PEG−リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソーム法、パーティクルガン法、マイクロインジェクション法等が挙げられる。アグロバクテリウム法を用いる場合は、プロトプラストを用いる場合、組織片を用いる場合、及び植物体そのものを用いる場合(in planta法)がある。プロトプラストを用いる場合は、TiプラスミドないしはRiプラスミドをもつアグロバクテリウム(それぞれAgrobacterium tumefaciens又はAgrobacterium rhizogenes)と共存培養する方法、スフェロプラスト化したアグロバクテリウムと融合する方法(スフェロプラスト法)、組織片を用いる場合は、対象植物の無菌培養葉片(リーフディスク)に感染させる方法やカルス(未分化培養細胞)に感染させる等により行うことができる。また種子あるいは植物体を用いるin planta法を適用する場合、すなわち植物ホルモン添加の組織培養を介さない系では、吸水種子、幼植物(苗)、鉢植え植物などへのアグロバクテリウムの直接処理等にて実施可能である。これらの植物形質転換法は、「島本功、岡田清孝 監修、新版 モデル植物の実験プロトコール 遺伝学的手法からゲノム解析まで(2001)、秀潤社」などの一般的な教科書の記載に従って行うことができる。
【0039】
遺伝子が植物体に組み込まれたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法、ウェスタンブロッティング法等により行うことができる。例えば、形質転換植物からDNAを調製し、STOP1遺伝子特異的プライマーを設計してPCRを行う。PCRを行った後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動又はキャピラリー電気泳動等を行い、臭化エチジウム、SYBR Green液等により染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することにより、形質転換されたことを確認することができる。また、予め蛍光色素等により標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレート等の固相に増幅産物を結合させ、蛍光又は酵素反応等により増幅産物を確認する方法でもよい。さらに、その植物細胞からタンパク質を抽出し、2次元電気泳動を行って分画し、STOP1遺伝子がコードするタンパク質のバンドを検出することにより、植物細胞に導入されたSTOP1遺伝子が発現されていること、すなわちその植物が形質転換されていることを確認してもよい。続いて、検出されたタンパク質についてエドマン分解等によりN末端領域のアミノ酸配列決定し、配列番号2のN末端領域のアミノ配列と一致するかどうかを確認することにより、その植物細胞の形質転換をさらに実証することができる。
【0040】
あるいは、種々のレポーター遺伝子、例えばベータグルクロニダーゼ(GUS)、ルシフェラーゼ(LUC)、Green fluorescent protein(GFP)、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)、ベータガラクトシダーゼ(LacZ)等の遺伝子を目的遺伝子の下流域に連結したベクターを作製し、該ベクター導入したアグロバクテリムを用いて上記と同様にして植物を形質転換させ、該レポーター遺伝子の発現を測定することによっても確認できる。
【0041】
本発明において形質転換に用いられる植物としては単子葉植物又は双子葉植物のいずれであってもよく、例えば、アブラナ科(シロイヌナズナ、キャベツ、ナタネ等)、イネ科(イネ、トウモロコシ、オオムギ、コムギ、等)、ナス科(トマト、ナス、ジャガイモ、タバコ等)、マメ科(ダイズ、エンドウ、インゲン等)等に属する植物が挙げられるが、これらの植物に限定されるものではない。
【0042】
本発明において、形質転換の対象とする植物材料としては、茎、葉、種子、胚、胚珠、子房、茎頂等の植物器官、葯、花粉等の植物組織やその切片、未分化のカルス、それを酵素処置して細胞壁を除いたプロプラスト等の植物培養細胞のいずれであってもよい。またin planta法適用の場合、吸水種子や植物体全体を利用できる。
【0043】
本発明において、形質転換植物とは、植物体全体、植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、穀実、種子等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束等)、又は植物培養細胞(例えばカルス)のいずれをも意味するものである。
【0044】
植物培養細胞を対象とする場合において、得られた形質転換細胞から形質転換体を再生させるためには既知の組織培養法により器官又は個体を再生させればよい。このような操作は、植物細胞から植物体への再生方法として一般的に知られている方法により、当業者であれば容易に行うことができる。植物細胞から植物体への再生については、例えば、以下のように行うことができる。
【0045】
まず、形質転換の対象とする植物材料して植物組織又はプロトプラストを用いた場合、これらを無機要素、ビタミン、炭素源、エネルギー源としての糖類、植物生長調節物質(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノステロイド等の植物ホルモン)等を加えて滅菌したカルス形成用培地中で培養し、不定形に増殖する脱分化したカルスを形成させる(以下「カルス誘導」という)。このように形成されたカルスをオーキシン等の植物生長調節物質を含む新しい培地に移しかえて更に増殖(継代培養)させる。
【0046】
カルス誘導は寒天等の固型培地で行い、継代培養は例えば液体培養で行うと、それぞれの培養を効率良くかつ大量に行うことができる。次に、上記の継代培養により増殖したカルスを適当な条件下で培養することにより器官の再分化を誘導し(以下、「再分化誘導」という)、最終的に完全な植物体を再生させる。再分化誘導は、培地におけるオーキシン等の植物生長調節物質、炭素源等の各種成分の種類や量、光、温度等を適切に設定することにより行うことができる。かかる再分化誘導により、不定胚、不定根、不定芽、不定茎葉等が形成され、更に完全な植物体へと育成させる。あるいは、完全な植物体になる前の状態(例えばカプセル化された人工種子、乾燥胚、凍結乾燥細胞及び組織等)で貯蔵等を行ってもよい。
【0047】
本発明の形質転換植物は、当該遺伝子を導入した植物体(形質転換された細胞やカルスから再生された植物体を含む)の有性生殖又は無性生殖により得られる子孫の植物体、及びその子孫植物体の組織や器官等の一部(種子、プロトプラストなど)も包含するものとする。本発明の形質転換植物は、STOP1遺伝子を導入して形質転換した植物体から、種子、プロトプラストなどの繁殖材料を取得し、それを栽培又は培養することによって量産することができる。
【0048】
上記のようにして得られる形質転換植物は、STOP1遺伝子の発現により酸ストレス耐性が増加する。その結果、当該形質転換植物は、酸性土壌においても生育が可能となる。従って、本発明によれば、STOP1遺伝子やそのホモログ遺伝子を植物に導入し、植物体内で過剰発現させることにより植物体に酸ストレス耐性を付与する方法もまた提供される。
【実施例】
【0049】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を限定するものでない。
【0050】
(実施例1)プロトン根毒性に対する高感受性変異体(stop変異体)の単離
シロイヌナズナ野生株(Col-0)のEMS 変異種子由来のM2種子後代をSTOP(Sensitive to Proton Rhizotoxicity)変異体のスクリーニングに用いた。まず、種子を漂白剤にて表面殺菌し、蒸留水ですすぎ、冷蔵庫に一日保持して発芽を同調化した。次に、種子を0.5% ショ糖 (w/v)を含むMS 寒天プレート(Murashige T & Skoog F (1962) A revised medium for rapid growth and bioassays with tobacco cultures. Physiologia Plantarum 15: 473-479)、pH5.2に撒いた。連続的な照射(PPDF 250 μmole E m-2 S-1)下でプレートを23℃にて垂直に保持した。
【0051】
4日目に、幼植物を選択培地に移し、上下逆さま方向に保持した(この生育系を「ルートベンディングアッセイ(root bending assay)」と称する)。EMS変異集団の親系統であるCol-0は、pH 4.3で生育できるが、pH3.8で完全に阻害されるため、選択培地のpHにpH 4.3を採用した。本アッセイでは新たに生育する根が根端の「曲がり」によって容易に認識することができる(図1A)。培養9日後、選択培地(pH 4.3)により、約25000幼植物から根の生育がまったく見られない一系統を単離した。
【0052】
感受性系統の植物の後代を取得して、上記と同様にしてstop表現型について試験した。感受性系統の植物の後代は、上記アッセイにおけるスクリーニング条件では新たな根の生育はなく、ゲル培地よりもプロトン根毒性を高めることのできる水耕栽培系(Koyama H., Toda, T.& Hara T. (2001) Brief exposure to low-pH stress causes irreversible damage to the growing root in Arabidopsis thaliana: pectin-Ca interaction may play an important role in proton rhizotoxicity Journal of Experimental Botany, 52: 361-368.)においてもまた著しい根生育阻害を示した (図1B)。よって、本感受性系統をstop1(Sensitive to Proton Rhizotoxicity 1) 変異体と名付け、さらにその変異の特徴づけをした。
【0053】
(実施例2)stop1変異のポジショナルクローニング
マッピング解析の交配相手として、Col-0よりも低pH条件で生育できるLer-0を用いた。stop1とLer-0間の交配を行い、後代からF2種子を取得し、全染色体上におけるstop1変異の原因遺伝子を明らかにするために、ポジショナルマッピングを行った。まず本発明者らが開発したシロイヌナズナの高速マッピング手法(特開2006-180714号参照)で原因遺伝子の染色体の大まかな位置を決定した。その後Col-0とLer-0間の多型によって設計したSSLPマーカー(433,836,816,798,357)を用いて解析を行った。SSLP マーカー(836,816) に隣接するSNPマーカー(958,854)を用いて原因遺伝子が存在する領域を狭めた。変異を同定するために、stop1とCol-0間の上記ゲノムDNA領域におけるDNA配列をABI BigDye Terminater System (ver 3.1)および ABI PRISM3100 DNA sequencerを用い、製造業者の指示に従って比較した。
上記の解析に用いたプライマー配列を下に記載した。
SSLP マーカー433用プライマーセット
F: gtgtcttTGAGAAACGAATTGAATCGAAA(配列番号3)
R: cccccccccccccctgaTCAACACTACAAAGCTGGATCG(配列番号4)
SSLP マーカー 836用プライマーセット
F: gtgtcttCAAACAAATTCCAAACTATCATCC(配列番号5)
R: cccccccccccccctgaTGCCCATTATTGTTGTTCACTT(配列番号6)
SSLP マーカー816用プライマーセット
F: gtgtcttTGCATTGTTACGCACAAGAAA(配列番号7)
R: cccccccccccccctgaGGTTAAAAGTGAATGTCTCTAGGTTG(配列番号8)
SSLP マーカー798用プライマーセット
F: gtgtcttATTTTGTCGAGCCGTAGTGG(配列番号9)
R: cccccccccccccctgaATCCAGGCTACCAAGCATTC(配列番号10)
SSLP マーカー357用プライマーセット
F: gtgtcttTCCATCTCTTCAACAAAGAATATCA(配列番号11)
R: cccccccccccccctgaTCCCATTATAGTGAACGGGTTAAT(配列番号12)
SNP マーカー958用プライマーセット
F: GCGTATGCGTTCTGGAATTT(配列番号13)
R: ACAAAGCCCCAGACATATCG(配列番号14)
SNP マーカー854用プライマーセット
F: TGTTTCTCGGTCATCTGCTG(配列番号15)
R: CACGTCAAACAACCACCAAG(配列番号16)
F2マッピング集団(stop1xLer-0)のstop1表現型を「ルートベンディングアッセイ」によって判定した結果、1:3(=感受性:耐性)の比率で分離した。よって、stop1変異は単一の劣性変異であるといえる(図1C)。シロイヌナズナの高速マッピング手法(特開2006-180714号参照)で原因遺伝子の染色体の大まかな位置を決定したところ約11.1Mbと17.9Mbのところに位置するSSLPマーカー433と357の間にstop1変異の原因遺伝子が存在することがわかった(図2A)。全610F2植物体を用い、当該変異を第一染色体の上部から12.54 Mbと12.64 Mb(それぞれBAC クローンF7P12とF12K21に対応)に位置するSNPマーカー(958,854)の間にstop1変異の原因遺伝子が存在することがわかった。このゲノム領域は26遺伝子を含んでおり、stop1変異体とCol-0のゲノムDNAを比較することによって一つのミスセンス変異をAt1g34370のORFに同定した。この変異(CからT)はHis(H)からTyr(Y)への置換をAt1g34370のORFから推測されるアミノ酸配列にもたらした(図2B)。
【0054】
(実施例3)35sCMV制御下にある正常型STOP1遺伝子による相補性試験
At1g34370変異のstop1表現型に対する影響を確認するために、At1g34370のT-DNA 挿入変異体(「STOP1-KO」と称する)、およびCaMV35s制御下にあるAt1g34370遺伝子を保持するトランスジェニックstop1変異体(相補系統;「stop1-comp」と称する)について、水耕栽培においてpH5.5および 4.7で生育応答を試験した。
【0055】
stop1-compは、次のようにして作成した。正常型stop1遺伝子(At1g34370)cDNAをmini-Ti plasmid vector, pBE2113NのCaMV35s プロモーターの下流に挿入した。ホモ接合型stop1 変異体に対するシロイヌナズナ-媒介形質転換を、EHA101株を用い、フローラルディップ法(Clough SJ & Bent AF (1998) Floral dip: a simplified method for Agrobacterium-mediated transformation of Arabidopsis thaliana. The Plant Journal 16: 735-743)にて実施した。カナマイシン耐性(50mg/ml)を選択マーカーとして用い、ホモ接合型形質転換体をT3世代から得た。
【0056】
stop1変異体もSTOP1-KO 系統も低pH下においてCol-0(WT)に比べて根生育が同程度に阻害されていた。これに対し、stop1-comp 系統(stop1-comp-1, stop1-comp-2)は、Col-0(WT)に比べて良好に生育し、またstop1に比べるとはるかに良好に生育した(図3)。これらの結果から、stop1変異はAt1g34370のミスセンス変異によってもたらされると結論づけた。
【0057】
(実施例4)配列解析とstop1のホモログ
STOP1のホモログサーチをTBlastN サーチ (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)によって実施した。Pfam (http://www.sanger.ac.uk/Software/Pfam/search.shtml)プログラムにてタンパク質ドメインの推定を行い、また、WOLF-PSORTプログラム(http://wolfpsort.seq.cbrc.jp/)をポリペプチドの細胞内局在化予測に用いた。マルチプルアミノ酸アラインメントをCLUSTALW (http://align.genome.jp/clustalw/)およびJalview 2.2 programを用いて実施した。
【0058】
STOP1のアミノ酸配列はPfamプログラムの推定によると、4つのジンクフィンガードメイン(ZF)を含む499アミノ酸からなっていた(図4)。3つのZFは、Cys2Hys2 型と予測され(ZF1, 2 および4)、一つのドメインはCys2HisCys 型又はCys2/Hys2型(ZF3)であった。STOP1タンパク質は、WOLF-PSORTによってタンパク質局在を予測すると核に局在することが示された。stop1変異(HisからTyrへの置換)は、ZF1ドメインに必須のHisがTyrへと変異していた。STOP1のアミノ酸配列を用いてTBlastNサーチを行うことによって、シロイヌナズナゲノムにstop1ホモログを同定した(At5g22890)。また、イネおよびコムギゲノムにもホモログが存在することをが示された(CT832156,AY106636)。それらは同じジンクフィンガードメインを高度に保存していた(図4)。
【0059】
(実施例5)種々の根毒性に対するstop1変異体の応答
stop1変異体の他の非生物的根毒性に対する影響を評価するために、水耕栽培において種々の処理に対するstop1 およびCol-0 (WT)の生育応答を比較した。水耕栽培における生育試験は、Al耐性QTL研究(Kobayashi, Y, Furuta, Y, Ohno, T, Hara, T & Koyama, H. Quantitative trait loci controlling aluminum tolerance in two accessions of Arabidopsis thaliana (Landsberg erecta and Cape Verde Islands) Plant Cell & Environment 28, 1516-1524. 2005.)に用いた水耕栽培システムを用いて実施した。簡単にいうと、コントロール溶液、すなわち改変MGRL培地 (1/50 強度であるが、Piを除去し Ca濃度を200 μMに調整)に根の生育に対する種々の毒性物質を添加した試験溶液で幼植物を生育させた。試験溶液中の毒性物質の濃度は、AlCl34μM, LaCl3 1.0μM, CdCl23.5μM, CuCl2 1.0μM, NaCl 8 mMとした。
【0060】
stop1は低pHに感受性であったので、プロトン毒性の影響を最小化するために、La, Cd, Cu および Na含有試験溶液はpH 5.5を採用した。また、Al含有試験溶液は、Al3+活性を維持するためにpHを5.0に調整した。溶液は2日ごとに新しいものにし、根の長さをビデオマイクロスコーブによって既報(Koyama H., Toda, T. & Hara T. (2001) Brief exposure to low-pH stress causes irreversible damage to the growing root in Arabidopsis thaliana: pectin-Ca interaction may play an important role in proton rhizotoxicity, Journal of Experimental Botany, 52: 361-368.)に記載されるように測定した。植物は12時間日中(PPDF 250 μmole E m-2 S-1)/夜間 サイクルで25℃にて7日間保った。
上記試験の結果、Cd, Cu, Na および La(Col-0に約30-60%阻害をもたらす)含有試験溶液における根の生育はstop1とCol-0(WT)間で顕著な違いはなかった。これに対し、Al含有試験溶液における根の生育はstop1では完全に阻害された(図5)。
【0061】
(実施例6)Al感受性試験
stop1 変異体のAl感受性の特徴を、公知のシロイヌナズナのAl耐性遺伝子であるリンゴ酸トランスポーターをコードするAtAlMT1のT-DNA 挿入変異体(「AtAlMT1-KO」と称する;Hoekenga OA, Maron LG, Pineros MA, Cancado GMA, Shaff J, Kobayashi Y, Ryan PR, Dong B, Delhaize E, Sasaki T, Matsumoto H, Yamamoto Y, Koyama H & Kochian LV (2006) AtALMT1, which encodes a malate transporter, is identified as one of several genes critical for aluminum tolerance in Arabidopsis. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 103: 9738-9743.参照)と比較した。pHとの関係を調べるため、試験溶液を種々のpH(4.7, 5.0, 5.2, 5.5)に設定し、実施例5と同様にして水耕栽培における生育試験を行った(AlCl3 濃度は0又は2μM)。これにより、pHに感受性を持つstop1変異体が、Alに感受性を持つことを明確に示すことが可能である。
【0062】
AtAlMT1-KO は上記のpHのいずれにおいてもAl(2μM)で根生育が完全に阻害され、Alに対する高感受性を示した(図6A、右パネル)。一方、stop1もまた同様に、上記のpHのいずれにおいてもAl(2μM)に高感受性を示した。しかし、AtAlMT1-KOはAl非存在下ではpHが5.0以上の場合は根生育阻害が起こらなかったのに対し(図6A、右パネル)、stop1はpH 5.0以上でも根生育阻害が認められた(図6A、真ん中のパネル)。また、野生型(WT)ではAl存在、非存在下いずれにおいてもpH4.7で根生育阻害が見られた(図6A、左のパネル)。
【0063】
STOP1-KOの生育もまたstop1と同様にAlで完全に阻害された(図6B)。これに対し、stop1変異体においてSTOP1を構成的に発現させたstop1-comではAl耐性がstop1変異体に比べて向上した(図6B)。これらの結果から、stop1変異は、プロトンとAl根毒性に対する高感受性をもたらすと推定した。
【0064】
(実施例7)stop1変異体におけるリンゴ酸放出とAtALMT1発現
シロイヌナズナにおいて重要なAl耐性機構として、AtALMT1発現により制御されるリンゴ酸放出が報告されている(Hoekenga OA, Maron LG, Pineros MA, Cancado GMA, Shaff J, Kobayashi Y, Ryan PR, Dong B, Delhaize E, Sasaki T, Matsumoto H, Yamamoto Y, Koyama H & Kochian LV (2006) AtALMT1, which encodes a malate transporter, is identified as one of several genes critical for aluminum tolerance in Arabidopsis. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 103: 9738-9743.)。したがって、stop1変異体のAl高感受性をリンゴ酸放出能の点から解析した。
【0065】
1% ショ糖を含むMGRL (Fujiwara T, Hirai YM, Chino M, Komeda Y & Naito S.(1992) Effects of sulfur nutrition on expression of the soybean seed storage protein genes in transgenic petunia. Plant Physiology 99, 263-268.)培地(pH5.5)に浮かべたプラスチックメッシュ(1cm角)上において各15幼植物を無菌的に生育させた。プラスチックメッシュ上で生育させた幼植物を、2mlの培地へ移した。一時間後、培地をコントロール溶液(上記参照)又はAl試験溶液(10μM Al含有)に切り換えた。両溶液は1% (w/v) ショ糖を含み、初期pHを5.0に調整した。幼植物を、回転式振盪培養機(40 rpm)上で暗黒下25℃にて穏やかに振盪した。24時間後、培地を採取し、各培地におけるリンゴ酸濃度をNAD/NADH サイクリング共役酵素法を用いて既報(Takita, E, Koyama, H & Hara, T (1999) Organic acid metabolism in aluminum- phosphate utilizing cells of carrot (Daucus carota L.). Plant Cell Physiology 40: 489-495.)の記載に従って定量した。すべての実験は少なくとも3回行い、平均値とSE値を得た。
【0066】
Col-0(WT)は、Al処理によって大量のリンゴ酸を放出したのに対し、stop1とSTOP1-KOは、Al処理によってリンゴ酸を放出せず、stop1-compは、リンゴ酸放出能を回復していた(図7A)。
【0067】
Al処理を行った根からRNAを抽出し、Suzuki Y, Hibino T, Kawazu T, Wada T, Kihara T & Koyama H (2003) Extraction of total RNA from leaves of Eucalyptus and other woody and herbaceous plants using sodium isoascorbate. Biotechniques 34: 988-990の方法によって逆転写した。AtALMT1発現解析を、下記のAtALMT1特異的プライマー(AtALMT1F、AtALMT1R)を用いてRT-PCRによって行った。
AtALMT1F:5’-GGCCGACCGTGCTATACGAG -3’(配列番号17)
AtALMT1R :5’-GAGTTGAATTACTTACTGAAG -3’(配列番号18)
PCR条件は、変性94℃30秒、アニーリング51℃、伸長72℃30秒でSTOP1 21 サイクル, AtALMT1 22 サイクル、UBQ1 20 サイクルとした。増幅断片はSYBR Green I (MolecularProbes, OR, U.S.A.) で染色後、製造業者の指示書に従い、Typhoon9410 (Amersham Biosciences, NJ, U.S.A.)およびImageQuant (Amersham Biosciences) で定量した。その結果、上記のAl応答性リンゴ酸放出はAtALMT1遺伝子の発現と同時に起こっていることが確認できた(図7B)。
【0068】
(実施例8)低pH処理によるSTOP1の発現レベル
種々のpH処理におけるSTOP1の発現レベルをCol-0 (WT)において定量的RT-PCRによって調べた。pH処理はpH 2.5, 3.0, 3.5, 4.0, および5.7で5時間行った。また、pH3.0で経時的に行った。
上記pHおよびAl処理を行った植物からRNAを抽出し、STOP1の発現解析を、下記のSTOP1特異的プライマー(STOP1FqとSTOP1Rq)を用いて定量PCRを行った。定量PCRはGeneAmp 7500 Sequence Detection System (Applied Biosystems, Foster City, CA, U.S.A.)を用いて行った。
STOP1Fq :5'-TTTCCGCGACTGATGTTTGAT-3'(配列番号19)
STOP1Rq :5'-ACAGGCATTCGCAATAAGCAT-3'(配列番号20)
【0069】
STOP1の発現は、pHが低いほど高かった(図8A)。また、pH3.0で処理を行った場合、STOP1の発現は、処理後1時間でわずかに増加し、5時間後にはほぼ最大になり、この発現レベルは試験を行った24時間後まで概ね維持されていた(図8B)。
【0070】
(実施例9)STOP1遺伝子過剰発現体の低pH下における生育試験
STOP1遺伝子の過剰発現体を作成し、低pH条件での生育を試験した。STOP1過剰発現体(「STOP1-OX」と称する)は、次のようにして作成した。正常型STOP1遺伝子(At1g34370)cDNAをmini-Ti plasmid vector, pBE2113NのCaMV35s プロモーターの下流に挿入したpBE2113-0202OXを作製した。アグロバクテリウムGV3101へpBE2113-0202OX をエレクトロポレーション法で導入したGV3101-pBE2113-0202OXを作製した。Col株への形質転換は、GV3101-pBE2113-0202OX株を用い、フローラルディップ法(Clough SJ & Bent AF (1998) Floral dip: a simplified method for Agrobacterium-mediated transformation of Arabidopsis thaliana. The Plant Journal 16: 735-743)にて実施した。カナマイシン耐性(50mg/ml)を選択マーカーとして用い、導入遺伝子をホモ接合型に持つ形質転換体をT3世代から得た。
STOP1-OXは、pH3.8下においてCol-0(WT)に比べて根の生育が改善されていた。(図9
)。この結果から、STOP1遺伝子の過剰発現によって酸耐性が向上すると結論づけた。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】A:ルートベンディングアッセイにおける種々のpHでのCol-0根の生育。予め生育させた幼植物を種々のpHのゲル培地に移し、上下逆さま方向で生育させた。B:pH 4.7およびpH 5.5での水耕栽培における変異体(stop1)及びWT(Col-0)の生育。水耕栽培はゲル培地よりも根毒性を高めることができる。白いバーは1cmを示す。C:変異体(Col-0 バックグラウンド)とLer-0間の交配から導き出したF2 集団間の変異表現型の分離。矢印は変異表現型を示す。
【図2A】A:stop1変異のSSLP分析によるマッピング。
【図2B】B:At1g34370のC2H2領域におけるミスセンス変異。
【図3】stop1変異体のpH高感受性のための相補性試験。WT(Col-0), stop1 (stop1 変異体), STOP1-KO (SALK_114108)、およびstop-comp-1, 2 (CaMV35s 制御されたWT STOP1 遺伝子を持つトランスジェニックstop1 変異体)をpH 5.5およびpH4.7にて7日間水耕栽培で生育させた。相対根長の平均±SE値(%;pH 4.7/pH 5.5)を示す(n=5)。アスタリスクは、stop1とSTOP1-KOで顕著な違いがあること示す(t-test, p < 0.05)。
【図4】STOP1遺伝子とそのホモログのZnフィンガードメインのマルチプルアラインメント。ホモログが、シロイヌナズナ(At5g22890) 、イネ(CT832156)、及びコムギ(AY106636)からTBlastNサーチによって同定された。水平のバーはZnフィンガードメイン、アスタリスクはC2H2又はC2HCの保存モチーフを示す。矢印は、stop1の点変異を示す。保存アミノ酸は網掛け部分によって示す。
【図5】stop1 変異体 (網掛けバー)、STOP1遺伝子のT-DNA 挿入系統(白色バー; SALK_114108, STOP1-KO)、およびCol-0 (黒色バー, WT)の水耕栽培における種々の根毒性イオンによる根の生育を示す。幼植物は試験溶液(3.5μM CdCl2, 1.0μM CuCl2, 1.0μM LaCl3, 8.0 mM NaCl(pH 5.5)又は4.0μM AlCl3 (pH 5.0)含有))で7日間生育させた。相対的根長の平均値(%; 毒性溶液/非毒性溶液)±SEを示す(n=5)。アスタリスクはWTとの顕著な相違を示す(t-test, p<0.05)。
【図6】pHおよびAl根毒性に対するstop1変異体の応答。A: stop1 変異体、AtALMT1にT-DNA挿入を有するホモ接合型トランスジェニック系統(AtALMT1 KO; SALK_009629)、および親系統Col-0 (WT)の種々のpHおよびAl処理による根の生育。幼植物は2μM AlCl3添加又は無添加試験溶液中で7日間水耕栽培において種々のpHにて生育させた。平均±SE値を示す(n=5)。アスタリスクはpH5.5における根の生育との顕著な違いを示す(t-test, p<0.05)。B:stop1変異体のAl高感受性に対する相補性試験。WT(Col-0)、stop1(stop1 変異体)、STOP1-KO(SALK_114108)、およびstop-comp-1, 2 (CaMV35s 制御Col-0 STOP1 アレルを有するトランスジェニックstop1 変異体)を2μM AlCl3添加又は無添加水耕栽培においてpH 5.5 にて7日間生育させた。相対的根長の平均±SE値(%; +Al/-Al)を示す(n=5)。アスタリスクは、stop1と STOP1-KO間の顕著な違いを示す(t-test, p<0.05)。
【図7】stop1変異体におけるAl応答性リンゴ酸放出およびAtALMT1発現。A:無菌的に生育した5日齢の幼植物を10μM AlCl3 添加(黒色バー)又はAl無添加(白色バー)のリンゴ酸採取培地でpH 5.0で24時間培養した。リンゴ酸放出を3回測定した。平均±SE 値を示す。B: AtALMT1に対する特異的プライマーを用いたRT-PCRによるAtALMT1 発現解析。UBQ1 発現をコントロールとして示す。
【図8】種々のpH処理を施したColの植物体におけるSTOP1遺伝子に対する特異的プライマーを用いた定量PCRによるSTOP1遺伝子の発現解析。A:pH処理は、pH5.7で0時間処理と、pH 2.5, 3.0, 3.5, 4.0, および5.7で5時間処理を行った。B: pH処理は、pH3.0で0, 1, 2, 5, 10, および24時間処理を行った。エラーバーは±SE値(n=3)を示す。
【図9】STOP1遺伝子過剰発現体(STOP1-OX-1, STOP1-OX-2)、stop1変異体(stop1)、野生株(WT)の酸ストレス(pH3.8)下における根の生育状況を示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸性土壌における根の生育阻害因子であるプロトンに対する耐性遺伝子を導入した形質転換植物、ならびに当該遺伝子を用いて植物体に酸ストレス耐性を付与する方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
酸性土壌は、作物生産性の低い不良土壌の一つであり、日本を含む東南アジア地域に多く、世界の農耕地の30〜40%を占めると言われている。酸性土壌は、種々の作物の収量に深刻な損失を与える。酸性土壌における作物の生長阻害因子としては、例えば、プロトン(H+)による害、H+の増加によるCa、Mg、K、NH4等の植物の生育に必要な陽イオンの土壌からの溶出、ならびにAl、Mn等の有害イオンの増加などがある。
【0003】
酸性土壌における上記問題を解決するアプローチとして、石灰石やリン肥料の過剰施用が一部の商業的プランテーションにおいては行われているが、高コストのために開発途上国において行われることはない (Ishitani, M, Rao, I, Wenzl, P, Beebe, S & Tohme J (2004) Integration of genomics approach with traditional breeding towards improving abiotic stress adaptation: Drought and aluminum toxicity as case studies. Field Crop Research 90: 35-45.)。また、上記アプローチはリンによる湖沼系の富栄養化(Carpenter, SR, Caraco, NF, Correll, DL, Howarth, RW, Sharpley, AN & Smith VH (1998) Nonpoint pollution of surface waters with phosphorus and nitrogen. Ecological Applications, 8 :559-568)や植物生産におけるエネルギーコストの増加といったような環境問題を引き起こす。従って、酸性土壌における作物生産性向上をめざす別のアプローチとして、酸ストレス耐性を増強させた分子育種が望まれており、そのためには、耐性表現型を制御する遺伝子を同定することが必要である。
【0004】
酸性土壌における生長阻害因子のうち、最も主要な生育阻害因子は毒性が高いアルミニウムイオン(Al3+)であると考えられていることから、Alによる根の伸長阻害機構やAl耐性機構の解明、およびAl耐性植物の作出に関する研究がこれまで多く行われている。
例えば、いくつかのAl耐性遺伝子が、モデル植物シロイヌナズナにおいて、活性酸素(ROS)捕捉酵素であるグルタチオンSトランスフェラーゼやカタラーゼのようなAl誘導性遺伝子の発現スクリーニングによって同定されている (Ezaki, B, Gardner, RC, Ezaki, Y and Matsumoto, H. (2000) Expression of aluminum-induced genes in transgenic Arabidopsis plants can ameliorate aluminum stress and/or oxidative stress. Plant Physiology, 122: 657-666)。他のROS捕捉酵素もコムギ(例えば、ミトコンドリアMn-SOD; Basu, U, Good, AG. & Taylor, GJ (2001) Transgenic Brassica napus plants overexpressing aluminium-induced mitochondrial manganese superoxide dismutase cDNA are resistant to aluminium. Plant, Cell & Environment 24:1269-1278.)およびタバコ(Yamamoto ,Y, Kobayashi, Y, Devi, SR, Rikiishi, S & Matsumoto H (2003) Oxidative stress triggered by aluminum in plant roots. Plant and Soil, 255: 239-243.)において生化学的アプローチによって同定されている。これらの報告は、Alによって活性酸素(ROS)が誘発され、その結果、根の生長阻害が引き起こされることを示唆するものである。
【0005】
酸性土壌における植物生育の野外研究においては、根の生育阻害はAlかプロトン根毒性のいずれかが原因であることが示されている(Rao, IM, Zeigler, RS, Vera, R & Sarkarung S (1993) Selection and breeding for acid-soil tolerance in crops. BioScience, 43: 454-465.)。このうち、Al耐性機構は分子レベルで研究されており(Matsumoto H (2000) Cell biology of aluminum toxicity and tolerance in higher plants. International Review of Cytology 200:1-46; Kochian, LV. Hoekenga, OA & Pineros MA (2004) How do crop plants tolerate acid soils? Mechanisms of aluminum tolerance and phosphorpous efficiency. Anural Review of Plant Biology. 55: 459-493.)、Al耐性を制御する幾つかの遺伝子が遺伝的アプローチによって同定されている。例えば、コムギにおいてAl耐性を付与するリンゴ酸トランスポーターALMT1(Aluminium-activated malate transporter)をコードする遺伝子が、Al耐性および感受性の同質遺伝子系統であるET8 とES8間の遺伝子発現の比較から単離されている(特許文献1、非特許文献1参照)。シロイヌナズナにおいては、細胞質Alを木質部に排出するトランスポーターをコードする遺伝子が同定されている(非特許文献2)。また、イネにおいても、Al高感受性変異体(Als1)が単離されており、Als1におけるAl高感受性は単一の劣性変異によって制御されていることが報告されている(非特許文献3)。また、前記報告と同じ研究者による発表では、イネにおけるAl耐性遺伝子であるAls2は、C2H2型ジンクフィンガータンパク質をコードすることが明らかにされた(非特許文献4)。
【0006】
一方、プロトン根毒性は、全ての酸性土壌に存在すると考えられるが、特に有機酸性土壌や硫酸酸性土壌において顕著であり、水耕栽培において、コムギ(非特許文献5、6)、シロイヌナズナ(非特許文献7)、およびホウレンソウ(非特許文献8)など幾つかの植物種の根生育に著しい阻害をもたらすことがわかっているが、プロトン耐性機構の明確な例はなく、また、プロトン耐性を制御する遺伝子を単離した報告はない。従って、プロトン耐性を制御する遺伝子の同定は、酸性土壌耐性植物の分子育種において重要な目標である。
【0007】
【特許文献1】特開2004−105164号
【非特許文献1】Sasaki, T, Yamamoto, Y, Ezaki, B, Katsuhara, M, Ahn, SJ, Ryan, PR, Delhaize, E & Matsumoto, H (2004) A wheat gene encoding an aluminum-activated malate transporter. The Plant Journal 37 (5),645-653.
【非特許文献2】Larsen, PB., Geisler, MJB, Jones,CA, Williams, KM. & Cancel, JD. (2005) ALS3 encodes a phloem-localized ABC transporter-like protein that is required for aluminum tolerance in Arabidopsis. The Plant Journal 41:353-363.
【非特許文献3】Ma, JF, Nagao, S, Huang, CF & Nishimura, M. (2005) Isolation and characterization of a Rice mutant hypersensitive to Al. Plant and Cell Physiology 46: 1054-1061.
【非特許文献4】黄朝鋒、馬建鋒 Isolation and characterization of a novel Al-tolerant gene Als2 in rice. 日本土壌肥料学会講演要旨集 (秋田) p53 ISSN0288-5840
【非特許文献5】Kinraide, TB (1998) Three mechanisms for the calcium alleviation of mineral toxicities. Plant Physiology 118: 513-520.
【非特許文献6】Kinraide, T. B. (2003) Toxicity factors in acidic forest soils: attempts to evaluate separately the toxic effects of excessive Al3+ and H+ and insufficient Ca2+and Mg2+ upon root elongation.. European Journal of Soil Science 54(2), 323-333.
【非特許文献7】Koyama H., Toda, T.& Hara T. (2001) Brief exposure to low-pH stress causes irreversible damage to the growing root in Arabidopsis thaliana: pectin-Ca interaction may play an important role in proton rhizotoxicity Journal of Experimental Botany, 52: 361-368.
【非特許文献8】Yang JL, Zheng SJ, He YF, & Matsumoto, H (2005) Aluminium resistance requires resistance to acid stress: a case study with spinach that exudes oxalate rapidly when exposed to Al stress. Journal of Experimental Botany 56: 1197-1203.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の課題は、酸性土壌における根の生育阻害因子であるプロトンに対する耐性を制御する遺伝子を解明し、当該遺伝子を利用して酸性土壌においても生育可能な酸ストレス耐性植物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、シロイヌナズナのエチルメタンスルフォネート(EMS)処理株の中に低pH下において根生育阻害が顕著な変異体(stop1 (Sensitive to Proton Rhizotoxicity)変異体)を見出し、その原因遺伝子の同定と機能解析を行ったところ、当該遺伝子はCys2/His2 ジンク−フィンガータンパク質をコードし、一つのミスセンス変異を包含することを解明した。stop1変異体はAl非存在下においてもpH値に依存した根生育阻害が認められるともに、Alに対しても高感受性である。また、stop1変異体は、公知のAlストレス耐性遺伝子であるリンゴ酸トランスポーターをコードするAtALMT1遺伝子の発現誘導は認められず、Al応答性のリンゴ酸放出能を欠くことから、AtALMT1発現制御を介したAl耐性にも関与していることが示唆される。一方、ミスセンス変異のない野生型STOP1遺伝子の過剰発現体では野生株と比較して地下部の伸長が優位であることが確認できた。これらの結果から、STOP1遺伝子の一つのミスセンス変異がプロトン高感受性をもたらしていること、また、当該遺伝子は酸性土壌におけるストレス耐性機構に深く関与する主要因子であるといえる。本発明はかかる知見により完成されたものである。
【0010】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) 以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子が導入された酸ストレス耐性形質転換植物。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0011】
(2) 植物が、植物体、植物器官、植物組織、又は植物培養細胞である(1)に記載の酸ストレス耐性形質転換植物。
(3) 以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子を含む組換えベクター。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0012】
(4) 以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子又は(3)に記載の組換えベクターを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生することを特徴とする、酸ストレス耐性形質転換植物の作出方法。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0013】
(5) 以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子を植物体内で過剰発現させることを特徴とする、植物体に酸ストレス耐性を付与する方法。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、Cys2/His2 ジンク−フィンガータンパク質をコードするシロイヌナズナ遺伝子に、プロトン耐性を制御するという新たな機能が見出された。従って、本遺伝子を利用することにより、酸ストレス耐性植物を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
1.酸ストレス耐性遺伝子
本発明者らは、シロイヌナズナのエチルメタンスルフォネート(EMS)処理株の中にプロトン根毒性に高感受性の一つの変異体(以下、「stop1変異体」という)を見出した。stop1変異体の原因遺伝子のポジショナルクローニングとゲノム配列解析を行ったところ、原因遺伝子は、Cys2/His2 ジンク−フィンガータンパク質(AGI code :AT1G34370)をコードする遺伝子において一つのミスセンス変異を包含した遺伝子であり、当該変異が、プロトン根毒性に対する高感受性をもたらすことが判明した。上記のミスセンス変異は、配列番号1に示す塩基配列における796番目の塩基であるCのTへの置換による、対応するアミノ酸(配列番号2に示すアミノ酸配列における266番目のアミノ酸)であるHisのTyrへの置換である。
【0016】
上記の原因遺伝子の正常型遺伝子(以下、「STOP1遺伝子」という)は、配列番号1に示す塩基配列を有し、配列番号2に示すアミノ酸配列からタンパク質をコードする。STOP1遺伝子は、国際塩基配列データベースにおいて既に報告されており(Accession number:AY087985)(nucleotide); AAM65531 (protein))、本遺伝子がコードする499アミノ酸からなるタンパク質の機能は、データベース上では核酸結合活性、転写因子活性、Znイオン結合活性と推定されていたが、本発明者らは、上記STOP1遺伝子が植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有することを新たに見出した。
【0017】
本発明に使用するSTOP1遺伝子は、植物に酸ストレス耐性を付与する機能を保持する限り、配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。
【0018】
ここで、欠失、置換若しくは付加されてもよいアミノ酸の数としては、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異タンパク質作製法により欠失、置換、若しくは付加できる程度の数をいい、好ましくは、1個から数個である。例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列の1〜10個、好ましくは1〜5個のアミノ酸が欠失してもよく、配列番号2に示すアミノ酸配列に1〜10個、好ましくは1〜5個のアミノ酸が付加してもよく、あるいは、配列番号2に示すアミノ酸配列の1〜10個、好ましくは1〜5個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換してもよい。ただし、配列番号2に示すアミノ酸配列における266番目のアミノ酸であるHisがTyrに置換したアミノ酸配列を除く。また、ここにいう「変異」は、主には公知の変異タンパク質作製法により人為的に導入された変異を意味するが、天然に存在する同様の変異であってもよい。
【0019】
また、本発明の遺伝子には、配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子も含まれる。上記80%以上の相同性は、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性をいう。配列の同一性は、FASTA検索やBLAST検索により決定することができる。
【0020】
ここで、「植物に酸ストレス耐性を付与する機能」とは、アルミニウムイオンの有無に関わらず、酸性条件下、具体的には例えばpH3.5〜5.5においても、野生型の植物と比較して植物の根の生育を促進させる活性をいう。
【0021】
また、「植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有する」とは、上記の活性が、配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質が有する活性と実質的に同等であることをいう。
【0022】
本発明に係るSTOP1遺伝子は、配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子であってもよい。
【0023】
ここで、ストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、相同性が高い核酸、すなわち配列番号1で表わされる塩基配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましく95%以上の相同性を有する塩基配列からなるDNAの相補鎖がハイブリダイズし、それより相同性が低い核酸の相補鎖がハイブリダイズしない条件が挙げられる。より具体的には、ナトリウム塩濃度が15〜750mM、好ましくは50〜750mM、より好ましくは300〜750mM、温度が25〜70℃、好ましくは50〜70℃、より好ましくは55〜65℃、ホルムアミド濃度が0〜50%、好ましくは20〜50%、より好ましくは35〜45%での条件をいう。さらに、ストリンジェントな条件では、ハイブリダイゼーション後のフィルターの洗浄条件が、通常はナトリウム塩濃度が15〜600mM、好ましくは50〜600mM、より好ましくは300〜600mM、温度が50〜70℃、好ましくは55〜70℃、より好ましくは60〜65℃である。
【0024】
当業者であれば、Molecular Cloning(Sambrook, J. et al., Molecular Cloning :a Laboratory Manual 2nd ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, 10 Skyline Drive Plainview, NY (1989))等を参照することにより、こうしたホモログ遺伝子を容易に取得することができる。また、上記の配列の相同性は、同様に、FASTA検索やBLAST検索により決定することができる。
【0025】
本発明に用いるSTOP1遺伝子は、例えば配列番号1又は2の配列に基づいて設計したプライマーを用いて、cDNAライブラリー又はゲノムDNAライブラリー等由来の核酸を鋳型としたPCR増幅を行うことにより、核酸断片として得ることができる。またSTOP1遺伝子は、上記ライブラリー等由来の核酸を鋳型とし、当該STOP1遺伝子の一部であるDNA断片をプローブとしてハイブリダイゼーションを行うことにより、核酸断片として得ることができる。あるいはSTOP1遺伝子は、化学合成法等の当技術分野で公知の各種の核酸配列合成法によって、核酸断片として合成してもよい。
【0026】
上記アミノ酸の欠失、付加、及び置換は、上記タンパク質をコードする遺伝子を、当該技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法又は Gapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA社製)やMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、TAKARA社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて変異が導入される。
【0027】
2.組換えベクター
植物形質転換に用いる本発明の組換えベクターは、上記STOP1遺伝子(以下、「目的遺伝子」ともいう)を適当なベクターに導入することにより構築することができる。ここで、ベクターとしては、例えば、アグロバクテリウムを介して植物に目的遺伝子を導入することができる、pBI系、pPZP系、pSMA系のベクターなどが好適に用いられる。特にpBI系のバイナリーベクター又は中間ベクター系が好適に用いられ、例えば、pBI121、pBI101、pBI101.2、pBI101.3等が挙げられる。バイナリーベクターとは大腸菌(Escherichia coli)及びアグロバクテリウムにおいて複製可能なシャトルベクターで、バイナリーベクターを保持するアグロバクテリムを植物に感染させると、ベクター上にあるLB配列とRB配列より成るボーダー配列で囲まれた部分のDNAを植物核DNAに組み込むことが可能である。一方、pUC系のベクターは、植物に遺伝子を直接導入することができ、例えば、pUC18、pUC19、pUC9等が挙げられる。また、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)、インゲンマメモザイクウイルス(BGMV)、タバコモザイクウイルス(TMV)等の植物ウイルスベクターも用いることができる。
【0028】
バイナリーベクター系プラスミドを用いる場合、上記のバイナリーベクターの境界配列(LB,RB)間に、目的遺伝子を挿入し、この組換えベクターを大腸菌中で増幅する。次いで、増幅した組換えベクターをアグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3101、C58、LBA4404、EHA101、EHA105あるいはアグロバクテリウム・リゾゲネスLBA1334等に、エレクトロポレーション法等により導入し、該アグロバクテリウムを植物の形質導入に用いる。
【0029】
また、上記の方法以外にも、三者接合法(Nucleic Acids Research, 12:8711(1984))によって、目的遺伝子を含む植物感染用アグロバクテリウムを調製することができる。すなわち、目的遺伝子を含むプラスミドを保有する大腸菌、ヘルパープラスミド(例えば、pRK2013等)を保有する大腸菌、およびアグロバクテリウムを混合培養し、リファンピシリンおよびカナマイシンを含む培地上で培養することにより植物感染用の接合体アグロバクテリウムを得ることができる。
【0030】
ベクターに目的遺伝子を挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクター DNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。
【0031】
また、目的遺伝子は、その遺伝子の機能が発揮されるようにベクターに組み込まれることが必要である。そこで、ベクターには、目的遺伝子の上流、内部、あるいは下流に、プロモーター、エンハンサー、ターミネーター、バイナリーベクター系を使用するための複製開始点(Ti又はRiプラスミド由来の複製開始点など)、選抜マーカー遺伝子などを連結することができる。
【0032】
「プロモーター」としては、植物細胞において機能し、植物の特定の組織内あるいは特定の発育段階において発現を導くことのできるDNAであれば、植物由来のものでなくてもよい。具体例としては、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター、ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター(Pnos)、トウモロコシ由来ユビキチンプロモーター、イネ由来のアクチンプロモーター、タバコ由来PRタンパク質プロモーター等が挙げられる。
【0033】
エンハンサーとしては、例えば、目的遺伝子の発現効率を高めるために用いられ、CaMV35Sプロモーター内の上流側の配列を含むエンハンサー領域などが挙げられる。
【0034】
ターミネーターとしては、プロモーターにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であればよく、例えば、ノパリン合成酵素(NOS)遺伝子のターミネーター、オクトピン合成酵素(OCS)遺伝子のターミネーター、CaMV 35S RNA遺伝子のターミネーター等が挙げられる。
【0035】
選抜マーカー遺伝子としては、例えば、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ビアラホス耐性遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子などが挙げられる。
【0036】
また、選抜マーカー遺伝子は、上記のように目的遺伝子とともに同一のプラスミドに連結させて組換えベクターを調製してもよいが、あるいは、選抜マーカー遺伝子をプラスミドに連結して得られる組換えベクターと、目的遺伝子をプラスミドに連結して得られる組換えベクターとを別々に調製してもよい。別々に調製した場合は、各ベクターを宿主にコトランスフェクト(共導入)する。
【0037】
3.形質転換植物およびその作出方法
本発明の形質転換植物は、上記遺伝子又は組換えベクターを対象植物に導入することによって作出することができる。本発明において「遺伝子の導入」とは、例えば公知の遺伝子工学的手法により、目的遺伝子を上記宿主植物の細胞内に発現可能な形で導入することを意味する。ここで導入された遺伝子は、宿主植物のゲノムDNA中に組み込まれてもよいし、外来ベクターに含有されたままで存在していてもよい。
【0038】
上記遺伝子又は組換えベクターを植物中に導入する方法としては、既に報告され、確立されている種々の方法を適宜利用することができ、例えば、アグロバクテリウム法、PEG−リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソーム法、パーティクルガン法、マイクロインジェクション法等が挙げられる。アグロバクテリウム法を用いる場合は、プロトプラストを用いる場合、組織片を用いる場合、及び植物体そのものを用いる場合(in planta法)がある。プロトプラストを用いる場合は、TiプラスミドないしはRiプラスミドをもつアグロバクテリウム(それぞれAgrobacterium tumefaciens又はAgrobacterium rhizogenes)と共存培養する方法、スフェロプラスト化したアグロバクテリウムと融合する方法(スフェロプラスト法)、組織片を用いる場合は、対象植物の無菌培養葉片(リーフディスク)に感染させる方法やカルス(未分化培養細胞)に感染させる等により行うことができる。また種子あるいは植物体を用いるin planta法を適用する場合、すなわち植物ホルモン添加の組織培養を介さない系では、吸水種子、幼植物(苗)、鉢植え植物などへのアグロバクテリウムの直接処理等にて実施可能である。これらの植物形質転換法は、「島本功、岡田清孝 監修、新版 モデル植物の実験プロトコール 遺伝学的手法からゲノム解析まで(2001)、秀潤社」などの一般的な教科書の記載に従って行うことができる。
【0039】
遺伝子が植物体に組み込まれたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法、ウェスタンブロッティング法等により行うことができる。例えば、形質転換植物からDNAを調製し、STOP1遺伝子特異的プライマーを設計してPCRを行う。PCRを行った後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動又はキャピラリー電気泳動等を行い、臭化エチジウム、SYBR Green液等により染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することにより、形質転換されたことを確認することができる。また、予め蛍光色素等により標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレート等の固相に増幅産物を結合させ、蛍光又は酵素反応等により増幅産物を確認する方法でもよい。さらに、その植物細胞からタンパク質を抽出し、2次元電気泳動を行って分画し、STOP1遺伝子がコードするタンパク質のバンドを検出することにより、植物細胞に導入されたSTOP1遺伝子が発現されていること、すなわちその植物が形質転換されていることを確認してもよい。続いて、検出されたタンパク質についてエドマン分解等によりN末端領域のアミノ酸配列決定し、配列番号2のN末端領域のアミノ配列と一致するかどうかを確認することにより、その植物細胞の形質転換をさらに実証することができる。
【0040】
あるいは、種々のレポーター遺伝子、例えばベータグルクロニダーゼ(GUS)、ルシフェラーゼ(LUC)、Green fluorescent protein(GFP)、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)、ベータガラクトシダーゼ(LacZ)等の遺伝子を目的遺伝子の下流域に連結したベクターを作製し、該ベクター導入したアグロバクテリムを用いて上記と同様にして植物を形質転換させ、該レポーター遺伝子の発現を測定することによっても確認できる。
【0041】
本発明において形質転換に用いられる植物としては単子葉植物又は双子葉植物のいずれであってもよく、例えば、アブラナ科(シロイヌナズナ、キャベツ、ナタネ等)、イネ科(イネ、トウモロコシ、オオムギ、コムギ、等)、ナス科(トマト、ナス、ジャガイモ、タバコ等)、マメ科(ダイズ、エンドウ、インゲン等)等に属する植物が挙げられるが、これらの植物に限定されるものではない。
【0042】
本発明において、形質転換の対象とする植物材料としては、茎、葉、種子、胚、胚珠、子房、茎頂等の植物器官、葯、花粉等の植物組織やその切片、未分化のカルス、それを酵素処置して細胞壁を除いたプロプラスト等の植物培養細胞のいずれであってもよい。またin planta法適用の場合、吸水種子や植物体全体を利用できる。
【0043】
本発明において、形質転換植物とは、植物体全体、植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、穀実、種子等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束等)、又は植物培養細胞(例えばカルス)のいずれをも意味するものである。
【0044】
植物培養細胞を対象とする場合において、得られた形質転換細胞から形質転換体を再生させるためには既知の組織培養法により器官又は個体を再生させればよい。このような操作は、植物細胞から植物体への再生方法として一般的に知られている方法により、当業者であれば容易に行うことができる。植物細胞から植物体への再生については、例えば、以下のように行うことができる。
【0045】
まず、形質転換の対象とする植物材料して植物組織又はプロトプラストを用いた場合、これらを無機要素、ビタミン、炭素源、エネルギー源としての糖類、植物生長調節物質(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノステロイド等の植物ホルモン)等を加えて滅菌したカルス形成用培地中で培養し、不定形に増殖する脱分化したカルスを形成させる(以下「カルス誘導」という)。このように形成されたカルスをオーキシン等の植物生長調節物質を含む新しい培地に移しかえて更に増殖(継代培養)させる。
【0046】
カルス誘導は寒天等の固型培地で行い、継代培養は例えば液体培養で行うと、それぞれの培養を効率良くかつ大量に行うことができる。次に、上記の継代培養により増殖したカルスを適当な条件下で培養することにより器官の再分化を誘導し(以下、「再分化誘導」という)、最終的に完全な植物体を再生させる。再分化誘導は、培地におけるオーキシン等の植物生長調節物質、炭素源等の各種成分の種類や量、光、温度等を適切に設定することにより行うことができる。かかる再分化誘導により、不定胚、不定根、不定芽、不定茎葉等が形成され、更に完全な植物体へと育成させる。あるいは、完全な植物体になる前の状態(例えばカプセル化された人工種子、乾燥胚、凍結乾燥細胞及び組織等)で貯蔵等を行ってもよい。
【0047】
本発明の形質転換植物は、当該遺伝子を導入した植物体(形質転換された細胞やカルスから再生された植物体を含む)の有性生殖又は無性生殖により得られる子孫の植物体、及びその子孫植物体の組織や器官等の一部(種子、プロトプラストなど)も包含するものとする。本発明の形質転換植物は、STOP1遺伝子を導入して形質転換した植物体から、種子、プロトプラストなどの繁殖材料を取得し、それを栽培又は培養することによって量産することができる。
【0048】
上記のようにして得られる形質転換植物は、STOP1遺伝子の発現により酸ストレス耐性が増加する。その結果、当該形質転換植物は、酸性土壌においても生育が可能となる。従って、本発明によれば、STOP1遺伝子やそのホモログ遺伝子を植物に導入し、植物体内で過剰発現させることにより植物体に酸ストレス耐性を付与する方法もまた提供される。
【実施例】
【0049】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を限定するものでない。
【0050】
(実施例1)プロトン根毒性に対する高感受性変異体(stop変異体)の単離
シロイヌナズナ野生株(Col-0)のEMS 変異種子由来のM2種子後代をSTOP(Sensitive to Proton Rhizotoxicity)変異体のスクリーニングに用いた。まず、種子を漂白剤にて表面殺菌し、蒸留水ですすぎ、冷蔵庫に一日保持して発芽を同調化した。次に、種子を0.5% ショ糖 (w/v)を含むMS 寒天プレート(Murashige T & Skoog F (1962) A revised medium for rapid growth and bioassays with tobacco cultures. Physiologia Plantarum 15: 473-479)、pH5.2に撒いた。連続的な照射(PPDF 250 μmole E m-2 S-1)下でプレートを23℃にて垂直に保持した。
【0051】
4日目に、幼植物を選択培地に移し、上下逆さま方向に保持した(この生育系を「ルートベンディングアッセイ(root bending assay)」と称する)。EMS変異集団の親系統であるCol-0は、pH 4.3で生育できるが、pH3.8で完全に阻害されるため、選択培地のpHにpH 4.3を採用した。本アッセイでは新たに生育する根が根端の「曲がり」によって容易に認識することができる(図1A)。培養9日後、選択培地(pH 4.3)により、約25000幼植物から根の生育がまったく見られない一系統を単離した。
【0052】
感受性系統の植物の後代を取得して、上記と同様にしてstop表現型について試験した。感受性系統の植物の後代は、上記アッセイにおけるスクリーニング条件では新たな根の生育はなく、ゲル培地よりもプロトン根毒性を高めることのできる水耕栽培系(Koyama H., Toda, T.& Hara T. (2001) Brief exposure to low-pH stress causes irreversible damage to the growing root in Arabidopsis thaliana: pectin-Ca interaction may play an important role in proton rhizotoxicity Journal of Experimental Botany, 52: 361-368.)においてもまた著しい根生育阻害を示した (図1B)。よって、本感受性系統をstop1(Sensitive to Proton Rhizotoxicity 1) 変異体と名付け、さらにその変異の特徴づけをした。
【0053】
(実施例2)stop1変異のポジショナルクローニング
マッピング解析の交配相手として、Col-0よりも低pH条件で生育できるLer-0を用いた。stop1とLer-0間の交配を行い、後代からF2種子を取得し、全染色体上におけるstop1変異の原因遺伝子を明らかにするために、ポジショナルマッピングを行った。まず本発明者らが開発したシロイヌナズナの高速マッピング手法(特開2006-180714号参照)で原因遺伝子の染色体の大まかな位置を決定した。その後Col-0とLer-0間の多型によって設計したSSLPマーカー(433,836,816,798,357)を用いて解析を行った。SSLP マーカー(836,816) に隣接するSNPマーカー(958,854)を用いて原因遺伝子が存在する領域を狭めた。変異を同定するために、stop1とCol-0間の上記ゲノムDNA領域におけるDNA配列をABI BigDye Terminater System (ver 3.1)および ABI PRISM3100 DNA sequencerを用い、製造業者の指示に従って比較した。
上記の解析に用いたプライマー配列を下に記載した。
SSLP マーカー433用プライマーセット
F: gtgtcttTGAGAAACGAATTGAATCGAAA(配列番号3)
R: cccccccccccccctgaTCAACACTACAAAGCTGGATCG(配列番号4)
SSLP マーカー 836用プライマーセット
F: gtgtcttCAAACAAATTCCAAACTATCATCC(配列番号5)
R: cccccccccccccctgaTGCCCATTATTGTTGTTCACTT(配列番号6)
SSLP マーカー816用プライマーセット
F: gtgtcttTGCATTGTTACGCACAAGAAA(配列番号7)
R: cccccccccccccctgaGGTTAAAAGTGAATGTCTCTAGGTTG(配列番号8)
SSLP マーカー798用プライマーセット
F: gtgtcttATTTTGTCGAGCCGTAGTGG(配列番号9)
R: cccccccccccccctgaATCCAGGCTACCAAGCATTC(配列番号10)
SSLP マーカー357用プライマーセット
F: gtgtcttTCCATCTCTTCAACAAAGAATATCA(配列番号11)
R: cccccccccccccctgaTCCCATTATAGTGAACGGGTTAAT(配列番号12)
SNP マーカー958用プライマーセット
F: GCGTATGCGTTCTGGAATTT(配列番号13)
R: ACAAAGCCCCAGACATATCG(配列番号14)
SNP マーカー854用プライマーセット
F: TGTTTCTCGGTCATCTGCTG(配列番号15)
R: CACGTCAAACAACCACCAAG(配列番号16)
F2マッピング集団(stop1xLer-0)のstop1表現型を「ルートベンディングアッセイ」によって判定した結果、1:3(=感受性:耐性)の比率で分離した。よって、stop1変異は単一の劣性変異であるといえる(図1C)。シロイヌナズナの高速マッピング手法(特開2006-180714号参照)で原因遺伝子の染色体の大まかな位置を決定したところ約11.1Mbと17.9Mbのところに位置するSSLPマーカー433と357の間にstop1変異の原因遺伝子が存在することがわかった(図2A)。全610F2植物体を用い、当該変異を第一染色体の上部から12.54 Mbと12.64 Mb(それぞれBAC クローンF7P12とF12K21に対応)に位置するSNPマーカー(958,854)の間にstop1変異の原因遺伝子が存在することがわかった。このゲノム領域は26遺伝子を含んでおり、stop1変異体とCol-0のゲノムDNAを比較することによって一つのミスセンス変異をAt1g34370のORFに同定した。この変異(CからT)はHis(H)からTyr(Y)への置換をAt1g34370のORFから推測されるアミノ酸配列にもたらした(図2B)。
【0054】
(実施例3)35sCMV制御下にある正常型STOP1遺伝子による相補性試験
At1g34370変異のstop1表現型に対する影響を確認するために、At1g34370のT-DNA 挿入変異体(「STOP1-KO」と称する)、およびCaMV35s制御下にあるAt1g34370遺伝子を保持するトランスジェニックstop1変異体(相補系統;「stop1-comp」と称する)について、水耕栽培においてpH5.5および 4.7で生育応答を試験した。
【0055】
stop1-compは、次のようにして作成した。正常型stop1遺伝子(At1g34370)cDNAをmini-Ti plasmid vector, pBE2113NのCaMV35s プロモーターの下流に挿入した。ホモ接合型stop1 変異体に対するシロイヌナズナ-媒介形質転換を、EHA101株を用い、フローラルディップ法(Clough SJ & Bent AF (1998) Floral dip: a simplified method for Agrobacterium-mediated transformation of Arabidopsis thaliana. The Plant Journal 16: 735-743)にて実施した。カナマイシン耐性(50mg/ml)を選択マーカーとして用い、ホモ接合型形質転換体をT3世代から得た。
【0056】
stop1変異体もSTOP1-KO 系統も低pH下においてCol-0(WT)に比べて根生育が同程度に阻害されていた。これに対し、stop1-comp 系統(stop1-comp-1, stop1-comp-2)は、Col-0(WT)に比べて良好に生育し、またstop1に比べるとはるかに良好に生育した(図3)。これらの結果から、stop1変異はAt1g34370のミスセンス変異によってもたらされると結論づけた。
【0057】
(実施例4)配列解析とstop1のホモログ
STOP1のホモログサーチをTBlastN サーチ (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)によって実施した。Pfam (http://www.sanger.ac.uk/Software/Pfam/search.shtml)プログラムにてタンパク質ドメインの推定を行い、また、WOLF-PSORTプログラム(http://wolfpsort.seq.cbrc.jp/)をポリペプチドの細胞内局在化予測に用いた。マルチプルアミノ酸アラインメントをCLUSTALW (http://align.genome.jp/clustalw/)およびJalview 2.2 programを用いて実施した。
【0058】
STOP1のアミノ酸配列はPfamプログラムの推定によると、4つのジンクフィンガードメイン(ZF)を含む499アミノ酸からなっていた(図4)。3つのZFは、Cys2Hys2 型と予測され(ZF1, 2 および4)、一つのドメインはCys2HisCys 型又はCys2/Hys2型(ZF3)であった。STOP1タンパク質は、WOLF-PSORTによってタンパク質局在を予測すると核に局在することが示された。stop1変異(HisからTyrへの置換)は、ZF1ドメインに必須のHisがTyrへと変異していた。STOP1のアミノ酸配列を用いてTBlastNサーチを行うことによって、シロイヌナズナゲノムにstop1ホモログを同定した(At5g22890)。また、イネおよびコムギゲノムにもホモログが存在することをが示された(CT832156,AY106636)。それらは同じジンクフィンガードメインを高度に保存していた(図4)。
【0059】
(実施例5)種々の根毒性に対するstop1変異体の応答
stop1変異体の他の非生物的根毒性に対する影響を評価するために、水耕栽培において種々の処理に対するstop1 およびCol-0 (WT)の生育応答を比較した。水耕栽培における生育試験は、Al耐性QTL研究(Kobayashi, Y, Furuta, Y, Ohno, T, Hara, T & Koyama, H. Quantitative trait loci controlling aluminum tolerance in two accessions of Arabidopsis thaliana (Landsberg erecta and Cape Verde Islands) Plant Cell & Environment 28, 1516-1524. 2005.)に用いた水耕栽培システムを用いて実施した。簡単にいうと、コントロール溶液、すなわち改変MGRL培地 (1/50 強度であるが、Piを除去し Ca濃度を200 μMに調整)に根の生育に対する種々の毒性物質を添加した試験溶液で幼植物を生育させた。試験溶液中の毒性物質の濃度は、AlCl34μM, LaCl3 1.0μM, CdCl23.5μM, CuCl2 1.0μM, NaCl 8 mMとした。
【0060】
stop1は低pHに感受性であったので、プロトン毒性の影響を最小化するために、La, Cd, Cu および Na含有試験溶液はpH 5.5を採用した。また、Al含有試験溶液は、Al3+活性を維持するためにpHを5.0に調整した。溶液は2日ごとに新しいものにし、根の長さをビデオマイクロスコーブによって既報(Koyama H., Toda, T. & Hara T. (2001) Brief exposure to low-pH stress causes irreversible damage to the growing root in Arabidopsis thaliana: pectin-Ca interaction may play an important role in proton rhizotoxicity, Journal of Experimental Botany, 52: 361-368.)に記載されるように測定した。植物は12時間日中(PPDF 250 μmole E m-2 S-1)/夜間 サイクルで25℃にて7日間保った。
上記試験の結果、Cd, Cu, Na および La(Col-0に約30-60%阻害をもたらす)含有試験溶液における根の生育はstop1とCol-0(WT)間で顕著な違いはなかった。これに対し、Al含有試験溶液における根の生育はstop1では完全に阻害された(図5)。
【0061】
(実施例6)Al感受性試験
stop1 変異体のAl感受性の特徴を、公知のシロイヌナズナのAl耐性遺伝子であるリンゴ酸トランスポーターをコードするAtAlMT1のT-DNA 挿入変異体(「AtAlMT1-KO」と称する;Hoekenga OA, Maron LG, Pineros MA, Cancado GMA, Shaff J, Kobayashi Y, Ryan PR, Dong B, Delhaize E, Sasaki T, Matsumoto H, Yamamoto Y, Koyama H & Kochian LV (2006) AtALMT1, which encodes a malate transporter, is identified as one of several genes critical for aluminum tolerance in Arabidopsis. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 103: 9738-9743.参照)と比較した。pHとの関係を調べるため、試験溶液を種々のpH(4.7, 5.0, 5.2, 5.5)に設定し、実施例5と同様にして水耕栽培における生育試験を行った(AlCl3 濃度は0又は2μM)。これにより、pHに感受性を持つstop1変異体が、Alに感受性を持つことを明確に示すことが可能である。
【0062】
AtAlMT1-KO は上記のpHのいずれにおいてもAl(2μM)で根生育が完全に阻害され、Alに対する高感受性を示した(図6A、右パネル)。一方、stop1もまた同様に、上記のpHのいずれにおいてもAl(2μM)に高感受性を示した。しかし、AtAlMT1-KOはAl非存在下ではpHが5.0以上の場合は根生育阻害が起こらなかったのに対し(図6A、右パネル)、stop1はpH 5.0以上でも根生育阻害が認められた(図6A、真ん中のパネル)。また、野生型(WT)ではAl存在、非存在下いずれにおいてもpH4.7で根生育阻害が見られた(図6A、左のパネル)。
【0063】
STOP1-KOの生育もまたstop1と同様にAlで完全に阻害された(図6B)。これに対し、stop1変異体においてSTOP1を構成的に発現させたstop1-comではAl耐性がstop1変異体に比べて向上した(図6B)。これらの結果から、stop1変異は、プロトンとAl根毒性に対する高感受性をもたらすと推定した。
【0064】
(実施例7)stop1変異体におけるリンゴ酸放出とAtALMT1発現
シロイヌナズナにおいて重要なAl耐性機構として、AtALMT1発現により制御されるリンゴ酸放出が報告されている(Hoekenga OA, Maron LG, Pineros MA, Cancado GMA, Shaff J, Kobayashi Y, Ryan PR, Dong B, Delhaize E, Sasaki T, Matsumoto H, Yamamoto Y, Koyama H & Kochian LV (2006) AtALMT1, which encodes a malate transporter, is identified as one of several genes critical for aluminum tolerance in Arabidopsis. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 103: 9738-9743.)。したがって、stop1変異体のAl高感受性をリンゴ酸放出能の点から解析した。
【0065】
1% ショ糖を含むMGRL (Fujiwara T, Hirai YM, Chino M, Komeda Y & Naito S.(1992) Effects of sulfur nutrition on expression of the soybean seed storage protein genes in transgenic petunia. Plant Physiology 99, 263-268.)培地(pH5.5)に浮かべたプラスチックメッシュ(1cm角)上において各15幼植物を無菌的に生育させた。プラスチックメッシュ上で生育させた幼植物を、2mlの培地へ移した。一時間後、培地をコントロール溶液(上記参照)又はAl試験溶液(10μM Al含有)に切り換えた。両溶液は1% (w/v) ショ糖を含み、初期pHを5.0に調整した。幼植物を、回転式振盪培養機(40 rpm)上で暗黒下25℃にて穏やかに振盪した。24時間後、培地を採取し、各培地におけるリンゴ酸濃度をNAD/NADH サイクリング共役酵素法を用いて既報(Takita, E, Koyama, H & Hara, T (1999) Organic acid metabolism in aluminum- phosphate utilizing cells of carrot (Daucus carota L.). Plant Cell Physiology 40: 489-495.)の記載に従って定量した。すべての実験は少なくとも3回行い、平均値とSE値を得た。
【0066】
Col-0(WT)は、Al処理によって大量のリンゴ酸を放出したのに対し、stop1とSTOP1-KOは、Al処理によってリンゴ酸を放出せず、stop1-compは、リンゴ酸放出能を回復していた(図7A)。
【0067】
Al処理を行った根からRNAを抽出し、Suzuki Y, Hibino T, Kawazu T, Wada T, Kihara T & Koyama H (2003) Extraction of total RNA from leaves of Eucalyptus and other woody and herbaceous plants using sodium isoascorbate. Biotechniques 34: 988-990の方法によって逆転写した。AtALMT1発現解析を、下記のAtALMT1特異的プライマー(AtALMT1F、AtALMT1R)を用いてRT-PCRによって行った。
AtALMT1F:5’-GGCCGACCGTGCTATACGAG -3’(配列番号17)
AtALMT1R :5’-GAGTTGAATTACTTACTGAAG -3’(配列番号18)
PCR条件は、変性94℃30秒、アニーリング51℃、伸長72℃30秒でSTOP1 21 サイクル, AtALMT1 22 サイクル、UBQ1 20 サイクルとした。増幅断片はSYBR Green I (MolecularProbes, OR, U.S.A.) で染色後、製造業者の指示書に従い、Typhoon9410 (Amersham Biosciences, NJ, U.S.A.)およびImageQuant (Amersham Biosciences) で定量した。その結果、上記のAl応答性リンゴ酸放出はAtALMT1遺伝子の発現と同時に起こっていることが確認できた(図7B)。
【0068】
(実施例8)低pH処理によるSTOP1の発現レベル
種々のpH処理におけるSTOP1の発現レベルをCol-0 (WT)において定量的RT-PCRによって調べた。pH処理はpH 2.5, 3.0, 3.5, 4.0, および5.7で5時間行った。また、pH3.0で経時的に行った。
上記pHおよびAl処理を行った植物からRNAを抽出し、STOP1の発現解析を、下記のSTOP1特異的プライマー(STOP1FqとSTOP1Rq)を用いて定量PCRを行った。定量PCRはGeneAmp 7500 Sequence Detection System (Applied Biosystems, Foster City, CA, U.S.A.)を用いて行った。
STOP1Fq :5'-TTTCCGCGACTGATGTTTGAT-3'(配列番号19)
STOP1Rq :5'-ACAGGCATTCGCAATAAGCAT-3'(配列番号20)
【0069】
STOP1の発現は、pHが低いほど高かった(図8A)。また、pH3.0で処理を行った場合、STOP1の発現は、処理後1時間でわずかに増加し、5時間後にはほぼ最大になり、この発現レベルは試験を行った24時間後まで概ね維持されていた(図8B)。
【0070】
(実施例9)STOP1遺伝子過剰発現体の低pH下における生育試験
STOP1遺伝子の過剰発現体を作成し、低pH条件での生育を試験した。STOP1過剰発現体(「STOP1-OX」と称する)は、次のようにして作成した。正常型STOP1遺伝子(At1g34370)cDNAをmini-Ti plasmid vector, pBE2113NのCaMV35s プロモーターの下流に挿入したpBE2113-0202OXを作製した。アグロバクテリウムGV3101へpBE2113-0202OX をエレクトロポレーション法で導入したGV3101-pBE2113-0202OXを作製した。Col株への形質転換は、GV3101-pBE2113-0202OX株を用い、フローラルディップ法(Clough SJ & Bent AF (1998) Floral dip: a simplified method for Agrobacterium-mediated transformation of Arabidopsis thaliana. The Plant Journal 16: 735-743)にて実施した。カナマイシン耐性(50mg/ml)を選択マーカーとして用い、導入遺伝子をホモ接合型に持つ形質転換体をT3世代から得た。
STOP1-OXは、pH3.8下においてCol-0(WT)に比べて根の生育が改善されていた。(図9
)。この結果から、STOP1遺伝子の過剰発現によって酸耐性が向上すると結論づけた。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】A:ルートベンディングアッセイにおける種々のpHでのCol-0根の生育。予め生育させた幼植物を種々のpHのゲル培地に移し、上下逆さま方向で生育させた。B:pH 4.7およびpH 5.5での水耕栽培における変異体(stop1)及びWT(Col-0)の生育。水耕栽培はゲル培地よりも根毒性を高めることができる。白いバーは1cmを示す。C:変異体(Col-0 バックグラウンド)とLer-0間の交配から導き出したF2 集団間の変異表現型の分離。矢印は変異表現型を示す。
【図2A】A:stop1変異のSSLP分析によるマッピング。
【図2B】B:At1g34370のC2H2領域におけるミスセンス変異。
【図3】stop1変異体のpH高感受性のための相補性試験。WT(Col-0), stop1 (stop1 変異体), STOP1-KO (SALK_114108)、およびstop-comp-1, 2 (CaMV35s 制御されたWT STOP1 遺伝子を持つトランスジェニックstop1 変異体)をpH 5.5およびpH4.7にて7日間水耕栽培で生育させた。相対根長の平均±SE値(%;pH 4.7/pH 5.5)を示す(n=5)。アスタリスクは、stop1とSTOP1-KOで顕著な違いがあること示す(t-test, p < 0.05)。
【図4】STOP1遺伝子とそのホモログのZnフィンガードメインのマルチプルアラインメント。ホモログが、シロイヌナズナ(At5g22890) 、イネ(CT832156)、及びコムギ(AY106636)からTBlastNサーチによって同定された。水平のバーはZnフィンガードメイン、アスタリスクはC2H2又はC2HCの保存モチーフを示す。矢印は、stop1の点変異を示す。保存アミノ酸は網掛け部分によって示す。
【図5】stop1 変異体 (網掛けバー)、STOP1遺伝子のT-DNA 挿入系統(白色バー; SALK_114108, STOP1-KO)、およびCol-0 (黒色バー, WT)の水耕栽培における種々の根毒性イオンによる根の生育を示す。幼植物は試験溶液(3.5μM CdCl2, 1.0μM CuCl2, 1.0μM LaCl3, 8.0 mM NaCl(pH 5.5)又は4.0μM AlCl3 (pH 5.0)含有))で7日間生育させた。相対的根長の平均値(%; 毒性溶液/非毒性溶液)±SEを示す(n=5)。アスタリスクはWTとの顕著な相違を示す(t-test, p<0.05)。
【図6】pHおよびAl根毒性に対するstop1変異体の応答。A: stop1 変異体、AtALMT1にT-DNA挿入を有するホモ接合型トランスジェニック系統(AtALMT1 KO; SALK_009629)、および親系統Col-0 (WT)の種々のpHおよびAl処理による根の生育。幼植物は2μM AlCl3添加又は無添加試験溶液中で7日間水耕栽培において種々のpHにて生育させた。平均±SE値を示す(n=5)。アスタリスクはpH5.5における根の生育との顕著な違いを示す(t-test, p<0.05)。B:stop1変異体のAl高感受性に対する相補性試験。WT(Col-0)、stop1(stop1 変異体)、STOP1-KO(SALK_114108)、およびstop-comp-1, 2 (CaMV35s 制御Col-0 STOP1 アレルを有するトランスジェニックstop1 変異体)を2μM AlCl3添加又は無添加水耕栽培においてpH 5.5 にて7日間生育させた。相対的根長の平均±SE値(%; +Al/-Al)を示す(n=5)。アスタリスクは、stop1と STOP1-KO間の顕著な違いを示す(t-test, p<0.05)。
【図7】stop1変異体におけるAl応答性リンゴ酸放出およびAtALMT1発現。A:無菌的に生育した5日齢の幼植物を10μM AlCl3 添加(黒色バー)又はAl無添加(白色バー)のリンゴ酸採取培地でpH 5.0で24時間培養した。リンゴ酸放出を3回測定した。平均±SE 値を示す。B: AtALMT1に対する特異的プライマーを用いたRT-PCRによるAtALMT1 発現解析。UBQ1 発現をコントロールとして示す。
【図8】種々のpH処理を施したColの植物体におけるSTOP1遺伝子に対する特異的プライマーを用いた定量PCRによるSTOP1遺伝子の発現解析。A:pH処理は、pH5.7で0時間処理と、pH 2.5, 3.0, 3.5, 4.0, および5.7で5時間処理を行った。B: pH処理は、pH3.0で0, 1, 2, 5, 10, および24時間処理を行った。エラーバーは±SE値(n=3)を示す。
【図9】STOP1遺伝子過剰発現体(STOP1-OX-1, STOP1-OX-2)、stop1変異体(stop1)、野生株(WT)の酸ストレス(pH3.8)下における根の生育状況を示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子が導入された酸ストレス耐性形質転換植物。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項2】
植物が、植物体、植物器官、植物組織、又は植物培養細胞である請求項1に記載の酸ストレス耐性形質転換植物。
【請求項3】
以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子を含む組換えベクター。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項4】
以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子又は請求項3に記載の組換えベクターを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生することを特徴とする、酸ストレス耐性形質転換植物の作出方法。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項5】
以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子を植物体内で過剰発現させることを特徴とする、植物体に酸ストレス耐性を付与する方法。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項1】
以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子が導入された酸ストレス耐性形質転換植物。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項2】
植物が、植物体、植物器官、植物組織、又は植物培養細胞である請求項1に記載の酸ストレス耐性形質転換植物。
【請求項3】
以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子を含む組換えベクター。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項4】
以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子又は請求項3に記載の組換えベクターを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生することを特徴とする、酸ストレス耐性形質転換植物の作出方法。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項5】
以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子を植物体内で過剰発現させることを特徴とする、植物体に酸ストレス耐性を付与する方法。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(c) 配列番号1に示す塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子
(d) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物に酸ストレス耐性を付与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【図1】
【図2A】
【図2B】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図2A】
【図2B】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【公開番号】特開2008−187926(P2008−187926A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−23411(P2007−23411)
【出願日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(304019399)国立大学法人岐阜大学 (289)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(304019399)国立大学法人岐阜大学 (289)
【Fターム(参考)】
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