説明

高強度ばね用鋼線およびその製造方法

【課題】高強度(引張強度1960MPa以上)かつ良加工性を有するオイルテンパー線を提供する。
【解決手段】鋼成分として、重量%でC:0.4〜0.7%、Si:1.2〜2.5%、Mn:0.1〜0.5%、Cr:0.4〜2.0%、Al:0.0001〜0.005%を含むとともに、P :0.015%以下、S :0.015%以下に制限し、残部がFeと不可避的不純物からなり、非金属介在物の大きさが15μm以下、引張強度が1960MPa以上を有し、降伏比(σ0.2/σB)が0.8以上0.9以下、または降伏比0.8以上かつ残留オーステナイト量6%以下とした高強度ばね用鋼線およびその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はばね鋼およびその製造方法にかかわり、特に自動車、一般機械向けの高強度を有するコイルばねに適するばね鋼およびその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】自動車や機械の小型化、高性能化に伴い、搭載されているばねには更に高強度化が求められている。特にばねの性能としての耐疲労性と耐へたり性が特に重要である。コイルばねは熱間または冷間にてコイリングされてきた。しかし、自動車エンジンの弁ばねのように高強度にも拘らず、線径が細いものに関しては冷間コイリングが一般的で、最近では懸架ばねのような太い線径のものに対しても冷間コイリングが増加してきている。これまでの冷間コイルばねにはJIS G 4801に示されるようなSi−Mn系やSi−Cr系ばね鋼を用いたオイルテンパー線が用いられてきた。またさらなる高強度化を図るため、特開平1−83644号公報や特開平2−57637号公報のように上述のベースとなるばね鋼にMo,Vなどの元素を添加してオイルテンパー処理した鋼線が用いられてきた。
【0003】一般にばね素材の引張強さまたは硬度を高くすれば、耐疲労性および耐へたり性は向上することが知られている。しかし、引張強さが1960MPaを超える高強度ばねでは非金属介在物を起点とした疲労破壊や粒界破壊など従来用いられていた低強度の材料では見られない破壊の出現頻度が高くなる。さらに冷間成形を行うばねでは素材となるオイルテンパー線の加工性(ばね成形性)が重要な因子となる。すなわち、オイルテンパー線を用いて冷間形成によりコイルばねとする場合、オイルテンパー線の引張強さが高くなると破壊ひずみが小さいため、コイリング中に折損する。
【0004】高強度と良好なコイリング性を両立させるため、特開平4−247824号公報では温間におけるコイリングが有効であるとされている。しかし、一般に用いられている冷間コイリング法と比較して生産性、作業性の面で難があった。また、特開平3−162550号公報では残留オーステナイトを利用し、コイリングによる加工誘起変態によってひずみを開放し、折損を防止できると主張している。しかし、残留オーステナイト量の増加に対して引張試験での伸び値は増加するが、ノッチ付き試験片での曲げ試験における曲げ角度測定結果においては残留オーステナイト量には影響しないか、むしろ低下するなどの結果が示されており、その残留オーステナイト量の影響は明確ではなかった。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明では高強度と冷間での良好なばね成形性を両立できる高強度ばね用鋼線とその製造方法の提供を課題としている。
【0006】
【課題を解決するための手段】ばねの疲労強度、耐へたり性を向上させるためには1960MPa以上の高強度であることが必要不可欠である。特に最近高強度のばねを得る手法としてばねの窒化処理がしばしば適用されている。この場合の窒化温度は380〜580℃という高温が適用される。このような場合、オイルテンパー処理時を含めて焼戻し軟化抵抗を高める手段として従来のC,Siに加え、V,Mo,Ti,Nbなどが添加されることが多い。本発明においてもこのような元素が添加されている。
【0007】また、このように引張強さが1960MPaを超えるような高強度化された材料で製造されたばねは、単純な疲労試験でも従来鋼とは異なる破壊機構で破壊する。特徴的な破壊は従来よりも小さな非金属介在物を起点とするものや粒界破壊を呈することが多い。そこで、破壊起点となる非金属介在物の大きさを小さくするとともに、粒界を清浄化して粒界強度を向上させ、特に粒界に偏析して粒界強度を下げるP,Sを低減させることが重要である。
【0008】上述の合金元素を添加して高強度を得ると、ばねの成形性に問題を生じることが多い。高強度な冷間成形ばねの素材としてはオイルテンパー線が広く用いられているが、このオイルテンパー線は伸線加工した材料を連続的に焼入れ・焼戻しをするストランド処理という方式により製造される。この方式は極めて短時間の熱処理時間で効率よく焼入れ・焼戻しを行うことに特徴がある。しかし、合金元素を固溶させるための加熱時間が熱間成形ばねの熱処理より短時間であるため、未固溶の炭窒化物が基質中に残留しやすい。この炭窒化物は再結晶に際し、結晶粒生成の核となり結晶粒界を微細化させ、降伏強度を上昇させるので降伏点上昇に伴う破壊ひずみの減少および切り欠き感受性の増大をもたらす。従って、未固溶の炭窒化物を少なくすることが、冷間でのばね成形性向上につながることを見出した。そのため、実際上の熱処理時において炭窒化物を制御しつつ降伏点を下げることが効果的である。
【0009】さらに上述の合金元素を添加した場合、残留オーステナイトが偏析部や旧オーステナイト粒界付近に残留することが多い。残留オーステナイトは加工誘起変態によってひずみエネルギーを解放するため、延性を高める場合もあるが、実際の冷間コイリングにおいては加工性を損なうことが多い。すなわち、残留オーステナイトは加工誘起変態によってマルテンサイトとなるが、ばね成形時に誘起変態を生じると材料に局部的な高硬度部が生成される。打ちきずや取り扱い上のきずなど不可避的な微細なきずが生じた場合にはその傷近傍はマルテンサイト化した高硬度部となり、局部的に極めてもろくなる。したがって、ばねのコイリング時にはこの局部的な高硬度部が欠陥となり折損に至り、コイリング特性を低下させることを見出した。したがって、高強度材の冷間コイリングにおいては、残留オーステナイトを極力低減し、加工誘起マルテンサイトの生成を抑制することで加工性を向上させることが効果的である。
【0010】すなわち本発明は(1)鋼成分として、重量%でC :0.4〜0.7%Si:1.2〜2.5%Mn:0.1〜0.5%Cr:0.4〜2.0%Al:0.0001〜0.005%を含むとともに、P :0.015%以下S :0.015%以下に制限し、残部がFeと不可避的不純物からなり、非金属介在物の大きさが15μm以下、引張強度が1960MPa以上を有し、降伏比(σ0.2/σB)が0.8以上0.9以下、または降伏比0.8以上かつ残留オーステナイト量を6%以下とした高強度ばね用鋼線である。
【0011】また(2)鋼成分として、重量%で、C :0.4〜0.7%Si:1.2〜2.5%Mn:0.1〜0.5%Cr:0.4〜2.0%Al:0.0001〜0.005%、V :0.050〜0.4%かつMn+Vが0.6%以下となるように含むとともに、P :0.015%以下S :0.015%以下に制限し、残部がFeと不可避的不純物からなり、非金属介在物の大きさが15μm以下、引張強度が1960Mpa以上を有し、降伏比(σ0.2/σB)が0.8以上0.9以下、または降伏比0.8以上かつ残留オーステナイト量を6%以下とした高強度ばね用鋼線である。
【0012】また(3)前記(1)または(2)に規定された化学成分に加え、重量%でNi:0.1〜2.0%を含み、非金属介在物の大きさが15μm以下、引張強度が1960MPa以上を有し、降伏比(σ0.2/σB)が0.8以上0.9以下、または降伏比0.8以上かつ残留オーステナイト量を6%以下とした高強度ばね用鋼線である。
【0013】また(4)前記(1)から(3)の何れかに規定された化学成分に加え、重量%でMo:0.1〜2.0%を含み、非金属介在物の大きさが15μm以下、引張強度が1960Mpa以上を有し、降伏比(σ0.2/σB)が0.8以上0.9以下、または降伏比0.8以上かつ残留オーステナイト量を6%以下とした高強度ばね用鋼線である。
【0014】また(5)前記(1)から(4)の何れかに規定された化学成分に加え、重量%でNb:0.005〜0.05%またはTi:0.005〜0.05%の1種または2種を含み、非金属介在物の大きさが15μm以下、引張強度が1960MPa以上を有し、降伏比(σ0.2/σB)が0.8以上0.9以下、または降伏比0.8以上かつ残留オーステナイト量を6%以下とした高強度ばね用鋼線である。
【0015】また(6)前記(1)から(5)のいずれかに規定した化学成分の鋼に対し、加熱温度を920℃以上、焼入れ時の線の温度を45℃以下となるように熱処理をすることにより、非金属介在物<15μm、引張強さ1960MPa以上を有し、降伏点比(σ0.2/σB)が0.8以上0.9以下、または降伏比0.8%以上残留オーステナイト量を0.6%以下にする高強度ばね用鋼線の製造方法である。
【0016】
【発明の実施の形態】発明者は焼入れ焼戻し後に高強度と加工性を両立する鋼線とその製造方法を発明するに至った。その詳細を以下に示す。
【0017】Cは鋼材の基本強度に大きな影響を及ぼす元素であり、十分な強度を得るために0.4〜0.7%とした。0.4%未満では1960MPa以上の引張強度が得られず、0.7%超では過共析に近くなり、V,Nb,Mo,Ti等と結びついて炭化物を生成しやすいので上限を0.7%とした。
【0018】Siはばねの強度、硬度と耐へたり性を確保するために必要な元素であり、少ない場合は必要な強度、耐へたり性が不足するため、1.2%を下限とした。また多量に添加しすぎると、材料を硬化させるだけでなく、脆化する。特にオイルテンパー後のコイリングにおいて折損を生じ易くなる。そこで焼入れ焼戻し後の脆化を防ぐために2.5%を上限とした。
【0019】Mnは硬度を十分に得るため、また鋼中に存在するSをMnSとして固定し、強度低下を抑制するために0.1%を下限とする。Mnの上限値を0.5%とした理由は以下に述べる。Mn量が多いと、伸線前の圧延時にも局部的な過冷組織を生じ易くなる。通常、圧延はこのような過冷組織を生じないように注意深く行われるが、Mnが多量に含まれるとミクロ偏析の影響で突発的に生じる可能性が高い。このような過冷組織はひきつづき行われる伸線工程において断線の原因になる。またMnは伸線前の皮むき工程(シェービングあるいはピーリング工程)において加工熱による表層マルテンサイト生成を促進する。さらにMnは残留オーステナイトの残留量に大きな影響を与える元素で、後述する製造方法で製造した場合、オイルテンパー後に残留オーステナイトを6%以下に抑制するために多くを添加できない。本発明においてはSを制限するため、Mn添加量を機械的性質が確保できる最低限に制限した。
【0020】Crは焼入れ性を向上させるとともに焼戻し軟化抵抗を付与する。また窒化を行う鋼の場合、Nと結びついて窒化物を生成し、鋼を硬化させる。0.4%未満ではその効果は顕著ではなく、2.0%を超えるとCr系炭化物を生成し、破壊特性を低下させる。したがってCr含有量を0.4〜2.0%と規定した。
【0021】Pは鋼を硬化させるが、さらに偏析を生じ、材料を脆化させる。特に粒界強度を低下させ、衝撃値の低下や水素の侵入により遅れ破壊などを引き起こす。そのため少ない方がよい。そこで脆化傾向が顕著となる0.015%を上限とした。
【0022】SもPと同様に鋼中に存在すると鋼を脆化させる。Mnによって極力その影響力を小さくできるが、MnSも介在物の形態をとるため、破壊特性は低下する。またMn添加の弊害を極力小さくするためにもSの含有量を制限し、Mn添加量を最低限に抑制することが必要である。従って、Sも極力少なくすることが望ましく、その悪影響が顕著となる0.015%を上限とした。
【0023】Vを添加すれば、軟化抵抗を高めることが出来る。特に最近高強度のばねを得る手法としてばねの窒化処理がしばしば適用され、この場合の窒化温度は380〜580℃という高温が適用される。このような高温熱処理を受けた際の硬さ低下を防ぐ元素としてVは有効な元素である。しかしその効果はVについては0.05%未満では効果がほとんど認められず、0.4%超では粗大な未固溶介在物を生成し、靭性を低下させる。またVもMnと同様に残留オーステナイト生成に影響する元素である。従ってMnとVの合計添加量が0.6%を超えると、残留オーステナイト量を6%以下にできない。そこでMn+Vが0.6%以下となるように制限した。
【0024】Niは焼入れ性を向上させ、熱処理によって安定して高強度化することができる。また延性を向上させるため、冷間コイリング時の折損を防止させるとともに、ばねとしての破壊特性をも向上させる。その効果は0.1%未満では効果が認められず、2.0%超では効果が飽和する。
【0025】TiおよびNbは窒化物、炭化物を生成し、オーステナイト粒の微細化および析出強化に寄与する。これらの元素は0.005%未満ではその効果は認められなくなり、0.05%超では熱処理時に未溶解析出部として残留しやすくなる。未溶解の析出物は寸法が大きく、破壊起点となりやすいばかりでなく、オーステナイト粒の微細化や析出強化に寄与しなくなる。
【0026】Alは酸化物生成元素であり、鋼溶製において脱酸に用いられることが多い。しかし弁ばねのような高強度かつ細い径で使用される場合にはAlを多量添加するとそれによって生成されるAl23が破壊起点となりやすい。すなわち、Al23は非常に硬質なために、溶鋼段階で生成したAl23は圧延伸線を経ても破砕されず、応力集中源になり易い。また変形能がマトリックスと異なるため、荷重を負荷された場合、Al23周りに応力集中を生じてクラックを生じ易い。このような理由から破壊起点となりやすいため、ばねにおいては疲労強度を低下させる原因となる。従ってAl含有量は制限されるべきである。
【0027】しかし現状技術による鋼溶製には脱酸が必須であるため、脱酸元素の投入は避けられず、その酸化物寸法を微細にする技術が必要である。そこでAlを含む複合酸化物(たとえばMn−Si−Al系酸化物)を生成させて、比較的軟質な酸化物を生成させれば、酸化物は圧延、伸線段階で破砕されて微細になり、破壊起点にならない。したがってMn系およびSi系酸化物の軟質化には微量のAlを添加した方が好ましい。そこでAlが0.005%超であれば粗大なAl23を生成するのでこれを上限とした。またAlを利用して積極的に酸化物の軟質化をはかるためにはAl含有量の下限を0.0001%とした。これ未満ではAlを含む軟質な酸化物を生成せず、Si系硬質酸化物を生成し、疲労強度が低下する。
【0028】Moは焼き入れ焼戻し後の軟化抵抗を与える元素であり、窒化のような高温で処理されても鋼の軟化を抑制し、必要強度を与えることが出来る。Moが0.1%未満であればその効果が小さく、また2.0超では鋼中で炭化物を生成し、逆に破壊特性を低下させることがある。そのため、Moの含有量の下限を0.1%、上限を2.0%とした。
【0029】非金属介在物すなわち硬質な酸化物、窒化物、硫化物については、その大きさが大きくなると疲労強度に悪影響を及ぼす。本発明で対象とする1960MPaの高強度では小さな介在物でも破壊起点となる。そのため、本発明の強度レベルで悪影響を及ぼさない介在物寸法の上限は15μmであるので、これを上限値として規定した。この場合の測定方法は無作為の位置から採取した鋼線の長手方向断面を光学顕微鏡に取り付けた画像処理装置を用いて2000mm2にわたって介在物を観察し、認められた最大非金属介在物の円相当径を本発明で規定する非金属介在物寸法とする。
【0030】鋼線の強度であるが、高強度ばねに供するには鋼線の引張強さを1960MPa以上としなければならない。これ以下ではコイリング後のばねの性能が従来の鋼線を用いたものと何ら変わりない性能となる。ただし、前述したとおり、コイリングにおけるばね成形性の点からは降伏点に留意する必要がある。すなわち冷間成形では室温付近での塑性変形によってばねを成形するので、塑性変形の開始応力と破断応力が接近した材料では破断寸前の応力負荷状態で成形していることになる。このような状況では製造上のわずかな変動や、打ち傷などの要因により、破断する確率が非常に高くなり、コイリング特性が悪くなる。
【0031】従って、塑性変形開始応力と破断応力の差が大きい材料の方がコイリング特性が良いと考えられる。このような観点から、塑性変形開始応力と破断応力の差を示す指標として降伏比を用い、引張強さが1960MPaの場合、降伏比が0.9以下にすれば良いことを見出した。逆にこの降伏比が0.8未満となると十分なへたり特性を発揮できない。そこでへたりの観点から降伏比を0.8以上とした。ただしこの規定は残留オーステナイト量によっても変動するため残留オーステナイト量が6%以下では降伏比が0.9以上でも冷間コイリングは可能である。
【0032】残留オーステナイト量を6%以下とした理由を述べる。残留オーステナイトは偏析部や旧オーステナイト粒界付近に残留することが多い。残留オーステナイトは加工誘起変態によってマルテンサイトとなるが、ばね成形時に誘起変態すると材料に局部的に高硬度部が生成され、むしろばねとしてのコイリング特性を低下させることを見出した。また最近のばねはショットピーニングやセッチングなど塑性変形による表面強化をおこなうが、このように塑性変形を加える工程を複数含む製造工程を有する場合、早い段階で生じた加工誘起マルテンサイトが破壊ひずみを低下させ、加工性や使用中のばねの破壊特性を低下させる。また打ちきず等のような工業的に不可避的の変形が導入された場合にもコイリング中に容易に折損する。従って、残留オーステナイトを極力低減し、加工誘起マルテンサイトの生成を抑制することで加工性を向上させる。
【0033】次に製造方法に関して述べる。加熱温度を920℃以上にした理由はばね鋼に対して十分なオーステナイト化温度とするだけでなく、析出物を十分に溶解する必要があるからである。すなわち、Mo,V,Ti,Nbなどは析出物を形成するが、焼入れ前の溶体化が不十分であると未溶解析出物となって残留する。未溶解析出物はコイリング時の破壊起点になったり、粗大化するために析出物の数が減少するため、析出強化に寄与できなくなる。このように未固溶析出物は当初の元素を添加した意図に反した影響を現出するため、熱処理時には十分な注意が必要である。その目安としてMo,V,Ti,Nb系析出物の固溶量を0.1%以上にすれば析出強化やコイリング時の折損防止に有効であることを見出した。
【0034】ここでMo,V,Ti,Nb系析出物の固溶量に関しての詳細を述べる。Vは炭素および窒素と親和性が良く、MC型で表される基本組成を持った化合物を形成する。オーステナイト領域では加熱によってその形態を変化させる。未固溶炭化物の挙動についてVを例に取ると、焼入れ焼戻し過程においてV43として析出強化を起こす。その平衡濃度と温度の関係を示すと次式で表される。
43=4Vγ+3Cγ (C=0.5%)………(1)
log[%V]γ[%C]γ=−(30400/T)+20.88……(2)
【0035】実際にはVCやVNのような他の形態の炭窒化物もあるが、ここでは詳細を省略し、考え方を述べる。この式から加熱温度における固溶炭素量が求まり、温度が非常に重要な因子であることが判る。この計算式は平衡状態を考慮しているが、実際の短時間加熱ではさらに固溶炭素量は少ないと考えられる。Nb、Tiにも同様の関係が知られている。
NbC=Nbγ+Cγ …………………………………(3)
log[%Nb]γ[%C]γ=−(7970/T)+3.31………(4)
TiC=Tiγ+Cγ (C=0.5%)………………(5)
log[%Ti]γ[%C]γ=−(10475/T)+4.68………(6)
【0036】これらの式から何れの添加元素も加熱温度が高温になるにつれ固溶量が増大することが理解できる。Moに関しても炭化物の形態が複雑であるため、定式化されていないが、高温になるつれて固溶量は増大する。一方、加熱温度の高温化は、降伏点の低下を招く。この降伏点の低下は傷を有するばね鋼の延性評価方法であるノッチ曲げ試験(ノッチを入れた試験片に対して折損までの曲げ角度を測定する曲げ試験)における曲げ角度を増大させ、コイリング特性が向上する。本発明においてはこのような考え方から加熱温度を検討した結果920℃以上であれば、請求項1〜6に規定した化学成分の鋼に対して請求項に記載の性能を引き出せることを見出した。
【0037】次に、残留オーステナイト量を6%以下とする製造方法について述べる。オイルテンパー線は伸線材からオーステナイト化までの加熱、焼入れ、焼戻しという三つの工程を連続的に行うことによって製造されるが、残留オーステナイトの発生は合金元素の固溶量、焼入れ時の線の温度、焼戻しの3条件によって左右される。すなわち、合金元素のうちオーステナイト安定化元素である炭素、Mn,Ni,Moといった元素がオーステナイト中に固溶すると残留オーステナイトが発生し易くなる。また、合金元素が添加されるとMs点、Mf点が低下し、一般の焼入れ剤による焼入れ温度ではMf点以下にならず、完全にマルテンサイト化出来ず、残留オーステナイトが発生しやすくなる。
【0038】発生した残留オーステナイトはその後の焼戻し工程で分解するが、高強度を得るために焼戻し温度が低い場合や焼戻し時間が短い場合には分解が完了せず、鋼線内に残留することになる。合金元素の添加が少なければ残留オーステナイトの発生量を容易に減少できるが、請求項1〜5に規定した添加元素は鋼の軟化抵抗を高め、高強度を得る観点から必要不可欠である。発明者は、請求項1〜5の化学成分の鋼をオイルテンパー処理において残留オーステナイトを6%以下とするには焼入れ温度をなるべく低くし、十分冷却することが重要であり、焼入れ時の線の温度を45℃以下とすることにより良好な結果が得られることを見出した。
【0039】
【実施例】表1に本発明鋼の化学成分例とともに比較従来鋼(比較鋼)の化学成分を示す。本発明鋼(発明鋼)は表1に示す化学成分に溶製され、熱間圧延によりφ8mmの線材とした後、パテンチング−皮剥き−伸線−焼鈍−オイルテンパーの各処理を施してφ3.2mmのオイルテンパー線を作成した。発明鋼を含めて伸線過程で断線等の不具合は発生していない。オイルテンパー線の強度は耐疲労性および耐へたり性の観点から引張強さを1960MPa以上とした。また表中の介在物寸法は表層付近における測定結果である。
【0040】表2に発明鋼および比較鋼によるオイルテンパー線の熱処理条件および機械的性質等を示す。本発明鋼はV,Mo,Ti,Nb等の未固溶炭窒化物を避けるため、従来鋼より加熱温度を高めた。さらに発明例についてはばね成形にあたって折損をさけるため、降伏比0.8〜0.9または残留オーステナイト量を抑制するために焼入れ温度を45℃以下とした。さらに、焼戻し温度を高めることにより、発生した残留オーステナイトの分解を促進し、その量を6%以下に抑制した。また、ばね成形にあたっての変形抵抗を下げるために降伏点比も0.8以上0.9以下に調整した。
【0041】オイルテンパー線は高強度になると、切り欠き感受性が高まり、ばね成形加工時に微細なきずを起点として折損事故を生じやすくなる。このばね成形性を評価する手法として、ばね成形前に先立ち、高合金製チップをオイルテンパー線に押しつけて深さ25μmのノッチを付け、次にノッチに引張応力が負荷されるようにノッチの反対側に半径6.5mmのポンチで3点曲げ加工を与え、折損までの曲げ角度を測定するノッチ曲げ試験を行った。
【0042】図1に本発明鋼と従来鋼におけるオイルテンパー処理における加熱温度とノッチ曲げ角度の関係を示す。図2に残留オーステナイト量とノッチ曲げ角度の関係を示す。本発明鋼は従来鋼の高強度材に比較してノッチ曲げ性が改善されており、加熱温度を高めることにより加工性の向上がはかれる。また残留オーステナイト量との関係においても従来鋼よりノッチ曲げ性が優れ、6%以下の残留オーステナイト量とすることにより、特に優れた加工性が得られた。
【0043】表2にはこれらの関係から各成分系における最適オイルテンパー処理条件、降伏比、残留オーステナイト量、ばね成形性、疲労特性および耐へたり性を示す。表2において成形性はばね成形(コイリング)時の折損評価(折損率)をあらわしたもので、○:0.001%未満、△:0.001〜1%、×:1%超である。さらに疲労特性は5×107回の時間強さを示し、平均負荷応力686MPaからの応力振幅を示し、振幅450MPa以上の場合その評価を○:良、450MPa未満の場合×:不良で示した。耐へたり性は残留せん断ひずみで評価し、3.5×104以下の場合を○:良とし、それ超の場合は×:不良とした。
【0044】表3に成形したばねの諸元を示す。2種類のばねにより、ばね成形性の評価と耐疲労特性および耐へたり性を評価した。ばね仕様1は耐疲労特性および耐へたり性の評価用であり、ばね仕様2は冷間でのばね成形性評価用である。表2にその評価結果を示す。ばね仕様1のばねは窒化処理とショットピーニングを施して試験に供した。従来鋼によるオイルテンパー線はばね成形性に優れるものは疲労強度および耐へたり性に劣るのに対し、本発明鋼によるオイルテンパー線はばね成形時の折損がなく、耐疲労性、耐へたり性の点においても比較鋼と同等以上であった。
【0045】図3に表1の実施例2〜5、8、9および11に示す化学成分の鋼を熱処理によって残留オーステナイト量と降伏比を変化させた場合の残留オーステナイト量と降伏比の関係を示す。図中の数字は実施例の番号を示す。熱処理はすべて加熱温度960℃から焼き入れ、420〜500℃で焼き戻した。ただし実施例8に関しては本比較の場合は実験的に5℃以下で焼入れ、十分に変態を促進してから焼き戻した。
【0046】へたり性とコイリング性の評価を行い、○□はコイリング可能かつへたり性が良好な実施例、●■はコイリング性不良またはへたり性で十分でなかった例である。実施例8の鋼のように化学成分が本発明の範囲外の場合、残留オーステナイト量と降伏比を本発明の規定内にするには焼入れ温度を極端に低くする必要があるなど、工業的に適さない方法を導入する必要があった。また実施例9、11の鋼のように化学成分が本発明の範囲外の場合、通常の処理を行なうと、本発明の残留オーステナイト量と降伏比にすることが困難で、工業的に処理することが困難と考えられた。
【0047】表4、表5にさらに、さまざまな化学成分について検討した実施例を示す。図4に表4、5の実施例における降伏比と残留オーステナイト量の関係を示す。図中◇:発明例、△▲:比較例で、△はばね成形時の折損確率の高い例、▲は疲労特性またはへたり性の点で不良と判定された例である。本発明鋼によるオイルテンパー線は1960MPa以上の引張強さにもかかわらず、前述のようなノッチ曲げ試験により優れた加工性を有する。
【0048】実施例27および28は介在物寸法が発明例の制限より大きく、疲労特性が不良である。実施例24、29〜31および33は降伏比もしくは残留オーステナイトの範囲が発明の範囲外で、実施例24、29、30は疲労特性および耐へたり性の点で不良であり、実施例31および33はばね成形性が不良であった。実施例25および26はP,Sが発明例より多く、疲労特性が不良であった。実施例23,24,29,30および31は発明例に比べ疲労特性、耐へたり性の双方に劣る。また実施例32は化学成分は発明の範囲内であるが、強度が不十分で疲労強度において不良であった。
【0049】本発明は化学成分のみならず、熱処理を適切に行い、発明例に示す降伏比、残留応力量に制御することで加工性とばねの性能の両立を可能とした。ただし疲労特性、耐へたり性に適した成分設計を行なった本発明で規定された化学成分を有する鋼でなければ工業的な熱処理において、実用上の加工性とばね性能を両立させることは困難である。
【0050】
【表1】


【0051】
【表2】


【0052】
【表3】


【0053】
【表4】


【0054】
【表5】


【0055】
【発明の効果】本発明によれば、1960MPa以上の高強度オイルテンパー線を得ることが出来、かつ冷間のばね成形に際し、折損事故を発生させずにばね加工を行うことが出来る。この結果、成形したばねにひずみとり焼鈍、窒化処理、ショットピーニング処理を行うことにより、従来鋼によるばねと同等以上の耐疲労性と耐へたり性を備えたばねの製造が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【図1】加熱温度と曲げ加工性の関係を示す図。
【図2】残留オーステナイトと曲げ加工性の関係を示す図。
【図3】残留オーステナイト量と降伏比の本発明請求範囲を示す図。
【図4】残留オーステナイト量と降伏比の本発明請求範囲を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】鋼成分として、重量%で、C :0.4〜0.7%Si:1.2〜2.5%Mn:0.1〜0.5%Cr:0.4〜2.0%Al:0.0001〜0.005%を含むとともに、P :0.015%以下S :0.015%以下に制限し、残部がFeと不可避的不純物からなり、非金属介在物の大きさが15μm以下、引張強度が1960MPa以上を有し、降伏比(σ0.2/σB)が0.8以上0.9以下、または降伏比0.8以上かつ残留オーステナイト量を6%以下とした高強度ばね用鋼線。
【請求項2】鋼成分として、重量%で、C :0.4〜0.7%Si:1.2〜2.5%Mn:0.1〜0.5%Cr:0.4〜2.0%Al:0.0001〜0.005%、V :0.050〜0.4%かつMn+Vが0.6%以下となるように含むと共に、P :0.015%以下S :0.015%以下に制限し、残部がFeと不可避的不純物からなり、非金属介在物の大きさが15μm以下、引張強度が1960Mpa以上を有し、降伏比(σ0.2/σB)が0.8以上0.9以下、または降伏比0.8以上かつ残留オーステナイト量を6%以下とした高強度ばね用鋼線。
【請求項3】請求項1または2に規定された化学成分に加え、重量%でNi:0.1〜2.0%を含み、非金属介在物の大きさが15μm以下、引張強度が1960MPa以上を有し、降伏比(σ0.2/σB)が0.8以上0.9以下、または降伏比0.8以上かつ残留オーステナイト量を6%以下とした高強度ばね用鋼線。
【請求項4】請求項1から3の何れかに規定された化学成分に加え、重量%でMo:0.1〜2.0%を含み、非金属介在物の大きさが15μm以下、引張強度が1960Mpa以上を有し、降伏比(σ0.2/σB)が0.8以上0.9以下、または降伏比0.8以上かつ残留オーステナイト量を6%以下とした高強度ばね用鋼線。
【請求項5】請求項1から4のいずれかに規定された化学成分に加え、重量%でNb:0.005〜0.05%またはTi:0.005〜0.05%の1種または2種を含み、非金属介在物の大きさが15μm以下、引張強度が1960MPa以上を有し、降伏比(σ0.2/σB)が0.8以上0.9以下、または降伏比0.8以上かつ残留オーステナイト量を6%以下とした高強度ばね用鋼線。
【請求項6】請求項1から5のいずれかに規定された化学成分の鋼に対し、加熱温度を920℃以上、焼入れ時の線の温度を45℃以下となるように熱処理をすることにより、非金属介在物の大きさが15μm以下、引張強度が1960MPa以上を有し、降伏比(σ0.2/σB)が0.8以上0.9以下、または降伏比0.8以上かつ残留オーステナイト量を6%以下にする高強度ばね用鋼線の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2000−169937(P2000−169937A)
【公開日】平成12年6月20日(2000.6.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−103305
【出願日】平成11年4月9日(1999.4.9)
【出願人】(000252056)鈴木金属工業株式会社 (6)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】