説明

アトラクチレノリドIIIの製造方法

【課題】これまでの合成法に比較して収率よく目的物であるアトラクチレノリドIIIを製造することができる方法を提供する。
【解決手段】アトラクチロンからアトラクチレノリドIIIを製造するにあたり、アトラクチロンに対し、塩基としての1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エンおよび光増感剤としてのローズベンガルの存在下、塩化メチレン中で光照射する。アトラクチロン1当量に対して、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エンが2〜3当量であることが好ましく、アトラクチロン1当量に対して、ローズベンガルが0.001〜0.1当量であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アトラクチレノリドIIIの製造方法に関し、詳しくは、アトラクチレノリドIIIをこれまでになく高収率で製造することのできる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アトラクチレノリドIIIは、ビャクジュツ(Atractylodis Rhizoma)の精油から単離される主成分であり、日本薬局方(以下、「日局」と略記する)のビャクジュツ配合処方エキスの確認試験の指標成分になっているとともに、ビャクジュツ処方の定量に用いる成分含量測定用標準品として今後の運用が予定されているものである。
【0003】
従来、アトラクチレノリドIIIの製造方法としては、1964年にHikinoらによって、下記の合成経路1に従い、アトラクチロン(化合物1)からアトラクチレノリドIII(化合物3)への変換として自動酸化を利用する方法が開示されている(非特許文献1)。
【0004】
(合成経路1)

【0005】
また、1950年にWoodwardらによって、同様の部分構造を有するメントフラン(化合物6)の分子状酸素を用いた強制酸化の例が報告されている(非特許文献2)。この反応では、下記の合成経路2に従い、メントフランからヒドロキシフラノン(化合物7)へと変換しているが、2.5%と低収率であった。
【0006】
(合成経路2)

【0007】
そこで、近年、BegalらがWoodwardらの方法を用いて、下記の合成経路3に従い、アトラクチロンからアトラクチレノリドIIIへ変換を行なう方法が報告されている(非特許文献3)。しかし、この反応も反応収率は15%程度と依然として低いものであった。
【0008】
(合成経路3)

【0009】
また、2007年になってS.N.Patilらが、フラン類の分子状酸素を用いた酸化反応として、下記合成経路4中の化合物8から化合物9への変換を、一重項酸素を用いて効率的に合成する方法を報告している(非特許文献4)。この方法では、光増感剤としてローズベンガルを用いて光照射によって基底状態の分子状酸素から発生させた一重項酸素が化合物8へ付加し、オゾニド構造を有する中間体が生成する。このとき不安定なオゾニド中間体は、系内に存在する塩基によって、水素の引抜をトリガーとして転移し、これにより化合物9を生成する。ここで、使用する塩基DIEAは、ジイソプロピルエチルアミンを示す。
【0010】
(合成経路4)

【0011】
一方、非特許文献5には、下記の合成経路5に従い、アトラクチロンと同様の骨格を有する下記化合物6から化合物7への変換が分子状酸素を用いた条件で行なわれることが開示されている。
【0012】
(合成経路5)

【非特許文献1】Hikino,H. etal.,Chem.Pharm.Bull.,12,755(1964).
【非特許文献2】Woodward,R.B. etal.,J.Am.Chem.Soc.,72,399(1950).
【非特許文献3】Begal etal.,J.Org.Chem.,69,9100(2004).
【非特許文献4】S.N.Patil etal.,Org.Lett.,9,195-198(2007).
【非特許文献5】C.S.Foote etal.,Tetrahedron.,23,2583-2599(1967).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、前記非特許文献1〜3に開示されている方法では収率が低過ぎるため、日局のビャクジュツ処方の定量に用いる成分含量測定用標準品の製造方法としては不適切である。また、非特許文献4および5記載の方法では、上記非特許文献1〜3記載の方法に比べると収率は良くなるものの、なおビャクジュツ品質規格上高い収率のものが依然として望まれているのが現状である。
【0014】
そこで、本発明の目的は、これまでの合成法に比較して更に収率良く目的物であるアトラクチレノリドIIIを製造することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、前記課題を解決するために鋭意検討した結果、アトラクチロンを所定の条件で一重項酸素を用いた酸化反応を利用する反応をさせることにより前記目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
即ち、本発明のアトラクチレノリドIIIの製造方法は、アトラクチロンからアトラクチレノリドIIIを製造するにあたり、アトラクチロンに対し、塩基としての1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エンおよび光増感剤としてのローズベンガルの存在下、塩化メチレン中で光照射することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、これまでの合成法に比較して大幅に高い収率にて目的物であるアトラクチレノリドIIIを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態につき具体的に説明する。
本発明のアトラクチレノリドIIIの製造方法は、塩化メチレン中で1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エン(以下、「DBU」と略記する)を塩基とし、ローズベンガルを光増感剤としてアトラクチロンに光照射するものである。その反応工程は、以下の反応経路1に示す通りである。
【0019】
(反応経路1)

【0020】
本発明のアトラクチレノリドIIIの製造方法においては、反応溶媒は塩化メチレンである。塩化メチレンは求核性のない溶媒であるため、アトラクチレノリドIIIを高収率で得ることができる。これに対し、メタノールなどの求核性の溶媒を使用すると、求核付加した生成物が得られるためアトラクチレノリドIIIの収率が低くなり、好ましくない。
【0021】
また、本発明の製造方法において使用する塩基はDBUである。DBUは塩基として脱水素化を十分に機能させることができるため、アトラクチレノリドIIIを高収率で得ることができる。これに対し、例えば、DIEAなどでは、塩基として十分に機能せず、アトラクチレノリドIIIの収率が低くなり、好ましくない。
【0022】
さらに、本発明の製造方法は、ローズベンガルを光増感剤として使用する。光増感剤としてローズベンガルを用いてアトラクチロンに光照射することにより、基底状態の分子状酸素から発生させた一重項酸素がアトラクチロンへ付加し、オゾニド構造を有する中間体が生成し、その結果、アトラクチレノリドIIIを高収率で得ることができる。
【0023】
ここで、光照射条件としては、白色光であれば問題ないが、250Wのレフランプを1〜6時間照射することが好ましい。
【0024】
さらにまた、本発明の製造方法において、曝光工程では−80〜−15℃であることが好ましく、−80℃であることがさらに好ましい。また、光照射後は0℃〜室温であることが好ましく、さらに好ましくは室温である。
【0025】
さらにまた、本発明の製造方法は、アトラクチロン1当量に対して、DBUが2〜3当量であることが好ましく、さらに好ましくは2当量である。DBUが2当量未満であると脱水素化を十分に機能させることができない場合があり、3当量を超えてもさらなる収率の向上が期待できず、コスト的に好ましくない。
【0026】
さらにまた、本発明の製造方法は、アトラクチロン1当量に対して、ローズベンガルが0.001〜0.1当量であることが好ましく、さらに好ましくは0.01当量である。ローズベンガルが0.001当量未満であると触媒として十分に機能させることができない場合があり、0.1当量を超えてもさらなる収率の向上が期待できず、コスト的に好ましくない。
【実施例】
【0027】
以下、本発明を実施例に基づき説明する。
(実施例1)
試薬としては、アトラクチロン(分子量216.3)1.51g(6.93mmol)、ローズベンガル(分子量1017.64、東京化成工業株式会社製)61.8mg(60.7μmol)、DBU(分子量152.24、d1.018、東京化成工業株式会社製)2.0mL(13.86mmol) 2.0当量、塩化メチレン100mLを使用した。
【0028】
本実施例で使用したアトラクチロンは、 S. Takagi: 薬学雑誌, No.473, 565 (1921)あるいはS. Takagi, G. Hongo: 薬学雑誌, No. 509, 539 (1925)に記載された方法で、ビャクジュツから単離精製した。
【0029】
塩化メチレン100mL中にアトラクチロン1.51g(6.93mmol)およびローズベンガル61.8mg(60.7μmol)を溶解した溶液に、DBU2.0mL(13.86mmol)を添加した。次いで、反応混合物を、コピーランプ250W カラー用(エス・エフ・シー株式会社製)を使用して光照射し、空気中から発生した一重項酸素に、−80℃で4.25時間曝した。光照射をやめ、この反応混合物を室温まで加温し、1時間攪拌した。1mol/Lの塩酸水溶液を反応混合物に添加した。水相を塩化メチレン(500mL)で抽出した。得られた有機相をNaSOで乾燥させた。減圧下で有機溶媒を留去させ、シリカゲル(300g、ヘキサン/酢酸エチル(AcOEt):4/1)のフラッシュカラムクロマトグラフィーで残留物を精製し、白色の固体を得た。生成物を0.25時間、減圧下(5mmHg)で乾燥させた。
【0030】
これにより、白色の固体であるアトラクチレノリドIIIを、1.22g(収率70.4%)で得た。
【0031】
また、上記生成物を、塩化メチレン/ヘキサンで再結晶して精製し、白色の固体を得た。この生成物を50℃2.0時間、減圧下(5mmHg)で乾燥させたところ、白色の固体であるアトラクチレノリドIIIを、1.17g(収率96.0%)で得た。
【0032】
(実施例2〜5、比較例1および2)
アトラクチロンの量、塩基、溶媒および時間を下記の表1に示す条件に変更した以外は実施例1と同様にしてアトラクチレノリドIIIを製造した。得られたアトラクチレノリドIIIの収量および収率を(%)を表1に併記する。
【0033】
【表1】

【0034】
前記表1から分かるように、実施例1〜5では、いずれも収率が60%以上と、収率40%以下の比較例と比較して高収率でアトラクチレノリドIIIを得ることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アトラクチロンからアトラクチレノリドIIIを製造するにあたり、アトラクチロンに対し、塩基としての1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エンおよび光増感剤としてのローズベンガルの存在下、塩化メチレン中で光照射することを特徴とするアトラクチレノリドIIIの製造方法。
【請求項2】
前記アトラクチロン1当量に対して、前記1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エンが2〜3当量である請求項1記載のアトラクチレノリドIIIの製造方法。
【請求項3】
前記アトラクチロン1当量に対して、ローズベンガルが0.001〜0.1当量である請求項1または2記載のアトラクチレノリドIIIの製造方法。