説明

電動機の脈動抑制装置および電動機の脈動抑制方法

【課題】システム同定モデル誤差を推定することができる電動機の脈動抑制装置を提供する。
【解決手段】インバータのベクトル制御により駆動される電動機(実プラントPn)の軸トルクTnに、トルクリプル補償電流指令値から軸トルク検出値までの周波数伝達関数の逆関数を乗算して外乱トルクを推定する周期外乱オブザーバPDOと、トルクリプル抑制制御開始直前の初期状態時の軸トルクTnとトルクリプル抑制制御開始後に十分トルクリプルが打ち消された最終状態時に、前記PDOにより推定された外乱推定値dI^nを外乱とみなしシステム同定モデルP^nから推定した軸トルク推定値T^nとを比較してシステム同定モデル誤差ΔPnを求める誤差推定器100と、前記誤差ΔPnを格納するメモリー110とを備え、メモリー110内の誤差ΔPnによってPDOのシステム同定モデルP^nを補正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機等のトルク脈動(以下、トルクリプルと称することもある)を自動的に抑制する制御装置ならびに制御手法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電動機の脈動抑制装置としては、例えば特許文献1に開示されているように、電動機の脈動を任意の次数成分についてフーリエ変換で抽出し、そのフーリエ係数が0となるように学習制御し、その制御で得た脈動補償信号(補償電流)をインバータの電流指令に加える装置が知られている。
【0003】
また非特許文献1には、事前にトルクリプル補償指令から軸トルク検出値までのシステム同定を行い、軸トルク検出値のトルク脈動の周波数成分を抽出し、これに前記システム同定モデルの逆システムを乗算して外乱トルクを推定し、該外乱トルクの推定値と指令値(通常0値)との差分によりトルクリプル補償指令を生成することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開WO2010/024195A1
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Y.Tadano,et al.“Periodic Learning Suppression Control of Torque Ripple Utilizing System Identification for Permanent Magnet Synchronous Motors”,IEEE IPEC−Sapporo,pp.1363−1370(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1および非特許文献1に開示されている技術を図1〜図3とともに説明する。図1はトルクリプル抑制制御の制御対象機器の構成を示している。
【0007】
図1において、インバータ1により駆動されてトルク脈動の発生源となるモータ2(例えばPMSM(Permanent Magnet Synchronous Motors;永久磁石型同期モータ)と、負荷装置3はシャフト4によって結合されている。
【0008】
前記シャフト4の軸トルクは、軸トルクメータ5によって計測され、トルク検出値としてトルクリプル抑制装置6に入力され、またロータリエンコーダ等の回転位置センサ7によってモータ2の回転子位置が計測され、位相検出値としてトルクリプル抑制装置6に入力される。
【0009】
トルクリプル抑制装置6は、入力された前記トルク検出値および位相検出値に基づいて、トルク脈動周波数成分をフーリエ変換によって抽出するトルク脈動周波数成分抽出部と、前記抽出された成分にシステム同定モデルの逆システムを乗算して外乱トルクを推定する周期外乱オブザーバを有したトルクリプル抑制制御部と、前記外乱トルク推定値と補償電流指令値から補償電流を生成してインバータ1に与える補償電流生成部とを備えている。
【0010】
図1の例では、インバータ1で電流ベクトル制御することを考慮して、モータ2の回転に同期した回転座標(直交dq軸)上のd軸、q軸電流指令値(補償電流)を与えている。
【0011】
図1では、軸トルクメータ5のフィードバックによりトルク脈動を検出しているが、この形態はあくまでも一例であり、フレームに設置した加速度センサ等によるフレーム振動検出、回転位置センサ等による回転速度/位置変動検出、あるいは電流センサによる電流脈動検出に置き換え、電動機の軸の脈動抑制や電動機のフレームの脈動抑制、電動機の速度の脈動抑制あるいは回転位置の脈動抑制、電動機の電流の脈動制御をすることが可能である。
【0012】
前記インバータ1には、例えば最大トルク/電流制御を実現する電流ベクトル制御でモータ電流(トルク)を制御する一般的な制御装置を用いればよい。
【0013】
トルクリプル抑制装置6では、トルク脈動周波数成分を抽出して、それを周波数成分毎に抑制する補償電流を生成する。
【0014】
図2は図1におけるトルクリプル抑制制御系の基本構成を示し、図3は図1における周期外乱オブザーバのトルクリプル周波数成分のみを表した制御ブロックを示している。
【0015】
図2、図3中の各記号の定義は下記のとおりである。
【0016】
*:トルク指令値、Tdet:トルク検出値、
An:n次トルク脈動抽出成分(余弦係数)、
Bn:n次トルク脈動抽出成分(正弦係数)、
ω:回転数検出値、θ:回転位相検出値、
id,iq:d,q軸電流検出値、id*,iq*:d,q軸電流指令値、
iq0*:q軸電流指令値(補償電流重畳前)、
iqc*:トルクリプル補償電流指令値
An:n次補償電流余弦係数、IBn:n次補償電流正弦係数、
iu,iv,iw:u,v,w相電流
abz:回転センサ信号
dI*An、dI*Bn:n次補償電流指令値、
dI^An、dI^Bn:n次外乱電流推定値、
dIn:n次外乱電流
尚、添え字のnはn次周波数成分を意味する。
【0017】
図2、図3において、図1と同一部分は同一符号をもって表しており、10は実システム、11はトルクからid,iqへの変換部、12は電流ベクトル制御部、13は電流センサ、14は座標変換部、15は回転位相/速度検出部、61はトルク脈動周波数成分抽出部、62はトルクリプル抑制制御部、63は補償電流生成部、621は周期外乱オブザーバ(Periodic Disturbance Observer)を各々示している。
【0018】
図2、図3において、トルクからid,iqへの変換部11では、トルク指令値T*を所望のd軸電流指令値id*とq軸電流指令値iq0*に変換する。一般には、最大トルク/電流制御を実現するような変換数式やテーブルなどが用いられる。電流ベクトル制御部12は、一般的な直交回転座標系d軸q軸において、各軸に対する電流制御を行う。座標変換部14は、3相交流電流iu,iv,iwをモータ回転座標に同期したdq軸直交回転座標系の電流id,iqに変換する。回転位相/速度検出部15は、エンコーダ等の回転位置センサ7の情報から回転位相および回転速度の情報に変換する。
【0019】
モータのトルクリプルは回転位相θ[rad]に準じて周期的に発生する外乱であることが知られている。そこで、モータ回転数ω[rad/s]に同期してトルクリプル周波数成分を抽出する手段、すなわちトルク脈動周波数成分抽出部61を用い、任意次数n(電気的回転周波数の整数倍)の余弦係数TAn[Nm]ならびに正弦係数TBn[Nm]に変換する。周波数成分の厳密な計測手段にはフーリエ変換などがあるが、本例では演算容易性を重視し、軸トルクメータ5による軸トルク検出値Tdet[Nm]に回転位相θを基準としたn次余弦波・正弦波を乗じ、それぞれに低域通過フィルタGFを施すことで、近似的なフーリエ変換を行っている。
【0020】
次に、制御を行う前に予め、トルクリプル補償電流指令値iqc*から軸トルク検出値Tdetまでの実システム10の伝達特性を同定する。システム同定手法は一般的な技術であるため、任意手法を用いればよい。
【0021】
ここで、実システム10の周波数伝達関数を回転速度ωに関する複素ベクトルP(jω)で(1)式のとおり定義する。
【0022】
P(jω)=PA(jω)+jPB(jω) (1)
※PA:実システムの実部、PB:実システムの虚部。
【0023】
抑制制御系はトルクリプル同期座標で制御系を構築するため、(1)式から任意n次成分の周波数伝達特性のみを抽出し、トルクリプル同期座標の実システムを(2)式とする。つまり、任意n次成分のシステムの振幅・位相特性は、単純な1次元複素ベクトルPnで表現できる。なお、回転位相を基準として実部・虚部の軸を定義し、余弦係数が実部成分、正弦係数が虚部成分に対応する。
【0024】
n=PAn+jPBn (2)
※PAn:実システムn次成分実部、PBn:実システムn次成分虚部。
抑制制御系におけるシステム同定結果についても、同様に1次元複素ベクトルで(3)式のとおり定義する。
【0025】
P^n=P^An+jP^Bn (3)
※P^An:同定結果のn次成分実部、P^Bn:同定結果のn次成分虚部。
【0026】
例えば、1〜1000Hzまでのシステム同定結果を1Hz毎に複素ベクトルで表現した場合、1000個の1次元複素ベクトルの要素からなるテーブルを構築することができる。同定結果を近似数式で表現することも可能である。よって、複雑なシステムであってもシステムモデルは常に簡素な1次元複素ベクトルで表現が可能である。
【0027】
前記抽出・変換したTAn,TBnに、同定モデルの逆システム(1/(PAn+jPBn))を乗算することで外乱トルクを複素ベクトルの形で推定する。これらの過程を各次成分で行い、補償電流生成部63では、外乱トルク推定値(dI^An、dI^Bn)と補償電流指令値(dI*An、dI*Bn)の偏差を加算器17A,17Bにより求めてトルクリプル補償電流指令値iqc*[A]のn次周波数成分iqcn*[A]の余弦係数IAn*[A]ならびに正弦係数IBn*[A]を生成する。n次補償電流指令値iqcn*への変換は、トルクリプル同期座標変換時と同一の回転位相θを用いて計算する。
【0028】
尚、前記IAn*、IBn*は、低域通過フィルタGFを通して、実システム10を通らない成分として外乱オブザーバ621内部で使用される。
【0029】
前記変換部11では、トルク指令T*[NM]から、最大トルク/電流制御を実現するdq軸電流指令値id*,iq0*に変換し、前記生成した各次補償電流指令値の合成値iqc*をiq0*に重畳して、通常のベクトル制御を行う。
【0030】
基本的に、トルクリプル抑制装置6で行なう演算処理内容は、軸トルク脈動成分抽出・トルクリプル抑制・補償電流信号生成であり、それ以外の処理については一般的なインバータで行なっている。
【0031】
本例ではq軸電流指令値iq0*に補償電流指令値iqc*を重畳しているが、d軸電流指令値、d軸とq軸の双方の電流指令値、トルク指令値などに置き換えることも可能である。
【0032】
高周波帯域では演算無駄時間の影響を受けてフィードバック制御応答が低下する。一般に全周波数帯域でフィードバック抑制制御を行う方式では、高周波帯域の外乱抑圧性能が低下し、所望の補償電流生成が困難となる。一方図1〜図3で取り扱う制御方式は、周期外乱と同一周波数の正弦波・余弦波を生成してから、その正弦・余弦係数(振幅・位相と等価)を調整対象とする。したがって、この方式は全周波数帯域の補償電流を一括して生成する制御器よりも高周波外乱への対応が容易になり、周期外乱抑圧性能の改善が期待できる。また、対象次数毎に並列に抑制制御器(トルクリプル抑制装置6)を構成すれば、同時に複数次数のトルクリプル抑制にも対応できる。
【0033】
上記の図2、図3の制御系に関して、制御の根幹を成し制御性能を左右するものはシステム同定モデルの真値に対する精度である。トルクリプル抑制能力向上のためには、より精度の高いシステム同定が求められる。
【0034】
しかしながら、同定モデルの高精度な取得は難しく、経年変化などによりシステムが変動することも予想される。真値との誤差は抑制完了までの収束時間の増大や、最悪の場合では位相誤差により抑制制御自身がトルクリプルを増大させ、制御を不安定にする可能性もある。このため、同定モデル誤差に対するロバスト性の向上が求められる。
【0035】
本発明は上記課題を解決するものであり、その目的は、システム同定モデル誤差を推定することができる電動機の脈動抑制装置および脈動抑制方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0036】
上記課題を解決するための、請求項1に記載の電動機の脈動抑制装置は、電動機のトルク指令値をベクトル制御における回転座標系のd,q軸電流成分に変換したd,q軸電流指令値と、インバータの出力電流検出値とから電動機の電流制御を行なうインバータと、前記電動機のトルク脈動をフーリエ変換して抽出したトルク脈動成分に、システム同定モデルとして同定された、トルク脈動補償電流指令値から前記電動機の軸トルク検出値までの周波数伝達関数の逆関数を乗算して周期外乱トルクを推定する周期外乱オブザーバを有し、該周期外乱オブザーバで推定された外乱トルク推定値と補償電流指令値から生成したトルク脈動補償電流指令値を前記d,q軸電流指令値に加えるトルク脈動抑制制御手段と、前記伝達関数が同定された実システムにおける、前記トルク脈動抑制制御手段によるトルク脈動抑制制御開始直前の初期状態時の軸トルク検出値と、前記トルク脈動抑制制御手段によるトルク脈動抑制制御開始後であり、且つトルク脈動が打ち消された最終状態時に、前記周期外乱オブザーバにより推定された外乱トルク推定値を外乱とみなし、前記システム同定モデルから推定した軸トルク推定値とを比較して、システム同定モデル誤差を求める誤差推定手段と、を備えたことを特徴としている。
【0037】
また請求項5に記載の電動機の脈動抑制方法は、動機のトルク指令値をベクトル制御における回転座標系のd,q軸電流成分に変換したd,q軸電流指令値と、インバータの出力電流検出値とから電動機の電流制御を行なうインバータと、前記電動機のトルク脈動をフーリエ変換して抽出したトルク脈動成分に、システム同定モデルとして同定された、トルク脈動補償電流指令値から前記電動機の軸トルク検出値までの周波数伝達関数の逆関数を乗算して周期外乱トルクを推定する周期外乱オブザーバを有し、該周期外乱オブザーバで推定された外乱トルク推定値と補償電流指令値から生成したトルク脈動補償電流指令値を前記d,q軸電流指令値に加えるトルク脈動抑制制御手段とを備えた装置における電動機の脈動抑制方法であって、誤差推定手段が、前記伝達関数が同定された実システムにおける、前記トルク脈動抑制制御手段によるトルク脈動抑制制御開始直前の初期状態時の軸トルク検出値と、前記トルク脈動抑制制御手段によるトルク脈動抑制制御開始後であり、且つトルク脈動が打ち消された最終状態時に、前記周期外乱オブザーバにより推定された外乱トルク推定値を外乱とみなし、前記システム同定モデルから推定した軸トルク推定値とを比較して、システム同定モデル誤差を求める誤差推定ステップ、を備えたことを特徴としている。
【0038】
上記構成によれば、システム同定モデル誤差を推定することができる。
【0039】
また、請求項2に記載の電動機の脈動抑制装置は、請求項1において、前記誤差推定手段により求められたシステム同定モデル誤差を、前記電動機の回転数およびトルクを参照値とするテーブルデータとして格納する保存手段を備え、前記保存手段に格納されたシステム同定モデル誤差を用いて前記システム同定モデルを補正することを特徴としている。
【0040】
また請求項6に記載の電動機の脈動抑制方法は、請求項5において、前記誤差推定手段が、誤差推定ステップにより求められたシステム同定モデル誤差を、前記電動機の回転数およびトルクを参照値とするテーブルデータとして保存手段に格納する保存ステップを備え、前記保存手段に格納されたシステム同定モデル誤差を用いて前記システム同定モデルを補正することを特徴としている。
【0041】
上記構成によれば、システム同定モデルを補正し、正確な同定モデルにより最適な抑制制御を行うことができる。
【0042】
また、請求項3に記載の電動機の脈動抑制装置は、請求項2において、前記誤差推定手段をトルク脈動周波数成分の複数次数分設け、各次数のトルク脈動周波数成分におけるシステム同定モデル誤差を求めて、前記システム同定モデルの補正を行うことを特徴としている。
【0043】
また請求項7に記載の電動機の脈動抑制方法は、請求項6において、前記誤差推定手段はトルク脈動周波数成分の複数次数分設けられ、前記保存ステップは、前記各次数のトルク脈動周波数成分におけるシステム同定モデル誤差を前記保存手段に格納することを特徴としている。
【0044】
上記構成によれば、抑制およびシステム同定モデル誤差を推定すべきトルクリプル周波数成分が複数、同時に存在する場合においても、複数の次数のトルクリプルを抑制することができる。
【0045】
また、請求項4に記載の電動機の脈動抑制装置は、請求項2又は3において、前記誤差推定手段は、前記電動機の動作範囲内の周波数・トルクの動作点における、前記トルク脈動制御手段によるトルク脈動抑制制御開始直前の初期状態時の軸トルク検出値を初期値として前記保存手段に記録し、前記動作点における、前記トルク脈動抑制制御手段によるトルク脈動抑制制御開始後であり、且つトルク脈動が打ち消された最終状態時に推定した軸トルク推定値を最終値として前記保存手段に記録し、前記初期値と最終値を比較してシステム同定モデル誤差を計算し、該誤差計算結果を前記保存手段に保存し、前記システム同定モデル誤差の保存後に、前記トルク脈動抑制制御を行わない状態で前記動作点を変更させ、該変更後の動作点において、前記初期値、最終値の記録、システム同定モデル誤差の計算および該誤差計算結果の保存を実行することを特徴としている。
【0046】
また請求項8に記載の電動機の脈動抑制方法は、請求項6又は7において、前記誤差推定手段が、前記電動機の動作範囲内の周波数・トルクの動作点における、前記トルク脈動制御手段によるトルク脈動抑制制御開始直前の初期状態時の軸トルク検出値を初期値として前記保存手段に記録する初期値記録ステップと、前記動作点における、前記トルク脈動抑制制御手段によるトルク脈動抑制制御開始後であり、且つトルク脈動が打ち消された最終状態時に推定した軸トルク推定値を最終値として前記保存手段に記録する最終値記録ステップと、前記初期値と最終値を比較してシステム同定モデル誤差を計算する誤差計算ステップと、前記誤差計算結果を前記保存手段に保存するデータ保存ステップと、前記システム同定モデル誤差の保存後に、前記トルク脈動抑制制御を行わない状態で前記動作点を変更させ、該変更後の動作点において、前記初期値記録ステップ、最終値記録ステップ、誤差計算ステップおよびデータ保存ステップを実行することを特徴としている。
【0047】
上記構成によれば、システム同定を綿密に実施できない場合においても、正確なシステム同定を実施することができる。
【発明の効果】
【0048】
(1)請求項1〜8に記載の発明によれば、システム同定モデル誤差を推定することができる。
(2)請求項2、6に記載の発明によれば、推定したシステム同定モデル誤差に基づいて、システム同定モデルを補正し、正確な同定モデルにより最適な抑制制御を行うことができる。
(3)請求項3、7に記載の発明によれば、抑制およびシステム同定モデル誤差を推定すべきトルクリプル周波数成分が複数、同時に存在する場合においても、複数の次数のトルクリプルを抑制することができる。
(4)請求項4、8に記載の発明によれば、システム同定を綿密に実施できない場合においても、正確なシステム同定を実施することができる。さらに、抑制およびシステム同定モデル誤差を推定すべきトルクリプル周波数成分が複数、同時に存在する場合に、1動作点で複数の周波数に対して記録が可能であるので、全体の測定完了までの時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明が適用される制御対象機器の構成図。
【図2】図1の装置におけるトルクリプル抑制制御系の基本構成図。
【図3】図2の制御系における周期外乱オブザーバのトルクリプル周波数成分のみを表した制御ブロック図。
【図4】本発明の実施例1を示す制御ブロック図。
【図5】本発明の実施例2を示す制御ブロック図。
【図6】本発明の実施例3を示す制御ブロック図。
【図7】本発明の実施例4の処理シーケンスを示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0050】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明するが、本発明は下記の実施形態例に限定されるものではない。本実施形態では、例えば図1〜図3の脈動抑制装置において、抑制制御開始直前時点を初期状態とし、抑制制御開始後にトルクリプルが十分打ち消された状態を最終状態と定義し、この2つの状態を誤差推定手段により比較して同定モデルを推定するものである。
【実施例1】
【0051】
図4は、本発明の誤差推定器を図3の構成に追加し、各周波数成分のみについて簡略化した図である。図4において、Pnは実プラント(実システム10)、PDOは周期外乱オブザーバ(621)、P^nは同定モデル(システム同定モデル)、100は誤差推定手段としての誤差推定器を各々示している。
【0052】
nは軸トルク(検出値)であり、図3のn次トルク脈動抽出成分TAn,TBnに相当する。dI^nは周期外乱オブザーバPDOにより推定された外乱推定値であり、図3のn次外乱電流推定値dI^An、dI^Bnに相当する。
【0053】
このdI^nは、抑制制御開始時にオンとなるスイッチswを介して加算器17(図3の加算器17A,17Bに相当)において外乱指令値I*nとの偏差がとられる。
【0054】
加算器17の偏差出力は、加算器18において周期外乱成分(n次外乱電流)dInと加算される。
【0055】
T^nは、前記外乱推定値dI^nを外乱としたときに同定モデルP^nから推定される軸トルク推定値である。
【0056】
誤差推定器100は、トルクリプル抑制制御開始直前時点(スイッチswのオフ時)の初期状態時の軸トルクTnと、トルクリプル抑制制御開始後(スイッチswのオン後)であり、且つトルクリプルが十分打ち消された最終状態時の軸トルク推定値T^nとを比較してシステム同定モデルの誤差ΔPnを出力する。
【0057】
上記のように構成された装置において、抑制制御を開始してからの経過時間をtとおき、初期状態[t=t0]における実プラントPn、周期外乱成分dIn、軸トルクTnの関係は(4)式となる。このとき抑制制御の初期状態と最終状態までの時間は比較的短時間であるとし、プラントに時間変化は現われないものとする。なお、添え字のカンマ後は時刻tの値であることを示している。
【0058】
dIn,t0・Pn=Tn,t0 (4)
最終状態[t=tn]では、同定モデルP^nによって、外乱推定値dI^n,tnを外乱としたときの軸トルクが、軸トルク推定値T^n,tnとして(5)式から推定できる。
【0059】
dI^n,tn・P^n=T^n,tn (5)
時刻t0とtnの抑制制御前後で外乱に変化がなく、周期外乱を十分抑制している状態であるならば外乱と外乱推定値(補償指令)は同一となるので、(6)式が成り立つ。
【0060】
dIn,t0=dI^n,tn (6)
次に、同定モデルを真値と誤差ΔPnとの合算として(7)式で表しておく。
【0061】
P^n=Pn+ΔPn (7)
(7)式を(5)式へ代入し(8)式にて表す。
【0062】
dI^n,tn・(Pn+ΔPn)=T^n,tn (8)
最終的に(8)式を変形し、(4)式と(6)式の条件から(9)式を得る。
【0063】
【数1】

【0064】
(9)式より、観測可能な抑制前後の状態量Tn,t0とT^n,tnを誤差推定器100により比較することで同定モデル誤差を推定し、正しい同定モデルを学習可能にする。
【実施例2】
【0065】
実施例1では、ある回転数・トルク指令において抑制制御を一度行なうことでシステム同定モデルの誤差を導くことを示した。本実施例2では、図4において誤差推定を行なった結果を図5に示すようなメモリー110に保存するように構成した。図5において図4と同一部分は同一符号をもって示しており、誤差推定器100の動作は図4と同一となる。
【0066】
メモリー110は回転数(ω)・トルク(T)を参照値とするテーブルデータとし、再度同様の回転数・トルク指令時にはこのテーブルを参照する。テーブルからは記録したシステム同定誤差を出力し、抑制制御内部のシステム同定モデルP^n(周期外乱オブザーバPDO)を補正する。
【0067】
これにより一度学習を行なった回転数・トルクのポイントにおいては、その後正確な同定モデルにより最適な抑制制御を行うことが可能となる。
【実施例3】
【0068】
実施例2では、ある特定の周波数成分について同定モデル誤差を推定し補正可能であることを示した。本実施例3では、図6に示すように、N個(トルクリプル周波数成分の次数n個)の誤差推定器付きPDO120P1〜120PNを設け、図5の制御系を抑制する各次数に対する同定モデル誤差推定を並列・同時に実施するように構成した。
【0069】
誤差推定器付きPDO120P1〜120PNは、図5のPDOと、誤差推定器100と、メモリー110の各機能を併せて備えており、n次の外乱指令値(n次補償電流指令値)I*1〜I*Nに対して、同定モデル誤差を推定し、その誤差によってシステム同定モデルを補正した結果の外乱推定値dI^1〜dI^Nを各々出力する。
【0070】
上記構成によれば、抑制およびシステム同定モデル誤差を推定すべきトルクリプル周波数成分が複数、同時に存在する場合においても、対応することができる。
【実施例4】
【0071】
本実施例4では、前記実施例2、3における、同定モデル誤差推定結果のテーブルデータへの保存(メモリー110への保存)を、機器が動作する範囲すべて、もしくは一定量の動作点(回転数・トルク)で、動作点を変更して繰り返し実施するように構成した。
【0072】
前記動作点の移動に伴い、動作点移動中はトルクリプル抑制制御をオフとし、移動後に動作が安定した段階でオンとして抑制制御を行い、初期値と最終値を更新し、最終的に回転数・トルクを参照値とするテーブルデータを完成させる。以上の処理シーケンスを図7に示す。
【0073】
図7において、まずステップS1では、トルクリプル抑制制御をオフ(図5、図6のスイッチswをオフ)として動作点を移動させる。
【0074】
次にステップS2において動作点の移動が完了したと判定された場合は、ステップS3において、トルクリプル抑制制御開始直前の初期状態時の軸トルクTnを初期値としてメモリー110に記録する。
【0075】
次にステップS4において、図5、図6のスイッチswをオンにしてトルクリプル抑制制御を行なう。
【0076】
次にステップS5において抑制が完了した(トルクリプルが十分に打ち消された)と判定された場合は、ステップS6において、当該最終状態時に推定した軸トルク推定値T^nを最終値としてメモリー110に記録する。
【0077】
次にステップS7において図5、図6のスイッチswをオフにしてトルクリプル抑制制御をオフとする。
【0078】
次にステップS8において、誤差推定器100により前記初期値Tnと最終値T^nを比較してシステム同定誤差ΔPnを計算し、ステップS9においてメモリー110に保存する。
【0079】
そしてステップS10において、全動作点(機器が動作する範囲すべて)について処理が完了したかどうかを判定し、未完了の場合は前記ステップS1〜S9の処理を繰り返し実行し、全動作点で完了した場合は処理を終了する。
【0080】
また、前記全動作点ではなく、一定量の動作点で処理を行なった場合は、間欠点を任意の方式により補間する。また、得られたデータにより同定モデルを数式化することも可能である。
【0081】
上記の手法により、システム同定を綿密に実施できない場合においても、正確なシステム同定がトルクリプル抑制制御系を用いることで可能になる。
【0082】
尚、本実施例4を前記実施例3に適用すれば、1動作点で複数の周波数に対して記録が可能であるので、全体の測定完了までの時間を短縮することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は、例えば、ダイナモメータシステムの軸トルク共振抑制、モータ筐体の振動抑制(電気自動車、エレベータなど乗り心地に関連するもの)、その他、トルク脈動が問題となる可変速装置全般に利用することができる。
【符号の説明】
【0084】
1…インバータ
2…モータ
3…負荷装置
4…シャフト
5…軸トルクメータ
6…トルクリプル抑制装置
7…回転位置センサ
10…実システム
11…変換部
12…電流ベクトル制御部
13…電流センサ
14…座標変換部
15…回転位相/速度検出部
17,17A,17B,18…加算器
61…トルク脈動周波数成分抽出部
62…トルクリプル抑制制御部
63…補償電流生成部
100…誤差推定器
110…メモリー
120P1〜120PN…誤差推定器付きPDO
621…周期外乱オブザーバ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動機のトルク指令値をベクトル制御における回転座標系のd,q軸電流成分に変換したd,q軸電流指令値と、インバータの出力電流検出値とから電動機の電流制御を行なうインバータと、
前記電動機のトルク脈動をフーリエ変換して抽出したトルク脈動成分に、システム同定モデルとして同定された、トルク脈動補償電流指令値から前記電動機の軸トルク検出値までの周波数伝達関数の逆関数を乗算して周期外乱トルクを推定する周期外乱オブザーバを有し、該周期外乱オブザーバで推定された外乱トルク推定値と補償電流指令値から生成したトルク脈動補償電流指令値を前記d,q軸電流指令値に加えるトルク脈動抑制制御手段と、
前記伝達関数が同定された実システムにおける、前記トルク脈動抑制制御手段によるトルク脈動抑制制御開始直前の初期状態時の軸トルク検出値と、前記トルク脈動抑制制御手段によるトルク脈動抑制制御開始後であり、且つトルク脈動が打ち消された最終状態時に、前記周期外乱オブザーバにより推定された外乱トルク推定値を外乱とみなし、前記システム同定モデルから推定した軸トルク推定値とを比較して、システム同定モデル誤差を求める誤差推定手段と、
を備えたことを特徴とする電動機の脈動抑制装置。
【請求項2】
前記誤差推定手段により求められたシステム同定モデル誤差を、前記電動機の回転数およびトルクを参照値とするテーブルデータとして格納する保存手段を備え、
前記保存手段に格納されたシステム同定モデル誤差を用いて前記システム同定モデルを補正することを特徴とする請求項1に記載の電動機の脈動抑制装置。
【請求項3】
前記誤差推定手段をトルク脈動周波数成分の複数次数分設け、各次数のトルク脈動周波数成分におけるシステム同定モデル誤差を求めて、前記システム同定モデルの補正を行うことを特徴とする請求項2に記載の電動機の脈動抑制装置。
【請求項4】
前記誤差推定手段は、
前記電動機の動作範囲内の周波数・トルクの動作点における、前記トルク脈動制御手段によるトルク脈動抑制制御開始直前の初期状態時の軸トルク検出値を初期値として前記保存手段に記録し、
前記動作点における、前記トルク脈動抑制制御手段によるトルク脈動抑制制御開始後であり、且つトルク脈動が打ち消された最終状態時に推定した軸トルク推定値を最終値として前記保存手段に記録し、
前記初期値と最終値を比較してシステム同定モデル誤差を計算し、該誤差計算結果を前記保存手段に保存し、
前記システム同定モデル誤差の保存後に、前記トルク脈動抑制制御を行わない状態で前記動作点を変更させ、該変更後の動作点において、前記初期値、最終値の記録、システム同定モデル誤差の計算および該誤差計算結果の保存を実行することを特徴とする請求項2又は3に記載の電動機の脈動抑制装置。
【請求項5】
電動機のトルク指令値をベクトル制御における回転座標系のd,q軸電流成分に変換したd,q軸電流指令値と、インバータの出力電流検出値とから電動機の電流制御を行なうインバータと、
前記電動機のトルク脈動をフーリエ変換して抽出したトルク脈動成分に、システム同定モデルとして同定された、トルク脈動補償電流指令値から前記電動機の軸トルク検出値までの周波数伝達関数の逆関数を乗算して周期外乱トルクを推定する周期外乱オブザーバを有し、該周期外乱オブザーバで推定された外乱トルク推定値と補償電流指令値から生成したトルク脈動補償電流指令値を前記d,q軸電流指令値に加えるトルク脈動抑制制御手段とを備えた装置における電動機の脈動抑制方法であって、
誤差推定手段が、前記伝達関数が同定された実システムにおける、前記トルク脈動抑制制御手段によるトルク脈動抑制制御開始直前の初期状態時の軸トルク検出値と、前記トルク脈動抑制制御手段によるトルク脈動抑制制御開始後であり、且つトルク脈動が打ち消された最終状態時に、前記周期外乱オブザーバにより推定された外乱トルク推定値を外乱とみなし、前記システム同定モデルから推定した軸トルク推定値とを比較して、システム同定モデル誤差を求める誤差推定ステップ、を備えたことを特徴とする電動機の脈動抑制方法。
【請求項6】
前記誤差推定手段が、誤差推定ステップにより求められたシステム同定モデル誤差を、前記電動機の回転数およびトルクを参照値とするテーブルデータとして保存手段に格納する保存ステップを備え、
前記保存手段に格納されたシステム同定モデル誤差を用いて前記システム同定モデルを補正することを特徴とする請求項5に記載の電動機の脈動抑制方法。
【請求項7】
前記誤差推定手段はトルク脈動周波数成分の複数次数分設けられ、前記保存ステップは、前記各次数のトルク脈動周波数成分におけるシステム同定モデル誤差を前記保存手段に格納することを特徴とする請求項6に記載の電動機の脈動抑制方法。
【請求項8】
前記誤差推定手段が、
前記電動機の動作範囲内の周波数・トルクの動作点における、前記トルク脈動制御手段によるトルク脈動抑制制御開始直前の初期状態時の軸トルク検出値を初期値として前記保存手段に記録する初期値記録ステップと、
前記動作点における、前記トルク脈動抑制制御手段によるトルク脈動抑制制御開始後であり、且つトルク脈動が打ち消された最終状態時に推定した軸トルク推定値を最終値として前記保存手段に記録する最終値記録ステップと、
前記初期値と最終値を比較してシステム同定モデル誤差を計算する誤差計算ステップと、
前記誤差計算結果を前記保存手段に保存するデータ保存ステップと、
前記システム同定モデル誤差の保存後に、前記トルク脈動抑制制御を行わない状態で前記動作点を変更させ、該変更後の動作点において、前記初期値記録ステップ、最終値記録ステップ、誤差計算ステップおよびデータ保存ステップを実行することを特徴とする請求項6又は7に記載の電動機の脈動抑制方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−210067(P2012−210067A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−73860(P2011−73860)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 〔発行者名〕 社団法人電気学会 〔刊行物名〕 平成23年 電気学会全国大会 講演論文集のDVD 〔発行年月日〕 平成23年3月5日
【出願人】(000006105)株式会社明電舎 (1,739)
【Fターム(参考)】