説明

イネ科植物種子の発芽促進方法

【課題】イネ科植物種子、特にススキ種子の発芽率の向上と、早期発芽を可能にし、ススキ苗木を作成することで、ススキ根株の移植に伴う労力の低減を図ることを可能にする、イネ科植物種子の発芽促進方法を提供する。
【解決手段】発酵菌及び保水材を配合した培地にイネ科植物種子を播種し、赤色光を照射することにより、イネ科植物種子の発芽を促進させる。発芽、伸長させた幼苗を、移植して育成し、育苗させた苗を切土法面や盛土法面に植栽することにより、法面を緑化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イネ科植物種子の発芽促進方法に関する。詳細には、切土法面や盛土法面など人工的に造成された地盤を緑化するために使用する苗木を育てるために、播種による苗育成が困難な在来種のイネ科植物種子を早期に発芽させる発芽促進方法に関する。
【背景技術】
【0002】
送電設備工事の鉄塔敷や、道路切土面及び道路盛土面を含む仮設ヤードなどの建設跡地は、土砂の安定確保とともに、自然環境への配慮及び景観を良好にする目的で、緑化が実施されている。現在、その植栽による復元のためには、早期緑化・環境適用性に優れるケンタッキーブルーグラス等の外来種や、土壌の緊縛力向上・肥沃化のためハギ類等の在来種が用いられることが多い。しかし、標準的な種子配合を図1に示したように、これらの種子は輸入品と混合して使用されている。
【0003】
しかしながら、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」及び「景観緑三法」等が施行されるなど、緑化に対する社会環境は変化してきている。そのため、地域固有の植栽に対し攪乱を与える可能性が高い外来種を用いる緑化復元が制限されるとともに、在来種でも遺伝子レベルの攪乱への配慮が求められ緑化復元が制限される事例も発生している。従って、生物多様性保全に寄与する、地域固有の植物である郷土種による緑化復元が求められている。
【0004】
そこで、現状においては、在来イネ科草本の中で、唯一耐陰性に弱点はあるが、痩悪地に強く、耐早性、耐暑性、耐潮性に優れ、天敵がナンバンギセルのみである、ススキ根株を使用した植栽が行われている。
【0005】
ススキは在来種であり、成長株の地山保持力の強さに優れ、地下茎の発達が外来種であるセイタカアワダチソウをも駆逐する固有の強靭な生命力を有する事例が確認され、植栽としても有益性が見出されている。ススキを使った緑化法としては、播種によるものや根株移植によるものがある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ススキ根株を使用することは、根株の採取から移植まで労力が必要であること(根株は大きく採取しないと成長しない)、採取場所が限られること、仮置き場所や採取跡地を復元する必要があること等の課題がある。
【0007】
播種による植栽方法もあるが、ススキは、生態系バランスにおいて強い生物に共通する宿命的な弱点である、低発芽率に伴う成立不良を有しており、種の増殖の脆弱性を有している。また、移植に多くの労力を必要とする等の問題も抱えている。このような理由により、法面緑化や攪乱を受けた裸地緑化に混播型、単播型いずれの手法もススキには適用されて来なかった。従って、ススキを適用した播種緑化工の効果検証は不可能であり、混播種子として適用しても効果がない、というのが既に定説となっている。
【0008】
混播型、単播型いずれの手法もススキには適用されないのは、発芽率の低さが原因であるとする解析報告は多数ある。確かに、シャーレー試験などの室内試験では、発芽率は概ね20%内外を示すが、暴露試験では発芽適期の結果をもってしても発芽率が10%を超すことは稀である。
【0009】
しかし、何度も試験を重ねた結果、播種工での成立不良の主たる原因は、低い発芽率に起因するものではなく、混播する他の植栽や、遷移する周辺植栽からの被圧障害によるものであることが判明してきた。この被圧障害は、「発芽適温」の違い、並びに「発芽所要日数」の差異により生じるものである。
【0010】
図2及び図3は、ススキ、及び、ススキとの混播頻度が高い代表的な種子について、「発芽所要日数」並びに「発芽適温」のデータを示したものである。
【0011】
図2及び図3から、発芽適温は、ススキと他の種子とでは10℃〜15℃の差があり、この温度差はおよそ60日〜90日の季節差に匹敵する。図3より、平均気温10℃で発芽したトールフェスキューは、60〜90日後の伸長丈は、およそ40cm〜60cmに達することになる。従って、ススキが発芽所要日数を経過して発芽したときは、他の混播種子は生長過程にあり、即ち、被圧障害を与えるに十分な生長を遂げていることになる。
【0012】
一方、ススキを単独で播種した場合を検証すると、次のような問題があり、これらの負の条件が、ススキによる緑化を忌避させる主要な事由となっている。
(イ)発芽所要日数が長いため、周辺雑草の飛来着床がおこり、ススキより早い発芽と生長度を示し、結局、被圧障害が発生する。
(ロ)発芽がパッチ状に発生し、均一な成立が確保できない。
(ハ)発芽率が低い(10%以下)ため、大量の種子を必要とする。大量の種子が存在することによって、腐敗菌や発酵菌の増殖が促進され、成立困難が引き起こされる。
【0013】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、イネ科植物種子、特にススキの種子の発芽率の向上と、早期発芽を可能にし、ススキの苗木を作成することで、ススキ根株の移植に伴う労力の低減を図ることを可能にする、イネ科植物種子の発芽促進方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、前記課題を解決するため鋭意検討した。上述したような問題点は、ススキの性質に由来するものであって、遺伝子レベルでそれを改善することは生態系に対して大きなリスクを負うことになる。そこで、ススキの緑化方法として播種による方法ではなく、苗木植栽による方法とし、好ましくは発酵菌を含む培地を用い、陽光を終日赤色セロファンを透過させ地温を上昇させることにより、発芽率の向上及び早期発芽が可能になることを見出し、本発明に到達した。
【0015】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
(1)培地にイネ科植物種子を播種し、赤色光を照射して発芽を促進させることを特徴とするイネ科植物種子の発芽促進方法。
(2)培地が、発酵菌が配合されている培地であることを特徴とする前記(1)に記載のイネ科植物種子の発芽促進方法。
(3)発酵菌が、乳酸菌、放線菌、糸状菌、酵母から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする前記(2)に記載のイネ科植物種子の発芽促進方法。
(4)培地が、保水材を主材とする培地であることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載のイネ科植物種子の発芽促進方法。
(5)保水材が、もみがら、ピートモス、おがくず、バーミキュライト、パーライト、ゼオライト、珪藻土から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする前記(4)に記載のイネ科植物種子の発芽促進方法。
(6)培地に播種したイネ科植物種子を保温資材で保温することを特徴とする前記(1)〜(5)のいずれかに記載のイネ科植物種子の発芽促進方法。
(7)イネ科植物種子がススキの種子であることを特徴とする前記(1)〜(6)のいずれかに記載のイネ科植物種子の発芽促進方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ススキの種子の発芽率を向上させ、かつ、発芽所要日数を短縮することが可能になる。そのため、発芽、伸長した幼苗を移植し、ススキの苗木を作成することで、ススキ根株に代わり、ススキの苗木を用いた植栽を行うことが可能になり、これによりススキ根株の採取、移植、本植作業に掛かる労力を低減することができる。また、ススキの苗木を用いた植栽が容易になることで、ススキによる緑化を推進することができる。
【0017】
しかも、本発明に係る発芽促進方法を用いれば、冬場に播種工程を実施し、発芽、伸長させた幼苗をポット苗で育成し、それを気候の良い春先に植栽することが可能になるため、作業環境が整えられると共に、夏の暑さで苗が枯死するおそれもない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明に係るススキの種子の発芽促進方法、及びこの方法で発芽、伸長させたススキの幼苗を、移植して育成する工程図を、従来技術と比較して図4に示す。図4において、(A)は播種による場合、(B)は根株移植による場合、(C)は本発明の方法を採用した場合である。
【0019】
従来の播種による場合(A)では、地がき工程、肥料散布工程、播種工程を採用し、緑化対象の法面に直接種子を播種し、発芽、伸長させることで緑化を図るものであるが、上述したような問題点があった。また、根株移植による場合(B)では、根株の採取(30cm×30cm四方)、根株の移植、根株の本植工程を採用し、予め成長した苗を植栽することで緑化を図るものであるが、根株の採取及び植栽時において上述した問題点があった。これら従来技術に対し、本発明の方法では播種した後、発芽、伸長させた幼苗をポットで育成し、育成したポット苗を植栽するだけで法面を緑化することができるので、従来技術の問題点を一挙に解決することができる。以下、本発明の詳細を説明する。
【0020】
本発明に係る植物種子の発芽促進方法において、対象となるイネ科植物種子としては、発芽率が低く苗の生育が困難なイネ科植物種子であればよいが、その代表例はススキの種子である。
【0021】
イネ科植物種子を播種する培地は、通常イネ科植物種子を播種、生育させることのできる土壌であれば特に限定されないが、この培地には発酵菌が配合されていることが好ましい。発酵菌の作用によって、培地の温度を高めることができ、それにより、イネ科植物種子の発芽が促進されるからである。発酵菌としては、例えば、乳酸菌、放線菌、糸状菌、酵母等が挙げられる。
【0022】
発酵菌は、培地内部の温度或いは表面の温度を変えることができ、保温効果も有るため、播種時期で使い分けることができる。例えば、冬場では温度を上げるために含有量を増やし、春先或いは秋口では温度の上がり過ぎによる他の細菌類の繁殖等を抑制するため、含有量を適宜な範囲に設定すればよい。発酵菌は1種を使用してもよいし、2種以上の混合物を使用してもよい。
【0023】
本発明で用いる培地には、イネ科植物種子の発芽率を向上させるために、無機又は有機の保水材が含有されていることが好ましく、培地が保水材を主材とする培地であることがより好ましい。この場合、保水材は培地の半量以上を占めることが好ましく、80%以上を占めていることがより好ましい。
【0024】
保水材としては、例えば、もみがら、ピートモス、おがくず、バーミキュライト、パーライト、ゼオライト、珪藻土等が挙げられる。これらの保水材は1種を使用してもよいし、2種以上を混合して使用してもよい。
【0025】
更に、本発明で用いる培地には、堆肥や肥料、除草剤、植物生長促進剤等の薬剤を含有させることもできる。
【0026】
培地にイネ科植物種子を播種した後は、播種した植物種子の上に保温資材を載せ、保温しながら赤色光を照射するのがよい。このようにすることにより、植物種子が寒さから護られ、適当な水分量が保持されることで、発芽が促進される。保温資材としては、保温性のある天然又は合成資材であればよく、例えば、水蘚、スポンジなどを、単独又は組み合せて使用すればよい。
【0027】
本発明では、照射する赤色光は660nm付近の光を意味する。赤色光下で照射する方法としては、例えば、赤色セロファン、赤色メッシュシート等を透過した陽光を照射する方法が挙げられる。
【0028】
上記の培地を用いて発芽、伸長させた幼苗は、通常の方法により育苗ポットに移植して育成され、その後、法面に植栽される。これにより、ススキによる法面緑化を、直播或いは根株移植によらず、播種によって実施することが可能になる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例および比較例を用いて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものではない。
【0030】
(実施例1)
2月下旬に、3つの、縦0.432m×横0.333m×深さ0.07mの樹脂製播種トレイ(排水穴あり)にススキ種子を播種し、3つのトレイでそれぞれ陽光照射条件を替えて試験した。
【0031】
図5に発芽促進実験の概念図を示した。排水調整のため、トレイ(1)底に、隙間無くキッチンペーパーを敷き詰めた。表1に示す組成で配合した発芽床を用意し、トレイに、表1に示す比率で配合したバーミキュライト、堆肥、珪藻土に、発酵菌を添加した培地となる混合土(2)を入れ、ススキ種子(3)を播種した。播種量は、2,000粒/トレイ(0.144m)とし、均一に蒔き付けた。播種面の上に水溶性紙(4)を被せ、乾燥ストレスを防止した。水溶性紙の上には水蘚(5)を蒔き、夜間の冷却を緩和した。トレイの蓋の部分を赤色セロファン(6)で覆い、赤色光のみ透過させるようにした。
【0032】
発芽促進と幼苗伸長促進を目的として、1トレイづつ次のような仕様とした。気温、給水、通風は、同一条件に設定し、発芽管理を行った。なお、条件cではスリガラスを透過させることで、陽光照射量を少なくするようにした。
a.陽光を終日赤色セロファン紙を透過させ、播種面を照射する。
b.陽光を午前中赤色セロファン紙に透過させ、午後赤色セロファンを除去する。
c.終日、スリガラスを透過させ、播種面を照射する。
【0033】
【表1】

【0034】
試験期間中における、経過日数と該当期間内の最高・最低・平均温度を、表2に示す。
【0035】
【表2】

【0036】
(実施例2)
表3に示す組成で配合した発芽床を用いた以外は、実施例1と同様、同じ内容の3トレイにススキ種子を播種し、発芽促進と幼苗伸長促進を目的として、1トレイづつ上記のa〜cのような仕様とし、気温、給水、通風を同一条件に設定し、発芽管理を行った。
【0037】
【表3】

【0038】
(実施例3)
表4に示す組成で配合した発芽床を用いた以外は、実施例1と同様、同じ内容の3トレイにススキ種子を播種し、発芽促進と幼苗伸長促進を目的として、1トレイづつ上記のa〜cのような仕様とし、気温、給水、通風を同一条件に設定し、発芽管理を行った。
【0039】
【表4】

【0040】
上記実施例における試験結果を、表5にまとめて示す。
【0041】
【表5】

【0042】
表5の結果から、発芽開始が最も早かったケースは、実施例1の発芽促進方法aを適用した供試体であった。通常、平均気温10℃におけるススキの発芽所要日数は、50日〜60日であるが、本実施例では発芽所要目数は21日であり、赤色光による地温の上昇が発芽を促進させたものと推察された。
【0043】
次に発芽開始が早かったものは、実施例3の発芽促進方法aを適用した供試体であり、実施例1に遅れること4日日に発芽が確認された。このことから、赤色セロファンを透過させ、発芽床を照射させることが、発芽促進に好結果をもたらすことが確認できた。
【0044】
また実施例1において、透過時間を終日とした場合aと半日とした場合bの相違は、伸長差に表れることが分かった。直射日光を半日与えた方が、伸長が明らかに優れており、平均伸長では2cm足らずであったが、実施例1の発芽促進方法bを適用した試験では、最高伸長個体は18cmを超すものが確認された。これに対し、実施例1の発芽促進方法aを適用した試験では、伸長度が13cm〜15cmと揃っていた。
【0045】
更に、発酵菌を混入した実施例1では、発酵菌を混入しない実施例3に比較し、発芽本数が約3倍になることが分かった。
【0046】
以上の結果から、培地の中に発酵菌を配合し、発芽床に赤色セロファンを透過させた陽光を照射することにより、ススキ特有の低発芽率を改善することができると共に、発芽所要日数を短縮することができた。ススキの発芽苗をポットに移植し、成長したポット苗木を植栽することにより、ススキ根株を植栽するのに比べて作業労力を大幅に低減することができた。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明に係るイネ科植物種子の発芽促進方法を用いれば、ススキの幼苗を移植して育成することで、在来種であるススキの苗木を得ることができる。それを、送電鉄塔、発電所、道路などの法面や、工事で改変した場所や、土砂が流出する恐れのある場所などに植栽することにより、斜面崩壊のおそれを防止することができるので、その実用的価値は大である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】法面緑化に用いられる種子の配合例を示す図である。
【図2】ススキ種子とススキ種子との混播頻度が高い代表的種子の発芽所要日数を示す図である。
【図3】ススキ種子とススキ種子との混播頻度が高い代表的種子の発芽適温を示す図である。
【図4】ススキによる法面緑化を従来法と本発明法を比較して示す工程図である。
【図5】本発明におけるイネ科植物種子の発芽促進方法を概念的に説明する図である。
【符号の説明】
【0049】
1 播種トレイ
2 培地
3 ススキ種子
4 水溶性紙
5 水蘚
6 赤色セロファン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培地にイネ科植物種子を播種し、赤色光を照射して発芽を促進させることを特徴とするイネ科植物種子の発芽促進方法。
【請求項2】
培地が、発酵菌が配合されている培地であることを特徴とする請求項1に記載のイネ科植物種子の発芽促進方法。
【請求項3】
発酵菌が、乳酸菌、放線菌、糸状菌、酵母から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする請求項2に記載のイネ科植物種子の発芽促進方法。
【請求項4】
培地が、保水材を主材とする培地であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のイネ科植物種子の発芽促進方法。
【請求項5】
保水材が、もみがら、ピートモス、おがくず、バーミキュライト、パーライト、ゼオライト、珪藻土から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする請求項4に記載のイネ科植物種子の発芽促進方法。
【請求項6】
培地に播種したイネ科植物種子を保温資材で保温することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のイネ科植物種子の発芽促進方法。
【請求項7】
イネ科植物種子がススキの種子であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のイネ科植物種子の発芽促進方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−237116(P2008−237116A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−82875(P2007−82875)
【出願日】平成19年3月27日(2007.3.27)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【出願人】(303042235)株式会社東植 (4)
【Fターム(参考)】