説明

ばね用材料およびその製造方法並びにばね

【課題】引張強度が1900MPa以上と高強度であり、かつ高い延性を有するばね用材料およびその製造方法を提供する。
【解決手段】所定成分を含有する鉄系合金からなり、任意の断面における内部組織の面積比率で、焼戻しマルテンサイトが30〜80%、下部ベイナイトが5〜70%、残留オーステナイトが8〜15%であり、残留オーステナイト中の平均炭素濃度が1.0〜2.0wt%であるばね用材料であり、その製造方法は、Ac3点を超え(Ac3点+250℃)以下の温度でオーステナイト化する工程と、20℃/秒以上の速度で冷却し、(Ms−200℃)以上Ms点以下の温度で10〜60秒間保持する焼入れ工程と、10℃/秒以上の速度で加熱し、Ms点を超え(Ms点+70℃)以下の温度で90〜3600秒間保持する等温変態工程と、室温まで冷却する冷却工程とを順に行い製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強度と延性のバランスに優れたばね用材料およびばねに関するものであって、特に引張強度が1900MPa以上のばね用材料で問題となる延性の低下を抑制したばね用材料およびその製造方法並びにばねに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用懸架ばねや自動車エンジン用弁ばねは自動車の燃費向上のため一層の軽量化が要求されており、近年では鋼材の引張強さが1900MPa以上のばねも実現されている。しかしながら、鋼の組織が焼戻しマルテンサイトおよび残留オーステナイトのみで構成される場合、一般に鋼材の高強度化に伴い切欠き感受性が増加するため、腐食環境下で生成するピットや表面疵、介在物等を起因とするき裂が進展し易く、ばね特性に悪影響を及ぼすことが懸念されている。このため、高強度と高延性を併せ持つき裂の進展し難い鋼材が求められている。
【0003】
このような課題を解決すべく、本発明者らは下部ベイナイトを主体とし、残留オーステナイト中の平均炭素濃度の高い組織とした引張強さ1800MPa以上の高強度高延性ばね用鋼を提案した(特許文献1)。ここで、下部ベイナイトとは、ラス状のベイニティックフェライトと、ベイニティックフェライトの間や内部に存在する残留オーステナイトおよび/または鉄炭化物とからなり、ベイニティックフェライト内部に規則正しく並んだ鉄炭化物が存在することが特徴である。しかしながら、一層の軽量化のために引張強さをさらに向上させた高強度高延性ばね用鋼が求められている。
【0004】
また、マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、上部ベイナイト、残留オーステナイトの組織全体に対する面積率および残留オーステナイト中の炭素濃度を規定した、延性と伸びフランジ性に優れる引張強さが980MPa以上の鋼板が提案されている(特許文献2)。ここで、上部ベイナイトとは、ラス状のベイニティックフェライトと、ベイニティックフェライトの間に存在する残留オーステナイトおよび/または鉄炭化物とからなり、ベイニティックフェライト内部に規則正しく並んだ鉄炭化物が存在しないことが特徴である。しかしながら、軟質な上部ベイナイトを含有するため、引張強さが1900MPaを超えることは困難である。特許文献2の実施例において、引張強さ2234MPa、破断伸び8%の鋼板が比較例として示されているが、マルテンサイト比率が高く、延性に劣る。すなわち、特許文献2に記載の組織構成では引張強さ1900MPa以上でかつ延性に優れた鋼板を得ることは困難であると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010-222671号広報
【特許文献2】特開2010-090475号広報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、引張強度が1900MPa以上と高強度であり、かつ高い延性を有するばね用材料およびその製造方法並びにばねを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ばね用材料の延性を改善する方法について鋭意研究した結果、焼戻しマルテンサイト、下部ベイナイトを主体とし、かつ平均炭素濃度の高い残留オーステナイトを含有する組織が、高い引張強さを有していても優れた強度−延性バランスを示すとの知見を得て、本発明に至った。
【0008】
すなわち、本発明のばね用材料は、鉄系合金からなり、任意の断面における内部組織の面積比率で、焼戻しマルテンサイトが30〜80%、下部ベイナイトが5〜70%、残留オーステナイトが8〜15%であり、残留オーステナイト中の平均炭素濃度が1.0〜2.0wt%であることを特徴とする。
【0009】
また、本発明の他のばね用材料は、鉄系合金からなり、任意の断面における内部組織の面積比率で、焼戻しマルテンサイトが30〜80%、下部ベイナイトが5〜70%、マルテンサイトが0%を超え15%以下、残留オーステナイトが8〜15%であり、残留オーステナイト中の平均炭素濃度が1.0〜2.0wt%であることを特徴とする。
【0010】
まず、任意の断面における内部組織の面積比率の限定理由について本発明の作用とともに説明する。
【0011】
焼戻しマルテンサイト:30〜80%
焼戻しマルテンサイトは硬度が高くかつ延性に優れるため、材料の強度−延性バランスを向上する上で必要な組織である。焼戻しマルテンサイトは、材料をオーステナイト化後、急冷してマルテンサイトを生成させ、さらに所定の温度で焼戻すことにより得る。焼戻しマルテンサイトの面積比率が30%未満では、焼入れままのマルテンサイトの面積比率が高くなるため引張強さは高いものの延性が乏しくなる。また、焼戻しマルテンサイトの面積比率が小さすぎると、下部ベイナイトの面積比率が高くなり過ぎるため所望の引張強さを得難くなる。一方、焼戻しマルテンサイトの面積比率が80%を超えると、下部ベイナイトや残留オーステナイトの面積比率が減るため、以下に説明するように延性が乏しくなる。
【0012】
下部ベイナイト:5〜70%
下部ベイナイトは、オーステナイト化された材料を金属浴や塩浴等において低温で等温変態(ベイナイト変態)させ、その後室温まで冷却することによって得られる金属組織であり、ベイニティックフェライトと鉄炭化物で構成される。基地のベイニティックフェライトは転位密度が高く、鉄炭化物は析出強化効果があるため、引張強度を向上させることができる。また、通常の焼入れ焼戻し材では、鉄炭化物は旧オーステナイトやマルテンサイトのブロック等の粒界に析出し、粒界強度が低下するため延性が低下し易い。これに対し、下部ベイナイト組織では、鉄炭化物はベイニティックフェライト基地に微細析出するため、粒界強度の低下が少なく、延性の低下を防止できる。さらに、下部ベイナイトの生成過程において、ベイニティックフェライトから周囲の過冷オーステナイトに炭素が排出され、かつSiの存在によって鉄炭化物の生成が抑制されるため、過冷オーステナイト中の炭素濃度を材料全体の平均炭素濃度よりも高くすることができる。炭素濃度が増加し化学的に安定化した過冷オーステナイトの一部はその後の冷却により、残留オーステナイトとなる。
【0013】
このように、下部ベイナイトは高強度と高延性を得るために不可欠な組織であり、その面積比率は5〜70%とする。下部ベイナイトの面積比率が5%未満では、所望の平均炭素濃度の残留オーステナイトが得られず、一方、下部ベイナイトの面積比率が70%を超える場合は、焼戻しマルテンサイトやマルテンサイトの面積比率が小さくなるため、所望の引張強さを得難くなる。
【0014】
残留オーステナイト:8〜15%
残留オーステナイトは、TRIP(Transformation−Induced Plasticity;変態誘起塑性)現象を利用した延性の増加とひずみ硬化による引張強さの向上に有効である。高延性を得るには残留オーステナイトは8%以上必要であるが、残留オーステナイトは軟質であるため、過剰であると引張強さの低下を招く。このため、残留オーステナイトは15%以下に抑える。
【0015】
残留オーステナイト中の平均炭素濃度:1.0〜2.0wt%
高強度かつ高延性を得るためには、残留オーステナイト中の平均炭素濃度が高いことが不可欠な条件である。残留オーステナイト中の平均炭素濃度は、オーステナイトがベイナイトに変態する際、ベイニティックフェライトから周囲の過冷オーステナイトに炭素が排出されることで増加するため、局所的には個々の残留オーステナイトの炭素濃度は異なると考えられる。残留オーステナイトはその炭素濃度が高いものほど変形に対して安定しており、加工誘起マルテンサイト相に変態し難い傾向がある。したがって、塑性変形初期では、比較的炭素濃度の低い残留オーステナイトがTRIPによりマルテンサイト変態しつつ硬化して延性を向上させ、塑性変形が進むと、炭素濃度の高い残留オーステナイトがマルテンサイト変態するため、結果として高い延性を示す。所望の高強度高延性を得るため、残留オーステナイト中の平均炭素濃度は、1.0wt%以上必要である。残留オーステナイト中の平均炭素濃度が1.0wt%未満では、残留オーステナイトのほとんどが塑性変形初期においてTRIPによる変態硬化が支配的となるため、塑性変形が進行したときに延性のさらなる向上が得られなくなり、結果的に所望の高強度高延性を得ることができない。ただし、残留オーステナイト中の平均炭素濃度が2.0wt%を超えると、塑性加工に対してTRIP現象が発現しないか、発現しても僅かであり、所望の引張強さを得難くなる。
【0016】
マルテンサイト:0%を超え15%以下
本発明のばね用材料に、さらにマルテンサイトを0%を超えて含有させると、より一層強度を向上させることができる。マルテンサイトは延性に乏しい組織であるが、硬度が非常に高い。マルテンサイトの面積比率が0%を超え15%以下の場合は、延性の大幅な低下を伴わず、引張強さを増加させることができる。しかしながら、マルテンサイトの面積比率が15%を超えると、延性の低下が顕著となり、引張強さも増加せず、強度−延性のバランスが著しく低下する。このため、本発明の他のばね用材料では、より一層強度を向上させるため、マルテンサイトを0%を超え15%以下含有させる。
【0017】
本発明のばね用材料において、上記の鉄系合金は、質量%で、C:0.45〜0.65%、Si:1.0〜2.5%、Mn:0.1〜1.0%、Cr:0.1〜1.0%、P:0.035%以下、S:0.035%以下を満たし、残部が鉄および不可避不純物からなることが好ましい。以下に、それら元素の平均成分の限定理由について説明する。
【0018】
C:0.45〜0.65%
Cは、1900MPa以上の引張強さおよび所望の残留オーステナイト面積比率を確保するために有効な元素であり、0.45%以上含有させることが好ましい。しかしながら、C含有量が過剰になると、比較的軟質な残留オーステナイトの面積比率が増え過ぎて所望の引張強さを得ることが困難になるため、C含有量は0.65%以下に抑えると良い。
【0019】
Si:1.0〜2.5%
Siは、下部ベイナイトの基地であるベイニティックフェライト生成時に、ベイニティックフェライトから周囲の過冷オーステナイトへ炭素が排出される際、鉄炭化物の析出を抑制する作用を持つ。すなわち、鉄炭化物にSiはほとんど固溶されないため、鉄炭化物はSiを避けて析出するが、析出には非常に時間が掛かるため鉄炭化物の析出が抑制される。したがって、多量のCをオーステナイト中に固溶させて、平均炭素濃度の高い残留オーステナイトを所望の比率得るために有効な元素である。また、Siは固溶強化元素であり、高強度を得るために有効な元素である。このため、Siの含有量は1.0%以上であることが好ましい。しかしながら、Si含有量が過多であると、軟質な残留オーステナイトの面積比率が高くなり過ぎて強度の低下を招くため、Si含有量は2.5%以下に抑えると良い。
【0020】
Mn:0.1〜1.0%
Mnは、脱酸元素として添加するが、オーステナイトを安定化させる元素でもあるため、所望量の残留オーステナイトを得るために0.1%以上添加することが好ましい。一方、Mnの含有量が過剰であると、Mnの偏析が生じて加工性が低下し易くなるため、Mn含有量は1.0%以下に抑えると良い。
【0021】
Cr:0.1〜1.0%
Crは、材料の焼入れ性を高め、強度を向上させる元素である。また、等温変態曲線(TTT線図;Time Temperature Transformation Diagram)においてパーライト変態を遅延させる作用もあり、安定して焼戻しマルテンサイト組織と下部ベイナイト組織を得ることができるため、0.1%以上添加することが好ましい。ただし、1.0%を超えて添加すると、加工性が低下し易くなるため、Cr含有量は1.0%に抑えると良い。
【0022】
P:0.035%以下、S:0.035%以下
PおよびSは、粒界偏析による粒界破壊を助長する元素であるため、含有量は低い方が望ましく、0.035%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.01%以下である。
【0023】
本発明のばね用材料においては、ばねの軽量化のために、引張強さが1900MPa以上であることが望ましい。また、一般に、引張強さと、延性を表す代表的特性値の1つである破断伸びとはトレード・オフの関係にあり、引張強さが1900MPa以上においては下記に定義するパラメータZが20000以上であることが望ましい。
【数1】

【0024】
本発明のばね用材料は、自動車用の懸架ばねおよび弁ばねを主要な用途としており、その要求仕様を満たすためにばね用材料の円相当直径は1.5〜15mmであることが好ましい。
【0025】
また、本発明のばね用材料の製造方法は、鉄系合金からなる材料を用い、Ac3点を超え(Ac3点+250℃)以下の温度でオーステナイト化する工程と、20℃/秒以上の速度で冷却し、(Ms−200℃)以上Ms点以下の温度で10〜60秒間保持する焼入れ工程と、10℃/秒以上の速度で加熱し、Ms点を超え(Ms点+70℃)以下の温度で90〜3600秒間保持する等温変態工程と、室温まで冷却する冷却工程とを順に行うことを特徴とする。ここで、Ac3点とは加熱中に観察されるオーステナイト単相域とフェライト+オーステナイトの二相域との境界温度であり、Ms点とは冷却中に過冷オーステナイトからマルテンサイトが生成を開始する温度である。
【0026】
以下、本発明のばね用材料の製造方法について説明する。鉄系合金からなる材料を用いるが、オーステナイト化を行う前の材料の組織については特に制限されない。たとえば、熱間鍛造や線引き加工した条鋼材を素材として使用できる。
【0027】
オーステナイト化工程
オーステナイト化の温度は、Ac3点を超え(Ac3点+250℃)以下である必要がある。Ac3点以下では材料がオーステナイト化せず、所望の組織を得ることができない。また、(Ac3点+250℃)を超えると、旧オーステナイト粒径が粗大化しやすくなり、延性が低下する虞がある。
【0028】
焼入れ工程
オーステナイト化温度から20℃/秒以上の速度で冷却し、(Ms−200℃)以上Ms点以下の温度で10〜60秒間保持して焼入れを行う。これにより、過冷オーステナイトの一部がマルテンサイト変態する。このマルテンサイトは後述する等温変態工程後に焼戻しマルテンサイトとなる。冷却速度は速いほど良く、20℃/秒未満では冷却中に軟質なフェライトやパーライトが生成し、所望の組織を得ることができない。焼入れする温度は、(Ms−200℃)未満であるとマルテンサイトが過剰に生成されるため、その後の工程で下部ベイナイトや残留オーステナイトがほとんど得られなくなる。一方、Ms点を超えるとマルテンサイト自体が得られなくなる。また、保持時間は、10秒未満では材料の内部まで均一にマルテンサイトが生成されないため、所望の組織が得られない。一方、保持時間が60秒を超えると生成するマルテンサイトの面積比率は飽和するため、実質60秒を上限とする。
【0029】
等温変態工程
焼入れした温度から10℃/秒以上の速度で材料を加熱し、Ms点を超え(Ms点+70℃)以下の温度で90〜3600秒間保持する。これにより、オーステナイトの一部が下部ベイナイトに変態し、マルテンサイトの一部または全部が焼戻しマルテンサイトとなる。昇温速度は速いほど良く、10℃/秒未満では均質な下部ベイナイトを得ることができない他、下部ベイナイトの生成開始に多大な時間を費やし不経済である。変態温度は、Ms点以下では所望の下部ベイナイトの面積比率を得ることが非常に困難となる。一方、(Ms点+70℃)を超えると軟質な上部ベイナイトが生成されるため引張強さが低下してしまう。また、保持時間は、90秒未満では下部ベイナイトの生成量が少なく所望の組織を得ることができない。一方、保持時間が3600秒を超えても各組織の面積比率は実質的にほとんど変化しないため、生産効率やコストを考慮し3600秒を上限とする。なお、変態温度および保持時間を調整することによって、マルテンサイト組織の面積比を0%を超え15%以下に維持して、より高強度のばね用材料とすることができる。
【0030】
冷却工程
等温変態工程後、材料を室温まで冷却する。冷却速度は特に規定するものではないが、生産効率やコストを考慮し水冷や空冷が望ましい。
【0031】
本発明のばね用材料の製造方法において、鉄系合金は、質量%で、C:0.45〜0.65%、Si:1.0〜2.5%、Mn:0.1〜1.0%、Cr:0.1〜1.0%、P:0.035%以下、S:0.035%以下を満たし、残部が鉄および不可避不純物からなることが好ましい。
【0032】
さらに、本発明のばねは、上記ばね用材料からなり、上記製造方法により作製されることを特徴とし、必要に応じてショットピーニングおよびセッチングを実施することが望ましい。ショットピーニングを施すことにより、ばね表面に圧縮残留応力を付与し、耐疲労性を向上させることができる。また、セッチングを施すことにより、耐へたり性を向上させることができる。
【0033】
本発明によれば、高価な合金元素を含有せず、入手が容易なJISまたはSAE等の規格ばね用材料を用いることができ、複雑な加工熱処理を必要とせず、高強度かつ高延性のばね用材料およびその製造方法並びにばねを提供することができる。また、本発明のばね用材料およびばねは、添加元素量が少ない合金を用いることができるため、リサイクル性にも優れる。さらに、本発明のばね用材料およびばねは、従来から広く利用されている焼入れ焼戻し処理材と比較し、製造工程を簡略化および短時間化できるため、省エネルギー化が可能である。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、引張強度が1900MPa以上と高強度であり、かつ高い延性を有するばね用材料を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明について実施形態を用いてさらに詳細に説明する。まず、質量%で、C:0.45〜0.65%、Si:1.0〜2.5%、Mn:0.1〜1.0%、Cr:0.1〜1.0%、P:0.035%以下、S:0.035%以下を満たし、残部が鉄および不可避不純物からなり、円相当直径が1.5〜15.0mmである鋼材を用意する。この鋼材を、Ac3点を超え(Ac3点+250℃)以下の温度の金属浴や塩浴中で、加熱してオーステナイト化させる(オーステナイト化工程)。次いで20℃/秒以上の速度で冷却し、別の金属浴や塩浴を用いて(Ms−200℃)以上Ms点以下の温度で10〜60秒間保持して焼入れを行う(焼入れ工程)。これにより、オーステナイトに加え、過冷オーステナイトの一部が変態したマルテンサイトが得られる。
【0036】
次に、さらに別の金属浴や塩浴を用いて鋼材を10℃/秒以上の速度で加熱し、Ms点を超え(Ms点+70℃)以下の温度で90〜3600秒間等温保持する(等温変態工程)。これにより、オーステナイトの一部が下部ベイナイトに変態し、マルテンサイトの一部または全部が焼戻しマルテンサイトとなる。このとき、下部ベイナイトの生成過程において、ベイニティックフェライトから周囲の過冷オーステナイトに炭素が排出され、かつSiの存在によって鉄炭化物の生成が抑制されるため、過冷オーステナイト中の炭素濃度を高濃度とすることができる。そして、等温変態後の鋼材を水冷や空冷により室温まで冷却する(冷却工程)。これにより、平均炭素濃度の高い残留オーステナイトが得られる。
【0037】
このような製造方法から得られるばね用材料は、任意の断面における内部組織の面積比率で、焼戻しマルテンサイトが30〜80%、下部ベイナイトが5〜70%、残留オーステナイトが8〜15%であり、残留オーステナイト中の平均炭素濃度が1.0〜2.0wt%となる。また、等温変態工程において、変態温度および保持時間を調整することによって、さらにマルテンサイトを0%を超え15%以下含有させ、より高強度としたばね用材料も得ることができる。これらのばね用材料は、引張強さが1900MPa以上、数1に定義するパラメータZが20000以上であり、強度と延性に非常に優れている。
【0038】
また、上記製造方法によりばねを作製し、ばねに対してショットピーニングおよびセッチングを施して耐疲労性や耐へたり性を向上させても良い。ショットピーニングやセッチングにおいては、要求性能に応じて各種実施条件を設定する。
【実施例】
【0039】
表1に記載の平均成分からなる市販のばね用鋼SAE9254(直径12mm)を用意した。なお、全自動変態点記録測定装置(富士電波工機(株)製formasor−F)を用いて測定した本鋼材のAc3点は796℃、Ms点は268℃であった。本鋼材を850℃の塩浴中で10分間加熱(オーステナイト化工程)後、次いで別の塩浴を用いて表2に記載の温度(T1)で所定時間(t1)保持した(焼入れ工程)。さらに、鋼材を別の塩浴を用いて表2に記載の温度(T2)で所定時間(t2)保持後(等温変態工程)、室温の水中に浸漬し冷却した(冷却工程)。このようにして得られたばね鋼に対し、以下の要領で各種組織の面積比率の測定、引張強さおよび破断伸びを調べた。
【0040】
【表1】

【0041】
[各種組織の面積比率]
焼戻しマルテンサイト組織は、マルテンサイト内部に微細な鉄炭化物が析出しており、マルテンサイト内部に鉄炭化物が認められない焼入れままのマルテンサイト組織とは区別することができる。下部ベイナイト組織は、針状のベイニティックフェライトの内部に規則正しく並んだ微細な鉄炭化物が存在する特徴を有する。これらの組織は、ばね鋼の任意の横断面を鏡面研磨し、さらにナイタ−ルにより腐食させた後、SEM(走査型電子顕微鏡)によってそれぞれ観察して面積比率を求めた。これらの結果を表2に併記する。
【0042】
また、残留オーステナイトは、ばね鋼の任意の横断面において、鏡面研磨後、X線回折法により面積比率を求めた。マルテンサイトの面積比率は、面積比率100%から焼戻しマルテンサイト、下部ベイナイト、および残留オーステナイトの合計面積比率(%)を引くことにより求めた。これは、上記のSEM観察においてマルテンサイトと残留オーステナイトとの区別が困難であるためである。
【0043】
残留オーステナイト中の平均炭素濃度([C](mass%))は、X線回折でオーステナイトの(111)、(200)、(220)および(311)の各回折ピ−ク角度から求めた格子定数a(nm)を用い、以下に示す関係式により算出した。この結果を表2に併記する。
【数2】

【0044】
[引張強さおよび破断伸び]
平行部が直径6mm、標点間距離30mmの丸棒状試験片(JIS 14A号)を切削加工により作製し、この試験片に対して引張試験を実施して引張強さを求めた。また、引張試験後、破断面を突き合わせ、原標点間距離に対する標点間距離の増加分から破断伸びを求めた。これらの結果を表2に併記する。
【0045】
【表2】

【0046】
表2から明らかなように、焼入れ工程および等温変態工程における温度および保持時間が本発明で規定した範囲内であるNo.2〜7、9〜13および15〜17の試験片では、所望の組織が得られ、引張強さが1900MPa以上であり、かつパラメータZが20000以上と高強度高延性を示す(本発明例)。
【0047】
これに対し、等温変態工程における保持時間が本発明で規定した範囲外であるNo.1、8および14の試験片は以下の不具合を有している(比較例)。すなわち、No.1および8の試験片は等温変態工程の保持時間が短いため、マルテンサイト、残留オーステナイトの各比率および残留オーステナイト中の平均炭素濃度が本発明の要件を満たさず、その結果として破断伸びが小さくなるため本発明で規定するパラメータZを確保できていない。また、No.14の試験片では、下部ベイナイト、マルテンサイト、残留オーステナイトの各比率および残留オーステナイト中の平均炭素濃度が本発明の要件を満たさず、その結果として破断伸びが小さくなるため本発明で規定するパラメータZを確保できていない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄系合金からなり、任意の断面における内部組織の面積比率で、焼戻しマルテンサイトが30〜80%、下部ベイナイトが5〜70%、残留オーステナイトが8〜15%であり、残留オーステナイト中の平均炭素濃度が1.0〜2.0wt%であることを特徴とするばね用材料。
【請求項2】
鉄系合金からなり、任意の断面における内部組織の面積比率で、焼戻しマルテンサイトが30〜80%、下部ベイナイトが5〜70%、マルテンサイトが0%を超え15%以下、残留オーステナイトが8〜15%であり、残留オーステナイト中の平均炭素濃度が1.0〜2.0wt%であることを特徴とするばね用材料。
【請求項3】
前記鉄系合金は、質量%で、C:0.45〜0.65%、Si:1.0〜2.5%、Mn:0.1〜1.0%、Cr:0.1〜1.0%、P:0.035%以下、S:0.035%以下を満たし、残部が鉄および不可避不純物からなることを特徴とする請求項1または2に記載のばね用材料。
【請求項4】
引張強さが1900MPa以上であり、以下に定義するパラメータZが20000以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のばね用材料。
パラメータZ=(引張強さ(MPa))×(破断伸び(%))
【請求項5】
線材の円相当直径が1.5〜15.0mmであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のばね用材料。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のばね用材料からなるばね。
【請求項7】
鉄系合金からなる材料を用い、
加熱中に観察されるオーステナイト単相域とフェライト+オーステナイトの二相域との境界温度をAc3点とし、冷却中に過冷オーステナイトからマルテンサイトが生成を開始する温度をMs点としたときに、前記材料に対し、Ac3点を超え(Ac3点+250℃)以下の温度でオーステナイト化する工程と、20℃/秒以上の速度で冷却し、(Ms−200℃)以上Ms点以下の温度で10〜60秒間保持する焼入れ工程と、10℃/秒以上の速度で加熱し、Ms点を超え(Ms点+70℃)以下の温度で90〜3600秒間保持する等温変態工程と、室温まで冷却する冷却工程とを順に行うことを特徴とするばね用材料の製造方法。
【請求項8】
前記鉄系合金は、質量%で、C:0.45〜0.65%、Si:1.0〜2.5%、Mn:0.1〜1.0%、Cr:0.1〜1.0%、P:0.035%以下、S:0.035%以下を満たし、残部が鉄および不可避不純物からなることを特徴とする請求項7に記載のばね用材料の製造方法。
【請求項9】
請求項7または8に記載の製造方法により作製したばね。
【請求項10】
ショットピーニングおよびセッチングが施されていることを特徴とする請求項9に記載のばね。

【公開番号】特開2013−36087(P2013−36087A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−173544(P2011−173544)
【出願日】平成23年8月9日(2011.8.9)
【出願人】(000004640)日本発條株式会社 (1,048)
【Fターム(参考)】