説明

アーク溶接電源の出力制御方法

【課題】消耗電極アーク溶接電源において、定電圧制御に溶接電力制御を加味した電圧電力制御におけるパラメータの設定方法を簡易化して操作性を向上させること。
【解決手段】本発明は,溶接ワイヤを予め定めた送給速度で送給すると共に、溶接電流値Iwと溶接電圧値Vwとの積である溶接電力値Pwと予め定めた電力設定値Prとの誤差増幅値ΔPを算出し、予め定めた溶接電圧設定値Vrからこの誤差増幅値ΔPを減算して電圧制御設定値Vcrを算出し、この電圧制御設定値Vcrと前記溶接電圧値Vwが略等しくなるように溶接電源の出力を制御してアーク溶接を行うアーク溶接電源の出力制御方法において、前記送給速度の設定値Frに対応する溶接電流設定値Irを算出し、前記電力設定値Prをこの溶接電流設定値Irと前記溶接電圧設定値Vrとの積として設定するアーク溶接電源の出力制御方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極アーク溶接において溶接電流値と溶接電圧値との積である溶接電力値に基づいて溶接電源の出力を制御することによって溶接状態の安定性を向上させるためのアーク溶接電源の出力制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
消耗電極アーク溶接では、消耗電極である溶接ワイヤを予め定めた送給速度Wfで母材へ送給すると共に、溶接電源から溶接電流Iw及び溶接電圧Vwを供給し、溶接ワイヤと母材との間にアークを発生させて溶接を行う。このときの溶接電源には定電圧特性のものが使用されるのが一般的である。すなわち、溶接電圧Vwが予め定めた溶接電圧設定値Vrと等しくなるように溶接電源の出力が制御される。定電圧特性が使用される理由は以下のとおりである。すなわち、溶接品質を良好にするためにはアーク長を適正値に維持する必要がある。アーク長は溶接電圧Vwと略比例関係にあるために、アーク長を溶接電圧Vwで検出して、この検出値が適正アーク長に相当する溶接電圧設定値Vrと等しくなるように制御することによって、アーク長の適正化を図るものである。
【0003】
消耗電極アーク溶接の代表的な溶接法としては、炭酸ガスアーク溶接(CO2溶接)、マグ溶接、ミグ溶接等がある。これらの溶接法では、平均溶接電流値が100〜200A以下のときには短絡移行溶接になり、電流値が高くなるとグロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接になる。図4は、この短絡移行溶接における溶接電流Iw及び溶接電圧Vwの波形図の一例である。同図に示すように、溶接ワイヤと母材とが短絡する短絡期間Ts中は、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは上昇し、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは低い短絡電圧値になる。アークが発生するアーク期間Ta中は、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは下降し、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは高いアーク電圧値になる。同図(B)に示すように、溶接電圧Vwの平滑値が溶接電圧設定値Vrと等しくなるように溶接電源の出力は制御される。次に図5は、上述したグロビュール移行溶接における溶接電流Iw及び溶接電圧Vwの波形図である。同図(A)に示すように、溶接電流Iwは溶接ワイヤから溶滴が移行したときに急減し、その後は徐々に上昇する。周期Tfごとに溶滴の移行が繰り返され、その都度電流値が変化する。他方、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは溶滴移行時にアーク長が長くなるために急増し、その後はアーク長が徐々に短くなるにつれ下降する。同図(B)に示すように、溶接電圧Vwの平滑値が溶接電圧設定値Vrと等しくなるように、溶接電源の出力が制御される。
【0004】
上述した消耗電極アーク溶接において、定電圧特性を基本的な制御とすると共に、溶接電流値Iwと溶接電圧値Vwとの積である溶接電力値Pwの制御を加味する電圧電力制御が提案されている。溶接電力値Pwは溶接ワイヤ及び母材への入熱と関係する値である。したがって、この電圧電力制御は、定電圧制御によってアーク長を適正化すると共に、電力制御によって入熱制御を部分的に加味することによって溶品質のさらなる向上を図るものである(例えば、特許文献1〜3を参照)。
【0005】
図6は、上述した従来技術の電圧電力制御を採用した溶接電源のブロック図の一例である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0006】
電源主回路MCは、3相200V等の商用電源を入力として、後述する電圧誤差増幅信号ΔVに従ってインバータ制御、サイリスタ位相制御等の出力制御を行い、アーク溶接に適した溶接電流Iw及び溶接電圧Vwを出力する。溶接ワイヤ1は送給モータMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を通って送給されて、母材2との間にアーク3が発生する。
【0007】
電圧検出回路VDは、溶接電圧Vwを検出して、電圧検出信号Vdを出力する。電流検出回路IDは、溶接電流Iwを検出して、電流検出信号Idを出力する。溶接電力算出回路PWは、上記の電流検出信号Idと電圧検出信号Vdとの乗算を行い、溶接電力信号Pw=Id×Vdを出力する。電力設定回路PRは、予め定めた電力設定信号Prを出力する。電力誤差増幅回路EPは、上記の電力設定信号Prと上記の溶接電力信号Pwとの誤差を増幅して、電力誤差増幅信号ΔPを出力する。
【0008】
溶接電圧設定回路VRは、予め定めた溶接電圧設定信号Vrを出力する。減算回路SBは、上記の溶接電圧設定信号Vrから上記の電力誤差増幅信号ΔPを減算して、電圧制御設定信号Vcr=Vr−ΔPを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、上記の電圧制御設定信号Vcrと上記の電圧検出信号Vdとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号ΔVを出力する。
【0009】
送給速度設定回路FRは、予め定めた送給速度設定信号Frを出力する。送給制御回路FCは、上記の送給速度設定信号Frに相当する送給速度になるように送給制御信号Fcを出力し送給モータMを制御する。
【0010】
同図では、溶接電圧設定信号Vrを電力誤差増幅信号ΔPによって修正した電圧制御設定信号Vcrと、溶接電圧Vwとが等しくなるように電源主回路MCを出力制御している。したがって、定電圧制御に電力制御を加味した制御となっている。
【0011】
【特許文献1】特開昭61−71177号公報
【特許文献2】特開2002−273569号公報
【特許文献3】特開2002−361418号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
一般的な消耗電極アーク溶接電源では、アーク長を設定する溶接電圧設定信号Vrと、送給速度を設定する送給速度設定信号Frとを溶接条件に応じて適正値に設定する。両設定信号に関しては、これまでに蓄積された膨大なデータ及び長年の経験に基づく熟練した技能が存在する。このために、溶接条件が定まれば、両設定信号を容易に適正値に設定することができる。
【0013】
図6で上述した従来技術においては、設定すべき項目は上記の両設定信号Vr、Frに加えて電力設定信号Prを適正値に設定する必要がある。この電力設定信号Prは溶接条件ごとに設定値を変更する必要がある。しかし、この電力設定信号Prの適正値が種々の溶接条件に対応してどうような値になるかについての蓄積されたデータも経験もない。このために、電力設定信号Prを適正化するのに多くの時間がかかっていた。すなわち、電圧電力制御を採用した溶接電源は使用方法が複雑になるために、普及していないのが実情である。
【0014】
そこで、本発明では、電圧電力制御型溶接電源の設定方法を簡易化して使用しやすくすることができるアーク溶接電源の出力制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、溶接ワイヤを予め定めた送給速度で送給すると共に、溶接電流値と溶接電圧値との積である溶接電力値と予め定めた電力設定値との誤差増幅値を算出し、予め定めた溶接電圧設定値からこの誤差増幅値を減算して電圧制御設定値を算出し、この電圧制御設定値と前記溶接電圧値が略等しくなるように溶接電源の出力を制御してアーク溶接を行うアーク溶接電源の出力制御方法において、
前記送給速度の設定値に対応する溶接電流設定値を算出し、前記電力設定値をこの溶接電流設定値と前記溶接電圧設定値との積として設定する、ことを特徴とするアーク溶接電源の出力制御方法である。
【0016】
また、第2の発明は、溶接ワイヤを予め定めた送給速度で送給すると共に、溶接電流値と溶接電圧値との積である溶接電力値の微分値を算出し、予め定めた溶接電圧設定値からこの溶接電力微分値を減算して電圧制御設定値を算出し、この電圧制御設定値と前記溶接電圧値が略等しくなるように溶接電源の出力を制御してアーク溶接を行う、ことを特徴とするアーク溶接電源の出力制御方法である。
【発明の効果】
【0017】
上記第1の発明によれば、アーク溶接電源を電圧電力制御するときに電力設定値を溶接電流設定値と溶接電圧設定値との積として自動設定する。このために、溶接電流設定値に対応する送給速度設定値と溶接電圧設定値を従来とおり設定するだけでよく、複雑な電力設定値の設定は不要となる。この結果,電圧電力制御型の溶接電源の操作性が向上する。
【0018】
上記第2の発明によれば、アーク溶接電源を電圧電力制御するときに溶接電力値の微分値を使用するために電力設定値の設定は不要となる。このために、送給速度設定値と溶接電圧設定値を従来とおり設定するだけでよい。この結果,電圧電力制御型の溶接電源の操作性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0020】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係るアーク溶接電源の出力制御方法を示すブロック図である。同図において上述した図6と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図6とは異なる点線で示すブロックについて同図を参照して説明する。
【0021】
溶接電流設定値算出回路ICRは、送給速度設定信号Frを入力として、溶接条件ごとに予め定めた関係によって溶接電流設定信号Irを算出して出力する。この関係の一例を図2に示す。図2は、送給速度設定信号Frと溶接電流設定信号Irとの関係を示す。図2において、L1は直径1.2mmの鉄鋼ワイヤの場合であり、L2は直径1.6mmの鉄鋼ワイヤの場合であり、給電チップ・母材間距離が15mmの場合である。例えば、L1においてFc=4m/minのときはIr=150Aとなる。この関係は、各送給速度で溶接を行ったときの通電する平均溶接電流値を示しており、広く知られた一般的なデータである。
【0022】
電力設定値算出回路PCRは、上記の溶接電流設定信号Ir及び溶接電圧設定信号Vrを入力として、両値の乗算を行い、電力設定信号Pr=Ir×Vrを出力する。これ以外の動作は上述した図6と同一である。溶接電流設定信号Irは、上述したように、送給速度に対応する平均溶接電流値を表しており、溶接電圧設定信号Vrは適正なアーク長に対応する平均溶接電圧値を表している。したがって、両値の積である電力設定信号Prは、各溶接条件における適正な入熱量を表していることになる。このために、電圧電力制御における電力設定信号Prを、溶接電流設定信号Ir及び溶接電圧設定信号Vrによって自動的に設定することができる。溶接電流設定信号Irは、上述したように、送給速度設定信号Frによって算出されるので、結局図1の溶接電源においては従来通り送給速度設定信号Fr及び溶接電圧設定信号Vrのみを設定すればよい。
【0023】
[実施の形態2]
図3は、本発明の実施の形態2に係るアーク溶接電源の出力制御方法を示すブロック図である。同図において上述した図6と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図6とは異なる点線で示すブロックについて同図を参照して説明する。
【0024】
電力微分回路BPは、溶接電力信号Pwの微分値を算出して、電力微分信号Bp=dPw/dtを出力する。第2減算回路SB2は、溶接電圧設定信号Vrから上記の電力微分信号Bpを減算して、電圧制御設定信号Vcr=Vr−Bpを出力する。これ以外の動作は上述した図6と同一である。
【0025】
実施の形態2では、電力微分信号Bpを利用することによって電圧電力制御を実現している。これにより、溶接中の電力の変化を抑制して入熱の安定化を図り、溶接性の向上を図るものである。実施の形態2においては、送給速度設定信号Fr及び溶接電圧設定信号Vrのみを従来通り設定すればよい。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施の形態1に係るアーク溶接電源の出力制御方法を示すブロック図である。
【図2】送給速度設定信号Frと溶接電流設定信号Irとの関係図である。
【図3】本発明の実施の形態2に係るアーク溶接電源の出力制御方法を示すブロック図である。
【図4】従来技術における短絡移行溶接の電流・電圧波形図である。
【図5】従来技術におけるグロビュール移行溶接の電流・電圧波形図である。
【図6】従来技術におけるアーク溶接電源の出力制御方法を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0027】
1 溶接ワイヤ
2 母材
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
BP 電力微分回路
Bp 電力微分信号
EP 電力誤差増幅回路
EV 電圧誤差増幅回路
FC 送給制御回路
Fc 送給制御信号
FR 送給速度設定回路
Fr 送給速度設定信号
ICR 溶接電流設定値算出回路
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
Ir 溶接電流設定信号
Iw 溶接電流
M 送給モータ
MC 電源主回路
PCR 電力設定値算出回路
PR 電力設定回路
Pr 電力設定信号
PW 溶接電力算出回路
Pw 溶接電力(値/信号)
SB 減算回路
SB2 第2減算回路
Ta アーク期間
Tf 周期
Ts 短絡期間
Vcr 電圧制御設定信号
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
VR 溶接電圧設定回路
Vr 溶接電圧設定(値/信号)
Vw 溶接電圧
Wf 送給速度
ΔP 電力誤差増幅信号
ΔV 電圧誤差増幅信号


【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤを予め定めた送給速度で送給すると共に、溶接電流値と溶接電圧値との積である溶接電力値と予め定めた電力設定値との誤差増幅値を算出し、予め定めた溶接電圧設定値からこの誤差増幅値を減算して電圧制御設定値を算出し、この電圧制御設定値と前記溶接電圧値が略等しくなるように溶接電源の出力を制御してアーク溶接を行うアーク溶接電源の出力制御方法において、
前記送給速度の設定値に対応する溶接電流設定値を算出し、前記電力設定値をこの溶接電流設定値と前記溶接電圧設定値との積として設定する、ことを特徴とするアーク溶接電源の出力制御方法。
【請求項2】
溶接ワイヤを予め定めた送給速度で送給すると共に、溶接電流値と溶接電圧値との積である溶接電力値の微分値を算出し、予め定めた溶接電圧設定値からこの溶接電力微分値を減算して電圧制御設定値を算出し、この電圧制御設定値と前記溶接電圧値が略等しくなるように溶接電源の出力を制御してアーク溶接を行う、ことを特徴とするアーク溶接電源の出力制御方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2006−198668(P2006−198668A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−14934(P2005−14934)
【出願日】平成17年1月24日(2005.1.24)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)