説明

アルミニウム合金製耐摩耗性部材およびその製造方法

【課題】アルミニウム合金製耐摩耗性部材を提供する。
【解決手段】本発明のアルミニウム合金製耐摩耗性部材は、アルミニウム合金からなる基体と、この基体の少なくとも一部の表面を被覆する被覆層とからなり、アルミニウム合金は400℃の大気圧雰囲気中に10時間保持した後に室温状態で測定した残留硬さが120Hv以上あり、被覆層はNiとNiPからなる結晶質Ni−P層であることを特徴とする。この結晶質Ni−P層は、無電解Ni−Pめっきによって基体の表面上に形成されたNi−Pめっき層を例えば300℃以上で加熱することにより得られる。また結晶質Ni−P層には、圧縮残留応力が付与されている。そしてアルミニウム合金がFeを1〜7%含むと、密着性に優れた結晶質Ni−P層が得られて好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金製耐摩耗性部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、二輪車、航空機などの輸送機器分野では、最近の環境意識の高揚に伴い、低燃費化またはCO排出削減等に有効な軽量化が強く進められている。このため、従来は鉄鋼材や鋳鉄材で構成されていた部材も、アルミニウム合金へ置換されつつある。
【0003】
このようなアルミニウム合金への置換を促進する上で、その耐熱性のみならず、最近では耐摩耗性、耐食性、耐疲労強度等も重視されるようになってきている。このような事情の下、例えば、硬質皮膜を表面に形成したアルミニウム合金製耐摩耗性部材に関する記載が下記の特許文献で紹介されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許3009527号公報
【特許文献2】特開2004−277784号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
アルミニウム合金に硬質皮膜等を形成する方法には、ドライプロセスとウエットプロセスがある。ドライプロセスは、 PVD、CVD、イオン窒化、溶射等により、TiN、CrN、DLC、Al等の硬質皮膜を基体表面に形成する方法である。ウエットプロセスは、アルミニウム合金を特定の溶液中に浸漬して、その表面に陽極酸化皮膜や各種めっきを形成する方法である。
【0006】
ドライプロセスで形成される皮膜は、ビッカース硬さが1000〜3000Hv程度あり、ウエットプロセスで形成される皮膜よりも硬質である。しかし、ドライプロセスは量産性が低く、設備コストや処理コスト等も高い。
【0007】
一方、ウエットプロセスを用いれば、生産性の向上やコスト低減等を図り易い。もっとも、ウエットプロセスで形成される硬質皮膜のうち、耐摩耗性等に優れるCrめっき(800〜1000Hv)は、六価クロムを用いる点で環境上好ましくない。複合めっき(分散めっき)は、めっき液が不安定で管理が難しい。
【0008】
これらのめっき法に対して、無電解Ni−Pめっきは、環境上の問題も比較的少なく、量産性にも優れる。ただし、Ni−Pめっき層は、ドライプロセスで形成される皮膜やCrめっきに比べて硬質ではなく、一般的に耐摩耗性に欠ける。比較的硬質な低P濃度のNi−Pめっき層でもビッカース硬さが500〜700Hvである。Ni−Pめっき層を300℃以上に加熱すると、最高硬さが900〜1000HvとCrめっきに匹敵する硬度が得られることは知られているが、そのような加熱を行うと基材(母材)であるアルミニウム合金が軟化等して、部材に必要な強度が確保できなかった。また、部材に大きな荷重が作用した際に、Ni−Pめっき層が基材の変形に追従できず、亀裂や剥離がNi−Pめっき層に生じることがあった。このように従来は、Ni−Pめっき層によりアルミニウム合金製部材の耐摩耗性を確保することは困難であった。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、量産性、生産コスト、環境性等を考慮しつつ、Ni−Pめっきにより耐摩耗性を高めたアルミニウム合金製部材を提供することを目的とする。またその製造方法も併せて提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、アルミニウム合金からなる基体を軟化させることなく、その表面に形成したNi−Pめっき層の硬質化に成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0011】
《アルミニウム合金製耐摩耗性部材》
(1)本発明のアルミニウム合金製耐摩耗性部材は、アルミニウム合金からなる基体と、該基体の少なくとも一部の表面を被覆する被覆層と、からなるアルミニウム合金製耐摩耗性部材であって、前記アルミニウム合金は、400℃の大気圧雰囲気中に10時間保持した後に室温状態で測定した残留硬さが120Hv以上あり、前記被覆層は、ニッケル(Ni)とリン(P)からなると共に結晶質である結晶質Ni−P層からなることを特徴とする。
【0012】
(2)本発明のアルミニウム合金製耐摩耗性部材(適宜「耐摩耗性部材」という。)は、その基体表面が結晶質Ni−P層からなる被覆層で被覆されており、優れた耐摩耗性を発揮する。加えて本発明の耐摩耗性部材は、優れた耐熱性、耐食性、耐疲労性、耐久性等をも発揮し得る。もっとも本発明の耐摩耗性部材が優れた特性を発現する理由は必ずしも定かではない。現状では次のように考えられる。
【0013】
先ず、結晶質Ni−P層は、無電解Ni−Pめっき等により形成される非晶質なNi−Pめっき層(これを適宜「非晶質Ni−P層」という。)とは異なり、非常に硬質である。この結晶質Ni−P層は、P濃度が少ない場合は勿論、P濃度が高い場合でも、結晶化度に応じて十分な硬さを発揮する。これは、結晶質Ni−P層が、結晶化したNiの母相中に、NiP等の析出相が分散した複合組織構造を有しているためと考えられる。
【0014】
次に、結晶質Ni−P層には大きな圧縮残留応力が生じ得る。この圧縮残留応力は被覆層と基体の熱膨張量差と、非晶質Ni−P層が加熱されて結晶質のNiおよびNi−Pが析出すること等に起因して発生すると考えられる。具体的にいうと、基体と被覆層からなる部材を加熱した場合、被覆層は熱膨張する基体から剥離することなく同様に熱膨張する。昇温中またはその後の保持中において、非晶質Ni−P層から結晶質のNi相およびNi−P相が析出するが、結晶質のNi相およびNi−P相が主体となる被覆層は基体と熱膨張係数が異なる。このため、降温過程において、両者間に熱収縮量差が生じる。その結果、基体よりも熱膨張係数の小さい結晶質Ni−P層において、圧縮残留応力が発生したと考えられる。
【0015】
このような圧縮残留応力が作用している結晶質Ni−P層には、亀裂等が生じ難い。このことは、耐摩耗性の向上に寄与するのみならず、耐食性の向上や繰り返し荷重が作用する際の疲労強度の向上(耐疲労性の向上)等にも寄与することになる。
【0016】
ところで、非晶質Ni−P層を結晶化させたり、結晶質Ni−P層に圧縮残留応力を生じさせる高温加熱を行っても、基体は十分な残留硬さを発揮し、結晶質Ni−P層の保持や耐摩耗性部材の機能は確保される。従って本発明の耐摩耗性部材によれば、耐軟化性に優れた基体と耐摩耗性に優れた結晶質Ni−P層(被覆層)が相乗的に作用することにより、優れた耐摩耗性を安定して発揮するようになると考えられる。
【0017】
なお、本発明の耐摩耗性部材は、高温特性に優れる基体や被覆層からなるため、高温環境下でも十分な耐摩耗性や強度等を発揮し得る。
【0018】
《アルミニウム合金製耐摩耗性部材の製造方法》
(1)本発明は、上述した耐摩耗性部材としてのみならず、その製造方法としても把握できる。すなわち本発明は、上述したアルミニウム合金製耐摩耗性部材の製造方法であって、基体表面に無電解Ni−Pめっき液を接触させて該基体表面にNi−Pめっき層を形成するめっき工程と、該Ni−Pめっき層を加熱して該Ni−Pめっき層を結晶化させる結晶化工程と、を備えることを特徴とするアルミニウム合金製耐摩耗性部材の製造方法とも把握できる。
【0019】
(2)本発明の製造方法によれば、基体表面に無電解Ni−Pめっきで形成した非晶質なNi−Pめっき層を、所定温度で加熱することにより、前述した結晶質Ni−P層が容易に形成され得る。従って、この製造方法によれば、環境上の問題も少なく、上述した耐摩耗性部材を効率良く低コストで量産可能となる。
【0020】
《その他》
(1)本明細書でいう「残留硬さ」は、所定の加熱工程を経た対象物を、室温状態で、ビッカース硬度計により測定した硬さを意味する。より具体的な測定条件は、マイクロビッカース硬度計を用いて、試験荷重:0.245N、保持時間:20秒の条件で、対象物断面に対して5回測定した硬度の平均値である。
【0021】
本発明に係るアルミニウム合金の場合、400℃の大気圧雰囲気中に10時間保持した後の残留硬さが120Hv以上、130Hv以上、140Hvさらには145Hv以上であると好ましい。なお、この残留硬さを測定する際、アルミニウム合金の熱履歴(使用歴)は基本的に問わない。結晶質Ni−P層が密着しているアルミニウム合金に、上記の加熱処理を加えた後に測定した残留硬さが120Hv以上であればよい。
【0022】
(2)本明細書でいう「残留応力」は、X線応力測定法標準(日本材料学会X線材料強度部門委員会(1997))に基づいて定められる。より具体的には、対象物表面に、特性X線Cu−Kαを照射し、得られるNi(311)回折ピークより、sinψ法により決定される。この残留応力の決定に際して必要となる応力定数はニッケルのヤング率、ポアソン比により定めた。
【0023】
前述したように、結晶質Ni−P層には圧縮残留応力が作用している。この圧縮残留応力の値は問わないが、200MPa以上、300MPa以上さらには900MPa以上であると好ましい。なお、結晶質Ni−P層に作用する残留応力は、印加された加熱温度が高いほど、比例的に大きくなり得る。
【0024】
(3)本発明に係るアルミニウム合金は、その形態、金属組織、加工段階などは問わない。例えば、鋳塊、急冷凝固させた粉末、薄帯やその破砕粉、成形体やビレット、さらには焼結材や展伸材(押出材等)などでもよいし、また、素材でも、中間製品でも、最終製品でもよい。
【0025】
(4)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は、下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を、新たな下限値または上限値として「a〜b」のような数値範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】加熱温度と基体の硬さとの関係を示すグラフである。
【図2】加熱温度と被覆層の硬さとの関係を示すグラフである。
【図3】加熱温度と被覆層の残留応力との関係を示すグラフである。
【図4】各被覆層のX線回折像である。
【図5A】基材No.11のアルミニウム合金に無電解Ni−Pめっきを施した様子を示す外観写真である。
【図5B】基材No.C3のアルミニウム合金に無電解Ni−Pめっきを施した様子を示す外観写真である。
【図6A】ボールオンディスク試験後の試験片No.1の摩耗痕の断面形状を示す図である。
【図6B】ボールオンディスク試験後の試験片No.2の摩擦痕の断面形状を示す図である。
【図6C】ボールオンディスク試験後の試験片No.3の摩擦痕の断面形状を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本明細書で説明する内容は、本発明の耐摩耗性部材のみならず、その製造方法にも該当し得る。製造方法に関する構成要素は、プロダクトバイプロセスとして理解すれば物に関する構成要素ともなり得る。そして上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0028】
《被覆層》
(1)本発明に係る被覆層は結晶質Ni−P層からなるが、この「結晶質」は被覆層全体が完全な結晶となっている必要はない。X線で検出される程度に結晶部分が存在すれば足る。また結晶質Ni−P層の成分組成や金属組織も本発明では問わない。結晶質Ni−P層の金属組織は、一概に特定できないが、例えば、Niの結晶相とNiP等の析出相により構成されると考えられる。この金属組織は、結晶質Ni−P層の成分組成、結晶化度、熱履歴等によって異なる。
【0029】
結晶質Ni−P層のP量は、耐摩耗性部材の用途、機能、要求仕様等に応じて適宜調整される。もっとも結晶質Ni−P層(特に無電解Ni−Pめっきを経由した場合)は、全体を100質量%(以下単に「%」という)としたとき、Pが1〜13%であると、均一なめっき層が安定して形成される。つまりPが過少では還元剤である次亜リン酸ナトリム等が少なく、還元力が低下してめっきが析出されにくくなる。Pが過多ではめっき液が不安定となり現実的にめっきが困難となり得る。但し、非晶質なNi−Pめっき層とは異なり、本発明に係る結晶質Ni−P層はPが多くても十分な硬さを発揮し得る。
【0030】
(2)本発明に係る結晶質Ni−P層は、例えば、無電解Ni−Pめっきにより基体の表面上に形成されたNi−Pめっき層を、300℃〜500℃より好ましくは350〜450℃で加熱することにより得られる。無電解Ni−PめっきをしたままのNi−Pめっき層は非晶質で、その状態は200℃ぐらいまで維持され得る。ところが、その非晶質のNi−Pめっき層を200℃以上に加熱していくと、徐々に結晶化が進行する。この結晶化に応じて、結晶質Ni−P層の硬さや結晶質Ni−P層に作用する圧縮残留応力も大きくなり得る。
【0031】
勿論、結晶質Ni−P層は、無電解Ni−Pめっきのみならず、電解Ni−Pめっきに依っても得られる。無電解Ni−Pめっきが次亜リン酸ナトリウム等を還元剤として用いてPを共析させるのに対して、電解Ni−Pめっきは亜リン酸ナトリウム等を用いてPを共析させる。電解Ni−Pめっきは、基体の形状によって電流密度が異なり易く、共析するP量、めっきの膜厚等の制御が容易ではない。そこで本発明に係る結晶質Ni−P層は、無電解Ni−Pめっきから形成されると好ましい。
【0032】
《被覆層の形成(耐摩耗性部材の製造方法)》
本発明に係る被覆層は、その形成方法を問わないが、例えば、次のような無電解Ni−Pめっき法により形成される。
【0033】
(1)清浄工程
清浄工程により、基体表面に形成された酸化皮膜や機械加工等により基体表面に付着した油汚れ等が除去される。この清浄工程により、次工程の前処理を効率的に行え、Ni−Pめっき層の密着性等が向上し得る。
【0034】
清浄工程は、例えば、基体をアルカリ性溶液と接触させて酸化皮膜を除去するエッチング工程と、エッチング工程後に生じたスマットを酸性溶液で除去するデスマット工程からなる。アルカリ性溶液や酸性溶液の種類、それらの濃度等は適宜調整される。これらの工程に替えて、化学研磨や電解研磨により清浄工程を行うと、基体表面の平滑化も図れる。
【0035】
(2)前処理工程(ジンケート処理工程、活性化工程)
アルミニウム合金は、難めっき材であり、清浄工程を行っても、大気に接触すると、直ぐに緻密で強固な酸化皮膜が形成されて不活性となり、Ni−Pめっき層の形成が阻害され易い。
【0036】
そこでアルミニウム合金にめっきを行う場合、前処理工程としてジンケート処理がなされることが多い。ジンケート処理は、ジンケート液(例えば、酸化亜鉛を溶解させた水酸化ナトリウム水溶液等)に基体を接触させて、その基体表面に中間皮膜となる亜鉛置換めっきを形成する処理である。このジンケート処理を行うことにより、密着性に優れたNi−Pめっき層が基体表面に形成され易くなる。特にジンケート処理を2回以上行うと、密着性の高いNi−Pめっき層が得られ易い。従ってめっきの前処理の一つとして、ジンケート処理は本発明でも有効である。
【0037】
もっとも、ジンケート処理後に無電解Ni−Pめっきを行うと、中間皮膜を形成していた亜鉛の大部分がめっき液中に溶出する。このため、めっき液が汚染され、高価なめっき液の寿命が短くなって不経済である。
【0038】
そこで、ジンケート処理を行うことなく、基体表面へ直接めっきできる活性化工程を行うと好適である。この活性化工程は、基体表面にpH3〜12の処理液を接触させて基体表面を活性化する工程である。この処理液(活性化処理液)には、酸性活性化処理液またはアルカリ性活性化処理液がある。酸性活性化処理液には、例えば、塩酸、フッ酸、酸性フッ化アンモニウム等の水溶液がある。アルカリ性処理液には、例えば、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、水酸化アンモニウム、各種アミン類等の水溶液がある。勿論、この活性化工程は清浄工程後になされると好ましいが、酸性活性化処理液を用いる場合には活性化工程により前述した清浄工程を兼ねてもよい。
【0039】
ちなみに、活性化工程の意義は次の通りである。アルミニウム系基材に無電解めっきを施す場合、元素としてのアルミニウムは、還元剤の反応を開始させる触媒活性を有していないため、無電解めっき反応は自動的に開始されない。もっとも、実用的なアルミニウム系基材は、触媒活性を有する鉄、ニッケル等の元素を、不純物または添加元素として少なからず含有している。これらの元素を、アルミニウム系基材の表面に露出できれば無電解めっき反応を自動的に開始させることができる。しかし、脱脂、エッチング、酸浸漬等の清浄工程を経たアルミニウム系基材では、表面が不働態皮膜(アルミニウム酸化物)で覆われており、上述した鉄やニッケル等の析出物からなる活性点が十分に露出した状態にない。この段階のアルミニウム系基材を無電解めっき液に投入しても、めっき反応は開始されない。そこで、清浄工程後の活性化処理により不働態皮膜が消失されるに伴ない、活性点の露出が進む。そして、浸漬電位が−1.4〜−1.35V(vsAg/AgCl)までシフトすると、活性点の露出(活性化)が十分となり、アルミニウム系基材に対しても、無電解めっきが自動的に開始されるようになる。
【0040】
活性化工程自体は数分間程度行えば十分であるが、必要に応じて2回以上行ってもよい。いずれにしても、この活性化工程により、基体表面が十分に活性化されることが重要となる。この判断は、活性化処理した基体が有する自然(標準)電極電位の貴卑によって行える。自然電極電位の測定は、例えば、pH11.5に調整したアルカリ水溶液(測定液)に、活性化処理後の基体とAg/AgCl電極を浸漬して、電位差計により基体の自然電極電位を直ちに測定する。この自然電極電位が−1.4〜−1.35Vまでシフトすると、基体表面はめっきに好適な活性状態にあると判断される。要するに、基体の自然電極電位が所望値になるまで、基体表面に活性化処理液を接触させる活性化工程を行えばよい。
【0041】
なお、自然電極電位が所望値となる活性化条件を決定できれば、自然電極電位の測定を毎回行う必要はなく、その条件下で活性化工程を繰り返し行えばよい。ちなみに、自然電極電位の測定を行う場合、使用する測定液は、活性化処理液と相互に兼用可能である。この他、活性化工程に関することは、特許2648716号公報に詳しく記載されている。
【0042】
(3)めっき工程
めっき工程により、前処理した基体表面にNi−Pめっき層が形成される。このNi−Pめっき層は、無電解Ni−Pめっき液を用いることにより効率的に形成される。無電解めっき液の組成、めっき液の温度、めっき時間等は適宜調整される。
【0043】
なお、めっき直後のNi−Pめっき層は非晶質であり、必ずしも密着性が高くない。この密着性を高めるために、次の結晶化工程とは別に、めっき工程後の基体を200℃で1時間程度加熱してもよい。
【0044】
(4)結晶化工程
結晶化工程により、基体表面に形成された非晶質なNi−Pめっき層は結晶化した硬質な結晶質Ni−P層となる。この結晶化工程では、基本的にNi−Pめっき層を300〜500℃好ましくは350〜450℃で加熱すると好適である。このときの加熱時間は0.5〜10時間程度でよい。
【0045】
《基体》
基体は、結晶化工程で加熱しても軟化しないアルミニウム合金からなる。このアルミニウム合金は、400℃で10時間保持した後に室温状態で測定した残留硬さが120Hv以上となる耐軟化性を有するものであればよく、その組成や製造方法等は問わない。例えば、以降に述べるようなアルミニウム合金が好適である。
【0046】
〈アルミニウム合金の組成〉
(1)Fe
Feは、アルミニウム合金の強度や硬さなどを高める元素である。具体的には、適量のFeはAlと金属間化合物(Al−Fe系金属間化合物:第一化合物相)を母相(α−Al相)中に形成する。この第一化合物相がアルミニウム合金の強度や硬さを高める。
【0047】
アルミニウム合金全体を100質量%としたときに(以下ではこの記載を省略する。)、Feは1〜7%、3〜6%、4〜6%さらには4.5〜5.5%であると好ましい。Feが過少では十分な強度や硬さが得られず、Feが過多では延性が低下し、また高強度過ぎて成形性や加工性などが困難となる。
【0048】
なお、Feはアルミニウム合金の強度等に有効なだけではなく、上述した無電解Ni−Pめっきを行う際の触媒元素(活性化元素)としても機能し得る。すなわち、上述した活性化処理工程後に、基体表面からFeが部分的に露出していると、その部分が起点となってNi−Pめっき層が形成され始める。従ってFeを含有するアルミニウム合金を基体に用いることにより、密着性や均一性等に優れるNi−Pめっき層が形成される。この傾向はアルミニウム合金中のFe含有量が1%以上の範囲で増加するほど大きくなる。
【0049】
(2)ZrおよびTi
ZrおよびTiは、Alと協調して、アルミニウム合金の耐熱性を高める第二化合物相を形成する重要な元素である。前述した第一化合物相は、必ずしも熱的に安定ではなく、高温雰囲気に長時間曝されると、相変態や形状変化(粗大化)などを生じ得る。
【0050】
適量のZrおよびTiは、Alとの間でL1型構造のAl−(Zr、Ti)系金属間化合物(第二化合物相または析出相)を形成する。この第二化合物相は、母相に整合的であると共に、Al−Fe系金属間化合物と母相の境界(界面)近傍に出現して高温域まで安定している。具体的にいうと、第二化合物相は、少なくともその析出を開始した温度以下で、相変態や粗大化を生じることが殆どない。そして、第一化合物相と母相が接する近傍に析出等した第二化合物相は、アルミニウム合金の強度や硬さを担う第一化合物相の高温時における相変態や形状変化等を、安定的に抑止(いわばピン留め)する。このように第一化合物相および第二化合物相が相乗的に作用することによって、優れた耐軟化性、耐熱性を発揮するアルミニウム合金が得られたと考えられる。
【0051】
なお、本明細書でいう「整合」とは、第二化合物相の結晶基本構造が母相と同一であって、その母相との境界(界面)で原子面あるいは原子列が過不足なく連なっている場合をいう。但し、加工等に導入された転位によって原子列の乱れや点欠陥などを生じ得るが、このようなものは除いて考える。
【0052】
ところで、第二化合物相はナノ粒子状であり、その中央部でZr濃度が高く、その外郭部でTi濃度が高くなっていることもわかっている。つまり、Al(Zr、Ti)中のZrおよびTiの濃度が、中央から外殻にかけて傾斜していることもわかっている。このような第二化合物相の形成には、ZrがTiよりも多く存在して、Tiに対するZrの質量比(Zr/Ti)が所定範囲内であると好適である。
【0053】
そこでZrは0.5〜3%、0.66〜1.5%、0.7〜1.3%さらには0.8〜1.2%であると好ましい。またTiは0.5〜3%、0.6〜1%さらには0.7〜0.9%であると好ましい。ZrまたはTiが過少になると、その効果が低下し、ZrまたはTiが過多になると、溶解温度が極めて高くなり製造コスト高になると共にAlとの間で粗大な晶出物または析出物が形成されたり、アルミニウム合金の加工性や成形性が低下し得る傾向がある。
【0054】
そして両者の質量比(Zr/Ti)が1.1〜1.5さらには1.15〜1.4であると、第二化合物相の形成により、高温域まで安定なアルミニウム合金が得られ易くなる。
【0055】
なお、第一化合物相の境界近傍にある母相中に第二化合物相を微細に分散させるには、ZrおよびTiを基地中に十分に固溶(過飽和固溶)させて、後から析出させればよい。具体的には、急冷凝固により適量のZrおよびTiを過飽和に固溶させた後、その析出を促進させる駆動力となるエネルギーを付与するとよい。このようなエネルギーとして、熱処理や熱間加工等によって加えられる熱エネルギー、塑性加工等によって加えられる歪みエネルギーなどがある。加熱処理により熱エネルギーが単独で加えられてもよいし、熱間加工等により熱エネルギーと歪みエネルギーが同時に加えられてもよい。さらには、冷間加工後または温間加工後に加熱処理を行うなど、歪みエネルギーを導入した後に熱エネルギーを加えてもよい。熱エネルギーに歪みエネルギーが加わることにより、第二化合物相の析出が加速されて、耐熱高強度アルミニウム合金を短時間内で効率的に得ることができる。
【0056】
(3)Mg
Mgは、アルミニウム合金の強度(特に室温強度)の向上に有効な元素である。Mgは0.5〜5%、0.6〜2.2%、1〜2%さらには1.2〜1.8%であると好ましい。Mgが過少ではその効果がなく、過多ではアルミニウム合金材の加工性や成形性の低下を招く。
【0057】
(4)上述した内容を踏まえて、本発明に係るアルミニウム合金は、例えば、全体を100%としたときに、Fe:3〜6%、Zr:0.66〜1.5%、Ti:0.6〜1%、Tiに対するZrの質量比(Zr/Ti):1.1〜1.5、残部:Alと不可避不純物および/または改質元素となる合金組成を有すると好適である。
【0058】
ここでいう「改質元素」は、Al、Fe、Zr、TiおよびMg以外の元素であって、アルミニウム合金の特性改善に有効な元素である。改善される特性は、その種類は問わないが、高温域または室温域における強度、硬さ、靱性、延性、寸法安定性などがある。このような改質元素の具体例として、Cr、Co、マンガン(Mn)、ニッケル(Ni)、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタン(La)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、ニオブ(Nb)などがある。各元素の配合などは任意であるが、通常、その含有量は微量である。
【0059】
「不可避不純物」は、溶解原料中に含まれる不純物や各工程時に混入等する不純物などであって、コスト的または技術的な理由等により除去することが困難な元素である。本発明に係るアルミニウム合金の場合であれば、例えば、シリコン(Si)等がある。
【0060】
〈アルミニウム合金の金属組織〉
上述したアルミニウム合金は、Alの母相(α相)と、Al−Fe系金属間化合物相(第一化合物相)と、Al−(Zr、Ti)系金属間化合物(第二化合物相)を少なくとも有する複合組織からなる。
【0061】
第二化合物相の平均サイズは、1〜30、2〜20nmさらには3〜15nmであると好ましい。このサイズが過小でも過大でも、第二化合物相によるアルミニウム合金の耐熱性の向上効果が低下し得る。なお平均サイズとは、アルミニウム合金中より無作為に抽出したサンプルを透過電子顕微鏡(TEM)で観察し、30個以上の分散する第二化合物相の平均直径を画像処理法により解析して求めた値である。
【0062】
〈アルミニウム合金の製造方法〉
(1)上述したようなアルミニウム合金の製造方法は種々考えられる。例えば、合金溶湯を100℃/秒以上の冷却速度で急冷凝固させた凝固体を得る凝固工程と、この凝固体を例えば300〜500℃で加熱する熱処理工程とを備えるアルミニウム合金の製造方法でもよい。この熱処理工程は、凝固体に熱間で塑性加工を施す熱間加工工程であると、前述した第二化合物相が基地中に超微細に均一的に分散した金属組織を得ることができて好適である。
【0063】
急冷凝固させた凝固体は、ZrおよびTiが基地中に過飽和に固溶した状態となっている。この原素材に熱間塑性加工を施すと、所望形状に創成された加工材が得られるのみならず、凝固体に熱エネルギーおよび歪みエネルギーが順次または同時に印加されて、第二化合物相の析出が促進される。こうして、母相中に第一化合物相のみならず、第二化合物相が超微細に多数析出した耐熱性に優れるアルミニウム合金が容易に得られる。そして、第二化合物相の析出に長時間を要する時効処理等を行う必要もなく、アルミニウム合金を効率的に低コストで得ることが可能となる。勿論、熱処理(例えば、時効処理)により第二化合物相を析出させてもよい。
【0064】
(2)凝固体の冷却速度は大きいほど好ましく、例えば、100℃/秒、300℃/秒以上、1000℃/秒以上、5000℃/秒以上さらには10000℃/秒以上であるとよい。これにより第二化合物相の生成に必要なZrおよびTiを過飽和に固溶させた凝固体(原素材)を容易に得ることができる。
【0065】
このような急冷凝固は、例えば、アトマイズ法、スプレーフォーミング法、ストリップキャスト法(ロール鋳造法等)などにより行える。アトマイズ法によると、粉末状の凝固体(アトマイズ粒子が集合したアトマイズ粉末)が得られる。スプレーフォーミング法によると、塊状の凝固体が得られる。連続鋳造法によると、薄帯からなる凝固体が得られる。
【0066】
凝固体のサイズは問わないが、アトマイズ粒子なら、例えば、平均粒径が50〜300μm程度であり、薄片なら、例えば、厚さが0.05〜1.5mmで5〜8mm角程度であると好ましい。
【0067】
原素材は、このような凝固体そのものでも良い。もっとも、アトマイズ粉末(水アトマイズ粉末、ガスアトマイズ粉末、水・ガスアトマイズ粉末)や薄帯を破砕または粉砕した薄片からなる破砕粉等を、圧縮成形した成形体またはビレットを原素材として用いると、生産性等の点で好ましい。
【0068】
(3)熱間塑性加工には、押出加工、鍛造加工、圧延加工、焼結鍛造加工等がある。例えば、ビレットを熱間で押出成形して押出材(加工材)を得る押出加工の場合、ビレットの押出温度は350〜500℃さらには400℃〜480℃にすると好ましい。押出温度が過小であると、第二化合物相の析出やアルミニウム合金の耐熱温度が不十分となる。また加工力も増加して好ましくない。一方、押出温度が過大になると、金属組織の粗大化が進行し、却ってアルミニウム合金の耐熱性が低下し得る。
【0069】
ビレットの押出比は5〜30さらには10〜20が好ましい。押出比が過小であると、粉末粒子同士または破砕片同士の圧接が不十分となり、所望の強度や延性が得られず、押出比が過大になると加工力が増加して成形困難となる。
【0070】
なお、押出成形等に用いるビレットの相対密度(嵩密度/真密度)は問わないが、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上さらには90%以上であると好ましい。相対密度が過小であると、ビレットの保形性や取扱性が低下する。相対密度の上限は問わないが、生産性を考慮すると、95%以下が好ましい。
【0071】
〈その他〉
上述したアルミニウム合金以外に、例えば特開2007−92117号公報や特開2011−42861号公報等に記載されている耐軟化性に優れたアルミニウム合金を耐摩耗性部材の基体に用いることもできる。
【0072】
《用途》
本発明の耐摩耗性部材は、その用途や使用環境を問わない。もっとも、本発明の耐摩耗性部材は、優れた耐摩耗性を有するため、他部材や流体(液体、気体)と接触する摺動部材に好適である。具体的には、ピストン、インペラ、吸気バルブ、コンロッド、ロータ等である。特に本発明に係る基体は、耐熱性や耐軟化性にも優れるので、高温環境下で使用される部材に好適である。具体的には、内燃機関のピストン、過給器のインペラ等に本発明の耐摩耗性部材は好適である。この他、コンプレッサー、シャフト、ローラー、パイプ、ブレーキシリンダー、AT変速機器部品、金型、ねじ等にも本発明の耐摩耗性部材を用いると好適である。
【実施例】
【0073】
《耐摩耗性部材の製造》
〈基体〉
耐軟化性に優れた表1に示す多数のアルミニウム合金中から、その一例として選択した基材No.11のアルミニウム合金(Al−5%Fe−1%Zr−0.85%Ti−1.5%Mg)からなる基体(試験片)を用意した。ちなみに、この基体は、430℃で直径50mmに押出加工した素材を、φ30mm×厚さ3mmの円板状に加工したものである。また「%」は特に断らない限り質量%を意味する。
【0074】
〈被覆層〉
(1)清浄工程
この基体を、水酸化ナトリウム水溶液(濃度50g/L)でアルカリエッチングして、基体の表面に形成されていた酸化皮膜を除去した(エッチング工程)。これを水洗した後、基体の表面にできたスマットを硝酸水溶液(濃度30%)で除去し、さらに水洗した(デスマット工程)。こうして基体表面を清浄化した(清浄工程)。
【0075】
(2)活性化工程
清浄化した基体を、さらに、pH11.5の炭酸ナトリウム水溶液に浸漬して活性化処理をした。この活性化処理を基体の標準(自然)電極電位が−1.4〜−1.35V(vsAg/AgCl)にシフトするまで継続した。なお、標準電極電位は該測定液に活性化処理後の基体及びAg/AgCl電極を浸漬、電位差計により測定した。こうしてジンケート処理をせずに直接めっきをするための前処理を行った。
【0076】
(3)めっき工程
前処理をした基体を、90℃のめっき液中に60分間浸漬した。めっき液には、市販されている無電解ニッケルリンめっき液(奥野製薬工業株式会社製トップニコロンBL)を用いた。こうして基体表面にNi−Pめっき層が形成された。
【0077】
(4)加熱工程(結晶化工程)
めっき処理した基体を加熱炉に入れて大気圧雰囲気中で1時間加熱した。加熱温度は、200℃、300℃、350℃、400℃および450℃とした。こうして加熱温度の異なる複数の試験片を得た。
【0078】
(5)比較例
表1の基材No.C1および基材No.C2に示す市販のアルミニウム合金(A2618およびA6061)も用意した。これらのアルミニウム合金からなる基体についても、上述した処理を同様に行った。
【0079】
《測定》
(1)基体と被覆層の硬さ
加熱温度の異なる試験片をそれぞれ切断し、切断面の基体部分と被覆層部分の硬さを室温状態でマイクロビッカース硬度計(株式会社アカシ製MVK−E)を用いて測定した。この際、試験荷重:0.245N、保持時間:20秒として、5回測定した平均値を求めた。この結果を図1および図2にそれぞれ示した。なお、図2には、基材No.11からなる試験片について測定した被覆層の硬さのみを示したが、他の基材からなる試験片についても同様な結果であった。
【0080】
(2)被覆層の残留応力
加熱温度の異なる試験片の表面(Ni−Pめっき層)に現れた残留応力を測定した。この測定は、X線応力測定法標準(日本材料学会X線材料強度部門委員会(1997))に基づいて行った。具体的には、試料水平型強力X線回折装置(株式会社リガク製RINT−TTR)を用いて平行ビーム法および並傾法により、試験片のX線回折パターンを得た(X線源:Cu−Kα、出力:50kV−300mA)。このX線回折パターンに基づき、sinψ法により残留応力σを算出した。
σ=K・Δ(2θ)/Δ(sinψ)
K={E・cotθ/2(1+ν)}・(π/180)
E:Niのヤング率(202000MPa)、
ν:Niのポアソン比(0.306)、
θ :標準ブラッグ角(ψ=0deg.のときの回折角度)
こうして得られた結果を図3に示した。この図中、「+」は引張応力を、「−」は圧縮応力を意味する。
【0081】
《評価》
(1)基体の硬さ
図1から明らかなように、基材No.11からなる基体は、450℃まで加熱しても硬さが殆ど変化しなかった。より具体的にいうと、加熱工程の前後を通じて基体の硬さは、160〜170Hv内で安定しており、高々10〜15Hv程度しか変化しなかった。さらにいえば、基材No.11からなる基体は、高温で加熱するほど硬さが増加する傾向を示した。
【0082】
ちなみに、めっき工程後に400℃で加熱した後の基体の硬さ(残留硬さ)は165Hvであり、これは表1に示す基材No.11のアルミニウム合金単体の残留硬さとほぼ同等であった。
【0083】
一方、基材No.C1や基材No.C2からなる基体は、200℃以上に加熱すると、硬さが急激に低下した。そして400℃で加熱した後の硬さ(残留硬さ)は、80Hvよりも小さくなった。いずれにしても、基材No.C1や基材No.C2からなる基体は、400℃で加熱した後の残留硬さが120Hv未満さらには100Hv未満となった。
【0084】
(2)被覆層の硬さ
図2から明らかなように、めっき工程で基体表面形成された(無電解)Ni−Pめっき層の硬さは、200℃までは殆ど変化せず、500Hv程度であった。
【0085】
しかし、200℃を超えて加熱すると、Ni−Pめっき層は急激に硬さを増し、300℃まで加熱したときの硬さは1000Hv、350℃まで加熱したときの硬さは1180Hv、400℃まで加熱したときの硬さは1300Hvにもなった。
【0086】
このように、ある温度以上にNi−Pめっき層を加熱した場合に、その硬さが急変するのは、Ni−Pめっき層の構造が変化しているためと考えられる。具体的には、Ni−Pめっき層が非晶質(アモルファス)状態から結晶質状態(結晶質Ni−P層)に変化したためと考えられる。このことは、次に述べる残留応力の測定結果からわかる。
【0087】
(3)被覆層の結晶性と残留応力
加熱前のNi−Pめっき層および200℃で加熱後のNi−Pめっき層の表面を上述したようにX線を用いて測定したところ、X線回折ピークはブロードであり、Ni−Pめっき層は共に非晶質状態であることがわかった。これらのことを示すNi−Pめっき層のX線回折像を図4に示した。一方、350℃、400℃および450℃で加熱したNi−Pめっき層の場合、明確なX線回折ピークが現れ、Ni−Pめっき層は共に結晶質状態であることがわかった。特に、400℃以上で加熱した場合、NiとNiPの強い回折ピークが観られた。
【0088】
そして図3から明らかなように、これらNi−Pめっき層の表面には900〜1200MPaもの圧縮残留応力が生じており、加熱温度に比例して圧縮残留応力が大きくなることもわかった。例えば、Ni−Pめっき層を400℃で加熱した場合、1017(MPa)という高い圧縮残留応力が生じていた。なお、X線回折ピークがブロードなNi−Pめっき層の表面の残留応力は、上述した方法では正確に評価できなかった。そこで参考として、加熱前のNi−Pめっき層の表面の残留応力をBrenner Senderoff のContracto Meter型電着応力計により応力測定したところ、引張残留応力状態(参考値:12MPa)であることがわかった(参考文献:A.Brenner and S.Senderoff ; plating, 36, 810, (1949))。
【0089】
《観察》
(1)基材No.11と基材No.C3(A1050)のアルミニウム合金基材からなる10×70×1mmの板状の基体に、上述した方法により無電解ニッケルリンめっきを施した。これら試験片の外観写真を図5Aおよび図5Bにそれぞれ示した。いずれの試験片も、めっき後に加熱はしていない。
【0090】
(2)図5Aから明らかなように、Feを含有する基材No.11の試験片の場合、めっき表面に剥離、膨れ等がなく、良好に密着した均一的なNi−Pめっき層が形成されることがわかった。
【0091】
一方、図5Bから明らかなように、Feを実質的に含有しない基材No.C3の試験片の場合、めっき表面に膨れ等が生じて、Ni−Pめっき層は密着不良となった。
【0092】
このようにNi−Pめっき層の密着性に相違が生じたのは、基材の成分組成が異なるためと考えられる。基材No.11はFeを5%程度含有するが、基材No.C3は工業用純アルミニウムであり、不純物であるFeを実質的に含有しない(Fe:0.40%以下/JIS)。
【0093】
基材No.11からなる試験片の場合、清浄工程および活性化工程によりFeが表面に現れ、その表面が触媒を兼ねることにより、密着性に優れたNi−Pめっき層が形成されたと考えられる。逆に、基材No.C3からなる試験片の場合、清浄工程および活性化工程後もFeが表面に現れず、基材自体が触媒作用を果たすことがなかったため、Ni−Pめっき層の密着不良が生じたと考えられる。従って、活性化工程を経る場合、触媒活性を有するFe、Ni、Pd、Mn、Coなどを含むアルミニウム合金を基体に用いると、密着性に優れた被覆層を有する耐摩耗性部材が得られるといえる。
【0094】
《耐摩耗性》
アルミニウム合金基体上に形成したNi−Pめっき層の耐摩耗性を評価するため、表1に示す基材No.11を用いて、表2に示す3種の試験片を用意した。これら試験片をボールオンディスク試験に供した。なお、ボールオンディスク試験は、試験片の評価面(摺動面)に一定の垂直荷重5Nを印加したボール(JIS SUJ2)を接触させたまま、その試験片を回転させることにより行った。この際、ボールに対する試験片の摺動速度は20cm/sとし、摺動距離は600mとした。また、この試験は無潤滑下の室温大気中で行った。
【0095】
この試験後の各試験片の表面を表面粗さ計で計測して求めた摩耗痕深さを表2に併せて示した。また、試験後の各試験片の摩耗痕の断面形状を図6A〜図6Cに示した。なお、ボールオンディスク試験前のNi−Pめっき層の厚さは10μmであった。
【0096】
これらからも明らかなように、十分な残留硬さを有する基体上に高温処理されたNi−Pめっき層からなる被覆層を有する試験片No.1は、殆ど摩耗することなく、高い耐摩耗性を発現することが確認できた。逆に、それ以外の試験片では、基体側まで摩耗が深く進行していた。以上のことから、本発明に属する基体および被覆層からなる耐摩耗性部材は、アルミニウム合金からなる基体の優れた残留硬さと、Ni−Pめっき層の加熱硬化特性が相乗的に作用することにより、優れた耐摩耗性が発揮されることがわかった。
【0097】
《基材の製造》
上述した基体に好適なアルミニウム合金(基材)は、例えば、次のようにして得られる。表1に示す組成のアルミニウム合金の溶湯を調製した(溶湯調製工程)。この合金溶湯を真空雰囲気中に噴霧してエアアトマイズ粉末(凝固体)を得た(凝固工程)。得られたエアアトマイズ粉末の粒子(アトマイズ粒子)を分級して粒径:150μm以下のアトマイズ粉末を用意した。ちなみに、エアアトマイズにより得られる粉末粒子のサイズと冷却速度の関係は公知である。これにより、上記アトマイズ粉末は10℃/秒以上の冷却速度で急冷凝固した粒子からなるといえる。
【0098】
アトマイズ粉末を冷間静水等方圧プレス成形(CIP)して、φ40mm×40mm、相対密度85%の押出ビレット(原素材)を得た。
【0099】
この押出ビレットを押出成形機のコンテナ(図略)内に装填した。そして、そのコンテナに設けた加熱装置で430℃に加熱した押出ビレットを、押出成形して、φ12mm×400mmの(中実)棒材(加工材)を得た(熱間塑性加工/加工工程)。このときの押出比(原素材の断面積/加工材の断面積)は11.1とした。こうして得られたアルミニウム合金の棒材から採取した試料を用いて、以下の測定等を行った。
【0100】
《測定》
(1)強度および延性
各試料からから切り出した試験片を用いて引張試験を行い、室温における強度および延性と、300℃(予熱なし)における強度を測定した。その結果を表1に併せて示した。なお、引張試験はJIS Z2241に沿って行い、表1に示した強度は破断強さであり、延性は試験開始から破断時までにおける標点間距離の延び率である。
【0101】
(2)残留硬さ(耐軟化性)の測定
各試料の残留硬さ(各試料を高温加熱した後の室温硬さ)も測定した。具体的には、400℃の大気雰囲気中に10時間保持した後、室温状態に戻した各試料のビッカース硬さを測定した。ビッカース硬さの測定は、ビッカース試験機を用いて、荷重0.98N、保持時間20sとして室温環境下で行った。
【0102】
《基材の評価》
表1から明らかなように、適量のFe等を含有するアルミニウム合金は、いずれも、室温状態における初期特性に優れるのみならず、高温特性にも優れている。特にFe量が増加するほど高温強度も増加する傾向にある。また、Zr量またはTi量が適量なほど、高温強度や耐軟化性に優れ、400℃に加熱した後でも十分な残留硬さを維持していた。
【0103】
【表1】

【0104】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金からなる基体と、
該基体の少なくとも一部の表面を被覆する被覆層と、
からなるアルミニウム合金製耐摩耗性部材であって、
前記アルミニウム合金は、400℃の大気圧雰囲気中に10時間保持した後に室温状態で測定した残留硬さが120Hv以上あり、
前記被覆層は、ニッケル(Ni)とリン化ニッケル(NiP)からなる結晶質Ni−P層からなること、
を特徴とするアルミニウム合金製耐摩耗性部材。
【請求項2】
前記結晶質Ni−P層は、全体を100質量%(以下単に「%」という)としたときに、Pを1〜13%含む請求項1に記載のアルミニウム合金製耐摩耗性部材。
【請求項3】
前記結晶質Ni−P層は、無電解Ni−Pめっきにより前記基体の表面上に形成された非晶質なNi−Pめっき層を加熱してなる請求項1または2に記載のアルミニウム合金製耐摩耗性部材。
【請求項4】
前記結晶質Ni−P層には、圧縮残留応力が作用している請求項1〜3のいずれかに記載のアルミニウム合金製耐摩耗性部材。
【請求項5】
前記アルミニウム合金は、全体を100%としたときに、鉄(Fe)を1〜7%含む請求項1または4に記載のアルミニウム合金製耐摩耗性部材。
【請求項6】
前記アルミニウム合金は、さらに、全体を100%としたときに、
ジルコニウム(Zr)を0.5〜3%と、
チタン(Ti)を0.5〜3%と、
を含む請求項5に記載のアルミニウム合金製耐摩耗性部材。
【請求項7】
前記アルミニウム合金は、さらに、全体を100%としたときに、
マグネシウム(Mg)を0.5〜5%含む請求項6に記載のアルミニウム合金製耐摩耗性部材。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載のアルミニウム合金製耐摩耗性部材の製造方法であって、
前記基体表面に無電解Ni−Pめっき液を接触させて該基体表面にNi−Pめっき層を形成するめっき工程と、
該Ni−Pめっき層を加熱して該Ni−Pめっき層を結晶化させる結晶化工程と、
を備えることを特徴とするアルミニウム合金製耐摩耗性部材の製造方法。
【請求項9】
前記めっき工程前に、前記基体表面に処理液を接触させて該基体表面を活性化する活性化工程または該基体表面にジンケート処理を施すジンケート工程からなる前処理工程を備える請求項8に記載のアルミニウム合金製耐摩耗性部材の製造方法。
【請求項10】
前記前処理工程前に、前記基体表面を清浄する清浄工程を備える請求項9に記載のアルミニウム合金製耐摩耗性部材の製造方法。
【請求項11】
前記清浄工程は、前記基体をアルカリ性溶液と接触させて前記酸化皮膜を除去するエッチング工程と、
該エッチング工程後に生じたスマットを酸性溶液で除去するデスマット工程と、からなる請求項10に記載のアルミニウム合金製耐摩耗性部材の製造方法。
【請求項12】
前記基体は、
合金溶湯を急冷凝固させた凝固体を得る凝固工程と、
該凝固体を加熱する熱処理工程と、
を経て得られたアルミニウム合金からなる請求項8〜11のいずれかに記載のアルミニウム合金製耐摩耗性部材の製造方法。
【請求項13】
前記熱処理工程は、前記凝固体に熱間で塑性加工を施す熱間加工工程である請求項12に記載のアルミニウム合金製耐摩耗性部材の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図6A】
image rotate

【図6B】
image rotate

【図6C】
image rotate

【図5A】
image rotate

【図5B】
image rotate


【公開番号】特開2013−64192(P2013−64192A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−172934(P2012−172934)
【出願日】平成24年8月3日(2012.8.3)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】