説明

マルチチャンネル音響による空間音響再生システム

【課題】室内音響環境下で三次元マルチチャンネル音響を再生する。
【解決手段】空間音響再生システム10は、三次元マルチチャンネル音響信号を再生するために室内音響環境にて空間的に分散配置される複数の空間配置スピーカ30−1―30−Nと、三次元マルチチャンネル音響信号を基に変換されるバイノーラル再生用音響信号を再生するために、複数の聴取位置ごとに聴取者の両耳近傍の位置として予め定めた位置に配置される複数のスピーカからなる両耳近傍配置スピーカ40と、複数の空間配置スピーカで再生される再生音と両耳近傍配置スピーカで再生される再生音の位相が一致するように三次元マルチチャンネル音響信号に対するバイノーラル再生用音響信号の時間差を調整するとともに、聴取位置ごとに三次元マルチチャンネル音響信号の残響音に対応する擬似残響音を付加したバイノーラル再生用音響信号を生成する空間音響再生装置20とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、室内音響空間でスピーカにより音を提示する技術に関し、特に、マルチチャンネル音響による空間音響再生システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来からのマルチチャンネル音響方式に基づく音響再生装置では、複数の音響信号を同数あるいはより多数のスピーカにより個別に、かつ、時間軸を合わせて再生することにより、聴取者に対して複数の方向からの音の到達を実現し、これにより所望の音響印象を聴取者に提示することができる。
【0003】
室内で複数のスピーカにより音響再生を行う場合、一般には、想定するリスニングエリアの中央位置(基準聴取位置)において、同一の信号(調整用基準信号)を入力し、それぞれのスピーカからの音圧が同等になるようにスピーカを駆動するアンプの利得を調整する。
【0004】
また、基準聴取位置において、各スピーカから到来する音の周波数特性ができるだけ均一になるように、周波数特性補正処理をアンプの前段に挿入し調整を行う。さらに、各スピーカから音が基準聴取位置に到達する時間を合わせるために、最も到達時間が遅いスピーカを基準に、到達時間が早いスピーカに対し、アンプの前段に音響信号に対する遅延処理を挿入し、当該遅延処理によってその時間差を調整する。
【0005】
しかしながら、実際の室内音響空間では、スピーカから基準聴取位置に最も早く到来する直接音に加えて、室内壁面で反射し遅延して到来する反射音(間接音)が存在する。この反射音によって、聴取者に提示すべき所望の音響印象が劣化することが多い。したがって、一般には、この反射音を軽減するために、室内壁面による音の反射率を低減するような建築材を用いた建築音響設計を行い、この問題を解決する。
【0006】
一方、映画館のような劇場にて提供されるマルチチャンネル音響による空間音響再生システムとして、個々の椅子にスピーカを設けることで、どの場所でも優れた音像定位の効果が得られる立体音再生の技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−25086号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
プラネタリウムなどに代表されるドームシアターは、理想的な映像提示を行うために、基準聴取位置に対して映像を投影する壁面(スクリーン)上のすべての位置が等距離になるように真円形状を取られる場合が一般的である。このようなドーム形状の室内音響環境で、実際に音響信号を取得した結果を図9に示す。図9では、音響信号の再生開始から約50ms後に直接音を検出し、直接音からさらに約50ms後に、直接音の残響音とは別に、ドーム形状の室内音響環境で特異な音響信号(以下、「特異音」と称する)を検出していることが分かる。このような特異音は、聴取者にとって好ましい再生音ではない。このように、図9に示すように、ドームシアター内空間に聴取位置からある距離に配置したスピーカの位置とリスニングエリアにおける聴取位置との相対関係によっては、スピーカから最初に到達する直接音に遅れて到来する反射音の振幅すなわち音圧レベルが大きくなる場合があり、このような音響再生状況ではもともとの音響信号を高品質で受聴することが極めて困難になる。
【0009】
つまり、ドームシアターなどの劣悪な室内音響条件(即ち、直接音から20ms以上遅れて発生する特異音が生じる環境条件)下において、従来のマルチチャンネル音響と同等の空間音響品質を提示するための空間音響再生システムが要望される。
【0010】
また、特許文献1に開示されるような、客席近傍にスピーカを配置したり、複数のスピーカにより音声の明瞭度を高めたりするための音響再生装置はこれまでも開発されていたが、三次元音響空間を高品質で再生するシステムは開発されていない。
【0011】
特に、壁面を楕円形状又は真円形状にすることはドームシアターでの映像提示の目的上避けることはできない。また、壁面全体をスクリーンにすることもドームシアターの特徴である。スクリーンは投射する映像の品質を高めるために、できる限りなめらかな面であることが要求され、このことは、音に対しては反射率を高めることになる。したがって、課題を解決するために建築音響的な手段を利用することは困難となる。
【0012】
そこで、ドーム形状壁面の影響をできるだけ少なくするためには、スピーカを聴取者のできるだけ近傍に配置することが最も有効な策であると考えられる。しかしながら、聴取者近傍に配置したスピーカによる再生音と、聴取者から相当の遠距離に配置したスピーカによる音響印象は異なり、さらに本来の目的である複数のスピーカによる三次元音響再生を実現するには聴取位置の近傍に配置したスピーカでは容易ではないことから、更なる工夫が必要である。
【0013】
したがって、ドーム状ホールで複数のスピーカを配置することによるマルチチャンネル音響再生を従来の調整方法によって行っても、所望する空間印象とはかけ離れた音響印象となってしまう場合が多い。
【0014】
本発明は、上述の問題を鑑みて為されたものであり、ドームシアターなどの劣悪な室内音響条件(即ち、直接音から20ms以上遅れて発生する特異音が生じる室内音響条件)下であっても音像定位の優れたマルチチャンネル音響による空間音響再生システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の空間音響再生システムでは、従来方式で聴取位置から遠隔位置に複数配置したスピーカから提示される三次元音響の再生音と、この三次元音響に近似させたバイノーラル再生用音響信号を聴取位置近傍に配置した複数のスピーカによって再生した再生音を空間的に混ぜ合わせるようにした。しかも、座席位置によって、直接音から20ms以上遅れて発生する特異音の振幅や発生する時間的なタイミングが異なるため、空間的な混ぜ合わせを座席によって個別かつ任意に変えられるようにした。
【0016】
本発明の空間音響再生システムは、室内音響環境下で三次元マルチチャンネル音響を再生する空間音響再生システムであって、三次元マルチチャンネル音響信号を再生するために当該室内音響環境にて空間的に分散配置される複数の空間配置スピーカと、前記三次元マルチチャンネル音響信号を基にバイノーラル処理で変換されるバイノーラル再生用音響信号を再生するために、当該室内音響環境における複数の聴取位置ごとに聴取者の両耳近傍の位置として予め定めた位置に配置される複数のスピーカからなる両耳近傍配置スピーカと、前記複数の空間配置スピーカで再生される再生音と前記両耳近傍配置スピーカで再生される再生音の位相が一致するように前記三次元マルチチャンネル音響信号に対する当該バイノーラル再生用音響信号の時間差を調整するとともに、聴取位置ごとに前記三次元マルチチャンネル音響信号の残響音に対応する擬似残響音を付加した当該バイノーラル再生用音響信号を生成する空間音響再生装置と、を備えることを特徴とする。
【0017】
また、本発明の空間音響再生システムにおいて、前記室内音響環境は、前記複数の空間配置スピーカで再生される再生音が直接音から20ms以上遅れて発生する特異音が生じる空間環境であることを特徴とする。
【0018】
また、本発明の空間音響再生システムにおいて、前記三次元マルチチャンネル音響信号を多重合成した音響信号を再生するために、前記聴取位置ごとに、聴取者の前方位置として予め定めた位置に配置される聴取位置前方配置スピーカを更に備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、従来技術では高品質な空間音響再生が困難であったドームシアター等の劣悪な室内音響環境下であっても、例えば三次元マルチチャンネル音響制作システムで作成した音響コンテンツを所望の空間音響品質で再生できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明による一実施形態の空間音響再生システムの概略構成図である。
【図2】本発明による第1実施形態の空間音響再生システムにおけるマルチチャンネル空間配置スピーカと両耳近傍配置スピーカの配置例を示す図である。
【図3】(A),(B)は、本発明による第1実施形態の空間音響再生システムにおける両耳近傍配置スピーカの配置例を示す図である。
【図4】本発明による第1実施形態の空間音響再生システムにおける音響再生装置のブロック図である。
【図5】本発明による第1実施形態の空間音響再生システムにおける音響信号について計測した一例を示す図である。
【図6】(A),(B)は、本発明による第2実施形態の空間音響再生システムにおける両耳近傍配置スピーカの配置例を示す図である。
【図7】本発明による第2実施形態の空間音響再生システムにおける音響再生装置のブロック図である。
【図8】本発明による第2実施形態の空間音響再生システムにおける音響信号について計測した一例を示す図である。
【図9】従来からのマルチチャンネル音響方式に基づいてドーム形状の室内音響環境で音響信号を計測した一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
まず、図1〜図4を参照して、本発明による第1実施形態の空間音響再生システム10について説明する。図1は、本発明による一実施形態の空間音響再生システムの概略構成図である。図2は、本発明による第1実施形態の空間音響再生システムにおけるマルチチャンネル空間配置スピーカと両耳近傍配置スピーカの配置例を示す図である。図3は、本発明による第1実施形態の空間音響再生システムにおける両耳近傍配置スピーカの配置例を示す図である。図4は、本発明による第1実施形態の空間音響再生システムにおける音響再生装置のブロック図である。
【0022】
〔第1実施形態〕
図1を参照するに、ドーム状ホールHの室内音響環境(即ち、直接音から20ms以上遅れて発生する特異音が生じる空間環境)を想定している。図1のドーム状ホールHは、単なる例示であるが、一般にドーム状ホールHでは、図9に示すような特異音が発生する。
【0023】
本実施形態の空間音響再生システム10では、Nチャンネルの空間配置スピーカ30−1,30−2,30−3,・・・,30−Nが、三次元マルチチャンネル音響信号用の音響コンテンツを再生するために当該室内音響環境にて空間的に分散配置され、例えばドーム状ホールHの壁面又は壁面付近に設けられている。空間配置スピーカ30−Nの配置位置は、各座席Sの聴取者に対して前方配置や後方配置、或いはまた周囲配置とすることができ、空間配置スピーカ30−Nの配置位置自体は本発明の主題ではない。例えば、想定するリスニングエリアの中央位置(基準聴取位置)において、それぞれの空間配置スピーカ30−Nからの音圧が同等になるように配置することができる。
【0024】
各座席Sには、聴取者の両耳近傍にて、それぞれ聴取位置毎に音量調整されたバイノーラル再生音が発生する左右2つの第2のスピーカが設けられている(以下、「両耳近傍配置スピーカ」と称する)。例えば、両耳間距離を0.15mとすると、予め想定される耳位置の0.15m以内で当該座席Sに、両耳近傍配置スピーカ40を設置するのが好ましい。
【0025】
図1及び図2に示すように、本実施形態では、音響再生装置20は、Nチャンネルの空間配置スピーカ30−1,30−2,30−3,・・・,30−Nと、各座席Sに設けられる左右2つの第2のスピーカからなる両耳近傍配置スピーカ40からの再生音の位相及び音圧レベルを制御する装置である。音響再生装置20は、コンピュータで構成することができ、中央演算処理装置(CPU)などの制御で実現することができる。即ち、CPUが、各構成要素の機能を実現するための処理内容が記述されたプログラムを、適宜、所定の記憶部から読み込んで、各構成要素の機能をコンピュータ上で実現させることができる。
【0026】
図3(A)は、座席Sを横から見た断面図であり、両耳近傍配置スピーカ40は、予め定めた座高高さhの位置に配置される。図3(B)は、座席Sの後方から見た背面図であり、左右2つの第2のスピーカ間距離wは、0.15m〜0.30m程度となるように設置すればよい。
【0027】
図4に示すように、本実施形態における音響再生装置20は、Nチャンネル音響信号再生用記憶部201と、音響信号再生制御部202と、聴取位置座表記憶部203と、チャンネル別聴取位置時間差制御部204と、擬似残響音生成付加部205と、バイノーラル処理部206と、音量調整部207,208とを備える。
【0028】
Nチャンネル音響信号再生用記憶部201は、ドーム状ホールHの室内音響環境にて再生する三次元マルチチャンネル音響信号用の音響コンテンツを格納している。このような音響コンテンツは、例えば三次元マルチチャンネル音響制作システムで製作者が作成したものであり、ドーム状ホールHの室内音響環境に特化したものではなく任意のものとすることができる。
【0029】
音響信号再生制御部202は、Nチャンネル音響信号再生用記憶部201に格納又は記録される音響コンテンツについて、Nチャンネルの空間配置スピーカ30−N向けに再生する音響信号を生成する。
【0030】
聴取位置座表記憶部203は、各座席Sの位置座標の情報を記憶している。この位置座表は、Nチャンネルの空間配置スピーカ30−Nの各々から各座席Sまでの距離と方向を特定できるものであれば如何なる形式のものでもよい。
【0031】
チャンネル別聴取位置時間差制御部204は、音響信号再生制御部202によって再生される各チャンネルの音響信号について、聴取位置座表記憶部203に記憶されている各座席Sの位置座標(つまり、各聴取位置の座標)の情報を基に、チャンネル別に各聴取位置における再生音の到達時間の時間差を制御する。この時間差制御は、Nチャンネル音響信号再生用記憶部201に格納又は記録される音響コンテンツについて予め遅延量を事前実測しておき、音響信号再生制御部202による再生時間に合わせて遅延調整する。
【0032】
擬似残響音生成付加部205は、チャンネル別に各聴取位置における再生音の到達時間の時間差が制御されたそれぞれのNチャンネルの音響信号について、これを直接音とする擬似的な残響音を生成して付加する。残響音生成アルゴリズムは任意のものを採用可能であるが、例えば図9に示すように、指数関数的に音圧レベルが減少するような残響音を各チャンネルの音響信号に付加する。
【0033】
バイノーラル処理部206は、残響音が付加された各チャンネルの音響信号を入力して、既知の頭部伝達関数を利用してバイノーラル再生用音響信号に変換する。バイノーラル処理部206によって、残響音が付加された各チャンネルの音響信号は左右2つの第2のスピーカからなる両耳近傍配置スピーカ40用の音響信号として多重合成される。
【0034】
音量調整部207は、音響信号再生制御部202からの各チャンネルの音響信号の音量(音圧レベル)を調整し、Nチャンネルの空間配置スピーカ30−N用のNチャンネル音響信号を発生する。
【0035】
音量調整部208は、バイノーラル処理部206からの両耳近傍配置スピーカ40用の音響信号の音量(音圧レベル)を調整し、両耳近傍配置スピーカ40用の音響信号を発生する。
【0036】
本実施形態の空間音響再生システム10について、より具体的な例を説明する。
【0037】
(両耳近傍配置スピーカ)
本実施形態の空間音響再生システム10では、従来型の聴取者に対して比較的遠距離に配置される空間配置スピーカ30−Nに加えて、各聴取者の両耳近傍に第2のスピーカである両耳近傍スピーカ40が配置される。両耳近傍スピーカ40は、聴取者頭部左右耳の近傍に配置した2つスピーカからなり、空間配置スピーカ30−Nのように様々な方向に空間配置したスピーカで再生する三次元音響信号について頭部伝達関数を利用してバイノーラル再生用音響信号に変換し再生する。このような頭部伝達関数によるバイノーラル信号変換に入力する三次元音響信号は、音響コンテンツの製作者が利用する三次元音響制作システムによって作成した三次元方向の音情報を有する複数の音響信号とすることができる。
【0038】
(音響再生装置)
図1に示した空間音響再生システム10にて、空間配置スピーカ30−N(図2では空間配置スピーカ30−Nとして1個のみ示しているが、聴取位置からある距離に必要な音の到来方向を再現するために要求されるN個のスピーカを空間内に複数配置する。音響コンテンツの製作者が意図するNチャンネルの空間配置スピーカ30−Nで再生される三次元音響と近似した空間印象を得られるように、各座席Sに対して、両耳近傍スピーカ40が設置される。
【0039】
ここで重要なことは、まず、Nチャンネルの空間配置スピーカ30−Nから各座席Sの位置まで到来する再生音よりも、各座席Sに設置される両耳近傍スピーカ40で再生される再生音が時間的により早く聴取者に提示されることである。このため、この時間関係を合わせなければ、音の空間印象が異なることになる。したがって、実際の座席Sごとの聴取位置で各空間配置スピーカ30−Nから当該聴取位置までの距離を実測して、聴取位置座標の情報として聴取位置座標記憶部203に事前に格納しておく。
【0040】
音響再生装置20は、チャンネル別聴取位置時間差制御部204によって、各空間配置スピーカ30−Nから当該聴取位置までの距離と音速から算出した音の到来時間だけNチャンネルの音響信号を遅延させ、チャンネルごとに空間配置スピーカ30−Nと両耳近傍スピーカ40との再生音の時間(つまり位相)を合致させる。
【0041】
さらに、空間配置スピーカ30−Nから再生される再生音には、ドーム状ホールHの室内形状による後部残響音(図9参照)が付加された一定の響きをもった再生音となることから、音響再生装置20は、擬似残響音生成付加部205によって、この残響感を両耳近傍スピーカ40でも同様に再現するために、各座席Sの位置で後部残響特性を実測しておき、この実測した後部残響特性と同等の擬似残響音を生成して、各チャンネルの三次元音響信号に付加する。実測した後部残響特性と同等の擬似残響音パターンは、図示しない記憶部に記憶しておき逐次読み出すように構成してもよい。
【0042】
このように擬似残響音が付加された各チャンネルの三次元音響信号に対して、音響再生装置20は、バイノーラル処理部206によって、頭部伝達関数に基づいてバイノーラル処理を施し、音量調整部208によって音量調整後、両耳近傍スピーカ40で再生する音響信号を生成する。
【0043】
両耳近傍スピーカ40によって再生される空間印象に関して更に詳述するに、バイノーラル処理部206によって生成された信号は、実際のドーム状ホールHのリスニングエリア(座席Sが設けられる領域)では、各聴取位置と各空間配置スピーカ30−Nとの相対位置関係により、聴取位置によって音響空間印象(特に音の方向感)が異なることがある。この場合、実際に両耳近傍スピーカ40によって再生される空間印象は、聴取位置による変化に応じた変化を与えなければならない。したがって、想定するリスニングエリアの中央位置(基準聴取位置)を中心とする各聴取位置の極座標空間を想定し、各聴取位置の座標(xi, yi, zi)を実測により求めるのが好適である。この座標データを聴取位置座標の情報として、聴取位置座標記憶部203に格納しておくことにより、チャンネル別聴取位置時間差制御部204によって、各チャンネルの空間配置スピーカ30−Nと両耳近傍スピーカ40とで再生される再生音の空間印象(音の到来方向)を合致させることができる。
【0044】
尚、音量調整部207,208は、それぞれ空間配置スピーカ30−Nと両耳近傍スピーカ40とで再生する過程で、所望の三次元音響空間印象が得られるように各スピーカの出力レベルを調整する。
【0045】
図5には、実施形態の空間音響再生システムにおける音響信号について計測した一例を示している。図9と対比して明らかなように、特異点が減少していることが分かる。
【0046】
以上のように、本実施形態によれば、従来技術では高品質な空間音響再生が困難であったドームシアター等の劣悪な室内音響環境下であっても、例えば三次元マルチチャンネル音響制作システムで作成した音響コンテンツを所望の空間音響品質で再生できるようになる。
【0047】
次に、図1、図6及び図7を参照して、本発明による第2実施形態の空間音響再生システム10について説明する。尚、同様な構成要素には同一の参照番号を付している。図6は、本発明による第2実施形態の空間音響再生システムにおける両耳近傍配置スピーカの配置例を示す図である。図7は、本発明による第2実施形態の空間音響再生システムにおける音響再生装置のブロック図である。
【0048】
〔第2実施形態〕
本実施形態においても、図1に示すようなドーム状ホールHの室内音響環境(即ち、直接音から20ms以上遅れて発生する特異音が生じる空間環境)を想定している。
【0049】
第2実施形態の空間音響再生システム10では、第1実施形態と同様に、Nチャンネルの空間配置スピーカ30−1,30−2,30−3,・・・,30−Nが、ドーム状ホールHの壁面又は壁面付近に設けられている。空間配置スピーカ30−Nの配置位置は、各座席Sの聴取者に対して前方配置や後方配置、或いはまた周囲配置とすることができる。例えば、想定するリスニングエリアの中央位置(基準聴取位置)において、それぞれのスピーカからの音圧が同等になるように配置することができる。
【0050】
また、第2実施形態の空間音響再生システム10では、第1実施形態と同様に、各座席Sには、聴取者の両耳近傍にて、それぞれ聴取位置毎に音量調整されたバイノーラル再生音が発生する左右2つの第2のスピーカである両耳近傍配置スピーカが設けられている。
【0051】
ただし、第2実施形態の空間音響再生システム10では、図6に示すように、聴取位置前方に第3のスピーカ(以下、「聴取位置前方スピーカ」と称する)が設けられる点で第1実施形態とは相違する。
【0052】
したがって、本実施形態の音響再生装置20は、Nチャンネルの空間配置スピーカ30−Nと、各座席Sに設けられる左右2つの第2のスピーカからなる両耳近傍配置スピーカ40と、聴取位置前方スピーカ50からの再生音の位相及び音圧レベルを制御する装置として構成される。本実施形態の音響再生装置20も、コンピュータで構成することができ、中央演算処理装置(CPU)などの制御で実現することができる。即ち、CPUが、各構成要素の機能を実現するための処理内容が記述されたプログラムを、適宜、所定の記憶部から読み込んで、各構成要素の機能をコンピュータ上で実現させることができる。
【0053】
図6(A)は、座席Sを横から見た断面図であり、両耳近傍配置スピーカ40は、予め定めた座高高さhの位置に配置され、聴取位置前方スピーカ50は、予め定めた座高高さh(h≦h)の位置に配置される。図6(B)は、座席Sの後方から見た背面図であり、左右2つの第2のスピーカ間距離wは、0.15m〜0.30m程度となるように設置すればよく、聴取位置前方スピーカ50は、両耳近傍配置スピーカ40の各スピーカの中央(w=w=w/2)に配置するのが音量バランスの観点から好ましい。尚、両耳近傍配置スピーカ40を複数のスピーカで構成してもよいが、以下の説明では1つのスピーカとして説明する。
【0054】
図7に示すように、本実施形態における音響再生装置20は、Nチャンネル音響信号再生用記憶部201と、音響信号再生制御部202と、聴取位置座表記憶部203と、チャンネル別聴取位置時間差制御部204と、擬似残響音生成付加部205と、バイノーラル処理部206と、音量調整部207,208とを備える点で第1実施形態と同様であり、これらの説明については省略する。
【0055】
本実施形態における音響再生装置20は、擬似残響音生成付加部210と、チャンネル多重処理部211と、音量調整部212とを更に備える。
【0056】
擬似残響音生成付加部210は、チャンネル別に各聴取位置における再生音の到達時間の時間差が制御されたそれぞれのNチャンネルの音響信号について、これを直接音とする擬似的な残響音を生成して付加する。残響音生成アルゴリズムは任意のものを採用可能であるが、例えば図9に示すように、指数関数的に音圧レベルが減少するような残響音を各チャンネルの音響信号に付加する。
【0057】
チャンネル多重処理部211は、擬似残響音生成付加部210によって残響音が付加された各チャンネルの音響信号を入力して、聴取位置前方スピーカ50用の音響信号として多重合成する。
【0058】
音量調整部212は、チャンネル多重処理部211からの聴取位置前方スピーカ50用の音響信号の音量(音圧レベル)を調整し、聴取位置前方スピーカ50用の音響信号を発生する。
【0059】
本実施形態の空間音響再生システムについて、より具体的な例を説明する。
【0060】
(聴取位置前方スピーカ)
本実施形態の空間音響再生システム10では、従来型の聴取者に対して比較的遠距離に配置される空間配置スピーカ30−Nに加えて、各聴取者の両耳近傍に第2のスピーカである両耳近傍スピーカ40と、聴取位置前方スピーカ50が配置される。両耳近傍スピーカ40は、聴取者頭部左右耳の近傍に配置した2つスピーカからなり、空間配置スピーカ30−Nのように様々な方向に空間配置したスピーカで再生する三次元音響信号について頭部伝達関数を利用してバイノーラル再生用音響信号に変換し再生する。このような頭部伝達関数によるバイノーラル信号変換に入力する三次元音響信号は、音響コンテンツの製作者が利用する三次元音響制作システムによって作成した三次元方向の音情報を有する複数の音響信号とすることができる。また、聴取位置前方スピーカ50は、空間配置スピーカ30−Nのように様々な方向に空間配置したスピーカで再生する三次元音響信号について多重合成した音響信号が再生される。
【0061】
両耳近傍スピーカ40では、空間配置スピーカ30−Nのように様々な方向に空間配置したスピーカで再生する三次元音響信号について頭部伝達関数を利用してバイノーラル再生用音響信号に変換し再生するが、頭部伝達関数によるバイノーラル再生のみでは、聴取者前方の音像が頭内に定位してしまい、前から聞こえるべき音が前から聞こえにくいという課題が知られている。この課題を解決するために、聴取位置前方スピーカ50では、聴取者前方から聞こえるべき音を補助的に再生することにより、両耳近傍スピーカ40だけによる再生に比べて、三次元音響印象を改善することができる。
【0062】
(音響再生装置)
本実施形態においても、Nチャンネルの空間配置スピーカ30−Nから各座席Sの位置まで到来する再生音よりも、各座席Sに設置される両耳近傍スピーカ40及び聴取位置前方スピーカ50で再生される再生音が時間的により早く聴取者に提示される。このため、この時間関係を合わせなければ、音の空間印象が異なることになる。したがって、実際の座席Sごとの聴取位置で各空間配置スピーカ30−Nから当該聴取位置までの距離を実測して、聴取位置座標の情報として聴取位置座標記憶部203に事前に格納しておく。
【0063】
音響再生装置20は、チャンネル別聴取位置時間差制御部204によって、各空間配置スピーカ30−Nから当該聴取位置までの距離と音速から算出した音の到来時間だけNチャンネルの音響信号を遅延させ、チャンネルごとに空間配置スピーカ30−Nと両耳近傍スピーカ40及び聴取位置前方スピーカ50との再生音の時間(つまり位相)を合致させる。
【0064】
さらに、空間配置スピーカ30−Nから再生される再生音には、当該ドーム状ホールHの室内形状による後部残響音(図9参照)が付加された一定の響きをもった再生音となることから、音響再生装置20は、擬似残響音生成付加部205,210によって、この残響感を両耳近傍スピーカ40及び聴取位置前方スピーカ50でも同様に再現するために、各座席Sの位置で後部残響特性を実測しておき、この実測した後部残響特性と同等の擬似残響音を生成して、各チャンネルの三次元音響信号に付加する。実測した後部残響特性と同等の擬似残響音パターンは、図示しない記憶部に記憶しておき逐次読み出すように構成してもよい。
【0065】
このように擬似残響音が付加された各チャンネルの三次元音響信号に対して、音響再生装置20は、バイノーラル処理部206及びチャンネル多重処理部211によって、それぞれのスピーカに適合した音響信号を生成することができ、それぞれ音量調整部208,212によって音量調整後、両耳近傍スピーカ40及び聴取位置前方スピーカ50で再生する音響信号を生成する。
【0066】
両耳近傍スピーカ40及び聴取位置前方スピーカ50の双方によって再生される空間印象に関して更に詳述するに、実際のドーム状ホールHのリスニングエリア(座席Sが設けられる領域)で、各聴取位置と各空間配置スピーカ30−Nとの相対位置関係により、聴取位置によって音響空間印象(特に音の方向感)が同じくなるように、チャンネル別聴取位置時間差制御部204によって、各チャンネルの空間配置スピーカ30−Nと両耳近傍スピーカ40及び聴取位置前方スピーカ50とで再生される再生音の空間印象(音の到来方向)を合致させることができる。
【0067】
尚、音量調整部207,208,212は、それぞれ空間配置スピーカ30−Nと両耳近傍スピーカ40及び聴取位置前方スピーカ50とで再生する過程で、所望の三次元音響空間印象が得られるように各スピーカの出力レベルを調整する。
【0068】
図8には、実施形態の空間音響再生システムにおける音響信号について計測した一例を示している。図9と対比して明らかなように、特異点が減少していることが分かり、図5と同様に特異点が減少していることが分かる。
【0069】
以上のように、本実施形態によれば、従来技術では高品質な空間音響再生が困難であったドームシアター等の劣悪な室内音響環境下であっても、例えば三次元マルチチャンネル音響制作システムで作成した音響コンテンツを所望の空間音響品質で再生できるようになる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明によれば、従来技術では高品質な空間音響再生が困難であったドームシアター等の劣悪な室内音響環境下であっても、例えば三次元マルチチャンネル音響制作システムで作成した音響コンテンツを所望の空間音響品質で再生できるようになるので、三次元マルチチャンネル音響信号を再生する任意の用途に有用である。
【符号の説明】
【0071】
10 空間音響再生システム
20 音響再生装置
30−1,30−2,30−3,・・・,30−N Nチャンネルの空間配置スピーカ
40 両耳近傍スピーカ
50 聴取位置前方スピーカ
201 Nチャンネル音響信号再生用記憶部
202 音響信号再生制御部
203 聴取位置座表記憶部
204 チャンネル別聴取位置時間差制御部
205,210 擬似残響音生成付加部
206 バイノーラル処理部
207,208,212 音量調整部
211 チャンネル多重処理部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
室内音響環境下で三次元マルチチャンネル音響を再生する空間音響再生システムであって、
三次元マルチチャンネル音響信号を再生するために当該室内音響環境にて空間的に分散配置される複数の空間配置スピーカと、
前記三次元マルチチャンネル音響信号を基にバイノーラル処理で変換されるバイノーラル再生用音響信号を再生するために、当該室内音響環境における複数の聴取位置ごとに聴取者の両耳近傍の位置として予め定めた位置に配置される複数のスピーカからなる両耳近傍配置スピーカと、
前記複数の空間配置スピーカで再生される再生音と前記両耳近傍配置スピーカで再生される再生音の位相が一致するように前記三次元マルチチャンネル音響信号に対する当該バイノーラル再生用音響信号の時間差を調整するとともに、聴取位置ごとに前記三次元マルチチャンネル音響信号の残響音に対応する擬似残響音を付加した当該バイノーラル再生用音響信号を生成する空間音響再生装置と、
を備えることを特徴とする空間音響再生システム。
【請求項2】
前記室内音響環境は、前記複数の空間配置スピーカで再生される再生音が直接音から20ms以上遅れて発生する特異音が生じる空間環境であることを特徴とする、請求項1に記載の空間音響再生システム。
【請求項3】
前記三次元マルチチャンネル音響信号を多重合成した音響信号を再生するために、前記聴取位置ごとに、聴取者の前方位置として予め定めた位置に配置される聴取位置前方配置スピーカを更に備えることを特徴とする、請求項1又は2に記載の空間音響再生システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図5】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−227647(P2012−227647A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−92038(P2011−92038)
【出願日】平成23年4月18日(2011.4.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度 独立行政法人情報通信機構「高度通信・放送研究開発委託研究/「革新的な三次元映像技術による超臨場感コミュニケーション技術の研究開発」課題オ 超臨場感コミュニケーションシステム」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】