説明

タンパク質の不溶化方法、タンパク質由来樹脂の製造方法、並びに、タンパク質由来の樹脂及び生分解性プラスチック

【課題】 タンパク質の不溶化方法の提供を目的とする。
【解決手段】 前記目的を達成するために、本発明のタンパク質の不溶化方法は、タンパク質を溶解した水溶液を亜臨界水条件下で反応させることにより、タンパク質を不溶化する方法である。本発明の方法によれば、さまざまなタンパク質を原料として、新規な樹脂を製造できる。そして、この樹脂は、タンパク質由来であるから、生分解性プラスチック又はその材料として使用できる。また、前記樹脂の合成反応は、タンパク質が溶解した水溶液を亜臨界条件とするだけで起こり、その反応時間も数分以内に短くすることができるから、前記樹脂の製造は、簡便であり、そのコストも低減できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の不溶化方法、タンパク質由来樹脂の製造方法、並びに、タンパク質由来の樹脂及び生分解性プラスチックに関する。
【背景技術】
【0002】
近年の石油関連プラスチックの継続的及び拡大的使用にともない、石油関連プラスチック廃棄物が増加し、このことが、埋立て地不足の加速や、固形廃棄物処理の焼却処分にともなう深刻な公害問題を引き起こしている。例えば、石油関連プラスチック廃棄物は、自然界では分解されにくいため長期間残存し、例えば、後述のようにして、生態系を乱す。すなわち、水や空気を通さない石油関連プラスチック廃棄物は、土壌の肥沃状態を減退させ、その他の物質の分解をも阻害し、地下水源を枯渇させ、動物の生態に危険を及ぼす。また、海中においては、石油関連プラスチック廃棄物は、海生動物を窒息させたり、絡ませたりして、彼等の生存に影響を及ぼす。また、日本やヨーロッパ等の多くの国々では、埋立てに使用できる場所がほとんど残されておらず、石油関連プラスチック廃棄物を含む固形廃棄物の処理問題の重要性が、ますます増大している。それゆえ、環境に安全かつ容易に処分できるプラスチック材料を製造することには、非常に多くの利点がある。
【0003】
適切な環境に置かれた場合に著しい構造変化(主として、分子量の減少)を受けるポリマーは、環境分解型ポリマー(environmentally degradable polymers)とよばれる(ASTM D883)。この環境分解型ポリマーは、以下の4つに分類することができる。
(1)生分解性 :微生物の作用により、定量的にCO2及びH2O又はCH4及びH2Oのいずれかに変換されるポリマー。
(2)加水分解性:加水分解のプロセスにより分解されるポリマー。
(3)光分解性 :光と酸素との総合作用により分解されるポリマー。
(4)酸化分解性:酸化分解プロセスにより分解されるポリマー。
【0004】
これらの環境分解型ポリマーを大量生産し、既存の石油関連プラスチックの代替とすることは、石油や天然ガス等の再利用ができない資源の保護に役立ち、廃棄物問題の解決に寄与することとなる。環境分解型プラスチックは、例えば、農業用マルチ、外科用インプラント、産業包装、ラップ、乳製品の包装(sachet)、フードサービス、日常生活介護、製薬及び医療機器等の分野に適用できる。
【0005】
生分解性の環境分解型ポリマー(生分解性プラスチック)は、例えば、以下のように、3つに分類することができる(非特許文献1参照)。
(1)微生物産生系:糖等を原料として微生物の体内に蓄積させるタイプ。ポリヒドロキシブチレート等。
(2)天然物系:バイオマスを利用したタイプ。澱粉、酢酸セルロース、キトサン等。
(3)化学合成系:モノマーを重合するタイプ。ポリ乳酸、ポリビニルアルコール等。
【0006】
これらの中でも、前記化学合成系の生分解性プラスチックであるポリ乳酸は、バイオマスから抽出した澱粉を発酵等して利用するものであり、近年注目を集めている。しかし一方では、石油関連プラスチックに対抗するには高価すぎるという問題があり、費用効率に優れる新たな生分解性プラスチックやその製造方法についての技術が必要とされている。また、より多くの分野で生分解性プラスチックを利用できるよう、より多くの種類の生分解性プラスチックが必要とされている。
【0007】
他方、タンパク質は、原則的には、生分解性であり、熱を加えることで変性し、凝集することが知られている。さらに、タンパク質の中には、ゲル化するものもある。例えば、コラーゲンは、アルカリ又は酸で処理することでゼラチンとなる。また、BSA(ウシ血清アルブミン)も、熱処理によってゲル化することが知られている(非特許文献2及び3参照)。しかしながら、これらの凝集物やゲルをプラスチックとして使用するには、例えば、強度が足りない等の問題がある。タンパク質をプラスチックとして利用するには、タンパク質のより強度な重合体マトリックスを形成させる必要がある。
【非特許文献1】生分解性プラスチック研究会、「生分解性プラスチックの本」、p.22−23、日刊工業新聞社、2004年8月30日発行
【非特許文献2】Nakamura, T. et al. "Interaction during heat induced gelatin in a mixed system of soybean 7S and 11S globulins" Agric. Biol. Chem. Vol. 50, PP. 2429-2435, 1986
【非特許文献3】Kitabatake, N. et al. "Rheological properties of heat induced ovalbumin gels prepared by two-step and one-step heating methods." J. Food Sci. Vol. 54, PP. 1632-1638, 1989
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は、タンパク質の不溶化方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するために、本発明のタンパク質の不溶化方法は、タンパク質を亜臨界水処理して不溶化する工程を含む方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明者等は、さまざまな組成物に対する亜臨界水処理の作用について鋭意研究を重ね、その結果、従来であれば、主に、組成物の分解や低分子化を目的として使用されていた亜臨界水処理が、逆に、タンパク質の不溶化物の形成反応を引き起こし、前記不溶化物が、タンパク質由来樹脂として利用できることを見出し、本発明に到達した。
【0011】
本発明の方法によれば、原料とするタンパク質に応じて、さまざまな不溶化反応を起こすことができるから、新規な樹脂を製造できる。そして、この樹脂は、タンパク質由来であるから、生分解性プラスチック又はその材料として使用できる。また、前記不溶化反応は、タンパク質が溶解した水溶液を亜臨界条件とすることだけで起こり、その反応時間も数分以内に短くすることができる簡便な方法であるから、前記樹脂や生分解性プラスチックの製造コストを低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
タンパク質を含む水溶液を亜臨界水処理すると、異なる2つの反応が起こる。第1の反応は、タンパク質の変性、凝集、重合及び架橋を含む不溶化反応であり、第2の反応は、前記不溶化反応により形成された不溶化物が低分子化される分解反応である。亜臨界水処理の初期段階においては、前記第1の不溶化反応が優勢である。そして、その後に前記第2の分解反応が、前記第1の反応よりも優勢となり、合成された不溶化物を分解する。したがって、前記第2の分解反応が優勢となる前に亜臨界水処理を止めることで、前記第1の不溶化反応により合成された不溶化物を、分解されて減少する前に回収することができる。本発明の方法は、本発明者らが初めて見出したこれらの知見に基づくものである。
【0013】
前記第1の反応におけるタンパク質を不溶化する反応とは、タンパク質が、亜臨界水処理後に不溶化物となる反応であって、タンパク質の間の様々な結合を含む反応である。前記結合は、特に制限されず、例えば、ジスルフィド結合等のタンパク質間の共有結合や、水素・イオン・ファンデルワールス結合等のタンパク質間の非共有結合があげられる。前記結合は、共有結合であることが好ましい。さらに、前記結合は、タンパク質がアンフォールディングされ互いに絡まりあうことによる物理的な結合も含む。前記第2の分解反応は、前記不溶化物が低分子化される反応であって、前記低分子化は、例えば、加水分解等によるものと考えられる。
【0014】
本発明で使用するタンパク質は、特に制限されず、いずれのタンパク質も使用でき、例えば、水溶性タンパク質全般があげられる。入手の容易さ、コスト等の点から、本発明で使用するタンパク質としては、アルブミン、コラーゲン等があげられる。前記アルブミンの種類は、特に制限されず、例えば、血清アルブミン、オボアルブミン、ラクトアルブミンの他、植物由来のアルブミンであってもよい。また、本発明で使用するタンパク質は、単一種類であってもよく、数種類のタンパク質の混合物であってもよい。
【0015】
次に、本発明の方法における亜臨界水処理について説明する。前記亜臨界水処理の工程は、例えば、バッチ式で行ってもよく、連続式で行っても良い。バッチ式で行う場合、例えば、ステンレス鋼等の材質から形成された耐圧耐熱反応器に、原料となる前記タンパク質を含む水を入れて密閉し、この反応器を所定の反応温度に加熱して前記反応器内を高温高圧とすれば、前記反応器内部の水が亜臨界水となり、内部のタンパク質の不溶化反応を開始させることができる。なお、必要に応じて、反応器内部に加える前記水に、例えば、酸やアルカリ、アルコール等を加えてもよい。前記反応の停止は、例えば、前記反応器を急冷することにより行うことができる。急冷後の前記反応器の内部には、前記樹脂と水相とが含まれることになるが、これらは、例えば、遠心分離等により、前記樹脂を分離することができる。
【0016】
亜臨界水とは、一般に、臨界点(374.3℃、22.1MPa)より低い温度又は圧力の水をいう。なお、亜臨界水の温度、圧力の下限値は、通常、定義されないが、本発明においては、タンパク質の前記不溶化反応が起こりうる温度、圧力であって、例えば、127℃、0.27MPaである。
【0017】
本発明の方法において、前記亜臨界水処理の反応温度は、例えば、前記第1の不溶化反応が起こる温度以上、前記第2の分解反応が過剰とならない温度以下であって、例えば、127℃以上300℃以下であって、好ましくは、160℃以上290℃以下であって、より好ましくは、180℃以上280℃以下であり、さらにより好ましくは、200℃以上275℃以下である。
【0018】
また、前記亜臨界水処理の反応時間は、前記第1の不溶化反応により不溶化物の合成が開始され、かつ、前記第2の分解反応が活性化するまでの時間であることが好ましく、例えば、0秒を超え20分以下であって、好ましくは、10秒以上10分以下であって、より好ましくは、15秒以上5分以下であり、さらにより好ましくは、30秒以上1分以下である。
【0019】
前記亜臨界水処理の反応圧力は、例えば、0.027MPa以上28MPa以下であって、好ましくは、0.5MPa以上15MPa以下であり、より好ましくは、1MPa以上10MPa以下であり、さらにより好ましくは、1.5MPa以上10MPa以下である。なお、バッチ式で亜臨界水処理を行う場合には、閉式反応器を使用するため、内部の圧力は、飽和水蒸気圧に従うこととなる。
【0020】
本発明のタンパク質由来の樹脂の製造方法は、本発明の方法によりタンパク質を不溶化する工程を含む製造方法である。前記不溶化の工程で得られる不溶化物が、本発明のタンパク質由来の樹脂となる。
【0021】
次に、本発明の樹脂について説明する。本発明の樹脂は、上述のとおり、タンパク質を亜臨界水処理して不溶化する工程を含む製造方法により合成される樹脂である。前記亜臨界水処理に際して、単一又は複数種類のタンパク質に、さらに、他の組成物を加えてもよい。加える前記組成物としては、特に制限されないが、例えば、改質を目的とした組成物であって、例えば、糖や脂質、有機化合物が挙げられる。
【0022】
本発明の樹脂は、タンパク質由来の樹脂であるから、生分解性である。したがって、本発明の樹脂は、例えば、後述する生分解性プラスチック等に利用できる。その場合、亜臨界水処理に際して加える前記組成物も、生分解性であることが好ましい。
【0023】
本発明の樹脂の加工は、特に制限されないが、例えば、以下の方法で行うことができる。まず、亜臨界水処理して合成された本発明の樹脂を乾燥させたのち、グラインドしてパウダー状とする。次に、このパウダーを、例えば、水と混合させて混合物を調製し、この混合物を、例えば、金型に埋め込んだり、塗布したりする。そして、金型に合わせてプレスして成形を行う。前記混合物における本発明の樹脂のパウダーと水との割合は、特に制限されず、例えば、前記混合物の粘度等に応じて適宜調節できる。また、前記プレスは、加熱プレスであってもよく、常温のプレスであってもよい。前記混合物の塗膜の厚みは、特に制限されないが、例えば、1mm〜4mmである。プレスの圧力は、特に制限されず、加工後に必要な厚みに応じて調節できるが、例えば、0を超え40MPa以下であって、好ましくは、15〜30MPaであって、より好ましくは、20〜25MPaである。プレスの時間としては、例えば、15〜60分であって、好ましくは、30〜50であって、より好ましくは、30〜40分である。また、加熱する場合、その温度としては、例えば、80〜150℃であって、好ましくは、80〜130℃であって、より好ましくは、100℃〜120℃である。
【0024】
本発明の樹脂の加工の際には、例えば、改質剤を使用できる。前記改質剤は、加工後の本発明の樹脂の硬度、耐久性、柔軟性等の特性を調整するために使用される。その使用方法は、特に制限されないが、例えば、前記パウダーと水との混合物を調製する際に、前記改質剤を添加する方法が挙げられる。前記改質剤としては、特に制限されないが、例えば、グリセリン、スターチ、コラーゲン、ケナフ、ポリ乳酸等が挙げられる。前記改質剤の添加量としては、特に制限されないが、例えば、前記混合物における水以外の重量に対して、0を超え70重量%以下であり、好ましくは、0を超え50重量%以下であり、より好ましくは、0を越え30重量%以下である。なお、本発明の樹脂を生分解性プラスチックとして使用する場合、前記改質剤も生分解性であることが好ましい。
【0025】
本発明の樹脂は、他の樹脂の改質剤として使用してもよい。本発明の樹脂は、本来生分解性であるから、例えば、他の生分解性プラスチックへ改質剤として用いてもよい。
【0026】
本発明の生分解性プラスチックは、本発明の樹脂のみからなる、または、本発明の樹脂を生分解性プラスチック材料の一つとして含む生分解性プラスチックである。本発明の生分解性プラスチックは、例えば、農業用マルチ、外科用インプラント、産業包装、ラップ、乳製品の包装(sachet)、フードサービス、日常生活介護、製薬、医療機器等の分野に適用できる。
【0027】
本発明の生分解性プラスチック製品は、本発明の生分解性プラスチックを利用した製品であり、例えば、本発明の生分解性プラスチックを成形したり、積層したりして得られる製品である。本発明の生分解性プラスチック製品も、上述の様々な分野に適用できる。
【0028】
以下に、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0029】
本実施例では、BSA(ウシ血清アルブミン)を原料タンパク質として、本発明の方法を用いてBSA樹脂を合成し、このBSA樹脂のキャラクタライゼーションを行った。
【0030】
(BSA)
前記原料タンパク質のBSAは、市販の精製BSA(和光純薬工業株式会社製)を使用した。以下で使用する他の薬品類も同様に市販のものを使用した。なお、前記BSAは、SDS−PAGE(ポリアクリルアミドゲル電気泳動)において確認したところ均質的であり、また、その含水量が5%であった。
【0031】
(反応器)
亜臨界水処理のためのバッチ式反応器として、ステンレス鋼(材質:SUS316製)のパイプの両端にそれぞれキャップ(SWAGELOK社製)を取り付けた反応器を作製した。前記反応器を、前記パイプの内径を変えて2つ作製したところ、内容積は、それぞれ9.0cm3及び34cm3であった。
【0032】
(反応試料)
反応器に充填する反応試料は、前記精製BSAを、純水(Milli-Q(ミリポア社製)で処理した水、以下同じ。)に溶解して調製した。特に言及しない場合、BSA濃度は、160g/Lである。
【0033】
(亜臨界水処理によるBSA樹脂の合成)
亜臨界水処理は、以下のように行った。まず、前記反応器に反応試料を充填し、密閉する。次に、この反応器を所定温度(例えば、127℃〜300℃)で安定しているソルトバス(Thomas Kagaku Co.Ltd.製)に投入し、所定時間の後、前記反応器を、前記ソルトバスからすみやかに取り出し、大量の冷却水中に投入して急冷した。なお、この亜臨界水処理においては、前記ソルトバスの温度を反応温度、前記反応器が前記ソルトバス内にある時間を反応時間とした。前記急冷後、不溶性固体と水相とからなる反応生成物を前記反応器から回収し、50mlの純水に稀釈後、室温、3,000 g、15分で遠心分離した。上澄み液を取り除き、ミリポアメンブレン(孔径2.2×10-7m、ミリポア社製)により不溶性固形成分として合成されたBSA樹脂を分離した。
【0034】
(反応温度と反応時間の関係)
亜臨界水処理時の反応温度及び反応時間が、BSA樹脂の収率に与える影響を確認した。その結果を図1に示す。同図に示すとおり、反応温度及び反応時間の増加とともに、生成されるBSA樹脂の収率が減少した。
【0035】
次に、反応開始から5秒、10秒及び15秒後における反応後の水相中のBSAタンパク質の濃度をSDS−PAGEにより確認した。その結果を図2に示す。同図に示すとおり、亜臨界水処理後僅か10秒から15秒でBSAタンパク質のバンドが消滅し、水相におけるBSAタンパク質のほとんどがBSA樹脂に変換されたことが確認された。
【0036】
(BSA樹脂の電子顕微鏡観察)
前記BSA樹脂の性質を確認するため、200℃及び250℃で0.5分反応させて合成したBSA樹脂、並びに、天然(未処理)BSAについてSEM(走査型電子顕微鏡)観察した。前記SEMは、JEOL6700電界放出SEM(JEOL Inc.製)を使用した。観察試料は、乾燥させた前記BSA樹脂を固形試料として使用し、その他については、製造業者の取扱い説明書にしたがって行った。その結果の一例を図3に示す。同図に示すとおり、BSA樹脂(図3B,C)と天然BSA(図3A)とは、一見して区別できた。また、200℃で合成されたBSA樹脂では、BSAが、細い紐からなる多孔性の相互接続ネットワークを形成するように凝集していた(図3B)。他方、250℃で合成されたBSA樹脂では、BSAが、より大きな塊を形成するように凝集していた(図3C)。
【0037】
(元素成分分析)
BSA樹脂及び天然BSAの炭素、窒素、硫黄の各元素成分の割合を、CHNSコーダ(PerkinElmerJapan製、商品名:PE2400SeriesII)を用いて測定した。測定試料は、天然BSA及び200℃〜300℃、0.5分〜1.5分で合成されたBSA樹脂を使用した。前記測定試料は、測定前に、75℃のオーブンで2日間乾燥させた。その結果の一例を図4に示す。同図に示すとおり、0.5分の段階では、全ての温度で変化がなかったが、300℃のBSA樹脂の場合、1.0分後に、窒素の含有量が減少し、炭素及び硫黄の含有量が増加した。これは、300℃のBSA樹脂では、反応1.0分後に既に加水分解が始まっていることを示す。
【0038】
(BSAの結合形成)
BSA樹脂において形成される結合を、FT-IR分光法により確認した。BSA樹脂試料のIRスペクトルは、FT/IR-410フーリエ変換赤外線分光器(JASCO CO.Ltd.製)により記録した。IR解析の固形試料は、KBrパウダーとともに圧縮成形して調製した。前記固形試料として、天然BSA及び250℃、0.5分及び20分で合成したBSA樹脂を使用した。その結果の一例を図5に示す。同図に示すとおり、天然BSAのIRスペクトルの特徴と、250℃、0.5分のBSA樹脂のそれとは、同一であった。このことは、前記BSA樹脂が、天然BSAから、新たな結合形成や結合切断をすることなく、結合されたものであることを示す。また、250℃20分のBSA樹脂のIRスペクトルからは、タンパク質構造の劇的な変形が読み取れた。すなわち、815〜560cm-1及び710〜695cm-1の-R-O-N-結合を示すピーク、並びに、690〜685cm-1の-CS-SS-CS-結合を示すピークが現れた。
【0039】
以上の結果から、BSA樹脂を合成する好ましい条件は、200℃〜275℃で0.5分〜1分であることが示された。
【0040】
(反応開始時のBSA濃度)
反応試料のBSA濃度を、5〜160g/Lの範囲で変化させて、250℃、1分の条件でBSA樹脂を合成した。その結果の一例を図7Aに示す。同図に示すとおり、反応開始時の濃度が、上記範囲のどの濃度にであっても、不溶化反応が起こり、樹脂が合成されることが示された。なお、50g/Lは、BSAの一般的な血清中の濃度である。また、図7Bに、それぞれのBSA濃度における収率を示す。同図に示すとおり、BSA濃度が高くなるにつれ収率は落ちてはいるものの、いずれの濃度においても非常に高い収率を示した。
【0041】
(BSA樹脂対する反応温度の影響)
所定の温度で形成されたBSA樹脂への熱流(heat flow)を、DSC(示差走査熱量計、商品名:DSC 6200、セイコーインストルメント社製)で測定した。スキャンレートは、5℃/minに設定し、較正試料として、インジウム(ΔH=28.5J/g、Tm=156℃)を使用した。測定試料として、天然BSA並びに200、250、275及び300℃、1分で合成したBSA樹脂を使用した。測定は、製造業者の取扱い説明書に従い行った。DSCによれば、熱により誘導されてタンパク質分子構造が溶解や変性する変換点(転移温度)が、スペクトルのピークとして検出できる。前記測定の結果、天然BSAの転移温度が66℃であったのに対して、200、250、275及び300℃のBSA樹脂の転移温度は、それぞれ、66、77、78及び85.5℃であり、BSA樹脂の合成反応温度が高くなるほど、転移温度が高くなった。このことから、反応温度が高くなるほど、BSA樹脂の結合力、すなわち、架橋の程度が大きくなることが示された。
【0042】
(最大吸水度)
BSA樹脂の最大吸水度の測定は、乾燥させたBSA樹脂を3日間4℃で純水中に浸し平衡最大吸収に達したところで重量を測定し、乾燥時の重量に対する増加分の重量の割合として算出することで行った。200、250、275及び300℃のBSA樹脂の最大吸水度の結果の一例を図8に示す。同図に示すとおり、BSAの不溶化反応温度が高くなるほど、BSA樹脂の最大吸水度が減少した。
【0043】
(機械的性質)
BSA樹脂の機械的性質を、一軸方向の引張試験を行い確認した。測定装置は、100kNのスタティックロードセル(ASTM D638)を備えた商品名Instron 5582を用いた。測定試料は、10mm×15mm×40mmの大きさに調製した、最大吸水状態の250℃及び275℃のBSA樹脂、並びに、60%の乾燥状態の275℃のBSA樹脂を用いた。測定は、室温、10mm/分の引張り速度で行った。その応力・歪み曲線の一例を図9に示す。同図に示すとおり、全ての試料において、降伏点まで応力と歪みとは直線の比例関係であり、降伏点を過ぎると、応力が減少し、破断するまで歪みが増加した。また、全ての試料において、塑性を示す部分が少なかったが、特に、60%乾燥試料において顕著であった。250及び275℃の最大吸水試料の平均降伏強さは、それぞれ、0.026MPa及び0.024MPaであり、平均引張り弾性率は、それぞれ、0.0016及び0.0014であった。60%乾燥試料は、前記最大吸水試料よりも剛性が高く、平均降伏強さ及び平均引張り弾性率は、それぞれ、0.06MPa及び0.0032であった。
【0044】
(変性剤等に対する溶解度)
BSA樹脂の変性剤に対する溶解度を確認した。乾燥させたBSA樹脂をグラインドしてパウダー状にし、下記1〜5に示す溶液に混合し、溶解したタンパク質を測定した。タンパク濃度は、分光光度計(商品名:UV-2100、島津製作所製)を用いて、ε=0.55(g/L)-1cm-1として、波長279nmで測定した。
1:水
2:6M 尿素
3:6M グアニジン塩酸
4:6M 尿素 + 20mM EDTA + 0.2M ジチオスレイトール(DTT)
5:6M グアニジン塩酸 + 20mM EDTA + 0.2M DTT

その結果、BSA樹脂は、1の水には、不溶であり、2及び3の尿素及びグアニジン塩酸には、10%未満の溶解度であった。そして、4及び5に対しては、80%以上の溶解度を示した。尿素やグアニジン塩酸は、水の構造を壊すことによって、水等の極性溶媒に対する非極性物質の溶解を促進することができる。BSA樹脂が、尿素やグアニジン塩酸に対して難溶性を示したことから、BSA樹脂の合成における重合には、例えば、ジスルフィド結合等のタンパク分子間の共有結合が関与していることが確認できた。
【実施例2】
【0045】
(合成したBSA樹脂の加工)
250℃、1分の条件で合成したBAS樹脂を乾燥させてグラインドして得たBSA樹脂のパウダーを用いて、BSA樹脂を板状に成形した。まず、前記BSA樹脂パウダー100重量部に対し、水を150重量部混合してペースト状の混合物を調製した。次に、前記混合物を平らに塗布した後、120℃、20MPa、30分の熱プレスを行い、板状に加工されたBSA樹脂を得た。加工前のBSA樹脂と加工後のBSA樹脂についてSEM(走査型電子顕微鏡)観察した結果を図10に示す。図10Aは、加工前のBSA樹脂、図10Bは、加工後のBSA樹脂のSEM写真である。これらの図に示すとおり、加工後には、BSA樹脂が均一化されたことが分かる。
【実施例3】
【0046】
(改質剤を用いたBSA樹脂の加工)
前記BSA樹脂パウダーを100重量部使用することに代えて、改質剤としてグリセリン及び/又はスターチを10又は25重量%含むBSA樹脂パウダーを100重量部使用した他は、実施例2と同様にして加工し、板状のBSA樹脂を得た。得られた加工BSA樹脂について、一軸方向の引張試験を行い、機械的性質を確認した。測定装置は、100kNのスタティックロードセル(ASTM D638)を備えた商品名Instron 5582を用いた。その結果を下記表1に示す。
【0047】
(表1)
試料 BSA樹脂 スターチ グリセリン 水 引張応力 引張歪み 伸び
番号 wt% wt% wt% wt% MPa % mm
1 100 0 0 150 12.7 1.7 1
2 90 0 10 150 10.3 4.4 2.4
3 75 0 25 150 8.0 7.8 4.7
4 90 10 0 150 8.6 1.3 0.5
5 75 25 0 150 0.6 2.8 1.7
6 80 10 10 150 5.8 1.2 0.7
【0048】
上記表1に示すとおり、BSA樹脂の加工時に改質剤を添加することで、添加剤を加えない場合(試料番号1)に比べ、加工後のBSA樹脂の機械的性質(引張応力、引張歪み等)が調整できることが確認できた(試料番号2〜6)。また、グリセリンは、特に、BSA樹脂に柔軟性を付与する効果が顕著であった(試料番号2及び3)。
【実施例4】
【0049】
(メタン発酵菌によるBSA樹脂の分解)
BSA樹脂の生分解性を示すため、BSA樹脂試料を発酵培地に加えて嫌気条件下で培養し、BSA樹脂が分解されることによって発生するメタンガス(CH4)を測定した。
【0050】
前記BSA樹脂試料は、実施例2で得られた約1.1gの板状の加工BSA樹脂を使用した。また、発酵培地は、京都府下の分解業者が使用している発酵培地を5ml使用した。培養は、オートサンプラー(パーキンエルマー社製、20−CV)のバイアルに、嫌気性雰囲気下(N2/CO2 80/20 vol./vol.)で前記BSA樹脂試料及び発酵培地を入れてシールし、37℃で培養した。培養中、前記バイアル上部の空間から気密シリンジで0.5mlのサンプルを回収し、ガスクロマトグラフィー(島津製作所製 GC-8APT)により、CH4、Co2、及びN2の濃度を測定した。培養後、1日、4日〜7日後のCH4及びCo2の測定結果を図11に示す。同図において、コントロールは、BSA樹脂試料を加えない以外は上述の条件と同様に培養した結果である。
【0051】
同図に示すように、BSA樹脂試料と発酵培地とを培養した場合、4〜7日後の試料からメタンガスの発生が認められた。この結果は、BSA樹脂が、生分解性であることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0052】
以上説明したとおり、本発明によれば、タンパク質由来の生分解性プラスチックを製造できるから、本発明は、例えば、農業用マルチ等の農業分野、外科用インプラント、生体吸収性物質等の医薬・医療分野、コンポスト化、資源リサイクル等の資源保護、環境保全の分野等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】図1は、亜臨界水処理における反応温度とBSA樹脂の収率との関係の一例を示すグラフである。
【図2】図2は、亜臨界水処理における反応開始から所定時間後の水相の電気泳動パターンの一例を示す写真である。
【図3】図3A〜Cは、それぞれ、天然BSA、BSA樹脂(200℃)及びBSA樹脂(250℃)のSEM観察写真の一例である。
【図4】図4A〜Cは、それぞれ、BSA樹脂の炭素、窒素、硫黄の含有量測定結果の一例を示すグラフである。
【図5】図5は、FT-IR分光法によりBSA樹脂を測定した結果の一例を示すグラフである。
【図6】図6は、反応初期段階における水相中のタンパク質濃度を測定した結果の一例を示すグラフである。
【図7】図7Aは、反応に用いたBSA量を変化させた場合に得られるBSA樹脂の収量の一例を示す写真であり、図7Bは、その収率を測定した結果の一例である。
【図8】図8は、所定温度で合成されたBSA樹脂と最大吸水率度との関係の一例を示すグラフである。
【図9】図9は、BSA樹脂の応力・歪み曲線の一例を示すグラフである。
【図10】図10A及びBは、それぞれ、加工前のBSA樹脂及び加工後のBSA樹脂のSEM観察写真の一例である。
【図11】図11は、メタン発酵菌によるBSA樹脂の分解の一例を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質を不溶化する方法であって、タンパク質を亜臨界水処理して不溶化する工程を含む方法。
【請求項2】
さらに、亜臨界水処理後に処理物を急冷する工程を含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記タンパク質が、水溶性タンパク質を含む請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記亜臨界水処理の温度が、127℃〜300℃であり、圧力が、0.27MPa〜28MPaである請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記亜臨界水処理の反応時間が、0秒を超え20分以下である請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
タンパク質由来の樹脂の製造方法であって、請求項1から5のいずれかに記載の方法によりタンパク質を不溶化する工程を含む製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の製造方法により製造されるタンパク質由来の樹脂。
【請求項8】
タンパク質の不溶化物の製造方法であって、請求項1から5のいずれかに記載の方法によりタンパク質を不溶化する工程を含む製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の製造方法により製造されるタンパク質の不溶化物。
【請求項10】
請求項7に記載の樹脂及び請求項9に記載の不溶化物の少なくとも一方を含む生分解性プラスチック。
【請求項11】
さらに、改質剤を含む請求項10に記載の生分解性プラスチック。
【請求項12】
請求項10又は11に記載の生分解性プラスチックを用いて成形及び積層の少なくとも一方をすることにより得られる生分解性プラスチック製品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2006−213641(P2006−213641A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−28066(P2005−28066)
【出願日】平成17年2月3日(2005.2.3)
【出願人】(801000061)財団法人大阪産業振興機構 (168)
【Fターム(参考)】