説明

セミクローズドデッキ型シリンダブロックを製造する方法及びセミクローズドデッキ型シリンダブロック

【課題】底駒とその上側を埋める肉盛溶接とでウォータジャケット13の上部を一体に繋いで、品質及び耐久性に優れたセミクローズドデッキ型シリンダブロックを製造すること。
【解決手段】オープンデッキ型シリンダブロック11のシリンダボア12の周囲のウォータジャケット13の内周壁面19と外周壁面20とを、底駒15と肉盛溶接16,17,18で一体に繋いでセミクローズドデッキ型シリンダブロック10を製造する方法である。オープンデッキ型シリンダブロック11には、一対の底駒収容用凹部21、22を備える。底駒15を、底駒収容用凹部21、22の対向面下部及び段部底面に嵌合するように収容する工程と、MIG溶接機により肉盛溶接16,17,18を行う溶接工程と、を実施する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのセミクローズドデッキ型シリンダブロックを製造する方法及びセミクローズドデッキ型シリンダブロックに関し、詳しくは、オープンデッキ型シリンダブロックのウォータジャケット上端部にブリッジ部が接合により形成されたセミクローズドデッキ型シリンダブロックの製造方法及びセミクローズドデッキ型シリンダブロックに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、オープンデッキ型シリンダブロックのウォータジャケット上端部に後付けによりブリッジ部を形成してシリンダボアの強度を向上するシリンダブロックの製造方法としては、複数提案されている(特許文献1〜5)
【0003】
特許文献1に開示されたシリンダブロックの製造方法は、上端部が開放されたウォータジャケットを有するシリンダブロック本体を用意し、ウォータジャケットの上端部の略全部を覆うように蓋部材を配置し、蓋部材をシリンダボア壁およびシリンダブロック外壁に適宜の溶接方法により溶接し、その後に、冷却液を通すための開口部を蓋部材に形成するものである。
【0004】
特許文献2に開示されたシリンダブロックの製造方法は、オープンデッキ型シリンダブロック2ウォータジャケットの上端部に、ブリッジ母材の表面を軟質な被覆材で被覆した駒を圧入した後、オープンデッキ型シリンダブロックと駒との接合部を電子ビームにより溶接し、ブリッジ部(溶接部)の組成を、シリンダブロック材の組成物と、ブリッジ母材の組成物と、被覆材の組成物との混合組成として、セミクローズドデッキ型シリンダブロックとするものである。
【0005】
特許文献3のシリンダブロックの製造方法は、オープンデッキ型のシリンダブロック本体に形成されるウォータジャケットの上端開口部に閉塞部材を位置決めし、この閉塞部材をシリンダブロック本体に溶接してクローズドデッキ型シリンダブロックとするものであり、閉塞部材とシリンダブロック本体との当接面をテーパー形状とし、当接面同士を溶接するものである。
【0006】
特許文献4に開示されたシリンダブロックの製造方法は、デッキ面で連続しているウォータジャケットの内壁と外壁とがデッキ面で分離され、隣接するシリンダボア間で内壁が共有されている複数気筒用のシリンダブロック本体において、隣接するシリンダボア間の位置のみで内壁と外壁とが連結ピースで連結するもので、連結ピースは、高エネルギービームを斜めに照射して溶接するものである。
【0007】
特許文献5のシリンダブロックの製造方法は、ウォータジャケットの上部にデッキ補強片をデッキ面よりもウォータジャケット内に引っ込めて配置して、そのデッキ補強片の両端部をウォータジャケットの内壁と外壁に対して高エネルギービームを用いて溶接固定するものである。
【0008】
【特許文献1】特開2004−331508号公報
【特許文献2】特開2004−218447号公報
【特許文献3】特開2002−99869号公報
【特許文献4】特開平6−281986号公報
【特許文献5】特許第2600956号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に開示されたシリンダブロックの製造方法は、ウォータジャケットの上端部の全部を覆うように蓋部材を適宜の溶接方法により全周溶接するもので実質的にクローズドデッキ型シリンダブロックを製造する方法である。この方法は、デッキ面のシリンダブロック内壁面の硬さを変化させることなく、接合深さを深くすることはできない。
【0010】
特許文献2のシリンダブロックの製造方法は、接合部を高エネルギービームである電子ビーム溶接という特殊な装置が必要であり、設備導入コストが高くなり、また電子ビーム溶接により溶接するので、アルミニウム合金鋳物であるシリンダブロックへの入熱量過多となる。このため、溶接部の硬度低下が発生する恐れが有りこれを防止するために、ブリッジ材には固溶強化型合金としてAl−Mg系合金展伸材を用いる必要があり、オープンデッキ型シリンダブロックとしてADC12で鋳造したものを用いることに限定されてくる。
【0011】
特許文献3のシリンダブロックの製造方法は、レーザ溶接を用いるので特殊な設備が必要であり、設備導入コストが高くなる。
【0012】
特許文献4と特許文献5のシリンダブロックの製造方法は、高エネルギービームという特殊な設備が必要であり、設備導入コストが高くなり、また、高エネルギービームを用いるからアルミニウム合金鋳物であるシリンダブロックへの入熱量過多となり、後付け形成されるブリッジ部にブローホールが発生しないセミクローズドデッキ型シリンダブロックの製造として適用できない。
【0013】
本発明は、上述した点に鑑み案出したもので、特殊な設備を使用せず、安価なMIG溶接設備で接合でき、且つ必要な接合厚さ(脚長)を得ることができ、入熱量が過多にならず溶接垂れとブローホールの発生を抑えられて肉盛溶接によって必要なブリッジ強度が得られるセミクローズドデッキ型シリンダブロックの製造方法及びセミクローズドデッキ型シリンダブロックを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するため、本願発明のセミクローズドデッキ型シリンダブロックを製造する方法は、アルミニウム合金鋳物製のオープンデッキ型シリンダブロックのシリンダボアの周囲のウォータジャケットの内周壁面の一箇所又は数箇所とこれに対向する外周壁面の箇所とを、底駒と肉盛溶接とを用いて形成したブリッジ部で一体に繋いでセミクローズドデッキ型シリンダブロックを製造する方法であって、前記オープンデッキ型シリンダブロックには、前記内周壁面及び前記外周壁面の前記ブリッジ部を設置する対向箇所の少なくともいずれか一方に、シリンダブロック上端からの深さ寸法が前記底駒の高さ寸法よりも大きい底駒収容用凹部を備え、前記底駒を前記底駒収容用凹部の段部底面と側面に当接するように収容する工程と、溶加材と不活性シールドガスとを用い該溶加材と被溶接体との間に印加する電圧の極性を交互に切り替えて行なう交流MIG溶接機により、前記ウォータジャケットと前記底駒の上面との隅空間をシリンダブロック上面まで埋める肉盛溶接を行う溶接工程と、を有することを特徴とする。前記底駒収容用凹部は、内側壁面と外側壁面の両方に平行に対向するように一対に備えることが底駒の安定のために好ましい。
【0015】
また本願発明のセミクローズドデッキ型シリンダブロックを製造する方法は、アルミニウム合金鋳物製のオープンデッキ型シリンダブロックのシリンダボアの周囲のウォータジャケットの内周壁面の一箇所又は数箇所とこれに対向する外周壁面の箇所とを、底駒と肉盛溶接とを用いて形成したブリッジ部で一体に繋いでセミクローズドデッキ型シリンダブロックを製造する方法であって、前記オープンデッキ型シリンダブロックには、前記内周壁面及び前記外周壁面の前記ブリッジ部を設置する対向箇所の少なくともいずれか一方に、シリンダブロック上端からの深さ寸法が前記底駒の高さ寸法よりも大きい底駒収容用凹部を備え、上面中央を稜線として両側が傾斜面である家形の底駒を傾斜面の傾斜方向が前記ウォータジャケットの両側壁へ向くようにして、該底駒の前記底駒収容用凹部の段部底面と側面に当接するように収容する工程と、溶加材と不活性シールドガスとを用いアーク溶接するMIG溶接機により、前記ウォータジャケットの一方の側壁と前記底駒の上面との隅空間をシリンダブロック上面まで埋める肉盛溶接を行い、次いで、前記ウォータジャケットの他方の側壁と前記底駒の上面との隅空間をシリンダブロック上面まで埋める肉盛溶接を行い、次いで、前記2つの肉盛溶接の谷間を埋める肉盛溶接を行う溶接工程と、を有することを特徴とする。
【0016】
また本願発明のセミクローズドデッキ型シリンダブロックは、上記発明のセミクローズドデッキ型シリンダブロックを製造する方法により製造され、前記底駒が前記ウォータジャケットの両側壁に溶接されかつ前記底駒の上側の前記ウォータジャケットの両側壁が肉盛溶接で繋がっていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
以上のように、請求項1に記載の発明によれば、オープンデッキ型シリンダブロックのウォータジャケットの上端部の内周壁面と外周壁面の少なくともいずれかに底駒収容用凹部を設けて底駒を収容し、底駒と内周壁面及び外周壁面との接合部を交流MIG溶接し、さらに底駒の上側を埋める肉盛溶接により内周壁面と外周壁面とを一体に繋ぎ該肉盛溶接によりブリッジ部の強度を確保する構成であるから、シリンダブロックの鋳物表層部の軟化を抑制するように溶接時の入熱量を適切に制御できるので、入熱量が過多にならずブローホールの発生を有効に抑えるとともに、底駒収容用凹部の深さと底駒の高さを肉盛溶接部によって得るべき連結強度に応じて適切に選択できるので、入熱量が過多にならず溶接垂れと有害なブローホールの発生を抑えられて肉盛溶接によって必要なブリッジ強度が得られ、シリンダブロックの内周壁面の硬さ低下を防ぐ溶接が行えてガスケット面のシールおよびボア剛性品質及び耐久性に優れたセミクローズドデッキ型シリンダブロックを得ることができる。また、本発明によれば、ブリッジ厚さを確保できるので、必要なボア剛性を確保でき、また内周壁面の硬さ低下を防ぐことができるので、シリンダヘッドを組み付けたときに、適切にガスケットを潰すことができるので、シンリンダ筒内圧が逃げないガスシール性を確保することができ、さらにMIG溶接という世の中で一番安価で自動化しやすい溶接方法を用いることができ、低コストでブリッジが形成できる。
【0018】
また請求項2に記載の発明によれば、オープンデッキ型シリンダブロックのウォータジャケットの上端部の内周壁面と外周壁面の少なくともいずれかに底駒収容用凹部を設けて底駒を収容し、底駒と内周壁面及び外周壁面との接合部を直流又は交流MIG溶接し、さらに底駒の上側を埋める肉盛溶接により内周壁面と外周壁面とを一体に繋ぎ該肉盛溶接によりブリッジ部の強度を確保する構成であり、底駒収容用凹部の深さと底駒の高さを肉盛溶接部によって得るべき連結強度に応じて適切に選択できるので、入熱量が過多にならず溶接垂れと有害なブローホールの発生を抑えられて肉盛溶接によって必要なブリッジ強度が得られるセミクローズドデッキ型シリンダブロックを得ることができ、特に底駒を家形にしたので、第3の溶接で肉盛する量を減らすことができるので溶接速度を早くでき、製造速度が速くでき、コスト低減が測ることができ、底駒を薄くしても溶け込まないようにすることができ、底駒を薄くすることができることでブロックの重量を軽くでき、材料コストも低減できる。
また、請求項2に記載の発明は、ブリッジ厚さを確保できるので、必要なボア剛性を確保でき、また内周壁面の硬さ低下を防ぐことができるので、シリンダヘッドを組み付けたときに、適切にガスケットを潰すことができるので、シンリンダ筒内圧が逃げないガスシール性を確保することができ、さらにMIG溶接という世の中で一番安価で自動化しやすい溶接方法を用いることができ、低コストでブリッジが形成できる。
なお、請求項2に記載の発明について、交流MIG溶接機により溶接を行うことにしぼったときは、シリンダブロックの鋳物表層部の軟化を抑制するように溶接時の入熱量を適切に制御できるので、入熱量が過多にならずブローホールの発生を有効に抑えるとともに、シリンダブロックの内周壁面の硬さ低下を防ぐ溶接が行えてガスケット面のシールおよびボア剛性品質及び耐久性に優れたセミクローズドデッキ型シリンダブロックを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
【0020】
〔実施の形態1〕
図1は、実施の形態1に係るアルミニウム合金鋳物製のセミクローズドデッキ型シリンダブロックのトップデッキ側から見た平面図であり、図2(a)は図1のIIa−IIa線断面図であり、図2(b)は図2(a)の要部拡大図である。
【0021】
まず、構成を説明する。図1、図2(a)において、10は、全体を示す符号であり、セミクローズドデッキ型シリンダブロックである。このセミクローズドデッキ型シリンダブロック10は、アルミニウム合金鋳物製であるオープンデッキ型シリンダブロック11と、このシリンダブロック11の「8」の字形のシリンダボア12を囲むウォータジャケット13の上部四箇所に後付けで形成されるブリッジ部14とを備えてなる。
【0022】
ブリッジ部14は、家形の底駒15と、肉盛溶接16,17,18とからなり、家形の底駒15が肉盛溶接16,17,18を形成するときに溶接垂れを防ぎ、肉盛溶接16,17,18がシリンダボア12の主たる連結強度を担持している。
【0023】
底駒15は、オープンデッキ型シリンダブロック11と同一種類のアルミニウム合金の加工体であり、家形に加工され、オープンデッキ型シリンダブロック11のウォータジャケット13の上端部の内周壁面19と外壁面20に形成された底駒収容用凹部21、22に嵌め込まれている。底駒収容用凹部21、22は、底駒15を収容したときに、該底駒15の上に十分な厚さの肉盛溶接16,17,18を行い得るように、底駒15の上面がオープンデッキ型シリンダブロック11の上面11aよりも所要寸法、例えば10mm位引込む状態になるように形成されている。
【0024】
底駒15は、上面が平らであっても良いが、この実施の形態では、上面中央を稜線として両側が傾斜面である家形として、傾斜面の傾斜方向が前記ウォータジャケットの両側壁へ向くようにして、前記底駒収容用凹部21、22の段部底面と側面に当接するように収容されている。このように構成すると、肉盛溶接18で肉盛する量を減らすことができるので肉盛溶接18の溶接速度を早くでき、底駒15を薄くしても溶け込まないようにすることができ、底駒15を薄くすることができることでブロックの重量を軽くできる。
【0025】
肉盛溶接16,17,18は、溶加材と不活性シールドガスとを用いアーク溶接するMIG溶接機により形成される。肉盛溶接16は、底駒15の上面の一方の傾斜面151とこれに対応する側の前記底駒収容用凹部21との三角形の開先空間をシリンダブロック上面11aまで埋められた肉盛溶接である。肉盛溶接17は、底駒15の上面の他方の傾斜面152とこれに対応する側の底駒収容用凹部22との三角形の開先空間をシリンダブロック上面11aまで埋める肉盛溶接である。肉盛溶接18は、2つの肉盛溶接16,17の谷間を埋める肉盛溶接である。
底駒15の上面の傾斜角度は、溶接出力に応じた開先空間となるように決める。底駒収容用凹部21,22の深さと家形の底駒15の上面頂部とのギャップは、肉盛溶接16,17,18が必要な連結強度を担持できるように決定する。また、底駒収容用凹部21,22に密着する家形の底駒15の両側の側面部の高さは、溶接出力に応じて溶接垂れが起きない高さに決定する。これらの寸法と角度を適切に決めると、入熱量が過多にならず溶接垂れとブローホールの発生を抑えられて肉盛溶接によって必要なブリッジ強度が得られるセミクローズドデッキ型シリンダブロックを得ることができ、2つの肉盛溶接の谷間を埋める肉盛溶接18の速度を早くすることができる。交流MIG溶接を行う場合には、直流MIG溶接に比べて出力制御が容易であり入熱量が過多にならないので、底駒収容用凹部21,22の深さ寸法と底駒15の両側の側面部の高さ寸法について直流MIG溶接を行う場合に比べて小さくすることができて、有害なブローホールの発生およびブロック内周面硬さを変えることなくブリッジの厚みを厚くできる。
【0026】
次に、上述したセミクローズドデッキ型シリンダブロック10の製造方法を図4(a)〜(e)を用いて説明する。
【0027】
(第一の工程)
オープンデッキ型シリンダブロック11に、内周壁面19及び外周壁面20のブリッジ部14を設置する対向箇所に、それぞれシリンダブロック上端からの深さ寸法が底駒15の高さ寸法よりも大きくかつ平行に対向するように一対の底駒収容用凹部21、22を備える(図3(a)参照)。これら底駒収容用凹部21、22は、オープンデッキ型シリンダブロック11をダイキャスト製造するときに形成する。なお、底駒収容用凹部21、22は、後加工により設けても良い。
【0028】
(第二の工程)
家形の底駒15を、上面の傾斜方向が一対の底駒収容用凹部21、22へ向くようにして一対の底駒収容用凹部21、22の対向面下部及び段部底面に嵌合するように収容する(図3(a)、(b)参照)。
【0029】
(第三の工程)
溶加材と不活性シールドガスとを用いアーク溶接するMIG溶接機(不図示)により肉盛溶接を行う。肉盛溶接は、肉盛溶接16と肉盛溶接17のいずれか一方を先に、他方を後に行い、肉盛溶接18を最後に行う。特にこの場合、この肉盛溶接を溶加材と被溶接体との間に印加する電圧の極性を交互に切り替えて交流MIG溶接機により行うことが好ましい。
ここでは、底駒15の上面の一方(シリンダボア側)の傾斜面151とこれに対応する側の底駒収容用凹部21との三角形の開先空間をシリンダブロック上面11aまで埋める肉盛溶接16を行い、底駒15の上面の他方の傾斜面152とこれに対応する側の底駒収容用凹部22との三角形の開先空間をシリンダブロック上面11aまで埋める肉盛溶接17を行い、最後に、2つの肉盛溶接16,17の谷間を埋める肉盛溶接18を行う。これにより、ウォータジャケット13の上部に、底駒15と肉盛溶接16,17,18とでブリッジ部14を一体に形成し、シリンダボア12の強度を向上している。
【0030】
(MIG溶接機により肉盛溶接を行う条件)
溶融金属(肉盛溶接16,17,18)の形成形態は、電極を構成する溶接ワイヤー(溶加材)と1組のワーク(シリンダブロック11及び底駒15)間に与える熱エネルギーに大きく依存する。この熱エネルギーの大きさは、トーチの速度、電流の量(電圧値と電流値)とアーク長さ(火花の高さつまり、電極とワークの間に走る火花の長さ)、通電方向などで決まる。すなわち、電流値は、三つの金属を溶かすアークプラズマの熱エネルギーの大きさに関係する因子となり、通電方向は、電極を形成するワイヤとワークのそれぞれへのアークプラズマの熱エネルギーの大きさに関係する因子となり、通電方向は、電極を構成するワイヤとワークのそれぞれへのアークプラズマの熱エネルギーの配分に関係する因子となる。
【0031】
通電方向は、電極の極性設定により決まるが、ワイヤの極性を基準に、ワイヤを正極性とする逆極性と、ワイヤを負極性とする正極性とがある。逆極性通電と正極性通電との違いは、アークプラズマの熱エネルギーの配分量の違いになる。
【0032】
ワイヤ(溶加材)を正極性とする逆極性の特徴は、電子を放出する陰極を構成する母材となる鋳物材(上記実施形態ではシリンダブロック11及び底駒15)への熱エネルギーへの配分量が多くなり、母材の加熱・溶融が主体となる一方、正極となるワイヤ(溶加材)では、熱エネルギーの配分量が少なくなるとともに、電子が流入するワイヤ(溶加材)の先端部に加熱・溶融が集中し、溶融量が多くなる(図4(a)参照)。
【0033】
これに対してワイヤ(溶加材)を負極性とする正極性の特徴は、熱エネルギーの配分が陰極となるワイヤ主体になるとともに、ワイヤから放出される電子は、先端部を含めたワイヤ全体から放出され、ワイヤ全体が溶融することからワイヤの溶融量が多くなる。一方、このとき母材(上記実施形態ではシリンダブロック11及び底駒15)の溶融は、母材に被着するワイヤ溶融金属の溶融熱による間接入熱が主体になることから、母材の加熱・溶融は少なくなる。
【0034】
上記した逆極性通電と正極性通電との違いを、溶接現象で説明すると、ワイヤを正極性とする逆極性通電では、加熱・溶融の主体が母材になることから、アルミニウム鋳物材(上記実施形態ではシリンダブロック11)の溶融量も多くなり、アルミニウム鋳物材中に含有するガスが溶融金属中に析出する結果、溶融金属中のブローホールの発生が多くなる。また、母材となるアルミニウム鋳物材が直接加熱されることから、アルミニウム鋳物材に含有するガスが溶融金属の周囲の熱影響部に析出して熱影響部にもブローホールが発生するようになる(図4(a)参照)。ブローホールの発生の原因は、鋳物母材に含有するガス量Gと、該ガス量の析出に関係する母材への入熱量になる
【0035】
これに対して、ワイヤを負極性とする正極性通電では、加熱・溶融の主体がワイヤになり、母材(上記実施形態ではシリンダブロック11)の加熱・溶融は、ワイヤ溶融金属の被着に伴う間接入熱が主な熱源になる。結果として、溶融金属中のブローホールは、母材の溶融量が少ないことから減少する。また、母材の熱影響部でのガスの析出も、母材への加熱が少ないことから減少し、有害なブローホールの発生が減少する(図4(b)参照)。
【0036】
そこで、本実施の形態では、交流MIG溶接機により肉盛溶接を行うことが好ましい。その場合に、ワイヤを正の極性とする逆極性通電と、ワイヤを負の極性とする正極性通電との相互の関係として、ワイヤが負極となる時間T2での積分値|B|を通電1周期(T1+T2)での積分値(A+|B|)で除した極性比率Cを適宜調整し、例えば底駒収容用凹部シリンダボア側(アルミ部肉厚5mm)での入熱量を11J/mm、外周壁側(アルミ部肉厚8mm)での入熱量を14J/mm、双方を繋ぐ肉盛部(双方の肉厚の合計13mm)での入熱量を14J/mmとして溶接した。ただし、入熱量については次の式(1)を用いて設定した。
Q=IE(1−C)/(vt)…式(1)
(単位板厚あたりの入熱量Q[J/mm]、電流値I[A]、電圧E[V]、極性比率C[−]、溶接速度v[mm/s]、ワーク肉厚t[mm])
【0037】
上記のように、母材であるアルミニウム鋳物材(シリンダブロック11)への溶接入熱量を制御したので、ブローホール発生を調節することができ、有害なブローホールをなくすことができる。有害なブローホールとは、ブローホールを起点として疲労破断が起きるような、加わる応力振幅レベルによって変わるが例えばφ2mm以上の大きさのものを言う。母材中に含有するガス量を7ccとした場合、極性比率Cを適宜調整し、例えば底駒収容用凹部シリンダボア側(アルミ部肉厚5mm)での入熱量を20J/mm以下、外周壁側(アルミ部肉厚8mm)での入熱量を20J/mm以下、双方を繋ぐ肉盛部(双方の肉厚の合計13mm)での入熱量を20J/mm以下とすると、有害ブローホールの発生を抑えられる。これにより、ブリッジ部14について、入熱量が過多にならずブローホールの発生を抑えて厚みがある溶接が行えて、母材の破断形態が得られ、鋳造コスト、溶接コストが低下し、品質管理が容易となり、生産性が向上する。このとき、複数の溶接ビードのうち、より溶け込み制限の厳しい方(例えば硬さ低下に対して制約がある内側壁面)を先に施工することが望ましい。
【0038】
(比較例1)
図5は、底駒15Bを上面が平らで高いピースとして、交流MIG溶接機を行った場合の断面図である。これはブリッジに駒を設置して、その駒を溶接する方法で、この方法だとMIG溶接では、溶接の脚長を長くすることができないため、必要なブリッジの強度を得ることができない、シリンダブロックのシリンダ内側壁面への熱影響の幅が大きくなり、ヘッド締め付け面の硬さが低下して、ヘッド面のガスシール性が確保できないという問題がある。
【0039】
(比較例2)
図6は、底駒15Cを上面が平らで低いピースとして、直流MIG溶接機を行った場合の断面図である。母材や底駒15Cへの入熱量が大きすぎて溶け落ちる状態になる。
【0040】
〔その他の実施の形態〕本発明は上記実施の形態にこれに限定されるものでなく、特許請求の範囲に記載された発明の要旨を逸脱しない範囲内での種々、設計変更した形態を技術的範囲に含むものである。
上述した実施の形態1では、底駒15を家形として、直流MIG溶接又は交流MIG溶接を行うこととしたが、交流MIG溶接を行うときには、上面が平らな底駒を用いることができる。また、底駒収容用凹部は、ウォータジャケットの内周面と外周面のいずれか一方に設ければ足りる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】実施の形態にかかるセミクローズドデッキ型シリンダブロックを示す平面図である。
【図2】(a)は図1のIIa−IIa線断面図であり、(b)は(a)の部分拡大図である。
【図3】本発明による製造方法の工程を示す図である。
【図4】本発明による製造方法で採用する交流MIG溶接について逆極性通電と正極性通電との違いを溶接現象で説明するための溶接部断面図である。
【図5】比較例1にかかる溶接状態を示す断面図である。
【図6】比較例2にかかる溶接状態を示す断面図である。
【符号の説明】
【0042】
10 セミクローズドデッキ型シリンダブロック
11 オープンデッキ型シリンダブロック
11a シリンダブロック上面
12 シリンダボア
13 ウォータジャケット
14 ブリッジ部
15 底駒
151、152 傾斜面
16,17,18 肉盛溶接
19 内周壁面
20 外周壁面
21、22 底駒収容用凹部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金鋳物製のオープンデッキ型シリンダブロックのシリンダボアの周囲のウォータジャケットの内周壁面の一箇所又は数箇所とこれに対向する外周壁面の箇所とを、底駒と肉盛溶接とを用いて形成したブリッジ部で一体に繋いでセミクローズドデッキ型シリンダブロックを製造する方法であって、
前記オープンデッキ型シリンダブロックには、前記内周壁面及び前記外周壁面の前記ブリッジ部を設置する対向箇所の少なくともいずれか一方に、シリンダブロック上端からの深さ寸法が前記底駒の高さ寸法よりも大きい底駒収容用凹部を備え、
前記底駒を前記底駒収容用凹部の段部底面と側面に当接するように収容する工程と、
溶加材と不活性シールドガスとを用い該溶加材と被溶接体との間に印加する電圧の極性を交互に切り替えて行なう交流MIG溶接機により、前記ウォータジャケットと前記底駒の上面との隅空間をシリンダブロック上面まで埋める肉盛溶接を行う溶接工程と、
を有することを特徴とするセミクローズドデッキ型シリンダブロックを製造する方法。
【請求項2】
アルミニウム合金鋳物製のオープンデッキ型シリンダブロックのシリンダボアの周囲のウォータジャケットの内周壁面の一箇所又は数箇所とこれに対向する外周壁面の箇所とを、底駒と肉盛溶接とを用いて形成したブリッジ部で一体に繋いでセミクローズドデッキ型シリンダブロックを製造する方法であって、
前記オープンデッキ型シリンダブロックには、前記内周壁面及び前記外周壁面の前記ブリッジ部を設置する対向箇所の少なくともいずれか一方に、シリンダブロック上端からの深さ寸法が前記底駒の高さ寸法よりも大きい底駒収容用凹部を備え、
上面中央を稜線として両側が傾斜面である家形の底駒を傾斜面の傾斜方向が前記ウォータジャケットの両側壁へ向くようにして、該底駒の前記底駒収容用凹部の段部底面と側面に当接するように収容する工程と、
溶加材と不活性シールドガスとを用いアーク溶接するMIG溶接機により、前記ウォータジャケットの一方の側壁と前記底駒の上面との隅空間をシリンダブロック上面まで埋める肉盛溶接を行い、次いで、前記ウォータジャケットの他方の側壁と前記底駒の上面との隅空間をシリンダブロック上面まで埋める肉盛溶接を行い、次いで、前記2つの肉盛溶接の谷間を埋める肉盛溶接を行う溶接工程と、
を有することを特徴とするセミクローズドデッキ型シリンダブロックを製造する方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のセミクローズドデッキ型シリンダブロックを製造する方法により製造され、前記底駒が前記ウォータジャケットの両側壁に溶接されかつ前記底駒の上側の前記ウォータジャケットの両側壁が肉盛溶接で繋がっていることを特徴とするセミクローズドデッキ型シリンダブロック。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−121346(P2009−121346A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−296197(P2007−296197)
【出願日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【出願人】(000005256)株式会社アーレスティ (44)
【Fターム(参考)】