説明

ジルコニア焼結体、並びにその焼結用組成物及び仮焼体

【課題】低温劣化を抑制することが可能なジルコニア焼結体を提供すること、並びに、該ジルコニア焼結体の前駆体となる焼結用組成物及び仮焼体を提供すること。
【解決手段】ジルコニア焼結体の焼成面におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.4以上であり、焼成面からの深さが100μm以上の領域におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.3以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジルコニア焼結体に関する。また、本発明は、ジルコニア焼結体の焼結用組成物及び仮焼体に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化ジルコニウム(IV)(ZrO)(以下、「ジルコニア」という)には多形が存在し、ジルコニアは多形間で相転移を起こす。例えば、正方晶のジルコニアは、単斜晶へ相転移する。このため、ジルコニア単体で焼結体を作製しても、この相転移により結晶構造が破壊されてしまうので、ジルコニア単体の焼結体は、製品としての十分な強度を確保できないという欠点を有する。また、ジルコニア単体の焼結体は、相転移による体積変化により、焼結体の寸法が変化してしまうという欠点も有する。
【0003】
そこで、安定化剤として酸化カルシウム、酸化マグネシウム、酸化イットリウム、酸化セリウム等の酸化物をジルコニアに添加して、相転移の発生を抑制した安定化ジルコニア(Stabilized Zirconia)や部分安定化ジルコニア(PSZ;Partially Stabilized Zirconia)が利用されている。特に、部分安定化ジルコニアは、高強度、高靭性という優れた特性を有するセラミックスであり、部分安定化ジルコニアの焼結体は、例えば、歯の治療に使用する補綴材、工具等の種々の用途に使用されている。
【0004】
しかし、部分安定化ジルコニアは、部分的に安定化されているに過ぎないため、長期的安定性の問題は解決されていない。例えば、部分安定化ジルコニア焼結体は、水分存在下、約200℃に加熱された状態では、正方晶から単斜晶への相転移が生じてしまい、これにより部分安定化ジルコニア焼結体の強度が劣化してしまう(以下、これを「低温劣化」という)。そこで、低温劣化を抑制するジルコニア焼結体の製造技術が開発されている(例えば、特許文献1〜特許文献5参照)。
【0005】
特許文献1及び特許文献2に係る背景技術においては、平均粒径が0.5μ以下の部分安定化ジルコニア微粉末を用いて、1200℃〜1400℃でジルコニア微粉末を焼結させて、ジルコニア焼結体を製造している。
【0006】
特許文献3及び非特許文献1に係る背景技術においては、低温劣化現象を生じないジルコニア焼結体を得るために、Y等を含むジルコニア材料の未焼成成形体の表面に、Y等の化合物を含む溶液を塗布した後、1300〜1800℃で焼成することによってジルコニア焼結体を製造している。
【0007】
特許文献4に記載のジルコニア質焼結体は、ZrOと、Y等の希土類金属酸化物(R)と、ホウ素化合物とSiOとAlとを含むジルコニア質焼結体であって、ZrOと希土類金属酸化物(R)とホウ素化合物とSiOとを含む成分(M)に対するAlのモル比(Al/M)が10/90〜50/50であり、希土類金属酸化物(R)とZrOとのモル比(R/ZrO)が、1/99〜6/94で、かつ、ZrOの結晶粒子が主として正方晶の相又は正方晶と立方晶の混合相よりなり、ZrOと希土類金属酸化物(R)との合計に対するホウ素(B)の含有量が0.05〜2モル%、SiOの含有量が0.05〜1.5モル%である。また、特許文献5に記載のジルコニア質医療用材料は、ZrO2を主成分とし、Y23等の希土類金属の酸化物と、ホウ素化合物と、Al23及び/又はSiO2とを含み、ZrO2に対する希土類金属の酸化物のモル比が、1.5/98.5〜5/95であり、ホウ素化合物の含有量がホウ素(B)に換算して0.05〜8%モル%、Al23の含有量が0.1〜5モル%、SiO2の含有量が0.05〜1.5モル%である。
【0008】
また、特許文献6には、完全焼結後に研削・研削加工が容易で、かつ多数歯欠損のブリッジにも適用可能な曲げ強度を有するフレーム材を製造するための歯科加工用ブロックが開示されている。特許文献6に記載の歯科加工用ブロックは、ジルコニア、アルミナ、ムライト及びスピネルの少なくとも1種を主材とする金属酸化物の完全な焼結体であり、金属酸化物100質量部に対して、1質量部以上23質量部以下のリン酸ランタン及び/又はリン酸アルミニウムを結晶体として含んでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−80962号公報
【特許文献2】特開2007−332026号公報
【特許文献3】特開平3−115166号公報
【特許文献4】特開平7−215758号公報
【特許文献5】特開平8−33701号公報
【特許文献6】特開2009−23850号公報
【非特許文献1】山本泰次、加計一郎、「Y−TZPの表面改質による耐熱劣化性の向上」、ジルコニアセラミックス13・14、内田老鶴圃、1998年、147−163頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以下の分析は、本発明の観点から与えられる。
【0011】
正方晶から相転移した単斜晶を多く含有するジルコニア焼結体や正方晶から単斜晶への相転移の進行が速いジルコニア焼結体は、十分な強度を確保できず、例えば破損の危険性を有するので、工業製品(例えば歯科用補綴材)としての高い信頼性を確保することができない。
【0012】
特許文献1及び特許文献2に記載の背景技術においては、部分安定化ジルコニア粒子を焼結しやすいように非常に微細にし、1200℃〜1400℃という低温で焼結することによりジルコニア焼結体を得ている。しかしながら、ジルコニア焼結体の強度及び寸法安定性を高めるためには、さらなる高温で焼結することが要求される。
【0013】
そこで、ジルコニア焼結体の強度を高めるため、部分安定化ジルコニア粒子を高温(例えば1400℃を超える温度)で焼結すると、特許文献1及び特許文献2に記載のような微細な部分安定化ジルコニア粒子原料を使用したとしても、この焼結体は低温劣化が進行しやすいものとなってしまう。このような焼結体は、強度維持及び製品寿命の観点で問題がある。さらに、相転移が進行すると、寸法変化が生じてしまうため、高精度が要求される製品に利用することができない。
【0014】
また、特許文献1及び特許文献2に記載の背景技術においては、部分安定化ジルコニア粒子の限定的な粒径は、焼結体の作製の制約になると共に、焼結体の信頼性を確認するためには焼結体作製の前に原料粒子の粒径を測定しなければならない。
【0015】
特許文献3及び非特許文献1に記載の背景技術においては、イットリア(Y)等を含有する化合物の溶液を未焼成面に塗布することによってジルコニア焼結体の表面近傍に立方晶を形成している。このとき、立方晶は、焼成面から深さ200μm以上の領域まで形成される。また、焼成面の粒子は、粒径が約0.3μmから約2.5μmへと粒成長してしまっている。このため、曲げ強度及び破壊靭性が高いジルコニア焼結体は得ることができない。さらに、特許文献3及び非特許文献1に方法では、立方晶を形成しようとするたびに、原料粉末に含有された安定化剤の他に、表面に塗布する安定化剤を使用する必要がある。希土類元素を使用する安定化剤は高価であると共に、特に塗布作業が煩雑であるので、製造コストが高くついてしまう。
【0016】
特許文献4に記載の背景技術においては、十分な曲げ強度及び破壊靭性を有するジルコニア焼結体を得ることができていない。一方、特許文献5に記載のジルコニア焼結体における結晶粒子の結晶系は、正方晶又は正方晶と立方晶との混合相となっている。ジルコニア焼結体は、その内部まで立方晶を含有すると曲げ強度及び破壊靭性が低下してしまう。したがって、特許文献5に記載のジルコニア焼結体について、曲げ強度及び破壊靭性が共に高いものは得られていない。
【0017】
特許文献6に記載の歯科加工用ブロックは、研削・研削加工が容易なジルコニア焼結体を得るものであるが、焼結体の製造方法は、特許文献1及び特許文献2と同様であるので、特許文献1及び特許文献2に記載の技術と同様の問題を有している。
【0018】
一方、完全安定化ジルコニアにおいては、単斜晶への相転移は抑制することはできても、部分安定化ジルコニアより靭性や強度が低下してしまう。
【0019】
また、ジルコニア焼結体を歯科用補綴材として使用するためには、強度の他にも、無色であること、及び半透明性を有することが要求されるが、安定化剤によっては着色が生じたり、透明性が失われたりしてしまうことがある。
【0020】
そこで、本発明者らは、リン等のリン元素を所定量含有させることにより、原料粒子の粒径に限定されることなく、高温焼結しても低温劣化の進行が抑制されたジルコニア焼結体を発明した(特願2009−192287参照)。当該発明においては、高温で焼結するほど低温劣化抑制効果を高めることができた。一方で、1500℃以下より低温で焼結すると低温劣化抑制効果が低下する傾向があった。
【0021】
本発明の目的は、低温で焼結しても低温劣化を抑制することが可能なジルコニア焼結体を提供することである。また、本発明の目的は、低温で焼結しても高強度及び高破壊靭性を有するジルコニア焼結体を提供することである。さらに、本発明の目的は、該ジルコニア焼結体の前駆体となる焼結用組成物及び仮焼体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明の第1視点によれば、焼成面におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.4以上であり、焼成面からの深さが100μm以上の領域におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.3以下であるジルコニア焼結体が提供される。
【0023】
本発明の第2視点によれば、焼成面又は露出面を研削して、X線回折パターンにおいて正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.3以下である面を露出させた後に再焼成した場合、再焼成面におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.4以上であるジルコニア焼結体が提供される。
【0024】
上記第2視点の好ましい形態によれば、再焼成面からの深さが100μm以上の領域におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.3以下である。
【0025】
本発明の第3視点によれば、JISR1607に準拠して測定した破壊靭性値が8MPa・m1/2以上であり、JISR1601に準拠して測定した曲げ強度が1200MPa以上であるジルコニア焼結体が提供される。
【0026】
上記第3視点の好ましい形態によれば、JISR1607に準拠して測定した破壊靭性値が8MPa・m1/2以上9MPa・m1/2未満である。JISR1601に準拠して測定した曲げ強度が1700MPa以上である。
【0027】
上記第3視点の好ましい形態によれば、JISR1607に準拠して測定した破壊靭性値が9MPa・m1/2以上10MPa・m1/2未満である。JISR1601に準拠して測定した曲げ強度が1600MPa以上である。
【0028】
上記第3視点の好ましい形態によれば、JISR1607に準拠して測定した破壊靭性値が10MPa・m1/2以上12MPa・m1/2未満である。JISR1601に準拠して測定した曲げ強度が1200MPa以上である。
【0029】
本発明の第4視点によれば、部分安定化ジルコニアをマトリックス相として有するジルコニア焼結体が提供される。ジルコニア焼結体は、リン(P)元素を、ジルコニア焼結体の質量に対して、0.001質量%〜1質量%含有する。ジルコニア焼結体は、ホウ素(B)元素を、ジルコニア焼結体の質量に対して、3×10−4質量%〜3×10−1質量%含有する。
【0030】
本発明の第5視点によれば、上記第1〜第4視点のうち少なくとも2つの形態を備えるジルコニア焼結体が提供される。
【0031】
上記第1〜第5視点の好ましい形態によれば、ジルコニア焼結体を180℃、1MPaの条件で低温劣化加速試験を5時間施した場合に、低温劣化加速試験後のジルコニア焼結体の表面におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[111]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する単斜晶由来の[11−1]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が1以下である。
【0032】
上記第1〜第5視点の好ましい形態によれば、ジルコニア焼結体は、安定化剤を含有する部分安定化ジルコニアをマトリックス相として有し、焼成面側から内部側に向けて安定化剤の含有率が減衰している領域を有する。
【0033】
上記第1〜第5視点の好ましい形態によれば、安定化剤の濃度勾配は、焼成によって生じる。
【0034】
上記第1〜第5視点の好ましい形態によれば、ジルコニア焼結体は、安定化剤を含有する部分安定化ジルコニアをマトリックス相として有し、ジルコニア焼結体の試料表面において、10μm×10μmの領域を256マス×256マスの格子状に区分した各マスにおける安定化剤の濃度を質量%で表記した場合に、安定化剤の表面濃度の標準偏差が0.8以上である。
【0035】
上記第1〜第5視点の好ましい形態によれば、ジルコニア焼結体は、酸化アルミニウムを、ジルコニア焼結体の質量に対して、0.2質量%〜25質量%含有する。
【0036】
上記第1〜第5視点の好ましい形態によれば、ジルコニア焼結体は、二酸化ケイ素を、ジルコニア焼結体の質量に対して、0.03質量%〜3質量%さらに含有する。
【0037】
上記第1〜第5視点の好ましい形態によれば、ジルコニア焼結体は、1350℃〜1550℃で焼結されて製造される。
【0038】
本発明の第6視点によれば、安定化剤を含有する部分安定化ジルコニア粉末を含有し、
リン(P)元素を、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して4×10−5mol〜5×10−2mol含有し、ホウ素(B)元素を、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して4×10−5mol〜5×10−2mol含有しているジルコニア焼結体の焼結用組成物が提供される。
【0039】
上記第6視点の好ましい形態によれば、ジルコニア焼結体は、酸化アルミニウムを、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して0mol〜0.2mol含有する。
【0040】
上記第6視点の好ましい形態によれば、ジルコニア焼結体は、二酸化ケイ素を、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して7×10−4mol〜7×10−2mol含有する。
【0041】
上記第6視点の好ましい形態によれば、ジルコニア焼結体の焼結用組成物は、安定化剤を含有する又は含有しない低安定化ジルコニア粒子と、低安定化ジルコニア粒子よりも安定化剤を多く含有する高安定化ジルコニア粒子と、を含有する。酸化ジルコニアと安定化剤の合計mol数に対する高安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対する低安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率よりも1mol%〜6mol%高い。
【0042】
上記第6視点の好ましい形態によれば、低安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対して0mol%以上2mol%未満である。高安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対して2mol%以上8mol%未満である。
【0043】
本発明の第7視点によれば、1350℃〜1550℃で焼結することにより上記第1〜第5視点のいずれかの形態のジルコニア焼結体となるジルコニア焼結体の焼結用組成物が提供される。
【0044】
本発明の第8視点によれば、安定化剤を含有するジルコニアを含有し、リン(P)元素を、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して4×10−5mol〜5×10−2mol含有し、ホウ素(B)元素を、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して4×10−5mol〜5×10−2mol含有しているジルコニア焼結体の仮焼体が提供される。
【0045】
上記第8視点の好ましい形態によれば、ジルコニア焼結体の仮焼体は、酸化アルミニウムを、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して0mol〜0.2mol含有する。
【0046】
上記第8視点の好ましい形態によれば、ジルコニア焼結体の仮焼体は、二酸化ケイ素を、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して7×10−4mol〜7×10−2mol含有する。
【0047】
上記第8視点の好ましい形態によれば、ジルコニア焼結体の仮焼体は、安定化剤を含有する又は含有しない低安定化ジルコニア粒子と、低安定化ジルコニア粒子よりも安定化剤を多く含有する高安定化ジルコニア粒子と、を含有する。酸化ジルコニアと安定化剤の合計mol数に対する高安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対する低安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率よりも1mol%〜6mol%高い。
【0048】
上記第8視点の好ましい形態によれば、低安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対して0mol%以上2mol%未満である。高安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対して2mol%以上8mol%未満である。
【0049】
本発明の第9視点によれば、1350℃〜1550℃で焼結することにより上記第1〜第5視点のいずれかの形態のジルコニア焼結体となるジルコニア焼結体の仮焼体が提供される。
【0050】
本発明の第10視点によれば、上記第6〜第7視点のいずれかの形態の焼結用組成物を800℃〜1200℃で仮焼して形成されるジルコニア焼結体の仮焼体が提供される。
【0051】
なお、本発明のジルコニア焼結体には、成形したジルコニア粒子を常圧下ないし非加圧下において焼結させた焼結体のみならず、HIP(Hot Isostatic Pressing;熱間静水等方圧プレス)処理等の高温加圧処理によって緻密化させた焼結体も含まれる。
【0052】
また、本発明において「低温劣化加速試験」とは、ISO13356に準拠した試験をいう。ただし、ISO13356に規定されている条件は、「134℃、0.2MPa、5時間」であるが、本発明においては、加速試験の条件をより過酷にするため、その条件を「180℃、1MPa」とし、試験時間は目的に応じて適宜設定する。以下においては、「低温劣化加速試験」を「水熱処理」又は「水熱処理試験」とも表記する。
【発明の効果】
【0053】
本発明は、以下の効果のうち少なくとも1つを有する。
【0054】
本発明によれば、低温(例えば1500℃以下)で焼結しても、低温劣化が抑制された長期的安定性を有するジルコニア焼結体を得ることができる。これにより、より安価にジルコニア焼結体を製造することができる。
【0055】
本発明によれば、焼成時に、原料中の安定化剤が表面に移動する。これにより、焼成面の極薄い領域のみ、安定化剤が高濃度となり、その領域においては立方晶が増加する。一方、安定化剤が集中するのは焼成面のみであるので、ジルコニア焼結体の内部における安定化剤濃度には大きな変化は生じず、ジルコニア焼結体内部の結晶系は正方晶を維持することができる。すなわち、本発明によれば、ジルコニア焼結体の焼成面のみに立方晶を多く含有する層の被覆を形成することができる。この立方晶を多く含有する層は、ジルコニア焼結体が水熱処理によって低温劣化することを抑制することができると考察される。
【0056】
ジルコニア焼結体内部の結晶系は正方晶が維持されるので、曲げ強度及び破壊靭性が低下することはない。さらには、一般に反比例的な関係にある曲げ強度と破壊靭性を共に向上させたジルコニア焼結体も得ることができる。
【0057】
これにより、本発明のジルコニア焼結体は、高信頼性かつ長寿命が要求される製品に利用することができる。さらに、相転移による寸法変化も小さくなるので、本発明のジルコニア焼結体は、高精度が要求される製品に利用することができる。
【0058】
本発明においては、焼成面に立方晶を多く存在させるために別途安定化剤を表面に塗布する必要もなく、安価な添加物を添加して単に焼成するだけでよいので、製造コストが増大することもない。
【0059】
本発明のジルコニア焼結体は焼成面を加工して正方晶の面を露出させても、再度焼成することにより、再焼成面(露出面)近傍に再度立方晶を形成することができる。これにより、焼結体を所望の形状に加工することにより、主たる結晶系が正方晶である面が露出することになっても、再焼成によって立方晶を含有する層で再度被覆することができ、水熱劣化の進行が抑制された製品を作製することができる。
【0060】
以上より、本発明によれば、製造コストを増大させることなく、低低温劣化性、高強度、及び高破壊靭性のジルコニア焼結体を得ることができる。しかもこれは複雑形状の場合も含めて形状の如何によらず達成される。
【0061】
本発明においては、強化繊維として機能する針状結晶ないし柱状結晶を有するジルコニア焼結体を得ることができる。これにより、低温(例えば1500℃以下)で焼結しても、ジルコニア焼結体の強度を高めることができる。
【0062】
本発明のジルコニア焼結体は、無色性及び半透明性を有しており、歯科補綴材等の透明性が要求される製品にも利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】実施例10における1350℃で焼成したジルコニア焼結体の10,000倍SEM写真。
【図2】実施例10における1350℃で焼成したジルコニア焼結体の30,000倍SEM写真。
【図3】実施例10における1350℃で焼成したジルコニア焼結体の50,000倍SEM写真。
【図4】実施例10における1375℃で焼成したジルコニア焼結体の3,000倍SEM写真。
【図5】実施例10における1375℃で焼成したジルコニア焼結体の10,000倍SEM写真。
【図6】実施例10における1375℃で焼成したジルコニア焼結体の30,000倍SEM写真。
【図7】実施例10における1400℃で焼成したジルコニア焼結体の3,000倍SEM写真。
【図8】実施例10における1400℃で焼成したジルコニア焼結体の10,000倍SEM写真。
【図9】実施例10における1400℃で焼成したジルコニア焼結体の30,000倍SEM写真。
【図10】実施例10における1450℃で焼成したジルコニア焼結体の3,000倍SEM写真。
【図11】実施例10における1450℃で焼成したジルコニア焼結体の10,000倍SEM写真。
【図12】実施例10における1450℃で焼成したジルコニア焼結体の30,000倍SEM写真。
【図13】実施例10における1500℃で焼成したジルコニア焼結体の3,000倍SEM写真。
【図14】実施例10における1500℃で焼成したジルコニア焼結体の10,000倍SEM写真。
【図15】実施例10における1500℃で焼成したジルコニア焼結体の30,000倍SEM写真。
【図16】サーマルエッチング処理後のジルコニア焼結体の10,000倍SEM写真。
【図17】サーマルエッチング処理後のジルコニア焼結体の30,000倍SEM写真。
【図18】実施例41における本発明のジルコニア焼結体の焼成面のX線回折パターン。
【図19】実施例41における本発明のジルコニア焼結体の内部(研削面)のX線回折パターン。
【図20】実施例42における本発明のジルコニア焼結体の焼成面のX線回折パターン。
【図21】実施例42における本発明のジルコニア焼結体の内部(研削面)のX線回折パターン。
【図22】比較例3におけるジルコニア焼結体の焼成面のX線回折パターン。
【図23】比較例3におけるジルコニア焼結体の内部(研削面)のX線回折パターン。
【図24】実施例47におけるX線の侵入深さに対する焼成面表層のピーク比をプロットしたグラフ。
【図25】実施例50における焼成面からの深さに対するジルコニウムの濃度分布を示すグラフ。
【図26】実施例50における焼成面からの深さに対するイットリウムの濃度分布を示すグラフ。
【図27】実施例50における焼成面からの深さに対するホウ素の濃度分布を示すグラフ。
【図28】実施例50における焼成面からの深さに対するリンの濃度分布を示すグラフ。
【図29】実施例50における焼成面からの深さに対するケイ素の濃度分布を示すグラフ。
【図30】実施例51〜54における酸化ホウ素の添加率に対して単斜晶のピーク比をプロットしたグラフ。
【図31】実施例55における、実施例41において研削した本発明のジルコニア焼結体の再焼成面のX線回折パターン。
【図32】実施例56における、実施例42において研削した本発明のジルコニア焼結体の再焼成面のX線回折パターン。
【図33】比較例7における、比較例3において研削したジルコニア焼結体の再焼成面のX線回折パターン。
【図34】実施例58〜65における破壊靭性に対して曲げ強度をプロットしたグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0064】
特願2009−192287及び特願2010−44967の特許請求の範囲、明細書、図面及び要約書に記載の内容は、本書に繰り込み記載されているものとする。
【0065】
本発明のジルコニア焼結体について説明する。本発明のジルコニア焼結体は、部分安定化ジルコニア結晶粒子が主として焼結された焼結体であり、部分安定化ジルコニアをマトリックス相として有する。部分安定化ジルコニア結晶粒子における安定化剤としては、例えば、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、酸化イットリウム、酸化セリウム等の酸化物の酸化物が挙げられる。安定化剤は、ジルコニア粒子が部分安定化できるような量を添加すると好ましい。例えば、安定化剤として酸化イットリウムを使用する場合、酸化イットリウムの含有率は、ジルコニア焼結体全体において、部分安定化酸化ジルコニウムに対して好ましくは2mol%〜5mol%(約3質量%〜9質量%)添加することができる。ジルコニア焼結体中の安定化剤の含有率は、例えば、誘導結合プラズマ(ICP;Inductively Coupled Plasma)発光分光分析によって測定することができる。
【0066】
安定化剤は、ジルコニア焼結体の焼成面においては、焼成面を完全安定化できるような含有率で存在し、ジルコニア焼結体の内部(焼成面以外の領域)においては、焼結体を部分安定化するような含有率で存在している。すなわち、ジルコニア焼結体には、ジルコニア焼結体の焼成面から内部に向かって安定化剤の含有率が減衰している領域があると考えられる。この領域は、2次イオン質量分析法(SIMS;Secondary ion mass spectrometry)によれば、例えば、焼成面から4μm〜8μmの領域であると考えられる。また、X線光電子分光法(XPS;X-ray Photoelectron Spectroscopy)によれば、例えば、焼成面から少なくとも5nmまでの領域においては、安定化剤は5mol%以上の含有率であり、より好ましくは8mol%以上であると考えられる。また、例えば、ジルコニア焼結体の焼成面から深さ100μmより内部における安定化剤の含有率は、2mol%〜5mol%未満であると好ましく、より好ましくは4mol%以下であると考えられる。ジルコニア焼結体の焼成面において安定化剤の含有率を高くする方法としては、焼成前の成形体の外部から付加するのではなく、原料中に含有される安定化剤の一部が焼成時に焼成面方向に移動すると好ましい。
【0067】
以下の説明において、単に「ジルコニア」と称するものは、部分安定化ジルコニアを意味するものとする。
【0068】
本発明のジルコニア焼結体におけるジルコニア結晶粒子の結晶型は、主として正方晶である。本発明のジルコニア焼結体は、低温劣化加速試験(水熱試験)未処理状態のX線回折パターンにおいて、単斜晶は実質的には検出されないと好ましい。本発明のジルコニア焼結体(水熱試験未処理状態)に単斜晶が含まれるとしても、X線回折パターンにおいて、2θが30°付近の正方晶由来の[111]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する、2θが28°付近の単斜晶由来の[11−1]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比(すなわち、「2θが28°付近の単斜晶由来の[11−1]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さ」/「2θが30°付近の正方晶由来の[111]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さ」である;以下「単斜晶のピーク比」という)は、0.2以下であると好ましく、0〜0.1であるとより好ましい。
【0069】
本発明のジルコニア焼結体の焼成面(ないしその近傍)は、ジルコニア焼結体内部よりも立方晶を多く含有している。例えば、焼成面におけるX線回折パターンを測定すると立方晶が観測されるが、焼成面を少なくとも深さ100μm研削した面におけるX線回折パターンを測定すると、立方晶は実質的には観測されない。
【0070】
本発明のジルコニア焼結体の焼成面についてX線回折パターンを測定し、正方晶由来のピークの高さと立方晶由来のピークの高さとを比較した場合に、2θが35.3°付近の正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する、2θが35.2°付近の立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比(すなわち、「2θが35.2°付近の立方晶由来の[11−1]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さ」/「2θが35.3°付近の正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さ」である;以下「立方晶のピーク比」という)は、0.35以上であると好ましく、0.5以上であるとより好ましく、1以上であるとより好ましい。
【0071】
本発明のジルコニア焼結体の焼成面から深さ100μm以上の領域においては、正方晶を多く含有しており、実質的には正方晶であると好ましい。本発明のジルコニア焼結体の焼成面を深さ100μm以上研削し、露出面についてX線回折パターンを測定し、正方晶由来のピークの高さと立方晶由来のピークの高さとを比較した場合、立方晶のピーク比は、0.3以下であると好ましく、0.1以下であるとより好ましく、0.05以下であるとより好ましく、実質的には立方晶が検出されないと好ましい。焼結体内部において立方晶を多く含有すると、曲げ強度及び破壊靭性が低下すると考えられるからである。なお、本発明における「研削」には研磨も含まれる。
【0072】
本発明のジルコニア焼結体の焼成面近傍に立方晶が多く含有することは薄膜X線回折法を用いて確認することができる。焼成面から深さ約8μmまでの領域(X線の入射角が0°〜11°までの領域)において、正方晶由来のピークの高さと立方晶由来のピークの高さとを比較した場合に、2θが71.0°付近の正方晶由来の[211]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する、2θが70.5°付近の立方晶由来の[311]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比(すなわち、「2θが70.5°付近の立方晶由来の[311]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さ」/「2θが71.0°付近の正方晶由来の[211]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さ」である;以下「焼成面表層のピーク比」という)は、1以上であると好ましく、2以上であるとより好ましく、3以上であるとさらに好ましく、5以上であるとさらに好ましい。
【0073】
本発明のジルコニア焼結体は、ジルコニア焼結体の焼成面(焼結後の露出面)又は表面を研削して主たる結晶系が正方晶である面を露出させたとしても、そのジルコニア焼結体(研削面を露出させた焼結体)を再焼成すると、焼結時と同様にして、安定化剤の塗布等の別段の処理を施すことなく、研削後再焼成前よりも多くの立方晶が再焼成面近傍に形成されることが判明した。このことは驚くべきことであり、予測を超える事象である。例えば、本発明のジルコニア焼結体の焼成面又は露出面を研削して、X線回折パターンにおいて正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.3以下、より好ましくは0.1以下、さらに好ましくは0.05以下である面を露出させ、再焼成した場合、再焼成面におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.4以上、好ましくは1以上、より好ましくは2以上、さらに好ましくは3以上、さらに好ましくは5以上である。
【0074】
再焼成後の内部においては、主たる結晶系は正方晶となっている。すなわち、再焼成面からの深さが100μm以上の領域におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比は、0.3以下、より好ましくは0.1以下、さらに好ましくは0.05以下である。
【0075】
再焼成温度は、焼結温度と同様であると好ましく、1350℃以上1500℃以下であると好ましい。なお、本発明でいう「再焼成」にはHIP処理も含まれる。
【0076】
本発明のジルコニア焼結体によれば、焼結体を所望の形状に切削又は研削加工して、正方晶が主となる面が露出することになったとしても、再焼成することによって、表層に立方晶を含有させ、水熱劣化の進行が抑制された製品を得ることができる。
【0077】
本発明のジルコニア焼結体は、ホウ素(B)を含有する。ジルコニア焼結体中におけるホウ素(元素)の含有率は、ジルコニア焼結体の質量に対して、3×10−4質量%以上であると好ましく、3×10−2質量%以上であるとより好ましい。また、ホウ素(元素)の含有率は、ジルコニア焼結体の合計質量に対して、0.3質量%以下であると好ましい。ホウ素を含有させることにより、焼結温度を低下させながらも、相転移の進行を抑制することができる。
【0078】
ジルコニア焼結体中におけるホウ素の含有率は、ジルコニア焼結体の組成分析によって測定することができる。ジルコニア焼結体中のホウ素の含有率は、例えば、誘導結合プラズマ(ICP;Inductively Coupled Plasma)発光分光分析によって測定することができる。また、ジルコニア焼結体作製時に添加したホウ素の添加率(すなわち焼成前の含有率)と、ジルコニア焼結体中におけるホウ素の含有率(すなわち焼成後の含有率)とを実質的に同視できる場合には、部分安定化ジルコニア及び酸化アルミニウムの合計質量に対するホウ素添加率をジルコニア焼結体中におけるホウ素の含有率とみなしてもよい。
【0079】
ホウ素は、ジルコニア結晶粒子中に包含されていてもよいし、結晶粒界中に存在していてもよい。すなわち、ジルコニア結晶粒子作製時にホウ素を添加してもよいし、ジルコニア結晶粒子とホウ素とを混合して所定の形状に成形してもよい。
【0080】
本発明のジルコニア焼結体は、リン(P)元素を含有すると好ましい。本発明のジルコニア焼結体におけるリンの含有率は、相転移抑制効果の観点から、ジルコニア焼結体の質量に対して、0.001質量%以上であると好ましく、0.05質量%以上であるとより好ましく、0.1質量%以上であるとさらに好ましい。また、本発明のジルコニア焼結体におけるリンの含有率は、ジルコニア焼結体の質量に対して、1質量%以下であると好ましく、0.6質量%以下であるとより好ましく、0.5質量%以下であるとさらに好ましい。
【0081】
ジルコニア焼結体中におけるリン元素の含有率は、ジルコニア焼結体の組成分析によって測定することができる。また、焼結用組成物作製時における部分安定化ジルコニア及び酸化アルミニウムの合計質量に対するリン添加率(原料のジルコニア粒子中のリン含む)をジルコニア焼結体中におけるリンの含有率とみなしてもよい。ただし、焼成によってある成分がジルコニア焼結体中から消失してしまい、焼成前の含有率と焼成後の含有率を実質的に同視できない場合には、組成分析によることとする。ジルコニア焼結体中のリン元素の含有率は、例えば、誘導結合プラズマ(ICP;Inductively Coupled Plasma)発光分光分析によって測定することができる。
【0082】
リン元素は、ジルコニア結晶粒子中に包含されていてもよいし、結晶粒界中に存在していてもよい。すなわち、ジルコニア結晶粒子作製時にリン元素を添加してもよいし、ジルコニア結晶粒子とリン元素とを混合して所定の形状に成形してもよい。
【0083】
本発明のジルコニア焼結体は、酸化アルミニウム(好ましくはα−アルミナ)を含有すると好ましい。酸化アルミニウムを含有させると、焼結助剤として焼成を促進させ、かつ、低温劣化の進行を抑制することができる。本発明のジルコニア焼結体における酸化アルミニウムの含有率は、ジルコニア焼結体の質量に対して、0質量%以上であると好ましく、0.2質量%以上であるとより好ましく、4質量%以上であるとさらに好ましい。本発明のジルコニア焼結体における酸化アルミニウムの含有率は、ジルコニア焼結体の質量に対して、25質量%以下であると好ましく、20質量%以下であるとより好ましく、10質量%以下であるとさらに好ましい。また、本発明のジルコニア焼結体は、酸化アルミニウムを含有せずとも、低温劣化を抑制することができる。
【0084】
ジルコニア焼結体中における酸化アルミニウムの含有率は、ジルコニア焼結体の組成分析によって測定することができる。また、焼結用組成物作製時における部分安定化ジルコニア及び酸化アルミニウムの合計質量に対する酸化アルミニウム添加率(原料のジルコニア粒子中の酸化アルミニウム含む)をジルコニア焼結体中における酸化アルミニウムの含有率とみなしてもよい。ただし、焼成によってある成分がジルコニア焼結体中から消失してしまい、焼成前の含有率と焼成後の含有率を実質的に同視できない場合には、組成分析によることとする。ジルコニア焼結体中の酸化アルミニウムの含有率は、例えば、誘導結合プラズマ(ICP;Inductively Coupled Plasma)発光分光分析によって測定することができる。
【0085】
酸化アルミニウムは、ジルコニア結晶粒子中に包含されていてもよいし、結晶粒界中に存在していてもよい。すなわち、ジルコニア結晶粒子作製時に酸化アルミニウムを添加してもよいし、ジルコニア結晶粒子と酸化アルミニウムとを混合して所定の形状に成形してもよい。
【0086】
本発明のジルコニア焼結体中に存在する酸化アルミニウム(好ましくはα−アルミナ)の少なくとも一部は、柱状結晶ないし針状結晶(ウィスカ)(以下「柱状結晶」と表記する。)であると好ましい。柱状結晶は、例えば、ホウ素存在下で1375℃〜1500℃で焼成して生成することができる。柱状結晶の存在は、例えば、走査型電子顕微鏡によって確認することができる(図1〜図15参照)。電子顕微鏡により二次元的に観察した場合、柱状結晶の長さは例えば1μm〜5μmに見える。柱状結晶がα‐アルミナであることは、X線回折パターンにより同定することができる。
【0087】
柱状結晶のアスペクト比は、2以上であり、好ましくは5以上であり、より好ましくは10以上である。この柱状結晶は、ジルコニア焼結体の焼結用組成物中に存在するアスペクト比が約1(少なくとも2未満、外観球状)の酸化アルミニウムの結晶が、ジルコニア粒子の焼結時(好ましくは焼結温度1375℃〜1500℃)に柱状ないし針状に成長したものであると考えられる。酸化アルミニウムが柱状結晶となることにより、強化繊維の如く機能し、ジルコニア焼結体の強度及び破壊靭性を高めることができる。特に、焼結温度が1375℃〜1450℃であるとき、酸化アルミニウム結晶のアスペクト比をより大きくすることができる。なお、添加物の配合によっては、酸化アルミニウムの結晶は球状となる場合もあるが、球状になったとしてもジルコニア焼結体の強度及び破壊靭性が低下することはない。
【0088】
焼結時における酸化アルミニウムの結晶形の変化は、ホウ素無添加時には観測されないので、ホウ素の添加によって発現されると考察される。通常、酸化アルミニウムの柱状ないし針状結晶は市販されておらず、柱状結晶を原料として添加することはできない。仮に、柱状結晶が入手できたとしても、ジルコニア結晶粒子は球状であるので、混合物作成時にジルコニア粒子(球状)と酸化アルミニウム粒子(柱状)とを混合しても均一に混合することができず、柱状の酸化アルミニウム粒子が均一に分散した焼結体を作製することは困難である。しかし、本発明によれば、組成物にホウ素を添加することにより、球状の酸化アルミニウムを焼結時に柱状の酸化アルミニウムに容易に変化させることができる。
【0089】
ジルコニア焼結体は、酸化アルミニウムに加えて、又は酸化アルミニウムに代えて、Al成分を含有する無機複合物(例えばスピネル、ムライト等)を含有してもよい。この無機複合物を含有させることにより、耐摩耗性及び熱安定性を高めることができる。
【0090】
本発明のジルコニア焼結体は、さらに二酸化ケイ素を含有すると好ましい。リン元素と二酸化ケイ素とをジルコニア焼結体に含有させると、リン元素のみを含有させるときより、相転移抑制効果をさらに高めることができる。本発明のジルコニア焼結体における二酸化ケイ素の含有率は、相転移抑制効果の観点から、ジルコニア焼結体の質量に対して、0.03質量%以上であると好ましく、0.05質量%以上であるとより好ましく、0.1質量%以上であるとさらに好ましい。本発明のジルコニア焼結体における二酸化ケイ素の含有率は、相転移抑制効果の観点から、ジルコニア焼結体の質量に対して、3質量%以下であると好ましく、1質量%以下であるとより好ましく、0.8質量%以下であるとさらに好ましい。
【0091】
ジルコニア焼結体中における二酸化ケイ素の含有率は、ジルコニア焼結体の組成分析によって測定することができる。また、焼結用組成物作製時における部分安定化ジルコニア及び酸化アルミニウムの合計質量に対する二酸化ケイ素添加率(原料のジルコニア粒子中の二酸化ケイ素含む)をジルコニア焼結体中における二酸化ケイ素の含有率とみなしてもよい。ただし、焼成によってある成分がジルコニア焼結体中から消失してしまい、焼成前の含有率と焼成後の含有率を実質的に同視できない場合には、組成分析によることとする。ジルコニア焼結体中の二酸化ケイ素の含有率は、例えば、誘導結合プラズマ(ICP;Inductively Coupled Plasma)発光分光分析によって測定することができる。
【0092】
二酸化ケイ素は、ジルコニア結晶粒子中に包含されていてもよいし、結晶粒界中に存在していてもよい。すなわち、ジルコニア結晶粒子作製時に二酸化ケイ素を添加してもよいし、ジルコニア結晶粒子と二酸化ケイ素とを混合して所定の形状に成形してもよい。
【0093】
SIMSによれば、焼成面近傍、特に立方晶の含有率が高い領域(安定化剤の含有率が高い領域)においては、ホウ素、リン及び二酸化ケイ素の含有率は、焼結体内部に比べて低くなっている。例えば、ホウ素、リン及び二酸化ケイ素の含有率は、焼成面から深さ4μmまでの領域においては低く、少なくとも焼成面からの深さ4μm〜6μmの領域において増加傾向にあると考えられる。
【0094】
本発明のジルコニア焼結体は、原料粉末を焼結させる際の焼成により、上述のように、その焼成面においては、安定化剤の含有率は高くなると共に、立方晶の存在比率も高くなる。本発明のジルコニア焼結体においては、焼成面を研削して立方晶を多く含有する層(安定化剤の含有率が高い層)を除去して、正方晶を多く含有する層を露出させた後に再焼成しても、その再焼成面において、上述のように、安定化剤の含有率を高くすることができると共に、立方晶の存在比率も高くすることができる。したがって、本発明においては、ジルコニア焼結体を所望の形状に加工した後に再焼成することによって、水熱劣化の速度を低下させたジルコニア焼結体を得ることができる。すなわち、精密な加工寸法精度を併せて有するジルコニア焼結体を得ることができる。
【0095】
本発明のジルコニア焼結体において、焼成により安定化剤が焼成面に移動するのは、ホウ素及びリンの効果であると考えられる。ホウ素のみの添加、リンのみの添加であってもこの効果は得られるが、ホウ素とリンの両方を添加したほうがその効果は高くなり、相乗効果が得られる。
【0096】
本発明の好ましいジルコニア焼結体は、低温劣化の加速試験である水熱処理試験(低温劣化加速試験)を施しても正方晶から単斜晶への相転移を抑制することができる。特に、1450℃以上で焼成した焼結体について相転移抑制効果が顕著である。例えば、180℃、1MPaで5時間の水熱処理を本発明のジルコニア焼結体に施した場合、水熱処理後のジルコニア焼結体の表面におけるX線回折パターンにおいて、単斜晶のピーク比は、好ましくは1以下であり、より好ましくは0.5以下であり、さらに好ましくは0.1以下であり、さらに好ましくは0.05以下であり、さらに好ましくは0.01以下である。
【0097】
また、本発明のジルコニア焼結体に対して、180℃、1MPaで24時間の水熱処理を施した場合、水熱処理後のジルコニア焼結体の表面におけるX線回折パターンにおいて、単斜晶のピーク比は、好ましくは3以下であり、より好ましくは2以下であり、さらに好ましくは1.5以下であり、さらに好ましくは1以下であり、さらに好ましくは0.5以下である。
【0098】
本発明の好ましいジルコニア焼結体は、水熱処理試験を施してもその寸法変化は小さく、高い寸法精度を維持することができる。本発明のジルコニア焼結体に対して、180℃、1MPaで24時間の水熱処理を施した場合、JISR1601に準拠して作製された水熱処理後のジルコニア焼結体の試験片の幅の膨張率は、未水熱処理の試験片の幅に対して、好ましくは0.6%以下であり、より好ましくは0.5%以下であり、さらに好ましくは0.3%以下であり、さらに好ましくは0.1%以下であり、さらに好ましくは0.05%以下である。
【0099】
リン元素及び二酸化ケイ素の添加の効果及び利点については、特願2009−192287の特許請求の範囲、明細書及び図面にも記載されているので、これを援用することにより、本書におけるさらなる説明は省略する。
【0100】
安定化剤は、ジルコニア焼結体において、全体的に、不均一に存在してあってもよい。安定化剤を不均一分布させることにより、破壊靭性値を高めることができる。好ましい安定化剤の不均一の程度は、例えば、安定化剤の濃度の標準偏差によって表すことができる。ジルコニア焼結体の試料表面における安定化剤の濃度を質量%で表示した場合に、例えば、計50,000点以上の部分における安定化剤濃度の標準偏差が0.8以上、より好ましくは1以上、さらに好ましくは1.5以上であると好ましい。また、安定化剤濃度の標準偏差は2以下であると好ましい。安定化剤濃度の標準偏差を0.8以上にすると、ジルコニア焼結体の破壊靭性値を高めることができる。安定化剤濃度の標準偏差が2より大きくなると、不安定性が高くなりすぎてしまう。
【0101】
当該標準偏差は、ジルコニア焼結体の試料表面10μm×10μmの領域の50,000点以上の濃度から算出すると好ましい。例えば、安定化剤濃度の標準偏差の測定方法としては、例えば、ジルコニア焼結体の試料表面において、10μm×10μmの正方形状の領域を縦256マス、横256マスの格子状に区分けし、各マス(計65536マス)における安定化剤の濃度を測定し、その標準偏差を求める。
【0102】
ジルコニア焼結体の試料表面における安定化剤の濃度の測定方法としては、例えば、電界放出型電子プローブマイクロアナライザ(FE−EPMA;Field Effect Electron Probe Micro Analyzer)等を用いて試料表面における安定化剤の濃度を測定することができる。試料表面濃度によらなくとも、ジルコニア焼結体の一部を採取して濃度を測定する方法であってもよい。
【0103】
ジルコニア焼結体における安定化剤濃度、標準偏差、その測定方法等に係る事項は、ジルコニア焼結体の仮焼体であっても同様であり、ここでの説明は省略する。
【0104】
本発明のジルコニア焼結体における相転移抑制効果は、ジルコニア焼結体中の粒径の影響を受けない。したがって、用途に応じて適宜好適な粒径を選択することができる。
【0105】
本発明のジルコニア焼結体は、好ましくは、半透明性を有していると共に、無着色である。これにより、本発明にジルコニア焼結体は、顔料等を添加することにより用途に応じてその外観を調整することができる。例えば、本発明のジルコニア焼結体は、補綴材等の歯科用材料として好適に使用することができる。また、ジルコニア焼結体は、マット感がなく、未焼結のように見えない外観を有すると好ましい。
【0106】
本発明のジルコニア焼結体は、トレードオフの関係にある曲げ強度及び破壊靭性をいずれも高いものとすることができる。例えば、本発明によれば、本発明のジルコニア焼結体におけるJISR1607に準拠して測定した破壊靭性値は8MPa・m1/2以上12MPa・m1/2以下であり、JISR1601に準拠して測定した曲げ強度が1200MPa以上であり、好ましくは1300MPa以上、より好ましくは1550MPa以上である。特に、破壊靭性値が8MPa・m1/2以上9MPa・m1/2未満であるとき、曲げ強度が1700MPa以上、好ましくは1800MPa以上であるジルコニア焼結体を得ることができる。破壊靭性値が8MPa・m1/2以上9MPa・m1/2未満であるとき、少なくとも、曲げ強度は2000MPa以下の範囲まで高めることもできる。また、好ましくは、破壊靭性値が9MPa・m1/2以上10MPa・m1/2未満であるとき、曲げ強度が1600MPa以上であるジルコニア焼結体を得ることができる。破壊靭性値が9MPa・m1/2以上10MPa・m1/2未満であるとき、少なくとも、曲げ強度は1800MPa以下の範囲まで高めることができる。また、破壊靭性値が10MPa・m1/2以上12MPa・m1/2未満であるとき、曲げ強度が1200MPa以上、好ましくは1500MPa以上であるジルコニア焼結体を得ることができる。破壊靭性値が10MPa・m1/2以上12MPa・m1/2未満であるとき、少なくとも、曲げ強度は1700MPa以下の範囲まで高めることもできる。
【0107】
本発明のジルコニア焼結体において、その内部におけるジルコニア結晶粒子の1次粒子の平均粒径は、0.1μm〜5μmとすることができる。1次粒子の平均粒径は、走査型電子顕微鏡(SEM;Scanning Electron Microscope)写真より無作為に抽出した1次粒子100個の長軸と短軸の平均値として算出した。また、焼成面から深さ5μmまでの領域においては、SEM写真を見る限り、ジルコニア結晶粒子の輪郭は明確になっておらず、溶融したような状態となっている。なお、本発明の全開示において、各数値範囲は、明記のない場合にも、その中間に属する任意の中間値をも含むものとし、記載の便宜上、かかる中間値の表示は省略する。
【0108】
次に、本発明のジルコニア焼結体の焼結用組成物及び仮焼体について説明する。ジルコニア焼結体の焼結用組成物及び仮焼体は、本発明のジルコニア焼結体の前駆体(中間製品)となるものである。すなわち、本発明のジルコニア焼結体の焼結用組成物及び仮焼体は、上述の性状のうち少なくとも1つを有するジルコニア焼結体を得ることができるものである。焼結用組成物には、粉体、粉体を溶媒に添加した流体、及び粉体を所定の形状に成形した成形体も含まれる。
【0109】
本発明の焼結用組成物は、部分安定化ジルコニア結晶粒子と、リン元素単体又はリン元素含有化合物と、ホウ素含有化合物と、を含有する。
【0110】
部分安定化ジルコニア結晶粒子における安定化剤としては、例えば、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、酸化イットリウム、酸化セリウム等の酸化物の酸化物が挙げられる。安定化剤は、ジルコニア粒子が部分安定化できるような量を添加すると好ましい。例えば、安定化剤として酸化イットリウムを使用する場合、酸化イットリウムの含有率は、部分安定化酸化ジルコニウムに対して好ましくは2mol%〜5mol%(約3質量%〜9質量%)添加することができる。ジルコニア焼結体中の安定化剤の含有率は、例えば、誘導結合プラズマ(ICP;Inductively Coupled Plasma)発光分光分析によって測定することができる。
【0111】
焼結用組成物(未焼成物)において、安定化剤は、例えば成形体の内部に比べて外表面(露出面)に高濃度に存在しているわけではない。焼結体の外表面(焼成面)になる部分と、焼結体の内部になる部分とにおいて、安定化剤の含有率は同等である。
【0112】
リン元素単体又はリン元素含有化合物は、ジルコニア結晶粒子中に含有されていてもよいし、ジルコニア結晶粒子間に存在していてもよい。ジルコニア結晶粒子は、造粒されていてもよい。焼結用組成物におけるリン元素の含有率は、相転移抑制効果の観点から、酸化ジルコニウム1molに対して、4×10−5mol以上であると好ましく、4×10−3mol質量%以上であるとより好ましく、9×10−3mol以上であるとさらに好ましい。焼結用組成物におけるリン元素の含有率は、相転移抑制効果の観点から、酸化ジルコニウム1molに対して、5×10−2mol以下であると好ましく、4×10−2mol以下であるとより好ましく、3×10−2mol以下であるとさらに好ましい。なお、リン元素含有化合物1分子中に2以上のリン元素を含有する場合、リン元素の含有率は、リン元素含有化合物の分子数ではなく、リン元素の原子数を基準にして算出する。
【0113】
リン含有化合物としては、例えば、リン酸(HPO)、リン酸アルミニウム(AlPO)、リン酸マグネシウム(Mg(PO)、リン酸カルシウム(Ca(PO)、リン酸水素マグネシウム(MgHPO)、リン酸二水素マグネシウム(Mg(HPO)、リン酸水素カルシウム(CaHPO)、リン酸二水素アンモニウム((NH)HPO)等を挙げることができる。
【0114】
ホウ素含有化合物は、ジルコニア結晶粒子中に含有されていてもよいし、ジルコニア結晶粒子間に存在していてもよい。焼結用組成物におけるホウ素(元素)の含有率は、酸化ジルコニウム1molに対して、4×10−5mol以上であると好ましく、8×10−3mol以上であるとより好ましい。また、ホウ素(元素)の含有率は、酸化ジルコニウム1molに対して、少なくとも4×10−2mol以下であると好ましい。
【0115】
ホウ素含有化合物としては、例えば、酸化ホウ素(B)、窒化ホウ素(BN)、炭化ホウ素(BC)、ホウ酸(HBO、HBO、H)、本発明において安定化剤及び添加剤として添加可能な元素(例えばZr,Al,Si,Y,P等)とホウ素の化合物等を使用することができる。
【0116】
本発明の焼結用組成物は、酸化アルミニウム(好ましくはα−アルミナ)をさらに含有すると好ましい。酸化アルミニウムは、ジルコニア結晶粒子中に含有されていてもよいし、ジルコニア結晶粒子間に存在していてもよい。焼結用組成物における酸化アルミニウムの含有率は、酸化ジルコニウム1molに対して、2×10−3mol以上であると好ましく、5×10−2mol以上であるとより好ましい。また、焼結用組成物における酸化アルミニウムの含有率は、酸化ジルコニウム1molに対して、0.5mol以下であると好ましく、0.3mol以下であるとより好ましく、0.2mol以下であるとより好ましい。
【0117】
焼結用組成物中に存在する酸化アルミニウムのアスペクト比は、二次元的観察において2未満である。焼結用組成物中に存在する酸化アルミニウムのうち少なくとも一部は、部分安定化ジルコニアの焼結時に柱状ないし針状(例えば、アスペクト比5以上、より好ましくは10以上)となる。
【0118】
焼結用組成物は、酸化アルミニウムに加えて、又は酸化アルミニウムに代えて、Al成分を含有する無機複合物(例えばスピネル、ムライト等)を含有してもよい。
【0119】
本発明の焼結用組成物は、さらに二酸化ケイ素を含有すると好ましい。二酸化ケイ素は、ジルコニア結晶粒子中に含有されていてもよいし、ジルコニア結晶粒子間に存在していてもよい。リン元素と二酸化ケイ素とを焼結用組成物に含有させると、リン元素のみを含有させるときより、ジルコニア焼結体の低温劣化に対する相転移抑制効果をさらに高めることができる。本発明の成形前焼結体における二酸化ケイ素の含有率は、相転移抑制効果の観点から、酸化ジルコニウム1molに対して、7×10−4mol以上であると好ましく、1×10−3mol以上であるとより好ましく、2×10−3mol以上であるとさらに好ましい。本発明の成形前焼結体における二酸化ケイ素の含有率は、相転移抑制効果の観点から、酸化ジルコニウム1molに対して、7×10−2mol以下であると好ましく、3×10−2mol以下であるとより好ましく、2×10−2mol以下であるとさらに好ましい。
【0120】
焼結用組成物は、二酸化ケイ素に加えて、又は二酸化ケイ素に代えて、焼成により二酸化ケイ素となる物質(例えば、(CO)Si、Si、Si)を含有してもよい。また、焼結用組成物は、SiO成分を含有する無機複合物(例えばムライト)を含有してもよい。
【0121】
ジルコニア結晶粒子の粒径は、特に限定されず、所望の焼結体を得るのに好適な粒径を選択することができる。
【0122】
焼結用組成物は、粉末状であってもよいし、ペースト状ないしウェット組成物でもよい(すなわち、溶媒中にあってもよいし、溶媒を含んでいてもよい)。また、焼結用組成物は、バインダ等の添加物を含有するものであってもよい。
【0123】
本発明の焼結用組成物は、成形体である場合、いずれの成形方法によって成形されたものでもよく、例えばプレス成形、射出成形、光造形法によって成形されたものとすることができ、多段階的な成形を施したものでもよい。例えば、本発明の焼結用組成物をプレス成形した後に、さらにCIP(Cold Isostatic Pressing;冷間静水等方圧プレス)処理を施したものでもよい。
【0124】
本発明の焼結用組成物は、安定化剤を含有する又は含有しない低安定化ジルコニア粒子と、低安定化ジルコニア粒子よりも安定化剤を多く含有する高安定化ジルコニア粒子と、を含有してもよい。すなわち、安定化剤の含有率(又は濃度)が異なる複数のジルコニア粒子を混合してもよい。低安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対して0mol%以上2mol%未満であると好ましい。高安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対して2mol%以上8mol%未満であると好ましい。高安定化ジルコニア粒子の安定化剤の含有率は、低安定化ジルコニア粒子の安定化剤の含有率よりも0.5mol%〜7mol%高いと好ましく、1mol%〜7mol%高いとより好ましく、1.5mol%〜7mol%高いとさらに好ましい。例えば、低安定化ジルコニア粒子の安定化剤の含有率を1mol%とすることができ、高安定化ジルコニア粒子の安定化剤の含有率を3mol%とすることができる。低安定化ジルコニア粒子と高安定化ジルコニア粒子の混合比率については、低安定化ジルコニア粒子と高安定化ジルコニア粒子の合計質量に対して、低安定化ジルコニア粒子の含有率が5質量%〜40質量%であると好ましく、10質量%〜30質量%であるとより好ましく、15質量%〜25質量%であるとより好ましい。これにより、破壊靱性を高めることができるような安定化剤濃度の標準偏差が得られる。
【0125】
なお、本発明においては、「高安定化」と「低安定化」と2種類のジルコニア粒子を混合しているが、安定化剤含有率が異なる3種以上のジルコニア粒子を混合してもよい。この場合には、各ジルコニア粒子の安定化剤含有率及び配合比を適宜調節することにより安定化剤濃度の標準偏差を調節するようにする。
【0126】
本発明の焼結用組成物は、1350℃〜1550℃で焼成することにより本発明のジルコニア焼結体となる。また、焼結用組成物中に存在する酸化アルミニウムは、ジルコニア粒子の焼結時に、柱状ないし針状結晶(好ましくはアスペクト比2以上、より好ましくは5以上、さらに好ましくは10以上)となる。
【0127】
本発明の焼結用組成物は、800℃〜1200℃で焼成することにより本発明のジルコニア焼結体の仮焼体となる。
【0128】
本発明の仮焼体は、ジルコニア粒子が焼結するに至らない温度で本発明の焼結用組成物を焼成したもの、又は本発明の焼結用組成物のジルコニア粒子を一部もしくは部分的に焼結させたものである。本発明の仮焼体におけるリン元素含有率、ホウ素元素含有率、酸化アルミニウム含有率及び二酸化ケイ素含有率は、本発明の焼結用組成物の場合と同様であり、ここでの説明は省略する。
【0129】
本発明の仮焼体は、本発明の焼結用組成物を800℃〜1200℃で焼成することによって得られる。仮焼体の試料表面において、安定化剤は、全体的に、不均一に存在すると好ましい。
【0130】
本発明の仮焼体は、1350℃〜1600℃で焼成することにより、本発明のジルコニア焼結体となる。
【0131】
次に、本発明のジルコニア焼結体、並びにジルコニア焼結体の焼結用組成物及び仮焼体の製造方法について説明する。
【0132】
以下においては、本発明の一実施形態として、ジルコニア結晶粒子中に所望量のホウ素元素、リン元素及び二酸化ケイ素が包含されていない場合の製造方法について説明する。
【0133】
第1に、部分安定化ジルコニア結晶粒子を準備する。安定化剤の種類及び濃度は適宜選択することができる。また、安定化剤の濃度分布を不均一にするため、高安定化ジルコニア結晶粒子と低安定化ジルコニア結晶粒子を用いてもよい。ジルコニア結晶粒子の粒径及び粒径分布は、適宜好適なものを選択する。
【0134】
ジルコニア結晶粒子への安定化剤の添加方法としては、加水分解法、中和共沈法、アルコキシド法、固相法等を使用することができる。例えば、固相法によって得たY固溶ZrOを使用して焼結体を作製すると、破壊靭性を高くすることができる。特に、固相法を用いて、リンを添加したジルコニア焼結体を作製すると、その相乗効果により、より破壊靭性の高いジルコニア焼結体を得ることができる。
【0135】
第2に、ジルコニア結晶粒子と、リン元素含有化合物又はリン元素単体と、ホウ素含有化合物と、を混合して、本発明の焼結用組成物を作製する。
【0136】
リン元素の添加量は酸化ジルコニウム1molに対して、4×10−5mol以上であると好ましく、4×10−3mol質量%以上であるとより好ましく、9×10−3mol以上であるとさらに好ましい。また、リンの添加量は、相転移抑制効果の観点から、酸化ジルコニウム1molに対して、5×10−2mol以下であると好ましく、4×10−2mol以下であるとより好ましく、3×10−2mol以下であるとさらに好ましい。リン元素含有化合物1分子中に2以上のリン元素を含有する場合、リン元素含有化合物の分子数ではなく、リン元素の原子数を基準にして計算する。
【0137】
リン元素含有化合物は、無機化合物と有機化合物のいずれであってもよい。無機化合物を使用する場合、例えば、リン酸類やリン酸塩類を使用することができる。この場合、例えば、リン酸(HPO)、リン酸アルミニウム(AlPO)、リン酸マグネシウム(Mg(PO)、リン酸カルシウム(Ca(PO)、リン酸水素マグネシウム(MgHPO)、リン酸二水素マグネシウム(Mg(HPO)、リン酸水素カルシウム(CaHPO)、リン酸二水素アンモニウム((NH)HPO)等を使用することができる。また、有機化合物を使用する場合、例えば、ホスフィンオキサイド類を使用することができる。
【0138】
本発明のジルコニア焼結体を、歯科用補綴材のように人体に使用する場合には、リン元素含有化合物は、人体に対して悪影響が小さいものであると好ましく、人体に対して無害であるとより好ましい。
【0139】
ホウ素(元素)の添加量は、酸化ジルコニウム1molに対して、4×10−5mol以上であると好ましく、8×10−3mol以上であるとより好ましい。また、ホウ素(元素)の含有率は、酸化ジルコニウム1molに対して、少なくとも4×10−2mol以下であると好ましい。ホウ素元素含有化合物1分子中に2以上のホウ素元素を含有する場合、ホウ素元素含有化合物の分子数ではなく、ホウ素元素の原子数を基準にして計算する。
【0140】
ホウ素含有化合物としては、例えば、酸化ホウ素(B)、窒化ホウ素(BN)、炭化ホウ素(BC)、ホウ酸(HBO、HBO、H)、本発明において安定化剤及び添加剤として添加可能な元素(例えばZr,Al,Si,Y,P等)とホウ素の化合物等を使用することができる。
【0141】
焼結用組成物には、さらに酸化アルミニウム(好ましくはα−アルミナ)を添加すると好ましい。酸化アルミニウムの添加量は、2×10−3mol以上であると好ましく、5×10−2mol以上であるとより好ましい。また、酸化アルミニウムの添加量は、酸化ジルコニウム1molに対して、0.5mol以下であると好ましく、0.3mol以下であるとより好ましく、0.2mol以下であるとより好ましい。
【0142】
焼結用組成物には、さらに二酸化ケイ素を添加すると好ましい。二酸化ケイ素の添加量は、酸化ジルコニウム1molに対して、7×10−4mol以上であると好ましく、1×10−3mol以上であるとより好ましく、2×10−3mol以上であるとさらに好ましい。また、二酸化ケイ素の添加量は、酸化ジルコニウム1molに対して、7×10−2mol以下であると好ましく、3×10−2mol以下であるとより好ましく、2×10−2mol以下であるとさらに好ましい。二酸化ケイ素に加えて、又は二酸化ケイ素の代わりに、焼成により二酸化ケイ素となる物質(例えば、(CO)Si、Si、Si)を用いてもよい。また、SiO成分を含有する無機複合物(例えばムライト)を用いてもよい。
【0143】
ジルコニア結晶粒子の粒径は、適宜好適なものを選択する。
【0144】
焼結用組成物には、バインダを添加してもよい。バインダの添加の有無は、焼結体の製造目的に応じて適宜選択することができる。バインダを使用する場合、例えばアクリル系バインダを使用することができる。
【0145】
混合方法は、乾式混合と湿式混合のいずれであってもよい。湿式混合の場合、溶媒として、例えば、水、アルコール等を使用することができる。また、混合は、手動混合でも良いし、機械混合でもよい。混合前のジルコニア結晶粒子が2次粒子を形成している場合には、2次粒子をできる限り解砕して混合すると好ましい。
【0146】
第3に、焼結用組成物を所望の形状に加圧成形する。加圧成形方法は、適宜好適な方法を選択することができる。加圧圧力は、例えば20MPa以上とすることができる。加圧成形後、焼結用組成物に、例えば150MPa以上の圧力で、CIP(Cold Isostatic Pressing;冷間静水等方圧プレス)をさらに施してもよい。
【0147】
加圧成形前に、焼結用組成物は、ジルコニア粒子を顆粒に造粒したものにしてもよい。また、混合時に溶媒を使用した場合には、加圧成形前や予備成形前にまず溶媒を除去する。溶媒は、例えば、顆粒に造粒する際にスプレードライヤーによって除去してもよいし、オーブン乾燥で除去してもよい。
【0148】
焼結用組成物は、加圧成形後、研削や研削等により、所望の形状に加工することもできる。
【0149】
第4に、焼結前に、焼結用組成物を仮焼して仮焼体を作製してもよい。この場合、仮焼条件は、例えば、仮焼温度800℃〜1200℃で、その保持時間を1時間〜3時間とすることができる。
【0150】
仮焼体は、仮焼後、研削や研削等により、所望の形状に加工することもできる。
【0151】
第5に、焼結用組成物又は仮焼体を焼成して、ジルコニア粒子を焼結させて、ジルコニア焼結体を作製する。焼成温度は、1350℃以上にすると好ましい。リン元素及びホウ素元素を含有する場合、焼成温度は、1350℃以上であると好ましい。焼成温度が低いと、焼成面における立方晶系の形成が不十分であり、低温劣化の抑制効果が十分に得られない。また、焼成温度をより高くしたほうが低温劣化における相転移抑制効果を高めることができる。例えば、好ましくは1400℃より高く、より好ましくは1425℃より焼成温度を高くして焼成した本発明のジルコニア焼結体は、水熱処理による単斜晶への相転移を効率的に抑制することができる。これは、焼成により安定化剤が表層へ移動し、表層の一部が立方晶化するためであると考えられる。
【0152】
焼成は、大気圧空気雰囲気下で実施することができる。
【0153】
第6に、ジルコニア焼結体は、緻密性を高めるために、さらにHIP処理を施してもよい。
【0154】
第7に、ジルコニア焼結体を所望の形状に加工した後に、1350℃以上で再焼成してもよい。これにより、再焼成面に再度立方晶系を含有させることができる。
【0155】
ジルコニア焼結体の製造方法についての上記説明においては、ジルコニア結晶粒子中に所望量のリン元素、ホウ素元素、酸化アルミニウム及び二酸化ケイ素が含有されていない場合について説明したが、これらのうち少なくとも一方がジルコニア結晶粒子中に元々包含されていてもよいし、所望量の一部がジルコニア結晶粒子中に包含されていてもよい。その場合は、ジルコニア結晶粒子中のリン元素、ホウ素元素、酸化アルミニウム及び二酸化ケイ素の含有量を考慮して、それぞれの添加量を調整するようにする。例えば、ジルコニア結晶粒子中に所望量の二酸化ケイ素が含有されている場合には、焼結用組成物作製時にはリン元素含有化合物のみを添加すればよい。また、ジルコニア結晶粒子中に所望量の一部の二酸化ケイ素が含有されている場合には、焼結用組成物作製時にはリン元素含有化合物と共に、所望量残部の二酸化ケイ素を添加すればよい。それ以外は、上記方法と同様である。
【実施例】
【0156】
[実施例1〜24]
各要素の含有率及び焼結温度が異なるジルコニア焼結体を作製し、各ジルコニア焼結体について、低温劣化の加速試験である水熱処理を実施し、水熱処理後のジルコニア焼結体中の単斜晶のピーク比を確認した。また、各ジルコニア焼結体について曲げ強度及び破壊靭性値も測定した。
【0157】
本実施例においては、安定化剤として酸化イットリウム(イットリア)を用いた。リンを添加するためのリン含有化合物としてはリン酸を用いた。ホウ素を添加するためのホウ素含有化合物としては酸化ホウ素又はホウ酸を用いた。実施例1〜24においては、安定化剤含有率が異なる数種の部分安定化ジルコニア結晶粉末は使用せずに、1種類の安定化剤含有率の部分安定化ジルコニア結晶粉末を使用した。実施例1〜22においては、イットリアを3mol%含有する部分安定化ジルコニア結晶粉末を使用し(表1において「3YZrO」と示す)、実施例23においては、イットリアを2.5mol%含有する部分安定化ジルコニア結晶粉末を使用し(表2において「2.5YZrO」と示す)、実施例24においては、イットリアを2mol%含有する部分安定化ジルコニア結晶粉末を使用した(表3において「2YZrO」と示す)。また、比較例1として、リン、ホウ素及び二酸化ケイ素を添加していないジルコニア焼結体も作製し、実施例と同様にして水熱処理後の単斜晶のピーク比、曲げ強度及び破壊靭性値を測定した。比較例1においては、イットリアを3mol%含有する部分安定化ジルコニア結晶粉末を使用した。
【0158】
[ジルコニア焼結体の製造]
各実施例における原料の配合比率を表1〜3に示す。原料として使用したジルコニア結晶粉末は、結晶粒子中に酸化イットリウムを所定濃度含有する部分安定化正方晶ジルコニア粉末(株式会社ノリタケカンパニーリミテド社製)である。表1〜3において、「Al」とは酸化アルミニウムを意味する。原料として使用した酸化アルミニウムは、アスペクト比が約1のα−アルミナである。「BO」とは酸化ホウ素を意味し、「P」とはリン元素を意味し、「SiO」とは二酸化ケイ素を意味し、「Binder」とは、成形性を向上させるために添加した有機結合剤(例えばアクリル系バインダ)を意味する。
【0159】
表1〜3における各数値について説明する。「ベース」欄にある数値は、焼結用組成物における部分安定化ジルコニア及び酸化アルミニウムの合計質量に対する部分安定化ジルコニア及び酸化アルミニウムそれぞれの含有率(質量%)である。「添加率」欄にある数値は、焼結用組成物における部分安定化ジルコニア及び酸化アルミニウムの合計質量(ベース)に対する添加率を示す。例えば、実施例4においては、焼結用組成物において、ベースは、3YZrO92.6質量%及び酸化アルミニウム7.4質量%(計100質量%)を含有する。酸化ホウ素は、酸化ホウ素の質量がベースの合計質量(100質量%)の0.1%に相当するように添加されている。リン酸は、リン酸中に含有されるリン元素の質量がベースの合計質量(100質量%)の0.1%に相当するように添加されている。二酸化ケイ素及びバインダについても同様である。
【0160】
ジルコニア焼結体の製造方法について説明する。まず、部分安定化ジルコニア結晶粒子を解砕すると共に、表1〜3に示す配合で各原料を添加して水中混合することにより焼結用組成物を作製した。
【0161】
次に、スプレードライヤーによって溶媒を除去すると共にジルコニア粒子を顆粒に造粒した。次に、30MPaのプレスにより焼結用組成物を成形して、直径19mm、厚さ2mmの形状とした。次に、各焼結用組成物を表に示す各温度で1.5時間焼成して、ジルコニア焼結体を作製した。本実施例においては、焼結用組成物にHIP(Hot Isostatic Pressing;熱間静水等方圧プレス)処理を施していないが、施す場合には、例えば、1400℃、175MPaでHIP処理を施し、緻密化させることができる。
【0162】
【表1】

【0163】
【表2】

【0164】
【表3】


【0165】
[水熱処理]
次に、各実施例のジルコニア焼結体について、低温劣化の加速試験である水熱処理を施した。試験方法は、温度、圧力及び処理時間以外はISO13356に準拠する。まず、耐熱耐圧容器(オートクレーブ)中に、加熱加圧用の純水を入れると共に、水に浸からないように耐熱耐圧容器に試料をセットする。次に、耐熱耐圧容器の蓋をボルトで固定した後、耐熱耐圧容器内を180℃に加熱し、耐熱耐圧容器内の圧力を約1.0MPa(10気圧)とした。各試験体をこの状態で耐熱耐圧容器中に5時間保持した。
【0166】
[X線回折線測定]
次に、水熱処理後の各実施例の試料における単斜晶のピーク比を確認するため、水熱処理後の各試料表面のX線回折パターンを測定した。X線回折パターンは、Cu−target、50kV、50mAでRINT−TTRIII(株式会社リガク製)を用いて測定した。表4〜6に、焼結温度(℃)毎の各試料の単斜晶のピーク比を示す。表4〜6に示す単斜晶のピーク比は、2θが30°付近の正方晶由来の[111]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する、2θが28°付近の単斜晶由来の[11−1]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比を100倍した数値である。
【0167】
ピーク比の測定は、X線回折パターンの解析ソフトであるJade 6(株式会社リガク提供)を用いて、すべての回折パターンをスムージングした後に行った。バックグランド処理においては、バックグランド点しきい値のσを10.0に設定した。本発明の実施例においてピーク比を求める場合には同様の条件で行った。
【0168】
[試験結果]
各実施例においては、焼結温度が1350℃であっても比較例1より単斜晶のピーク比を低くすることができた。特に、焼成温度を1425℃以上にした場合に単斜晶のピーク比をより低くすることができた。特願2009−192287の実施例においては、焼結温度を1525℃にすると単斜晶のピーク比の低減効果が高かったので、リンに加えてホウ素を添加することにより、高い相転移抑制効果が得られる焼結温度を約100℃以上低下できると考察される。すなわち、本発明によれば、製造コストをより低減することができる。
【0169】
本実施例では、酸化ホウ素の添加率は、部分安定化ジルコニアとアルミナの合計質量に対して、少なくとも、0.1%〜0.25%とできることが分かった。このとき、酸化ジルコニウム1molに対して、ホウ素元素は、4.0×10−3mol〜1.0×10−2mol添加されている。実施例3〜15によれば、リンの添加率が、少なくとも、0.05%〜0.3%と変動しても、低い焼結温度で高い相転移抑制効果が得られることが分かった。このとき、酸化ジルコニウム1molに対して、リン元素は、2.3×10−3mol〜1.4×10−2mol添加されている。実施例16〜22によれば、ベース中のアルミナの含有率が、少なくとも、2質量%〜25質量%と変動しても、低い焼結温度で高い相転移抑制効果が得られることが分かった。このとき、酸化ジルコニウム1molに対して、アルミナは、2.6×10−2mol〜4.3mol添加されている。また、実施例23及び24によれば、部分安定化ジルコニア中のイットリア濃度が、少なくとも、2mol%〜3mol%と変動しても、低い焼結温度で高い相転移抑制効果が得られることが分かった。実施例1及び2によれば、酸化アルミニウムを添加しなくとも、又は酸化アルミニウムの添加率が少なくとも、低い焼結温度において相転移抑制効果が得られることが分かった。
【0170】
【表4】

【0171】
【表5】

【0172】
【表6】


【0173】
[強度測定試験]
実施例1〜24及び比較例1に係るジルコニア焼結体について曲げ強度試験を実施した。測定試料には、水熱処理は施していない。曲げ強度試験は、JISR1601に準拠して実施した。試験結果を表7〜9に示す。表7〜9の数値の単位はMPaである。
【0174】
ホウ素を添加しても曲げ強度の低下は見られなかった。したがって、本発明によれば、曲げ強度を低下させることなく、相転移の進行を抑制したジルコニア焼結体を得ることができる。
【0175】
実施例1及び2に比べて実施例3以降の実施例は、強度が高くなっている。これは、酸化アルミニウムの添加量を増加させたことによる効果であると考えられる。特に、ジルコニア焼結体中に形成された酸化アルミニウムウィスカ(図1〜図15参照)が強度増加に寄与しているものと考えられる。
【0176】
【表7】

【0177】
【表8】

【0178】
【表9】

【0179】
[破壊靱性測定試験]
実施例1〜24及び比較例1に係るジルコニア焼結体について破壊靱性試験を実施した。測定試料には、水熱処理は施していない。破壊靱性試験は、JISR1607に準拠して実施した。試験結果を表10〜12に示す。表10〜12の数値の単位はMPa・m1/2である。
【0180】
ホウ素を添加しても破壊靭性値の低下は見られなかった。ベース中のアルミナの含有率が10質量%以下である実施例1〜19においては、比較例1よりも高い破壊靭性値が得られた。したがって、本発明によれば、破壊靭性値を低下させることなく、むしろ破壊靭性値を高めると共に、相転移の進行を抑制したジルコニア焼結体を得ることができる。
【0181】
【表10】

【0182】
【表11】

【0183】
【表12】

【0184】
実施例1〜24によれば、より好ましいジルコニア焼結体が得られるのは、酸化ホウ素添加率が0.2%であり、リン添加率が0.1%〜0.15%であり、焼結温度が1425℃以上の条件である。例えば、実施例11における1425℃焼成品がより好ましいジルコニア焼結体である。
【0185】
[表面観察]
実施例10において1300℃、1375℃、1400℃、1450℃及び1500℃で焼成したジルコニア焼結体の各試料表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。SEM顕微鏡写真を図1〜図15に示す。SEM写真は、観察試料表面を#2000の砥粒でラップ処理した後、日立製作所社製電界放出型走査電子顕微鏡(型番S−4700)で試料表面を撮影したものである。図1〜図3は1350℃焼成焼結体のSEM写真であり、図4〜図6は1375℃焼成焼結体のSEM写真であり、図7〜図9は1400℃焼成焼結体のSEM写真であり、図10〜図12は1450℃焼成焼結体のSEM写真であり、図13〜図15は1500℃焼成焼結体のSEM写真である。図4,7,10及び13は3,000倍の写真であり、図1,5,8,11及び14は10,000倍の写真であり、図2,6,9,12及び15は30,000倍の写真であり、図3は50,000倍の写真である。
【0186】
1350℃焼成焼結体においてはアスペクト比の小さい球状の結晶の存在が確認される。この結晶は、X線回折によって分析したところ、α‐アルミナであった。1375℃焼成焼結体においては、粒成長した球状結晶の他に、柱状ないし針状の結晶が確認された。この柱状結晶も、X線回折によって分析したところ、α‐アルミナであった。原料として用いた酸化アルミニウムにはこのような柱状結晶は含まれていないので、ホウ素存在下における焼結により酸化アルミニウムは柱状ないし針状に成長したものと考察される。焼成温度が1375℃以上となると、アルミナの結晶形はアスペクト比が大きくなる方向に成長し、焼成温度が1400℃以上になると柱状結晶の割合がさらに増えた。しかし、焼成温度が1500℃になると柱状結晶のアスペクト比が小さくなる傾向が見受けられた。電子顕微鏡で観察する限り、柱状結晶のアスペクト比は2以上であり、大きなものは10以上であった。また、電子顕微鏡の観察によれば、柱状結晶の長さは、1μm〜5μmであった。
【0187】
また、ベースの組成が3mol%ジルコニア92.6質量%及び酸化アルミニウム7.4質量%であり、ベースに対する酸化ホウ素の添加率が0.1%、リンの添加率が0.25%、二酸化ケイ素の添加率が0.2%及びバインダの添加率が6%であり、1450℃2時間で焼結させたジルコニア焼結体について、1350℃0.5時間のサーマルエッチング処理後の表面のSEM写真を撮影した。SEM顕微鏡写真を図16〜図17に示す。使用した顕微鏡は上記装置である。本発明のジルコニア焼結体において、ジルコニア結晶粒子の大きさは、1μm以下であることが分かる。
【0188】
[実施例25〜32]
ホウ素の添加の効果を確認するために、リン及び二酸化ケイ素を一定量含有するジルコニア焼結体について、酸化ホウ素の添加率のみを変化させて実施例1〜24と同様にして水熱処理後の単斜晶のピーク比を確認した。ジルコニア焼結体の製造方法、水熱処理方法及びX線回折線測定方法は実施例1〜24と同様である。比較例2として、リンを添加していないジルコニア焼結体についても同様に単斜晶のピーク比を確認した。各実施例及び比較例2に係るジルコニア焼結体において、リン添加率及び酸化ホウ素添加率以外の条件は、焼結用組成物において、ベースにおけるジルコニア(イットリア濃度3mol%)の含有率が92.6質量%及びアルミナの含有率が7.4質量%であり、ベースに対するSiO添加率が0.2%、Binderの添加率が6%、焼結温度が1450℃である。単斜晶のピーク比測定結果を表13に示す。表13の数値の示す意味は表1〜6と同様である。
【0189】
実施例25〜32によれば、リンを添加するだけでも(すなわちホウ素の添加率が0)低温劣化抑制効果が見られるが、酸化ホウ素を0.01%(酸化ジルコニウム1molに対してホウ素元素4.0×10−4mol)添加するだけでも低温劣化は大きく改善された。特に、酸化ホウ素の添加率を0.2%以上とすると、水熱処理後であっても相転移の進行は見られなかった。また、比較例2だけみても、リンを含有しなくとも、ホウ素の添加率のみを高めるだけでも相転移抑制効果が得られることが分かった。これにより、ホウ素の添加にも相転移抑制効果があることが明らかとなった。酸化ホウ素を1%(酸化ジルコニウム1molに対してホウ素元素4.0×10−2mol)添加しても相転移抑制効果を確認することができた。
【0190】
【表13】

【0191】
[実施例33〜40]
二酸化ケイ素の添加の効果を確認するために、リン及びホウ素を一定量含有するジルコニア焼結体について、二酸化ケイ素の添加率のみを変化させて実施例1〜24と同様にして水熱処理後の単斜晶のピーク比を確認した。ジルコニア焼結体の製造方法、水熱処理方法及びX線回折線測定方法は実施例1〜24と同様である。各実施例に係るジルコニア焼結体において、リン添加率及び酸化ホウ素添加率以外の条件は、焼結用組成物において、ベースにおけるジルコニア(イットリア濃度3mol%)の含有率が92.6質量%及びアルミナの含有率が7.4質量%であり、ベースに対するBinderの添加率が6%、焼結温度が1450℃である。単斜晶のピーク比測定結果を表14に示す。表14の数値の示す意味は表1〜6と同様である。
【0192】
実施例33〜40によれば、酸化ホウ素の添加率が一定で、リン及び二酸化ケイ素の添加率が変動しても相転移抑制効果が得られることが分かった。実施例34、37〜40によれば、リンの添加率が一定で、酸化ホウ素及び二酸化ケイ素の添加率が変動しても相転移抑制効果が得られることが分かった。これより、二酸化ケイ素のベースに対する添加率が、少なくとも、0.03%〜3%(酸化ジルコニウム1molに対して二酸化ケイ素7.0×10−4mol〜7×10−2mol)であれば、好ましくは0.1%以上であれば、リン及びホウ素の添加率に依存せずに、相転移抑制効果をより高めることができることが分かった。
【0193】
【表14】

【0194】
[実施例41〜42]
[焼成面及び内部のX線回折パターン測定]
本発明のジルコニア焼結体の結晶構造を確認するため、焼成面(焼結後の露出面)のX線回折パターン(XRD)を測定すると共に、内部(当該焼成面を研削して露出した面)のXRDを測定した。測定試料の焼結用組成物における成分添加率を表15に示す。実施例41に係る試料はリン及びホウ素を含有し、実施例42に係る試料は、ホウ素を含有するがリンを含有していない。また、比較例3としてリン及びホウ素を含有していない試料についてもXRDを測定した。いずれの試料も1450℃1.5時間焼成した焼結体である。焼成面の研削は、#400のダイヤモンド砥石で研削した後、さらに#2000のダイヤモンドペーストで研磨して、焼成面から少なくとも100μm以上行った(なお、数値はJIS規格上のものである)。X線回折パターンは、Cu−target、50kV、50mAでRINT−TTRIII(株式会社リガク製)を用いて測定した。図18に、実施例41における本発明のジルコニア焼結体の焼成面のX線回折パターンを示す。図19に、実施例41における本発明のジルコニア焼結体の内部(研削面)のX線回折パターンを示す。図20に、実施例42における本発明のジルコニア焼結体の焼成面のX線回折パターンを示す。図21に、実施例42における本発明のジルコニア焼結体の内部(研削面)のX線回折パターンを示す。図22に、比較例3におけるジルコニア焼結体の焼成面のX線回折パターンを示す。図23に、比較例3におけるジルコニア焼結体の内部(研削面)のX線回折パターンを示す。
【0195】
図22に示す、リン及びホウ素を添加していないジルコニア焼結体の焼成面のX線回折パターンにおいては、2θが約34.5°〜35.5°にかけて2つの大きなピークが存在するが、この2つのピークはいずれも正方晶由来のピークである。立方晶由来のピークは、2つのピークの間にわずかに確認されるに過ぎない。これは、図23に示す焼結体内部のX線回折パターンについても同様である。したがって、リン及びホウ素を添加していないジルコニア焼結体においては、焼成面、内部及び再焼成面のいずれにおいても正方晶が主たる結晶系となっており、立方晶が実質的には形成されていないことが分かる。
【0196】
一方、図18及び図20に示す本発明のジルコニア焼結体の焼成面のX線回折パターンにおいては、3つのピークが確認された。左側のピークは正方晶由来の[002]ピークであり、右側のピークは正方晶由来の[200]ピークであるが、図18の約34.8°にある真ん中のピークは立方晶由来の[200]ピークである。すなわち、本発明のジルコニア焼結体の焼成面においては、立方晶が形成されていることが分かる。図18と図20とを比較すると、立方晶のピーク比は図18のほうが高くなっている。これは、ホウ素のみの添加でも立方晶を形成することは可能であるが、ホウ素とリンを組み合わせて添加すると、その相乗効果によって立方晶の形成効果がより高まることを示している。
【0197】
しかし、図19及び図21に示す本発明のジルコニア焼結体の内部のX線回折パターンにおいては、立方晶の存在は実質的には確認されなかった。すなわち、焼結体の内部の主たる結晶系は正方晶であることが分かった。これより、ホウ素及びリンの添加によって、焼成面の近傍に立方晶が集中して形成されることが分かる。
【0198】
【表15】


【0199】
[実施例43〜46]
[薄膜XRD測定]
実施例41の結果を受けて、表16に示す複数の組成のジルコニア焼結体について、焼成面から深さ約2.6μmまでの領域における薄膜X線回折(薄膜XRD)を測定し、焼成面近傍に立方晶系が存在するか確認した。薄膜XRDを測定した試料は、表16に示す焼結用組成物を1450℃で1.5時間焼成したジルコニア焼結体である。また、比較例4としてリン及びホウ素を含有していないジルコニア焼結体についても薄膜XRDを測定した。薄膜XRDは、Co−target、40kV、200mAでRINT−TTRIII(株式会社リガク製)を用いて測定した。
【0200】
X線の入射角(本書においてはX線と焼成面との角度を「入射角」とする)を3°(X線の侵入深さ2.6μm)としたとき、2θが70.5°付近に観測される立方晶由来の[311]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さ及び71.0°付近に観測される正方晶由来の[211]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さを測定し、焼成面表層のピーク比を算出した。表17にその結果を示す。
【0201】
本発明のジルコニア焼結体は焼成面表層のピークが1以上であるが、比較例4の焼成面表層のピーク比は0.4であった。これより、本発明のジルコニア焼結体は、リン及びホウ素を添加していないジルコニア焼結体よりも表層(焼成面)により多くの立方晶を含有していることが分かった。
【0202】
【表16】


【0203】
【表17】

【0204】
[実施例47]
[薄膜XRD測定]
実施例43〜46の結果を受けて、実施例44におけるジルコニア焼結体について、X線の入射角を1°〜30°の範囲においてに変化させながらXRDを測定し、焼成面から深さ約30μmまでの領域の結晶構造の変化を確認した。X線の侵入深さは、例えば、入射角3°のとき2.6μm、入射角7°のとき5.7μm、入射角11°のとき8.3μm、入射角15°のとき10.4μm、入射角30°のとき14.9°であると考えられる。これにより、薄膜XRDによれば、X線の侵入深さまでの領域における結晶構造を調べることができる。
【0205】
各入射角について焼成面表層のピーク比を算出した。結果を表18に示す。組成の同じ2つの試料について測定しており、表18において「試料A」及び「試料B」と示してある。図24に、X線の侵入深さに対する焼成面表層のピーク比をプロットしたグラフを示す。これによると、X線の侵入深さが深くなるにつれて、焼成面表層のピーク比も減衰している。すなわち、立方晶系は焼成面(露出面)により近いところに多く存在し、焼結体内部に向かって減少している。特に、立方晶系は、焼成面から深さ5μmまでの領域に最も多く存在しているものと考えられる。また、焼成面表層のピーク比は少なくともX線の侵入深さ15μmまでは減少傾向にあるので、焼成面から深さ15μmまでの領域は、内部(例えば深さ100μm以上の領域)よりも立方晶系を多く含有していると考えられる。
【0206】
【表18】


【0207】
[実施例48〜49]
[XPSによる焼成面及び内部の組成分析]
焼成面と内部との組成の違いを明らかにするため、X線光電子分光法(XPS;X-ray Photoelectron Spectroscopy)を用いて、焼成面と内部の組成を測定した。測定試料の焼結用組成物の成分添加率を表19に示す。焼結は1450℃1.5時間で実施した。測定は、QuanteraSXM(PHI社製)を用いて、試料最表面からの光電子取出角90°(検出深さ約8nm)で行った。測定結果を表20に示す。表20において「内部」とは、焼成面を#400のダイヤモンド砥石で研削した後、さらに#2000のダイヤモンドペーストで研磨して、深さ約500μm切削して露出した面を意味する。上段の数値は元素として検出した含有率であり、下段の括弧内の数値は上段の数値を元に酸化物に換算した含有率である。上段の数値には表に挙げた元素以外の数値は省略してある。また、比較例5として、リン、ホウ素及び二酸化ケイ素を添加していない焼結体についても組成分析を行った。なお、イットリア及び二酸化ケイ素は焼結用成形体において全体的に均一になるように混合しており、表層が高濃度になるようには成形していない。
【0208】
焼成面の組成と内部の組成を比較すると、焼成面には、内部より高濃度のイットリア及び二酸化ケイ素が存在することが分かった。焼結前には安定化剤は成形体全体に均等に分散させていたので、原料中のイットリアは、焼結時の焼成により、焼成面近傍に移動したものと考えられる。そして、イットリアが高濃度になったことにより、焼成面のみが完全安定化、すなわち立方晶化したものと推察される。このような安定化剤のマイグレーション(移動)は、比較例5の焼結体には見られない現象である。したがって、リン及びホウ素の添加が安定化剤の焼成面の移動に寄与していると考えられる。
【0209】
なお、XPSの元素の検出下限は、対象元素にもよるが1atomic%である。したがって、表20の「未検出」は焼成面から約8nmにおいては検出下限未満であることを意味しており、焼結体内部において当該元素が存在して無いことを意味するものでは無い。XPSの定量精度は±1atomic%である。表20の数値は、測定試料の表面に付着した有機物等のC原子を除去した上で計算した。測定精度の問題上、表20の数値は、実際の組成とは異なる可能性がある。以下の表24についても同様である。
【0210】
【表19】

【0211】
【表20】


【0212】
[実施例50]
[SIMSによる焼成面の組成分析]
焼成面近傍におけるジルコニウム(Zr)、イットリウム(Y)、ホウ素(B)、リン(P)及びケイ素(Si)の各元素の分布状況を調べるため、2次イオン質量分析法(SIMS;Secondary ion mass spectrometry)を用いて焼成面における各元素の濃度分布を測定した。測定試料は、実施例49に係るジルコニア焼結体である。測定装置としてADEPT1010(PHI社製)を用い、一次イオン種としてO+を用いた。測定結果を図25〜図29に示す。図25は、焼成面からの深さに対するジルコニウムの濃度分布である。図26は、焼成面からの深さに対するイットリウムの濃度分布である。図27は、焼成面からの深さに対するホウ素の濃度分布である。図28は、焼成面からの深さに対するリンの濃度分布である。図29は、焼成面からの深さに対するケイ素の濃度分布である。
【0213】
図25を見ると、ジルコニウムは、焼成面からの深さ0μm〜4μmの領域において含有率が低く、4μm〜6μmにかけて含有率が上昇し、深さ6μm以上の領域においては緩やかな減衰傾向にある。一方、図26を見ると、イットリウムは、焼成面からの深さ0μm〜4μmの領域において含有率が高くなっているが、深さ4μm〜6μmの領域において急に減衰し、深さ6μm〜8μmの領域において緩やかに減衰し、深さ8μm以上の領域においては含有率はほぼ一定となっている。これより、イットリウムが焼成面から深さ4μmまでの領域において多く含有されているので、立方晶系も焼成面から深さ4μmまでの領域において多く含有されていると考えられる。そして、少なくとも焼成面から深さ8μm以上の領域においては、正方晶系が主たる結晶系になっていると考えられる。以上の結果は、薄膜XRDによる立方晶系の分布及びXPSによる組成分析の結果と合致している。
【0214】
図27〜図29を見ると、ホウ素、リン及びケイ素は、いずれも、立方晶系が多く形成されていると考えられる焼成面から深さ4μmまでの領域においてはほとんど検出されていない。ホウ素及びケイ素は同じような挙動を示している。ホウ素及びケイ素の含有率は、深さ4μm〜6μmの領域において急激に増加し、深さ6μm以上の領域においては緩やかに減衰している。リンの含有率は、深さ4μmから緩やかに増加し始め、深さ14μm以上の領域においてほぼ一定となっている。なお、XPSの測定結果においては、焼成面から深さ8nmまでの領域においてリン及びケイ素を検出しているが、今回実施したSIMSによる測定は深さ100nm以上の領域において安定した測定結果が得られるものであると共に、SIMSにおいても極表面においてはリン及びケイ素を検出しているので、SIMSの測定結果とXPSの測定結果とは整合しないものではない。
【0215】
いずれの元素も焼成面から深さ4μm〜6μmの領域において大きな分布変化を示す点が共通しており、ホウ素及びリンは、焼成面近傍の立方晶系の形成に影響していることが推察される。
【0216】
[実施例51〜54]
[水熱劣化に対する立方晶被膜の影響確認試験]
焼成面に含有される立方晶系が水熱劣化に及ぼす影響を調べるため、リン及びホウ素の添加率を変化させることによって焼成面(被覆層)における立方晶系の存在比率を変化させたジルコニア焼結体を作製し、各焼結体について水熱処理試験を実施し、単斜晶のピーク比を測定した。また、比較例6として、リンを添加していないジルコニア焼結体についても同様の測定を実施した。測定に使用した試料の焼結用組成物における成分添加率を表21に示す。各試料の立方晶のピーク比及び単斜晶のピーク比を表22に示す。表22の(A)の数値は表21のPの添加率に対応し、表22の(B)の数値は表21のBの添加率に対応する。表22において「∞」は、正方晶系のピークが非常に小さく、正方晶系の存在を実質的には確認できず、立方晶系しか確認できなかったことを意味する。
【0217】
リンの添加率を一定にして0%〜0.3%の範囲で酸化ホウ素の添加率を増加させていくと立方晶のピーク比が高まる、すなわち、焼成面における立方晶の存在比率が高まっている。
【0218】
立方晶のピーク比の変化に対する水熱処理後の単斜晶のピーク比の変化を見ると、立方晶のピーク比が高くなるにつれて、単斜晶のピーク比が低くなる傾向にある。すなわち、焼成面における立方晶の存在比率が高まるにつれて耐水熱劣化が向上していることになる。特に、立方晶のピーク比が2以上(ピークの高さが2倍以上)になると、単斜晶のピーク比が0となる傾向がある。また、立方晶のピーク比が1以下の範囲では、立方晶の増加が耐水熱劣化の向上に大きく寄与している。これより、焼成面から深さ20μmまでの領域の立方晶の含有率を高めることによって、水熱劣化の進行を抑制できることが分かった。
【0219】
図30に、酸化ホウ素の添加率に対して単斜晶のピーク比をプロットしたグラフを示す。実施例51と比較例6とを比較すると、リンを0.001%添加するだけでも単斜晶のピーク比が減少している。リンを0.05%以上添加した実施例52〜54は、比較例6よりも明らかに耐水熱劣化性が向上している。これより、リンを添加することによって、ホウ素との相乗効果により耐水熱劣化性をより高めることができることが分かる。
【0220】
【表21】


【0221】
【表22】


【0222】
[実施例55〜56]
[再焼成面のX線回折パターン測定]
実施例41〜42及び比較例3において焼成面を研削して内部を露出させたジルコニア焼結体を再焼成して、その再焼成面におけるX線回折パターンを測定した。研削した焼結体の再焼成は、1450℃1.5時間で行った。なお、再焼成時に、研削した焼結体の表面に安定化剤を塗布するような処理等は施していない。X線回折パターンは、Cu−target、50kV、50mAでRINT−TTRIII(株式会社リガク製)を用いて測定した。図31に、実施例55として、実施例41において研削した本発明のジルコニア焼結体の再焼成面のX線回折パターンを示す。図32に、実施例56として、実施例42において研削した本発明のジルコニア焼結体の再焼成面のX線回折パターンを示す。図33に、比較例7として、比較例3において研削したジルコニア焼結体の再焼成面のX線回折パターンを示す。
【0223】
図19及び図21に示すように、焼成面を研削した、すなわち内部が露出した再焼成前の焼結体においては立方晶系のピークは確認されていなかったにもかかわらず、再焼成することによって再度立方晶系のピークが確認された。一方、リン及びホウ素が添加されていないジルコニア焼結体においては再焼成しても立方晶系のピークは確認されなかった。これより、本発明のジルコニア焼結体においては、焼成面を研削して、主たる結晶系が正方晶である面を露出させても、これを再焼成することにより、安定化剤を塗布する等の別段の処理をすること無く、立方晶系を多く含有する層で焼結体を再度被覆することができる。これは、リン及びホウ素が添加されていることによって、焼結体中に含有される安定化剤の一部が露出面へ移動する現象が生じるためであると考察される。したがって、本発明のジルコニア焼結体は、所望の形状に加工した後に再焼成することによって、高い耐水熱劣化性を有する製品を製造することができる。
【0224】
[実施例57]
[再焼成面の組成分析]
再焼成によっても安定化剤の移動が起こるかを確認するため、実施例48〜49と同様にして、XPSにより再焼成面の組成を分析した。表23に、測定に使用した試料の焼結用組成物における添加率を示す。表23に示す焼結用組成物を1450℃で1.5時間焼成して焼結体を作成し、#400のダイヤモンド砥粒で研削した後、#2000のダイヤモンドペーストで研磨した面、及び研削した当該焼結体を1450℃で1.5時間再焼成した再焼成面について組成分析した。XPSの測定方法等は実施例48〜49と同様である。表24に分析結果を示す。表24の数値の意味は表20と同様である。なお、再焼成時に、研削した焼結体の表面に安定化剤を塗布するような処理等は施していない。
【0225】
研削面と再焼成面の組成とを比較すると、実施例48〜49における焼成面と内部の関係と同様にして、再焼成面には、研削面より高濃度のイットリア及び二酸化ケイ素が存在することが分かった。これより、再焼成によっても、焼結体中のイットリアは露出面近傍に移動し、露出面を完全安定化、すなわち立方晶化させたものと推察される。
【0226】
【表23】

【0227】
【表24】

【0228】
[実施例58〜65]
[安定化剤を不均一分散させた焼結体の作製]
破壊靭性を高めるため、ホウ素とリンを添加すると共に、安定化剤の濃度が不均一となるように上記でいう低安定化ジルコニア粒子と高安定化ジルコニア粒子を混合してジルコニア焼結体を作製し、曲げ強度、破壊靭性、立方晶のピーク比、及び水熱処理後の単斜晶のピーク比、を測定した。さらに、当該ジルコニア焼結体にHIP処理を施した上で、曲げ強度及び破壊靭性を測定した。
【0229】
測定に使用したジルコニア焼結体の焼結用組成物の組成を表25に示す。本実施例においては、上記実施例とは異なり、低安定化ジルコニア粒子として1mol%ジルコニア(表25に示す「1YZrO」)がベースの質量に対して20%となるように添加されている。この焼結用組成物を1450℃で2時間焼成してジルコニア焼結体を作製した。比較例8として、低安定化ジルコニア粒子を添加しているが、ホウ素及びリンを添加していないジルコニア焼結体も作製した。表26に、各ジルコニア焼結体の測定結果を示す。図34に、破壊靭性に対して曲げ強度をプロットしたグラフを示す。曲げ強度、破壊靭性、立方晶のピーク比、及び水熱処理後の単斜晶のピーク比の測定方法は、上記実施例と同様である。なお、HIP処理は175MPa、1400℃で実施した。
【0230】
実施例58〜65のみならず比較例8においても、高安定化ジルコニア粒子と低安定化ジルコニア粒子を混合して、安定化剤濃度のばらつきを大きくすることにより、破壊靭性の高いジルコニア焼結体を得ることができた。しかし、実施例58〜65に示すように、ホウ素及びリンを添加することにより、曲げ強度の高いジルコニア焼結体を得ることができ、HIP処理を施すことにより、さらに曲げ強度を高めることができた。これにより、通常はトレードオフの関係にある曲げ強度と破壊靭性の両方を高めることができた。具体的には、破壊靭性を8MPa・m1/2〜12MPa・m1/2と高くすることができると共に、この破壊靭性の範囲において曲げ強度を1220MPa以上、HIP処理したものについては1500MPa以上とすることができた。特に、破壊靭性が8MPa・m1/2〜9MPa・m1/2未満であり、かつ曲げ強度が1800MPa以上であるジルコニア焼結体を得ることができた。また、破壊靭性が9MPa・m1/2〜10MPa・m1/2であり、かつ曲げ強度が1600MPa以上であるジルコニア焼結体を得ることができた。
【0231】
【表25】


【0232】
【表26】

【0233】
[実施例66〜67]
[部分安定化ジルコニア粒子の調整方法が破壊靭性に与える影響に関する試験]
部分安定化ジルコニア粒子の調整方法によって破壊靭性が変化するかを試験した。表27に、試験条件及び結果を示す。実施例66の「固相法」とは、酸化ジルコニウムと安定化剤である酸化イットリウムを固相法で混合して作製されたY固溶ZrOを用いたことを示す。実施例67の「液相法」とは、加水分解法で調整されているY固溶ZrO(東ソー株式会社製;品番TZ−3Y−E)を用いたことを示す。実施例66及び実施例67においては、部分安定化ジルコニアの質量に対してリン元素の添加率が0.4質量%となるようにリン酸を添加した。ピーク比及び破壊靭性値の測定方法は上記実施例と同様である。比較例9〜11として、リンを添加していない焼結体についても同様に試験した。なお、比較例11においては二酸化ケイ素を実質的には添加しておらず、表の数値は市販製品に含まれている含有率の規格値である。
【0234】
実施例67及び比較例10及び11の液相法によると破壊靭性値は約4MPa・m1/2であるのに対し、実施例66及び比較例9の固相法によれば5MPa・m1/2以上にできることが分かる。しかし、液相法の場合、リンの添加の有無によって破壊靭性値に変化はないが、固相法の場合、リンを添加した実施例66は、リン無添加の比較例9よりも破壊靭性値が高くなっている。これより、リン添加と固相法を組み合わせると、その相乗効果によって破壊靭性値をより高くできることが分かる。あるいは、本発明に使用する部分安定化ジルコニア粒子は固相法で調整されたものが適していることが分かる。なお、本実施例においては、ホウ素が添加されていないが、ホウ素の添加によっても同様の相乗効果が得られるものと考えられる。
【0235】
【表27】


【0236】
[実施例68〜83]
焼結用組成物作製時に添加したホウ素及びリンがジルコニア焼結体中にどの程度残存しているかを調べるため、実施例25〜32において作製したジルコニア焼結体について、ホウ素及びリンの含有率を測定した。含有率測定は、ホウ素及びリンの添加率が異なる試料についてそれぞれ実施した。測定は、各試料を溶解させた後、ICP発光分光分析装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製;型番SPS3500)を用いて行った。また、測定は試料の前処理から2回行った。ホウ素の測定結果の平均値を表28に示し、リンの測定結果の平均値を表29に示す。なお、表28及び表29における「添加率」は、表13に示す数値と同じものであり、焼結用組成物における部分安定化ジルコニアと酸化アルミニウムの合計質量に対する添加率を示す。「含有率」は、ジルコニア焼結体中における含有率(2回の測定値の平均値)を示す。ジルコニア焼結体は、ほぼ部分安定化ジルコニア及び酸化アルミニウムで構成されているので、「添加率」と「含有率」は比較対照可能である。「残存率」は、「添加率」に対する「含有率」の割合である。
【0237】
【表28】

【0238】
【表29】

【0239】
実施例25〜32における焼結条件においては、ホウ素は焼損しやすい傾向にある。特に、添加率が低くなるほど残存率が低く、焼損しやすいと考えられる。ホウ素は、最終的に焼損したとしても、焼成中に存在することにより、相転移抑制効果が発現する焼結温度を低下させると考えられる。ホウ素は、焼成中に存在することにより、酸化アルミニウムウィスカの結晶成長に寄与すると考えられる。一方、リンは、ホウ素ほど多くはないが焼損がみられ、ホウ素と同様に添加率が低くなるほど残存率が低くなっている。リンの場合添加率が0.2質量%以上となると添加したリンがほぼ焼結体中に残存しているものと考えられる。ホウ素及びリンは、いずれも焼成時における安定化剤の表層への移動、すなわち表層における立方晶系の形成に寄与しているものと考えられる。なお、焼結条件(例えば、最高温度、焼成カーブ、焼成雰囲気)によってはリン及びホウ素の残存率をより高くできる可能性はある。
【0240】
なお、上述において、酸化ジルコニウム(分子量123.22)1molに対するリン元素のmol数を算出する際には、安定化剤(例えば酸化イットリウム)及びその他の化合物の存在を考慮して、安定化剤を3mol%含有する部分安定化ジルコニア粉末中の酸化ジルコニウム含有率は、一律(他の要素の含有率に関わらず)94.5質量%としている。
【0241】
上述において、「〜」はで表記された範囲のうち、上限及び下限を示す数値は、その範囲に含まれる。
【0242】
本発明のジルコニア焼結体、並びにジルコニア焼結体の焼結用組成物及び仮焼体は、上記実施形態に基づいて説明されているが、上記実施形態に限定されることなく、本発明の範囲内において、かつ本発明の基本的技術思想に基づいて、上記実施形態に対し種々の変形、変更及び改良を含むことができることはいうまでもない。また、本発明の請求の範囲の枠内において、種々の開示要素の多様な組み合わせ・置換ないし選択が可能である。
【0243】
本発明のさらなる課題、目的及び展開形態は、請求の範囲を含む本発明の全開示事項からも明らかにされる。
【産業上の利用可能性】
【0244】
本発明のジルコニア焼結体は、高強度、高靭性、長寿命、高信頼性、小寸法変化、無着色性・半透明性等の利点により、補綴材等の歯科用材料、フェルールやスリーブ等の光ファイバ用接続部品、各種工具(例えば、粉砕ボール、研削具)、各種部品(例えば、ネジ、ボルト・ナット)、各種センサ、エレクトロニクス用部品、装飾品(例えば、時計のバンド)等の種々の用途に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼成面におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.4以上であり、
焼成面からの深さが100μm以上の領域におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.3以下であることを特徴とするジルコニア焼結体。
【請求項2】
焼成面又は露出面を研削して、X線回折パターンにおいて正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.3以下である面を露出させた後に再焼成した場合、
再焼成面におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.4以上であることを特徴とするジルコニア焼結体。
【請求項3】
前記再焼成面からの深さが100μm以上の領域におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する立方晶由来の[200]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が0.3以下であることを特徴とする請求項2に記載のジルコニア焼結体。
【請求項4】
JISR1607に準拠して測定した破壊靭性値が8MPa・m1/2以上であり、
JISR1601に準拠して測定した曲げ強度が1200MPa以上であることを特徴とするジルコニア焼結体。
【請求項5】
JISR1607に準拠して測定した破壊靭性値が8MPa・m1/2以上9MPa・m1/2未満であり、
JISR1601に準拠して測定した曲げ強度が1700MPa以上であることを特徴とする請求項4に記載のジルコニア焼結体。
【請求項6】
JISR1607に準拠して測定した破壊靭性値が9MPa・m1/2以上10MPa・m1/2未満であり、
JISR1601に準拠して測定した曲げ強度が1600MPa以上であることを特徴とする請求項4に記載のジルコニア焼結体。
【請求項7】
JISR1607に準拠して測定した破壊靭性値が10MPa・m1/2以上12MPa・m1/2未満であり、
JISR1601に準拠して測定した曲げ強度が1200MPa以上であることを特徴とする請求項4に記載のジルコニア焼結体。
【請求項8】
部分安定化ジルコニアをマトリックス相として有し、
リン(P)元素を、ジルコニア焼結体の質量に対して、0.001質量%〜1質量%含有し、
ホウ素(B)元素を、ジルコニア焼結体の質量に対して、3×10−4質量%〜3×10−1質量%含有することを特徴とするジルコニア焼結体。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の特徴、
請求項3又は4に記載の特徴、
請求項5〜7のいずれか一項に記載の特徴、及び
請求項8に記載の特徴のうち、少なくとも2つの特徴を備えることを特徴とするジルコニア焼結体。
【請求項10】
ジルコニア焼結体を180℃、1MPaの条件で低温劣化加速試験を5時間施した場合に、
前記低温劣化加速試験後のジルコニア焼結体の表面におけるX線回折パターンにおいて、正方晶由来の[111]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さに対する単斜晶由来の[11−1]ピークが生ずる位置付近に存在するピークの高さの比が1以下であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項に記載のジルコニア焼結体。
【請求項11】
安定化剤を含有する部分安定化ジルコニアをマトリックス相として有し、
焼成面側から内部側に向けて前記安定化剤の含有率が減衰している領域を有することを特徴とする1〜10のいずれか一項にジルコニア焼結体。
【請求項12】
前記安定化剤の濃度勾配は、焼成によって生じることを特徴とする請求項11に記載のジルコニア焼結体。
【請求項13】
安定化剤を含有する部分安定化ジルコニアをマトリックス相として有し、
ジルコニア焼結体の試料表面において、10μm×10μmの領域を256マス×256マスの格子状に区分した各マスにおける前記安定化剤の濃度を質量%で表記した場合に、前記安定化剤の表面濃度の標準偏差が0.8以上であることを特徴とする請求項1〜12のいずれか一項に記載のジルコニア焼結体。
【請求項14】
酸化アルミニウムを、ジルコニア焼結体の質量に対して、0.2質量%〜25質量%含有することを特徴とする請求項1〜13のいずれか一項に記載のジルコニア焼結体。
【請求項15】
二酸化ケイ素を、ジルコニア焼結体の質量に対して、0.03質量%〜3質量%さらに含有することを特徴とする請求項1〜14のいずれか一項に記載のジルコニア焼結体。
【請求項16】
1350℃〜1550℃で焼結されたことを特徴とする請求項1〜15のいずれか一項に記載のジルコニア焼結体。
【請求項17】
安定化剤を含有する部分安定化ジルコニア粉末を含有し、
リン(P)元素を、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して4×10−5mol〜5×10−2mol含有し、
ホウ素(B)元素を、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して4×10−5mol〜5×10−2mol含有していることを特徴とするジルコニア焼結体の焼結用組成物。
【請求項18】
酸化アルミニウムを、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して0mol〜0.2mol含有することを特徴とする請求項17に記載のジルコニア焼結体の焼結用組成物。
【請求項19】
二酸化ケイ素を、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して7×10−4mol〜7×10−2mol含有することを特徴とする請求項17又は18に記載のジルコニア焼結体の焼結用組成物。
【請求項20】
安定化剤を含有する又は含有しない低安定化ジルコニア粒子と、
前記低安定化ジルコニア粒子よりも安定化剤を多く含有する高安定化ジルコニア粒子と、を含有し、
酸化ジルコニアと安定化剤の合計mol数に対する前記高安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対する前記低安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率よりも1mol%〜6mol%高いことを特徴とする請求項17〜19にいずれか一項に記載のジルコニア焼結体の焼結用組成物。
【請求項21】
前記低安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対して0mol%以上2mol%未満であり、
前記高安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対して2mol%以上8mol%未満であることを特徴とする請求項20に記載のジルコニア焼結体の焼結用組成物。
【請求項22】
1350℃〜1550℃で焼結することにより請求項1〜16のいずれか一項に記載のジルコニア焼結体となることを特徴とするジルコニア焼結体の焼結用組成物。
【請求項23】
安定化剤を含有するジルコニアを含有し、
リン(P)元素を、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して4×10−5mol〜5×10−2mol含有し、
ホウ素(B)元素を、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して4×10−5mol〜5×10−2mol含有していることを特徴とするジルコニア焼結体の仮焼体。
【請求項24】
酸化アルミニウムを、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して0mol〜0.2mol含有することを特徴とする請求項23に記載のジルコニア焼結体の仮焼体。
【請求項25】
二酸化ケイ素を、酸化ジルコニウム(IV)1molに対して7×10−4mol〜7×10−2mol含有することを特徴とする請求項23又は24に記載のジルコニア焼結体の仮焼体。
【請求項26】
安定化剤を含有する又は含有しない低安定化ジルコニア粒子と、
前記低安定化ジルコニア粒子よりも安定化剤を多く含有する高安定化ジルコニア粒子と、を含有し、
酸化ジルコニアと安定化剤の合計mol数に対する前記高安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対する前記低安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率よりも1mol%〜6mol%高いことを特徴とする請求項23〜25にいずれか一項に記載のジルコニア焼結体の仮焼体。
【請求項27】
前記低安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対して0mol%以上2mol%未満であり、
前記高安定化ジルコニア粒子における安定化剤の含有率は、酸化ジルコニウムと安定化剤の合計mol数に対して2mol%以上8mol%未満であることを特徴とする請求項26に記載のジルコニア焼結体の仮焼体。
【請求項28】
1350℃〜1550℃で焼結することにより請求項1〜16のいずれか一項に記載のジルコニア焼結体となるジルコニア焼結体の仮焼体。
【請求項29】
請求項17〜22のいずれか一項に記載の焼結用組成物を800℃〜1200℃で仮焼して形成されることを特徴とするジルコニア焼結体の仮焼体。

【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2012−41239(P2012−41239A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−185586(P2010−185586)
【出願日】平成22年8月20日(2010.8.20)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)
【Fターム(参考)】