説明

ダウクス属植物の育種方法、およびダウクス属植物

【課題】
栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難いダウクス属植物が得られる育種方法を提供する。
【解決手段】
受領番号FERM AP−21824で特定されるダウクス属植物を、これとは異なるダウクス属植物と交配させ、次世代を得る工程、
該次世代を、その根部の肩部分が地上に露出するように栽培する工程、及び
栽培後の該次世代から、前記露出部分の着色が少ない個体を選抜する工程
を有することを特徴とする
栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難いダウクス属植物の育種方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はダウクス属植物の育種方法、およびダウクス属植物に関する。
【背景技術】
【0002】
ダウクス(Daucus)属植物は世界各国で野菜として利用されており、主としてダウクス・キャロータ(Daucus carota)由来の栽培品種が多数育成され、重要な根菜類として農業生産されている。
【0003】
元来、野菜はビタミン類、ミネラル、及び植物繊維などの栄養成分が豊富であり、人類の食生活に欠かすことができない。更に、近年消費者の健康思考の高まり、及び高齢化社会の到来により、野菜の食生活に果たす役割はますます高まっている。なかでも、ダウクス属植物は、カロテン、リコピン、及びポリフェノールなどの抗酸化成分を摂取するのに理想的な野菜である。
【0004】
一方、野菜には、豊富な色のバリエーションが存在し、食事時に視覚を通して、食欲増進のみならず、精神を安定させたり、ストレスを解消したり、また伝統的行事に利用されたりと、人間の精神生活を豊かにする効果も持ち合わせている。例えば、ダウクス属植物には、様々な色の根部のものが存在するが、特に橙色のものは、食物における橙色の演出において重要である。すなわち、野菜は、その栄養成分のみならず、その色もまた重要である。
【0005】
世界の各地域で独自に品種が育種されてきたこともあり、ダウクス属植物には、特性の異なる様々なタイプのものが存在している。しかし、現在もなお、さらに優れたものを育種すべく努力が払われている。ダウクス属植物の育種においては、その色もまた、非常に重要である。
【0006】
ダウクス属植物の色に関しては、収穫物である根部全体が上から下まで一様な色のものが望ましいが、栽培中、根部の肩部分が雨、風、凍み上がりなどで土壌が侵食されることにより地上に露出されることが多く、この露出した肩部分が緑色や紫色に着色することが大きな問題となっている。これは、根部の肩部分が地上に伸長し露出しやすい特性を有する品種で、より問題となりやすい。また緑色や紫色の着色が目立ちやすい、根部全体の色が橙、黄、白などのもので、より問題が大きくなりやすく、特に利用の最も多い橙色の品種で大きな問題となっている。この問題の対策として、栽培技術上は、人為的に株元に土寄せし、根部の肩部分を地上に露出させないようにする方法が実施されているが、この方法は、農業生産者の多大な労力を必要とする。一方、育種上は、肩部分が少しでも地中深くに形成されること(当該技術分野において、吸い込みと称される。)により地上に露出され難い品種が育成され、販売されている。
【0007】
しかし、本発明者らの知る限り、これまで、栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難いダウクス属植物を育種したという報告はない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
したがって、本発明の課題は、栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難いダウクス属植物の育種方法、及びこのような性質を有するダウクス属植物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者はダウクス属植物の優良品種を育種することを目的として、その多数の品種、系統を日本国内、世界各国から収集して自殖あるいは異なる系統間で交配させ、選抜を繰り返し行っていたところ、偶然にも、栽培中、根部の肩部分が地上に露出されても、当該露出部分の着色がほとんどないダウクス属植物の個体を得た。本発明者らは、これに基づき、さらなる研究を行った結果、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、以下の[1]〜[7]等に関する。
[1]
受領番号FERM AP−21824で特定されるダウクス属植物を、これとは異なるダウクス属植物と交配させ、次世代を得る工程、
該次世代を、その根部の肩部分が地上に露出するように栽培する工程、及び
栽培後の該次世代から、前記露出部分の着色が少ない個体を選抜する工程
を有することを特徴とする
栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難いダウクス属植物の育種方法。
[2]
前記[1]に記載の方法によって得られた由来が異なる2つのダウクス属植物を交配させ、次世代を得る工程、
該次世代を、その根部の肩部分が地上に露出するように栽培する工程、及び
栽培後の該次世代から、前記露出部分の着色が少ない個体を選抜する工程
を有することを特徴とする
栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難いダウクス属植物の育種方法。
[3]
前記[1]または前記[2]に記載の方法によって得られたダウクス属植物を、これとは異なるダウクス属植物と交配させ、次世代を得る工程、
該次世代を、その根部の肩部分が地上に露出するように栽培する工程、及び
栽培後の該次世代から、前記露出部分の着色が少ない個体を選抜する工程
を有することを特徴とする
栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難いダウクス属植物の育種方法。
[4]
前記[1]〜前記[3]のいずれか1項に記載の育種方法によって得られるダウクス属植物。
[5]
前記[4]に記載のダウクス属植物の一部。
[6]
受領番号FERM AP−21824で特定されるダウクス属植物。
[7]
前記[6]に記載のダウクス属植物の一部。
【発明の効果】
【0011】
本発明の育種方法によれば、栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難いダウクス属植物が得られる。
本発明のダウクス属植物は、栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難い。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0013】
以下に、本明細書において用いられる用語の意味を詳細に説明する。
本発明にかかるダウクス(Daucus)属植物とは、セリ科(Apiaceae)ダウクス(Daucus)属の植物であって、日本では「ニンジン」と称され、野菜として、広く使用されている。
【0014】
ダウクス属植物における「根部」とは、野菜として収穫、流通、販売、調理、食される部分を指す。当該「根部」は、種子が発芽後初期に生育する胚軸と主根に由来する部分が肥大したものとされている。ダウクス属植物における「肩」は、農林水産省の品種登録の、Daucus carota L.の審査基準・特性表にも記載されており、当業者であれば、その意味を容易に理解することができるが、本発明における「根部の肩部分」とは、通常のダウクス属植物が農業生産される栽培条件において、土寄せしないか、または土寄せが不十分な場合に地上に露出される根部の部分を意味する。すなわち、当該「根部の肩部分」は、ダウクス属植物の外形から、通常、「肩」と認識される部分よりも広い範囲であってもよい。
【0015】
本明細書中、「着色」とは、ダウクス属植物が農業生産される通常の栽培条件において、該肩部分が地上に露出している場合に、当該露出部分の少なくとも一部が本来の色(具体的には、肩部分が露出しなかった場合の色)とは異なる色に変色していることを肉眼で確認できる状態を意味する。当該「着色」の色は、例えば、緑色、紫色、緑色及び紫色が混在した中間色、着色が進行した場合にしばしば観察される、黒に近い緑色、または黒に近い紫色等であり、特に典型的には緑色である。着色は環境条件等によって多少変動することもあるので、これら限定されるものではないが、緑色として、より具体的には例えば、財団法人日本色彩研究所発行の「日本園芸植物標準色票」における1GY−3105〜3106、3G−4308、3GY−3306〜3308、3GY−3310〜3312、5GY−3502〜3504、5GY−3511〜3513、7GY−3704〜3705、7GY−3709〜3712、10GY−4008〜4009で特定される色が挙げられ、また、紫色として、より具体的には例えば、1R−0108〜0109、1R−0112〜0115、4R−0408〜0410、4R−0412〜0416、7R−0708〜0710、7R−0714〜0715、10R−1009、10R−1013、10R−1015〜1016、2RP−9208〜9210、2RP−9214〜9215、5RP−9508〜9510、5RP−9513、7RP−9709〜9710、7RP−9714〜9715で特定される色が挙げられる。
【0016】
前記「通常の栽培条件」には、土寄せしないか、または土寄せが不十分な場合に、前記肩部分が地上に露出されることにより、日光のみならず、まわりの空気条件(温度、湿度など)がより直接作用するようになったり、あるいは雨、雪などが直接あたったりすること等を包含する。一方、前記肩部分が露出していることにより、該露出部分が栽培管理作業に使用する機器、器具等が接触して着色が生じる場合があるが、このような接触は「通常の栽培条件」には含まない。
【0017】
また、「通常の栽培条件」には、ダウクス属植物の栽培が通常は行われないような、高温、低温、乾燥、雨、風雪などの条件は含まない。
【0018】
なお、わが国では、通常ダウクス属植物は、関東以西の暖地では夏〜冬にかけて播種され、冬〜春に収穫される。また、北海道、東北や高原などの冷涼地では春〜初夏に播種され、夏〜秋に収穫される。また、低温の厳しい地域または場所では、冬〜春は透明シート被覆による簡易なトンネルで保温が実施されている。これらは、「通常の栽培条件」に含まれる。
【0019】
本発明の育種方法における「自殖」とは、同一花内の雄ずいの花粉が雌ずいの柱頭に受粉することによること、あるいはある株の花の花粉が同じ株の別の花の柱頭に受粉することによる、その後の受精、種子形成までの過程を意味する。「自殖」には、例えば花の集合体である花序の1または複数を、あるいはすべての花序が含まれるように株全体を網袋等で覆い、網袋内にハチ、ハエなどの昆虫を放ちこれら昆虫が蜜を摂取する等の活動の過程で受粉する方法を採用することができる。また、人の手で筆、ピンセットなどを用いて人工的に受粉する方法などを採用してもよい。
【0020】
また、本明細書中に「固定」という用語を使用している。植物は自殖を繰り返すと、後代において、個体間で特徴が似てくるようになるが、「固定」とは、この現象を意味する。ただし、ダウクス属植物においては自殖を繰り返すと、同時に生育が虚弱になり、種子ができ難くなる現象がよく認められる。この現象は「自殖劣性」と称されるが、自殖劣性を避ける方法として、例えばビニルハウスなどに、同じ親に由来する多数の植物を植え、ハウス内にハチ、ハエなどの昆虫を放ち多数の植物間でランダムに受粉する方法があり、これを「集団採種」と称する。本発明の育種方法における「自殖」は、この集団採種も包含する。なお、集団採種を繰り返すだけでは固定がなかなか進まない場合があるが、毎世代、目的とする何らかの形質について選抜を繰り返していけば固定が促進される。本明細書中における「系統」とは、この固定が進んだ個体の集団を意味する。
【0021】
本発明の育種方法における「交配」とは、由来が異なる2つの植物について片方の植物の花粉を他方の植物の柱頭に受粉することによる、その後の受精、種子形成までの過程を意味する。「交配」には、例えば由来が異なる2株全体を網袋などで覆い、網袋内にハチ、ハエなどの昆虫を放ち受粉させる方法を用いることができる。また、前記の「自殖」と同じように人工的に受粉させてもよい。通常は、前記の集団採種と同様に由来の異なる2集団の多数の植物をビニルハウスに入れ、昆虫などを用いて受粉する「集団交配」が実施され、本発明の育種方法における「交配」は、この集団交配も包含する。なお、種子を取る側の集団において各植物の花粉を除去しない、あるいは花粉のない雄性不稔のものを利用しない限り、自殖由来の種子も混入する恐れがあるが、自殖由来の個体は交配由来の個体とは異なる形質を示すことが多いので、通常は、所望により、自殖由来の個体を容易に除去することができる。
【0022】
本明細書中、「植物の一部」とは、植物の器官、組織、および細胞、ならびにそれらの一部を包含することを意図して用いられる。
当該「器官」としては、例えば、根(根部)、茎、根茎、葉、種子、胚、胚珠、子房、茎頂等が挙げられる。
当該「組織」としては、表皮、師部、柔組織、木部、維管束等が挙げられる。
当該「細胞」としては、カルス、プロトプラスト等が挙げられる。
【0023】
以下に、本発明の育種方法を詳細に説明する。
上述のように、本発明の育種方法は、栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難いダウクス属植物の育種方法である。
【0024】
[第1の態様]
本発明の育種方法の第1の態様は、
受領番号FERM AP−21824で特定されるダウクス属植物を、これとは異なるダウクス属植物と交配させ、次世代を得る工程(工程1−1)、
該次世代を、その根部の肩部分が地上に露出するように栽培する工程(工程1−2)、及び
栽培後の該次世代から、前記露出部分の着色が少ない個体を選抜する工程(工程1−3)
を有することを特徴とする。
【0025】
前記工程1−1に用いられる、受領番号FERM AP−21824で特定されるダウクス属植物の特徴、来歴は以下のとおりである。
【0026】
系統番号 333C
特徴:根色が赤橙色の短根の系統。栽培中、根部の肩部分が地上に露出すると、肩部分が着色する。
【0027】
来歴:根部の形状、肌の滑らかさ、早生性、多収性、均一性、耐病性、機械収穫適性、貯蔵性などに優れた根部が橙色の品種を育種することを目的として、市販品種「黒田ゴールド」を栽培し、根部が鮮明な赤橙色で肌が滑らかな1個体を選抜し自殖して得られた次世代について、根部が鮮明な赤橙色で肌が滑らかな個体を多数選抜、集団採種し、同様に4世代選抜、集団採種を繰り返し、ほぼ固定されたと思われるダウクス属植物(系統番号131C)を得た。
また市販品種「碧南鮮紅五寸」を栽培し、根部が濃赤色である1個体を選抜し自殖して得られた次世代について、根部が濃赤色である個体を13個体選抜し、上記131C 9個体と集団交配し、4世代選抜、集団採種を繰り返し、ほぼ固定されたと思われる根部が赤い短根のダウクス属植物(系統番号333C)を得た。固定率は根部の形状の揃いで見て60%程度である。この系統は、組織培養後得られたカルスが、独立行政法人 産業技術研究所 特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番中央第6)に受領番号FERM AP−21824(受領日:平成21年6月24日)として寄託されている。本明細書中、受領番号FERM AP−21824で特定されるダウクス属植物、すなわち、系統番号333Cのダウクス属植物を、単に、「系統番号333C」と略称する場合がある。
【0028】
前記工程1−1において、前記系統番号333Cと交配させる「これとは異なるダウクス属植物」は、前記系統番号333C以外のダウクス属植物であれば、特に限定されず、前記系統番号333Cとの交配によって、種子が得られるものであればよい。当該「これとは異なるダウクス属植物」の品種は特に限定されず、その例としては、例えば、黒田系、金時系、チャンテネー系、ナンテス系、インペレーター系、及びフレーキー系等の品種が挙げられる。
なお、交配で得られた種子が少なく不十分な場合は、目的とする個体が得られない恐れがある。このような場合は交配数を多くするなどして、より多くの種子を確保すればよい。
【0029】
前記工程1−2においては、前記工程1−1で得られた次世代を栽培する。具体的には、前記工程1−1で得られた次世代の種子を播種し、根部の肩部分が地上に露出するように栽培する。
当該「播種」は、通常のダウクス属植物の栽培のための播種と同様に行えばよい。当該「栽培」は、意図的に根部の肩部分が地上に露出するように栽培することを除いては、通常の栽培条件で行われる。「根部の肩部分が地上に露出するように栽培すること」は、例えば、通常のダウクス属植物の栽培において、栽培中に肩部の土を取り除いてもよく、あるいは、単に、土寄せを実施せずに栽培することによって実施してもよい。この場合、根部の肩部分が地上に露出しない個体も存在しうるが、このような個体は後記で説明する工程1−3の選別から除外されるので、このことは問題ではない。すなわち、「根部の肩部分が地上に露出するように栽培」とは、全個体の根部の肩部分が地上に露出するように栽培することを意味するものではない。
【0030】
「露出」の条件は、従来のダウクス植物の栽培において、「着色」が観察されるような条件(例、ダウクス植物の生育ステージ、露出される期間、露出の範囲)であればよい。これに関して、ダウクス植物の生育ステージおよび露出される期間については、露出期間が長いほど緑色の着色程度が大きくなると報告されている(Crop Science、Vol47、May−June 2007:p1151−1158)ので、当業者は、この公知技術も参考にして、「露出」の条件を容易に決定することができる。
「露出」の範囲は、前記のように、「着色」が観察されるような範囲であればよい。すなわち、露出範囲は、「肩部分」の一部であってもよく、一方、通常「肩」と認識される部分以外も露出されていてもよい。
「栽培」は、少なくとも、根部の露出部分の着色が通常認められる時期まで実施される。
【0031】
前記工程1−3においては、前記工程1−2で栽培した次世代の個体から、前記露出部分の着色が少ない個体を選抜する。
「栽培後」とは、「根部の露出部分の着色が通常認められる時期まで栽培した後」、を意味する。すなわち、選抜後、更に、栽培を継続してもよい。
「前記露出部分の着色が少ない」とは、文字通り、根部の肩部分が地上に露出するように栽培された他の個体に比べて、前記露出部分の着色が少ないことを意味する。着色が少ないことは、肉眼で観察すればよい。
ここで、選抜する個体としては、着色が少ないものほど好ましく、着色を肉眼では容易に認知できないものが特に好ましい。
当該「選抜」は、少なくとも「前記露出部分の着色が少ない」ものを選抜すれば足り、これに、他の基準(例、根部の形状、肌の滑らかさ、早生性、多収性、均一性、耐病性、機械収穫適性、貯蔵性)を組み合わせてもよい。
【0032】
前記工程1−3で選抜された個体は、所望により、更に自殖と選抜を繰り返すことによって、該肩部分が着色し難い個体の割合を増やし、固定することができる。
すなわち、当該固定は、前記のようにして得られたダウクス属植物を自殖させ、次世代を得る工程、
該次世代を、その根部の肩部分が地上に露出するように栽培する工程、及び
栽培後の該次世代から、前記露出部分の着色が少ない個体を選抜する工程
を有する。
【0033】
なお、本発明においては、前記「選抜」を次世代において実施しているが、別法として、次世代を自殖または交配して得られる次々世代または次々々世代において、同様の選抜を行ってもよい。
この場合、前記「選抜」を行うまでの世代においては、根部の形状、肌の滑らかさ、早生性、多収性、均一性、耐病性、機械収穫適性、貯蔵性などに優れた個体を集めて選抜してもよい。
【0034】
[第2の態様]
本発明の育種方法の第2の態様は、
第1の態様の育種方法によって得られた由来が異なる2つのダウクス属植物を交配させ、次世代を得る工程(工程2−1)、
該次世代を、その根部の肩部分が地上に露出するように栽培する工程(工程2−2)、及び
栽培後の該次世代から、前記露出部分の着色が少ない個体を選抜する工程(工程2−3)
を有する。
【0035】
前記工程2−1で用いられる「第1の態様の育種方法によって得られた由来が異なる2つのダウクス属植物」は、それぞれ、固定を行う前のものであってもよく、固定を行う前のもの、固定の途中段階のもの、固定を完了したもの、またはその後代のいずれであってもよい。
前記工程2−1は、前記のダウクス属植物を交配させることを除いては、前記工程1−1と同様の方法で実施すればよい。
前記工程2−2、および前記工程2−3は、それぞれ、前記工程1−2、および前記工程1−3と同様の方法で実施すればよい。
さらに、必要に応じて、固定を実施してもよい。
【0036】
[第3の態様]
本発明の育種方法の第3の態様は、
第1の態様または第2の態様の育種方法によって得られたダウクス属植物を、これとは異なるダウクス属植物と交配させ、次世代を得る工程(工程3−1)、
該次世代を、その根部の肩部分が地上に露出するように栽培する工程(工程3−2)、及び
栽培後の該次世代から、前記露出部分の着色が少ない個体を選抜する工程(工程3−3)
を有する。
【0037】
前記工程3−1で用いられる「第1の態様または第2の態様の育種方法によって得られたダウクス属植物」は、固定を行う前のものであってもよく、固定を行う前のもの、固定の途中段階のもの、固定を完了したもの、またはその後代のいずれであってもよい。
当該「第1の態様または第2の態様の育種方法によって得られたダウクス属植物」と交配させる「これとは異なるダウクス属植物」は、「第1の態様または第2の態様の育種方法によって得られたダウクス属植物」以外のダウクス属植物であれば、特に限定されず、「第1の態様または第2の態様の育種方法によって得られたダウクス属植物」との交配によって、種子が得られるものであればよい。当該「これとは異なるダウクス属植
物」の品種は特に限定されず、その例としては、例えば、黒田系、金時系、チャンテネー系、ナンテス系、インペレーター系、及びフレーキー系等の品種が挙げられる。
前記工程3−1は、前記のダウクス属植物を交配させることを除いては、前記工程1−1と同様の方法で実施すればよい。
前記工程3−2、および前記工程3−3は、それぞれ、前記工程1−2、および前記工程1−3と同様の方法で実施すればよい。
さらに、必要に応じて、固定を実施してもよい。
【0038】
[ダウクス属植物]
本発明の育種方法で得られるダウクス属植物は、固定を行う前のもの、固定の途中段階のもの、固定を完了したもの、またはその後代のいずれであってもよい。農業生産においては、通常、当該固定を完了したもの、またはその後代が、好適に用いられる。
【0039】
本発明の育種方法で得られるダウクス属植物は、栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難い。
「根部の肩部分が着色し難い」とは、通常の栽培条件において、地上に露出された該肩部分が着色し難い性質を有することを意味する。
かかる性質を有することは、通常の栽培条件(肩部分が地上に露出しうる条件)において栽培した場合に、肩部分が地上に露出している個体に占める、前記露出部分に着色が少ない(好ましくは、肉眼観察において着色がほとんど認められないか、または容易には認められない)個体の割合が、非常に高い(具体的には、90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上)であることによって、確認することができる。
なお、別法として、緑色への着色については、肉眼観察の他に、葉緑素測定器(SPAD)を用いて測定することができる。測定対象であるダウクス属植物個体の肩部分の表皮を薄く削り取り測定した場合のSPAD値で6以上である場合、当該個体は、緑色に着色していると判断される。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明についてさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0041】
実施例1(育種例1)
ダウクス属植物333Cを、市販品種「黒田五寸」の自殖由来である本出願人が所有するダウクス属植物の系統134Cと、双方10個体ずつで集団交配を実施した。得られた後代について、根部の形状、肌の滑らかさ、早生性、多収性、均一性、耐病性、機械収穫適性、貯蔵性などの評価、選抜を繰り返し行った結果、栽培中、根部の肩部分が地上に露出されているが、当該露出部分が緑色や紫色に着色していない1個体を得た。この1個体について、自殖後集団採種を4世代繰り返しながら、根部の形状、根色の赤さ、耐霜性、均一性、耐病性、機械収穫適性、貯蔵性など、および栽培中、根部の肩部分が地上に露出しているときの、肉眼での観察における肩部分の着色を評価選抜し、栽培中、根部の肩部分が地上に露出されても、当該露出部分が緑色や紫色に着色し難い形質が固定した系統930Cを得た。
【0042】
この930Cについて集団採種を繰り返して得られた新たな系統930Aを、根部の肩部分が地上に露出しているときの肩部分の着色を評価したところ、栽培中、根部の肩部分が地上に露出されても、当該露出部分が緑色や紫色に着色し難い形質は固定されていた。
【0043】
実施例2(育種例2)
930Aを、根部芯色の赤い形質を特徴とする市販品種「チャンテネー・レッドコア」の自殖由来である本出願人が所有するダウクス属植物の系統234Cと、双方10個体ずつで集団交配し、得られた次世代を土寄せをせずに200個体栽培し、肉眼での観察において地上に露出した肩部分の緑色または紫色の着色がほとんど無く、かつ根部芯色が濃赤色の1個体を選抜し、その後集団採種、選抜を4世代繰り返し、栽培中、根部の肩部分が地上に露出されても、当該露出部分が緑色や紫色に着色し難く、かつ根部芯色が濃赤色の形質を固定した系統222Mを得た。
【0044】
実施例3(育種例3)
実施例1で得られた930Aを、本出願人が所有するフレーキータイプの選抜・固定系統であり、円筒形・吸い込み性・淡紅色を特徴とするダウクス属植物の系統109Cと双方10個体ずつで集団交配し、得られた次世代を土寄せをせずに200個体栽培し、肉眼観察において地上に露出した肩部分の緑色または紫色の着色がほとんど無く、かつ根部芯色の赤い1個体を選抜し、その後集団採種、選抜を4世代繰り返し、栽培中、根部の肩部分が地上に露出されても、当該露出部分が緑色や紫色に着色し難く、かつ根部芯色の赤い形質を固定した系統328Mを得た。
【0045】
実施例4(育種例4)
実施例2で得られた222Mを、本出願人が所有するダウクス属植物の雄性不稔系統2Aと集団交配し、雑種第一代の種子(HC05082)を得た。この種子を土寄せをせずに200個体栽培し評価したところ、栽培中、根部の肩部分が地上に露出した肩部分の緑色または紫色の着色がほとんど無く、かつ根部芯色が濃赤色の形状が揃った根部収穫物を得た。
【0046】
実施例5
実施例4で得られた雑種第一代の種子HC05082、および市販品種(タキイ種苗製「陽州」および住化農業資材製「愛紅」)を、夏季に播種し、土寄せをしないこと以外は、周辺地域でのダウクス属植物の慣行栽培法に従い、熊本県菊池市で栽培した。約5ヶ月後の冬季に、まず収穫前の地上に露出している根部の肩部の着色程度を肉眼観察により評価した(表1)。「陽州」「愛紅」では9割以上の個体で着色が見られ、ほとんどの個体で緑色、紫色両方の着色が認められた。HC05082は1.9%のみの個体で着色が見られ、紫色のみで緑色の着色が見られる個体は無かった。
【0047】
表1.収穫前の地上に露出している肩の着色程度の比較

【0048】
続いて根部の肩部が地上に露出した各10個体ずつを収穫した。「陽州」「愛紅」の肩部が緑色あるいは紫色に着色しているのに対し、HC05082はかすかに紫色を帯びる程度であった。
さらに、これら各10個体の肩部分を調理用皮むきピーラー(PEARL LIFE社製)で5切片ずつ取り、各切片を葉緑素測定器(KONICA MINOLTA社製型番SPAD502)で測定した。表2に測定結果を示した。対照用にHC05082の地中にあった根部下方についても5切片作成し、SPADで測定したところ、すべてND(測定不能)を示した。総平均値(5切片×10個体)で比較すると、「陽州」で6.8、「愛紅」で7.2であったがHC05082では3.0となった。
【0049】
表2.肩部皮相部のSPADによる葉緑素量の比較

【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の育種方法は、商業的価値の高いダウクス属植物の育種に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
受領番号FERM AP−21824で特定されるダウクス属植物を、これとは異なるダウクス属植物と交配させ、次世代を得る工程、
該次世代を、その根部の肩部分が地上に露出するように栽培する工程、及び
栽培後の該次世代から、前記露出部分の着色が少ない個体を選抜する工程
を有することを特徴とする
栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難いダウクス属植物の育種方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法によって得られた由来が異なる2つのダウクス属植物を交配させ、次世代を得る工程、
該次世代を、その根部の肩部分が地上に露出するように栽培する工程、及び
栽培後の該次世代から、前記露出部分の着色が少ない個体を選抜する工程
を有することを特徴とする
栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難いダウクス属植物の育種方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法によって得られたダウクス属植物を、これとは異なるダウクス属植物と交配させ、次世代を得る工程、
該次世代を、その根部の肩部分が地上に露出するように栽培する工程、及び
栽培後の該次世代から、前記露出部分の着色が少ない個体を選抜する工程
を有することを特徴とする
栽培中、根部の肩部分が地上に露出しても、該露出部分が着色し難いダウクス属植物の育種方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の育種方法によって得られるダウクス属植物。
【請求項5】
請求項4に記載のダウクス属植物の一部。
【請求項6】
受領番号FERM AP−21824で特定されるダウクス属植物。
【請求項7】
請求項6に記載のダウクス属植物の一部。