説明

重金属類を含有する汚染水の処理剤および処理方法

【課題】汚染水からヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの重金属類を除去するに際して、高い吸着効率を発揮することができ、必要によって実用的な装置規模、通水条件および長期耐久性等の要求特性をも満足しえる様な処理剤、およびこうした処理剤を用いた有用な処理方法を提供する。
【解決手段】本発明の処理剤は、ヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの重金属類の少なくとも1種を含有する汚染水から前記重金属類を除去するための処理剤であって、硫黄を含有する鉄粉に、汚染水のpHを7未満に低下させる化合物を配合したものであり、このような処理剤と、ヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの重金属類の少なくとも1種を含む汚染水とを接触させることによって、汚染水中の重金属類が効率良く除去できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロム(特に六価クロム)の重金属類に汚染された、地下水、河川水、湖沼水、各種工業排水等から重金属類を効率よく除去する方法と、これに用いる処理剤に関するものである。尚、本発明において「ヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの重金属類」とは、ヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの単体金属、化合物(特に酸化物)、塩およびイオンを含む趣旨である。
【背景技術】
【0002】
ヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロム等の重金属類は、人体に対して有害であり、健康障害をもたらすことから、これらの重金属類による環境汚染が問題となっている。重金属類は、地下水、河川水、湖沼水、各種工業排水等に含まれており、環境基準、排水基準が定められている。水中の重金属類がこれらの水質基準を超える場合には、水中からこれらの重金属類を除去する必要がある。
【0003】
これらの重金属類で汚染された水(以下、「汚染水」と呼ぶことがある)を連続的に浄化処理する方法としては、吸着剤を用いて重金属類を吸着除去する各種方法(吸着法)が提案されている。この吸着法は、吸着剤を充填した吸着塔に重金属類を含む汚染水を連続的に通水し、汚染水を吸着剤に接触させて吸着除去するものである。
【0004】
上記のような吸着法で用いる吸着剤としては、活性炭、活性アルミナ、ゼオライト、チタン酸、ジルコニア水和物等が知られている。これらの吸着剤を使用する方法では、重金属類の種類に応じて吸着剤の種類を選択することによって、優れた除去効率を達成できるが、これらの吸着剤は概して高価であるため、これらの吸着剤だけで処理すれば処理コストが高くなるという欠点がある。
【0005】
汚染水の処理方法として、鉄粉によって水中のヒ素を吸着させることは知られており、鉄粉の吸着能力を向上させるために、様々な提案がなされている。例えば特許文献1には、ヒ素の除去剤として、表面が鉄水酸化物で被覆された鉄粉が開示されている。また、特許文献2〜4には、所定量のSを含有する鉄粉を用いることで、鉄のアノード反応(Fe→Fe2++2e-)が硫黄の添加によって促進され、その結果、重金属類の還元反応または不溶化反応が促進されるというメカニズムで浄化性能を向上させる方法が提案されている。更に、特許文献5には、鉄粉と酸性溶液とを接触させることによって得られた酸処理鉄粉に、水中のヒ素を吸着させて除去する方法も提案されている。
【0006】
これらの技術の開発によって、吸着剤の重金属類に対する除去能力は改善されたのであるが、更に高い吸着効率を発揮する技術の開発が望まれているのが実情である。
【0007】
ところで、吸着剤を用いる方法においては、設備コストや運転効率の面で、吸着剤の充填層への通水抵抗が低いことが望ましい。こうしたことから、吸着剤としては、微粉末ではなく、一定以上の粒子径に造粒加工したものが使用されることが多い。
【0008】
造粒化した吸着剤に関する技術として、例えば特許文献6には、「繊維状活性炭、重金属吸着性能を有する粒径:0.1〜90μmの微粒子無機化合物およびバインダーからなる混合物を成型せしめてなる活性炭成型体」が提案されている。この技術は、バインダーとして、ミクロフィブリル化繊維、熱融着繊維、熱融着樹脂粉末または熱硬化性樹脂粉末を用いて繊維着状活性炭と微粒子無機化合物を造粒物として成型するものである。
【0009】
造粒化した吸着剤に関する他の技術として、例えば特許文献7のような技術も提案されている。この技術では、「交換可能な全陽イオン量の10モル%以上がマグネシウムイオンで、且つ60モル%以上がマグネシウムイオンとカルシウムイオンで置換された合成ゼオライトと活性炭とを、2:98〜50:50の重量比で含有する水中重金属除去剤」とするものである。また、この技術では、「合成ゼオライトには、粉末合成ゼオライトを適切なバインダーを用いて成型し、粉砕したものが好ましい。」ことや、「活性炭はヤシ殻を原料としこれを破砕状にしたものが好ましい。」こと等が開示されている。
【0010】
一方、造粒を行なわずに、粉末状の吸着剤を用いて汚染水との接触効率を高める方法も考えられる。しかしながら、こうした方法を採用した場合には、吸着剤充填層への通水抵抗が過大となることが予想され、設備・運転コストが増大することになり、実用的な通水速度で処理することが困難になるという別の問題が生じることになる。
【0011】
上記のように、吸着法によって汚染水から重金属類を除去するに当たっては、高い吸着効率、実用的な装置規模、通水条件および長期耐久性等の要求特性が吸着剤に要求されるのであるが、これまで提案されている吸着剤では、これらの要求特性の全てを満足し得るものが実現できていないのが実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2006−272260号公報
【特許文献2】特開2006−312163号公報
【特許文献3】特開2008−043921号公報
【特許文献4】特開2009−082818号公報
【特許文献5】特開2008−207071号公報
【特許文献6】特開2003−334543号公報
【特許文献7】特開2004−912号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は前記のような事情に着目してなされたものであって、その目的は、汚染水からヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの重金属類を除去するに際して、高い吸着効率を発揮することができ、必要によって実用的な装置規模、通水条件および長期耐久性等の要求特性をも満足しえる様な処理剤、およびこうした処理剤を用いた有用な処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成し得た本発明の処理剤とは、ヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの重金属類の少なくとも1種を含有する汚染水から前記重金属類を除去するための処理剤であって、硫黄を含有してなる鉄粉に、汚染水のpHを7未満に低下させる化合物を配合したものである点に要旨を有するものである。本発明で用いる「汚染水のpHを7未満に低下させる化合物」としては、酸で処理した吸着剤が挙げられ、最も代表的なものとしては、少なくとも硫酸を含む無機塩で処理された活性炭が挙げられる。
【0015】
本発明の上記目的は、硫黄を含有する鉄粉と、この鉄粉に配合され且つ酸で処理された吸着剤とで構成される処理剤とすることによっても達成される。
【0016】
本発明の処理剤においては、(a)鉄粉が硫黄を0.6〜5質量%の量で含有するもの、(b)鉄粉はアトマイズ法によって製造されたもの、(c)バインダーを介して造粒物の形態としたもの、等の要件を満足するものが好ましい。また、造粒物の形態とする際に用いるバインダーとしては、カチオン性の水溶性樹脂やカチオン性のエマルジョン型樹脂等が好ましいものとして挙げられる。
【0017】
本発明の目的は、硫黄を含有してなる鉄粉を、バインダーを介して造粒物の形態とした処理剤とすることによっても達成される。このとき用いるバインダーとしては、上記のカチオン性の水溶性樹脂やカチオン性のエマルジョン型樹脂等が好ましいものとして挙げられる。
【0018】
上記のような処理剤を用いて、ヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの重金属類の少なくとも1種を含む汚染水と、前記処理剤とを接触させることによって汚染水中の重金属類が効果的に除去できる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、硫黄を含有してなる鉄粉に、汚染水のpHを7未満に低下させる化合物を配合したものを処理剤とすることにより、汚染水からヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの重金属類を効率よく除去できる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の処理剤は、硫黄を含有してなる鉄粉に、汚染水のpHを7未満に低下させる化合物を配合したところに要旨がある。本発明で処理剤の原料として用いる鉄粉は、硫黄(S)を含むものである。この様な鉄粉は、汚染水からヒ素やセレン等の重金属類を除去する性能を向上させる上で有用である。即ち、鉄粉に所定量のSを含有させることによって、汚染水からセレン等の重金属類を除去する性能が向上することを見出し、その技術的意義が認められたので、同一出願人によって先に出願している(特開2006−312163号公報、同2008一43921号公報、同2009−82818号公報)。こうした鉄粉を処理剤の原料として用いることによって、処理剤における重金属類への除去性能が向上することになる。
【0021】
ヒ素やセレン等の重金属類を除去する上で、原料鉄粉中の硫黄含有量は、0.6質量%以上とすることが好ましい。尚、この硫黄含有量は、より好ましくは0.7質量%以上、更に好ましくは0.8質量%以上とするのが良い。
【0022】
一方、鉄粉中の硫黄の含有量が多いほど、鉄粉の重金属類の除去性能が向上する。しかしながら、硫黄の含有量が過度に多くなると、鉄粉本来の重金属吸着活性を阻害することになりかねず、また例えばアトマイズ法などによって鉄粉を製造する際に多量のタール状物質が生成して、溶鉄流出ノズルが閉塞され、鉄粉の生産性が著しく害される。加えて、処理剤の量が必要以上に増大し、コストアップに繋がる。こうしたことから、鉄粉中の硫黄の含有量は、5質量%以下であることが好ましい(より好ましくは4質量%以下、更に好ましくは3質量%以下)。
【0023】
鉄粉に硫黄を含有させることによって、重金属類の除去性能が向上する理由としては、鉄粉中に含まれる硫黄の作用で、鉄粉表面の酸化が促進され(鉄のアノード反応:Fe→Fe2++2e-)、該鉄粉表面で効率良く生成する鉄イオン、急速に成長する鉄の酸化物や水酸化物によって、汚染中に金属イオンや化合物イオンの形態で存在する重金属類の鉄粉への吸着が促進され、それに伴って重金属類の除去が効率良く進行するものと考えられる。
【0024】
鉄粉に硫黄を含有させるだけでも処理剤としての効果は発揮されたのであるが、本発明者らが処理剤の性能をより高めるべく、更に検討した。その結果、上記のような硫黄を含有してなる鉄粉に、汚染水のpHを7未満に低下させる化合物を配合したものとすれば、汚染水中の重金属類に対する除去性能が格段に向上し得ることを見出し、本発明を完成した。
【0025】
各重金属類が鉄に吸着される基本的な推定メカニズムは次のように考えることができる。まずヒ素やセレンは、水中でヒ酸イオン(AsO43-)やセレン酸イオン(SeO42-)の形態で溶解している。このヒ酸イオンやセレン酸イオンを除去するためには、これらのイオンと鉄イオンを反応させて化合物を生成させれば良い。そして、硫黄を含有させた鉄粉を用いることによって、鉄イオンを水中に効率良く放出することができる。その結果、不溶性のヒ酸鉄やセレン酸鉄(ヒ酸やセレン酸と鉄との化合物)を鉄粉表面に析出させて(即ち、重金属を鉄粉に吸着させて)、水中からヒ酸イオンやセレン酸イオンを効率良く除去することができる。
【0026】
鉛およびカドミウムは、夫々鉛イオン(Pb2+)およびカドミウムイオン(Cd2+)の形態で水中に溶解している。硫黄を含有した鉄粉によって鉄のアノード反応が促進されるので、鉛イオンやカドミウムイオンが、夫々金属カドミウムや金属鉛に効率良く還元され、鉄粉表面に析出する(即ち、重金属が鉄粉に吸着する)。その結果、カドミウムイオンや鉛イオンを、水中から効率良く除去することができる。
【0027】
クロムは、クロムイオン(Cr3+、Cr6+)の形態で水中に溶解している。硫黄を含有した鉄粉のアノード反応によって水に電子を供給し、水酸化物イオンを効率良く生成させる。これらクロムイオンと水酸化物イオンとが反応して、不溶性の水酸化クロムが鉄粉表面に析出する(即ち、重金属が鉄粉に吸着する)。その結果、クロムイオンを水中から効率良く除去することができる。
【0028】
ところで、重金属類に汚染された地下水などのpHは、周囲の環境によって様々に変化することになる。例えば、炭酸水素ナトリウムやその他のアルカリ成分が溶存する地下水では、pH8程度の弱アルカリ性を示すものがある。また、排水等では、更に高いアルカリ性を示すものがある。しかしながら、これら汚染水のpHが高くなると、鉄粉への重金属吸着量が低下するという問題が生じることが判明している(前記特許文献5)。
【0029】
そこで、本発明の処理剤では、所定量の硫黄を含有する鉄粉末に、汚染水のpHを7未満に低下させる化合物を配合する。処理剤を添加した際に、汚染水のpHを酸性側(即ち、pH7未満)にシフトさせることにより、周囲の環境を鉄の腐食領域とし、鉄粉の2価鉄イオン(Fe2+)の供給能力を高め、鉄粉と重金属イオンとの反応を促進させることで浄化性能をより向上させることができる。また、鉄粉の2価鉄イオンの供給能力を高めることによって、溶存酸素の存在下で3価鉄イオンに酸化されやすい状態となり、同時に還元能力も向上させることができ、重金属イオンと鉄粉との反応、更には重金属イオンの還元による重金属の生成、および重金属の鉄粉表面への吸着をも期待できる。
【0030】
本発明で用いる「汚染水のpHを7未満に低下させる化合物(以下、単に「化合物」と呼ぶことがある)」としては、活性炭、活性アルミナ、ゼオライト等の吸着剤を酸で処理(添着若しくは洗浄賦活)したものが挙げられる。酸で処理した吸着剤を含む処理剤は、硫黄を含有する鉄粉と、この鉄粉に配合され且つ酸で処理された吸着剤とで構成されるものとなる。酸で処理した吸着剤は、最も好ましくは、安価な材料という観点から、少なくとも硫酸を含む無機酸で処理された活性炭である。
【0031】
吸着剤を処理する際に用いる無機酸としては、上記硫酸の他、リン酸、塩酸等が挙げられるが、化合物の添加によって汚染水のpHを7未満にシフトする作用を考慮すると、少なくとも硫酸を含む無機酸を用いることが好ましい。
【0032】
活性炭を無機酸で処理するときの無機塩の量は、無機酸の種類によっても異なる。例えば無機酸として硫酸を用いる場合には、硫酸が劇物であることを考慮し(毒劇物取締法)、その量は質量%濃度換算で10質量%以下とすることが好ましい。硫酸で処理する場合は、基本的には市販の濃硫酸(96〜98質量%)或は希硫酸(90質量%未満)を希釈して約30〜60質量%の溶液とした中に、活性炭を所定時間浸漬させて、硫酸の乾燥重量として、10質量%以下に処理することが好ましい。
【0033】
尚、本発明で用いる化合物において、「汚染水のpHを7未満に低下させる」の特性の基準は、重金属が存在する汚染水に吸着剤を存在させた場合に、少なくとも24時間振とうしたときに汚染水のpHが7未満になるときを基準としたものである。
【0034】
ヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの重金属類の少なくとも1種を含む汚染水と、上記のような処理剤とを接触させることによって、処理剤による重金属類への高い吸着効率を発揮することができる。
【0035】
本発明で処理剤の原料として用いる鉄粉は、その種類に特に限定は無く、工業的に入手可能なあらゆる鉄粉を用いることができる。鉄粉の種類としては、例えばアトマイズ鉄粉、鋳鉄粉およびスポンジ鉄粉、並びにこれらの鉄基完全合金粉および部分合金化粉などが挙げられる。これらの中でも、大量生産が可能であり、成分や粒径を揃えることができるアトマイズ法によって製造されたアトマイズ鉄粉が好ましい。
【0036】
本発明で用いる鉄粉は、その粒径(平均粒径)が小さければ小さいほど表面積(比表面積)が増大し、重金属類の除去性能が増大する。一方、鉄粉の粒径が大きいほど、歩留まりが高くなって取り扱い性も向上するのであるが、重金属類の除去速度が低下することになる。こうしたことから、原料の鉄粉の好ましい平均粒径は、1000μm以下(より好ましくは100μm以下)である。尚、本発明において「鉄粉の平均粒径」とは、JIS Z 8801に規定されるふるい(篩)を用いた乾式ふるい分け試験によって得られた粒度分布を累積重量百分率で表したときに、積算値が50質量%となる粒度をいう。
【0037】
本発明の処理剤において、汚染水のpHを7未満に低下させる化合物と、鉄粉との配合割合は、双方を汚染水に共存させ、少なくとも24時間の振とう後の汚染水のpHが7未満を示す範囲で決めれば良く、コストの観点から酸添着された活性炭の配合量として好ましくは50質量%以下、より好ましくは30質量%以下である。
【0038】
本発明の処理剤は、必要によってバインダーを介して(結合剤として存在させて)、造粒物の形態とすることも有用であり、こうした形態とすることによって、高い吸着効率を発揮するという効果の他に、実用的な装置規模に対応できると共に、通水条件および長期耐久性等の要求特性をも満足し得るという効果も発揮できるものとなる。尚、バインダーを用いるときのバインダー配合量(配合原料全体に対する割合)は、好ましくは10質量以上、60質量%以下であり、より好ましくは20質量%以上、40質量%以下である。
【0039】
本発明の処理剤を造粒物の形態とするときに用いるバインダーとしては、有機系若しくは無機系の高分子バインダー、または水硬性バインダー等、様々なものを用いることができる。しかしながら、適用するバインダーによっては、逆にpHを上昇させる傾向があることや、或は強度が発現しない結果になる場合があることから、pHを7未満に維持するバインダー、且つJIS K 1474に規定する「活性炭試験方法」に従って造粒物の強度試験において90%以上(好ましくは95%以上)を発現するものが好ましい。尚、上記「活性炭試験方法」は、篩上に残った試料の質量割合(全体に対する質量%)を強度(硬度)の指標とする方法であり、測定された値が大きいほど、強度が高いことを示すものである。
【0040】
本発明者らは、上記のような特性を発揮するバインダーの種類についても検討を進めた。その結果、カチオン性を有する水溶性樹脂またはカチオン性を有するエマルジョン型樹脂が好適に使用できることが判明した。一般的に、カチオン性の水溶性樹脂またはエマルジョン型樹脂は、溶液中での樹脂成分を安定化させるために、ギ酸等の無機酸を添加している。従って、溶液自体のpHは、既に酸性側(pH<6)にシフトされていることになる。このようなバインダーを用いることにより、汚染水のpHを7未満により維持しやすくなることが期待できる。
【0041】
上記カチオン性を有する水溶性樹脂またはエマルジョン型樹脂の種類は、オレフィン系、エポキシ系、ウレタン系、アミド系およびアクリル系等、様々なものが挙げられるが、造粒物の耐水性や長期耐久性を考慮に入れると、オレフィン系とエポキシ系が最も好ましい。汚染水のpHを7未満に低下させる性能が、上記カチオン性の水溶性樹脂またはエマルジョン型樹脂と鉄粉単独での造粒物で発現されることも期待できる。そのような場合には、「汚染水のpHを7未満に低下させる化合物」を添加せずに、硫黄を含有する鉄粉を、上記のようなバインダーを介して造粒物とした処理剤とすることもでき、こうした構成を採用すれば、コスト的にも優位な処理剤を得ることができる。
【0042】
造粒物の形態としたときの、造粒物の平均粒径は、0.1〜4.0mm程度であることが好ましい。造粒物の平均粒径が0.1mm未満では、造粒物を充填した充填層の通水抵抗が増大することになる。また、造粒物の平均粒径が4.0mmを超えると、充填層の空隙が大きくなって充填層の容積に対する吸着効率が低下することになる。尚、本発明において「造粒物の平均粒径」とは、上記「鉄粉の平均粒径」で示した定義と同様である。
【0043】
本発明は、セレン等の重金属類を含有する汚染水と、本発明の処理剤とを接触させることによって、汚染水から重金属類を除去する方法も提供する。本発明において、汚染水と本発明の処理剤(鉄粉)とを接触させる方法には特に限定は無く、例えば(1)処理剤を適当な容器に充填し、これに汚染水を連続的に通過させて接触させる方法、(2)処理剤を汚染水に添加した後、撹拌・分散させて重金属類を捕捉する方法などが挙げられる。
【0044】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、上記・下記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0045】
[実施例1]
〈鉄粉〉
原料鉄粉として、水アトマイズ法で製造した硫黄含有量が1質量%の鉄粉(平均粒径:100μm)を使用した。
【0046】
〈酸処理活性炭の調製〉
活性炭A:硫酸(47質量%)のみで処理した活性炭(硫酸の添着量:活性炭質量に対して硫酸8質量%)
活性炭B:硫酸(47質量%)およびリン酸(85質量%)で処理した活性炭(硫酸の添着量:活性炭量に対して硫酸5質量%、リン酸の添着量:活性炭質量に対して5質量%)
活性炭C:リン酸(85質量%)のみで処理した活性炭(リン酸の添着量:活性炭質量に対して15質量%)
【0047】
上記活性炭A〜Cと鉄粉の配合量を変えた実施配合例を下記表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
表1に示した各配合処理剤について、各処理剤で処理した後の汚染水(処理後)中の重金属の濃度を下記の方法で測定して吸着性能を調査した。また、各処理剤で処理する前・後の汚染水のpHについて(処理剤を添加する前の汚染水のpHは5.33)、pH計(「CP−1PT」COS社製)によって測定した。その結果を、下記表2に示す。
【0050】
〈配合処理剤の重金属吸着性能試験〉
重金属除去性能を判断するために、ヒ素の吸着性能による試験を実施した。まず、ヒ素含有排水のモデル液として、ヒ酸カリウム(KH2AsO4)をヒ素濃度で10.0mg/Lとなる様に蒸溜水に溶解させた被処理水を調製した。被処理水が250mL入った三角フラスコに、上記で調製した各配合処理剤を各々2.5g(1.0質量%)となるように添加し、室温で24時間振とうさせた。各配合処理剤を添加する前の汚染水のpHは5.33である。次で、振とうを止めて配合処理剤と上澄液を分離し、該上澄液中の残留ヒ素濃度をJIS K0102 61.3に則った水素化物としてICP発光分光分析法により測定した。
【0051】
【表2】

【0052】
表2の結果から、次のように考察できる。試験No.1〜6は、本発明で規定する要件を満足する例であり、化合物(硫酸を含む酸で処理した活性炭)で処理した後の被処理水のpHが効果的に酸性側にシフトされており、吸着性能が向上していることが分かる。これに対して、試験No.7〜15のものでは、化合物で処理した後の被処理水のpHが効果的に酸性側にシフトされておらず、吸着性能が低下していることが分かる。また、試験No.16〜18のものは、汚染水のpHは化合物によって酸性側にシフトはされているものの、鉄粉が共存していないのでヒ素の吸着性能はほとんど無いことが分かる。
【0053】
[実施例2]
〈鉄粉〉
原料鉄粉として、水アトマイズ法で製造した硫黄含有量が1質量%の鉄粉(平均粒径:100μm)を使用した。
【0054】
実施例1に示した各種酸処理活性炭と、下記に示す各種バインダーを用い(必要により酸処理活性炭を用いず)、下記の方法によって上記鉄粉を造粒物の形態とした。
【0055】
〈バインダーの種類〉
バインダーa:(株)ADEKA製、カチオン性の水溶性エポキシ樹脂[アデカレジン(登録商標)EM−0436F−3、固形分含有量:25.0%、pH:2〜4]
バインダーb:ユニチカ(株)製、カチオン性ポリエチレンエマルジョン樹脂[アローベース(登録商標)CB−1200、固形分含有量:23.0%、pH:2〜4]
バインダーc:ユニチカ(株)製、カチオン性ポリプロピレンエマルジョン樹脂[アローベース(登録商標)CY1−1100、固形分含有量:27.5%、pH:2〜4]
バインダーd:(株)ADEKA製、アニオン性の水溶性エポキシ樹脂[アデカレジン(登録商標)EM−0434−AN、固形分含有量:29.0%、pH:8〜10]
バインダーe:住友精化(株)製、アニオン製のポリオレフィン系エマルジョン樹脂[ザイクセン(登録商標)AC−HW−10、固形分含有量:30%、pH:8〜10]
バインダーf:ユニチカ(株)製、アニオン性ポリエチレンエマルジョン樹脂[アローベース(登録商標)SB−1200、固形分含有量:25.0%、pH:9〜11]
【0056】
〈造粒物の調製〉
バインダーを用いた、鉄粉の造粒、または鉄粉と酸処理活性炭の混合物の造粒は、転動造粒方式により調製した。所定量のバインダーを、鉄粉または鉄粉と酸処理活性炭の混合物を転動させ回転させながら添加し、粒の成長を促していき、所定の粒度に達した後、造粒物に含んだ溶媒を鉄粉の酸化を防ぐために窒素雰囲気下で加熱および乾燥して揮発させ、造粒物を調製した。最終的に得られた造粒物を0.3mm〜1.4mmに、篩により分級した。
【0057】
各種バインダー、鉄粉、および酸処理活性炭による造粒物の実施配合例を下記表3に示す。表3に示した配合処理剤(造粒物)について、各処理剤で処理した後の汚染水(処理後)中の重金属の濃度、各処理剤で処理する前・後の汚染水のpH(但し、処理剤を添加する前の汚染水のpHは5.21)を、実施例1と同様の方法で測定した。また、造粒物の強度(硬さ)を下記の方法によって測定した。これらの結果を、下記表3に併記する。
【0058】
〈造粒物の強度(硬さ)の測定〉
JIS K 1474に従って造粒物の強度を測定した。まず、篩分けした試料(造粒物)を、100mL採取した。直径:12.7mmまたは9.5mmの鋼球を、各々15個ずつと共に、硬さ試験用皿に入れ、篩振とう機に取り付け、30分振とうする。次で、粒度下限の篩の目開きの2段下の篩を用い、鋼球を除いた試料を全部入れる。篩振とう機にて3分振とうし、夫々の試料を計量する。篩に残った試料の質量割合(全体に対する質量%)を測定し、強度(硬度)の指標とした(この値が大きいほど、強度が高いことを示す)。
【0059】
【表3】

【0060】
表3の結果から、次のように考察できる。残留ヒ素濃度が環境基準値(0.01mg/L)を下回り、且つ硬度的にも高い値を示した処理剤(造粒物)は、試験No.19〜23のものである。これらの造粒物は、いづれもカチオン性の樹脂を介しての造粒処理剤であり、優れた性能効果を発揮していることが分かる。このうち試験No.19、22、および23のものについては、酸処理活性炭を共存させなくとも、優れた性能を発揮していることが確認できた。しかしながら、カチオン性では無くアニオン性のバインダーを適用した試験No.24〜31においては、造粒処理剤の強度はある程度は発現されているものの、残留ヒ素濃度が環境基準値を下回ったものは無く、たとえ酸処理活性炭が共存されていても、一定の効果は示すものの、カチオン性のバインダーを介した造粒処理剤よりも劣ることが分かった。
【0061】
[実施例3]
実施例2で示した配合処理剤(造粒物)のうち、試験No.19および20のものについて、ヒ素以外の重金属類の吸着性能試験を、下記の方法で行った。
【0062】
〈造粒物のヒ素以外の重金属類による吸着性能試験〉
ヒ素以外の重金属類として、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの吸着性能による試験を実施した。セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの各々の含有排水のモデル液として、セレン酸ナトリウム(Na2SeO4)、硝酸鉛(II)(Pb(NO32)、塩化カドニウム2.5水和物(CdCl2・2.5H2O)、二クロム酸カリウム(K2Cr27)を、夫々用い、各々の重金属濃度で、1.0mg/Lとなる様に蒸溜水に溶解させた被処理水を調製した。250mLの被処理水が入った三角フラスコに、強度およびヒ素吸着性能の良かった試験No.19および20(表3)で調製した造粒物を、2.5g(1.0質量%)となるように添加し、室温で72時間振とうさせた。次いで、振とうを止めて配合処理剤(造粒物)と上澄液を分離し、該上澄液中の残留重金属濃度を測定した。このときセレンは、JIS K0102 67.3に則った水素化物ICP発光分光分析法、鉛はJIS K0102 54.4に則ったICP質量分析法、カドミウムはJIS K0102 55.4に則ったICP質量分析法、クロムはJIS K0102 65.1.5に則ったICP質量分析法により、各々の重金属濃度を測定した。その結果を下記表4に示すが、本発明の処理剤は、ヒ素以外の重金属類に対する吸着結果も優れていることが分かる。
【0063】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの重金属類の少なくとも1種を含有する汚染水から前記重金属類を除去するための処理剤であって、硫黄を含有する鉄粉に、汚染水のpHを7未満に低下させる化合物を配合したものであることを特徴とする処理剤。
【請求項2】
汚染水のpHを7未満に低下させる化合物が、酸で処理した吸着剤である請求項1に記載の処理剤。
【請求項3】
硫黄を含有する鉄粉と、この鉄粉に配合され且つ酸で処理された吸着剤とで構成されることを特徴とする処理剤。
【請求項4】
酸で処理した吸着剤が、少なくとも硫酸を含む無機酸で処理した活性炭である請求項2または3に記載の処理剤。
【請求項5】
鉄粉中の硫黄の含有量は0.6〜5質量%である請求項1〜4のいずれかに記載の処理剤。
【請求項6】
鉄粉はアトマイズ法によって製造されたものである請求項1〜5のいずれかに記載の処理剤。
【請求項7】
バインダーを介して造粒物の形態としたものである請求項1〜6のいずれかに記載の処理剤。
【請求項8】
前記バインダーは、カチオン性の水溶性樹脂またはカチオン性のエマルジョン型樹脂である請求項7に記載の処理剤。
【請求項9】
ヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの重金属類の少なくとも1種を含有する汚染水から前記重金属類を除去するための処理剤であって、硫黄を含有する鉄粉を、バインダーを介して造粒物の形態としたものであることを特徴とする処理剤。
【請求項10】
前記バインダーは、カチオン性の水溶性樹脂またはカチオン性のエマルジョン型樹脂である請求項9に記載の処理剤。
【請求項11】
ヒ素、セレン、鉛、カドミウムおよびクロムの重金属類の少なくとも1種を含む汚染水と、請求項1〜10のいずれかに記載の処理剤とを接触させることを特徴とする汚染水の処理方法。


【公開番号】特開2011−240329(P2011−240329A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−33598(P2011−33598)
【出願日】平成23年2月18日(2011.2.18)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】