説明

ミシン針

【課題】縫製時における上糸の解撚を抑制可能なミシン針を提供する。
【解決手段】針軸中心線Z−Zに一致させて針幹部1の先端に形成された針先5と、針先近傍に形成された針穴3と、針幹部表側に位置して針軸中心線Z−Zと平行に針幹部上部側から針穴位置まで形成された表溝2とを備えたミシン針において、針穴3につながる表溝2の針穴直前部分を、針軸中心線Z−Zに対して上糸Tの撚り目mの傾斜角θと同程度の角度に傾斜させてクランク部4とし、このクランク部4を介して表溝2と針穴3をつないだ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、縫製時における上糸の解撚を抑制可能なミシン針に関するものである。
【背景技術】
【0002】
縫製時のトラブルの1つに、上糸が切れたりささくれたりする上糸トラブルがある。この上糸トラブルは、上糸と生地、上糸と針、上糸とミシン糸路の摺動抵抗が大きい場合に発生することが知られている。また、ミシンの縫い目形成において、針先と前の縫い目からの上糸との位置関係によって上糸に解撚(撚りの戻りや移動)が発生することも大きく影響している。上糸に解撚が発生すると糸割れが発生しやすくなり、その後のループ形成においてカマ剣先が上糸をうまく掬えなかったり、上糸が切れたりするトラブルが発生する。
【0003】
特許文献1には、ミシンのカマの回転方向と平行する切欠部(エグリ部)と直交する直交軸線に対して針穴を所定の角度だけ回転して傾斜させることにより、上糸の撚りの戻りのために傾斜しているループをカマ剣先と正対させるようにし、これによってカマ剣先がループを確実に捕捉できるようにしたミシン針が示されている。
【0004】
【特許文献1】実開平4−89283号公報(全頁、全図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に示されたミシン針は、上糸の撚りの戻りによってループが傾斜することを前提として開発されたものであり、上糸の解撚そのものを抑制しようとするものではなかった。従来においては、上糸の解撚そのものを抑制できるミシン針は存在しなかった。
【0006】
本発明は、上糸を針穴まで案内する表溝の形状を工夫することにより、縫製時における上糸の解撚そのものを抑制できるミシン針を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、縫製時における上糸の解撚そのものを抑制することを目的として種々実験と研究を重ねた。その結果、以下のような構成からなるミシン針とすれば、従来は解決困難であった上糸の解撚そのものを効果的に抑制できることを見い出したものである。
【0008】
すなわち、本発明は、針軸中心線Z−Zに一致させて針幹部先端に形成された針先と、針先近傍に形成された針穴と、針幹部表側に位置して針軸中心線Z−Zと平行に針幹部上部側から針穴位置まで形成された表溝とを備えたミシン針において、前記針穴につながる表溝の針穴直前部分を、針軸中心線Z−Zに対して上糸の撚り目の傾斜角と同程度の角度に傾斜させてクランク部とし、該クランク部を介して表溝と針穴をつないだことを特徴とするものである。
【0009】
以下に、本発明者の実験と研究によって得られた、上糸の解撚発生のメカニズムと、本発明のミシン針による上糸の解撚抑制原理について説明する。
先ず、図1(a)を参照して、従来のミシン針における上糸の解撚発生のメカニズムについて説明する。この図1(a)は従来のミシン針の針穴周辺の模式拡大図であって、1は針幹部、2は表溝(長溝)、3は針穴、Tは上糸、Z−Zは針軸中心線、mは上糸Tを構成する複数本のフィラメントによる撚り目、θは撚り目mの傾斜角、Fは針穴3の上端縁3aの部分において上糸Tに作用するしごき力である。
【0010】
図示するように、従来のミシン針は表溝2と針穴3が針軸中心線Z−Zと平行な向きに一直線上に並んで垂直配置されていた。このような配置関係において、縫製時、針穴3に挿通されている上糸Tに垂直上向きのしごき力Fが作用すると、このしごき力Fは上糸Tの撚り目mに対して角度αで交差して作用する。従って、撚り目mに向かって垂直に作用するしごき力もかなり大きなものとなり、このしごき力によって上糸Tを構成するフィラメントがほぐされ、解撚が発生していたものと考えられる。
【0011】
そこで、本発明者は上記知見に基づいて実験と研究を重ねた結果、図1(b)に示すような構造からなるミシン針とすれば上糸の解撚を抑制できることを見い出したものである。すなわち、本発明のミシン針は、図1(b)にその原理を示すように、針穴3につながる表溝2の針穴直前部分を、針軸中心線Z−Zに対して上糸Tの撚り目mの傾斜角θと同程度の角度に傾斜させてクランク部4とし、この傾斜したクランク部4を介して表溝2と針穴3をつないだものである。一般的に使用される糸の場合、上糸Tの撚り目mの傾斜角θは10〜45度程度である。したがって、クランク部4も10〜45度程度に傾斜させればよい。
【0012】
上記構造からなるミシン針とした場合、表溝2に沿って導かれてきた上糸Tがクランク部4において角度θだけ曲げられる結果、針穴3の位置では上糸Tの撚り目mの向きは針軸中心線Z−Zとほぼ平行な状態となる。従って、上糸Tの撚り目mの向きとしごき力Fの向きが平行となるため、撚り目mに向かって垂直に作用するしごき力はほぼ0か極めて小さなものとなる。この結果、しごき力によって上糸Tを構成するフィラメントがほぐされるようなことがなくなり、上糸Tの解撚が抑制されるものである。
【0013】
なお、前記クランク部4の溝形状は、上糸Tの外径寸法と同程度の寸法からなる断面凹弧状とすることが望ましい。このような溝形状にすると、表溝2に沿って案内されてきた上糸Tをクランク部4によって安定的にホールドして針穴3へ導くことができるので、糸路が安定し、解撚防止効果をより一層高めることができる。
【0014】
また、クランク部4とつながる針穴3の上端縁3aの部分は、クランク部4に向かってその穴幅を細く絞っていき、クランク部と滑らかにつなげることが望ましい。これによって、上糸Tを抵抗なく滑らかに針穴3内へ誘導することができ、上端縁3aの部分で発生するしごき力Fをより小さなものとすることができる。
【0015】
さらに、表溝2の溝幅Wは、上糸Tをミシンの張力で伸張させたときの糸直径と無張力時の糸直径との間の中間の寸法に設定することが望ましい。従来のミシン針においては、図1(a)に示すように、表溝2の溝幅Wは、無張力時の上糸Tの糸直径よりも大きな寸法とされていた。このため、上糸Tは表溝2内で自由に動くことができ、縫製中の上糸の張力が緩んだ時に上糸がその慣性によって針穴3側へ送り込まれてしまい、縫製が進むにつれて上糸がだぶつき、解撚を助長することがあった。本発明のような溝幅に設定すると、無張力時でも上糸Tは表溝2の内周壁に接した状態となっているため、両者の間には常に摩擦抵抗が作用している。このため、従来のように上糸の張力が緩んだ時に上糸がその慣性によって針穴側へ必要以上に送り込まれるようなことがなくなり、上糸のだぶつきによる解撚の助長を防止することができる。
【発明の効果】
【0016】
請求項1記載の発明によれば、針穴につながる表溝の針穴直前部分を、針軸中心線Z−Zに対して上糸の撚り目の傾斜角と同程度の角度に傾斜させてクランク部とし、このクランク部を介して表溝と針穴をつないだので、針穴から作用するしごき力によって上糸を構成するフィラメントがほぐされるようなことがなくなり、上糸の解撚を抑制することができる。
【0017】
請求項2記載の発明によれば、前記請求項1に記載の発明の構成に加え、クランク部の溝形状を、上糸の外径寸法と同程度の寸法からなる断面凹弧状としたので、表溝に沿って案内されてきた上糸をクランク部によって安定的にホールドして針穴へ導くことができる。このため、糸路が安定し、上糸の解撚防止効果をより一層高めることができる。
【0018】
請求項3記載の発明によれば、前記請求項1、2に記載の発明の構成に加え、クランク部につながる針穴の上端縁の穴幅をクランク部に向けて細く絞り、針穴とクランク部とを滑らかにつないだので、上糸を抵抗なく滑らかに針穴内へ導くことができる。このため、上糸に対して作用するしごき力をより小さなものとすることができ、更なる解撚抑制効果を図ることができる。
【0019】
請求項4記載のミシン針によれば、前記請求項1、2、3記載の発明の構成に加え、表溝の溝幅を、上糸がミシンの張力によって伸張されたときの糸直径と無張力時の糸直径との間の中間の寸法に設定したので、上糸の張力が緩んだ時に上糸がその慣性によって針穴側へ必要以上に送り込まれるようなことがなくなり、上糸のだぶつきによる解撚の助長を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
本発明に係るミシン針の一実施の形態を図2〜図4に示す。図2は針穴とその周辺部分の拡大正面図、図3(a)〜(e)は図2中のA−A〜E−E線各位置における断面図、図4は針穴部分の拡大図である。
【0021】
図2において、1はミシン針の基体たる針幹部であって、この針幹部1の最先端には、針軸中心線Z−Zに一致させて針先5が形成され、この針先5から所定の距離だけ上方へ離れた位置に、針幹部1の表裏を貫通する針穴3が穿たれている。さらに、針幹部1の表側には、上糸を針穴3まで案内するための断面矩形状をした表溝2が、針幹部1の長手方向に沿って針穴3まで形成されている。また、表溝2と180度反対側の針幹部裏側には、針穴3の上側に位置してエグリ部6(図3(b)〜(d)参照)が形成されている。以上述べた針構造は、従来のミシン針と同様の構造である。
【0022】
本発明は、上記従来と同様の構造を備えたミシン針において、針穴3につながる表溝2の針穴直前部分を、針軸中心線Z−Zに対して上糸Tの撚り目mの傾斜角θと同程度の角度に傾斜させてクランク部4とし、このクランク部4を介して表溝2を針穴3へつなげたものである。
【0023】
クランク部4は、図3(d)にその断面形状を示すように、上糸Tの外径寸法と同じ大きさからなる断面凹弧状の溝とされている。この断面凹弧状の溝は、クランク部4の部分を断面凹弧状とするのではなく、図3(b)(c)に示すように、表溝2の部分から徐々にその形状を変えていき、クランク部4に向かってその断面形状が徐々に断面凹弧状に変わっていくようにすることが望ましい。
【0024】
断面矩形状をした表溝2の溝幅Wは、使用する上糸Tをミシンの張力で伸張させたときの直径(=小径)と無張力時の直径(=大径)との間の中間の寸法に設定してある。また、クランク部4につながる針穴3の上端縁3aの部分は、図4に示すように、クランク部4に向かってその穴幅を細く絞っていき、クランク部4に滑らかにつなげることが望ましい。
【0025】
上記実施の形態の構造からなるミシン針とした場合、図1(b)の原理説明において説明したようにして、上糸Tの解撚を抑制することができる。
【0026】
なお、前記原理説明および実施の形態は、使用する上糸Tが左撚り(Z撚り)糸の場合の例を示したものである。右撚り(S撚り)糸の場合は、糸の撚り方向が左撚り糸とは逆になるので、クランク部4は図示例とは逆方向に傾斜させればよい。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の説明のための図であって、(a)は従来のミシン針における上糸の解撚発生のメカニズムを説明する図、(b)は本発明のミシン針による上糸解撚防止の原理説明図である。
【図2】本発明のミシン針の実施の形態を示すもので、針穴とその周辺部分の拡大正面図である。
【図3】(a)〜(e)は図1中のA−A〜E−E線断面図である。
【図4】図2中の針穴部分の模式拡大図である。
【符号の説明】
【0028】
1 針幹部
2 表溝
3 針穴
3a 針穴の上端縁
4 クランク部
5 針先
6 エグリ部
Z−Z 針軸中心線
T 上糸
m 上糸の撚り目
θ 撚り目の傾斜角
W 表溝の溝幅

【特許請求の範囲】
【請求項1】
針軸中心線Z−Zに一致させて針幹部先端に形成された針先と、針先近傍に形成された針穴と、針幹部表側に位置して針軸中心線Z−Zと平行に針幹部上部側から針穴位置まで形成された表溝とを備えたミシン針において、
前記針穴につながる表溝の針穴直前部分を、針軸中心線Z−Zに対して上糸の撚り目の傾斜角と同程度の角度に傾斜させてクランク部とし、該クランク部を介して表溝と針穴をつないだことを特徴とするミシン針。
【請求項2】
前記クランク部の溝形状を、上糸の外径寸法と同程度の寸法からなる断面凹弧状としたことを特徴とする請求項1記載のミシン針。
【請求項3】
前記クランク部につながる針穴の上端縁の穴幅をクランク部に向けて細く絞り、針穴とクランク部とを滑らかにつないだことを特徴とする請求項1または2記載のミシン針。
【請求項4】
前記表溝の溝幅を、上糸がミシンの張力によって伸張されたときの糸直径と無張力時の糸直径との間の中間の寸法に設定したことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のミシン針。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−160322(P2009−160322A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−2844(P2008−2844)
【出願日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【出願人】(000104021)オルガン針株式会社 (8)
【Fターム(参考)】