説明

ビブリオ属細菌を用いたL−リジンの製造法

【課題】Vibrio属細菌を用いて効率よくL−リジンを生産するための方法を提供する。
【解決手段】L−リジン生産能を有するビブリオ属細菌を培地で培養し、L−リジンを該培地中又は菌体内に生成蓄積させ、該培地又は菌体よりL−リジンを採取する、L−リジンの製造法において、前記ビブリオ属細菌は、fucO遺伝子がコードするタンパク質の活性が低下するように改変されたことを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビブリオ属細菌を用いたL−リジンの製造法に関する。L−リジンは、動物飼料用の添加物、健康食品の成分、又はアミノ酸輸液等として、産業上有用なL−アミノ酸である。
【背景技術】
【0002】
L−リジンは、ブレビバクテリウム属、コリネバクテリウム属等に属するコリネ型細菌、バチルス属、エシェリヒア属、ストレプトミセス属、メチロバチルス属等に属する細菌、又はペニシリウム等に属する糸状菌を用いた発酵法により生産されている。
【0003】
微生物を用いた発酵法によってL−リジンを製造するには、野生株から誘導された栄養要求株を用いる方法、野生株から種々の薬剤耐性変異株として誘導された代謝調節変異株を用いる方法、栄養要求株と代謝調節変異株の両方の性質を持った株を用いる方法等がある。さらに、組み換えDNA技術を用いることで、効率良くL−リジン生産できる微生物が育種されてきている(特許文献1〜4)。
【0004】
上記のような微生物の育種や製造法の改良により、L−リジンの生産性はかなり高まってはいるが、今後の需要の一層の増大に応えるためには、さらに安価かつ効率的なL−リジンの製造法の開発が求められている。
【0005】
L−アミノ酸の直接発酵法においては、培地中のL−アミノ酸の蓄積による浸透圧上昇により、微生物の活性が低下し、長時間生産性が保てないという問題がある。これを解決するものとして、ビブリオ属細菌を用いたL−リジン等のL−アミノ酸の直接発酵法(特許文献5)が開示されている。一方、培養時間が長くなると、培地に蓄積したL−リジンが培養時間の経過と共に分解してしまうという問題点があった。
【0006】
培地に蓄積したL−リジンの分解を減少させるL−リジン生産方法として、微生物のL−リジンの分解能力を低下させる方法、特にエシェリヒア属に属する微生物におけるcadA遺伝子やldcC遺伝子を欠損あるいはその産物の発現量や酵素活性を低下させる方法が知られていた(非特許文献1、特許文献4)。
【0007】
ビブリオ属細菌のうち、Vibrio cholerae、Vibrio parahaemolyticusおよびVibrio vuinificusでは、cadAホモログ遺伝子が存在することが知られていた(非特許文献2〜4)。しかしながら、それらVibrio属細菌においてcadAホモログ遺伝子の破壊によりL−リジン分解能力の弱化や欠損が起こるかどうかは知られていない。また、Vibrio属細菌ではcadAホモログ遺伝子産物が関与するL−リジン分解経路以外のL−リジン分解経路の存在は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】欧州特許出願公開0857784号明細書
【特許文献2】特開平11−192088号公報
【特許文献3】国際公開第00/53726号パンフレット
【特許文献4】国際公開第WO96/17930号パンフレット
【特許文献5】国際公開WO2008/093829号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】S. Meng, and G. N. Bennett, J. Bacteriol., 174; 2659-2669 (1992)
【非特許文献2】D. S. Merrell, and A. Camilli, Mol. Microbiol., 34; 836-849 (1999)
【非特許文献3】Y. Tanaka, et al., J. Appl. Microbiol., 104; 1283-1293 (2007)
【非特許文献4】J. E. Rhee, et al., FEMS Microbiol. Lett., 208; 245-251 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、Vibrio属細菌を用いて効率よくL−リジンを生産するための方法を提供することを課題とする。特に、Vibrio属細菌では、培地中に蓄積されたL−リジンが培養経過と共に減少するといった現象がみられることがあり、このL−リジンの減少を低減させることを課題の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、ビブリオ属細菌でのL−リジン分解に関与する因子をコードする遺伝子を特定した。そして、その遺伝子を破壊することで、蓄積したL−リジンの分解を抑制でき、効率よくL−リジンを生産できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)L−リジン生産能を有するビブリオ属細菌を培地で培養し、L−リジンを該培地中又は菌体内に生成蓄積させ、該培地又は菌体よりL−リジンを採取する、L−リジンの製造法において、前記ビブリオ属細菌は、fucO遺伝子がコードするタンパク質の活性が低下するように改変されたことを特徴とする方法。
(2)fucO遺伝子のコード領域及び/又は同遺伝子の発現制御領域に変異が導入されたことにより、前記タンパク質の活性が低下した、前記方法。
(3)前記細菌は染色体上のfucO遺伝子が破壊されたことを特徴とする、前記方法。
(4)前記タンパク質が、下記(A)または(B)に記載のタンパク質である前記方法。
(A)配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質。
(B)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつ、細菌内の活性を低下させたときにL−リジン生産能が向上するタンパク質。
(5)前記fucO遺伝子が、下記(a)または(b)に記載のDNAである前記方法。
(a)配列番号1の塩基配列を含むDNA、
(b)配列番号1の塩基配列または同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、細菌内の活性を低下させたときにL−リジン生産能が向上するタンパク質をコードするDNA。
(6)前記細菌は、ジヒドロジピコリン酸合成酵素、アスパルトキナーゼ、ジヒドロジピコリン酸レダクターゼ、及びジアミノピメリン酸デヒドロゲナーゼからなる群より選択される1種または2種以上の酵素の活性が増強されている、前記方法。
(7)前記ビブリオ属細菌が、ビブリオ・ナトリージェンスである、前記方法。
(8)前記培地が、グリセロールを炭素源として含む培地である、前記方法。
(9)L−リジン生産能を有し、かつ、fucO遺伝子がコードするタンパク質の活性が低下するように改変されたビブリオ属細菌。
(10)前記ビブリオ属細菌がビブリオ・ナトリージェンスである、前記細菌。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法によれば、ビブリオ属細菌を用いて効率よくL−リジンを生産できる。
特に、fucO遺伝子が欠損したビブリオ属細菌では、時間と共に蓄積したL−リジンの分
解が抑制され、L−リジンを非常に効率よく蓄積させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】fucO遺伝子欠損によるL−リジン分解の抑制を示す図。(a)51倍希釈された培養液のOD660の経時変化。(b)培地中グルコース濃度の経時変化。(c)培地中L−リジン濃度の経時変化。各々3サンプルの平均と標準偏差を示す。
【図2】V. natriegens 28-15ΔfucO/pCABD2を用いたグルコースからのL−リジン生産を示す図。(a)51倍希釈された培養液のOD660。(b)培地中グルコース濃度、(c)培地中L−リジン濃度。(d)培養開始40時間後の対消費糖L−リジン収率。図中、0% NaClから8% NaClは、それぞれMS培地に0から8 %(w/v) のNaClを添加し培養された場合の平均値と標準偏差を示す。
【図3】V. natriegens 28-15ΔfucO/pCABD2を用いたグリセロールからのL−リジン生産を示す図。(a)51倍希釈された培養液のOD660の経時変化。(b)培地中グリセロール濃度の経時変化。(c)培地中L−リジン濃度の経時変化。(d)培養開始40時間後の対消費グリセロールL−リジン収率。図中、0% NaCl、2% NaCl、4% NaClは、それぞれグリセロールを炭素源としたMS培地に0から4%(w/v) のNaClを添加し培養された場合の平均値と標準偏差を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<1>ビブリオ属細菌
本発明の細菌は、L−リジン生産能を有し、かつ、fucO遺伝子がコードするタンパク質の活性が低下するように改変されたビブリオ属細菌である。
ここで、L−リジン生産能とは、本発明の細菌を培地中で培養したときに、培地中または菌体内にL−リジンを生成し、培地中または菌体から回収できる程度に蓄積する能力をいう。すなわち、本発明の細菌は、糖等を炭素源とする発酵(直接発酵とも呼ばれる)によりL−リジンを生産することができるビブリオ属細菌である。具体的には、例えば、fucO遺伝子がコードするタンパク質の活性が低下するように改変されたビブリオ属細菌を好適な条件で培養したときに、1.5倍以上、好ましくは2倍以上、より好ましくは3倍以上のL−リジンを培地に蓄積すれば、同細菌はL−リジン生産能を有する。
尚、「L−リジン」には、フリー体のL−リジン及び/またはその塩、例えば硫酸塩、塩酸塩、炭酸塩等が含まれる。
【0016】
L−リジンの生産能を有するビブリオ属細菌としては、本来的にL−リジンの生産能を有するものであってもよいが、後述するようなビブリオ属細菌を、変異法や組換えDNA技術を利用して、L−リジンの生産能を有するように改変したものであってもよい。尚、本発明のビブリオ属細菌は、L−リジン生産能に加えて、他のアミノ酸、例えばL−スレオニン、L−グルタミン酸等を生産する能力を有していてもよい。
【0017】
以下、ビブリオ属細菌について説明する。
ビブリオ属細菌は、γ-プロピオバクテリアのVibrionanceae科に属するグラム陰性の通性嫌気性菌で、極在性の鞭毛1本を持って運動し、淡水や海水に見られる細菌である。本発明で用いるビブリオ属細菌は、非病原性のものが望ましく、病原性が知られていないビブリオ細菌は、Biosafety level 1(Office of Health and Safety (OHS) 発行のBiosafety in Microbiological and Biomedical Laboratories (BMBL) 4th Edition)に挙げられており、以下のようなビブリオ属細菌が利用できる。
【0018】
Vibrio abalonicus ATCC27390
Vibrio adaptatus ATCC19263
Vibrio aerogenes ATCC700797
Vibrio aestuarianus ATCC35048
Vibrio alginolyticus ATCC14582
Vibrio algosus ATCC14390
Vibrio anguillarum ATCC43305
Vibrio calviensis ATCC BAA-606
Vibrio campbellii ATCC25920
Vibrio carchariae ATCC35084
Vibrio coralliilyticus ATCC BAA-450
Vibrio costicola ATCC43147
Vibrio cyclitrophicus ATCC700982
Vibrio cyclosites ATCC14635
Vibrio diazotrophicus ATCC33466
Vibrio fischeri ATCC25918
Vibrio gazogenes ATCC29988
Vibrio halioticoli ATCC700680
Vibrio harveyi ATCC14126
Vibrio hispanica ATCC51589
Vibrio ichthyoenteri ATCC700023
Vibrio iliopiscarius ATCC51760
Vibrio lentus ATCC BAA-539
Vibrio liquefaciens ATCC17058
Vibrio logei ATCC15382
Vibrio marinagilis ATCC14398
Vibrio marinofulvus ATCC14395
Vibrio marinovulgaris ATCC14394
Vibrio mediterranei ATCC43341
Vibrio metschnikovii ATCC7708
Vibrio mytili ATCC51288
Vibrio natriegens ATCC14048
Vibrio navarrensis ATCC51183
Vibrio nereis ATCC25917
Vibrio nigripulchritudo ATCC27043
Vibrio ordalii ATCC33509
Vibrio orientalis ATCC33933
Vibrio pectenicida ATCC700783
Vibrio pelagius ATCC33504
Vibrio penaeicida ATCC51841
Vibrio ponticus ATCC14391
Vibrio proteolyticus ATCC53559
Vibrio psychroerythrus ATCC27364
Vibrio salmonicida ATCC43839
Vibrio shiloii ATCC BAA-91
Vibrio splendidus ATCC33125
Vibrio tyrosinaticus ATCC19378
Vibrio viscosus ATCC BAA-105
Vibrio wodanis ATCC BAA-104
Beneckea pelagia ATCC25916
Listonella anguillarum ATCC19264
【0019】
Beneckea pelagia、Listonella anguillarumはビブリオ属細菌と近縁であり、現在の分類ではビブリオ属細菌に分類されるものもある(Thompson, F. L. et al. (2004) Microbiol. Mol. Biol. Rev., 23, 403-431およびMacian, M. C. et al. (2000) Syst. Appl. Microbiol., 23, 373-375.)。したがって、このような細菌も本発明においてビブリオ属細菌として使用することができる。
【0020】
なかでもVibrio natriegens(ビブリオ・ナトリージェンス)を用いることが好ましい。Vibrio natriegensは、γ-プロピオバクテリアのVibrionanceae科に属する海洋性の通性嫌気性細菌であり、1958年にウロン酸酸化細菌として分離された(Payne, W. J. (1958) J. Bacteriology, 76, 301)。当初は同じγ−プロピオバクテリアのシュードモナス(Psuedomonas)に属するとされていたが、ベネケア(Beneckea)属に再分類された後、他のBeneckea属と同様にビブリオ属(Vibrio)に編入された.ATCCではBiosafety level 1に分類されており、DSMZ (the German National Resource Centre for Biological Material)でも、Risk Group 1(German classification))に分類されており、病原性は知られていない。
【0021】
ビブリオ・ナトリージェンスとしては、ビブリオ・ナトリージェンスIFO15636株(ATCC14048)株を用いることが出来る。
【0022】
上記のビブリオ属細菌を入手するには、例えばアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(住所 P.O. Box 1549, Manassas, VA 20108, United States of America)より分譲を受けることが出来る。すなわち各菌株に対応する登録番号が付与されており、この登録番号を利用して分譲を受けることが出来る(http://www.atcc.org/参照)。各菌株に対応する登録番号は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションのカタログに記載されている。
【0023】
ビブリオ属細菌は、アミノ酸発酵の培養後半の物質が高蓄積する高浸透圧条件、あるいは糖の濃度が高い高浸透圧条件で、従来L−アミノ酸生産に使用されてきた微生物(例えばエシェリヒア・コリやコリネ型細菌)の生育が不十分であるのに比べ、好適に生育できる。ここで、高浸透圧下とは、例えば、925mOsm以上、好ましくは1100mOsm以上、より好ましくは1500mOsm以上の条件であることが好ましい。高浸透圧条件の上限はアミノ酸発酵が可能であれば特に制限されないが、例えば、2000mOsmである。また、「高浸透圧下で好適に生育できる」とは、例えば、E. coli野性株、例えばMG1655株(ATCC 47076)の増殖速度が最大時の50%以下に低下する1100mOsmにおいて、増殖速度が最大時の50%より高く保たれることを意味し、好ましくは増殖速度が最大時の90%程度にしか低下しないことが挙げられる。
【0024】
<2>ビブリオ属細菌にL−リジン生産能を付与する方法
L−リジン生産能を有するビブリオ属細菌は、上記のようなビブリオ属細菌の野生株にL−リジン生産能を付与することにより取得され得る。L−リジン生産能を付与するためには、従来のコリネ型細菌、エシェリヒア属細菌等の育種に使用されてきた、栄養要求性変異株、L−リジン等のL−アミノ酸アナログ耐性、または代謝制御変異株、L−リジン生合成系酵素の活性が増強された組み換え株等の創製法を利用して育種することができる(アミノ酸発酵(株)学会出版センター)。L−リジン生合成系酵素の活性増強は、該酵素をコードする遺伝子のコピー数の増加やプロモーターなどの発現調節配列の改変によって行うことができる。L−リジン生産菌の育種において、付与される栄養要求性、L−アミノ酸アナログ耐性、代謝制御変異等の性質の付与と、リジン生合成系酵素の活性の増強が組み合わされてもよい。以下、L−リジン生産能を付与するための方法を例示する。
【0025】
例えば、L−リジン生産菌は、L−ホモセリン、又はL−スレオニン及びL−メチオニンを要求する変異株(特公昭48-28078号、特公昭56-6499号)、イノシトールまたは酢酸を要求する変異株(特開昭55-9784号、特開昭56-8692号)、又はオキサリジン、リジンハイドロキサメート、S−(2−アミノエチル)-L−システイン、γ−メチルリジン、α−クロロカプロラクタム、DL−α−アミノ−ε−カプロラクタム、α−アミノ−ラウリルラクタム、アスパラギン酸アナログ、スルファ剤、キノイド、又はN−ラウロイルロイシンに耐性を有する変異株として育種することができる。特にL−リジンアナログとして、S-(2-アミノエチル)-L−システイン(AEC)に耐性を有する変異株として育種することが好ましい。
【0026】
ビブリオ属細菌から変異株を得るための変異処理法としては、紫外線照射、またはN−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)もしくは亜硝酸等の通常変異処理に用いられている変異剤によって処理する方法が挙げられる。また、ビブリオ属細菌の自然突然変異株を選択することによっても、L−アミノ酸生産能を有するビブリオ属細菌を得ることができる。
【0027】
L−アミノ酸アナログ耐性変異株は、例えば、変異処理したビブリオ属細菌を種々の濃度のL−アミノ酸アナログを含有する寒天培地に接種し、コロニーを形成する菌株を選択することにより、取得することができる。
【0028】
また、栄養要求性変異株は、ビブリオ属細菌のコロニーを目的の栄養物質(例えば、L−アミノ酸)を含む寒天培地に形成させ、これを前記栄養物質を含まない寒天培地にレプリカし、同栄養物質を含まない寒天培地で生育できない菌株を選択することにより、取得することができる。
【0029】
例えば、AECに耐性を有するビブリオ・ナトリージェンスのL−リジン生産株としては、ビブリオ・ナトリージェンス28-15株(FERM BP-10946)株が挙げられる(WO2008/093829)。この株は、AJ110593と命名され、平成18年10月24日付で独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305-8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に受託番号FERM P-21066として寄託され、その後、国際寄託に移管され、FERM BP-10946の受託番号が付与された。
【0030】
次に、L−リジン生合成系酵素の活性の増強によってL−リジン生産能を付与又は増強する方法を、以下に例示する。
【0031】
L−リジン生産能は、例えば、ジヒドロジピコリン酸合成酵素活性及び/又はアスパルトキナーゼ活性を増強することによって付与することができる。
ビブリオ属細菌のジヒドロジピコリン酸合成酵素活性及び/又はアスパルトキナーゼ活性を増強するには、ジヒドロジピコリン酸合成酵素をコードする遺伝子断片及び/又はアスパルトキナーゼをコードする遺伝子断片を、ビブリオ属で機能するベクター、好ましくはマルチコピー型ベクターと連結して組み換えDNAを作製し、これをビブリオ属細菌の宿主に導入して形質転換すればよい。形質転換株の細胞内のジヒドロジピコリン酸合成酵素をコードする遺伝子及び/又はアスパルトキナーゼをコードする遺伝子のコピー数が上昇する結果、これらの酵素の活性が増強される。以下、ジヒドロジピコリン酸合成酵素をDDPS、アスパルトキナーゼをAK、アスパルトキナーゼIIIをAKIIIと略すことがある。
【0032】
DDPSをコードする遺伝子及びAKをコードする遺伝子の供与微生物としては、ビブリオ属に属する微生物中でDDPS活性及びAK活性を発現することができる微生物であれば、いかなる微生物でも使用できる。微生物は、野生株及びそれから誘導した変異株のいずれでもよい。具体的にはE. coli(エシェリヒア・コリ(Escherichia coli))K-12株及びビブリオ・ナトリージェンスIFO15636株等が挙げられる。エシェリヒア属細菌由来のDDPSをコードする遺伝子(dapA、Richaud, F. et al. J. Bacteriol., 297 (1986))及びAKIIIをコードする遺伝子(lysC、Cassan, M., Parsot, C., Cohen, G.N. and Patte, J.C., J. Biol. Chem., 261, 1052(1986))は、いずれも塩基配列が明らかにされているので、これらの遺伝子の塩基配列に基づいてプライマーを合成し、E. coli K-12やビブリオ・ナトリージェンスIFO15636等の微生物の染色体DNAを鋳型とするPCR法により、これらの遺伝子を取得することが可能である。
【0033】
また、ビブリオ属の遺伝子は以下のGenBankのデータベースを利用することによって取得できる。
Vibrio cholerae O1 biovar eltor str. N16961 chromosome I, complete sequence; AE003852
Vibrio cholerae O1 biovar eltor str. N16961 chromosome II, complete sequence; AE003853
Vibrio parahaemolyticus RIMD 2210633 chromosome I, complete sequence; BA000031
Vibrio parahaemolyticus RIMD 2210633 chromosome II, complete sequence; BA000032
Vibrio fischeri ES114 chromosome I, complete sequence; CP000020
Vibrio fischeri ES114 chromosome II, complete sequence; CP000021
Vibrio vulnificus CMCP6 chromosome I, complete sequence; AE016795
Vibrio vulnificus CMCP6 chromosome II, complete sequence; AE016796
Vibrio vulnificus YJ016 chromosome I, complete sequence; BA000037
Vibrio vulnificus YJ016 chromosome II, complete sequence; BA000038
【0034】
本発明に用いるDDPS及びAKは、L−リジンによるフィードバック阻害を受けないものであることが好ましい。ビブリオ属由来の野生型DDPSはL−リジンによるフィードバック阻害を受けることが知られており、ビブリオ属由来の野生型AKIIIはL−リジンによる抑制及びフィードバック阻害を受けることが知られている。したがって、ビブリオ属細菌に導入するdapA及びlysCは、それぞれL−リジンによるフィードバック阻害が解除される変異を有するDDPS及びAKIIIをコードするものであることが好ましい。
尚、本発明においては、DDPS及びAKは必ずしも変異型である必要はない。例えば、コリネバクテリウム属細菌由来のDDPSはもともとL−リジンによるフィードバック阻害を受けないことが知られている。
【0035】
また、アルパルトキナーゼをコードする遺伝子は、ホモログが存在することがあり、アスパルトキナーゼ活性を有する限り、遺伝子源は限定されない。
例えば、ビブリオ・ナトリージェンスのAK遺伝子としては、AKO遺伝子、thrA遺伝子、metL遺伝子、lysC遺伝子、およびputative-AK遺伝子が挙げられる。
【0036】
配列番号11はビブリオ・ナトリージェンスのAKO遺伝子を含む領域の塩基配列を示す。配列番号11においては、塩基番号526-528のGTG、塩基番号544-546のGTGあるいは塩基番号568-570のGTGが開始コドンであり、塩基番号1711-1713のTGAが終止コドンであると推定される。したがって、オープンリーディングフレームとして配列番号11の塩基番号526-1710の塩基配列(コードされるアミノ酸配列は配列番号12のアミノ酸番号1-395)、塩基番号544-1710の塩基配列(コードされるアミノ酸配列は配列番号12のアミノ酸番号7-395)、または塩基番号568-1710の塩基配列(コードされるアミノ酸配列は配列番号12のアミノ酸番号15-395)を有するDNAがAKO遺伝子として使用できる。
【0037】
配列番号13はビブリオ・ナトリージェンスのthrA遺伝子を含む領域の塩基配列を示す。配列番号13においては、塩基番号486-488のATG、塩基番号591-593のGTGあるいは塩基番号633-635のGTGが開始コドンであり、塩基番号2943-2945のTAAが終止コドンであると推定される。したがって、オープンリーディングフレームとして配列番号13の塩基番号486-2942の塩基配列(コードされるアミノ酸配列は配列番号14のアミノ酸番号1-819)、塩基番号591-2942の塩基配列(コードされるアミノ酸配列は配列番号14のアミノ酸番号35-819)、または塩基番号633-2942の塩基配列(コードされるアミノ酸配列は配列番号14のアミノ酸番号50-819)を有するDNAがthrA遺伝子として使用できる。
【0038】
配列番号15はビブリオ・ナトリージェンスのmetL遺伝子を含む領域の塩基配列を示す。配列番号15においては、塩基番号376-378のATG、塩基番号487-489のGTGあるいは塩基番号490-492のGTGが開始コドンであり、塩基番号2782-2784のTAAが終止コドンであると推定される。したがって、オープンリーディングフレームとして配列番号15の塩基番号376-2781の塩基配列(コードされるアミノ酸配列は配列番号16のアミノ酸番号1-802)、塩基番号487-2781の塩基配列(コードされるアミノ酸配列は配列番号16のアミノ酸番号38-802)、または塩基番号490-2781の塩基配列(コードされるアミノ酸配列は配列番号16のアミノ酸番号39-802)を有するDNAがmetL遺伝子として使用できる。
【0039】
配列番号17はビブリオ・ナトリージェンスのlysC遺伝子を含む領域の塩基配列を示す。配列番号17においては、塩基番号1060-1062のGTGあるいは塩基番号1117-1119のATGが開始コドンであり、塩基番号2410〜2412のTAAが終止コドンであると推定される。したがって、オープンリーディングフレームとして配列番号17の塩基番号1060-2409の塩基配列(コードされるアミノ酸配列は配列番号18のアミノ酸番号1-450)、または塩基番号1117-2409(コードされるアミノ酸配列は配列番号18のアミノ酸番号20-450)を有するDNAがlysC遺伝子として使用できる。
【0040】
配列番号19はビブリオ・ナトリージェンスのputative-AK遺伝子を含む領域の塩基配列を示す。配列番号19においては、塩基番号344-346のATG、塩基番号380-382のATGあるいは塩基番号470-472のATGが開始コドンであり、塩基番号1766-1768のTAAが終止コドンであると推定される。したがって、オープンリーディングフレームとして配列番号19の塩基番号344-1765の塩基配列(コードされるアミノ酸配列は配列番号20のアミノ酸番号1-474)、塩基番号380-1765の塩基配列(コードされるアミノ酸配列は配列番号20のアミノ酸番号13-474)、または塩基番号470-1765の塩基配列(コードされるアミノ酸配列は配列番号20のアミノ酸番号43-474)を有するDNAがputative-AK遺伝子として使用できる。
【0041】
また、上記のAKO遺伝子、thrA遺伝子、metL遺伝子、lysC遺伝子、およびputative-AK遺伝子は、相補鎖又は同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつアスパルトキナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。
【0042】
ここで、「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。この条件を明確に数値化することは困難であるが、一例を示せば、相同性が高いDNA同士、例えば80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、あるいは通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC、0.1%SDS、好ましくは、0.1×SSC、0.1%SDS、さらに好ましくは、68℃、0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度、温度で、1回、より好ましくは2〜3回洗浄する条件が挙げられる。プローブの長さは、ハイブリダイゼーションの条件により適宜選択されるが、通常には、100bp〜1Kbpである。
尚、本明細書において、「相同性」(homology)」は、「同一性」(identity)を指すことがある。
【0043】
なお、アスパルトキナーゼ活性は、Miyajima,R et al;The Journal of Biochemistry(1968),63(2),139-148に記載される方法によって測定することができる。
【0044】
また、上記のAKO遺伝子、thrA遺伝子、metL遺伝子、lysC遺伝子、およびputative-AK遺伝子はいずれも野生型遺伝子には限られず、アスパルトキナーゼ活性を有する限り、各遺伝子の上記のオープンリーディングフレームにコードされるアミノ酸配列において、1若しくは複数の位置での1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加等を含むアミノ酸配列を有する保存的バリアントをコードする、変異体又は人為的な改変体であってもよい。
【0045】
ここで、「1若しくは数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なるが、具体的には1〜20個、好ましくは1〜10個、より好ましくは1〜5個を意味する。上記の1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加は、上記機能が維持される保存的変異である。保存的変異とは、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、Phe、Trp、Tyr間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、Leu、Ile、Val間で、極性アミノ酸である場合には、Gln、Asn間で、塩基性アミノ酸である場合には、Lys、Arg、His間で、酸性アミノ酸である場合には、Asp、Glu間で、ヒドロキシル基を持つアミノ酸である場合には、Ser、Thr間でお互いに置換する変異である。保存的変異の代表的なものは、保存的置換であり、保存的置換とみなされる置換としては、具体的には、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからGly、Asn、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyrへの置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又はAlaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。また、上記のようなアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、または逆位等には、AKO遺伝子、thrA遺伝子、metL遺伝子、lysC遺伝子、およびputative-AK遺伝子を保持する微生物の個体差、種の違いに基づく場合などの天然に生じる変異(mutant又はvariant)によって生じるものも含まれる。上記のような遺伝子は、例えば、部位特異的変異法によって、コードされるタンパク質の特定の部位のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入または付加を含むように上記オープンリーディングフレームの塩基配列を改変することによって取得することができる。
【0046】
さらに、AKO遺伝子、thrA遺伝子、metL遺伝子、lysC遺伝子、およびputative-AK遺伝子は、各遺伝子の上記オープンリーディングフレームにコードされるアミノ酸配列全体に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有し、かつ、アスパルトキナーゼ活性を有するタンパク質をコードする配列を用いることも出来る。なお、アミノ酸配列の相同性は、例えばKarlin and AltschulによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90, 5873 (1993))やFASTA(Methods Enzymol., 183, 63 (1990))を用いて決定することができる。このアルゴリズムBLASTに基づいて、BLASTNやBLASTXとよばれるプログラムが開発されている (http://www.ncbi.nlm.nih.gov参照)。
【0047】
上記保存的バリアント及びそれをコードする遺伝子、並びに保存的変異に関する記載は、アスパルトキナーゼ以外の酵素及び該酵素をコードする遺伝子、並びに後述のFucOタンパク質及びfucO遺伝子にも適用される。
【0048】
遺伝子のクローニングに使用されるプラスミドとしては、エシェリア属細菌等の微生物において複製可能なものであればよく、具体的には、pBR322、pTWV228、pMW119、pUC19等が挙げられる。
【0049】
また、ビブリオ属で機能するベクターとしては、例えばビブリオ属で自律複製出来るプラスミドであれば、いずれでも用いることが出来る。ベクタープラスミドとしては、pUC系、pACYC184系、IncQ由来のoriを持つvector plasmidならどのようなものでも使用できる.選択に用いるマーカー遺伝子としてはTn903由来カナマイシン耐性遺伝子、Tn9由来クロラムフェニコール耐性遺伝子、ストレプトマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子等を用いることができる.
【0050】
dapA及びlysCとビブリオ属細菌で機能するベクターを連結して組み換えDNAを調製するには、dapA及びlysCを含むDNA断片の末端に合うような制限酵素でベクターを切断する。連結は、T4 DNAリガーゼ等のリガーゼを用いて行うのが普通である。dapA及びlysCは、それぞれ別個のベクターに搭載してもよく、同一のベクターに搭載してもよい。
【0051】
L−リジンによるフィードバック阻害を受けない変異型ジヒドロジピコリン酸合成酵素をコードするDNAとしては、118位のヒスチジン残基がチロシン残基に置換された配列を有するタンパク質をコードするDNAが挙げられる。また、L−リジンによるフィードバック阻害を受けない変異型アスパルトキナーゼをコードするDNAとしては、352位のスレオニン残基がイソロイシン残基に置換、323位のグリシン残基がアスパラギン残基に置換、318位のメチオニンがイソロイシンに置換された配列を有するAKIIIをコードするDNAが挙げられる(これらの変異体については米国特許第5661012号及び第6040160号明細書参照)。変異型DNAはPCRなどによる部位特異的変異法により取得することができる。
【0052】
なお、変異型変異型ジヒドロジピコリン酸合成酵素をコードする変異型dapA及び変異型アスパルトキナーゼをコードする変異型lysCを含むプラスミドとして、広宿主域プラスミドRSFD80、pCAB1、pCABD2が知られている(米国特許第6040160号明細書)。RSFD80で形質転換されたエシェリヒア・コリ JM109株(米国特許第6040160号明細書)は、AJ12396と命名され、同株は1993年10月28日に通産省工業技術院生命工学工業技術研究所(現 独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター)に受託番号FERM P-13936として寄託され、1994年11月1日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、FERM BP-4859の受託番号のもとで寄託されている。RSFD80は、AJ12396株から、公知の方法によって取得することができる。
【0053】
上記のように調製した組換えDNAをビブリオ属細菌に導入するには、十分な形質転換効率が得られる方法ならば、いかなる方法を用いてもよいが、例えば、エレクトロポレーション法(Canadian Journal of Microbiology, 43. 197(1997))が挙げられる。
【0054】
DDPS活性及び/又はAK活性の増強は、dapA及び/又はlysCをビブリオ属細菌の染色体DNA上に多コピー存在させることによっても達成できる。ビブリオ属細菌の染色体DNA上にdapA及び/又はlysCを多コピーで導入するには、染色体DNA上に多コピー存在する配列を標的に利用して相同組換えにより行うことができる。染色体DNA上に多コピー存在する配列としては、レペッティブDNA、転移因子の端部に存在するインバーティッド・リピートなどが利用できる。あるいは、特開平2-109985号公報に開示されているように、dapA及び/又はlysCをトランスポゾンに搭載してこれを転移させて染色体DNA上に多コピー導入することも可能である。いずれの方法によっても形質転換株内のdapA及び/又はlysCのコピー数が上昇する結果、DDPS活性及び/又はAK活性が増幅される。
【0055】
DDPS活性及び/又はAK活性の増幅は、上記の遺伝子増幅による以外に、dapA及び/又はlysCのプロモーター等の発現調節配列を強力なものに置換することによっても達成される(特開平1-215280号公報参照)。たとえば、lacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、tacプロモーター、ラムダファージのPRプロモーター、PLプロモーターまたは、これらのハイブリッドプロモーター等が強力なプロモーターとして知られている。これらのプロモーターへの置換により、dapA及び/又はlysCの発現が強化されることによってDDPS活性及び/又はAK活性が増幅される。発現調節配列の置換は、dapA及び/又はlysCのコピー数を高めることと組み合わせてもよい(Science. 1997 Sep 5;277(5331):1453-74、Nucleic Acids Res. 1993 Apr 11;21(7):1507-16、Proc Natl Acad Sci U S A. 1983 Jan;80(1):21-5、WO98/04715、WO98/17806、US5830690、US5861273)。
【0056】
なお、DNAの切断、連結、その他、染色体DNAの調製、PCR、プラスミドDNAの調製、形質転換、プライマーとして用いるオリゴヌクレオチドの設定等の方法は、当業者によく知られている通常の方法を採用することができる。これらの方法は、Sambrook, J., Fritsch, E. F., and Maniatis, T., "Molecular Cloning A Laboratory Manual, Second Edition", Cold Spring Harbor Laboratory Press, (1989)等に記載されている。
【0057】
DDPS活性及び/又はAK活性の増強に加えて、他のL−リジン生合成に関与する酵素の活性を増強してもよい。そのような酵素としては、ジヒドロジピコリン酸レダクターゼ(dapB)、ジアミノピメリン酸脱炭酸酵素(lysA)、ジアミノピメリン酸デヒドロゲナーゼ(ddh)(以上、国際公開第96/40934号パンフレット)、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(ppc) (特開昭60-87788号公報)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(aspC)(特公平6-102028号公報)、ジアミノピメリン酸エピメラーゼ(dapF)(特開2003-135066号公報)、アスパラギン酸セミアルデヒド脱水素酵素(asd)(国際公開第00/61723号パンフレット)等のジアミノピメリン酸経路の酵素、あるいはホモアコニット酸ヒドラターゼ(特開2000-157276号公報)等のアミノアジピン酸経路の酵素等が挙げられる。尚、酵素名の後のカッコ内は、遺伝子名である(以下の記載においても同様)。
【0058】
前記pCABD2は、L−リジンによるフィードバック阻害が解除された変異を有するエシェリヒア・コリ由来のDDPSをコードする変異型dapA遺伝子と、L−リジンによるフィードバック阻害が解除された変異を有するエシェリヒア・コリ由来のAKIIIをコードする変異型lysC遺伝子と、エシェリヒア・コリ由来のジヒドロジピコリン酸レダクターゼをコードするdapB遺伝子と、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム由来ジアミノピメリン酸デヒドロゲナーゼをコードするddh遺伝子を含んでいる(国際公開第WO95/16042、WO01/53459号パンフレット)。
【0059】
本発明のビブリオ属細菌はL−リジン排出活性を増強させることによってL−リジン生産能が高められた細菌であってもよい。例えば、ybjE遺伝子の発現量を増加させること、lysE遺伝子の発現量を増加させることでL−リジン排出活性を高めることができる(特開2005-237379、WO97/23697号パンフレット)。
【0060】
本発明の細菌は、さらに、L−リジンの生合成経路から分岐してL−リジン以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素の活性や、L−リジン酸の合成又は蓄積に負に機能する酵素活性が低下または欠損していてもよい。L−リジン生産において、このような酵素としては、ホモセリンデヒドロゲナーゼ、マリックエンザイム等があり、該酵素の活性が低下または欠損した株は国際公開第WO95/23864号、第WO96/17930号パンフレット、第WO2005/010175号パンフレットを参照にして構築できる。
【0061】
これらの酵素活性を低下あるいは欠損させる方法としては、通常の変異処理法又は遺伝子組換え技術によって、ゲノム上の上記酵素の遺伝子に、細胞中の当該酵素の活性が低下または欠損するような変異を導入すればよい。このような変異の導入は、例えば、遺伝子組換えによって、ゲノム上の酵素をコードする遺伝子を欠損させたり、プロモーターやシャインダルガルノ(SD)配列等の発現調節配列を改変したりすることなどによって達成される。また、ゲノム上の酵素をコードする領域にアミノ酸置換(ミスセンス変異)を導入すること、また終止コドンを導入すること(ナンセンス変異)、一〜二塩基付加・欠失するフレームシフト変異を導入すること、遺伝子の一部分、あるいは全領域を欠失させることによっても達成出来る(J. Biol. Chem. 272:8611-8617(1997)、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95: 5511-5515 (1998)、J. Biol. Chem., 266:20833-20839 (1991))。また、コード領域の全体又は一部が欠失したような変異酵素をコードする遺伝子を構築し、相同組換えなどによって、該遺伝子でゲノム上の正常遺伝子を置換すること、トランスポゾン、又はIS因子を該遺伝子に導入することによっても酵素活性を低下または欠損させることができる。
【0062】
例えば、上記の酵素の活性を低下または欠損させるような変異を遺伝子組換えにより導入する為には、以下のような方法が用いられる。目的遺伝子の部分配列を改変し、正常に機能する酵素を産生しないようにした変異型遺伝子を作製し、該遺伝子を含むDNAでビブリオ属に属する細菌に形質転換し、変異型遺伝子とゲノム上の遺伝子で組換えを起こさせることにより、ゲノム上の目的遺伝子を変異型に置換することが出来る。このような相同組換えを利用した遺伝子置換は、「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))、Redドリブンインテグレーション法とλファージ由来の切り出しシステム(Cho, E. H., Gumport, R. I., Gardner, J. F. J. Bacteriol. 184: 5200-5203 (2002))とを組合わせた方法(WO2005/010175号参照)等の直鎖状DNAを用いる方法や、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法などがある(米国特許第6303383号; 特開平05-007491号公報)。また、上述のような相同組換えを利用した遺伝子置換による部位特異的変異導入は、宿主上で複製能力を持たないプラスミドを用いても行うことが出来る。
【0063】
上記の酵素活性を低下させる方法は、下記のFucOタンパク質の活性の低下に適用することができる。
【0064】
<3>fucO遺伝子がコードするタンパク質の活性の低下
本発明の細菌は、上述したようなL-リジンの生産能を有するビブリオ属に属する細菌を、fucO遺伝子がコードするタンパク質(以下、「FucO」と記載することがある。)の活性が低下するように改変されることによって得られる。L−本発明のビブリオ属細菌の育種において、L-リジンの生産能の付与とFucOタンパク質の活性が低下するような改変は、どちらを先に行ってもよい。本発明の細菌は、野生株または非改変株と比べてfucO遺伝子がコードするタンパク質の活性が低下するように改変されているものであればよいが、さらに野生株又は非改変株に比べてL−リジンの蓄積能が向上していることがより望ましい。
【0065】
本発明において、fucO遺伝子とは、E. coliのfucO遺伝子のホモログであって、ビブリオ属細菌から取得され得る遺伝子を意味し、例えば、配列番号1の塩基配列を有する遺伝子が挙げられる。配列番号1の塩基配列は、V. natiregens 28-15株のfucO遺伝子の塩基配列である。また、配列番号2に、同遺伝子がコードするアミノ酸配列を示す。
【0066】
本発明のfucO遺伝子は、E. coliのfucO遺伝子と相同性がある遺伝子である。E. coli MG1655株のfucO遺伝子は、L-1,2-propanediol oxidoreductaseをコードする遺伝子として、 GenBankに登録されている(GenBank NC_000913.2、ヌクレオチド番号2929887..2931038の相補鎖)。
【0067】
また、本発明のfucO遺伝子には、Vibrio parahaemolyticus のeutG遺伝子又はそれと相同性のある遺伝子が含まれる。V. parahaemolyticus RIMD 2210633株のeutG遺伝子産物は、iron-containing alcohol dehydrogenaseとして、GenPeptデータベースに登録されている(NP_797614)(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/NP_797614.1?report=genpept)。また、前記eutG遺伝子は、iron-containing alcohol dehydrogenaseとして、GenBankに登録されている(NC_004603.1、ヌクレオチド番号1301840..1303159)。
E. coliのfucO遺伝子産物とE. coliのeutG遺伝子産物のアミノ酸での相同性は77.3%である(株式会社ゼネティックス製Genetix ver.9.0.3を使用)。
【0068】
ビブリオ属細菌のfucO遺伝子のホモログは、例えば、配列番号1の塩基配列を有する遺伝子、E. coliのfucO遺伝子、又は前記eutG遺伝子と相同性の高い遺伝子をBLAST(http://blast.genome.jp/)で検索することによって取得できる。相同性は、遺伝子の発現産物の活性を低下させることによってL−リジンの蓄積が向上する限り特に制限されないが、例えば、アミノ酸配列全体に対して80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上である。
【0069】
fucO遺伝子がコードするタンパク質としては、配列番号2のアミノ酸配列を有するもの挙げられるが、タンパク質の機能が変わらない限り、保存的バリアントであってもよい。
また、fucO遺伝子は、FucOタンパク質をコードする限り、配列番号1からなる塩基配列または同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであってもよい。「ストリンジェントな条件」は、前記と同様である。
【0070】
「fucO遺伝子がコードするタンパク質の活性が低下した」とは、薬剤や遺伝子工学等により、fucO遺伝子のコード領域に変異を導入し、同遺伝子がコードするFucOタンパク質の機能が弱化または消失すること、及び、fucO遺伝子の発現制御領域等に変異を導入することにより、fucO遺伝子の発現又は翻訳が低下することによって、FucOタンパク質の量が低下することが含まれる。また、いわゆる遺伝子破壊、すなわち染色体上のfucO遺伝子全体又はその一部を欠失させることによって、FucOタンパク質の活性を低下させることができる。尚、活性の低下は、活性の完全な消失を含む。
【0071】
FucOタンパク質の活性を低下させるには、具体的には、L−リジン生産能の付与について記載した、酵素活性を低下させる方法を使用することができる。
【0072】
<4>L−リジンの製造法
本発明の方法は、本発明の細菌を培地で培養して、L−リジンを該培地中または菌体内に生成蓄積させ、該培地または菌体よりL−リジンを回収する方法である。
【0073】
使用する培地は、微生物を用いたL−アミノ酸の発酵生産において従来より用いられてきた培地を用いることができる。すなわち、炭素源、窒素源、無機イオン及び必要に応じその他の有機成分を含有する通常の培地を用いることができる。ここで、炭素源としては、グルコース、シュクロース、ラクトース、ガラクトース、フラクトースやでんぷんの加水分解物などの糖類、グリセロールやソルビトールなどのアルコール類、フマール酸、クエン酸、コハク酸等の有機酸類を用いることができる。特に本発明においてはグリセロールを炭素源として使用することが好ましい。
【0074】
なお、本発明においては、グリセロールを炭素源として用いることが好ましい。グリセロールは、L−リジンを製造するのに適した濃度であればどのような濃度で用いてもかまわない。培地中の単独の炭素源として用いる場合、好ましくは0.1w/v%〜50w/v%程度、より好ましくは0.5w/v%〜40w/v%程度、特に好ましくは1w/v%〜30w/v%程度培地に含有させる。グリセロールは、グルコース、フラクトース、スクロース、廃糖蜜、澱粉加水分解物などの他の炭素源と組み合わせて用いることも出来る。この場合、グリセロールと他の炭素源は任意の比率で混合することが可能であるが、炭素源中のグリセロールの比率は、10重量%以上、より好ましくは50重量%以上、より好ましくは70重量%以上であることが望ましい。他の炭素原として好ましいのは、グルコース、フラクトース、スクロース、ラクトース、ガラクトース、廃糖蜜、澱粉加水分解物やバイオマスの加水分解により得られた糖液などの糖類、エタノールなどのアルコール類、フマール酸、クエン酸、コハク酸等の有機酸類である。これらの中ではグルコースが好ましい。
【0075】
培養開始時のグリセロールの好ましい初発濃度は上記のとおりであるが、培養中のグリセロールの消費に応じて、グリセロールを添加してもよい。
使用するグリセロールは、純粋なグリセロールであってもよいが、粗グリセロールであってもよい。粗グリセロールとは、工業的に生産される不純物を含むグリセロールをいう。粗グリセロールは、油脂を高温、高圧下で水と接触させ加水分解することによって、あるいは、バイオディーゼル燃料生産のためのエステル化反応によって、工業的に生産される。バイオディーゼル燃料とは、油脂とメタノールからエステル交換反応により生成する脂肪酸メチルエステルのことであり、この反応の副生物として粗グリセロールが生成する(Fukuda, H., Kondo, A., and Noda, H. 2001, J. Biosci. Bioeng. 92, 405-416を参照のこと)。バイオディーゼル燃料生産プロセスでは、エステル交換にはアルカリ触媒法が用いられることが多く、中和時に酸を加えるため、水と不純物を含んだ純度70〜95重量%程度の粗グリセロールが生成する。バイオディーゼル燃料生産において産生される粗グリセロールは、水に加えて、残存メタノールや触媒であるNaOH等のアルカリとその中和に用いられるK2SO4等の酸との塩を不純物として含んでいる。メーカーや製法により差はあるが、このような塩類やメタノールは数パーセントに達する。ここでナトリウム、カリウム、塩化物イオン、硫酸イオン等の、アルカリやその中和に用いられた酸に由来するイオン類は、粗グリセロールの重量に対し、2〜7%、好ましくは3〜6%、さらに好ましくは4〜5.8%含まれていることが好ましい。メタノールは、不純物として含まれていなくてもよいが、望ましくは0.01%以下含まれていることが好ましい。
【0076】
さらに、粗グリセロール中には、微量の金属、有機酸、リン、脂肪酸などを含むことがある。含まれる有機酸としては、蟻酸、酢酸等が挙げられ、不純物として含まれていなくてもよいが、望ましくは0.01%以下含まれていることが好ましい。粗グリセロールに含まれる微量の金属としては、微生物の生育に必要な微量金属が好ましく、例えばマグネシウム、鉄、カルシウム、マンガン、銅、亜鉛等が挙げられる。マグネシウム、鉄、カルシウムは、粗グリセロールの重量に対し、合計で0.00001〜0.1%、好ましくは0.0005〜0.1%、より好ましくは0.004〜0.05%、さらに好ましくは0.007〜0.01%含まれていることが好ましい。マンガン、銅、亜鉛としては、合計で0.000005〜0.01%、より好ましくは0.000007〜0.005%、さらに好ましくは0.00001〜0.001%含まれていることが好ましい。
【0077】
粗グリセロールのグリセロールの純度としては10%以上であればよく、好ましくは50%以上であり、さらに好ましくは70%以上、特に好ましくは80%以上である。不純物の含有量が上記の範囲を満たす限り、グリセロールの純度は90%以上であってもよい。
粗グリセロールを用いる場合は、グリセロールの純度に応じて、グリセロールの量として上記濃度となるように粗グリセロールを培地に添加すればよい。また、グリセロール及び粗グリセロールの両方を培地に添加してもよい。
【0078】
窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機アンモニウム塩、大豆加水分解物などの有機窒素、アンモニアガス、アンモニア水等を用いることができる。有機微量栄養源としては、ビタミンB1、L−ホモセリンなどの要求物質または酵母エキス等を適量含有させることが望ましい。これらの他に、必要に応じて、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム、鉄イオン、マンガンイオン等が少量添加される。なお、本発明で用いる培地は、炭素源、窒素源、無機イオン及び必要に応じてその他の有機微量成分を含む培地であれば、天然培地、合成培地のいずれでもよい。
【0079】
培養は好気的条件下で1〜7日間実施するのがよく、培養温度は24℃〜37℃、培養中のpHは5〜9がよい。尚、pH調整には無機あるいは有機の酸性あるいはアルカリ性物質、更にアンモニアガス等を使用することができる。
【0080】
また、L−リジン等の塩基性アミノ酸を製造する際には、培養中のpHが6.5〜9.0、培養終了時の培地のpHが7.2〜9.0となるように制御し、培地中の重炭酸イオン及び/又は炭酸イオンが少なくとも20mM以上存在する培養期があるようにし、前記重炭酸イオン及び/又は炭酸イオンを塩基性アミノ酸のカウンタイオンとする方法で発酵し、目的の塩基性アミノ酸を回収する方法で製造を行ってもよい(特開2002-65287、US2002-0025564A EP 1813677A)。
塩基性アミノ酸を生産する能力を有する微生物を培地中で好気培養するに際して、炭酸イオンもしくは重炭酸イオン又はこれらの両方を、塩基性アミノ酸の主なカウンタイオンとして利用することができる。塩基性アミノ酸のカウンタイオンとして必要な量の重炭酸イオン及び/又は炭酸イオンを培地中に存在させる方法としては、培養中の培地のpHが6.5〜9.0、好ましくは6.5〜8.0、培養終了時の培地のpHが7.2〜9.0となるように制御し、さらに、発酵中の発酵槽内圧力が正となるように制御するか、又は、炭酸ガスもしくは炭酸ガスを含む混合ガスを培地に供給することが知られている(特開2002-65287、米国特許出願公開第20020025564号、EP1813677A)。
【0081】
発酵液からのL−リジンの回収は通常イオン交換樹脂法(Nagai,H.et al., Separation
Science and Technology, 39(16),3691-3710)、沈殿法、膜分離法(特開平9-164323号、特開平9-173792号)、晶析法(WO2008/078448、WO2008/078646)、その他の公知の方法を組み合わせることにより実施できる。なお、菌体内にL−リジンが蓄積する場合には、例えば菌体を超音波などにより破砕し、遠心分離によって菌体を除去して得られる上清からイオン交換樹脂法などによって、L−リジンを回収することができる。
【0082】
尚、回収されるL−リジンは、L−リジン以外に細菌菌体、培地成分、水分、及び細菌の代謝副産物を含んでいてもよい。採取されたL−リジンの純度は、50%以上、好ましくは85%以上、特に好ましくは95%以上である (JP1214636B, USP 5,431,933, 4,956,471, 4,777,051, 4946654, 5,840,358, 6,238,714, US2005/0025878))。
【0083】
また、L−リジンが培地中に析出する場合は、遠心分離又は濾過等により回収することができる。また、培地中に析出したL−リジンは、培地中に溶解しているL−リジンを晶析した後に、併せて単離してもよい。
【実施例】
【0084】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明する。
〔実施例1〕fucO遺伝子が破壊されたV. natriegensの構築
リジン生産菌V. natriegens 28-15の染色体上にあるfucO遺伝子を破壊した。
【0085】
まず、バチルス・サブチリスのsacB遺伝子を持つpDNR-Dual Donerベクター(Clontech社、USA)を鋳型DNAとして、配列番号3と配列番号4の配列を持つ合成DNAをプライマーとしてPCRを行い、sacB遺伝子を増幅した。sacB遺伝子はレバンシュークラーゼをコードし、染色体上からベクター部分が脱落した菌株を効率よく選択する為に使用される遺伝子である(Schafer,A.et al.Gene145 (1994)69-73)。すなわち、レバンシュークラーゼを発現させると、シュークロースを資化することによって生成したレバンが致死的に働き、生育することが出来ない。従って、レバンシュークラーゼ遺伝子を搭載したベクターが染色体上に残ったままの菌株をシュークロース含有プレートで培養すると生育できず、ベクターが脱落した菌株のみシュークロース含有プレートで選択することが出来る。
【0086】
増幅されたsacB遺伝子断片とpUT399を制限酵素EcoRIで消化し、ライゲーションすることでベクターpUT_sacBを得た。ここでpUT399は、R6Kの複製起点を有するプラスミドで、接合伝達に必要なmob領域を含むプラスミドであり、pir遺伝子を持たない菌株では複製出来ないプラスミドである(米国特許第7090998号)。続いて、V. natiregens 28-15の染色体DNAを鋳型DNAとして配列番号5と配列番号6、又は配列番号7と配列番号8の配列を持つ合成DNAをプライマーとしてPCRを行い、fucO遺伝子の前後800 bpの配列をそれぞれ増幅した。続いて、得られた2種類のPCR産物の混合液を鋳型DNAとし、配列番号5と配列番号7の配列をもつ合成DNAをプライマーとして再度PCRを行った。得られたPCR産物とpUT_sacBを、共に制限酵素SalIおよびSphIで消化し、ライゲーションすることでベクターpUT_sacB_fucOFRを得た。pUT_sacB_fucOFRは、fucOのコード領域の一部を欠損したfucO遺伝子破壊用のプラスミドである。そして、pUT_sacB_fucOFRをE. coli S17-1(λpir+、Biomedal社から入手可能:R. Simon., et al., Bio/Technology 1;784-791 (1983))に導入し、S17-1/ pUT_sacB_fucOFRを得た。
【0087】
続いて、S17-1/ pUT_sacB_fucOFRを、LB培地(10 g/L Bacto-tryptone、5 g/L Bacto-yeast extract、5 g/L NaClおよび40 mg/Lクロラムフェニコールを含む。pH 7.0)1.5 mlに植え、37℃で18時間培養した。得られた培養液を遠心(5000rpm、5分間)することで集菌し、新しいLB培地50μlに懸濁した。その菌液をLB-NaCl寒天培地(10 g/L Bacto-tryptone、5 g/L Bacto-yeast extract、30 g/L NaCl、0.4 g/L MgSO4および20 g/L寒天を含む。pH 7.0)上に直径2 cmの円状になるようにまき、室温で30分放置し乾燥させた。同時に、V. natriegens 28-15をLB-NaCl培地(10 g/L Bacto-tryptone、5 g/L Bacto-yeast extract、30 g/L NaCl、及び0.4 g/L MgSO4を含む。pH 7.0)1.5 mlに植え、37℃で18時間培養した。得られた培養液を遠心(6000rpm、2分間)することで集菌し、新しいLB-NaCl培地50μlに懸濁した。その菌液を、先にS17-1/ pUT_sacB_fucOFRが円状にまかれた場所にまき、さらに室温で30分放置し乾燥させた。その後、37℃で4時間放置することで、接合伝達によりS17-1/ pUT_sacB_fucOFRの持つpUT_sacB_fucOFRをV. natriegens 28-15へと移動させた。
【0088】
得られた菌をかき取り、LB-NaCl培地1 mlに懸濁した後、全量をTCBS寒天培地(5 g/L 酵母エキス、10 g/L ペプトン、17 g/L 白糖、10 g/L チオ硫酸ナトリウム(五水塩)、10 g/Lクエン酸ナトリウム(二水塩)、3 g/L コール酸ナトリウム、1 g/L クエン酸第二鉄、10 g/L 塩化ナトリウム、5 g/L 牛肝汁末、0.04 g/L ブロモチモールブルー、0.05 g/L チモールブルー、15 g/L 寒天および10 mg/L クロラムフェニコールを含む。日水製薬株式会社、日本)に植え、37℃で18時間培養することで黄色いコロニーを形成させた。ここでTCBS培地上ではE. coliは増殖することができない。また、pUT_sacB_fucOFR はV. natriegens 28-15中では複製出来ないため、得られたコロニーはV. natriegens 28-15の染色体上にpUT_sacB_fucOFRが導入されることでクロラムフェニコール耐性を獲得した株であった。
【0089】
その株を10 % (w/v) スクロースが添加されたLB-NaCl培地にまきコロニーを形成させることで、染色体上に挿入されたpUT_sacB_fucOFRの脱落と共に染色体上のfucO遺伝子が破壊されたV. natriegens 28-15(V. natriegens 28-15ΔfucO)を得た。fucO遺伝子の破壊の確認は、得られた株から常法により抽出された染色体DNAを鋳型DNA、配列番号9と配列番号10をプライマーとしたPCRにより行った。
【0090】
〔実施例2〕
V. natriegens 28-15ΔfucOのL−リジン分解活性を調べた。
エレクトロポレーションによりV. natriegens 28-15ΔfucO、及びV. natriegens 28-15へpCABD2(米国特許第6040160号明細書)を導入した。エレクトロポレーションは、Gene pluser Xcell(BioRad社、USA)を用い、9 kV/cm、25μF、200Ωのパルス条件で行った。
【0091】
得られたV. natriegens 28-15ΔfucO/pCABD2とV. natriegens 28-15/pCABD2をLB-NaCl寒天培地(500 mg/L ストレプトマイシンを含む)で、37℃、10時間培養した。得られた菌体をかき取り、坂口フラスコ(容量500 ml)に入れたMS培地 (500 mg/L ストレプトマイシンを含む) 20 ml にOD660が0.1となるように植え、37℃で振とう培養した。各々3本ずつフラスコで培養を行った。そして、経時的に1 mlずつサンプリングを行い、OD660と培地中のグルコース濃度及びL−リジン濃度を測定した。OD660は、培養液を2 %(w/v) NaCl水溶液で51倍に希釈し、分光光度計DU-800(Beckman coulter社、USA)を用いて測定された。また、培養液中のグルコース濃度およびL−リジン濃度の測定にはバイオテックアナライザーAS-300(サクラ精機、日本)を用いた。
【0092】
〔MS培地〕
(最終濃度)
グルコース 40 g/L(別殺菌)
MgSO4・7H2O 1 g /L(別殺菌)
(NH4)2SO4 16 g/L
KH2PO4 1 g/L
Yeast Extract 2 g/L
FeSO4 0.01 g/L
MnSO4 0.01 g/L
CaCO3 30 g/L(別殺菌)
NaCl 15 g/L
【0093】
その結果、V. natriegens 28-15ΔfucO/pCABD2では10 mMのL−リジン蓄積が観察され、グルコースを消費しきった後のL−リジン分解も観察されなかった(図1)。一方、fucO遺伝子が欠損していない株では最大3 mMのL−リジン蓄積が観察されたものの、その後L−リジン分解が観察された。すなわち、fucO遺伝子が欠損した株では、欠損していない株の3倍以上高いL−リジン蓄積が観察され、L−リジン分解も抑制されていた。
【0094】
上記のように、fucO遺伝子は、V. natriegensでのL−リジン分解に関与している可能性が示唆された。したがって、V. natriegensのL−リジン分解経路は、L−リジンからカダベリンが生成される経路とは異なる可能性がある。
【0095】
〔実施例3〕
続いて、V. natriegens 28-15ΔfucO/pCABD2を用いて、高塩濃度下で、グルコースを炭素源としたL−リジン生産を行った。V. natriegens 28-15ΔfucO/pCABD2をLB-NaCl寒天培地(500 mg/L ストレプトマイシンを含む)で37℃、8時間培養した。得られた菌体をかき取り、坂口フラスコ(容量500 ml)に入れたMS培地(500 mg/L ストレプトマイシンを含む。0〜8 %(w/v) NaClを含む)20 ml にOD660が0.1となるように植え、37℃で振とう培養した。各々3本ずつフラスコ培養を行った。そして、経時的に1 mlずつサンプリングを行い、OD660と培地中のグルコース濃度及びL−リジン濃度を測定した。OD660は、培養液を2 %(w/v) NaCl水溶液で51倍に希釈し、分光光度計DU-800(Beckman coulter社、USA)を用いて測定された。また、培養液中のグルコース濃度とL−リジン濃度の測定にはバイオテックアナライザーAS-300(サクラ精機株式会社、日本)を用いた。
その結果、6 %(w/v) NaClを含む培養条件では最大27 mM L−リジンの蓄積が観察され、そのときの対消費糖L−リジン収率は12 %(w/w)であった(図2)。
【0096】
〔実施例4〕
続いて、V. natriegens 28-15ΔfucO/pCABD2を用いてグリセロールを炭素源としたL−
リジン生産を行った。具体的には、V. natriegens 28-15ΔfucO/pCABD2をLB-NaCl寒天培地(500 mg/L ストレプトマイシンを含む)で37℃、8時間培養した。得られた菌体をかき取り、MS培地(500 mg/L ストレプトマイシンを含む。2 %(w/v)又は4 %(w/v) NaClを含む)20 ml にOD660が0.1となるように植え、37℃で振とう培養した。炭素源のグリセロールは純正化学社製(日本)を用いた。各々3本ずつフラスコ培養を行った。そして、経時的に1 mlずつサンプリングを行い、OD660と培地中のグリセロール濃度及びL−リジン濃度を測定した。OD660は、培養液を2 %(w/v) NaCl水溶液で51倍に希釈し、分光光度計DU-800(Beckman coulter社、USA)を用いて測定された。また、培養液中のグリセロール濃度はバイオセンサーBF-5(王子測定機器株式会社、日本)を用いた。L−リジン濃度の測定にはバイオテックアナライザーAS-300(サクラ精機株式会社、日本)を用いた。
その結果、4 %(w/v) NaClが添加された培養条件で、最大30 mM のL−リジンの蓄積が観察され、対消費グリセロールL−リジン収率は15 %(w/w)であった(図3)。
【0097】
〔配列表の説明〕
配列番号1:V. natriegensのfucO遺伝子の塩基配列
配列番号2:V. natriegensのfucO遺伝子によってコードされるアミノ酸配列
配列番号3:sacB遺伝子を増幅するためのPCRプライマーの塩基配列
配列番号4:sacB遺伝子を増幅するためのPCRプライマーの塩基配列
配列番号5:fucO遺伝子の前後0.8kbpを増幅するためのPCRプライマーの塩基配列
配列番号6:fucO遺伝子の前後0.8kbpを増幅するためのPCRプライマーの塩基配列
配列番号7:fucO遺伝子の前後0.8kbpを増幅するためのPCRプライマーの塩基配列
配列番号8:fucO遺伝子の前後0.8kbpを増幅するためのPCRプライマーの塩基配列
配列番号9:染色体上fucO遺伝子の破壊を確認するためのPCRプライマーの塩基配列
配列番号10:染色体上fucO遺伝子の破壊を確認するためのPCRプライマーの塩基配列
配列番号11:V. natriegensのAKO遺伝子の塩基配列
配列番号12:V. natriegensのAKO遺伝子によってコードされるアミノ酸配列
配列番号13:V. natriegensのthrA遺伝子の塩基配列
配列番号14:V. natriegensのthrA遺伝子によってコードされるアミノ酸配列
配列番号15:V. natriegensのmetL遺伝子の塩基配列
配列番号16:V. natriegensのmetL遺伝子によってコードされるアミノ酸配列
配列番号17:V. natriegensのlysC遺伝子の塩基配列
配列番号18:V. natriegensのlysC遺伝子によってコードされるアミノ酸配列
配列番号19:V. natriegensのputative-AK遺伝子の塩基配列
配列番号20:V. natriegensのputative-AK遺伝子によってコードされるアミノ酸配列

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L−リジン生産能を有するビブリオ属細菌を培地で培養し、L−リジンを該培地中又は菌体内に生成蓄積させ、該培地又は菌体よりL−リジンを採取する、L−リジンの製造法において、前記ビブリオ属細菌は、fucO遺伝子がコードするタンパク質の活性が低下するように改変されたことを特徴とする方法。
【請求項2】
fucO遺伝子のコード領域及び/又は同遺伝子の発現制御領域に変異が導入されたことにより、前記タンパク質の活性が低下した、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記細菌は染色体上のfucO遺伝子が破壊されたことを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記タンパク質が、下記(A)または(B)に記載のタンパク質である請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
(A)配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質。
(B)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつ、細菌内の活性を低下させたときにL−リジン生産能が向上するタンパク質。
【請求項5】
前記fucO遺伝子が、下記(a)または(b)に記載のDNAである請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
(a)配列番号1の塩基配列を含むDNA、
(b)配列番号1の塩基配列または同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、細菌内の活性を低下させたときにL−リジン生産能が向上するタンパク質をコードするDNA。
【請求項6】
前記細菌は、ジヒドロジピコリン酸合成酵素、アスパルトキナーゼ、ジヒドロジピコリン酸レダクターゼ、及びジアミノピメリン酸デヒドロゲナーゼからなる群より選択される1種または2種以上の酵素の活性が増強されている、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記ビブリオ属細菌が、ビブリオ・ナトリージェンスである、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記培地が、グリセロールを炭素源として含む培地である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
L−リジン生産能を有し、かつ、fucO遺伝子がコードするタンパク質の活性が低下するように改変されたビブリオ属細菌。
【請求項10】
前記ビブリオ属細菌がビブリオ・ナトリージェンスである、請求項9に記載の細菌。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−196144(P2012−196144A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−180819(P2009−180819)
【出願日】平成21年8月3日(2009.8.3)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】