説明

WC−SiC−Mo2C系焼結体及びその製造方法

【課題】硬度とヤング率の低下となるCoを添加せず、WCにSiC及びMo2Cを同時添加により、WC焼結体の焼結性と靭性を向上させ、更にMo2C、Cr3C2、ZrCを添加により、高硬度、高ヤング率、高破壊靭性値等を向上させたWC-SiC-Mo2C系焼結体及びその製法の提供。
【解決手段】1〜30mol%のSiC粉、0.001〜20mol%のMo2C粉、残部がWC及び不可避的不純物からなる混合粉の焼結によるWC-SiC-Mo2C系焼結体及び1〜30mol%のSiC粉、0.001〜20mol%のMo2C粉、及び0.001〜1mol%のCr3C2粉、0.001〜1.0mol%のVC粉、0.001〜5mol%のZrC粉又は0.001〜5mol%のNbC粉の内一種以上を含有し、残部がWC及び不可避的不純物からなる混合粉を、1550〜1750°Cで焼結する事を特徴とするWC-SiC-Mo2C系焼結体の製法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、WCにSiC及びMo2Cを同時添加することにより、WC焼結体の焼結性と靭性を向上させ、必要に応じて、さらにMo2C、Cr3C2、VC、ZrC、NbCを添加して焼結することにより、高硬度、高ヤング率、高破壊靭性値などの機械的性質を向上させたWC-SiC-Mo2C系焼結体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日常生活における必要なものとして、携帯電話、パソコン、自動車等が挙げられるが、このような物を作る段階で欠かせないのが機械加工という工程である。携帯電話,パソコンといった内部にはIC基盤の小径の穴あけ加工が必要である。また、自動車の部品のフレーム、エンジン、ブレーキ、タイヤのアルミホイール等の部品は切削加工をしてその用途に応じた形を作りあげている。
このような機械加工をする際に求められる工具材料には、高硬度、高靭性、耐摩耗性、高ヤング率,高温で化学的に安定である事が必要である。
【0003】
このような工具として、WC−Co超硬合金が知られている。そもそも、超硬合金はダイヤモンドの次に硬い金属と言われる事から、切削工具、耐磨耗製品(金型ダイス)として幅広く使用されている材料である。WCの性質として高融点、高ヤング率、高硬度が挙げられるが、難焼結材料である。
そこで、WC に、金属バインダーとしてCoを添加する事により焼結性を改善している。ところが、Coを添加することにより、WCだけのものに比べて、強度と破壊靭性値が大きくなるが、本来の高硬度と高ヤング率であるというWCの持つ特性が著しく損なわれるという問題が発生した。
【0004】
このようなことから、切削工具の材料として使用する場合には、WC−Co系焼結体に硬質材料の表面被覆を施して刃先を硬くするなどの対策が取られている。しかし、これはWCの特性を活かしておらず、コスト高になり、また切削工具の寿命も短いという欠点を有していた。
また、Coバインダーは、金属であるため靭性向上の効果もあるが、上記の通り、Co金属添加により、耐食性、硬度、ヤング率が低下してしまうという問題がある。また、Co金属は発ガン性物質と言われている。
WC焼結体における気孔などの欠陥を除くため、熱間静水圧プレス(HIP)を使用している例もある。しかし、従来の方法ではCo添加なしには、緻密な焼結体を製造することはできなかった。
【0005】
そこで、先に本発明者らは、金属バインダーのCoを用いずに焼結性を改善することのできる物質として、SiCを用いた技術を開発した(特許文献1参照)。このSiCは、高硬度物質、耐熱性、高熱伝導率であり、熱膨張率が小さいという性質を有している。そして、これまでの研究からWCにSiCを添加すると、WCが粒成長をして焼結性が良くなり、焼結温度も低下する事が判明した。
このWCにSiCを添加することにより、高硬度、高ヤング率、高破壊靭性値を有するWC-SiC複合体を得ることができる。
【0006】
近年、加圧焼結法の一種であるパルス通電加圧焼結法が提案され、実用化研究が盛んに行われている。この方法は、型の中に充填した粉末に加圧しながらパルス状の電流を流して試料と型のみを加熱するものなので、炉内全部を加熱するホットプレスよりもはるかに省エネルギーであり、かつ急速昇温が可能であるという特徴を有している。
このパルス通電加圧焼結法によれば、極めて短時間で難焼結材料の緻密化が可能であり、特に低温焼結が必要な材料に適用が検討されている。
このようなことから、パルス通電加圧焼結法をWCの焼結に適用することも考えられ、これによってCo無添加WC焼結体の製造も可能である。しかし、この場合でも焼結温度が2000°C近い高温を必要とし、エネルギーコスト的に問題があった。
【0007】
このようなことから、焼結性を向上させることが重要となるが、Barsoumら及び BrodkinらによりBC−Tiの混合粉末を出発原料にして固相置換反応(BC+3Ti→2TiB+TiC)を起こさせながらホットプレスし、緻密なTiB+TiC複合体を得る提案がなされている(非特許文献1参照)。
これは反応途中に生成するTiCの低級化合物であるTiC0.5及び高い不定比のTiCが高温で塑性変形し易い性質を利用したものである。
また、同様の手法でOlevskyらにより、BNとTiから緻密なTiB−TiN複合体を得る方法が提案されている(非特許文献2参照)。
【0008】
しかし、これらはTiB−TiC及びTiB−TiN複合体を得ることが目的であり、優れた特性すなわち高硬度及び高ヤング率特性を持つWC系材料を対象としたものではなく、依然として製造の容易性とコストの面から、WC−Co系焼結体(特性に劣る)に替わる材料は見出されていなかった。
このようなことから、本発明者らは、WB及び/又はW2B相と残部WC相からなる組織を有する高硬度及び高ヤング率特性を備えたWC-WB系又はWC-WB-W2B系複合体を開発し、硬度とヤング率の低下を引起すCoを添加しない、WC系材料を開発した(特許文献2参照)。
これは、硬度及びヤング率特性の向上に極めて有用であり、この目的に使用するためには、有用である。しかし、残念ながら、破壊靭性値が低いので、この破壊靭性値をより、向上させる必要があった。
【非特許文献1】M. W. Barsoum and B. Houng, J. Am. Ceram. Soc., 76, 1445-1451 (1993) 、 D. Brodkin, S. R. Kalidindi, M. W. Barsoum and A. Zavaliangos, J. Am. Ceram. Soc., 79, 1945-1952 (1996)、 D. Brodkin, A. Zavaliangos, S. R. Kalidindi, and M. W. Barsoum, J. Am. Ceram. Soc., 82, 665-672 (1999)
【非特許文献2】F. Olevsky, P. Mogilevsky, E. Y. Gutmanas and I. Gotman, Metall. Mater. Trans., 27A, 2071-2079 (1996)
【特許文献1】特開2006−89351号公報
【特許文献2】特開2002−80281号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記のような問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、硬度とヤング率の低下を引き起こすCoを添加せずに、WCにSiC及びMo2Cを同時添加することにより、WC焼結体の焼結性と靭性を向上させ、必要に応じて、さらにMo2C、Cr3C2、VC、ZrC、NbCを添加して焼結することにより、高硬度、高ヤング率、高破壊靭性値などの機械的性質を向上させたWC-SiC-Mo2C系焼結体及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以上から、次の発明を提供するものである。
1.0.001〜30mol.%のSiC粉、0.001〜20mol.%のMo2C粉、残部がWC及び不可避的不純物からなる混合粉を焼結することによって得られたWC-SiC-Mo2C系焼結体。
2.0.001〜30mol.%のSiC粉、0.001〜20mol.%のMo2C粉、及び0.001〜1.0mol.%のCr3C2粉、0.001〜1.0mol.%のVC粉、0.001〜5mol.%のZrC粉又は0.001〜5mol.%のNbC粉から選択したいずれか一種以上を含有し、残部がWC及び不可避的不純物からなる混合粉を焼結することによって得られたWC-SiC-Mo2C系焼結体。
3.焼結体組織の中に、WC相、SiC相、W5Si3相、Mo5Si3相、MoSi2相、及びMo2C相、Cr3C2相、ZrC相のいずれか一種以上の相を備えている上記1又は2記載のWC-SiC-Mo2C系焼結体。
4.焼結体組織の中に存在するMo2C相、Cr3C2相、ZrC相の平均粒径が10μm以下であることを特徴とする上記1〜3のいずれか一項に記載のWC-SiC-Mo2C系焼結体。
5.0.001〜30mol.%のSiC粉、0.001〜20mol.%のMo2C粉、残部がWC及び不可避的不純物からなる混合粉を、焼結温度1550〜1750°Cで焼結することを特徴とするWC-SiC-Mo2C系焼結体の製造方法。
6.0.001〜30mol.%のSiC粉、0.001〜20mol.%のMo2C粉、及び0.001〜1.0mol.%のCr3C2粉、0.001〜1.0mol.%のVC粉、0.001〜5mol.%のZrC粉又は0.001〜5mol.%のNbC粉から選択したいずれか一種以上を含有し、残部がWC及び不可避的不純物からなる混合粉を、焼結温度1550〜1750°Cで焼結することを特徴とするWC-SiC-Mo2C系焼結体の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
WC-SiC-Mo2C系焼結体及びその製造方法は、硬度とヤング率の低下を引き起こすCoを添加する必要がなく、より低温での焼結が可能であり、さらに高硬度、高ヤング率、高破壊靭性値を有するという優れた効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の高硬度、高ヤング率、高破壊靭性値を有するWC-SiC-Mo2C系焼結体は、基本成分として、SiC粉、Mo2C粉、残部がWC粉と不可避的に含有する物質からなる混合粉を焼結して得られる焼結体である。WCにSiCを添加することにより焼結を促進させることが可能となり、通常使用する温度よりも、さらに200〜350°C程度、焼結温度を下げることができる。すなわち、1550〜1750°Cの低温で緻密化が可能であり、硬度及び破壊靭性値を大幅に向上させることができる。例えば、破壊靭性値を2 MPa・m1/2程度向上させることができる。
【0013】
SiC相の下限値0.001mol.%未満では、破壊靭性値の向上が認められず、またSiC相30 mol.%を超えると、ヤング率の低下が著しくなるので、0.001〜30mol.%のSiC相を含むことが望ましい。高ヤング率を得るためには、好ましくは1〜20 mol.%のSiC相、さらに好ましくは5〜15 mol.%のSiC相を有するのが良い。WC-SiCのSiC添加量とかさ密度の関係を図1に示す。
【0014】
また、参考までに、WC-SiCのSiC添加量とヤング率との関係を図2に、WC-SiCのSiC添加量とビッカース硬さとの関係を図3に、WC-SiCのSiC添加量と破壊靱性値との関係を図4に示す。図2に示すように、ヤング率については密度の上がっているSiC 2mol%以上において高い値が得られる。ビッカース硬さについては、図3に示すように、SiC添加量5mol%近傍で最も低い値となるが、それでも16GPaが得られている。さらに添加量を増やすことにより急速に硬度が増す。また、破壊靱性値は、図4に示すように、密度の上がっているSiC添加量2mol%以上において非常に高い値を示す。
以上の、WC-SiCのSiC添加については、本発明者らがすでに発明(報告)した公知の内容に基づいているので、詳しい説明は省略する。
【0015】
Mo2C粉は0.001〜20mol.%の範囲で添加する。Mo2C粉は焼結性を改善し、硬度を大幅に向上させる効果を有する。0.001mol.%未満では、その効果は殆どなく、また、20mol.%を超えると、効果が飽和するので、0.001〜20mol.%の範囲で添加するのが良い。特に好ましい範囲は、0.5〜3mol.%の範囲である。
この焼結体は、0.001〜20mol.%のMo2C粉、0.001〜30mol.%SiC粉及びWC粉からなる混合粉を、焼結温度1550〜1750°Cで焼結することによって得ることができる。焼結温度1550°C未満では、破壊靭性値の十分な向上が認められず、また焼結温度1750°Cを超えると逆に、破壊靭性値及び硬度が低下するので、1550〜1750°Cで焼結することが望ましい。
なお、この0.001〜20mol.%のMo2C粉を添加する場合において、さらにヤング率を向上させるためには、0.001〜20mol.%のSiCの添加、特に650GPa以上のヤング率を得るためには、5〜15 mol.%のSiC粉を添加することが望ましい。
【0016】
焼結温度1600〜1750°Cで焼結することにより、焼結体組織の中に、WC、SiC、Mo2C相だけでなく、WC、SiC、Mo2C相互との反応生成物であるW5Si3相、WSi2相、Mo5Si3相、MoSi2相が形成される。多くの場合、これらの相は焼結体組織の中で、平均粒径が10μm以下の粒子状となって存在し、焼結体の硬度を著しく高める。
さらに、0.001〜1.0mol.%のCr3C2粉、0.001〜1.0mol.%のVC粉、0.001〜5mol.%のZrC粉又は0.001〜5mol.%のNbC粉から選択した、いずれか一種以上を含有させて焼結することができる。残部は、上記の、Mo2C粉、SiC粉及びWC粉である。
これらのCr3C2粉、VC粉、ZrC粉又はNbC粉の添加は、焼結体中の結晶粒の成長を抑制することができ、さらに硬さを著しく向上させることができる。一方、破壊靭性値はやや低下する傾向があるが、大きく低下することはない。
【0017】
Cr3C2粉が0.001mol.%未満、VC粉0.001mol.%未満、ZrC粉0.001mol.%未満、NbC粉0.001mol.%未満では添加の効果がなく、またCr3C2粉及びVC粉が1.0mol.%を超え、ZrC粉及びNbC粉が5vol.%を超えると、次第に破壊靭性値が低下するという問題が生ずる。
したがって、前記の通り、0.001〜1.0mol.%のCr3C2粉、0.001〜1.0mol.%のVC粉、0.001〜5mol.%のZrC粉又は0.001〜5mol.%のNbC粉とするのが望ましい。但し、この添加は、焼結体中の結晶粒の成長を抑制し、硬度を高める目的をもってなされるもので、必須の要件ではないが、その目的のためには、優れた効果を有する。
このようにして得られた本発明の高硬度、高ヤング率、高破壊靭性の特性を有するWC-SiC系複合体は、例えば切削工具、ターゲット材、引抜きダイス、粉末冶金用金型、ノズル、メカニカルシール、軸受部品、射出成型用金型、ボールペン用ボール、電極、自動車部品などに使用できる。
【0018】
製造の具体的手段として、ホットプレス又はパルス通電加圧焼結法(放電プラズマ焼結法)による焼結を使用することができる。パルス通電加圧焼結法を用いると極めて短時間に高温を得ることができるので、製品を得るまでの時間を大幅に短縮できる。加圧力は20MPa以上、好ましくは30MPa以上、保持時間は1分以上好ましくは5分以上で焼結することが望ましい。
以上の方法によって、優れた高硬度、高ヤング率、高破壊靭性値を有するWC-SiC-Mo2C系焼結体を製造することができる。
【実施例】
【0019】
次に、実施例及び比較例に基づいて本発明を説明する。なお、本実施例は下記の試験等に基づいて、より好適な実施の一例を提示するものであり、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。したがって、本発明の技術思想に含まれる変形、他の実施例又は態様は、全て本発明に含まれる。
【0020】
(実施例1)
WC粉末(日本新金属,粒径0.71 nm)、SiC粉末(IBIDEN Co.,LTD,粒径0.31 μm)、Mo2C粉末(レアメタリック社,2〜4 μm)を用いた。そして、機械的性質の向上のために、Cr3C2粉末(レアメタリック社,7.5 μm)、ZrC粉末(レアメタリック社,1.85 μm)、NbC粉末(レアメタリック社1〜3 μm)を用いた。
なお、金属炭化物Mo2Cの金属Moの金属量が、容易に分かるようにMoC0.5として計算を行った。なお、以下の説明又は図において、都合によりMo2Cと表示する場合とMoC0.5と表示する場合があるが、いずれも同等のものである。
【0021】
本実施例については、WC-4.85 mol%にMoC0.5を添加した場合の例を示す。
なお、本発明者らのこれまでの研究において、WCにSiCを0.001〜30mol.%の範囲で添加することにより、焼結密度を高め、バランスの取れた高硬度、高ヤング率、高破壊靭性値を有するWC-SiC複合体を得ることができることが分かっている(特許文献1参照)。
特に、添加量がSiC 4.85 mol%の場合において緻密な焼結体が得られることを確認しているので、以下の例については、SiC添加量4.85 mol%に固定し、他の元素を変えて各種の効果を調べた。
【0022】
まず、原料粉末をWC-4.85 mol% SiCを基に、Mo2Cを0.5〜3mol%添加した組成を秤量した。その後秤量した粉末を、アルミナ乳鉢を用いて十分に混合した。次に、混合した粉末をグラファイトのダイスに入れ、50 MPaで1分間、一軸加圧成形を行い、これを通電加圧焼結装置にセットし焼結を行った。焼結条件は真空中で昇温速度50℃/ min.、焼結温度1600℃、圧力50 MPa、保持時間10 minとした。さらに、焼結した試料の両面を平面研削し,片面を研磨により鏡面に仕上げた。このようにして作製した試料を評価した。
【0023】
WC-4.85 mol%-Mo2Cの添加量と生成相の存在率との関係をXRDにより同定した結果を図5に示す。全ての試料で、WCと固溶体の反応生成相の存在が確認できた。さらに、図5に示すように、Mo2Cの添加量の増加と共に、W5Si3相、Mo5Si3相が増加し、WSi2相、MoSi2相が減少傾向にあることが分かった。
【0024】
図6は、WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2Cの組成像を示す。この図6において、Mo2C量が、それぞれ(a)x=0、(b)x=0.5、(c)x=1、(d)x=1.5、(e)x=2、(f)x=3 mol%である。これらの図において、灰色領域と棒状の結晶粒がWCで、黒色部分がSiCおよび気孔である。
XRDでは確認できなかったSiCの存在が組成像では確認された。Mo2Cの添加量が1.5mol%まではSiCの効果により棒状粒組織となっているが、Mo2C量が2mol%以上ではMo2Cの粒成長抑制作用が十分に働き、微細粒組織となった。この組織の変化は後に説明する機械的性質に大きな影響を与える。
【0025】
図7に、WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2CのMo2C添加量とかさ密度との関係を示す。この図7において、Cr3C2=0mol%の場合が、WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2CのMo2C添加量とかさ密度との関係になる。Cr3C2を共添加(0.5mol%、1mol%)した場合には、密度はやや低下する傾向があった。なお、これに関する詳細は、後述においても説明する。
この図7に示すように、若干低下傾向になった。WCよりも密度が低いMo2Cの添加により、WCの割合が減少するため、添加量増加に伴い、かさ密度は減少した。参考までに、Cr3C2が加えられた場合も同様の傾向にあった。しかし、相対密度は、全試料通して98%以上あった。
【0026】
図8に、WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2CのMo2C添加量とヤング率との関係を示す。この図8において、Cr3C2=0mol%の場合が、WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2CのMo2C添加量とヤング率との関係になる。Cr3C2を共添加(0.1mol%、0.2mol%)した場合でも、ヤング率がやや高くなる傾向を示すが、大きな変化はない。なお、これに関する詳細は、後述においても説明する。
この図8から明らかなように、Mo2Cの添加量が増加すると、WCよりもヤング率が低いMo2Cの体積率が増加するのでヤング率は、やや減少する傾向を示した。参考までに、Cr3C2が加えられた場合も同様の傾向にあった。しかし、Mo2Cの添加量によってヤング率が大きな変化がないことが確認できた。
【0027】
図9に、WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2CのMo2C添加量とビッカース硬さとの関係を示す。この図9では、上記と同様に、Cr3C2を共添加した場合には、少量の添加(0.1mol%、0.2mol%)で、硬度が著しく上昇した。硬度を高めるためには、Cr3C2の共添加が有効であることが分かる。なお、これに関する詳細は、後述においても説明する。Cr3C2=0mol%の場合が、WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2CのMo2C添加量とビッカース硬さとの関係になる。
Mo2C量が増加すると硬さは増加し、特にMo2C添加量1.5 mol%以上で大幅に増加した。これにより、また、Mo2C量が0.5〜1 mol%のものにCr3C2を少量加えると硬さは、さらに増加した。このように、Mo2C量の添加が、硬度を増すために極めて有効な材料ということが理解できる。
【0028】
図10に、WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2CのMo2C添加量と破壊靱性値との関係を示す。この図10において、Cr3C2=0mol%の場合が、WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2CのMo2C添加量と破壊靱性値との関係になる。Cr3C2を共添加した場合の詳細については後述する。
全体を通し、7 MPa m1/2以上あり、Mo2C量1 mol%のとき最大値を示した。この破壊靱性値の変化の原因は、組織の変化だと考えられる。また、Mo2C量3 mol%のとき破壊靭性値が増加したのは、気孔率の低下、および微細化のためだと考えられる。さらに、Cr3C2を少量加えると硬さが増加するため、破壊靭性値は減少したと考えられる。
【0029】
以上から、Mo2Cの添加により物性値、機械的性質は大きく向上することが分かる。また、Mo2Cの添加の増加により、棒状粒組織から微細粒組織へ変化した。そして、Mo2C,Cr3C2の添加によるヤング率の大きな変化は見られなかった。さらに、WC-4.85 mol%SiCにMo2Cを添加すると、ビッカース硬さは、添加量1.50 mol%以上で大幅に増加した。そして、破壊靭性値は全て7 MPa m1/2以上あり、添加量1.00 mol%のとき最大となることが確認できた。このように、Mo2Cの添加により物性値、機械的性質の向上に極めて有効であることが確認できる。
なお、本実施例においては、Mo2Cの添加量を0.5〜3mol.%の範囲で実施したが、0.001〜20mol.%の範囲で添加する場合において、同様の傾向があることを確認している。したがって、必要に応じて、この範囲にまで添加は、可能であるが、0.5〜3mol.%の範囲で、特に有効であることは理解されるべきことである。
【0030】
(実施例2)
(1)WC-4.85 mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-amol%Cr3C2(a=0.10,0.20)になるように秤量して、本実施例に用いた。
以下の例については、同様にSiC添加量4.85 mol%に固定し、他の元素を変えて各種の効果を調べた。また、2.00mol%MoC0.5については、2.00mol%に固定したが、これは上記の通り、硬度が最も高いレベルにあったという理由による。
すでに、図において表示したものもあるが、改めてCr3C2の効果を調べるために、添加量を変えて秤量を行った。
【0031】
(実施例3)
(2)WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-bmol%ZrC(b=1.00,2.00,3.00)になるように秤量して、本実施例3に用いた。
また、ZrCの効果を調べるために添加量を変えて秤量を行った。
【0032】
(実施例4)
(3)WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-cmol%NbC(c=1.00,2.00,3.00)になるように秤量して、本実施例に用いた。
また、NbCの効果を調べるために添加量を変えて秤量を行った。そして、これらの秤量した粉末を、アルミナ乳鉢で十分に手混合を行った。
【0033】
(焼結)
グラファイトダイス(内径20 mm、外径50 mm、高さ40 mm)に十分混合した粉末を充填し、50 MPa、1 minの条件で一軸加圧成型を行う。その際に、グラファイトダイスの内側と成型体の間には焼結中に焼き付きを防止するためのカーボンシートを使用した。
焼結は、通電加圧焼結装置(住友石炭工業 SPS2080) を用いた。該装置に、試料をセットし、試料全てにおいて真空中、焼結温度1600℃、焼温速度50℃ min-1、保持時間10 minの条件で焼結を行った。
また、放射温度計により焼結中のダイス内部の温度を検出した。焼結終了後に炉内で試料を冷却してから試料を通電加圧焼結装置から取り出し、試料にグラインダーをかけ、バリや側面のカーボンシートを除去した。
【0034】
(研削・研磨)
焼結した試料の両面を、NC精密成型研削盤で研削を行った。研削後に、卓上型セラミックス自動研磨装置で片面側を面だししてから、鏡面になるまで、ダイヤモンド粒子で研磨した。
【0035】
(評価方法)
(収縮量と収縮係数の算出)
焼結中の収縮量εと収縮係数αを、以下の式(数1と数2)で求めた。
【0036】
【数1】

【0037】
【数2】

【0038】
(密度測定)
アルキメデス法を用いた密度測定を行った。
【0039】
(生成相の同定)
X線回折装置を用いて試料の生成物の同定を行った。X線はCuKα線を使用し、測定条件は管電圧および管電流をそれぞれ50 kV、300 mAで行い、測定したデータから生成物の同定行った。
また、各生成相の最強ピークを求め、存在率を以下の式(数3)から求めた。ここでIXは各生成相の最強ピーク強度を表す。
【0040】
【数3】

【0041】
(ヤング率の測定)
試料のかさ密度を求め、そして試料の厚さ[mm]をマイクロメーターで測定してから、超音波パルス法で縦波音波Vl[m s-1]とVS横波音波[m s-1]を測定し、ヤング率E(GPa)、剛性率G[GPa],ポアソン比νを求めた。
【0042】
(硬さ測定)
硬さ測定はビッカース硬さ試験機を用いた。試験条件は10 kgf、15 sと設定し、ビッカース硬さHvを求めた。
実験では7回打ち込み試験を行い、最大と最小の値は測定の対象外とし、5点の平均をビッカース硬さHvとした。
【0043】
(破壊靭性値)
硬さ測定の際に発生した、圧痕の対角線の長さとクラック長さを測定し、以下のIF法のED(Evans-Davis)式(数4、数5、数6、数7)によって破壊靭性値求めた。
ここで、Kcは破壊靭性値[MPa m1/2]、Eはヤング率[Pa]、HVはビッカース硬さ[Pa]、Pは押込み荷重[N]、xは圧痕の対角線長さの半分の平均[m]、zは圧痕の中心からクラックの先端までの長さ[m](実測)を示す。
【0044】
【数4】

【0045】
【数5】

【0046】
【数6】

【0047】
【数7】

【0048】
(組織観察)
EPMAを用いて試料表面を確認し、組成像、SEM像、特性X線像を撮影した。
【0049】
(結果および考察)
本実施例では、WC-4.85 mol%SiC-2.00 mol%MoC0.5系セラミックスにCr3C2、ZrC、NbCの炭化物を添加し機械的性質にどのように影響したかを調査した。
焼結条件は試料全てにおいて真空中、昇温速度50 min-1、加圧50 MPa、1600℃まで加熱をして10 min保持で行い、Cr3C2,ZrC,NbC,の添加量により、それぞれの炭化物による効果の傾向を調査した。
【0050】
(密度)
図11は、WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-amol%Cr3C2の添加量と密度の関係を示す。ここで、aは、0mol%、0.1mol%、0.2mol%である(以下、同様)。Cr3C2添加量を増加するに伴い、かさ密度は低下する傾向となった。
このような結果となった原因としては、WCよりも低い密度であるCr3C2の割合が多くなったためと考えられる。また、Cr3C2は粒成長を抑制する効果があるため、WCの粒成長が抑制されたのではないかと考えられる。
しかし、Cr3C2の添加量を加えても相対密度は99%以上であり、緻密な焼結体が得られた。これはSiCの焼結促進効果が十分に発揮しているためではないかと考えられる。
【0051】
図12は、WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-bmol%ZrCの添加量と密度の関係を示す。ここで、bは、0mol%、1mol%、2mol%、3mol%である(以下、同様)。この図12に示すように、ZrC添加量を増加するとかさ密度は低下する傾向にあった。これは、3種類の添加物の中では、相対密度は最も良くなかったという結果になったが、計算密度とかさ密度の関係から求めた相対密度は98%以上であった。
かさ密度の低下の原因については、ZrCの添加量の増加と供にWCよりも密度の低いZrCの割合も増加したためではないかと考える。
【0052】
図13は、WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-cmol%NbCの添加量と密度の関係を示す。ここで、cは、0mol%、1mol%、2mol%、3mol%である(以下、同様)。図13に示すように、NbC添加量を増加するとかさ密度は低下する傾向になった。しかし、計算密度とかさ密度から求めた相対密度は最低でも99%以上であり、3種類の添加物の中では最も相対密度は高かった。
これにより、Cr3C2、ZrCに比べると、NbCはSiCによるWCの焼結促進を阻害しない材料と言える。
【0053】
(収縮係数)
収縮係数とは、収縮の傾きを表し、ある温度で収縮係数最大値の時は、その温度が最も収縮しているという事を表す。このことから、より低温で収縮係数最大値の組成が、焼結性は優れているということが言える。また、すべての組成に対して、収縮係数最大値の焼結温度を比べることにより、優れているか否かを判断することができる。
【0054】
図14は、WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-amol%Cr3C2の収縮係数と焼結温度の関係を示す。図14に示すように、0.1 mol%から0.2 mol%に増加すると、収縮係数最大値の焼結温度が高くなっていくことが分かる。
これらの事から、0.2 mol%のCr3C2では、0.1 mol%のCr3C2よりも、粒成長抑制効果が発揮され、焼結性が低下したのではないかと考えられる。
【0055】
図15は、WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-bmol%ZrCの、収縮係数と焼結温度の関係を示す。図15に示すように、ZrCの添加量が増加すると収縮係数最大値の温度も高くなるのが分かる。
これらの結果からZrC添加は焼結を阻害する事が分かり、添加量の増加に伴い焼結性は低下することが分かった。
【0056】
図16は、WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-cmol% NbCの収縮係数と焼結温度の関係を示す。図16から、添加量3mol%NbCの場合が収縮係数最大値の温度が低いことが分かる。この結果から、NbC添加は焼結性向上に有効であることが分かる。
以上から、焼結性の最も良い炭化物はNbCである事が分かった。そして、焼結を阻害する炭化物としては、ZrCであるという結果になった。
【0057】
(ヤング率)
一般にセラミックスのヤング率は、析出相、分散相、等の不均質相の組織により影響を受ける。ヤング率の低い体積の生成相の存在率が増加すると、それに比例してヤング率も減少するという関係がある。また、気孔が存在すると、セラミックスのヤング率は減少する。
【0058】
図17は、WC-4.85 mol%-2.00 mol%MoC0.5-dmol%MCのMC添加量によるヤング率を示す(但し、MはCr、Zr、Nb)。この図17から、Cr3C2,ZrC,NbCの炭化物を添加しても、いずれも高ヤング率であった。これは、すべての試料の相対密度は98%以上あり、気孔率も低いことから、ヤング率に大きな影響はなかった。
【0059】
(硬さ)
硬さはセラミックスの機械的性質の中で、重要な評価項目の1つである。本実施例ではCr3C2,ZrC,NbCの炭化物により、最も硬さに効果のある炭化物を調査する。WC系セラミックスは、ホール・ペッチの式により、結晶粒径が小さいほど硬さは増加する。
【0060】
図18は、WC-4.85 mol%SiC-2.00 mol%MoC0.5-a mol%Cr3C2のCr3C2添加量と硬さの関係を示す。図18に示すように、Cr3C2を添加しない場合の硬さは16.9 GPa、0.1 mol%Cr3C2を添加した場合の硬さは19.4 GPa、0.2 mol%Cr3C2を添加した場合の硬さは20.5 GPaという結果だった。またCr3C2の添加量が増加すると、硬さは大幅に増加した。Cr3C2は少量の添加でも大きく硬さが向上することが分かる。これはCr3C2炭化物によりWCの粒成長抑制作用が大きく、WC結晶粒が減少したものと考えられる。
【0061】
図19は、WC-4.85 mol%SiC-2.00 mol%MoC0.5-b mol%ZrCのZrC添加量と硬さの関係を示す。図19に示すように、ZrCを添加しない場合の硬さは16.9 GPa、1 mol%ZrCを添加した場合の硬さは20.5 GPa、2 mol%ZrCを添加した場合の硬さは20.3 GPa、3 mol%ZrCを添加した場合の硬さは20.1GPaという結果になった。
ZrCを添加したことにより硬さは向上する事が判明した。また、1 mol% ZrC添加した場合に硬さは、2.00 mol%、3.00 mol%に比べて高かった。
【0062】
図20は、WC-4.85 mol%SiC-2.00 mol%MoC0.5-b mol%NbCのNbC添加量と硬さの関係を示す。
図20に示すように、NbCを添加しない場合の硬さは16.9 GPa,1 mol%NbCを添加した場合の硬さは20.2 GPa、2 mol%NbCを添加した場合の硬さは20.7GPa、3 mol%NbCを添加した場合の硬さは21.1GPaという結果になった。このように、NbCの添加量を増加すると硬さは向上する傾向にあることが分かる。
【0063】
図21は、WC-4.85 mol%SiC-2.00 mol%MoC0.5-d mol%MCのMC添加量と硬さの関係を示す(但し、MはCr、Zr、Nb)。すなわち、図21は、図18、図19、図20を集約したものである。
Cr3C2,ZrC,NbCの炭化物の添加により、全ての焼結体の硬さは大幅に増加した。中でも、NbCを3 mol%添加した場合の硬さが21.1 GPaだった。この結果から、NbCが硬さを向上するのに最も効果的であることが分かる。
【0064】
(破壊靭性)
破壊靭性値を求める際にIF法を用いた。IF法は小さい試料を用いて短時間に測定が可能であり、材料開発の過程や品質管理等において賞用される測定法である。また、これまでもWC系セラミックスはIF法のED式が適していることが分かっている。本実験では圧痕の対角線長さやクラック長さによるIF法のED式を用いて破壊靭性値を算出した。
【0065】
図22は、WC-4.85 mol%SiC-2.00 mol%MoC0.5-a mol%Cr3C2のCr3C2添加量と破壊靭性値の関係を示す。図22に示すように、Cr3C2を添加しない場合の破壊靭性値は7.80 MPa m1/2、0.1 mol%Cr3C2を添加した場合の破壊靭性値は7.18 MPa m1/2、0.2 mol%Cr3C2を添加した場合の破壊靭性値は7.14MPa m1/2という結果になり、添加量が増加するにつれて破壊靭性値は低下した。これは、Cr3C2を添加することによりWC粒成長抑制効果が大きく、微細組織になり、硬度が増加したため、破壊靭性値は低下したと考えられる。
【0066】
図23は、WC-4.85 mol%SiC-2.00 mol%MoC0.5-b mol%ZrCのZrC添加量と破壊靭性値の関係を示す。図23に示すように、3.00 mol%のZrCを添加しても破壊靭性値は7.7 MPa m1/2と、ほとんど低下しないことが判明した。硬さが向上しているにもかかわらず、破壊靭性値は低下しなかったという原因はまだ分からないが、この特性自体は、材料として優れた効果を示すものである。
【0067】
図24は、WC-4.85 mol%SiC-2.00 mol%MoC0.5-c mol%NbCのNbC添加量と破壊靭性値の関係を示す。図24に示すように、NbCを添加しない場合の破壊靭性値は7.80 MPa m1/2、1 mol%NbCを添加した場合の破壊靭性値は7.20 MPa m1/2、2 mol%NbCを添加した場合の破壊靭性値は6.86 MPa m1/2、3 mol%NbCを添加した場合の破壊靭性値は6.68 MPa m1/2という結果になった。
前記図20の通り、NbCの添加は最も硬さは向上するが、NbCの添加量の増加とともに破壊靭性値は低下し、三種の材料の中では破壊靭性値の場合は最も低いという結果になった。
【0068】
図25は、WC-4.85 mol%SiC-2.00 mol%MoC0.5-d mol%MCのMC添加量と破壊靭性値の関係を示す(但し、MはCr、Zr、Nb)。すなわち、図25は、図22、図23、図24を集約したものである。図20よりCr3C2、ZrC、NbCの炭化物の中でも、破壊靭性値を最も低下させない炭化物はZrCで、最も低下する炭化物はNbCという結果になった。
参考までに、硬度と破壊靭性値との関係を図26に示す。上記の通り、ZrCは硬度が増加しても破壊靭性値は低下していない。他のCr3C2、NbCは硬度の増加とともに破壊靭性値は低下しているのが、この図26から容易に分かる。
【0069】
(EPMA)
組成像から、明るい領域は密度が大きい組織を表し、暗い領域は密度の小さい組織を表す。図27は、WC-4.85 mol%SiC-2.00 mol%MoC0.5-a mol%Cr3C2の組成像を示す。図27のA-1はCr3C2を0.1 mol%添加した場合、図27のA-2はCr3C2を0.2 mol%添加した場合である。図27の黒点はSiCである。SiCの粒子はいずれも、平均粒径が10μm以下であった。
【0070】
この図27のA-1(Cr3C2の0.1 mol%添加)では、繊維状に見える組織が、WCの柱状晶である。これはSiCを添加することにより、WCの異常粒成長が発生したものと考えられる。しかし、Cr3C2の添加量を増加させることによりA-2(Cr3C2の0.2 mol%添加)、大きなWCの繊維状組織が見えなくなり、Cr3C2の添加はWCの粒成長を抑制する効果があることが分かる。
【0071】
図28は、WC-4.85 mol%SiC-2.00 mol%MoC0.5-b mol%ZrCの組成像を示す。B1は、ZrCを1mol%添加した場合、B2は、ZrCを1mol%添加した場合、B3は、ZrCを3mol%添加した場合である。これらの図ではWCの異常粒成長は確認できなかった。ZrCを添加することにより,WCの異常粒成長が阻害され、微細な組織になっていた。黒点がZrCであり、いずれも平均粒径が10μm以下であった。
【0072】
図29は、WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-cmol%NbCの組成像を示す。C1は1 mol% NbC、C2は2mol% NbC、C1は3mol% NbC添加の場合である。黒点はSiCであり、平均粒径が10μm以下である。C1とC2は微細組織であるが、C3の場合はWCの粒成長が確認できた。
但し、3 mol%NbCの添加は、収縮係数最大値の時の温度も低いことから焼結性が良いので、3 mol%以上からのNbCの添加は、SiCの効果によるWCの粒成長の妨げにはならないと考えられる。
【0073】
上記実施例ではSPS(通電加圧焼結)を用いて、WC-SiC-MoC0.5系セラミックスを製造し、機械的性質の向上のために、Cr3C2、ZrC、NbCをそれぞれ添加し、その影響を調べた結果である。
NbCは添加量が増加するに連れて、収縮係数最大値の焼結温度は低下する傾向にあり、焼結性は優れていることが判明した。0.1 mol%以上のCr3C2とZrCの添加は収縮係数最大値の焼結温度から、焼結性が悪くなる傾向がある。以上から、焼結性が優れているのを添加物別に比較すると,NbC>Cr3C2>ZrCの順で良好であった。
【0074】
(実施例5)
次に、VCを添加した場合の機械的性質を調べた。焼結は、上記実施例と同様に、通電加圧焼結装置を用い、真空中、焼結温度1550-1600℃、50MPa、保持時間10 minの条件で焼結を行った。
VCの添加量とヤング率の関係を図30に示す。この図30から明らかなように、VC添加1mol%で、ヤング率が若干大きくなった。また、図31に、VCの添加量とビッカース硬度の関係を示す。この図31から明らかなように、VC添加1mol%により、ビッカース硬度が20GPaを超え、硬度が大きく向上することが確認できた。また、図32に、VCの添加量と破壊靭性値の関係を示す。この図32から明らかなように、VC添加1mol%により、破壊靭性値やや低下した。
【0075】
(総合評価と利用)
Cr3C2、ZrC、NbC、VCを添加しても高ヤング率は保持され、添加量を増加してもヤング率にさほどの変化はなく、ヤング率は平均680GPa程であることが分かる。
Cr3C2、NbC、VCの場合は添加量が増加するに連れて硬さは上昇し、3 mol%NbCのときに、硬さは最大で21.1GPaであり、ZrCの場合は添加量1 mol%で最も硬かった。VC1mol%の場合も20GPaを超えていた。
以上から、Cr3C2、ZrC、NbC、VCを添加することにより、硬さは大きく上昇した。その中でもNbC、VC添加が効果的であった。
【0076】
破壊靭性値において,NbC、Cr3C2は添加量が増加するに連れて、破壊靭性値は低下した。しかし、ZrCの場合は3 mol%添加しても破壊靭性値は7.7MPa程であり、ZrCの添加による破壊靭性値が低下しなかった原因は、必ずしも解明されないが、ZrCは破壊靭性に最も効果的であることが分かる。
Cr3C2の添加量を増加することで、SiCの効果によるWCの異常粒成長が妨げられ、WC柱状晶の分布している繊維状組織の数が減少していき微細組織になっている。ZrCの添加は添加量を増加しても微細組織のままであり、WC柱状晶の分布している繊維状組織が確認できなかった。しかし、NbCは添加量を増加させると、WC柱状晶の繊維状組織が現れた。
なお、上記実施例について、VC粉を添加した場合についてのデータは省略しているが、このVC粉はCr3C2粉とほぼ同等の特性を有するので煩雑さを避けるため割愛した。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明は、WC-SiC系複合体及びその製造方法は、硬度とヤング率の低下を引き起こすCoを添加する必要がなく、より低温での焼結が可能であり、さらに高硬度、高ヤング率、高破壊靭性値を有するという優れた効果を有するので、WC-Co超硬合金に替わる材料として、例えば切削工具、ターゲット材、引抜きダイス、粉末冶金用金型、ノズル、メカニカルシール、軸受部品、射出成型用金型、ボールペン用ボール、電極、自動車部品などに適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】WC-SiCのSiC添加量とかさ密度の関係を示す図である。
【図2】WC-SiCのSiC添加量とヤング率との関係を示す図である。
【図3】WC-SiCのSiC添加量とビッカース硬さとの関係を示す図である。
【図4】WC-SiCのSiC添加量と破壊靱性値との関係を示す図である。
【図5】C-4.85 mol%-Mo2Cの添加量と生成相の存在率との関係をXRDにより同定した結果を示す図である。
【図6】WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2Cの組成像を示す図である。
【図7】WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2CのMo2C添加量とかさ密度との関係を示す図である。
【図8】WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2CのMo2C添加量とヤング率との関係を示す図である。
【図9】WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2CのMo2C添加量とビッカース硬さとの関係を示す図である。
【図10】WC-4.85mol%SiC-xmol%Mo2CのMo2C添加量と破壊靱性値との関係を示す図である。
【図11】WC-4.85 mol%SiC-2.00 mol%MoC0.5-a mol%Cr3C2の添加量と密度の関係を示す図である。
【図12】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-bmol%ZrCの添加量と密度の関係を示す図である。
【図13】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-cmol%NbCの添加量と密度の関係を示す図である。
【図14】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-amol%Cr3C2の収縮係数と焼結温度の関係を示す図である。
【図15】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-bmol%ZrCの、収縮係数と焼結温度の関係を示す図である。
【図16】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-cmol% NbCの収縮係数と焼結温度の関係を示す図である。
【図17】WC-4.85mol%-2.00mol%MoC0.5-dmol%MCのMC添加量によるヤング率を示す図である。
【図18】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-amol%Cr3C2のCr3C2添加量と硬さの関係を示す図である。
【図19】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-bmol%ZrCのZrC添加量と硬さの関係を示す図である。
【図20】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-bmol%NbCのNbC添加量と硬さの関係を示す図である。
【図21】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-dmol%MCのMC添加量と硬さの関係を示す図である。
【図22】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-amol%Cr3C2のCr3C2添加量と破壊靭性値の関係を示す図である。
【図23】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-bmol%ZrCのZrC添加量と破壊靭性値の関係を示す図である。
【図24】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-cmol%NbCのNbC添加量と破壊靭性値の関係を示す図である。
【図25】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-dmol%MCのMC添加量と破壊靭性値の関係を示す図である。
【図26】硬度と破壊靭性値との関係を示す図である。
【図27】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-amol%Cr3C2の組成像を示す図である。
【図28】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-bmol%ZrCの組成像を示す図である。
【図29】WC-4.85mol%SiC-2.00mol%MoC0.5-cmol%NbCの組成像を示す図である。
【図30】VC添加とヤング率との関係を示す図である。
【図31】VC添加と硬度との関係を示す図である。
【図32】VC添加と破壊靭性値との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.001〜30mol.%のSiC粉、0.001〜20mol.%のMo2C粉、残部がWC及び不可避的不純物からなる混合粉を焼結することによって得られたWC-SiC-Mo2C系焼結体。
【請求項2】
0.001〜30mol.%のSiC粉、0.001〜20mol.%のMo2C粉、及び0.001〜1.0mol.%のCr3C2粉、0.001〜1.0mol.%のVC粉、0.001〜5mol.%のZrC粉又は0.001〜5mol.%のNbC粉から選択したいずれか一種以上を含有し、残部がWC及び不可避的不純物からなる混合粉を焼結することによって得られたWC-SiC-Mo2C系焼結体。
【請求項3】
焼結体組織の中に、WC相、SiC相、W5Si3相、Mo5Si3相、MoSi2相、及びMo2C相、Cr3C2相、ZrC相のいずれか一種以上の相を備えている請求項1又は2記載のWC-SiC-Mo2C系焼結体。
【請求項4】
焼結体組織の中に存在するMo2C相、Cr3C2相、ZrC相の平均粒径が10μm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のWC-SiC-Mo2C系焼結体。
【請求項5】
0.001〜30mol.%のSiC粉、0.001〜20mol.%のMo2C粉、残部がWC及び不可避的不純物からなる混合粉を、焼結温度1550〜1750°Cで焼結することを特徴とするWC-SiC-Mo2C系焼結体の製造方法。
【請求項6】
0.001〜30mol.%のSiC粉、0.001〜20mol.%のMo2C粉、及び0.001〜1.0mol.%のCr3C2粉、0.001〜1.0mol.%のVC粉、0.001〜5mol.%のZrC粉又は0.001〜5mol.%のNbC粉から選択したいずれか一種以上を含有し、残部がWC及び不可避的不純物からなる混合粉を、焼結温度1550〜1750°Cで焼結することを特徴とするWC-SiC-Mo2C系焼結体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図3】
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【図6】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【公開番号】特開2009−209022(P2009−209022A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−55999(P2008−55999)
【出願日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年9月19日 社団法人日本金属学会発行の「日本金属学会講演概要 2007年秋期(第141回)大会」に発表
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【Fターム(参考)】