説明

イネの栽培方法及びイネ種子の発芽促進方法

【課題】優れたイネの栽培方法を提供すること。
【解決手段】水中に浸漬処理された後、湿潤状態に保持されていたイネ種子に、クロチアニジンの有効量を施用する工程と、該施用工程後に湛水若しくは潤土状態にある水田に播種する播種工程とを有してなるイネの栽培方法は、優れた効果を奏する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イネの栽培方法およびイネ種子の発芽促進方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、イネの栽培方法として様々な方法が知られており、実用に供されている。イネを育苗することなく、水田に播種するイネの栽培方法も知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】K.N.シン(K.N.Singh)、H.C.バッタチャリャ(H.C.Bhattacharyya)著,「ダイレクト シーディッド ライス;プリンシプルズ アンド プラクティス(Direct Seeded Rice;Principles and Practice)」,サウス アジア ブックス(South Asia Books),1990年7月1日,ISBNナンバー:8120404467
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
水田に播種するイネの栽培方法においては、播種後の水田におけるイネの発芽の程度がイネの収量などに影響を及ぼすため、その発芽を促進して発芽率を高めることが当該栽培方法における課題である。そのため、イネ種子の発芽を促進する優れたイネの栽培方法が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は、優れたイネの栽培方法を見出すべく検討の結果、水中に浸漬処理された後、湿潤状態に保持されていたイネ種子に、クロチアニジンの有効量を施用する工程と、該施用工程後に湛水若しくは潤土状態にある水田に播種する播種工程とを有してなるイネの栽培方法が、イネ種子の発芽を促進する優れたイネの栽培方法であることを見出し、本発明に至った。
すなわち本発明は、以下の[1]〜[10]のものである。
[1] 水中に浸漬処理された後、湿潤状態に保持されていたイネ種子に、クロチアニジンの有効量を施用する工程と、該施用工程後に湛水若しくは潤土状態にある水田に播種する播種工程とを有してなるイネの栽培方法。
[2] 浸漬処理における水中へのイネ種子の浸漬時間が、12〜36時間である[1]記載の栽培方法。
[3] 湿潤状態での保持における保持時間が、24〜48時間である[1]又は[2]記載の栽培方法。
[4] クロチアニジンの施用量が、湛水若しくは潤土状態にある水田10000m2あたり60〜120gである[1]〜[3]いずれか一項記載の栽培方法。
[5] 施用工程の開始から播種工程の終了までを24時間以内に行う[1]〜[4]いずれか一項記載の栽培方法。
[6] 水中に浸漬処理された後、湿潤状態に保持されていたイネ種子に、クロチアニジンの有効量を施用する工程と、該施用工程後に湛水若しくは潤土状態にある水田に播種する播種工程を有してなるイネ種子の発芽促進方法。
[7] 浸漬処理における水中へのイネ種子の浸漬時間が、12〜36時間である[7]記載の発芽促進方法。
[8] 湿潤状態での保持における保持時間が、24〜48時間である[6]又は[7]記載の発芽促進方法。
[9] クロチアニジンの施用量が、湛水若しくは潤土状態にある水田10000m2あたり60〜120gである[6]〜[8]いずれか一項記載の発芽促進方法。
[10] 施用工程の開始から播種工程の終了までを24時間以内に行う[6]〜[9]いずれか一項記載の発芽促進方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、イネ種子の発芽を促進し、発芽率を向上させることができることから、イネの栽培方法として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
まず、本発明のイネ種子の発芽促進方法について説明する。
本発明のイネ種子の発芽促進方法は、水中に浸漬処理された後、湿潤状態に保持されていたイネ種子に、クロチアニジンの有効量を施用する工程と、該施用工程後に湛水若しくは潤土状態にある水田に播種する播種工程とを有するものである。
【0008】
本発明において行われる、水中へのイネ種子の浸漬処理とは、イネ種子を浸漬するために十分な容量の水中に一定期間浸漬することにより行われる。イネ種子そのものを直接、水が収容された容器内に浸漬させることより行うこができる。また任意の量のイネ種子を、水を内部に通す網状体若しくは袋状体に収容した上で、これを水が収容された容器内や、河川及び水路等の水に浸漬可能な環境で浸漬させることによっても行うことができる。
【0009】
かかる水中へのイネ種子の浸漬処理における浸漬時間は、栽培形態や気象条件等によって変化させ得るが、通常4〜144時間、好ましくは8〜72時間、より好ましくは12〜36時間である。浸漬処理された後のイネ種子は、水中に浸漬された状態から取り出した上で、湿潤状態に付される。
【0010】
本発明において、水中に浸漬処理された後のイネ種子は湿潤状態に付されるが、かかる湿潤状態とは、浸漬処理された後のイネ種子の表面の一部又は全部が外気と接すことができ、かつ該イネ種子の水分を保持できる状態を意味する。かかる湿潤状態は例えば、水中に浸漬処理された後のイネ種子を日陰にある木製の台若しくはコンクリートの上に置き、その上から稲藁や布などの通気性材料で被覆した上で、乾燥を防ぐために必要に応じて散水することにより実現される。またイネ種子の浸漬処理において用いられた水を内部に通す網状体若しくは袋状体に収容されたままの水中に浸漬処理された後のイネ種子をそのまま前記と同様に湿潤状態に付すこともできる。
【0011】
本発明において、水中に浸漬処理された後のイネ種子を湿潤状態に保持するときの条件は、その際の気象条件及びその後のイネの栽培条件等により適宜変更しうるものであるが、保持温度が通常は20〜40℃、好ましくは25〜35℃であり、保持時間が通常12〜96時間、好ましくは24〜48時間である。
【0012】
本発明において、水中に浸漬処理された後、湿潤状態に保持されていたイネ種子に、クロチアニジンを施用する工程(以下、クロチアニジン施用工程と記す場合がある。)を有するが、クロチアニジンとは、公知の化合物であり、例えば、「The Pesticide Manual−15th edition(BCPC刊);ISBN 978−1−901396−18−8」の229ページに記載されている。この化合物は市販の製剤から得るか、公知の方法により製造することにより得られる。
【0013】
クロチアニジンが製剤化された形態としては、クロチアニジンと、固体担体及び液体担体等の不活性担体とを混合し、必要に応じてその他の製剤用補助剤を添加して、乳剤、水和剤、顆粒水和剤、水中懸濁剤・水中乳濁剤等のフロアブル剤、粉剤、油剤、マイクロカプセル剤等の製剤形態が挙げられる。
【0014】
製剤化の際に用いられる固体担体としては、例えば、クレー、カオリン、タルク、ベントナイト、セリサイト、石英、硫黄、活性炭、炭酸カルシウム、珪藻土、軽石、方解石、海泡石、白雲石、シリカ、アルミナ、バーミキュライト及びパーライト等の天然若しくは合成鉱物、おがくず、トウモロコシの穂軸、ココヤシの実殻及びタバコの茎等の細粒体、ゼラチン、ワセリン、メチルセルロース、ラノリン並びにラードが挙げられる。
【0015】
液体担体としては、例えば、キシレン、トルエン、アルキルナフタレン、フェニルキシリルエタン、灯油、軽油、ヘキサン、シクロヘキサン及び流動パラフィン等の芳香族若しくは脂肪族炭化水素、クロロベンゼン、ジクロロエタン、ジクロロメタン及びトリクロロエタン等のハロゲン化炭化水素、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、ヘキサノール、ベンジルアルコール及びエチレングリコール等のアルコール、ジエチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、テトラヒドロフラン及び1,4−ジオキサン等のエーテル、酢酸エチル及び酢酸ブチル等のエステル、アセトン、メチルエチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン及びシクロヘキサノン等のケトン、アセトニトリル及びイソブチロニトリル等のニトリル、炭酸プロピレン等の炭酸アルキレン、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド及びN,N−ジメチルアセトアミド等の酸アミド、N−メチル−2−ピロリドン、N−エチル−2−ピロリドン及びN−オクチル−2−ピロリドン等のピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジン等のイミダゾリジン、大豆油及び綿実油等の植物油、オレンジ油、ヒソップ油及びレモン油等の植物精油並びに水が挙げられる。
【0016】
界面活性剤としては、例えば、アルキル硫酸エステル塩、アルキルスルホン酸塩、アルキルアリールスルホン酸塩、アルキルアリールエーテル類及びそのポリオキシエチレン化合物、ポリエチレングリコールエーテル類、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル類、多価アルコールエステル類、糖アルコール誘導体並びにシリコーン系界面活性剤が挙げられる。
【0017】
その他の製剤用補助剤としては、例えば、カゼイン、ゼラチン、糖類(澱粉、アラビアガム、セルロース誘導体、アルギン酸等)、リグニン誘導体、ベントナイト、合成水溶性高分子(ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸類等)、PAP(酸性リン酸イソプロピル)、BHT(2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール)、BHA(2−tert−ブチル−4−メトキシフェノール及び3−tert−ブチル−4−メトキシフェノール)、植物油、鉱物油、界面活性剤、脂肪酸並びに脂肪酸エステルが挙げられる。
【0018】
本発明において、クロチアニジンを含有する製剤におけるクロチアニジンの含有量(以下、「本有効成分量」と称する。)は、通常0.01〜90重量%、好ましくは0.1〜80重量%、さらに好ましくは0.2〜60重量%である。乳剤、液剤または水和剤(例えば、顆粒水和剤)に製剤する場合、本有効成分量は、通常1〜90重量%、好ましくは1〜80重量%、さらに好ましくは5〜60重量%である。油剤や粉剤に製剤する場合、本有効成分量は、通常0.01〜90重量%、好ましくは0.1〜50重量%、さらに好ましくは0.1〜20重量%である。
【0019】
また、本発明に用いられる、クロチアニジンを含有する製剤における、不活性担体の含有量は、例えば、10〜99.99重量%、好ましくは40〜99.8重量%であり、界面活性剤の含有量は、例えば、1〜20重量%、好ましくは1〜15重量%である。具体的には、クロチアニジンを含有する液剤に製剤する場合には、例えば、水を9〜90重量%を含有し、界面活性剤を1〜20重量%、好ましくは1〜10重量%含有する。また、クロチアニジンを含有する水中懸濁剤・水中乳濁剤等のフロアブル剤に製剤する場合は、例えば、本有効成分量が1〜75重量%となるように、懸濁補助剤(例えば保護コロイドやチクソトロピー性を付与しうる物質)を0.5〜15重量%、補助剤(例えば消泡剤、防錆剤、安定剤、展着剤、浸透助剤、凍結防止剤、防腐剤、防黴剤等)約0〜10重量%含む水中で、微小に分散させることにより得ることができる。
【0020】
本発明に用いられる、クロチアニジンを含有する製剤には、さらに他の殺虫剤、殺菌剤を混用または併用することもできる。
【0021】
クロチアニジン施用工程における施用の形態としては、水中に浸漬処理された後、湿潤状態に保持されていたイネ種子に、クロチアニジンがほぼ均等に含浸及び/又は担持されるように施用されていれば特に限定されるものではないが、例えば前記したクロチアニジンを含有する製剤をそのまま又は水に希釈した上で、水中に浸漬処理された後、湿潤状態に保持されていたイネ種子とともに、手動若しくは動力ミキサー内に両者を投入し混合する、袋状物若しくはシート上に両者を投入して振動させて混合する、或いは、袋状物若しくはシート上に両者を投入して手で掻き混ぜる方法が挙げられる。当該工程により施用されるクロチアニジンの施用量は、その後の播種方法、イネの栽培条件、気象条件などにより適宜変更し得るものであるが、例えば、本発明において水中に浸漬処理される前のイネ種子1kgあたり0.1〜10gである。
【0022】
本発明は、水中に浸漬処理された後、湿潤状態に保持されていたイネ種子を、クロチアニジン施用工程に付した後に、湛水若しくは潤土状態にある水田に播種する播種工程を有する。
【0023】
かかる湛水若しくは潤土状態にある水田とは、イネの直播栽培方法において通常行われる方法により、耕起、水入れ、代かき等を行った上で、必要に応じてさらに水入れした湛水状態、並びに、該湛水状態から落水処理を行うなどにより、湛水状態と同程度に水分量を維持できる程度に土壌表面が露出する状態にある水田をいう。かかる湛水若しくは潤土状態にある水田としては、例えば、湛水深が10cm以下である湛水若しくは潤土状態にある水田、湛水深が0.5〜5cmである湛水若しくは潤土状態にある水田、及び、湛水深が1〜3cmである湛水若しくは潤土状態にある水田が挙げられる。
【0024】
かかる湛水若しくは潤土状態にある水田に播種する方法としては、栽培条件や気象条件等により適宜設定し得るものであるが、例えば、drum Seeder等の人力若しくは動力播種機を用いて播種する方法及び手で直接ばら撒く方法が挙げられる。
【0025】
かかる湛水若しくは潤土状態にある水田に播種する方法における、水中に浸漬処理された後、湿潤状態に保持されていたイネ種子の使用量は、クロチアニジンの施用量、栽培条件、気象条件等により適宜設定し得るものであるが、湛水若しくは潤土状態にある水田10000m2あたり、通常30〜300kg、好ましくは40〜200kgである。
【0026】
前記した通り、イネ種子の発芽促進方法により湛水若しくは潤土状態にある水田にクロチアニジンが施用される。その施用量は栽培条件、気象条件等により適宜設定し得るものであるが、湛水若しくは潤土状態にある水田10000m2あたり、通常45〜160g、好ましくは60〜120gである。
【0027】
本発明のイネ種子の発芽促進方法におけるクロチアニジン施用工程の開始から播種工程の終了までに要する時間は、栽培条件、気象条件等により適宜設定されるものであるが、クロチアニジン施用工程の開始から播種工程の終了まで通常は48時間以内、好ましくは24時間以内、より好ましくは3〜24時間である。
【0028】
本発明のイネの栽培方法は、前記した本発明のイネ種子の発芽促進方法により発芽したイネをそのまま、通常のイネの栽培方法において行われる水管理及び防除管理等を施すことにより生育させることにより行うことができる。本発明のイネの栽培方法を行うことにより、水田への播種後の発芽までの生育段階におけるイネ種子のロスを低減することができる。
【実施例】
【0029】
次に本発明を以下の実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0030】
実施例
イネ(Oryza sativa)の種子24kgを布袋につめ、袋ごと水に24時間浸漬した。浸漬後のイネ種子を、上記の袋ごとコンクリート地面の上に置き、乾燥しないよう適宜水をかけながら36時間静置した。静置後に布袋から取り出したイネ種子をシート上に拡げてここに、表1に記載した施用量となるように調製したクロチアニジン(16%顆粒水溶剤を使用:商品名:Dantotsu 16 WSG)の水希釈液をそれぞれ散布し、シート上で十分に掻き混ぜてクロチアニジンを施用した。予め耕起、水入れ、代かき等を行った上で、落水処理を行うことで、湛水深を2cm程度に維持された水田に、前記のクロチアニジンが施用されたイネ種子を均一に手で直接ばら撒くことで播種した。クロチアニジンの施用及び水田への播種は、同日に行った。イネ種子の播種量は、120kg/10000m2である。
播種から5日後に、播種した水田のうち、調査区1箇所あたり8m2(2m×4m)として4箇所で、発芽したイネの数を調査し、下記の式により発芽率を算出した上で、4調査区の平均の発芽率を求めた。その結果を表1に示す。

発芽率(%)={(発芽したイネの数)/(播種したイネの数)}×100
【0031】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
水中に浸漬処理された後、湿潤状態に保持されていたイネ種子に、クロチアニジンの有効量を施用する工程と、該施用工程後に湛水若しくは潤土状態にある水田に播種する播種工程とを有してなるイネの栽培方法。
【請求項2】
浸漬処理における水中へのイネ種子の浸漬時間が、12〜36時間である請求項1記載の栽培方法。
【請求項3】
湿潤状態での保持における保持時間が、24〜48時間である請求項1又は2記載の栽培方法。
【請求項4】
クロチアニジンの施用量が、湛水若しくは潤土状態にある水田10000m2あたり60〜120gである請求項1〜3いずれか一項記載の栽培方法。
【請求項5】
施用工程の開始から播種工程の終了までを24時間以内に行う請求項1〜4いずれか一項記載の栽培方法。
【請求項6】
水中に浸漬処理された後、湿潤状態に保持されていたイネ種子に、クロチアニジンの有効量を施用する工程と、該施用工程後に湛水若しくは潤土状態にある水田に播種する播種工程を有してなるイネ種子の発芽促進方法。
【請求項7】
浸漬処理における水中へのイネ種子の浸漬時間が、12〜36時間である請求項6記載の発芽促進方法。
【請求項8】
湿潤状態での保持における保持時間が、24〜48時間である請求項6又は7記載の発芽促進方法。
【請求項9】
クロチアニジンの施用量が、湛水若しくは潤土状態にある水田10000m2あたり60〜120gである請求項6〜8いずれか一項記載の発芽促進方法。
【請求項10】
施用工程の開始から播種工程の終了までを24時間以内に行う請求項6〜9いずれか一項記載の発芽促進方法。

【公開番号】特開2012−219059(P2012−219059A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−86133(P2011−86133)
【出願日】平成23年4月8日(2011.4.8)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】