説明

食酢発酵液の保管方法、食酢の製造方法、酢酸発酵用種酢溶液

【課題】コスト性に優れるにもかかわらず、食酢発酵液の菌体活性を維持した状態で保管可能な食酢発酵液の保管方法を提供すること。
【解決手段】本発明の食酢発酵液の保管方法では、深部培養法にて発酵中の食酢発酵液を採取する。そして採取した食酢発酵液を、希釈溶媒の添加により酢酸濃度が2重量/容量%以上5重量/容量%以下となるように希釈し、かつ、液温が0℃以上15℃以下となるように冷却して、この状態で24時間以上保管する。このように保管された食酢発酵液は、例えば食酢の製造において別の酢酸発酵を行う際に、酢酸発酵の種酢として使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、深部培養法にて発酵中の食酢発酵液を例えば次回仕込時の種酢として使用するために、菌体活性を維持した状態で保管しておく食酢発酵液の保管方法、食酢の製造方法、酢酸発酵用種酢溶液に関するものである。
【背景技術】
【0002】
食酢の深部培養法では、発酵を開始する際に仕込液に種菌を添加する必要がある。そして、従来においては、発酵中の食酢発酵液の一部を採取して残しておき、これを種酢として次の仕込液に速やかに直接添加する方法が、通常よく実施されている。しかしながら、この方法では種酢となるべき食酢の発酵を常に維持しておく必要があり、無駄な食酢ができるという問題点があった。
【0003】
また、食酢製造用酢酸菌用培地にて前培養された前培養液をあらかじめ用意し、発酵を開始する際にこれを種酢として仕込液に添加する方法も従来提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2004−33111号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載の従来方法の場合、本発酵用の発酵装置とは別に小スケールの前培養用発酵装置を稼動させなければならず、二度手間で作業効率が悪いという問題がある。それゆえ、食酢発酵液を採取及び保管しておき、生産計画に合わせて後日これを種酢として利用する技術が従来強く望まれている。
【0005】
そしてこのような採取・保管技術の一例としては、食酢発酵液を遠心分離して酢酸等の液体成分と酢酸菌とを分離し、その分離した酢酸菌を0℃未満の温度で凍結保存するという保管方法が提案されている。しかしながら、この方法を実施するには遠心分離機や冷凍庫が必要となるため、イニシャルコスト及びランニングコストがかかりすぎるという問題がある。従って、この方法は実験室レベルでは有効であるといえるが、規模を拡大して工業的に実施しようとした場合には多くの困難を伴うと予想される。
【0006】
そこで本願出願人は、採取した食酢発酵液の保管時に菌体の活性を維持する方法を模索した結果、例えば酢酸濃度を低くすればよいと考え、具体的には食酢発酵液に何らかの添加物(例えば中和反応によって酢酸濃度を低下させるアルカリなどの中和剤)を添加すればよいと考えた。ところが、この種の添加物は必ずしも食酢成分として許容できるものとは限らず、仮に許容できるものであったとしても、その添加によって食酢の風味、品質、純度等を低下させる可能性がある。従って、中和剤等のような添加物の使用は極力避けたいという事情がある。
【0007】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その第1の目的は、簡便でコスト性に優れるにもかかわらず、食酢発酵液の菌体活性を維持した状態で保管可能な食酢発酵液の保管方法を提供することにある。
【0008】
本発明の第2の目的は、速やかに発酵を開始できるため生産性向上に好都合な食酢の製造方法を提供することにある。
【0009】
本発明の第3の目的は、菌体活性が維持されているため速やかに発酵を開始できる酢酸発酵用種酢溶液を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決しうる手段を模索すべく、本願発明者が鋭意研究を行ったところ、発酵中の食酢発酵液を希釈しかつ凍結しない程度の低温にすれば、中和剤に代表される添加物等を使用しなくても菌体活性を維持しつつ保管できることを新規に知見した。そして本願発明者は、この新規な知見に基づいてさらに鋭意研究を行うことで、最終的に下記の発明を完成させるに至ったのである。
【0011】
即ち、上記課題を解決する第1の手段(請求項1に記載の発明)は、深部培養法にて発酵中の食酢発酵液を、希釈溶媒の添加により酢酸濃度が2重量/容量%以上5重量/容量%以下となるように希釈し、かつ、液温が0℃以上15℃以下となるように冷却して、24時間以上保管することを特徴とする食酢発酵液の保管方法をその要旨とする。また、上記課題を解決する第2の手段(請求項2に記載の発明)は、深部培養法にて発酵中の食酢発酵液を、希釈溶媒の添加により希釈倍率が1.5倍以上4.0倍以下となるように希釈し、かつ、液温が0℃以上15℃以下となるように冷却して、24時間以上保管することを特徴とする食酢発酵液の保管方法をその要旨とする。
【0012】
ここで、本願出願人は極低温や高濃度酢酸等が酢酸菌活性の阻害要因であると考えているが、第1及び第2の手段にかかる発明では発酵中の食酢発酵液を原液のままではなく、ある程度希釈して酢酸濃度を下げた状態で保管するようにしているため、休眠している酢酸菌が酢酸によるダメージを受けにくくなる。また、上記発明では0℃以上15℃以下の液温、即ち凍結しない程度の低温で食酢発酵液を保管するようにしているため、休眠している酢酸菌が低温によるダメージを受けにくくなる。以上の結果、菌体活性を維持した状態で食酢発酵液を保管することができ、それゆえその保管しておいた食酢発酵液を後日、生産計画に合わせて種酢として利用すること等が可能となる。
【0013】
さらに、上記発明の保管方法を実施する場合であっても、小スケールの前培養用発酵装置、遠心分離機、冷凍庫などといった装置を必須とするわけではない。それゆえ、上記発明の保管方法は、従来方法と比較して簡便であってコスト性にも優れていると言うことができる。
【0014】
上記発明の保管方法においては、発酵中の食酢発酵液と、前記発酵中の食酢発酵液よりも低温に設定された希釈溶媒とを混合することにより、前記発酵中の食酢発酵液の希釈及び冷却を行うことが好ましい(請求項3)。本発明によると、希釈溶媒が冷媒としての役割も果たすため、混合によって希釈及び冷却を同時にかつ速やかに行うことが可能となる。従って、希釈及び冷却を別々に行うような場合に比べて、簡便性及び作業性が確実に向上する。
【0015】
さらに、上記発明の保管方法においては、深部発酵用発酵装置から採取された発酵中の食酢発酵液と、前記発酵中の食酢発酵液よりも低温に設定された希釈溶媒とを、耐酸性を有する保管容器内にて混合することにより、前記発酵中の食酢発酵液の希釈及び冷却を同時に行った後、前記保管容器内にて保管を行うことが好ましい(請求項4)。即ち本発明によると、食酢発酵液の希釈及び冷却を深部発酵用発酵装置とは別の場所(つまり保存容器内)に移して行うようにしているため、深部発酵用発酵装置内の環境に大きな影響を及すこともなく、当該槽内での発酵を継続、維持することができる。また、この保管容器は耐酸性を有しているため、長期にわたり保管を行ったとしても酢酸による腐食を起こさず、食酢発酵液を確実に保管することができる。
【0016】
なお、耐酸性を有する保管容器は例えば蓋付きであることがよく、保管の際にはその蓋を閉じておくことが好ましい。その理由は、雑菌や埃の侵入を防ぐことができるため、食酢発酵液の腐敗を防止でき、かつ酢酸菌の活性を維持することができるからである。
【0017】
また、上記課題を解決する第3の手段(請求項5に記載の発明)は、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の保管方法により保管された食酢発酵液を、別の酢酸発酵を行う際に種酢として使用することで酢酸発酵を行うことを特徴とする食酢の製造方法をその要旨とする。従って、第3の手段にかかる発明によると、食酢発酵液の菌体活性を維持した状態で保管されていた食酢発酵液を種酢として利用することで、速やかに発酵を開始でき、食酢を効率よく製造することができる。
【0018】
そして、上記課題を解決する第4の手段(請求項6に記載の発明)は、深部培養法にて発酵中の食酢発酵液を、希釈溶媒の添加により酢酸濃度が2重量/容量%以上5重量/容量%以下となるように希釈し、かつ、液温が0℃以上15℃以下となるように冷却して、24時間以上保存してなることを特徴とする酢酸発酵用種菌溶液をその要旨とする。また、上記課題を解決する第5の手段(請求項7に記載の発明)は、深部培養法にて発酵中の食酢発酵液を、希釈溶媒の添加により希釈倍率が1.5倍以上4.0倍以下となるように希釈し、かつ、液温が0℃以上15℃以下となるように冷却して、24時間以上保存してなることを特徴とする酢酸発酵用種菌溶液をその要旨とする。従って、第4及び第5の手段にかかる発明の酢酸発酵用種菌溶液では菌体活性が維持されているため、この溶液を仕込液に添加することにより、速やかに発酵を開始することができる。
【発明の効果】
【0019】
以上詳述したように、請求項1〜4に記載の発明によると、簡便でコスト性に優れるにもかかわらず、食酢発酵液の菌体活性を維持した状態で保管可能な食酢発酵液の保管方法を提供することができる。請求項5に記載の発明によると、速やかに発酵を開始できるため生産性向上に好都合な食酢の製造方法を提供することができる。請求項6,7に記載の発明によると、菌体活性が維持されているため速やかに発酵を開始できる酢酸発酵用種酢溶液を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を具体化した一実施の形態を詳細に説明する。
【0021】
本発明における深部培養法にて用いられる酢酸菌としては特に限定されないが、例えばアセトバクター(Acetobacter)属の酢酸菌が用いられる。アセトバクター属酢酸菌の好適な具体例としては、アセトバクター・アセチIFO3281(Acetobacter aceti IFO3281)株、アセトバクター・アセチIFO3283(Acetobacter aceti IFO3283)株などがある。これらの酢酸菌は10.0重量/容量%以下の酢酸濃度で食酢の発酵生産に用いられる酢酸菌であるが、高酸度食酢用の酢酸菌を用いることも可能である。その具体例としては、アセトバクター・ヨーロペウス(Acetobacter europaeus)、アセトバクター・アルトアセチゲネスMH−24(FERM BP−491)などがある。
【0022】
なお、本発明において酢酸濃度とは、以下のようにして測定し、計算した結果得られる酢酸換算濃度(重量/容量%)のことを意味する。即ち、測定用試料として食酢(発酵液)5mLをビーカーにとり、1N水酸化ナトリウムを用い、フェノールフタレインを指示薬として中和滴定し、得られた滴定量(mL)を1.2倍して酢酸濃度換算した値を酸度とし、%であらわした。
【0023】
本発明において食酢発酵液を得るための深部培養法とは、培養装置内の発酵液に対する積極的な通気・攪拌を行うことにより、発酵液全体に酸素を供給し、液表面のみならずその深部についてまでも酢酸菌を生育させて発酵を行わせる培養法のことを指し、通常は表面発酵法と対比される。
【0024】
深部培養を行うための装置としては特に限定されず、一般的な通気攪拌型の深部発酵装置を用いることができる。攪拌については従来公知の手段を採用することができ、例えばプロペラやロータ等の攪拌機を使用することが好適である。また、通気についても同様に従来公知の手段を採用することができ、その具体例としては、空気や酸素等の気体を通気管を通じて供給する方法などが挙げられる。通気量については発酵状況に応じて適宜設定すればよい。例えば、0.02〜1vvm(通気容量/発酵液量/分)の通気量にして、気体を発酵液の下部に供給し、これを攪拌機で微細化・拡散させ、発酵液中の溶存酸素が0.2〜8ppm程度で維持されるように制御すればよい。
【0025】
また、発酵形式についても、回分発酵法、半連続発酵法、二段発酵法など、従来から実施されてきた各種の方式を採用することができる。
【0026】
そして上記の深部培養法により得られた発酵中の食酢発酵液は、以下のようにして希釈及び冷却される。
【0027】
食酢発酵液としては発酵中のもの(即ち酢酸生成中のもの)を採取する必要があり、より好ましくは発酵の初期段階及び終期段階を除く期間(便宜上、中期段階と呼ぶ。)にて採取することがよい。この期間の食酢発酵液には、活性の高い酢酸菌が多く含まれているため、保管をする対象として適当だからである。これに対し、発酵の初期段階では発酵がまだ十分に開始していないため菌体の数が少なく、発酵の終期段階ではもはや菌体の活性が高いとはいえないため、いずれも長期にわたる保管をするのに適していないからである。
【0028】
発酵中の食酢発酵液の採取時における酢酸菌の濃度は特に限定されず、使用する酢酸菌の種類によっても異なるが、例えば10個/mL以上であることが好ましく、特には10個/mL以上であることが好ましい。長期にわたり保管を行った場合、活性を有する酢酸菌数の減少はある程度避けられないが、あらかじめ高濃度の酢酸菌を採取しておけば、必要とする酢酸菌数を確保しやすくなるからである。
【0029】
発酵中の食酢発酵液の液温はいわゆる常温であり、より詳しくいうと20℃以上40℃以下である。また、発酵中の食酢発酵液における酢酸濃度は、使用する酢酸菌の種類により異なるが、概して5重量/容量%以上である。また、発酵中の食酢発酵液においてアルコール(主としてエチルアルコール)は、通常0.1〜3.0重量/容量%程度含まれている。
【0030】
酢酸発酵工程におけるアルコール濃度の測定の際には、精度の高いアルコール測定装置であるガスクロマトグラフィーや、ガスセンサーなどを利用するのが好ましい。例えば、島津製作所製ガスクロマトグラフィー(GC−17A)で、GLサイエンス製カラム(TC−WAX:0.53mm×30m)を用い、ディテクション220℃、カラム温度40℃で5分間保持し、4℃/分の条件で220℃まで昇温させて220℃で10分保持する測定条件で、試料を1μL用いる方法などが例示される。
【0031】
本発明における希釈は、採取した発酵中の食酢発酵液と希釈溶媒とを混合することにより行われる。かかる混合が行われる場所は、深部発酵用発酵装置の中であってもよいが、それとは別に用意された保管容器の中であってもよい。ここで希釈溶媒としては、少なくとも採取した発酵中の食酢発酵液よりも酢酸濃度が低い溶液であれば任意の液体を使用することができる。ただし、後に食酢発酵のための種酢として使用する予定があるような場合の希釈溶媒としては、食酢成分として許容される成分(例えば水、原料糖液、アルコールなど)のみを含む液体を使用することが望ましく、特には水を使用することが望ましい。なお、希釈溶媒にエタノール等のアルコールが多く含まれていると、菌体がダメージを受ける可能性があるので、その濃度を可能な限り低くしておくことが好ましい。勿論、従来技術にて述べた中和剤に相当するような添加物は、本発明における希釈溶媒に含まれないことが望ましい。
【0032】
そしてこのような希釈溶媒の添加によって、発酵中の食酢発酵液は、酢酸濃度が2重量/容量%以上5重量/容量%以下となるように希釈される。仮に、酢酸濃度を5重量/容量%を超える程度に希釈したとしても、依然として多くの酢酸が存在しているため、保管時に酢酸菌に与えるダメージを十分に軽減することができない。逆に、酢酸濃度を2重量/容量%未満となるように希釈した場合、高濃度酢酸の存在による酢酸菌のダメージ軽減が達成される反面、酢酸菌の持つ殺菌作用まで損なわれてしまい、腐敗菌が増殖しやすい環境になってしまう。従って、食酢発酵液の長期にわたる保管が困難になるおそれがある。
【0033】
また、発酵中の食酢発酵液は、希釈開始時における酢酸濃度の高低にも依存するが、希釈溶媒の添加により希釈倍率が1.5倍以上4.0倍以下となるように希釈される。仮に、希釈倍率が1.5倍未満であると、希釈溶媒の添加量が少なすぎることから、酢酸濃度を5重量/容量%以下にできないケースが生じうる。よってこの場合には、食酢発酵液中に依然として多くの酢酸が存在しているため、保管時に酢酸菌に与えるダメージを十分に軽減することができない。逆に、希釈倍率が4.0倍を超えると、希釈溶媒の添加量が多すぎることから、酢酸濃度を2重量/容量%以上にできないケースが生じうる。よってこの場合には高濃度酢酸の存在による酢酸菌のダメージ軽減が達成される反面、酢酸菌の持つ殺菌作用まで損なわれてしまい、腐敗菌が増殖しやすい環境になってしまう。従って、食酢発酵液の長期にわたる保管が困難になるおそれがある。
【0034】
希釈された食酢発酵液中にはできるだけ多くの酢酸菌が含まれていることが好ましく、具体的には10個/mL以上、特には10個/mL以上含まれていることがよい。酢酸菌の濃度が高ければ、保管期間が長期にわたった場合でも、種酢等としての利用が可能になるからである。
【0035】
また、本発明における冷却は、発酵中の食酢発酵液の液温を0℃以上15℃以下に下げることを行う。仮に液温を15℃まで下げないような不完全な冷却であると、食酢発酵液中の酢酸菌が十分に休眠せず、酢酸菌の菌数低下が生じる。さらに、野生酢酸菌など食酢製造には好ましくない菌が繁殖するなどの弊害が生じるおそれもあるため、15℃以下で保管することが必要となる。逆に、液温を0℃よりも低くする過冷却であると、食酢発酵液が凍結してしまい、かえって酢酸菌にダメージを与えてしまう結果、やはり酢酸菌の活性低下が避けられなくなる。
【0036】
本発明において食酢発酵液を冷却する場合、液温を0℃以上15℃以下に下げることができるのであれば、従来公知の任意の方法を採用することができる。その好適な例を挙げると、例えば、発酵中の食酢発酵液に冷媒を直接接触させずに熱交換器を介して間接的に接触させて熱を奪い取る間接冷却法がある。この方法の利点は、発酵中の食酢発酵液に冷媒が直接接触せず両者が互いに混ざり合うことがないため、冷媒の選択の自由度が大きいことである。なお、冷媒は液体であってもよく気体であってもよい。
【0037】
また、上記のような間接冷却法ではなく、発酵中の食酢発酵液に冷媒を直接接触させて熱を奪い取る直接冷却法を採用することも可能である。この方法によると冷媒の選択の自由度が小さくなる一方で、冷媒と希釈溶媒とを共通化することが可能となる。
【0038】
ここで、冷却を行うときのスピードは特に限定されないが、例えば、通気を止めた後に冷却を行うような場合には、菌体の活性をできるだけ維持するために急冷を行う(例えば3時間以内で冷却を完了させる)ことが望ましい。即ち、通気を止めてしまうと、酢酸菌の活性が低下し始めるため、その前にできるだけ早期のうちに酢酸菌を休眠に移行させることが望ましいからである。
【0039】
ところで、本発明では冷却後に希釈を行ってもよく、希釈後に冷却を行ってもよいが、好ましくは希釈及び冷却を同時に行うことが工程上都合がよい。この場合においては希釈溶媒が直接接触法における冷媒としての役割も果たすことになる。よって、発酵中の食酢発酵液の希釈及び冷却を同時にかつ速やかに行うことが可能となる。
【0040】
この場合、冷媒を兼ねる希釈溶媒は、発酵中の食酢発酵液の液温(通常20℃以上)よりも低温に設定された液体であることがよく、具体的には15℃以下の冷水または氷水であることが好ましい。即ち、水は食酢成分として問題なく許容されるものであるため、添加しても酢酸菌の活性等に悪影響を与えないからである。なお、急冷を行いたい場合には、5℃以下の冷水または氷水を用いることが好ましい。
【0041】
発酵中の食酢発酵液の希釈及び冷却は、深部発酵用発酵装置内にて行うことができるが、深部発酵用発酵装置外にて行うことも可能である。具体的には、深部発酵用発酵装置から採取された発酵中の食酢発酵液と、冷媒を兼ねる希釈溶媒とを、深部発酵用発酵装置とは別に用意された保管容器内にて混合する。このような保管容器としては特に限定されず、従来公知の任意のものが使用可能であるが、酢酸に耐えうる程度の耐酸性を有する材料からなるものが好ましい。このような保管容器であれば、長期にわたり保管を行ったとしても酢酸による腐食を起こさず、食酢発酵液を確実に保管することができる。保管容器に使用される材料は、耐酸性を有するものであれば、金属、ガラス、合成樹脂等の中から任意に選択することが可能であるが、とりわけステンレス等に代表される金属材料を選択することが好適である。従って、市販のステンレス容器などを使用してもよい。また、保管容器の容量に制限はないため、必要に応じて大きいものを使用してもよい。例えば、食品工業用途の場合には容量が1kL以上の保管容器を使用してもよい。
【0042】
なお、耐酸性を有する保管容器は例えば蓋付きであることがよく、保管の際にはその蓋を閉じておくことが好ましい。その理由は、雑菌や埃の侵入を防ぐことができるため、食酢発酵液の腐敗を防止でき、かつ酢酸菌の活性を維持することができるからである。蓋の構造は任意であるが、特に密閉性が要求されるわけではない。
【0043】
そして上述のように希釈及び冷却された食酢発酵液は、その液温の範囲を維持した状態で24時間以上保管される。保管時に食酢発酵液の通気や攪拌を行うことも許容されるが、そのためには保管容器に通気手段や攪拌手段が必要になり、コスト上のデメリットが大きくなる。従って、特に通気手段や攪拌手段を持たない単純な構造の保管容器を用いて保管することが、コスト的にも有利であり、簡便な方法となる。また、保管容器の温度を低く維持するためには、例えば、保管容器ごと冷蔵庫に入れておくようにすればよい。なお、本発明では冷凍庫を用いる必要はなく冷蔵庫で十分であるため、電気代がそれほどかからずランニングコストの高騰を回避することができる。
【0044】
以上示した方法で保管しておいた食酢発酵液は、たとえ保管が長期にわたっていたとしても、菌体活性が好適に維持される。従って、これを別の酢酸発酵を行う際に種酢として使用することで酢酸発酵を行えば、酢酸発酵を速やかに開始することができる。よって、前回の深部培養法と同様に深部培養法を行うことにより、所望の食酢を効率よく製造することができる。また本発明によれば、保管しておいた食酢発酵液中には添加剤が何ら含まれていないため、これを種酢として用いたとしても食酢の風味、品質、純度等を低下させることにはつながらない。
【0045】
以下、本発明の実施形態をより具体化した実施例を説明する。
【実施例1】
【0046】
実施例1では、液温を一定にする一方で酢酸濃度を複数設定して保管を行う試験を行った。
(試験方法)
【0047】
深部発酵が可能な発酵タンク(5L容量:ミツワ理化学工業社製)を用い、あらかじめ3Lの食酢発酵液を用意した。この食酢発酵液はアセトバクター・アセチを用いて培養されたものであって、酢酸濃度が7.0重量/容量%、アルコール濃度が0.3容量/容量%、液温が30℃〜35℃程度、酢酸菌濃度が約10個/mLとなっている。このような食酢発酵液を発酵の中期段階、即ち菌体の活性が高く発酵が盛んに起こっている段階で数mL採取した。そして、採取した発酵中の食酢発酵液を、希釈溶媒である27℃の水をあらかじめ入れておいた数本の10mLガラス製試験管(耐酸性を有する保管容器)に速やかに添加し、両液を混合した。この場合、酢酸濃度を5段階(1.0、2.0、3.0、5.0、7.0重量/容量%)に設定するために、それぞれ希釈倍率を7.0倍、3.5倍、2.3倍、1.4倍、1.0倍にして希釈を行った。次に、希釈された食酢発酵液が入っている試験管を冷蔵庫に移し、数時間のうちに設定温度である5℃に冷却した。そしてこの冷却温度を維持しながら、食酢発酵液をそのまま15日間保管した。
【0048】
15日経過後、保管しておいた食酢発酵液を冷蔵庫から取り出して種酢とし、酢酸発酵用培地をあらかじめ入れておいた深部発酵用の発酵タンク内にこの種酢を投入した。この後、通気攪拌を行いながら、常法に従って酢酸菌の深部培養を所定時間継続的に行った。なお、804培地(ポリペプトン10g、酵母エキス10g、グルコース10g)に3%容量/容量となるようアルコール(エタノール)を添加したものを、深部培養用の発酵培地として用いた。
【0049】
そして、培養を開始してから酢酸濃度が上昇し始めるまでの時間(つまり、発酵開始までのタイムラグ)を計測した。これらの結果を図1のグラフに示す。
(試験結果)
【0050】
図1のグラフにおいて、横軸は希釈後における食酢発酵液の酢酸濃度を示し、縦軸は発酵開始までのタイムラグを示している。このグラフによると、酢酸濃度が低くなるほどタイムラグが小さくなる傾向が認められた。また、酢酸濃度が5.0重量/容量%を超えると、急激にタイムラグが大きくなることもわかった。ここで、実用上好ましいタイムラグの程度が72時間以内であると定義した場合、そのレベルを達成するためには、食酢発酵液の酢酸濃度を1.0重量/容量%〜5.0重量/容量%にすればよいことがわかった。ただし、酢酸濃度を2.0重量/容量%以上に設定したものでは食酢発酵液の腐敗が認められなかったが、酢酸濃度を1.0重量/容量%に設定したものでは食酢発酵液の腐敗が認められた。
【0051】
以上の結果を総合すると、深部培養法にて発酵中の食酢発酵液を、希釈溶媒の添加により酢酸濃度が2重量/容量%以上5重量/容量%以下となるように希釈し、かつ、液温が0℃以上15℃以下となるように冷却して、24時間以上保管する、という食酢発酵液の保管方法の優秀性が実証される結果となった。ちなみに、保管温度を10℃に設定した試験も実施したが、5℃のときとほぼ同様の結果であったため、その具体的なデータは割愛する。
【実施例2】
【0052】
実施例2では、酢酸濃度を一定にする一方で液温及び保管日数を複数設定して保管を行う試験を行った。
(試験方法)
【0053】
実施例1にて用意したのと同じ食酢発酵液を用意し、この食酢発酵液を発酵の中期段階にて採取して、これを希釈溶媒である27℃の水をあらかじめ入れておいた数本の10mLガラス製試験管に速やかに添加し、両液を混合した。その結果、酢酸濃度が4.0%重量/容量%である食酢発酵液の希釈液を得た。次に、希釈された食酢発酵液が入っている試験管を冷蔵庫に移し、数時間のうちに設定温度である15℃に冷却した。また、一部のものについては試験管を恒温槽に移し、冷却を行うことなく比較的高い温度(30℃)に維持した。そしてこれらの液温をそれぞれ維持しながら、長期にわたって食酢発酵液を保管した。なお、保管日数については複数段階(0、7、15、35、40、60、100日)に設定した。
【0054】
所定期間の経過後、保管しておいた食酢発酵液を取り出して種酢とし、酢酸発酵用培地をあらかじめ入れておいた深部発酵用の発酵タンク内にこの種酢を投入した。この後、通気攪拌を行いながら、常法に従って酢酸菌の深部培養を所定時間継続的に行った。なお、804培地(ポリペプトン10g、酵母エキス10g、グルコース10g)に3%容量/容量となるようアルコール(エタノール)を添加したものを、深部培養用の発酵培地として用いた。
【0055】
そして、培養を開始してから酢酸濃度が上昇し始めるまでの時間(つまり、発酵開始までのタイムラグ)を、15℃保管の場合と30℃保管の場合の各々について計測した。これらの結果を図2のグラフに示す。
(試験結果)
【0056】
図2のグラフにおいて、横軸は食酢発酵液の保管日数を示し、縦軸は発酵開始までのタイムラグを示している。このグラフによると、30℃という高温で保管した場合には、保管日数が7日を超えた時点で、発酵開始までのタイムラグが72時間以上となってしまうことがわかった。従って、発酵中の食酢発酵液の液温が高いと、長期にわたる保管ができないことが明らかとなった。
【0057】
これに対して、15℃という低温で保管した場合には、保管日数が60日を超えた時点であっても、発酵開始までのタイムラグが72時間以内に収まっていた。従って、発酵中の食酢発酵液の液温をこの程度の低さにすれば、かなりの長期にわたって保管が可能になることが明らかとなった。ちなみに、保管温度を5℃、10℃に設定した試験も実施したが、15℃のときとほぼ同様の傾向を示したため、その具体的なデータは割愛する。
【実施例3】
【0058】
本実施例は、実施例1,2よりも規模をさらに大きくした例である。
【0059】
深部発酵が可能な大型発酵タンクを用い、あらかじめ10kLの食酢発酵液を用意した。この食酢発酵液は、リンゴを原材料とする仕込液とアセトバクター・アセチとを用いて培養されたものであって、酢酸濃度が7.0重量/容量%、アルコール濃度が0.3容量/容量%、液温が30℃〜35℃程度、酢酸菌濃度が約10個/mLとなっている。この大型発酵タンクは通気手段及び攪拌手段を有しており、培養時にはこれらの手段を用いて常に通気及び攪拌を行うようにした。
【0060】
本実施例ではこのような大型発酵タンクとは別に保管容器を用意しておく。ここで使用する保管容器は、耐酸性を有するステンレス製の箱型タンク(容量1kL)であり、その箱型タンクの上部に設けられた開口部には開閉可能な蓋が取り付けられている。なお、この保管容器内には、あらかじめ0.5kLの氷水(0℃)を入れておくようにした。氷水は、冷媒を兼ねる希釈溶媒として用いられる。
【0061】
次に、大型発酵タンクの通気手段及び攪拌手段を停止させた後、食酢発酵液を発酵の中期段階で0.5kL採取した。そして、採取した食酢発酵液をポンプ等にて速やかに保管容器内に移送し、保管容器内にて食酢発酵液と氷水とを混合することにより、液温が約5℃であって酢酸濃度が3.5重量/容量%の希釈液を作製した。つまり、本実施例では希釈倍率を2倍に設定した。
【0062】
次に、冷却及び希釈された食酢発酵液が入っている保管容器を冷蔵庫に移し、蓋をして、5℃の冷却温度を維持しながら、食酢発酵液をそのまま15日間保管した。なお、保管容器があらかじめ冷蔵庫内に配置されているような場合には、大型発酵タンクと保管容器との間を配管で接続し、この配管を介して発酵中の食酢発酵液を圧送するようにしてもよい。
【0063】
そして60日経過後、保管しておいた食酢発酵液を保管容器から取り出して種酢とし、リンゴを原材料とする仕込液をあらかじめ入れておいた深部発酵用の大型発酵タンク内にこの種酢を投入した。この後、通気攪拌を行いながら、常法に従って酢酸菌の深部培養を継続的に行い、種酢と同じ種類の食酢(即ちリンゴ酢)を製造した。
【0064】
以下、特許請求の範囲に記載された技術的思想のほかに、前述した実施の形態によって把握される技術的思想を以下に列挙する。
【0065】
(1)請求項1乃至7のいずれか1項において、前記希釈溶媒は、食酢成分として許容される成分のみを含む液体であること。
【0066】
(2)請求項1乃至7のいずれか1項において、前記希釈溶媒は、15℃以下の冷水または氷水であること。
【0067】
(3)請求項1乃至7のいずれか1項において、前記希釈溶媒は、1℃以上5℃以下の冷水であること。
【0068】
(4)請求項1乃至7のいずれか1項において、深部培養法にて発酵中の食酢発酵液として、発酵の初期段階及び終期段階を除く期間にて採取されたものを用いること。
【0069】
(5)請求項1乃至7のいずれか1項において、深部培養法にて発酵中の食酢発酵液として、酢酸菌の生育速度が安定している状態で採取されたものを用いること。
【0070】
(6)請求項1乃至7のいずれか1項において、深部培養法にて発酵中の食酢発酵液として、酢酸菌濃度が10個/mL以上であるものを用いること。
【0071】
(7)請求項1乃至7のいずれか1項において、希釈及び冷却された食酢発酵液を、積極的な通気を行うことなく静置状態で保管すること。
【0072】
(8)請求項1乃至7のいずれか1項において、希釈溶媒の添加によりアルコール濃度が0.2重量/容量%以下となるように希釈すること。
【0073】
(9)深部培養法を経て得られた食酢発酵液の希釈液であって、酢酸濃度が2重量/容量%以上5重量/容量%以下、かつ、液温が0℃以上15℃以下であることを特徴とする酢酸発酵用種酢溶液。
【0074】
(10)深部培養法を経て得られた食酢発酵液の希釈液であって、酢酸濃度が2重量/容量%以上5重量/容量%以下、液温が0℃以上15℃以下、かつ、酢酸菌濃度が10個/mL以上であることを特徴とする酢酸発酵用種酢溶液。
【0075】
(11)深部培養法を経て得られた食酢発酵液の希釈液であって、酢酸濃度が2重量/容量%以上5重量/容量%以下、アルコール濃度が0.2重量/容量%以下、液温が0℃以上15℃以下、かつ、酢酸菌濃度が10個/mL以上であることを特徴とする酢酸発酵用種酢溶液。
【0076】
(12)深部培養法を経て得られた食酢発酵液の1.5倍以上4.0倍以下の希釈液であって、液温が0℃以上15℃以下であることを特徴とする酢酸発酵用種酢溶液。
【0077】
(13)深部培養法を経て得られた食酢発酵液の1.5倍以上4.0倍以下の希釈液であって、液温が0℃以上15℃以下、かつ、酢酸菌濃度が10個/mL以上であることを特徴とする酢酸発酵用種酢溶液。
【0078】
(14)深部培養法にて発酵中の食酢発酵液を、希釈溶媒の添加により酢酸濃度が2重量/容量%以上5重量/容量%以下となるように希釈し、かつ、液温が0℃以上15℃以下となるように冷却して、耐酸性を有する蓋付きの保管容器内で24時間以上保存してなることを特徴とする容器入り酢酸発酵用種酢溶液。
【0079】
(15)深部培養法にて発酵中の食酢発酵液を、希釈溶媒の添加により希釈倍率が1.5倍以上4.0倍以下となるように希釈し、かつ、液温が0℃以上15℃以下となるように冷却して、耐酸性を有する蓋付きの保管容器内で24時間以上保存してなることを特徴とする容器入り酢酸発酵用種酢溶液。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】実施例1の試験結果を示すグラフ。
【図2】実施例2の試験結果を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
深部培養法にて発酵中の食酢発酵液を、希釈溶媒の添加により酢酸濃度が2重量/容量%以上5重量/容量%以下となるように希釈し、かつ、液温が0℃以上15℃以下となるように冷却して、24時間以上保管することを特徴とする食酢発酵液の保管方法。
【請求項2】
深部培養法にて発酵中の食酢発酵液を、希釈溶媒の添加により希釈倍率が1.5倍以上4.0倍以下となるように希釈し、かつ、液温が0℃以上15℃以下となるように冷却して、24時間以上保管することを特徴とする食酢発酵液の保管方法。
【請求項3】
発酵中の食酢発酵液と、前記発酵中の食酢発酵液よりも低温に設定された希釈溶媒とを混合することにより、前記発酵中の食酢発酵液の希釈及び冷却を行うことを特徴とする請求項1または2に記載の食酢発酵液の保管方法。
【請求項4】
深部発酵用発酵装置から採取された発酵中の食酢発酵液と、前記発酵中の食酢発酵液よりも低温に設定された希釈溶媒とを、耐酸性を有する保管容器内にて混合することにより、前記発酵中の食酢発酵液の希釈及び冷却を同時に行った後、前記保管容器内にて保管を行うことを特徴とする請求項1または2に記載の食酢発酵液の保管方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の保管方法により保管された食酢発酵液を、別の酢酸発酵を行う際に種酢として使用することで酢酸発酵を行うことを特徴とする食酢の製造方法。
【請求項6】
深部培養法にて発酵中の食酢発酵液を、希釈溶媒の添加により酢酸濃度が2重量/容量%以上5重量/容量%以下となるように希釈し、かつ、液温が0℃以上15℃以下となるように冷却して、24時間以上保存してなることを特徴とする酢酸発酵用種酢溶液。
【請求項7】
深部培養法にて発酵中の食酢発酵液を、希釈溶媒の添加により希釈倍率が1.5倍以上4.0倍以下となるように希釈し、かつ、液温が0℃以上15℃以下となるように冷却して、24時間以上保存してなることを特徴とする酢酸発酵用種酢溶液。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2007−166928(P2007−166928A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−365636(P2005−365636)
【出願日】平成17年12月19日(2005.12.19)
【出願人】(398065531)株式会社ミツカングループ本社 (157)
【出願人】(301058333)株式会社ミツカンサンミ (13)
【Fターム(参考)】