説明

マルトトリオース高含有組成物及びその製造方法

【課題】マルトトリオース高含有組成物の製造方法を提供する。
【解決手段】Saccharomyces属の酵母であって、マルトトリオースよりグルコース及び/又はマルトースを優先的に資化しうる酵母の菌体を、優先資化上有効な糖濃度の澱粉糖化液に作用させること特徴とする、マルトトリオース高含有組成物の製造方法。本発明の方法により、マルトトリオースが65%以上であり、かつグルコース及びマルトースが合計15%以下である、マルトトリオース高含有組成物が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母菌体を用いることを特徴とする、マルトトリオース高含有組成物及びその製造方法に関する。本発明のマルトトリオース高含有組成物は、食品、医薬品、化粧品等の分野において有用である。
【背景技術】
【0002】
グルコースがグリコシド結合で3分子結合したマルトトリオースは、上品な甘味を呈し、オリゴ糖の中では最も保湿性が高いといわれ、非結晶性である。そのため、食品の食感・味覚の改善、湿潤調整、澱粉質の老化防止、品質の保持のために広く利用されている。
【0003】
マルトトリオースは、商業的には、澱粉糖化液を、酵素やクロマト分離装置を用いて処理することにより製造されている。
特許文献1は、酵素処理によるマルトトリオース高含有組成物を得る方法を開示する。詳細には、特殊な酵素を用いず、また分離装置を必要とせず、分離にともなう希釈によって生じる濃縮コストを要しない方法として、(1)澱粉の液化液に、α−アミラーゼ又はα−アミラーゼ及び枝切り酵素を作用させる一次糖化工程;(2)さらにβ−アミラーゼを作用させる二次糖化工程を含む、マルトトリオースを30%以上含有し、かつ四糖類以上のオリゴ糖が30%以下、グルコースが10%以下の糖組成の糖化液を得ることを特徴とする水飴の製造方法を開示する。
【0004】
特許文献2は、クロマト分離によるマルトトリオースの製造に関する。詳細には、従来の技術におけるマルトトリオース含有量は最も高い場合においても固形あたり60%以下であり、しかもマルトース含量が比較的多く、マルトトリオースの優れた特性を充分に得るための素材としては問題を残しているとして、固形あたりマルトトリオース40〜60%、マルトース15〜35%を含む糖液を、強酸性陽イオン交換樹脂によってクロマト分離することにより、固形あたりのマルトトリオースが65%以上及びマルトースが25%以下であるマルトトリオース高含有組成物が得られるとしている。
【0005】
特許文献3もまた、マルトトリオースのクロマト分離に関する。詳細には、マルトトリオヒドロラーゼを少量の使用で、高純度(45%以上の)のマルトトリオース液を製造することができるマルトトリオースの製造方法を提供することを課題として、澱粉の液化液に、分解酵素としてマルトトリオヒドロラーゼを作用させてマルトトリオース含有量が25%/ds以上の糖化液を調製し、該糖化液を、イオン交換クロマトグラフィーを用いてクロマト分画することにより、高純度マルトトリオース液画分と非老化性デキストリン液画分とに分画する方法を開示する。ここでは、マルトトリオースの糖組成比が60.6%/ds、である画分が得られている。
【0006】
マルトオリゴ糖の製造に関しては、酵母菌体を用いた方法も検討されてきた。
例えば、特許文献4は、サッカロマイセス属の酵母菌体を、炭素源としてマルトース及び/又はマルトトリオースを含む栄養培地にて好気的に培養し、該酵母菌体内にα−グルコシダーゼ活性を誘導蓄積せしめた後、これを固定化処理して得られる固定化酵母菌体を、オリゴ糖を含有する糖液に添加することにより糖液中のマルトトリオース以下の低分子オリゴ糖を資化せしめてマルトテトラオース以上のマルトオリゴ糖液を得る方法を開示する。
【0007】
また、特許文献5は、所望のオリゴ糖類を含有する原溶液に、酵母とマルターゼとの両者を添加し、次いで該溶液から該酵母とマルターゼとを分離することよりなる、オリゴサッカリド分の製造方法を開示する。ここでは、用いることのできる酵母として、サッカロマイセズ・セレビシエ、サッカロマイセズ・イタリクス又はサッカロマイセズ・ウバルムを挙げている。またマルターゼと酵母との共存によりグルコース、マルトース、マルトトリオース以外にマルトテトラオースも除去できるとしていることから、特許文献5は、詳細にはマルトペンタオース以上のオリゴ糖の製造方法を提供するものである。
【特許文献1】特開平3−236787号公報(特許第2840944号)
【特許文献2】特開平4−108356号公報(特許第3005809号)
【特許文献3】特開平11−235193号公報
【特許文献4】特開昭59−173092号公報(特公昭63−13679号)
【特許文献5】特開昭53−91150号公報(特公昭56−012437号)
【発明の開示】
【0008】
本発明者等は、マルトトリオースの生産に酵母を用いることを種々検討してきた。そして、酵母は、通常マルトトリオース以下の糖を資化するが、特定の菌株がグルコースやマルトースを優先的に資化した後にマルトトリオースを資化し始めることを見いだした。また、そのような菌株が比較的高い糖濃度の糖液においては、グルコースやマルトースのみを効率的に資化してマルトトリオース資化が抑制されることも見いだした。
【0009】
さらに、本発明者等は、酵母によるグルコース、マルトースの資化処理では、グリセロールが生成されることにも着目した。得られたマルトトリオース高含有組成物についてさらに分離精製を行う場合、グリセロールを分離することは非常に困難である。そこで、グリセロール生成が少ない菌株、又はグリセロールを資化することができる菌株の選抜、グリセロールの副生をより少なくする処理条件を検討し、本発明を完成した。
【0010】
<マルトトリオース高含有組成物の製造方法(1)>
本発明は、マルトトリオースよりグルコース及び/又はマルトースを優先的に資化しうる酵母の菌体を、優先資化上有効な糖濃度の澱粉糖化液に作用させることを特徴とする、マルトトリオース高含有組成物の製造方法を提供する。
【0011】
本発明の製造方法には、マルトトリオースよりグルコース及び/又はマルトースを優先的に資化しうる菌株の酵母菌体を用いる。このような酵母は、当業者に入手可能な酵母、例えば、市販のパン酵母、ビール酵母等を、後述するスクリーニング方法に供して選抜することにより、得ることができる。選抜された菌株は、Saccharomyces属に属するもの、Saccharomycodes属に属するもの、又はSchizosaccharomycesに属するものでありうる。例えば、Sccharomyces cerevisiae、Saccharomyces pastorianus、Saccharomyces carlsbergensis(Saccharomyces uvarum)、Saccharomyces diastaticus、Saccharomyces rouxii、Saccharomycodes ludwigii、Schizosaccharomyces pombe又はSchizosaccharomyces octosporusの菌株でありうる。
【0012】
後述するスクリーニング方法へは、増殖性及び/又は糖資化性の良好な菌株、好ましくはSccharomyces属に属する菌株、より好ましくはSccharomyces cerevisiae又はSaccharomyces pastorianusの菌株を供するとよい。したがって、本発明の製造方法には、マルトトリオースよりグルコース及び/又はマルトースを優先的に資化しうる酵母の菌株であって、Sccharomyces属に属する菌株、より好ましくはSccharomyces cerevisiae又はSaccharomyces pastorianusの菌株を用いるのがよい。更に好ましくは、Sccharomyces cerevisiaeの場合は、産総研寄託番号FERM AP-20685、Saccharomyces pastorianusの場合は産総研寄託番号FERM AP-20686を用いるのがよい。
【0013】
本発明の製造方法には、グルコース及び/又はマルトース並びにマルトトリオースを含む澱粉糖化液を用いる。本明細書でいう「澱粉糖化液」とは、澱粉質原料を加水分解することにより糖化したものをいう。本発明の製造方法には、グルコース及び/又はマルトース並びにマルトトリオースを含む澱粉糖化液を用いる。
【0014】
本発明の製造方法に用いる澱粉糖化液は、優先資化上有効な糖濃度に調整される。本明細書でいう「優先資化上有効な糖濃度」とは、用いる菌体がマルトトリオースよりもグルコース及びマルトースを優先的に資化することができる糖濃度をいう。
【0015】
「優先資化上有効な糖濃度」は、用いる菌体がグルコース及びマルトースのみを資化し、マルトトリオースを資化しないような糖濃度であることが好ましい。このような糖濃度は、例えば、種々の候補糖濃度の澱粉糖化液を準備し、各々の一定量に酵母菌体を充分に作用させた場合の炭酸ガスの総発生量を測定し、他方、その一定量の澱粉糖糖化液に含まれるグルコース及びマルトースの合計量を計算して、それのみの資化に由来する炭酸ガスの発生量の理論値を算出し、測定値と理論値とが実質的に一致すると判断される場合に、その糖濃度を選択することにより、決定することができる。
【0016】
炭酸ガス発生量の測定は、従来技術を用いて行うことができ、また炭酸ガス発生量の理論値は、下式で求めることができる。
【数1】

【0017】
優先資化上有効な糖濃度の決定には、浸透圧や、製造上の理由を加味してもよい。
糖濃度は、必要に応じ、糖重量と糖液の重量又は容積とを基に、w/w%、w/v%で表すことができ、またBrix(可能性固形分の割合を、糖液の屈折率を基に表したもの(w/w%))で表すことができる。
【0018】
本発明の製造方法に用いることのできる澱粉糖化液は、グルコース及び/又はマルトース、並びにマルトトリオースが含まれる限り、澱粉質原料、製造方法等に特に制限はない。澱粉質原料の例としては、トウモロコシ澱粉、馬鈴薯澱粉、かんしょ澱粉、タピオカ澱粉、小麦粉澱粉が挙げられ、また製造工程における加水分解は、澱粉を、公知の液化酵素、例えば、α−アミラーゼを用いて公知の至的な処理条件、例えばpH5.0〜7.0、100〜110℃、15〜30分で処理し、その後公知の液化酵素、例えばαアミラーゼ、βアミラーゼを用いて公知の至適な処理条件により実施することができる。得られた酵素処理後の液は、必要に応じ、濃縮、脱色及び/又は精製することができる。
【0019】
本発明の製造方法に用いることのできる澱粉糖化液の糖組成は、グルコース及び/又はマルトース、並びにマルトトリオースが含まれる限り特に制限はないが、最終的に、マルトトリオース含量のより高い糖組成物が得られるとの観点からは、マルトトリオース組成比がある程度高い澱粉糖化液、マルトトリオースが例えば40%以上である澱粉糖化液、好ましくは50%以上である澱粉糖化液、より好ましくは55%以上である澱粉糖化液を用いるとよい。また、本発明の製造方法によれば、グルコース及びマルトースを酵母菌体に資化させることにより除去することができるから、グルコース及び/又はマルトースの組成比がある程度高い澱粉糖化液、グルコースとマルトースとの合計が例えば15%以上、又は20%以上である澱粉糖化液を用いる場合に本発明の製造方法の利点を充分に享受しうる。例えば、マルトトリオースが約60%であり、グルコース及びマルトースの合計が30%以下である澱粉糖化液を、本発明の製造方法に好適に用いることができる。
【0020】
なお、本明細書でグルコース、マルトース、マルトトリオース及びその他の糖類の組成に関して述べるときは、特別な場合を除き、本明細書の実施例3に記載されているように、HPLCによるクロマトグラムのエリア比により澱粉分解物総量(「固形あたり」又は「固形量あたり」ということもある。)を100として算出した値(w/w%)をいう。また、本明細書においては、グルコースをG1、マルトースをG2、マルトトリオースをG3、マルトテトラオースをG4、5以上のグルコース単位からなるオリゴ糖をG5+、それ以外の澱粉の加水分解物をDexと表すことがある。
【0021】
酵母菌体を、優先資化上有効な糖濃度の澱粉糖化液に作用させる工程における条件、例えば酵母菌体及び澱粉糖化液の仕込量、反応温度、反応時間、通気量、撹拌速度等は、当業者であれば、適切に設定することができる。この工程は、澱粉糖化液中のグルコース及び/又はマルトースが充分に資化されるまで行うことができる。
【0022】
本発明の製造方法において、酵母菌体は、固定化して用いてもよい。酵母菌体の固定化には、公知の方法を適用することができ、例えば、酵母菌体を包埋剤(アルギン酸ソーダ、ゼラチン、寒天、カラギーナン、アクリルアミドゲル等)により包埋処理し、必要により架橋剤(グルタルアルデヒド等)により架橋処理することにより、実施することができる。
【0023】
本発明の製造方法には、必要に応じ、酵母菌体の除去工程、脱炭酸工程、脱塩工程、脱色工程、精製工程、濃縮工程を付加することができる。酵母菌体を澱粉糖化液に作用させた後、得られた液を遠心分離して菌体の大部分を除去し、さらに膜濾過により菌体を実質的に完全に除去し、脱炭酸処理し、イオン交換樹脂により脱塩処理し、活性炭により脱色処理し、精密濾過し、濃縮する工程が付加されたマルトトリオース高含有組成物の製造方法は、食品又は医薬品の原材料等の製造方法として、特に好ましい例である。
【0024】
本発明の製造方法により、原料である澱粉糖化液よりも低減されたグルコース及び/又はマルトースの組成比を有する、マルトトリオース高含有組成物が提供される。例えば、グルコース及びマルトースの合計が約20%以上である澱粉糖化液を用いた場合であっても、グルコース及びマルトースの合計が15%以下、好ましくは10%以下、より好ましくは5%以下、さらに好ましくは2%以下であるマルトトリオース高含有組成物を得ることができる。
【0025】
本発明の製造方法により得られる組成物におけるマルトトリオースの組成比は、原料糖化液の糖組成、本発明の製造方法によるグルコース及びマルトースの組成比の低減の程度により適宜となるが、例えば、65%以上、好ましくは67%以上、より好ましくは69%以上である。具体的には、澱粉糖化液としてマルトトリオースが約60%であり、グルコース及びマルトースの合計が約20%であるものを用いた場合、マルトトリオースが65%以上(好ましくは67%以上、より好ましくは69%以上)であり、かつグルコース及びマルトースの合計が15%以下、好ましくは10%以下、より好ましくは5%以下、さらに好ましくは2%以下であるマルトトリオース高含有組成物を得ることができる。このようなマルトトリオース高含有組成物は、それ自体で新規であり、進歩性を有し、有用である。
【0026】
<スクリーニング方法>
本発明はまた、候補酵母菌株の菌体を、グルコース及び/又はマルトースを含み、かつマルトトリオースを含む糖液に一定時間作用させ、その間の単位時間毎の炭酸ガスの発生量を計測し、炭酸ガスの発生量が一旦低下した後に回復するか否かを判断し、炭酸ガスの発生量が一旦低下した後に回復する場合にその菌株を選択することを特徴とする、マルトトリオースよりもグルコース及び/又はマルトースを優先的に資化しうる酵母菌株のスクリーニング方法を提供する。
【0027】
上記スクリーニング方法は、例えば、以下のようにして実施することができる。「グルコース及び/又はマルトースを含み、かつマルトトリオースを含む糖液」として、市販の澱粉糖化液を必要に応じて適切に糖濃度を調製したものを準備する。この糖液には、必要に応じ、無機成分、必須栄養素、pH緩衝剤等を添加してもよい。そして、候補となる酵母菌株を糖液に添加し、資化に適した温度で、必要に応じ通気及び/又は振とうしながら、一定時間(例えば、180分以上)培養する。培養期間中、炭酸ガス発生量を単位時間(例えば、30分)毎に測定する。そして、炭酸ガスの発生量が一旦急激に低下した後に回復するか否かを判断し、炭酸ガスの発生量が一旦低下した後に回復する場合に、その菌株を、マルトトリオースよりもグルコース及び/又はマルトースを優先的に資化しうる酵母菌株として選択する。炭酸ガス発生量の測定は、従来技術を用いて行うことができる。
【0028】
<マルトトリオース高含有組成物の製造方法(2)>
本発明はまた、マルトトリオースよりグルコース及び/又はマルトースを優先的に資化しうる酵母の菌体を、優先資化上有効な糖濃度の澱粉糖化液にグリセロール資化上有効な条件で作用させること特徴とする、マルトトリオース高含有組成物の製造方法を提供する。本発明者等の検討によると、酵母によるグルコース、マルトースの資化の際には、通常、グリセロールの副生が伴うが、得られるマルトトリオース高含有組成物に含まれるグリセロールの量を低減したい場合に、このような製造方法が特に有用である。
【0029】
グリセロールを低減しうる本発明の製造方法に用いる酵母は、先述のスクリーニング方法により選抜された菌株をさらに、例えば適当な濃度のグリセロールを添加した糖液に作用させ、グリセロールを資化するかどうかを指標に、選抜することにより得られる。選抜された酵母は、Saccharomyces属に属するもの、Saccharomycodes属に属するもの、又はSchizosaccharomycesに属するものでありうる。例えば、Sccharomyces cerevisiae、Saccharomyces pastorianus、Saccharomyces carlsbergensis(Saccharomyces uvarum)、Saccharomyces diastaticus、Saccharomyces rouxii、Saccharomycodes ludwigii、Schizosaccharomyces pombe又はSchizosaccharomyces octosporusの菌株でありうる。より特定すると、Sccharomyces属に属する菌株、より好ましくはSaccharomyces pastorianusの菌株でありうる。したがって、グリセロールを低減しうる本発明の製造方法には、マルトトリオースよりグルコース及び/又はマルトースを優先的に資化しうる酵母のうち、好ましくはSccharomyces属に属する菌株、より好ましくはSaccharomyces pastorianusの菌株を用いる。
【0030】
培養液中のグリセロール濃度の測定は、従来技術や市販のキットを用いて、公知の酵素法、滴定法等を用いて行うことができる。
本発明の方法においては、グリセロールを資化しうる酵母のほか、グリセロールを副生しないか又はグリセロールの副生が少ない酵母を用いることもできる。
【0031】
グリセロールを低減しうる本発明の製造方法においては、用いる澱粉糖化液は優先資化上有効な糖濃度に調整され、また酵母菌体の澱粉糖化液への作用は、「グリセロール資化上有効な条件」で実施される。本明細書でいう「グリセロール資化上有効な条件」とは、用いる酵母菌体が、グリセロールを有効に資化することが可能な条件をいい、最終製品中に含まれるグリセロール量をできるだけ低減するとの観点からは、この条件は、用いる酵母菌体ができるだけ多くのグリセロールを資化することができる条件であることが好ましく、これは、通常は好気的な条件である。
【0032】
適切な好気条件は、当業者であれば、従来技術及び本明細書の実施例3等を参照して、通気量、攪拌速度を適切に設定することにより作り出すことができる。また、好気的な条件では、酸素の供給が培養の結果に大きな影響を与えることが多く、スケールアップを検討する際には、通気量や撹拌速度とともに、酸素移動速度係数(Kla)が重要である場合も多い。したがって、適切な好気条件のために、、Kla値を勘案してもよい。Kla値の測定は、公知の方法、例えば、Dynamic Method法、亜硝酸酸化法、電極法(Gassing Out法)、Static Method法、排ガス分析法により、行うことができる。適切な好気条件のためには、例えば、15Lスケールの場合には通気流量を30L/minとして撹拌速度を約250〜約600rpm、好ましくは約250〜約500rpm、さらに好ましくは300rpmとするか、及び/又はKla値(Gassing out法(J. Ferm. Tech. 44(12), 1966, 881-889)による)を、好ましくは約200〜約400、より好ましくは約300となるように通気及び/又は撹拌を行うことができる。
【0033】
グリセロールを低減しうる本発明の製造方法には、先に「本発明の製造方法」についてした種々の説明が、グリセロールの低減に妨げとならない限り、そのまま当てはまる。例えば、グリセロールを低減しうる本発明の製造方法へは、酵母菌体を澱粉糖化液に作用させた後、得られた液を遠心分離して菌体の大部分を除去し、さらに膜濾過により菌体を実質的に完全に除去し、脱炭酸処理し、イオン交換樹脂により脱塩処理し、活性炭により脱色処理し、精密濾過し、濃縮する工程を付加することができる。グリセロールが低減されていることにより、特に精製工程の負荷を減じることができる。
【0034】
グリセロールを低減しうる本発明の製造方法により、グルコース及び/又はマルトースマルトトリオースが63%以上であり、グルコース及びマルトースが合計3%以下であり、かつグリセロールが2%以下(好ましくは、マルトトリオースが63%以上であり、グルコース及びマルトースが合計3%以下であり、かつグリセロールが1%以下;さらに好ましくはマルトトリオースが68%以上であり、グルコース及びマルトースが合計2%以下であり、かつグリセロールが0.5%以下)である、マルトトリオース高含有組成物が提供されうる。このようなマルトトリオース高含有組成物は、それ自体で新規であり、進歩性を有し、有用である。
【0035】
以下に実施例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0036】
(菌株の選抜)
出願人が保有するSccharomyces cerevisiae又はSaccharomyces pastorianusの菌株13種から、本発明の用途に使用可能な酵母菌株の選抜を行った。菌株の選抜は、以下の方法による菌株の液発酵力試験培養を行い、培養開始後150分後の間に、ガス(CO2)発生量の急激な低下及びその後の回復が見られるか否かを指標に行った。すなわち、培養開始直後にG1及びG2の低分子を資化し尽くし、それらの枯渇による一時的なガス発生量の急激な低下が見られるが、その後細胞内の各種酵素の誘導によりG3以上の糖の資化が開始され、ガス発生量が回復するという性質の有無を利用し、選抜を行うというものである。
【0037】
<液発酵力試験>
100ml容三角フラスコに液発酵基質15mlと適当な濃度(10%乃至20%)のイーストサスペンジョン5 mlを添加し、30℃で振とうしたときの炭酸ガス発生量を30分毎に測定した。なお、ガス発生量の測定には、発酵力試験装置 TIC-3S(高崎科学器械株式会社)を用いた。
【0038】
液発酵基質は、澱粉糖化液(製品名「オリゴトリオース60」、Brix約75%)を適当な濃度に希釈し、MV(NaH2PO4,MgSO4,KCl,Vitamin B1,Vitamin B6,Niacin,Citrate Buffer)と硫安を添加することにより調製した。なお、液発酵基質にイーストサスペンジョンを添加したときの糖濃度が10w/v%であるものをFo(10)、40w/v%であるものをFo(40)とした。なお、用いた澱粉糖化液「オリゴトリオース60の、Brixは約75w/w%であるが、実施例においては75w/v%として、糖濃度計算を行っている。そのため、Fo(X)のBrixはX%ではなく、実際はX%より高い値であり、Fo(10)のBrixは約20%、Fo(20)のBrixは約30%、Fo(30)の Brixは約40、Fo(40)のBrixは約50%である。
【0039】
液発酵力試験の結果を以下に示す。また、以下の表をグラフ化したものを図1に示す。
【0040】
【表1】

表1及び図1より、ガス発生量の急激な低下及びその後の回復が見られた菌株としては、#3(S. cerevisiae)、#4(S. pastorianus FERM AP-20686)、#6(S. cerevisiae)及び#13(S. cerevisiae FERM AP-20685)が挙げられる。
【実施例2】
【0041】
(最適糖濃度の検討)
次に、実施例1により選抜された菌株がG1及びG2のみを資化し、G3以上の糖を資化しないための、最適糖濃度の検討を行った。この方法は、酵母による澱粉糖化液中のG1、G2の資化に由来するガス発生量を予め理論値として計算しておき、実施例1と同様の培養を行った際、総ガス発生量が上記理論値と一致した場合に、G1、G2のみを資化していると推定できるという考えに基づく。言い換えると、上記理論値を超えたガス発生量が見られた場合には、G1、G2以外の糖をも資化していることとなる。なお、本実施例におけるG1、G2由来のガス発生量の理論値は、Fo(10) では125ml、Fo(20) では250ml、Fo(30) では375ml、Fo(40)では500mlである。なお、糖濃度がFo(40)以上になると、酵母にとって浸透圧ストレスがかかるために生育を阻害する要因となったり、液発酵基質の粘性が増すために反応液全体としての処理性が悪化したりするため、望ましくない。
【0042】
実施例1において選抜された#13株を用い、実施例1と同様の液発酵基質で、糖濃度をFo(10) 、Fo(20) 、Fo(30)及びFo(40)と変化させ、900分の培養における30分毎のガス発生量の積算値を測定した。その結果を図2に記す。すなわち、Fo(40)において、ガス発生量の積算値グラフの曲線が平衡に達するガス発生量が、そのG1、G2由来のガス発生量の理論値である500mlと一致していることから、#13株における最適糖濃度がFo(40)であることが明らかとなった。また、同様の試験を#3株、#4株及び#6株においても行い、最適糖濃度は各々Fo(40) 、Fo(25) 及びFo(40)であった。
【実施例3】
【0043】
(菌株を用いた脱糖処理(1))
次に、実施例1において選抜された#4を用い、実施例2において明らかとされた最適糖濃度であるFo(25)の条件において、澱粉糖化液の脱糖処理すなわちG1、G2の処理を行った。脱糖処理の条件を以下に記す。
【0044】
30Lジャー(小松川化工機株式会社製)使用
仕込量:15L
反応温度:30℃
反応時間:24時間
通気流量:30L/min
攪拌速度:500rpm
糖濃度:25%(Fo(25))
脱糖処理前と処理後における澱粉糖化液の糖組成のグラフを、図3に示す。本実施例により、G3すなわちマルトトリオースを高濃度に含有し、更にG1、G2の含有率が1%程度まで抑制された澱粉糖化液を調製することができた。なお、糖組成の比は、クロマトグラムのエリア比より算出した(機器名:CK-04S、メーカー:三菱化学。以下の実施例において同じ)。
【0045】
(菌株を用いた脱糖処理(2))
次に、実施例1において選抜された#13を用い、実施例2において明らかとされた最適糖濃度であるFo(40)の条件において、澱粉糖化液の脱糖処理すなわちG1、G2の処理を行った。脱糖処理の条件を以下に記す。
【0046】
30Lジャー(小松川化工機株式会社製)使用
仕込量:15L
反応温度:30℃
反応時間:24時間
通気流量:30L/min
攪拌速度:500rpm
糖濃度:40%(Fo(40))
脱糖処理後における澱粉糖化液の糖組成のグラフを、図4に示す。この場合も上記(1)と同様、G3すなわちマルトトリオースを高濃度に含有し、更にG1、G2の含有率が1%程度まで抑制された澱粉糖化液を調製することができた。
【実施例4】
【0047】
(グリセロールの資化に関する検討)
イーストを利用した脱糖処理では、副産物としてグリセロールが生成される。グリセロールは精製除去することが困難であるため、グリセロール生成が少ない菌株、若しくはグリセロール資化能が高い菌株の選抜や脱糖処理条件の検索が必要となる。
【0048】
(試験例1)
小スケールによる予備的試験の結果、特に#4株(S. pastorianus)を用いて好気的に澱粉糖化液を処理することにより、G3資化を抑え、且つG1・G2並びにグリセロールを資化させることが可能となることが明らかとなった。処理条件を以下に示す。
【0049】
<嫌気的条件>
実施例1の液発酵試験と同じ。使用菌株は#4株(S. pastorianus)
<好気的条件>
200ml容メスシリンダーを使用
仕込量:100mL
反応温度:30℃
通気流量:0.4L/min
なお、上記両条件ともにグリセロールを3g/L含有する糖液を基質とした。脱糖処理後のグリセロールの測定には、一般食品分析酵素法試薬 F-キット グリセロール(ロッシュ社製)を用いた。
【0050】
上記両条件による試験結果を図5に示す。すなわち好気的条件で処理することにより、基質中のグリセロールが資化されることが明らかとなった。なお、#13株(S. cerevisiae)を用いて同様の好気的条件で処理した場合にも、嫌気的条件で処理した場合に比較して、脱糖処理後の液中のグリセロール濃度は低かった(データは示さず)。
(試験例2)
次に、上記#4株を用い、グリセロールの資化に最適な攪拌条件の検討を行った。処理条件を以下に記す。
【0051】
30Lジャー(小松川化工機株式会社製)を使用
仕込量:15L
反応温度:30℃
反応時間:24時間
通気流量:30L/min
攪拌速度:100、250、500、600rpm
糖濃度:25%(Fo(25))
上記試験の結果を以下の表2に記す。すなわち250〜600rpmの場合、特に望ましくは250〜500rpmにおいてグリセロールが効率的に資化されることが明らかとなった。なお、この場合のKla値をGassing out法(J. Ferm. Tech. 44(12), 1966, 881-889)により、測定した結果、Kla値が200から400であり、特に300rpmの場合にはKla値が300であることが明らかとなった。
【0052】
【表2】

該当酵母にて脱糖処理を行った場合、処理後のグリセロール残存が認められないため、分離精製の負荷を低減し、更に製造コストを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】図1は、液発酵力試験の結果を表すグラフである。菌株13種について、培養開始後150分後の間に、ガス(CO2)発生量の急激な低下及びその後の回復が見られるか否か、すなわち、培養開始直後にG1及びG2の低分子を資化し尽くし、それらの枯渇による一時的なガス発生量の急激な低下が見られるが、その後細胞内の各種酵素の誘導によりG3以上の糖の資化が開始され、ガス発生量が回復するという性質を有するか否かを検討した。ガス発生量の急激な低下及びその後の回復が見られた菌株としては、#3、#4、#6及び#13が選抜された(実施例1)。
【図2】図2は、実施例1で選抜された菌株#13についての最適糖濃度の検討の結果を表すグラフである。各糖濃度での900分の培養における30分毎のガス発生量を測定し、積算した。糖濃度がFo(40)である培養において、ガス発生量の積算値グラフの曲線が平衡に達するガス発生量が、そのG1、G2由来のガス発生量の理論値である500mlと一致していることから、#13株における最適糖濃度がFo(40)であることが明らかとなった(実施例2)。
【図3】図3は、実施例1で選抜された#4を用いて最適糖濃度であるFo(25)の澱粉糖化液の脱糖処理を行った際の、脱糖処理前、処理後の糖組成を示すグラフである。マルトトリオース(G3)を高濃度に含有し、更にグルコース(G1)、マルトース(G2)の含有率が1%程度まで抑制された澱粉糖化液を調製することができた(実施例3)。
【図4】図4は、実施例1で選抜された#13を用いて最適糖濃度であるFo(40)の澱粉糖化液の脱糖処理後の糖組成を示すグラフである。G3を高濃度に含有し、G1、G2の含有率が1%程度まで抑制された澱粉糖化液を調製することができた(実施例3)。
【図5】図5は、グリセロールを資化させることが可能な条件について検討した結果を表すグラフである。ビール酵母(S.pastorianus)を用い、グリセロールを3g/L含有する糖液を基質として、嫌気的条件及び好気的条件それぞれにおいて脱糖処理を行った。好気的条件で処理することにより、基質中のグリセロールが資化されることが明らかとなった(実施例4)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルトトリオースよりグルコース及び/又はマルトースを優先的に資化しうる酵母(好ましくはSaccharomyces属に属する菌株、より好ましくはSccharomyces cerevisiae又はSaccharomyces pastorianusの菌株)の菌体を、優先資化上有効な糖濃度の澱粉糖化液に作用させること特徴とする、マルトトリオース高含有組成物の製造方法。
【請求項2】
グルコース及びマルトースの合計が15%以下(好ましくは10%以下、より好ましくは5%以下、さらに好ましくは2%以下)であるマルトトリオース高含有組成物を製造するものである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
マルトトリオース高含有組成物が、マルトトリオースが65%以上(好ましくは67%以上、より好ましくは69%以上)である、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
優先資化上有効な糖濃度が、マルトトリオースが資化されずにグルコース及びマルトースのみが資化されうる糖濃度(好ましくは、澱粉糖化液の一定量に酵母菌体を充分に作用させた場合の炭酸ガスの総発生量の測定値が、グルコース及びマルトースのみの資化に由来する炭酸ガスの発生量の理論値と同じとなりうる糖濃度)である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
候補酵母菌株の菌体を、グルコース及び/又はマルトースを含み、かつマルトトリオースを含む糖液に一定時間作用させ、その間の単位時間毎の炭酸ガスの発生量を計測し、炭酸ガスの発生量が一旦低下した後に回復するか否かを判断し、炭酸ガスの発生量が一旦低下した後に回復する場合にその菌株を選択することを特徴とする、マルトトリオースよりもグルコース及び/又はマルトースを優先的に資化しうる酵母菌株のスクリーニング方法。
【請求項6】
マルトトリオースが65%以上であり、かつグルコース及びマルトースが合計15%以下(好ましくは、マルトトリオースが69%以上であり、かつグルコース及びマルトースが合計2%以下)である、マルトトリオース高含有組成物。
【請求項7】
マルトトリオースよりグルコース及び/又はマルトースを優先的に資化しうる酵母(好ましくはSaccharomyces属に属する菌株、より好ましくはSccharomyces cerevisiae又はSaccharomyces pastorianusの菌株)の菌体を、優先資化上有効な糖濃度の澱粉糖化液に作用させて得られる、請求項6に記載のマルトトリオース高含有組成物。
【請求項8】
マルトトリオースよりグルコース及び/又はマルトースを優先的に資化しうる酵母(好ましくはSaccharomyces属に属する菌株、より好ましくはSccharomyces cerevisiae又はSaccharomyces pastorianusの菌株)の菌体を、優先資化上有効な糖濃度の澱粉糖化液にグリセロール資化上有効な条件で作用させること特徴とする、マルトトリオース高含有組成物の製造方法。
【請求項9】
グルコース及びマルトースの合計がグルコース及びマルトースの合計が15%以下(好ましくは10%以下、より好ましくは5%以下、さらに好ましくは2%以下)であるマルトトリオース高含有組成物を製造するものである、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
マルトトリオース高含有組成物が、マルトトリオースが63%以上(好ましくは65%以上、より好ましくは68%以上)である、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
優先資化上有効な糖濃度が、マルトトリオースが資化されずにグルコース及びマルトースのみが資化されうる糖濃度(好ましくは、澱粉糖化液の一定量に酵母菌体を充分に作用させた場合の炭酸ガスの総発生量の測定値が、グルコース及びマルトースのみの資化に由来する炭酸ガスの発生量の理論値と同じとなりうる糖濃度である)であり、グリセロール資化上有効な条件が、好気的条件である、請求項8〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
マルトトリオースが63%以上であり、グルコース及びマルトースが合計3%以下であり、かつグリセロールが2%以下(好ましくは、マルトトリオースが63%以上であり、グルコース及びマルトースが合計3%以下であり、かつグリセロールが1%以下、さらに好ましくはマルトトリオースが68%以上であり、グルコース及びマルトースが合計2%以下であり、かつグリセロールが0.5%以下)である、マルトトリオース高含有組成物。
【請求項13】
マルトトリオースよりグルコース及び/又はマルトースを優先的に資化しうる酵母(好ましくはSaccharomyces属に属する菌株、より好ましくはSccharomyces cerevisiae又はSaccharomyces pastorianusの菌株)の菌体を、優先資化上有効な糖濃度の澱粉糖化液にグリセロール資化上有効な条件で作用させて得られる、請求項12に記載のマルトトリオース高含有組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−215495(P2007−215495A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−40706(P2006−40706)
【出願日】平成18年2月17日(2006.2.17)
【出願人】(000103840)オリエンタル酵母工業株式会社 (60)
【出願人】(591014097)サンエイ糖化株式会社 (15)
【Fターム(参考)】