説明

ミシン針

【課題】針としての高弾性を保持したまま、針先の十分な耐変形性と耐摩耗性を備えたミシン針を提供すること。
【解決手段】針穴2よりも下側であって、かつ、針先端4から1.5〜5.0mmの範囲の針先部分を硬度800〜950(HV)の高硬度領域とするとともに、該高硬度領域Lにつづくその上側の0.1〜0.5mmの範囲を硬度500〜650(HV)の低硬度領域Lとし、さらに該低硬度領域Lに続くその上側の針本体部分の硬度を690〜770(HV)の中硬度領域Lとし、針先側の高硬度領域Lと針本体部1側の中硬度領域Lの間を幅の狭い低硬度領域Lでつないだ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、針としての高弾性を確保しながら、針先の耐変形性と耐摩耗性に優れたミシン針に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ミシン針の針先は、生地、ミシンの釜あるいは釜剣先などとの直接接触や衝突によって損傷や摩耗を受け易い。このため、針先の耐変形性、耐摩耗性がミシン針の寿命を決定している。針先の耐変形性、耐摩耗性が低いと縫製中に、特に自動車シート、ジーンズ、皮革などの硬い生地の縫製中に、ミシン針の早期交換が必要となり、縫製作業における生産性の低下やコスト高の要因となっている。
【0003】
上記の対策として、例えば特許文献1には、TiN(窒化チタン)、DCL(ダイヤモンドライクカーボン)などで表面コーティング処理を行ない、針表面を硬化させる方法が提案されている。しかし、この方法では、針先部のコーティング層が剥離し易く、また、生産性が不十分であり、コスト高となることを回避できない。
【0004】
一方、針先の耐変形性、耐摩耗性を向上させるために、従来より針先全体の硬度を上げる方法も知られている。ミシン針の場合、高弾性は針の品質要求の本質的なものであるが、従来のように針全体の硬度を800(HV)以上(HV:ビッカース硬度)にすると弾性がなくなって脆くなってしまい、ミシンへの装着時あるいは縫製中に針折れの危険性が高まってしまうおそれがある。また、針穴部やえぐり部付近で針が粉々に破損して飛散することにより、縫製作業者などに身体的被害を及ぶすおそれもあることが判明している。
【0005】
また、特許文献2には、針全体を複数の部分に分け、各部分を異なった硬度(例えば針先が最も硬い)とした針が開示されている。しかしながら、この針の場合、各部分の硬度のみに着目しただけであり、ミシン針全体から見たときの高弾性、特に針先飛散の安全性については十分には考慮されていない。また、異なった硬度を有する部分の位置限界と硬度限界も明確にされていない。
【0006】
【特許文献1】特開昭54−059450号公報(全文、全図)
【特許文献2】特開昭47−54号公報(全文、全図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記したように、従来においては、針として必要な高弾性を保持したまま、針先の十分な耐変形性、耐摩耗性を備えたミシン針は見当たらなかった。本発明は、このような要求を満たすためになされたもので、針としての高弾性を保持したまま、針先の十分な耐変形性と耐摩耗性を備えたミシン針を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
一般的に、ミシン針における耐変形性、耐摩耗性は、次の2つの観点のバランスによって決まる。1つは、ミシン針の硬さ水準であり、他の1つは、ミシン針の靱性である。しかしながら、これら2つの観点を満足するために必要とされる特性は、互いに相反するものである。すなわち、針を硬くするほど針先の耐変形性、耐摩耗性は向上するが、反対に靱性は低下し、針折れなどが発生し易くなる。逆に、靱性を高くするほど針折れなどが発生しにくくなり、安全性は向上するが、反対に針先の耐変形性、耐摩耗性は低下してしまう。
【0009】
本発明者らは、上記2つの観点に基づいてミシン針が必要とする高弾性の保持と、針先の耐変形性、耐摩耗性の向上を両立させるべく、鋭意実験と研究を重ねた。その結果、針先部、針本体部の硬さ、特に硬化する領域を特定の範囲に設定すると同時にその硬さを特定の値に設定すれば、針としての高弾性を保持させながら、針先の耐変形性、耐摩耗性に優れたミシン針を得ることができることを見出したものである。
【0010】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、ミシン針において、針穴よりも下側であって、かつ、針先端から1.5〜5.0mmの範囲の針先部分を硬度800〜950(HV)の高硬度領域とするとともに、該高硬度領域に続くその上側の0.1〜0.5mmの範囲を硬度500〜650(HV)の低硬度領域とし、さらに該低硬度領域に続くその上側の針本体部分の硬度を690〜770(HV)の中硬度領域とし、針先側の高硬度領域と針本体部側の中硬度領域の間を幅の狭い低硬度領域でつないだことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、針の硬度を針先端から針柄部の側に向かって高硬度領域、低硬度領域、中硬度領域の三段構成とし、これら各領域の長さとその硬度を最良の値に設定したので、針としての必要な高弾性を保持させたまま、針先の耐変形性、耐摩耗性を向上させることができる。また、針が簡単に折れるようなことがなくなるので、縫製時の安全性も十分に確保することができる。さらに、針先の耐久性の向上に伴い、針の交換時期を長くすることができ、縫製現場の生産性向上とコスト削減に資することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
図1は本発明の説明図であって、1は針本体部、2は針穴、3は針先部、4は針先端である。本発明のミシン針は、針穴2よりも下側であって、針先端4から1.5〜5.0mmの範囲の針先部分を硬度800〜950(HV)の高硬度領域Lとし、該高硬度領域Lに続くその上側の0.1〜0.5mmの範囲を硬度500〜650(HV)の低硬度領域Lとし、さらに、該低硬度領域Lに続くその上側の針本体部1の部分の硬度を690〜770(HV)の中硬度領域Lとし、針先側の高硬度領域Lと針本体部側の中硬度領域Lの間を幅の狭い低硬度領域Lによってつなぐことにより、針先端から針柄部側に向かって、針の硬度を高硬度領域L、低硬度領域L、中硬度領域Lの三段構成としたものである。
【0013】
一般に、針先の耐変形性と耐摩耗性を確保するには、針先の硬度を高めることが有効である。しかしながら、針先の硬度を高くし過ぎると、針と接触するミシン部品に損傷を与えるおそれがある。また、硬度を高くすると針が脆くなり易く、針先部3が折れて飛散し、縫製作業および縫製品の安全問題を誘発する危険を増加させる。一方、針先部3の硬度を低くし過ぎると、針先部3が柔らかくなり過ぎるため、十分な耐変形性、耐摩耗性を確保することができない。
【0014】
本発明者らは、これらの点に鑑み鋭意実験と研究を重ねた結果、針先側の硬さを硬度800〜950(HV)の範囲に設定すれば、針先の安全性を十分に確保しながら、針先部分の耐変形性と耐摩耗性を十分に確保できることを見出したものである。800(HV)よりも小さいと、柔らか過ぎて耐変形性、耐摩耗性が十分でなく、950(HV)を超えると、硬すぎて針先が脆くなり、針折れを生じるおそれがある。
【0015】
また、上記高硬度800〜950(HV)とする範囲Lは、種々の実験結果から、針穴2の下側であって、かつ、針先端4から1.5〜5.0mmの範囲とすることが望ましいことが判明した。すなわち、高硬度領域Lの範囲が1.5mmよりも小さくなると、硬化部分が少な過ぎるため、十分な耐久性が得られない。一方、高硬度領域Lが針穴2の位置まで達すると、縫製条件(ハンドリング、糸の張力、生地の厚さ、縫製素材など)やその他の様々な要因によって過大な荷重が発生して針に大きな単純曲げ応力、局部的曲げ応力、座屈力などが作用すると、高硬度に硬化した針穴2の部分が偏心荷重による曲げモーメントに耐えることができなくなる。その結果、縫製作業中に針穴2の部分で針が破損すると同時に上糸の離脱を招き、破片が飛散するおそれが高まってしまう。従って、高硬度とする領域Lは少なくとも針穴2よりも下側であることが必要である。
【0016】
本発明者らの実験結果によれば、高硬度とする領域Lの範囲は、針穴2よりも下側であって、針先端4から1.5〜5.0mmの範囲とすれば、すべての要求を満たすことが判明した。1.5mmより小さいと、前述したように針先が部分的に硬化されるため、十分な耐久性が得られない。5.0mmを超えると、針先部3の硬度バラツキが大きくなる。また、耐変形性、耐摩耗性の点からは、さらなる効果は得られない。
【0017】
また、針本体部1側の領域Lの部分の硬度を中程度の硬さである690〜770(HV)としているので、針本体部1に十分な弾性と靱性を与えることができ、針折れなどの発生を可能な限り防止することができる。なお、領域Lの硬度が690(HV)よりも小さいと柔らかくなり過ぎて弾性が不足し、770(HV)を超えると硬くなり過ぎて折れ易くなる。
【0018】
さらに、針先部3側の高硬度領域Lと針本体部1側の中硬度領域Lとの間を、幅0.1〜0.5mm、硬度500〜650(HV)からなる低硬度領域Lでつないでいるので、針軸方向に過大な圧縮荷重や衝撃力が作用しても、間に挟んだ低硬度領域Lがクッション作用を発揮してこれらを吸収することができる。このため、過大な圧縮荷重や衝撃力によって針先が欠損するようなことを防止できる。なお、低硬度領域Lの硬さが500(HV)よりも小さいと、縫製作業中に低硬度領域L部分で針折れが生じ易くなり、650(HV)よりも大きいと、過大な圧縮荷重、衝撃力を吸収するクッション的効果を発揮できなくなる。また、低硬度領域Lの幅が0.1mmよりも小さいと、十分なクッション作用を発揮することが困難となり、0.5mmを超えると、低硬度領域L部分で針が破損し易くなる。
【0019】
上記各領域L,L,Lと各硬度を備えたミシン針を得るには、超高周波焼入れ装置(例えば、高周波周波数27.12MHz)を用い、各領域L,L,Lのそれぞれについてその加熱温度と加熱時間を制御しながら焼入れを行なえばよい。
【実施例1】
【0020】
本発明のミシン針(以下、「本発明品」という)と従来のミシン針(以下、「従来品」という)の物理特性の比較試験を行なったので以下に示す。
【0021】
(1)弾性(折れ点)の比較試験
本発明品と従来品の弾性、すなわち針の折れ点を測定した。針の折れ点とは、針先端に横方向から力を加えていき、針が折れた時の垂直軸からの傾斜角度である。検査規格(JIS)において正常とみなされる折れ点は10°〜30°である。なお、弾性の比較試験に用いたミシン針は以下の仕様になるものである。
本発明品1:DP×17 #21
=2.9mm、硬度=875(HV)
=0.3mm、硬度=538(HV)
部分の硬度=736(HV)
従来品1:DP×17 #21、針全体の硬度=約820(HV)
従来品2:DP×17 #21、針全体の硬度=約740(HV)
【0022】
【表1】

【0023】
表1の試験結果から明らかなように、本発明品1は弾性の大きな従来品2と同等の弾性を有し、従来品と同様に折れにくいことが確認された。
【実施例2】
【0024】
(2)針先の圧縮変形量の比較試験
本発明品と従来品の針先圧縮変形量を測定した。なお、圧縮変形量の比較試験に用いたミシン針は以下の仕様になるものである。
本発明品2:DP×17 #21
=3.4mm、硬度=880(HV)
=0.25mm、硬度=530(HV)
部分の硬度=730(HV)
従来品3:DP×17 #21、針全体の硬度=約740(HV)
【0025】
【表2】

【0026】
表2の試験結果から明らかなように、本発明品2は、従来品3に比べて圧縮変形量が格段に小さく、針先の耐変形性に優れることが確認された。
【実施例3】
【0027】
(3)針先摩耗の比較試験
実際にミシンを用いて連続4時間縫製し、縫製後の針先の摩耗量を測定した。なお、針先摩耗の比較試験に用いたミシン針は以下の仕様になるものである。
本発明品3:UY×128GAS #9
=2.65mm、硬度=876(HV)
=0.38mm、硬度=550(HV)
部分の硬度=735(HV)
従来品4:UY×128GAS #9、針全体の硬度=約745(HV)
【0028】
【表3】

【0029】
表3から明らかなように、本発明品3は、4時間縫製後の摩耗量が従来品4の半分以下であり、耐摩耗性において格段に優れることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明に係るミシン針の説明図である。
【符号の説明】
【0031】
1 針本体部
2 針穴
3 針先部
4 針先端
高硬度領域
低硬度領域
中硬度領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
針穴よりも下側であって、かつ、針先端から1.5〜5.0mmの範囲の針先部分を硬度800〜950(HV)の高硬度領域とするとともに、該高硬度領域につづくその上側の0.1〜0.5mmの範囲を硬度500〜650(HV)の低硬度領域とし、さらに該低硬度領域に続くその上側の針本体部分の硬度を690〜770(HV)の中硬度領域とし、針先側の高硬度領域と針本体部側の中硬度領域の間を幅の狭い低硬度領域でつないだことを特徴とするミシン針。

【図1】
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【公開番号】特開2009−247483(P2009−247483A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−97014(P2008−97014)
【出願日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【出願人】(000104021)オルガン針株式会社 (8)
【Fターム(参考)】