説明

シアニジウム類由来のプロトンATPアーゼ遺伝子を用いた耐性植物体の作出方法及び該遺伝子の用途

【課題】シアニディオシゾンの遺伝子から酸性環境適合性に関与する遺伝子を探索し、耐酸性及び金属イオン耐性などのストレス耐性に優れた形質転換植物を作出するに有用な遺伝子を見出して植物体に耐性を付与する方法、該遺伝子を用いて形質転換した植物、並びに、該遺伝子をリサーチツールとして提供する。
【解決手段】下記(a)または(b)の遺伝子を植物に導入することにより、植物に酸耐性および金属イオン耐性を付与する方法および該方法により作出される形質転換体を提供する。(a)特定のアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子。(b)上記(a)のアミノ酸配列の一部が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子であって、該植物に酸耐性および金属イオン耐性を付与する性質を有する遺伝子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温(42℃)、強酸性(pH2.5)環境下に生息する単細胞光合成真核生物であるシアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)(以下、「シゾン」という)に由来する遺伝子の、植物のストレス耐性(例えば、耐酸性、酸化ストレス耐性、塩耐性、金属イオン耐性)を改善するための用途、及び、該遺伝子のその他の用途に関する。
【背景技術】
【0002】
植物は、環境ストレスによって成長と生産性が制限されるので、地球の環境悪化が懸念される現在、特に地球全土の3割を占め、不毛土壌とされる酸性土壌における植物の生産性の改善は、農業全体の生産性を向上させ、さらには食料危機などの問題を回避するためにも重要である。特に、酸性土壌環境におけるアルミニウムイオンの植物に対する成長阻害効果が植物の生産性に重大な影響を与えることが知られており、酸性土壌問題と関連した陸上植物のアルミニウムイオン耐性に関わる遺伝子等が、既に幾つか報告されている。また、日本においても酸性雨の影響で植物が枯死する例も報告されており、耐酸性植物の研究が急務となっている。
【0003】
従来、pH2で最もよく増殖するイデユコゴメ(Cyanidium caldarium) 由来のプロトンATPアーゼをコードする遺伝子のクローニング及び同酵素の構造解明がOhta等によって行われたが(非特許文献1)、その遺伝子由来のタンパク質の詳細な分子機構と機能は明らかではなかった。また、単子葉植物に属する海草アマモ(Zostera marina)から細胞膜型のプロトンATPアーゼ遺伝子が単離され、単細胞の酵母に導入してそのタンパク質を機能させると、酵母細胞の耐酸性能力が向上したという報告がある(特許文献1及び2)。
【0004】
植物の耐酸性に関わる遺伝子としては、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のstop1遺伝子が報告されている。通常シロイヌナズナはpH4.3程度の酸性土壌下でも、根は中性土壌と同様に伸長可能であるが、このstop1遺伝子が機能しなくなると、pH4.3において根の伸長が著しく抑制されることがIuchi等によって報告されている(非特許文献2)。また、Sawaki等はstop1変異体のトランスクリプトーム解析により、stop1遺伝子産物が酸性土壌環境で機能すると考えられるアルミニウムイオンやプロトンに応答する遺伝子の調節に関わっていることを示唆している(非特許文献3)。しかしながら、stop1遺伝子はシロイヌナズナが元来備え持つpH4.5程度までの酸性土壌環境下における生育限界領域に寄与しているが、この遺伝子の発見により従来以上にシロイヌナズナの耐酸性能力が向上したわけではない。
【0005】
酸性土壌環境における植物のプロトンATPアーゼの機能解析についてはShen等によるダイズ(Glycine max)を用いた実験で報告があり、アルミニウムイオンのストレスが植物の根に影響すると、クエン酸の分泌によるアルミニウムイオンのキレート作用と共に、細胞膜のプロトンATPアーゼの転写、翻訳、リン酸化などが促進されることが明らかにされ、アルミニウムイオンストレスとプロトンATPアーゼ活性に密接な関係があることが示唆されている(非特許文献4)。また、Yang等はツルアズキ(Vigna umbellata)を用いた実験で、土壌へのマグネシウムの添加が根からクエン酸の放出を促進させ、アルミニウムイオンによって不活化される細胞膜のプロトンATPアーゼの活性を回復させることを報告している(非特許文献5)。また、Ma等はオオムギのアルミニウム耐性品種よりアルミニウム耐性に関与する遺伝子(HvMATE遺伝子)を同定し、報告している(特許文献3)。
【0006】
しかしながら、上記した従来の研究及び報告は何れも、通常環境下での陸上植物の基本的な耐酸性機構を示したか、あるいは普通の環境で生育する生物の遺伝子を外来遺伝子として用いて酸耐性を付与したものに限られている。
【0007】
一方、強酸性、高金属イオン濃度環境などの極限環境で生育する生物は、そのような環境への高い生育適合性を保証する遺伝子を備えているものと考えられ、そのゲノムや遺伝子の発現プロファイルを解析することにより、酸耐性や金属イオン耐性などのストレス耐性が高められた形質転換植物の生産に利用できる遺伝子情報が得られる可能性がある。
【0008】
Enami等(非特許文献6)は、イデユコゴメにおいてその耐酸性機構とその光合成特性について解析を行い、報告をしている。イデユコゴメは細胞が内性胞子を形成して連続する2回の細胞分裂で4つの娘細胞に分裂増殖すること、またきわめて強固な細胞壁を持つことがシゾンとの大きな違いであるが、個々の細胞構造はシゾンと類似している。イデユコゴメでは酸化的リン酸化、あるいは光合成によって作られた細胞内のATP濃度に依存して、細胞膜のプロトンATPアーゼが活性化されることが示されており、細胞内ATP濃度が減少すると細胞内pHが急速に酸性化することが明らかとなった。このような細胞内のATP濃度依存的な胞膜のプロトンATPアーゼの活性機構がイデユコゴメの細胞内pHを中性付近に保つことに重要な役割を果たしていることが示唆された。このプロトンATPアーゼの活性調節機構は、タンパク質のC末端にあるスレオニン残基をリン酸化して活性を調節する陸上植物の調節機構とは異なっており、ユニークな特徴である。一方、シゾンも、光合成真核生物にとっては極限環境である強酸性の温泉(pH 0.5-1, 45℃-55℃)に生息し、そのタンパク質のアミノ酸配列の類似性からイデユコゴメと同様のプロトンATPアーゼ活性調節機構を備えていると考えられる。また、各種の高濃度の金属イオンに対しても、陸上植物と比較して極めて強い耐性を備えていることがMisumi等によって報告されている(非特許文献7)。このシゾンの全てのゲノム(核(16,546,747bp)、ミトコンドリア(32,211bp)及び色素体(149,987bp)の塩基配列は、既に決定されている(非特許文献8及び9)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Ohta H, Shirakawa H, Uchida K, Yoshida M, Matuo Y, Enami I., “Cloning and sequencing of the gene encoding the plasma membrane H(+)-ATPase from an acidophilic red alga, Cyanidium caldarium.”, Biochim Biophys Acta. (1997) 1319:9-13.
【非特許文献2】Iuchi S, Koyama H, Iuchi A, Kobayashi Y, Kitabayashi S, Kobayashi Y, Ikka T, Hirayama T, Shinozaki K, Kobayashi M., “Zinc finger protein STOP1 is critical for proton tolerance in Arabidopsis and coregulates a key gene in aluminum tolerance.”, Proc Natl Acad Sci U S A. (2007) 104:9900-9905.
【非特許文献3】Sawaki Y, Iuchi S, Kobayashi Y, Kobayashi Y, Ikka T, Sakurai N, Fujita M, Shinozaki K, Shibata D, Kobayashi M, Koyama H., “STOP1 (Sensitive TO Proton Rhizotoxicity 1) Regulates Multiple Genes which Protect Arabidopsis from Proton and Aluminum Toxicities.”, Plant Physiol. (2009). in press
【非特許文献4】Shen H, He LF, Sasaki T, Yamamoto Y, Zheng SJ, Ligaba A, Yan XL, Ahn SJ, Yamaguchi M, Sasakawa H, Matsumoto H. “Citrate secretion coupled with the modulation of soybean root tip under aluminum stress. Up-regulation of transcription, translation, and threonine-oriented phosphorylation of plasma membrane H+-ATPase.”, Plant Physiol. (2005) 138:287-296..
【非特許文献5】Yang JL, You JF, Li YY, Wu P, Zheng SJ., “Magnesium enhances aluminum-induced citrate secretion in rice bean roots (Vigna umbellata) by restoring plasma membrane H+-ATPase activity.”, Plant Cell Physiol. (2007) 48:66-73.
【非特許文献6】Enami E, Adachi H, Shen JR., “Mechanisms of acid-tolerance and characteristics of photosystems in an acido- and thermo-philic red alge Cyanidium caldarium.” In Red Algae in Genomic Age. Joseph Sechbach, David J. Chapman and Andreas Weber (eds.) Springer, 2009) in press
【非特許文献7】Misumi O, Sakajiri T, Hirooka S, Kuroiwa H, Kuroiwa T., “Cytological studies of metal ion tolerance in the red alga Cyanidioschyzon merolae.”, Cytologia (2008) 73: 437-443.
【非特許文献8】Matsuzaki M, Misumi O, Shin-I T, Maruyama S, Takahara M, Miyagishima SY, Mori T, Nishida K, Yagisawa F, Nishida K, Yoshida Y, Nishimura Y, Nakao S, Kobayashi T, Momoyama Y, Higashiyama T, Minoda A, Sano M, Nomoto H, Oishi K, Hayashi H, Ohta F, Nishizaka S Haga S, Miura S. Morishita T, Kabeya Y, Terasawa K, Suzuki Y, Ishii Y, Asakawa S, Takano H, Ohta N, Kuroiwa H, Tanaka K, Shimizu N, Sugano S, Sato N, Nozaki H, Ogasawara N, Kohara Y, Kuroiwa T, "Genome sequence of the ultrasmall unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae 10D." Nature, (2004) 428: 653-657.
【非特許文献9】Nozaki H, Takano H, Misumi O, Terasawa K, Matsuzaki M, Maruyama S, Nishida K, Yagisawa F, Yoshida Y, Fujiwara T, Takio S, Tamura K, Chung S J, Nakamura S, Kuroiwa H, Tanaka K, Sato N and Kuroiwa T, “A 100%-complete sequence reveals unusually simple genomic features in the hot-spring red alga Cyanidioschyzon merolae.”, BMC Biol., (2007) 5: 28.
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−166921号公報
【特許文献2】特開2008−259475号公報
【特許文献3】特開2008−220308号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、シゾンの遺伝子から酸性環境適合性に関与する遺伝子を探索し、探索した遺伝子の中から、耐酸性及び金属イオン耐性などのストレス耐性に優れた形質転換(トランスジェニック)植物を作出するに有用な遺伝子を提供するとともに、該遺伝子を用いて形質転換した植物を提供することにある。
また、本発明の他の目的は、上記耐酸性及び金属イオン耐性などのストレス耐性に関与する遺伝子をリサーチツールとして提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、シゾンの酸性環境適合性に関与するタンパク質のうち、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質が、多種の植物の細胞膜型プロトンATPアーゼと部分的に相同性を有する一方で、構造的、また進化的に独自の特徴を持ち、植物等の宿主の耐酸性及び金属イオン耐性を改善するために有用であること見出し、本発明が完成するに至った。
【0013】
したがって、本発明は、その一局面によれば、下記の方法を提供する。
下記(a)または(b)の遺伝子を植物に導入することにより、植物に酸耐性および金属イオン耐性を付与する方法。
(a)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子。
(b)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列の一部が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子であって、植物に導入することにより、該植物に酸耐性および金属イオン耐性を付与する性質を有する遺伝子。
【0014】
本発明の上記方法は、例えば、上記(a)または(b)の遺伝子をベクターに組み込んで植物に導入することによって実施できる。
【0015】
また、本発明は、さらに他の局面によれば、上記方法により作出された形質転換植物を提供する。
【0016】
また、本発明は、さらに他の局面によれば、上記遺伝子をマーカー遺伝子として含み、導入された宿主生物に酸耐性および金属イオン耐性を付与する事を特徴とするベクター、および、該ベクターを含む形質転換体を提供する。
【0017】
また、本発明は、さらに他の局面によれば、上記ベクターを宿主生物に導入して形質転換し、該宿主生物を酸性条件下及び/又は金属イオン存在下などのストレス条件下で生育させることにより、酸耐性及び/又は金属イオン耐性を備えた形質転換体を選抜することを特徴とする、形質転換体のスクリーニング方法を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、極限環境で生育するシゾンに由来し、植物等の宿主生物中で発現可能な特定の遺伝子を用いて、植物に酸耐性および金属イオン耐性を付与することができる。このシゾンに由来する遺伝子が植物中で発現するタンパク質と植物の各種ストレス耐性との関係は未だ不明な点も多いが、本発明によれば、該遺伝子を植物等の宿主に導入して形質転換して、該宿主中で該遺伝子を発現させることにより、その耐酸性及び/又は金属イオン耐性などを向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1A】配列番号2に示すシゾンのプロトンATPアーゼ遺伝子(CMQ247、以下CmPMA遺伝子とも表記)のドメイン構造を示す概略図。
【図1B】CmPMA遺伝子と、イネ(Oryza sativa)のプロトンATPアーゼ遺伝子OsPMA(Os 12g0638700)と、シロイヌナズナのプロトンATPアーゼ遺伝子PMA(AHA4)のC末端のアミノ酸配列を比較したアライメントの図。
【図2A】バイナリーベクターpPZP221に配列表の配列番号2のCmPMA遺伝子を挿入して構築した発現ベクター(35S:CmPMA)(下記実施例2)の模式図である。
【図2B】下記実施例2で、野生株及び形質転換株1〜5から抽出したDNAを、CmPMA遺伝子に特異的な上流配列SF及び同じく下流配列CRをプライマーとして用いてPCR法で増幅した後、電気泳動した結果を示す0.5kb付近のバンドの写真である。図中、Wは野生株を示し、数字1〜5は形質転換株を示す。
【図2C】上段(対照実験)は、下記実施例2で、野生株及び形質転換株1〜5から抽出したRNAを、ランダムプライマーを用いて逆転写して合成したcDNAを、AtGAPDH遺伝子に特異的な配列をプライマーとして用いてPCR法で増幅した後、電気泳動した結果を示す0.6kb付近のバンドの写真である。下段は、上段で用いたものと同じcDNAを鋳型として、CmPMA遺伝子に特異的な上流配列SF及び同じく下流配列CRをプライマーとして用いてPCR法で増幅した後、電気泳動した結果を示す0.5kb付近のバンドの写真である。図中、Wは野生株を示し、数字1〜5は形質転換株を示す。
【図3】下記実施例3における野生株並びにCmPMA遺伝子が導入された形質転換株2及び5の芽生えの酸耐性の実験結果を示す写真である。左側はpH3.0のショ糖を含まない塩化アルミニウム濃度100μMのMS培地で処理した場合を示し、右側は、pH2.3とした以外左側と同様の培地で処理した場合を示す。WTは野生株を示し、PMA2及びPMA5はそれぞれ形質転換株2及び5を示す。
【図4A】野生株並びにCmPMA遺伝子が導入された形質転換株2及び5を用いて下記実施例3で得たクロロフィルの自家蛍光を示す写真である。図中、左から右に向かって、pH5.8, 4.0, 3.0, 2.3のMS培地で処理した子葉を示す。また、図中、WTは野生株を示し、PMA2及びPMA5はそれぞれ形質転換株2及び5を示す。
【図4B】下記実施例3において高感度顕微測光装置によりクロロフィル量を計測した結果を示すグラフである。グラフの値は相対的な全クロロフィル量で示されている。図中、wild typeは野生株を示し、PMA2及びPMA5はそれぞれ形質転換株2及び5を示す。
【図5】下記実施例4における野生株並びにCmPMA遺伝子が導入された形質転換株1〜5の根の伸長に関する実験結果を示す写真である。図中、上段がMS寒天培地に播種後7日目の状態を示す写真であり、下段がMS寒天培地に播種後21日目の状態を示す写真であり、左欄がpH5.8塩化アルミニウム濃度100μMの MS寒天培地で培養した例を示し、右欄がpH3.0塩化アルミニウム濃度100μMの MS寒天培地で培養した例を示す。図中、WTは野生株を示し、PMA1-5はそれぞれ形質転換株1〜5を示す。
【図6】下記実施例5におけるシロイヌナズナの野生株並びに形質転換株2及び5の土壌生育試験結果を示す写真である。図中、左から右に向かって、pH5.8, 4.0, 3.0, 2.35で処理した結果を示す。図中、WTは野生株を示し、PMA2及びPMA5はそれぞれ形質転換株2及び5を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明によれば、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質(以下「タンパク質(a)」という)を発現する形質転換植物を作出することができる。タンパク質(a)のタンパク質およびそれをコードする遺伝子である配列表の配列番号2のDNA配列は、ホモロジー検索からシゾンのプロトンATPアーゼおよびそれをコードする遺伝子であると推定されている。遺伝子工学及びタンパク質工学の分野における当業者にとって、タンパク質(a)のアミノ酸配列の一部を欠失、置換または付加させた改質タンパク質を得ることは容易である。したがって、タンパク質(a)のアミノ酸配列の一部が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含むタンパク質(以下「タンパク質(b)」という)も、本発明の形質転換植物を作出するために使用することができると考えられる。かかる改変は、通常、配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列において20個以下、好ましくは10個以下、更に好ましくは5個以下のアミノ酸を削除、置換または付加することにより行われ、得られるタンパク質が植物等の生物に酸耐性または金属イオン耐性を付与する限り、タンパク質(b)の範疇に含まれる。
【0021】
タンパク質(a)をコードする遺伝子としては、配列表の配列番号2に示される塩基配列からなるものが例示されるが、コドンの縮重に鑑みれば、これのみに限定されるものでないことは明らかであり、また、DNAだけでなくRNAも含まれる。また、上記改変タンパク質(b)は、例えば、配列表の配列番号2に示される遺伝子配列を遺伝子工学的手法によって改変し、適当な宿主中で発現させることにより得ることができる。
【0022】
本発明のタンパク質(a)または(b)をコードする遺伝子(以下、「本発明の遺伝子」という)を用いて植物を形質転換する方法としては、本技術分野における通常の方法を用いる事ができる。例えば、本発明の遺伝子を薬剤耐性遺伝子を備えたプラスミドベクターに組み込み、この組み換えプラスミドをアグロバクテリウム菌に導入した後、このアグロバクテリウム菌を目的とする植物に感染させて形質転換植物を作製し、薬剤耐性を示す形質転換植物を選抜する事により、形質転換を行うことができる。また、パーティクルガン法、電気穿孔法等の方法を用いて本発明の遺伝子を直接植物細胞に導入して形質転換を行うこともできる。
【0023】
本発明の遺伝子は、植物で過剰発現するように適当なプロモーター遺伝子に連結させて植物に導入することが好ましい。プロモーター遺伝子としては、植物に導入して使用する発現ベクターに用いられているものが使用できると考えられ、例えば、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーターなどが挙げられる。生殖細胞系列ではアクチンプロモーターなど、その他の組織・器官特異的なプロモーターの利用も考えられる。
【0024】
本発明で形質転換可能な植物としては、シロイヌナズナの他、イネ、オオムギ、コムギ、トマト、大豆、アルファルファ、トウモロコシ、サトウキビ、ジャガイモなどの穀類、野菜類が挙げられる。
【0025】
本発明の遺伝子は、植物以外にも、酵母、大腸菌等の主としてリサーチツールとして用いられている宿主の形質転換にも使用することができる。例えば、本発明の遺伝子は、宿主に酸耐性、アルミニウムイオン等の金属イオン耐性等のストレス耐性を付与することができると考えられるので、形質転換又は発現用ベクター等のベクターのマーカー遺伝子としても使用できる。ベクターとしては、上記のようなアグロバクテリウム菌の形質転換に用いられるプラスミドベクターの他、リサーチツールとして使用されている公知のベクターを使用することができる。例えば、公知のベクターに本発明の遺伝子をその本来の薬剤耐性マーカー遺伝子の代わりに組み込んで改変することにより、酸耐性遺伝子又は金属イオン耐性遺伝子をマーカーとして備えたベクターを提供することができる。かかる本発明のベクターを宿主に導入して形質転換し、該宿主を酸性条件又は高金属イオン濃度条件下などのストレス条件下で生育させることにより、形質転換体を採取することができる。すなわち、本発明のベクターは、形質転換体の製造及び/又はスクリーニングに使用することができる。なお、本発明の遺伝子は、宿主に耐酸性を付与することができるので、アルミニウムイオンだけでなく、酸性条件下で溶出する多くの金属イオンに対する耐性を宿主に付与することができると考えられる。
【実施例】
【0026】
実施例1(EST解析)
Matsuzaki等(上記非特許文献8参照)の方法に従い、シゾンのEST解析を行った。その結果を表1に示す。
表1には、様々な生育段階(対数増殖期、定常期、明期、暗期)でシゾンを実験室の培養条件下(2倍濃度のアレン培地、pH2.3、温度42℃)で生育させ、そこから全mRNAを抽出して、それを鋳型として完全長cDNAライブラリーを作製し、個々のクローンのベクターの末端より解読した32917リード中、重複の多かった遺伝子上位10個についてまとめたものである。すなわち、これら遺伝子はシゾンが高温、強酸性、高金属イオン濃度環境下で通常に生育するために必須なハウスキーピング遺伝子ということができる。その結果、シゾンの細胞内において最も高発現している遺伝子はCMQ247Cであった。この遺伝子CMQ247Cは、ホモロジー検索の結果、細胞膜プロトンATPアーゼ遺伝子と推定された。シゾンは単細胞の真核細胞であり、細胞膜が強酸性の外界と細胞内環境を区画し、細胞質のpHを中性付近に保つ役割を果たしていると考えられる。シゾンの細胞膜を介した細胞内外のプロトン濃度の差はおよそ10万倍と考えられ、その濃度勾配を保っているのが、プロトンATPアーゼタンパク質のポンプ活性である。そのために、シゾンの全遺伝子の中でプロトンATPアーゼ遺伝子の発現量が最も高かったものと考えられ、シゾンの耐酸性、金属イオン耐性などの環境耐性に重要な役割を担っているものと考えられる。したがって、以後、シゾンのゲノム中に唯一1コピーのみコードされているこのプロトンATPアーゼ(CmPMA)の遺伝子を解析することとした。解析の結果、このプロトンATPアーゼ(CmPMA)は、配列表の配列番号1に示される954個のアミノ酸残基からなるタンパク質であり、該タンパク質をコードするDNA配列は配列表の配列番号2に示されるものであることがわかった。配列番号1のアミノ酸配列には、N末端からカチオンのATPaseドメイン、続いてP-タイプのATPaseドメイン、Hydrolaseのドメインそして膜貫通ドメインが続くことが明らかとなった(図1A、図1B)。従って、このプロトンATPアーゼ(CmPMA)は、細胞膜に局在するものと推定した。
【0027】
【表1】

【0028】
実施例2(CmPMA遺伝子を用いたシロイヌナズナの形質転換)
図2Aの35S:CmPMAに示すように、ゲンタマイシン耐性(aaC1)遺伝子、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV35S-Ω)及びNOSターミネーター(NOS3’)を含むバイナリーベクターpPZP221中に、配列表の配列番号2に示されるプロトンATPアーゼ(CmPMA)をコードする遺伝子の全長を、上記プロモーター(CaMV35S-Ω)の制御下に位置するようにクローニングした。得られたベクターを、ヘルパープラスミドpMP90を含むアグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens)を用いたフローラルディップ法によって、シロイヌナズナに導入した。形質転換したシロイヌナズナの種子をMS培地(1%寒天、1%スクロース、100μg/mlゲンタマイシン及び500μg/mlカルベニシリン含有)上に蒔き、異なる5つの形質転換株1〜5を選択した。
【0029】
野生株及び形質転換株1〜5のそれぞれからDNAを抽出し、CmPMA遺伝子に特異的な上流配列(SF)及び同じく下流配列(CR)をプライマーとして用いてPCR法によりシゾン由来のCmPMA遺伝子の断片を増幅させた。予想される0.5kbのDNA断片が形質転換株1〜5から増幅された(図2B)。また、野生株及び形質転換株1〜5のそれぞれからRNAを抽出し、ランダムプライマーを用いて逆転写して合成したcDNAを鋳型とし、CmPMAに特異的な上流配列(SF)及び同じく下流配列(CR)をプライマーとして用いたPCR法により増幅させた。予想される0.5kbのDNA断片が形質転換株2〜5から増幅された(図2C)。これらの結果を図2B及び図2Cに示す。図2B及び図2Cから、CmPMA遺伝子は、野生株と系統1では発現していなかったが、系統2〜5の4つの形質転換株では発現していることが確認された。
【0030】
実施例3(形質転換植物の芽生えの酸・アルミニウムイオン耐性)
実施例2の結果によって、得られた導入形質転換株1〜5は発現の程度の差はあれ、何れもシゾンのPMA遺伝子を保持していることが確認出来たため、その芽生えの一過的な酸処理による酸・アルミニウムイオン耐性について検証実験を行った。野生株及び形質転換株1〜5のシロイヌナズナの種子を4℃で3日間ほど処理して休眠打破を行い、プラスチックシャーレ上の濾紙にpH5.8に調整したショ糖を含まない液体MS培地を浸し、23℃の連続光照射下のインキュベータ内で発芽させた。播種後23℃で6日を経過し、丁度子葉が展開した程度の芽生えを、今度はそれぞれ、pH5.8, 4.0, 3.0, 2.3のショ糖を含まない、最終濃度100μM濃度の塩化アルミニウムを含む液体MS培地で36時間インキュベートした。その結果、概ねCmPMA遺伝子が導入された形質転換シロイヌナズナは野生株に比べて子葉の白化が抑制されて、目視で葉の緑色が残っていることが確認された。一方野生株ではpH3.0以下の処理で完全に子葉が不可逆的な白化を起こし、死滅した。特に繰り返し実験を行った結果、形質転換株2及び5の系統が、芽生えの一過的酸処理において再現性を持って比較的強い耐性能を示すことが判った。その様子を図3に示す。図3から、特に、形質転換株2の系統は芽生えでは非常に強い耐性を示したことがわかる。
【0031】
図4Aは野生型と形質転換株2及び5をそれぞれ、pH5.8, 4.0, 3.0, 2.3のショ糖を含まない、最終濃度100μM濃度の塩化アルミニウムを含む液体MS培地で36時間インキュベートした後の子葉のクロロフィルの様子を、蛍光顕微鏡(BX51(商品名)オリンパス社製)を用いて観察・撮影したものである。子葉をスライドガラス上に置き、カバーガラスをかけてG励起光を照射し、葉緑体から発せられるクロロフィルの自家蛍光を高感度CCDカメラ(C7780(商品名)浜松ホトニクス社製)で取り込み画像化した。野生株ではpH4.0から自家蛍光が子葉の周辺部から減少し、培地のpHが3.0, 2.35と酸性化するに従って、内部組織のクロロフィルまでほぼ完全に消失した。一方、CmPMA遺伝子を導入した形質転換体2と5の系統では培地の酸性度が強くなってもクロロフィルの自家蛍光の減少は殆ど認められなかった。なお、当該子葉は、図3で示した芽生えの子葉に対応する。
【0032】
図4Aで画像化されたクロロフィルの自家蛍光について、顕微鏡に接続した顕微測光装置(VIMPCS(商品名)浜松ホトニクス社製)を用いて、G励起の照射によりサンプルから実際に放出される光子の量を計測し、全クロロフィル量を数値化し、それを相対値として示したものが図4Bのグラフである。野生株ではpH4.0の時点でクロロフィル量がほぼ半減するのに対して、CmPMA遺伝子を導入した形質転換株2及び5では酸性条件下でもクロロフィル量が維持されている。野生株と比較して特に強酸性環境下でその差が顕著に現れており、CmPMA遺伝子の発現により細胞内にある葉緑体の損傷が軽減されていることがわかる。
【0033】
実施例4(形質転換植物の根の伸長に関する実験)
次に、酸性土壌下で植物が最も影響を受ける部分は根であるため、野生株とCmPMA形質転換株1〜5について、根の伸長について解析を行った。実際の酸性土壌環境下で根が最も影響を受ける要素はアルミニウムイオンであるため、同時に塩化アルミニウムも添加してその効果を調べた。まず、種子を4℃で3日間処理して休眠打破を行い、その後、それぞれpH5.8と3.0に調整した、最終濃度100μMの塩化アルミニウムを含むMS寒天培地に播種し、23℃の連続光照射下で発芽させた。発芽後直ちに、プレートを垂直に立てて根の伸長の様子を経時的に観察した。播種後7日目と21日目の結果を図5に示す。野生株とCmPMA形質転換株1〜5共に、pH5.8の培地の方がpH3.0の培地より根の伸長が良かった。また、pH5.8の方がpH3.0よりも展開した葉が大きく、その色も濃い緑色である。一方同じpH条件内での比較では、pH5.8とpH3.0の両方で、野生株よりCmPMA形質転換株1〜5の方が何れも根の伸長がよく野生株の2倍程度の長さになっていた。形質転換株は野生株と比較して、中性領域、酸性領域の両方で根の伸長が促進されていることが明らかとなった。
【0034】
実施例5(形質転換植物体の酸耐性)
芽生えにおける酸耐性と、酸性環境における根の伸長に関しては、野生株に対してCmPMA形質転換株が優れた形質を持つことが上記実施例3及び4より明らかとなったので、成長した個体段階においても、野生株とCmPMA形質転換株2及び5について酸およびアルミニウムに対する耐性能を調べた。まず、種子を4℃で3日間処理して休眠打破を行い、その後、通常の植物栽培用の土壌に播種し、23℃連続光照射下で発芽させ、21日間生育させた。その後、根を傷つけないように一旦土壌から植物個体を引き抜いてそれぞれ、pH5.8, 4.0, 3.0, 2.3のショ糖を含まない、最終濃度100μM濃度の塩化アルミニウムを含む液体MS培地に根の部分のみを48時間浸し、再びpH5.8近辺に調整した土壌中に戻した。その結果を図6に示す。図6上段は48時間の一過的酸処理後、通常の土壌に戻して1週間(7日)が経過したときの植物個体の様子を示す写真である。一方、図6下段は48時間の一過的酸処理後、通常の土壌に戻して3週間(21日)が経過したときの植物個体の様子を示す写真である。処理後1週間後では野生株及び形質転換株の何れも比較的緑色を保っているが、処理後3週間後では野生株はpH4.0以下で処理した個体は全て枯死してしまったのに対し、CmPMA遺伝子を導入した形質転換株2及び5は何れもpH4.0以下で処理した個体の大部分が生育を続け、一部の個体では花芽を形成した。以上の結果から、CmPMA形質導入株は、生育段階が進んだ個体においても酸・アルミニウムイオン耐性能を獲得していると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、極限環境で生育するシゾン由来のプロトンATPアーゼ遺伝子を用いて植物を形質転換することにより、耐酸性及び金属イオン耐性などのストレス耐性に優れた植物を提供するものであり、土壌の酸性化が懸念される現在、農業の分野において、植物の生産性を向上させるために利用することができ、また、リサーチツールとしても応用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)または(b)の遺伝子を植物に導入することにより、植物に酸耐性および金属イオン耐性を付与する方法。
(a)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子。
(b)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列の一部が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子であって、植物に導入することにより、該植物に酸耐性および金属イオン耐性を付与する性質を有する遺伝子。
【請求項2】
上記(a)の遺伝子が配列表の配列番号2に示される塩基配列からなる遺伝子である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記(a)または(b)の遺伝子をベクターに組み込んで植物に導入する、請求項1または2の方法。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか1項に記載の方法により作出された形質転換植物。
【請求項5】
下記(a)または(b)の遺伝子をマーカー遺伝子として含み、導入された宿主生物に酸耐性および金属イオン耐性を付与する事を特徴とするベクター。
(a)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子。
(b)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列の一部が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子であって、宿主生物に導入することにより、該宿主生物に酸耐性および金属イオン耐性を付与する性質を有する遺伝子。
【請求項6】
上記(a)の遺伝子が配列表の配列番号2に示される塩基配列からなる遺伝子である、請求項5に記載のベクター。
【請求項7】
請求項5または6のベクターを含む形質転換体。
【請求項8】
請求項5または6に記載のベクターを宿主生物に導入して形質転換し、該宿主生物を酸性条件下及び/又は金属イオン存在下で生育させることにより、酸耐性及び/又は金属イオン耐性を備えた形質転換体を選抜することを特徴とする、形質転換体のスクリーニング方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−92108(P2011−92108A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−249824(P2009−249824)
【出願日】平成21年10月30日(2009.10.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「イノベーション創出基礎的研究推進事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
【出願人】(300071579)学校法人立教学院 (42)
【Fターム(参考)】