説明

ショートアーク型放電ランプ

【課題】発光管内に、一対の陰極と陽極とが対向配置されたショートアーク型放電ランプにおいて、特に、定格電力での通常点灯と、これよりも小さな電力で点灯する待機点灯を繰り返すフル・スタンバイ点灯時においても、陽極先端中央部がその周辺環状部よりも突出することがなく、電極材料の蒸発によるランプの黒化が生じないようにした電極構造を提供することである。
【解決手段】前記陽極の先端中央部に形成した開口内に、陽極とは別体の挿入体を、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在して挿入してなり、前記陽極の開口の内表面もしくは挿入体の外表面の少なくともいずれか一方に、緩衝材の逃げ溝が形成されていることを特徴とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ショートアーク型放電ランプに関するものであり、特に、半導体や液晶の製造分野などの露光用光源や映写機のバックライト用光源に適用されるショートアーク型放電ランプに係るものである。
【背景技術】
【0002】
ショートアーク型放電ランプは、発光管内に対向配置された一対の電極の先端距離が短く点光源に近いことから、光学系と組み合わせることによって露光装置用若しくは映写機のバックライト用の光源として利用されている。
【0003】
特開平10−188890号公報は、従来のショートアーク型放電ランプを開示する。
図6に該従来のショートアーク型放電ランプが示されており、ショートアーク型放電ランプ1の発光管10は、中央に位置する略球状に形成された発光部11と、その両端の封止部12を備える。発光管10の内には、タングステン等からなる陰極21と陽極31とが互いに向き合うように対向配置されるとともに、内部の発光空間Sには水銀、キセノン等の発光物質が封入されている。
上記陰極21及び陽極31に連設された電極軸22、32が図示しない金属箔を介して封止部12で封止されている。
【0004】
しかして近年においては、半導体や液晶パネルの製造工程で用いられる上記ショートアーク型放電ランプにおいては、特開2000−181075号公報に見られるように、省電力化のために、常に一定の電力で点灯するのではなく、露光時にのみ定格電力で点灯(通常点灯)させ、基板移動などの待機時には前記定格電力よりも小さな最小限の電力で点灯(待機点灯)させるという点灯方式(以下、フル・スタンバイ点灯という)が採用されている。
例えば、露光時は定格電力で0.1〜10秒点灯させ、待機時は定格電力よりも小さい待機電力で0.1〜100秒点灯させるということが繰り返される。
【0005】
ところで、ランプの点灯・消灯時や、上記のフル・スタンバイ点灯時における入力電力の変更時などには、アークから陽極へ流入する熱流束が変化するため、陽極温度が変化し、陽極に内部応力が発生する。
このとき、図7に示すように、アークに対面する陽極先端面の中央部50は、最も温度変化の大きい部分であり、従って熱膨張も大きくなる。これに対して、該中央部50の周辺にある環状部51は、前記中央部50よりも温度変化が少なく、その熱膨張も小さい。
そのため、中央部50はかかる熱膨張により、その周辺環状部51から圧縮応力を受けることになり、その結果、先端面から突出するように変形する。
【0006】
このような突出は、定格点灯時に陽極先端の温度が安定した後も完全には元の形状に戻ることなく残存する。加えて、特にフル・スタンバイ点灯時には、このような変形が繰り返し生じ、突出が蓄積されることにより肥大化していく。
すると、肥大化した突出部に放電が集中することとなって、該突出部が異常過熱され、電極物質が蒸発し発光管内壁に付着して、該発光管内壁が黒化してしまい、急速な照度低下を引き起こすという問題があった。
【0007】
上記従来技術の問題点を解消すべく、本発明者等は、先に特願2009−165272号において、陽極の先端中央に形成した開口内に陽極とは別体の挿入体を、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在して挿入する構造を提案している。
図8(A)、(B)にその概要が示されていて、タングステンからなる陽極31の先端面33の中央部分には、該先端面33に開口する開口34が形成されている。そして、該陽極31とは別体で、陽極と同一素材からなる挿入体35が前記開口34と整合した形状に成形されていて、この挿入体35が、緩衝材36を間に挟むようにして、前記開口34内に打ち込み等の手段によって圧入・嵌挿されている。
前記緩衝材36は、該陽極31および挿入体35よりも、同じ温度における降伏応力が小さな金属材料からなり、具体的には、タンタル、モリブデン、ニオブ、またはレニウムなどからなる金属箔である。
【0008】
このような構造とすることによって、陽極31の先端中央部を構成する挿入体35が熱膨張するときには、該挿入体35と開口34の間の緩衝材36が高温クリープ変形を起こし、挿入体35の熱膨張分を吸収・緩和するかたちとなり、前記開口34の周辺の環状部分33aによる圧縮応力を受けることがない。
その結果、先端中央部を構成する挿入体35が変形することもなく、局所的な突出部が形成されることもないという効果が期待できるものである。
【0009】
ところが、点灯電力の更なる大電力化や、フル・スタンバイ点灯条件の過酷化などによって、上記構造においても条件によっては新たな問題が生じる場合があることが判明した。
図9で示すように、温度上昇に伴い緩衝材36が熱膨張し塑性変形していく。この時に、緩衝材36は挿入体34と陽極31先端の周辺環状部33aとの間で圧縮力を受けて、軸方向に逃げることになり、陽極31の先端面33から突出するという現象が生じることがある。
このように、緩衝材36が陽極先端から突出してしまうと、その突出端36aが過剰に加熱され蒸発してしまい、これが発光管の黒化を招き照度低下を起こすことになるというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平10−188890号公報
【特許文献2】特開2000−181075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
この発明が解決しようとする課題は、上記従来技術の問題点に鑑みて、特に、フル・スタンバイ点灯方式を採用するショートアーク型放電ランプにおいて、陽極先端で生じる熱応力を緩和して、陽極先端の中央部分が変形することを防ぎ、黒化を防ぐことができる陽極構造を有するショートアーク型放電ランプを提供せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、この発明に係るショートアーク型放電ランプは、陽極の先端中央部に開口が形成され、該開口内に陽極とは別体の挿入体が、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在して挿入されてなり、前記陽極の開口の内表面もしくは挿入体の外表面の少なくともいずれか一方に、緩衝材の逃げ溝が形成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
この発明のショートアーク型放電ランプによれば、陽極の先端開口に挿入された挿入体と、その開口の間に、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在させたので、特に、フル・スタンバイ点灯時などに、陽極先端部の温度が変化しても、先端中央部の熱変形が緩衝材によって吸収され、更には、該緩衝材が熱膨張により塑性変形しても、前記挿入体と前記開口の少なくともいずれかに逃げ溝が形成されているので、緩衝材の膨張分は該逃げ溝内に侵入することになり、陽極の先端面から突出してしまうようなことがなく、この部分が異常過熱されことがないから、発光管の黒化が発生することがない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係るショートアーク型放電ランプの第1実施例の陽極の先 端部の要部断面図。
【図2】図1の先端部の拡大断面図。
【図3】第2実施例の要部断面図。
【図4】第3実施例の要部断面図。
【図5】本発明の効果を表すグラフ。
【図6】従来技術のランプ全体図。
【図7】図7の要部説明図。
【図8】先行出願の要部断面図。
【図9】図8の拡大断面図
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、第1実施例の断面図であり、(A)は組み込み断面図、(B)は組み込み工程の説明図である。
図において、陽極31の先端面33の中央部分には、該先端面33に開口する開口34が形成されている。そして、該陽極31とは別体で、陽極と同一素材からなる挿入体35が前記開口34と整合した形状に成形されていて、この挿入体35が、緩衝材36を間に挟むようにして、前記開口34内に打ち込み等の手段によって圧入・嵌挿されている。
【0016】
具体的には、タングステンからなる陽極31の先端面の開口34に、同じタングステンからなる挿入体35が挿入されるものであり、該開口34および挿入体35は該挿入体35を圧入し易くするために、若干の先細のテーパ状とされるのがよい。
緩衝材36は、該陽極31および挿入体35よりも、同じ温度における降伏応力が小さな金属材料からなり、具体的には、タンタル、モリブデン、ニオブ、またはレニウムなどからなり、この実施例では金属箔であって、前記挿入体35の外周に巻きつけられて、挿入体35と共に開口34内に嵌挿される。
【0017】
そして、挿入体35の外周面には周方向に延在する緩衝材の逃げ溝40が刻設されている。該逃げ溝40は1本ずつの独立した円周溝であっても、螺旋状に取り巻く螺旋溝であってもよい。
【0018】
こうすることにより、陽極31の先端中央部を構成する挿入体35が熱膨張するときには、該挿入体35と、その周辺の環状部の間に挟まった緩衝材36が高温クリープ変形を起こし、挿入体35の熱膨張分を吸収・緩和するかたちとなり、前記開口3の周辺の環状部33aによる圧縮応力を受けることがない。
その結果、先端中央部を構成する挿入体35が変形することもなく、局所的な突出部が形成されることもない。
また、図2に示すように、緩衝材36が熱膨張によって塑性変形しようとしても、その膨張分は挿入体35の外周面の逃げ溝40内に侵入して吸収されるので、軸方向への膨張が緩和され、その先端が、陽極31の先端面33から突出するようなことがない。
したがって、ランプの点灯・消灯や、長時間のフル・スタンバイ点灯を行っても、陽極先端中央部の局所的な突出を防いで陽極材料の蒸発を抑制し、更には、緩衝材の陽極先端面からの突出も防いで、その蒸発を抑制できるので、これら材料の蒸発に伴う照度低下を大幅に抑制することができる。
【0019】
上記実施例では、挿入体35に逃げ溝40を設けたが、図3に示すものでは、陽極31の開口34の内表面に逃げ溝41を刻設したものである。
この実施例においても、その逃げ溝41は、上記第1実施例の逃げ溝40と同様に機能し、緩衝材36の熱膨張を該逃げ溝41で吸収して陽極31の先端面33からの突出を防止するものである。
【0020】
上記図1〜3に示す実施例では、緩衝材の逃げ溝40、41を周方向に形成するものであるが、図4に示す実施例では、挿入体35の外周面に軸方向に延在する逃げ溝42が刻設されている。
この例でも、緩衝材36の熱膨張分が前記逃げ溝42内に侵入して吸収され、陽極31の先端面33から突出することがないのは、前記実施例における周方向逃げ溝40、41の場合と同様である。
勿論、この場合も逃げ溝42は挿入体35側ではなく、開口34側に形成してもよい。
【0021】
なお、上記逃げ溝40、41、42は、挿入体35の外表面か陽極31の開口34の内表面に刻設・形成するものを記載したが、その両者に形成してもよい。
また、その逃げ溝の成形に当たっては、挿入体35の外表面の逃げ溝の場合は、例えば、旋盤による切削加工やレーザー加工等によって形成することができるし、陽極31の開口34の内表面の逃げ溝の場合は、例えば、旋盤による切削加工等によって形成することができる。
そして、逃げ溝の断面形状は三角形、台形、円形の一部、またはこれらの組み合わせのいずれでも良い。
【0022】
本発明の陽極と従来の陽極および先行出願の陽極を比較するために、本発明の陽極として実施例1に基づく陽極と、従来陽極および比較例としての先行出願陽極について、先端突出量および照度維持率についての点灯試験を行った。
実験に用いたランプは、封入水銀量30mg/ccであり、陽極の寸法が、外径:25mm、全長:40mm、先端面の径:φ8mmのものである。
そして、本発明の陽極および先行出願(比較例)の陽極に形成した開口34は直径φ7mmであり、挿入体35の長さは10mmである。
・陽極
本発明の陽極A:挿入体35の外表面に深さ75μm、ピッチ200μmの
螺旋溝40を形成した電極。(図1参照)
比較例の陽極B:挿入体35や開口34に逃げ溝がない電極。(図8参照)
従来例の陽極C:挿入体がなく、一体形状の電極。(図7参照)

・点灯条件と評価
入力電力4kWで6sec、2kWで26secの点灯サイクルを繰り返し、500時間点灯後の陽極先端面における、突出部の高さ:先端突出量(mm)を評価した。
また、照度維持率は、同様の点灯条件での点灯開始時の波長365nm(i線)の紫外線照度を基準として、500時間点灯後の照度維持率を算出した。
【0023】
上記の実験結果を以下の表1およびその照度維持率を図5に示す。
<表1>

【0024】
表1から分かるように、500時間点灯後の陽極先端の突出量が、従来例の陽極Cでは0.94mmであったものが、比較例の陽極Bでは0.41mmと改善されているが、本発明の陽極Aでは、これが更に改善されて0.2mmと大幅に減少していることが分かる。
その結果、表1および図5に示されるように、i線の照度維持率が、従来例の陽極Cの86%から、比較例の陽極Bで92%と改善されているが、これが本発明の陽極Aでは更に96%と大幅な改善がもたらされている。
【0025】
以上説明したように、本発明に係るショートアーク型放電ランプは、前記陽極の先端中央部に形成された開口内に陽極とは別体の挿入体が、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在して挿入されてなり、前記陽極の開口の内表面もしくは挿入体の外表面の少なくともいずれか一方に、緩衝材の逃げ溝が形成されているので、特に、フル・スタンバイ点灯方式を採用した場合でも、陽極先端の中央部が加熱されて局所的に突出してしまうようなことがなく、中央部が突出することによる陽極材料の蒸発と、それによって生じる発光管の黒化による照度低下が抑制されるとともに、挿入体と陽極開口の間に挿入された緩衝材が熱膨張しても、その膨張分が逃げ溝内に侵入して吸収され、陽極の先端面から突出することがないので、該緩衝材が異常過熱されて蒸発することを防止できるという効果を奏するものである。
【符号の説明】
【0026】
21 陰極
31 陽極
33 陽極先端面
34 開口
33a 開口周辺の環状部
35 挿入体
36 緩衝材
40 挿入体の周方向の逃げ溝
41 開口の周方向の逃げ溝
42 挿入体の軸方向の逃げ溝




【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光管内に一対の陽極と陰極が対向配置されてなるショートアーク型放電ランプにおいて、
前記陽極の先端中央部に開口が形成され、該開口内に陽極とは別体の挿入体が、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在して挿入されてなり、
前記陽極の開口の内表面もしくは挿入体の外表面の少なくともいずれか一方に、緩衝材の逃げ溝が形成されていることを特徴とするショートアーク型放電ランプ。
【請求項2】
前記逃げ溝が、周方向に形成されていることを特徴とする請求項1に記載のショートアーク型放電ランプ。
【請求項3】
前記逃げ溝が、軸方向に形成されていることを特徴とする請求項1に記載のショートアーク型放電ランプ。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−165602(P2011−165602A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−29968(P2010−29968)
【出願日】平成22年2月15日(2010.2.15)
【出願人】(000102212)ウシオ電機株式会社 (1,414)
【Fターム(参考)】