ガス拡散電極用基材、その製造方法、および膜−電極接合体
【課題】導電性およびガス透過性が共に高く且つフッ素を用いなくとも撥水性の高いガス拡散電極用基材、その製造方法、およびこれを備えたMEAを提供する。
【解決手段】ガス拡散電極用基材18,20は、炭素繊維26と炭素微粒子28とアクリルシリコン系樹脂30とを備えており、各々の炭素繊維26がそれらの相互間に炭素微粒子28を介在させた状態でアクリルシリコン系樹脂30により接合されているので、ガス拡散電極用基材18,20は、アクリルシリコン系樹脂30自体の撥水機能により、フッ素を含むこと無く高い撥水性を有するという利点がある。また、ガス拡散電極用基材18,20は、多孔質であり多数の炭素繊維26および炭素微粒子28により構成されているので高いガス透過性を有するとともに、その炭素微粒子28が含まれていることにより炭素繊維26相互間の導電性を高め、高い導電性をも有することができる。
【解決手段】ガス拡散電極用基材18,20は、炭素繊維26と炭素微粒子28とアクリルシリコン系樹脂30とを備えており、各々の炭素繊維26がそれらの相互間に炭素微粒子28を介在させた状態でアクリルシリコン系樹脂30により接合されているので、ガス拡散電極用基材18,20は、アクリルシリコン系樹脂30自体の撥水機能により、フッ素を含むこと無く高い撥水性を有するという利点がある。また、ガス拡散電極用基材18,20は、多孔質であり多数の炭素繊維26および炭素微粒子28により構成されているので高いガス透過性を有するとともに、その炭素微粒子28が含まれていることにより炭素繊維26相互間の導電性を高め、高い導電性をも有することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池を構成するためのガス拡散電極用基材、その製造方法、およびこれを備えた膜−電極接合体に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、燃料として水素、メタノール、化石燃料からの改質水素等の還元剤を用い、空気や酸素を酸化剤として、電池内で燃料を電気化学的に酸化することにより、燃料の化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換して取り出すものである。そのため、内燃機関に比較して効率が高く、静粛性に優れると共に、大気汚染の原因となるNOx、SOx、粒子状物質(PM)等の排出量が少ないことから、近年、クリーンな電気エネルギー供給源として注目されている。例えば、電動機の駆動電源、住宅用等の分散型電源や熱電供給システムとしての利用が期待されている。
【0003】
このような燃料電池は、用いる電解質の種類によって、アルカリ形、リン酸形、溶融炭酸塩形、固体酸化物形、固体高分子形等に分類される。これらのうちプロトン伝導性の電解質を用いるリン酸形および固体高分子形は、熱力学におけるカルノーサイクルの制限を受けることなく高い効率で運転できるものであり、その理論効率は、25(℃)において83(%)にも達する。特に、固体高分子形燃料電池は、近年電解質膜や触媒技術の発展により性能の向上が著しくなり、低公害自動車用電源や高効率発電方法として注目を集めている。
【0004】
ところで、固体高分子形燃料電池は、一般に、水素イオン(プロトン)を選択的に伝導する薄い高分子電解質層の両面を一対のガス拡散電極で挟んだ構造を備えるものであり、通常は、このような膜−電極接合体(Membrane Electrode Assembly:以下、MEA)をセパレータを介して積層したスタック構造で用いられる。ガス拡散電極は触媒層およびガス拡散層から構成されており、これら触媒層およびガス拡散層は、一体化或いは複層化されたものもある。
【0005】
上記ガス拡散電極は、触媒層および電解質層表面に燃料ガスや空気を導くと共に、発生した電流を取り出すために、高いガス拡散性能と高い導電性とが共に要求される。また、加湿燃料中の水蒸気や反応により発生した水によるガス流路の閉塞を抑制するために優れた撥水性能を有することも要求されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3547013号公報
【特許文献2】特開2009−37932号公報
【特許文献3】特開2004−79406号公報
【特許文献4】特開2005−149745号公報
【特許文献5】特開2007−109624号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したようなガス拡散電極及びガス拡散電極用基材は、導電性、ガス拡散性(ガス透過性)、撥水性が高いレベルで要求されるので、それに対し、種々のものが提案されている。
【0008】
例えば、特許文献1に記載されたものは、フッ素樹脂によりガス拡散電極に撥水性を付与したものであり、具体的には、炭素繊維から成る炭素紙(カーボンペーパー)の上にフッ素樹脂で撥水処理された触媒担持炭素粉末を散布し、高温で加圧溶着固着させてガス拡散電極を製造するものである。しかしながら、カーボンペーパー製造時に炭素繊維を高温(1800℃〜)で焼成する必要があり、MEAに適用する際には構造的な制限やコスト面で問題があった。
【0009】
また、特許文献2に記載されたものも、フッ素樹脂によりガス拡散電極に撥水性を付与したものであるが、具体的には、ポリアリレート繊維などから得られた不織布と、多孔質フッ素樹脂と、ポリテトラフルオロエチレン粒子と、カーボンブラックなどの炭素材料とからガス拡散電極を構成するものである。しかしながら、特許文献2のMEAの製造工程ではフッ素樹脂を溶着する350℃程度の高温処理工程が必要であり、フッ素樹脂の溶着によってガス拡散電極のガス透過性が低下し、製造コストが高くなり、また、電解質層の耐熱性が低いためMEAの連続製造が困難であるという問題点があった。
【0010】
また、特許文献3に記載されたものは、膨張黒鉛等の導電性粉末、炭素繊維、有機繊維、および樹脂を含むスラリーを抄紙し、乾燥処理を施すものである。しかしながら、用いられる上記樹脂が親水性である場合には十分な撥水性が得られないので、実使用時(発電時)には加湿燃料ガスが効果的に触媒層に到達できず、また、生成水がMEA外に効果的に排出されないという問題点があった。
【0011】
また、特許文献4に記載されたものは、樹脂等とカーボンナノファイバーまたはカーボンナノホーンとを含むスラリーを抄紙し、乾燥処理を施すものである。しかしながら、カーボンナノファイバー等の接触点に導電成分が無いため導電性が低く、成形体の機械的強度も低いという問題点があった。また、カーボンナノファイバーやカーボンナノホーンは高価であるので製造コストが比較的高く量産性が低いという問題点があった。すなわち、ガス拡散電極の性能として満足できるものではなかった。更に、上記樹脂等が十分な撥水性を有していない場合には、実使用時(発電時)には加湿燃料ガスが効果的に触媒層に到達できず、また、生成水がMEA外に効果的に排出されないという問題点があった。
【0012】
また、前記特許文献1,2においては、撥水材料としてフッ素樹脂が採用されているが、近年、フッ素および一部のフッ素化合物が環境配慮の観点から規制対象となっている問題もある。例えば、環境基本法第16条に基づく環境省告示「水質汚濁に係る環境基準」では、1999年2月の改訂において「人の健康の保護に関する環境基準」別表1の項目にフッ素、硼素、硝酸性窒素および亜硝酸性窒素が追加された。その後、水質汚濁防止法においても、2001年7月の改正で排水基準にフッ素およびその化合物、硼素およびその化合物、アンモニア、アンモニア化合物、亜硝酸化合物および硝酸化合物が追加され、排出規制の対象物質になっている(水質汚濁防止法第2条第2項第1号、同法第3条第1項、水質汚濁防止法施行令第2条、排水基準を定める省令第1項)。
【0013】
また、大気汚染防止法では、煤煙、揮発性有機化合物、粉塵、有害大気汚染物質、自動車排出ガスの5種類を規制しているが、これらのうち煤煙は、「物の燃焼、合成、分解その他の処理に伴い発生する物質のうち、カドミウム及びその化合物、塩素及び塩化水素、フッ素、フッ化水素及びフッ化珪素、鉛及びその化合物、窒素酸化物」等と定められている(大気汚染防止法第2条第1項第3号、大気汚染防止法施行令第1条)。すなわち、フッ素およびフッ素化合物は排出規制の対象物質である。これら水質および大気に係る規制は、全てのフッ素樹脂に当てはまるものではないが、製造、使用、廃棄の過程においてフッ素或いは有害なフッ素化合物が生成する可能性を考慮して使用を避けるべきとの要求がある。
【0014】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであって、その目的は、導電性およびガス透過性が共に高く且つフッ素を用いなくとも撥水性の高いガス拡散電極用基材、その製造方法、およびこれを備えたMEAを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
斯かる目的を達成するため、請求項1に係る発明の要旨とするところは、(a)固体高分子形燃料電池のガス拡散電極を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質のガス拡散電極用基材であって、(b)炭素繊維と導電性微粒子とアクリルシリコン系樹脂とを含み、各々の前記炭素繊維がそれらの相互間に前記導電性微粒子を介在させた状態で前記アクリルシリコン系樹脂により接合されていることにある。
【0016】
また、請求項6に係る発明の要旨とするところは、(a)固体高分子形燃料電池のガス拡散電極を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質のガス拡散電極用基材の製造方法であって、(b)炭素繊維と導電性微粒子とアクリルシリコン系樹脂と溶媒とを含む電極基材用スラリーを製造するスラリー製造工程と、(c)前記電極基材用スラリーを用いてシート状成形体を製造する成形工程と、(d)前記シート状成形体を乾燥させそのシート状成形体内の前記アクリルシリコン系樹脂を硬化させる硬化工程とを、含むことにある。
【0017】
また、請求項7に係る発明の要旨とするところは、固体高分子電解質層と、その一面および他面にそれぞれ設けられた触媒層と、それら触媒層の各々の表面に設けられた請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載のガス拡散電極用基材とを、含むことにある。
【発明の効果】
【0018】
請求項1に係る発明のガス拡散電極用基材によれば、炭素繊維と導電性微粒子とアクリルシリコン系樹脂とを含み、各々の前記炭素繊維がそれらの相互間に前記導電性微粒子を介在させた状態で前記アクリルシリコン系樹脂により接合されているので、上記ガス拡散電極用基材は、そのアクリルシリコン系樹脂の撥水機能により、フッ素を含むこと無く高い撥水性を有するという利点がある。例えば、レゾール系樹脂を用いたものと比較して高い撥水性を有する。そのため、ガス拡散電極用基材に撥水皮膜を付加する等の後工程が必要とされない。また、請求項1に係る発明のガス拡散電極用基材は、多孔質であり炭素繊維および導電性微粒子により構成されているので高いガス拡散性を有するとともに、その導電性微粒子が含まれていることにより炭素繊維相互間の導電性を高め、それが無いものと比較して高い導電性をも有することができる。従って、導電性およびガス拡散性が共に高く且つフッ素を用いなくとも撥水性の高いガス拡散電極用基材が得られる。
【0019】
なお、請求項1に係る発明において、各々の炭素繊維の相互間の全てに導電性微粒子が介在することが理想的ではあるが、炭素繊維相互が直接に接している部分が存在しても差し支えない。また、炭素繊維相互間に樹脂が介在する部分が存在しても差し支えない。
【0020】
また、請求項1に係る発明において、「固体高分子電解質上に」とは、固体高分子電解質の上にガス拡散電極用基材が直接設けられている場合の他、触媒層等の他の層を介してガス拡散電極用基材が設けられている場合が含まれる。
【0021】
また、好適には、前記導電性微粒子は炭素微粒子である。このようにすれば、鉄粉や銅粉等の金属微粒子である場合と比較して、ガス拡散電極用基材の耐酸性がより高くなるという利点がある。すなわち、耐酸性、耐熱性、導電性の何れもが高い導電性微粒子をガス拡散電極用基材に用いることが可能である。
【0022】
また、好適には、前記導電性微粒子の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、前記アクリルシリコン系樹脂の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、且つ、前記炭素繊維の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は60〜99(%)の範囲内である。このようにすれば、上記の重量割合の範囲から何れかが外れているものと比較して、導電性およびガス拡散性が共に高いガス拡散電極用基材を得ることができる。前記導電性微粒子の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合が0.5(%)未満のもの、または、前記アクリルシリコン系樹脂の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合が20(%)を超えるものでは、ガス拡散電極用基材の導電性が不足する可能性がある。また、前記炭素繊維の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合が60(%)を下回るものでは、ガス拡散電極用基材のガス透過性が不足する可能性がある。また、前記導電性微粒子の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合が20(%)を超えるもの、前記アクリルシリコン系樹脂の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合が0.5(%)を下回るもの、または、前記炭素繊維の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合が99(%)を超えるものでは、アクリルシリコン系樹脂が炭素繊維相互間の接合剤として十分に機能し得ず、ガス拡散電極用基材の機械的強度が不足する可能性がある。また、前記導電性微粒子の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は6〜20(%)の範囲内であり、前記アクリルシリコン系樹脂の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は0.5〜5(%)の範囲内であり、且つ、前記炭素繊維の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は75〜99(%)の範囲内であることが更に望ましい。そのようにすれば、機械的強度を十分に確保しつつ、一層導電性およびガス拡散性が共に高いガス拡散電極用基材を得ることができる。
【0023】
また、好適には、前記炭素繊維のアスペクト比(=繊維長/繊維径)が4.5〜25の範囲内である。このようにすれば、炭素繊維が比較的太く且つ短いため、炭素繊維相互に導電性微粒子を介して或いは直接的に接触し易く、しかも、炭素繊維相互の隙間が適度な大きさになるので、高い導電性および高いガス透過性が得られる。アスペクト比が4.5未満では、炭素繊維が短いので密度が高くなり延いてはガス透過性が低くなる。また、アスペクト比が25を超えると、炭素繊維が長いのでガス拡散電極用基材の面に沿った横向きになるため、厚み方向における導電性が低下すると共に、炭素繊維相互間に空隙の多い組織になる。
【0024】
また、好適には、前記導電性微粒子は平均一次粒子径が10〜100(nm)である。このようにすれば、炭素繊維相互の接点で導電経路が十分に確保されることから、一層高い導電性が得られる。また、上記導電性微粒子の一次粒子径が十分に小さいので、ガス拡散電極用基材のガス透過性が高いという利点がある。上記平均一次粒子径が10(nm)未満では、多数の導電性微粒子が相互に凝集し易くなるため、ガス拡散電極用基材の製造の際に導電性微粒子の分散が不均一になり易くなる。また、上記平均一次粒子径が100(nm)を超えると、導電性微粒子による炭素繊維相互の接点での導電性を高める効果が十分に得られずガス拡散電極用基材の導電性が低下する。
【0025】
また、好適には、前記導電性微粒子はクラスター構造を成すものである。このようにすれば、複数本の炭素繊維は、クラスター構造の導電性微粒子との間の無数の接点を通して相互に接触させられるため、前記ガス拡散電極用基材は高い導電性を得ることができる。
【0026】
また、好適には、前記アクリルシリコン系樹脂は、アクリルモノマーが重合して形成する主鎖に対しケイ素を含む側鎖が結合した構造を有する。また、そのアクリルシリコン系樹脂の分子量は数十万程度と非常に大きい。そのため、樹脂分子群同士の間に水が入り難く耐水性が高い。
【0027】
また、請求項6に係る発明のガス拡散電極用基材の製造方法によれば、(a)炭素繊維と導電性微粒子とアクリルシリコン系樹脂と溶媒とを含む電極基材用スラリーを製造するスラリー製造工程と、(b)前記電極基材用スラリーを用いてシート状成形体を製造する成形工程と、(c)前記シート状成形体を乾燥させそのシート状成形体内の前記アクリルシリコン系樹脂を硬化させる硬化工程とを、含むので、多数の炭素繊維を相互に焼結させるような焼成処理を行う必要が無く、比較的低温でガス拡散電極用基材を製造することが可能である。そして、請求項1に係る発明と同様に、導電性およびガス拡散性が共に高く且つフッ素を用いなくとも撥水性の高いガス拡散電極用基材が得られる。
【0028】
また、請求項7に係る発明の膜−電極接合体によれば、固体高分子電解質層と、その一面および他面にそれぞれ設けられた触媒層と、それら触媒層の各々の表面に設けられた請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載のガス拡散電極用基材とを、含むので、高い導電性、高い撥水性、および高いガス透過性を有するガス拡散電極を備えた膜−電極接合体が得られる。
【0029】
また、前記固体高分子形燃料電池には反応の生じる三相界面に触媒(例えば、貴金属系触媒)が備えられていることが望ましい。例えば、ガス拡散電極が、上記触媒を担持したカーボン粉末を主成分とする触媒層と前記ガス拡散電極用基材とを層状に備えており、固体高分子形燃料電池は、一対を成す上記ガス拡散電極が触媒層を内側にして前記固体高分子電解質層(膜)の両面に接合された構造になっている。また、上記触媒は、ガス拡散電極用基材中に炭素繊維や導電性微粒子に担持された状態で備えられていてもよい。ガス拡散電極用基材中に備えられている態様は、例えば、ガス拡散電極用基材の形成後に触媒を含むスラリーを含浸させる方法や、ガス拡散電極用基材のもととなるスラリー中に触媒を混合してガス拡散電極用基材を形成すると同時に触媒を担持させる方法等で実施し得る。
【0030】
また、前記炭素繊維は特に限定されず、ポリアクリロニトリル系(PAN系)炭素繊維、ピッチ系炭素繊維、レーヨン系炭素繊維等の適宜のものを用い得る。ポリアクリロニトリル系炭素繊維を用いた場合には、炭素繊維の強度が高いため機械的強度の特に高いガス拡散電極が得られる。また、ピッチ系炭素繊維を用いた場合には、電気伝導性の特に高いガス拡散電極が得られる。
【0031】
また、前記炭素繊維は、平均径が1〜30(μm)の範囲内のものが好ましい。更に、平均径が5(μm)以上であれば、繊維が十分に太く、折れ難いことから十分に高い機械的強度が得られる。また、平均径が20(μm)以下であれば、導電性微粒子、アクリルシリコン系樹脂や溶剤との混合が容易である。
【0032】
また、前記炭素繊維は、平均繊維長が50〜250(μm)の範囲内のものが好ましい。平均繊維長が50(μm)以上であれば、炭素繊維相互の絡み合いが十分に多くなって機械的強度が十分に高くなる。また、平均繊維長が250(μm)以下であれば、炭素繊維の分散性が十分に高められ、ガス拡散電極用基材の組織の均質性が十分に高くなる。
【0033】
また、固体高分子形燃料電池には、燃料極側および空気極側のそれぞれにガス拡散電極が備えられるが、本発明は、それら燃料極側および空気極側の何れの電極にも適用され得る。但し、両極で同一構成の電極が設けられることが必須ではなく、所望する特性や製造上の都合等に応じて、適宜の電極構成を採用することができ、本発明を適用されるのが両極のうちの一方のみであってもよい。
【0034】
また、本発明は、種々の固体高分子電解質が用いられた固体高分子形燃料電池に適用され、固体高分子電解質の材質は特に限定されない。例えば、イオン交換基(-SO3H基等)を有するモノマーの単独重合体または共重合体、イオン交換基を有するモノマーとそのモノマーと共重合可能な他のモノマーとの共重合体、加水分解等の後処理によりイオン交換基に転換し得る官能基(すなわちイオン交換基の前駆的官能基)を有するモノマーの単独重合体、または共重合体(プロトン伝導性高分子前駆体)に同様な後処理を施したもの等が挙げられる。
【0035】
上記高分子電解質の具体例としては、例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂等のパーフルオロ型のプロトン伝導性高分子、パーフルオロカーボンカルボン酸樹脂膜、スルホン酸型ポリスチレン−グラフト−エチレンテトラフルオロエチレン(ETFE)共重合体膜、スルホン酸型ポリ(トリフルオロスチレン)−グラフト−ETFE共重合体膜、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)スルホン酸膜、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸(ATBS)膜、炭化水素系膜等が例示される。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の一実施例である平板型のMEAを示す図である。
【図2】図1のMEAに備えられたガス拡散電極用基材の構成を模式的に示す図である。
【図3】図2のガス拡散電極用基材における炭素繊維相互の接合状態を説明するための模式図である。
【図4】図2のガス拡散電極用基材およびその試験サンプルの製造方法を説明するための工程図である。
【図5】図2のガス拡散電極用基材の耐久性評価のための耐水ラジカル耐性試験の試験結果を示す図であって、試験の経過時間と2(MPa)加圧時の断面加圧抵抗との関係を示す図である。
【図6】図2のガス拡散電極用基材の耐久性評価のための耐水ラジカル耐性試験の試験結果を示す図であって、試験の経過時間と空気圧30(kPa)におけるガス透過性との関係を示す図である。
【図7】図2のガス拡散電極用基材の耐久性評価のための耐水ラジカル耐性試験の試験結果を示す図であって、試験の経過時間と接触角との関係を示す図である。
【図8】図2のガス拡散電極用基材が有するアクリルシリコン系樹脂の耐久性を他の樹脂と比較するための樹脂自体に対する耐水ラジカル耐性試験の試験結果を示す図であって、試験の経過時間と各樹脂サンプルの重量減少率との関係を示す図である。
【図9】図8の樹脂自体に対する耐水ラジカル耐性試験の各試験時間経過後の樹脂サンプルに対し実施されたTG-DTA測定において、上記耐水ラジカル耐性試験の試験時間と各樹脂サンプルのTG重量減少率との関係を示す図である。
【図10】図2のガス拡散電極用基材に含まれるアクリルシリコン系樹脂及び炭素繊維の各重量を一定とした場合において、炭素微粒子のガス拡散電極用基材に対する重量割合と、測定されたガス拡散電極用基材のガス透過性および断面加圧抵抗との関係を示した図である。
【図11】図2のガス拡散電極用基材に含まれる炭素微粒子及び炭素繊維の各重量を一定とした場合において、アクリルシリコン系樹脂のガス拡散電極用基材に対する重量割合と、測定されたガス拡散電極用基材のガス透過性および断面加圧抵抗との関係を示した図である。
【図12】図2のガス拡散電極用基材に含まれるアクリルシリコン系樹脂の炭素微粒子に対する重量割合を一定とした場合において、炭素繊維のガス拡散電極用基材に対する重量割合と、測定されたガス拡散電極用基材のガス透過性および断面加圧抵抗との関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例において図は適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比および形状等は必ずしも正確に描かれていない。
【実施例】
【0038】
図1は、本発明の一実施例である平板型の膜−電極接合体10(以下、「MEA10」という)の断面構造を示す図である。MEA10は、固体高分子形燃料電池の単電池の中心部を構成する部材であり、図1に示すように、薄い平板層状の電解質膜12と、この電解質膜12を挟むように一体的に貼り合わされた一対のガス拡散電極22,24とから構成されている。そして、その一対のガス拡散電極22,24は、触媒層14,16とガス拡散電極用基材18,20とを層状に有し、触媒層14,16を内側にして、すなわち、触媒層14,16を電解質膜12側にして、その電解質膜12の一面および他面にそれぞれ接合されている。
【0039】
上記の電解質膜12は、本発明の固体高分子電解質層に対応し、例えばNafion(デュポン社の登録商標)DE520等のプロトン導電性電解質から成るもので、例えば50(μm)程度の厚さ寸法を備えている。
【0040】
また、上記の触媒層14,16は、例えば球状の炭素粉末に白金等の貴金属系触媒を担持させたPt担持カーボンブラックから成るものである。これは、例えば田中貴金属工業(株)から市販されているもの(例えばTEC10E70TPM等)を用い得る。触媒層14,16の厚さ寸法は、例えば50(μm)程度である。
【0041】
また、上記のガス拡散電極用基材18,20は、その厚み(膜厚)に限定は無いがそれぞれ200(μm)程度の厚さ寸法を備え、その表面と裏面(すなわち触媒層14,16側の一面)との間で容易に気体が流通し得るように構成された多孔質層である。
【0042】
上記のガス拡散電極用基材18,20は、例えば、多数の炭素繊維26と、多数の導電性炭素微粒子28(以下、「炭素微粒子28」という)と、樹脂自体が撥水性を有するアクリルシリコン系樹脂30とから構成されている。そして、それらの炭素繊維26、炭素微粒子28、アクリルシリコン系樹脂30の各構成割合は限定されるわけでは無いが、例えば、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、且つ、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は60〜99(%)の範囲内である。更に好適には、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は6〜20(%)の範囲内であり、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜5(%)の範囲内であり、且つ、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は75〜99(%)の範囲内である。
【0043】
炭素繊維26は、ピッチを原料とするピッチ系カーボンファイバーであり、その平均直径が1〜30(μm)程度である。また、炭素繊維26の平均繊維長が50〜250(μm)程度の範囲内であって、且つ、ガス拡散電極用基材18,20の膜厚に対する上記平均繊維長の比(=平均繊維長/膜厚)が0.1〜1の範囲内であることが望ましい。例えば、ガス拡散電極用基材18,20の膜厚が200(μm)程度であるので、炭素繊維26の平均繊維長が50〜200(μm)程度の範囲内であることが望ましい。具体的に本実施例で採用される炭素繊維26は、平均直径が8〜10(μm)程度であって平均繊維長が50(μm)程度のピッチ系カーボンファイバーである。炭素繊維26のアスペクト比(=繊維長/繊維直径)は、ガス拡散電極用基材18,20の高い導電性と高いガス透過性とを確保するため、4.5〜25の範囲内であることが望ましい。上記炭素繊維26の平均直径、平均繊維長、およびアスペクト比は、電子顕微鏡による観察から求められる。例えば、SEM(走査型電子顕微鏡)測定を行い、その画像から炭素繊維26の直径および長手方向の長さを直接測定する。
【0044】
炭素微粒子28は、その平均一次粒子径が10〜100(nm)程度の極めて微小な微粒子である。具体的に本実施例で採用される炭素微粒子28の平均一次粒子径は30(nm)程度である。本実施例において、上記平均一次粒子径とは一次粒子径の平均値であり、その一次粒子径は、電子顕微鏡による観察から求められる定方向径である。なお、炭素微粒子28は、本発明の導電性微粒子に対応する。
【0045】
また、アクリルシリコン系樹脂30は、具体的には、アクリルモノマーが重合して形成する主鎖に対しケイ素を含む側鎖が3次元的に結合した構造を有する撥水性樹脂であり、そのアクリルシリコン系樹脂30の分子量は数十万程度である。詳細には、上記主鎖は、下記の化1に示す構造式のモノマーが重合して形成されており、アクリルシリコン系樹脂30は、その主鎖のR(化1参照)が下記の化2に示す構造式のモノマーが重合して形成された上記側鎖である高分子化合物である。
【0046】
【化1】
【化2】
【0047】
また、ガス拡散電極用基材18,20は、その炭素繊維26が上記のように膜厚(基材厚)よりも小さい繊維長を有していることから、図2に模式的に示すように、炭素繊維26は、ガス拡散電極用基材18,20の厚み方向或いはこれに傾斜した方向に伸びる向きでそのガス拡散電極用基材18,20内に多数存在する。また、各炭素繊維26は相互に絡み合い、それらの接触点において、図3に模式的に示すように、各々の炭素繊維26は直接的に或いはそれらの相互間に多数の炭素微粒子28を介在させた状態でアクリルシリコン系樹脂30により接合されている。炭素微粒子28は、多数個が凝集してクラスター構造を成しており、無数の接点を通して炭素繊維26相互を接触させている。このような構造を備えていることから、ガス拡散電極用基材18,20は、十分に高い導電性と高いガス透過性とを有している。
【0048】
なお、上記図3は、本実施例のガス拡散電極用基材18,20における典型的な構造例を模式的に示したもので、この図3に示されるような構造は必ずしも炭素繊維26の全ての接触点で形成されていない。すなわち、炭素繊維26が相互に直に接していたり、炭素微粒子28が介在させられずアクリルシリコン系樹脂30のみで接合されている部分も存在する。
【0049】
平板型のガス拡散電極用基材18,20は、例えば以下のようにして製造される。以下、図4を参照して製造方法を説明する。図4は、後述する耐水ラジカル耐性試験の試験サンプルの製造方法を示した工程図であるが、最後の評価工程を除けば、以下に述べるガス拡散電極用基材18,20の製造方法を説明するための工程図でもある。
【0050】
まず、炭素繊維26と、炭素微粒子28と、アクリルシリコン系樹脂30と、溶媒としての溶剤SLVとを用意する。これらの混合割合は適宜定められるが、例えば、ガス拡散電極用基材18,20の製造工程完了後において、炭素繊維26、炭素微粒子28、および、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する各重量割合が所定の目標範囲内となるように混合される。なお、用意される上記アクリルシリコン系樹脂30は、乾燥硬化後にも残留する樹脂の固形分と乾燥により揮発する溶剤分とから構成されている。
【0051】
次いで、スラリー製造工程S1において、上記の用意したアクリルシリコン系樹脂30と炭素繊維26と炭素微粒子28と溶剤SLVとを混合して電極基材用スラリーSLRを製造する。すなわち、スラリー製造工程S1は、アクリルシリコン系樹脂30、炭素繊維26、炭素微粒子28、溶剤SLVを順次に適当な混合容器に入れつつそれらを混合する混合処理を実行する混合工程である。このとき、炭素繊維26は、電極基材用スラリーSLR中で均一に分散するように混合される。上記混合処理は、例えば300(rpm)程度の回転速度で2時間程度実行される。これにより、電極基材用スラリーSLRが得られる。なお、ガス拡散電極用基材18,20は、上記電極基材用スラリーSLRから溶剤が揮発し残ったアクリルシリコン系樹脂30と炭素繊維26と炭素微粒子28とから構成されることになる。その揮発する溶剤には、上記溶剤SLVだけで無くこのスラリー製造工程S1で混合されるアクリルシリコン系樹脂30の溶剤分も含まれる。
【0052】
次いで、成形工程S2においては、電極基材用スラリーSLRを用いてシート状成形体SHを製造する。例えば、電極基材用スラリーSLRを、スリップキャスティング等の良く知られた適宜のシート成型法を用い、或いは、適当なプレート上に塗布することにより、シート成形を行う。これにより、電極基材用スラリーSLRからシート状成形体SHが得られる。例えば、そのシート状成形体SHは、その厚みは500(μm)程度であり、メタルマスクを用いて成型される。
【0053】
次いで、乾燥工程S3においては、シート状成形体SHに、例えば5〜80(℃)程度の温度で3時間程度の乾燥処理を施す。更に、熱処理工程S4においては、上記乾燥処理を施されたシート状成形体SHに、例えば150(℃)で3時間程度の熱処理を施すことにより、そのシート状成形体SH内のアクリルシリコン系樹脂30を硬化させる。例えば、150(℃)に槽内温度が維持されたオーブン内に、シート状成形体SHが3時間程度保持される。これにより、シート状成形体SHから溶剤(溶剤SLV+樹脂の溶剤分)が除去され、炭素繊維26が相互に絡み合い且つクラスター構造の炭素微粒子28を介してアクリルシリコン系樹脂30で接合されたシート状物が得られる。すなわち、MEA10のガス拡散電極22,24を構成するためのガス拡散電極用基材18,20が得られる。乾燥・熱処理後の厚さ寸法は、例えば200(μm)程度である。前記乾燥工程S3および前記熱処理工程S4は、本発明の硬化工程に対応する。
【0054】
MEA10は、上記のようにして製造されたガス拡散電極用基材18,20の片面に触媒スラリーを塗布して触媒層14,16が形成されたガス拡散電極(電極シート)22,24を作製し、シート状の電解質膜12を触媒層14,16が内側になるように2枚のガス拡散電極22,24で挟み、ホットプレスを施すことで得られる。なお、触媒スラリーおよび電解質膜12を構成する電解質の詳細については、本実施例を理解するために必要ではないので省略する。
【0055】
ここで、本実施例のガス拡散電極用基材18,20の耐水ラジカル耐性試験(フェントン試験)の評価結果を説明する。その耐水ラジカル耐性試験では、H2O2(3wt%)水溶液を55(℃)にし、それにFe500(ppm)とサンプル(試料)とを投入して浸漬し、24時間経過毎の断面加圧抵抗、ガス透過性、及び、撥水性を評価するための接触角を測定する。上記サンプルとしては、本実施例のガス拡散電極用基材18,20の他、それとの比較のため、そのガス拡散電極用基材18,20のアクリルシリコン系樹脂30をレゾール系樹脂に置き換えた比較例1、及び、フッ素樹脂コートカーボンペーパーである比較例2を加えた。上記「wt%」は「重量%」を意味する。
【0056】
測定項目の1つである断面加圧抵抗は、厚み方向に加圧した状態で測定した表面と裏面との間の抵抗値であり、例えばアズワン(株)製の小型熱プレス機AH-2003を用いて前記サンプルを一対の金メッキ銅板で挟み2(MPa)で加圧し、50(mA)を通電したときの上記一対の金メッキ銅板間の電圧を測定することにより求めた。また、ガス透過性は、例えばPMI社製のキャピラリーフローポロメータ1200AELを用いて、ガス圧が30(kPa)の空気を前記サンプルの片面に与えることにより測定した。また、接触角は、例えば協和界面科学(株)製のFACE接触角計CA-DTを用いて、水滴の拡大画像をθ/2法で測定した。また、外観検査を行うため、例えばHiROX製のDIGITAL MICROSCOPE KH-7700を用いて表面写真(顕微鏡写真)を撮影した。下記表1は上述した測定装置の一覧である。前記断面加圧抵抗、ガス透過性、及び、接触角の測定は例えば5〜35(℃)程度の室温にて行った。
【0057】
【表1】
【0058】
この耐水ラジカル耐性試験で用いられた本実施例のガス拡散電極用基材18,20及び前記比較例1の原料の調合量を示したものが下記表2である。そして、それらのサンプルの製造工程は前述した図4の通りである。すなわち、本実施例のガス拡散電極用基材18,20のサンプル製造のためのスラリー製造工程(混合工程)S1では、固形分50wt%且つ溶剤分50wt%のアクリルシリコン系樹脂30を0.6(g)、炭素繊維26を3(g)、炭素微粒子28を0.5(g)、溶剤SLVを20(g)とする原料を混合した。また、前記比較例1のサンプル製造のためのスラリー製造工程(混合工程)S1では、固形分20wt%且つ溶剤分80wt%のレゾール系樹脂を1.5(g)、炭素繊維26を3(g)、炭素微粒子28を0.5(g)、溶剤SLVを20(g)とする原料を混合した。上記の両サンプルの何れでも、電極基材用スラリーSLRをビーカー内でスターラーにより300(rpm)程度の回転速度で2時間程度攪拌した。
【0059】
そして、サンプル製造のための成形工程S2、乾燥工程S3、及び、熱処理工程S4は、本実施例のガス拡散電極用基材18,20のサンプル製造でも比較例1のサンプル製造でも同一である。具体的には、成形工程S2では、テフロン(登録商標)コートされた鉄板またはテフロンシート等であるフッ素樹脂を表面に有する保持板上にメタルマスクを用いて、スラリー製造工程S1で混合され製造された電極基材用スラリーSLRから、100×200(mm)の大きさで厚みが500(μm)のシート状成形体SHを成型した。次に乾燥工程S3にて、そのシート状成形体SHを5〜80(℃)程度の温度で3時間程度放置することにより乾燥させ、続く熱処理工程S4では、メタルマスクを取り除き、乾燥したシート状成形体SHを上記保持板上に載置したまま、150(℃)に槽内温度が維持されたオーブン内に3時間程度保持する熱処理を実施した。熱処理工程S4後のサンプル厚みは両サンプルとも200(μm)である。
【0060】
ここで、具体的に、スラリー製造工程S1で混合された前記固形分50wt%且つ溶剤分50wt%のアクリルシリコン系樹脂30はDIC(株)のボンコートシリーズであり、前記固形分20wt%且つ溶剤分80wt%のレゾール系樹脂は住友ベークライト(株)のPR50781である。また、両者何れのサンプルでも下記表2に示すように、例えば、上記炭素繊維26は平均直径が8〜10(μm)程度で平均繊維長が50(μm)程度のピッチ系カーボンファイバーである三菱樹脂(株)のK6371Mであり、炭素微粒子28は平均一次粒子径が30(nm)程度であるcabot社のVulcan XC-72(Vulcanはcabot社の登録商標)であり、溶剤SLVはエタノールを主剤とする日本アルコール販売(株)のソルミックスAP-7である。なお、比較例2は、市販のカーボンペーパーであるElectro Chem Inc.社のEC-TP1-060Tである。
【0061】
【表2】
【0062】
この耐水ラジカル耐性試験において各サンプルを浸漬するための浸漬液の原料および調合量を示したものが下記表3である。すなわち、その浸漬液は、H2O2が30wt%含まれる酸としての過酸化水素水が200(g)、鉄イオン源としての硫酸鉄7水和物(FeSO4・7H2O)が0.498(g)、精製水が1799.502(g)の原料を混合したものである。また、上記過酸化水素水および上記精製水は例えば和光純薬製であり、上記硫酸鉄7水和物は例えば関東化学製である。
【0063】
【表3】
【0064】
具体的に、この耐水ラジカル耐性試験では、先ず、本実施例のガス拡散電極用基材18,20、前記比較例1、及び、前記比較例2のサンプルを各4枚すなわち合計12枚(=4枚×3種)準備した。その大きさは、全て100×200(mm)である。
【0065】
次に、それぞれのサンプルを1種類当たり3枚ずつ同じテフロントレー(フッ素樹脂トレー)に置き、そこに前記浸漬液をサンプル全体が浸るまで投入し、ラップをかけて55(℃)に保たれたオーブン中に入れた。なお、各4枚のサンプルのうちオーブン中に入れなかった各1枚のサンプルは、この耐水ラジカル耐性試験において経過時間が0時間の評価サンプルとなる。
【0066】
次に、試験開始時すなわち最初のオーブン投入時から24時間後に、各テフロントレーから1種類毎にサンプルを1枚取り出し、それを精製水で3回ずつ洗浄しテフロンシート(フッ素樹脂シート)上に載せて60(℃)で1時間乾燥させた。更に、残りの各サンプルは、テフロントレーの前記浸漬液を新たに作製したものに交換した上で再び55(℃)に保たれたオーブン中に入れた。これらの作業を、試験開始時から48時間後および72時間後にも行った。そして、前記浸漬液に浸漬する前のサンプル及び各経過時間毎に取り出したサンプルに対して、断面加圧抵抗、ガス透過性、及び、接触角の測定を行った。
【0067】
図5〜図7は何れも、この耐水ラジカル耐性試験の試験結果を示す図である。なお、図5〜図7に記載の「レゾール系樹脂」とは前記比較例1のことであり、「TGP-Teflon-treated」(TEFLONは登録商標)とは前記比較例2のことであり、「アクリルシリコン系樹脂」とは本実施例のガス拡散電極用基材18,20のことである。
【0068】
図5は、試験の経過時間に対して2(MPa)加圧時の断面加圧抵抗値を示した図である。この図5に示されるように、本実施例のガス拡散電極用基材18,20、前記比較例1、及び、前記比較例2の何れのサンプルでも、断面加圧抵抗値は試験の経過時間に対して殆ど変化しなかった。
【0069】
図6は、試験の経過時間に対して空気圧30(kPa)におけるガス透過性を示した図である。この図6に示されるように、上記何れのサンプルでも、ガス透過性は試験の経過時間に対して殆ど変化しなかった。
【0070】
図7は、試験の経過時間に対して接触角を示した図である。この図7に示されるように、本実施例のガス拡散電極用基材18,20および前記比較例2では、接触角は試験の経過時間に対して殆ど変化せず、本実施例のガス拡散電極用基材18,20はその撥水性において上記比較例2と略同等であり、具体的には、試験開始時から72時間経過後でも135(°)以上の水滴の接触角を維持できていた。その一方で、前記比較例1は、試験開始時から24時間経過後には接触角が零になり撥水性が全く無くなっていた。
【0071】
図示したものは無いが、試験開始前の各サンプルの表面写真と試験開始時から72時間経過後の各サンプルの表面写真とを比較した。その結果、本実施例のガス拡散電極用基材18,20、前記比較例1、及び、前記比較例2の何れのサンプルでも、試験開始前と72時間経過後との相互比較で外観上大きな変化は見られなかった。
【0072】
上記のような評価結果から、アクリルシリコン系樹脂30を有する本実施例のガス拡散電極用基材18,20は、図5〜図7に示す高い性能を保つ耐久性を備えていることが見出された。更に注目すべき点は、アクリルシリコン系樹脂30はその樹脂自体が撥水性を有しており、従来から行われていたような電極基材をフッ素系撥水剤等に含浸させてその電極基材に撥水性を備えさせる撥水処理工程が必要なく、電極基材用スラリーSLRを硬化させるだけで、前記耐水ラジカル耐性試験においてその試験開始から72時間経過後まで135(°)以上の接触角を保つことができるということである。従って、本実施例のガス拡散電極用基材18,20を備えたガス拡散電極22,24は、フッ素系撥水剤等を用いることなく燃料電池用電極として高性能を維持できると考えられる。
【0073】
次に、本実施例で用いられるアクリルシリコン系樹脂30及び、それ以外のフッ素を含まない樹脂、具体的には、アクリルスチレン系樹脂、エポキシ樹脂、水性アクリル樹脂、水性エポキシエステル樹脂、レゾール系樹脂の各々の樹脂自体のサンプルすなわち樹脂のみのサンプルに対し行った耐水ラジカル耐性試験(フェントン試験)の評価結果を説明する。この耐水ラジカル耐性試験は、前述のガス拡散電極用基材18,20に対する耐水ラジカル耐性試験と同様である。すなわち、前記表3の原料から構成される前記浸漬液にサンプルを浸漬して55(℃)に保ち、試験開始時から24時間毎に72時間経過するまで所定の測定を行うものである。但し、前述のガス拡散電極用基材18,20に対する耐水ラジカル耐性試験ではサンプルを55(℃)のオーブンから取り出し後に60(℃)で1時間乾燥させるところ、この樹脂自体の耐水ラジカル耐性試験では、60(℃)で24時間乾燥させた。また、24時間毎に行う測定の測定項目は前述のものと異なり、図8に示すように、各サンプルの重量減少率(%)を測定した。更に、耐水ラジカル耐性試験における0,24,48,72時間の各試験時間経過後のサンプルを用いてTG-DTA測定を行い、図9に示すように、そのときのヒーター温度は0〜800(℃)で走査し、250(℃)の時の各サンプルのTG重量減少率(%)を記録した。すなわち、図9の横軸の値は、TG-DTA測定がなされた各サンプルに対する耐水ラジカル耐性試験の試験時間を示している。図8の重量減少率は上記耐水ラジカル耐性試験の開始時のサンプル重量を基準とし、図9のTG重量減少率は上記各試験時間の耐水ラジカル耐性試験経過時のサンプル重量を基準とするものである。確認的に述べるが、図8及び図9では、縦軸のプラス側(図の上側)へ向かうほどサンプル重量が減少したことを示している。
【0074】
具体的に、この樹脂自体の耐水ラジカル耐性試験の各サンプルは、スラリー状の樹脂を直径90(mm)の円形のテフロンシャーレ(フッ素樹脂シャーレ)に取り、それを1時間経過後に45(℃)に、2時間経過後に80(℃)に、3時間経過後に150(℃)に至るように室温から徐々に温度上昇させる熱処理を3時間行い作製されたものである。エポキシ樹脂及び水性エポキシエステル樹脂のサンプルについては、上記熱処理後、さらに150(℃)で3時間保持する熱処理を加えて作製した。作製したサンプル数は1種類の樹脂に対し4枚であり、合計24枚(=4枚×6種)である。アクリルシリコン系樹脂30およびレゾール系樹脂は、前述のガス拡散電極用基材18,20に対する耐水ラジカル耐性試験と同じである。
【0075】
図8に示す試験結果において、48時間経過後に水性アクリル樹脂はそのサンプル重量が減少し、72時間経過後に水性アクリル樹脂および水性エポキシエステル樹脂はそのサンプル重量が増加した。このサンプル重量の減少は樹脂自体が分解したことに起因すると考えられ、サンプル重量の増加はサンプルが水分を吸収したことに起因すると考えられる。図8において、上記水性アクリル樹脂および水性エポキシエステル樹脂以外のサンプルでは、殆ど重量変化が生じなかった。なお、図8にアクリルシリコン系樹脂30の曲線が表示されていないが、それは、アクリルシリコン系樹脂30およびアクリルスチレン系樹脂の重量減少率が共に0(%)で同一であり、図8のグラフ上でアクリルシリコン系樹脂30の曲線がアクリルスチレン系樹脂の曲線に重なって表示されていないだけである。
【0076】
また、図9に示す試験結果において、アクリルシリコン系樹脂30はサンプル重量に殆ど変化が生じなかったが、それ以外の樹脂はサンプル重量が減少した。この図9の試験におけるサンプル重量の減少も樹脂自体が分解したことに起因すると考えられる。
【0077】
上記図8および図9の試験結果から、アクリルシリコン系樹脂30が、ガス拡散電極用基材18,20を構成する樹脂として、耐久性および耐熱性の面で最も優れていると判断できる。更に、図9から、アクリルシリコン系樹脂30は、250(℃)の環境においても十分に安定していることが確認された。
【0078】
次に、ガス拡散電極用基材18,20に対する炭素微粒子28の重量割合、アクリルシリコン系樹脂30の重量割合、及び炭素繊維26の重量割合をそれぞれ変化させた場合に、それらの重量割合がガス拡散電極用基材18,20のガス透過性および断面加圧抵抗に与える影響を調査する試験を行った。この試験において、ガス透過性および断面加圧抵抗の測定方法および測定装置は、前述のガス拡散電極用基材18,20に対する耐水ラジカル耐性試験と同一である。また、この試験の炭素繊維26、炭素微粒子28、及びアクリルシリコン系樹脂30も、前述のガス拡散電極用基材18,20に対する耐水ラジカル耐性試験と同一であり前記表2に示す通りである。
【0079】
この試験での測定結果は図10〜図12に示す通りである。図10は、ガス拡散電極用基材18,20に含まれるアクリルシリコン系樹脂30及び炭素繊維26の各重量(例えば単位は「g」)を一定とした場合において、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合と、測定されたガス拡散電極用基材18,20のガス透過性および断面加圧抵抗との関係を示した図である。また、図11は、ガス拡散電極用基材18,20に含まれる炭素微粒子28及び炭素繊維26の各重量を一定とした場合において、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合と、測定されたガス拡散電極用基材18,20のガス透過性および断面加圧抵抗との関係を示した図である。また、図12は、ガス拡散電極用基材18,20に含まれるアクリルシリコン系樹脂30の炭素微粒子28に対する重量割合を一定とした場合において、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合と、測定されたガス拡散電極用基材18,20のガス透過性および断面加圧抵抗との関係を示した図である。
【0080】
図10〜図12からすれば、ガス拡散電極用基材18,20の断面加圧抵抗の目標値を5000(mΩ・cm)以下とし且つガス透過性の目標値を1500(ml・mm/cm2/min)以上とした場合には、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内とされ、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内とされ、且つ、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は60〜99(%)の範囲内とされるのが好適であると考えられる。更に、上記断面加圧抵抗の目標値を1500(mΩ・cm)以下とし且つ上記ガス透過性の目標値を2000(ml・mm/cm2/min)以上とした場合には、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は6〜20(%)の範囲内とされ、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜5(%)の範囲内とされ、且つ、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は75〜99(%)の範囲内とされるのが好適であると考えられる。
【0081】
上述したように、本実施例によれば、ガス拡散電極用基材18,20は、炭素繊維26と炭素微粒子28とアクリルシリコン系樹脂30とを備えており、図3のように、各々の炭素繊維26がそれらの相互間に炭素微粒子28を介在させた状態でアクリルシリコン系樹脂30により接合されているので、ガス拡散電極用基材18,20は、アクリルシリコン系樹脂30自体の撥水機能により、フッ素を含むこと無く高い撥水性を有するという利点がある。例えば、図7から判るように、本実施例のガス拡散電極用基材18,20は、レゾール系樹脂を用いたものと比較して高い撥水性を有する。そのため、ガス拡散電極用基材18,20に撥水皮膜を付加する等の後工程が必要とされない。また、ガス拡散電極用基材18,20は、多孔質であり炭素繊維26および炭素微粒子28により構成されているので高いガス透過性を有するとともに、その炭素微粒子28が含まれていることにより炭素繊維26相互間の導電性を高め、炭素微粒子28が無いものと比較して高い導電性をも有することができる。従って、導電性およびガス透過性が共に高く且つフッ素を用いなくとも撥水性の高いガス拡散電極用基材18,20が得られる。
【0082】
また、本実施例のガス拡散電極用基材18,20は、撥水剤としてフッ素樹脂が不要であり、電極用基材をフッ素系撥水剤等に含浸させてその電極用基材に撥水性を備えさせる撥水処理工程が必要ないので、そのような撥水処理工程が必要な電極用基材と比較して、低コストで製造することが可能である。
【0083】
また、本実施例によれば、ガス拡散電極用基材18,20が備える導電性微粒子は炭素微粒子28であるので、導電性微粒子として鉄粉や銅粉等の金属微粒子を備えるガス拡散電極用基材と比較して、ガス拡散電極用基材18,20の耐酸性がより高くなるという利点がある。すなわち、耐酸性、耐熱性、導電性の何れもが高いガス拡散電極用基材18,20を得ることが可能である。
【0084】
また、本実施例によれば、例えば、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、且つ、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は60〜99(%)の範囲内である。このようにすれば、ガス拡散電極用基材18,20の導電性およびガス透過性が、上記の重量割合の範囲から何れかが外れているものと比較して高いという利点がある。炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合が0.5(%)未満のもの、または、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合が20(%)を超えるものでは、ガス拡散電極用基材18,20の導電性が不足する可能性がある。また、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合が60(%)を下回るものでは、ガス拡散電極用基材18,20のガス透過性が不足する可能性がある。また、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合が20(%)を超えるもの、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合が0.5(%)を下回るもの、または、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合が99(%)を超えるものでは、アクリルシリコン系樹脂30が炭素繊維26相互間の接合剤として十分に機能し得ず、ガス拡散電極用基材18,20の機械的強度が不足する可能性がある。また、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は6〜20(%)の範囲内であり、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜5(%)の範囲内であり、且つ、前記炭素繊維の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は75〜99(%)の範囲内であることが更に望ましい。そのようにすれば、ガス拡散電極用基材18,20の機械的強度を十分に確保しつつ、ガス拡散電極用基材18,20の導電性およびガス透過性が一層高くなるという利点がある。
【0085】
また、本実施例によれば、炭素繊維26のアスペクト比は、4.5〜25の範囲内であることが望ましく、そのようにすれば、炭素繊維26が比較的太く且つ短いため、炭素繊維26相互に炭素微粒子28を介して或いは直接的に接触し易く、しかも、炭素繊維26相互の隙間が適度な大きさになるので、高い導電性および高いガス透過性が得られる。上記アスペクト比が4.5未満では、炭素繊維26が短いので密度が高くなり延いてはガス透過性が低くなる。また、上記アスペクト比が25を超えると、炭素繊維26が長いのでガス拡散電極用基材18,20の面に沿った横向きになるため、厚み方向における導電性が低下すると共に、炭素繊維26相互間に空隙の多い組織になる。
【0086】
また、本実施例によれば、炭素微粒子28は、その平均一次粒子径が10〜100(nm)程度の極めて微小な微粒子であるので、炭素繊維26相互の接点で導電経路が十分に確保され、そのため、ガス拡散電極用基材18,20の導電性が一層高まるという利点がある。また、上記炭素微粒子28の一次粒子径が十分に小さいので、ガス拡散電極用基材18,20のガス透過性が高いという利点がある。上記平均一次粒子径が10(nm)未満では、多数の炭素微粒子28が相互に凝集し易くなるため、ガス拡散電極用基材18,20の製造の際に炭素微粒子28の分散が不均一になり易くなる。また、上記平均一次粒子径が100(nm)を超えると、炭素微粒子28による炭素繊維26相互の接点での導電性を高める効果が十分に得られずガス拡散電極用基材18,20の導電性が低下する。
【0087】
また、本実施例によれば、炭素微粒子28は、多数個が凝集してクラスター構造を成しており、無数の接点を通して炭素繊維26相互を接触させているので、ガス拡散電極用基材18,20は高い導電性を得ることができる。
【0088】
また、本実施例によれば、アクリルシリコン系樹脂30は、アクリルモノマーが重合して形成する主鎖に対しケイ素を含む側鎖が3次元的に結合した構造を有するので、その樹脂自体が撥水性を備えており、ガス拡散電極用基材18,20はフッ素を含むこと無く高い撥水性を有することができる。また、アクリルシリコン系樹脂30はその分子量が数十万程度と非常に大きいので、樹脂分子群同士の相互間に水が入り難く、ガス拡散電極用基材18,20は高い耐水性を有することができる。更に、このアクリルシリコン系樹脂30は150℃以下の熱処理で十分な強度を発揮可能であるので、高温焼成不要でガス拡散電極用基材18,20の製造が容易である。
【0089】
上述したようなことから、本実施例のガス拡散電極用基材18,20は、燃料電池用のガス拡散電極用基材として良好な特性が得られる。更に、ガス拡散電極用基材18,20のシート状成形体SHは、電極基材用スラリーSLRのキャスティング製膜等により作製可能であるので、その膜厚制御が容易であり量産性が高いと考えられる。
【0090】
また、本実施例のガス拡散電極用基材18,20の製造方法によれば、スラリー製造工程S1においては、アクリルシリコン系樹脂30と炭素繊維26と炭素微粒子28と溶剤SLVとを混合して電極基材用スラリーSLRを製造し、成形工程S2においては、その電極基材用スラリーSLRを用いてシート状成形体SHを製造し、乾燥工程S3においては、そのシート状成形体SHを乾燥させ、熱処理工程S4においては、その乾燥したシート状成形体SH内のアクリルシリコン系樹脂30を硬化させる。従って、多数の炭素繊維26を相互に焼結させるような焼成処理を行う必要が無く、比較的低温でガス拡散電極用基材18,20を製造することが可能である。そして、この製造方法により、導電性およびガス拡散性が共に高く且つフッ素を用いなくとも撥水性の高いガス拡散電極用基材18,20が得られる。
【0091】
また、本実施例によれば、MEA10は、固体高分子電解質層である電解質膜12と、その一面および他面にそれぞれ設けられた触媒層14,16と、それら触媒層14,16の各々の表面に設けられたガス拡散電極用基材18,20とを、含むので、導電性およびガス透過性が共に高く且つフッ素を用いなくとも撥水性の高いガス拡散電極用基材18,20の特性から、MEA10は、フッ素を含まずに、膜−電極接合体として高い性能を有することができる。
【0092】
また、本実施例によれば、ガス拡散電極用基材18,20が備える炭素繊維26はピッチ系カーボンファイバーであるので、PAN系カーボンファイバー等である場合と比較して、ガス拡散電極用基材18,20の導電性が高いという利点がある。
【0093】
また、本実施例によれば、炭素繊維26は、その平均繊維長が50〜250(μm)程度の範囲内であるので、ガス拡散電極用基材18,20の機械的強度が十分に高く、ガス拡散電極用基材18,20の組織の均質性が十分に高い。炭素繊維26の平均繊維長が50(μm)以上であれば、炭素繊維26相互の絡み合いが十分に多くなって機械的強度が十分に高くなる。また、上記平均繊維長が250(μm)以下であれば、炭素繊維26の分散性が十分に高められ、ガス拡散電極用基材18,20の組織の均質性が十分に高くなる。
【0094】
また、本実施例によれば、ガス拡散電極用基材18,20の膜厚に対する炭素繊維26の平均繊維長の比(=平均繊維長/膜厚)が0.1〜1の範囲内であることが望ましく、そのようにしたとすれば、ガス拡散電極用基材18,20の導電性およびガス拡散性を共に高くすることができる。上記膜厚に対する上記平均繊維長の比が0.1を下回るものでは、ガス拡散電極用基材18,20のガス透過性が不足する可能性がある。また、上記膜厚に対する上記平均繊維長の比が1を上回るものでは、炭素繊維26が図2に示した模式図のような膜厚方向に向かうものとはならず、面に沿った方向に寝ることになるため、ガス拡散電極用基材18,20の少なくとも膜厚方向においては導電性が不足する可能性がある。
【0095】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【0096】
例えば、前述の本実施例において、ガス拡散電極用基材18,20は炭素微粒子28を備えているが、この炭素微粒子28はガス拡散電極用基材18,20の導電性を高めるために配合されているものであるのでその微粒子の材質は炭素に限定されるわけではなく、炭素微粒子28に替えて或いはそれと共に金属微粒子を備えたガス拡散電極用基材18,20も考え得る。
【0097】
また、前述の本実施例において、炭素繊維26は、ピッチ系カーボンファイバーであるが、ポリアクリルニトリル繊維を炭化したPAN系カーボンファイバーなどの他のカーボンファイバーであっても差し支えない。例えば、炭素繊維26がPAN系カーボンファイバーであれば、ピッチ系カーボンファイバー等である場合と比較して、PAN系カーボンファイバーは高強度であるので、ガス拡散電極用基材18,20の機械的強度が高くなるという利点がある。
【0098】
また、前述の本実施例の図1において、本発明のガス拡散電極用基材18,20はMEA10の両方の電極の何れにも備えられているが、一方の電極が本発明のガス拡散電極用基材18を備え他方の電極が従来からのガス拡散電極用基材を備えたMEAも考え得る。
【0099】
また、前述の本実施例において、炭素繊維26はその平均直径が1〜30(μm)程度であるが、その平均直径が5〜20(μm)程度であればより好ましい。その平均直径が5(μm)以上であれば、繊維が十分に太く、折れ難いことから十分に高い機械的強度が得られ、一方、その平均直径が20(μm)以下であれば、炭素微粒子28、アクリルシリコン系樹脂30や溶剤SLVとの混合が容易となるからである。
【0100】
また、前述の本実施例において、ガス拡散電極用基材18,20は、多数の炭素繊維26と、多数の炭素微粒子28と、アクリルシリコン系樹脂30とから構成されているが、その他の構成材料を含んでいても差し支えない。
【0101】
また、前述の本実施例の図4において、成形工程S2にて、シート状成形体SHは、例えばメタルマスクを用いて成型されるが、そのような型によって成形されることに限定されるわけではない。
【0102】
また、前述の本実施例の図4において、乾燥工程S3の次に熱処理工程S4が実施されるが、乾燥工程S3と熱処理工程S4とが一工程に統合されており、シート状成形体SHからの溶剤SLVの除去とアクリルシリコン系樹脂30の硬化とが並行して進行しても差し支えない。
【符号の説明】
【0103】
10:MEA(膜−電極接合体)
12:電解質膜(固体高分子電解質層)
14,16:触媒層
18,20:ガス拡散電極用基材
22,24:ガス拡散電極
26:炭素繊維
28:炭素微粒子(導電性微粒子)
30:アクリルシリコン系樹脂
S1:スラリー製造工程
S2:成形工程
S3:乾燥工程(硬化工程)
S4:熱処理工程(硬化工程)
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池を構成するためのガス拡散電極用基材、その製造方法、およびこれを備えた膜−電極接合体に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、燃料として水素、メタノール、化石燃料からの改質水素等の還元剤を用い、空気や酸素を酸化剤として、電池内で燃料を電気化学的に酸化することにより、燃料の化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換して取り出すものである。そのため、内燃機関に比較して効率が高く、静粛性に優れると共に、大気汚染の原因となるNOx、SOx、粒子状物質(PM)等の排出量が少ないことから、近年、クリーンな電気エネルギー供給源として注目されている。例えば、電動機の駆動電源、住宅用等の分散型電源や熱電供給システムとしての利用が期待されている。
【0003】
このような燃料電池は、用いる電解質の種類によって、アルカリ形、リン酸形、溶融炭酸塩形、固体酸化物形、固体高分子形等に分類される。これらのうちプロトン伝導性の電解質を用いるリン酸形および固体高分子形は、熱力学におけるカルノーサイクルの制限を受けることなく高い効率で運転できるものであり、その理論効率は、25(℃)において83(%)にも達する。特に、固体高分子形燃料電池は、近年電解質膜や触媒技術の発展により性能の向上が著しくなり、低公害自動車用電源や高効率発電方法として注目を集めている。
【0004】
ところで、固体高分子形燃料電池は、一般に、水素イオン(プロトン)を選択的に伝導する薄い高分子電解質層の両面を一対のガス拡散電極で挟んだ構造を備えるものであり、通常は、このような膜−電極接合体(Membrane Electrode Assembly:以下、MEA)をセパレータを介して積層したスタック構造で用いられる。ガス拡散電極は触媒層およびガス拡散層から構成されており、これら触媒層およびガス拡散層は、一体化或いは複層化されたものもある。
【0005】
上記ガス拡散電極は、触媒層および電解質層表面に燃料ガスや空気を導くと共に、発生した電流を取り出すために、高いガス拡散性能と高い導電性とが共に要求される。また、加湿燃料中の水蒸気や反応により発生した水によるガス流路の閉塞を抑制するために優れた撥水性能を有することも要求されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3547013号公報
【特許文献2】特開2009−37932号公報
【特許文献3】特開2004−79406号公報
【特許文献4】特開2005−149745号公報
【特許文献5】特開2007−109624号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したようなガス拡散電極及びガス拡散電極用基材は、導電性、ガス拡散性(ガス透過性)、撥水性が高いレベルで要求されるので、それに対し、種々のものが提案されている。
【0008】
例えば、特許文献1に記載されたものは、フッ素樹脂によりガス拡散電極に撥水性を付与したものであり、具体的には、炭素繊維から成る炭素紙(カーボンペーパー)の上にフッ素樹脂で撥水処理された触媒担持炭素粉末を散布し、高温で加圧溶着固着させてガス拡散電極を製造するものである。しかしながら、カーボンペーパー製造時に炭素繊維を高温(1800℃〜)で焼成する必要があり、MEAに適用する際には構造的な制限やコスト面で問題があった。
【0009】
また、特許文献2に記載されたものも、フッ素樹脂によりガス拡散電極に撥水性を付与したものであるが、具体的には、ポリアリレート繊維などから得られた不織布と、多孔質フッ素樹脂と、ポリテトラフルオロエチレン粒子と、カーボンブラックなどの炭素材料とからガス拡散電極を構成するものである。しかしながら、特許文献2のMEAの製造工程ではフッ素樹脂を溶着する350℃程度の高温処理工程が必要であり、フッ素樹脂の溶着によってガス拡散電極のガス透過性が低下し、製造コストが高くなり、また、電解質層の耐熱性が低いためMEAの連続製造が困難であるという問題点があった。
【0010】
また、特許文献3に記載されたものは、膨張黒鉛等の導電性粉末、炭素繊維、有機繊維、および樹脂を含むスラリーを抄紙し、乾燥処理を施すものである。しかしながら、用いられる上記樹脂が親水性である場合には十分な撥水性が得られないので、実使用時(発電時)には加湿燃料ガスが効果的に触媒層に到達できず、また、生成水がMEA外に効果的に排出されないという問題点があった。
【0011】
また、特許文献4に記載されたものは、樹脂等とカーボンナノファイバーまたはカーボンナノホーンとを含むスラリーを抄紙し、乾燥処理を施すものである。しかしながら、カーボンナノファイバー等の接触点に導電成分が無いため導電性が低く、成形体の機械的強度も低いという問題点があった。また、カーボンナノファイバーやカーボンナノホーンは高価であるので製造コストが比較的高く量産性が低いという問題点があった。すなわち、ガス拡散電極の性能として満足できるものではなかった。更に、上記樹脂等が十分な撥水性を有していない場合には、実使用時(発電時)には加湿燃料ガスが効果的に触媒層に到達できず、また、生成水がMEA外に効果的に排出されないという問題点があった。
【0012】
また、前記特許文献1,2においては、撥水材料としてフッ素樹脂が採用されているが、近年、フッ素および一部のフッ素化合物が環境配慮の観点から規制対象となっている問題もある。例えば、環境基本法第16条に基づく環境省告示「水質汚濁に係る環境基準」では、1999年2月の改訂において「人の健康の保護に関する環境基準」別表1の項目にフッ素、硼素、硝酸性窒素および亜硝酸性窒素が追加された。その後、水質汚濁防止法においても、2001年7月の改正で排水基準にフッ素およびその化合物、硼素およびその化合物、アンモニア、アンモニア化合物、亜硝酸化合物および硝酸化合物が追加され、排出規制の対象物質になっている(水質汚濁防止法第2条第2項第1号、同法第3条第1項、水質汚濁防止法施行令第2条、排水基準を定める省令第1項)。
【0013】
また、大気汚染防止法では、煤煙、揮発性有機化合物、粉塵、有害大気汚染物質、自動車排出ガスの5種類を規制しているが、これらのうち煤煙は、「物の燃焼、合成、分解その他の処理に伴い発生する物質のうち、カドミウム及びその化合物、塩素及び塩化水素、フッ素、フッ化水素及びフッ化珪素、鉛及びその化合物、窒素酸化物」等と定められている(大気汚染防止法第2条第1項第3号、大気汚染防止法施行令第1条)。すなわち、フッ素およびフッ素化合物は排出規制の対象物質である。これら水質および大気に係る規制は、全てのフッ素樹脂に当てはまるものではないが、製造、使用、廃棄の過程においてフッ素或いは有害なフッ素化合物が生成する可能性を考慮して使用を避けるべきとの要求がある。
【0014】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであって、その目的は、導電性およびガス透過性が共に高く且つフッ素を用いなくとも撥水性の高いガス拡散電極用基材、その製造方法、およびこれを備えたMEAを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
斯かる目的を達成するため、請求項1に係る発明の要旨とするところは、(a)固体高分子形燃料電池のガス拡散電極を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質のガス拡散電極用基材であって、(b)炭素繊維と導電性微粒子とアクリルシリコン系樹脂とを含み、各々の前記炭素繊維がそれらの相互間に前記導電性微粒子を介在させた状態で前記アクリルシリコン系樹脂により接合されていることにある。
【0016】
また、請求項6に係る発明の要旨とするところは、(a)固体高分子形燃料電池のガス拡散電極を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質のガス拡散電極用基材の製造方法であって、(b)炭素繊維と導電性微粒子とアクリルシリコン系樹脂と溶媒とを含む電極基材用スラリーを製造するスラリー製造工程と、(c)前記電極基材用スラリーを用いてシート状成形体を製造する成形工程と、(d)前記シート状成形体を乾燥させそのシート状成形体内の前記アクリルシリコン系樹脂を硬化させる硬化工程とを、含むことにある。
【0017】
また、請求項7に係る発明の要旨とするところは、固体高分子電解質層と、その一面および他面にそれぞれ設けられた触媒層と、それら触媒層の各々の表面に設けられた請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載のガス拡散電極用基材とを、含むことにある。
【発明の効果】
【0018】
請求項1に係る発明のガス拡散電極用基材によれば、炭素繊維と導電性微粒子とアクリルシリコン系樹脂とを含み、各々の前記炭素繊維がそれらの相互間に前記導電性微粒子を介在させた状態で前記アクリルシリコン系樹脂により接合されているので、上記ガス拡散電極用基材は、そのアクリルシリコン系樹脂の撥水機能により、フッ素を含むこと無く高い撥水性を有するという利点がある。例えば、レゾール系樹脂を用いたものと比較して高い撥水性を有する。そのため、ガス拡散電極用基材に撥水皮膜を付加する等の後工程が必要とされない。また、請求項1に係る発明のガス拡散電極用基材は、多孔質であり炭素繊維および導電性微粒子により構成されているので高いガス拡散性を有するとともに、その導電性微粒子が含まれていることにより炭素繊維相互間の導電性を高め、それが無いものと比較して高い導電性をも有することができる。従って、導電性およびガス拡散性が共に高く且つフッ素を用いなくとも撥水性の高いガス拡散電極用基材が得られる。
【0019】
なお、請求項1に係る発明において、各々の炭素繊維の相互間の全てに導電性微粒子が介在することが理想的ではあるが、炭素繊維相互が直接に接している部分が存在しても差し支えない。また、炭素繊維相互間に樹脂が介在する部分が存在しても差し支えない。
【0020】
また、請求項1に係る発明において、「固体高分子電解質上に」とは、固体高分子電解質の上にガス拡散電極用基材が直接設けられている場合の他、触媒層等の他の層を介してガス拡散電極用基材が設けられている場合が含まれる。
【0021】
また、好適には、前記導電性微粒子は炭素微粒子である。このようにすれば、鉄粉や銅粉等の金属微粒子である場合と比較して、ガス拡散電極用基材の耐酸性がより高くなるという利点がある。すなわち、耐酸性、耐熱性、導電性の何れもが高い導電性微粒子をガス拡散電極用基材に用いることが可能である。
【0022】
また、好適には、前記導電性微粒子の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、前記アクリルシリコン系樹脂の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、且つ、前記炭素繊維の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は60〜99(%)の範囲内である。このようにすれば、上記の重量割合の範囲から何れかが外れているものと比較して、導電性およびガス拡散性が共に高いガス拡散電極用基材を得ることができる。前記導電性微粒子の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合が0.5(%)未満のもの、または、前記アクリルシリコン系樹脂の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合が20(%)を超えるものでは、ガス拡散電極用基材の導電性が不足する可能性がある。また、前記炭素繊維の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合が60(%)を下回るものでは、ガス拡散電極用基材のガス透過性が不足する可能性がある。また、前記導電性微粒子の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合が20(%)を超えるもの、前記アクリルシリコン系樹脂の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合が0.5(%)を下回るもの、または、前記炭素繊維の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合が99(%)を超えるものでは、アクリルシリコン系樹脂が炭素繊維相互間の接合剤として十分に機能し得ず、ガス拡散電極用基材の機械的強度が不足する可能性がある。また、前記導電性微粒子の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は6〜20(%)の範囲内であり、前記アクリルシリコン系樹脂の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は0.5〜5(%)の範囲内であり、且つ、前記炭素繊維の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は75〜99(%)の範囲内であることが更に望ましい。そのようにすれば、機械的強度を十分に確保しつつ、一層導電性およびガス拡散性が共に高いガス拡散電極用基材を得ることができる。
【0023】
また、好適には、前記炭素繊維のアスペクト比(=繊維長/繊維径)が4.5〜25の範囲内である。このようにすれば、炭素繊維が比較的太く且つ短いため、炭素繊維相互に導電性微粒子を介して或いは直接的に接触し易く、しかも、炭素繊維相互の隙間が適度な大きさになるので、高い導電性および高いガス透過性が得られる。アスペクト比が4.5未満では、炭素繊維が短いので密度が高くなり延いてはガス透過性が低くなる。また、アスペクト比が25を超えると、炭素繊維が長いのでガス拡散電極用基材の面に沿った横向きになるため、厚み方向における導電性が低下すると共に、炭素繊維相互間に空隙の多い組織になる。
【0024】
また、好適には、前記導電性微粒子は平均一次粒子径が10〜100(nm)である。このようにすれば、炭素繊維相互の接点で導電経路が十分に確保されることから、一層高い導電性が得られる。また、上記導電性微粒子の一次粒子径が十分に小さいので、ガス拡散電極用基材のガス透過性が高いという利点がある。上記平均一次粒子径が10(nm)未満では、多数の導電性微粒子が相互に凝集し易くなるため、ガス拡散電極用基材の製造の際に導電性微粒子の分散が不均一になり易くなる。また、上記平均一次粒子径が100(nm)を超えると、導電性微粒子による炭素繊維相互の接点での導電性を高める効果が十分に得られずガス拡散電極用基材の導電性が低下する。
【0025】
また、好適には、前記導電性微粒子はクラスター構造を成すものである。このようにすれば、複数本の炭素繊維は、クラスター構造の導電性微粒子との間の無数の接点を通して相互に接触させられるため、前記ガス拡散電極用基材は高い導電性を得ることができる。
【0026】
また、好適には、前記アクリルシリコン系樹脂は、アクリルモノマーが重合して形成する主鎖に対しケイ素を含む側鎖が結合した構造を有する。また、そのアクリルシリコン系樹脂の分子量は数十万程度と非常に大きい。そのため、樹脂分子群同士の間に水が入り難く耐水性が高い。
【0027】
また、請求項6に係る発明のガス拡散電極用基材の製造方法によれば、(a)炭素繊維と導電性微粒子とアクリルシリコン系樹脂と溶媒とを含む電極基材用スラリーを製造するスラリー製造工程と、(b)前記電極基材用スラリーを用いてシート状成形体を製造する成形工程と、(c)前記シート状成形体を乾燥させそのシート状成形体内の前記アクリルシリコン系樹脂を硬化させる硬化工程とを、含むので、多数の炭素繊維を相互に焼結させるような焼成処理を行う必要が無く、比較的低温でガス拡散電極用基材を製造することが可能である。そして、請求項1に係る発明と同様に、導電性およびガス拡散性が共に高く且つフッ素を用いなくとも撥水性の高いガス拡散電極用基材が得られる。
【0028】
また、請求項7に係る発明の膜−電極接合体によれば、固体高分子電解質層と、その一面および他面にそれぞれ設けられた触媒層と、それら触媒層の各々の表面に設けられた請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載のガス拡散電極用基材とを、含むので、高い導電性、高い撥水性、および高いガス透過性を有するガス拡散電極を備えた膜−電極接合体が得られる。
【0029】
また、前記固体高分子形燃料電池には反応の生じる三相界面に触媒(例えば、貴金属系触媒)が備えられていることが望ましい。例えば、ガス拡散電極が、上記触媒を担持したカーボン粉末を主成分とする触媒層と前記ガス拡散電極用基材とを層状に備えており、固体高分子形燃料電池は、一対を成す上記ガス拡散電極が触媒層を内側にして前記固体高分子電解質層(膜)の両面に接合された構造になっている。また、上記触媒は、ガス拡散電極用基材中に炭素繊維や導電性微粒子に担持された状態で備えられていてもよい。ガス拡散電極用基材中に備えられている態様は、例えば、ガス拡散電極用基材の形成後に触媒を含むスラリーを含浸させる方法や、ガス拡散電極用基材のもととなるスラリー中に触媒を混合してガス拡散電極用基材を形成すると同時に触媒を担持させる方法等で実施し得る。
【0030】
また、前記炭素繊維は特に限定されず、ポリアクリロニトリル系(PAN系)炭素繊維、ピッチ系炭素繊維、レーヨン系炭素繊維等の適宜のものを用い得る。ポリアクリロニトリル系炭素繊維を用いた場合には、炭素繊維の強度が高いため機械的強度の特に高いガス拡散電極が得られる。また、ピッチ系炭素繊維を用いた場合には、電気伝導性の特に高いガス拡散電極が得られる。
【0031】
また、前記炭素繊維は、平均径が1〜30(μm)の範囲内のものが好ましい。更に、平均径が5(μm)以上であれば、繊維が十分に太く、折れ難いことから十分に高い機械的強度が得られる。また、平均径が20(μm)以下であれば、導電性微粒子、アクリルシリコン系樹脂や溶剤との混合が容易である。
【0032】
また、前記炭素繊維は、平均繊維長が50〜250(μm)の範囲内のものが好ましい。平均繊維長が50(μm)以上であれば、炭素繊維相互の絡み合いが十分に多くなって機械的強度が十分に高くなる。また、平均繊維長が250(μm)以下であれば、炭素繊維の分散性が十分に高められ、ガス拡散電極用基材の組織の均質性が十分に高くなる。
【0033】
また、固体高分子形燃料電池には、燃料極側および空気極側のそれぞれにガス拡散電極が備えられるが、本発明は、それら燃料極側および空気極側の何れの電極にも適用され得る。但し、両極で同一構成の電極が設けられることが必須ではなく、所望する特性や製造上の都合等に応じて、適宜の電極構成を採用することができ、本発明を適用されるのが両極のうちの一方のみであってもよい。
【0034】
また、本発明は、種々の固体高分子電解質が用いられた固体高分子形燃料電池に適用され、固体高分子電解質の材質は特に限定されない。例えば、イオン交換基(-SO3H基等)を有するモノマーの単独重合体または共重合体、イオン交換基を有するモノマーとそのモノマーと共重合可能な他のモノマーとの共重合体、加水分解等の後処理によりイオン交換基に転換し得る官能基(すなわちイオン交換基の前駆的官能基)を有するモノマーの単独重合体、または共重合体(プロトン伝導性高分子前駆体)に同様な後処理を施したもの等が挙げられる。
【0035】
上記高分子電解質の具体例としては、例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂等のパーフルオロ型のプロトン伝導性高分子、パーフルオロカーボンカルボン酸樹脂膜、スルホン酸型ポリスチレン−グラフト−エチレンテトラフルオロエチレン(ETFE)共重合体膜、スルホン酸型ポリ(トリフルオロスチレン)−グラフト−ETFE共重合体膜、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)スルホン酸膜、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸(ATBS)膜、炭化水素系膜等が例示される。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の一実施例である平板型のMEAを示す図である。
【図2】図1のMEAに備えられたガス拡散電極用基材の構成を模式的に示す図である。
【図3】図2のガス拡散電極用基材における炭素繊維相互の接合状態を説明するための模式図である。
【図4】図2のガス拡散電極用基材およびその試験サンプルの製造方法を説明するための工程図である。
【図5】図2のガス拡散電極用基材の耐久性評価のための耐水ラジカル耐性試験の試験結果を示す図であって、試験の経過時間と2(MPa)加圧時の断面加圧抵抗との関係を示す図である。
【図6】図2のガス拡散電極用基材の耐久性評価のための耐水ラジカル耐性試験の試験結果を示す図であって、試験の経過時間と空気圧30(kPa)におけるガス透過性との関係を示す図である。
【図7】図2のガス拡散電極用基材の耐久性評価のための耐水ラジカル耐性試験の試験結果を示す図であって、試験の経過時間と接触角との関係を示す図である。
【図8】図2のガス拡散電極用基材が有するアクリルシリコン系樹脂の耐久性を他の樹脂と比較するための樹脂自体に対する耐水ラジカル耐性試験の試験結果を示す図であって、試験の経過時間と各樹脂サンプルの重量減少率との関係を示す図である。
【図9】図8の樹脂自体に対する耐水ラジカル耐性試験の各試験時間経過後の樹脂サンプルに対し実施されたTG-DTA測定において、上記耐水ラジカル耐性試験の試験時間と各樹脂サンプルのTG重量減少率との関係を示す図である。
【図10】図2のガス拡散電極用基材に含まれるアクリルシリコン系樹脂及び炭素繊維の各重量を一定とした場合において、炭素微粒子のガス拡散電極用基材に対する重量割合と、測定されたガス拡散電極用基材のガス透過性および断面加圧抵抗との関係を示した図である。
【図11】図2のガス拡散電極用基材に含まれる炭素微粒子及び炭素繊維の各重量を一定とした場合において、アクリルシリコン系樹脂のガス拡散電極用基材に対する重量割合と、測定されたガス拡散電極用基材のガス透過性および断面加圧抵抗との関係を示した図である。
【図12】図2のガス拡散電極用基材に含まれるアクリルシリコン系樹脂の炭素微粒子に対する重量割合を一定とした場合において、炭素繊維のガス拡散電極用基材に対する重量割合と、測定されたガス拡散電極用基材のガス透過性および断面加圧抵抗との関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例において図は適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比および形状等は必ずしも正確に描かれていない。
【実施例】
【0038】
図1は、本発明の一実施例である平板型の膜−電極接合体10(以下、「MEA10」という)の断面構造を示す図である。MEA10は、固体高分子形燃料電池の単電池の中心部を構成する部材であり、図1に示すように、薄い平板層状の電解質膜12と、この電解質膜12を挟むように一体的に貼り合わされた一対のガス拡散電極22,24とから構成されている。そして、その一対のガス拡散電極22,24は、触媒層14,16とガス拡散電極用基材18,20とを層状に有し、触媒層14,16を内側にして、すなわち、触媒層14,16を電解質膜12側にして、その電解質膜12の一面および他面にそれぞれ接合されている。
【0039】
上記の電解質膜12は、本発明の固体高分子電解質層に対応し、例えばNafion(デュポン社の登録商標)DE520等のプロトン導電性電解質から成るもので、例えば50(μm)程度の厚さ寸法を備えている。
【0040】
また、上記の触媒層14,16は、例えば球状の炭素粉末に白金等の貴金属系触媒を担持させたPt担持カーボンブラックから成るものである。これは、例えば田中貴金属工業(株)から市販されているもの(例えばTEC10E70TPM等)を用い得る。触媒層14,16の厚さ寸法は、例えば50(μm)程度である。
【0041】
また、上記のガス拡散電極用基材18,20は、その厚み(膜厚)に限定は無いがそれぞれ200(μm)程度の厚さ寸法を備え、その表面と裏面(すなわち触媒層14,16側の一面)との間で容易に気体が流通し得るように構成された多孔質層である。
【0042】
上記のガス拡散電極用基材18,20は、例えば、多数の炭素繊維26と、多数の導電性炭素微粒子28(以下、「炭素微粒子28」という)と、樹脂自体が撥水性を有するアクリルシリコン系樹脂30とから構成されている。そして、それらの炭素繊維26、炭素微粒子28、アクリルシリコン系樹脂30の各構成割合は限定されるわけでは無いが、例えば、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、且つ、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は60〜99(%)の範囲内である。更に好適には、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は6〜20(%)の範囲内であり、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜5(%)の範囲内であり、且つ、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は75〜99(%)の範囲内である。
【0043】
炭素繊維26は、ピッチを原料とするピッチ系カーボンファイバーであり、その平均直径が1〜30(μm)程度である。また、炭素繊維26の平均繊維長が50〜250(μm)程度の範囲内であって、且つ、ガス拡散電極用基材18,20の膜厚に対する上記平均繊維長の比(=平均繊維長/膜厚)が0.1〜1の範囲内であることが望ましい。例えば、ガス拡散電極用基材18,20の膜厚が200(μm)程度であるので、炭素繊維26の平均繊維長が50〜200(μm)程度の範囲内であることが望ましい。具体的に本実施例で採用される炭素繊維26は、平均直径が8〜10(μm)程度であって平均繊維長が50(μm)程度のピッチ系カーボンファイバーである。炭素繊維26のアスペクト比(=繊維長/繊維直径)は、ガス拡散電極用基材18,20の高い導電性と高いガス透過性とを確保するため、4.5〜25の範囲内であることが望ましい。上記炭素繊維26の平均直径、平均繊維長、およびアスペクト比は、電子顕微鏡による観察から求められる。例えば、SEM(走査型電子顕微鏡)測定を行い、その画像から炭素繊維26の直径および長手方向の長さを直接測定する。
【0044】
炭素微粒子28は、その平均一次粒子径が10〜100(nm)程度の極めて微小な微粒子である。具体的に本実施例で採用される炭素微粒子28の平均一次粒子径は30(nm)程度である。本実施例において、上記平均一次粒子径とは一次粒子径の平均値であり、その一次粒子径は、電子顕微鏡による観察から求められる定方向径である。なお、炭素微粒子28は、本発明の導電性微粒子に対応する。
【0045】
また、アクリルシリコン系樹脂30は、具体的には、アクリルモノマーが重合して形成する主鎖に対しケイ素を含む側鎖が3次元的に結合した構造を有する撥水性樹脂であり、そのアクリルシリコン系樹脂30の分子量は数十万程度である。詳細には、上記主鎖は、下記の化1に示す構造式のモノマーが重合して形成されており、アクリルシリコン系樹脂30は、その主鎖のR(化1参照)が下記の化2に示す構造式のモノマーが重合して形成された上記側鎖である高分子化合物である。
【0046】
【化1】
【化2】
【0047】
また、ガス拡散電極用基材18,20は、その炭素繊維26が上記のように膜厚(基材厚)よりも小さい繊維長を有していることから、図2に模式的に示すように、炭素繊維26は、ガス拡散電極用基材18,20の厚み方向或いはこれに傾斜した方向に伸びる向きでそのガス拡散電極用基材18,20内に多数存在する。また、各炭素繊維26は相互に絡み合い、それらの接触点において、図3に模式的に示すように、各々の炭素繊維26は直接的に或いはそれらの相互間に多数の炭素微粒子28を介在させた状態でアクリルシリコン系樹脂30により接合されている。炭素微粒子28は、多数個が凝集してクラスター構造を成しており、無数の接点を通して炭素繊維26相互を接触させている。このような構造を備えていることから、ガス拡散電極用基材18,20は、十分に高い導電性と高いガス透過性とを有している。
【0048】
なお、上記図3は、本実施例のガス拡散電極用基材18,20における典型的な構造例を模式的に示したもので、この図3に示されるような構造は必ずしも炭素繊維26の全ての接触点で形成されていない。すなわち、炭素繊維26が相互に直に接していたり、炭素微粒子28が介在させられずアクリルシリコン系樹脂30のみで接合されている部分も存在する。
【0049】
平板型のガス拡散電極用基材18,20は、例えば以下のようにして製造される。以下、図4を参照して製造方法を説明する。図4は、後述する耐水ラジカル耐性試験の試験サンプルの製造方法を示した工程図であるが、最後の評価工程を除けば、以下に述べるガス拡散電極用基材18,20の製造方法を説明するための工程図でもある。
【0050】
まず、炭素繊維26と、炭素微粒子28と、アクリルシリコン系樹脂30と、溶媒としての溶剤SLVとを用意する。これらの混合割合は適宜定められるが、例えば、ガス拡散電極用基材18,20の製造工程完了後において、炭素繊維26、炭素微粒子28、および、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する各重量割合が所定の目標範囲内となるように混合される。なお、用意される上記アクリルシリコン系樹脂30は、乾燥硬化後にも残留する樹脂の固形分と乾燥により揮発する溶剤分とから構成されている。
【0051】
次いで、スラリー製造工程S1において、上記の用意したアクリルシリコン系樹脂30と炭素繊維26と炭素微粒子28と溶剤SLVとを混合して電極基材用スラリーSLRを製造する。すなわち、スラリー製造工程S1は、アクリルシリコン系樹脂30、炭素繊維26、炭素微粒子28、溶剤SLVを順次に適当な混合容器に入れつつそれらを混合する混合処理を実行する混合工程である。このとき、炭素繊維26は、電極基材用スラリーSLR中で均一に分散するように混合される。上記混合処理は、例えば300(rpm)程度の回転速度で2時間程度実行される。これにより、電極基材用スラリーSLRが得られる。なお、ガス拡散電極用基材18,20は、上記電極基材用スラリーSLRから溶剤が揮発し残ったアクリルシリコン系樹脂30と炭素繊維26と炭素微粒子28とから構成されることになる。その揮発する溶剤には、上記溶剤SLVだけで無くこのスラリー製造工程S1で混合されるアクリルシリコン系樹脂30の溶剤分も含まれる。
【0052】
次いで、成形工程S2においては、電極基材用スラリーSLRを用いてシート状成形体SHを製造する。例えば、電極基材用スラリーSLRを、スリップキャスティング等の良く知られた適宜のシート成型法を用い、或いは、適当なプレート上に塗布することにより、シート成形を行う。これにより、電極基材用スラリーSLRからシート状成形体SHが得られる。例えば、そのシート状成形体SHは、その厚みは500(μm)程度であり、メタルマスクを用いて成型される。
【0053】
次いで、乾燥工程S3においては、シート状成形体SHに、例えば5〜80(℃)程度の温度で3時間程度の乾燥処理を施す。更に、熱処理工程S4においては、上記乾燥処理を施されたシート状成形体SHに、例えば150(℃)で3時間程度の熱処理を施すことにより、そのシート状成形体SH内のアクリルシリコン系樹脂30を硬化させる。例えば、150(℃)に槽内温度が維持されたオーブン内に、シート状成形体SHが3時間程度保持される。これにより、シート状成形体SHから溶剤(溶剤SLV+樹脂の溶剤分)が除去され、炭素繊維26が相互に絡み合い且つクラスター構造の炭素微粒子28を介してアクリルシリコン系樹脂30で接合されたシート状物が得られる。すなわち、MEA10のガス拡散電極22,24を構成するためのガス拡散電極用基材18,20が得られる。乾燥・熱処理後の厚さ寸法は、例えば200(μm)程度である。前記乾燥工程S3および前記熱処理工程S4は、本発明の硬化工程に対応する。
【0054】
MEA10は、上記のようにして製造されたガス拡散電極用基材18,20の片面に触媒スラリーを塗布して触媒層14,16が形成されたガス拡散電極(電極シート)22,24を作製し、シート状の電解質膜12を触媒層14,16が内側になるように2枚のガス拡散電極22,24で挟み、ホットプレスを施すことで得られる。なお、触媒スラリーおよび電解質膜12を構成する電解質の詳細については、本実施例を理解するために必要ではないので省略する。
【0055】
ここで、本実施例のガス拡散電極用基材18,20の耐水ラジカル耐性試験(フェントン試験)の評価結果を説明する。その耐水ラジカル耐性試験では、H2O2(3wt%)水溶液を55(℃)にし、それにFe500(ppm)とサンプル(試料)とを投入して浸漬し、24時間経過毎の断面加圧抵抗、ガス透過性、及び、撥水性を評価するための接触角を測定する。上記サンプルとしては、本実施例のガス拡散電極用基材18,20の他、それとの比較のため、そのガス拡散電極用基材18,20のアクリルシリコン系樹脂30をレゾール系樹脂に置き換えた比較例1、及び、フッ素樹脂コートカーボンペーパーである比較例2を加えた。上記「wt%」は「重量%」を意味する。
【0056】
測定項目の1つである断面加圧抵抗は、厚み方向に加圧した状態で測定した表面と裏面との間の抵抗値であり、例えばアズワン(株)製の小型熱プレス機AH-2003を用いて前記サンプルを一対の金メッキ銅板で挟み2(MPa)で加圧し、50(mA)を通電したときの上記一対の金メッキ銅板間の電圧を測定することにより求めた。また、ガス透過性は、例えばPMI社製のキャピラリーフローポロメータ1200AELを用いて、ガス圧が30(kPa)の空気を前記サンプルの片面に与えることにより測定した。また、接触角は、例えば協和界面科学(株)製のFACE接触角計CA-DTを用いて、水滴の拡大画像をθ/2法で測定した。また、外観検査を行うため、例えばHiROX製のDIGITAL MICROSCOPE KH-7700を用いて表面写真(顕微鏡写真)を撮影した。下記表1は上述した測定装置の一覧である。前記断面加圧抵抗、ガス透過性、及び、接触角の測定は例えば5〜35(℃)程度の室温にて行った。
【0057】
【表1】
【0058】
この耐水ラジカル耐性試験で用いられた本実施例のガス拡散電極用基材18,20及び前記比較例1の原料の調合量を示したものが下記表2である。そして、それらのサンプルの製造工程は前述した図4の通りである。すなわち、本実施例のガス拡散電極用基材18,20のサンプル製造のためのスラリー製造工程(混合工程)S1では、固形分50wt%且つ溶剤分50wt%のアクリルシリコン系樹脂30を0.6(g)、炭素繊維26を3(g)、炭素微粒子28を0.5(g)、溶剤SLVを20(g)とする原料を混合した。また、前記比較例1のサンプル製造のためのスラリー製造工程(混合工程)S1では、固形分20wt%且つ溶剤分80wt%のレゾール系樹脂を1.5(g)、炭素繊維26を3(g)、炭素微粒子28を0.5(g)、溶剤SLVを20(g)とする原料を混合した。上記の両サンプルの何れでも、電極基材用スラリーSLRをビーカー内でスターラーにより300(rpm)程度の回転速度で2時間程度攪拌した。
【0059】
そして、サンプル製造のための成形工程S2、乾燥工程S3、及び、熱処理工程S4は、本実施例のガス拡散電極用基材18,20のサンプル製造でも比較例1のサンプル製造でも同一である。具体的には、成形工程S2では、テフロン(登録商標)コートされた鉄板またはテフロンシート等であるフッ素樹脂を表面に有する保持板上にメタルマスクを用いて、スラリー製造工程S1で混合され製造された電極基材用スラリーSLRから、100×200(mm)の大きさで厚みが500(μm)のシート状成形体SHを成型した。次に乾燥工程S3にて、そのシート状成形体SHを5〜80(℃)程度の温度で3時間程度放置することにより乾燥させ、続く熱処理工程S4では、メタルマスクを取り除き、乾燥したシート状成形体SHを上記保持板上に載置したまま、150(℃)に槽内温度が維持されたオーブン内に3時間程度保持する熱処理を実施した。熱処理工程S4後のサンプル厚みは両サンプルとも200(μm)である。
【0060】
ここで、具体的に、スラリー製造工程S1で混合された前記固形分50wt%且つ溶剤分50wt%のアクリルシリコン系樹脂30はDIC(株)のボンコートシリーズであり、前記固形分20wt%且つ溶剤分80wt%のレゾール系樹脂は住友ベークライト(株)のPR50781である。また、両者何れのサンプルでも下記表2に示すように、例えば、上記炭素繊維26は平均直径が8〜10(μm)程度で平均繊維長が50(μm)程度のピッチ系カーボンファイバーである三菱樹脂(株)のK6371Mであり、炭素微粒子28は平均一次粒子径が30(nm)程度であるcabot社のVulcan XC-72(Vulcanはcabot社の登録商標)であり、溶剤SLVはエタノールを主剤とする日本アルコール販売(株)のソルミックスAP-7である。なお、比較例2は、市販のカーボンペーパーであるElectro Chem Inc.社のEC-TP1-060Tである。
【0061】
【表2】
【0062】
この耐水ラジカル耐性試験において各サンプルを浸漬するための浸漬液の原料および調合量を示したものが下記表3である。すなわち、その浸漬液は、H2O2が30wt%含まれる酸としての過酸化水素水が200(g)、鉄イオン源としての硫酸鉄7水和物(FeSO4・7H2O)が0.498(g)、精製水が1799.502(g)の原料を混合したものである。また、上記過酸化水素水および上記精製水は例えば和光純薬製であり、上記硫酸鉄7水和物は例えば関東化学製である。
【0063】
【表3】
【0064】
具体的に、この耐水ラジカル耐性試験では、先ず、本実施例のガス拡散電極用基材18,20、前記比較例1、及び、前記比較例2のサンプルを各4枚すなわち合計12枚(=4枚×3種)準備した。その大きさは、全て100×200(mm)である。
【0065】
次に、それぞれのサンプルを1種類当たり3枚ずつ同じテフロントレー(フッ素樹脂トレー)に置き、そこに前記浸漬液をサンプル全体が浸るまで投入し、ラップをかけて55(℃)に保たれたオーブン中に入れた。なお、各4枚のサンプルのうちオーブン中に入れなかった各1枚のサンプルは、この耐水ラジカル耐性試験において経過時間が0時間の評価サンプルとなる。
【0066】
次に、試験開始時すなわち最初のオーブン投入時から24時間後に、各テフロントレーから1種類毎にサンプルを1枚取り出し、それを精製水で3回ずつ洗浄しテフロンシート(フッ素樹脂シート)上に載せて60(℃)で1時間乾燥させた。更に、残りの各サンプルは、テフロントレーの前記浸漬液を新たに作製したものに交換した上で再び55(℃)に保たれたオーブン中に入れた。これらの作業を、試験開始時から48時間後および72時間後にも行った。そして、前記浸漬液に浸漬する前のサンプル及び各経過時間毎に取り出したサンプルに対して、断面加圧抵抗、ガス透過性、及び、接触角の測定を行った。
【0067】
図5〜図7は何れも、この耐水ラジカル耐性試験の試験結果を示す図である。なお、図5〜図7に記載の「レゾール系樹脂」とは前記比較例1のことであり、「TGP-Teflon-treated」(TEFLONは登録商標)とは前記比較例2のことであり、「アクリルシリコン系樹脂」とは本実施例のガス拡散電極用基材18,20のことである。
【0068】
図5は、試験の経過時間に対して2(MPa)加圧時の断面加圧抵抗値を示した図である。この図5に示されるように、本実施例のガス拡散電極用基材18,20、前記比較例1、及び、前記比較例2の何れのサンプルでも、断面加圧抵抗値は試験の経過時間に対して殆ど変化しなかった。
【0069】
図6は、試験の経過時間に対して空気圧30(kPa)におけるガス透過性を示した図である。この図6に示されるように、上記何れのサンプルでも、ガス透過性は試験の経過時間に対して殆ど変化しなかった。
【0070】
図7は、試験の経過時間に対して接触角を示した図である。この図7に示されるように、本実施例のガス拡散電極用基材18,20および前記比較例2では、接触角は試験の経過時間に対して殆ど変化せず、本実施例のガス拡散電極用基材18,20はその撥水性において上記比較例2と略同等であり、具体的には、試験開始時から72時間経過後でも135(°)以上の水滴の接触角を維持できていた。その一方で、前記比較例1は、試験開始時から24時間経過後には接触角が零になり撥水性が全く無くなっていた。
【0071】
図示したものは無いが、試験開始前の各サンプルの表面写真と試験開始時から72時間経過後の各サンプルの表面写真とを比較した。その結果、本実施例のガス拡散電極用基材18,20、前記比較例1、及び、前記比較例2の何れのサンプルでも、試験開始前と72時間経過後との相互比較で外観上大きな変化は見られなかった。
【0072】
上記のような評価結果から、アクリルシリコン系樹脂30を有する本実施例のガス拡散電極用基材18,20は、図5〜図7に示す高い性能を保つ耐久性を備えていることが見出された。更に注目すべき点は、アクリルシリコン系樹脂30はその樹脂自体が撥水性を有しており、従来から行われていたような電極基材をフッ素系撥水剤等に含浸させてその電極基材に撥水性を備えさせる撥水処理工程が必要なく、電極基材用スラリーSLRを硬化させるだけで、前記耐水ラジカル耐性試験においてその試験開始から72時間経過後まで135(°)以上の接触角を保つことができるということである。従って、本実施例のガス拡散電極用基材18,20を備えたガス拡散電極22,24は、フッ素系撥水剤等を用いることなく燃料電池用電極として高性能を維持できると考えられる。
【0073】
次に、本実施例で用いられるアクリルシリコン系樹脂30及び、それ以外のフッ素を含まない樹脂、具体的には、アクリルスチレン系樹脂、エポキシ樹脂、水性アクリル樹脂、水性エポキシエステル樹脂、レゾール系樹脂の各々の樹脂自体のサンプルすなわち樹脂のみのサンプルに対し行った耐水ラジカル耐性試験(フェントン試験)の評価結果を説明する。この耐水ラジカル耐性試験は、前述のガス拡散電極用基材18,20に対する耐水ラジカル耐性試験と同様である。すなわち、前記表3の原料から構成される前記浸漬液にサンプルを浸漬して55(℃)に保ち、試験開始時から24時間毎に72時間経過するまで所定の測定を行うものである。但し、前述のガス拡散電極用基材18,20に対する耐水ラジカル耐性試験ではサンプルを55(℃)のオーブンから取り出し後に60(℃)で1時間乾燥させるところ、この樹脂自体の耐水ラジカル耐性試験では、60(℃)で24時間乾燥させた。また、24時間毎に行う測定の測定項目は前述のものと異なり、図8に示すように、各サンプルの重量減少率(%)を測定した。更に、耐水ラジカル耐性試験における0,24,48,72時間の各試験時間経過後のサンプルを用いてTG-DTA測定を行い、図9に示すように、そのときのヒーター温度は0〜800(℃)で走査し、250(℃)の時の各サンプルのTG重量減少率(%)を記録した。すなわち、図9の横軸の値は、TG-DTA測定がなされた各サンプルに対する耐水ラジカル耐性試験の試験時間を示している。図8の重量減少率は上記耐水ラジカル耐性試験の開始時のサンプル重量を基準とし、図9のTG重量減少率は上記各試験時間の耐水ラジカル耐性試験経過時のサンプル重量を基準とするものである。確認的に述べるが、図8及び図9では、縦軸のプラス側(図の上側)へ向かうほどサンプル重量が減少したことを示している。
【0074】
具体的に、この樹脂自体の耐水ラジカル耐性試験の各サンプルは、スラリー状の樹脂を直径90(mm)の円形のテフロンシャーレ(フッ素樹脂シャーレ)に取り、それを1時間経過後に45(℃)に、2時間経過後に80(℃)に、3時間経過後に150(℃)に至るように室温から徐々に温度上昇させる熱処理を3時間行い作製されたものである。エポキシ樹脂及び水性エポキシエステル樹脂のサンプルについては、上記熱処理後、さらに150(℃)で3時間保持する熱処理を加えて作製した。作製したサンプル数は1種類の樹脂に対し4枚であり、合計24枚(=4枚×6種)である。アクリルシリコン系樹脂30およびレゾール系樹脂は、前述のガス拡散電極用基材18,20に対する耐水ラジカル耐性試験と同じである。
【0075】
図8に示す試験結果において、48時間経過後に水性アクリル樹脂はそのサンプル重量が減少し、72時間経過後に水性アクリル樹脂および水性エポキシエステル樹脂はそのサンプル重量が増加した。このサンプル重量の減少は樹脂自体が分解したことに起因すると考えられ、サンプル重量の増加はサンプルが水分を吸収したことに起因すると考えられる。図8において、上記水性アクリル樹脂および水性エポキシエステル樹脂以外のサンプルでは、殆ど重量変化が生じなかった。なお、図8にアクリルシリコン系樹脂30の曲線が表示されていないが、それは、アクリルシリコン系樹脂30およびアクリルスチレン系樹脂の重量減少率が共に0(%)で同一であり、図8のグラフ上でアクリルシリコン系樹脂30の曲線がアクリルスチレン系樹脂の曲線に重なって表示されていないだけである。
【0076】
また、図9に示す試験結果において、アクリルシリコン系樹脂30はサンプル重量に殆ど変化が生じなかったが、それ以外の樹脂はサンプル重量が減少した。この図9の試験におけるサンプル重量の減少も樹脂自体が分解したことに起因すると考えられる。
【0077】
上記図8および図9の試験結果から、アクリルシリコン系樹脂30が、ガス拡散電極用基材18,20を構成する樹脂として、耐久性および耐熱性の面で最も優れていると判断できる。更に、図9から、アクリルシリコン系樹脂30は、250(℃)の環境においても十分に安定していることが確認された。
【0078】
次に、ガス拡散電極用基材18,20に対する炭素微粒子28の重量割合、アクリルシリコン系樹脂30の重量割合、及び炭素繊維26の重量割合をそれぞれ変化させた場合に、それらの重量割合がガス拡散電極用基材18,20のガス透過性および断面加圧抵抗に与える影響を調査する試験を行った。この試験において、ガス透過性および断面加圧抵抗の測定方法および測定装置は、前述のガス拡散電極用基材18,20に対する耐水ラジカル耐性試験と同一である。また、この試験の炭素繊維26、炭素微粒子28、及びアクリルシリコン系樹脂30も、前述のガス拡散電極用基材18,20に対する耐水ラジカル耐性試験と同一であり前記表2に示す通りである。
【0079】
この試験での測定結果は図10〜図12に示す通りである。図10は、ガス拡散電極用基材18,20に含まれるアクリルシリコン系樹脂30及び炭素繊維26の各重量(例えば単位は「g」)を一定とした場合において、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合と、測定されたガス拡散電極用基材18,20のガス透過性および断面加圧抵抗との関係を示した図である。また、図11は、ガス拡散電極用基材18,20に含まれる炭素微粒子28及び炭素繊維26の各重量を一定とした場合において、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合と、測定されたガス拡散電極用基材18,20のガス透過性および断面加圧抵抗との関係を示した図である。また、図12は、ガス拡散電極用基材18,20に含まれるアクリルシリコン系樹脂30の炭素微粒子28に対する重量割合を一定とした場合において、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合と、測定されたガス拡散電極用基材18,20のガス透過性および断面加圧抵抗との関係を示した図である。
【0080】
図10〜図12からすれば、ガス拡散電極用基材18,20の断面加圧抵抗の目標値を5000(mΩ・cm)以下とし且つガス透過性の目標値を1500(ml・mm/cm2/min)以上とした場合には、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内とされ、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内とされ、且つ、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は60〜99(%)の範囲内とされるのが好適であると考えられる。更に、上記断面加圧抵抗の目標値を1500(mΩ・cm)以下とし且つ上記ガス透過性の目標値を2000(ml・mm/cm2/min)以上とした場合には、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は6〜20(%)の範囲内とされ、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜5(%)の範囲内とされ、且つ、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は75〜99(%)の範囲内とされるのが好適であると考えられる。
【0081】
上述したように、本実施例によれば、ガス拡散電極用基材18,20は、炭素繊維26と炭素微粒子28とアクリルシリコン系樹脂30とを備えており、図3のように、各々の炭素繊維26がそれらの相互間に炭素微粒子28を介在させた状態でアクリルシリコン系樹脂30により接合されているので、ガス拡散電極用基材18,20は、アクリルシリコン系樹脂30自体の撥水機能により、フッ素を含むこと無く高い撥水性を有するという利点がある。例えば、図7から判るように、本実施例のガス拡散電極用基材18,20は、レゾール系樹脂を用いたものと比較して高い撥水性を有する。そのため、ガス拡散電極用基材18,20に撥水皮膜を付加する等の後工程が必要とされない。また、ガス拡散電極用基材18,20は、多孔質であり炭素繊維26および炭素微粒子28により構成されているので高いガス透過性を有するとともに、その炭素微粒子28が含まれていることにより炭素繊維26相互間の導電性を高め、炭素微粒子28が無いものと比較して高い導電性をも有することができる。従って、導電性およびガス透過性が共に高く且つフッ素を用いなくとも撥水性の高いガス拡散電極用基材18,20が得られる。
【0082】
また、本実施例のガス拡散電極用基材18,20は、撥水剤としてフッ素樹脂が不要であり、電極用基材をフッ素系撥水剤等に含浸させてその電極用基材に撥水性を備えさせる撥水処理工程が必要ないので、そのような撥水処理工程が必要な電極用基材と比較して、低コストで製造することが可能である。
【0083】
また、本実施例によれば、ガス拡散電極用基材18,20が備える導電性微粒子は炭素微粒子28であるので、導電性微粒子として鉄粉や銅粉等の金属微粒子を備えるガス拡散電極用基材と比較して、ガス拡散電極用基材18,20の耐酸性がより高くなるという利点がある。すなわち、耐酸性、耐熱性、導電性の何れもが高いガス拡散電極用基材18,20を得ることが可能である。
【0084】
また、本実施例によれば、例えば、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、且つ、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は60〜99(%)の範囲内である。このようにすれば、ガス拡散電極用基材18,20の導電性およびガス透過性が、上記の重量割合の範囲から何れかが外れているものと比較して高いという利点がある。炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合が0.5(%)未満のもの、または、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合が20(%)を超えるものでは、ガス拡散電極用基材18,20の導電性が不足する可能性がある。また、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合が60(%)を下回るものでは、ガス拡散電極用基材18,20のガス透過性が不足する可能性がある。また、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合が20(%)を超えるもの、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合が0.5(%)を下回るもの、または、炭素繊維26のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合が99(%)を超えるものでは、アクリルシリコン系樹脂30が炭素繊維26相互間の接合剤として十分に機能し得ず、ガス拡散電極用基材18,20の機械的強度が不足する可能性がある。また、炭素微粒子28のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は6〜20(%)の範囲内であり、アクリルシリコン系樹脂30のガス拡散電極用基材18,20に対する重量割合は0.5〜5(%)の範囲内であり、且つ、前記炭素繊維の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は75〜99(%)の範囲内であることが更に望ましい。そのようにすれば、ガス拡散電極用基材18,20の機械的強度を十分に確保しつつ、ガス拡散電極用基材18,20の導電性およびガス透過性が一層高くなるという利点がある。
【0085】
また、本実施例によれば、炭素繊維26のアスペクト比は、4.5〜25の範囲内であることが望ましく、そのようにすれば、炭素繊維26が比較的太く且つ短いため、炭素繊維26相互に炭素微粒子28を介して或いは直接的に接触し易く、しかも、炭素繊維26相互の隙間が適度な大きさになるので、高い導電性および高いガス透過性が得られる。上記アスペクト比が4.5未満では、炭素繊維26が短いので密度が高くなり延いてはガス透過性が低くなる。また、上記アスペクト比が25を超えると、炭素繊維26が長いのでガス拡散電極用基材18,20の面に沿った横向きになるため、厚み方向における導電性が低下すると共に、炭素繊維26相互間に空隙の多い組織になる。
【0086】
また、本実施例によれば、炭素微粒子28は、その平均一次粒子径が10〜100(nm)程度の極めて微小な微粒子であるので、炭素繊維26相互の接点で導電経路が十分に確保され、そのため、ガス拡散電極用基材18,20の導電性が一層高まるという利点がある。また、上記炭素微粒子28の一次粒子径が十分に小さいので、ガス拡散電極用基材18,20のガス透過性が高いという利点がある。上記平均一次粒子径が10(nm)未満では、多数の炭素微粒子28が相互に凝集し易くなるため、ガス拡散電極用基材18,20の製造の際に炭素微粒子28の分散が不均一になり易くなる。また、上記平均一次粒子径が100(nm)を超えると、炭素微粒子28による炭素繊維26相互の接点での導電性を高める効果が十分に得られずガス拡散電極用基材18,20の導電性が低下する。
【0087】
また、本実施例によれば、炭素微粒子28は、多数個が凝集してクラスター構造を成しており、無数の接点を通して炭素繊維26相互を接触させているので、ガス拡散電極用基材18,20は高い導電性を得ることができる。
【0088】
また、本実施例によれば、アクリルシリコン系樹脂30は、アクリルモノマーが重合して形成する主鎖に対しケイ素を含む側鎖が3次元的に結合した構造を有するので、その樹脂自体が撥水性を備えており、ガス拡散電極用基材18,20はフッ素を含むこと無く高い撥水性を有することができる。また、アクリルシリコン系樹脂30はその分子量が数十万程度と非常に大きいので、樹脂分子群同士の相互間に水が入り難く、ガス拡散電極用基材18,20は高い耐水性を有することができる。更に、このアクリルシリコン系樹脂30は150℃以下の熱処理で十分な強度を発揮可能であるので、高温焼成不要でガス拡散電極用基材18,20の製造が容易である。
【0089】
上述したようなことから、本実施例のガス拡散電極用基材18,20は、燃料電池用のガス拡散電極用基材として良好な特性が得られる。更に、ガス拡散電極用基材18,20のシート状成形体SHは、電極基材用スラリーSLRのキャスティング製膜等により作製可能であるので、その膜厚制御が容易であり量産性が高いと考えられる。
【0090】
また、本実施例のガス拡散電極用基材18,20の製造方法によれば、スラリー製造工程S1においては、アクリルシリコン系樹脂30と炭素繊維26と炭素微粒子28と溶剤SLVとを混合して電極基材用スラリーSLRを製造し、成形工程S2においては、その電極基材用スラリーSLRを用いてシート状成形体SHを製造し、乾燥工程S3においては、そのシート状成形体SHを乾燥させ、熱処理工程S4においては、その乾燥したシート状成形体SH内のアクリルシリコン系樹脂30を硬化させる。従って、多数の炭素繊維26を相互に焼結させるような焼成処理を行う必要が無く、比較的低温でガス拡散電極用基材18,20を製造することが可能である。そして、この製造方法により、導電性およびガス拡散性が共に高く且つフッ素を用いなくとも撥水性の高いガス拡散電極用基材18,20が得られる。
【0091】
また、本実施例によれば、MEA10は、固体高分子電解質層である電解質膜12と、その一面および他面にそれぞれ設けられた触媒層14,16と、それら触媒層14,16の各々の表面に設けられたガス拡散電極用基材18,20とを、含むので、導電性およびガス透過性が共に高く且つフッ素を用いなくとも撥水性の高いガス拡散電極用基材18,20の特性から、MEA10は、フッ素を含まずに、膜−電極接合体として高い性能を有することができる。
【0092】
また、本実施例によれば、ガス拡散電極用基材18,20が備える炭素繊維26はピッチ系カーボンファイバーであるので、PAN系カーボンファイバー等である場合と比較して、ガス拡散電極用基材18,20の導電性が高いという利点がある。
【0093】
また、本実施例によれば、炭素繊維26は、その平均繊維長が50〜250(μm)程度の範囲内であるので、ガス拡散電極用基材18,20の機械的強度が十分に高く、ガス拡散電極用基材18,20の組織の均質性が十分に高い。炭素繊維26の平均繊維長が50(μm)以上であれば、炭素繊維26相互の絡み合いが十分に多くなって機械的強度が十分に高くなる。また、上記平均繊維長が250(μm)以下であれば、炭素繊維26の分散性が十分に高められ、ガス拡散電極用基材18,20の組織の均質性が十分に高くなる。
【0094】
また、本実施例によれば、ガス拡散電極用基材18,20の膜厚に対する炭素繊維26の平均繊維長の比(=平均繊維長/膜厚)が0.1〜1の範囲内であることが望ましく、そのようにしたとすれば、ガス拡散電極用基材18,20の導電性およびガス拡散性を共に高くすることができる。上記膜厚に対する上記平均繊維長の比が0.1を下回るものでは、ガス拡散電極用基材18,20のガス透過性が不足する可能性がある。また、上記膜厚に対する上記平均繊維長の比が1を上回るものでは、炭素繊維26が図2に示した模式図のような膜厚方向に向かうものとはならず、面に沿った方向に寝ることになるため、ガス拡散電極用基材18,20の少なくとも膜厚方向においては導電性が不足する可能性がある。
【0095】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【0096】
例えば、前述の本実施例において、ガス拡散電極用基材18,20は炭素微粒子28を備えているが、この炭素微粒子28はガス拡散電極用基材18,20の導電性を高めるために配合されているものであるのでその微粒子の材質は炭素に限定されるわけではなく、炭素微粒子28に替えて或いはそれと共に金属微粒子を備えたガス拡散電極用基材18,20も考え得る。
【0097】
また、前述の本実施例において、炭素繊維26は、ピッチ系カーボンファイバーであるが、ポリアクリルニトリル繊維を炭化したPAN系カーボンファイバーなどの他のカーボンファイバーであっても差し支えない。例えば、炭素繊維26がPAN系カーボンファイバーであれば、ピッチ系カーボンファイバー等である場合と比較して、PAN系カーボンファイバーは高強度であるので、ガス拡散電極用基材18,20の機械的強度が高くなるという利点がある。
【0098】
また、前述の本実施例の図1において、本発明のガス拡散電極用基材18,20はMEA10の両方の電極の何れにも備えられているが、一方の電極が本発明のガス拡散電極用基材18を備え他方の電極が従来からのガス拡散電極用基材を備えたMEAも考え得る。
【0099】
また、前述の本実施例において、炭素繊維26はその平均直径が1〜30(μm)程度であるが、その平均直径が5〜20(μm)程度であればより好ましい。その平均直径が5(μm)以上であれば、繊維が十分に太く、折れ難いことから十分に高い機械的強度が得られ、一方、その平均直径が20(μm)以下であれば、炭素微粒子28、アクリルシリコン系樹脂30や溶剤SLVとの混合が容易となるからである。
【0100】
また、前述の本実施例において、ガス拡散電極用基材18,20は、多数の炭素繊維26と、多数の炭素微粒子28と、アクリルシリコン系樹脂30とから構成されているが、その他の構成材料を含んでいても差し支えない。
【0101】
また、前述の本実施例の図4において、成形工程S2にて、シート状成形体SHは、例えばメタルマスクを用いて成型されるが、そのような型によって成形されることに限定されるわけではない。
【0102】
また、前述の本実施例の図4において、乾燥工程S3の次に熱処理工程S4が実施されるが、乾燥工程S3と熱処理工程S4とが一工程に統合されており、シート状成形体SHからの溶剤SLVの除去とアクリルシリコン系樹脂30の硬化とが並行して進行しても差し支えない。
【符号の説明】
【0103】
10:MEA(膜−電極接合体)
12:電解質膜(固体高分子電解質層)
14,16:触媒層
18,20:ガス拡散電極用基材
22,24:ガス拡散電極
26:炭素繊維
28:炭素微粒子(導電性微粒子)
30:アクリルシリコン系樹脂
S1:スラリー製造工程
S2:成形工程
S3:乾燥工程(硬化工程)
S4:熱処理工程(硬化工程)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子形燃料電池のガス拡散電極を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質のガス拡散電極用基材であって、
炭素繊維と導電性微粒子とアクリルシリコン系樹脂とを含み、各々の前記炭素繊維がそれらの相互間に前記導電性微粒子を介在させた状態で前記アクリルシリコン系樹脂により接合されている
ことを特徴とするガス拡散電極用基材。
【請求項2】
前記導電性微粒子は炭素微粒子である
ことを特徴とする請求項1に記載のガス拡散電極用基材。
【請求項3】
前記導電性微粒子の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、前記アクリルシリコン系樹脂の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、且つ、前記炭素繊維の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は60〜99(%)の範囲内である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のガス拡散電極用基材。
【請求項4】
前記炭素繊維のアスペクト比(=繊維長/繊維径)が4.5〜25の範囲内である請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載のガス拡散電極用基材。
【請求項5】
前記導電性微粒子は平均一次粒子径が10〜100(nm)である請求項1乃至請求項4の何れか1項に記載のガス拡散電極用基材。
【請求項6】
固体高分子形燃料電池のガス拡散電極を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質のガス拡散電極用基材の製造方法であって、
炭素繊維と導電性微粒子とアクリルシリコン系樹脂と溶媒とを含む電極基材用スラリーを製造するスラリー製造工程と、
前記電極基材用スラリーを用いてシート状成形体を製造する成形工程と、
前記シート状成形体を乾燥させ該シート状成形体内の前記アクリルシリコン系樹脂を硬化させる硬化工程と
を、含むことを特徴とするガス拡散電極用基材の製造方法。
【請求項7】
固体高分子電解質層と、その一面および他面にそれぞれ設けられた触媒層と、それら触媒層の各々の表面に設けられた請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載のガス拡散電極用基材とを、含むことを特徴とする膜−電極接合体。
【請求項1】
固体高分子形燃料電池のガス拡散電極を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質のガス拡散電極用基材であって、
炭素繊維と導電性微粒子とアクリルシリコン系樹脂とを含み、各々の前記炭素繊維がそれらの相互間に前記導電性微粒子を介在させた状態で前記アクリルシリコン系樹脂により接合されている
ことを特徴とするガス拡散電極用基材。
【請求項2】
前記導電性微粒子は炭素微粒子である
ことを特徴とする請求項1に記載のガス拡散電極用基材。
【請求項3】
前記導電性微粒子の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、前記アクリルシリコン系樹脂の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は0.5〜20(%)の範囲内であり、且つ、前記炭素繊維の前記ガス拡散電極用基材に対する重量割合は60〜99(%)の範囲内である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のガス拡散電極用基材。
【請求項4】
前記炭素繊維のアスペクト比(=繊維長/繊維径)が4.5〜25の範囲内である請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載のガス拡散電極用基材。
【請求項5】
前記導電性微粒子は平均一次粒子径が10〜100(nm)である請求項1乃至請求項4の何れか1項に記載のガス拡散電極用基材。
【請求項6】
固体高分子形燃料電池のガス拡散電極を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質のガス拡散電極用基材の製造方法であって、
炭素繊維と導電性微粒子とアクリルシリコン系樹脂と溶媒とを含む電極基材用スラリーを製造するスラリー製造工程と、
前記電極基材用スラリーを用いてシート状成形体を製造する成形工程と、
前記シート状成形体を乾燥させ該シート状成形体内の前記アクリルシリコン系樹脂を硬化させる硬化工程と
を、含むことを特徴とするガス拡散電極用基材の製造方法。
【請求項7】
固体高分子電解質層と、その一面および他面にそれぞれ設けられた触媒層と、それら触媒層の各々の表面に設けられた請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載のガス拡散電極用基材とを、含むことを特徴とする膜−電極接合体。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2011−54449(P2011−54449A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−203173(P2009−203173)
【出願日】平成21年9月2日(2009.9.2)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年9月2日(2009.9.2)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)
【Fターム(参考)】
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