説明

タンパク質の安定化剤

【課題】(1)病原体汚染の可能性が低い、(2)発光タンパク質の安定化に効果的である、(3)凍結乾燥した場合であってもタンパク質の活性への影響を最小化できる、といった効果を有する優れたタンパク質の安定化剤を提供する。
【解決手段】魚類由来のペプチドを含有するタンパク質の安定化剤。魚類由来のペプチドが、魚類由来のコラーゲンもしくはゼラチンを加水分解して得られたペプチドである、該安定化剤。タンパク質がカルシウム結合型発光タンパク質である、該安定化剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の安定化剤、タンパク質組成物、タンパク質の安定化方法、およびタンパク質組成物を有するキットに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、酵素などのタンパク質が有する機能には、その立体構造が関与していることが知られている。何らかの理由によりその立体構造が変化することにより、本来持っていた機能が失われたり、活性が低下したりする。また、タンパク質は凍結乾燥した状態で保存される場合も多く、凍結乾燥時における機能の消失、活性の低下を防止する方法について様々な研究がなされており、例えば、グルタミン酸ナトリウム等のアミノ酸、アルブミン、スキムミルク等のタンパク質、シュクロース、マルトース等の糖類、グルタチオン、メルカプトエタノール等の還元剤、グリセロール、ソルビトール等の多価アルコール、さらには、Tween80、Brij35等の界面活性剤がタンパク質の安定化剤として有用であることが一般に知られている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
前述の通り、タンパク質の安定化剤としては、アミノ酸、タンパク質、糖類、還元剤、多価アルコール、界面活性剤などが知られているが、そのうちアミノ酸、糖類、還元剤、多価アルコール、および界面活性剤は、タンパク質との組合せによっては安定化剤としての効果が不十分な場合もある。これに対してウシ血清アルブミンなどのようなタンパク質は、殆どのタンパク質に対して十分な効果が認められることから、タンパク質の安定化剤として非常に使いやすいものであった。
【0004】
しかしながら、タンパク質の安定化剤として使用されるタンパク質の殆どは、牛などの四肢動物由来であり、牛海綿状脳症(BSE)や口蹄疫など動物由来の病原体が混入している可能性は否定できない。こういった事情からも、病原体混入の恐れが少ない、安全で優れた新規のタンパク質の安定化剤が望まれていた。
【特許文献1】特開昭60−280523号広報
【特許文献2】特開昭62−149628号広報
【特許文献3】特表平11−507819号広報
【特許文献4】特許第3343712号公報
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、これら従来技術の課題に鑑み鋭意検討を重ねた。その結果、魚類由来のペプチドがタンパク質の安定性を著しく向上させることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させた。
【0006】
すなわち、本発明は以下の構成を有する。
(1)魚類由来のペプチドを含有するタンパク質の安定化剤。
(2)魚類由来のペプチドが、魚類由来のコラーゲンもしくはゼラチンを加水分解して得られたペプチドである、前記第1項に記載のタンパク質の安定化剤。
(3)魚類由来のペプチドの重量平均分子量が500〜3,000の範囲である、前記第1項または第2項に記載のタンパク質の安定化剤。
(4)タンパク質がカルシウム結合型発光タンパク質である、前記第1項から第3項のいずれか1項に記載のタンパク質の安定化剤。
(5)カルシウム結合型発光タンパク質が、イクオリン、オベリン、クライチン、マイトロコミン、ミネオプシン、ベルボインおよびそれらの変異体から選ばれる1種以上である、前記第4項に記載のタンパク質の安定化剤。
【0007】
(6)前記第1項から第3項のいずれか1項に記載の安定化剤とタンパク質とを含有するタンパク質組成物。
(7)魚類由来のペプチドとタンパク質との重量比(魚類由来のペプチド/タンパク質)が、10/1〜10000/1の範囲である、前記第6項に記載のタンパク質組成物。
(8)タンパク質がカルシウム結合型発光タンパク質である、前記第6項または第7項に記載のタンパク質組成物。
(9)カルシウム結合型発光タンパク質が、イクオリン、オベリン、クライチン、マイトロコミン、ミネオプシン、ベルボインおよびそれらの変異体から選ばれる1種以上である、前記第8項に記載のタンパク質組成物。
(10)凍結乾燥粉末状態である、前記第6項から第9項のいずれか1項に記載のタンパク質組成物。
【0008】
(11)前記第3項いずれか1項に記載のタンパク質の安定化剤と、タンパク質とを接触させることを特徴とする、タンパク質の安定化方法。
(12)タンパク質がカルシウム結合型発光タンパク質である、前記第11項記載のタンパク質の安定化方法。
(13)カルシウム結合型発光タンパク質が、イクオリン、オベリン、クライチン、マイトロコミン、ミネオプシン、ベルボインおよびそれらの変異体から選ばれる1種以上である、前記第12項に記載のタンパク質の安定化方法。
(14)前記第6項から第9項のいずれか1項に記載のタンパク質組成物を凍結乾燥することを特徴とする、タンパク質の安定化方法。
【0009】
(15)前記第6項から第10項のいずれか1項に記載のタンパク質組成物を含むことを特徴とするキット。
【発明の効果】
【0010】
本発明のタンパク質の安定化剤ならびにタンパク質の安定化方法は、(1)病原体汚染の可能性が低い、(2)発光タンパク質の安定化に効果的である、(3)凍結乾燥した場合であってもタンパク質の活性への影響を最小化できる、といった効果を有する。本発明のタンパク質の安定化剤が斯様な効果を有することから、これとタンパク質とを含有するタンパク質組成物は、研究用のみならず、一般消費向けにも安心して利用でき、玩具やリラクゼーション商品などにも使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に、本発明の実施の形態において実施例を挙げながら具体的かつ詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図ならびに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0012】
1.タンパク質の安定化剤
(1)魚類由来のペプチド
本発明に必須のペプチドは、魚類由来であれば特に限定されるものではない。本発明においてペプチドとは、アミノ酸の数が50未満のポリペプチドのことであり、魚類から取出したタンパク質を加水分解することにより得ることができる。魚類は特に限定されるものではないが、具体的には鰯類、秋刀魚、鯛類や鮭類、ニシン、鯉などを例示することができ、その中でも、すり身の原料となるイトヨリダイやフィレ加工に供されるアカマツカサやテラピア等は大型魚類であり、その鱗もまた大きいことから好ましく用いることができる。
【0013】
魚類が有するタンパク質においては、コラーゲン、エラスチン、アクチンやミオシン等の筋肉を構成するタンパク質などがその大部分を占めるが、本発明に用いるペプチドは、コラーゲンもしくはコラーゲンの三重螺旋構造が解けたゼラチンを加水分解して得られたペプチドであることが、入手のしやすさや取扱いのしやすさや効果の面から好ましい。また、当該コラーゲンは、魚類の何れの部位から得られたものであっても本発明に使用することは可能であるが、特に鱗は、最もコラーゲンを多く含み、脂肪が少ないことからコラーゲンを抽出し易く好ましい。
【0014】
コラーゲンの抽出方法は特に限定されるものではないが、具体的には、魚類の鱗を熱水抽出後に酵素を添加して加水分解する特開2004-57196に記載の無脱灰法や、魚の鱗を酸などで脱灰して得た粗コラーゲンを加圧下で、弱塩基である重曹などのアルカリ水溶液中で加水分解する特開2004-91418に記載の方法などが挙げられる。
【0015】
加水分解の方法は特に限定されるものではないが、具体的には、酸分解、酵素分解、アルカリ分解等が挙げられる。所望のペプチドが得られるのであれば、本発明においては何れの方法であっても採用することができる。
【0016】
ことほど左様に、本発明に必須の成分である魚類由来のぺプチドは限定されるものではないが、魚類の鱗から得られたコラーゲンもしくはゼラチンを加水分解して得られたペプチドは、前述のようにその入手し易いことも然り乍ら、タンパク質安定化の効果も高く、殊に後述のカルシウム結合型発光タンパク質の安定化に顕著な効果があり、本発明に好ましく用いることができる。
【0017】
本発明の必須成分である魚類由来のペプチドの重量平均分子量は特に限定されないが、100〜10,000の範囲、さらには500〜3,000の範囲であれば、より顕著な、または安定した効果を得ることができる。ペプチドの重量平均分子量は、GPCにて測定することができる。その装置と測定条件は以下の通りである。
ポンプ装置:LC−10Ai(島津製作所)
カラム:Asahipak GF−1G 7B + Asahipak GF-510HQ+AsahipakGF−310HQ
移動相:アセトニトリル/水(容量比) = 45/55 + 0.1容量%トリフルオロ酢酸
流量:0.5ml/min
カラム温度:40℃
UV検出条件:215nm
注入量:10μl
【0018】
また、本発明にそのまま使用可能な魚類由来のペプチドは市販されており、容易に入手することができる。斯様なペプチドとしては、イクオスHDL-50F(新田ゼラチン、商品名)、フィッシュコラーゲンWP(マルハ、商品名)、ルスロFGH(ルスロ、商品名)、マリンマトリックス(焼津水産、商品名)、HACP-U2(ゼライス、商品名)、マリンコラーゲンオリゴCF(チッソ、商品名)などが挙げられる。
【0019】
本発明のタンパク質の安定化剤は、液状、塊状、粉状の何れであってもよく、液状である場合には、魚類由来のペプチドをpH5.0〜9.0で緩衝作用を発揮する緩衝液に溶解もしくは分散させたものであることが好ましい。本発明に使用し得る緩衝液としては、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、グッド緩衝液、HEPES緩衝液、クエン酸緩衝液、四ホウ酸緩衝液、コハク酸緩衝液、ジエチルバルビツル酸緩衝液、MOPS緩衝液などが挙げられる。
【0020】
本発明のタンパク質の安定化剤は、魚類由来のペプチドのみからなるものであってもよく、さらにその他の成分を含有するものであっても良い。その他の成分は本発明の効果を損なわないものであれば、何れのものも使用することができ、香料、防腐剤、還元剤、キレート剤、塩類、糖、有機酸、アミノ酸、タンパク質、界面活性剤、有機溶剤などを挙げることができる。
【0021】
タンパク質の安定化剤における魚類由来のペプチドの割合は特に限定されるものではない。組み合わせるタンパク質の種類や量、さらには求められる効果の程度により異なることから、一義的に特定することはできない。但し、安定化剤として高い効果を発揮するため当該割合は0.01重量%以上であることが好ましい。また、タンパク質の機能を損なわず、粘度の上昇など、取扱いに支障をきたさない限り、0.01〜10重量%の範囲であることが好ましく、より好ましくは0.05〜5重量%の範囲であり、特に好ましくは0.1〜1重量%の範囲である。この範囲であれば顕著な安定化効果を発揮することができる。
【0022】
その他の成分の種類や割合は、本発明の効果を損なわない限り特に限定されるものではない。組み合わせるタンパク質の種類や量、さらには求められる用途の効果の程度によって適宜用いることができる。また、本発明のタンパク質の安定化剤のpHは特に限定されるものではなく、安定化の対象物であるタンパク質の種類やその機能により適宜選択すればよく、たとえば、対象物であるタンパク質がカルシウム結合型発光タンパク質である場合には、pH5.0〜9.0の範囲であることが好ましい。
タンパク
【0023】
(2)タンパク質
安定化の対象物質であるタンパク質は特に限定されるものではない。具体的には、酵素、生体構造を形成するタンパク質、タンパク質ホルモン、受容体、細胞内シグナルに係るタンパク質、アクチンやミオシンなど筋肉を構成するタンパク質、血液凝固因子であるタンパク質、カゼイン、蛍光活性を有するタンパク質、発光活性を有するタンパク質、などを挙げることができる。
【0024】
しかしながら、カルシウム結合型発光タンパク質に対して有効な安定化剤に関する報告は見られず、実質的に、ウシ血清アルブミン(以下「BSA」と言うことがある。)のような四肢動物由来のタンパク質に限定されるのが現状であった。本発明の安定化剤は、このカルシウム結合型発光タンパク質の安定化に顕著な効果を示す。
【0025】
カルシウム結合型発光タンパク質とは、カルシウムと特異的に反応し、瞬間発光するタンパク質である。たとえば、イクオリン、オベリン、クライチン、マイトロコミン、ミネオプシン、ベルボインおよびそれらの変異体が知られている。中でもイクオリンは、高純度で多量に入手でき、工業的に使用可能である。市販品としては、チッソ株式会社製やMPバイオメディカルズ社製などから容易に入手できる。それ以外のカルシウム結合型発光タンパク質については、その遺伝子配列は公知であり、さらにPCR法などの公知の方法(Fagan, TF. et al., FEBS Lett. (1993) 333: 301-305、特開2008-022848、WO 04/035620、WO 02/1591)により自製することが可能である。
【0026】
2.タンパク質組成物
(1)魚類由来のペプチド
本発明のタンパク質組成物には、前述の魚類由来のペプチドの何れであっても本発明に用いることができる。
【0027】
タンパク質組成物に含まれる魚類由来のペプチドの割合は特に限定されるものではないが、当該ペプチドとタンパク質との重量比(魚類由来のペプチド/タンパク質)は、10/1〜10000/1の範囲であることが好ましく、より好ましくは100/1〜1000/1の範囲である。この範囲であれば、タンパク質の安定化効果が顕著である。
【0028】
(2)タンパク質
本発明のタンパク質組成物には、前述のタンパク質の何れであっても本発明に用いることができる。タンパク質は、液状、塊状、粉状の何れであってもよく、液状である場合には、タンパク質をpH5.0〜9.0で緩衝作用を発揮する緩衝液に溶解もしくは分散させたものであることが好ましい。本発明に使用し得る緩衝液としては、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、グッド緩衝液、HEPES緩衝液、クエン酸緩衝液、四ホウ酸緩衝液、コハク酸緩衝液、ジエチルバルビツル酸緩衝液、MOPS緩衝液などが挙げられる。
【0029】
(3)第3成分
本発明のタンパク質組成物は、本発明の効果を損なわない範囲であれば、第3成分を含有するものであっても良い。第3成分としては香料、防腐剤、還元剤、キレート剤、塩類、糖、有機酸、アミノ酸、タンパク質、界面活性剤、有機溶剤などを挙げることができる。
本組成物中の第3成分の使用割合は、本発明の効果を損なわない範囲であれば特に限定されるものではない。タンパク質の種類や量、それと組み合わせるタンパク質の安定化剤の組成や量により適宜決定すればよい。本組成物のpHは特に限定されるものではなく、タンパク質の種類やその機能により適宜選択すればよく、たとえば、対象物であるタンパク質がカルシウム結合型発光タンパク質である場合には、pH5.0〜9.0の範囲であることが好ましい。
【0030】
(4)タンパク質組成物の製造方法
本発明のタンパク質組成物は、魚類由来のペプチドと安定化させたいタンパク質とを含有するものであり、その状態は液状、塊状、粉状など何れの形状であってもよい。また、その製造方法は特に限定されるものではなく、用いる魚類由来のペプチドおよび安定させたいタンパク質の種類や性状によって、適宜好適な方法を任意に選択すればよい。
その製造方法の具体例について、タンパク質としてカルシウム結合型発光タンパク質を用いた場合であって、カルシウム結合型発光タンパク質の溶液と魚類由来のペプチドの溶液とを混合し、次いでその混合液を凍結乾燥する方法について以下に詳述する。
なお、ここにおいてカルシウム結合型発光タンパク質とは、前述のものと同じであり、粉状、液状の何れの状態であっても用いることができる。
【0031】
1)カルシウム結合型発光タンパク質溶液
カルシウム結合型発光タンパク質溶液は、カルシウム結合型発光タンパク質を緩衝液に溶解もしくは分散させることにより調製することができる。緩衝液は限定されるものではないが、pH5.0〜9.0で緩衝作用を発揮する緩衝液が好ましい。この緩衝液であれば、カルシウム結合型発光タンパク質の発光活性を最大限発揮できる。具体的には、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、グッド緩衝液、HEPES緩衝液、クエン酸緩衝液、四ホウ酸緩衝液、コハク酸緩衝液、ジエチルバルビツル酸緩衝液、MOPS緩衝液などが挙げられる。
【0032】
また、カルシウム結合型発光タンパク質溶液は、カルシウムの混入を防ぐためキレート剤を含有するものであることが好ましい。キレート剤は、カルシウムイオンに配位してキレート化合物をつくる多座配位子であれば、何れのものであっても使用することができる。具体的には、エチレンジアミン四酢酸、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸、ジヒドロキシエチルエチレンジアミン二酢酸、トランス−1,2−ジアミノシクロヘキサン−N,N,N´,N´−四酢酸、1,3−プロパンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、ニトリロ三酢酸、グルコン酸ナトリウム、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸、L−アスパラギン酸−N,N−二酢酸、ジカルボキシメチルグルタミン酸四ナトリウム塩、ジヒドロキシエチルグリシン、アミノトリメチレンホスホン酸、ヒドロキシエタンホスホン酸、およびそれらの塩などである。
【0033】
それらキレート剤の中でもカルシウムに対するキレート安定度定数を考慮すると、エチレンジアミン四酢酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トランス−1,2−ジアミノシクロヘキサン−N,N,N´,N´−四酢酸、およびそれらの塩などが好ましく、特に好ましくはエチレンジアミン四酢酸およびその塩(「EDTA」ということがある。)である。
【0034】
カルシウム結合型発光タンパク質溶液は、その発光活性を損なわなければ、塩化ナトリウムや硫酸アンモニウムなどといった、各種塩類を含有することができる。
【0035】
カルシウム結合型発光タンパク質溶液における当該タンパク質の濃度は、その用途に応じて適宜調製すればよい。例えば、イムノアッセイ用途であれば、当該タンパク質を10〜100ng/ml程度に希釈しても用いることができる。
また、アミューズメントやリラクゼーション用途においては、カルシウム結合型発光タンパク質の濃度が100μg/ml以上であれば、目視でも発光を確認でき、目的の用途に好適である。
【0036】
2)魚類由来のペプチドの溶液
魚類由来のペプチドの溶液は、魚類由来のペプチドを緩衝液に溶解もしくは分散させることによって調製することができる。特にpH5.0〜9.0で緩衝作用を発揮する緩衝液が、カルシウム結合型発光タンパク質の発光活性を最大限発揮できるため好ましい。具体的には、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、グッド緩衝液、HEPES緩衝液、クエン酸緩衝液、四ホウ酸緩衝液、コハク酸緩衝液、ジエチルバルビツル酸緩衝液、MOPS緩衝液などが挙げられる。
【0037】
また、緩衝液には、カルシウムの混入を防ぐため、キレート剤を含有させるのが好ましい。キレート剤は、カルシウムイオンに配位してキレート化合物をつくる多座配位子であれば、何れのものであっても本発明に使用することができる。具体的には、エチレンジアミン四酢酸、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸、ジヒドロキシエチルエチレンジアミン二酢酸、トランス−1,2−ジアミノシクロヘキサン−N,N,N´,N´−四酢酸、1,3−プロパンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、ニトリロ三酢酸、グルコン酸ナトリウム、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸、L−アスパラギン酸−N,N−二酢酸、ジカルボキシメチルグルタミン酸四ナトリウム塩、ジヒドロキシエチルグリシン、アミノトリメチレンホスホン酸、ヒドロキシエタンホスホン酸、およびそれらの塩などである。
【0038】
それらのキレート剤の中でもカルシウムに対するキレート安定度定数を考慮すると、エチレンジアミン四酢酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トランス−1,2−ジアミノシクロヘキサン−N,N,N´,N´−四酢酸、およびそれらの塩などが好ましく、特に好ましくはエチレンジアミン四酢酸およびその塩(「EDTA」ということがある。)である。
【0039】
魚類由来のペプチド溶液は、その発光活性を損なわなければ、塩化ナトリウムや硫酸アンモニウムなどといった、各種塩類を含有することができる。
【0040】
3)両液の混合
本発明のタンパク質組成物は、上記両液を混合することにより得ることができる。両液の混合割合は特に限定されるものではないが、最終的に魚類由来のペプチドとカルシウム結合型発光タンパク質との重量比が、前述の範囲になるように調節することが好ましい。
【0041】
4)凍結乾燥
本発明のタンパク質組成物は、非常に良好なタンパク質の安定性を有することから、たとえ凍結乾燥した場合であっても、タンパク質の機能は良好に維持される。
凍結乾燥の方法は特に限定されるものではなく定法にしたがって行えばよい。具体的には、液状のタンパク質組成物をガラス瓶などの容器に移し、冷凍庫内などに静置する、あるいは冷却した冷媒や液体窒素などに該ガラス瓶等を浸漬させるなどして該混合溶液を凍結させた後、凍結乾燥機にて乾燥させることで所望の凍結乾燥物が得られる。
【0042】
3.タンパク質の安定化方法
本発明におけるタンパク質の安定化方法は、先に述べた本発明のタンパク質の安定化剤とタンパク質とを接触させることを特徴とする。
本発明の安定化方法の対象物であるタンパク質は、前述のタンパク質の何れであっても用いることができる。
【0043】
「接触」とは、本発明のタンパク質の安定化剤と安定化の対象物であるタンパク質とを同じ系に存在させることを意味し、タンパク質を収容した容器に安定化剤を添加すること、安定化剤を収容した容器にタンパク質を添加すること、安定化剤とタンパク質とを混合すること、などが含まれる。
その際の安定化剤とタンパク質とは、液状、固形状、粉状など何れの形状であってもよい。その中でも安定化剤とタンパク質の何れか一方、またはその両方が液状であると、両者の接触が密になることから好ましい。
【0044】
また、前述のように、本発明のタンパク質の安定化剤は、タンパク質を凍結乾燥した場合であっても極めて良好な安定化効果を示す。したがって、室温や冷蔵による長期保存時や室温における長期輸送時等においても、該タンパク質の機能を損なわないなどの観点から、タンパク質を凍結乾燥する必要がある場合に、本発明のタンパク質の安定化方法は有効である。
【0045】
4.本発明のタンパク質の安定化剤およびタンパク質組成物の用途
本発明のタンパク質の安定化剤およびタンパク質組成物の用途は特に限定されるものではないが、たとえば、カルシウム結合型発光タンパク質の発光活性を失活させることなく、4〜10℃の冷蔵温度から室温において長期間保存することが可能なことから、一例を挙げれば、臨床検査などで多用されているイムノアッセイ等の検出シグナルプローブとして好適に用いることができる。
【0046】
さらに、アミューズメント分野やリラクゼーションにおける発光キットにおいても、一般家庭の冷蔵庫や室温にて、発光活性を失うことなく保存できるため、好適に用いることができる。
【0047】
本発明のキットは、本発明のタンパク質組成物を含むものである。それ以外の含有物は特に限定されるものではないが、たとえば、ビオチン、アビジン、ストレプトアビジン、抗体などを含んでもよく、通常用いられる材料および方法で製造することができる。また、本発明のキットは、例えば、サンプルチューブ、プレート、キット使用者に対する指示書、溶液、バッファー、試薬、標準化のために好適なサンプルまたは対照サンプルを含んでもよい。
なお、カルシウム結合型発光タンパク質は、ビオチン、アビジン、ストレプトアビジン、抗体などで標識されたものであっても良い。
【0048】
アミューズメント、リラクゼーション用途では、香料、防腐剤、界面活性剤、糖、有機酸、アミノ酸、タンパク質などを含んでも良い。本発明のキットは、通常用いられる材料および方法で製造することができる。また、本発明のキットは、例えば、サンプルチューブ、キット使用者に対する指示書、溶液、バッファー、試薬などを含んでもよい。
【0049】
以下実施例をもって本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、本実施例において「%」は、特に断りがない限り「重量%」を意味する。
【実施例】
【0050】
実験例1
魚類由来のペプチドによるイクオリンの凍結乾燥に対する安定剤効果の確認
(1)凍結乾燥サンプルの調製
1%、0.1%、0.01%のマリンコラーゲンオリゴCF(重量平均分子量1,000、チッソ社製)を含有した、10mM EDTA、50mM Tris-HCl(pH7.6)溶液(以下「希釈液」と言うことがある。)792μlのそれぞれに、1.2M硫酸アンモニウム、10mM EDTAを含有した50mM Tris−HCl(pH7.6)に溶解したイクオリン溶液(1.5mg/ml)を8μlずつ加え、最終濃度が15μg/mlのイクオリン希釈液とした。得られたイクオリン希釈液200μlをエッペンチューブに分注し、フタに穴を開けた後、凍結乾燥機(FDU−2100、東京理化製)にて一晩凍結乾燥した。
【0051】
(2)イクオリン発光活性の測定
凍結乾燥後、10mM EDTAを含有した50mM Tris-HCl(pH7.6)200μlを得られた凍結乾燥物に加えて再溶解し、再度イクオリン希釈液とした。凍結乾燥前後のイクオリン希釈液2μlをそれぞれプラスチックチューブに取り、これに50mM 塩化カルシウムを含有する50mM Tris−HCl(pH7.6)を注入した後、ルミノメーター(AB2200、アトー社製)にて、発光強度を測定し、結果を表1に示した。
また、上記希釈液の代わりに、1%BSA(シグマ社製ウシ血清アルブミン)10mM EDTA、50mM Tris-HCl(pH7.6)溶液を用いた以外、前述の方法に準じて発光強度を測定した結果も表1に示した。さらに対照として、上記希釈液の代わりに、何れのタンパク質も含まない10mM EDTAを含有した50mM Tris-HCl(pH7.6)液を用いた以外は、前述の方法に準じて発光強度を測定した結果も表1に示した。
【0052】
【表1】

【0053】
マリンコラーゲンオリゴCFを含有する場合、対照サンプルと比べて明らかにイクオリンの発光活性が保持されており、中でもマリンコラーゲンCFの含有割合が0.1%の希釈液を用いた場合、および1%の希釈液を用いた場合には約90%以上の活性を保持しており、BSAと同等の凍結乾燥に対する安定化効果を発揮することが示された。なお、表1の「発光強度変化率(%)」の「%」は凍結乾燥前のイクオリンの発光強度に対する凍結乾燥後のイクオリンの発光強度の変化を表したものである。
【0054】
実験例2
凍結乾燥サンプルの再溶解後の4℃保存安定性効果の確認
実験例1にて再溶解したイクオリン希釈液をそのまま4℃に保存し、7日、14日後の発光強度を、実験例1の(2)の方法に準じて測定し、それぞれの安定化効果を確認した。その結果を表2に示す。
【0055】
【表2】

【0056】
マリンコラーゲンオリゴCFを含有する場合、対照サンプルと比べて明らかにイクオリンの発光活性が保持されており、マリンコラーゲンオリゴCFは、カルシウム結合タンパク質を溶液状態で冷蔵保存した場合であっても、安定化効果を発揮することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明のタンパク質の安定化剤は、タンパク質の安定化剤として有用であり、殊に、凍結乾燥状態での保存及び溶液状態での冷蔵保存における安定化剤として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚類由来のペプチドを含有するタンパク質の安定化剤。
【請求項2】
魚類由来のペプチドが、魚類由来のコラーゲンもしくはゼラチンを加水分解して得られたペプチドである、請求項1に記載のタンパク質の安定化剤。
【請求項3】
魚類由来のペプチドの重量平均分子量が500〜3,000の範囲である、請求項1または2に記載のタンパク質の安定化剤。
【請求項4】
タンパク質がカルシウム結合型発光タンパク質である、請求項1から3のいずれか1項に記載のタンパク質の安定化剤。
【請求項5】
カルシウム結合型発光タンパク質が、イクオリン、オベリン、クライチン、マイトロコミン、ミネオプシン、ベルボインおよびそれらの変異体から選ばれる1種以上である、請求項4に記載のタンパク質の安定化剤。
【請求項6】
請求項1から3のいずれか1項に記載の安定化剤とタンパク質とを含有するタンパク質組成物。
【請求項7】
魚類由来のペプチドとタンパク質との重量比(魚類由来のペプチド/タンパク質)が、10/1〜10000/1の範囲である、請求項6に記載のタンパク質組成物。
【請求項8】
タンパク質がカルシウム結合型発光タンパク質である、請求項6または7に記載のタンパク質組成物。
【請求項9】
カルシウム結合型発光タンパク質が、イクオリン、オベリン、クライチン、マイトロコミン、ミネオプシン、ベルボインおよびそれらの変異体から選ばれる1種以上である、請求項8に記載のタンパク質組成物。
【請求項10】
凍結乾燥状態である、請求項6から9のいずれか1項に記載のタンパク質組成物。
【請求項11】
請求項1から3のいずれか1項に記載のタンパク質の安定化剤と、タンパク質とを接触させることを特徴とする、タンパク質の安定化方法。
【請求項12】
タンパク質がカルシウム結合型発光タンパク質である、請求項11に記載のタンパク質の安定化方法。
【請求項13】
カルシウム結合型発光タンパク質が、イクオリン、オベリン、クライチン、マイトロコミン、ミネオプシン、ベルボインおよびそれらの変異体から選ばれる1種以上である、請求項12に記載のタンパク質の安定化方法。
【請求項14】
請求項6から9のいずれか1項に記載のタンパク質組成物を凍結乾燥することを特徴とする、タンパク質の安定化方法。
【請求項15】
請求項6から10のいずれか1項に記載のタンパク質組成物を含むことを特徴とするキット。